【原文】
子曰、歲寒、然後知松柏之後彫也。
【読み下し】
子曰く、歳寒くして、然る後に松柏の彫むに後るるを知るなり。
【訳】
先師がいわれた。「寒さに向うと、松柏の常盤木であることがよくわかる。ふだんはどの木も一様に青い色をしているが」
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いざ厳しい状況になると、人間の本性が現れるというのはよくあることである。最初にそれを実感したのは中学生の時であった。当時、仲の良い友達と一緒に通学していたのだが(それもわざわざ遠回りしてその友達を迎えに行っていたのだ)、ある朝友人が遅れいつもより時間が遅くなってしまった。当時、その中学ではチャイムが鳴り終わると門を閉ざされて遅刻になってしまう。大丈夫かなと不安に思いながら急いで行った。当時(今も)、私は足が早く、いざとなったら1人でも間に合う自信はあったが、その友人は足が遅く気掛かりであった。そしてあとちょっとのところでチャイムが鳴り出した。
その距離であれば十分間に合うし、私の脳裏を一瞬過ったのはその友人のこと。しかし、次の瞬間、その友人は脱兎のごとく駆け出していた。私は不意を突かれた事もあって遅れを取ったが、自分だけ先に走り出した友人に幻滅を感じたのである。せめて「急ごう!」とでも声を掛けてくれたら良かったのだが、その友人には自分の遅刻のことしか頭にないようだった。私は余裕で後からスタートしたが、なんと後ちょっとというところで友人の持っていたカバンの蓋が開いてしまい、道路に中身をぶちまけてしまったのである。拾っていた友人は遅刻し、私は遅刻を免れた。
その時、もしも「急ごう!」と声を掛けてくれていたら、私は遅刻を覚悟して友人がカバンの中身を拾うのを手伝ったかもしれない(わからないけど)。ただ、自分のことだけしか考えていなかった友人にバチが当たったと感じたのは事実である。ひょっとしたら、私は足が早いから大丈夫だとその友人は考えたのかもしれないが、今となってはわからない。ただ、その時私は友人の一種の「裏切り」を感じたのは事実である。それ以外では、6年前であろうか。前職時代の社長の話である。
その社長には親の代から家族ぐるみで付き合っていたとある企業の社長がいたが、その社長が証券取引法違反で逮捕されるという事件が起こった。その瞬間に、前職の社長はその方との付き合いを絶ったそうである。私はその話を前職の社長から直接聞いて呆れてしまった。逮捕されたと言っても刑法犯ではない。経済犯ならいいというわけではないが、それでも家族ぐるみで付き合ってきたのであれば、困難にあってはその方の家族を励ますなりの友情を示してもいいのではないかと思ったのである。それを社長はスッパリと関係を絶ってしまったとのこと。調子の良い時には集まり、都合が悪くなれば去っていく。自分はそんな人間にはなりたくないと思ったものである。
人はともかく、自分はどんな環境にあっても常に同じ態度でいたいと思う。学生時代の友人知人たちとは、学生時代と同じように付き合いたい。卒業してからだいぶ経つと、何やら自分より遥かに偉くなってしまった後輩や、逆に冴えない境遇の先輩もいる。しかし、先輩は先輩、後輩は後輩として学生時代と同じ態度で接したいと思う(今にして思えば、後輩に対してあまり横柄に振る舞っていなかったのは幸いである)。
松柏とは、「四季に緑を保つ常磐木(ときわぎ)の総称。転じて、節を守って変わらないこと、また、変わらずに永く栄えることのたとえ」とされる。「永く栄える」のは難しいが、「節を守って変わらない」ことは私の望むところでもある。そういう自分であり続けるところで常盤木のようにありたいと思うのである・・・
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| 준원 서によるPixabayからの画像 |
【本日の読書】

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