先日、とある集まりに参加して「赤黒ゲーム」という心理ゲームを体験した。参加者は2つのチームに分かれ、それぞれのチーム内で話し合い、「赤」または「黒」のどちらかに投票する。相手チームも同様で、その結果、
1 両チームがともに「黒」の場合、両チームに3点をプラス
2 両チームがともに「赤」の場合、両チームから3点をマイナス
3 それぞれ「赤」と「黒」に分かれた場合、「赤」を選んだチームが3点プラス。
「黒」を選んだチームは5点マイナスとする。
これを数回繰り返して合計点を出すというもの。やり始めてわかるのだが、重要なのは「相手チームが何色を選ぶか」を予想するもの。心理学の「囚人のジレンマ」と似た感じであるが、相手の選択によって結果が変わるわけであり、相手が何を選ぶかを予想するのが面白く、難しい。考えてみれば、これは至るところで起こっている出来事。学生時代は好きになった女性が自分の事をどう思っているのかが気になった。好意を持っているとわかれば積極的にアプローチできるが、そうでない場合はどうするか(振り向いてもらうようにするか諦めるか)。
また、先日テレビ番組を見ていたら、中国、韓国の企業とともに入札に臨む企業が、ライバル会社がどんな提案をするのかを気にしていた。ビジネスの現場ではよくある事である。相手の考えがわかれば、それにズバリ突き刺さる提案ができる。スポーツの現場でも、シニアとなった今でもラグビーの試合前は、相手がどんなアタックをしてくるのかが気になる。それがわかればアタックもディフェンスもそれに備えたものができる。超能力にはいろいろと心惹かれるものがあるが、特に読心術は魅力的である。
SF映画は、人間の願望に基づくものが多い。超能力や人間以上の能力を持つスーパーヒーローなどはその際たるものだろう。映画『ハート・オブ・ウーマン』はある日突然、女性の心の声が聞こえるようになった男の話。自信過剰のプレイボーイである主人公が、さまざまな女性の心の中の本音を知ることによって変わっていくという物語。物語の世界に没頭して楽しめたのは、「こんな能力が自分にもあったら、自分の人生ももっと良いものになっていただろう」という思いからである(その逆の『ハート・オブ・マン』という映画もあった)。
しかしながら妄想を進めていくと、人の心を読む力は、自分だけに備わっていてこそだと思う。誰もができたらそれはそれで厄介だろう。人には知られたくない考えというものがある。男であれば、ビジネスの現場で相手の女性と真面目な話をしつつ、容姿について心に浮かんだことがそのまま相手に伝わったら大変なことになる。会議の最中に「つまんない意見だな」という考えは伏せておきたい。接待の場で、相手を持ち上げつつ心の中でついた悪態が相手に伝わったらせっかくの接待もぶち壊しになる。わからないからこそ、世の中がうまく回るというものが実に多いのも確かである。
わからないからこそ、わかろうとして工夫するというのも確かである。その昔、好きな女性の心を振り向かせたくて、あれこれと努力した。その人にふさわしい男になりたいと思い、それはどんな男だろうかと考えていたからこそ、それ以前より多少人に優しい人間になれたように思う。相手の戦法がわからないからこそ、いろいろな想定をして練習している。採用の現場でいろいろと考えているのも、どんなPRをすれば学生の志望を得られるかと思うからである。わからないからこそ努力する。それが結果的に進歩につながる。
人の心はわからないというのは当たり前である。それでももしもわかっていたら、結婚相手は間違いなく違っていただろうし、仮に今の妻と結婚しても現在の別居はもしかしたらなかったかもしれない。どちらがいいのか、そこまで妄想しても始まらない。現実に人間は他人の考えを読むことはできない。だから大変であり、だからいいのだろう。まぁ、妄想ネタとしてはいいと思うのである・・・





0 件のコメント:
コメントを投稿