89歳になった父は最近物忘れが激しくなってきた。これが認知症なのかどうかはわからない。会話は普通にできるが、とにかく記憶が続かない。一晩寝ればすべて忘れてしまうし、下手をすると一晩どころか数時間ということもある。最近はお金がないので銀行から下ろしてくると言って出掛けて行ったが、銀行で手続きを断られ、「息子さん(私だ)に聞いてください」と言われたらしい。「お前何をしたんだ」と怒る親父。しかし、以前から「印鑑をなくした」「キャッシュカード」をなくしたとしばしば銀行に行き(それらはすぐに見つかるのだが)、銀行の方でも親父の顔を覚えてしまい、「いい加減にしてほしい」となり、私が今後は責任を持つと伝えていたのである。
通帳も印鑑もカードもどこかに置き忘れたのかすぐになくしたと言い、もはや本人に管理能力はない。そこでこっそり私がカードだけ管理しているのだが、通帳と印鑑はいまだ見つかっていない。その都度、「印鑑はどうした?」「なくした」「それではお金が下ろせない」という会話を毎日繰り返している。翌日になるとまた同じ会話を繰り返すので、私も辟易している。以前『手紙は憶えている』という映画を観たが、主人公はやはり認知症を患っていて、一晩寝るとみんな忘れてしまうのであった。そこで毎日手紙を読んでやるべき復讐を思い出して行動するというものであった。
私も手紙を書いて渡したが、本人は読もうとしない。なかなか現実は映画のようにはいかない。今ではそんな父であるが、中学を卒業して友人とともに上京して入ったのが印刷工場。以来、印刷工として70歳まで働く。途中から自営業に転じたが、真面目一筋でやり通した印刷人生である。最初は丁稚奉公の世界で、朝の6時から夜の12時まで働かされたそうである。徹夜も頻繁にあったらしい。最初の6か月で体調を崩して帰郷。今で言う適用障害だったのだろうと思う。昭和20年代の後半の話である。けっして裕福にはなれなかったが、親からの支援もなく東京に出てきて借金もなく引退できたのも真面目な仕事ぶりゆえだったのだろう。
引退後は趣味の写真に没頭し、そのためにパソコンを憶えて写真の加工をし、写真だけであれば私よりもパソコンを使いこなしていた。しかし、今ではもうやる気が出ないとパソコンも処分し、カメラもしまわれたままである。毎日テレビを見て過ごしているが、もともと映画が好きだったから(その影響で私も映画好きである)せめて映画を観ればとケーブルテレビの見方を教えたが、その映画も内容が難しい(と言ってもアクション映画だ)と言う始末。それも自分でチャンネル操作ができないので私がいないと観ることができない。年とともに気力体力が衰えていくのはよく聞くが、こういう事なのかと思う。
自分もいずれ仕事を引退する(できれば70歳まで働きたい)が、それ以降はのんびり毎日を暮らしたいと思う。しかし、いずれ父のように認知能力が衰えていくのだろうかと思ってみる。毎日映画を観て、それをブログにまとめ、徒然なるままに思うことをブログにしたいと思うが、いずれそれを「どうでもいい」と思うようになるのだろうか。父の姿はいずれ確実に来る自分の姿なのだろうか。自分はそうはならないと思うが、こればっかりはわからない。毎日同じことを聞いて息子にうざいと思われるのだろうか。年老いて人生を終えていくのは避けられないとしても、美しくありたいと思う。
私の場合、すでに血液の病気が発覚している。もうろくするまで生きられない可能性もあるが、もうろくするまで長く生きて老いさらばえるのが幸せなのか、その前に病死するのが幸せなのか難しい問題である。同じ年の母は、腰が曲がり、病院通いは欠かせず、記憶力は親父とどっこいどっこい。しかし、「まだ死にたくない」と言う。「もういつ死んでもいいし、早く死にたい」と言う父とは対照的である。女の方が寿命が長いのは、こんなところにも現れているのかと思ってみたりする。温泉に誘っても喜んでついてくる母と、行きたくないという父とそこでも対照的である。
自分が父と同じ年になったら、どうなっているのだろうか。医学の成果で同じ年まで生きられたとして、そのことにまずは感謝しないといけないだろう。その上で自分の状態が昨日のことを覚えて居られるであれば、そのことにも感謝しよう。できるだけ子供たちを煩わせることは避けたいと思う。おそらくその思いは両親も同じだろうが、現状は現状で仕方あるまい。遠く離れてやきもきするしかない人もいるだろうが、私は一緒に暮らしている。それもありがたいことである。できないことを嘆くのではなく、良かったことを意識したい。親父の記憶には残らずとも、一緒に過ごす1日1日を大切にしたいと思うのである・・・

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