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2026年10月14日水曜日

昔は良かったのか?

 「昔は良かった」という言葉をよく聞く。世の中は常に変化する。その変化は必ずしも好ましいものばかりとは限らない。人によってはその変化によって不利益を被る場合もあるだろう。かつては予約なしでいつでも入れたレストランが、今では人気店になってしまい、何か月も前から予約しないと入れなくなったとか。自然豊かな故郷が開発によって変わってしまったとか。私自身はと言うと、なぜかあまりそんなに良かったと思う昔がない。もちろん、小学校の頃や、中学・高校の頃などはいい思い出もあるが、だから昔の方が良いとまでは思わないだけである。

 過去の記憶は過去の記憶として、時代としてはどうなのかと考えてみる。基本的に自分の生きてきたこの60年あまりの時間はいい時代だったのだと思う。祖父の時代は戦争の時代、父の時代は高度成長の時代であり、それぞれに時代の苦労があった。祖父は戦争に行き、幸いなことに病気で送り返されてきたことによって「名誉の戦死」を遂げることもなかった。父は労働基準法もあったのかなかったのかわからない中、東京に出てきて1日18時間くらい働いたというが、私はのうのうと大学まで出させてもらった。世が世なら私も同じ経験をしていただろう。

 何の苦労もなく(受験勉強という苦労はあったが)、大学まで行けたというのは時代の恩恵以外の何物でもない。学徒動員されることもなく、せいぜいが1日12時間くらいの労働で生きてこられたわけである(残業はつけられなかったが・・・)。「いい時代に生まれた」という以外に何と言うことができるだろう。逆に高校から始めたラグビーで言えば、当時は土のグラウンドが当たり前。常に手足にすり傷を作っていたが、今は母校は高校も大学も人工芝グラウンドである。今の時代に生まれたかったと思うほどである。

 人の記憶は大半が忘れ去られていく中で、いい思い出だけが濾過されて残っていく傾向がある。もちろん、嫌な思い出もあるが(要は良いも悪いも印象深い記憶が残るのだろう)、総じていい思い出の方が多く残るのだろうと思う。人によってはそれが「昔は良かった」という事につながっていると思う。されどやっぱり時代としては今の方が圧倒的にいい時代だと思う。たとえ神様が突然現れて、良かった昔に戻してやろうと言われても、スマホもパソコンもない時代に今さら戻されてもと考えてしまう。

 もちろん、個人的にあの頃に戻れたらという思いはある。だから神様のそういうありがたい申し出があったら、喜んで受けるだろう。戻れるのなら高校生の時でいい。ただ、それは「良かったあの頃に戻りたい」というものではなく、人生経験を積んだ今ならもっと楽しい高校生生活を送れるだろうから、もう一度楽しみたいというもので、「あの頃は良かった」という回顧主義的な気持ちではない。ただ、土のグラウンドには躊躇するかもしれない。あの頃は芝生のグラウンドでラグビーをするのは雲の上の存在だけだと思っていたので、改めて今の感覚で土のグラウンドを前にしたら躊躇するかもしれない。

 考えてみればみんなそうであると思う。大学生の頃に戻れたら、今度は法学部ではなく迷わず文学部を選ぶだろう。「食っていけない」という言葉を真に受けて、食っていけそうな法律を選んだが、法律は自分には向いていないとわかった現在の、文学部へ行って哲学を専攻したって何とかなるとわかった現在の感覚が備わっていたら、進路に悩むこともなかっただろう。自分は恵まれたいい学生時代を送ったが、たぶん今の自分が当時に戻れたなら、もっといい学生時代を送れると思う。

 就職にしても、銀行以外の業態を選ぶだろう。恋愛も諦めずに意中の人にアタックし続けて結婚まで行けただろう。そうしたら今の子供たちには会えなくなる。それが心の痛さになるが、それでも人生でもっとも深く愛した女性と結婚するという魅力には抗えない。そんな風に考えていくと、「昔は良かった」などという言葉は自分の中からどう捻っても絞っても出てこない。自分の過去は否定したくないので、それはそれで「悪かった」とは思わないが、「もっと良くできた」という思いはある。

 小学校の4年から中学を卒業するまで、毎年春と夏の休みに2週間ほど長野県の御代田というところに住む従兄の家に遊びに行っていた。夏は地元の小中学校のプールに通い、花火大会や盆踊りがあり、一緒に野球をし、あちこち野山を駆け回った。あの頃、それが最大の楽しみであり、今でもいい思い出である。されど、それは子供の頃のいい思い出であって、大人になった今、同じことをしたいとは思わない。それは「昔は良かった」と懐かしむものではない。自分の子供にも同じ経験をさせたかったが、残念ながら環境が違う。

 「昔は良かった」という過去を肯定する言葉の裏には、「それに比べて今は・・・」という否定が隠れている。昔は昔で良かったと思うが、それは自分の歴史の肯定であり、今の否定ではない。今は今で幸せな時代を生きている。パソコンで思いを綴れるし、スマホで簡単にいろいろな人と繋がれる。芝のグラウンドでラグビーができるし、過去の自分が今を見たら明るい未来を期待するだろう。この先、人生も残り少なくなってきたが、まだまだ未来には期待したいと思う。

 時代は今よりも良くなっていると思うが、その中でしっかり生きれるかどうかが、時代を肯定できるかどうかの違いになってくるように思う。目標の70歳までは今の収入を何とか維持していきたい。「昔は良かった」という言葉を呟かなくてすむようにしたいと思うのである・・・





【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 これがそうなのか (集英社文芸単行本) - 永井玲衣 シークレット・オブ・シークレッツ 下 - ダン・ブラウン, 越前 敏弥




2026年10月1日木曜日

息子に伝えたいこと

 最近、よく「息子に伝えたいこと」を考える。息子は現在、大学生。父親としていろいろと教えたいと思う。しかし、自分自身、改めて考えてみると「成功者」とは程遠い(何をもって「成功者」とするかにもよるが、いわゆる世間から見た「成功者」とする)。しかしながら自分を卑下するわけではないが、「失敗者」でもない。どちらかと言うと「勝つ」よりも「負けない」事の方が大事ではないかと思う。たとえば人生の後半に借金を返せなくなり、自己破産して、年金か生活保護でとりあえず最低限の生活を送るという状態になるよりも、そこそこの生活でも自立して生きられればいいという程度である。

 自分も今、人生の第4コーナーを回るあたりで、まだまだゴール前でこける可能性もあるわけであるが、とりあえずここまでのところで人生の第1コーナーを回ろうとしている息子に何を伝えるべきだろうか。いろいろあるが、あまり細々としたことは伝えきれるものでもない。これというものを一つ選ぶとしたらなんだろうか。日頃そんなことをつらつらと考えたりしている。自分の経験(それもうまくいかなかった経験)を踏まえ、息子が自分なりの幸せな人生を送る上で役立ちそうなアドバイスはなんだろうか。

 「これをやれば大丈夫」というようなものは、残念ながらない。我が身を振り返ってみると、何となく「窮地に陥った時に何をすべきか」ではないかと思う。これまでも何回か、窮地に陥ったことがある。仕事の上でも私生活の上でもである。そこで潰れなかったから、今とりあえず普通の生活が送れているように思う。不安で居ても立ってもいられず、夜ようやく眠りについても夢の中で怖くなって目が覚める。不安に神経を削られて精神の休まる時がない。そういう経験をするともう二度と同じ経験をしたくはないと思う。

 ではどうすればそういう経験をせずに済ますことができるだろうか。残念ながらそれは難しいと思う。株で失敗してかなりの借金を抱えてしまったり、業績の芳しくない企業で借入の連帯保証をしたり、にもかかわらず社長に裏切られて失業の恐怖を味わったりしたが、それらは予測不可能であり、避けようと思っても避けられるものではない。避けられないものであれば、受け止めてそこから脱出するまでの間、耐えるしかない。まずはそういう危機に陥ることになるという事を伝えたいと思う。

 危機に陥った時にどうして不安で眠れなくなるのかと言えば、それは最悪の事態に対する恐怖である。「不安とは起こるかもしれない事」という言葉があり、それは「まだ起こっていない事」であるから大丈夫だという慰めもある。しかし、「起こるかもしれない」という恐怖はそれで緩和できるわけではない。その不安を緩和するとしたら、起こった場合にどうするかをひたすら想定するしかない。その最悪の事態に陥った場合、どうするべきかを考えて覚悟ができれば腹をくくれるが、できない場合もある。その場合は神に祈るのも手だと思う。

 私は基本的に宮本武蔵の「神仏を尊びて神仏を頼らず」という考え方であるが、過去に危機に陥った時にはさすがに神頼みをした。早朝、眠れなくて目が覚めてしまい、居ても立ってもいられず近所の神社に参拝した。その頃は毎朝のように参拝していたが、それはむしろ心を落ち着かせるためであったが、不安が最高潮に達した時は神頼みをした。我ながら情けないと思ったし、神頼みをしても解決しないことは十分に理解していた。しかし、一時の不安を和らげる効果があった事は事実である。

 あとその時ひたすら考えていたのは、この不安を誰かに肩代わりさせるとしたらどうする、ということ。たとえば尻尾の先が尖った悪魔が突然目の前に現れて、「お前の苦悩を息子に肩代わらせて楽にしてやろう」と言われたら、その申し出に飛びつくかという事である。答えはもちろん「NO」である。ならば自分で背負わないといけない。これは家族に代わって自分が引き受ける苦悩だと思うと少し楽になった。状況は何一つ変わっていなかったが、少し楽になったのは、要は「考え方」という事なのだろう。

 やがて社会に出て、いずれどうにもし難い困難に陥ることがあるだろう。そういう困難に陥らないに限るが、そうならないと根拠のない楽観にすがるよりも、あらかじめ迎え入れる心の準備をしておくべきだろう。人生には苦難がつきものであるとし、その時溺れないように心の準備をしておく。「神に祈れ、だが岸に向かって漕ぐ手を休めるな」というロシアの格言の精神が大事だろう。泳ぎ切らなくても、流れが岸に向かっているなら溺れない程度に浮かんでいるだけでもいいと思う。

 消極的かもしれないが、「負けない」ことも大事だと思うゆえ、いずれそんな話を伝えたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 これがそうなのか (集英社文芸単行本) - 永井玲衣 スターリン:独裁者の新たなる伝記 - オレーク・V・フレヴニューク, 石井 規衛



2026年9月20日日曜日

あの人に褒められたい

 その昔、私も大学のラグビー部のコーチをしていたことがある。我が大学は国立大学の限界もあり、外部からコーチを招聘できるほどの財力はない。OBの中から有志が選抜されてこの任に当たるのである。今振り返ってみても私には元々コーチの資質はないようで、十分にできたとは言い難い。まぁ、それでもヘッドコーチではなかったし、監督もいたのでそれなりに役割は果たせていたと思う。そんな中でも、一つ印象に残っている事がある。それはとある選手が、「監督に褒められたい」と語った事である。

 当時の監督は、厳しい方で、滅多に人を褒めることのない人であった。私はと言えば、良いところがあれば素直に褒めるタイプで、それは我が子の子育てでもそうであったし、会社でも社員に対するスタンスは今もってそうである。滅多に褒めることのない人から褒められるというのは、やはり嬉しいものだろう。そう言えば、映画『プラダを着た悪魔』でのラストシーン。主人公のアンディの転職での面接で、面接官がアンディの元上司ミランダからの推薦の言葉をアンディに伝える。業界でも有名なミランダは部下に厳しくアンディも褒められることはなかったのに思いもかけない最高の褒め言葉を最後にもらう。なかなか良いシーンであった。

 褒めるのが良いのか、褒めないのが良いのかは難しい。私の昔の上司はやはり滅多に褒めない人であったが、挨拶しても返事もしない人で、さらに一度大きな判断ミスがあった。自分でもよくできたと思うことはあったが、その人は常にむっつりしていた。正直言ってその人に褒められたいとは露も思わなかった。たとえ褒められたとしても嬉しいと思ったかどうかと思うと微妙である。考えてみれば、褒められたいかどうかはその人に対するリスペクトがあるかないかにもかかっていると思う。

 自分に褒められたくて頑張っていると言われれば嬉しいだろう。自分はすぐに褒めるタイプなので、おそらくそう思われた事はないだろうと思う。しかし、では褒めなければいいのかと言うとそうではない。根底にリスペクトがないとダメだろう。ではリスペクトはどうしたら生まれるのかと考えてみると、前述の監督と元上司とを比べてみるとわかるような気がする。監督はラグビーに精通し、日頃の言動から選手はその言葉を信頼し、指導を受け入れている。元上司は挨拶も返さず、部下に対するダメ出しばかりである。そして自分も判断ミスをする。

 「やれ」と言うのは簡単だが、できない場合にどうすれば良いのか。そこに対する指導なり見本を見せるなりがないといけない。口ばかりで「自分はできるのか」と思われたらリスペクトは難しい。もちろん、監督は年齢もあるから自ら手本を示すことはなかったが、その指導内容が十分であったから選手のリスペクトは得られていたと思う。元上司もせめて挨拶ぐらい普通の社会人の常識としてできていたらもう少し違ったかもしれないと思う。部下として尻拭いさせられた時も、何のねぎらいの言葉もなかったのには軽蔑の念しか浮かばなかった。

 自分はこの先も性格的に「あの人に褒められたい」と思われることはないのだろうと思う。されどそれも仕方ない。自分の判断でいいなと思ったらすぐに褒める事はこれからも継続していこうと思う。そこは無理をせず、自分らしくありたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 やくざは本当に「必要悪」だったのか (講談社+α新書) - 溝口敦 シークレット・オブ・シークレッツ 上 - ダン・ブラウン, 越前 敏弥





2026年9月16日水曜日

東京か地元か

 仕事として採用に携わっている。中小企業としては頑張って毎年新卒採用を継続していると思うが、いかんせん東京での知名度の低さは致命的であり、採用は地方からの割合が多い。地方の大学や専門学校をまわって会社説明会、面接と行っているが、近年そういう地方の学生の「地元志向」が高くなっている。「東京よりも地元で就職したい」ということである。採用側としては残念に思うが、広い目で見れば人口が減少する中で、都市集中・地方衰退という問題に対しては良い傾向と言える。

 以前は、「地元に残りたくても仕事がない」という事が言われ、必然的に都会に出てくるというのが多いパターンであったと思う。今もその傾向はあると思うが、だいぶ緩和されてきているということだろうと思う。もともと「仕事があればわざわざ都会へ行くこともない」という意識が潜在的にはあったのかもしれない。そういう意味では、人の意識が変わったというよりも、就職環境が変わったということなのかもしれない。今や地方に行ってもユニクロや吉野家などはどこにでもあり、地名が出ていなければどこの街かわからない所も多い。

 そうした「地元志向」は果たしていい事なのだろうか。「男なら東京へ出て一旗揚げようと思わないのかね」と我が社の年配社員は言う。私もその感覚はよく理解できる。ただ、地元志向がチャレンジ精神の衰えという意味かと問われるとそうとも言えないように思う。地方の方が慣れ親しんだいい環境はあるし、友人たちも多いだろう。それに親の近くにいたいという感覚は、親離れしていないというよりも、将来自分が面倒をみないといけないという感覚の方が近いようでもある。

 実際、数年前、我が社でも故郷に帰ると離職した社員がいた。3人兄弟であったが、兄が東京へ出て、自分も東京へ出たが、弟も東京へ出ることになり、子供がみんな東京に出てしまうのはどうかと思い、自分が帰ることにしたということであった。我が社としては人材流出になるわけで誠に残念であったが、理由が理由だけに引き止めも難しく見送ることになった。親の立場からすればどう思うのだろうかと思ってみる。気持ち的には「親の事は考えずに自分の人生を好きなように生きろ」と言いたいが、地元に残るのなら頼もしいと思うのではないかと思う。

 私はもともと東京生まれなので、就職に際してはそういう迷いはなかった。実際、就職して家を出ても、実家に帰るのはわずかであったが、時間をかけて帰省するという労力がゼロだったのは楽だったと思う。年老いて両親2人ではとても生活が困難となった今、別居もあって私が実家に出戻れたのも、東京に実家があったからである。もしも地方だったらどうなっていただろうと考えると恐ろしい。若い頃には意識すらしなかったが、今になって実感しているメリットである。

 「東京へ出てもいずれ戻ってくればいい」という考え方もある。「いずれ」が「老後」を意味するならそれもありうる。ただ、定年も延長傾向にあり親の健康度合いもひとそれぞれであり、想定通りにいくかどうかわからない。それに結婚すればパートナーの意向にも左右される。子供が生まれれば子供の地元は東京になり、慣れない父親の故郷に行きたがらないかもしれない。「いずれ戻ればいい」という考えは、思う通りにいかないリスクが大きい(単身戻るということなら可能だろうが・・・)。

 子供も成人すれば後は自分の人生である。もちろん、親は大切な家族であり、そこに対する思いも大切である。故郷を離れて生きていくか、あるいは生まれ育った地元で一生を過ごすか。そこには明確な正解はない。自分は東京で生まれ育ち、今も暮らしている。それゆえに親の面倒を見ながら仕事も続けていられるし、その点ではラッキーだったと言えるだろう。もしも、地元を離れて生活基盤を築いていたらどうなっていただろうか。あまりそこは考えたくないところである。

 地元志向の学生に対し、「夢がない」とか「チャレンジ精神がない」などとは思わない。地元に残るにしろ、都会へ出るにしろ、その人の人生でありどちらが良いとか悪いとかではなく、「選択」の問題に過ぎないと思う。ただ、その「選択」をして東京へ出てきて、我が社に就職してくれた社員には感謝したいと思う。そして将来、何かしら実家との関係で困ったことがあれば親身になって相談に乗ってあげたいと思う。たとえ「地元を離れた」事を後悔したとしても、我が社に入社したことだけは正解だったと思ってもらえればと思う。

 考えてみれば私の子供たちももしかしたら地方で暮らすことを選ぶかもしれない。今の時代、それは海外かもしれない。そういう「選択」を子供たちがした時には、気兼ねさせることがないようにしたいと思う。歳をとって自分がどうなるか、自分の意思だけでは何ともできないが、そういう意思は持ち続けていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 やくざは本当に「必要悪」だったのか (講談社+α新書) - 溝口敦 シークレット・オブ・シークレッツ 上 - ダン・ブラウン, 越前 敏弥




2026年9月9日水曜日

怒りは敵と思う

 人は誰しも同じであるが、他人と必ずしも意思疎通ができるわけではない。考え方も感じ方もそれぞれ違う。「そんなつもりはなかったのに」と思うことはしばしばある。大して利害関係が絡まない相手なら放置しておけばいいが、そうでないと厄介である。特に職場や時に家庭ではかなりのストレスになることが多い。相手から自分に対する悪意すら感じる場合もあり、どういう対応を取るかはなかなか難しい。まともに対立しても日々顔を合わす間柄や仕事をしていかないといけない中ではどうしても堪える必要が出てきたりする。考え方の違いもしかりである。

 昔と違い、今はパワハラやセクハラが大きく問題となる時代であり、私もそこは神経を使っている。部下と言えども丁寧に接しているのは当然である。それでも何が悪いのか、相手の機嫌を損ねてしまっている。とある関連会社の役員からは理不尽な対応を受けている。一連の経緯について報告していたにも関わらず、「聞いてない」と言われて「独断専行」のそしりを受けてしまっている。「聞いていない」というのは、言ってはいけない一言だと思っている私にしてみると、いかがなものかと思う。

 それでも社内では社長の信頼を得ている長老であり、正面から対立するわけにもいかない。ぐっと堪えるしかない。それに何かと皮肉たっぷりな物言いをしてくる部下もいる。私も一応役員だし、そういうものの言い方はどうかと思ってしまうが、それを正面から主張しても対立を招くだけだし、よけい感情的な対立になるかもしれない。嫌味な言い方には気づかない振りをして受け流しているが、はらわたはかなり温度上昇中である。ただ、一方でそれを冷静に受け止めている自分もいる。

 相手はなぜそんな対応をするのだろうかと考える。世の中の人はすべて自分が人生の主人公であり、すべての自分の行動は正義であり、善である。相手には相手の正義があり、そこから見ると私の方にも何か(相手から見た)非があるのだろう。家庭でもいつからか妻が私に対して冷たい態度を取るようになっていたが、たぶん何か気に食わないことがあったのだろうが、私にはその自覚がない。コミュニケーション不足とも言えるが、時間が経つにつれて修正をしようという気も起こらなくなってしまった。このまま老後を迎えるより1人になった方がいいと判断して家を出たのである。

 自分にわからないというのがなかなか厄介である。わかっていてもこちらにはこちらの理由があるというケースもあるかもしれない。お互いに相手の考えがわからない中、一方的に思い込むという事もある。無用な対立を回避するためにも、報連相と言われるコミュニケーションは大事だと思う。それに「私の方にも何か(相手から見た)非がある」という考え方も大事なように思う。自分が絶対に正しいと盲目的に思うのではなく、自分にも何か非があるのかもしれないと考えることによって、自分の行動を振り返ってみる契機になる。

 それに相手の「悪意」(と思われる行為)に対し、まともに腹を立てて報復を考えると、心中穏やかにはいられない。そのことが心の中の多くを占め、不毛な争いへとつながる可能性もある。嫌味に嫌味で返してもそれで得られるのはさらなる相手の反感。それで何か得られるかと言えば、一時の報復感だけのように思う。特に職場では否応なく一緒に仕事をしないといけない。相手の不満を察知する「敏感力」も必要だが、相手の嫌味を受け流す「鈍感力」も必要であると思う(逆になると大変であるが・・・)。

 それよりも大事なのは「自分がなすべきこと」であると思う。それがきちんとできていれば組織にとって必要な存在となり、我が身の安泰にもつながるというわけである。幸いなことに、長老も嫌味な部下も私の基本的な仕事の範囲ではそれほど関わり合う事もない。であれば淡々と接して自分の仕事をすればいいと思うし、そうするしかない。その他の事は何が自分の非かがわかるように努力はする程度にとどめておくほかはない。わからないものはわからないが、何かがあるのだろうと慎重に対応するのにとどめておく。

 コミュニケーションの難しさを実感するのは今に始まったことではない。自分の気づかぬところで思わぬ反感を買っているのは心安くいられないところがある。あまり横柄に振舞っているつもりはないが、やり方、考え方の点で人と合わないところが出てきてしまうのだろう。それをくよくよ考えても仕方がない。自分のやるべきことをしっかりとやるだけ。そう自らに言い聞かせている。「堪忍は無事長久の基 怒りは敵と思え」とは徳川遺訓であるが、その通りだとつくづく思う。不必要に心を苛立たせることなく、やり過ごしていきたいと思うのである・・・   

                               



【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 「偶然」はどのようにあなたをつくるのか: すべてが影響し合う複雑なこの世界を生きることの意味 - ブライアン・クラース, 柴田裕之 シークレット・オブ・シークレッツ 上 - ダン・ブラウン, 越前 敏弥




2026年9月2日水曜日

二代目

 最近、「創業社長」と「2代目社長」との違いを感じることが多い。人は誰でも育ってきた環境が大きくモノを言う。それは経営者たる社長にも当てはまる事であると感じるのである。創業社長は、自らがスタートとなって、事業を切り開いてきた人物。どうやって売上を上げるのかを考え、それが軌道に乗れば人を雇い、組織を作って事業を拡大していく。常に0からのスタートであり、創意工夫の日々であろう。だから何か問題があれば自分の意思でそれを解決し、壁を突破していこうという意欲がある。ところが、2代目(以降)となると、様相が変わる。

 2代目が社長に就任した時には、既に事業が軌道に乗っている。組織化されて人もいる。現場、営業、経理、総務など組織が出来上がっていて、新たに作り上げる必要がない。基本的に部下に任せることになり、結果報告を受けて次の指示を出すということになる。いわば「前例踏襲」とでも言うべきものだろうか。そうなると、経営環境に恵まれていれば問題ないが、そうでなければ停滞感が出てくる。必要なのは変化であるが、それができれば業績も伸びていく。2代目、3代目で業績が伸びる企業はこのタイプである。

 私の前職の不動産会社は、お金持ちの父親が息子のためにお金を出して人を集めて、最初は工事会社としてスタートした。最初の頃は父親も会長として経営に関与し、社員が働いて事業は順調であった。ところが父親が亡くなって会社は失速する。社長である息子は基本的に部下任せ。文系の息子は現場の事がわからず、営業もわからない。ボンボンとして苦労せずにサラリーマンをやっていたが、働く能力を身につけておらず、やがて会社の経営は傾き、9年間で7期赤字という状態であった。

 そんな会社に高校の後輩として請われて入社し、私が1から経営を立て直した。自ら考えて事業の先頭に立っていかに売上を上げるかを考えて改善を繰り返したのである。結果、6年連続で増収、累積損失は一掃し、最終年度は最高益を達成した(そしていきなり会社を売却されクビになった)。別の知り合いの会社は、2代目社長は経理畑出身。されどやはり現場の事がわからない。どうやって売上を上げたらよいかわからず、売上が低迷する中、得意の経費削減で危機を乗り越えようとしている。

 企業の成長は何をもって図るかとすれば、基本は売上だろう。売上が伸びることで企業は成長する。そして企業を成長させるのは誰の仕事かと考えると、それはやはり経営の仕事。実際に動くのは現場だとしても、それを導くのは経営である。経費削減も大事だが、一番重要なのは売上である。低迷しているのなら、それはなぜか、どうしたら突破できるのか、それを考えるのは経営である。ところが、自ら道を切り開いてこなかった2代目にはそれができない。部下を叱ってみても部下だって手を抜いているわけではない。やきもきしても売り上げは伸びない。

 創業社長と2代目社長の違いがそんな例に当てはまると、会社は厳しい。現場がわからなければどうすれば良いのか。私自身の経験からすれば、社内にあっては社員と対話し、社外にあっては同業者に話を聞いたり、本を読んだりして自ら道を探っていくことだろう。率先して取引先を開拓することだっていいだろう。経理出身でもそれはできるはず。それが自らの得意分野にこもってしまったら、誰が会社を引っ張るのだろう。現場の部長とでも言うのだろうか。「社長の仕事」は部下を叱ることではない。いかに動かして売上を上げるかである。

 よく観ている『カンブリア宮殿』では、父親から継いだ企業を大きく伸ばした2代目(あるいはそれ以降)の経営者が登場する。みんな自らが主体となってどのように売上を伸ばしていくかを必死に考え、そして部下を叱咤激励して導いている。どんと椅子に座っていて売上が伸びていくなら世話はない。自ら道を切り開いた創業者と並ぶためには、2代目もまた自ら道を切り開く気概がないといけない。それでなければ真の経営者とは言えないと思う。

 私はこの先経営者になることはないと思う。されどそういう気概は常にもっておきたいと思う。そしてそれを生かせる場を得ていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 「偶然」はどのようにあなたをつくるのか: すべてが影響し合う複雑なこの世界を生きることの意味 - ブライアン・クラース, 柴田裕之 百年の時効 (幻冬舎単行本) - 伏尾美紀




2026年8月26日水曜日

平凡な日々がいい

 平日は毎日6時に起きて、髭を剃ったりゴミの日にはゴミを出したりし、ヨーグルトの朝食を取りながら朝の読書をする。それから出勤。電車の中では主にビジネス系の本を読み、仕事をして帰りには主に小説を読みながら帰宅する。両親のために食事の支度をして一緒に食べ、それから寝るまでの間、自由時間を楽しむ。「判で押したような」と言えば言える毎日を送っている。若い頃はそんな毎日を送るのは耐え難く、常に何らかの変化を欲していたが、今はそういう毎日を愛おしく思う。

 そんな毎日を「つまらない」と言われるかもしれない。言われてもそれに対する反論は持ち合わせていない。ならばそういう毎日を諦めているのかと言われればさにあらず。そういう「判で押した」毎日こそが大事だと思う。もちろん、それだけで終わっているならいつか耐えきれなくなるのかもしれない。しかし、週末は好きな映画を観たりラグビーをしたりと平日とは変化があるし、年に数回は温泉に行ったりしている。そういう至福の時間も持てている。それで十分だと思う。

 その昔、一緒に働いていた同僚は、一日の仕事が終わると、「今日も良いことがなかった」とボヤいていた。しかし、「悪いことだってなかっただろうし、それでいいじゃないか」と私は毎日心の中で反論していた。どこに焦点を合わせるかという話かもしれないが、私はどちらかと言えば「コップに半分“も”水が入っている」と考える方であり、「良い事がない」よりも「悪い事がない」方を選ぶタイプである。なので何の心配もなく夜布団の中で目を瞑る事ができる平凡な日々をありがたく思う。

 そんな私だが、過去に何度か不安で夜眠れない経験をしたことがある。不安とは誠に厄介なもので、「(悪い事態が)起こるかもしれない」という予想であるが、実際に起こっているわけではない。されど起こった時の状況を想像するだけで苦しくなるものである。起きている間中、その不安が心から離れない。何をしても集中できない。ようやく夜、眠りにつくが、不安で眼が冴えたり、せっかく眠れても不安な夢を見て夜中に目が覚めてしまう。私の性格からして誰にも辛い心中を打ち明けられない。

 逃げ出したくても逃げる場所はなく、12年前は毎朝近所の神社に行き、頭を垂れて心の平安を得ようとした。神頼みは意味がないと常日頃考えているが、神社の厳粛な雰囲気が心を落ち着かせるという効果をもたらした。その間、ブログも中断している。そんな心境ではなかったのである。5年前はそこまで酷くなく、会社の事業展開のために銀行借入の連帯保証人になる事になり、万が一の時には財産を失う恐怖に震えた。それなのに突然の社長の裏切りで失業に瀕したわけで、連帯保証の恐怖と失業の恐怖とがダブルで襲ってきたのだった。それでも「神に祈れ、だが岸に向かって漕ぐ手は緩めるな」というロシアの格言の心境が多少の救いになっていたところがある。

 そうした経験を経て思ったのは、人生至福の経験も大事だが、こういう不安に怯える日々は過ごしたくないという気持ちである。夜中に不安な気持ちが高ぶって目が覚める事ほど耐えがたいものはない。人生山あり谷ありと言われるが、山低くとも谷が浅いに越したことはない。そこに重きを置くがゆえに、何も起こらない平和で平凡な日々が愛おしいのである。もちろん、山は高い方がいいが、富士山でなくても高尾山くらいがいくつかあるほどで十分だと思う。今年の夏休みも万座温泉に行ってこられたし、それが何よりである。

 人を羨めばキリがない。友人知人の中には私よりも金を稼いでいる者がいるし、頻繁に海外旅行に行ったり、高級車に乗ったり(個人的にはあまり高級車には興味はそそられない)、夫婦仲が良かったり(これはかなり羨ましい)しているのを見ると羨ましいと思う。自分もできるだけ欲望に沿うように生きたいと思うし、そのための努力はしたいが、だからと言って足元の平凡な1日1日を嘆くつもりはない。ほとんど記憶にも残らないようなこうした平凡な毎日こそがありがたいと思う。

 こうした心境は、「勝つ事よりも負けない事」を重視するものかもしれない。負けなければいいという考え方は消極的かもしれないが、勝つ事よりも重要だと個人的には思う。それは弱者の戦略かもしれないが、生き残り戦略としては正しいものの一つである。6600万年前の生物の大量絶滅期に生き残ったのは強いものではなく、むしろ弱いものであったようだし、自分が弱者であるとは思わないが、人に羨ましがられる強者でなくてもいいと言うのが正直なところである。何よりも心の安定を維持していきたいし、そこに重きを置くのであれば、平凡な毎日はそれを満たしている。

 いずれ海外旅行にも行こうと思う。国内でも石垣島には行きたいし、非日常の楽しみは追及していきたい。そしてそのためにも心穏やかに暮らせる毎日を大事にしたいと思う。平凡な日々を恥じることなく過ごしたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 物理学と神 (講談社学術文庫) - 池内了 百年の時効 (幻冬舎単行本) - 伏尾美紀




2026年8月12日水曜日

マリッジリングを外す意味

 昔、映画やドラマのバーとかの中でのワンシーンで、男がマリッジリングを外して女性を口説きに行くシーンがよくあった。映画やドラマはある程度誇張する部分があるからなんとも言えないが、自分は結婚したらマリッジリングをずっとつけていようと思った。例えそれが他の女性を口説きに行く時でも、と。私は変なところで「常に堂々としていたい」という気持ちがあり、女性を口説きに行く時にマリッジリングを外して(独身のフリをして)口説きに行くのは男らしくないという感覚があったのである(そもそも口説きに行く時点でアウトだという意見はこの際なしにする)。

 マリッジリングを外して口説きに行くのが、ドラマ的にはカッコいいと創り手の方では思ったのかもしれない。しかし、よくよく考えれば、ぜんぜんカッコよくないだろうと感じていたのである。コソコソと指輪を外して、独身のフリをして口説くなんてチンケな男ではないかと。それに若いうちならいいが、男も妙齢になってくると、逆にその年で独身なのかという方がおかしいようにも思う。その場合、「結婚もできない男」と思われる可能性だってある。もちろん、訳アリというケースだってあるから状況はさまざまかもしれない。

 映画やドラマでは、その夜限りのアバンチュールのためにだけリングを外すということかもしれないが、女性の方にしたって、リングがあるかないかを気にするという事は、真剣交際を考えるという事だろうから、そういう女性をそもそも口説けるのかということもあるし、そんなことまで考えない軽いノリの女性ならリングのあるなしを気にするだろうかということもある。映画の中の象徴的な意味合いでリングを外すという「演出」であるなら理解できるところであるが、実生活では意味があるのかという感じがする。

 もっとも、一時的に家庭を忘れるという自分自身の精神的な意味合いならわかる。相手を偽るのではなく、自分に巻かれた鎖を解きほどくという意味合いである。よほどひどい男や無感覚な男ならともかく、普通の感覚の妻帯者なら罪悪感を持つわけで、その罪の意識と快楽との境界線の葛藤をリングを外すという行為で乗り越えるという意味合いなら理解できる。女性には理解できないかもしれないが、それが男のどうしようもない本能なのだろうと思う。

 結婚した時に、何があっても外さないと決めたマリッジリングであったが、いつしか外してしまった。それは他の女性を口説こうとしたのではなく、妻との関係にもう嫌気がさしたからに他ならない。昨年、別居することにして家を出たが、もうその何年も前からリングを外している。たぶん、自宅に残してきた机の引き出しにまだ入っていると思うが、大事にしまっているというものではなく、とりあえず入れとこうと無造作に突っ込んだ記憶がある。その時すでにもう心は妻から離れてしまったのである。なんでそうなったのかはもうどうでもいい事である。

 これからは堂々と女性を口説けるわけであるが(と言っても正式な離婚はもうちょっと先である)、ではと言って相手を探す気は毛頭ない。もう誰かと一緒に暮らすのはごめんだという気持ちが強く、このまま同居している親が亡くなった後は独りで暮らしたいと考えている。そもそもバツ2、バツ3という人の話を聞くが、最初の結婚の破綻で何を学んでいるのだろうと思ってしまう。相手を替えれば変わると思っていたならそれは短絡的としか言いようがない。せめて最初の結婚の教訓を活かして2度目でうまく行くところまでだろう。

 ずっとこだわってきたゆえに、マリッジリングを外すという意味は私自身にとって大きな意味を持ち、以来、子供と一緒にその母親と暮らすという意味合いで家庭生活を送ってきた。私にとってその時から、一緒に暮らしている女性は「我が子の母親」であった。もう一緒に暮らす事はないが、「子供の母親」との一定程度の付き合いは生涯続くだろう。それにしてもあのマリッジリングはどうすべきだろうかと思う。捨てるのにはなんとなく抵抗がある。それは結婚の証という「象徴価値」ではなく、単に何万円かしたものという「物価的価値」からもったいないと感じるのである。さりとてもうはめる事はないし・・・

 外したはいいが処分に困る。今になってみれば厄介なものに他ならない。いつか夕陽が沈みゆく海に向かってカッコよく投げるのもいいかもしれないと思う。そんなことを候補の1つにして、結婚生活の証の処分については、これからゆっくりと時間をかけて考えていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 物理学と神 (講談社学術文庫) - 池内了 スターリン:独裁者の新たなる伝記 - オレーク・V・フレヴニューク, 石井 規衛




2026年7月22日水曜日

他人の考えを読むこと

 先日、とある集まりに参加して「赤黒ゲーム」という心理ゲームを体験した。参加者は2つのチームに分かれ、それぞれのチーム内で話し合い、「赤」または「黒」のどちらかに投票する。相手チームも同様で、その結果、
 1 両チームがともに「黒」の場合、両チームに3点をプラス
 2 両チームがともに「赤」の場合、両チームから3点をマイナス
 3 それぞれ「赤」と「黒」に分かれた場合、「赤」を選んだチームが3点プラス。
   「黒」を選んだチームは5点マイナスとする。

 これを数回繰り返して合計点を出すというもの。やり始めてわかるのだが、重要なのは「相手チームが何色を選ぶか」を予想するもの。心理学の「囚人のジレンマ」と似た感じであるが、相手の選択によって結果が変わるわけであり、相手が何を選ぶかを予想するのが面白く、難しい。考えてみれば、これは至るところで起こっている出来事。学生時代は好きになった女性が自分の事をどう思っているのかが気になった。好意を持っているとわかれば積極的にアプローチできるが、そうでない場合はどうするか(振り向いてもらうようにするか諦めるか)。

 また、先日テレビ番組を見ていたら、中国、韓国の企業とともに入札に臨む企業が、ライバル会社がどんな提案をするのかを気にしていた。ビジネスの現場ではよくある事である。相手の考えがわかれば、それにズバリ突き刺さる提案ができる。スポーツの現場でも、シニアとなった今でもラグビーの試合前は、相手がどんなアタックをしてくるのかが気になる。それがわかればアタックもディフェンスもそれに備えたものができる。超能力にはいろいろと心惹かれるものがあるが、特に読心術は魅力的である。

 SF映画は、人間の願望に基づくものが多い。超能力や人間以上の能力を持つスーパーヒーローなどはその際たるものだろう。映画『ハート・オブ・ウーマン』はある日突然、女性の心の声が聞こえるようになった男の話。自信過剰のプレイボーイである主人公が、さまざまな女性の心の中の本音を知ることによって変わっていくという物語。物語の世界に没頭して楽しめたのは、「こんな能力が自分にもあったら、自分の人生ももっと良いものになっていただろう」という思いからである(その逆の『ハート・オブ・マン』という映画もあった)。

 しかしながら妄想を進めていくと、人の心を読む力は、自分だけに備わっていてこそだと思う。誰もができたらそれはそれで厄介だろう。人には知られたくない考えというものがある。男であれば、ビジネスの現場で相手の女性と真面目な話をしつつ、容姿について心に浮かんだことがそのまま相手に伝わったら大変なことになる。会議の最中に「つまんない意見だな」という考えは伏せておきたい。接待の場で、相手を持ち上げつつ心の中でついた悪態が相手に伝わったらせっかくの接待もぶち壊しになる。わからないからこそ、世の中がうまく回るというものが実に多いのも確かである。

 わからないからこそ、わかろうとして工夫するというのも確かである。その昔、好きな女性の心を振り向かせたくて、あれこれと努力した。その人にふさわしい男になりたいと思い、それはどんな男だろうかと考えていたからこそ、それ以前より多少人に優しい人間になれたように思う。相手の戦法がわからないからこそ、いろいろな想定をして練習している。採用の現場でいろいろと考えているのも、どんなPRをすれば学生の志望を得られるかと思うからである。わからないからこそ努力する。それが結果的に進歩につながる。

 人の心はわからないというのは当たり前である。それでももしもわかっていたら、結婚相手は間違いなく違っていただろうし、仮に今の妻と結婚しても現在の別居はもしかしたらなかったかもしれない。どちらがいいのか、そこまで妄想しても始まらない。現実に人間は他人の考えを読むことはできない。だから大変であり、だからいいのだろう。まぁ、妄想ネタとしてはいいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 蜘蛛 なぜ神で賢者で女なのか (講談社選書メチエ) - 野村育世 マスカレード・ライフ - 東野 圭吾






2026年7月9日木曜日

理想の結婚相手

 現在妻とは別居中である。もう随分前から夫婦関係は他人行儀になっており、今後の事を考えると、1人になった方が良いと考えて私が家を出たのである。このまま結婚していても、夫婦二人だけで旅行に行くなんてまずないだろうし、それどころかランチに行くことすらないだろうと考え、それならと決意した次第である。妻の私に対する冷たい態度の原因は私にあるのだろうが、私にはその自覚がない。よって直しようもない。別居にも「関係修復のための別居」と「離婚に向けての別居」があると思うが、私の意識は後者である。なぜ、そうなってしまったのか。そもそも結婚したのは間違いだったのか。

 間違いだったとすれば、どんな相手を選べば良かったのか。いろいろと妄想してみる。男であれば誰でも美人と結婚したいと思うだろう。私もそれは否定しない。しかし、結局、美人と結婚しても、周りに対して優越感に浸れるのと、夜が楽しいくらいなだけのように思う。結婚生活30年の経験からすれば、「顔」や「スタイル」は「二の次」にしたい。やはり「性格」を優先順位の筆頭に挙げたい。このあたりは両者の「バランス」を考えていた20代の頃との意識の変化かもしれない。

 では、どんな「性格」なら良いのか。まず「気が強い」人は回避したい。女だてらになどと男尊女卑的なことを言うつもりはないが、やはり喧嘩になった時の対応が違うように思う。私自身はあまり感情的になりにくい性格なこともあり、普通の夫婦喧嘩なら大げさな怒鳴り合いになるようなことにはならないと思う。ただ、強気にまくしたてられれば穏やかではいられない。「やっぱりここはこちらも強く出た方がいいかな」と思ってあえて怒鳴り返すこともあったくらいである(さすがに手を上げることはなかった)。そんなことも嫌な記憶として残っている。

 しかし、気の強さはどこでわかるのか。それ以外の「性格」はどこでわかるのか。これが難問である。女はえてして「猫を被っている」(男もそうだろうが)。妻も完璧に被っていた。それがわかったのは結婚した後。もう後の祭りである。では事前にわかる方法はないのか。2人でいる時にはわからない。それがわかるのは第三者に対する時。個人的にはそれは「職場」だと思う。妻には結婚した後で勤めていた頃の職場での様子を聞いたが、「わがままな営業の要求をいかに突っぱねたか」という武勇伝には、己の判断ミスをつくづくと思い知らされた。知っていたら結婚どころか付き合ってさえいなかっただろう。その意味で「職場結婚」は個人的にお勧めだと思う。

 実際、一緒に働いてみると、その人のいろいろな姿が見えてくる。電話応対の姿、窓口応対の姿、内部の上司、同僚に対する姿。特に他の係の人とのやり取りはその人の人柄が表れる。嫌なことを押し付けられた時など特にである。妻のように面と向かって対峙するタイプはもっとも避けたいと思う。他の係の人とのやり取りは、結婚後の夫に対する態度と同じように思う。言わなければならないことは言わなければならない。問題はその言い方である。そこにその人の人柄が表れると思う。自分の気持ちをストレートにぶつけるのか、相手に対する配慮を込めるのか。

 自分のことを棚上げしている感じはすごくあるが、私も欠点が見えれば直す努力はしたいと思う。家事に関する無関心はその際たるもの。私の時代は「男は仕事」という時代だったが、そこは改めないといけない。ただ、子育てに関してはかなりやったと思う。それは義務というより自ら進んでやりたいこととして、である。今、『夫婦はなぜ壊れるのか カウンセリングの現場で見た絶望と変化』という本を読んでいる。この本を読むと、互いに生い立ちというものも重要らしい。どういう家庭環境で育ったのかというのが重要であるというのである。そうして義父母の関係を思い返してみると、「女尊男卑」の家庭からは女帝が育つという事である。

 もしも、昔に戻って人生をやりなおすとなると、理想の相手探しは職場の中から、そして育った家庭環境も意識してとなるが、よく考えてみればそんなことをしているうちに気が付けば独身で人生を終わりそうである。やはり世間でよく言われているように「結婚は勢い」なのかもしれない。失敗に終わった我が結婚だが、子供の存在だけは間違いではない。そこだけが救いかもしれない。あれこれ考えても仕方ないし、妄想している暇があれば、今後に目を向けたい。まだまだ人生は第4コーナー。より良き明日を信じて生きていきたいと思うのである・・・



【本日の読書】

 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり スターリン:独裁者の新たなる伝記 - オレーク・V・フレヴニューク, 石井 規衛 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 夫婦はなぜ壊れるのか カウンセリングの現場で見た、絶望と変化 (幻冬舎新書) - 山脇由貴子