ラベル 事件 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 事件 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年6月11日木曜日

ノルマの話1

対馬の海に沈む (集英社学芸単行本) - 窪田新之助

 『対馬の海に沈む』というノンフィクションを読んだ。長崎県対馬市にある対馬農業協同組合(JA対馬)で起こった22億円に上る巨額の不正流用事件を追ったノンフィクションである。その遠因として触れられていたのが個人のノルマ達成を最優先させる組織構造や、それに起因する無理な営業体制などである。実際のものは書かれていなかったが、職員には過酷なノルマが課されており、こなせない職員は自爆営業(営業目標を達成するために自分や家族の名義で不要な共済を契約すること)をせざるを得ないというもの。それほど多くない給料から掛け金を払うため、家計を圧迫していたという。

 ノルマとは、もともとロシア語の「норма(基準・規定)」に由来し、第二次世界大戦後のシベリア抑留者によって日本に伝えられた歴史を持つらしい。私も銀行員時代、いろいろなノルマがあって大変だったのを思い出した。他の業界でも保険や証券会社なんかも大変らしいと聞こえてきていたが、どこの業界でも多かれ少なかれあるのかもしれない。私のいた銀行では「ノルマ」という言葉のイメージがよくないのか、「ガイド」と言い換えられていた。言葉が変われば変わるというものではないが、その意図は何となく理解できる。

 企業であれば、当然業績目標をというものを持つ。目標を持つことそのものは悪いことではなく、むしろ必要なことである。そして当然、全社一丸となってその目標達成に向けて活動するのであるが、その目標を達成するために、目標が細分化され、最終的に一人一人の社員に目標として降りてくるということもありうること。それがすなわち個人の目標としてのノルマとなる。そう考えると、ノルマというのは実は必要なことだということになる。実際、私もそういう個人目標はあってもいいと思う。ではノルマは必要善なのか。

 本来、必要なノルマがなぜ不正流用事件の遠因となるのか。それはおそらく「罰則」の有無にあると思う。達成できなくても罰則がなければ苦しむことはない。JA対馬のノルマがどんなものだったのか、罰則がどんなものだったのかまでは詳しく書かれていないのでわからないが、「できません」と言って済ませられるものではなかったのだろうと推測するしかない。家計費を圧迫されても我慢して加入し続けざるを得ないというのは、それ相応のペナルティがあるからなのだろう。

 私の場合、銀行員時代に課された「ガイド」で今でも覚えているのは、「JCBカード獲得10件」というものだった。支店に割り当てられた「ガイド」を単純に職員の頭数で割ったものだが、顧客と接点の多い営業職も少ない事務職も同じ「ガイド」というのは理不尽に思えた。私は融資係だったが、直接交渉できる相手はすでに営業が頼んで作ってもらっているから実際には頼める相手などいなかった。そこで家族や友人知人に頼んで10件集めたが、女性の事務職などは明らかに嫌な顔をしていた。気持ちはよくわかった。そうして集めたJCBカードがどこまで役に立つのか疑問だったし、やればいいというものではなかったと思う。

 その時は未達でも罰則はなかった。しかし、結果は支店内に公表されたし、未達者は誰だか一目瞭然だし、目に見えないプレッシャーはかなりあった。「針の筵」とはこういうことを言うのだとよくわかる状況である。罰則がなければいいと言うものではない。逆に達成したらプラス評価されるのは当然である。それに異論はない。組織として目標を追う以上、それに貢献したら評価しないとそれはそれで問題である。社員を鼓舞するのはいいが、棒グラフなどで暗黙のプレッシャーをかけるのはやはり勘弁願いたいものである。

 人間は尻に火がつかないと動かないというところは確かにある。企業として目標を持つのも必要であり、それを細分化して個人に目標を与えるのも必要である。問題は未達の場合にペナルティを課すことだろう。それは目に見えるものだけではなく、無言のプレッシャーという目に見えないものも含まれる。そんなものはなくても、達成できた場合にみんなが目の色を変えるような褒賞を与えるだけで十分だと思う。ボーナスで報いればいいのである。できなかった場合に、「次こそ頑張ろう」と思わせることができるか。それが大事なのではないかと思う。

 さて、翻って我が社の現状は厳しい。目標の未達は確定的だが、下手すると前年よりも減収ということになりかねない。それは何とか回避したいが、財務担当としては直接売上に貢献できるものではなく、なかなか忸怩たる思いがする。それでも数字を押し付けるノルマは存在せず、個人ごとの目標もない。ただ各課ごとの目標があるのみである。未達のペナルティなどないが、当然達成しようとするマインドは持って欲しいと思っている。ノルマはないが目標はある(かつてガイドと言い換えられたものかもしれない)。両者は似て非なるものである。基本は社員の幸福であるし、そこは忘れずに「目標」に向けて邁進して欲しいと思うのである・・・





【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか (単行本) / エマニュエル・トッド (著)+[販売店ノベルティー]2024年11月8日発売 国際政治地政学世界情勢日本分析社会教養歴史背景解説思考法実用書 みんな彼女のモノだった――奴隷所有者としてのアメリカ南部白人女性の実態 - ステファニー・E・ジョーンズ=ロジャーズ, 落合明子, 白川恵子





2019年5月10日金曜日

運転免許に年齢制限は必要か

運転免許の更新案内が届いた。前回の更新から5年。早いものである。免許を取ったのは大学に入学してすぐだから、もう35年前である。最近、18歳の娘が免許を取得したが、免許証とは長い付き合いになるのだろう。果たしてあとどのくらい運転するのだろうかと考えてみるが、免許に関してはあまりいつまでということを考えたことはない。そう言えば、今年82歳になった父も先日免許証を更新したと言っていた。父は既に車を廃止してペーパードライバーになっているが、やっぱり免許だけは更新しておきたかったようである。

そんなことをふと考えたのも、最近高齢者ドライバーによる事故があり、免許に関する年齢制限が話題になっているからである。個人的にはこの議論については、「制限を設けるべき」だと考えている。ただ、そうすると地方に住む高齢者の足がなくなる等の反対意見もある。だが、地方に住む高齢者すべてが免許を保有しているわけではない。長野県の富士見に住む伯父夫婦も伯母は免許をもっていない。伯父がいる間はいいが、いなくなったあとはどうするのだろうと思うが、なんとかするのだろう。なければないなりに不便だがなんとかするものだと思う。

 高齢者の運転については、別の反対意見もある。曰く、高齢者の事故が増えているのは「分母が増えているから」であり、分母の増加率と比較すれば事故の件数は増えていないというものである。また、年齢層ごとの事故発生率で比較すれば、若者の方が事故率は高く、高齢者のほうが事故を起こす割合ははるかに低いし、死亡事故件数でも若者に比べれば高齢者の事故件数は低いという意見もある。

 まぁ、反対意見もそれなりに理屈はあるが、現実問題として発生している死亡事故を見れば成り立たない反論だと思う。死亡事故と不便とを比べれば、どちらを優先すべきかは議論するまでもない。事故率や件数では若者より少ないと言っても、問題はその中身である。人間の体はどうしたって老化で衰える。「アクセルとブレーキを踏み間違える」「標識を認識できず高速道路を逆走する」なんて事故を若者がどれほど起こしているのだろうか。

 最近、シニアラグビーの練習に行くと、よく大先輩から個別練習に付き合わされる。高いキックを蹴らせてキャッチングの練習をしたいというものである。私がボールを蹴り上げて先輩がキャッチするのだが、その姿はいかにも頼りない。もちろん、元から下手だったのではない。ご本人によると、高いボールが見えにくくなっているということである。さらにボールを見上げながら落下地点に移動するという際の体のバランスもとりにくくなっているようである。もともとの上手い下手ではなく、体の機能がそれだけ衰えているのである。

 一方、衰え知らずなのは「頭の中」。自分はいつまで経っても若々しい意識でいる。「まだまだ若い者には負けない」のである。だからたちが悪い。池袋の大事故も「アクセルが戻らなかった」と運転者は語っているそうだが、警察による検証の結果はどうやら「異状なし」だったようで(『池袋暴走 事故車のアクセルとブレーキに異常なし 踏み間違えか』毎日新聞2019年5月7日 20時36分)、本人はブレーキを踏んでいるつもりで一生懸命アクセルを踏んでいたのかもしれない。体の機能の衰えは誰にでも確実に起こる事であり、万が一の事故を考えれば制限するのが当然だと思う。

 もっとも、人の体の老化は一律ではない。施設で生ける屍のようになっている80歳もいれば、かくしゃくとしている90歳もいる。一律に論じるのも無理だというなら、75歳を過ぎたら毎年厳格チェック付きで更新するようにしてもいいだろう。面倒だからと言って返上するなら望ましいところである。また、地方に配慮するというなら「地域限定免許」もいいかもしれない。当然、自分の住んでいるエリア周辺限定である。先の私の伯父などは、もう昔から「地域限定」運転に徹していて、決して高速に乗って東京方面に向かおうなどとはしない。過疎地の足なら重大事故の可能性も低くなるし、十分有効だと思う。

 都心に住む我々のような者は、もう年齢制限があってもいいと思う。都心はそれなりに移動手段もあって利便性が高い。不自由は甘受すべきなのであり、たとえ一件であろうと池袋の事故のようなボケ老人の運転で死傷事故が起こる事は回避すべきだろう。ボケ老人が生き残って未来のある若者が死ぬ不条理はなくさないといけない。この点では、確率や件数を根拠にドヤ顔で反論されてもなぁと思わざるを得ない。実にみっともない反論である。

 自分自身もいずれ高齢者となる。たぶん、まだまだ若者には負けないと思うだろうし、自分の運転は大丈夫だとも思うに違いない。だが、その時が来たら潔く免許を返上したいと思うし、ジタバタしないようにブログにも残しておきたいと思う。目標は「80歳でドライバー引退」である。まぁ、できることならば、その時までに「自動運転車」が普及していることを大いに期待したいと思うのである・・・




【本日の読書】
 もっと言ってはいけない(新潮新書) - 橘玲 逆説の日本史 24 明治躍進編 帝国憲法と日清開戦の謎 (小学館文庫 い 1-40) - 井沢 元彦





2015年11月26日木曜日

三島由紀夫

11月25日は三島由紀夫の命日であった。「三島由紀夫の命日」と言えば、それはすなわち、「三島由紀夫が自衛隊の市ヶ谷駐屯地で割腹自殺した日」ということである。

当時(1970年)、私は6歳。多分、日本中がこのニュースで持ちきりだったであろうが、そんな記憶は全くない。なぜ自衛隊だったかというと、それまで体験入隊等し、自身の持論であった「憲法改正」を主張し、自衛隊員に決起を促すためであったという。

三島由紀夫が主張していた「憲法改正」は、
『日本を全的に守る正しい〈健軍の本義〉を規定するためには、憲法9条全部を削除し、その代わり〈日本国軍〉を創立し、憲法に、〈日本国軍隊は、天皇を中心とするわが国体、その歴史、伝統、文化を護持することを本義とし、国際社会の信倚と日本国民の信頼の上に健軍される〉という文言を明記するべきである』とする本格的なもので、安倍総理が進めようとしている「憲法改正」などこの主張に比べたら、可愛いものに思えてしまう。安全保障関連法案で、反対していた人たちが見たら、目を丸くして猛反対するような内容である。

憲法改正は私も賛成であるが、さすがにここまで主張されると腰が引けてしまう。当時と比べれば、自衛隊もだいぶ存在意義を認められるようになってきたし、おそらく「憲法改正には反対だけど自衛隊の存在は認める」という人は多くなっているだろうから、もしかしたら今の世の中を見たら、三島由紀夫ももう少しマイルドな主張に改めたりするかもしれない。

私個人としては、こういう「過激思想」の人というよりも、やはり作家としての三島由紀夫が好きである。今でも本棚には 『仮面の告白』、『美徳のよろめき』、『潮騒』、『金閣寺』、『永すぎた春』そして『豊穣の海』シリーズ4部作が並んでいる。いずれも一時期気に入って読んでいたものである。中でも特に『豊穣の海』4部作は、しびれるような刺激を受け、「これぞ文学」と感動した覚えがある。

4部作の第1巻である『春の雪』は、映画化もされているが、ストーリーといい作中のセリフといい、大正時代の恋愛の奥ゆかしさと相まって、なかなかの感激を受けた。そして最終巻『天人五衰』の衝撃のラストも大きな印象を残してくれた。『天人五衰』の完成は、死の直前だったらしいが、よくぞ書き上げていただいたと思うばかりである。

非常な天才だったようであり、私のような凡人にその思想を理解するのは困難であるが、生きていたら日本文学界にもっと大きな足跡を残していただろうと思うと、つくづく残念に思われてならない。そんなことをつらつらと考えていたら、また『豊穣の海』シリーズを読み返したくなってきた。もう読んでからだいぶ経っているし、そろそろもう一度読み直してみてもいいかなと思う。

私にとっては、その思想云々よりも、自分の子供にも人にも進めたいと思う作家であり、11月25日はつくづく惜しまれる日なのである・・・

【読了済みの三島由紀夫の本】
春の雪 (新潮文庫) - 三島 由紀夫 豊饒の海 第二巻 奔馬 (ほんば) (新潮文庫) - 三島 由紀夫 豊饒の海 第三巻 暁の寺 (あかつきのてら) (新潮文庫) - 由紀夫, 三島 豊饒の海 第四巻 天人五衰 (てんにんごすい) (新潮文庫) - 由紀夫, 三島 潮騒 (新潮文庫) - 三島 由紀夫仮面の告白 (新潮文庫) - 三島 由紀夫 美徳のよろめき (新潮文庫) - 三島 由紀夫 金閣寺 (新潮文庫) - 三島 由紀夫

【本日の読書】
世界に分断と対立を撒き散らす経済の罠 - ジョセフ・E・スティグリッツ, 峯村利哉 民王 (角川文庫) - 池井戸 潤