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2026年7月26日日曜日

NHK料金のハガキが届いたが・・・

 私には昔から「NHK料金については地上波分しか払わない」という信念というか考えがあって、ずっとそれを貫いている。NHKの人から見たら誠にけしからん存在であると思う。しかしながら、納得のいかないものはたとえ1円でも払いたくないと思う性格ゆえに、どうしても払う気になれないのである。地上波の意義というものは理解できる。公共放送という意義も理解できるので、見ようと見まいとテレビがある以上、NHKの(地上波の)料金を払うのは納得できる。しかし、衛星放送についてはそうではない。

 昨年、実家に戻ってきたが、我が父は衛星放送も含めて払っていた。ケーブルテレビに加入していたから、おそらく以前私の家に説明に来たのと同様のタイミングくらいで説明を受け、よく考えずに受け入れたのだと思う。それについては、新たに私の名義でケーブルテレビの契約をし直したので、NHKの衛星放送の料金支払いは止めてもらった。ケーブルテレビはケーブルテレビだけの料金を払うことにしたのである。そしてしばらくしてNHKから受信料支払いのハガキが送られてきた。

 それはよくある口座振替かクレジットカード払いを選択できるようになっているもの。「地上契約」、「衛星契約」とそれぞれ「2か月払」「6か月払」「12か月払」の料金が表示されている。地上契約だけ払おうと目を凝らして見たが、ハガキには何を選択するのかを表示する欄がない。地上契約だけ、あるいは両方もそうだが、何回払いにするかも選択する欄がないのである。ただ、口座振替かクレジットカード払かを選択できるのみである。これをこのまま送ったらどう処理されるのであろうかと困惑した。

 真っ先に思い浮かんだのは、父が12ヶ月払を選択していたため、自動的に12ヶ月払になるというもの。しかし、よく考えてみればこれはおかしい。同居しているとは言え、父と私とは別々の個人である。相続でもない限り私が父の契約を自動的に引き継ぐいわれはない。仮に私が衛星放送の料金も払おうとしたとしても、どの支払い方法を選択するのかは私の選択肢になるはずである。それすら表示されないと、いくら引き落としされるかわからないわけで、怖くて返送などできるものではない。

 いったいこの書式を考えた人はどういう意図なのだろうかと不思議でならない。このハガキを真面目に書いて送り返したら、担当者の判断でどの契約(まぁ両方の契約にするのだろう)か、どの支払い間隔にするのかを勝手に選んで請求されることになるのだろう。考えてみると恐ろしい。それでも一応確認しようと電話で問い合わせすることにした。ところが、例によって電話はつながらない。この手の問い合わせは最近どこも似たようなもので、とにかくなかなかつながらない。結局、諦めてしまった。

 この手の問い合わせに必要なのはともかく根気。電話を繋ぎっぱなしにして出るのを根気強く待つしかない。20分以上待たされたこともあったが、電話をかけたまま仕事をしてつながるのを待つのはよくやることである。しかし、今回はそこまでして電話して問い合わせする必要性を感じられず、早々に切り上げてしまった。「放っておこう」というのが今回の結論である。払わなくてもこちらに実害はない。ハガキの意図を説明されたとしてもその結論に変わりはない。

 それにしても今衛星放送ではどんな番組を放送しているのだろうか。試しに番組表を見てみたが、地上波と大して変わり映えしない眠たくなるような番組ばかりである。これで料金を取ろうという意図は何であろうか。NHKが衛星放送で我々に対して提供する「地上波とは異なる価値」は何であろうか。そう問うてみてもおそらくしっかりとした答えは返ってこないだろう。いやしくもお金を取るわけである。「公共放送」ということだけをその拠り所とするのであれば、「地上波のみで十分でしょう」と言わざるを得ない。

 提供する価値にしろ、意味不明のハガキにしろ、どこか世間というか資本主義の世の中とは別のところにNHKはいる。どうやら私が衛星放送の料金を払いたくなる日はまだまだ来ないだろうと思うのである・・・




【今週の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 蜘蛛 なぜ神で賢者で女なのか (講談社選書メチエ) - 野村育世 マスカレード・ライフ - 東野 圭吾




2026年7月19日日曜日

息子と

 かねてから予定していた通り、息子と会ってきた。「飲みにいくか」ではなく、「メシを食いにいこう」と誘ったのは、昨年の経験に基づくところである。息子の帰り道を考えて池袋で待ち合わせをする。やはり肉系がいいかと考えてそれっぽい店を選ぶ。何だかデートのようだと思わなくもない。昨年、別居して以来、何度か会っているし、LINEでやり取りもしている(なかなか既読がつかないのは、あまり優先的に見てくれていないようでもある)。息子と向かい合い、息子が選んだ牛タンを食べながら話をする。

 息子は今年、大学3年。教養課程を終えて専門課程に入っているようである。私も法学部であったが、息子は同じ法学部でも政治学科。国際政治なんかを中心に学んでいるそうだが、授業は面白いらしい。ゼミにも参加し、週7コマの授業に出ていると言う。野球も続けていて、週1回活動をしているのだとか。飲食店でアルバイトし、なかなか忙しい学生生活を送っているようである。気になるのは、就活の事。最近は早まっているらしく、その辺りも聞いてみた。

 早い者はもう2年生くらいから活動しているようで、息子は就活はまだだが、夏のインターンシップには何社か申し込んでいるらしい。私の頃は、リクルーター制度が全盛で、ラグビー部の先輩が片っ端から我々に声を掛けてくれてメシを食いに連れて行ってくれたものである。「それって人事部に繋がるの?」と息子が問う。というか、人事部の先兵となって動いていたから直結だよと答えたら驚いていた。今もOB訪問はあるらしいが、ホントに働く様子を聞くだけのものらしい。

 そのインターンシップであるが、息子は商社と海運会社に申し込んでいるらしい。もちろん、その2つの業界を志望しているということで、商社はともかく、「何で海運なの?」と聞くと、「海外で働けて給料がいいところ」とのこと。海外で働くのはともかく、海運会社は給料が低いというイメージがあったが、最近はそうではないらしい。今度海運会社に行った先輩に会ったら聞いてみようと思う。それにしても海外で働きたいという気持ちはいいと思う。

 それであれば英語力は磨いておいた方がいいとアドバイス。技術の進歩で、翻訳機も進歩するし、あえて外国語を学ぶ必要はなくなるように思うが、それでも個人的には翻訳ではなく、きちんと使えるようになることが必要だと思う。息子にはそう伝えたが、本人もそれを自覚していて、IELTS(アイエルツ)も受けるのだとか。初めて聞く言葉に2度聞してしまったが、今はTOEICではなくIELTSなのだと言う。さらにAIでスピーキングの添削をしてもらっているとのこと。偉そうにいろいろアドバイスしようと思ったら、息子の方が先を行っていた感がある。

 いつしか、場所をスタバに変え、3時間近く話をしていた。皮肉なもので、家にいた時よりもいろいろと話をしていた。彼女はまだいないとの事。今は合コンはあるのかと尋ねると、あるにあるがあまり流行りではないらしい。ここでも親父の自慢話をと思ったが空振りに終わる。と言っても、親父はもともと学生時代は空振りばかりだったので、「俺の若い頃はな」と話して聞かせるようなものはないのである。息子相手に自虐ネタもないだろうと聞き置いておいた。 

 こうして息子と2人の時間を持てたことは、家を出たことの1つのメリットかもしれない。「離婚する」という話も「好きにすれば」という反応。このあたりは子供が大きくなってからの方が影響は少ないだろうと改めて実感する。「夫婦ではなくなっても親子の絆は一生だからな」と最後に加えておいた。また改めてこういう場を設けたいと思う。1つ難しいのは、息子とは気軽に会えるが、娘とはどうしようかと考えてしまうこと。話題は続くだろうか、そもそも誘ったらきてくれるだろうか。美味しいもので釣れるかもしれないが、会話は難しいのではないかと不安になる。

 それはそれであるが、やはり親子の絆は永遠。子供達とこういう大人の会話の場はこれからも設けていきたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 蜘蛛 なぜ神で賢者で女なのか (講談社選書メチエ) - 野村育世 スターリン:独裁者の新たなる伝記 - オレーク・V・フレヴニューク, 石井 規衛



2026年5月20日水曜日

改めて印鑑について思う

 昨年、我が社では社内の書類に関して原則捺印不要にした。もう役所でも印鑑不要となってきており、印鑑の意味を考えて「やめるべし」となったのである。それ以前は、入社時に総務部で印鑑を預かり、必要に応じて社内文書に限り「代印」していたのである。それに何の意味があるのかと異を唱え、印鑑廃止に至った次第である。その他、社内稟議の電子化もあり、印鑑を使う機会は少なくなっている。とは言え、まだ社内には一部「紙」の回覧が残っており、それに対する専用の(日付の入った)承認印は使っている。

 そもそも印鑑の意味は何かと考えると、広く世の中では「実印」と「銀行印」とが「本人確認」という意味の不動の役割を担っている。本来はそういうものだろう。なのでいわゆる「認印」にはあまり意味がない。我が社でも認印を預かって総務部で必要に応じて「変更届」などに代印していたが、本人が押さないものに何の意味があるのか。例えばトラブルになった際、「自分で認めたでしょう」とは言えない。否、書類を本人から提出を受けた時点で本人も認めているわけであり、印鑑のあるなしは関係ない。廃止も当然である。

 我が家では(だいぶ認知能力が衰えた老親ゆえに)、銀行印が見当たらないと言う父に母が「そこにある印鑑を持っていけば」と言っていたが、何の印鑑でもいいというわけではないのは当然である。取引の最初に銀行に届けることによって、「その銀行でのみ」本人が確実に(例えば出金などの)意思表示として行為したという証になる。認印では「本人の行為」と銀行も言えない。実印は役所に登録することによって国がそれを認め、正式な証拠として「印鑑証明書」を発行してくれる。

 そうした本人確認以外に本来印鑑の意味はないはずである。印鑑がない場合、よく指紋を押すことがあるが、これの方がまだ「本人確認」の証にはなるが、どこでも手に入る三文判にはまったく押す意味はない。最近は郵便物の受取に印鑑を求められることが少なくなってきたが、我が家では長く玄関の靴箱の上に受け取り用の印鑑を常備している。しかし、それだといざ(届けた、届いていないという)トラブルになった時、「受取印があるから手渡した証拠だ」という抗弁になるのだろうかと思ってみる。たぶん裁判になったら勝てないのではないかと思う。「その印鑑はうちのではない」と言われればそれまでであるからである。

 仕事で迷うのは社判だろう。我が社には「実印」「銀行届出印」「角印」とがある。「角印」はいわゆる認印であり、気軽に押している。しかし、「実印」と「銀行届出印」については押した記録を残している。しかし、本来「銀行届出印」は銀行取引だけに使用すべきものだが、角印では何となくかっこつかない時に(そして実印を押すほどではない時に)押している。いつも疑問を感じつつ、それでもうまい解決策を思いつかないまま現状を続けているが、考えれば考えるほど迷ってしまう。

 我が国最初の印鑑と言われる「漢倭奴国王」印以来、我が国には印鑑文化が根付いている。それは悪いことではないと思うし、個人的には欧米のサイン文化よりいいと思う。しかし、どうも「認印」だけは意味がわからず、悶々としてしまう。個人的には実印と銀行印と認印とを持っている。初めて手にした自分の印鑑は、高校の卒業記念にもらったもので、何か大人になった気がしたものである。それを銀行印にし、今もそれ以外には使っていない。

 実印を作ったのは社会人になってからで、母が知り合いか何かに頼んで作ってくれたものである。「象牙と木製(材質は忘れてしまった)とどっちがいい?」と聞かれて木製を選んだのである。当時まだ象牙取引は禁止されていなかったが、何となく象の事を考えて嫌だったため木を選んだのである。それは今でも実印として利用していて、考えてみれば使ったのは車を買う時と家を買う時、そしてそのためのローンを組んだ時、それと役員になった時くらいで、あまり使用していないなと改めて思う。

 実印も銀行印も使う機会は少ないものの、持っていたいとは思う。昨年引っ越した時も印鑑登録の変更は忘れずに行った。自分のアイデンティティの1つであると思う。認印も唯一、仕事では役に立っている。取締役会の議事録などには自分が手元で管理している認印を使っているが、それは唯一、「自分が間違いなく押した」と「自分でわかる証」としてである。数えてみれば印鑑は全部で4本ある。世の中的には意味のわからない認印ではあるが、自分としてはそれにきちんと意味を持たせつつ、押す機会が少なくなろうと、意味を持って印鑑を使い続けたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 人を動かす 改訂文庫版 - D・カーネギー, 山口 博 逆説の日本史: 大正暗雲編 対華二十一箇条と尼港事件の謎 (29) - 井沢 元彦 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史




2026年5月10日日曜日

ストレスと生きる

“なぜ生きるか”を持つ者は、ほとんどあらゆる“どう生きるか”に耐える
ニーチェ
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 最近、ストレスを多く感じている。その正体はなんとも言えない不安だったり不満だったりする。なぜ人はストレスを感じるのであろうかと思う。逆に言えばストレスを感じない時とはどんな時なのか。概して楽しい時にはストレスを感じない。ストレスを感じる時は楽しくない時と言える。どんな時に楽しくないのか。よくよく考えてみると、それは「物事が自分の思い通りに行かない時」と言えるのではないかと思う。ストレスとは、物事が思い通りに行かないことに対するもどかしい感情と言えると思う。

 ストレスの代名詞とも言えそうなのは「仕事」である。だいたい、人は仕事で疲れが溜まり、ストレスを抱えるのではないかと思う。それはなぜかと言えば、「思い通りに行かないから」ではないかと思う。自分が過去ストレスを感じた時を思い起こしてみても、そんな時がほとんどであった。求められる成果がなかなか上がらない。上司からはそれを責められる。わかっちゃあいるけど、そんなに簡単にできたら苦労はしない。言うだけなら誰でもできる。上司ならどうしたら良いのか示したらどうなのか、自分でやってみれば良いじゃないか。そんな思いが交差する。

 逆に思い通りに行っていればストレスなど微塵も感じない。上司も何も言わないし、ボーナスもアップするし言うことはない。「仕事が楽しい」と思えるのもそんなノーストレスの状況だからである。やるべき事が目の前に山積し、成果を上げなければならないというプレッシャーがかかる状況下では、サクサクこなして成果を上げられる見通しがあるのでなければストレスが過大にのしかかるかもしれない。以前、外資系の金融機関の人と一緒に働いていたが、2月に次期の契約が更新されるか否かでピリピリしていたのを思い出す。

 最近、仕事ではなかなか思うように行かないことが増えてきている。自分1人だけでやれるものであればいいが、すべて1人でやるわけにも行かない。社長の意向で他の人に任されたりすることもあるし、社長が自らやる事になったこともある。それが元々自分がやり始めたことであれば尚更で、ついつい口出ししたくなる。それをグッと堪えるのもなかなか精神的に大変である。しかし、世の中は他人と関わり合って生きていくものであるし、仕事はなおさらである。自分の考え方と他人のそれと違うことはよくある事だし、そこで自分が折れれば思い通りに行かない事の出来上がりである。

 家の中でもストレスはある。老親と同居して半年。記憶力も衰えた老人の行動はなかなか忍耐無くしてはいられない。我々なら当たり前にできる事が、だんだんとできなくなっていく。家の中では「ゴミ箱にゴミを捨てる」という簡単なことすらできず、そこいらに置いたまま忘れてしまう。洗濯物も、洗濯したまま忘れてしまう。せっかく昼食に用意したものを食べず他のものを食べて私の献立計画を蹂躙する。文句を言えばお互いに気分は悪いし、言わなければストレスが溜まる。それでも結局、言わずに黙っている方を選択する。それが波風を立てない唯一の方法である。

 表面的に波風は立たないが、心の中は穏やかではない。ストレスになるのを防ぐには、ひたすら心の中を平静に保つしかない。年初に「鏡心」を意識しようと誓ったが、鏡のように心を穏やかに保つのである。うまく行かなくてもそれが当たり前。世の中のことはみな思い通りに行かないもの。そう思って心を穏やかに保つしかない。結局、ストレスとは「外で起きている出来事」そのものではなく、「それをコントロールしようとしてできない自分の内側」の問題だと言えるかもしれない。思い通りにならないという事実とそれも仕方がないと受け止める心である。

 例えば自分が新たに採用されて入社したばかりと想像すると、自分に任されない仕事でもそういうものだと思えば心に波風は立たない。そういう想像はよくやっている。親も3歳の子供だと想像すると腹も立たない。そうして心を穏やかに保つ事がストレスをストレスと感じないでやり過ごせる秘訣なのかもしれない。周りの人は私がストレスを感じている事などわからない。それは心の中の問題であるから。であれば心の中で解決するしかない。明日からまた新しい週が始まる。心穏やかに「鏡心」を意識して過ごしたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 全体主義の起原2 新版――帝国主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大島通義, 大島かおり 人を動かす 改訂文庫版 - D・カーネギー, 山口 博 逆説の日本史: 大正暗雲編 対華二十一箇条と尼港事件の謎 (29) - 井沢 元彦 豊饒の海 第二巻 奔馬 (ほんば) - 三島 由紀夫 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史





2026年4月29日水曜日

昭和の日に思う

 最近、日時も曜日もわからなくなってきた我が両親。日付の確認はもっぱら新聞に頼っている。特に最近は家にこもりがちであり、祝日の今日、父を誘って散歩に出かけた。ちょうど先日オープンしたドンキ・ホーテを覗いてみたいという気持ちもあったので、父を誘ったのである。祝日とあって商店街は行き交う人たちで溢れていた。父は何でこんなに人が多いのかと驚く。「今日は昭和の日で祝日だから」と教えると、納得したよう。そして今日が4月29日であることを確認すると、「4月29日と言えば昔は天皇誕生日だったよな」と呟く。そういう記憶はあるんだと感心する私。

 確かに、私にとっても4月29日は「天皇誕生日」という印象が強い。かつての昭和天皇の誕生日である。それが昭和天皇の崩御によって「みどりの日」となり、現在の「昭和の日」になっている。まぁ、祝日であることには変わりないので何でもいいと言えば何でもいい。かつて「天皇誕生日」であった頃、私が小学生の時であったが、天皇という存在に反発を抱いていたのを思い出す。ある日の食卓で、「天皇陛下は働いていないのに皇居に住んで贅沢をしてずるい」と言ったのを覚えている。「働かざる者食うべからずだ」と。両親はそれを否定しようとしたが、私を納得させることはできなかった。

 と言っても、両親が説明下手ということだけでなく、偏狭な私を納得させることは今の私でも難しかったかもしれない。今では天皇陛下には公務があるし、国事行為が煩雑なほどあるのを知っている。外国との友好親善のための語学や教養も必要だし、とてもではないが、「働かざる者」どころではないだろう。それに四六時中ある意味の監視下にあり、自由に友達と飲みに行ったり、海外旅行はおろか国内の温泉にすら気楽には行けないだろう。確かに庶民と違って飢える心配はないだろうが、では代わりたいかと問われたら、即座にNOと答えるだろう。

 先日、NHKの番組「映像の世紀」で、昭和天皇を前後編に分けて放映していた。皇太子時代の1921年に欧州歴訪し、イギリスの国王ジョージ6世と会い、立憲君主の心得「君臨すれども統治せず」の薫陶を受ける。以来、これを心掛ける。しかし、張作霖爆殺事件の処分をめぐって時の田中首相を叱責し、内閣解散を招く。以後、「君臨すれども統治せず」の原則を守り、軍部の進める大陸侵攻に異を唱えなくなったという。もしも、陸海軍の絶対的統帥者として自らの意に軍部を従わせて暴走を防いでいたら、日本の歴史は大きく変わっていただろう。

 小学生の私はそんな経緯などつゆ知らず、共産党系の人たちと同様、「天皇の戦争責任」を問う気持ちを強く持っていた。無知というものは恐ろしいものである。敗戦によって軍部の勢力は一掃され、日本は平和国家になった。それはそれで良かったと思うが、もしも昭和天皇が絶対権力を駆使して軍部を押さえていたら戦争は起こらなかったかもしれない。しかし、それでは軍事国家としての体制が残るというのも危険だったという意見がある。しかし、ファシスト政権であるフランコのスペインが枢軸国側で参戦しなかったことで難を逃れ、平和的な民主国家に軟着陸した例もあり、日本もどこかで軟着陸したような気もする。

 そんな想像をしてみるも、「外圧」でしか変われないのも我が国の特徴であり、そうはならなかったかもしれない。そうなったら、今でも東大より陸軍士官学校を出ることが男子の最高の名誉という世の中だったかもしれない。それは天邪鬼で反発心の強い私だから、生き難い世の中だっただろう。父と散歩しながらそんな夢想に思いを馳せてみたのである。だんだんと遠のいていく昭和。あとどのくらい父と散歩できるかわからないが、2人で過ごしたそんな昭和を引きずりながら、また2人でそぞろ歩きしたいと思うのである・・・


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【今週の読書】
 全体主義の起原2 新版――帝国主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大島通義, 大島かおり 精神の考古学 - 中沢新一 豊饒の海 第二巻 奔馬 (ほんば) - 三島 由紀夫 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史





2026年4月16日木曜日

トイレ掃除

 実家に戻って以来、週に1回家の掃除をしている。老齢の両親にもはや掃除の能力はなく、私がやっているが、平日にそれをするゆとりはない(世の働く主婦もそうなのだろうかと思ってみる)。それでも部屋に掃除機をかけ、トイレ、風呂、洗面所と水回りも含めて一通りやっている。改めて思うが、自分自身、トイレ掃除をしている自分の姿など若い頃には想像もできなかった。やれと言われても嫌悪感が先だっていただろう。しかし、今は嫌悪感はまったくない。それは自宅だからという事もあるが、自宅でなくても(少なくとも公共トイレではなく住宅用であれば)同様である。これは実績があるので断言できる。

 そもそもトイレ掃除に抵抗がなくなったのは、前職の時である。銀行から社員10名の小さな不動産会社に転職し、長年の赤字体質を改善すべく、文字通り最前線に立つことになった。まずは余計な経費を見直すことから始めたが、そこで気づいたのが貸している部屋の外注管理費。これを内製化できれば経費はかからない。社内を見回せば社員はみなあくせく働いているわけではなくゆとりがある。そこで外注をやめて自分たちで直接管理することにした。そうすると、賃貸に出していた部屋が空いた時、ルームクリーニングをしなければならなくなったのである。

 社員にはルームクリーニングの経験者もいるし、主婦という強力な潜在力を持った者もいた。そこで自分たちでルームクリーニングをやる事になった。もちろん、私も参加する。言い出しっぺであるし、率先垂範しないと「人に嫌なことをやらせる」だけのリーダーになってしまう。そして始めるにあたり、まずは役割分担であったが、当然ながら誰もやりたがらないのがトイレ。さすがの主婦も「よその家は・・・」と躊躇した。そこで私が引き受けることにしたのである。ここは自分がやらないと、内製化も軌道に乗らないだろうと思ったのである。

 結婚して驚いたことの一つは妻がトイレ掃除をする姿。便器を抱くようにして隅々まで拭き掃除をする姿に感動すら覚えたのである。しかし、自分ではやったことがない。主婦の社員や経験者にあれこれと聞きながら取り掛かった。やってみればそれほど抵抗感はない。そしていつしかルームクリーニングでは、バス・トイレは私の担当に(ワンルームマンションでは一体になっていることから必然的に風呂も担当することに)なったのである。1つの転機になったのが、あるワンルームマンションのクリーニングであった。そこは独身男性が長年暮らした部屋であった。

 女性であれば違ったであろうが、男は掃除をしなくても平気なところがある。ましてやトイレ掃除をやである。20年以上暮らしたであろうその期間に、おそらく掃除などしていなかったのであろう。便器の元の色はベージュ色だったが、中はどす黒く黒ずんでいた。私もそれを見て躊躇した。クリーニングではなく、リフォームで便器を交換しようかと考えた。しかし、そこでリフォーム費用とその後貸して稼ぐ家賃収入とを計算し、クリーニングすべしと経営面から判断し、覚悟を決めた。かなりに時間を費やして便器に手を突っ込みゴシゴシ汚れをこすり、最終的にはベージュ色の便器に戻した。

 仕上がりを見て、自己満足に浸る。あれだけ汚れた便器をここまできれいにできたことに自分でも驚いた。そしてトイレを掃除することに抵抗感はまったくなくなった。トイレ掃除によって得られる効能を説いた本(『掃除道』)を読んだことがあるが、著者の考え方がよく理解できた。と言っても、『掃除道』の著者のように中国の公共トイレを素手できれいにするほどのレベルには程遠い。そんな達人レベルとはいかなくても、掃除そのものに対する抵抗感はなくなったし、(たとえ共同のであっても)トイレをきれいに使おうとする意識も芽生えたのは大きな変化であった。

 ルームクリーニングでバス・トイレ掃除担当の仕事は、最後に会社から追い出されるまで続けた。社員のみんなはそれについて何も言わなかったが、たぶん自分がやらされなくても済んでいたことについては満足してもらっていたと思う。賃貸経営では「退去→クリーニング→入居」というサイクルをいかに早く回すかは重要である。当時、退去連絡が入ると、すぐにクリーニングの予定を入れ、その翌日から募集に入れていた(写真が用意できる部屋は退去の翌日から)。みんなは私が言い出すまでクリーニングなどやらなくて済んでいたのに、積極的に協力してくれた。それには私がトイレ担当を引き受けたことも影響したのではないかと密かに思っている。

 トイレ掃除は仕事でも私生活でも私の意識を変化させたし、仕事でも一定の成果はあったと思う。少なくとも「言うだけ」「口だけ」の役員ではないと思ってもらえたと思う。今は実家のトイレ掃除だけであり、よそのトイレまで掃除しようとは思わないが、意識の変化は自分自身良かったと思っている。息子も結婚したら自分の家のトイレぐらい掃除するように意識をもっていければなどと考えている。私にはできなかったが、「夫婦仲良くいつまでも」を実現できるかもしれない。

 あらためてトイレ掃除にはそんな効能があるのだと思うのである・・・


まだキレイな部類に入る

【本日の読書】
 全体主義の起原2 新版――帝国主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大島通義, 大島かおり 西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか (単行本) / エマニュエル・トッド (著)+[販売店ノベルティー]2024年11月8日発売 国際政治地政学世界情勢日本分析社会教養歴史背景解説思考法実用書 C線上のアリア - 湊 かなえ 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史




2026年2月15日日曜日

婚活に思う

 この週末、珍しく時間に余裕があって、何気なくTVerでやっていた「ザ・ノンフィクション」という番組を見てしまった。その回のテーマは「結婚したい彼と彼女の場合 令和の婚活漂流記2026」というもの。見始めたら面白くて前後編見てしまった。内容はタイトルの通りで、結婚したいと結婚相談所を通じて婚活をする31歳の男性の姿を追うものであった。31歳と言えば私が結婚した年である。そこに登場する男性は、おそらく女性と付き合った事がないのだろうと思われるが、涙ぐましい努力をしている。

 彼には結婚アドバイザーの女性がついており、そのアドバイザーは力を込めてサポートしていく。それには厳しい現実も伝えないといけない。介護職についているその男性に年収370万円は、結婚相談所に登録する男性の平均400〜500万円よりも下であることを告げ、服装や髪型を直させ、お見合いの結果を厳しくフィードバックする。男性もそのアドバイスに素直に従う。転職して年収を上げ、髭脱毛までする。年上で自分よりも年収の高い女性には、家事はすべて自分がやって支えるとまで宣言してアプローチする。それでも男性は相手から選ばれない。

 見ていてその努力に感心するものの、何となく違うように思えてならなかった。彼は相手の女性に合わせようとするばかりで、何か芯に自分というものがないように感じられたのである。もちろん、女性アドバイザーのアドバイスも大事であるが、私だったら脱毛などやらないし、転職も婚活のためならやらない。その昔、「優しい人が好き」という女性の言葉を受け、優しくしてもその女性から好かれることはなく、逆にその女性は全然優しくない男を好きになってしまったりするという話を聞いた事がある。それと似ている。

 彼は結婚相談所で紹介された女性から軒並み「いい人」という評価を得ている。しかし、「いい人」は褒め言葉ではあってもその言葉の裏には「それ以上ではない」という意味が隠れている。思うに彼に必要なのは、「自分はどういう男なのか」という確固たる信念であろう。仕事も年収は低いかもしれないが、こういう考えがあって生き甲斐を持ってやっているという意思が伝われば問題にはならないと思う(それを問題にするような相手ならこちらから断れば良い)。相手に好かれようとするばかりで、自分はどういう人間なのかがないように思えた。

 その昔、決していい男とは言えない友人が私の知人の女性といつの間にか婚約していて、驚いて尋ねた事がある。その友人は、自分はこれまでも女性にモテる事はなかったし、これからもその自信はないが、これと決めた女性だけなら落とせる自信はあると語ってくれた。それは自分の人生を賭けて口説くからだという事であった。それは決して相手に合わせるという意味ではない。その信念で猛アタックして口説き落としたそうである。私も若い頃は決してモテた方ではなく、むしろ枕を涙で濡らした経験の方が多いが、その考え方には共感している。

 私もプレイボーイのようにどんな女性でも口説き落とせるという事はなかったが、本当に惚れたたった1人の女性ならかなりの確率で口説き落とせると思う。それは一時ベッドを共にするのではなく、生涯を共にする女性である。まぁ、それはさまざまな経験を経てきた今だから言える事で、若い頃にそういう考え方が持てていたら私の人生も違ったものになっていたかもしれない。結婚前の時間に戻れるのであれば、その言葉を証明してみせられるのにと思う。つくづく、人生ってうまくいかないものだと思えてならない。

 番組に登場した男性が今後良縁に巡り会えるかどうかはわからない。番組の放映には間に合わなかったが、いい人そうだっただけに努力が実ればいいなと思う。仮に結婚したとしても、私のように別居という結果になるかもしれず、結婚生活はその維持も難しいと思う。それでも結婚したこと自体に後悔はないし、番組の男性も望んでいるのであれば結果はともかくとして結婚を目指すのはいいと思う。人のこともさることながら、自分の老後をどうするか。それをこれからじっくりと考えたいと思うのである・・・


ANURAG1112によるPixabayからの画像


【今週の読書】
 全体主義の起原2 新版――帝国主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大島通義, 大島かおり  誤解を招いたとしたら申し訳ない 政治の言葉/言葉の政治 (講談社選書メチエ) - 藤川直也  架空犯 - 東野 圭吾  万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史



2026年1月18日日曜日

歯医者にて

 先週末、久しぶりに歯医者に行った。夕食の最中、突然昔詰めた銀歯が取れてしまったためである。歯医者に行くのは久し振りで、たぶん30年近く前に行ったのが最後だと思う。個人的に医者自体あまり好きではないが、中でも歯医者はその最筆頭であり、最も行きたくない医者である。迷った末に、「詰めるだけなら大丈夫だろう」と思い切って予約を取ったのである。30年近く前と言ってもその時は親知らずを抜いた時で、虫歯の治療では小学生の時が最後である。今回取れたのもその時のもの。50年近く前の詰め物である。

 予約したのは職場の近くの医者。それでもとネットで「名医」と検索して探すところが自分でもいじらしいと思う。ちなみに、親知らずを抜いた時は、最初の時が一番大変でこりごりしてやはり本屋で「名医」を探して行ったのである。そうしたら噂にたがわず簡単に抜いてくれて感動的であった。ただ、それは抜きやすい上の親知らずということもあったが、下の歯もスムーズに抜いてくれた。その時、虫歯も見つかったのだが、「痛くなったらくればいいよ」と言っていただいた。その考え方も「名医」に相応しいと思う。

 さて今回であるが、受付で渡されたのがタブレット。そこにいろいろと情報を入力していく。情報を手軽に管理するという意味では現代的である。内部は白で統一されていて清潔感あふれている。完全予約制と謳っており、患者は少ない。必要以上に待たされることもなく、見込んでいた1時間もかからずに終わった。予約はかなり埋まっていたが、合理的なシステムだと思う。担当は若い女医さんで、若干の不安が頭をもたげる。よく観察すれば何人も医師がいる。「名医」は嘘だなと思うももう遅い。

 ネットの情報も玉石混交であり、よく「◯◯ベスト10」などがある。地方に出張に行った時にお土産やラーメン屋などを検索する時に必ず出てくる。こういうサイトはアクセスを稼ぐ目的だったりするから気をつけないといけない。お土産やラーメン屋ならともかく、「名医」は何を持ってそう判断しているのかわからない。住所だけで掲載しているのかもしれない。1人医師の歯科医ならまだしも、何人も医師がいる医院では全員が名医というわけではないだろう。「痛くなったらくればいいよ」というような医師こそが名医だと個人的には思うが、そんな医師はいるのだろうか。

 さて、若い女医さんだが、軽く診たあと、レントゲンを撮りましょうという。なんで歯に詰め物をするだけなのにと思うも、そこは指示に従う。そのデータに基づいて丁寧に説明してくれるのだが、気になった他の歯の状況も見てくれたようである。穿った見方をすればそこで悪い歯を見つけて治療を促すのかと言えなくもない。そして治療。なぜか麻酔をしてくれる。それも注射器ではなく、ハンドガンのようなタイプのもの。「痛くない」というのを徹底しているのだろうか。

 今は銀ではなくプラスチックのようである。なぜプラスチックになったのか、そもそもなぜ銀だったのかは興味深いところである。医療も進歩しているのでプラスチックもいいのだろう。その場で簡単に終わったので加工のしやすさというところもあるのかもしれない。例によってドリルで削られたが、記憶に残っているような嫌な音をけたたましく立てるものではなく、静かであった。麻酔のせいか痛みもそれほどでもなく、なんとか治療も無事終わった。

 終わってホッとしていると、女医さんに歯石が溜まっていますと告げられる。そういえば治療中、関係のないところをいじってくれていた。「酷かったところをとりあえず綺麗にした」ということであった。確かにそれも大事なのかもしれない。やってもいいかなと思ったが、虫歯の存在を指摘された。そして「次に治療しましょう」とのこと。それはあの名医が「痛くなったらくればいいよ」と言ってくれたところ。まだ痛くならないから放置しているのである。

 医師として間違ってはいないが、正解ではないと思う。「論語と算盤」ではないが、「医師と算盤」なのかもしれない。丁寧でいい先生だとは思うが、まだ「名医」の域には達していないなと1人思う。個人的にはこれからもあの名医の先生の言葉に従おうと思うのである・・・



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【今週の読書】
 全体主義の起原2 新版――帝国主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大島通義, 大島かおり 日航123便墜落事件 四十年の真実 - 青山透子 潮音 第一巻 (文春e-book) - 宮本 輝  万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史



2025年11月6日木曜日

オンラインショッピング雑感

 オンラインショッピングは誠に便利で、私も最近はほとんどオンラインで買っていると言っても言い過ぎではないくらいである。ただ、オンラインショッピングの難しいところは、現物を確認できないところである。注文したものが届いて開けてみたところ、イメージとは違うという事も少なくない。現物を買う前に手にしていたら間違いなく買わなかっただろうというケースもある。それにまだイメージとは違う程度ならいいが、詐欺だったりすると目も当てられない。そこをどうリスク回避するかは悩ましいところである。方法としては、「割り切る」か「手を出さない」かしかない。

 メルカリなどC to Cとでも呼べそうな個人間のものはやはり警戒してしまう。私は基本的にやらないことにしている。「手を出さない」の選択である。非売品なら別であるが、少し安いくらいであれば事業者から買うようにしている。非売品でどうしても欲しければ「割り切る」だろう。損しても後に気持ちの上でしこりが残らない金額に抑えて「割り切って」買うのである。「割り切る」のもいいもので、例えば最近よく目にするtemuは、商品が驚くほど安い。どうやら中国の業者であるが、そのために安いのだろう。気になるのでいくつか買ってみたが、最初は全額損する覚悟で割り切って購入したのである。

 そうしたところ、やはりモノによって失敗もあったが、概ね安いからOKというレベルであり、これはこれで良いと思う。ワイヤレスイヤフォンなどは、しばしば耳から落ちてしまうので基本的に買わないつもりだったが、あまりにも安いので「割り切って」買ったところ、特に問題もなく快適である。なので今では部屋で音楽を聞く時の専用にしている。これなら落ちても問題はない。もちろん、髭剃りなどは「安かろう悪かろう」の典型だったが、安いし割り切った上なので失敗感は感じないで済んでいる。ストレスなく買い物できているのでまぁ良しである。

 年末には最近おせちを注文している。これまでは実家の両親のためであったが、今年はそれに私も加わる。あちこちいろいろなおせちを試しているが、今年はジャパネットたかたのおせちを頼むことにした。量も内容もよさそうで、価格は19,980円。定価は29,980円で、「10,000円お得」だという。20,000円とするよりも20円下げて1万円台にするのは価格戦略としてよく知られている。わずか20円でも確かに2万円よりも気持ちの上では抵抗感が減る(でも消費税を入れると結局2万円超となるのであるが・・・)。それにしても気になるのは「10,000円お得」の部分である。

 1万円もディスカウントする理由は何か。通常、定価よりも値引きするのは、売れ残りを処分したり、福袋のように特別なケースで赤字覚悟で限定的にサービスしたりするものである。しかし、おせち料理などは上記のケースに当てはまらない。否、ジャパネットは大概この「10,000円お得」のようなものばかりである。最初から「10,000円お得」とは何かと疑問に思う。数量限定というわけでもなく、明らかに最初から19,980円の値付けで考えているとしか思えない。ならジャパネットの「定価」とはいったい何なのか。

 価格の決め方には、「原価積上げ方式」という原価に利益を乗せたものを定価とする方式があるが、最近はマーケットの売値から逆算して考える方法が一般的らしい。ジャパネットも当然「19,980円」という売値を最初から決めて内容(原価)を考えているはず。ならばなぜ最初から「19,980円」としないのか。それはやはり安さを印象付けるためなのだろうと思う。もちろん、まったく根拠もない話ではないと思う。それなりに内容物から考えて説明できる価格を「定価(29,980円)」としているのだろうとは思う。ただ、最初からその価格で売ろうと考えていない「価格」というだけである。

 だからといって顧客を欺くあざとい戦略というものでもないと思う。通販という性格上、現物を実際に見せて売ることはできない。どうやってアピールするかと考えると、「内容盛りだくさんでもこの価格」と印象付けるためには、「定価(に見合う価値)よりも10,000円も安い」と訴えるのは理に適っていると思う。買う方としても期待はするが、万が一(実物を見てがっかりする)のことは想定している。何回かのトライ&エラーは覚悟の上である。過去数年、楽天で選んだり、郵便局のものを選んだりしているが、まだ「これはいい」と継続的に頼みたくなるものにあたっていないだけである。ジャパネットのもイマイチだったらまた他のを探すだけである。

 これも「割り切る」と言えば言えるが、ジャパネットだけに丸々損することはないだろう。購入価格に比べて釣り合うかどうかが判断基準となるが、そこは信頼できるのではないかという気がしている。何にせよ、「ポチっ」で買えるのはありがたい事である。temuなどはいろいろなものがあるのでついつい見入ってしまう。安いから失敗しても後悔はない。一方、ジャパネットはそこまでの覚悟をしなくてもいいという安心感がある。食事の配達も実に便利である(Uber Eatsはもうやらないが)。今は本当にいい時代だと思える一つの理由は間違いなくオンラインショッピングだと思う。

 これからも「割り切って」買い物していきたいと思うのである・・・


GemmaによるPixabayからの画像

【本日の読書】

全体主義の起原 新版(1) ハンナ・アーレント  一度読んだら絶対に忘れない生物の教科書 - 山川 喜輝  菜食主義者 新しい韓国の文学シリーズ - ハン・ガン, きむ ふな





2025年10月2日木曜日

たばこの効能

 健康診断を受けたが、なんと3項目で「要再検査」とされてしまった。ご丁寧に紹介状も3通送られてきた。実に手厚く手回しがいい。便潜血はもう毎年要再検査であり、昨年と今年内視鏡検査を受けて異常なしだったので、もう慣れっこである。腸は何かあっても時間がかかるので、2年に1度内視鏡検査を受けていれば大丈夫とは再検査を受けた専門医のお話。したがって無視する事にした。そのうち初めて指摘されたのが「肺の影」。肺の影と聞くと、すぐに肺がんをイメージする。さすがにこれは急いで再検査を受けに行った。

 職場近くの総合病院に予約を取り、さっそく向かう。最近では総合病院に紹介状なしで行くとそれだけでお金を取られる(この病院は7,000円)。混雑緩和と町医者の支援等の意味合いがあるのだろう。初診受付で診察カードを作成する。今はどこの病院もこのカードを使って受付や支払いを行うようになっている。人手不足の解消にも役立っているのだろう。そして再検査のCT検査の結果、肺の影は薄れていて癌ではないだろうという事になった。一応、念のために2か月後に追加検査して様子を見ましょうとなった。

 実は検診で指摘されて以来、一応タバコは「休煙」している。私も「自分は大丈夫」という根拠のない自惚れをするほど愚かではない。年齢的には気がつかないところで細胞レベルの劣化が進んでいる事だろうし、そういう考えもあって万が一に備えて休煙する事にしたのである。そうして診察に臨んだが、担当医からは案の定、禁煙を勧められた。最初の問診でタバコの履歴を詳しく聞かれた。それこそ17歳の時に遡ってである(回答はうやむやにしたが・・・)。長い休煙期間を経て再開したのが4年前である。

 再開したと言っても、健康意識はあるし、何より世の中は30年前よりタバコを吸い難くなっている。社内も禁煙であり、道路も歩きタバコは良識的に控えたい。結果、会社から歩いて3分の喫煙所に通っている。その結果、吸いたくても「わざわざ」吸いに行くのが大変で、喫煙本数も1日数本になっている。言ってみればライトスモーカーであり、健康的にも問題ないと考えていた。診察していただいた担当医の「今も吸っていますか?」という質問に、「今回の結果が出るまで休煙中です」と回答したところ、案の定、禁煙を勧めてくる。

 まぁ、医者というものはとにかく禁煙しろと言うものだろう。「タバコは百害あって一利なし」と言ってくる。しかしながら、私からすれば「一利なし」とは言えない。現に私が再開したのは、それまで傾いた会社を立て直し、これからさらに業務を拡大しようとしていたところでいきなり社長に会社を売ると言われ、退職を要求された時期である。自分では何もせずに見ていただけなのに(まぁ私に全権を預けるという決断はしてくれた)、会社が立ち直って価値を生み出したところで「引退するから会社を売る」と言われて頭にきていた時である。

 怒りとその後どうするかという不安。住宅ローンは残っているし、息子はこれからまだまだ教育資金がかかる。そんなストレスの中でタバコが吸いたくなったのである。バカバカ吸っている人にとってはどうかはかわらないが、私の場合は吸うときは歩きタバコなどせずきちんと味わって吸う。紫煙を燻らせる瞬間、神経が弛緩してリラックスできる。要はストレス緩和である。少なくともそれは間違いのない効果であり、「一利」である。リラックス効果は人によって違う。そのリラックス効果は間違いだとは他人に言うことはできない。

 人によってはそれが酒だったりするのかもしれない。ドラマかもしれないし、ケーキかもしれない。何でもそうだが、過剰摂取はなんであれよくないが、適度であれば問題はないだろう。しかし、担当医は「1本でもダメ」と言う。それが医学的に正しい答えである事は素人でもわかる。ただし、ヘビースモーカーがすべて癌になるわけではないし、タバコを吸わなければ癌にならないわけではない。人それぞれの体質次第だろう。私がどうかはわからないが、実際に悪くならない限りは「1本でもダメ」とは言い切れないというのが私の考えである。

 医者としては「1本でもダメ」と言っておけば間違いはないのだろうが、そういう「全部ダメ」スタイルだともう意見を聞こうとは思わなくなる。担当医と話ながら、議論しても無駄と感じた。私にとってはリラックス効果もバカにできないところがある。健康第一であるが、だからと言って禁欲生活をしてまでとは思わない。そのあたりのバランスを考えたいと思うが、医師が相談相手にならない以上、自己判断でやるしかない。どうしてもこの手の「〇か×」思考に嫌気がさす。

 もしも担当医が「1日数本に抑え、3カ月に1度検査を受けながら吸ってみたら」と言うのであれば、私はその医者を心から信頼するだろう。まぁ、CT検査は時間も取られるし、費用も取られるからそう言われても実際は面倒である。ただ、「〇か×」思考の医師よりも信頼できるという話である。医学的に正しい事を言うだけでなく、患者の言い分を聞いて、そこに一定の気持ちを認め、ではどうしましょうと一緒に考えてくれる医師であれば大いに信頼したい。再検査で医師と話しながらそんな事を考えた。

 医者としては一々そんな手間暇などかけていられないのだろうとは思うが、今回の対応を通じて理想の医者ってどんな人なのだろうと考えたのである・・・


AlexaによるPixabayからの画像

【本日の読書】
全体主義の起原 新版(1) ハンナ・アーレント  戦争の思想史: 哲学者は戦うことをどう考えてきたのか - 中山元  星を編む - 凪良ゆう







2025年8月21日木曜日

お盆に思う

 お盆と言えば、東京では7月だが両親の実家のある長野県では8月である。子供の頃、東京の自宅で母が迎え火を焚き、部屋にはお供えを飾り、送り火を焚いて一連の儀式を終えた。ご先祖様が戻ってくるという話を聞き、「どんなご先祖様なのだろうか」と想像を膨らませたものである。そして夏休みに入り、母に連れられて里帰りするとまたそこでもお盆であり、子供の頃はそういうものだと思っていた。お盆がなぜ全国一律同じでないのか。考えてみればおかしいのであるが、子供心にはそういうものだと素直に思い込んでいて不思議には思わなかった。

 なぜ東京と長野県ではお盆の時期が違うのか。調べてみれば、それは明治期に時の明治政府が旧暦から新暦に切り替わった当時、これを徹底させようとしたため、そのお膝元であった東京やその周辺の地域、都市部などは令に沿って対応せざるを得なく、新暦7月15日にお盆を行なうようになったと言われているそうである。何となく東京は地方出身者が多く、7月をお盆とすると里帰りできないから8月にしたのかという気がしていたが、そういう経緯があったようである。

 迎え火を焚いてご先祖様をお迎えし、来るときはきゅうりの「馬」で早く来ていただき、帰りは送り火を焚いて茄子の「牛」でゆっくり帰っていただく。子供の頃は家で母がしっかりやっていたが、就職して家を出てからはそんな事をする事もなく(寮生活だったからそういう事を1人でやる事はなかった)、結婚してからは私も妻もそういう事は念頭になかったから一度としてやった事はない。それゆえ、ご先祖さまも我が家には来ていただいた事はない。当然、子供たちもそういう習慣を家で経験していないのでこの先もする事はないだろう。

 考えてみれば、豆まきはやっている。子供も小さい頃は元気よく「鬼は外!、福は内!」とやっていた。クリスマスにはクリスチャンでもないのにツリーを飾っている。豆まきよりもクリスマスよりもお盆の方が重要な気もするが、なぜ私も妻もそういう事をやらなかったのか、考えてみればおかしい。豆まきもクリスマスも子供にとっては遊び心が満たされて楽しいからかもしれない。そう言えば祖父母の家に行くと祖先の写真が飾ってあったが、我が家にはない。そうしたところから「祖先」に対する思いも違うのかもしれない。

 さらに考えてみれば、母方の祖母は私が生まれる前に亡くなっている。母にとっては自分の母親であり、また、母の祖父母も亡くなっていたから、祖先とは自分の身近な家族という思いがあったのかもしれない。逆に私には最後に祖父が亡くなったのは30歳の時であり、祖先とは会った事もない人たちという感覚がある。そういう意味では我が家の子供たちはまだ祖父母が3人健在である。実際に身近に接していた祖父母であれば、もう少し死者に対する思いも違っていたのかもしれない。

 映画『リメンバー・ミー』は、メキシコの「死者の日」の祝祭を背景にしたものであったが、ところ違えど一年に一度亡くなった祖先が帰ってくるというコンセプトは同じである。調べたわけではないが、同じような行事は他の国、地域にもあるかもしれない。亡くなった身内に会いたいという思いは万国共通だろうし、目には見えないけど帰ってくると思いたい気持ちから始まったのだろう。ただ、お盆に祖父母の家に帰るのは、「祖先が帰ってくるから」という事で家族が集まるのは理解できる。しかし、東京の家には祖先も来たことがないわけであるし、何となくしっくりこないものがある。

 そういう理屈はともかく、亡くなった親族を思う気持ちは私にもある。私には産声を上げることなく亡くなった姉がいるというし、30歳の時になくなった祖父との思い出は多い。ただ、そういう気持ちは「来てもらう」よりも「こちらから行く」気持ちが強い。なので墓参りの方が気持ちが入りやすい。結婚した年の夏休み、妻を連れて墓を守る伯父の家にはよらずに(結婚の報告のため)祖父母と姉の墓参りをしたものである。目に見えぬ祖父が家に来るというよりも、物理的に骨が埋まっている墓の方がしっくりくる。

 いずれにせよ、亡くなった親族を弔う気持ちは私にもあり、実家に行けば両祖父母の仏壇にご飯を供えて線香を立て、手を合わせる。お盆でなくても毎週やっている。来るとか来ないとかではなく、両祖父母に対する気持ちから抵抗なくやっているが、個人的にはそれでいいと思う。亡くなった者に対する気持ちは、送り火やきゅうりと茄子という形でなくても十分あるし、それでいいのではないかと思っている。この先もお盆の行事をやる事はないだろうが、だから祖先をないがしろにしているというつもりはない。

 実家の母はこの頃認知能力があやしくなり、今年のお盆は迎え火は焚いたが、送り火は焚来忘れたと嘆いていた。きゅうりの馬と茄子の牛はどうでもいいらしい。「まだ帰っていないならそれでもいいんじゃない」と慰めたが、大事なのはどう思うかである。亡くなっても折に触れて思い出す事が供養のようにも思う。子供の頃、お盆で祖父母の家に親戚一同が集まって賑やかだった。少子化も進んでそういうお盆は少なくとも私の親族ではなくなっている。ご先祖様は寂しいかもしれないが、両祖父母とは実家の仏壇を通じて繋がっていると考えたいし、それでいいと思うのである・・・


jinsoo jangによるPixabayからの画像

【本日の読書】

 ビジュアル図鑑 昆虫 驚異の科学 - デイヴィッド・A・グリマルディ, 丸山 宗利, 中里 京子 カラー図説 生命の大進化40億年史 中生代編 恐竜の時代ーー誕生、繁栄、そして大量絶滅 (ブルーバックス) - 土屋 健, 群馬県立自然史博物館  片想い (文春文庫) - 東野 圭吾