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2026年6月1日月曜日

誕生日に思う

 毎年6月は誕生月である。これまでの生きてきた半生を振り返り、などと言えば大袈裟であるが、そろそろ残り時間(それが10年単位であることを望むが)を意識するようになってきている。できれば70歳まであと8年間、今の収入を維持して働きたいと思う。そのあとは「毎日が日曜日」を楽しみたいと思う。70歳を超えた後も個人的には収入のためには働きたくない。しかし、社会との関わりという意味ではなんらかの形で働き続けたいと思うが、そろそろ体力も低下してきており、たぶん70歳くらいになれば気力も衰えて楽をしたいと思うようになっているような気がする。

 今はいろいろな事が心理的な負担としてのしかかってきている。周りで自分よりも恵まれている人の姿を見ると、「なんで自分だけが」という気がしなくもない。特に60代になっても夫婦仲の良いところを見せられたりすると、素直に羨ましいと思う。とは言え、それも自業自得なので仕方がない。他人を羨んでも仕方がない。人はみなさまざまである。仕事でもパッとせず、結婚もせず、私と同じように老親と同居している友人もいる。彼から比べると、私はまだいい方であると思う。

 下を見て満足するのはどうも感心できない、上を見なくてどうするとこれまでずっと考えてきた。それは今でも変わらない。しかしながら、自分が不幸の塊のように思うのも良くないと思う。自分にも恵まれているところはある。その一つは子供である。「一姫二太郎」と言われるが、結婚前から何となく将来は女の子とその下に弟という形で子供が欲しいと思っていた。そしてその通りになった。多額の収入を稼いで今では羨ましい名誉職について日経新聞にも名前が出る友人がいる。でも子供はいない。どちらがいいかと問われれば、子供のいる人生を選ぶ。

 それでいいではないかと思う。この先離婚すれば、家は妻に渡すつもりである。離婚届で妻とは他人になれるが、「子供の母親」という関係は切れない。財産を半分に分けるという選択肢は子供たちから住む家を奪うことを意味し、それはできない。それ以外に渡すお金を考えたら、真面目に「貧困老人」になる危険性が高い。まぁ、ホームレスになって子供たちに迷惑をかけないようにはしないといけない。そのためにはまだまだ稼がないといけない。そんなことを漠然と考える。

 シニアラグビーも楽しくやっているが、やはり年齢を感じるようになってきている。怪我をしてもなかなか治らないし(むしろ慢性化している)、ちょっとした運動でもすぐ筋肉に違和感が漂うし、練習が終わったあとの疲労感は昔より大きい(昔より緩い練習なのに・・・)。頭の中は老いないから、敵がボールを持って走ってくれば勢いよくタックルに行く。しかし、今ではその衝撃に体が耐えられないように思う。なので、自分よりも若い世代(50代以下)とはなるべく試合をしないようにしている。周りは「(あなたなら)大丈夫ですよ」と言ってくれるが、勘違いは厳禁だと自分を戒めている。

 血液の病気が発覚し、今は経過観察中だがいつ悪化するかはわからない。体力には(病気に対する抵抗力も含めて)自信があったが、あっさりそれを打ち破られてしまっている。体力の衰えは気力の衰えにつながるし、「まだまだ」という気持ちは持ち続けていきたい。まずは息子が卒業するまであと2年。それを短期の区切り目標として頑張りたい。そのあとはまた次の短期目標を探すとしよう。あと8年、今の収入を維持して働くには、会社で自分の存在感を出さないといけない。今までのやり方に安住する事なく、常に「これでいいのか、改善の余地はないか」という問いかけは自分にぶつけていきたい。

 ある木登り名人は、弟子が木に登る姿を黙って見つめ、降りてきてあと少しというところで気をつけろと注意をしたという。その理由を問われた名人は、「一番気が緩みやすいところだから」と答えたという。今の自分は「あと8年」というところでそれを感じている。あと8年。健康と仕事での存在感。どちらも維持していきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 対馬の海に沈む (集英社学芸単行本) - 窪田新之助 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史




2026年2月1日日曜日

不運な運勢にあって

 運勢のようなものは本当に当てになるのだろうかと、この頃ふと思う。人生においてはいい時ばかりではなく、悪い時もある。何をしてもうまくいかない時というのもあるだろう。最近、私はそんな人生のトンネルに入ってしまっているような気がする。妻と別居して実家に戻って以来、仕事においても主として社内の人間関係で思うようにいかず、何となくこれでいいのだろうかというモヤモヤ感に包まれている。順調に行っている時には感じない焦燥感のようなものと言えるだろうか。

 もともと私は占いのようなものは信じていない。まぁ、何か迷った時の参考にはなると思う。ただ、それは信じるというよりも、迷った時にコインの裏表で決めるのと同じ扱いである。生年月日や星座や血液型や手相やカードなどで人間の何がわかるのかと思う。長い年月の間に、そういうものに何らかの関連性を見出して生まれてきたものではあるのだろうが、何か根拠があるようなものではなく、「当たるも八卦」の世界であると思っている。したがって、いわゆる「運勢」のようなものも信じてはいない。

 人生にいい時もあれば悪い時もあるのは事実だろう。だけどそれは運勢ではなく、「たまたま」である。いい事と悪い事がバランスよく起こるというものではなく、たまたま好ましくない事が続いただけである。しかし、我々はそこにどうしても意味を見出したくなる。何か好ましからざる事をした報いではないかとか、何かの祟りではないかとか。あるいは運勢が悪いとか。そういうもののせいにすれば、「仕方がない」と諦められるし、あるいはお祓いをしようという事になるかもしれない。

 今、不運の渦中にあるとしたら、それは過去の「選択」の結果によるものだろう。例えば私の場合、それは別居という選択をした事によるものかもしれない。しかし、そうだとしてもその選択以外にあり得なかったので、その選択をしなければ良かったとは思わない。その選択の結果だとするならば、甘んじて受け入れるしかない。会社内の人間関係のゴタゴタにしても、それは私の行動という選択の結果であるが、それは意図的に相手と対立するためのものではなく、意識せざる結果であり防ぎようがない。

 私も常日頃、いい上司であり、いい部下であり、いい同僚でありたいと考えている。だから言葉遣いも部下に対してでさえ丁寧にしているし、ハラスメントには特に意識して避けているからその問題はない。しかし、それでもモノの言い方であったり、やり方であったり、報連相が足りていないと思われたりするところから批判を受けている。知らず知らずのうちに信頼度が下がってしまったのである。残念であるが、起こってしまった事はどうにもならない。この後、もっと注意深く行動して信頼回復に努めるしかない。

 病気に関しては意外中の意外であったが、人間である以上ずっと完全な健康体というわけにもいかず、これもまた仕方がない。同僚の中には私より若いのに癌の再発を繰り返している者もいる。神はサイコロを振らないとアインシュタインは言ったが、サイコロを振っているとしか思えないこともある。人間それぞれの持って生まれた細胞の抵抗力なのかはわからないが、彼に比べればまだまだマシである。考えてみれば、そこもすべて運勢などという者ではなく、己の考え方、心の持ち方次第なのかもしれない。

 「人は不幸を数え上げる事を好み、喜びを数え上げる事をしない」とはドストエフスキーの言葉であるが、今回続いている不運の中にも気が付けば幸運も含まれている。例えればトーストを床に落としてしまったが、バターを塗っている部分が上になって落ちたようなものかもしれない。落とした事を嘆くよりも、バターを塗った部分が上になった事を喜べるようにしたい。そうした心の持ち方が、不運の渦中を耐え抜く力なのかもしれない。悪い運勢を嘆くのではなく、「やまない雨はない」と考えるようにしたい。そういう考え方で、今を頑張りたいと思うのである・・・


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【今週の読書】
 全体主義の起原2 新版――帝国主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大島通義, 大島かおり  財務省亡国論 - 高橋洋一  豊饒の海 第二巻 奔馬 (ほんば) - 三島 由紀夫  万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史




2026年1月22日木曜日

自分の中の自分

 いつ頃からか、人に何かを「相談」するという事がなくなってしまった。と言っても専門的な話についてはいろいろと専門家に相談している。裁判をやった時は当然ながら知人の弁護士に相談しながら訴訟をこなし、医師にもいろいろと相談するし、わからないことは素直に教えてもらうようにしている。「相談」というのは「お悩み系相談」である。「どうしたらいい?」と悩み、誰かに相談するという「相談」である。この手の話については、もちろん悩みがないという事ではない。「あるけど相談に至らない」という表現の方が正しいかもしれない。

 以前、驚いたことに転職相談を受けたことがある。大きな病院で働く看護師で、先生の独立に伴い誘われたがどうしようというものであった。なんで私に相談してきたのかいまだに理由はわからない。ただ、その時は「その先生と一緒に働きたいかどうか」で決めたらいいと回答した。看護師ならいくらでもつぶしはきくし、なぜためらうのかよくわからなかった。そもそも迷うということは、メリットとデメリットが拮抗しているということ。つまりメリットもあればデメリットもある。だから悩む。なら割り切るしかない。

 誘われたということはその先生とは良い関係(男女関係という意味ではない)にあるという事、迷うという事は「行きたい」という気持ちと「行って大丈夫か」という気持ちが相対峙しているということ。なら「行ってダメだった場合」を想像してそれに耐えきれない(めちゃくちゃ後悔する)というならやめればいいし、「あの先生と一緒にやってダメなら仕方がない」と諦められるならやればいいとそんなことを答えた。今聞かれても、誰に聞かれても同じ回答をするだろう。

 それはともかく、私の場合、どうするべきかと悩んだ時、自分の中で客観的な人生相談が始まる。「今こういう状態で、~」と私の中で、誰かに相談するかのように私が説明を始める。するとそれを聞いていたもう一人の私がそれに対して回答を与え始める。かくして私の中で悩みに対する回答が出てきてしまう。そしてその答えに満足するので、あらためて誰かに同じ相談をする必要を感じなくなってしまうのである。自問自答であるが、ちょっと違う。正確に言えば、自分Aが問い、自分Bが答えるのであり、A≠Bなのである。

 そう言えば昔、『神との対話』という本を読んだ。心に浮かんだ感情を紙に書いていくと、手が勝手に動いて神が語りだしたという内容である。それが神なのかどうかはわからないが、妙に納得した。私が頭の中でやっているのと同じであると思う。紙に書くか頭の中で自分Bに向けて説明するかの違いだけである。著者が神と呼んでいるものを私は自分Bと言っているだけのように思う。どちらにしても一度自分を客観化することにより、自分が悩みと切り離され、第三者の立場で答えが見えてくるということなのだろうと思う。

 『神との対話』を読んだ時、素直に自分にも誰にでもできると思った。答えを書き出すという作業の中で、同時にそれを読みながら答える自分が(神でもいいと思うが)出てくる。もしも将来、自分が死に瀕した時、子供には「何か迷うことが出てきたら心の中でお父さんに問いかけなさい、その場で答えてあげるから」と伝えようと思った。心に浮かんだ言葉が私の言葉だと。私が今自分でやっていることを理解しにくければ、心の中で亡き父に問えば答えてくれるということで代用できるだろうと思う。

 これが神なのかどうかはわからないが、単純に自分を客観化することによって、他人から見た自分の姿が見えることが答えなのではないかと思う。他人のことはよくわかるのに自分のことはわからないというのはよくあること、また「自分のことは棚に上げて」というのも同じ理屈ではないかと思う。母は事あるごとに、父に「いらないものを捨てて整理しろ」と言っている。父は「いらないものはない」と答えている。私が母に同じことを言うと、母も「いらないものはない」と答える。母の方がはるかに持っているものは多いのに、である。笑い話である。

 「人のふり見て我がふり直せ」という諺がある。これも理屈は似たようなものだろう。他人というのはよく見えるもの。そして自分というのは見えないもの。顔はどうしても鏡がなければ見えないが、悩みは客観視することができる。それによって他人なら見えるのに自分のは見えない解決策が見えたりする。自分はそれができているのだろう。もっとも、いくら自分を客観視できたところで、肝心の問題解決力がなければそもそも相談しても答えられないことは当然である。問題解決力はそれゆえに鍛えておきたいところである。これからも自分の中でお悩み解決をやっていけるようにしたいと思うのである・・・



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【本日の読書】

 全体主義の起原2 新版――帝国主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大島通義, 大島かおり  潮音 第一巻 (文春e-book) - 宮本 輝  万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史




2026年1月15日木曜日

あぁ、コミュニケーション!

 コミュニケーションを取るのは難しいとつくづく思う。今に始まったことではないが、還暦過ぎてそれなりに人生経験を積んでいてもいまだにコミュニケーションには悩まされる。それは家族でもそうだし、仕事でも同様。コミュニケーションがうまくいかず、互いの関係がギクシャクすると、それは何をするにしても余計な神経を使うことになり、煩わしいことこの上ない。子供の頃は引っ込み思案で人見知りで、それが素の自分だと思っているが、だからよけい他人とのコミュニケーションが下手なのかもしれない。

 言葉も便利なようで不便に働く。意図した通りに伝わってくれればいいが、そうでないことはよくある。そんなつもりはないのに別の意図で捉えられるというのは今でも苦しむところである。たとえば「情けは人の為ならず」という諺がある。本来の意味は、「他人に情けをかければ、それは巡り巡って自分のためになることもあり、だから情けをかけるべき」ということだろうが、「情けをかけてもそれはその人のためにならず、だから情けをかけない方がいい」と誤解する人もいる。

 表面上の言葉だけを見れば後者の解釈も成り立つわけで、だからこそ表面的に捉えただけの人は誤解するのである。例えばかつて読んだ本の中に、「2人の囚人が監獄の窓から外を見上げた。1人は薄汚れた鉄格子を、もう1人は輝く月を見た」という言葉があった。これをどう解釈するか。鉄格子は現実を、輝く月は理想または夢を指すということはわかる。理想よりも目の前の冷たい現実を重視するのか、どんな境地にあっても常に理想を胸に抱くのか、どちらの解釈も成り立つ。

 これはこちらの解釈だと決められるのは本の著者だけだろう。そして本の著者は、現実に囚われて理想を見失うのではなく、常に星を見ろという意味で使っていたと記憶している。それはそれで自分の主張の補足として使った言葉だろうし、悪いとは思わない。しかし、現実を見ずに理想ばかり唱えるというのも愚かなことである。理想もいいが、現実問題として目の前の鉄格子(=問題)を何とかしないといけないわけであり、まずはそこに注力するのは当然である。2人の囚人のモノの見方、考え方に優劣はつけられない。

 かように著者が意図した意味とは違う解釈をされるわけである。先の諺のようにそれが1人歩きしたとしても、本来の意図をよく考えれば「情けをかけるな」という解釈はおかしいなと気づく。しかし、2人の囚人の例はどちらもそれなりに正しい。かく言う私もこの本を読んだのは随分昔であり、何となく意味を理解しているが、時間が経つとどちらの解釈だったかわからなくなってもおかしくはない。

 こうしたことが日常のさまざまな場面で起こる。何気なく言ったことが曲解される。それが曲解されたとわかれば訂正なり説明なりができるが、人の頭の中は見えない。こちらが意図した通りに伝わっていると思い込んでいたら、2人の間に見えない溝がいつしか深まっていくことになる。最近、社内で何となくギクシャク感を感じる人がいる。もしかしたら意図せぬ誤解が生じているのかもしれない。しかし、確たる証拠がないのでなんとも言えない。

 コミュニケーションには「誤解」もあるが、「言いにくい」という事もある。とあるベテランの方は、事あるごとに他人の批判を繰り返している。その批判は的外れではなく、正しい批判であると思う。されどそれを批判して終わっていたら何にもならない。かくあるべしという道を示し、改善を図るように働きかけてほしいと常々思っている。ベテランなんだし。だが、それを直接ご本人に言うのは憚られるところがある。相手がそれなりの地位にいるからなおさらである。

 それはもしかしたら私自身にも当てはまるのかもしれない。何となく違和感を感じているが、直接言いにくいので言えないでいるということもあるかもしれない。そうしたことがあるなら遠慮なく言ってほしいと思うが、相手からすれば「言えるなら言っている」というところかもしれない。それが批判であればあまり聞きたくはないが、知らずにいる方がもっと悪い。最近、とあるところから私に対する不満の声が聞こえてきた。その不満はもっともなところであり、私の対応が悪かったと反省しているところである。そうした目に見えない不満が伝わってくれば改善もできる。不満に対しては真摯に耳を傾けたいと思っている。

 コミュニケーションが難しいのは確かであるが、だからと言って忌避するのではなく、前向きに受け止めていきたい。まだまだ修業が足りないと嫌になるくらい実感する。輝く星を見上げながら、目の前の鉄格子に知恵を絞る。そんな態度でいたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原2 新版――帝国主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大島通義, 大島かおり  日航123便墜落事件 四十年の真実 - 青山透子  潮音 第一巻 (文春e-book) - 宮本 輝  万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史





2025年11月13日木曜日

老化とは

 人間は誰でも年を取る。年を取るとはどういうことか。それは理屈では理解しているが、やはり実際に体験してみないとわからないものであるとこの頃実感する。実家の両親はともに88歳であるが、「元気」とは言いにくいものがある。病院通いしているからというわけでもないが、「短期記憶力」の喪失には著しいものがある。一晩寝ると忘れるどころか、3歩歩くと忘れるといったニワトリレベルの時もある。わかってはいるけれど、頻繁に同じことを聞かれるとうんざりさせられる時がしばしばなのである。

 実は短期記憶の喪失については、還暦を過ぎた私自身にも既に現れている。以前、資格取得の勉強をしていた時のこと、重要なキーワードを見ておこうとテキストを開いたところ、既にマーカーが引かれている。引いたのは私以外にはいないのだが、私にはその記憶がない。かつて受験の頃などは、一度読めば覚えていなくてもなんとなく「見たな」という記憶は残っていたものだが、それすらなくて愕然とした。一度読んだ本に途中で気づくならともかく、読み終えてもまったく気づかなかった事もある(読んだ本はブログにまとめてあるのだが、同じ本を2度取り上げていたのである)。

 これがだんだん拡大すると、わが両親のようになるのだろう。父はよく財布をなくす。財布をなくすと大変である。中にクレジットカードやキャッシュカード、運転免許証がはいっていて、私も喪失手続きを手伝った。しかし、その後実家に行くと、同じクレジットカードが2枚ある。本人に聞いてもわからない。よく見たらなくしたはずの運転免許証も持っている。キャッシュカードもある。どうやらなくしてはいなかったよう。一緒に住んでいる今は、「なくした」と言われると私もあちこち探す。そうすると大概見つかるのである。

 今はお金を下ろすというと大騒ぎで、たとえオレオレ詐欺の電話がかかってきて相手を信じてしまっても、1人ではお金を下ろせないのでその点では安心である。頻繁になくされても探すのが大変であり、今は私が通帳もカードも印鑑もマイナンバーカードも一括管理している。お金の面では老親だけに任せておくと怖いものがある。どうやら記憶力とともに判断力も低下するようで、母の理屈の通らない理屈と付き合うのも骨が折れる仕事である。

 肉体的な衰えに関しては、少しずつ私も実感している。それは仕事をする上ではあまり影響はない。しかし、スポーツにおいてははっきりと現れる。最初に気づいたきっかけは、試合のビデオである。自分では風を切って走っているつもりだったが、映像で見るとどうにも動きが鈍い。それは私だけではなく、他のプレーヤーも同様。その結果、全体としては緩い試合になっている。それは年代が上がればより一層違いがはっきりする。かつて若い頃、シニアの試合を見て、「あんな緩いラグビーやりたくない」と思っていたが、いつの間にか自分がその緩いラグビーをやっている。

 昔は1週間くらい運動しなくても影響は何もなかったが、今は1週間空くと筋肉痛やらの影響がすぐに出る。怪我をしても大きな怪我でなければ、2~3日、あるいは1週間程度で治っていたが、今は1か月以上長引くことも珍しくない。ボールを蹴っても昔ほど飛ばない。頭の中は昔のままだから昔の通りに動くのだが、実際の体がついてこない。おそらく細胞レベルで微妙に劣化し、全体の動きの衰えにつながっているのだろう。人間も生き物である以上、そこは仕方のないところである。

 さらには外形である。練習が終わってシャワーを浴びると一目瞭然となる。30~40代の選手は皮膚に張りがある。しかし、50代、60代となるとだんだん皮膚がたるんでくる。背中から尻にかけてが一番目立つ。ラグビーはコンタクトプレーが中心で、互いにぶつかり合うスポーツである。その時にやはりこれだけ体に差があると、それは大きなハンディになる。いくら頭の中で昔と同じつもりでいたとしても、体が衰えている以上、同じプレーはできない。それを実感して今は試合をする場合は同世代相手とのみやるようにしている。体が違う以上、無理はよくない。

 両親を見ていると、自分も同じように衰えていくのだと思う。もちろん、私の方が老化のスピードは遅いのではないかと思うが、それは遅かれ早かれの問題であると思う。人生を90年と考えれば、生まれてから結婚するまでの上り坂の時代、結婚して子供が生まれて子育てが終わるまでの時代、そして1人になって終末に向かう下り坂の時代とちょうど30年ずつ分けられる。自分はその下り坂の時代に入った事になる。できないことができるようになっていく上り坂の時代に対し、できたことができなくなっていく下り坂の時代だと言える。

 両親に対しては、「なぜこんな簡単なことができない」という気持ちが沸き起こることもあるが、相手が幼い子供だと思えばできなくても当たり前だという気持ちになる。いずれ迎える自らの姿だと思い、それを我が子に眼前に見せてくれているのだとも言える。それに感謝しつつ、寛容の精神で両親に接するとともに、自らは少しでも健康寿命を伸ばすことを意識していきたいものである。人生最後の日をこのブログに綴ることができたなら、それは最高ではないかと思うのである・・・


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【本日の読書】

全体主義の起原 新版(1) ハンナ・アーレント  人はなぜ自分を殺すのか(新潮新書) - クリスティアン・リュック, 久山葉子  失われた時を求めて(4)――花咲く乙女たちのかげにII (岩波文庫) - プルースト, 吉川 一義









2025年8月3日日曜日

夏休み2025

 「夏休み」と言えばかつては甘美な響きがあった。長期間学校に行かなくても良い=勉強しなくて良いというのは、子供には嬉しい話だし、普段行けないところに行けるというのも嬉しい話である。私は中学生まで御代田にある従兄弟の家に遊びに行くのが何よりの楽しみであった。約2週間ほど滞在していたが、従兄弟と一緒に従兄弟の通う学校のプールに入れてもらったり(それが可能だったのである)、その友達と一緒に遊び回ったり、伯母さんにおにぎりを作ってもらって近所の飯玉神社に行って食べたり・・・

 高校生になって部活動が始まるとそれも出来なくなった(私としては無邪気に練習休んで行こうと思ったのだが、高校の部活動はそれが許されないとは知らなかったのである)。以来、御代田に2週間も行くことはなくなってしまったし、そもそも従兄弟とも何年も会わないという状態になってしまった。社会人になると、そもそも夏休みが短い。土日が休みになって、うまく休みを取れば連続9日間の休みが取れるが、それが精一杯。それなのに最初はそれすらダメだと言われたものである。

 振り返ってみれば、夏休みにいかにしてより多くの連続休暇を取るか、に腐心していた銀行員時代であった。転職した不動産会社は「お盆に一斉休暇」という私の最も嫌いなパターンだったので、翌年からみんなに働きかけてバラバラに取得する方式に変えた。それでも連続9日間は変わらず。取ろうと思えば2週間連続も取れたが、今度は立場がそれを許さず自主的に9日間に抑えて、社員のみんながより多くの休みを取れるように意識した。子供が大きくなると、休みを取ってもすることがないという事態になったのは想定外だったとも言える。夫婦2人でという考えはあったが、もうそういう状態ではなかった。

 少しは親孝行と思って、この時期万座温泉に行き(最初は草津温泉であった)、その後従兄弟に会いに行くという事を始めたのが数年前。従兄弟と年に一度会うことができるようにも心がけた。お互い家族を持って仕事も持ってとなると、毎日遊び回っていた子供の頃のようなわけには行かないが、それでも酒を飲みながらいろいろな話をするのもまた一興である。御代田へ通い始めて50年、それぞれの道を歩んでいるが、年に一度くらいは交流があってもいいのではないかと思う。

 今年はまた心境に変化が生じた。社会人になって初めて夏休みを分割して取ることにしたのである。前半は土日絡めて4日間休みを取り、万座温泉と佐久・御代田ツアーへ行ってきたが、今年は後半6日間がこれから控えている。今年は実家へ行って「出戻り」の準備をするのもあるが、1人で博物館へ行こうと思っている。国立科学博物館と群馬県立自然史博物館である。きっかけは『生命の大進化40億年史 古生代編 〜生命はいかに誕生し、多様化したのか』という本なのであるが、そこに出てきたカンブリア紀の生物の展示があるようなので興味を持ったのである。1人自由気ままにそういう活動をするのもいいだろうと思う。

 実は連続して取ろうと分割して取ろうと、夏休みそのものは「5営業日」であることには変わらない。昔は欧米は1ヶ月休みを取ると聞いて羨ましいと感じたが、今はそれよりも少なくとも質を充実させたいと思う。その上でトータル10営業日くらいの夏休みを取りたい気持ちはあるが、現場の社員はそんなに休める環境にはないので、ちょっと難しいかもしれない。ただ、5日間であったとしても、過ごし方によってはいろいろと楽しめるとは思う。博物館巡りも面白ければ京都や奈良の博物館も面白そうであるから行ってみるのもいいかもしれない。

 2027年にはオーストラリアでラグビーのワールドカップが開催される。今までは行くことは無理だろうと思っていたが、別居すればなんの気兼ねもなく行けるという事に気がついた。試合日程からすれば「夏休み」というわけには行かないが、ずらして取るということを考えてもいいかもしれない。いろいろと考えてみると楽しみは広がっていく。そしてその楽しみを実現していくには、何より仕事をしっかりやって、会社の業績を安定させないといけない。当たり前であるが、仕事という基盤がしっかりしていて、初めて休みという事が意識できるのである。

 そもそも仕事は楽しいからやっているというところもあるが、充実した休みを取るためにも一層力を入れる必要がある。これから家計費も別居すれば2家族分必要になるし、より多くの収入を得る必要がある。人生を充実させていくためにはお金も必要であり、しっかり稼がないといけない。会社の業績が良くなればそれも可能になってくる。ぼやきたい気持ちになる時もあるが、自分がリーダーシップを取って指導できる部分もあるだろうし、ぼやいている暇があったら、やれる事をやろうと思う。

 まだ、後半の夏休み前であるが、そう考えると仕事も夏休みも楽しみであると思うのである・・・


seth0sによるPixabayからの画像


【本日の読書】
 日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学 (講談社現代新書) - 小熊英二  リカバリー・カバヒコ - 青山 美智子






2025年7月24日木曜日

踏み出す

この道を行けばどうなるものか、危ぶむなかれ。

 危ぶめば道はなし。 踏み出せばその一足が道となる。

  迷わず行けよ。 行けばわかるさ。

一休宗純

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 「嫌ならやめればいいじゃないか」というのは昔からの私の考えである。「そうはいかない」という考えもわからないではないが、基本的な考えは変わらない。最初にそれをはっきりと言葉にしたのは、銀行に入って3年目くらいの時であったと思う。業績不振から担保不動産を処分して借入の返済をしていただく事になった取引先の役員に言われた言葉がきっかけだった。当時下っ端の私にはわからなかったが、おそらく私の上司と借入の返済を巡っての厳しいやり取りがあったのであろう、担保不動産の売却手続きに同行した私に不満をぶつけてきたのである。

 曰く、「銀行の仕事は嫌な仕事だと聞いている」、「知り合いの銀行員も子供には継がせたくないと言っている」等、いかに銀行の仕事が嫌な事かという事を私に告げてきたのである。挙句に私に同意を求めてきた。「あなたもそう思っているのではないですか」と。相手が嫌味を言ってきている事は感じていたし、それに対する反発心も確かにあったが、私は純粋な気持ちから答えたのである。「仕事は嫌ではないですよ。嫌なら辞めますから」と。子供に継がせたくないような仕事ならなぜそれを続けるのか。「家族のため」というのは言い訳にしか過ぎないと思う。
 
 もちろん、そう簡単に辞めるわけにはいかないという事情もわかる。すぐに他に「嫌ではない仕事」が見つかるわけではないだろうし、見つかったとしても収入が落ちるならどうしようという問題もある。選択肢がなければ嫌であろうと何であろうと辞めるわけにはいかない。家族持ちであればなおさらである。私であれば、それなら「嫌だと思わない方法」を考えるだろう。仕事の中に何か楽しみを見つける(これは比較的得意である)とか、嫌な要因を自分なりに解消する努力をするとかするだろう。

 嫌なものをなぜ我慢するのか。その理由に自分自身納得できないのであれば、「やめる」というのが私の基本的な考え方である。そういう考え方に基づき、このたび結婚生活も終わりにする事にした。妻の私に対する「他人扱い」にもう耐えられなくなったのである。おそらくその原因は私にあるのだと思う(自覚はないがそうなのだろう)。ただ、明確なところはわからないし、話し合ってそれを改善してもらおうという気にもなれない。この秋、子供たちと妹夫婦とでハワイに行くと告げられ、それが決定打になった。私は誘われる事もなかったのである。

 この状況で家族を続けていく意味はあるのだろうかと自問してみるが、答えは「否」である。私にその気はあっても妻にはない。それを非難するのも意味はないし、これ以上他人扱いされてまで一緒に暮らす意味もない。そうなると、残るは「嫌ならやめればいい」という答えしか残らない。そうしてまずは別居することになった。子供たちを追い出すわけにもいかないので、私が家を出る事にしたのであるが、腹を決めて行動に移せば物事は意外と進んでいくものである。

 銀行員時代、50代半ばでたいがいみんな子会社か取引先かに転籍するかして銀行を去る事になっていた。私はその前に独自に探して出ようと思っていたが、なかなか踏ん切りがつかなかった。それはどこかで面倒な事を先送りする気持ちが強かったからである。しかし、いざ実行してみると何の事もない。なぜぐすぐず先送りしていたのか自分でもあきれるくらい簡単な事であった。別居も同じである。ここ何年も迷っていて、理由をつけては先送りしてきたが、もう行動に移そうと考えた。行動に移してみれば実に簡単であった。

 私の銀行員時代の同僚は、今も関連会社などに残っている者が多い。処遇によっては満足していて、それはそれでいいと思う。しかし、自らの境遇を嘆いている者もいる。それはその時に勇気をもって飛び出さなかったからであり、「もう少し考えよう」とか「どうしようか」などと言っている間に時間が過ぎてしまった結果である。私の場合は偶発的に出ざるを得なかったという理由なので偉そうな事は言えないが、結果的に行動したのは正解であった。基本的に「迷ったら動く」という考え方が大きいが、(あまり好ましくない)行く末が予想されるのであれば、思い切って動くべきだと思う。

 今の時代は恵まれている時代である。転職するにしても選択肢は多い。年齢を重ねると難しくなるが、それでも贅沢を言わなければ生きていけるくらいは稼げるであろう。離婚も社会的に悪影響があると言われたのも過去の話であるし、子供との縁が切れるわけでもない。そうであればもう迷う話ではない。実家の両親もこの頃老いて危なっかしいし、同居すればその分安心するところもある。いいタイミングと言えばいいタイミングなのである。あれこれくよくよ考えるよりも、前向きに自分の未来について考えたいと思うのである・・・

Greg ReeseによるPixabayからの画像


【本日の読書】
 草枕 - 夏目 漱石  監督の財産 (SYNCHRONOUS BOOKS) - 栗山英樹  カラー図説 生命の大進化40億年史 古生代編 生命はいかに誕生し、多様化したのか (ブルーバックス) - 土屋 健, 群馬県立自然史博物館  イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ (光文社古典新訳文庫) - トルストイ, 望月 哲男





2025年6月12日木曜日

人生に無駄な事はない

 高校の時、将来の進路に悩んだ私は、単純に観た映画の影響で弁護士になろうと志し、大学は法学部を選択した。当時の大学生は入ってしまえばこの世の天下。授業にもろくに出ずに遊ぶのが世の雰囲気であった。しかし、私は両親に授業料を出してもらう以上はきちんと学ばなければとそういう世の風潮に反発し、学生時代は真面目に授業に出席して勉学に励んだ。しかし、3年になってそれまでの一般教養課程から専門課程に入り、ようやく本格的に法律の勉強に入ったが、1年間勉強してわかった事は、「法律は自分には合わない」という愕然とする事実。悩んだ末、弁護士という進路を変更し就職を選んだ。

 その変更は今でも1ミリも悔いていない。むしろよくきっぱり切り替えたと思う。ただ、恨めしく思うのは、一般教養課程という大学のカリキュラム。高校の延長のようなつまらない授業で、今でも何の意味があるのか疑問である。1年から専門課程に入れば良いと思う。そうすれば私も2年時には転部などにより他の学部で勉強ができただろうと思う。4年になった時点では、もはや留年してまで転部するという選択肢は親にも負担をかけたくなかったため取れなかった。それはそれでしかたがないが、せっかくの4年間なのであり、4年間専門課程でみっちり学べるようにすればいいのにと今でも思う。

 そういう経緯もあって、銀行に就職した私であるが、大学で法律を学んだ経験は、なんとなくあちこちで生きていると感じてきた。銀行員時代は不良債権の担当を長く続けたが、債権回収の現場では法的対応がどうしても視野に入ってくる。当然ながら弁護士と打合せを繰り返す事になるが、その時に大学で法律を学んだ下地というのが生きてきたのである。大学で学んだと言っても司法試験を受験したわけではない。弁護士と比較すれば学生レベルの知識などたかが知れている。だが、知識レベルというものではなく、強いて言えば「言葉がわかる」と言えるのかもしれない。

 法律は、(民事の場合)互いに争う原告と被告とが法廷で事情を知らない裁判官に自らの正当性を法律に照らして主張するものである。「実際にどうか」ではなく、「法律に照らしてどうか」である。それゆえに、「実際はこうだ」と主張しても始まらない。「法律に照らしてどうか」を主張しないといけない。このあたり、慣れない人にはわかりにくかったりする。また、弁護士も専門用語で専門的な話し方しかできない人もいて、慣れない人にはわかりにくかったりする。そうした専門バカ(と言っては失礼だが)の弁護士さんの話をスムーズに理解できるという事はしばしばあった。

 不動産業へと転職したあとは、大企業の金融証券取引法違反事件に巻き込まれ、横浜地検に事情聴取に呼ばれた事があった。社長や他の同僚と順番に呼ばれたのであるが、聴取の冒頭で「これは任意調査という理解でよろしいか」と検事に念を押した。当然ながら任意調査であり、途中で嫌だと思えば打ち切って帰れるわけである。担当検事は私の出身大学と学部を見て納得したようで、その質問に対しては丁寧に説明してくれた。もちろん、こちらにやましいことなど何もなく、全面協力のスタンスで望んだのであるが、しかしながら住所氏名のほかに学歴や財産状況まで事細かく書かされ、少なからずあまりいい気はしなかったのである。せめて「(拒否できると)わかっていて協力している」と示したかったのである。

 極めつけは、前職の退職後、元社長と争った裁判だろう。相手は弁護士を立てて訴えてきたが、私は弁護士に相談しつつも基本的に1人で受けて立った。相談した弁護士には初めから不利だと言われていたし、それは自分でもわかっていたが、それでも終始1人で裁判を続けて最後は不本意ながら和解で終わった。しかし、弁護士費用をかけずに終わらせたので、その点では経済的な損失は最小限にとどめられたと自負している。何とかできるだろうと思ったのも、法律的な論点がそれほど難しいものではなかった事もあるし、法律的な表現にも抵抗感がなかった事もある。訴えるのはさすがに無理だが、受けて立つなら何とかなるものである。

 最近ではまた会社対会社の訴訟になっている。今度は訴えた方。上場企業の理不尽にモノ申したわけであるが、こちらも最初から不利と言われている。筋論からいけば圧倒的に我が社の方が世間の同情を得られると思うが、契約上ではさすがに相手もよく身を守っている。当初から和解を想定しましょうと弁護士から提案を受けているが、できるだけ有利な条件で和解に持ち込みたいと考えている。されどやはり情勢は不利。しかし、ここにきて最後の反撃に出る事になった。「契約は口頭でも成立する」のであるが、であれば「契約は口頭でも解消する」のではないかと私が弁護士に投げかけたのである。

 弁護士も常に最適な手を打てているとは限らない。あるいは最適解を提案してくれていても、実は2番目の解の方が良かったりすることもある。言われるがままにすべてお任せとしていては、絶対にそういう事はわからない。詳しい事はわからなくても、要所要所で弁護士さんと話をし、相手の主張を説明してもらい、こちらの主張を考える中で思い浮かんだアイディアである。ただ闇雲に考えればいいというものではないが、法学部を出ていたからこそ、そうした対応が取れてきたのだと思う。

 「人生に無駄な事があると思えば無駄な事が起こり、無駄な事がないと思えば無駄はない」という言葉がある。その通りだと思う。大学4年の春、進路変更を決断した時、法学部に入って無駄な時間を過ごしてしまったと呆然とした。できれば別の学部に入りなおしてやり直したかった。しかし、振り返ってみると、法律の下地ができた事が今は自分の一つの強みであると思っている。今でも法曹界は私が進むには魅力の乏しい世界だと思っているが、それでも飛んでくる弾から身を守るくらいはできるようになっていると思う。まったくの素人よりもその「ほどほど感」が良いと思う。

 そういう意味で、学生時代に学んだ事は無駄ではなかったと改めて思うのである・・・


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【本日の読書】 
 存在と思惟 中世哲学論集 (講談社学術文庫) - クラウス・リーゼンフーバー, 村井則夫, 矢玉俊彦, 山本芳久 若い読者に贈る美しい生物学講義――感動する生命のはなし - 更科 功 【中古】 語りえぬものを語る 講談社学術文庫/野矢茂樹(著者) - ブックオフ 楽天市場店 またうど【電子書籍】[ 村木嵐 ] - 楽天Kobo電子書籍ストア




2025年6月1日日曜日

誕生日に思う〜論語雑感 子罕第九 (その4)〜

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
子絕四。毋意、毋必、毋固、毋我。
【読み下し】
子(し)、四(し)を絶(た)つ。意(い)毋(な)く、必(ひつ)毋(な)く、固(こ)毋(な)く、我(が)毋(な)し。
【訳】
先師に絶無といえるものが四つあった。それは、独善、執着、固陋、利己である。
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 6月は誕生月である。毎年、その時に思うことを綴っている。この1年を振り返ってみて思うのは穏やかに過ごせてきたなという事。何か劇的な事が起こったわけではないが、何もないのが一番だとこの頃は思っている。娘は社会人、息子は大学生のそれぞれ2年目を迎えている。心を病んだりして、休職したり大学へ行けなくなったりという事もない。家族も病気になったりする事もない。両親はますます短期記憶が怪しくなっているが、それは年齢もあって止むを得ない。まったくもって平穏な毎日がありがたい。

 友人から招待券をもらい、ラグビーリーグワンの決勝戦を観戦してきた。新国立競技場は2回目であるが、その威容といい、雰囲気といい、秩父宮とはまた違った良さがある。招待されたのはプレミアムシートで、一般席とは椅子が違い座り心地がいい。秩父宮も一般席とちがって座席間の間隔が広く、背もたれもあったが、国立競技場はそれ以上である。廊下も絨毯であるし、人が少ないために静かでゆったりしている。そんな中での観戦は最高の誕生日プレゼントであり、友人には感謝しかない。

 会場では大学時代のラグビー部の先輩や後輩も来ていた。同じ友人の招待であるが、前回会ったのがいつかも覚えていないくらい久しぶりで、そうすると一瞬お互いがわからない。それでも「会ったことある」という思いから一生懸命記憶の糸を辿り、「あぁ◯◯さん」、「□□!」となったのである。30年ぶりくらいに会った先輩は言われないとご本人とはわからなかった。記憶にあるその先輩は、もっと痩せていて、カッコ良かったものであるが、今やただの親父であった。自分もそう思われていたのだろう。

 同期の友人2人はもう定年退職していた。家では奥さんに疎ましがれていて、一生懸命家事手伝いをしているという。今の時代は定年退職した後も家で威張ってゴロゴロしていられるわけではない。私は妻とは老後は別々に暮らしたいと思っているが、一緒に暮らすと家事をあまりやらなかった男は特に大変である。しかし、どんなにやってもベテラン主婦には敵わないし、それを良しとしない妻とは対立必至であり、ならば別居するのがお互いにストレス回避でちょうどいい。密かに温める私の老後プランである。

 両親を見ていると、いずれやってくる「老い」を意識せざるを得ない。この頃、被害妄想が出てきていて、近所の人が倉庫に盗みに入ったなどと言っている。そこで感じるのは、その人の根底にある人間性である。人に対しての根底にある想いが、認知能力が衰えていく中で現れるのではないだろうか。人に対して攻撃的になるか、寛容になるかである。残念ながら、我が母は攻撃的だ。以前はそれほどでもなかったから、たぶん表には出さなかったのだろう(妻には出していたのかもしれない)。人の振り見てではないが、自分は寛容でありたいと思う。今からしっかり人間性の奥底に刻みつけないといけない。

 この先も安定して今と同じ暮らしが送れるのかはわからない。会社が生き延びていければ大丈夫のように思うが、AI時代を迎え、システム開発の世界はどうなるかわからない。もしかしたら一気に仕事がなくなる時代がすぐそばまで来ているのかもしれない。そこは運命共同体。自分だけが助かる道を考えるのではなく、みんなで困難を乗り越えていくことを考えたい。今の会社に対して自分ができる事は何か。常にそれを意識していきたいと思う。最低でもあと9年は何とか今のまま働きたい。そのためにはできる事をやり続けよう。

 これから意識していきたいのは「いい老い方」。人間は歳をとれば若者の見本にならないといけない。そのためには日頃の行動からそれを意識していかないといけない。それこそが孔子に絶無と言われていたものであるように思う。「独善的になっていないか」、「何かに執着しすぎていないか」、「頑迷固陋になっていないか」、「利己的になってはいないか」がまさにそれではないだろうか。人生90年としたら、すでに自分は第四コーナーに差し掛かっているわけであり、その先のラストスパートに備えないといけない。いいゴールのイメージを描いて、みんなにスタンディングオベーションを受けられるように、これからやっていきたいと思うのである・・・



【本日の読書】
 百年の孤独 - G. ガルシア=マルケス, Garc´ia M´arques,Gabriel, 直, 鼓




2025年2月2日日曜日

あなたの短所はなんですか?

「自分の長所と短所は?」と聞かれたら、みんなはどう答えるのだろうか、とふと考えた。我が社の社長は、新卒採用の学生との面談で「あなたの短所は?」と良く質問する。学生は思いもかけない質問に面食らいながら、あれこれと答えてくれる。社長はそれを聞いた後、「短所は裏返せば長所でもある」とよく学生に語る。そんなやり取りをよく横目で聞いているが、さて自分だったらどう答えるだろうと思う。自分の短所とはなんだろうか。

しかし、あれこれと頭を回らせてみたが、どうにもこれといったものが思い浮かばない。それは何も自分には欠点もない人間だというものではない。むしろ欠点だらけだろうと思うのだが、「何が短所か」と問われるとどうにもこれというものが思い浮かばないのである。短所の反対は長所であるが、では「長所は?」と問われると、なんとなく答えられる。「目標に向けてコツコツ頑張れる」とか、「(ビジネス上の)コミュニケーション力が高い」とか出てくるが、短所となると出てこない。

なんでだろうかとさらに熟考してみる。その理由は2つあるように思う。1つは、人間は自分の顔を見ることはできないのと同じで、自分の欠点を見ることはできないのかもしれない。鏡を使えば実際とは左右反対の顔を見ることはできるが、鏡なしで自分自身で見ることはできない。もう1つは、人間も馬鹿ではないので、自分自身で欠点だと認めたところは改善しようとする。だから短所と言うべきところが改善されてなくなってしまうということである。

私も多分、周りの人から見たらいろいろと欠点はあるのだろうと思う。妻に聞けば滔々と語ってくれるかもしれない。しかし、他人はそれを一々指摘してくれない。だから自分でも気づかないままになってしまう(もちろん、親切に指摘してくれれば直そうとするから直ってしまう)。指摘してくれればいいが、指摘してくれなければ他人から見ればはっきり見える短所が自分では見えない。他人との関わりの中で、自分で良くないなと思うところは直すことはできる。それは鏡で自分の顔を見るようなものであろう。

自分で意識していれば、他人の反応などから改めなければならないところに気付くかもしれない。私も以前は仕事であれば当然だと思うことをストレートに相手に伝えていた。しかし、それだとたとえ内容が正しくても相手から反発を受ける事がしばしばで、それは相手が悪いと開き直っていたが、当然それでは良くなるものもならない。そこで言い方にも気をつけるようにしたら、グッと自分の意見を聞いてもらえるようになった。自分の短所がそれで一つ減った。

まだまだ自分で気が付かない短所はあるだろうと思う。他人からは見えていて自分からは見えない短所。それを見つけるのはなかなか大変である。それと社長の言うように、裏を返せば短所も長所という事もある。「優柔不断」はよく言えば「慎重」だし、「せっかち」も「行動が早い」と言える。なので他人から見える短所を自分では長所と考えているところもあるのかもしれない。「コツコツと取り組む」と考えている事が「遅い」と思われているかもしれない。

そんな事を考えていくと、「短所が見当たらない」のも無理もないのかもしれない。繰り返すが、だから「短所がない」というわけではなく、「自分からは見えない」という事である。見えないから仕方がないと放置するのではなく、他人から指摘してもらえたら感謝を持ってきちんと耳を傾け、指摘してくれなくても他人の反応から気付く意識も必要だろう。そういう感性は常に持っていたいと思う。「あなたの短所はなんですか?」と尋ねられたら、「短所に気づかないところです」という事だろうか。いずれにせよ、自分の短所は敏感であり、常に意識して改善するようにしたいと思うのである・・・

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【今週の読書】
「戦後」を読み直す 同時代史の試み (中公選書) - 有馬学   戦略文化 脅威と社会の鏡像としての軍 (日本経済新聞出版) - 坂口大作  水中の哲学者たち - 永井玲衣





2024年12月29日日曜日

あざなえる縄とは言うものの・・・

「辛いという字がある。もう少しで幸せになれそうな字である。」
星野富弘
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その昔、「一瞬の幸福のために辛い人生を生きる価値はあるのだろうか」と考えた事がある。「禍福は糾える縄の如し」という言葉がある通り、人生は幸と不幸が混じり合っている。幸福だけの人生であればいいが、不幸な事もある。人によってその過少過多はあるが、その割合は10:0にはならない。どちらかと言えば辛い事の方が多い。大学受験は現役の時に志望大学に受からず浪人した。予備校に通わず暗い宅浪生活を1年間送った。受かるかどうかもわからぬ不安の中での1年間は、精神的になかなかきつかった。さらに1年と言われたらとても無理であった。

そんな思いをして合格を勝ち取ったが、喜びは一瞬。大学生活の日常の中に喜びは埋没していった。社会人になっても、仕事は人間関係を中心とした忍耐生活であった。プライベートでも好きな女の子に思いは通じず、「自分の人生ってなんだろう」と思う事、しばしば。そんな中だったから、「一瞬の幸福のために辛い人生を生きる価値はあるのだろうか」と考えてみたりしたのだと思う。その時の結論としては、「たった5分間だとしても、そのために生きる価値はある」と思ったのである。

翻って今はどうだろうかと思う。幸い、辛い事はあまりない。かと言って大きな喜びがあるというわけでもない。しいて言えば「凪のような生活」と言える。幸と不幸との間のジェットコースターのような人生からすると、凪いだ海のような生活は好ましいのかもしれない。幸と不幸の大きな山と谷の人生と凪いだ海のような幸も不幸もない人生とどちらがいいだろうかと考えてみる。年齢的なものもあるかもしれないが、大きな幸運とともに大きな不運がある人生とともにない人生とでは、ともにない人生の方が好ましいのではないかと思ってみたりする。

凪いだ海のような人生と言っても、よく見れば小さなさざ波はあるもので、日々の生活の中に小さな幸福を見つけたりすることが多い。週末はシニアのラグビーに通っているが、仲間と練習で汗を流すひと時は何とも言えない小さな幸福感を感じさせる。試合の緊張感、いいプレーができた時の満足感、試合に勝ってみんなと飲み、負けてみんなと飲む。そこでわいわいとくつろぐ瞬間は、小さな幸福感を味わえる瞬間である。

仕事でも、一応役員という立場で、自由に思ったようにできる。好き勝手と言ってもそこは仕事の範疇なのであるが、それでも自分で考えた事が会社の役に立ったり、自分の意見で会社が動いたりする。人に言われて言われた仕事をするよりも自分で思う通りにできる仕事はこの上なく面白い。「仕事が面白い」というと、奇異な目で見る人もいるが、仕事の面白さを知らないのは不幸だと思う。

その楽しい仕事でも、実は日々いろいろな問題が起こっている。業績が思うように伸びなかったり、採用が思うように上手くいかなかったり、現場のプロジェクトで問題が起こったり、新入社員が会社に来なくなってしまったりという事など、問題のオンパレードである。すべてが思い通りに行って、毎日ニコニコしながら仕事ができたらどんなにいいだろうと夢想するも、現実は酷である。

それでも過去2度も体験した突然の失職と再就職が決まるまでの不安の日々から比べればどうという事はない。「解決すべき問題=仕事」がある事こそが幸せだと思う。一瞬の幸せと言ったが、実は幸せとは「不幸でない事」かもしれない。住む家があって、仕事があって、家族がいる。「辛」いと思っていたが、よくよく老眼を凝らして見たら「幸」という字であったのかもしれない。幸とか不幸とかは、もしかしたら考え方の部分が大きいという事もあるかもしれない。

最近は瞬間的な幸福よりも、凪いだ海のような平穏な日々の方が好ましいように思うようになってきている。平凡な日々を送れることこそが、実は十分な幸福なのかもしれない。多少上手くいかないことがあったとしても、今日も平穏な1日を過ごせる事に喜びを感じられるようにしたいと思うのである・・・

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2024年10月27日日曜日

人の記憶

 この週末、久しぶりに高校の同期会があった。前回から8年ぶりとのことだったが、そう言われればそういう気もするし、それよりも前回はどこでやったのかと考えてみると思い出すのに時間がかかってしまった。約120人の出席者だったが、時間にもゆとりがあり、じっくりといろいろな友人たちと話ができた。それにしても、当たり前であるが、人の記憶というものは人それぞれであり、同じ経験をしているはずなのに覚えている人と覚えていない人がいる。自分には鮮明に残っている記憶が相手にないというのも意外な気がする。

 1人の友人と久しぶりに再会した。彼は実は中学校からの同級生であるが、高校時代は同じクラスになったことがない。特に同じクラブにいたこともないし、趣味が合うこともなく、会えば親しく話をするくらいである。会場でぽつんと立っているのを見かけて話しかけた。実はその時、名前を忘れてしまっていたが、幹事の心遣いでみんな名札をつけており、それで名前で話しかけることができた。いつ以来だろうと考え、「前回来ていたっけ?」と聞いたところ、「中学の集まり以来だね」と答えが返ってきた。

 そう言えば、中学の時の集まりがあって、それは2017年の事であった。つまり7年前である。衝撃的だったのが、その場に彼がいた事、彼が中学以来の同級生だったという事をすっかり忘れていた事である。彼はその集まりでの私との会話に言及してくれたが、私は狐につままれたように相槌を打つことしかできなかった。確かに彼はあまり社交的な性格ではなく、目立つ存在ではなかったが、それなりに好意を持って接してきたつもりである。なのにまったく私の記憶から抜け落ちていたのである。

 彼のことを蔑ろにするつもりはないし、これからも仲良くしていきたいと思っている。なぜ忘れてしまったのかと考えると、会えば話をするし、中学校以来の友人だし(忘れていたが)、しかし逆に言えば会わなければ思い出す事もない。人間の脳の記憶容量には限界があるだろうし、そんな脳が彼のことを忘れたのも当然かもしれない。申し訳ないなと思う気持ちが生じた。その他、声をかけてくれた何人かは名前も覚えていなかった(名札が大いに役に立った)。

 覚えていない言い訳としては、もともと一度も同じクラスになった事がなく、高校時代も話をした事があっただろうかと思うくらいであるが、向こうは私を覚えている。幾つかのエピソードを挙げて「まだやってるの?」と聞かれて内心面食らった。なぜ知っているのだろうか、と。相手は自分のことを覚えてくれているのにこちらにはその記憶がない。何だか不義理を働いているような気分になる。私が全校的な有名人であればそういう事もあるだろう。しかし、残念ながら謙遜するまでもなくそんな事はない。

 話をした中には、高校時代とはまるで人相が変わってしまった者もいる。あまりの別人化に話ていてもやっぱり狐につままれた気分だったが、記憶が残っていればそれを頼りに話ができる。話しかけてくれるという事は、ある程度好意を持ってくれているという事である。ありがたいと素直に思う。覚えていないのは、思い出さないからに他ならない。普段会わずに、思い出しもしなければ、脳だって記憶容量に限界がある以上、deleteするだろう。たまに思い出して記憶の維持をする事が必要なのかもしれない。

 好意を持って話しかけてくれた友人はやはり大事にしたいと思う。ただでさえ友人は少ないし(いたずらに数を増やしたいとも思わないが)、せめて自分に好意を持って話しかけてくれる同級生は友人として大事にしたいと思う。次の同期会は4年後の予定だが、その時は今回の事をしっかりと覚えておいて、自分から話しかけるようにしたいと思うのである・・・



【今週の読書】

孤闘 三浦瑠麗裁判1345日 - 西脇 亨輔  三体2 黒暗森林 上 (ハヤカワ文庫SF) - 劉 慈欣, 大森 望, 立原 透耶, 上原 かおり, 泊 功






2024年8月11日日曜日

夏休み

 先週、夏休みが終わった。今の会社も夏休みは交代で取ることになっていて、毎年のことだが、どこへ行くにも激混みとなるお盆を避けての取得である。前職では、転職時にお盆に夏休みを取得した事があるが、それは会社全体でこの時期に休みを取るというものであったためにやむなく従ったのであるが、元々アマノジャッキーな私としては我慢ならず、翌年から交代制にしようと主張して会社の制度を変えてしまったという過去がある。そうして今年もお盆を避けて休みを取ったという次第である。

 思い起こしてみれば、昔は「休むことは悪」という風潮が世の中にはあったが(何せ「24時間戦えますか」の世の中であった)、今はそういう風潮はほとんどないと言える(少なくとも私の周辺では)。いい時代というか、昔が異常であったと言える。銀行員時代、夏休みはもちろん交代で取っていたが、毎日1回は職場に連絡を入れなければいけないというルールがあった。休み中の本人に聞かないとわからない事があった場合のためというのがその理由。私はこれが嫌でたまらなかった。

 今考えても当然であるが、休みは従業員としての権利であり、心身ともにリラックスするために、休みの日は仕事を離れてのんびりできる期間である。しかしながら、休む事が悪という風潮にそれは反している。その根底には、「休んでも周りに迷惑をかけないようにしなければいけない」という雰囲気があった。ちなみに今は「おかげさまとお互い様」を合言葉に、「休む人が気持ちよく休めるようにすれば自分も気持ちよく休める」という精神を部下には強要している。当時の風潮に対する反発である。

 銀行の主任時代だったが、反抗的な私はその夏海外旅行へ行った事もあって、あえて休み中に電話を入れなかった事がある。海外から高い国際電話をかける気にはなれなかったのである。すると、なんと日本の職場からホテルにまで電話がかかってきたのである。呼び出しを受けて、何かトラブルがあったのかと慌てて電話を取った。すると「連絡がないから」と言う。ついでのように事務的な質問をされたが、私も本部の事務部門に聞かないとわからない。「こちらで聞きますか?」と嫌味のように返したが、さすがにそこまでは求められなかったが、旅行気分をぶち壊されたのは言うまでもない。

 今も私と同世代の人間には、「休むのが悪」という雰囲気は根強い。我が社の社長のように「仕事が趣味」となれば休まないのも理解できる。そういう人はいいと思うが、私は今でも「休む派」である。もう子供も大きくなれば家族旅行という事もなく、休んでも何をするのかと問われると痛いところだが、それでも普段平日にしかできないことをしたり、今年は家族にも黙って都内のアパホテルで1人過ごしたが、エアコンの効いたホテルの室内でのんびり映画を観たりドラマを観たり、ネットサーフィンをしたりと過ごし、大浴場に浸かったのはいいリラックスタイムであった。

 もっとも私も完全に頭の中をオフにしたわけではない。取締役として仕事には責任を持っているが、今はスマホで会社内のやり取りが見えるし、メールチェックもできる。合間合間に確認する事で、「何か起こってないか」と案じる事もなく、チェックする事で逆に安心を得られたという効果もある。あの時もスマホとチャットツールがあれば、お互いストレスなく海外旅行を楽しめたかもしれない(ただあの時はそこまでしたいとは思わなかったと思うが・・・)。

 世の中の進歩は、確実にいい方に向かっていると思う。時代の風潮や技術などの恩恵も大きい。今は銀行ではどんな働き方をしているのだろうかとふと思う。働くのが苦行だったのは過去の事になったのだろうか。私も仕事が趣味ではないが、安定した望み通りの生活を送るためにも仕事で成果を上げる事は必須であり、そのためにこそ頑張ろうと思う。夏休みは十分リラックスできたし、また来年の夏休みを楽しみに、1年間楽しく働こうと思うのである・・・


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【今週の読書】

歴史学者という病 (講談社現代新書) - 本郷和人  父が息子に語る 壮大かつ圧倒的に面白い哲学の書 - スコット・ハーショヴィッツ, 御立 英史




2024年7月14日日曜日

アンチエイジング

 その昔、頭が硬い上司がいて、いろいろとアイディアを提案してもあれこれ言って先送りの末に有耶無耶にされるという事があり、イライラさせられた事がある。石橋を叩くのも大事だが、叩いてばかりで渡ろうとしないのは問題である。慎重なことは大事であるが、慎重すぎるのは「過ぎたるは及ばざるが如し」である。さまざまな経験を積めば、いろいろなリスクに思いが及ぶのはわかるが、組織の活性化を阻害しては何にもならない。いつしかこれぞ「老害」なのだろうと思うようになっていた。

 しかし、自分もいつの間にか上司より部下の数の方が圧倒的に多くなり、かつての上司の立場になっている。そんな自分を振り返ってみて、「大丈夫だろうか」とふと思う。還暦になって、しかも会社の財務を預かる立場になって、いつの間にか保守的になって、かつて嘆いた「老害」になってはいないだろうかと心配になったのである。「大丈夫だ」と思いたいが、「評価は他人が下したものが正しい」という野村監督の言葉にある通り、自分で大丈夫だと思っていても本当かどうかはわからない。

 ただ、それ手でも何となく自分はまだ大丈夫な気がする。自分が受け持っている総務部(と言っても財務も人事も含む総務である)では、みんなに「業務改善提案」の提出を義務付けている。そしてその結果もきちんと人事評価に織り込んでいる。その目的は、「漫然と仕事をしない事」。常に何か改善点はないか、見直すべき事はないか、新しい工夫はないか、を強制的に考える仕組みを作っているのである。みんなには不評だが、やめるつもりはないと宣言している。

 その代わり、どんな些細な提案であろうと点数を与えている。0点という事はない。そうやって仕事のマンネリ化を防ぎ、何か新しい事を考えるように仕向けている。それは自分自身にも向けていて、役員としてどんな新しい工夫をするのかを意識している。新しい工夫と言っても、そうそういくつも簡単に出てくるものではない。悪戦苦闘の連続である。そういう意識でいると、若手から何か提案があれば、「やってみなはれ」という気持ちになる。

 実際、何か前向きの提案をしても、認められなければガッカリするし、そのうちにそんな提案などしても無駄だという気持ちになる。それは組織の停滞に繋がるし、そんな様子がわからない社長から見ると、「うちの社員はダメだ」となるのかもしれない。それを防ぐためには、何か提案があればそれを積極的に後押しするしかない。何が何でもというわけにはいかないかもしれないが、ダメならダメでその理由を説明し、できれば更なる改善を求める事も必要だろうと思う。

 実際、私も先日部下から改善提案を受けたが、非常にいい内容だと思ったので、全社的に進めようと答えた。「ではやれ」だと本人も戸惑うであろう。そこで次回の役員会で提案して役員の同意を取り付ける事にした。そうして「個人の提案」から「会社の施策」になればお墨付きが得られ、そうする事で本人も進めやすくなる。こうした環境作りは上司の責任だろうと思う。そういう施策が次々と出てくるようになれば、「アクティブ総務」の評判を築く事ができるかもしれない。

 世の中では「アンチエイジング」という言葉がある。いつまでも若々しくありたいという気持ちはよくわかるが、それは見かけだけの事であっては意味がないと思う。見かけも大事であるが、それ以上に「精神のアンチエイジング」は必要ではないかと思う。ただでさえ、肉体は老いても精神は老いぬもの。であれば「老害」というのも本来はあり得ないはず。ただ、「面倒だ」と思う心はあるのかもしれない。新しいものについて考えるのが面倒だと感じる心である。

 それは何となく理解できるところである。私もだんだんと億劫になってきているところがある。それは「精神の疲労」なのかもしれないと思う。当面、注意しなければならないのは、この「精神の疲労」かもしれない。それを防ぐのは、「精神の休息」なのだろうか。何が役立つかはわからないが、この「精神の疲労」に気をつけつつ、老害とならないように精神のアンチエイジングに努めて行きたいと思うのである・・・


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【今週の読書】
思考の技術論: 自分の頭で「正しく考える」 - 鹿島 茂  Mine! 私たちを支配する「所有」のルール - マイケル ヘラー, ジェームズ ザルツマン, 村井 章子  心はあなたのもとに (村上龍電子本製作所) - 村上 龍