2019年12月31日火曜日

2019年大晦日雑感

早いもので今年ももう大晦日である。毎年、大晦日に1年を振り返っているが、毎年のように時の過ぎゆく早さを実感させられる。しかし、それも過ぎてしまったからこそであり、当たり前であるが1年間の間、平凡に過ぎ去った11日があったことは事実である。そうして気がつけば55年。最近では「残り時間」を少しずつ意識するようになったと思う。「あとどれくらいできるだろうか」「今やらなくていつやるのか」先延ばししても年齢的にできなくなるリスクを感じるようになってきたのである。

1年を振り返ってみれば、それなりに出来事はあった。春には4年連続で会社が増益となってみんなで喜んだし、高校の70周年記念試合にも出場した。「温泉に入ると腰の痛みが和らぐ」という母を連れて、夏には万座温泉、冬には熱海に行った。秋にはラグビーのワールドカップが日本に来たし、映画は144本観て、本は125冊読んだ。クラッシック・コンサートにも行ったし、家族旅行にも行った。それなりに充実していたと言える。

「禍福は糾える縄の如し」という諺は常に意識しているが、自分の人生もまさにその通りである。1つの問題が解決すればまた別の問題が起き上がる。それが自分自身の問題であればいいが、そうでないと辛い。ここ最近、心を悩ませていた長女の問題はどうやら峠を越した感じがする。元気に大学受験に向けて勉強しているし、結果はともかくとして、このまま頑張って欲しいと思う。

一方で新たな試練も湧き上がって来ている。もうそろそろ忍耐も限界にきているし、このまま続けていくよりも、終わりにした方が自分自身のためにもいいように思う。ただ、それが悪影響を与えることには慎重にならないといけないし、となれば忍耐の残存期間はあと4年ということになる。4年後に長男が受験を終えた時点が1つの決断のタイミングであろう。

仕事でも大きな変化がありそうである。何事も順風満帆というわけにはいかない。必ずどこかで試練はやってくる。それを変に回避するのではなく、正面から向かって突破する道を選びたいと思う。ボクシングで言えば、パンチをもらうことを恐れてガードばかり固くして判定勝ちを狙うのではなく、しっかりと相手を見据えて打ち合ってノックアウトを狙うやり方と言える。「倒れるなら一歩前に」この精神は維持したいと思う。そういう意味で、来年の目指すキーワードは「一歩前へ」としたい。

「残り時間」ということであれば、仕事もラグビーも両親と過ごす時間も思春期の子供たちと過ごす時間も、考えればきりがない。幸いここ3年間チャレンジしてきたマンション管理士の資格は、自己採点では合格圏内だし、そうすると1週間で10時間、勉強に充ててきた時間が浮くことになる。この時間を有効に使いたいと思うが、NetflixAmazonprimeVideoもなかなかの誘惑をかけてきてくれている。株取引も再チャレンジしてみたいと思うし、あれもこれもと目移りするのも事実である。

禍福は糾える縄の如しで、思うようにうまくいかない事も多々ある。それをクヨクヨしていても仕方がない。それを取り除いてもまた別の問題が起こるはずだし、それを嘆くよりも上手く付き合う方法を身につけていくべきだろう。諦めて我慢するのではなく、モグラ叩きをめげずにやるイメージである。きっといい結果になるだろうと信じて来年も「一歩前へ」出るようにしていきたい。そんな覚悟を持って2019年を締めくくりたいと思うのである・・・


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【今週の読書】
 感動する! 数学 (PHP文庫) - 桜井 進




2019年12月29日日曜日

論語雑感 里仁第四(その11)

〔 原文 〕
子曰。君子懷徳。小人懷土。君子懷刑。小人懷惠。
〔 読み下し 〕
()(いわ)く、(くん)()(とく)(おも)えば、(しょう)(じん)()(おも)い、(くん)()(けい)(おも)えば、(しょう)(じん)(けい)(おも)う。
【訳】
先師がいわれた。
「上に立つ者がつねに徳に心がけると、人民は安んじて土に親しみ、耕作にいそしむ。上に立つ者がつねに刑罰を思うと、人民はただ上からの恩恵だけに焦慮する」
************************************************************************************

 上に立つ者の考え方が、下の者に多大な影響を与えるというのは、当たり前のことである。特に会社組織のように指揮命令系統のある組織ならなおさらである。「利益、利益」と口走ってばかりいて、儲けにつながらないようなサービスをしようものなら、ネチネチと嫌味を言われる。こんな環境下にあれば、まず社員は余計なサービスをしようなどとは思わなくなるだろう。

 銀行員時代、融資課に所属していた私は、融資の実行は当然ながら「お客様の希望する日」という感覚であった。ところが、まだ4年目くらいの若手時代、そんな感覚でお客様の口座に融資金を入金したら支店長にドヤされてしまった。曰く、お金が必要な日から少しでも前倒しで融資の実行をするものだと。つまり、1日でも早く実行すればその分、融資利息がもらえるし、口座に資金が眠ることになる。「流動性」と言って、この寝ている資金も支店の収益につながるからである。

 「もっと収益マインドを持て」というのが支店長のお叱りであった。以後、支店長の指示通り、審査が通ればなるべく早く融資契約を済ませ、お客様の口座に入金するように心掛けていた。しかし、一方で「お客様第一主義」という標語も掲げられていて、違和感を覚えたものである。当時は、よくある「ホンネと建前」として特に疑問にも思わなかったが、本部から降りてくる「お客様第一主義」のような「きれいごと」は聞き流すものという雰囲気であった。

 今思えば、その支店長だって、もともと金の亡者であったわけではないと思う。支店長に出世するまでの間、いろいろと頑張られたのだと思う。その中で、「収益をあげる」ことでより多くの評価を得てきたのだろう。そうなると、「収益をあげる」ことこそが評価される最大のポイントという理解になり、その結果育まれた「収益マインド」が銀行員としての行動基準になっていったのだと思う。

 これは子育てにも共通している原理だと思う。小さい子供は親に褒められたいし、叱られたくはない。当然、褒められればもっとそれをやろうとする。テストでいい点を取れば褒められるのに、かけっこで一番になってもそれほど褒められない。得意になって報告した時に、「それより宿題はやったの?」などと言われればモチベーションも下がってしまうだろう。我が息子は、今中学で学年トップの俊足だそうであるが、それも「かけっこで一番」を私が重点的に褒めてきた成果だろうと内心自負している。

 今の会社では、部長・役員間では収益の意識は高いが、それ以外の社員に対してはあまり収益に関してはうるさく言わない。決して儲かって余裕があるというわけではないが、もともと社長がそれほどガツガツするのが好きではないというところが大きく、ノンビリ構えてくれているためでもある。不動産賃貸という業務がら、長く住んでいただけるように快適なサービスを提供しようと普段から言っているが、みんなそれに応えてくれている。これが社長が「ガリガリ亡者」だったらそうも言ってられないと思う。

 「トップの顔色を伺う」というと、イメージは良くないが、結局のところ組織というものはそうなってしまうものだと思う。「会社は社長の器以上に大きくならない」と言われているのは、実に真実である。そう考えれば、上に立つ者の責任は重い。社長でなくても、部下を持つ立場の者であれば、そういう意識を持たないといけないと思うのである・・・


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【今週の読書】
 OUTOFAFRICA アフリカの奇跡 世界に誇れる日本人ビジネスマンの物語 - 佐藤芳之 良き社会のための経済学 (日本経済新聞出版) - ジャン・ティロール, 村井章子





2019年12月26日木曜日

学生スポーツのあり方

 ワールドカップが終了し、その余韻もまだ残る中、国内では大学と高校の全国大会の時期となっている。社会人のトップリーグはワールドカップの影響もあって、来年初の開幕である。大学ラグビーに関しては、一昨年まで大学選手権9連覇を達成した帝京大学が早くも姿を消している。高校や大学は、3年、4年で選手がすべて入れ替わる。どうしても勝ち続けるのは難しい。したがって、「選手の獲得」というのは大きなテーマであると思う。

 詳しいことは知らないが、強豪チームであれば、学生の方から「あそこでプレーしたい」という動機から志望してくることもあると思うが、もちろん有望選手をスカウトするというところもあると思う。我が母校が所属する対抗戦Bグループでもまた然り、である。ただ、我が母校は国立大学ゆえにスカウトはできない。受験を潜り抜けてきた中から一生懸命勧誘するくらいである。一方、私立の大学ではスカウトに力を入れている大学もあって、忸怩たる思いを抱くこともなきにしもあらずである。

 そう言えば、今年のワールドカップで残念ながらベスト8で敗退してしまったオーストラリア(前回大会では準優勝)は、捲土重来で、次期大会を見据えてチームの強化に取り掛かっているという。ラグビーの場合、3年居住すればその国の代表になれる(ただし、複数国の代表にはなれない)というルールがある。スカウトはオーストラリア国内にとどまらず、市民権と5,000万円以上の給料を餌に、南アフリカ、ニュージーランド、ポリネシア各国から有望選手に声を掛けているらしい。

ラグビーにとどまらず、高校野球でも中学の有望選手を集めている強豪校の話は耳にしているし、プロでなくてもアマチュアの世界においてもスカウトは、「勝つための第一歩」なのかもしれない。しかし、やはりそんなスカウトとは無縁の国立大学出身の私としては、やっぱりスカウトというのは、邪道という気がする。というより、そう思いたいと言った方が正確かもしれない。「そんなことを言っていては勝てない」と言われればその通りであるが、その中でなんとか勝つために努力する方を選びたいと思う。

先日、大学のOBの集まりで聞いた話は、そんな思いを強く裏付けるものであった。それはOB会費の件である。学生の活動には当然費用がかかるが、全額学生の個人負担というのは無理な話。OBがOB会費を納め、それを学生の活動の支援に当てているのである。我々も現役時代、それで助けられたので、今は半年ごとに1万円の会費を納めている。その納入率に話が及び、我がラグビー部OBの会費納入率は70%だとのことであった。実はこれが多いらしい。

ちなみに、同じ対抗戦Bグループの某私立大学では30%を下回っていて、金額的に比較すると我が部の1/4以下である。それではとてもスカウト費用を含めてチームの強化費が賄えないので、差額は大学側が支援しているという。我が母校はと言えば、大学側の金銭的支援は、大学施設に関するものを除けば、当然ない。その差は一体何だろうかと考えれば、それは自分たちの所属していたチームに対する愛情だろうと思う。腕を買われて勝つためだけの目的で集められたのではなく、厳しい状況下、自分たちで工夫をし、OBもそれを温かく支援し、勝ち負けだけにとらわれずに学生・OBが一体化している。そんな結果なのではないかと思う。

それを聞いて、その場にいた一同は改めて誇らしい気分になった。そもそも学生スポーツは、本来学業の傍らに行うものであって、学業優先の文武両道を目指すべきものである。学生生活のすべてを注ぎ込むものではない(それはあくまで理想であって、実際には我が母校とは言えどもそういう学生はかなりいるが・・・)。結果的にそうなったとしても、スカウトまでして選手を集めるものではない。学生スポーツとして、本来あるべき姿を我が母校は維持していると言える。

今後、仮にスカウトが可能になつたとしても、それをやるのはどうかと思う。今のままでいいだろう。私立とは言え、スカウトを採用していないライバル校もあることだし、今の制約条件の中でいかに勝つか、を工夫していくべきだろう。そしてそれをOBとしても支援し続けたいと思う。今シーズンは、ライバル校も強く、残念ながら下位に甘んじてしまったが、これから来春新たな新戦力となるべき受験生がセンター試験を迎える。そんな新入生を加え、来年度も新しいチームで頑張って欲しいと思うのである・・・


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【本日の読書】
 OUTOFAFRICA アフリカの奇跡 世界に誇れる日本人ビジネスマンの物語 - 佐藤芳之 良き社会のための経済学 (日本経済新聞出版) - ジャン・ティロール, 村井章子






2019年12月22日日曜日

遊びと勉強の境目

我が家では、中学2年の息子にはまだスマホを持たせていない。長女は高校生になってからスマホデビューしたが、それもあって息子も高校生になるまではキッズケータイである。本人も別に欲しそうではないし、それはそれでいいと思っている。ただ、思うところがあって、タブレットは持たせている。息子はさすが現代っ子、特に教えたわけでもないのにいつの間にかタブレットをしっかり使いこなしている。しかし、妻はこれをあまり快く思っていない。今からタブレットで「遊んでいる」と、勉強がおろそかになるという考えからである。

実は、妻と私とでは子供の教育方針がまるで違う。私は、こういう情報機器はどんどん与えて使わせたいと思うのだが、妻はそうは思わない。「勉強に関係ないもの」は基本的に与えたくないようである。だが、私はスマホやタブレットは、早いうちからドンドン使わせて、自然に使えるようにしておいてあげたいと思うのである。遊びで結構、遊びながらだからこそ、なんの苦もなく覚えるのである。かく言う私もパソコンではそんな考え方で苦労知らずに来たと言う経験があるのである。

私が初めてパソコンを買ったのは、1990年頃である。まだDOS/Vの時代である。なんとなく「これからはパソコンの時代だ」と思い、東芝製のパソコンを買ったのである。買ったはいいが、何ができるのかよくわからず、表計算ソフトでこずかい帳を作っていた程度であった。やがてインターネットの時代になり、IBMのアプティバを購入、初めて使ったのはウィンドウズ3.1である。当時、すでにパソコンに詳しい後輩の家にお邪魔してインターネットに関する基本を教えてもらい、あとは「遊びながら」覚えたのである(もっとも後輩が使っていたのはMacだったが・・・)

やがてウィンドウズ95が登場して、インターネット時代の幕が開き、銀行の支店にもパソコンが配備されるようになった。最初は支店にまだ一台だけであり、その最初の一台は誰も使える者がなく、唯一私だけが使えたので、会議の資料をそれまでの手書きからパソコンで作成したりしていた。さらには若手を集めて、使い方の講習会をやったりした。頭の古い次長からは、「パソコンをいじっていれば仕事していると思ったら大間違いだぞ」と怒られたものである。今はパソコンがなければ仕事にならない。

そういう経験があるせいか、これまでパソコンで苦労などしたことがない。一方、数年前から銀行事務のパートに出ている妻は、ExcelWordを使えず苦労しているようである。使えれば仕事の幅も広がるだろうし、それは周りの人からしても頼りにされるであろうし、それは巡り巡って時給に跳ね返るものだろう。それもこれもこれまでパソコンで「遊んでこなかった」からだと言える。誰であろうと、いきなり使おうと思っても無理なわけで、身につけようとするならば、そこから苦労して覚えなければならないわけである。

自分がそういう立場にあるのだから、なおさら子供達に同じ苦労はさせまいとするのが親たるものではないかと思うのだが、人間、身に染み付いた考え方からは抜けられないのか、いまだにスマホやタブレットは妻にとって「遊び道具」でしかない。だから機能も必要最小限で十分だし、お金もなるべくかけないようにしようとする。「塾になんか行かなくてもいいから、その分のお金をスマホやタブレットにかければいい」と考える私とはまるで正反対である。

先日、息子がタブレットを落として画面にヒビが入り動かなくなったとこっそり私に言ってきた。もともとたまたまもらった安いタブレットだったが、液晶画面を修理するとなると意外に高く、比較検討して買い換えることにした。妻に相談すれば反対されるに決まっている。壊れたことは妻に話してしまったようだったので、息子と相談して買い換えたことは内密にして修理したことにした。家計費からは出ないので、お父さんのおこずかいである(T_T)。まぁ、将来息子のために何かの役に立つ(であろう)投資であると考えればやむを得まいところである。

妻と考えが合わないところは残念であるが、漫画もパソコンもスマホもタブレットも、「遊び」としか見られないようだと、そこから得られるものは何もない。自分自身、遊びから得たものが多々あることから、そういう思いは強くある。これからも子供達には「遊びから入る」大事なことを教えていきたいと思うのである・・・


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【今週の読書】
 文芸オタクの私が教える バズる文章教室 (サンクチュアリ出版) - 三宅香帆 良き社会のための経済学 (日本経済新聞出版) - ジャン・ティロール, 村井章子




2019年12月18日水曜日

同姓の他人

私の名字はわりと珍しい方である。なにせ今日まで55年生きてきて「同姓の他人」には2人しか会ったことがないくらいである。と言っても、全国で希少というほどではなく、たとえば以前の職場(銀行)では名簿を見ると5人くらいは名前があったし(でも会ったことはない)、高校の同窓会の名簿を見てもそのくらいの人数の「他人」はいる。また、たまたま通りかかった家の表札を見かけたこともあるから、全国的にはそれなりにいるとは思う。ただ、会うのは珍しいほど少ないということであろう。

過去に直接お会いした2人の「同姓の他人」うち、1人はトヨタの修理スタッフをしていた人で、当時乗っていたカルディナを購入した店舗に持って行った時に偶然お会いした。もう1人(というか家族)は、なんとグアムのプールでであった。当時小学生の我が息子が、名前入りの帽子をかぶって走り回っていたところ、それを見た相手家族の奥さんが「珍しい!」と声を掛けてきたのである。わざわざ異国で見ず知らずの他人に話し掛けたくなるくらい珍しいという証明である。「佐藤」さんや「鈴木」さんがこんなことをやっていたら大変なことになる。

また、初対面で名前を名乗った時に、「どちらのご出身ですか?」と聞かれることがある。こういう時は相手もそれなりの心当たりがある場合が多く、「(私は東京ですが父は)長野県の富士見です」と答えると、「あぁ、やっぱり」となる。事実、長野県の富士見にはこの名前の人が多い。なんでなのかと考えてもその理由はよくわからない。同じ名前の遺跡が長野県にあるので、そこと何かつながりがあるかもしれない。

そんな私の名字なのであるが、先日、とうとう人生3人目の「同姓の他人」にお会いした。その方は高校の先輩。たまたま私の名前を同窓会の会報で見かけたということで連絡をいただいたのであるが、せっかくだからお会いしましょうとなった経緯である。初めは遠縁ではないかと思われたらしいが、お話を伺うと長野県の富士見ではなく、岐阜の方であった。その方はいろいろと我々の名前の由来を調べたらしく、遡れば遠く平家に由来するらしい。真偽のほどは定かではない。ただし、「名前」が平家に由来するとしても、DNAはわからない。なにせご先祖様は(少なくとも江戸時代は)、農民だったはずだからである。

士農工商の歴史は小学校で習うところであるが、「名字帯刀」が許されていたのは基本的に武士のみに限定されていたと習っている。明治初期に名字が解禁されるまでは、権兵衛や吾作の類だっただろうから、名前の由来を考えるのなら、明治の時代にご先祖様が何らかの考えでもって我が名字を選択したのだろうと思う。ちなみに、曾祖父の時代(明治後期)は、我がご先祖は桶を作っていたということで、「桶屋」と呼ばれていたらしい(とは父の談である)。名字ではなく、職業や屋号で呼び合う習わしだったのだろうと思う。

今から考えると惜しいことをしたもので、もしかしたら亡くなった祖父であれば、我が家系の名字(を名乗るに至る経緯)について何か知っていたかもしれないと思う。祖父は明治39年、曽祖父は明治13年の生まれであり、明治8年の「平民苗字必称義務令」のあとのことについて、おそらく何か記憶していたのではないかと思うのである。もしも、何かそのあたりの経緯を聞いたなら、面白いエピソードが聞けたかもしれないと思う。

そんな我が名字であるが、本家は既に私の従兄で途絶えてしまう。次男である父の家系は私と弟が受け継ぎ、順当にいけば息子と甥が引き継いでいく。いつか息子か孫が名前の由来について興味を持った時のために、少し調べておくのもいいかもしれないと思ってみたりする。これから少子化の世界。我が名字はどうなっていくのだろうか。まぁ自分の死んだ後の世界のことを案じても仕方がないし、せいぜい孫子の代まではしっかり見守りたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 文芸オタクの私が教える バズる文章教室 (サンクチュアリ出版) - 三宅香帆 そして、バトンは渡された (文春文庫) - 瀬尾 まいこ




2019年12月14日土曜日

論語雑感 里仁第四(その10)

〔 原文 〕
子曰。君子之於天下也。無適也。無莫也。義之與比。
〔 読み下し 〕
(いわ)く、(くん)()(てん)()()けるや、(てき)()きなり。(ばく)()きなり。()(これ)(とも)()す。
【訳】
先師がいわれた。
「君子が政治の局にあたる場合には、自分の考えを固執し、無理じいに事を行なったり禁止したりすることは決してない。虚心に道理のあるところに従うだけである」
************************************************************************************

優れた人物が政治を行う場合、私心を離れ本当に民衆のためになる事を行うというのは、ある意味理想であり本来あるべき姿であろう。実際の政治家がみなそうしているのかどうかはわからないが(そうであると信じたいところではある)、およそ人の上に立つ人が自分の都合優先で行動していたらついてくる人はいなくなるだろうし、みんなの尊敬を集めるということもないであろう。真のリーダーたるもの、「虚心に道理のあるところに従う」べきだという意見はもっともだと思う。

これは何も政治家に限ったことではなく、およそ組織のリーダーにはみな当てはまるだろうことである。なぜかと言えば、自分の考えに固執し(内容によっては良い場合もあるだろうが)、無理強いに事を行い、禁止したりすれば下の者の支持を失うことになるからである。絶対権力を手中にしていて、反乱の心配がない場合であれば話は別であるが、そういう「独裁体制」以外であれば下の者の支持は必要であり、となればある程度納得性の高いようにしなければならないのは当然の理である。

身近なところにある会社組織で考えてみる。元銀行員として多くの中小企業を見てきたが、その多くは社長の「ワンマン」体制である。言ってみれば「独裁制」ということになる。会社組織の場合、社員にしてみれば「雇われている」ということがある。業務上の命令系統もあり、「独裁制」が成立しやすい。したがって、それが社長のワンマン体制となり、公私混同につながったりする。社長が家族で食事をした時のプライベートな領収書を会社に回したりしても誰も何も言わないのである。

当然、社員もそれを見ても見て見ぬふりをするしかない。不満を持つ人もいるかもしれないが、独裁社長に文句を言えるはずもなく、黙っているだけである。一方、独裁社長にも言い分はある。事業リスクをすべて一身に背負っているのは社長である。銀行から融資を受けるのに個人保証を差し入れるから、何かあれば全財産を失うリスクがある。当然、自分の考えですべてやりたいと思うだろう。また、大概の社員は「指示待ち族」が多い。「言われればやるが、言われなければやらない」。そんな社員は頼りがいもなく、社長はすべて自分で決めなければならないと思い込むようになる。

社長に積極的に意見具申し、社長もそんな意見具申を聞きたいと思うような社員がいるならば、必然的に「独裁」も緩むことになる。そういう社員を意識するようになると、たぶん社長も唯我独尊というわけにもいかなくなり、必然的に「道理のあるところにしたがう」ようになるのかもしれない。そう考えると、独裁者ばかりを批判するのは正しくないのかもしれない。まぁ、そうは言っても端からそんな意見具申は求めてもいないという「真の独裁者」は当然いると思う。

広げて考えれば、リーダーが「真の独裁者」でない限りは、それに従う者にも責任はあると思う。政治に無関心な国民は「やむなき独裁」を生み出す原因になるのかもしれない。とは言え、やたらに揚げ足取りのような批判ばかり繰り返す我が国の野党のようだと呆れるばかりだし、反抗の声を上げる香港の学生を弾圧・逮捕しまくる中国共産党の姿は、残念ながら孔子の説く君子には程遠い。なかなか理想通りにはいかないものである。

会社でも独裁を通すのではなく、意見を求め、その意見を言いやすくする環境づくりはできる。「モノ申す社員」を育てる工夫である。それで育つかどうかはわからないが、ワンマン体制に不安がある社長(業績の悪い会社だとその傾向が強い)だったら、試してみる価値はあるかもしれない。と言っても、そんな心得のある経営者であるならば、そもそも「虚心に道理のあるところに従」って経営しているかもしれないとも思う。そもそもの心得次第という感じもする。

君子であろうとなかろうと、人間年齢を経ていくと次第に金銭欲よりも名誉・人望欲が強くなると思う。そうした時に、「虚心に道理のあるところに従う」ことは重要なキーワードになる。孔子の説くところももっとも。自分もかくありたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 時短の科学 - 内藤 耕 良き社会のための経済学 (日本経済新聞出版) - ジャン・ティロール, 村井章子





2019年12月8日日曜日

熱海

両親を連れて熱海へ行ってきた。腰の悪い母親は、温泉に入ると腰の調子が楽になると日頃からつぶやいているので、夏に引き続き連れて行ったという次第である。と言っても、あまり遠出はしたくないというリクエストもつき、ならば東京周辺で気軽に(日帰りでも)行ける熱海に白羽の矢を立てたのである。熱海といえば、かつては新婚旅行のメッカという時代があったとかすかに記憶に残っている。今ではすっかり昔の話である。

実際、熱海は近い。東京からだと新幹線で40分ほど。東海道線の快速アクティーでも1時間半ほどである。ただ、今回は実家から車でであった。車の場合、距離的な問題の他に渋滞という問題もある。行きは第三京浜から横浜新道を抜けるルートであったが、やっぱり渋滞があって、カーナビでは2時間ほどと表示されていたが、実際は3時間ちょっとかかってしまった。

熱海は実は過去にももう何度も行っている。と言っても、正確にいえば「通過している」という言い方が正しいかもしれない。市街を抜ける海岸沿いの国道はもうすっかりおなじみの風景である。途中には『金色夜叉』のお宮の松がある。『金色夜叉』と言っても読んだこともないし、特に何か感慨深いものがあるものではない。しかし、熱海海岸での別れのシーンがこうして皆の記憶に残っているということは、当時としてはかなりインパクトのある内容だったのであろう。

 ふと思いついて両親に新婚旅行のことを聞いてみた。両親は『三丁目の夕陽』の時代である昭和34年にそれぞれ22歳同士で結婚している。当時、やはり熱海は新婚旅行のメッカであったらしいが、両親は伊豆と今井浜とで2泊しているらしい。母によれば、「私は天邪鬼だったから」熱海にしなかったという。私の天の邪鬼は母親から来ているのかもしれない。親父の怪しげな記憶では伊豆は「伊豆山」だったと言うが、伊豆山は熱海なので、記憶違いの可能性が高い。ちなみに今回泊まったのはその伊豆山である。

当時は熱海までは鉄道だったが、そこからは砂利道をバスだったと言う。当時はまだ行くだけでも大変だったのだろう。新婚旅行となればそれだけでのぼせ上がっているだろうから、道中も苦ではなかったかもしれない。もう60年の前の話であるし、市街の様子も変わっているだろうし、まだ「遠かった」時代の熱海はどんな様子だったのか興味深いところがある。私の場合、新婚旅行は「天国に一番近い島」ニューカレドニアであったことを考えると、いい時代に生まれたと強く思う。

母は、温泉の常であるが、ホテルに着いた直後にまず湯に入り、夕食後の寝る前に一度、そして朝起きてすぐと三度湯に入る。今回もたっぷりその通りに温泉を堪能。それに対し、父は一度のみ。そして私は母に習い三度温泉に浸かった。夕食・朝食ともにバイキング。母は普段とは見違えるような食欲を見せる。腰の痛みも消えたと喜び、わざわざ温泉に誘った甲斐があったと私も嬉しく思う。

「温泉だけ入れればそれだけでいい」と言っていた母も、翌日せっかく天気もいいしと言うことで、箱根を回って帰ることにした。寄ったのは箱根の関所。ここでは当時の関所が再現され、資料館もある。関所破りで死罪になった記録もあり、移動が制限されていた時代の不自由さを感じる。熱心に見ていた父は、ポツリと「自由でいい時代に生まれてよかった」と呟く。ニューカレドニアでなくても、伊豆への二泊三日の旅行でも昭和の時代だから行けたとも言える。何を基準にするかで、人の幸福度も変わってくる。

今は熱海に新婚旅行などと言うと、「何か事情があるのだろうか」と勘ぐられてしまいそうだが、60年前はまだそれが幸せな時代であったわけである。日本もまだまだ広かった時代。それに対し、今は熱海はちょっと気軽に温泉に入りに行けるところになっている。そんな時代だからこそ、また気軽に両親、特に母を温泉に連れて来てあげたいと思う。それが「いい時代」に生まれた特権である。「いい時代」を堪能したいし、してもらいたいと改めて思うのである・・・




【今週の読書】
 小さな企業が生き残る - 金谷 勉 時短の科学 - 内藤 耕




2019年12月5日木曜日

一緒に働きたい人

先日、かつて務めていた銀行時代の集まりがあった。集まったのは、銀行に入って最初に転勤した時の融資外為課のメンバーである。実は昨年、同じ支店時代の支店全体の集まりがあって、20人くらいが集まったのであるが、今回は規模を縮小し、同じ課だけでこじんまりと集まった次第である。この手の集まりの常であるが、昔話に花が咲き、実に楽しいひと時であった。またやりましょうと約束し合って散会した次第である。

銀行員は転勤の多い種族だと思うが、私も支店だけで4カ店、出向2回(2社)、本部セクション数か所を経験している。しかし、こうしたかつての集まりが続いているのはこの時の支店だけである。もちろん、他の部署でも個人的に今でも親しくさせていただいている人はいるが、部署ベースとなるとこの1カ店だけである。他にもやはりかつての部署で集まっているという話を聞くこともあるが、こうした集まりが続く秘訣は何だろうかとふと考えてみた。

1つにはやはり中心となって汗をかく「幹事」の存在だろうと思うが、いくら幹事が汗をかいてくれても「行きたい」と思わなければ人は集まらない。そう考えると、大事なのは「この人に会いたい」という存在が大きいと思う。そしてそれはその人の「人柄」に負うところが大だろうと思う。たとえば今回集まったのは5人であったが、私が参加した理由は、他の4人がみな「会って話がしたい」と思える人たちであったからである。昨年、大規模に集まった時もそう思えるメンバーが何人かいたので「参加してもいい」と思ったのである。そうでなければ行かない。

事実、何年か前に大学のクラス会に誘われたことがある。熱心に誘っていただいたのに、申し訳ないことに私は欠席した。それはその当時のクラスのメンバーに魅力を感じなかったからであり、「会いたい」と思う人物がいなかったからである。それはたとえば最初の支店のメンバーでも、一部若手の集まりであれば参加するだろうが、当時気が合わなかった支店長を始めとして、直属の上司や営業の人たちや同じ融資外為課の中でも一部の人が来るならご免である。

「職場は仲良しクラブではない」とは、最初に配属された支店の直属の上司に言われた言葉であるが、その方は言葉通りに仕事はよくできたし、仕事に関しては厳しい方であった。それを間違っていると否定するつもりはないし、むしろその通りだと思う。だから、仕事を離れたところでは会いたくないと思う。プライベートで会うなら「仲良しクラブ」のメンバーだろう。そう考えると、果たして一緒に働きたい人の条件は何だろうか。「仕事ができる人」は確かに頼りにはなるだろうが、では人柄は関係ないかと言われればそんなことはない。事実、その時の直属の上司と一緒に仕事をして楽しかったということはないし、それどころかもう一度一緒に働きたいかと言われれば、「No!」と即答である。

たとえばスポーツに置き換えてみる。一緒にプレーしたいと思うような仲間はどんな人間であろうか。私の場合、それはやはり「一緒にやってて楽しい人間」と答えたい。実力のある人間同士が互いにミスをしないように緊張関係を保ちながらやるよりも、ミスをカバーし合いながらも一緒に勝利に向けて頑張れる仲間が好ましいと思う。チームとしての力は劣るかもしれないが、勝利のために実力本位でチームを組むよりも、気の合うメンバーでひたすら勝てるように努力する方がはるかに「楽しい」。

スポーツでも仕事でも大事なのは勝つことであり、よく多くの収益を稼ぐことである。であれば実力のある人間と組んだ方がいいに決まっている。しかし、それでもやっぱり一緒にプレーし一緒に仕事をするならば、気心の知れる相手がいいと思う。たとえそれで負けてしまったり、目標を達成できなかったりしたとしても、である。5人で集まって昔話をしても、その内容は収益目標がどうだったかというようなことは欠片もなく、あんなことがあった、こんなことがあったという笑い話などである。そういう話ばかりだから楽しく過ごせる。

勝つためのメンバー、勝てるメンバーこそが大事と言われれば、それを否定するつもりは毛頭ない。ただ、いろいろ経験してきた中で、個人の意見として「一緒に働きたいメンバーは?」と問われたならば、「人柄中心に考えたい」と思うだけである。それではチームの力が劣るというなら、その分自分が頑張れば良いわけで、そういう頑張りなら楽しく頑張れるだろう。そういう意味でも今の職場は居心地がいいと思う。これからまだまだサラリーマン人生は残っているし、居心地のいいメンバーで楽しく働きたいと改めて思うのである・・・


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【本日の読書】
 読みたいことを、書けばいい。 - 田中 泰延 過酷なるニーチェ (河出文庫) - 中島義道




2019年12月1日日曜日

本質を外すと意味がないこと

先日、弊社の同僚が宅地建物取引士(宅建士)の資格の更新手続きに行ってきた時の話を聞いた。宅建士の資格は生涯有効であるが、5年ごとに定められた講習を受けないといけないことになっている。まぁ法改正はよくあるし、取って安堵してしまうのではなく、専門資格として知識のアップデートは欠かせない。そのための講習である。当然、その内容も最近の法改正を中心とした知識のアップデートを促すものになっている。私が宅建士の資格を取ったのは2016年なので、講習まではまだ少し時間がある。

さて、そんな講習でのこと。受講者は初めに注意をされ、「居眠り禁止、スマホ禁止」を言い渡されたそうである。禁止されるということは、その行為が目に余るということに他ならない。おそらく、義務だから仕方がないと嫌々講習に来ている人が多いだろうから、勢い「暇つぶし」にスマホを眺めたり、あるいはうたた寝をしてしまうのであろう。その気持ちはよくわかる。運転免許の更新をイメージすれば想像するのに難くない。しかしながら、それを聞いて思うのは、「そんな禁止はどうなんだろう」ということである。

こうした「一律禁止」は簡単ではあるが、個人的には極めて「頭が悪い方法」だと感じる。「臭いモノには蓋」方式であり、「根本的な解決にはなっていない」。かつて合気道を習おうと思った時に、「喧嘩に使ったら破門」と言われて習う気が失せたことを書いたが、同じ理屈である。「大事なことは何か」を考えず、一律禁止にして解決した気になってしまっている。それで問題が解決するかどうかも考えない。これを「頭が悪い方法」と言わずして何と言うのであろうか。

講習中にスマホを見るのも居眠りをするのも、内容に興味がないからである。聞く気がない者にスマホを見ているからスマホを禁止し、居眠りしているから居眠りを禁止して果たして話を聞くようになるだろうか。私であれば、ぼおっと考え事でもして時間を潰すだろう。間違っても興味のない話を聞こうとは思わない。やることを封じれば話を聞くだろうと考えたなら、それは短絡的で大きな間違いである。では主催者側に立ったとしたらどうするべきだろうか?

そこでそもそも「目的は何か」と考えれば、「宅建士として必要な最新知識を覚えて帰ってほしい」ということである。であれば、「覚えるように仕向けたらいい」のである。では、どうしたら覚えるのか?一番簡単で手っ取り早いのは、講習の最後にテストをやればいいのである。それで一定点数以下であれば不合格として再受講にすればいいのである。みんな必死になって話を聞くだろう。その代わり、点数を取ればその間何をしててもいいとする。居眠りも自由、スマホもお好きにどうぞ、ただしテストに落ちたら再受講ね、とすれば居眠りもスマホで遊ぶこともしなくなるだろう。

テストをやると宣言されたら、受講者側としては再受講などご免だから「真剣に聞く」だろう。わからないことや気になることがあれば「スマホで調べて」みるかもしれない。手を挙げて講師に質問をする人だって出てくるだろう。「わからないことがあれば大変だから」である。よく「水辺に連れて行くことはできても水を飲ませることはできない」と言われる。本人がその気にならなければ、いくら強制したところで意味はない。子どもに勉強させようと塾に通わせて安心している親は多いだろうが、子どもが塾で勉強しているかどうかはわからない。一方で塾に通わなくてもきちんと勉強する子は勉強する。

「テストなんかすれば余計な手間がかかる」というのも本質を捉えられていない言い分である。簡単なものにすればいいし、それもダメなら最後に何人か無作為に指名して質問するのでもいい。「指されるかもしれない」という緊張感から講義を真剣に聞くだろう。要は緊張感をもって講義に集中するように仕向ければいいのであって、テストそのものが目的ではない。ちょっと創意工夫すればいろいろと考えられると思う。とは言え、所詮半分お役所仕事で真剣に考えていないのだろうから、そんなことをムキになって主張しても意味はないのかもしれない。2年後には自分も耐えなければならないのだろうが、本質を外した頭の悪い方法が変わらなければ、我が身に降りかかることになる。

まぁ、そんなことを考えても仕方がない。せめて「人の振り見て我が振り直せ」で、本質を外れて上辺だけで物事を捉えて的外れなことをしていないか、我が身を振り返ってみたいと思うのである・・・





2019年11月25日月曜日

論語雑感 里仁第四(その9)

〔 原文 〕
子曰。士志於道。而恥惡衣惡食者。未足與議也。
〔 読み下し 〕
(いわ)く、()(みち)(こころざ)して、悪衣(あくい)悪食(あくしょく)()ずる(もの)は、(いま)(とも)(はか)るに()らざるなり。
【訳】
先師がいわれた。
「いやしくも道に志すものが、粗衣粗食を恥じるようでは、話相手とするに足りない」
************************************************************************************

 「朝(あした)に道を聞かば、夕に死すとも可なり」という程真理の探究に情熱を傾ける孔子にとって、何を着るか何を食べるかという問題なんて些末なことで、大事の前の小事であって、そんなことに気を取られていてどうするということなのであろう。実際、そういう考え方はよく理解できる。今は大学ラグビーも最盛期であるが、私も学生時代、公式戦の前に合コンに行くのは「不謹慎」とされていた。精神を集中して臨まないといけない時に、そんな「チャラチャラ」したことをしている場合ではないという考え方である。

 たとえとしては適切ではないかもしれないが、いやしくも道を極めるという大事を成し遂げようとしている身であれば、それ以外のことに気を取られていてはいけないという意味では同じようなものだと言える。割と日本人は真面目でストイックなところがあるから、こういう考え方はしっくりとくるのではないかと思う。その一方で、「悪衣悪食を恥じる」ことがそんなに悪いことだろうかという考えもある。道を極めるという大事も重要だと思うが、だからと言って小事を気にしたっていいんじゃないかとも思う。

最初の大学受験に失敗し、高校を卒業したあと家で宅浪生活に入った私は、「110時間(ただし日曜日は5時間)」の勉強ノルマを決め、規則正しくストイックな浪人生活を送った。それこそ「脇目もふらず」である。受験が終わった瞬間、「もう同じ生活はこれ以上できない」と思うほどやり尽くした。そんな生活を送った身からすると、今現在同じ浪人生活を送っている娘の勉強ぶりは優雅である。好きなアイドルのコンサートにも行っている。目指しているところが違うというところもあるが、それでもいいと思っている。考えてみれば、自分だって行こうと思えばコンサートにだって行けたのである。心にそんなゆとりがなかっただけで、時間的なゆとりは捻出しようと思えば十分捻出できたと思う。

1つのことを集中してやるというのももちろん望ましいが、それはその人の性格にもよるだろうし、むしろ私は今はそういう考え方に近い。道を極めるのも大事だが、1日は24時間もあるし、そのすべてを道につぎ込むことは困難なわけで、食事もすれば睡眠もとる。風呂にも入るし、トイレにもこもる。どうせ食べるなら美味しいものを食べたっていいわけであり、裸で過ごすわけにはいかないから服を選んだっていいだろう。「あれもこれも」求めたって必ずしも「二兎を追うもの」にはならないと思う。

今も休みの時に仕事のことを考えるのはしょっちゅうあるし、仕事中にプライベートなことを考えたりしたりすることもまた然り。仕事の面白いアイディアが思い浮かぶのはたいてい風呂の中である。ファッションには興味がないし、それほどグルメでもないから悪衣悪食を気にしないところはあるかもしれないが、週末の映画やラグビーなどについては熱意を持っている。孔子が道を目指すスタンスには及ばないだろうが、仕事は下手をすれば生活が崩壊するリスクもあり、真剣に携わっている気概は持っている。一意専心もいいがあれこれ並行するのもいいのではないかと思う。

聖徳太子は一度に10人の話を聞いたという。そんな芸当はとてもではないが無理としても、一度に1人ずつなら十分可能である。ならば時間を工夫して11人の話を聞くようにすれば聖徳太子に追いつける。道を極めるのは登山のようなものだとしたら、ひたすら歯を食いしばって頂上を目指すやり方もいいかもしれないが、途中で立ち止まって景色を楽しむゆとりがあってもいいじゃないかと思う。道を定めたらそれを見失うことなく、されど道中の景色も楽しむ。そんな道の目指し方があってもいいと思うのである・・・


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【本日の読書】
 日本人の勝算―人口減少×高齢化×資本主義 - デービッド・アトキンソン かがみの孤城 - 辻村深月




2019年11月21日木曜日

今朝の思考

人間はいつもいろいろなことを考えているとよく思う。今朝もそんなことを実感した。いつもは朝からあれこれと考えなくてもいいように、同じ時間に家を出て、同じ電車に乗り、同じ時間に会社に着くようにしている。なんでも哲学者のカントも毎日決まった時間に決まったコースの散歩を欠かさず、時に周囲の人はそれを時計代わりにしていたという。大哲学者と同じというつもりはないが、ルーティーンワークは考えなくてもこなせるという利点があり、私も通勤に関しては何も考えずに機械的に移動し、思考はその分読書に集中している。

しかし、今朝は人身事故があって読書に集中できなくなってしまった。最寄駅からターミナル駅までどう行くか。そこから先どうするかを突然考えなければならなくなったのである。そんな時、助かるのは鉄道会社のしっかりとした案内である。今朝は復旧時間がすぐ迫っていたのでそれを参考にした。振替輸送の手続きもJRと連動出来ていて、定期券を機械にタッチするのは乗換駅ではなく、降りる駅でするようにとスムーズに開札を通らせていた。一部手抜かりはあったが、まぁ今朝は合格点だと思う。

鉄道会社もこれだけ人身事故が多いのだからもう少しスムーズにできないものだろうかといつも感じている。何よりとにかく早目の情報提供。その場に着いて人だかりの改札付近で情報を求めてうろうろするのは最悪である。付近の鉄道各社で電車の中から早めに放送して案内してほしいものである。復旧の見通し、振替輸送の案内、今朝みたいにJRと私鉄の枠を超えた連携など、素人目から見ても工夫の余地は大いにある。それにそもそも人身事故を防ぐ工夫である。

最近は、ホームドアの設置が進んでいるが、これは偶然の「事故」には効果的だと思うが、自殺は防げないと思う。自殺を防ぐ一番の方法は、家族に多額の賠償金を請求すると声高らかに宣言することだと思う。天涯孤独の人には効果がないかもしれないが、大抵の人は家族には迷惑を掛けたくないと思っているだろうし、せめて保険金を残したいと思っている人には効果的だろう。もちろん自殺そのものは防げないが、少なくとも電車への「飛び込み」は防げる。それで人身事故が減れば利用者としてはありがたい。鉄道会社の人たちだって嫌な思いをしなくて済むだろう。

こんな事を書くと不謹慎に思われるかもしれないが、私は自殺を否定しない。死にたい人は死ねばいいと思っている。その人の人生だし、その人の苦悩を知らない周りがとやかく正議論を振りかざすべきではない。もっともそれが家族や親せきや友人だったら思いとどまるように説得はするだろう。世の中、考え方1つで見方も変わるものである。それで考え方が変わって生きる方向で考えられるなら、そういう手助けは積極的にしたいと思う。だが、どこの誰とも知らない人ならそこまでする義務はない。せめて人に迷惑をかけないような方法を考えてほしいだけである。
 
 1つのアイディアとしては、国として自殺希望者に場所を提供したらどうだろうかと思う。希望者はそこへ行って申し込みをする。するとまず専門のカウンセラーが出てきて事情を聞く。その上で、生きていた場合のメリットを説き、まずは生きて問題を解決する方法を一緒に考える。23回通ってそれでもやむなしと判断したら「安楽死」を提供する。不治の病で回復の望みはなく、医療技術でただ生かされているだけのような人には朗報だろう(自分もその立場になったら利用したい)。いじめや借金問題程度なら解決策が十分提案できそうである。

 単に「自殺はよくない」と正義を振りかざすのは無責任である。中には自分のためではなく、自分が死んだ方が家族は幸せになれるのではないかということも実際にある。それを赤の他人が無責任に「生きていればいいことがありますよ」なんて言うことはできない。ならば周りの人に迷惑をかけず、スムーズに望みを叶える仕組みがあった方が、「三方良し」ということもある。いいアイデアだと思うが、実現は憲法改正より難しいだろうと思う。

 朝のひと時、人身事故で読書に集中できなくて、あれこれそんなことを考えたのである・・・




【本日の読書】
 GACKTの勝ち方 - GACKT かがみの孤城 - 辻村深月





2019年11月19日火曜日

数字の意味するところ

 先日読んだ『偏差値37なのに就職率9割の大学』という本で、「就職率」についての話が載っていた。普通の大学では、「就職率」は「就職者数」/「就職希望者数」で算出しているとのこと。ところがこの本で採り上げられている金沢星稜大学では、「就職者数」/「卒業者数」で算出しているという。当然ながら卒業生の中には「就職を希望しない人」もいるわけであるから、金沢星稜大学の算出方法の方が一見、就職率が良いように思える。実際、この本の著者(金沢星稜大学就職課課長)の立場からいけば、それを大いにPRしているわけである。

 それを否定するつもりはないのだが、ふと「本当に就職率が高いのはどちらなんだろう」と考えた。普通に考えれば、全卒業生を分母にした方がいいように思える。「就職希望者数」とすると、分母が「就職希望者数」<「卒業者数」であるから、当然「就職希望者数」を分母にした方が「就職率」は高くなる。大学の一つの売りである就職率を高くするには、この方法が選択されるのもよくわかる。だが、「就職を希望しない人」を無理に分母に含める意味はあるのだろうかと思う。

 就職を希望しない人とは、たとえば家業を継ぐことが決まっていたり、大学院へ進学したり、海外留学やアーティスト志望などいろいろいるだろう。それはその人の人生であって、「就職だけがすべてではない」。そう考えると、「就職を希望する学生がどれだけ就職できたか」がむしろ大学としての「就職率」と言えるのではないかと思う。たとえば自分が就職率の良し悪しで大学を選ぶとしたら(あくまで「喩え」であって、自分はこんな基準では大学を選ばないが、その議論は置いておく)、「就職者数」/「就職希望者数」で就職率を算出している方を良しとするだろう。

数字を提示された場合、それを無条件に鵜呑みにするのではなく、その数字が何を意味しているのかを深く考えるようにしたいと思う。たとえば、日本の刑事裁判では「有罪率」が99.9%だと言われる。これをもって日本では刑事裁判で無罪を勝ち取るのはかなり難しいことであるという風に説明されることがある。日本の刑事裁判の有罪率が高いのをまるで大問題であるかのように語る論調があるが、これもよく考えればおかしな意見であると思う。

刑事事件で警察に逮捕されると、そのあと検察に送られて検察が起訴するかどうかを決める。当然、裁判で争って有罪にできるかどうかを判断して起訴するわけである。司法には「疑わしきは罰せず」という大原則があり、「疑わしい」というだけでは刑罰を受けることはない。「確実に(疑う余地なく)有罪である」と立証しなければいけないわけである。そうすると、当然証拠の収集等はきっちりやって、大丈夫と判断して起訴するわけで、それが有罪になるのは当然で、むしろ100%であるべきとも言える。やたらめったらとりあえず起訴されて裁判になれば、それは有罪率は下がるかもしれないが、起訴された方はたまったものではない。むしろ有罪率が100%でないことを問題視すべきだと思う。

また、我が国は欧米などから比べて失業率が低いとされているが、そこで使われる「完全失業率」とは、「労働力人口に占める完全失業者の割合」であるが、ここでもそれを鵜呑みにはできない。というのも、各国で調査の定義がさまざまであるらしく、たとえばアメリカでは、就職が決まって自宅待機中や一時解雇者も失業者に含み、イギリスなどでは、家族従業者、自営業主を労働力人口に含めないという。さらに、国際労働機関ILO基準では、就職内定者を失業者に含むが、日本は含まないらしい。となれば、単純に数字だけ比較をしても意味はない。

私は仕事で不動産の賃貸管理をしているが、空室が少ないという意味で「稼働率」を出してPRしている。しかし、自分で出しながら疑問を抱いている。というのも、稼働率は「月末時点」での「入居室数/全賃貸室数」で算出しているが、中には16日に退去したが、すぐに次の申し込みが入って翌月10日に入居したというケースもよくある。この場合、「月末基準」にすれば「空室1」であるが、「月央(15日)基準」にすれば「空室0」である。切り口によって数字が変わるのである。

また、同じ稼働でも「質」の問題はある。たとえば相場の家賃が911万円のところで、9万円で募集すればすぐに申し込みは入るが、11万円で募集すればちょっと時間がかかるのが普通である。9万円ですぐに入ってもらうのと、11万円で入ってもらうのにたとえば3か月かかるのとを比べると長いスパンで考えれば後者の方がいい。単純に稼働率が高いからといって、それだけで管理会社の実力を測るのは難しい。

金沢星稜大学が全卒業生に対する「就職率9割」を誇るといっても、「質」という意味での就職先は曖昧である。上場企業に就職する学生も多いらしいが、たとえば東大あたりでは就職するのはほとんど上場企業かそれに準じるところだろう。就職を希望しないといっても、大学院や留学などかもしれない。その結果、全卒業生に対する就職率が7割だったとしても、「就職率9割を誇る」金沢星稜大学とはその「質」においては比較にすらならないだろう。

刑事裁判においての有罪率99.9%についても、「求刑」と「判決」のギャップも興味深いところである。たとえば「求刑懲役10年」が、「判決」で「懲役7年」とかなる場合のギャップである。求刑する検察官も、たとえば必ず求刑より30%程度減刑されるのを見越して、本来求刑したい刑期の3割増しで求刑したりするような水面下の動きがあったりするのだろうかと想像してみたりする。

いずれにせよ、表面上の「〇〇率〇%」といった数字は、それが意味するところをよく考えないといけないと思う。いろいろなところでそういう数字を見かけるが、見かけの数字を単純に信じてはいけない。その裏にある意味を考えないといけない。そんなことをつらつらと読後に考えたのである・・・




【本日の読書】
 オールブラックス 圧倒的勝利のマインドセット - 今泉清 【ビジネス書大賞特別賞受賞作】哲学と宗教全史 - 出口 治明




2019年11月15日金曜日

スポーツマンの引退

いつだったか、元プロレスラーの馳浩(現衆議院議員)が、「スポーツマンに引退はない」と語っていたのを覚えている。たしか、議員転出にあたって「プロレスは引退するのか」と問われての答えだったように思う。その状況はともかく、「スポーツマンに引退はない」という言葉だけが妙に印象に残ったのである。というのも、その頃ちょうど私も30を越え、ラグビーの引退を考えていたからである。

妙に共感するところもあり、自分の中では「引退」という区切りをつけることなく、なんとなくラグビーからフェイドアウトしていった。それはいまだにたばこは普段吸わないものの、「禁煙」したわけではないのと同じである。35歳くらいまでは勤務先の銀行のチームで試合に出ていたが、その後自然に試合から遠ざかっていった。子どもが生まれ、一応子育てにも参加していたし、時間的にも肉体的にも続けるのが難しくなっていったからである。

ラグビーは肉体と肉体がぶつかり合う激しいスポーツである。試合をするからにはそれに備えてトレーニングをしないといけない。当時も大先輩が年齢に合わせたゆるやかなシニアラグビーをやっていたが、当時の私の感覚ではそんなのは邪道で、激しいぶつかりあいのないラグビーはラグビーではなく、そんな「みっともない」ラグビーなどするべきではないと思っていた。当然、そんなラグビーを自分も続けようとは思わなかったからそれでいいと思っていた。

自然とグラウンドから遠ざかり、何となく振り返ってみれば、「自分の最後の試合」はあの試合だったなぁと思うようになっていた。それは、銀行で年に一回恒例として行われていた東西対抗戦であった。その時は「引退試合」という意識はなく、振り返ってみればそうだったという感じである。だから、その時は特別な感慨も抱かなかった。人生の折り返し地点と一緒で、気がつけば過ぎていたという感じである。

それが、大学のシニアチームに誘われ、練習に参加するようになった。その時は、運動不足の解消というのがテーマで、試合までやりたいとは思わなかったが、やりだせば誘われる。断るわけにもいかずに久し振りに試合に参加したのは4年前。見事に肩を負傷した。しかしながら、やってみれば面白い。体力は衰えていたが、周りはみんな自分より年上だったし、それなりにできたのである。たぶん、傍から見れば自分が「みっともないラグビー」と思っていたような試合だったと思うが、試合に出ている立場からすると以前と変わらぬ感覚であった。「面白い」と素直に思った。

以来、高校の先輩の伝手を辿り、某他大学のシニアチームに所属し、毎週練習に参加している。試合にも声がかかれば参加している。残念ながら所属チームは60代以上が中心で、50代の私はなかなか出ることができない。しかし、いろいろなところから声がかかり、試合には折に触れて出場している。試合が終わればあちこち痛いし、打撲、擦り傷は絶えない。タックルも現役時代と同じ様に(と言っても実際には衰えているだろうが)できる。ラグビー自体、ルールも変わって進化しているので、アップデートのための研鑽は欠かせない。気がつけば、35歳の時の試合は「引退試合」ではなくなっていた。

では本当の引退試合はいつだろうか。チームの先輩は、70代の方が頑張っている。仲の良いチームには80代の方がいる。シニアの試合はパンツの色が年代で決まっている。40代以下は白、50代は紺、60代は赤、70代は黄色、80代は紫である。やろうと思えば、まだまだ先は長い。たぶん、若い人から見たらスピードも遅いし、「みっともない」と映るに違いない。特に60代以上の「赤黄の試合」になればその傾向は顕著である。だが、「いいじゃないか」と最近は思う。人から見てみっともなくても、自分が楽しいのだから。

ラグビーは肉体と肉体がぶつかり合う激しいスポーツである。しかし、人間の肉体は年齢と共に衰えていく。だから、今の自分が20代の若手と対等に試合をするのは無謀である。だが、同年代ならそうとも言えない。十分、身の丈に合った試合ができる。それに意識も変わってきている。以前は相手チームの選手に対しては、「倒すべき敵」という風に考えていたが、今は「試合をする仲間」とでも言うべき感覚である。何より相手がいないと試合にならない。時に人が足りなくて苦労することもあることを考えると、相手チームの選手であっても「仲間」なのである。

そんなわけで、当分「引退」とは無縁でいられそうである。「ラグビーができなくなったら、テニスかゴルフをゆっくり覚えよう」と思っていたが、どうやらそういう日は来そうもない。だが、それでいいと思う。16歳で出会ったスポーツを生涯のスポーツとして、これからも楽しみたいと思う。「スポーツマンに引退はない」と改めて強く思うのである・・・




【本日の読書】
 1秒でつかむ――「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術 - 高橋 弘樹 【ビジネス書大賞特別賞受賞作】哲学と宗教全史 - 出口 治明




2019年11月11日月曜日

論語雑感 里仁第四(その8)

〔 原文 〕
子曰。朝聞道。夕死可矣。
〔 読み下し 〕
()()わく、(あした)(みち)()かば、(ゆうべ)()すとも()なり。
【訳】
先師がいわれた。
「朝に真実の道をきき得たら、夕には死んでも思い残すことはない」
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 論語の中でもこれは最も有名な言葉の1つであろう。孔子にとっては、「道(=真理?)」こそが人生をかけて追及していたもので、それがわかるのであれば、死んでも悔いはないという覚悟というか心意気を表した言葉なのであろう。果たして孔子がその目的を達成したのか否かはわからないが、そういうものってあると思う。

 さて、自分にとってそういう人生をかけて追い求めるようなものって何だろうと考えてみる。もちろん、人によってそれは異なると思うが、自分のように「夢を持たないできた人間」にとっては、ハードルの高いものであることは間違いない。ただし、何となく自分で「こんな人生を歩みたい」と思っているものはある。それが生涯をかけて追い求めるようなものかと言われればよくわからないが、あえて問われればそう答えるというレベルである。私にとって歩みたい人生とは、一言で言えば「満足のいく人生」である。

たとえば自分の子供にどんな人生を送らせたいかと問われれば、やはり「(本人の)満足のいく人生」と答えるだろう。では「満足のいく人生」とはどんな人生だろうか。「何でも望むものが手に入り、何でも望むものが自由にできて・・・」と言い始めればキリがないし、現実離れした夢物語を語っても仕方がない。現実的に考えていけば、「今より少し背伸びするレベル」を目指すといったところであろうか。仕事でも家庭でも趣味の世界でも、である。

仕事でいけば、5年前に大企業を辞して中小企業に転職し、安定性という点ではまったく不安定になった。大きな客船からヨットに乗り移ったようなものと言えるだろう。嵐が来ればひとたまりもないが、その代り自分で舵取りができるので、嵐さえ凌げればエキサイティングに自由に航行できる。収入は以前から比べれば減ったが、絶対額としては悪くはない。銀行員時代とは比べ物ならないくらい自由に働けているが、会社の先行きには不安もある。これからどうなるかは、自分の腕次第である。

週末になれば、参加しているシニアチームでラグビーの練習に汗を流し、時々試合にも出る。激しいコンタクトプレーは無理だろうと思っていたが、意外と同年齢のレベルではそこそこできる。まぁ満足と言えば満足であるが、やりはじめれば今さらながらもう少し技術面でのレベルアップを図りたいと思っている。ルールも変わっているし、今のラグビーにアップデートしたいのである。できればそのあたりの指導ができる人にコーチをお願いしたいと思っているが、それがままならない。そこがもどかしいと言えばもどかしい。

贅沢を言えばキリがないが、どれもこれも今一歩の飢餓感はある。だが、それはそれでいいように思う。「これでいいや」と思えばそれ以上の進歩はない。「もうちょっと」と思っていれば、それを追い求めて少しずつ進歩できる。人から見て羨ましい人生でなくても、自分で最後に「良かった」と思える人生にしたい。できれば最後の瞬間までボケることなく意識を保っていてそう思いたい。その最後の瞬間まで「あとちょっと」を追い求め続けたい。それが折り返し地点をどこかで過ぎた自分自身の人生で追い求めたいものである。

孔子が最後に「道」を聞いたかどうかはわからないが、たぶん人生最後の瞬間まで「道」を求め続けたような気がする。「夕に死すとも可なり」という覚悟は、それほど追い求めても簡単には手に入らないものという自覚があってのものではないかと思う。自分もまだ「あとちょっと」があるし、たぶんそれがずっと続く。一歩先に行きたいと願い、一歩すすめばまたもう一歩。それを飽くことなく追及していきたい。そうして満足いくレベルに達した時、「夕に死すとも可なり」と思うのかもしれない。それは多分、人生最後の瞬間ではないかと思う。

孔子が追求した「道」は、自分にとっては「生き方」なのかもしれないと思う。昨日よりも今日、今日より明日がちょっとずつ良くなっているような生き方。しかし、言うは易しのような気もする。しかし、そういうものなのかもしれないとも思う。手に入れられそうでいて、なかなか手に入らない。それを生涯にわたって求め続けて行く。だから手に入れば、「夕に死すとも可なり」なのかもしれない。まぁ、いろいろとあるが、試練すらも楽しみつつ、自分の「道」を追求していければいいなと思うのである・・・




【本日の読書】
 1秒でつかむ――「見たことないおもしろさ」で最後まで飽きさせない32の技術 - 高橋 弘樹 【ビジネス書大賞特別賞受賞作】哲学と宗教全史 - 出口 治明