現在の会社に来て、何か自分なりの存在感を示そうといろいろ考えていたが、その一つがM&Aであった。裾野が広がってきたM&A市場であり、我々のような中小企業でも買収できる可能性はある。そんな中で、主として中途採用が難しい中、「採用」という点でM&Aはできないかと探索の輪を広げ、そしてとある一社と出会った。その会社は創業から40年以上を経過し、高齢の社長が年齢的な限界から引退を考え、後継者を探すも見つからず、どこか経営を任せられるところはないかと、会社を売りに出したのである。
そこで私の目に留まり、交渉開始。他にも競合はいたようであるが、なんとか競争を勝ち抜いて我々が買収することになったのである。競争に勝ち抜くために、私もどうしたら勝てるかを考えた。単純に「高い値段をつける」という方法が一つ。しかし、資金力のない我々にはなかなか難しい。となると、次に買収後にしばらく顧問料という形で何年か支払うという実質的な値上げ。そんな腹案を抱いて交渉に臨んだのであるが、結局のところ我々が買収することになった。我々が選ばれた決め手は「社員を大切にしてくれそう」という点であった。
買収価格も募集条件のまま。顧問料もリーズナブルなレベル。引き継ぎの意味も込めて1年間顧問としてきてもらっていたが、真面目に協力していただき、1年後に安心して退任された。我々としても満足し、初めてのM&Aは成功して今でもグループ企業の一社として黒字を継続している。当然ながら、その会社にいた社員にも満足してもらっている。三方良しではないが、売り手も買い手も従業員も皆喜ぶ結果に終わり、私も鼻高く思うところである。
しかし、そこで思う。私自身が、前職では売られる側で、売られると同時に首を切られたことを。前職では高校の先輩が社長をしている会社に請われて就職し、6年連続で増収という実績を主導し、最後は最高益を達成した。もともと経営力のない社長で、会社は赤字まみれであったが、数々の施策が奏功し、1億4,000万円を超えていた累積損失も一層した。最後は代表取締役副社長に指名され、金融機関からの借入に個人保証まで差し入れて会社のために奮闘したが、最後の1年間、社長は密かに会社の売り先を探していたのである。
そして突然の発表ととにも翌月末で全員の解雇が言い渡された。買い手が「社員はいらない」と言っているというのがその理由であった。我々には一応1社、再就職先が斡旋されたが、当然給料の保証はない。私など役員であったから年収は半分以下の提示。さらに退職金は全員一律雀の涙である。突然の話に社員は皆戸惑い、私は代表取締役副社長という立場で社長と交渉し、適正な退職金の支払いと再就職の猶予期間の延長や支援を要請したが、結局満たされることはなかった。社長にとって大事なのは「自分がいくらもらえるか」だったのである。
2つのM&Aはどちらも引退する社長が会社を売ったものであるが、社長の従業員に対するスタンスは180度違う。「いくらもらえるか」を一番に考えた社長と、「社員を守ってくれるか」を考えた社長とのスタンスの違いは経営のポリシーからくるものだろう。経営者は会社を経営して金儲けをするものだし、会社のオーナーとして売ったお金はすべて手にするものである。しかし、その過程で社員を使っているわけであり、自分に支えてくれた社員をどう扱うかは、経営哲学の世界である。「金が大事」な社長にとって、社員とは「金儲けの道具」としか映っていなかったのであろう。
結果的に、私は合法的に子会社を他の社員の協力を得て取得し、本来は社長が手にするはずであった子会社の資産をすべて手に入れてみんなと公平に分配した。せめて事前に相談してくれていたら、私も社長の引退に全力で取り組み、結果的に社員が十分な退職金を手にした上で最後に社長が手にするお金も増やせていたと思う。欲張り爺さんは最後に損をするものであるが、どうやら子供の頃に童話から学ぶことはなかったのだろう。恨みというより哀れさの方が今では優っている。
会社を売るM&Aは、そこで働く社員の生活をも左右する。私自身会社経営者ではないが、「自分だけ良ければいい」という事はしたくないと思う(やられたらやり返すが・・・)。世の中、いろいろな経営者がいるが、特に中小企業は経営者のモラルが大事であると思う。対照的な2人の経営者から自分としてのあり方も考えさせられるいい経験をしたと思うのである・・・

0 件のコメント:
コメントを投稿