
日頃あれこれ思う事どもを思うがまま自由に綴る

息子はこの春、大学3年生になった。もうあと2年で私の子育ても終わる。今は別居しているが、それは苦ではない。そもそも同居していても会話は少なくなっていたし、小さい頃、「パパ、パパ」と言って寄ってきたのを思うと寂しい気がするが、それが成長というものであり仕方がない。家を出る時に子供と別居するのが後ろ髪を引かれた部分であるが、いずれ子供達も独立して家を出ていく。地方の大学に行っていたらもっと早かったわけであり、そう腹を括って家を出たという経緯がある。
それでも父親である限り、息子の人生には関与したいと考えている。今はそろそろ就職の事も視野に入ってきていると思うし、近々会って話をしようと考えている。以前、2人で酒を飲みに行ったが、それ以来の2人だけでの会話になる予定である。そこでどんな話をしようかとあれこれと考えている。息子の考えに口を挟むつもりはあまりないが、私と息子ではまず人生経験が違う。悔いのない学生生活を送ってもらうためにも、1人の経験談を話して聞かせるのもまた息子のためになると思う。
大学3年ともなれば、そろそろ就活ということが頭にあるだろう。どの業界がいいかと問われると、銀行くらいしか経験のない私からすると、「銀行はやめておいたら」というのが正直な気持ち。そう言えばその昔、「子供を銀行員にさせたくない」という話を聞いたことがある。それはある業績不振の取引先の担保処分に同行した時のこと。よほど面白くなかったのであろう、銀行員がいかに非人道的かという話を私にしてきた。曰く、知り合いの銀行員が「子供には継がせたくないと言っていた」と。同意を求められた私はキッパリと反論した。「そんなに嫌な仕事ならとっくに辞めてますよ」と。「子供がなりたいというなら私は応援します」と。
その時は、業績不振から担保に差し入れた不動産を売却して借入金を返済させられる恨みを若手の私にぶつけてきたのであるが、銀行は決して嫌な仕事ではないと強く反論した。ではなぜ息子には「辞めておいたら」と言うのかと問われれば、もう銀行という仕事を知り尽くし、自分にとっては魅力が薄れているからである。もし、時間を戻して就活時に戻れるなら、別の仕事をやってみたいと思うからに他ならない。今、お付き合いのある銀行の担当者を見ていても、あまり変わっていない。自分で面白そうだと思えない職業は勧めたくないと思うからである。
それよりもやはり大事なのは「学生生活」。これはもう残り少ない。就活も「将来のことを考える」という意味では必要だが、8:2で学生生活を優先すべきだと思う。そこははっきり息子にも伝えたい。大学の勉強は、「卒業に必要な単位を取る」という意味と、「今しか学べないことを学ぶ」という意味がある。私もそういう意味で、当時は(今も?)遊び優先の学生が大半を占める中で、他の学部の講義とかも幅広くまじめに聴いたものである。面白そうな講座があれば単位とは関係なくても学ぶくらいであってもいいと思う。
アルバイトも貴重な経験になる。大いにやるといいと思う。苦学生は別だが、学生時代のアルバイトはある意味気軽にできる。いつもよく行く近所のスーパーに中年男性がレジに立っている。おそらくパートかアルバイトなのだろうが、いつもどんな事情があるのだろうかと考えてしまう。女性なら、家計の足しにするためのパートなのかなと思えるが、男性のパートは秘められた事情を想像してしまう(そんなことを考えるのは私だけだろうか)。もしかしたら、起業で成功して大金を手にしてアーリーリタイアし、暇つぶしで働いているのかもしれないが・・・
親父の言葉を息子はどう捉えるだろうか。上から目線で押し付けがましく言えば嫌われる。それはこれまで多くのドラマや小説や実例で学んできたこと。息子の考えを尊重しつつ、「自分の判断の参考にしたら」というつもりで話したい。私も親父の話は仕事の役に立つということはあまりなかったが、いろいろと考えるヒントにはなった。きっと息子にも何かのヒントになるだろうと思う。そう信じて、息子と2回目の酒席を楽しみにしたいと思うのである・・・
再び先週末に観た映画『異動辞令は音楽隊!』より。主人公の母親は認知症である。主人公が夜、帰宅すると母親が外に出ている。そして「お父さんがまだ帰ってこない」と言う。主人公は半ばキレかけて「親父は死んだって言っただろう」と母親を叱る。家の中に入れば、「お父さんはもう死にました」という張り紙があり、他にも張り紙が見える。認知症とは文字通り認知能力が衰えるもので、主に記憶部分が劣化するのだと思う。我が家の老親もその傾向にある。大げさな話ではなく、記憶は3分ももたない。「今日は何日だっけ?」という質問を発し、答えて理解した直後にまた「今日は何日だっけ?」という質問を受けるのは日常である。
あまりにも同じことを繰り返されるといい加減にしろよという気持ちが強くなる。主人公が怒るのもよく理解できる。また、そんな調子だから言って伝えることは無益である。したがって「紙に書く」事になる。気が付けば我が家もさまざまな「メモ」が家の中に氾濫している。しかし、それでも慣れてしまうのか、メモを無視されることもしょっちゅうである。始めはイライラして怒っていたが、それも無駄なことであり、また自分自身に対する嫌悪感も強まることから怒らないように心掛けている。
基本は鏡のように穏やかで静かな心「鏡心」である。今年の目標でもある。相手が母親だと思うから腹が立つ。3歳の子供だと思えば腹も立たない。そう考えるようにしている。それに母親の私をイラ立たせる行動の根本にあるのは、「子供のために」という世の母親に共通する行動原理である。私が用意し、食べ終えて洗った食器の片付けとか。干した洗濯物を取り入れたりとか。布団を敷くためにテレビの前にある座椅子を移動させるとか。座椅子など腰が悪いから動かすのもしんどいと思うが、それでも動かしてくれる。
食器の片づけは、「元の場所」に戻してくれるなら問題ない。ところが母親はそれを覚えておらず、適当にしまう。そのため、場所が変わってしまい、私が次に使おうとしてあちこち探す羽目になる。見つかればまだしも、見つからない時もある。しゃもじなど台所以外のどこにしまうのかと不思議で仕方がないが、今も見つかっていない。洗濯物も同様。背が低いので無理に引っ張って洗濯ばさみを壊したり、適当にしまってわからなくなったり。座椅子はまだ使うのでそのままにしておいてほしい。こんな具合に「好意」からの行動であっても「よけいなこと」になっている。
家事はすべて私がやろうと思うが、本人の生活力の維持のため、少しは何かをやってもらおうと思っている。「ご飯を炊く」というのがその一つ。言い残して行っても忘れるから、帰る前に電話をする。返事は良いが、帰るとご飯を炊いていない。まぁそこから炊いても少し夕食の時間が遅くなるだけでどうという事はない。根気よく繰り返したら言わなくても炊いておいてくれるようになった。
しかし、今度は「炊かない」という事ができない。ジャーに「ご飯は炊かない」と書いて張っておいても、「昨日のかと思った」と言ってはがして炊いてくれている。こうなると頭脳戦である。そして張り紙+お釜を隠すという作戦に出た。ところが隠したお釜を見つけられてご飯を炊いてくれた。そして今度は見つからないところに隠したが、それでようやくご飯を炊くことを阻止できた。相手を責めるのではなく、自分に原因があると考える。「自分が源泉」のいい行動例である。
『異動辞令は音楽隊!』の主人公もまだまだである。いちいち腹を立てても仕方がない。我が家の両親はまだ会話はできる。「お昼に何食べた?」と聞いても答えは「?」しか返ってこないが、昔の話を聞けば嬉々として答えてくれる。学校から帰るとまずは飼っていた馬の餌の干し草を切ることが仕事だったと語る父。「長男大事」という風潮で、家の仕事は次男である父にすべて回ってきたようである。それが不公平で嫌でたまらなかったらしいが、今では「俺は親父の(農作業の)右腕だった」と誇らしそうに語る。
母もおそらく言動がおかしくなってきたからであろう、最近町内会の役職を解任されたという。本人は不満げだが、町内会の人の考えもよくわかる。それでもまだ家の前の公園の花壇の手入れという区から任されている仕事はある。公園で雑草を取ったりという事を続けている姿は腰が悪いためしんどそうに思うが、それでもやりがいになっているところもあって何も言わずに見守っている。最近、「要介護1」の認定を取ったが、まだ施設に入らなくて済むだけありがたいと思う。
映画の主人公を見て、「怒ってもだめだよ」と思ったが、それは我が身を写した鏡のように思う。怒ったりイライラしても問題は解決しない。事実をどう受け止め、どう行動するか。老親との暮らしは自分を鍛えてくれる。そうして己を鍛えつつ、残り少ないであろう3人での生活を心穏やかに送りたいと思うのである・・・
毎週末の深夜に映画を観るのを楽しみにしているが、この週末は『異動辞令は音楽隊!』を鑑賞した。その中でとあるシーンが気になってしまった。そのシーンは以下の通り。
①主人公が偶然立ち寄った居酒屋は、同僚の女性の実家。一緒に飲む事になり、そのまま看板になる。②店主である母親はまだ主人公と飲んでいる娘に戸締りを任せて帰る。③主人公は頃合いを見て帰宅する。④帰宅した主人公は認知症の母親がいないのに気づき、近所を探し回る。⑤母親はパトカーで送られて帰宅する。⑥主人公は母親を寝かしつける。⑦そこへ居酒屋の娘が主人公の家に忘れ物を届けに来る⑧母親が起きてきて娘を主人公の別れた嫁と勘違いして「お腹が空いた」と訴える⑨娘は快く料理を買って出て、3人で食べる。
気になったのは時間である。①②では特に明示されていないが、店の看板の時間だからおそらく夜の10時頃だろう(居酒屋であることを考えるともう少し遅いかもしれない)。③では自宅は近くだとしても帰宅するのに30分くらいはかかるだろう(10:30)。④は近所を探し回る時間が短くても30分くらいだろうか(11:00)。⑤⑥では同僚の警官と話をしているし、母親を寝かしつけるのに30分くらいかかるとして11:30。⑦はこんなに遅い時間に訪ねるかという問題は置いておいて、簡単な調理だとしても⑧⑨では12時過ぎという事になる。そんな時間に普通に食卓を囲んで食事をするだろうか(主人公も同僚の女性も飲んだ後で普通に食事をしているのである)と考えてしまった。
映画やドラマを観ていて、おかしいと思うことはよくある。しかし、そんな重箱の隅を突くようなことをしていても面白いことはない。したがって、そういう時は「そういうもの」として観る事にしている。主人公が超人的な活躍をしていても、ありえない偶然に遭遇したとしても、「そういうもの」と思えば何という事はない。しかし、この映画ではどうも上記のシーンに引っ掛かりを覚えてしまい、ストーリーから意識が外れ、あれこれと時間の流れを検証し、上記の結論を得て「どうなんだろう」と考えてしまった。
マーケティングの世界では、「ターゲット」を細かく設定することがよくある。ターゲット顧客について、「二十代後半の女性、働く独身の一人暮らし」などという具合にである。そうして細かくターゲットを設定する事によって、実際の消費誘導行動を具体化しようというものである。どのくらいの効果があるのかはわからないが、ただ万人受けを狙うよりは遥かにいいというのは想像に難くない。結果的にターゲット以外の顧客に売れてもそれはそれ。そういう考え方があるせいか、映画やドラマでも細かい設定は大切なのではないかと思う。
ミュージカルを観に行っても、舞台の端でしっかりと演技をしている端役の人をよく観る。観客の目はあくまでも主人公(または舞台の中央にいる役者)に行っていて、端役などに目を止めている人はいないと思うが(そういう私は観ているわけであるが)、それでもしっかりと演技をする(喜んで手を叩いたり驚いたりする)事によって舞台全体の雰囲気に影響を及ぼしているのだと思う。人が見ていないところ、見えないところにもこだわりを持つ事は芸術などでもよくある事で、それは結果的に全体の雰囲気に現れるものなのだろうと思う。
現に面白い映画やドラマは、そんな細かいところに引っ掛かる事なく、物語の世界に感情移入させてくれる。『異動辞令は音楽隊!』は面白くないとは言わないが、途中で物語の世界から私の意識が外れてしまったのは事実である。途中でばら撒いた細かい伏線をラストで丁寧に拾ってまとめてみせてくれるストーリーなど(東野圭吾の作品などは割とこういうのが多い)は、読み終えて唸らされることがある。『壬生武士伝』だったか、集団での斬り合いの乱戦後、指がたくさん落ちていたというエピソードがあったが、実際は殺陣のような鮮やかな斬り合いなどではなかったと思う。
私が担当する財務の仕事でも、経費予測などは細かくやったりする。ざっくりアウトラインを捉えるのもいいが、私は細かくやるほうである。時間はかかるかもしれないが、結果としてざっくりとしたアウトラインも精度が高まったりする。なので個人的には大事な事のように思う。物語の世界は著者や脚本家が自由に世界を構築できる。それが現実に近ければ近いほど、リアリティが増して物語が面白くなるように思う。面白い映画作りのためにも、そういうこだわりを気にして欲しいと思うのである・・・
ノルマはいろいろな業種にあると思う。ノルマそれ自体が悪いものではないと思うが、それがだんだんと担当者レベルに落ちていった時にいろいろな弊害が出てくる。私も銀行員時代、クレジットカードや定期預金などの金融商品、貸出額や回収額といったさまざまなものにノルマを課された。今もそれは変わっていないように思う。つい先日、取引先の銀行の担当者に頼まれて投資信託をやらされたばかりである。その担当者にはそれ以前にクレジットカードを作らされてもいる。元銀行員として苦労がわかるだけについつい応諾してしまうのである。
あれは入行して2年目か3年目だった時の事、別の財閥系の銀行に入った後輩から電話がかかってきた。曰く、クレジットカードを作ってくれないかというもの。そしてわざわざ私が勤務する支店にまで訪ねてきた。そして差し出されたのは某クレジットカードのゴールドカード。ゴールドカードとなると、当時の年会費は10,000円。私が作ってもらっていたのは年会費無料タイプだったから、頼んだ人には手間以外の負担はかけさせていない。しかし、年会費10,000円は若手銀行員の薄給には厳しいものがあった。
断りたかったが、わざわざ困って訪ねてきた後輩を手ぶらで返すのも忍びない。ノルマがきついとこぼす後輩に覚悟を決め、さらに支店内を見回して優しかった預金課の課長さんにお願いして一口作ってもらった。その課長さんもとんだとばっちりだったが、「私の顔が立つなら」と引き受けてくれた。かくして予想外の2口の申込書を手に後輩は喜んで帰って行った。そのカードは1年で解約したのはいうまでもない。ノルマは「作成」であって「維持」ではな買ったからである(当然、預金課の課長さんにも解約をお願いした)。
そうして作ったカードが銀行の経営にどれだけ貢献しているのかと問われれば、はっきり言ってほとんど貢献はしていないだろう。作るだけで動きのないカードなど管理費の負担だけであり、経営的にはマイナスである(ゴールドカードは別だが)。そんなバカみたいなノルマなどやめればいいと思うが、中には動いて収益をもたらすものもあるのかもしれないし、やめないところを見るとトータルでは採算が取れているという事なのだろう。それでもこの程度の負担であれば、何とかなるが、モノによっては厳しいものがある。
保険なんかはおいそれとは頼まれたくないものの例である。その昔、銀行員時代の知人が某外資系の保険会社に転職した。それを聞いて真っ先に「来るな」と思った。そして案の定、彼は来た。曰く、保険に加入してくれと。保険会社の場合、まず転職に当たって知り合いの多さを聞いてくる。最初は知り合いから顧客を増やしていくためである。私もそれを聞いて保険業界に転職するのはやめたが、個人的に知り合いから勧めていくのは好きではない。「良いものだったら勧めるでしょう?」と諭されたが、「それはそうだがそれでもね」と断った。まぁ、確かに悪くはなかったので貯蓄だと思って加入した(今も入っている)。
ただ、それでも車なんて高額なものになると、さすがに頼まれても簡単に「いいよ」とは言えない(自動車会社に就職した後輩はいたが、幸いなことに頼まれはしなかった)。自動車会社の営業マンには自爆営業しないといけないような厳しいノルマはあるのだろうか。あっても数は稼げないだろう。せいぜい身内ぐらいしか頼めないだろうと思う。それでもさすがに自家用車は他のメーカーのものにはできないだろうなと思う。自社に誇りを持っている人なら問題はないだろう。それかあえて外国車にすれば角が立たないのだろうかと考えてみる。
いろいろと妄想は広がる。でもよく考えてみれば、ノルマが嫌なのは、「自爆営業」にあると思う。それがなければ精神的にも楽である。成績が上がらなくてもそれはまた別の問題である。そう考えたら、社員にノルマを貸すのは構わないが、「自爆営業禁止(あるいは許可制)」にすれば良いように思う。人は結局、尻を突かれないと動かないところはある。やり過ぎれば問題になる。プルデンシャル生命保険の不正事件はノルマというより過度の歩合制にあったようだが、ノルマみたいなものである。そこはうまくやらないと首脳陣も首を絞めることになる。
プルデンシャルのような角の歩合制は別として、単なるノルマなら「自爆営業禁止」とするだけで、かなり社員の精神的な負担は軽減できるのではないだろうか。我が社にノルマはないが、そのあたりよく気をつけて「目標設定」をしなければと思うのである・・・
『対馬の海に沈む』というノンフィクションを読んだ。長崎県対馬市にある対馬農業協同組合(JA対馬)で起こった22億円に上る巨額の不正流用事件を追ったノンフィクションである。その遠因として触れられていたのが個人のノルマ達成を最優先させる組織構造や、それに起因する無理な営業体制などである。実際のものは書かれていなかったが、職員には過酷なノルマが課されており、こなせない職員は自爆営業(営業目標を達成するために自分や家族の名義で不要な共済を契約すること)をせざるを得ないというもの。それほど多くない給料から掛け金を払うため、家計を圧迫していたという。
ノルマとは、もともとロシア語の「норма(基準・規定)」に由来し、第二次世界大戦後のシベリア抑留者によって日本に伝えられた歴史を持つらしい。私も銀行員時代、いろいろなノルマがあって大変だったのを思い出した。他の業界でも保険や証券会社なんかも大変らしいと聞こえてきていたが、どこの業界でも多かれ少なかれあるのかもしれない。私のいた銀行では「ノルマ」という言葉のイメージがよくないのか、「ガイド」と言い換えられていた。言葉が変われば変わるというものではないが、その意図は何となく理解できる。
企業であれば、当然業績目標をというものを持つ。目標を持つことそのものは悪いことではなく、むしろ必要なことである。そして当然、全社一丸となってその目標達成に向けて活動するのであるが、その目標を達成するために、目標が細分化され、最終的に一人一人の社員に目標として降りてくるということもありうること。それがすなわち個人の目標としてのノルマとなる。そう考えると、ノルマというのは実は必要なことだということになる。実際、私もそういう個人目標はあってもいいと思う。ではノルマは必要善なのか。
本来、必要なノルマがなぜ不正流用事件の遠因となるのか。それはおそらく「罰則」の有無にあると思う。達成できなくても罰則がなければ苦しむことはない。JA対馬のノルマがどんなものだったのか、罰則がどんなものだったのかまでは詳しく書かれていないのでわからないが、「できません」と言って済ませられるものではなかったのだろうと推測するしかない。家計費を圧迫されても我慢して加入し続けざるを得ないというのは、それ相応のペナルティがあるからなのだろう。
私の場合、銀行員時代に課された「ガイド」で今でも覚えているのは、「JCBカード獲得10件」というものだった。支店に割り当てられた「ガイド」を単純に職員の頭数で割ったものだが、顧客と接点の多い営業職も少ない事務職も同じ「ガイド」というのは理不尽に思えた。私は融資係だったが、直接交渉できる相手はすでに営業が頼んで作ってもらっているから実際には頼める相手などいなかった。そこで家族や友人知人に頼んで10件集めたが、女性の事務職などは明らかに嫌な顔をしていた。気持ちはよくわかった。そうして集めたJCBカードがどこまで役に立つのか疑問だったし、やればいいというものではなかったと思う。
その時は未達でも罰則はなかった。しかし、結果は支店内に公表されたし、未達者は誰だか一目瞭然だし、目に見えないプレッシャーはかなりあった。「針の筵」とはこういうことを言うのだとよくわかる状況である。罰則がなければいいと言うものではない。逆に達成したらプラス評価されるのは当然である。それに異論はない。組織として目標を追う以上、それに貢献したら評価しないとそれはそれで問題である。社員を鼓舞するのはいいが、棒グラフなどで暗黙のプレッシャーをかけるのはやはり勘弁願いたいものである。
人間は尻に火がつかないと動かないというところは確かにある。企業として目標を持つのも必要であり、それを細分化して個人に目標を与えるのも必要である。問題は未達の場合にペナルティを課すことだろう。それは目に見えるものだけではなく、無言のプレッシャーという目に見えないものも含まれる。そんなものはなくても、達成できた場合にみんなが目の色を変えるような褒賞を与えるだけで十分だと思う。ボーナスで報いればいいのである。できなかった場合に、「次こそ頑張ろう」と思わせることができるか。それが大事なのではないかと思う。
さて、翻って我が社の現状は厳しい。目標の未達は確定的だが、下手すると前年よりも減収ということになりかねない。それは何とか回避したいが、財務担当としては直接売上に貢献できるものではなく、なかなか忸怩たる思いがする。それでも数字を押し付けるノルマは存在せず、個人ごとの目標もない。ただ各課ごとの目標があるのみである。未達のペナルティなどないが、当然達成しようとするマインドは持って欲しいと思っている。ノルマはないが目標はある(かつてガイドと言い換えられたものかもしれない)。両者は似て非なるものである。基本は社員の幸福であるし、そこは忘れずに「目標」に向けて邁進して欲しいと思うのである・・・

現在、会社は決算に向けて非常に厳しい状況にある。売上が計画通りに伸びていかないのである。前期は最終的に黒字で終わったものの、営業利益ベースでは赤字であり、今期は何としても営業利益ベースで黒字を計上しないといけないのである。ところで、なぜ黒字を計上しないといけないのであろうか。逆に言えば、なぜ赤字は悪いのであろうか。「そんなのは当たり前ではないか」というのは簡単。だが、なぜだろうか。赤字とは、すなわち経費が売上を上回っている状態である。会社からお金が流出していく状態である。それは企業の存続に関わる問題であるから「悪」なのである。
では、企業の存続に関わらないものであれば良いのかと問われればその通りである。企業の存続に関わらない赤字とは、例えば「一時的なもの」、「金額の小さいもの」等が挙げられる。そもそもであるが、企業の存続に必要不可欠なものは何かと問われれば、私は「現金」であると思う。企業は現金があれば赤字でも存続できる。逆に現金がなければ黒字でも存続できない。いわゆる「黒字倒産」と言われる状態である。つまり、赤字か黒字かよりも現金があるか否かの方が重要であると思う。
赤字のメリットとしては税金(所得税)がかからないということがある。その昔、親父がまだ自営業をしていた頃、私が税務申告を引き受けたことがあった。それまでは税理士に顧問料を払って税務申告をしてもらっていたが、ある時決算書を見せてもらったところ、一目で「手抜き」がわかった。おそらく、事務員か何かに適当にやらせていたのだろう。私は渋る親父を説き伏せて税理士との契約を打ち切り、自ら税務申告を買って出た。まずやったのは親父の給料を下げることであった。
親父が1人でやっていた印刷業であるが、形式上は法人化していて、親父は役員報酬をもらっていたが、会社は大赤字。その主要因は高すぎる役員報酬。そこで役員報酬を引き下げて利益をトントンにしたのである。こうしたことで、親父の個人の所得税が減り、結果的に手元に入る現金が増えたのである。会社は元々赤字で法人税を納めていない。実態は個人事業主であり、会社も個人も財布は同じ。トントンになってもそれは変わらず。ただ収める税金と税理士への報酬だけが減った次第である。本当は税理士がやるべきことであるが、手抜きすれば顧問先を失うのは当然である。長年の慣れによる怠慢である。
一方、赤字のデメリットは銀行の融資を受けられないことである。逆に銀行から融資を受ける予定がなければ赤字でもいいわけである。大事なことは現金が残っているか。それがどこであってもいいわけである。親父の会社の場合は、親父個人に残るようにしたので、会社には最低限の現金があればいいのである。これがグループ経営の場合、グループ企業に現金があればグループ企業すべてが黒字である必要はない。銀行融資を受ける予定のない子会社なら赤字でも構わないわけである。
もちろん、すべての会社が黒字でウハウハなら問題はない。ただ、「とにかく赤字はダメ」という思考停止はよくない。きちんと現金があるかどうかがまず大事。それが大丈夫であれば、大事なのは赤字か黒字かではなく、企業の存続に必要な現金があるかどうか。そこを間違えないようにしたいところである。前職では経営素人の社長が自らの経営で膨らんだ赤字を指して、「親父から株を譲り受けるために相続対策としてわざと赤字にした」と嘯いていた。「ならなぜ相続が終わった後も赤字にしていたのか」という質問は(まだ入社直後であったこともあって)ぐっと飲み込んだ。
その後、私が入社して経営を立て直し、6年連続の増収と黒字計上、最終年度には史上最高益を達成した。だから会社の株をM&Aで高く売れて、役職員は全員解雇して悠々自適で引退できたわけである。最大限の貢献をしたのに首という結果になって忸怩たる思いがあったが、今思えば退職金規定の整備など気付いていたのだからやっておけば良かったと思う。それはそれであるが、赤字は必ずしも悪ではないということである。本質は何かということはいつも問いかけているが、企業の赤字についてもそういう本質論として捉えておきたいと思うのである・・・
毎年6月は誕生月である。これまでの生きてきた半生を振り返り、などと言えば大袈裟であるが、そろそろ残り時間(それが10年単位であることを望むが)を意識するようになってきている。できれば70歳まであと8年間、今の収入を維持して働きたいと思う。そのあとは「毎日が日曜日」を楽しみたいと思う。70歳を超えた後も個人的には収入のためには働きたくない。しかし、社会との関わりという意味ではなんらかの形で働き続けたいと思うが、そろそろ体力も低下してきており、たぶん70歳くらいになれば気力も衰えて楽をしたいと思うようになっているような気がする。
今はいろいろな事が心理的な負担としてのしかかってきている。周りで自分よりも恵まれている人の姿を見ると、「なんで自分だけが」という気がしなくもない。特に60代になっても夫婦仲の良いところを見せられたりすると、素直に羨ましいと思う。とは言え、それも自業自得なので仕方がない。他人を羨んでも仕方がない。人はみなさまざまである。仕事でもパッとせず、結婚もせず、私と同じように老親と同居している友人もいる。彼から比べると、私はまだいい方であると思う。
下を見て満足するのはどうも感心できない、上を見なくてどうするとこれまでずっと考えてきた。それは今でも変わらない。しかしながら、自分が不幸の塊のように思うのも良くないと思う。自分にも恵まれているところはある。その一つは子供である。「一姫二太郎」と言われるが、結婚前から何となく将来は女の子とその下に弟という形で子供が欲しいと思っていた。そしてその通りになった。多額の収入を稼いで今では羨ましい名誉職について日経新聞にも名前が出る友人がいる。でも子供はいない。どちらがいいかと問われれば、子供のいる人生を選ぶ。
それでいいではないかと思う。この先離婚すれば、家は妻に渡すつもりである。離婚届で妻とは他人になれるが、「子供の母親」という関係は切れない。財産を半分に分けるという選択肢は子供たちから住む家を奪うことを意味し、それはできない。それ以外に渡すお金を考えたら、真面目に「貧困老人」になる危険性が高い。まぁ、ホームレスになって子供たちに迷惑をかけないようにはしないといけない。そのためにはまだまだ稼がないといけない。そんなことを漠然と考える。
シニアラグビーも楽しくやっているが、やはり年齢を感じるようになってきている。怪我をしてもなかなか治らないし(むしろ慢性化している)、ちょっとした運動でもすぐ筋肉に違和感が漂うし、練習が終わったあとの疲労感は昔より大きい(昔より緩い練習なのに・・・)。頭の中は老いないから、敵がボールを持って走ってくれば勢いよくタックルに行く。しかし、今ではその衝撃に体が耐えられないように思う。なので、自分よりも若い世代(50代以下)とはなるべく試合をしないようにしている。周りは「(あなたなら)大丈夫ですよ」と言ってくれるが、勘違いは厳禁だと自分を戒めている。
血液の病気が発覚し、今は経過観察中だがいつ悪化するかはわからない。体力には(病気に対する抵抗力も含めて)自信があったが、あっさりそれを打ち破られてしまっている。体力の衰えは気力の衰えにつながるし、「まだまだ」という気持ちは持ち続けていきたい。まずは息子が卒業するまであと2年。それを短期の区切り目標として頑張りたい。そのあとはまた次の短期目標を探すとしよう。あと8年、今の収入を維持して働くには、会社で自分の存在感を出さないといけない。今までのやり方に安住する事なく、常に「これでいいのか、改善の余地はないか」という問いかけは自分にぶつけていきたい。
ある木登り名人は、弟子が木に登る姿を黙って見つめ、降りてきてあと少しというところで気をつけろと注意をしたという。その理由を問われた名人は、「一番気が緩みやすいところだから」と答えたという。今の自分は「あと8年」というところでそれを感じている。あと8年。健康と仕事での存在感。どちらも維持していきたいと思うのである・・・