『対馬の海に沈む』というノンフィクションを読んだ。長崎県対馬市にある対馬農業協同組合(JA対馬)で起こった22億円に上る巨額の不正流用事件を追ったノンフィクションである。その遠因として触れられていたのが個人のノルマ達成を最優先させる組織構造や、それに起因する無理な営業体制などである。実際のものは書かれていなかったが、職員には過酷なノルマが課されており、こなせない職員は自爆営業(営業目標を達成するために自分や家族の名義で不要な共済を契約すること)をせざるを得ないというもの。それほど多くない給料から掛け金を払うため、家計を圧迫していたという。
ノルマとは、もともとロシア語の「норма(基準・規定)」に由来し、第二次世界大戦後のシベリア抑留者によって日本に伝えられた歴史を持つらしい。私も銀行員時代、いろいろなノルマがあって大変だったのを思い出した。他の業界でも保険や証券会社なんかも大変らしいと聞こえてきていたが、どこの業界でも多かれ少なかれあるのかもしれない。私のいた銀行では「ノルマ」という言葉のイメージがよくないのか、「ガイド」と言い換えられていた。言葉が変われば変わるというものではないが、その意図は何となく理解できる。
企業であれば、当然業績目標をというものを持つ。目標を持つことそのものは悪いことではなく、むしろ必要なことである。そして当然、全社一丸となってその目標達成に向けて活動するのであるが、その目標を達成するために、目標が細分化され、最終的に一人一人の社員に目標として降りてくるということもありうること。それがすなわち個人の目標としてのノルマとなる。そう考えると、ノルマというのは実は必要なことだということになる。実際、私もそういう個人目標はあってもいいと思う。ではノルマは必要善なのか。
本来、必要なノルマがなぜ不正流用事件の遠因となるのか。それはおそらく「罰則」の有無にあると思う。達成できなくても罰則がなければ苦しむことはない。JA対馬のノルマがどんなものだったのか、罰則がどんなものだったのかまでは詳しく書かれていないのでわからないが、「できません」と言って済ませられるものではなかったのだろうと推測するしかない。家計費を圧迫されても我慢して加入し続けざるを得ないというのは、それ相応のペナルティがあるからなのだろう。
私の場合、銀行員時代に課された「ガイド」で今でも覚えているのは、「JCBカード獲得10件」というものだった。支店に割り当てられた「ガイド」を単純に職員の頭数で割ったものだが、顧客と接点の多い営業職も少ない事務職も同じ「ガイド」というのは理不尽に思えた。私は融資係だったが、直接交渉できる相手はすでに営業が頼んで作ってもらっているから実際には頼める相手などいなかった。そこで家族や友人知人に頼んで10件集めたが、女性の事務職などは明らかに嫌な顔をしていた。気持ちはよくわかった。そうして集めたJCBカードがどこまで役に立つのか疑問だったし、やればいいというものではなかったと思う。
その時は未達でも罰則はなかった。しかし、結果は支店内に公表されたし、未達者は誰だか一目瞭然だし、目に見えないプレッシャーはかなりあった。「針の筵」とはこういうことを言うのだとよくわかる状況である。罰則がなければいいと言うものではない。逆に達成したらプラス評価されるのは当然である。それに異論はない。組織として目標を追う以上、それに貢献したら評価しないとそれはそれで問題である。社員を鼓舞するのはいいが、棒グラフなどで暗黙のプレッシャーをかけるのはやはり勘弁願いたいものである。
人間は尻に火がつかないと動かないというところは確かにある。企業として目標を持つのも必要であり、それを細分化して個人に目標を与えるのも必要である。問題は未達の場合にペナルティを課すことだろう。それは目に見えるものだけではなく、無言のプレッシャーという目に見えないものも含まれる。そんなものはなくても、達成できた場合にみんなが目の色を変えるような褒賞を与えるだけで十分だと思う。ボーナスで報いればいいのである。できなかった場合に、「次こそ頑張ろう」と思わせることができるか。それが大事なのではないかと思う。
さて、翻って我が社の現状は厳しい。目標の未達は確定的だが、下手すると前年よりも減収ということになりかねない。それは何とか回避したいが、財務担当としては直接売上に貢献できるものではなく、なかなか忸怩たる思いがする。それでも数字を押し付けるノルマは存在せず、個人ごとの目標もない。ただ各課ごとの目標があるのみである。未達のペナルティなどないが、当然達成しようとするマインドは持って欲しいと思っている。ノルマはないが目標はある(かつてガイドと言い換えられたものかもしれない)。両者は似て非なるものである。基本は社員の幸福であるし、そこは忘れずに「目標」に向けて邁進して欲しいと思うのである・・・
















