最近、日時も曜日もわからなくなってきた我が両親。日付の確認はもっぱら新聞に頼っている。特に最近は家にこもりがちであり、祝日の今日、父を誘って散歩に出かけた。ちょうど先日オープンしたドンキ・ホーテを覗いてみたいという気持ちもあったので、父を誘ったのである。祝日とあって商店街は行き交う人たちで溢れていた。父は何でこんなに人が多いのかと驚く。「今日は昭和の日で祝日だから」と教えると、納得したよう。そして今日が4月29日であることを確認すると、「4月29日と言えば昔は天皇誕生日だったよな」と呟く。そういう記憶はあるんだと感心する私。
確かに、私にとっても4月29日は「天皇誕生日」という印象が強い。かつての昭和天皇の誕生日である。それが昭和天皇の崩御によって「みどりの日」となり、現在の「昭和の日」になっている。まぁ、祝日であることには変わりないので何でもいいと言えば何でもいい。かつて「天皇誕生日」であった頃、私が小学生の時であったが、天皇という存在に反発を抱いていたのを思い出す。ある日の食卓で、「天皇陛下は働いていないのに皇居に住んで贅沢をしてずるい」と言ったのを覚えている。「働かざる者食うべからずだ」と。両親はそれを否定しようとしたが、私を納得させることはできなかった。
と言っても、両親が説明下手ということだけでなく、偏狭な私を納得させることは今の私でも難しかったかもしれない。今では天皇陛下には公務があるし、国事行為が煩雑なほどあるのを知っている。外国との友好親善のための語学や教養も必要だし、とてもではないが、「働かざる者」どころではないだろう。それに四六時中ある意味の監視下にあり、自由に友達と飲みに行ったり、海外旅行はおろか国内の温泉にすら気楽には行けないだろう。確かに庶民と違って飢える心配はないだろうが、では代わりたいかと問われたら、即座にNOと答えるだろう。
先日、NHKの番組「映像の世紀」で、昭和天皇を前後編に分けて放映していた。皇太子時代の1921年に欧州歴訪し、イギリスの国王ジョージ6世と会い、立憲君主の心得「君臨すれども統治せず」の薫陶を受ける。以来、これを心掛ける。しかし、張作霖爆殺事件の処分をめぐって時の田中首相を叱責し、内閣解散を招く。以後、「君臨すれども統治せず」の原則を守り、軍部の進める大陸侵攻に異を唱えなくなったという。もしも、陸海軍の絶対的統帥者として自らの意に軍部を従わせて暴走を防いでいたら、日本の歴史は大きく変わっていただろう。
小学生の私はそんな経緯などつゆ知らず、共産党系の人たちと同様、「天皇の戦争責任」を問う気持ちを強く持っていた。無知というものは恐ろしいものである。敗戦によって軍部の勢力は一掃され、日本は平和国家になった。それはそれで良かったと思うが、もしも昭和天皇が絶対権力を駆使して軍部を押さえていたら戦争は起こらなかったかもしれない。しかし、それでは軍事国家としての体制が残るというのも危険だったという意見がある。しかし、ファシスト政権であるフランコのスペインが枢軸国側で参戦しなかったことで難を逃れ、平和的な民主国家に軟着陸した例もあり、日本もどこかで軟着陸したような気もする。
そんな想像をしてみるも、「外圧」でしか変われないのも我が国の特徴であり、そうはならなかったかもしれない。そうなったら、今でも東大より陸軍士官学校を出ることが男子の最高の名誉という世の中だったかもしれない。それは天邪鬼で反発心の強い私だから、生き難い世の中だっただろう。父と散歩しながらそんな夢想に思いを馳せてみたのである。だんだんと遠のいていく昭和。あとどのくらい父と散歩できるかわからないが、2人で過ごしたそんな昭和を引きずりながら、また2人でそぞろ歩きしたいと思うのである・・・
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