子曰く、与に共に学ぶ可きも、未だ与に道に適く可からず。与に道に適く可きも、未だ与に立つ可からず。与に立つ可きも、未だ与に権る可からず。
日頃あれこれ思う事どもを思うがまま自由に綴る
NETFLIXで何となく目について『ガンダム 復讐のレクイエム』を観た。『ガンダム』と言えば、私も最初の世代に入っていると思うが、実はあまり興味を持てず、最初のシリーズの最初の何話かを観てやめてしまっていた。何となくストーリーのようなものは把握しているが、その後のシリーズも観ていないし、もちろん「ガンプラ」と呼ばれるプラモデルの存在は知っているが、買おうとするどころか手に取ってみることすら興味がなかった。どちらかと言えば『宇宙戦艦ヤマト』の方に心惹かれていた(それも続編まで)と言える。
そんな私なのに、『ガンダム』を観てみたのは、今までのようなアニメでなく実写のように思えたのと、「NETFLIXだから」というところがある。実際、観てみたら実写ではなかったが(それに近いアニメ?CG?)、アニメとは異なる迫力でそれはそれで良かったところである。しかし、虚を突かれたのは、主人公が「ガンダム(またはパイロットの少年)」ではなく、ジオン軍の一大尉であったことである。「ガンダム」というタイトルにはなっているが、視点を敵側に代えたところが目新しいところである。
物語は宇宙を地盤とするジオン公国が、地球連邦が支配する地球に進出してきて地上で戦いを繰り広げているところから始まる。主人公はザクのパイロットであるジオン軍のイリヤ・ソラリ大尉。ソラリ大尉率いる部下たちは、敵基地撃滅を前にして突然連邦軍の新型モビルスーツ「ガンダム」の攻撃を受ける。その力は圧倒的で、ザクをはじめとするジオン軍の部隊は壊滅的な打撃を受けて撤退する。形勢は一気に逆転し、ジオン軍は劣勢のまま反撃の機会を伺う。正義の味方が敵を次々にやっつけるのは見ていて心地良いが、「やられる方」の視点はあまり意識しない。この視点は目新しい。
意識しなくても相手には相手のドラマがある。イリヤ大尉も戦争前は音楽家で一児の母であったが、戦争で夫を失い、子供は両親に預けて今はザクのパイロットとして戦っている。顔の傷は歴戦を物語っているのだろう。腕のいいパイロットではあるが、「敵」の新型兵器「ガンダム」の威力は圧倒的。腕ではカバーできない兵器の差というものはあるわけであり、対抗する糸口すら見つけられない。「勝てない戦い」を強いられる脅威。そして可愛がっていた部下を殺される怒り。頼もしい正義の味方ガンダムは、ジオン軍から見ると白い悪夢である。イリヤ大尉は劣勢にあっても諦めることなく、戦いから逃げようとはしない。
いつしか見入ってしまったのは、悪役としてのガンダムの視点が面白かったから。イリヤ大尉はリーダーらしく、理不尽な上司の命令に従いながら、「どうしたら勝てるか」という視点を最後まで捨てない。破壊されたザクの残骸を寄せ集めて一機作って戦おうとするし、限られた条件の中で何とか突破口を探そうとする。その姿は見習うべきところがある。最後も負傷を理由に退却する宇宙船に乗れたものをわざわざ残って仲間を逃すべくザクにのる。その前に立ちはだかるのが難敵ガンダムであっても自分の役割を果たそうとする。
シリーズでは正義の味方であったガンダムも、敵の視点からみれば脅威の敵。改めて戦争はどちらにとっても自分たちが正義であるのだと思わされる。ウクライナもロシアも自分たちが正義の立場に立っている。アメリカもイスラエルもイランも同様。それぞれにそれぞれの正義があり、難敵を相手に苦しい戦いを強いられているのかもしれない。以前、尊敬する方に「複眼思考」という考え方を教えていただいた。物事を一面からではなく、多角的に見てみるという事である。そうすることで今まで見えていなかったものが見えてくる。
今回、『ガンダム』を観ることによって改めてそれを感じた。今まで気持ちよく撃破していた敵にもまた敵を主人公とした正義の物語があるのである。どちらが正しいという事ではなく、双方に正義があるという事である。漫画『鬼滅の刃』にもそういうところがあった。人でなしに思える鬼にも鬼になる前には同情すべき事情があり、鬼になった経緯に理解もできる。そこに感情移入の余地があった。鬼を100%の悪で描かなかったところが、物語として心を打つ場面が多かった理由だと思う。それぞれに正義があり、大事なのはどれが本当の正義か否かではなく、それぞれが正義であるという事だろう。
物語自体も面白かったが、ジオン軍の視点から描いたという点でもなかなか面白いドラマであった。絶大なる人気を博しているガンダムシリーズであるが、これからはジオン軍の視点から描いた方が面白いのではないかと思うのである・・・
現在、我が家の長女は大学を卒業して社会人になり、息子は大学在学中である。子どもは2人とも大学へ進学したわけであるが、それは私がそう仕向けたわけではない。私としては、もしも大学へ進学せずに他の選択肢を選ぶのであれば、それを認めるつもりではあった。特に2人と進学前に何か話をしたということもなく、いつの間にかそうなっていたということである(まぁ、妻は大学進学を望み、2人の尻を叩いたとは思う)。今さらではあるが、もしも子どもたちから大学へ進学すべきか否かと相談されていたら、おそらく次のように答えていたと思う。
将来何かやりたい事があって、それには大学へ行く必要はなく、故に大学へ行かないというのであればその選択を尊重する。しかし、特にやりたい事があるわけではないのであれば、それを見つけるためにも大学という環境はいいかもしれない。高校とは違った勉強ができるし、勉強だけではなく部活やアルバイトの経験などは後々役に立つかもしれない。それに社会に出るにあたり、就職しようとするのであれば、やはり大学卒業という学歴はあるのとないのとでは大違いだろう。特に大企業に勤めたいと思ったのであれば絶対に必要である。
私の場合、もう40年以上前になるが、やはり高卒で就職するよりは大学を出た方がいいと思ったし、弁護士になろうと思っていたので尚更大学へ行かないといけないと思ったこともあって(幸い親も進学させてくれたし)、大学へと進学した。許されるなら文学部へ行きたかったが、「食えないよ」という声に負けて現実的な法学部を選択したのである。結局、法律を勉強したら法律は自分に向いていないという事がわかり、一般企業への就職へと舵を切ったが、大学で学んだ事自体は良かったと思う。法律の基礎知識は、今でも訴訟や総務部門担当として役に立っている。
今、もう一度時間を戻して大学進学前の高校生に戻れたらどうするだろうか。多分、「食えない」なんて声は気にせず文学部を選択するだろう。就職なんて何とでもなると今ではわかっているからである。ただ、40年前と違って勉強したいのは純文学ではなく哲学の方である。それを学んでみたいと思うが、大学選びはかなり悩ましい。親にあまり金銭的な負担はかけたくなかったので、「自宅から通える国公立大学」という条件をつけると、東大か都立大になってしまう。頑張って筑波大学か。なかなか難儀する選択肢である。
個人的には大学は「就職のため」ではなく、「勉強のため」に選びたい。人生における貴重な4年間であり、そこで学べるのは実は最高に贅沢なひと時である。高校時代のラグビー部の同期13人のうち、大学へ進学したのは11人。2人は高校を卒業して就職せずに社会人になった。しかし今、同期の中で一番羽振がいいのはこの2人である。1人はWikipediaに名前が載っているし、1人は会社社長としてポルシェを乗り回している。もちろん、一歩間違えばの世界ではあるが、大学へ行かなくともなんとでもなる、否、むしろ就職するよりも稼げるという見本である。
確かに稼ぎでは2人に負けているが、やはり大学時代にラクビーをやって、しっかりと学んだ事は彼らにはない私の財産であり、何度人生をやり直す事ができたとしても、やはり「学ぶため」に大学へ進学するだろう。当時、周りはみんな「大学とは遊ぶところ」という感覚の者ばかりだったが、「変わり者」の私はしっかり授業に出席してしっかり学んだ。悔いがあるとすれば学部選びだけであり、誰かにメンターになってもらって、いろいろと教わりたかったと思う。
そんな思いもあり、息子にはいろいろと語ってあげたいと思う。聞く聞かないは本人の選択であってどうにもならないが、一つの選択肢、考え方は提示したいと思う。私立の大学へ通う我が息子。学費も大変だが、親父としては残りの学生時代を謳歌してもらうためにもしっかり稼ぎたいと思うのである・・・
最近、日時も曜日もわからなくなってきた我が両親。日付の確認はもっぱら新聞に頼っている。特に最近は家にこもりがちであり、祝日の今日、父を誘って散歩に出かけた。ちょうど先日オープンしたドンキ・ホーテを覗いてみたいという気持ちもあったので、父を誘ったのである。祝日とあって商店街は行き交う人たちで溢れていた。父は何でこんなに人が多いのかと驚く。「今日は昭和の日で祝日だから」と教えると、納得したよう。そして今日が4月29日であることを確認すると、「4月29日と言えば昔は天皇誕生日だったよな」と呟く。そういう記憶はあるんだと感心する私。
確かに、私にとっても4月29日は「天皇誕生日」という印象が強い。かつての昭和天皇の誕生日である。それが昭和天皇の崩御によって「みどりの日」となり、現在の「昭和の日」になっている。まぁ、祝日であることには変わりないので何でもいいと言えば何でもいい。かつて「天皇誕生日」であった頃、私が小学生の時であったが、天皇という存在に反発を抱いていたのを思い出す。ある日の食卓で、「天皇陛下は働いていないのに皇居に住んで贅沢をしてずるい」と言ったのを覚えている。「働かざる者食うべからずだ」と。両親はそれを否定しようとしたが、私を納得させることはできなかった。
と言っても、両親が説明下手ということだけでなく、偏狭な私を納得させることは今の私でも難しかったかもしれない。今では天皇陛下には公務があるし、国事行為が煩雑なほどあるのを知っている。外国との友好親善のための語学や教養も必要だし、とてもではないが、「働かざる者」どころではないだろう。それに四六時中ある意味の監視下にあり、自由に友達と飲みに行ったり、海外旅行はおろか国内の温泉にすら気楽には行けないだろう。確かに庶民と違って飢える心配はないだろうが、では代わりたいかと問われたら、即座にNOと答えるだろう。
先日、NHKの番組「映像の世紀」で、昭和天皇を前後編に分けて放映していた。皇太子時代の1921年に欧州歴訪し、イギリスの国王ジョージ6世と会い、立憲君主の心得「君臨すれども統治せず」の薫陶を受ける。以来、これを心掛ける。しかし、張作霖爆殺事件の処分をめぐって時の田中首相を叱責し、内閣解散を招く。以後、「君臨すれども統治せず」の原則を守り、軍部の進める大陸侵攻に異を唱えなくなったという。もしも、陸海軍の絶対的統帥者として自らの意に軍部を従わせて暴走を防いでいたら、日本の歴史は大きく変わっていただろう。
小学生の私はそんな経緯などつゆ知らず、共産党系の人たちと同様、「天皇の戦争責任」を問う気持ちを強く持っていた。無知というものは恐ろしいものである。敗戦によって軍部の勢力は一掃され、日本は平和国家になった。それはそれで良かったと思うが、もしも昭和天皇が絶対権力を駆使して軍部を押さえていたら戦争は起こらなかったかもしれない。しかし、それでは軍事国家としての体制が残るというのも危険だったという意見がある。しかし、ファシスト政権であるフランコのスペインが枢軸国側で参戦しなかったことで難を逃れ、平和的な民主国家に軟着陸した例もあり、日本もどこかで軟着陸したような気もする。
そんな想像をしてみるも、「外圧」でしか変われないのも我が国の特徴であり、そうはならなかったかもしれない。そうなったら、今でも東大より陸軍士官学校を出ることが男子の最高の名誉という世の中だったかもしれない。それは天邪鬼で反発心の強い私だから、生き難い世の中だっただろう。父と散歩しながらそんな夢想に思いを馳せてみたのである。だんだんと遠のいていく昭和。あとどのくらい父と散歩できるかわからないが、2人で過ごしたそんな昭和を引きずりながら、また2人でそぞろ歩きしたいと思うのである・・・
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LGBTQという言葉が定着し、もはや同性愛は色目で見られる時代ではなくなってきている。私自身はノーマルな人間であり、同性愛は理解できないが、他人のことをとやかく言うつもりもない。世論としては同性婚を認めてもいいという方向に向かっているし、それはそれでいいのではないかと考えている(所詮、他人事だし)。しかし、今回のニュースには少しだけ気を引かれる。大法廷での審理は最高裁が新たな憲法判断を示す場合などに限られるというが、今回はどんな結論を下すのだろうかと思う。
そもそも婚姻については、憲法で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」(24条1項)と定められている。つまり結婚は親が決めるのでもなく、他人から強制されるのでもなく、ただ結婚したいと願う両性(男と女)の合意のみに基づいて成立すると憲法で定められているわけである。これをどう判断するのか。「男同士」、「女同士」は「両性」ではない。単純に解釈すれば、大法廷でなくても「同性婚は違憲」だとわかる。
もっとも第9条をめぐる解釈でもわかるが、我が国は解釈改憲が得意である。世の流れは同性婚を認める方向にあるが、単純に憲法を解釈すれば法的には認められない。最高裁はどちらを取るのであろうかと興味深い。そもそも同性愛者はなぜ結婚したいのだろうか。同性婚を認めろと訴訟を起こしているカップルはその理由として、「家族として法的に認められず、相続や税制上の優遇も受けられないことで重大な不利益を被っている」としている。そこは男女間の感情と同じなのだろう。
男として考えれば、好きになった女性と結婚したいと思うのは普通の感情である。それはいずれ子供が欲しいという思いがあるし、家族にならないと難しい問題も出てくる。相続や税制もそうだが、例えば病院でも「面会は家族だけ」というケースもある。「家族」であることで本人と一体としてみてもらえるのは法律や税制だけではない。結婚は「彼女」と「家族」とを分ける大きな敷居であり、その意味は大きい。それがそのまま同性愛者の感情と考えれば、「結婚したい」という気持ちもよくわかる。
私自身、現在妻とは別居中であり、大学生の息子が卒業したら離婚するつもりである。長年一緒に暮らすうちにどうも妻の方に私に対する不満が鬱積したようで、それが露骨に態度に出るようになり、耐えられなくなって自分から家を出たのである。しかし、すぐに離婚せずに「家族」に留まる理由は、配偶者控除などの経済的な理由である。息子が学生のうちは余計な支出は回避したい。それに離婚して法的に赤の他人となったとしても、「自分の子供の母親」という地位は揺るがない。ここが単なる赤の他人とは違うところである。「子はかすがい」なのである。
離婚の条件などは何も決まっていないが、建てた家はそのまま妻のものになるだろうし、それでも住宅ローンは私が払い続けていくだろう。財産は折半というのが原則だろうが、こちらからそれを主張しにくいのは、「自分の子供の母親」が困窮するようなことはやりにくいという思いである。それに家はいずれ子供たちのものになる。となればあまり自分のものにすることにこだわる必要もない。子供がいなければ、「財産は仲良く半分に分けよう」と主張していたと思う。
離婚したあとどうするのかという人生設計はまだない。誰かと一緒に暮らしたいという気持ちもなくはないが、再婚したいという強い願いはない。相手がいれば、そして相手次第であるが、同棲でもいいように思う。還暦も過ぎれば(加藤茶みたいに年若い相手と結ばれる可能性はないだろうから)、お互いに積み上げたものもある。あえて家族になる必要があるのだろうかと思ってみる。ただ、年齢的には病院のお世話になる確率が高まるし、いざという時に「家族」である必要はあるかもしれない。
そんな妄想をしていると、やはり単に愛する相手と家族になりたいという精神的なつながりという意味ではなく、「結婚」という「制度」を利用することは必要なのかもしれないと思う。そこに切実な思いを持つ同性婚カップルの気持ちもよくわかる。しかし、憲法は憲法である。どういう判断を下すのか。どちらになるのかという結論よりも、どちらになるにせよその理由に深く興味を惹かれる。今後注目していきたいと思うのである・・・
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【本日の読書】
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実家に戻って以来、週に1回家の掃除をしている。老齢の両親にもはや掃除の能力はなく、私がやっているが、平日にそれをするゆとりはない(世の働く主婦もそうなのだろうかと思ってみる)。それでも部屋に掃除機をかけ、トイレ、風呂、洗面所と水回りも含めて一通りやっている。改めて思うが、自分自身、トイレ掃除をしている自分の姿など若い頃には想像もできなかった。やれと言われても嫌悪感が先だっていただろう。しかし、今は嫌悪感はまったくない。それは自宅だからという事もあるが、自宅でなくても(少なくとも公共トイレではなく住宅用であれば)同様である。これは実績があるので断言できる。
そもそもトイレ掃除に抵抗がなくなったのは、前職の時である。銀行から社員10名の小さな不動産会社に転職し、長年の赤字体質を改善すべく、文字通り最前線に立つことになった。まずは余計な経費を見直すことから始めたが、そこで気づいたのが貸している部屋の外注管理費。これを内製化できれば経費はかからない。社内を見回せば社員はみなあくせく働いているわけではなくゆとりがある。そこで外注をやめて自分たちで直接管理することにした。そうすると、賃貸に出していた部屋が空いた時、ルームクリーニングをしなければならなくなったのである。
社員にはルームクリーニングの経験者もいるし、主婦という強力な潜在力を持った者もいた。そこで自分たちでルームクリーニングをやる事になった。もちろん、私も参加する。言い出しっぺであるし、率先垂範しないと「人に嫌なことをやらせる」だけのリーダーになってしまう。そして始めるにあたり、まずは役割分担であったが、当然ながら誰もやりたがらないのがトイレ。さすがの主婦も「よその家は・・・」と躊躇した。そこで私が引き受けることにしたのである。ここは自分がやらないと、内製化も軌道に乗らないだろうと思ったのである。
結婚して驚いたことの一つは妻がトイレ掃除をする姿。便器を抱くようにして隅々まで拭き掃除をする姿に感動すら覚えたのである。しかし、自分ではやったことがない。主婦の社員や経験者にあれこれと聞きながら取り掛かった。やってみればそれほど抵抗感はない。そしていつしかルームクリーニングでは、バス・トイレは私の担当に(ワンルームマンションでは一体になっていることから必然的に風呂も担当することに)なったのである。1つの転機になったのが、あるワンルームマンションのクリーニングであった。そこは独身男性が長年暮らした部屋であった。
女性であれば違ったであろうが、男は掃除をしなくても平気なところがある。ましてやトイレ掃除をやである。20年以上暮らしたであろうその期間に、おそらく掃除などしていなかったのであろう。便器の元の色はベージュ色だったが、中はどす黒く黒ずんでいた。私もそれを見て躊躇した。クリーニングではなく、リフォームで便器を交換しようかと考えた。しかし、そこでリフォーム費用とその後貸して稼ぐ家賃収入とを計算し、クリーニングすべしと経営面から判断し、覚悟を決めた。かなりに時間を費やして便器に手を突っ込みゴシゴシ汚れをこすり、最終的にはベージュ色の便器に戻した。
仕上がりを見て、自己満足に浸る。あれだけ汚れた便器をここまできれいにできたことに自分でも驚いた。そしてトイレを掃除することに抵抗感はまったくなくなった。トイレ掃除によって得られる効能を説いた本(『掃除道』)を読んだことがあるが、著者の考え方がよく理解できた。と言っても、『掃除道』の著者のように中国の公共トイレを素手できれいにするほどのレベルには程遠い。そんな達人レベルとはいかなくても、掃除そのものに対する抵抗感はなくなったし、(たとえ共同のであっても)トイレをきれいに使おうとする意識も芽生えたのは大きな変化であった。
ルームクリーニングでバス・トイレ掃除担当の仕事は、最後に会社から追い出されるまで続けた。社員のみんなはそれについて何も言わなかったが、たぶん自分がやらされなくても済んでいたことについては満足してもらっていたと思う。賃貸経営では「退去→クリーニング→入居」というサイクルをいかに早く回すかは重要である。当時、退去連絡が入ると、すぐにクリーニングの予定を入れ、その翌日から募集に入れていた(写真が用意できる部屋は退去の翌日から)。みんなは私が言い出すまでクリーニングなどやらなくて済んでいたのに、積極的に協力してくれた。それには私がトイレ担当を引き受けたことも影響したのではないかと密かに思っている。
トイレ掃除は仕事でも私生活でも私の意識を変化させたし、仕事でも一定の成果はあったと思う。少なくとも「言うだけ」「口だけ」の役員ではないと思ってもらえたと思う。今は実家のトイレ掃除だけであり、よそのトイレまで掃除しようとは思わないが、意識の変化は自分自身良かったと思っている。息子も結婚したら自分の家のトイレぐらい掃除するように意識をもっていければなどと考えている。私にはできなかったが、「夫婦仲良くいつまでも」を実現できるかもしれない。
あらためてトイレ掃除にはそんな効能があるのだと思うのである・・・
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| まだキレイな部類に入る |

今年も4月1日、我が社に新入社員が入社した。実は4年半前に我が社に転職してきて最初に驚いたのが、新卒社員を採用しているということであった。それは現在まで毎年続いている。驚くことに、それは我が社だけのことではなく、我が社より規模の小さな企業でも意外に広く新卒採用が行われている。もっとも、我が国では全企業に占める中小企業の割合は99.7%と言われている。大企業ばかりが新卒採用を行なっている訳では当然ないと認識していたが、社員数100名未満(中には10数名)の企業でも実施しているというのは意外だったのである。
と言っても、やはりなかなか知名度もない我が社のような企業では首都圏での新卒採用というわけにもいかず、地方採用が多い。あとは専門学校である。首都圏の大学生はなかなかハードルが高い。特に我が社のようなIT企業では人材不足が顕著であり、競争も激しい。それでも人材を求めるとなると、どうしても地方になり、大学生より下ということになる。さらに単独でとなると難しいところもあり、同業者で構成する組織で共同して行うということもしている。そして内定が決まると、合同の入社式ということもやっている。
そんな合同入社式に、毎年100名前後の参加企業の新入社員が集まり、合同の入社式とそれに続く研修を行なっている。企業によっては、新入社員が1名というところもあるが、合同でやると100名前後の同じ新入社員が参加し、来賓も招いてそれらしい雰囲気のものになる。我が社も社内だけで入社式をやったが、規模の違いは雰囲気の違いとなって現れる。とある参加企業の社長さんは、やはり新卒採用は1名だけで、それゆえにこういう雰囲気の入社式に新入社員を参加させたかったと語っていた。社員に対する愛情のこもったしみじみとした言葉で、好感を持った。
ビジネスマナー研修などは、何人かいた方がやりやすい。名刺交換や電話応対、来客時のお茶出しなど、何人かでグループを作り役割を交互に変えてロールプレイングをした。今の時代、「お茶出しは女性の仕事」ということはなく、男もお盆の持ち方やお茶出しの作法を学んでいた。もっとも、コロナ以降急須に茶碗ではなく、ペットボトルになっているところも多い。名刺交換などは、見ていると自分がやっている作法は間違いではないと当たり前ながら思う。今では意識することなくやっていて、改めて言葉で説明しろと言われても一瞬戸惑ってまうが、自転車の乗り方と同様、体で覚えてしまっているのだろう。
他社の新入社員同士で知り合うのもいい機会。改めて自己紹介で自分の会社のことを話したりするのを聞いていても、どこか誇らしげな雰囲気が漂う。たぶん、まだよく自分の会社のこともよくわかっていないと思うが、他人に説明することによって、「我が社」という意識も芽生えるのだと思う。私の場合、銀行だったから入社式はもちろん単独で330名ぐらい同期がいたと記憶している。あまり覚えていないが、あれが当たり前という感覚でなんの疑問も抱かなかったが、我が社の事情と比較してみると、いろいろな面で恵まれていたのがわかる。
当たり前だが、中小企業も含めれば今は十分な就職先があると思う。よほど本人に問題がない限り「就職できない」ということはないだろう。ただ、やっぱり大企業の方がネームバリューも高いし、給料も福利厚生もいいだろうと思う。そこは仕方ない。ただ、中小企業に入社した以上、そこで頑張ってほしいと思う。間違いなく言えることは、何百人も採用する大企業と比べ、数人規模の中小企業では社長の新入社員に対する愛情は深いと思う。簡単に辞められても困るので、じっくりと社内で育成するに違いない。我が社もそうである。
彼らが、5年後、10年後にどんな若手に育っているのか、楽しみでもある。彼らを後悔させないように、私も微力を尽くしたいと思うのである・・・