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2025年6月26日木曜日

ラグビーの話

ラグビーは少年をいち早く大人にし、大人に永遠に少年の魂を抱かせる

ジャン・ピエール・リーブ(元ラグビーフランス代表キャプテン)

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 先日、所属しているラグビーチームの試合のビデオを観た。私は年代が異なっていたため参加しなかったのだが、自分のいないチームの試合を客観的に観るというのも勉強になるものである。とある40代のプレーヤーだが、別のシニアチームではコーチを務めている。ラグビーが好きで何と社会人になってからラグビーを始めたらしい。コーチの資格まで取って自分より年配のシニア層にコーチしているわけであり、それなりにラグビーをわかっていると思う。しかし、その彼であるが、試合ではいいところがなかった。簡単に相手につかまりボールをロストする。タックルを振り切られて抜かれてしまう。そんなプレーが目についた。

 原因は見ているとはっきりわかる。一言で言えば気持ちが逃げているのである。ラグビーはコンタクトスポーツである。相手とぶつかり合うコンタクトのスポーツであり、そこで負けてしまうと試合では勝てない。そして相手とぶつかり合うがゆえに、気持ちの強さが要求される。バックスは相手を抜こうとするものであるが、抜けない場合はしっかり相手に当たり、そこを次の攻撃の拠点にしなければならない。それを逃げようとして捕まり、ボールを落としてしまったのである。タックルではしっかり体を当てにいっていないので走り込んでくる相手を手で捕まえる形になり、当然捕まえられずに振り切られてしまっている。

 ラグビーは単なるボールゲームではなく、相手を押しのけてボールを運ぶスポーツである。もちろん、フォワードで体を張ってボールを確保し、相手のディフェンスを崩してバックスにボールを回して抜くというものでもあるが、どのプレーヤーでも相手とのコンタクトはしっかりできないといけない。それがラグビーの真髄である。そこがクリアできれば、7割方はできたと言っても良いと思う。あとは技術を覚えていくだけであり、それはそれほど難しくはない。逆に言えば、技術だけ習得しても、コンタクトという真髄ができないと試合では苦しくなってしまうだろう。

 我がチームには社会人になってからラグビーを始めたという人が結構いる。私がそうであるように、「学生時代にやっていた人がやめられなくて続けている」というイメージがあったので、新鮮であった。「子供がやっているのに付き合っていたらやりたくなった」、「テレビで観ていて面白いと思っていて、それが高じてやりたくなった」などさまざまである。ただ、そうした社会人デビュー組にコンタクトに対する苦手意識がどうも多いように思う。それも無理からぬところはある。見るのとやるのとでは大きく違う。ましてやタックルの場合、相手が走ってくるので恐怖心が芽生えても不思議ではない。

 試合が終わるとあちこちの痛みに気付く。ぶつかり合うわけであるからそれも当然である。擦り傷も多く、シャワーを浴びる時に染みて気付くこともザラである。スパイクで踏まれたところも傷になる。雨が降っても基本的に試合はやる。さすがにシニアになってまで雨の中で試合するのはどうかと思う事もあるが、それがラグビーなので仕方がない。最近は芝生のグラウンドが一般的になってきているのでありがたいが、昔は泥だらけのジャージの洗濯が大変だったものである(昔は母親からは「自分で洗え」と突き放され、今も妻は当然洗ってくれない)。

 怪我はやはりつきもので、大きな怪我をして家族から禁止令が出て、レフリーに転向した仲間がいる。同じ理由で試合には出ない「練習限定」の仲間もいる。シニアになれば会社でもそれなりのポジションを占めているので、怪我が怖いのは誰もが同じ。会社の社長ともなれば誰にも文句は言われないが、無言のプレッシャーはあるだろう。いい年してそれでもラグビーをやめない。私もしばしびっこを引いて出社する時もある。顔にあざを作った時は治るまでバツが悪い。シニアになると怪我もなかなか治らない。

 それでもラグビーを続けるのはなぜだろうかと自問してみるが、やっぱり面白いからという事に尽きる。私の場合、コンタクトにはまったく抵抗はないし、タックルは好きな方である。ボールを持って相手に当たるのも然り。しかし、バックスに転向してからは、「触れさせずに抜き去る」事に快感を覚えており、その方面に意識は行っている。キックも絡めれば「抜く」プレーはいろいろとあり、臨機応変にこなせるプレーヤーになりたいと思っている。とは言え、鍛えれば鍛えるほど、体力の上がった若い頃と比べ、今は年々細胞が劣化していく。鍛えても現状維持がせいぜいか、そもそも鍛えるのも時間的制約があったりする。うまくなるのも限度がある。

 人間も生物である以上、老化は避けられず、年を取ると動きも鈍くなる。だからシニアのラグビーは年代別になっているのであるが、下の年代に無理して対抗しようとは思わないが、同世代では対等にやっていきたい。向上心を持って、時間をつくり、少しずつでも練習して少しだけでもうまくなりたい。まだもう少し、この痛いスポーツを楽しみたいと思うのである・・・


christianesteveによるPixabayからの画像

【本日の読書】

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2024年12月26日木曜日

怪我

ラグビーをやっていると怪我はつきものである。大きいものから小さいものまで常にどこか痛い場所があると言っても過言ではない。還暦を過ぎた今もラグビーをし続けているが、怖いのはやはり怪我である。それも仕事に支障のあるような大きな怪我である。それでもやっているのは、「楽しいから」という気持ちが怪我に対する恐怖心を上回っているからであるが、安易に「自分は大丈夫」と根拠なく思い込んでいるだけではなく、一応気をつけてはいる。平日も仕事から帰ってきて筋トレをしたり、走ったり。毎週の練習は欠かさず出席したり。来年は一層年代別の試合に出場することを徹底しようと思う。

高校時代はまだ土の(というより砂利に近い)グラウンドであった。なのでひじやひざ、ボールに飛び込んだ時に大腿部の横にできる通称「ハンバーグ」という擦り傷が絶えた事がなかった。かさぶたができてもすぐ練習で取れて血が滲む。そんな事を繰り返したせいか、今でも傷跡があちこちに残っている。ただ、それは「怪我」のうちには入らなかった。今は芝生のグラウンドも一般的になってきているので、さすがにそういう擦り傷は激減している。何となくそれだけでも現代のラグビー環境はありがたいと思う。

そんな小さな怪我ばかりであればいいが、生活に支障の出る大きな怪我もなくはない。大学の後輩も2人ほどそういう大きな怪我をしてしまっている。障害者手帳をもらうような大きな怪我はさすがに怖いと思う。経験のあるいい選手だっただけに、「下手だから」怪我をするわけでもない。有名大学の有名選手も大きな怪我でラグビー人生を絶たれたりしている。その時々のタイミングなのだろう。運が悪かったとしか言いようがないのかもしれないが、なるべく怪我をしないように、せめて練習を欠かさぬようにしようという思いでやっている。

私自身はと言うと、幸いにして比較的大きな怪我は1度だけである。大学4年の公式戦開幕戦で、左肩を脱臼して救急車で運ばれた事である。脱臼するとあんなに痛いものだとは思いもよらなかったが、その後公式戦を何試合か欠場しなければならなかったのがもっと痛かった。ラグビーは痛いところがあってもテーピングをしたりしてごまかしながらやるのが当たり前であるが、さすがに満足に肩を上げられない状態だとみんなの足を引っ張るだけなので欠場を選択したが、最後のシーズンだっただけに実に悔しい思いをしたのである。

大学を卒業し、社会人になってもラグビーは続けた。社会人ともなると、下手に怪我をして仕事に支障をきたすと非難される事になる。「自己管理がなっていない」という事である。「怪我をするような事を社会人になってもやっているのか」というプレッシャーは常にあった。せめてもの救いは勤務先の銀行のラグビー部でやっていれば、万が一に怪我をしても「会社が認めた活動」という言い訳が多少できるくらいであった。それでも仕事のために怪我を恐れてラグビーをやめるという「良い子」になるつもりは微塵もなかった。

社会人になって、実は左足の靭帯を切る怪我をしたことがある。幸いな事に「後十字靭帯」だったので、手術不要で一定期間の固定だけであった(初めてギブスをした)。どうしてもびっこを引くことになるが、支店の同僚に見つからないようにわざわざ駅から支店まで人通りの少ない裏道を遠回りして通った。支店内では「打撲」でごまかした。考えてみればそのくらいしかない。怪我をする人は頻繁に怪我をしているし、入院して手術が必要な怪我をしている人もいる。そういう人から比べると、私は怪我をしにくいタイプなのかもしれない。

シニアとなった現在も怪我の回復が極端に遅くなっているのを自覚しており、無理はしないように心掛けている。ともすれば多少痛くても試合には支障がないと考えてしまう自分がいる。「三つ子の魂百までも」ではないが、試合を休むことに妙な抵抗感があって、このくらいの怪我なら出られると考える自分がいるのである。休んでもいい怪我とそうでない怪我という基準が自分の中にあって、気持ち的には「出られる」と思っても、今はもう無理せず欠場を選択してするようにしている。

そんな感覚があるからなのかもしれないが、ちょっと具合が悪いからと仕事を休む人に対しても違和感を感じてしまう。私は小学校から高校まで無欠席であったし、大学も病欠の記憶はない。仕事も早退は何回かあったが、やはり病欠はない。多少具合が悪くても「休む」という感覚がない。まぁ、インフルエンザのように他の人にうつす危険性がある場合はこの限りではないが(そのインフルエンザも罹った記憶はない)、多少具合がわるくても休もうと思わないのは、怪我で試合を休まない感覚に近いかもしれない。もっとも、休みたくなるほど具合が悪くなった経験が少ないという事もあるかもしれない。

それでもこれからは意図的に考え方を変えていこうと思う。還暦も過ぎれば細胞レベルで体も劣化しているだろうし、若い意識での過信は禁物だと思う。これからはラグビーでも仕事でも「体優先」で行きたいと思う。精神論だけではなく、「いたわり」も必要であろう。「己の体に優しく」を大事にしていきたいと思うのである・・・


PrawnyによるPixabayからの画像

【本日の読書】
運 ドン・キホーテ創業者「最強の遺言」 (文春新書) - 安田 隆夫   三体2 黒暗森林 下 (ハヤカワ文庫SF) - 劉 慈欣, 大森 望, 立原 透耶, 上原 かおり, 泊 功




2024年2月25日日曜日

大事なことはタックルから学んだ

 よく「大切なことは◯◯が教えてくれた」というような本を見かける(『人生で大切なことはすべてスラムダンクが教えてくれた』『人生で大切なことは手塚治虫が教えてくれた』等々)。それらはみんな真実だと思うが、人は誰でも何かを一生懸命やっていると自然とそこから学びを得られたりするものだと思う。それが例え「スラムダンク」であろうと、であろうとであろうと学べるものなのだということなのだろうと思う。そんな自分にも何かあるだろうかと考えてみると、一つにはやはりラグビーである。特に象徴的なのはタックルだろう。

 タックルはラグビーを象徴するプレーである。他の球技では基本的に人と人の接触はないように行われる。同じフットボールでもサッカーのタックルは「ボールを奪う行為」であり、せいぜい相手選手の肩に自分の肩を当てる程度である。バスケットボールも野球もボールを持っている相手を倒すような行為は反則である。激しくぶつかり合うという意味ではアメフトも同様であるが、ボールを持ってゴールへと向かう相手を体を張って止めるというところはラグビーの大きな特徴である。

 同じぶつかり合いではあるものの、ボールを持っている攻撃側は実はほとんど抵抗感がない。しかし、ディフェンス側のそれをタックルする方は抵抗感が大きい。私も高校でラグビーを始めた頃、ボールを持って相手に当たる行為は大好きであったが、タックルの練習は嫌でたまらなかった。なぜだろうかと考えてみると、主導権は攻撃側にあり、タックルする方はそれを「受ける」という形になるからだろうと思う。走り込んでくる相手に向かっていくのは勇気のいる行為である。

 私も高校時代は自分は攻撃型のプレーヤーだと思っていて、タックルには苦手意識しかなかった。しかし、大学に進みポジション争いが激しくなるとそんなことは言っていられない。タックルのできない選手が試合になど出られるわけがない。否が応でも練習せざるを得なくなった。練習を繰り返せば考える。「どうすれば倒せるか」、「どうすれば痛くないか」。教えられたことを試し、一流選手の試合を見て参考とし、自分でもいろいろと考える。そうするうちに自分なりのスタイルが出来上がり、いつしか苦手意識は無くなっていった。

 タックルで一番大切なのはなんと言っても「ハート」だろう。アドレナリン全開で「相手をぶっ倒す」と相手に向かっていく「ハート」である。これがないといくらテクニックを学んでもダメである。逆にテクニックなどなくても「ハート」があれば相手を倒せる。そこで大事なのは、あくまでも「ハート」であり、言い換えれば「怯まない心」とでも言えるかもしれない。ラグビーはぶつかり合いであり、体格差の影響が大きい。しかし、体格で負けてもハートで負けなければ大丈夫である。

 今のシニアチームに入ってまもない頃、試合で突進してきた相手にタックルに行き、見事に吹っ飛ばされたことがある。走ってきた相手の勢いと体重差ともあって正面から行っても跳ね飛ばされたのである。しかし、試合後、まだ話したことのなかったチームメイトから「ナイスタックル!」と声をかけられた。相手に吹っ飛ばされたのに「なんで?」という疑問が湧いたが、勢いと体重差で負けたのは仕方ないが、正面から止めに行った姿勢を評価してくれたのである。「体を張って止めにいく姿はチームメイトに勇気を与える」とも言ってくれた。意識はしていなかったが、そういう風に取ってもらったのは嬉しいことであった。

 そこは自分としても大事にしている。タックルに行って負けるのは仕方ない。しかし、大事なのは「怯まずタックルに行けたか」である。胸を張ってそう言えるなら、結果は仕方ない。また次頑張ればいいのである。その「怯まない心」は仕事でも私生活でも自分の基本になっていると思う。仕事でも自分の意見を言う時、上司であっても怯まずに自分の意見を言える根底には「怯まない心」があるように思う。電車の中で理不尽な言い掛かりをつけられた時も然りである。

 そうした「怯まぬ心」は、自分の考え方や行動における大事な基本になっていると思う。結果を気にしてあれこれ悩み惑うことは、私の場合それほどない。「ここは自分としてこうする」と決めたら怯まないでいられるのは、考えてみればタックルで培った精神なのかもしれない。他人から見たら大した事はないかもしれないが、そんな風に思うのである・・・

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【今週の読書】

イーロン・マスク 上 (文春e-book) - ウォルター・アイザックソン, 井口 耕二 教誨 - 柚月裕子








2023年11月5日日曜日

楽しいラグビーとは

 先日、高校のOBチームで試合をした。相手は毎年定期戦をやっている別の高校のOBチーム。試合は勝ち負けをガチガチに競うというより、親善的な要素の色濃いもの。試合に出る者には80代(紫パンツを履く)もいれば70代(黄色パンツを履く)もいる。私もルールに従い、今年から赤パンツ(数えで60代)の仲間入りをしたが、上の世代とまともにやっては怪我人が出てしまう。そこでいつも緩和ルールを敷いている。「楽しいラグビーをしよう」とみんなが言う。しかし、私はいつも「楽しいラグビーってなんだ」と思う。「普通に激しいコンタクトをするラグビーは楽しくないのか」と。

 ラグビーは激しいコンタクトを伴うゆえに、試合が終われば大きな怪我をしなくても普通にあちこち痛むもの。ゆえに連戦などとても難しい。せめて2週間くらいの間隔は欲しい。先日開催されたラグビーのW杯は、1週間間隔だったから、選手はさぞかしキツかったと思う。しかし、そこから得られる満足感はそれゆえに格別である。コンタクト制限したラグビーは、確かに「痛くはない」かもしれないが、そういうラグビーをやりたいか、見たいかと問われると、やはり答えはNOである。ラグビーはコンタクトを伴うからこそ面白いのである。

 また、別の日、私は所属するチームの定期戦に出場した。その日は赤黄パンツの試合と、白紺パンツ(白は40代以下、紺は50代)である。私は赤黄の試合に出たのだが、赤同士の試合は拮抗していたが、後半は相手が黄パンツメンバーが中心になると、俄然我々赤パンツチームが圧倒した。相手を抜くと簡単に振り切れるし、相手の当たりを止めるのも容易。こちらのダメージも少なく、私自身トライを2本も取ることができて、それなりに「楽しい試合」であった。相手が弱かったと言えばそれまでであるが、人間はどうしても老化は避けられない。黄色パンツの人たちもかつてはもっと手強かったはずである。年齢を経て力が衰えたのである。それは当然のことであり、だからラグビーは年齢別で試合をするのである。

 その日、メンバーの関係で私は紺白の試合にも後半だけ出場した。相手は抜くよりも当たって崩すタイプのチーム。味方もタックルに行くが次々に跳ね飛ばされてトライを取られていった。見ているうちに沸々としたものが心に湧いてくる。怪我人も出たりして、最後の後半にメンバーが足りないとわかると思わず手を挙げていた。試合は案の定、ディフェンスに終始。正面からタックルに行くが、フォワードの選手とは体重差もあり跳ね飛ばされる。それが1本、2本と続く。ますます闘志が湧き、本来はフォワードの選手が行く場面もそれを押し除けてタックルに行った。

 それで試合結果が覆せるほど甘くはなく、チームは大敗した。しかし、私には満足感が漂っていた。気持ちよく「負けたぁ〜!」と叫べる試合とでも言えるだろうか。初めに出た赤黄相手の試合より、トライを2本取るよりも、私にとっては「面白かった」と言える試合であった。これが「楽しいラグビー」でなくて何が楽しいラグビーなのだろうかと思う。人によって「楽しいラグビー」の定義は様々だ。学生や社会人でやり切って、もう体力もないと早々に現役を退く人もいれば、紫のパンツを履いて頑張る人もいる。それぞれに「楽しいラグビー」の定義があるのだろう。

 コンタクトのない「痛くないラグビー」が楽しいという人もいるだろう。高校のOBチームの親善試合では、「怪我しないのが一番」という合言葉でやっている。それはそれでいいのである。私にとっては違うけれども、まぁ「練習の一環」だと考えれば十分許容範囲内であり、「こんなのは楽しいラグビーとは言えない」などと言って空気を壊すほど大人気なくはない。いずれ自分も体の老化が進み、今のようにコンタクトができなくなったら、「楽しいラグビー」の定義も変わるかもしれない。それまではコンタクトのあるラグビーを楽しみたい。今の「楽しいラグビー」を心から楽しもうと思うのである・・・

Patrick CaseによるPixabayからの画像

【本日の読書】

  








2023年11月2日木曜日

ラグビーワールドカップ2023雑感

 4年に1度のラグビーワールドカップが終わった。今回も全48試合をテレビで観戦した。Jスポーツは本当にありがたいと思う。普段からテレビのチャンネル権がない私としては、毎朝1時間早く起きてみんながまだ寝静まっている中、1人楽しんだ。決勝戦も、また私が事実上の決勝戦だと思っていた準々決勝の南アフリカ対フランス戦も紙一重の差もない実力拮抗した試合で、手に汗握る好ゲームだった。それ以外のどの試合もため息が出るような一流の技術を観る事ができて大満足であった。

 全48試合の中で、個人的にベストプレーだと思ったのは、南ア対フランス戦での南ア・コルビ選手のキックチャージだろうか。トライが決まった後、コンバージョンキックでフランスは追加点を狙うが、ルール上ではこのキックに対しチャージができる。しかし、実際には難しい(ゴールラインからキッカーまで全力疾走しても大抵は間に合わない)のと、ゲームが止まっている間に息を整えたかったりして黙って見ている選手が多い。それをコルビ選手は全力疾走してなんとチャージしてゴールを阻んでしまった。

 例えば普通の試合でも、終了間際で逆転がかかった時などは全員でチャージに行くなんてことはあるが、試合の中盤ではあまりない。それを真面目にやって、しかも成功させてしまったのには驚いてしまった。最終的にこの試合は1点差で南アが勝ったが、このチャージがなければ逆にフランスが1点差で勝っていたので、まさに試合を分けるチャージだったわけである。誰にもできないようなスーパープレーもいいが、こういう誰もが本当はやらないといけないような地味なプレーこそ、世界中のラグビープレイヤーがお手本とすべきもので、さすがワールドカップ・プレーヤーだと思う。

 その試合も決勝戦も1点差の死闘。どっちが勝ってもおかしくはなく、もう一度やってもどっちが勝つかわからない。運次第とも言えそうな内容はさすがに世界のトップレベルである。何気なく蹴ったボールの飛距離など、私が全力で蹴っても飛ばない距離だし、パスのスピード、距離、ハンドリングスキル等は見ていてほれぼれするもの。簡単にこなしているが、おそらくあのレベルにまでいくには、もともと持っている運動神経だけではなく、かなりの量のトレーニングの賜物でもあると思う。まだシニアでラグビーをやっているものとしては、1ミリでも近づけるようになりたいと思うものである。

 全試合を録画していたが、試合として最後に観たのは、プール戦の最終戦であるトンガ対ルーマニア戦。どちらもすでに3敗していて予選敗退は確定しているが、「1勝」をかけて激突。国歌斉唱の時点で涙ぐむ選手もいて、勝利にかける意識が伝わってくる。ラグビーファンの関心は決勝トーナメントに向いていたと思うが、そんな地味な試合でもそれにかけている選手がいて、現地で応援するファンがいる。試合はトンガが勝ったが、ルーマニアの奮闘も素晴らしく、好ゲームであった。満足のいく48試合目であった。

 4年前にワールドカップが日本に来て、「にわかファン」なるものが急増し、日本におけるワールドカップも盛り上がったが、今回は日本が予選で敗退してしまうと、終息感が漂っていた。どのスポーツでも自国が負けてしまうとファンの関心もしぼんでしまうものだとは思うが、たとえ自国以外であろうと、決勝戦に目を向ける人こそがコアなファンだと思う。さらに言えばどの試合であろうと目が行く人こそそうであろう。私もJスポーツをうっかりつけて、どこのチームかわからない試合でも、ついつい見入ってしまったりする。そういう人が少しずつ増えていくと、もっと放送も増えるのかもしれない。

 季節はちょうど大学生の公式戦が佳境に入る頃。そろそろ上位校同士の戦いが始まるので、次はそちらに目が行く。対抗戦にリーグ戦、観ようと思えば関西のリーグ戦まで観られるが、ワールドカップのように片っ端から録画して毎朝観るというのもしんどい。学生が終わればトップリーグも始まるし、テレビとは言え、観戦は控えないと他のやりたいことに支障が出てしまう。こちらはほどほどにセーブして楽しみ、あとは自分でプレーする方に回したいと思う。次のワールドカップは2027年オーストラリア。こちらは現地に行きたいなぁと思っている。仕事とお金を今から意識して何とかしようかという思いが脳裏をよぎる。

 39年ぶりにオーストラリアの地を踏むというのも悪くはないなと思うのである・・・


【本日の読書】

 



2023年2月26日日曜日

どこのポジションでもやる

 先日、所属しているシニアラグビーのチームで新キャプテンからアンケートを頼まれた。新チームの運営の参考にするのだと言う。いくつかある質問の中で、これぞ自分の信念の特徴だと思えるものがあった。それは「試合で出場可能なポジション」という質問であった。私の回答は、「やれと言われればどこでも」というものである。ラグビーの場合15のポジションがあるが、私は割と器用な方で、これまで13のポジションは経験がある。そういう経験があるからということもあるが、だからというわけではない。未経験のポジションは私には難しいが、それでもやれと言われればやる。

 そもそも誰でもそうであると思うが、やりたいポジションというのは誰でもあると思う。不得意なポジションをやっても面白くはないかもしれない。どうせやるならやって面白いポジションでやりたいだろう。だが、人数が足りない場合、誰かが空いているポジションをやらなければならない。キャプテンがメンバーを決める際、誰かにそのポジションを頼まないといけない。その時、快諾してくれればキャプテンの負担も減るというもの。嫌だと言われればやってくれる人を探さないといけない。

 ラグビーのようなスポーツはメンバーが揃わないと試合ができない。きちんとメンバーが揃って活動しているチームなら問題はないが、そうでないチームでは誰かがやらないといけない。そんな時、「自分にはできない」、「自分はやりたくない」と断るのではなく、たとえ不得意なポジションであっても自分はやる人間でありたいと考えている。もちろん、やり慣れないポジションであればうまくできないのは当然であるが、そこは勘弁してもらうしかない。自分がやることで試合が成立するわけであるからそれがチームに対する貢献である。

 それは割と他のことでも当てはまる。仕事でも「これが自分の領域」と決めることはあまりなく、必要があれば「領域外」でもやることを厭わないようにしている。もちろん、技術が必要でやる気だけではできないものもあるからそういうのは別であるが、そうでなければやることは厭わない。それで会社として何かが進むのであればそれが自分の存在価値になると考えている。今の会社では総務担当であるが、必要があれば営業だってやるだろう。そういう「穴を埋められるプレーヤー」たらんと思うのである。

 学生時代、三年時に私は先輩人とポジション争いをしていた。右と左のフランカーという2つのポジションを3人が競う構図である。熾烈な争いだったので(何せ先輩2人は最後の年である)、キャプテンとしてもなかなか決めにくかったのだと思う。そこでキャプテンが出した結論は、私の別のポジションへのコンバートであった。隣のロックのポジションがどうにも弱く、そこで私を代わりに、となったのである。もちろん、私としてはポジション争いを制する自信もあったし、フランカーのポジションにこだわりたかったのであるが、そこは折れることにした。

 学生時代はとことん勝ちにこだわる試合をしていたし、そのためには自分も一番得意なポジションで出たいという思いが強かった。しかし、他の先輩2人と比べ、私が唯一上回っていたのが、器用なところであった。他の2人の先輩にはロックは無理だとキャプテンに言われてしまった。それもあるが、そもそも私にはチームのためであれば我を通すというところはない。ましてやキャプテンが私にいう前にいろいろと考えたであろうことはわかったし、それゆえに私には断るという選択肢はなかった。その年、天下の早稲田大学と公式戦を戦ったが、唯一残念だったのはフランカーで出られなかったということである。

 不動産業だった前職では、新たに室内清掃事業を内製化しようということになった。私にルームクリーニングの経験はない。しかしながら、人数も少ないため言い出しっぺの私もやらざるを得なかったのでやること自体に抵抗はなかった。そして記念すべき第一号案件は、見事に汚れ切った部屋だった。10年くらい掃除していないのではないかというほどであった。特にひどかったのがユニットバスに付属しているトイレ。自分で内製化を提案した手前もあるが、他の人にトイレを掃除しろというのが憚られ、自らやることにした。

 結局、それ以降もバス・トイレは私の担当になったが、おかげでバス・トイレの掃除は上手くなったと思う。人によっては掃除なんかと思うかもしれない。ましてやトイレ掃除となるとよけい抵抗感があるかもしれない。中にはひどく汚れたトイレもあるわけであるから尚更である。その経験を通じて改めて実感した事は、私は割となんでもできるという事である。よく、「こんな仕事をやるために入社したわけではない」と言ったりする人の話を聞く事があるが、自分がやれる事をやるというのも大事であると思う。

 人によってそれぞれであると思うが、「やりたい仕事をやる」というのも大事であるが、「必要とされる事をやる」というのも大事であると思う。何よりそういう「必要とする仕事をやってくれる人」は組織にとって大事にされるし、それがその組織における自分の存在価値になるだろう。もちろん、便利屋になってしまうこともあるかもしれないが、私はそれでも「必要とされる事」に喜びを感じるタイプである。便利屋で大いにいいじゃないかと思う。

 これからも「どこのポジションでもやる」というスタンスは維持していきたいと思うのである・・・

Simona RobováによるPixabayからの画像 

【今週の読書】

 




2022年11月23日水曜日

私のラグビー観

 高校に入学してラグビーを始めて42年。始めた頃は、こんなに長く続けるとは思ってもみなかった。「若い頃しかできないスポーツ」という認識であったし、そんな意識を持っている人がほとんどではないだろうか。ラグビーをやっている人間でさえそうだろうと思う。それなのに今もこうして続けているのは考え方の変化もある。やってみると意外にできるものだということもある。実際、私のように50代の人間ばかりでなく、60代、70代、そして80代の人もやっている。もちろん、だんだんと激しさは薄れているが、それでもぶつかり合いに違いはない。試合が終われば体も痛い。

 高校生の時、指導してくれたOBの方が、「ラグビーは格闘技だ」と語っていた。しかし、ラグビーは相手を倒しても勝てないし、点を取らなければ勝てないという点で球技である。ただ、激しいボールの奪い合いがあるので、格闘技だと言いたくなる気持ちもよくわかる。実際、学生時代は「相手を怪我(退場)させたら気分がいい」という気持ちを持っていたのは事実。公式戦の前などは1週間も前から体調管理に気を使い、試合に向けて気持ちを高めていったものである。今はもうそういう感覚はない。

 出身母校のOBチームは某私立高校のOBチームと毎年定期戦をやっている。参加者は30代から80代までいて和やかな交流である。わが母校のOBはチームとしては活動しておらず、個々人が分散してやっている。自分のチームの練習がない時には、某私立高校のチームに参加させてもらって練習しているため、お互い顔見知りになっている。それもあって「相手を怪我させてやろう」などという気持ちは起きない。それどころか、試合の時に「怪我のないようにやりましょう」などと一見、矛盾したようなことを言い合っているくらいである。

 そういう私も普段は自分のチームに参加しているが、考えてみれば所属するチームがあるというのはありがたいこと。仲間がいるから練習もできるし、試合もできる。ポジションを任せてもらえて、試合ができるからこそ楽しめている。そういう意味で、基本的に練習や試合には欠かさず出席している。好きな時、都合の良い時だけ参加するというのでは、人数が必要なスポーツゆえに練習すらままならない。天気が悪い時などは休みたくなるが、自分の都合だけで休むわけにはいかないと考えている。

 その延長は相手チームにも言える。相手があって初めて試合ができる。そう考えれば、相手チームの人たちは「敵」ではなく、「同志」と言える。だからと言って試合でタックルを加減するなんて事はしないが、試合が終わればたとえ負けても気持ちよく握手する。レフリーも当然「同志」の1人。だから試合中に相手の反則を取ってくれなくても、「見てなかったんだな」と納得する(結構みんな文句を言うのである)。反則もレフリーが認めてこそ反則なのである。そして基本的にレフリーは中立であると信頼している。

 若い頃との違いを感じるのは肉体のダメージである。すぐに筋肉痛になるし、試合などで痛めたところはなかなか治らない。治ってから試合に出ようなんて考えていたらいつまでも出られないことになりそうである。最近では首は1年以上おかしいままだし、膝は2ヶ月近く痛みを抱えている。週末はなんとか走れても月曜日はびっこを引いて歩いている。その繰り返し。そしてそれに腰の痛みが加わっている。どちらも試合に出なければ自然と治りそうなのだが、出ているので治らない。どちらを選ぶかと考えると、試合というのが回答である。

 スポーツはなんでもそうだが、万全な体調でやるのが一番であるが、得てしてそうはいかない時が多々ある。特にラグビーなどでは常に怪我と隣り合わせだし、学生時代からテーピングなどで誤魔化しながら練習や試合をこなしていたものである。その感覚が今でもあるので、多少痛いところがあろうと基本的にやるという考えは揺るがない。「どうすれば動けるか」考えるだけである。歯を食いしばって無理してやっているのではなく、それが自然のスタンスである。

 フルバックというポジションは、試合で自分が一番やりたいポジション。今のチームではそのポジションを任せてもらっているのが大いなる喜びである。人数が多ければ前後半のうち半分だけとなるが、昔と違って今はそれで不満もない。逆に人数がギリギリの時は、交代要員がいないというプレッシャーがかかる。15人いないとできないスポーツであり、1/15の責任は常に持つようにしている。ただ、責任感だけでやっているのではもちろんない。突き詰めればそれは「楽しいから」に他ならない。

 若い頃、将来はテニスでもやろうかと考えていた。女性と一緒に楽しめるし、体にもいい。その昔、付き合っていた女性と軽井沢のホテルに泊まってテニスをしたことがある。その時は、「やっぱりテニスっていいな」と思ったし、その女性と結婚していたらテニスの道に進んでいたのかもしれない。それはそれで良かったかもしれないが、今は結果としてラグビーにどっぷりと浸かっている。もうテニスの道に進むこともないのだろう。仲間との交流も楽しいし、自分はこれでいいと思う。

 思わぬ生涯スポーツと巡り合ってしまったが、これからもずっと楽しんで行きたいと思うのである・・・

victordernitzによるPixabayからの画像 

【今週の読書】

   





2022年11月7日月曜日

ラグビーは生涯スポーツか

  週末ともなれば、いそいそとグラウンドへ向かう。シニアのラグビーを初めてもう何年になるだろうか。その昔、シニアの試合を観た時に思ったことは、「こんなのラグビーとは言えない」というものであった。確かにラグビーの試合はしているが、動きも遅いしタックルは曖昧だし、プレーにピリッとした締まりがなく、ダラダラとやっているイメージで、「自分はこんなラグビーはやりたくない」と思ったのである。こんなラグビーをやるくらいなら、スッパリ足を洗ってテニスなりゴルフなりシニアでもそれなりにできるものにしようと。

 しかしながら、「ちょっとランニング代わりに走る程度」と思って始めたら、「もうちょっと、もうちょっと」と、だんだんと頻度が上がっていき、気がついたら試合に出ている有様である。今加入しているチームは、毎試合ビデオ撮影をしていて、それはすぐにYouTubeにアップされるようになっている。試合後にそれを観ていつも自分のプレーに愕然としている。パスのスピードは遅いし、パスだけでなく、走るのも含めて全体的にゆっくりである。いつも学生の試合を観ているので、その違いは歴然としている。何のことはない。いつか自分が批判した締まりのないラグビーそのものである。

 もっとも、実際の試合ではそんな感覚はない。自分なりに現役時代と変わらぬスピードで走っている感覚だし、パスも然り。相手のスピードも同様である。それがビデオで観るとそうではない。おそらく相対性理論が働いていて、グラウンドの中で流れている時間と、それを外で見ている時間の流れとが異なっているのだろう。私が属しているのは、4050代の試合だが、6070代の試合の時間の流れもまた違う。グラウンドの中で流れる時間は変わらないから、昔のように試合をしている感覚なのである。

 「生涯スポーツ」という言葉がある。文字通り歳を取っても楽しめるスポーツのことであり、イメージとしてはゴルフやランニングやテニスもそうだろうと思うが、ラグビーは間違いなく違うと思っていた(というより思っている)。一体、何歳までできるのが生涯スポーツの定義なのだろうかと考えてみるも、70代の人が試合をしているのを観ると、ラグビーも立派な生涯スポーツではないかと思ってしまう。そうは言っても、どこかでそれを否定したいという気持ちが拭えないのは、やっぱり幾つになってもできるスポーツではないと思いたいからかもしれない。

 先日は、試合の予定だったが、あいにくの雨。試合は雨中のものになった。思えば高校生になってラグビーを始めた時、「ラグビーの試合は雨でも中止にならない」と言われた。ラグビーはイギリス発祥の「紳士のスポーツ」。「紳士は一度試合をすると約束したら雨ぐらいではやめないから」と説明されたように思う。真偽は定かではないが、事実、雨中の試合は多々あった。だが、学生ならともかく、社会人になってもまだ雨の中やるんだと自分でも呆れたが、雨でもやるのである(ちなみに、雨でグラウンド管理者が使用を認めないため中止になるということはある)

 4050代の試合は普通のルールでやる。60代以上になると、「スクラムは押さない」など安全に配慮したルールを適用することはある。したがって遅いとは言え、普通にぶつかり合いがあるので怪我もする。それは仕方がないのであるが、若い時と違ってこれがなかなか治らない。治癒力も確実に落ちていくのだろうから仕方ないのであろう。学生時代は連日トレーニングをして体もできていたが、今はそうではない。はっきり言って練習不足であるから余計である。

 それなのになぜそんなに痛い思いをしてまでやるのだろうか。自問自答するまでもなく、それは「楽しいから」に他ならない。試合が終われば反省点だらけ。ならどうするかと考えて練習する。それで次の試合に上手くできれば満足であるし、できなければまた練習する。その繰り返し。良いプレーができれば気分がいい。その充実感こそが醍醐味であると言える。

 試合の翌日は、重い体を引きずって仕事に向かう。ラグビーだけをしていられた学生時代とはそこが違う。されど、重い体とは裏腹の充実感が仕事にも生きる。仕事とラグビーと、どちらの引退が先になるかはわからないが、どちらも生涯現役とまではいかないが、少しでも長く続けられるよう頑張りたいと思うのである・・・

Pete CurcioによるPixabayからの画像 

【本日の読書】

 


2022年9月11日日曜日

100年

 我が母校の大学のラグビー部は今年創部100周年を迎えた。先日、それを祝う式典があり、日頃OB総会などにはとんとご無沙汰している私も参加してきた。「100年に一度、すなわち一生に一度」という誘い文句に誘われたところもあるが、自分の居場所の一つでもあるから大事にしたいという思いもある。我が部の創部は関東では4番目の古さであり、実力的には強豪校の足元にも及ばないが、歴史だけは肩を並べているのである。何か一つでもそういうものがあると誇らしく思うものである。

 100年前と言えば大正11年。イギリス発祥の紳士のスポーツであるラクビーなどほとんど誰知るというスポーツだっただろう。それをやろうと言って仲間を集め、部を創ったわけである。練習はできても試合相手は3校しかないわけであり、当時どんな様子だったのか想像もできない。そもそもコーチなんかいなかっただろうし、ルールブック片手にいろいろと試行錯誤したのかもしれない。やがて続々と各大学にラグビー部が創設され、「対抗戦」が始まる。当時は「優勝」なんて概念もなく、ライバル校との「定期戦」が晴れ舞台であったという。

 以来、100年。連綿と後輩たちに受け継がれて本年を迎える。今は鬼籍に入った創部メンバーの先輩たちはこれを知ったらどう思うだろう。私が入部したのは1984年。創部から62年が経っているが、当時はあまりそんな歴史認識は持っていなかった。年配のOBがたくさんいるなという程度である。関心と言えば自分達の成績がすべてであり、夢中になって4年間を過ごした。今は人工芝に覆われたグラウンドだが、人工芝の下の土の地面には私の汗と思い出とが染み込んでいる。部室には私が使っていたロッカーが今でも使われている。

 時間が経てば100年経つだろうというのは、実は大いなる過ちである。部員が減れば試合ができなくなるし、当然廃部という危機も訪れる。創部メンバーに続いて入部者がいて、それが途切れることなく続いたからこその100年である。特に我が母校は国立大学ゆえに推薦というものがなく、すべて試験に受からなければならないという「壁」がある。私の高校からは、私以降入部者がいない。受験した後輩はいたのであるが、残念ながら合格できずに終わり、「壁」に阻まれてしまった。そうした「壁」を突破した者が続いた末の100年なのである。

 まず試験を突破しなければならないという壁があり、次にラグビーをやろうという意志がないといけない。実はせっかく壁を突破しても、高校でラグビー経験があるにも関わらず、同好会に流れてしまう学生も多い。それはそれで個人の趣味であるから文句は言えないが、体育会に入ってまでやりたいと思わないのは残念である。私も早慶明といった強豪校に入学していたら、多分体育会ではやらなかっただろうから、なんとなくその気持ちはわからなくもない。だが、強豪校とは違った良さもあり、それを知っているからこそ残念にも思う。

 強豪校には、高校の強豪校から猛者たちが集まる。私など経験者といってもレベルが違うし、もしも入部したなら、大学時代のすべてをラグビーだけに集中しないとついていけない。そこまで大学生活のすべてを注ぎ込みたくはないという思いもあり、強豪校に行ってもラグビー部の門は叩かなかっただろう。我が母校はその点、程よいレベルだったと言える。逆にだからこそ初心者でも気楽に入れてレギュラーを目指せるというのも我々の特色でもあると言える(もちろん、強豪校に初心者で入ってレギュラーになる猛者もいるが・・・)

 4年間など振り返ってみればあっという間であった。それ以後のOB生活は34年に及ぶ。もはやOBが主であると言っても過言ではない。式典には特に誘い合う事もなく赴いたが、そこで顔を合わせたのは久しぶりに会う先輩後輩と同期の面々。友人の少ない私だが、ここではあちこち声をかけるのに忙しい。来賓の中には高校のラグビー班のOBもいた。昨年70周年を迎えた高校のラグビー班もまた歴史のある存在である。どちらも自分の居心地の良い居場所であり、そういう居場所があるのが何よりも自分の喜びである。

 少子高齢化が深刻な世の中であり、これからも150年、200年と存続していくのかは不安に思うところである。たとえ続いたとしても150周年の記念式典には私はおそらく出られないだろう。式典でもらった100周年記念史にはしっかり自分の名前があった。自分は間違いなく、100年の歴史の1ページに名前を連ねている。そう思うと感慨ひとしお。それは私の2度とは経験できない4年間の証である。

 後輩たちはライバル校の中で苦戦を強いられている。昨年は全8校中の7位という成績であった。一つでも上を目指して欲しいと思いつつ、2度とは経験できぬ4年間をしっかり堪能して欲しいと思う。いつまでも歴史が続いていくのをOBの立場から応援したいとつくづく思うのである・・・


Forest WhiteによるPixabayからの画像 

【本日の読書】

 



2021年6月27日日曜日

試合と練習

 週末は、いつもシニアラグビーの練習で汗を流している。この練習であるが、普通練習はなんのためにやるのかと言えば、当然「試合のため」である。試合に勝つためにそれに必要な練習をするわけである。当たり前のことであるが、シニアスポーツの場合は必ずしもそういうわけではない。「試合のため」という目的の人ももちろんいるが、「健康のため」という目的のための人もかなりいる。それはそれで悪くはない。試合がすべてではないし、スポーツの目的は試合もそうだが、根本には「楽しむこと」があると思うからである。

 私も最近はそんな風に考えているので、あえて試合にはこだわらない。幸い、所属しているチームは50代の選手が少ないというチーム事情もあって試合数が少ない(シニアラグビーは年代別に試合を組んでいる)。友人の中には、試合数の多いチームで数多くの試合をこなしているのもいるが、私はあえて試合機会を求めてそういうチームに移籍しようとは思わない。どちらかと言えば、毎週汗を流して心地よい疲労感を感じることで満足しているのである。

 この週末、知り合いのチームから助っ人を頼まれて、某所で行われている大会の試合に出場した。試合を目的とはしないと言っても、「人が足りない」と言われればそこは無碍には出来ない。チームスポーツである以上、試合をするには一定数のメンバーを集めないといけない。メンバーが足りなくて試合ができないというのはなんとも無念なところ。なのでそういう声がかかった時は基本的に断らない。かくしてほぼ2年ぶりくらいに試合に出場したのである。普段、平日は走らないが、先週は3日間走って準備をしての参戦である。

 合流したチームには、知った顔がいるとは言え、助っ人は他にもいてチームを組んでの試合となると事前の打ち合わせが必要である。特にサインプレーの確認はしておかないといけない。お互い経験者だし、このあたりは試合前に何回か練習を繰り返せばそこそこ合わせられるようになる。シニアゆえに正式の40分ハーフの半分、つまり20分ハーフ(前半後半それぞれ20分)である。出番は後半の20分のみ。それだけ考えると気楽である。しかし、試合が始まるとわずか5分で息が上がる。いくら練習をしているとは言え、練習と試合は違う。練習は途切れ途切れの繰り返しであるが、試合は基本的に連続である。息が上がるのも当然である。

 息が上がると、意識レベルが下がるし、当然反応も鈍くなる。何より走れなくなる。これを「年(年齢)」と捉えるともう改善の余地はない。なぜならこれから若くなることはないからである。だが、「練習不足」と捉えるとそうではない。私は「練習不足」と考えている。なぜなら、学生時代や社会人ラグビーの現役時代は、しっかり練習を繰り返してこの「息が上がる」を克服していたからである。息が上がった状態で練習を繰り返すことにより、試合で走れる体力を維持できるのである。

 試合は、なんと私が「シンビン(10分間の一時退場)」を宣告されて20分のうち10分しか出られないというアクシデントに見舞われる。それでもたった10分なのに普段の2時間の練習より疲労度は大きく、また体のあちこちが痛い。いつの間にかできた打撲で帰り道はビッコを引き、マツモトキヨシで湿布薬を買い込んで貼っている有様である。思うように走れないし、抜けたと思ったら敵に捕まるし、キックはうまく飛ばないし、唯一現役時代と変わらず出来たのはタックルくらいであった。やはり練習不足の影響は大きい。

 さらに咄嗟のプレーに機敏に反応できない。だから、試合中も常に場面場面で想定されるプレーを頭の中でシミュレーションしている。現役時代は毎日のように練習していたし、毎週試合もしていた。その成果は「身体で覚える」ということに現れる。咄嗟のプレーに対しても無意識に身体が動くのである。頭で考える前に身体が動くのである。しかも適切に。それがこの頃はそうではない。「あの時ああすれば・・・」という後悔が常に伴う。だからシミュレーションは欠かせない。練習をしていたとしても、ダラダラやっていては意味がない。常に試合を想定し、その上で練習を繰り返すことが必要なのである。

 また、観るのも勉強になる。昨日は日本代表がブリティッシュ&アイランド・ライオンズ(要は全英代表チームである)とテストマッチをやっていたが、観ている時も各プレーヤーの動きから、自分の試合での動きのヒントを得たりする。練習だけだとそうはいかない。やはり試合を経験すると、「次はこうしよう」とか、「あそこはこうすれば良かった」という学びが得られたりする。その基本はすべて試合経験であり、やはりそこが出発点とも言える。試合は残念ながら日本代表も私のチームもともに負けてしまったが、やはり勝った気分を味わいたかったと思う。

 試合にはこだわらないと思っていたが、やれば面白い。体は痛いし、息が上がれば苦しいし、この歳になると怪我が怖いのも確かである。しかし、やはり面白い。「またやりたい」と素直に思う。年甲斐もなくと言われたとしても楽しいのだから仕方がない。年齢による衰えをカバーするには、もっと練習の負荷を上げた方がいいだろう。人より多く早く走るように心掛ければ、同じ練習をしていても負荷はかけられる。今まではそれほど負荷をかけようとも思わなかったが、試合にもっと出たいと思うならそうする必要がある。そして、久しぶりに試合に出て、「また出たい」と素直に思う。そしてそのために練習しようと。

 となれば、これからの練習に対する取り組み姿勢も変わってくる。何より弱点を強化し、思う通りのプレーをして気持ちの良い結果を残したい。肉体的な残り時間もそれほど多くないのは確か。であれば、無理のない範囲でもう少し試合を意識して練習に臨みたいと思うのである・・・



【今週の読書】
 



2019年11月15日金曜日

スポーツマンの引退

いつだったか、元プロレスラーの馳浩(現衆議院議員)が、「スポーツマンに引退はない」と語っていたのを覚えている。たしか、議員転出にあたって「プロレスは引退するのか」と問われての答えだったように思う。その状況はともかく、「スポーツマンに引退はない」という言葉だけが妙に印象に残ったのである。というのも、その頃ちょうど私も30を越え、ラグビーの引退を考えていたからである。

妙に共感するところもあり、自分の中では「引退」という区切りをつけることなく、なんとなくラグビーからフェイドアウトしていった。それはいまだにたばこは普段吸わないものの、「禁煙」したわけではないのと同じである。35歳くらいまでは勤務先の銀行のチームで試合に出ていたが、その後自然に試合から遠ざかっていった。子どもが生まれ、一応子育てにも参加していたし、時間的にも肉体的にも続けるのが難しくなっていったからである。

ラグビーは肉体と肉体がぶつかり合う激しいスポーツである。試合をするからにはそれに備えてトレーニングをしないといけない。当時も大先輩が年齢に合わせたゆるやかなシニアラグビーをやっていたが、当時の私の感覚ではそんなのは邪道で、激しいぶつかりあいのないラグビーはラグビーではなく、そんな「みっともない」ラグビーなどするべきではないと思っていた。当然、そんなラグビーを自分も続けようとは思わなかったからそれでいいと思っていた。

自然とグラウンドから遠ざかり、何となく振り返ってみれば、「自分の最後の試合」はあの試合だったなぁと思うようになっていた。それは、銀行で年に一回恒例として行われていた東西対抗戦であった。その時は「引退試合」という意識はなく、振り返ってみればそうだったという感じである。だから、その時は特別な感慨も抱かなかった。人生の折り返し地点と一緒で、気がつけば過ぎていたという感じである。

それが、大学のシニアチームに誘われ、練習に参加するようになった。その時は、運動不足の解消というのがテーマで、試合までやりたいとは思わなかったが、やりだせば誘われる。断るわけにもいかずに久し振りに試合に参加したのは4年前。見事に肩を負傷した。しかしながら、やってみれば面白い。体力は衰えていたが、周りはみんな自分より年上だったし、それなりにできたのである。たぶん、傍から見れば自分が「みっともないラグビー」と思っていたような試合だったと思うが、試合に出ている立場からすると以前と変わらぬ感覚であった。「面白い」と素直に思った。

以来、高校の先輩の伝手を辿り、某他大学のシニアチームに所属し、毎週練習に参加している。試合にも声がかかれば参加している。残念ながら所属チームは60代以上が中心で、50代の私はなかなか出ることができない。しかし、いろいろなところから声がかかり、試合には折に触れて出場している。試合が終わればあちこち痛いし、打撲、擦り傷は絶えない。タックルも現役時代と同じ様に(と言っても実際には衰えているだろうが)できる。ラグビー自体、ルールも変わって進化しているので、アップデートのための研鑽は欠かせない。気がつけば、35歳の時の試合は「引退試合」ではなくなっていた。

では本当の引退試合はいつだろうか。チームの先輩は、70代の方が頑張っている。仲の良いチームには80代の方がいる。シニアの試合はパンツの色が年代で決まっている。40代以下は白、50代は紺、60代は赤、70代は黄色、80代は紫である。やろうと思えば、まだまだ先は長い。たぶん、若い人から見たらスピードも遅いし、「みっともない」と映るに違いない。特に60代以上の「赤黄の試合」になればその傾向は顕著である。だが、「いいじゃないか」と最近は思う。人から見てみっともなくても、自分が楽しいのだから。

ラグビーは肉体と肉体がぶつかり合う激しいスポーツである。しかし、人間の肉体は年齢と共に衰えていく。だから、今の自分が20代の若手と対等に試合をするのは無謀である。だが、同年代ならそうとも言えない。十分、身の丈に合った試合ができる。それに意識も変わってきている。以前は相手チームの選手に対しては、「倒すべき敵」という風に考えていたが、今は「試合をする仲間」とでも言うべき感覚である。何より相手がいないと試合にならない。時に人が足りなくて苦労することもあることを考えると、相手チームの選手であっても「仲間」なのである。

そんなわけで、当分「引退」とは無縁でいられそうである。「ラグビーができなくなったら、テニスかゴルフをゆっくり覚えよう」と思っていたが、どうやらそういう日は来そうもない。だが、それでいいと思う。16歳で出会ったスポーツを生涯のスポーツとして、これからも楽しみたいと思う。「スポーツマンに引退はない」と改めて強く思うのである・・・




【本日の読書】
 1秒でつかむ――「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術 - 高橋 弘樹 【ビジネス書大賞特別賞受賞作】哲学と宗教全史 - 出口 治明