日頃あれこれ思う事どもを思うがまま自由に綴る
人間の記憶とはつくづく不思議なものだと思う。我々は生まれてからこのかた、さまざまに体験してきたことを記憶している。とは言え、すべてではない。忘却の彼方に消え去ったものも多い。記憶することはごく普通のことであり、我々は特に意識することはないが、考えてみれば不思議だと改めて思う。脳科学の観点からいうと、記憶とは脳内の神経細胞(ニューロン)同士の結びつき(シナプス)のネットワークによるものらしい。専門家の意見に異議を唱えるつもりはないが、それとて目に見えるものではないから、「おそらくそういう事だろう」という予想なのだと思う(その予想自体も凄いと思う)。
そうであるとしても、それによって記憶される仕組みは考えれば考えるほど不思議である。自分自身のもっとも古い記憶は3歳くらいのものである。それも確かではないが、ちょうど4歳の時に弟が生まれて引っ越しており、それ以前の記憶なので3歳としているのである。もしかしたら2歳の記憶もあるのかもしれない。生まれた時からの記憶がないのは、ニューロン同士のシナプスが未発達だったのかもしれない。3歳の頃の記憶は、特に印象深いイベントだったわけではないのに、なんで記憶に残っているのかも不思議である。
記憶の中でも、すぐに思い出すことができるものとできないものとがある。先日、大阪に出張に行ったが、新大阪から心斎橋に向かう通路を歩いていて、そう言えば前回来た時もここを通ったと思い出した。ここで昼飯を食べたなという店もあった。風景を見て思い出す記憶というものもある。やはり記憶容量の都合もあるのだろうが、我々の記憶のほとんどがこうした何かのきっかけから思い出されるものが大半であるように思う。逆にそういうきっかけがあってもまったく忘れ去ってしまっているということもある。
読んだ本と観た映画の記録を残すようにしたのも、記憶の補助としてである。この20年間で観た映画は3,000本を越える。そのすべてを記憶していることはできないわけで、ただ思い出せるようにブログに残しているのである。なので私の本と映画のブログは自分の記憶の補助であり、内容を後から思い出せるようにしている。それゆえに感想やうんちくは二の次である。だが、それでも観た事、読んだ事すら忘れているものもある。もちろん、ブログなど読み返さずとも鮮明に覚えているものもある。それは印象と結びついているからだが、なぜ印象と結びつくと鮮明に記憶できるのか、当たり前のようだが不思議である。
記憶は事実のみが残るものなのかもしれない。そしてその時々の「感情」については記憶の対象外なのかもしれないと思う。小学校6年の時、4年生に対するクラブ紹介で、当時卓球クラブに所属していた私は、どういう経緯だったか4〜6年生の生徒が集合して見守る中で5年生の女の子と対戦し、見事負けてしまったことがある。ものすごく恥ずかしい思いをした記憶はあるが、「恥ずかしい思い」自体(の感覚)は忘れてしまっている。失恋の苦い記憶も覚えているが、「辛かった」という記憶だけで、「辛さ」自体の感覚は残っていない。だからいいのかもしれない。
一緒に暮らしている両親は、年齢のせいなのか、子供の頃の記憶である長期記憶は健在だが、「今日のお昼ご飯に何を食べた」というような短期記憶は絶望的にない。モノをしまっても、しまった場所どころかしまったことさえ忘れている。なのでマイナンバーカードやキャッシュカードなどは私が管理している。記憶が書き換えられることはよく言われているが、両親とも同様である。母などは先日、訪問買い取りを利用したが、自分でものを渡し、お金を受け取ったにもかかわらず、「お金を受け取っていない」と言い出し、しまいには「トイレに行っている隙に持ち逃げされた」と言い出している。
考えてみれば、人間とは記憶そのものである。自分の名前から始まり、住んでいるところ、これまで生きてきた経緯、そして考え方もすべて記憶であると思う。もしも、すべての記憶を一瞬にして失い、生まれた時の状況にリセットされたらどういう事になるのか。言葉も発せず、服を着るという事も知らず、羞恥心もない人間である。何もできない赤ん坊だからいいが、大の大人がそうなったら大変だろうと思う。認知症が怖いのは、自分が自分でなくなるから。今の自分の考え方を失い、今の自分が軽蔑するような行動を平気で取るかもしれない。そうなったら、今の自分は安楽死を受け入れるが、その時の自分は抗うかもしれない。そういう自分の姿は想像したくない。
雨が降った翌日、濡れた傘を玄関に干していたら、いつの間にか母が(まだ乾いていないのに)取り込んでいた。なぜかと問うと、「盗られるから」と言う。そんな事私は考えもしなかったが、母はそんな調子で人を疑う行動や自分本位の言動をよくしている。大学を卒業する23歳まで同居していたが、昔からそうだったわけではない。年老いて衰え、考え方も被害妄想的になってきたのだろうかと思う。あるいはこれが秘められた本性なのかもしれない。自分も年老いたらそうなるのかもしれないと思うと、暗澹たる気持ちになる。老いて体のどの部分が使えなくなってもいいから、「目」と「記憶」だけは最後まで保っていたいと心から思う。
辛い経験も悲しい経験も時が経てば癒される。それは感情が記憶されないからだと思う。嬉しい経験も同様で、1年間宅浪して勉強して、晴れて第一志望の大学に合格した時の震えて涙が出るような喜びも、今は「そういう経験をした」という記憶だけで「感情」は薄れている。それはそれでいいと思う。ただ、そういう記憶を積み重ねた自分をいつまでも保っていたいと思う。記憶とは自分そのもの。いつまでもそういう記憶を保った自分自身でいたいと思うのである・・・
私には昔から「NHK料金については地上波分しか払わない」という信念というか考えがあって、ずっとそれを貫いている。NHKの人から見たら誠にけしからん存在であると思う。しかしながら、納得のいかないものはたとえ1円でも払いたくないと思う性格ゆえに、どうしても払う気になれないのである。地上波の意義というものは理解できる。公共放送という意義も理解できるので、見ようと見まいとテレビがある以上、NHKの(地上波の)料金を払うのは納得できる。しかし、衛星放送についてはそうではない。
昨年、実家に戻ってきたが、我が父は衛星放送も含めて払っていた。ケーブルテレビに加入していたから、おそらく以前私の家に説明に来たのと同様のタイミングくらいで説明を受け、よく考えずに受け入れたのだと思う。それについては、新たに私の名義でケーブルテレビの契約をし直したので、NHKの衛星放送の料金支払いは止めてもらった。ケーブルテレビはケーブルテレビだけの料金を払うことにしたのである。そしてしばらくしてNHKから受信料支払いのハガキが送られてきた。
それはよくある口座振替かクレジットカード払いを選択できるようになっているもの。「地上契約」、「衛星契約」とそれぞれ「2か月払」「6か月払」「12か月払」の料金が表示されている。地上契約だけ払おうと目を凝らして見たが、ハガキには何を選択するのかを表示する欄がない。地上契約だけ、あるいは両方もそうだが、何回払いにするかも選択する欄がないのである。ただ、口座振替かクレジットカード払かを選択できるのみである。これをこのまま送ったらどう処理されるのであろうかと困惑した。
真っ先に思い浮かんだのは、父が12ヶ月払を選択していたため、自動的に12ヶ月払になるというもの。しかし、よく考えてみればこれはおかしい。同居しているとは言え、父と私とは別々の個人である。相続でもない限り私が父の契約を自動的に引き継ぐいわれはない。仮に私が衛星放送の料金も払おうとしたとしても、どの支払い方法を選択するのかは私の選択肢になるはずである。それすら表示されないと、いくら引き落としされるかわからないわけで、怖くて返送などできるものではない。
いったいこの書式を考えた人はどういう意図なのだろうかと不思議でならない。このハガキを真面目に書いて送り返したら、担当者の判断でどの契約(まぁ両方の契約にするのだろう)か、どの支払い間隔にするのかを勝手に選んで請求されることになるのだろう。考えてみると恐ろしい。それでも一応確認しようと電話で問い合わせすることにした。ところが、例によって電話はつながらない。この手の問い合わせは最近どこも似たようなもので、とにかくなかなかつながらない。結局、諦めてしまった。
この手の問い合わせに必要なのはともかく根気。電話を繋ぎっぱなしにして出るのを根気強く待つしかない。20分以上待たされたこともあったが、電話をかけたまま仕事をしてつながるのを待つのはよくやることである。しかし、今回はそこまでして電話して問い合わせする必要性を感じられず、早々に切り上げてしまった。「放っておこう」というのが今回の結論である。払わなくてもこちらに実害はない。ハガキの意図を説明されたとしてもその結論に変わりはない。
それにしても今衛星放送ではどんな番組を放送しているのだろうか。試しに番組表を見てみたが、地上波と大して変わり映えしない眠たくなるような番組ばかりである。これで料金を取ろうという意図は何であろうか。NHKが衛星放送で我々に対して提供する「地上波とは異なる価値」は何であろうか。そう問うてみてもおそらくしっかりとした答えは返ってこないだろう。いやしくもお金を取るわけである。「公共放送」ということだけをその拠り所とするのであれば、「地上波のみで十分でしょう」と言わざるを得ない。
提供する価値にしろ、意味不明のハガキにしろ、どこか世間というか資本主義の世の中とは別のところにNHKはいる。どうやら私が衛星放送の料金を払いたくなる日はまだまだ来ないだろうと思うのである・・・
先日、とある集まりに参加して「赤黒ゲーム」という心理ゲームを体験した。参加者は2つのチームに分かれ、それぞれのチーム内で話し合い、「赤」または「黒」のどちらかに投票する。相手チームも同様で、その結果、
1 両チームがともに「黒」の場合、両チームに3点をプラス
2 両チームがともに「赤」の場合、両チームから3点をマイナス
3 それぞれ「赤」と「黒」に分かれた場合、「赤」を選んだチームが3点プラス。
「黒」を選んだチームは5点マイナスとする。
これを数回繰り返して合計点を出すというもの。やり始めてわかるのだが、重要なのは「相手チームが何色を選ぶか」を予想するもの。心理学の「囚人のジレンマ」と似た感じであるが、相手の選択によって結果が変わるわけであり、相手が何を選ぶかを予想するのが面白く、難しい。考えてみれば、これは至るところで起こっている出来事。学生時代は好きになった女性が自分の事をどう思っているのかが気になった。好意を持っているとわかれば積極的にアプローチできるが、そうでない場合はどうするか(振り向いてもらうようにするか諦めるか)。
また、先日テレビ番組を見ていたら、中国、韓国の企業とともに入札に臨む企業が、ライバル会社がどんな提案をするのかを気にしていた。ビジネスの現場ではよくある事である。相手の考えがわかれば、それにズバリ突き刺さる提案ができる。スポーツの現場でも、シニアとなった今でもラグビーの試合前は、相手がどんなアタックをしてくるのかが気になる。それがわかればアタックもディフェンスもそれに備えたものができる。超能力にはいろいろと心惹かれるものがあるが、特に読心術は魅力的である。
SF映画は、人間の願望に基づくものが多い。超能力や人間以上の能力を持つスーパーヒーローなどはその際たるものだろう。映画『ハート・オブ・ウーマン』はある日突然、女性の心の声が聞こえるようになった男の話。自信過剰のプレイボーイである主人公が、さまざまな女性の心の中の本音を知ることによって変わっていくという物語。物語の世界に没頭して楽しめたのは、「こんな能力が自分にもあったら、自分の人生ももっと良いものになっていただろう」という思いからである(その逆の『ハート・オブ・マン』という映画もあった)。
しかしながら妄想を進めていくと、人の心を読む力は、自分だけに備わっていてこそだと思う。誰もができたらそれはそれで厄介だろう。人には知られたくない考えというものがある。男であれば、ビジネスの現場で相手の女性と真面目な話をしつつ、容姿について心に浮かんだことがそのまま相手に伝わったら大変なことになる。会議の最中に「つまんない意見だな」という考えは伏せておきたい。接待の場で、相手を持ち上げつつ心の中でついた悪態が相手に伝わったらせっかくの接待もぶち壊しになる。わからないからこそ、世の中がうまく回るというものが実に多いのも確かである。
わからないからこそ、わかろうとして工夫するというのも確かである。その昔、好きな女性の心を振り向かせたくて、あれこれと努力した。その人にふさわしい男になりたいと思い、それはどんな男だろうかと考えていたからこそ、それ以前より多少人に優しい人間になれたように思う。相手の戦法がわからないからこそ、いろいろな想定をして練習している。採用の現場でいろいろと考えているのも、どんなPRをすれば学生の志望を得られるかと思うからである。わからないからこそ努力する。それが結果的に進歩につながる。
人の心はわからないというのは当たり前である。それでももしもわかっていたら、結婚相手は間違いなく違っていただろうし、仮に今の妻と結婚しても現在の別居はもしかしたらなかったかもしれない。どちらがいいのか、そこまで妄想しても始まらない。現実に人間は他人の考えを読むことはできない。だから大変であり、だからいいのだろう。まぁ、妄想ネタとしてはいいと思うのである・・・
かねてから予定していた通り、息子と会ってきた。「飲みにいくか」ではなく、「メシを食いにいこう」と誘ったのは、昨年の経験に基づくところである。息子の帰り道を考えて池袋で待ち合わせをする。やはり肉系がいいかと考えてそれっぽい店を選ぶ。何だかデートのようだと思わなくもない。昨年、別居して以来、何度か会っているし、LINEでやり取りもしている(なかなか既読がつかないのは、あまり優先的に見てくれていないようでもある)。息子と向かい合い、息子が選んだ牛タンを食べながら話をする。
息子は今年、大学3年。教養課程を終えて専門課程に入っているようである。私も法学部であったが、息子は同じ法学部でも政治学科。国際政治なんかを中心に学んでいるそうだが、授業は面白いらしい。ゼミにも参加し、週7コマの授業に出ていると言う。野球も続けていて、週1回活動をしているのだとか。飲食店でアルバイトし、なかなか忙しい学生生活を送っているようである。気になるのは、就活の事。最近は早まっているらしく、その辺りも聞いてみた。
早い者はもう2年生くらいから活動しているようで、息子は就活はまだだが、夏のインターンシップには何社か申し込んでいるらしい。私の頃は、リクルーター制度が全盛で、ラグビー部の先輩が片っ端から我々に声を掛けてくれてメシを食いに連れて行ってくれたものである。「それって人事部に繋がるの?」と息子が問う。というか、人事部の先兵となって動いていたから直結だよと答えたら驚いていた。今もOB訪問はあるらしいが、ホントに働く様子を聞くだけのものらしい。
そのインターンシップであるが、息子は商社と海運会社に申し込んでいるらしい。もちろん、その2つの業界を志望しているということで、商社はともかく、「何で海運なの?」と聞くと、「海外で働けて給料がいいところ」とのこと。海外で働くのはともかく、海運会社は給料が低いというイメージがあったが、最近はそうではないらしい。今度海運会社に行った先輩に会ったら聞いてみようと思う。それにしても海外で働きたいという気持ちはいいと思う。
それであれば英語力は磨いておいた方がいいとアドバイス。技術の進歩で、翻訳機も進歩するし、あえて外国語を学ぶ必要はなくなるように思うが、それでも個人的には翻訳ではなく、きちんと使えるようになることが必要だと思う。息子にはそう伝えたが、本人もそれを自覚していて、IELTS(アイエルツ)も受けるのだとか。初めて聞く言葉に2度聞してしまったが、今はTOEICではなくIELTSなのだと言う。さらにAIでスピーキングの添削をしてもらっているとのこと。偉そうにいろいろアドバイスしようと思ったら、息子の方が先を行っていた感がある。
いつしか、場所をスタバに変え、3時間近く話をしていた。皮肉なもので、家にいた時よりもいろいろと話をしていた。彼女はまだいないとの事。今は合コンはあるのかと尋ねると、あるにあるがあまり流行りではないらしい。ここでも親父の自慢話をと思ったが空振りに終わる。と言っても、親父はもともと学生時代は空振りばかりだったので、「俺の若い頃はな」と話して聞かせるようなものはないのである。息子相手に自虐ネタもないだろうと聞き置いておいた。
こうして息子と2人の時間を持てたことは、家を出たことの1つのメリットかもしれない。「離婚する」という話も「好きにすれば」という反応。このあたりは子供が大きくなってからの方が影響は少ないだろうと改めて実感する。「夫婦ではなくなっても親子の絆は一生だからな」と最後に加えておいた。また改めてこういう場を設けたいと思う。1つ難しいのは、息子とは気軽に会えるが、娘とはどうしようかと考えてしまうこと。話題は続くだろうか、そもそも誘ったらきてくれるだろうか。美味しいもので釣れるかもしれないが、会話は難しいのではないかと不安になる。
それはそれであるが、やはり親子の絆は永遠。子供達とこういう大人の会話の場はこれからも設けていきたいと思うのである・・・
現在会社で訴訟を抱えている。とある上場企業とある取り決めをし、契約書とともに覚書を結んだのであるが、その履行を巡っての争いである。我々は万が一の場合に備えての要望を出し、それを相手が認めて覚書という形で結んだのである。そもそも相手には我々の経営権を欲しているところがあり、それを警戒して覚書を結んだという経緯がある。それは普通では飲まないような条件だったのであるが、相手が最終的に折れる形で条件を飲んできたのである。そして事態は良からぬ方向へと進み、いよいよ覚書で定めた条件を履行してもらおうとなった段階で相手がソッポを向いたのである。
我々としては、きちんと互いに合意した以上、履行を求めているのであるが、それは相手にとっては不利な条件であり、ここにきて約束を反故にしようというのだろう。そこで我々としては法による正義を求めて訴訟を起こすことになった。話の筋からして当然我々の主張が通るだろうと考えていた。自分たちに都合が悪い条件だというのはわかっていて、それでも我々に取引を求めてきたのである。万が一の場合についても承諾した上で、覚書という形できちんと書類にも残していた。何も問題はないと訴訟に臨んだのである。
ところが、訴訟が進むにつれ、雲行きが怪しくなる。弁護士からはあらかじめ和解という形での決着も視野に入れてくれと言われていた。こういう民事裁判の場合、弁護士はあまり判決文を書きたがらないらしい。詳しい事情はよくわからない。和解となれば双方の同意であり、裁判所の役割もその仲介となる。裁判所の判断は入らないことになり、いろいろな面倒から逃れられるのだろう。我々としても「多少の」譲歩は仕方がないと考えていた。そこは何が何でも100%の勝ちにこだわるつもりもない。
しかし、和解にしたところで裁判官が途中での心象というものを示してくる。このまま行くとどちらの判断を下すのかというところである。それが何と我々の主張に否定的であるというものであった。何でも相手は本契約と覚書の細かい条項をついて、グレー部分を主張してきているとのこと、そして裁判所も覚書の条項の表現を相手方の主張通りに捉えているということである。グレー部分とは、明確にどちらというものではなく、取りようによってはそう取れるというものである。
話の筋か言葉の解釈か。我々としては話の筋だろうと思うのだが、法的には言葉の解釈を優先するという。その考え方はわからなくもない。しかし、裁判員制度が導入されたのは、裁判官の判断だけではなく、市民の常識や感覚を反映させようという意図だったと思うが、まさにその市民の感覚と大きくズレているのを感じる。裁判官の判断と弁護士による解釈。弁護士は我々の味方であるはずなのに、裁判官の意見を翻訳して我々に伝えてくれているはずが、いつの間にか「どちらの味方なんだ」という気がしてくる。
今回の争いはどういう経緯で起こったのか、覚書を結んだ前後のやり取りやその後の争いに至る経緯。それを勘案すれば、我々の方が正しいというのは市民感覚としてわかるはず。それを法的な契約書や覚書の文言にこだわってその解釈だけで判断しようとすれば(そこに一定の理屈は当然成り立つ)、何が正義なのかという気がしてくる。法的に正しければ、人としての道理は成り立たなくてもいいのだろうかと思わざるを得ない。
法律は万能ではない。それでも一定のルールを決めてその範囲内で争いを解決しようとする。双方には双方の正義がある。昨日とある懇親会で「正義の反対は?」と、とある方に尋ねられた。答えは「もう一方の正義」であった。なるほどと納得した。双方に正義があり、それぞれが法律に基づいてどちらの正義に軍配が上がるかを求める。その時に法に基づき判断されることになるが、一方で「事実」が蔑ろにされてはならないと思う。法律は完璧ではない。そこを補うのが、市民感覚ではないかと思う。
裁判官の解釈に従うならば、一体覚書に定めたことが成就するケースとはどんなケースなのかと疑問に思う。弁護士がそこを追及しているが、裁判所はそれに対して答えてくれない。おそらく答えられないか、あり得ない架空のケースになるしかない。そこにも矛盾が生じる。法と市民感覚と事実。それをうまく裁くのがいい裁判官のように思う。今回は覚書の内容に(グレーの解釈を生む余地である)不備があったのも事実。そこを事実の経緯でもっと補ってほしいと思う。そういうところが法律の限界であり、それが私が大学4年の時、法曹の道へ進むのをやめさせた理由である。
その判断は正しかったと今も残念ながら思うのである・・・
現在妻とは別居中である。もう随分前から夫婦関係は他人行儀になっており、今後の事を考えると、1人になった方が良いと考えて私が家を出たのである。このまま結婚していても、夫婦二人だけで旅行に行くなんてまずないだろうし、それどころかランチに行くことすらないだろうと考え、それならと決意した次第である。妻の私に対する冷たい態度の原因は私にあるのだろうが、私にはその自覚がない。よって直しようもない。別居にも「関係修復のための別居」と「離婚に向けての別居」があると思うが、私の意識は後者である。なぜ、そうなってしまったのか。そもそも結婚したのは間違いだったのか。
間違いだったとすれば、どんな相手を選べば良かったのか。いろいろと妄想してみる。男であれば誰でも美人と結婚したいと思うだろう。私もそれは否定しない。しかし、結局、美人と結婚しても、周りに対して優越感に浸れるのと、夜が楽しいくらいなだけのように思う。結婚生活30年の経験からすれば、「顔」や「スタイル」は「二の次」にしたい。やはり「性格」を優先順位の筆頭に挙げたい。このあたりは両者の「バランス」を考えていた20代の頃との意識の変化かもしれない。
では、どんな「性格」なら良いのか。まず「気が強い」人は回避したい。女だてらになどと男尊女卑的なことを言うつもりはないが、やはり喧嘩になった時の対応が違うように思う。私自身はあまり感情的になりにくい性格なこともあり、普通の夫婦喧嘩なら大げさな怒鳴り合いになるようなことにはならないと思う。ただ、強気にまくしたてられれば穏やかではいられない。「やっぱりここはこちらも強く出た方がいいかな」と思ってあえて怒鳴り返すこともあったくらいである(さすがに手を上げることはなかった)。そんなことも嫌な記憶として残っている。
しかし、気の強さはどこでわかるのか。それ以外の「性格」はどこでわかるのか。これが難問である。女はえてして「猫を被っている」(男もそうだろうが)。妻も完璧に被っていた。それがわかったのは結婚した後。もう後の祭りである。では事前にわかる方法はないのか。2人でいる時にはわからない。それがわかるのは第三者に対する時。個人的にはそれは「職場」だと思う。妻には結婚した後で勤めていた頃の職場での様子を聞いたが、「わがままな営業の要求をいかに突っぱねたか」という武勇伝には、己の判断ミスをつくづくと思い知らされた。知っていたら結婚どころか付き合ってさえいなかっただろう。その意味で「職場結婚」は個人的にお勧めだと思う。
実際、一緒に働いてみると、その人のいろいろな姿が見えてくる。電話応対の姿、窓口応対の姿、内部の上司、同僚に対する姿。特に他の係の人とのやり取りはその人の人柄が表れる。嫌なことを押し付けられた時など特にである。妻のように面と向かって対峙するタイプはもっとも避けたいと思う。他の係の人とのやり取りは、結婚後の夫に対する態度と同じように思う。言わなければならないことは言わなければならない。問題はその言い方である。そこにその人の人柄が表れると思う。自分の気持ちをストレートにぶつけるのか、相手に対する配慮を込めるのか。
自分のことを棚上げしている感じはすごくあるが、私も欠点が見えれば直す努力はしたいと思う。家事に関する無関心はその際たるもの。私の時代は「男は仕事」という時代だったが、そこは改めないといけない。ただ、子育てに関してはかなりやったと思う。それは義務というより自ら進んでやりたいこととして、である。今、『夫婦はなぜ壊れるのか カウンセリングの現場で見た絶望と変化』という本を読んでいる。この本を読むと、互いに生い立ちというものも重要らしい。どういう家庭環境で育ったのかというのが重要であるというのである。そうして義父母の関係を思い返してみると、「女尊男卑」の家庭からは女帝が育つという事である。
もしも、昔に戻って人生をやりなおすとなると、理想の相手探しは職場の中から、そして育った家庭環境も意識してとなるが、よく考えてみればそんなことをしているうちに気が付けば独身で人生を終わりそうである。やはり世間でよく言われているように「結婚は勢い」なのかもしれない。失敗に終わった我が結婚だが、子供の存在だけは間違いではない。そこだけが救いかもしれない。あれこれ考えても仕方ないし、妄想している暇があれば、今後に目を向けたい。まだまだ人生は第4コーナー。より良き明日を信じて生きていきたいと思うのである・・・
【本日の読書】
私は会社では「CFO」という肩書きをもらっている。前期から社長の意向で我が社も社長がCEOであり、私がCFO、他にCSOとCGOがいる。何もカッコつけてアルファベットにしているわけではない。その前は「取締役」であったが(今も法的には取締役である)、取締役だと「経営全般」ということになり、個々の取締役の役割が曖昧になるという欠点がある。そこで役割を明確化しようということになったのである。同じ取締役でも互いに役割がある。「財務担当取締役」でもいいのであるが、「CFO」の方がシンプルというわけである。
その私が担当する「財務」であるが、しばしば「経理」と混同される。両者は同じようでいて微妙に異なる。「経理」は日々の資金管理である。使ったお金を記録し、それを使途ごとに仕分けして整理したものが最終的に決算書となる。日々の記録であり、「事実」であると言える。「財務」は最終的な決算に向けて決算書を作っていくものとなる。いつどのタイミングで何にお金を使い、そのお金をどう調達するか、そして最終的にどんな決算書に仕上げるか。それはそのまま翌期の資金調達に影響する。
私は元々銀行員ということもあって、決算書は見慣れている。そしてどんな決算書だとお金が借りられて、どんな決算書だと借りられないかもである。私が今の会社の紹介を受けたのも、前職で社長の裏切りによって他の社員もろとも会社を追い出され、一応社長も知り合いの会社を紹介してくれたものの、給料は減額となり、さらに3年後には定年でさらに給料半減という条件など飲めるわけもなく、知り合いに頼んで紹介してもらったのである。ちょうど経理部長の椅子が空いていたのである。
役割はそもそも経理部長であった。日々の記帳を確認して決算までを取り仕切る仕事である。実は銀行員は決算書は見ることができるが、実務である経理は苦手である事が大半である。両者は似て非なるものである。ただ、私の場合、元々企業の再建で経理を細かくチェックすることもあったので、割とすんなり入っていけたところがある。今でも専門の勉強はしていないが、簿記三級くらいならすぐ受かると思う。ただ、私の期待されていた役割は銀行との折衝で、主として資金調達であったから、そこは最初から意識していた。
期初に計画を立て、期末に向けてどういう決算になっていくのか計画を立てる。賞与資金を含めた運転資金の調達計画を立てて、銀行と交渉する。そのためには「借りやすい」決算にする必要があり、それに向けて資金を何に振り向けるかを決めていく。経理は日々の事実を記録していく仕事であるが(私は細かい作業が苦手なところもあって)、私は主にそれをチェックしている程度である。時に記帳科目の指示を出したりすることもあるが、計画通りに進んでいるかを見ているのである。
しかし、そこには限界もあって、それは結局のところ売上が計画通り進まなければどうにもならないというところである。いくら財務上の戦略をしっかり立てていても、売上が上がらなければすべて画餅に帰するのである。もちろん、売上とは関係のないところで、資金調達などで財務面の運用はできる。それはそれで重要な役割と言える。この財務の仕事は心底面白いと思う。もともとやりたいと思っていたわけではなく、何となく銀行に入れば将来何かあっても、どこかの経理部長で食っていると思ったが、もっと面白い世界があったのである。
中小企業では、経理と言えばおばちゃんがやっていて、社長がなんとなく財務的なところをやっているというところが(特に規模が小さくなるほど)多いと思う。しかし、ある程度の規模になれば、経理をきちんとやった上で、それをどう生かすかということが必要になってくる。今の仕事はずっと続けていきたいが、万が一追い出されたらそういう中小企業で役立てるのではないかと漠然と思う(個人的にはかなり役に立てると思う)。そういう事態は決して望んではいないが、別の会社の財務も見てみたいという気持ちはある。掛け持ちでもいいならやってみたいと思う。
天職と言えば大袈裟なような気がするが、面白い仕事であるのは間違いなく、70歳で引退するまで、続けていきたいと思うのである・・・

