2026年3月11日水曜日

母の親友

 母に1人の親友がいる。昔から聞かされていて私も名前を知っている。その親友に先週末、母は会いに行った。久しぶりに電話をしたところ、病気で余命宣告を受けたとのこと。そこで会えるうちに会おうということになったのである。互いに80代後半であるが、どうやら親友の方が先にカウントダウンが始まってしまったという次第である。とは言え、母も腰が曲がって片道2時間の道のりを電車を乗り継いで行くのは困難であり、私が車で送って行くことにした。行きの車中、もう何度か聞いたことがある話を母は嬉しそうに語る。

 その親友に初めて会ったのはまだ10代の頃。高校を卒業して東京に出てきた母は、親戚の家に身を寄せて働いていた。毎朝、最寄り駅で見かけているうちに互いに意識し合うようになる。いつしか言葉を交わし、勤務先が近いことと(もちろん家も近い)勤務先同士も取引があり、互いにお使いで行き来し合うこともあり、そんな共有点が見つかって仲良くなったそうである。やがて日曜日には一緒に銭湯に行っておしゃべりしたりと交友を深めていったそうである。結婚して会う機会は減ったものの、今日に至るまで交友関係が続いている。

 私も幼い頃、母に連れられてその親友の家に遊びに行った記憶がある。中央線に乗ったのもたぶんその時が初めてだったと思うが、中央線がえらく速いという事で驚いたことをうっすらと覚えている。当時、中央線は高度経済成長に伴う沿線人口の爆発的な増加(多摩ニュータウンなど)と通勤混雑の激化に対応するため、大幅な高速化と輸送力増強が実施されたという事のようであるが、母の友人の家に遊びに行ったという事よりも、幼い私には中央線の速さの方が記憶にしっかりと残っている。

 送って行ったものの、母親のおしゃべりに付き合うのは退屈でもあり、母を下ろすと私はあらかじめて調べてあった近くの快活クラブへと向かう。昔はよく家の近所の漫画喫茶を利用したものであるが、近年愛用しているのが快活クラブである。私の基本として、読書もするが漫画も読む。快活クラブは個室でゆっくりと漫画を読めるし、飲み放題のドリンクと食べ放題のソフトクリームは何より楽しいおやつである。家の近所にもあるが、普段のんびりと漫画喫茶に行ってくつろぐ時間などないから、私にとってもいい機会であった。

 2時間ほどのおしゃべりが終わり、母を迎えに行く。2人の老婆は別れを惜しみつつ、これから毎日少しだけでも電話で話をしようということになったようである。親友の娘さんもいて、「母が笑っているのを久しぶりに見た」と喜んでいた。笑いは何よりの薬だと聞いたことがある。それはそうかもしれない。2人の付き合いの歴史はおよそ70年。互いに友人はいるだろうが、年齢を経ると減っていくだろう。亡くなる人もいれば、会いたくても体がいう事をきかず会いに行けないという事もある。

 そんなこともあって、今回はいい孝行ができたかなと思う。一方の父にはわざわざ連絡を取り合う友人もいないのか、亡くなったのか、母のような話は聞こえてこない。自分のことを振り返ってみると、今はまだ付き合いを保ち続けたい友人が何人もいる。会う機会は年に1回とかほんのわずかだが、それでも何かあれば集まって昔話に花を咲かせている。若気のいたりでバカをやった事を取り上げ、いまだに私がそういうことをやる人間だと思っている連中である。そんな奴らといつまでバカ話ができるのだろうかと思ってみる。病気も判明したし、もしかしたら私があの世に一番乗りかもしれない。

 母はよくあるように今の事は3分前のことですら忘れているのに、昔のことはよく覚えている。親友とのエピソードもいくつも出てくる。10代から20代前半の結婚前の母の事は想像もできない。それでもその頃の親友と過ごした楽しいひと時は、今もなお互いに思い出して笑い合うことができる大切な思い出であり、財産なのだろう。不肖の息子は1人出戻りで、当面は二つの家計費を負担してアップアップの状態。たまに親を温泉に連れて行くことくらいしかできないが、豪勢なリゾート地に連れて行くより親友のところの方が嬉しいだろうと勝手に決めつけている。

 次の機会があるかどうかはわからないが、また次回と思う。母の姿を見ながら、自分もバカ話をする友人たちと大事に付き合っていきたいと改めて思うのである・・・


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【本日の読書】
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