2026年7月15日水曜日

論語雑感 郷党第十 (その3)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
君召使擯、色勃如也。足躩如也。揖所與立、左右手。衣前後、襜如也。趨進、翼如也。賓退、必復命曰、賓不顧矣。
【読み下し】
きみしてひんせしむれば、いろ勃如ぼつじょたり。あし躩如かくじょたり。ともところゆうすれば、ゆうにす。ころもぜん襜如せんじょたり。はしすすむに、翼如よくじょたり。ひん退しりぞくや、かなら復命ふくめいしていわく、ひんかえりみずと。
【訳】
君公に召されて国賓の接待を仰せつけられると、顔色が変るほど緊張され、足がすくむほど慎まれる。そして同役の人々にあいさつされるため、左右を向いて拱こまねいた手を上下されるが、その場合、衣の裾の前後がきちんと合っていて、寸分もみだれることがない。国賓の先導をなされる時には、小走りにお進みになり、両袖を鳥の翼のようにお張りになる。そして国賓退出の後には、必ず君公に復命していわれる。「国賓はご満足のご様子でお帰りになりました」
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 接待という事を考えてみると、振り返ってみるとこれまであまり苦労した経験がないなと改めて思う。それはそもそもそういう機会がほとんどなかったからとも言える。銀行員時代からお客さんと酒席をともにする機会がなかったわけではない。それなりに回数はあったが、どちらかというと「接待される」方であり、銀行は営業店にいると、やはり接待するよりされる方が多かったと記憶している(今はどうかわからない)。そういう接待の場では主賓は支店長であり、私はお供であったから「傍に侍る」だけで良かったことがほとんどであった。

 それでも銀行というところは立場が微妙で、お客さんとより親しくなるという意味では酒席も必要なのであるが、あまり過度な接待になると「癒着」にもなりかねず、その匙加減が難しいものであった。どちらかというと、「接待」というより「ちょっと飲みに行きましょう」というレベルが多かったのも確かである。規模の小さい中小企業となると、「気を遣う支店長」よりも実務的に「頼れる担当者」の方が気楽だったかもしれず、私もちょくちょく「ちょっと飲みに行きましょう」というお誘いを受けることも多かった。

 銀行員時代の前半はそうした支店勤務だったが、途中から不良債権担当がメインになると、接待の機会はなくなった。それはやはり「癒着」のリスクを避けるためである。それでなくても銀行はお金を扱う微妙な立場。「接待したのに融資してくれなかった」と言われても困るし、「接待したから融資してくれた」と言われても困る。お中元、お歳暮も気を遣う業態である。それが接待の機会が少ない理由でもあると思うし、個人的にはそれが良かったと思っている。正直言って、接待はするのもされるのも苦手であり、できれば避けて通りたいところである。

 接待とまではいかなくても、仲の良いお客さんとは個別に酒席をともにしたこともある。その時は先方も「気を遣う支店長がいないところで気楽に飲みましょう」という意味合いであった。接待には気を遣うと言っても、親しくなったお客さんとの「お付き合い」が必要なのも事実である。応接室で話をするのもいいが、飲みに行けばプライベートの話をしたりしてより親しくなるのも事実である。それが「情状融資」などにつながればまずいが、担当レベルではそれほど大事にはなりにくい。そういう「お付き合い」もしばしばあった。

 記憶に残っているのは、最後の支店勤務で親しくなったとある社長さん。社長1人、事務員1人の小さな企業で、銀行としては接待対象になるような取引先ではなかった。支店長らの関心も薄い取引先であったが、資金需要はしばしばあり、私がこまめに対応していた。相手の社長さんからすると、それがありがたかったらしく、他にも取引銀行はあるようだったが、最後はほとんど一行先のようになっていた。転勤になり挨拶に行くと残念がられ、こっそりと「韓国に行きませんか」と誘われた。目的はエステでも買い物でもない。

 今はどうかはわからない。当時は韓国に行くと「エスコートサービス」のようなものがあり、女性が24時間エスコートしてくれるものだったらしい。もちろん、費用は全額社長持ちである。支店勤務時だとまずいというのは社長も理解していたようで、転勤時にはと考えてくれていたらしい。非常に魅力的なオファーだったが、新婚ではなかったものの、結婚して2〜3年目くらいの身で気が引けてお断りした。今誘われたら喜んで行くところだが、思い出すと残念に思う。ただ、それだけ喜んでいただいたのは事実であり、他の銀行よりも良いサービスを提供できたことは誇らしく思う。

 銀行を離れたあともそれほど接待とは縁なく過ごしている。唯一、昨年取引先の銀行から接待されたくらいである。銀行から接待されるという事は、1つには「前向きの取引先」であるという事がわかる。問題先であれば酒席をともなう接触は避けるものである。先方は地域統括の責任者がホストであったが、目的は「親睦」であった。銀行の接待用施設を利用してのもので、部屋は個室であり、それなりの高級感もあって好感を与えるという意味では接待の意味は大きい。ただ、やはりこちらも気を遣うのは確かであり、頻繁に招かれたいというものではない。

 考えてみれば、接待は飲食を伴う「儀式」であると思う。本来的にお付き合いであり、楽しむものではない(少なくとも楽しむのは二の次だろう)。楽しみたいと思うから大変なのであり、仕事と割り切ればそうではない。今の立場だと接待とは(する方もされる方も)縁がなさそうである。それはそれでありがたいと思う。「親睦を深める」「取引深耕を図る」等接待にはいろいろと目的があるだろうが、個人的には韓国に誘っていただいた社長さんのように、仕事の成果を評価してもらえるようなものがいいと思う。それが目的ではないが、常にそういう仕事をする意識で働きたいと思うのである・・・




【本日の読書】
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