ここのところ夏休みに温泉に行くのが恒例になっている。今年もまた昨年に続いて万座温泉に行ってきた。元はと言えば、母親を好きな温泉に連れて行ってあげようというところから始まった温泉巡りであるが、いつしか温泉に入るのが自分自身の楽しみにもなっていて、一石二鳥というわけである。人に話すと「夏に温泉?」と驚かれるが、万座温泉は標高1,800mに位置していて、「星に一番近い温泉」とも言われているらしいが、朝晩涼しくて入浴には程良いのである。ラグビーであちこちガタが来ている体には心地よい。
大体のパターンは決まっていて、夕方チェックインすると母はすぐに入浴、私は周辺の散策である。今回は昨年に引き続き万座亭に宿を取ったが、途中で見かけた牛池へとまずは向かう。なんの変哲もない池であるが、トンボが無数に飛び回っている。昔、小学生の頃、長野県の御代田に住んでいた従兄弟のところに毎年春夏の休みを利用して2週間ほど遊びに行っていた。その頃、外へ出ればトンボもたくさん飛んでいて、捕まえてみたりしたこともある。そんなことも思い出される。
入浴はいつも3回。夕食前後と翌朝である。夕食前は通常の入浴と同様、体を洗って汗に塗れた体を洗いながす。夕食後はただ、湯に浸かるだけ。どちらも露天風呂に入る。万座温泉は周辺に硫黄臭が漂っていて、気分を盛り上げてくれる。乳白色の湯はもちろん硫黄臭付きでゆったりと浸かると何より体に溜まった疲労が抜けていく感じがする。ラグビーの影響で慢性的な痛みを抱える首と肩と膝は入念に動かして湯治気分に浸かる。夕方は澄んだ空気、夜は真っ暗な夜空がさらなる演出を加える。
部屋にはエアコンがないが、うっかり窓を開けて寝ると寒くて目が覚めそうである。この時期でも布団をかけて寝られる。布団の中はたちまち温泉臭に包まれる。翌朝、朝食前に朝風呂。澄み渡った青空の下で湯に浸かる幸せ。こうして母を連れて温泉に行けるのも後何回だろうと考えてみる。すでに衰えた記憶力と思考力では浴場から部屋に戻ることすら不可能になっている。一緒に入って背中を流してあげることはできないが、せめて浴場と部屋の往復には付き添ってあげられる。それしかできないが仕方がない。
この頃、遠出をするのを嫌がるようになった親父は、1週間前から毎日「週末は温泉」と言い聞かせてきたが、今回もやっぱり朝になって「聞いていない」と言い出す。機嫌も悪くなり、無理に連れていくこともないと諦めた。弟も呼んで家族4人これが最後の家族旅行かと思っていたが、残念ながら1人ドタキャンで料金も戻ってこない。家族4人の家族旅行は残念ながらもう無理かもしれない。弟と2人で親父の分の夕食を食べながら、そんな話をする。
チェックアウトして山を降りる。途中、草津へ抜けるルートは火山の噴火の影響で休憩所が封鎖されてしまったが、快晴の下眺めはいい。ただ、運転が上手いと自称する弟は景色を楽しもうという気持ちはサラサラなく、一気に降りてしまう。母と2人の時は、ところどころで車を止めて景色を楽しむだが、弟には風流を解する気持ちがない。そして望月へと抜け、祖先の墓参り。母方の祖父母と伯父と親戚とが眠る。子供の頃遊んでもらったおじさんがどういう関係だったのか、改めて知る場所でもある。小学生の頃、親に連れられて遊びにきた祖父母の家はすでになく、見知らぬ人が家を建てている。子供の遊具などがあり、たぶん若い夫婦が住んでいるのだろう。50年前にここに住んでいた人のことなど想像もできないだろう。あさま山荘事件のニュースもリアルタイムでこの祖父母宅で見た記憶がある。裏山に上り、見つけた風船にくくりつけられていた手紙に返事を出し、しばし文通した記憶もある。個人情報の緩やかな良き時代の思い出である。
暑さが満ちた東京に帰ってくる。温泉はまだちょくちょく行こうと思うが、万座温泉はまた来年になるだろう。母とはいつまで一緒に行けるだろうか。一期一会ではないが、毎回これが最後かもしれないという思いで可能な限り続けていきたいと思うのである・・・
























