2011年5月2日月曜日

風評被害について思う

出身高校の財団法人では短期交換留学制度を設けている。
今年の夏休みには、ドイツから交換留学生を受け入れる予定である。
ところが、今回は予定が流動的だ。というのもドイツの留学生たちの一部の親が、日本行きを不安視して子供たちの出発を迷っているらしいのである。

原発問題ゆえであるが、福島に来るわけではないし、と東京に住む身では思うが、遠いドイツの国からすると(東京福島間の)200キロの差なんてないに等しいのかもしれない。
逆の立場に立って考えると、彼らの不安も良くわかる。もしも原発事故がドイツであって、自分の子供がドイツに行くとなったら、やっぱり不安に思うだろう。何かあっても遠く離れていて自分は何もできないとなれば、やっぱりGOサインを出すのは迷うだろう。
震災後の1カ月間で、53万人の外国人が出国したらしいが、それも無理もない話だ。

今回の原発事故で風評被害が広がってるという。
せっかく苦労して作った農作物が出荷できないとか根拠もなく売れないとかなると、農家の人たちも誠にお気の毒としか言いようがない。
被害は国内のみに限らず、海外にまで及んでいるようである。
しかしながら、「必要以上に警戒しすぎる」とその矛先を消費者に向ける論調には、いかがなものかと思わざるをえない。消費者側からすれば当然の自衛行動だからだ。

そもそも供給側にはこれまで様々な問題があった。
産地偽装や消費期限の改ざんなどの問題はまだまだ記憶に新しい。
そんな悪質な例外でなくても、農薬問題だって農家は自分たちの食べる分と出荷する分と(農薬量を)分けて作っているという話だって聞いた事がある。
今回の原発事故で、出荷停止を無視して農作物を出荷していた農家の事がニュースで報じられていた。そんなのはたぶんほんの一部の話だ。
だが、問題はそのほんの一部がどれなのか、消費者にはわからないという事だ。

わかったとしてもそれで安心できるか、という問題もある。
つい昨日は、焼き肉チェーン店で出されたユッケを食べた子供が、食中毒で死亡したとニュースでやっていた。こんなのは防ぎようがない。
せいぜい安売りの焼き肉チェーンには近寄らないという事しかない。
我が家では子供たちには念のためペットボトルの水を飲ませているが、宇都宮餃子ツアーでは、各店舗で出された水は、そのまま飲ませるしかなかった。

そういう消費者の立場からすると、「君子危うきに近寄らず」は賢明な措置だ。
あれは良い、これはダメというのも限界がある。
ちょっとでも不安に思うものは全部避けるというのが賢明な策だ。
スーパーで同じ野菜が並んでいたら、福島から遠いところのものを選ぶのは当然だ。
それを非難されても、改めないといけないとは思わない。

そもそもこうした自衛手段は、極めてまっとうな方法だ。
例えば私も初めて知ったが、献血では渡英歴があると献血ができないのである。
過去に起こったBSE問題に対する措置らしいが、目立たないところでこんな事をやっているのである(英国人が知ったら風評被害だと言うだろうか)。
もちろん、個々に良い悪いはあるだろうが、そんな事をチェックするのは大変なのだろう。
だから「まとめて全部ダメ」としているのだ。日本赤十字社でも堂々とやっている方法だ。
個人がやって悪い事ではない。

風評被害とは消費者の無知に起因するものではなく、あくまでも供給側の問題だ。
本当に被害を受けている人たちにとっては誠に気の毒であるが、その責任は消費者にはない。
「信用とは、信じても用心する事」とは私の好きな言葉だ。
今の世の中、残念ながら手放しで信じられるほどの安心社会ではない。
自衛策として絶対必要だと思うのである・・・


【本日の読書】
「ルポ貧困大国アメリカⅡ」堤未果
「カッコウの卵は誰のもの」東野圭吾

     

2011年4月30日土曜日

宇都宮餃子ツアー

ゴールデン・ウィークである。
子供のいる家庭では、なかなかのんびりまったり家で過ごすというのが難しい。
年々存在感が薄くなる一家の大黒柱としては、やる気のなさを見せるわけにはいかない。
というわけで、ゴールデン・ウィーク前半3連休中日の今日、我が家は宇都宮へ行ってきた。

この時期出かけるとなると憂うべきは渋滞。
ところが原発問題で東北方面は行く人も少ないだろうと考えたのだ。
天の邪鬼の本領発揮である。
そこで出てきたアイディアが宇都宮餃子ツアー。

実は、まだ子供たちが生まれる前の11年前、やはりゴールデン・ウィークに妻と二人で行き、いつかまた行こうと話していたのだ。
子供たちもそこそこ大きくなったし、行列に並ぶ事もできるだろうと決めた次第である。
読み通り道中渋滞もなく、出発から2時間ほどで宇都宮市内に入る。

11年前は滞在8時間で4軒食べ歩いた。
移動と食べるので1時間、並んで待つのに1時間、だいたい2時間で1軒のペースだ。
ちなみに我が家の奥様は、食べる事にかけては貪欲。
このくらいのペースはなんでもない。
今回もそんなイメージでいた。


まず向かったのは、「みんみん」。
たぶん宇都宮餃子では一番有名な店だ。
本店前にはすでに列ができている。
約40分ほど待って、最初の餃子にありつく。
ちなみにここで食べたのは、焼き餃子と揚げ餃子である。

私はもともと餃子はそんなに好きな方ではない。
しかし、宇都宮の餃子はそんな私でもうまいと思う逸品が多い。
家族4人満足して次の「めんめん」に向かう。
「めんめん」は餃子専門店ではないが、肉汁たっぷりの餃子は美味の一言に尽きる。
本日一番の美味であった。ちなみに家族で注文したのは、焼き餃子4皿である。

次に向かったのが、『来らっせ』という、いわば餃子パーク。
11年前にはなかった。
「龍門」、「さつき」、「幸楽」、「みんみん」と4種類の餃子が食べられる。
1皿ずつオーダーして食べ比べ。
見事にみんな味が違う事に、娘が感動。
「みんみん」は未体験の水餃子に挑戦。
ここでは「幸楽」の餃子が、ほんのり甘味があって一番の美味。
娘の「本日の逸品」に選ばれた。

途中本屋に寄ったり、宇都宮城址公園で遊んだりしたが、夕方「正嗣」で焼き餃子を食べ、〆は再び「めんめん」で各々夕食を取った。
食いしん坊の母娘は大満足。
長男は2件目でギブアップしたものの、娘は親と同じ量を食べた。
食べる事に対する情熱を、もうちょっと抑えてもいいんじゃないかと、父親としては将来がちょっと心配な我が娘である。

帰りの車中はいびきとげっぷと寝言の大合唱。
たぶん、関係ない人が乗り込んだら鼻をつまんだに違いない。
帰りも渋滞なくスムーズに帰宅。
なんとなく人通りが寂しかった宇都宮市内。
各餃子店舗も予想したほど混んでいなかった。
震災の影響だとしたら、今日の我が家は宇都宮市の消費に少し貢献できたはずだ。
これも復興支援だと、餃子臭い息を吐きつつ記すのである・・・


【昨日の読書】
「カッコウの卵は誰のもの」東野圭吾

      

2011年4月27日水曜日

ウルトラセブン

我が家の6歳になった長男は、今ウルトラマンシリーズにハマっている。昨年あたりから興味を持ち始めたのであるが、今やすっかり仮面ライダーにとって代わっている。

しかし今は新しいシリーズもないし、テレビで見る機会はなく、もっぱら雑誌などで見るだけであった。中でもお気に入りなのがウルトラセブンだったが、なんとケーブルテレビでウルトラセブンの全話がまとめて放映された。全49話をすべて録画し、長男と週末に少しずつ見て楽しんでいる。子供の頃何度も再放送を見たものであるが、大人になって改めて見てみると、また違った印象を持つものである。

第1話ではウルトラ警備隊のメンバーが紹介される。
貫禄のあったキリヤマ隊長は38歳。
思わず「若いじゃないか」と思ってしまった。私よりも8歳も若い。
もともとずんぐりしていて老け顔だから、今見てもとても30代には見えないのであるが、まあ地球防衛軍の最前線、ウルトラ警備隊の隊長として日夜宇宙人の侵略から地球を守る役目としては、考えてみれば適度な年齢だ。

アマギ、ソガ両隊員は24~25歳。
大学卒としても「若過ぎるだろう」と思ってしまうのだが、軍隊でも最前線の兵士は20歳前後だからまあいいのかもしれない。
そのソガ隊員だが、現在多岐川裕美の旦那さんだというのは、ちょっとしたトリビアだ。

ストーリーは大人になって見ると、粗が目立つ。
無理やり30分の枠に収めているからか、突っ込み所満載だ。
それはともかくとして、どきりとするようなストーリーもあったりする。
第6話「ダークゾーン」で登場するのはペガッサ星人。
高度な文明を築き、生まれた星を出て宇宙空間に都市を作って移動している。
その都市が推進機の故障で地球の軌道に入り込んでしまう。
このままだと衝突して大惨事となる。

ここで地球防衛軍は宇宙都市ペガッサの破壊を決める。
子供の頃は(我が家の息子もだ)、気にもしなかったが、これは大変な事だ。
自らが生き残るために、一つの文明を滅ぼす事は許されるのかという問題だ。
まさにサンデル教授が取り上げそうなテーマではないか。
さすがにそのまま破壊したのでは、教育上よくないと思ったのか、番組ではウルトラ警備隊が破壊する前にペガッサの人たちに地球に移住するように呼び掛ける。
(しかし結局応答がなく、破壊してしまうのである)

それを見ていて、もしも相手が応答してきて、「お言葉に甘えて」移住すると言ってきたら本当に受け入れるのか、とパパは一人でブツブツとつぶやいてしまった。
(何人来るのだ、どこに受け入れるのだ、何を食べるのだ・・・)
息子はもちろん、夢中になって見ていてそんなパパの悩みは知る由もない。

あれはウルトラホーク1号で、α号、β号、γ号に分離するんだぜ、とかカプセル怪獣は3体いるんだぜ、とかこちらも昔覚えた知識で解説してやる。
目をキラキラ輝かせて聞き入る長男に、かつての自分を思い浮かべてみる。
たぶん、ウルトラセブンだから親子一緒に見られるのだろう。
その他だと私も一緒に見るのは苦痛かもしれない。

まだまだ見始めたばかり。
これから週末はしばらく長男とテレビの前に陣取ってあれこれ話の花が咲く事だろう。
その昔テレビの前に一人座って夢中になってウルトラセブンを見ていた記憶がある。
いつか長男も大人になって同じように思い出す時がくるだろう。
その時、長男の記憶の中では隣に親父がいてくれるだろうか。
そうであれば良いだろうな、と思うのである・・・




【本日の読書】
「ルポ貧困大国アメリカⅡ」堤未果
「ザ・ベロシティ 製造業・起死回生のシナリオ」ディー・ジェイコブ/スーザン・バーグランド
   
   

2011年4月23日土曜日

キャンディーズ

元キャンディーズの田中好子さん死亡というニュースが駆け巡った。
年齢的にもそんな事が考えられるわけはなく、私も例にもれずショックだった。
なんでもキャンディーズのCDに注文が殺到しているらしいし、中高年の元ファンも数多くいるのだろう。かく言う私もその一人だ。

ちょうど小学校の高学年から中学にかけての頃だった。
いわゆる『アイドル』に夢中になったのは、キャンディーズが最初だ。
キャンディーズが載っている雑誌を買ったり、ポスターなどのグッズを集めたが、それらは今でも実家のどこかに眠っているはずだ。サイン入りのハンカチは、いまでもタンスのハンカチ入れの底に未使用のまま置いてある。

当時は年齢的にもコンサートに行ったりするところまではいかなかった。
だからもっぱらテレビで声援を送っていたクチだ。
特にドリフの「8時だよ、全員集合!」は、キャンディーズも常連だったので一石二鳥で観ていたものである。というかひょっとしたらこの番組を観ていてファンになったのかもしれない。

小学校の中学年くらいまでは西城秀樹が好きだったのだが、年齢が上がり私の目も異性へと向いて、その先にキャンディーズがあったのかもしれない。3人の織りなすハーモニーは耳触りが良く、母親などは顔をしかめていたが、今でも聞いて違和感はない。最近はYoutubeで昔の映像を見られるので、キャンディーズも時折見る中に入っていたのである。

好きな曲を3つ選べと言われたら、「哀愁のシンフォニー」、「アンドゥトロワ」、「やさしい悪魔」だろうか。どちらかと言うと、前期の元気な歌よりも後期のちょっと大人びた雰囲気の歌が私の好みだ。のちに映画「結婚しようよ」を観ていて初めて知ったのだが、「アンドゥトロワ」、「やさしい悪魔」は吉田拓郎の曲であるから、納得である。

引退した日は、当時恒例行事だった長野県の御代田にある従兄弟の家に遊びに行っていた。
ニュースでさよならコンサートの様子を見て、行けなかったのが本当に残念だったのを覚えている。のちにやっぱり大好きだったアントニオ猪木が、キャンディーズとおなじ4月4日に引退した時には、自分にとって少なからぬ因縁を感じたものである。

キャンディーズではやっぱりランちゃんのファンだったが、今ならミキが一番好みのタイプかもしれない。彼女がメインの「わな」も実は名曲だと思う。
解散後に一番活躍していたのはやっぱりスーなのだろう。
スーというよりも田中好子の方が今ではしっくりくる。

キャンディーズ以降、いわゆるアイドルに夢中になることもなくなった。
ピンク・レディーは始めから興味なかったし、松田聖子や中森明菜も時々のヒット曲には惹かれたがそれだけだ。そういう意味では、最初で最後のアイドルだったと言える。

小学校5年の長女は今、嵐に夢中である。
家族で出掛ける車の中のBGMはほとんど嵐だし、下敷きなどのグッズも大事にしている。
そんな姿を見ていると、自分自身もたぶん同じだったのだろうと思い、そんな気持ちを大事にしてあげたいと思う。

だんだんとノスタルジーに浸ることが増えていく気がする。
年齢を経ていけばそれもしかたあるまい。
そうした一つ一つを大事にしたい。
キャンディーズは間違いなくそんな一つなのである・・・


        

2011年4月21日木曜日

自衛隊を考える

震災当日の自衛隊の初動は次のようであったと言う。

14:46 三陸沖を震源とする最大震度7の大地震が発生
      発生と同時に陸上自衛隊東北方面隊第6師団、同第9師団は、部隊全部を第3
      種非常勤務態勢に移行し、海上自衛隊大湊地方隊、航空自衛隊北部航空方面隊
      も同様に災害派遣準備に着手
14:50 首相官邸危機管理センターに官邸対策室設置
14:52 海上自衛隊自衛艦隊司令官、出動可能全艦艇に出港命令
      岩手県知事が自衛隊に災害派遣要請
14:56 海自P3C哨戒機による状況偵察開始
14:57 海自第73航空隊のUH60J救難ヘリ1機が離陸
15:01 陸自東北方面航空隊からUH1映像伝送ヘリ1機離陸
15:02 宮城県知事が自衛隊に災害派遣要請
15:05 三沢、百里、小松の各空自基地からF15戦闘機計6機が離陸
15:15 海自第2航空隊のP3C哨戒機1機が離陸
      陸自東部方面航空隊のUH1映像伝送ヘリ1機が離陸
15:20 海自第4航空隊のP3C哨戒機1機が離陸。
      以降、海自や陸自の各航空隊から航空機・ヘリ等が相次いで離陸
15:25 横須賀の海自艦艇全13隻が抜錨、三陸沖へ。
      大湊、舞鶴、呉、佐世保からも護衛艦などが三陸沖に向け次々出港、計42隻

阪神淡路大震災の時は、自衛隊アレルギーの自治体が派遣要請を渋り、自衛隊の出動が4時間後であったと言うが、その教訓を活かし今回は実に素早い展開となったようである。
テレビでも海から迫る津波を上空から捕えた映像が流されていたが、それもこうした早い展開の為せるわざということらしい。

大災害時にはやはり自衛隊の力が群を抜いている。
やはり国家にはこうした軍隊というものは必要なのだとあらためて思う。
しかし、世の中にはまだまだアレルギーの強い人たちはいる。
それはやはり戦争の結果ではあるのだが、だからと言ってその憎しみが軍隊や国歌や国旗に向かうというのは、どうにも理解できない。

例えば太平洋の真ん中で遭難したとする。
その時北に米海軍、東に英海軍、南に中国海軍、西にリビア海軍の軍艦が現れたとしたら、どの方向へ助けを求めに行くだろうか。
日本人なら英米だろう。

例えばまったく同じ種類の銃が2丁あったとする。
一つは警察官、一つはヤクザが持って街中を歩いている。
どちらが怖いだろうか。
答えるまでもない。
同じ種類の銃なので、銃それ自体が脅威ではない。
持つ人が脅威なのだ。

軍隊も銃と同じ。
きちんとシビリアン・コントロールが効いていれば、それ自体は脅威ではない。
米英の軍隊に恐怖を抱かないのと同じである。
歴史をきちんと学び、シビリアン・コントロールの仕組みをきちんと作れば、軍隊が自然にクーデターを起こして暴走するなど、現代の日本では到底考えられない。
自衛隊はそういう組織になっているのである。

そういう私も中学生のある頃までは、確かに軍隊など持つべきものではないと考えていた。
まだイラクのクウェート侵攻なんて起こっていなかったから、侵略されても無抵抗でいれば良いじゃないかと無邪気に考えていた。
そんな私の目を覚を覚ましたのは、中学のある社会科の先生だ。

国連では、もしも日本がどこかの国に侵略されたら、加盟国がそれぞれ軍隊を出して国連軍を形成し助けに来てくれる。
アフリカの小さな国からも兵隊が来て戦ってくれる。
でも今度は逆にそのアフリカの小さな国が侵略された時、国連から軍隊を出せと言われたら、日本はそれを断れるだろうか?

先生のその問い掛けで、自分の考えのおかしな点に気がついた。
「もしも嫌なら国連には加盟していられないんじゃないの」と言われてその通りだと思った。(まあ現実的には各地域での安全保障があるので、あくまでも『理屈では』という話だ)
今から思うとあの先生は日教組ではなかったのだろう。
まだ世間知らずの頭に現実を教えてくれたので、今でも印象に残っている。

しかし世間にはいい大人になってもまだ夢みたいな事を考えて、自衛隊を毛嫌いしている者が大勢いるのは困ったものだ。大臣でさえ「暴力装置」とのたまうのだから呆れてしまう。
本当は学校できちんと教えるべきだと思うのだが、その学校に日教組みたいなものがあるから如何ともしがたい。

まだまだ東北地方も瓦礫の山だし、原発周辺は手つかずみたいだし、現場ではいろいろと大変だろうと思う。何より現場が一番大変だ。
命令一つで危険な場所に行かなければならない。
それが可能なのは軍隊だからだ。
自分にできる事の一つとして、自衛隊の人たちにエールを送りたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「ハーバード白熱教室(下)」マイケル・サンデル
「ザ・ベロシティ 製造業・起死回生のシナリオ」ディー・ジェイコブ/スーザン・バーグランド

2011年4月18日月曜日

原発問題について考える~その2~

震災から早や1カ月超。
原発はまだ6~9カ月かかるとの見通しが発表された。
なんと言うべきか言葉もない。
しかしお陰で原発については詳しくなってしまった。
良いのか悪いのかわからないが、詳しくわかればわかるほど、これまで無知であった事に対する恐怖心が出てきてしまっている。

日本人にはもともと原子力アレルギーがある。
反対している人もそんな人たちなのだろうと、今までなんとなく思っていた。
事故が起こらない限り、そんなの杞憂だろうと思っていたのだ。
先輩Hも地方から問題を発信していたが、私は読み流していた。

今あらためて、世の中の人はどのくらいこれらの問題を知っているのだろうと思う。
原発の問題は、地震などがあっても緊急停止すれば安全なのかと思っていた。
ところが事実はそうではない。というか、そもそもその前に大きな問題点があるということが、いろいろ見聞きした結果わかってきた。

まず、原発はウランを加工して作った核燃料を使って発電する。
そして使い終わった核燃料は、今やすっかりお馴染の「
使用済み核燃料」である。
これはウランとプルトニウムが大量に含まれる高レベル放射性廃棄物である。
この使用済み核燃料は、一般的には原子炉で使用された後、冷却するために貯蔵プールで保管される。福島の4号機ですっかり有名になったやつだ。

そしてここで冷やされるわけであるが、その崩壊熱を冷却するのに必要な期間はなんと50年だと言う事である。 さらに使用済み核燃料からはウラン及びプルトニウムを抽出することで核兵器への転用も可能であるため、大量に貯蔵することは好ましくないとされている。
核兵器を持たない国がプルトニウムだけ増やし続けるのは、いらぬ疑惑を招くらしい。

そこで、それをさらに再処理する事で、再度高速増殖炉での発電用の燃料に加工できる。
これがプルサーマルという技術で、ここから出る廃棄物はさらにパワーアップしていて、強力な放射線と崩壊熱を出し、その冷却に必要な期間は、なんとなんと500年らしい。
もう絶句である。

 そしてその廃棄物は、実は捨てる場所がない。
海に捨てるわけにもいかず、原発内部の貯蔵プールに入れておくか、青森県にあるまだ完成していない再処理施設に送るか、そこの施設内で長期保存するしかないようである。
しかもそんな廃棄物が、日本では54機の原発で年間1,000トンも排出されているという。
「そんなの聞いてねぇよ」と思わず言いたくなる。
地震以前にそれだけの問題があるのだ。

今年の流行語大賞に間違いなくノミネートされるであろうと思っている「想定外」。
便利な言葉だ。どれだけ想定しているのかは知る由もない。
震災後、慌てて削除された東京電力のホームページには、津波に関しては以下の説明が記載されていたらしい。

『津波への対策
 原子力発電所では、敷地周辺で過去に発生した津波の記録を十分調査するとともに、過去最大の津波を上回る、地震学的に想定される最大級の津波を数値シミュレーションにより評価し、重要施設の安全性を確認しています。また、発電所敷地の高さに余裕を持たせるなどの様々な安全対策を講じています。』

今さら、ではあるが大した想定だ。
さらに耐震強度については、『M6.5』までの直下型地震に耐えられる構造なのだそうである。ちょっと不安になるが、東京に一番近い原発である静岡の浜岡原子力発電所は、耐震基準が一段と強化されていて、理論上『M8.5』まで大丈夫だそうである。
それ以上の地震は起こらないらしいから、安心してもいいらしい。

 1,000年に一度と言われる災害に、必要以上に怯えても仕方ない。
だが年間1,000トンは現実問題だ。
我々は子供の代に借金を残すばかりか、末代までにわたって放射能のゴミを残す事になるらしい。電力がふんだんにある生活は確かに便利で快適だが、見えないところでそのつけは着々と溜まっている。

そろそろ自分の問題として、真剣に考えないといけないと思うのである・・・

【本日の読書】
「民の見えざる手」大前健一
「春秋山伏記」藤沢周平
 
     

2011年4月15日金曜日

春の夜雑感

「さだめなき 風にまかせて 散る花を 花とばかりに 思い眺むる」
                          (詠人不知)
「ちりぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」
                          (細川ガラシャ)
「花の命は短くて 苦しきことのみ多かりき」
                          (林芙美子)
*********************************************************************************

この時期、朝は少し遠回りして駅まで歩いている。
通勤路からちょっと離れた先の桜の木を観賞するためである。
毎朝すこしずつ、緑が増えていくが、風にあおられて舞うピンクの花びらが何とも言えない風景を作り出す。そんな風景を朝の忙しい一時に、楽しむ心の余裕を持ちたいと、ちょっと贅沢な遠回りである。

死者は増え続け、行方不明者は減らない、原発は解決の兆しも見えない。
そんな混乱が続いている中、小沢さんの名前がまた新聞紙上を賑わしている。
リーダーシップを発揮できない菅さんを総理から下ろそうとしているらしい。
小沢さんという政治家は、私はかなり評価していたのだが、ここのところどうも眉をひそめたくなる行動が目立つ。

震災でだいぶごまかせているとはいえ、今は民主党にとって大きな危機にある時だ。
ここを乗り切らないと、もう小さな波でひっくり返るだろう。
菅さんがいくらダメだと言っても、今は総理を代えている場合ではない。
一致団結して民主党自体を浮上させないといけない時だろう。
そうでなければ、菅さんを下ろしたところで、次の椅子に座った途端、足元から台座が崩れ落ちるという事態になりかねない。台座さえしっかり固めておけば、時間はかかってもやがて玉座に座る順番が回ってくる。どうしてそう思わないのだろうか・・・

小沢さんには小沢さんなりの戦略があるのかもしれない。
ただ民意というものは、小沢さんの考えているものとは違うように思える。
それは庶民の側からの方がよくわかるのかもしれない。
あるいは、とにかく自分が総理になれば、そこから猛烈な勢いで挽回できるという考えでもあるのかもしれない。政治家になるような人間は我が強いから、チームプレーに徹するなどと言う事は苦手なのかもしれない。

ラグビーでは、敵を自分に引きつけ、味方をフリーにしておいてトライを取らせるプレーは、称賛されるべきプレーである。ところが小沢さんは、自分がトライを取るために味方からボールを奪い取ろうと汲々としているように見える。
自分がトライを取るのとチームの勝利とどちらを優先するかだ。

夜の7時半を過ぎると職場に放送が流れる。
我が職場でも節電で、8時には全館消灯になるのだ。
ご丁寧に15分前には2/3の照明が落とされる。
何ともはやというところだ。
明日できる仕事は明日に、という精神でこなすしかない。
それにしても2/3の電灯が消えたオフィスというのも乙なものだ。
机の上で浮かび上がるパソコンの明かりが何とも言えない雰囲気を醸し出す。

外に出て周りのビルを見渡せば、ところどころに同じような試みをしていると思われるビルが見える。我がビルの目の前には某商社が入っているビルがあるが、一角は真っ暗だ。
世界中を相手にする商社が、とも思うが、出来る部署だけしているのかもしれない。

来年の今頃は元の生活に戻っているのだろうか、とも思ってみる。
しかし、それがいいかどうかはわからない。
ここで一度立ち止まって、これからの行く末を見直すべきなのかもしれない。
特に原発問題は喉元過ぎればというわけにはいかないだろう。
そういう意味では、来年桜が咲く世の中は、今より少し良くなった世の中であってほしいと思うのである・・・


【本日の読書】

「民の見えざる手」大前健一
「春秋山伏記」藤沢周平

【本日の漫画】
「JIN-仁⑳」村上もとか
「ONE PIECE⑥」尾田栄一郎     

     

2011年4月13日水曜日

人生やり直すべきか

幸せになりたいならば、
「あの時ああしていれば」と言う代わりに、
「この次はこうしよう」と言う事だ     
スマイリー・ブラントン(精神科医)
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「もしも人生をやり直せるとしたら、いくつの時からにしたいですか?」
同僚K氏にこんな質問をされた。K氏は小学校4年生だという。
その時の写真を見ると、自分で見ても「良い顔」をしているらしい。
本当に楽しかったというのである。
「高校生かな」と私は答えた。

私はこういう空想めいた事を考えるのがけっこう好きである。
「あの時のあの失敗をやり直せたら、自分の人生は今よりも遥かに充実していたに違いない」と真剣に思うし、できるならそうしたいと心から思う。
小学校4年と言えば、今の長女とほぼ同じ年。
クラスメートの女の子に恋心を抱き、卒業したばかりの新卒の担任の女性教師にもほのかに憧れていた頃だ。ただもう一度戻りたいとまでは思わないなぁ・・・

小中学生の頃だってもちろん楽しい毎日だった。
近所の少年野球のチームに所属して、週末は練習や試合に明け暮れていた。
自転車飛ばして公園やら友達の家やら遊びまわっていた。
でもまだ自分に自信がなかった頃でもあり、喧嘩になっても殴られっぱなしだったし、つっぱりグループとは目を合わせないようにしていた頃でもある。
今となればあの頃に戻って喧嘩しても勝てると思うから、リベンジしに行くという考えもあるが、そんなのも後ろ向きでひねくれた考え方だ。

ほぼ咄嗟に答えたとは言え、「高校生」というのもよくよく考えてみてもやっぱりその通りである。中学生までの厳しい校則がゆるゆるになって、自由な気分が味わえたし、アルバイトもできて親にこずかいももらわなくなったから、ちょっとばかり大人になった気もしていた。つっぱりグループとも無縁になったし、初めて女の子とデートもしたし、勉強ですら面白いと思うようになっていた。衝動的に始めたラグビーであったが、こんなに面白いスポーツに巡り合えた幸運を今でもありがたいと思う。

特に悔いなどはないから、改めてやり直したいかと言われれば難しい気もする。
ただ、ラグビーの試合は連戦連敗だったから、せめて何試合かは勝てるようにできるかもしれないとは思う。だが、高校生に戻ると暗い受験生時代をもう一度体験しないといけなくなる。
浪人中は、家に籠って一日10時間、一週間で62時間の勉強を自分に課し、363日毎日勉強しようと決めて机に向かった生活は、やれと言われてももう無理かもしれない。
そうすると、やっぱりやり直すとすると大学に合格した日からかなあ・・・

楽しかった時代に戻りたいと思う一方で、何か悔いがあったりすると、そこからやり直したいと思う気持ちもあるかもしれない。たぶん、誰にでもそんな場面はいくつもあるだろう。東電の社長なんか3月10日以前(あるいはもっと前)に戻りたいと思っているかもしれない。そんな後悔を、みんなそっと胸に秘めて今を生きているのだろう。

就職・結婚とその時はベストだと思った選択も、今となってはやり直したいものばかりだ。
だが、結婚などはもしも違う選択をしていたら、今の子供たちとは出会えなかったわけである。そうすると複雑な心境だ。それだけはどうにも耐えられない気がする。

結局、様々な選択の結果が今日の自分なわけで、いろいろと悔いもあるが他の選択肢というのも考え難いものがある。結局戻ってやり直しても、またそこから別の後悔が生まれるものなのかもしれない。楽しかった時代に戻るのも、悔いある過去をやり直すのも、空想の中でしかできない事。やっぱり今を悔いなく生きたいし、明日も希望を持って迎えたい。

いろいろ大変な事が多い今も、いつかは懐かしく振り返れるようになると信じて、明日も頑張ろうと思うのである・・・

【本日の読書】

「民の見えざる手」大前健一

「春秋山伏記」藤沢周平





2011年4月10日日曜日

ハリネズミと金貨

「 世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし 」

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うららかな天気の中、近所の投票所となっている中学校へ行って都知事選の投票を済ませてきた。改めて気がついたのだが、その中学校にはぐるりと桜の木が植えられている。満開の桜に囲まれ、時折桜の花びらが舞い、それは何とも言葉には表せない風景。

練馬区は都心部から比べれば、いくらか緑は多いかもしれないが、それでも自然豊かとは言えない。しかし桜の花びらの舞うその光景は、それでも日本の原風景という気がする。一年のうちほんのわずかな期間だけしか、この風景を楽しめないというのも惜しい気がする。今この瞬間を味わいたいとしみじみ思う・・・

6歳になったばかりの長男にはいつも紙芝居か絵本を読んであげている。
先日読んだのは、「ハリネズミと金貨」というロシアのお話。
それは概略次のような内容だ。

ある時、老ハリネズミが道端で金貨を拾う。老ハリネズミは寄る年波には勝てず、これで楽して冬ごもりの支度をしようと考える。そこで干しキノコを買おうとリスのところへ行くが、リスはただでキノコをくれ、その金貨で靴を買えと言ってくれる。
続いてカラスの靴屋のところへ行くが、カラスは金貨で靴下を買えと、ただでどんぐりの靴を作ってくれる。くもの靴下屋もただで靴下をくれ、小熊もハチミツをくれて冬ごもりの支度はできてしまう。老ハリネズミは、きっと誰かの役に立つだろうと、使わなかった金貨をもとのところに置く・・・

ロシアの話にしては心が温かくなるような話で、じっと聞いていた長男も「みんな優しいね」と感想を語ってくれた。確かにそうなのだ。お金に汲々とする事無く、森の動物たちはみんなで分け与える精神を発揮する。そうした精神は成長期にある長男の心の中に根付いてほしいものだと思う。

だが一方で、日頃天の邪鬼な私としては、ついつい勘繰りたくなる。
果たしてどんな状況でもみんな優しくできるだろうか、と・・・
例えば干ばつなどで食べ物が無くなっていたら、果たしてリスはキノコを分けてくれただろうか?カラスやくもは食べ物を買えるかもしれない金貨を受け取らずに靴や靴下をくれただろうか?小熊はハチミツをくれただろうか、ハリネズミは金貨を元に戻しただろうか?
残念ながら温かい答えは出てきそうもない。みんな余裕あってこそ相手を助けられるのである。

そう言えば今日はお使いを頼まれてスーパーに行った。水を買いに行ったのだが、最近はどこも品薄。一番近くのいなげやは、朝からみんな並んであっという間に無くなるらしい。なのでちょっと離れたスーパーまで行ったのである。一本買ったのだが、「おひとり様1本限り」と注意書きがついていた。よく見ると納豆とヨーグルトもそうであったし、そう言えばガソリンも前回は30リッターまでと制限された。

考えてみれば売る立場としては、制限など設けなければ早い者勝ちであっという間に売り切れるだろう。値上げしたって売れるはずだ。売る方の理屈としては、効率的に売りきって儲けられるはずだがそうはしていない。便乗値上げは批判されるし、一部の人が買い占めれば買えなかった人から不満の声が上がる。制限をつけてくれるおかげで、少しではあってもより多くの人の手に商品が行きわたる事になる。普段の特売品の販売制限は違う意味があるが、今回については公平に多くの人に売ろうという意図だろうし、それはそれでありがたい事だ。これも分け合いの一種と言える。

本当は買い手の方が進んで控えるのが一番理想的だと思う。
自分が不必要に買い込んだら、買えない人が出てくると考えて必要な分だけにするのが良いのだ。そうすれば買占めなどという事は起こらない。それにもしも物資が窮乏したとしたら、買い占めた家ではカーテンを閉め切ってこっそりと家族だけで食べるのだろうか。きれい事を言ってはいられないという事態はもちろんあるだろうが、いろいろ考えてみると難しいものだと思う。

それにしても今回の震災はいろいろなテーマを都民に投げかけてくれる。直接の被害がなかったのは幸いな事だが、電気やガソリンや食料品が一時的に欠乏する事で、日頃のあり方を見直すいい機会になっている。いざ直接の災害となった時、果たして分け合い助け合う事ができるのだろうか。せめて同じような家族構成の人たちが多いご近所とは、そうできたらいいなと思う。

そんな事を念頭に、これからの行動を考えていきたいと思うのである・・・

【昨日の読書】

「インシテミル」米澤穂信

2011年4月6日水曜日

週末は都知事選

まだまだ落ち着かぬ世の中、そろそろ自粛も自粛しようという声があちこちから上がってきている。そんな世の中、日曜日には統一地方選挙だ。
浦安市はやるのかやれるのかでもめているようだが、我が東京は都知事選だ。
今回もきちんと義務を果たさないといけない。

さて、静かな選挙戦でまったく選挙ムードがないのだが、候補者は揃っている。
先日丸の内でドクター中松が選挙カーで回っていた。自らを優秀と言ってはばからず、さらに都知事には優秀な人間がならないといけないというお説には、「さすが」と唸ってしまった。毎度律儀に立候補しているし、もはや選挙には欠かせない人物だ。82歳と高齢ながら、毎回立候補するバイタリティは凄いと思うし、投票はしないけど頑張ってほしいと思う。

本命はどうやら現職の石原さんのようだ。
思えば初当選した12年前は、ちょうど伊豆に旅行した時で、帰りの車中のカーラジオで石原さんの当選速報を聞いたため、強く印象に残っている。あれから12年・・・
もう十分だろう。一度出馬しないと言ったのに、撤回したのはいろいろと裏工作があったのかもしれないが、12年は十分長い。アメリカの大統領だって2期8年だし、都民として4選は阻止しないといけないと思う。

では代わりに誰がと見渡せば、人気の面での対抗馬は東国原さんだろうか。
宮崎をPRしまくって県民に圧倒的な支持を受けたとしても、宮崎では成功しても同じ手法は使えまい。規模だって違うし、どうかなと思う。本当は政治家としてのキャリアを積むなら国政にでれば良かったのだと思う。あれだけの圧倒的な支持があれば、衆参どちらでも行けるだろう。ステップアップであれば、宮崎県民もおらが代表でいつまでも支持するだろう。だが横滑りで都会へ出れば、所詮は東京かと、宮崎県民にしてみれば裏切られた気持ちになるのではないだろうか。

そうすると共産党は論外だし、あとはワタミの会長しかいない。
ワタミを創業して大成功し、介護事業や学校・病院運営といった異業種に進出し、教育委員会などにも顔を出し、今やマルチ経営者である。「夢に日付を」という言葉も好きだし、著書を読んで共感できる部分も多かったし、今回はこの人かな、と思っている。

ただ、現実的に当選は難しいかもしれない。
一般的には居酒屋の経営者くらいのイメージみたいだし、いろいろな批判を耳にして嫌だと言う人もいるようだ。石原さんやそのまんまよりも知名度は劣るし、劣勢は否めないだろう。もしも当選したら、経営の発想を政治に持ち込んで、それがうまくいくかどうかは未知数だが、期待値は大きいと思う。凝り固まった役人にはできない発想を都庁に持ち込むだろう。グループの経営理念をそのまま当てはめ、都庁の職員に都民から「ありがとう」と言われるようにしようとしているらしい。
「もしも」と考えると面白いと思う。

どうやら週末は桜の花もかなり咲き誇っているようだし、12年前のような政権交代を期待しながら、投票の義務を果たそうと思うのである・・・


【本日の読書】
「20歳の時に知っておきたかったこと」ティナ・シーリグ
「インシテミル」米澤穂信




2011年4月3日日曜日

信無不立

And so,my fellow Americans,
ask not what your country can do for you – ask what you can do for your country 
(J.F.K)
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朝刊に「菅総理が被災地を視察」という記事が出ていた。
総理による被災地視察は2回目だと言うが、最初の視察については震災翌日で、それが初動の遅れにつながったと批判を浴びている。一国のトップが訪問するとなると、周りの準備は相当なもの。混乱する現場を訪問する事は、士気を鼓舞する部分と邪魔をする部分とが相重なる事でもあり、なかなか難しいところだ。

その菅総理は、この震災でだいぶ救われた感じがする。
何せ震災前は360度の集中砲火を浴びて青息吐息であったのが、ニュースの大半が震災に向いたからだ。ひょっとしたら「天の恵み」ぐらいに思っているかもしれない。それでも被災地に行けば行ったで批判され、表に出なければ引きこもりと批判され、まあ日本のマスコミのする事とは言え、何をやっても批判されるのは気の毒な気もする。

個人的に菅総理は高校の先輩でもあるし、頑張ってほしいと思うのだが、やっぱりリーダーシップの欠如という面は否定できない。ある程度の批判は仕方ないにしても、かなりの部分は自ら招いていると言っても過言ではない。何も菅総理に限る話ではないが、ここ数年の日本の首相はみなそうだ。なぜそうなのかと考えると、どうも国民の顔色を伺い過ぎるところがあるように思う。何とか支持してもらおうと、国民が喜びそうな事をしようとばかりしているように思える(しかも、それすらできていないから尚更なのだ・・・)。

例えば恋愛においても、相手の好みに合わせようとしたところで好かれるわけがない。
女性にどんなタイプの男が好きかと聞いて、「優しい人が好き」と言われ、一生懸命人に優しくしたところで好きになってもらえるという事はまずない。これは私に限らず、心に何針も縫った跡がある者ならば、身に沁みてわかる事だろう。彼女が語る好きなタイプなど、何の参考にもならないのである。

アップルのスティーブ・ジョブスは、こんなパソコンを作りたいというイメージがあって、それを次々と形にしてきたのだと言う。それは消費者に「どんなパソコンがほしいか」というアンケートを取って、その通りに作るというものではない。自分がこんなものを作りたいと考え、そしてiMacから始りiPod、iPadといった製品を次々に生み出し、消費者を惹きつけてきた。
一時期瀕死だったアップルはスティーブ・ジョブスの復帰とともに復活し、今は業界をリードし、他社はアップルの真似に忙しい。

要は相手がどんなものを望んでいるかではなく、自分はどんなものを相手に提示できるか、なのだと思う。その結果、それが受け入れられれば認められる。自分はこんな男なのだというものがないと、相手の気を引く事は難しい(もちろん、それは容姿やファッションなどではなく、信念や考え方や生き方などであってほしいのだが・・・)。
菅総理にも同じ事が言えるのではないかと思う。

日本の総理大臣として、どんな方向に日本を進めていきたいのか、我々日本人は世界の中でどうあるべきなのか、それを総理大臣としてどのように実現させていきたいのか、そんな考え方はまったく出て来ない。小泉元総理は、内容はともかくとしてそうした一つの考え方を提示していたと思う。
だから5年も総理大臣をやれたのだろう。

「信無くば立たず」
論語の言葉が重く感じられる昨今の日本の政治家である。
菅総理には未曾有の危機の中で、何とかリーダーシップを発揮して頑張っていただきたいものである・・・
 
  

2011年3月31日木曜日

休止中のATMに思う

日中仕事で外出して、ふと思い立って駅の改札口横にあるATMに立ち寄った。
確か改札口の横にあったなと記憶していたのだ。
ところが、あるにはあったが休止中だった。
張り紙には「節電のため」と書かれていた。
まあ仕方ない。

その時なぜだか、社会人3年目くらにの時に行った香港の事を思い出した。
香港支店に赴任していた先輩を訪ねて遊びに行ったのだ。
香港の街並みは興味深かったが、私も銀行員とあって、何より興味を惹かれたのは現地の銀行。
そして一番印象に残ったのは、街中にある24時間営業のATMだった。

当時日本では、ようやくATMが夜何時まで開いているという状態だった。
24時間営業のATMなど一台もなかった。
先輩にさっそくその疑問をぶつけてみた。
なぜ、香港で可能な24時間ATMが日本ではできないのかと。
そうしたら、24時間と言ってもよく札切れで使えないのはザラなのだと言う。
現地の人は、使えなければ使えないで他へ行くのだと言う。

だが、そんな事だと日本ではクレームものだ。
常にきちんと稼働しているのが当たり前だ。
ただ機械を動かすだけではなく、常に「サービスを提供しなければならない」のである。
そうした体系作りが必要なので、日本に24時間営業のATMが登場したのはずっと後になってからだった。

その時は、「日本人は何て子供なのだろう」と思った。
手取り足とり面倒を見てもらわないといけないなんて、と思ったものだ。
しかしあとから考えれば、そうした過剰とも言えるサービスを当然とするカルチャーが、日本の製品やサービスが高い品質を保つ原動力となったのである。
電車は常に時間通りに運行し、ATMはいつでも稼働し何かあれば電話ですぐに係員が駆けつけてくる。徹底した製品やサービスは、Made in Japan のブランドを燦然と輝かせている。

そうしたハイクォリティなサービスも節電の前に暗くなってしまっている。
間引き運転で朝は身動きも取れないラッシュに揉まれ、気軽に立ち寄れたATMは沈黙。
駅の構内も会社のトイレや食堂も薄暗い。
原発に頼らないようにするためにも、今後はこういうのも仕方ないのだろうかと思わず考えてしまう・・・

しかしなあ、と一方で思う。
こういう不便な状態から、またあれこれ考えるのも日本人なのではないだろうか、と。
ちょっと前までは、細り続ける家計を前に、省電力の家電製品が次々と発売されていた。
それらはこれからは、もう一つの節電という役割を担うために今後も開発され続けるだろう。
ディズニーランドは自家発電の方向に動くようだし、すでに電力の自由化で自家発電能力のある企業も増えている。一般にも小型のハイスペックな発電機なども売られるようになるかもしれないし、太陽光や風力などにもこれまでのエコ目的だけではなく、拍車がかかるかもしれない。

ピンチに嘆くばかりでなく、それを商売のネタにしてしまう逞しさも日本人にはある。
これから世界が驚くようなものを生み出していくのかもしれない。
スリーマイルで原発がストップしたアメリカ。
国内電力の8割を原発が生み出すフランス。
さて日本はどこに行くのだろう。
何だか楽しみな気もするのである・・・


【本日の読書】
「こんな言葉で叱られたい」清武英利
「フリーター家を買う」有川浩
     

2011年3月28日月曜日

原発問題について考える

さてまた一週間が始った。
相変わらずの節電で、朝の西武線も間引き運転が続いているが、さすがにもう慣れてきた。
以前よりも少し早く家を出て、以前よりも少しだけ時間をかけて、以前よりもかなり混んだ電車での通勤となっている。心配な原発もまだまだ収束の兆しが見えない。
一体どういう結末を迎える事になるのだろうか。
そしていつ元の生活に戻れるのだろうか。

そういう事を考えていくと、原発は今後どうなるのだろうかと思う。
日本の電力の3割は原発が担っているらしい。と言う事は、首都東京が以前と変わらぬ姿に戻るには、原発の稼働なくしてはあり得ないように思う。原発の近くに住んでいる人たちは、たぶん不安を抱えて暮らして行く事になるのだろうし、東京の人間は元に戻れば電気の源など気にもしなくなるだろう。いったいどうやって原発と付き合うべきなのだろうか。

東京の人間にとってみれば、今のような不便な生活を考えればやむなしとなるのではないかと思う。
しかしながら、宮城県の角田に住む 先輩Hは明らかに反対の立場だ。
たぶん原発に賛成か反対かを問うたなら、地元の人たちは反対し、東京の人たちは仕方なく賛成と答えるのだろう。それはどうかという気がする。

今の東京での豊かな生活を維持したければ、地方の人たちに原発を押し付けるのはいかがなものかという気がする。例えば先ほどの同じ質問でも、「では東京に原発を作りましょう」となったら、賛成に手を上げた人は同じ答えを口にするだろうか。
場所にもよるが、東京湾の埋め立て地に原発を作れば、環七道路の内側がほぼ半径20キロ圏内に入る事になる。みんな賛成するだろうか。
たぶん、東京電力なのになぜ福島県に原発があるのかという理由がそこにあるのだろう。

それだといけないだろうなという気がする。
普天間の基地の時もそうだったが、国のために我慢すべきだというのなら、自分がそれを受け入れる立場に立って発言しないといけない。
「東京には原発が必要だ」と発言するなら、自ら原発の近くに住む覚悟が必要だろう。
それが嫌なら賛成すべきではない。東京電力の役員になったなら、全員原発の近くに住むべきなのだ。

それが嫌なら節電にも停電にも文句は言うべきではないし、甘んじて不自由は受け入れないといけないだろう。私は、と聞かれたらやっぱり原発の近くには住みたくない。
「安全だ」という言葉に根拠がないのは今回よくわかったし、一度事が起これば被害は桁はずれだ。
住み慣れた家を、思い出の品々をすべて置いて、取るモノも取りあえず避難しろなどと突然言われるのなんて考えただけでも耐えがたい。

さてそうすると、今の不便な生活を受け入れるべきかとなるが、そもそも東京は贅沢すぎるくらい何でもそろい過ぎている気がする。
7割の発電量でも暮らしていけるように工夫しても良い気がする。
首都への一極集中是正をこの機会に本格的に検討するのもいいだろう。
電気料金を消費量に比例して加速度的に課金すれば、合理的な企業は対応を考えるだろう。

「足りなければ作る」という考え方は良いと思うのだが、ある程度まで行ったなら、「あるもので間に合わせる」という考え方に切り替える必要もあると思う。
それは国の財政にも当てはまる。打ち出の小槌などどこにもないのである。
福島の原発問題にどのような結末が待っているのかはまだわからないが、いずれ起こるかもしれない議論に際し、人に犠牲を押し付けるような考え方だけはすべきではないと思うのである・・・



【本日の読書】
「フリーター家を買う」有川 浩
「ロスト・シンボル(下)」ダン・ブラウン
     

2011年3月24日木曜日

非日常の日々雑感

何とも落ち着かない日々が続いている。それでも人間は慣れるものだとつくづく思う。
相変わらず必要以上の混乱を避けるため朝早く家を出ているが、それでも最初の頃の1時間早くから、今朝は40分早くとだんだんと家を出る時間も元に近付いている。
明日は以前より30分早くともう少し縮めてみようと思う。
地震がきて震度5と聞いても何とも思わなくなってしまった。
慣れとは恐ろしい。

そんなところに東京都の浄水場で基準値以上の放射線を検知というニュースが飛び出て来た。
ついに来たかと思うも、「健康にまったく問題ないレベル」という専門家の意見がきちんと付されている。「基準値以上の放射線検知」という事実を報道しなければならないという義務と、混乱を回避しなければという思惑とが入り混じったニュースだ。

しかし、よくよく考えてみれば、ではこの基準値っていったい何なのだと思う。
健康に影響のないレベルの基準値を決めて、何の意味があるのだろう。
本来なら、「ここを越えたらダメ」というのが限界線たる基準値なのではないかと思う。
決めたからには何らかの理由と意味があるはずなのに、それには触れられず、「健康に影響はない」というだけで済ますのもどうかと思う。

娘の小学校のクラスにこの時期に転校生が来たという。福島からと聞いて納得。
聞けば家は第一原発から10キロ以内の圏内にあるらしい。
もう帰れない、帰らないという思いから両親も転校させたのだろう。
同時に関西のおじいちゃんの家に行って戻って来ない友達もいるという。
身近なところでも様々な思いが行き交っている。

米軍はすでに80キロ圏内から退避しているし、横須賀の米軍も佐世保に移動するとかしないとかやっている。各国大使館でも似たような動きが出ていて、「裏でヤバイという情報を掴んでいるのではないか」という噂もある。逆の立場で考えれば日本人を避難させるだろうと思うから、そうした動きも個人的には気にならないが、疑心暗鬼の人からすればそうは思わないだろう。

政府も東京電力も信用できないと言う人は多い。
私も完全に信用できるとは思わないが、それでも「疑うのもほどほどに」という感覚だ。
ある在日ロシア人の人は、避難を勧める本国の家族に対し、日本は(チェルノブイリの時のソ連政府より)はるかに安心と回答したらしい。
放射線はあちこちで測定して公表しているし、(ロシア人)2億人のために(原発作業員)2,000人を平気で(危険性を伏して)作業させるような政府ではないからだそうだ。
風に揺らめく柳に怯えるようなものかもしれない。

ただそうは言っても不安は不安だ。
その原因はと言えば、「最悪のケースがわからないから」だ。
最悪こうなるとわかれば、その時自分はどうすべきかという判断ができる。
そこが決まれば、ではそこに至らぬ段階ではどうしようと想定できる。
私の場合はそれが安心の源になる。

心配したところで、事態はなるようにしかならない。
私にできる事と言えば、多少の不便には目を瞑り、節電を心がけながら日常生活を普段通りに送る事くらいだ。こういう事態になると、平凡なる日常生活というものが如何に尊いかがよくわかる。
そんな日常生活に早く戻りたいものである。

震度5の地震にびっくりするような日々を、早く取り戻したいとつくづく思うのである・・・


【本日の読書】
「大前健一の資本主義の論点」大前健一ほか
「ロスト・シンボル(上)」ダン・ブラウン
     

2011年3月21日月曜日

リビア空爆に思う

日本では震災一色である。
それが我々の第一関心事項なのだから当然である。
しかしながら、そうしている間にも世界は動いているわけで、それを改めて感じたのがリビアに対する空爆のニュースである。

内戦状態に入っていたリビアに対し、国連がリビア上空の飛行禁止空域設定などを盛り込んだ新たな対リビア武力行使容認決議案を賛成多数で採択した。
ここで注目したのは、英仏が中心になっている事だ。
今までであれば、当然アメリカが音頭を取っていたところだろう。
しかし、今回はそうではない。
最初の空爆を行ったのはフランス軍だし、アメリカは協力せざるを得ないという感じでの参加姿勢に思える。

おそらくもうアメリカにも主導権を発揮する余裕はないのであろう。
イラクでは石油利権確保という国益のために、「大量破壊兵器」だとか「アルカイダ支援阻止」などという名目を並べ立てて攻め込んだアメリカも、国際社会の反発と予想外の戦死者と厭戦気分とリーマン・ショックによる経済の疲弊とが諸々重なり、今回は手を出しにくいのだろう。
そこにアメリカの没落の始りを感じてしまう。

かつて読んだ「大国の興亡」という本では、覇権国家のライフサイクル論が語られていた。
スペイン・ポルトガルから始り、オランダ、英仏、米ソと覇権国家が推移してきた。
ソ連の崩壊により、アメリカが唯一のスーパーパワーとして君臨してきたが、それも下り坂に入ったのかもしれない。とはいえイギリス軍の使用したトマホークミサイルはアメリカ製だし、今も世界最大の軍事大国には変わりないし、一応アメリカも空爆には参加しているし、すぐに次の覇権国家が現れるという事もないのかもしれない。

さてその空爆であるが、表面上は国連決議を経て、正当性を強調してのものであるが、本当の理由は我々にわかるはずの事ではない。イラクではアメリカにみすみす奪われた石油利権だが、リビアはフランスからすれば地中海の向こう岸。もともとアメリカとは距離を置くフランスだし、自らのお膝元ゆえにしっかりと利権を確保しようとしたのかもしれない。
イタリアも名乗りを上げているのは、同じ理由からかもしれない。

国際情勢は表面上の建前とは裏腹に、しっかりと各国が国益に沿って行動しているようだから、表面上のニュースだけ見ていても真の姿というのはわからない。
マスコミの伝えるニュースだけ見ていたってわかるはずもない。
しかしそれにしても同じ国の中で二つに分かれて殺し合うというのも、何とも言えない事である。

国際社会が間に入って停戦させるというのは良い事だと思うし、本当は日本だってその役割を担うべきだと思う。
ただ国内の空想的平和主義者が唱える自衛隊の海外派遣反対論とは別にして、複雑に思惑の絡み合う国際情勢の中に出ていくのもいかがなものかとも思う。
日本人は根本的に外交下手だと思うし、いわゆるインテリジェンスは苦手としているから、下手に手を出さない方がかえって良いのかもしれない。

いつか日本の自衛隊も、国際社会の中で積極的な平和活動を求められる日がくるかもしれない。
ただその時までに、国民レベルで国際情勢というものについてきちんと理解できるようになっておかないと、魑魅魍魎の巣くう世界ではいいように利用されてしまうかもしれない。
こうしたニュースに触れた時は、いろいろと考えてみたいと思うのである・・・
    

2011年3月18日金曜日

震災雑感

仙台近郊の角田というところに住むラグビー部の 先輩H
いつも ブログを拝見しているのだが、震災以降ブログの更新が止まっていた。
何度もグーグルマップで場所をチェックしては、津波の被害はなさそうだし、大丈夫だろうとは思っていたが、ずっと気になっていた。
そうしたらようやく更新された。
何でも電気が止まっていたらしい。

電気はないが、プロパンガスが使え、なんと薪で暖も取れるという。
農家だから食料は十分。
不便だが、被災地ほど悲惨ではないようである。
というかむしろ逞しさを感じる。
関東では計画停電が実施されていて、幸い我が家は対象地域ながら停電にはなっていない。
改めて停電準備をしていたら、我が家では電気が止まるとすべて止まる事が判明した。

暖房手段のエアコンはダメ。
石油ストーブはあるが、家が高気密設計だから使い方は慎重にしないといけない。
ガスはスイッチがすべて電気だからこれもアウト。
風呂はもちろん、お湯も手に入らない。
角田の先輩に比べ、我が家はみんなでろうそくを囲んで布団に包まっているしかない。
何と脆い砂上の楼閣・・・

いつもより1時間早く家を出て、激混みの電車に揺られていつもより30分よけいにかかって通勤。
東京駅も地下通路の蛍光灯は半分で薄暗い。
帰りに寄ったスーパーも、薄暗く棚は噂通り空っぽ。
「戦時中みたい」と同僚が言っていたが、それは大げさとしてもこれはかなりの異常事態だ。

それでもみんな駅では辛抱強くきちんと並んで順番を待つ。
海外メディアでは略奪が起こらないと言う事で称賛されているらしいが、そんな当たり前の事が当たり前であるのは、やっぱり素晴らしい事なのだろう。
民主党が唱える「1,000万人移民政策」なんてやったら、こんな文化はたちまち壊れるに違いない、とあらためて思う。やっぱり移民政策など愚の骨頂である。

考えてみれば明るい街中、明るい通路に明るい店内、棚に溢れる商品群に我々はすっかり慣れ切ってしまった。電気も水道もふんだんに使え、年寄りが戦時中の苦労話をすると鼻白んだ。
こういう状態になってくると、改めてモノがある生活のありがたみを感じる。
被災地の状況から比べると、むしろもっと不自由した方が我々都民にとっては良いのではないかと思う。石原都知事の「天罰」発言は、被災地の人たちには不適切だが、我々都民にとってはある意味適切な発言ではないだろうか。

地震の犠牲者数はまだまだ増えそうだし、原発はまだまだどうなるかわからない。
今の東京の状態なんてまったく問題ではない。
もっと窮乏して一緒に痛みを分かち合うくらいでちょうどいいと思う。
子供たちにも空になったスーパーの棚を見せ、よく教え込みたいと思う。
今、我々都民は良い学びの機会を与えられていると思うのである・・・



【本日の読書】
「大前健一の資本主義の論点」大前健一ほか
「ロスト・シンボル」ダン・ブラウン

     

2011年3月16日水曜日

マスコミが国を滅ぼす

まさに国難と言える状況の毎日。
私も普段は1時間の通勤が、電力供給制限の影響による鉄道の混乱により、昨日は3時間、今朝は2時間半かかる有り様である。だが、そんな些細な事は気にもならない。
今は国民が一致団結して何かしないといけないが、私にとってそれはこうした不便をも喜んで受け入れる事ではないかと思うからである。ただ、どうも腹立たしいのはマスコミの報道だ。

普段からマスコミ嫌いの私だが、これでも就職の時はマスコミが第一志望だったのだ。
事件や事故・災害といった現場の最前線で取材するというイメージに憧れを抱いていたものである。
それが現実の姿を目にして失望に変わっていったのだ。
湾岸戦争でバクダッドから多国籍軍による空襲を報じたガッツのあるCNNに比べ、日本のマスコミはさっさと逃げ出した。まあそんな事はどうでもいい。

被災地の上空を飛ぶヘリから、ある学校の校庭に記されたSOSが何度もテレビに映し出された。
しかし、そこにどんな人たちがどのくらい避難しているのかは報じられなかった。
当たり前だ。高いところから見物しているだけで、降りてみないからだ。

もしかしたら、警察や消防などから規制されていたのかもしれない。
しかし、目の前にSOSがあるのに、「あそこに助けてと言っている人がいます」と安全なところから見ているだけなのはどういう心境なのだろう。
降りてどんな人たちがいるのか確認したっていいはずだ。
助けろとは言わないが、「助けを呼んでくるから」と励ますだけでもいいではないか。
降りて行ってそうして励ますシーンを流せば、それだけでもニュースバリューは上がると思う。

東電の計画停電も混乱している。しかしそれは仕方のない事だ。
平常時ならともかく、こうした異常事態で「ハイ第一グループ停電スイッチオフ!」などと言うわけにも行くまい。なるべく回避できないか、どうするのが最適か、混乱の中でやっているのだ。
それを「無計画停電」などとよくも言えたものだ。なぜ、「現場は混乱しているので、いつ停電になってもいいように準備しましょう」と言えないのだ。

東京電力のHPはアクセスが集中して一時開けなかった。
国民に伝えるのはマスコミの仕事だ。
東京電力から情報をもらってかわりに各社で流してあげればいいではないか。
なぜそうした助け合おうという行動に出ないのだろう。

原発についても政府の情報開示の遅さを非難するが、あやふやな情報を矢継ぎ早に出せば良いと言うものではない。それに現場は報告よりも先にやらなければならない事もある。
放射能だって「通常の何十倍」などと言われれば素人は青ざめる。
何十倍といったって、レントゲン1回で浴びる量の1/50程度なのに、だ。
いたずらに危機や不安を煽ってどうするのだ。

今朝のCNNの英語版トップページでは、真っ先に「Heroes battle to keep Japan」と出ていた。原発の現場で必死に作業する作業員を讃えている記事だった。
ヒーローを称賛するお国柄とは言え、目を向けるところがまるで違う。
一致団結して国難に対処すべき時に、自分たちはまさにヘリの上から優雅に見物し、安全なところから批判だけしているのである。

ツイッター上では「prayforjapan」のハッシュタグをツイートすると、応援メッセージが溢れんばかりだ。まさに今我々が持つべき気持ちがそこにはある。
第4の権力と言われるマスコミであるが、その正体は批判はしても批判はされない独裁権力だ。
自分たちこそが崇高な存在だと思いこんでいる。

原発から200キロも離れた安全な首都にいるのだ。
世界中が日本人の行動に注目しているのだ。
買占めなどに走るのではなく、他人を批判する前にサポートする事を考えればこんな国難は難なく克服できる。それを先頭に立って呼びかけるのがマスコミのあるべき姿だ。
そんなマスコミのあり方を見たら、20数年前に初志撤回して金融業界へ進んだ我が身を、今頃は死ぬほど後悔していただろう。

批判をしていても仕方ない。
そんな腹立たしい気持ちを抑え、原発で作業に当たる人たちに心でエールを送り、明日も通勤に何時間かかろうと、この首都東京で日本経済を担う一翼としての職務を全うしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「大前健一の資本主義の論点」大前健一他
「ロスト・シンボル(上)」ダン・ブラウン




    


     

2011年3月12日土曜日

災害の夜

天災とはいつやってくるかわからないとはよく言ったもの。
普段であればあと少しで休みという安堵感の漂う金曜日の夕方の地震はまさにそんな感じだった。
人間はピンチの時こそ真価を問われるし、その人間性が出る とは常日頃から考えているから、これは尋常ならざる揺れだとわかった時も、咄嗟に考えたのはその事だ。

12階という事もあってオフィスはかなり揺れた。
船に乗っているような感覚だったし、壁がミシミシという音があたりに響き、かなり迫力はあった。
古いビルだという意識もそれに輪をかけた。
もしや倒壊するビルでもあるかもしれないと窓際に立って一人外を眺めていたが、その間もブラインドが揺れて窓にあたり、ガタガタ音を立てていた。
オフィスの同僚たちは揃いもそろって机の下に潜った。
冗談かなと思ったら、備え付けのヘルメットまで被って真剣な表情をしている者もいた。

外出禁止令が解除され、早々に仕事は終了。
オフィスに残っても良し、帰っても良しという事になった。
こういう場合、「動く」タイプの人と「待つ」タイプの人とがあるが、私は基本的に「動く」タイプだ。もちろん、雪山や砂漠などの特殊環境なら別だが、都会でさしたる危険があるわけでもなく、ただ交通機関がマヒしているだけ、という状況であれば尚更「待つ」という判断はしない。

電車はダメでもバスがある、と窓の外を観察していて気がついた。
しかし、すぐに渋滞が始ってそれは甘い考えだと気がついた。
さて歩いて帰る事にしても東京駅から自宅までだと、ざっくり見積もって20キロ。
歩く速度が時速4キロとして5時間。
一方実家のある武蔵小山だとその半分。

迷った末、実家へ行く事にした。
車で通った事のあるルートだし、頭の中で道順を描けるという心理的な安心感もあったからだ。
わかりやすい幹線道路を選んだが、同じように歩く人が多く、行き交う人々でなかなかスムーズに歩けない。道路は車と人が溢れかえる。

歩き始めて1時間。
途中のホテルでトイレ休憩。
外の公衆電話はみな長蛇の列だったが、ホテルの中は穴場。
それでも3台のうちテレフォンカード専用電話が2台であり、残りの1台を待つ事になった。
目の前で電話する若い女性。こういう状況で長電話するとはなかなかの非常識と感心しながら待つ。
携帯電話もオフィスからの電話もつながらなかったのに、公衆電話からだと自宅にすぐにつながった。テレフォンカードはまだどこかに残っていたはずだから、今度探してみようと思いつつ、再び歩きはじめる。

あとわずかで実家というところで、コンビニに入る。
夕食はないだろうと思って弁当を買おうと思ったのだ。
しかし、みごとに棚はすっからかん。
しかたなく実家で冷蔵庫を漁る事にした。
こうした事も貴重な教訓だ。

途中の飲食店はどこもサラリーマンで溢れかえっていた。
オフィスで一晩過ごす事にしたサラリーマンが、夕食に寄ったのだろう。
ABCマートは靴を買い求める人で賑わっていた。
たぶんヒールの女性や革靴の男性がスニーカーでも買いに入ったのであろう。
ホテルのラウンジでは優雅にコーヒーを飲む人たちがいる一方、パチンコ店にも少ないとはいえお客さんがいた。災害というよりも何かのイベントのような夜だった。

品川から人混みを回避して裏道に入った。
月を目印に歩いていたら、井深会館というソニーの歴史博物館を発見した。
さすがソニー村だ。
家まで休憩時間を除いて2時間。
東北は大変な事になっているが、東京はこの程度だったから幸運だった。
いざとなると携帯もつながらない。

今回の事は貴重な経験としておきたいと思ったのである・・・

【本日の読書】
「錨を上げよ(下)」百田尚樹


    

2011年3月8日火曜日

パソコンとのお付き合い

朝起きて顔を洗って髭を剃った後、パソコンを立ち上げる。
夜帰宅して、夕食をとった後、コーヒーを飲みながらパソコンに向かう。
一日の大半を過ごす職場では、パソコンに向かって仕事をする。
考えてみれば、起きている時間の大半をパソコンに向かって過ごしている気がする。
テレビを見ない日はあっても、パソコンを立ち上げない日はない。

思い起こしてみれば、初めてパソコンを目にしたのは中学生の頃だ。
当時仲の良かった天才Sと一緒に秋葉原へ行った時のことだ。
店頭にあるパソコンにSが訳知り顔で何やら打ちこんでいった。
するとまもなくゲームが始った。
新鮮な驚きが今でも脳裏によみがえる。

初めて買ったパソコンは東芝のダイナブック。
ノートブックタイプで、まだDOS-Vの時代だ。
15万円もはたいて買ったはいいが、何をしたらよいのかわからない。
結局、表計算ソフトを使ってこずかい帳を作ったくらいだ。
そして次にデスクトップパソコンを確か24万円くらいで買い、最初のダイナブックは5万円で下取りに出した。

2台目のパソコンはウィンドウズ3.1だ。
パソコン通の後輩にいろいろと教えてもらった。
彼の自宅に押し掛け、インターネットを見せてもらった。
初めて見たホームページはホワイトハウスだった。
そして自分でも「インターネットカメレオン」という接続ソフトを購入してきて、インターネットを始めた。接続すると、ピーヒャララ~と音がしていた時代だ。

私はどちらかというと好奇心旺盛な方で、とにかくやってみようと手を出す事が多い。
パソコンもその典型で、それは仕事では有利に働いた。
ようやく勤務先の支店に設置されるようになったのは、1996年頃だ。
使いこなせる人は支店に一人か二人。
早く始めたのが幸いし、その一人に名を連ねたし、女性陣を集めてレクチャーしたりもした。

ただ、時代についてこられない上司はいるもので、みんなが手書きで作っていた資料をパソコンで作っていると、「パソコンを打っていれば仕事していると思ったら大間違いだぞ」と嫌味を言われた事もあった。
今ではパソコンがなければ仕事にならない。

自宅のパソコンも3台目と4台目は会社の同僚が自作してくれた。
好きな人は自作するようになっていたのだ。
私は面倒だから作るよりも使う方が良かった。
5台目からはパーツで買うようになり、今のパソコンは6台目だ。
ディスプレイは5台目の時に変えたやつだし、マウスやキーボードも都度交換しているからもう数は忘れてしまった。

厄介なのはデータの保管だ。
特に写真や日記はまめにバックアップを取っているが、フロッピーディスクではそのうち使えなくなりそうな気がするし、CDはこまめなバックアップが取れないのが難点だ。
それに人には見せられない秘蔵動画類はバックアップも楽ではない。

考えてみれば、パソコンとは不思議なものだ。
これで何をすれば良いのだろうと考えていた時代もあったというのに、今では新聞代わりにニュースを読み(それも一紙だけではなくCNNなんかも見る事ができる)、国内外の友人知人とメールでコミュニケーションを取り、音楽を楽しみ、映画も観られる。

5歳の長男にウルトラマンタロウの歌を教えてくれと言われ、「セブンならわかるのに」とぼやきながらもYoutubeを訪ねれば、主題歌をそのまま聞かせる事ができる。
ブログを書けば見知らぬ人がそれを読みコメントを寄せてくれるし、ブログに載せた広告でちょっとしたおこずかいも入ってきたりする。
ダイナブックのキーボードを叩いていた頃には想像もできなかった進化だ。

これから先もまだまだ進化していくのだろうか。
敬遠していたツイッターなども利用方法を工夫すればいろいろと楽しみ方があるようだし、好奇心旺盛だったあの頃の気持ちそのままに、さらに楽しみを深めていきたいものだ。

あとまだやり残している事があるとしたら、次のパソコンはマックにしようかと考えている事だろうか。これまでにも何度も思い断念してきたマッキントッシュ。
憧れのようなものを感じると言えば大げさだろうか・・・

キーボードを叩きながらそんな事を考えたのである・・・

【本日の読書】
「錨を上げよ(下)」百田尚樹
     

2011年3月6日日曜日

スキー in 岩原

昨日は今シーズン3度目、そして最後のスキーに行って来た。
場所はさる方にお勧めいただいた岩原スキー場。
初心者コースが充実しているという事であり、我が家にぴったりと判断したのである。

朝5時に出発すると、前回同様ほとんど渋滞もなく3時間で現地に到着。
ゲレンデ前にある、ネットで調べていた格安レンタルスキー店に車を止める。
家族が車で朝食のおにぎりを頬張る間、店内を偵察。
ところが店内はアルバイト風店員一人で、一昔前のレンタル店の雰囲気。
安いからか、と思いつつ一旦外に出る。

そうしたところ、雪かきをしていた隣店のおみやげ屋のおばちゃんに声をかけられた。
「あっちのお店の方がいいわよ」と道路向こうの店を指さす。
「そこはずっと閉店していたし、あるものも古いでしょ。あそこは新しいのもあるし、駐車場にタダで車止めて、そのまま滑りに行けるわよ。」

せっかくのお勧めにしたがって、道路向こうの「ベアースポーツ」に行く。
店員さんも親切で、リフトの割引券までもらえた。
ネット社会とはいいつつも、まだまだアナログな部分が大事であると感じる。

さて計算してみると、リフト代とスキーセットのレンタル代と何もかもゲレンデ内でお金を払った場合と比べ、家族で5,100円安くなった。この結果はバカにできない。
こういう部分はネットで情報を検索した結果であるから、やっぱり両方大事である・・・

肝心の岩原スキー場であるが、情報通り初心者向けのゲレンデが充実している。
子供たちもまだまだ初心者。広い緩やかなゲレンデは恐怖心を覚える事なく楽しく滑れる。
私自身からするとまったく面白味はないのだが、まあ子供たちが楽しければいいだろうと満足。
ゲレンデの一角にキッズコーナーがあって、ポールが立てられている。
子供たちもボーゲンながら器用にポールを曲がって滑っていたし、こうした部分も楽しかったようである。

ランチのあとは雪合戦。
考えてみれば、こんなにたくさんの雪に囲まれるなんて経験は東京ではできない。
それに前夜に降ったとみられる新雪が気持ちいい。
5歳の長男は3時過ぎには疲れて滑るのを嫌がったから、1時間ほどゲレンデの端で遊ばせた。
雪に埋もれて穴を掘ったり山を作ったり、砂場の砂と違って面白かったようだ。
一人滑らず付き添っていて、せっかくスキーに来たのにと思ったが、目的はスキーなのか子供を楽しませる事かとなると考えるまでもない。
まあひどく熱中して遊んでいたからいいのだろう。

妻と交代して娘と滑りに行く。
なんと中級者向けのコースを降りてきたという。
さっそくそのコースに行く。
けっこうな急斜面だが、長女はボーゲンでしっかり危なげなく下りてくる。
ここでようやく遠慮なく滑り下りた。
スピードと転ぶかもしれないというスリルを久々に楽しめた瞬間であった。
いずれ我が家も初心者コースとは無縁になるのだろう。

さて、たっぷり楽しんでの帰り道、覚悟した渋滞はちょっとだけ。
結局食事時間を除けばほぼ3時間で帰って来た。
拍子抜けしたが、まあ早く帰れるに越した事はない。
終わりよければではないが、今シーズンは充実して楽しめた。
来年はゴーグルを新調して臨もうと思うのである・・・


【本日の読書】
「錨を上げよ(上)」百田尚樹
    

2011年3月3日木曜日

移民政策を憂う2

民主党による「1000万移民構想」を始めとして、日本の少子高齢化・生産人口減少を解決する手段として移民政策を主張する声があちこちにある。
それについては個人的には反対している。
机上の理論と違い生身の人間は理屈通りにはいかない。
その最大の要因は「文化の違い」だ。
それは決して「足して2で割る」事のできないものだ。

例えば中国人。
東洋学園大学の朱健榮教授によれば、中国は「自己主張の文化」、日本は「恥の文化」だと言う。
中国人は4割知っていれば「知っている」と言い、日本人は9割知っていても「知らない」と答える。
一歩下がる謙譲が美徳とされる文化と誰もが我こそはと出る杭になりたがる文化。
どちらが良いとか悪いとかという事ではなく、ただ大きく違うのである。

いつだったか「ガイアの夜明け」で、中国に進出した日系企業が中国人労働者の扱いに悩む姿を映していた。合理的で、その日のノルマを達成してしまうと仕事をやめてしまう中国人労働者と、決められた5時まで働かせようとする日本人管理職の意識のギャップがそこにはあった。
辟易した中国人労働者は手抜きして5時までに終わるように仕事を「調整」するようになっていた。
中国人労働者の考え方もよくわかる。ただ、肩を並べて一緒に働けるか、という事だ。

「郷に行っては郷に従え」であれば、日本に来たら日本流に合わせてもらうべきだと思うかもしれない。でも1000万人も「自己主張の文化」の人たちが来たら、「恥の文化・謙譲の文化」はそれを自己主張できるだろうか?以前中国滞在経験のある同僚に聞いた生身の中国人の話を思い出せば、どうなるかは火を見るより明らかだ。

繰り返すがどちらが良い悪いではない。
まさに水と油ほど交われないものなのだ。
一緒に入れても理想通り混ざり合うのは難しいだろう。
仮に混ざり合ったとして、その時日本人が廃墟から経済大国に上り詰めた原動力となった「日本人の文化」が、果たして維持できるだろうか。

移民先進国のドイツでは、地域によっては移民が住民の9割を越え、なんとそこの学校ではドイツ人の子供が「ドイツ人だという理由で」いじめに遭っているとテレビで紹介されて話題となっていた。
移民の流入により街の雰囲気が変わり、経済的に余裕のあるドイツ人たちはよそへ出て行き、余裕のないドイツ人が少数派となって残されてしまったようである。
そして、ドイツのメルケル首相自ら、「移民政策には反対しない」と前置きしつつ、「ドイツの多文化主義は失敗した」と公の場で語っている。

また、「3K労働者を入れれば治安が悪くなるかもしれないが、教育水準の高い人たちを入れれば大丈夫だ」という主張もある。だが就職先がないと嘆く軟弱な若者たちが、母国語と日本語を操る外国人に太刀打ちできるのだろうか。一層就職難になって、外国人が一流企業に就職し、日本人が就職難民になっても社会は穏やかでいられるのだろうか。

「移民政策で日本の活力を維持しよう」なんて机上の空論にしか思えない。
一度入れたら過ちに気付いても追い出すわけにはいかない。ドイツのように、である。
ドイツは対岸の火事ではないし、もって他山の石とすべき貴重な経験を我々に教えてくれているように思うのである・・・


【本日の読書】
「錨を上げよ(上)」百田尚樹

   

2011年3月1日火曜日

移民政策を憂う1

ここのところブログの更新間隔が開いてきている。
雑感がないわけではないのだが、いや、それよりもむしろ増えているのだが、アウトプットの時間が悲しいくらいない。何かを捨てないといけないのだが、寝る時間はもうこれ以上削れない。
そうすると、ブログを更新する時間が犠牲になるのである。
1日26時間ほしいと真剣に思う毎日である・・・

そんな中で、「移民政策」についてここのところよく考える。
少子高齢化というのは昨今よく言われる我が国の問題点の一つである。
医療の発達もあって老人が増え続け、一方で晩婚化や未婚などの要因もあり子供が増えない。
それに従い生産人口(要は働く人だ)が減少し続けている。
それに対する対応策として、「移民」を主張する声が上がっているのである。

現在与党である民主党も「1000万人移民受け入れ構想」を掲げているし、私がお手伝いしている社会人向け勉強会「寺子屋小山台」に講師として参加していただいた朱健榮先生も、先日そう主張していた。確かに、減った分を自分たちで補えないのであれば、他所から受け入れればいいという理屈はわかる。ただ、事は人に関わる事である。そう簡単に行くものではない。

そもそもであるが、本当に人口が減少していくのは大変な事なのだろうか?
まずはそこの議論が抜け落ちている。
資源もない我が国に、果たして1億2,000万人という人口は適正なのだろうか?
江戸時代の人口は4,000万人に満たなかったらしいが、それ以降人口は増え続けてきているわけである。これからも増え続けるのが良いという事もあるまいし、ひょっとしたら日本の国土にあった人口は8,000万人くらいかもしれない。

かつてはウサギ小屋に住むエコノミックアニマルとバカにされた日本人である。
今だって都心部で庭つき一戸建てに住もうと思ったら、相当の金持ちでないと難しい。
だが人口が減れば可能になるかもしれない。
もちろん、我が国の国土は大半が山間部で、自ずから平野部に人口は集中するし、江戸時代だって庶民は長屋にひしめき合って暮らしていたわけだから、そう簡単にいくかどうかはわからない。
しかし、土地は安くなるだろうし、今よりも住環境は確実によくなるだろう。
生活の質は、住宅に関しては上がるはずだ。

今1,000円高速にした途端、問題となっている高速道路の渋滞だって緩和されるだろう。
人口が減れば消費も減る。経済規模も縮小するが、当然リストラなんてしなくても社員も減るわけだから問題はなさそうな気もする。食料自給率だって上がるだろう。
何か問題があるだろうかと思ってしまう。

もちろん、今は人口構成が逆ピラミッドなわけで、当面の問題は避けられない。
しかしいずれ老人は死に、人口の逆ピラミッドも解消されていくだろう。
その過程で産みの苦しみは出るだろうが、きちんと将来の姿を見据えて頑張れば乗り越えられなくもないはずだ。簡単に移民などと口走る前に、そうした検討をしてみてもいいのではないかと思う。

それに移民というが文化の違いと言う大きな壁がある。
それこそが最大の問題だ。
資源のない我が国がここまで発展したのは、間違いなく「勤勉な国民性」だ。
価値観の違う人が10人に1人となったら、この国民特性も失われていくかもしれない。
その結果いつのまにか我が国は、ただ単に人口が多いだけの国に落ちてしまわないかと心配になる。

そんな事を考えていると、移民などと無責任に主張する意見に腹が立ってくるのである。知恵を絞ればもっといいアイディアが出てくるように思うのである・・・


【昨日の読書】
「ハーバード白熱教室講義録」マイケル・サンデル
「錨を上げよ(上)」百田尚樹
 
 
    

2011年2月26日土曜日

消費税増税に思う

最近消費税増税の議論が活発になってきている。
政治的には消費税増税を訴えると選挙では不利になるからみんな避けてきた。
管総理も消費税増税を訴えて選挙で失敗している。
にもかかわらず、ここにきて再び消費税増税がニュースに出てきている。
まあ今の「収入40兆円、支出90兆円、赤字50兆円」という国家財政が健全であるはずがなく、どこかでバランスを取らなければ破綻は避けられないから当然だろう。

それはそれで仕方ないとして、気になるのは議論の一つとして「消費税を社会保障目的税化しよう」というのがある事だ。年金などの社会保障費用はより安定した財源として消費税で賄おうという意見で、これ自体はかまわないと思う。ただ、それが消費税増税と絡むと、「ちょっと待てよ」と思ってしまう。そこにはただ増税するのはけしからんが、社会保障に使うのなら仕方がないとなんとなく人々に誤解させるモノがあるからだ。事実、先日も私がお手伝いしている社会人向け勉強会「寺子屋小山台」でも、そう発言する人が二人もいた。読売新聞でも声高に叫ぶ意見が掲載されていたが、その記事のどこを読んでも私の疑問には答えてくれない。

例えば少年Aが毎月5,000円のおこずかいをもらっていたとする。
そのうち1,000円は文房具やら学校や塾での必要経費で、純粋に使途自由なおこずかいは4,000円だ。
ところが遊びに忙しいAはこれでは足りない。
そこでママに1,000円のおこずかいアップを交渉した。
ママの答えは当然、「No」。
「無駄遣いをやめなさい」と言う訳だ。

ところがAからすれば、「無駄遣いなんて1円もしていない」。みんな必要なのだ。
そこで一計を案じ、「ならば文房具など学校や塾で使っている分1,000円に充てるからその分を上げてほしい」と申し入れた。「目的こずかい制」の主張である。
ママもそれなら仕方ないかと承知した。
こうしてAは、それまでの使途自由なこずかい「5,000円に加え」、「目的こずかい1,000円」をもらう事となったのである・・・

何がおかしいかは一目瞭然だが、消費税増税ではどこからも疑問があがってこないのは不思議だ。
社会保障目的税は良いと思うのだが、ならばそれは今の消費税収をそのまま充てれば良い話だ。
だから消費税を10%にするのは仕方ないとするのはおかしいのである。
それを言うなら、その分減税とセットしないと少年Aのママのようにうまく丸めこまれる事になる。

マスコミも気がついていないのか、あるいは増税やむなしのコンセンサスを作ろうと狙っているのかわからないが、「社会保障目的税化」については歓迎ムードである。
新聞に書いてある事を鵜呑みにしてはいけないという良い例である。
我々は知らず知らずのうちにコントロールされているのだ。

もっともそういうレトリックで消費税を5%から10%に上げたところで、増える税収は10兆円らしい。大山鳴動しても収支バランスは「収入50兆円、支出90兆円で40兆円の赤字」になるだけである。どう考えても明るい未来があるようには思えないのである・・・


【昨日の読書】
「ハーバード白熱教室講義録」マイケル・サンデル
「逆説の日本史⑰」井沢元彦
     
    

2011年2月22日火曜日

スキーin上越国際

週末に2週続けてとなるスキーに行って来た。今度は1泊2日。場所は前回の湯沢より少し先の上越国際スキー場である。

前回の教訓を活かし、1時間早く朝の5時に出発。その甲斐あってかそれとも前回だけだったのか、渋滞には合わずに3時間後には現地に到着。幸先の良い滑り出しであった。

天気は好天。
白銀がまばゆいし、遠くの山々が鮮やかに広がる。前回のナスパはスノーボード禁止だったが、こちらはオープン。
何やらスノーボードの大会も行われており、話によると普段からもスノーボーダーが7割を占めるらしい。ちょっと前回とは雰囲気が異なるところである。

スノーボードも気にはならないのだが、ゲレンデの真ん中で平気で座られるのには閉口する。
狭い林間コースでも並んで座られ、コースが半分塞がれていたりもした。
私一人なら気にならないが、何せ初心者の子供が突っ込みはしないか、下手に避けようとして転びはしないかと冷や冷やした。マナーさえしっかりしてくれれば、スノーボードとの共存はできると思うのだが・・・

なんでもスノーボードはスキーよりも怪我をすると大変らしい。
ストックがない分、手をついて骨折する事が多く、またジャンプなどアクロバチックな動きをするため、脊椎損傷なんてスキーではないような大怪我もあると言う事だ。
まあやりたいとは思わないからいいのだが・・・
その代りスノーサイクルはやってみたいと思った。
これはなかなか面白そうだ・・・

5歳の長男は3回目のスキーともあって、ボーゲンの腕を上げた。
いずこかの初心者のお姉ちゃん二人が、ちょっとした斜面の林間コースでよろよろドスンとやっている脇を長男がさっそうと滑り下りる。お姉ちゃんたちも歯ぎしりしているに違いないと我が子を逞しく思う。

勢いよく滑降する長男に追いついて、振り向きざまに顔を見たら、半べその顔をしていた。どうやら自分でもコントロールできなかったらしい。まあそうやって人生の試練と向き合うのだ。

そのあと斜面ではジグザグに降りる事を教えたら、すっかり覚えて2日目には中級者コースをボーゲンでジグザグに降りられるようになった。
長女はもう少し滑れるし、そうすると私も少しは自分の滑りたいように滑れる。
少しは練習しないといつまでたってもうまくなれない。
次回はみんなもう少しレベルアップして滑れそうな気がする。

最近のカービングスキーは昔のスキーとは滑り方が違うらしい。
そんな事を言われたって見ても違いなんてわからない。
まあラグビーだって、年々ルールが変わって進化しているから不思議でもない。
誰かに見せるわけでもないし、自分が楽しければいいやと思う事にした。
それでもYoutubeをちょっと検索すると、いろいろとデモをやっている。
次回までに少し研究するのも悪くないかもしれない。

大満足で帰路に着く。
明日は仕事に学校だし、早目の帰宅と思ったのに帰りの関越で渋滞にはまってしまった。
これだけは、やっぱりなんとかしたいが、なかなか難しいところである・・・


【本日の読書】
「ハーバード白熱教室講義録(上)」マイケル・サンデル
「逆説の日本史⑰」井沢元彦
     

2011年2月17日木曜日

バレンタイン騒動

14日はバレンタインデー。
先週末に長女は二日間にわたってチョコ作り。
ママと一緒に買い物に行き、何やら台所にこもってせっせとこしらえていた。
そうして作ったものを、当日放課後にそれぞれの家に届けたらしい。
学校にチョコを持って行ってはいけないようなのである。

長女が配ったチョコは4つ。
友達への友チョコが3つと本命チョコが1つ。
個人情報保護の影響か本命チョコの男の子の家がわからず、友達に聞いてまわったそうである。
今はなかなか大変なご時世である。

小学校4年とはいえ、それなりに渡す時は緊張したらしい。
私が初めて女の子に「好きだ」と言ったのは小学校6年の時だった。
あっさりと「まだ早い」と言われてしまった。
あの頃もバレンタインデーの習慣はあったと思うが、縁のなかった私にはあまり記憶に残っていない。ただ「好きだ」と直接言うしかなかったから、チョコをあげるという行為で表現できる女の子は羨ましい気もする。

一方、長男は私が帰宅するなり小さな段ボールを抱えて中味を見せに来た。
いろいろな種類のチョコが無造作に放りこんである。
「全部で10個(中にはお婆ちゃんと叔母ちゃんの組織票も入っている)あるよ」と報告に来たのだ。
我が子ながら嫌味な奴だ。パパは中学までもらった事がなかったし、昨今は義理チョコだってそうそうもらえないっていうのに(男女比率がアンバランスでチョコ配りも大変な職場なのである)・・・

中には手作りチョコも入っていた。
まあお母さんに手伝ってもらったのだろうが、幼稚園の年中さんで手作りチョコとは恐れ入る。
一緒に渡されたカードを見れば、ひらがなすらミミズが這ったようなたどたどしい字だと言うのに・・・

どれかちょうだいと言ったら断られた。全部一人で食べるらしい。
今からこんなにもらうのが当たり前という感覚になってしまうのも良くない気がする。
ずっともらえなかったからこそ、高校の時初めて直接渡されて舞い上がるほど嬉しかったものである。もらうのが当たり前になると、ああいう嬉しさは味わえない事だろう。
それがいいのか悪いのか。

本当は悪しき習慣だと思うものの、ここまで浸透してしまうと抵抗しても無駄というもの。
子供たちの様子を見ていると楽しいイベントで良いようにも思えるし、素直に認めるべきかもしれない。でもいずれ本命に振られたりもらえなかったりという経験もきっとするだろう。
人生はチョコレートほど甘くはない。
そんな時にこそ、パパの出番はあるような気がするのである・・・


『涙とともにパンを食べた者でなければ、人生の味はわからない』(ゲーテ)


【本日の読書】
「野村の実践『論語』」野村克也
「長い長い殺人」宮部みゆき

2011年2月13日日曜日

ネットワーク

先日、我が大学のラグビー部OB会で運営している メーリングリストに投稿した。
推定300人くらいのOBに私の意見を載せたメールが一斉に配信されたわけである。
送信ボタンをクリックするのは個人間のメールと変わらない。
300人に送った、などという感覚はない。
しかし、そのあとそれをつくづくと実感させられた。

メールの意見に対する反響が返って来たのだ。
執行部サイドのOBからは、「よく言ってくれた」と感謝の言葉をもらった。
執行部側とすれば、自分たちが反論すれば角が立つ。
しかし、第3者の立場からの援護射撃は自分たちの正当性を擁護するものだからだ。

同じOBとは言え、まったく面識のない先輩からも同感だというメールもいただいた。
同じ銀行に勤める先輩からも、「賛意を持って拝見しました」という年賀状をいただいた。
卒業以来、音沙汰なかった後輩から20年振りの連絡が、メールという形で来た。
正月に同期と集まった時は、真っ先にその話題となった。
やっぱりみんなに届いているのだ。

先日の2回目の投稿後も、新たに後輩からメールが届いた。
シドニーに赴任しているという一つ上の先輩からは、「相変わらずの熱血漢だね」というメールをいただいた。学生時代から面倒な事は嫌いな先輩だったのに、わざわざメールをくれるなんて意外な気がした。もっとも、「相手は老後のヒマつぶしだから、相手にしてると大変だよ」というシニカルなコメントは変わっていなかった。

卒業して散り散りとなり、離れて別々の生活リズムで暮らしている何百人というOBに、自分の意見が一瞬にして広まるというのも、あらためてえらい事だと実感する。
これが現代のネットワークというものなのだろう。
最近はミクシィなどのSNSが一般的になっている。
私は最近誘われた勢いでFacebookに登録したが、使いこなせていない。
興味はあるが、それに費やす時間がもったいないというのが一番の理由だ。
しかし親しい友人がみんな参加していれば、例え住所や連絡先が分からなくなったとしても、こうしたSNSを通じて常時連絡が取れるわけで、もっと普及したら便利になるだろうと思う。

一度投稿すると度胸がつく。
また問題が再燃したら再度投稿するかもしれない。
直接メールをもらわなくても、読むだけ読んでいるOBが大勢いる。
20年会っていない人たちに存在感を示せるというのも良いものだと思う。

ただOB会のメーリングリストだからいいのだが、一般向けのFacebookにはどう向き合っていくかは未定だ。もともと人見知りする性質だし、時間的ゆとりもないし・・・
しばらくは「やめずにちょっとずつ様子見ながら」という程度になりそうである・・・

     

2011年2月12日土曜日

初滑り

先日予定していたスキーであるが、今年一番の寒波到来という予報で取りやめ。
本日その代わりとして初滑りに行って来た。
場所は湯沢のナスパスキーガーデン。
昨年は子供が生まれて以来はじめてのスキーだったが、新幹線で往復。
今年はスタッドレスタイヤを装着して車で往復した。

我が家からは関越自動車道にすぐアクセスできる。
片道2時間のはずであった。ところが、渋滞。
最近はスキー人気の低迷もあって、かつてのひどい渋滞はなくなっているという話であったが、そんな話はどこへやらの渋滞であった。
休憩時に行き交う人を観察したら、同じスキー目的の人が多いようだったから、どうやらスキー渋滞らしい。たっぷりと予定の3倍かかり、着いたらお昼であった。

かつて学生時代はよくバスでスキーに行った。
ちょうどスキーブームの折、新宿駅西口広場からサミーなどのツアーバスに乗り込んだものだ。
無数と思えるほどのバスが集まり、目的のバスを探すのが大変だった記憶がある。
大抵夜中に出発して、リクライニングもままならぬバスで窮屈な思いをしてスキー場に向かったものである。

社会人になると、車でスキーに行くようになったが、それでも夜中に出発していた。
その頃の関越自動車道の渋滞はひどいもので、へとへとで朝スキー場に着くと、今度はゲレンデラッシュ。30分リフト待ちして3分で滑り、また30分リフト待ち。
さすがに我慢しきれなくなった。
そんなところへ友人に穴場スポットを紹介された。
それは会津の台鞍山スキー場である。

東京からだと車で4~5時間ほどと遠い事は遠いのだが、東北自動車道は渋滞がなく、しかもゲレンデにはリフト待ちがない。地元の人たちしかいないようなところで、物足りないとしたら規模が小さい事だけであった。すっかり気に入って、子供が生まれるまでは台鞍山しか行かなかったほどである。以来10年・・・

スキーはすっかり下火となり、板も短くなった。
6時間の渋滞と言ってもあの頃に比べれば遥かにマシと言える。
もう少し早く出発すれば、かなり回避できそうな気もするし・・・
スキー人口が減って、業界は縮小。
旅行会社のサミーは潰れ、神田のスキー専門店街もだいぶ様相が変わった。
ゲレンデのリフト待ちも今日は気にならない程度。
5歳の長男を連れていても全くストレスはなかった。

少子化問題が騒がれているが、ことスキーに限って言えば、スキー人口の減少はスキーヤーにとってはウェルカムだ。減り過ぎればスキー場の経営も立ち行かなくなって逆効果かもしれない。
しかしほどほどに減ったがゆえに、家族で気軽に楽しめるレジャーとなってきているのは事実である。業界の規模は縮小し、経済の面からいけば「深刻な問題」と言えるのかもしれないが、利用者の視点からは歓迎すべき結果だ。

少子化・生産人口の減少が問題視されているが、意外とこんなところにこの問題を考えるヒントのようなものがある気がする。それはまた次の機会に考えてみたい。
さて来週は1泊でのスキー旅行。今度は温泉やバイキングなども合わせて楽しんでくる予定である・・・


【昨日の読書】
「お金の神様」中原圭介
「ほんとうの国語力が驚くほど伸びる本」福嶋隆史
 

2011年2月8日火曜日

ラグビー部お家騒動

我が大学のラグビー部では、昨年からちょっとした騒動が起こっている。

定年で会社勤めからリタイアした老OBが、その興味をかつて自身が所属していたラグビー部に向けた。足繁く通い、やがて現役学生を「指導」するようになった。
実は我がラグビー部には不文律がある。
それは、「学生に対する指導はコーチングスタッフに限る」というものである。
いろいろなOBがやって来て、好き勝手に学生を指導し始めたら混乱を来たすからである。
まるで反対の指導をされては、現役もたまったものではない。老OBの勇み足である。

事態を重視した幹部スタッフは老OBと会合を持ち、しっかり注意した。
ところが老OBはこれに反発。
メーリングリストを活用して自分もコーチングができるよう制度改革を訴え始めたのだ。
それに賛同する老OBがもう一名加わり、盛んに制度改革の提案をしている。
幹部スタッフは事態を静観している。

メーリングリスト上での上記活動に違和感を覚えた私は、コーチ陣に火の手が及ぶに至って議論に単独参戦。身内とは言え、推定300名くらいに配信されているメーリングリストに名前を出して意見を投稿するのはちょっとした度胸がいる。
何度も推敲して送信ボタンをクリックした。

議論の中身には直接加わらず、メーリングリストの私的活用に疑問を呈する内容にしたためか、老OBも反省の意を表して静かになる。
これで終わりかと思いきや、OB総会を前にして再び活動し始めた。
今度は公的利用の形を取ってである。敵もさる者なのである。

今度は正面から制度改正には反対の意を表明した。
二度目の投稿である。
幹部スタッフよりも第三勢力としての方が重みがあるだろうと、幹部スタッフとは一線を画してだ。
だが議論は平行線。その主張は、きれい事を並べ立てても結局は「自分もコーチをしたい」というところに尽きるのである。それはつまりエゴなのであるが、だからと言って「やりたい」と言う者を無理やり排除するのも気が引ける。相手は大先輩だし、ラグビーが好きなのだし、エゴであってもそこは尊重したいところだ。

定年後に自由な時間が取れ、ふと気がつくと昔青春時代を送ったグラウンドに再び帰りたくなったのだろう。いずれ自分もそうなるかもしれない。
ただ、コーチ陣は若手に委譲してあるし、膝つきつめて現役と話し、時に一緒にグラウンドで汗をかき、コーチ陣も一生懸命だ。そこに老OBが加わる余地はない。

そもそもグラウンドに足を向けるようなOBはみな愛着を持ち、かつての自分にも自信を持っている。現役にちょいと指導したくなるのはみんな一緒だ。
それをぐっと我慢しているのだ。
それによって混乱を防ぎ、秩序を維持している。
老OBにも理解していただきたいところなのである。

根底にある気持ちは同じ。
現役の勝利。
ただそれに直接手を添えるか、黙って見守るに留めるかの違い。
違う考え方同士の溝を埋めるのはなかなか至難の業。
幹部スタッフから漏れてくる意見はかなり怒り心頭の様子。
メーリングリスト上では沈黙を守っているが、いずれ今度のOB総会での激突は不可避だろう。

自分としてはどうすべきか。
コミュニケーションの良いトレーニング機会にも思える。
考え方は大きく事なれど、同じラグビー部の大先輩だし、遺恨が残らないようにしてもらいたいと思っている。こんどの総会では、是非老OBに直接挨拶に行こうと思うのである・・・



【本日の読書】
「お金の神様」中原圭介
「ほんとうの国語力が驚くほど伸びる本」福嶋隆史
 
        

2011年2月4日金曜日

子供手当にモノ申す

親しい友人に指摘されてあらためて最新の給与明細を見た。
すると教えられた通り、所得税が増えていた。
子供手当の支給で扶養控除がなくなったのである。
これぞ朝三暮四というのか、お粗末である・・・

子供手当に関しては、マスコミが「バラマキ」と批判するものだから、みんな批判的になっているように思える。もらっていない人が反対するのは当然ながら、もらっている人も「嬉しいには嬉しいが・・・」と声高らかに「賛成」という人には今のところお目にかかっていない。

マスコミの報道なんて頭から疑ってかかる私としては、「バラマキ批判の批判」をしたいと思う。
子供手当はまっとうな戦略だ、と。そもそも企業減税だって企業に対する「バラマキ」だ。
なのに逆に5%では国際競争に勝てないと、もっとバラマケと煽る始末だ。
まったく矛盾している(ちなみに私は企業減税に関してはマスコミと同意見だ)。

そもそも今回の不況は消費不況。
「人々がモノを買わない→企業が儲からない→働く人の給料が増えない→モノを買わない」という負のスパイラルにはまっている。
それを「モノを買う→企業が儲かる→給料が増える→モノを買う」というスパイラルに変換するには、お金というカンフル剤の投入が手っ取り早い。

しかし財政事情から全員には支給できない。そこで対象を考える。
老人はすでにお金を持っている(個人預金1,500兆円の大半は老人が持っている)。
若者や子供がいない世帯は可処分所得が多い(だから不況でもブランド品が売れている)。
一番苦しくて財布のひもが固いのは子育て世帯だ。だからここへピンポイントでお金をつぎ込むわけだ。名目は「子供手当」としておけば、少子化問題とあわせて恰好がつく(されど実態は消費喚起策だ)。

戦略としては間違っていない。
ちょっと考えればわかる事であって、バラマキなどと批判するのは、マスコミが脳味噌を使って自分で考えていないだけの事だ。
ただ、だからと言って問題がないわけではない。
どころか大ありだ。批判するならここをするのが正しい。

一番の問題は、「戦力の逐次投入」という愚行だ。
日本軍はガダルカナルでこれをやって失敗し、湾岸戦争では資金援助でこれをやって失敗した。
典型的な役人ならではの発想で、今またこれを繰り返している。
砂場にコップで水をかけたって効果はない。
やるならバケツで一気に大量投入しないと効果はでない。

具体的に言うなら13,000円(手取りではもっと減る)じゃだめなのだ。
我が家でもこれっぽっちじゃすぐ貯蓄行きだ。
せめて50,000円。これくらいあれば半分貯蓄に回して、半分は消費に回る。
外食や旅行やショッピングに確実に回る(飲みに行く回数も確実に増える)。
消費喚起効果は確実に現れると思うのだ。

賭けてもいいから、まずはやってみてもらいたいが、どうだろう。
冗談半分であるが、マスコミの意見と比べれば、はるかにまともだと思うのである・・・


【本日の読書】
「知らないと恥をかく世界の大問題」池上彰
「信じて根を張れ!楕円のボールは信じるヤツの前に落ちてくる」岩出雅之
   

2011年1月31日月曜日

ノートパソコン購入!

先週末は当初スキーに行く予定であった。
ところが湯沢周辺は今年一番の寒波が来るという予報。
大人だけならとかく、子供連れで日帰りとなると無理して行く事もあるまいと、延期。
変わりに延ばし延ばしになっていたパソコンを買いに行く事にした。

天気予報とにらめっこしていたが、今は ウェザーニュースのサイトに行くと目的地をピンポイントで表示してくれる。1時間ごとの天気の推移予測もあり、何より地元レポーターからの報告もある。
いままでのNHKに代表される天気予報とは随分と違うのに驚いた。
こちらも動きを決めるのに大いに役立った。
これはこれからも活用しようと思う。

さて、パソコンであるが、すでにデスクトップはあるので、ノートパソコンが目的。
そのうち子供も使うだろうし、2台あった方がいいだろうと常々思っていたのである。
向かったのは池袋のビックカメラ。
テレビを買った時のポイントが溜まっているからである。

ビックカメラのパソコン館の7階にノートパソコンのコーナーがあるのだが、着くといきなり店員が寄ってくる。こちらが希望を伝えるとすぐにオススメ商品を案内してくれる。
最初に海外メーカーの商品。スペックは問題なく、価格もポイントだけで買えてしまう。
ところが妻の「国産が良い」の一言で国産コーナーへ。

こちらの条件に合わせて勧めてくれたのは、今ビックカメラでもオススメだというFMVのLIFEBOOK。何と組み立ては今時珍しい国内なのだと言う。
“Made in Japan”を前面に打ち出している。パソコンは中身は国内メーカーも海外メーカーも一緒なのだから、私はこだわりはないのだが、何となく国内で雇用を維持しているという点が気に入ってこれに決める。

ただできれば「オフィス」がインストールされていないのが良かったのだが、国産はすべてインストール済みなのだとか。よけいな費用になるし、こういう「余計なお世話と紙一重の手厚さ」が“Made in Japan”の欠点でもあると思う。国民の「お任せ体質」がこういうところから生まれてしまうのである。

帰ってセットアップするとさらに驚く。
ウィルス対策ソフトはノートンの体験版がクリック一つで始められるように画面で訴えてくるし、アマゾンやニフティのアイコンがしっかりとデスクトップに貼りついている。
こういう押しつけには辟易してしまう。
煩わしいアイコンを削除する手間のもどかしさ・・・

ビックカメラで驚いたのは店員の販売姿勢だ。
昨今、どこもコスト削減で店員を捕まえるのに苦労するのだが、このパソコンフロアーでは次から次へと店員に声を掛けられる。説明も噛み砕いて素人にわかりやすく説明してくれる。
やっぱりお隣に量販店日本一のヤマダ電気の総本店がどかんと鎮座しているからだろうか。こうした手厚いサポートで顧客を捕まえようという戦略なのかもしれないが、ありがたいことである。

同時に無線LANへの切り替えもしたのであるが、手続きも手書きのメモで懇切丁寧に教えてくれた。帰ってきてさっそくサクサクできたのはありがたい。
さらにはWiiも無線LANで使える機能が広まるというオマケもついてきた。
2台目のパソコン導入で、一家に一台から一人一台へとやがては進んでいくのであろうか。
値段も初めて買ったデスクトップパソコンの1/3だし、そんな日も遠くなさそうな我が家である・・・


【本日の読書】
「トレードオフ」ジム・コリンズ
「燃ゆるとき」高杉良
    

2011年1月29日土曜日

無駄なことなどないのである

人生に無駄なことがあると思うから無駄な事が起き、無駄な事はないと思うから無駄な事がなくなる
(いつだったか何かで読んでメモした言葉より)
*******************************************************************************************

危機的水準にある我が国の国家予算。
打開策として消費税増税が話題に上っては消えを繰り返している。
大多数の国民としては、「消費税増税は仕方ないとしても、その前に支出を何とかしろよ」という気持ちだろうと思う。事業仕分も何だか失速気味だし、「無駄を省く」という掛け声ばかりで、予算編成は変わる気配もない。

そもそもであるが、「国家予算から無駄を省く」という考えがおかしいのだろう。
きっとお役人のみなさんは、「国家予算に無駄など1円もない」と思っているに違いない。
あればそれこそ「税金の無駄遣い」であり、そんなとんでもない事をお役人がやるわけないのである。だからこそ、政治家が掛け声勇ましく頑張っても、「大山鳴動してネズミ一匹」なのだと思う。

先日、近所の奥様が署名のお願いにやってきた。
なんでもそのうちの子が通う中学校(我が家から一番近い、いつも選挙に使われている中学校だ)の校庭のど真ん中を道路が通るらしい。久々に驚いてしまった。
その中学校は住宅街のまん真ん中にあるのである。
なんでそんなところに道路なんて、と絶句・・・

おそらく戦後の復興期の計画道路なのかもしれない(我が実家も実は計画道路上にあり、固定資産税の優遇を受けている)。一体、今の今頃何でこんな住宅街の真ん中に道路を通す必要性があるのか、まったく理解に苦しむ。別に周辺に渋滞が多くて困っているなんて事情などない。周辺住民は実に静かな環境で快適に暮らしている。

反対運動は静かに起こっているようであるが、たぶんこの計画の必要性をお役人様に尋ねたら、山のようにもっともな回答が返ってくるだろう。
「無駄」などと言おうものなら、猛反撃を食らうに違いない。
だが、「今作らねばならぬほど差し迫って国民に必要と求められているのか?」「必要としている人がいるとしたら、それはどういう人たちなのか?」と尋ねたら、たぶん異なる答えが返ってきそうな気がする。地元の反対運動を見せたら余計にそうだ。

これこそが、お役人様には理解できない「無駄」の正体なのだろう。
きっとそういう例が腐るほどあるに違いない。
みんな「必要な予算」として扱われているのだ。
立ち退き費用なんていくらかかるのだろうと考えると恐ろしいものがある。

人生には無駄なことなど何一つないと思う。
国家予算にも当然そうあってほしい。
ただ「無駄」と「差し迫った必要性」とはうまくわけて使いこなしてほしいと思う。
いずれ重税に圧迫されて、水飲み百姓ならぬ水飲みサラリーマンになるなんて、そんな未来は想像したくないと思うのである・・・


【昨日の読書】
「トレードオフ」ジム・コリンズ
「燃ゆるとき」高杉良
    
  

2011年1月27日木曜日

世の中うまくいかない事もある

同僚が前日の家族の会話を語ってくれた。
5年生になる娘さんが、小学校で鼓笛隊のある楽器担当から落選してしまったという話である。
何でもその小学校では、運動会で6年生がやる鼓笛隊の演奏が競技の目玉であるらしい。
そしてその鼓笛隊でも、その楽器(何だったか忘れてしまった)が花形なのだという。
女の子が担当するらしいのだが、誰もがやりたがって狙っていたらしい。
そして選考会の結果、残念ながら同僚のお嬢さんは落選だったのだと言う。

お母さんも相当期待していたらしく、母子でがっくり涙ポロポロだったらしい。
事前にかなり練習していたらしく、その分期待と落胆は大きかったようである。
先生からも連絡があって、「決してうまくないというわけではない」と言った趣旨の説明があったと言うが、奥さんには受かった子をして「どうしてあの子が・・・」という気持ちがあるらしい。
受かった子やその親に対するやるかたない思いが胸の内に渦巻いているらしい。

人間だから胸の内に悔しい思いが渦巻くのは仕方ない。
それだけで済ませられればよいが、「なんでうちの子じゃないの」となって先生に食ってかかったりすると、いわゆるモンスターPになってしまうのだろう。
先生から連絡があったという事は、毎年そんなゴタゴタがあって先生も気を使っているのかもしれない。選ぶ方だってかなりのプレッシャーがかかるのだろう。

我が子可愛いのは誰もが同じ。
しかし、人生誰もが主役になれるわけではない。
自分の人生においては常に主役であっても、他人との関わり合いの中では、むしろ「その他大勢」の方が多いだろう。同僚の娘さんには気の毒だが、これもいい経験だと思う。
人生初の挫折体験かもしれない。

もしも我が子だったならと考えてみる。
代わりに演奏する事が決まった楽器(その子はピアニカらしい)の演奏を、親として楽しみにしているから頑張るようにと伝えるだろう。一つ一つの楽器の演奏が、全体としてのハーモニーをなす。したがってどの楽器もきちんとその役割を果たさないといけない。そしてやるからには誰よりも上手にピアニカが演奏できるようになりなさいと、私だったら諭すだろう。

さらに週末には練習に付き合ったりして、子供がすねたりひねくれたりしないように見てあげないといけないだろう。まだまだ子供だから、そこは十分なフォローが必要だ。
考えようによっては、親にとっても子供にとってもいい機会に恵まれたと思う。

私自身も考えてみれば随分と唇を噛んだ経験がある。
娘と同じ小学校4年の事だが、どういう経緯だったのか忘れてしまったが、学芸会の劇で主役に抜擢された事がある。と言っても裏の主役だ。
親たちが見に来る本番が表、生徒向けが裏。
わざわざ丸坊主にしての演技だったが、「裏」という意識は拭えなかった。

捲土重来で臨んだ6年生の学芸会。
劇のオーディションに応募したが、あっさりと落とされた。
たぶん、声が通らなかったからだと思う。
自分でも「通りの良い声」ではないなとその時気がついた。
望んでいても、それでも思い通りにならない事として印象に残っている。

それにしても、今だったらお金を積まれたって(10万円未満ならだが)、絶対人前で演技なんてしたいと思わないだろう。子供の頃とは言え、どうしてそんな気持ちになったのかはわからない。だがあの時、自分には演技の道は向いていないとわかった事だけは確かである。あれがなければ、ひょっとしたらいまだに明日を信じて売れない役者をやっていたかもしれない。無限に広がる可能性の中から、向いていない道が一つわかったのは良い事だ。

我が子だって、いつかそんな経験をするだろう。
その時は誰かを恨んだり、すねたりひがんだりするのではなく、その事実を前向きに捉えられるように教えてあげたいと思う。いまだに七転八倒の人生だが、転んだ数よりも1回だけ多く立ち上がろうとする気持ちは随分鍛えられている。そうした成果を子供にはきちんと伝えたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「トレードオフ」ジム・コリンズ
「燃ゆるとき」高杉良
    

2011年1月23日日曜日

お別れ会で再会

高校のラグビー部OB会主催で、T大先輩の「お別れの会」が行われた。
我が高校のラグビー部は1949年の創部。
T大先輩はその創部メンバーの一人で、かつ初代OB会長でもある。
我々が現役の頃もよくグラウンドにやってきて、熱心に指導していただいた。
昨年お亡くなりになり、本人の意思で葬式はなし。
代わってこのお別れ会となった次第である。享年79歳。

指折り数えてみると、我々を指導していただいた頃、T先輩は50歳前後だった事になる。
自宅が高校の近くだった事もあり、私も一度招かれて食事をご馳走になった記憶がある。
「お別れの会」に来ていた後輩たちに聞いてみたところ、やっぱり「スペアリブ」をご馳走になったとか、「肉は男が焼くものだ」と言われて焼いてもらったなどの回答が返ってきたから、私以降もしばらくは同じように面倒をみていただいていたようである。
食欲だけは旺盛な高校生を招いて腹一杯食べさせるのも、今にして思えば大変だった事だろう。

高校生から見ると、50歳のおじさんなど遥かに年上。
先生だって30代、40代だったから尚更だ。
ラグビーが好きで、卒業後にグラウンドに行くとやっぱり変わらずに来られていた。
いつも穏やかに話をしてくれたので、優しいイメージしかなかった。
しかし、昨日は年次の近い後輩であるK大先輩が、現役の頃のエピソードを語ってくれた。
「女と1万回やるんだ」と語ったとか、試合後に相手の選手を呼び出して袋叩きにしたとか、そこには同世代にしか見えない若者の素顔があった。

久しぶりに再会する懐かしい顔も多数。
2つ上のH先輩は入学当時の3年生で、当時は話しかけるのも憚られた。
リーダーとしてチームを引っ張る一方で、そのプレーに憧れて同じポジションを志した。
引退した後は一緒に喫茶店にくっ付いて行って、末席で話を聞く機会が増えた。
グラウンドでの表情と異なり、軽快なトークは面白く、自分にはない魅力を感じてますます憧れた。

H先輩にビールを注ぎながらそんな話をしたのだが、返ってくるトークはやっぱり面白い。
当意即妙、周りを楽しませるトークは健在。人はみな自分にないものに憧れるものだと言うが、H先輩の明るいキャラクターは私にとってまさになりたい自分の一つだった。真面目だが面白味にかける親父の影響を強く受けた私だが、それでも多少のユーモアがあるとしたら、間違いなくあの頃H先輩の真似をしようとしていた成果だと思う。

4~6年上の先輩たちは、私が高校生の頃は大学生。
大学ラグビーで鍛えていたその先輩たちは、当時の私にとっては体もがっちりしていて技術・体力ともに太刀打ちできず、やっぱり雲の上の存在だった。
今では気軽に会話ができるようになったが、それでもあの頃仰ぎ見ていた印象はぬぐえない。
話しながら当時の感覚が蘇るようだった。

T大先輩たちが始めたラグビー部は現在に至るまで62年間にわたり連綿と続いている。
まったく知らない先輩や後輩が、同じジャージを着て同じグラウンドで3年間を過ごしているわけである。一緒に献花した現役の高校生たちは、写真の中でほほ笑むじいさんがどんな人なのか知らないだろうし、集まってきたおじさん、おじいさんたちががやがやと談笑する姿を見て、腹の中では早く帰りたいなんて思っていたかもしれない。

自分のラグビーの原点がここにある。
H先輩やその他の先輩・後輩たちともまた会いたい。
残念ながら一緒に試合するほどみんな体力はないが、あの頃太刀打ちできなかった私も、大学でもラグビーを続けたおかげで、先輩たちと肩を並べられるレベルにまではなれたと思う。
そんな姿を見せたかった気もする。

終わって散会し、いつになく心地良く酔っ払って帰路に着いた。
また次の機会に、お別れの会ではなく、別の形での再会を期待したいと思うのである・・・

     

2011年1月20日木曜日

献血会場にて

昨日突然献血をした。
職場のある本部ビルに日本赤十字のスタッフがわざわざやって来て、ご丁寧に館内放送で案内までしてくれたのである。
同僚のFが行くと言うのを聞いて、突然思い立ったのだ。

献血なんて、実は18の時に高校の前に止まっていた献血車で体験して以来の事だ。
事前に個人情報を登録してもらい、医師の問診を受け、テストで採血され、そのあとようやく採血に至るという手順だった。医師の問診では海外の渡航歴を聞かれた。
初めて行った学生時代の卒業旅行まで遡って告白させられた。

一緒に行った同僚Fはここでアウト。
何でも英国に短期留学歴があるのが問題になったらしい。
狂牛病の問題があってダメだと言う事なのだが、イギリス人が聞いたら怒るんじゃないだろうかと余計な心配をしてしまった。
彼が短期留学していたのは、何と20年前の事なのである・・・

手続きを受けながら、なんとはなしに担当の人とおしゃべり。
今は血液は足りないのかと聞くと、そうでもないが、血液は「生もの」ゆえにストックがきかず、したがって常に集め続けないといけないと言うことだった。
特に東京は人口の集中に加え、大学病院等がたくさんあり、需要が大きいらしい。
地方から東京の病院に手術を受けにくるなんてケースもあるからよけいらしい。

いざ採血となる。
二つのベッドに一人の看護師という形でずらりとベッドが並んでいる。
幸運にも担当の看護師が若くて美人。
やっぱり針を刺されて己の血液が流れて行くのを見るというのは、あまり良い気持ちがしない。
それは看護師さんが美人でもあまり関係ないが、それでも多少気持ちが和らぐ。
自分の血液が透明な管を通って機械に吸い込まれていくのを眺めて過ごす・・・

終わってクッキーとジュースをもらう。
そう言えば昔「売血」なんて事があったと聞いている。
ふと今日の400ccは売ったとしたらいくらなんだろうと考えた。
昭和40年頃は200ccで400円だったと言う話もあり、それだと今なら4倍くらいの値段だという。
それならちょっとしたこずかい稼ぎになる。
今の経済環境下だとだいぶ売れる気もする。

私の血液にはナンバーが振られ、番号も教えられた。
「不特定多数の異性と性的接触をもった」「男同士で性的接触をもった」など何回も聞かれ、何回もNOと答えたのだが、それでも言い出せなかった人は自動応答電話で番号を言えば血液を破棄してくれるのだという。ご丁寧な事である。

しかし、という事はきちんとトレーサビリティーが確立しているわけで、どこでどういう人からいつ取った血液だという事がわかるわけで、輸血の現場で、「これは取れたての若い男性の生きの良い血液ですよ」なんて会話も可能なわけである。
お金持ちなら看護師さんにそっと包んで、「一つ生きの良いやつを頼みます」なんてできるわけだ。
もっとも本気でそんな事を言ったら、現場の人たちに大目玉を食らうに違いない。

今では法律で売血は禁止されている。
命を削って金に変える行為でもあり、やっぱり倫理・モラルの点から好ましくないのだろう。
でもイランでは臓器売買が認められているというから、倫理・モラルと言っても所によりけりだ。

お金はもらえなくても、何となく一日一膳を達成した気分にはなれる。
普段からあまり世の中に貢献していない気もするから、たまにはいいだろう。
今日作ってもらった献血カードだって、携行していたらひょっとすると何かの時に役立つかもしれない。こうした世の中に対するちょっとした貢献も、これからは折に触れてやっていこうかと思うのである・・・


【本日の読書】
「フリー<無料>からお金を生み出す新戦略」クリス・アンダーソン
【超ヤバイ経済学】スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・タブナー
   

2011年1月18日火曜日

その時何が起こったのか?

最近はちょっと下火になった尖閣諸島の漁船衝突事件。
先週末にあの事件の事実関係を聞く機会に恵まれた。
ニュースでは違法操業をしていた中国漁船が、海上保安庁の巡視船に体当たりして逃げようとしたと報道されている。しかし事実は少し違うようである。

もともと最近の中国側の動きに敏感になっていた海上保安庁。
今までは違法操業に対してはすべて域外退去を求めていた。
ところが例の漁船はいつもと違う様子で操業していたため、巡視船は初めて停船を命じた。
実は漁船の船長は酒を飲んでおり(飲酒運転だ)、それもあって停船命令に従わずに逃走を図る。

巡視船はこれを受けて追跡。
と言っても巡視船の最高速度35ノットに対して漁船は10ノット。
まるで勝負にならない。
漁船は巡視船から逃げられないが、何せ海の上の事、巡視船も漁船を止められない。
止めるとなれば警告射撃で脅すか、進路をふさぐしかない。
ロシア海軍は我が国の漁船に対して実弾をぶっ放したが、さすがにそういうわけにはいかない。
というところで巡視船は後者の方法を取った。
そこから2時間にわたる鬼ごっこ。

最初の衝突は、巡視船が漁船を追い越し、進路を直角に遮ったところで起きる。
漁船はまっすぐ進み、巡視船の後部に衝突。
Yutubeの映像でも、巡視船の白い航跡が漁船の進路を遮っている事が分かる。
続いて次の巡視船がやはり並走から漁船を追い抜き、漁船の進路上に寄って行ったため、漁船は右後部に接触。これも巡視船が追い抜きざまに漁船の進路上に侵入し、後部に衝突している様子がビデオでもわかる。尻尾で頭を叩いた感じだ。つまり進路をふさいだ巡視船に、漁船が避け切れずに突っ込んだというのが事実らしい。

と言って巡視船が悪いと言いたいのではない。
意図的に衝突してきたのか、車と違ってブレーキのない船ゆえ回避できずに衝突したのかは微妙な違いだ。ひょっとしたら巡視船側では前者と感じたのかもしれない。
相手のゲンコツに向かって顔から突っ込めば殴られたのと同じという理屈なのかもしれない。
いずれにせよ、諸悪の根源は停船命令に従わなかった漁船なのには変わりない。
逃げる漁船を巡視船が体を張って停船させたのであり、それはそれで立派な行為である。

巡視船側は当初中国海軍の偽装兵の可能性も疑ったらしいが、蓋を開けてみれば船長以下、田舎のおっさんたち。船長の勾留以後はドタバタで中国側との意思疎通も図れず、やる事なす事裏目裏目と出て、結局大騒動に発展。結局は日中の相互不信が事態を悪化させてしまったようである。

ただ事実関係を知ると、最初から何が起こったか公表し、乗組員は田舎の漁民で政治的な意図はなかったとしてお灸をすえて釈放しておけば、大事にはならなかったのではないだろうか。
企業の不祥事でも下手に取り繕おうとして墓穴を掘る例は枚挙に暇がないが、今回もそうなのではないだろうか。意思疎通ができていなければ、些事が大事になるのは個人も国も同じだと言える。

一人一人がしっかり働いていても、しっかりとしたリーダーシップが欠けていると、あらぬ方向に向かってしまう。我が国の行く末は本当に大丈夫なのだろうかと、思わずにはいられないのである・・・


【昨日の読書】
「フリー<無料>からお金を生み出す新戦略」クリス・アンダーソン
【超ヤバイ経済学】スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・タブナー
    

2011年1月14日金曜日

奢り奢られは世につれ

最近の世代は、他人に奢るとか奢られるという行為を非常に嫌うらしいと聞いた。
交際中のカップルでも割り勘で支払いをしていたりするらしい。
もちろん、悪い事ではないし、正直言って若い頃はお金なんてないんだし、見栄を張らずに割り勘にすればいいと思う。すなおに割り勘にできる今の若者を羨ましく思う。

私はと言えば、デートでは男がお金を払うものという風潮で育った。
残念ながら、デートの機会にはそんなに恵まれなかったが、それでも割り勘なんて自分からは絶対言い出せなし、そんな感覚は今でもある。ただ先輩にはよく奢ってもらったし、逆に後輩には奢った。そういうものだという感覚があった。

大学に入り、ラグビー部の門を叩いた私を迎えてくれた先輩たちもそうであった。
当時の我がラグビー部には実にうまいシステムができていた。
毎週試合後にみんなで飲みに行くのだが、学年ごとに分かれて行くような事はしない。
4年生を筆頭に3年、2年、1年と縦割りでいくつかのグループに分かれて行く。
そうして支払いはというと、ざっと4年:3年:2年:1年=6:3:1:0といった割合になっていた。
つまり1年はタダである。これが1年間続く。

1年は練習が終わると雑用がある。
ボール磨き、グラウンド整備、部室掃除等々。
上級生はさっさと帰ってバイトに行けるが、1年はそういうわけにもいかない。
そうした立場と懐具合を考えた、実に合理的なシステムだった。
先輩は後輩に奢る。いつしかそういう感覚が私の身に沁み込んだ。

奢るとなるとどうしても上下の感覚が生じる。
先輩と後輩、上司と部下、男と女。
男と女の関係は、男の願望だろう。
男は常に女より上でありたいと思うものだ。
今は対等を意識する風潮が強いようだ。
男女平等が定着し、女性も男と同じくらい収入があるから、奢ってもらって上から目線で見られるなんてとんでもないと思うのかもしれない。

そう言えば、我が大学のラグビー部も数年前に行った時、みんなタメ口で会話していて、上下関係がまったくわからなかった。それがいいか悪いかはわからない。
飲みに行った時のシステムはどうなっているのだろう。
あの良き伝統は今でも生きているのだろうか。

もうだいぶ前になるが、 H先輩と二人で飲みに行った。
帰る時に先輩が支払いをしようとした。
私ももう社会人で収入があったし、練習後の雑用があるわけでもないから、半分出そうとした。
ところが、H先輩に怒られた。
「お前がどんなに偉くなっても、俺の先輩にはなれないんだぞ」と。
私はありがたく御馳走になった。そんなラグビー部の体質が沁み込んだH先輩の事を今でも敬愛しているし、後輩である事を誇りにも思う。私も後輩たちにはかくありたいと常に思っている。

上下関係も悪くはない。
「奢る」という行為は、上下関係を表す一つの行為である。
対等意識が強い人にとっては、だから嫌なのかもしれない。
例えタダ酒でも上司となんか飲みに行きたくもないというのが、若者たちの気持ちなのかもしれない。それはそれでわかるのだが、何だかなぁという気持ちがするのも確かである。

今の学生たちはどうなんだろう。
タメ口聞いて、対等の友達感覚で先輩と付き合っているんだろうか。
今年はグラウンドに行こうと思っているから、是非そこらへんの風潮を掴んできたい。
もしもラグビー部にかつての伝統が残っていたら嬉しく思うし、残っていなかったらきっと寂しく思うに違いない。変わりゆく世の中にあって、変わってほしくないものの一つであると思うのである・・・



【本日の読書】
「フリー<無料>からお金を生み出す新戦略」クリス・アンダーソン
「超ヤバイ経済学」スティーヴン・D・レヴィット/スティーヴン・J・タブナー

【本日の漫画】
「バガボンド33」井上雄彦
「ONE PIECE④」尾田栄一郎


     

2011年1月10日月曜日

立場が変われば見方も変わる

ふと昔受けたテストの問題を思い出した。
確か中学生の頃だったと思うのだが、アチーブメント・テストというものがあって、その中の英語の試験問題の一つだ。英文を読んで題意を問う問題だった。

ある貧しい少年が金持ちの家のディナーに招待される。
少年は普段通りの貧しい身なりで訪ねて行くが、その身なりゆえに追い返されてしまう。
そこで今度はジャケットを借りて着て行くと、今度は中に入れてもらえる。
そうしていざ食事となった時、少年はジャケットをスープに突っ込んで言うのだ。
「さあお食べ、ここに招かれて食事を出されたのはお前だから、お前が食べるといい」

一度目と二度目の訪問での違いはジャケットを着ているかいないかだけ。
したがって、食事に招かれたのは少年ではなく、ジャケットだという少年なりの解釈だったわけである。問題文は、英文の題意を選択肢から選ぶスタイルで、下記のような選択肢が付されていた。
① 人を身なりで判断してはいけない
② 非常識な振舞いをする少年
③ ④その他忘れてしまった選択肢・・・

当然問題文としての答えは①だという事はわかったのであるが、そこで随分と迷ってしまった。
②も正解に思えたからだ。
①が出題者の求める正解だとわかっていても、なおかつ②も正解だと主張したかったから、敢えて②と答えた。学校の試験問題であったら、あとで答え合わせの時間に先生になぜ②と考えたのか主張・抗議していたであろう。だが、業者テストだからそれもできず残念だった。

その時考えたのはこうだ。
少年は確かに貧しいから最初は無理せず普段着で行った。
ところがドレスコードに引っ掛かって入れてもらえなかった。
普通食事に招かれたのなら、きちんとした格好で行くのが常識だ。
招待してくれた家の事を考えれば、正装で行くのはマナーだ。
いくら持っていないからといって、冠婚葬祭にTシャツにジーンズで行くだろうか?
その家の主の判断を責める理由はない。

しかも少年は2回目には、人に借りてきちんとしたジャケットを着て行っている。
そうした手段が取れるのであるから、始めからそうすべきだったのだ。
なのにそうせず、2回目に中に招かれた時、スープにジャケットを突っ込むという暴挙に出ている。
それも人様に借りたジャケットを、だ。これを非常識と言わずして何と言うのだろう。
「人を身なりで判断してはいけない」なんて教訓の例にするには、かなり不適切な問題だ。
おそらく問題作成者は一つの見方に凝り固まっていて、別の視点からの見方なんて思いもつかなかったのだろう。

先月「ヴェニスの商人」という映画を観た時も同じように感じた。
「ヴェニスの商人」は、誰もが知っているシェークスピアの名作だ。
しかし、実はユダヤ人差別に満ち溢れた話なのである。
ストーリーは、借金のカタに胸の肉1ポンドを担保にしたユダヤの商人シャイロックを、裁判官になりすましたポーシャが知恵で懲らしめるといるもので、誰でも痛快な気分を味わった記憶があると思う。しかし、シャイロックの立場からこの物語を見ると、違う風景が広がってくる。

映画の冒頭で忌み嫌われ差別されるユダヤ人の姿は酷いものだ。
そしてシャイロックをやりこめた後、続けざまに無理を畳みかける「正義の」主人公。
最後にはシャイロックに対してキリスト教への改宗をも命じてしまう。
基本的人権・信仰の自由という概念は、シェークスピアには欠けていたようである。

立場を変えて考えてみるという事はとても重要な事だと、最近つくづく思う。
自分にとっては絶対正しいと思う事であっても、他人から見ればそうではないかもしれない。
自分の考えを相手に認めてもらいたいと思うのであれば、まずはそんな相手の考え方を理解するところから始めないといけない。そんな風に実感している。

私は特に物怖じしない方だし、誰に対してでも自分の意見を言う事ができる。
だけど人によってはそうではないし、場合によっては遠慮して反論できない人だっているだろう。
相手が何も言わないから自分の意見が通ったと思うのは、だから危険だとこの頃になって感じている。

子供に「人間にはどうして耳が二つで口が一つなのだと思う?」と語った事がある。
自分が話す以上に人の話を聞きなさいと教えたのだ。
だが、そういう自分が実践できていたかと思うとちょっと怪しい。
理屈でねじ伏せてしまった事が、たびたびあったかもしれない。
特に自分の親に対しては、そうだった気がする。

今年は視線の違いを意識して、人の話をよく聞こうと思っている。
今さらながら、相手の目から見た世界を理解するようにしたい。
独りよがりの問題制作者にならないように、意識していきたいと思うのである・・・

     

2011年1月8日土曜日

お正月はラグビー2011

お正月はやっぱりラグビーである。
全国各地で行われた熱戦も11月でほぼ終わる。
我が母校の大学が所属する対抗戦グループも、12月第一日曜日の早明戦をもって全日程を終了する。
我が母校は今期対抗戦Bグループで8校中6位であった。
昨年の4位からは順位を落としたが、まあほとんど定位置である。

ちなみに対抗戦グループにはいくつか伝統的な不文律というものがある。
その一つが「対抗戦の最終戦は早明戦」というものである。
この日は早明以外には試合をしないのである。
日程的にやり繰りが大変ではあるが、各校ともこの日まで(遅くとも前日の土曜日まで)には全日程を終える申し合わせとなっているのである。

今年はあちこちで同じような異変があった。「伝統校の不振」である。対抗戦グループでは日体大が1引分他全敗でABの入れ替え戦に出るハメになった。関東リーグ戦では法政大学が、関西では同志社大学が、それぞれ下位グループとの入れ替え戦に出ている。私が現役時代、同志社は黄金時代で、平尾・大八木などの大選手を擁して大学選手権4連覇し、関東勢が束になっても敵わない強豪であった。まあ4年で選手がすべて入れ替わるのが学生スポーツゆえ、そうした事もあるのだろう。

今年は早稲田と帝京が決勝戦を争う。
対抗戦同士の組み合わせとなるが、準決勝を見た限りでは早稲田の勝ちは動かないだろう。
今は関東勢が強いのであるが、早稲田のメンバーを見れば、昨年の高校チャンピオンである東福岡高校の選手を始め、全国の強豪高校の選手が名を連ねている。
「早稲田を倒したい」というよりも「早稲田で闘いたい」と思うのであろうか。

伝統校には不思議な「伝統の持つ強さ」というものがある。
先の不文律ではないが、伝統としか説明のできない力がある。
何年か前の慶応大学が早慶戦で見せたのがそれだ。
全勝で優勝へ向けた早稲田と早々に優勝争いから離脱した慶応。
勝敗は見るまでもないと思っていたら、何と結果は1点差で早稲田の薄氷の勝利。
「早慶戦」に対する慶応の並々ならぬ執念を感じさせた一戦だった。
そんな伝統に対する憧れが、力のある高校生には働くのかもしれない。

今日は高校生の決勝戦。
出場する選手は早ければ今年の早慶戦・早明戦で見る事ができるだろうし、ひょっとしたら2019年のワールドカップ日本大会に出場するかもしれない。
今は見る方専門となってしまったが、それはそれで楽しみたいと思うのである・・・


【昨日の読書】
「心の野球」桑田真澄
「大空のサムライ(下)」坂井三郎

     

2011年1月4日火曜日

2011年のお正月

大晦日から新年にかけて、我が家のスケジュールは毎年決まっている。
ところが、今年は少々違った正月となった。
元旦までは同じ。しかし2日から、私は家族と別行動。
家族は例年の通り、大阪にある妻の実家へ。
私だけ再び東京の実家へと向かったのである。

昨年入院騒ぎがあったが、ここのところ母親の体調がまたおもわしくない。
そこで家事手伝いの意味もあって私だけ別行動を取ったのである。
実家で家事手伝いといっても、私にできる家事は限られている。
せいぜいが買い物か食器洗いか掃除くらいであるが、正月から買い物も掃除もあまりないので、残る食器洗いだけひたすらやっていたようなものであった。

それでも昨日は父も交えて3人で散歩を兼ねた初詣。
向かったのは目黒不動。私は生れてから社会人になって家を出るまで、ずっと今の実家のある武蔵小山界隈に住んでいたが、この目黒不動のあるあたりは4歳まで住んでいたエリアである。親子で当時を懐かしみながら歩く。

何度も聞かされた引きつけを起こした幼児の頃のエピソード。
私を抱えて運び込んだという宮平医院は、代替わりはしているが、いまでも健在。
私を抱えて走った時の様子を親父が身振りを交えて語ってくれる。
一時は先生が人工呼吸をするような状態だったらしい。
子供の頃の記憶は人によって様々なのだろうが、私はこのあたりで遊んだ4歳までの頃の記憶がかなり残っている。ただ、街並みまではさすがにぼんやりとしてしまっている。

途中で分譲売り出しの土地を見つける。一見して40坪の更地。
建築条件付きで5,280円は、このあたりでは驚きの安さなのでびっくり。
普通の庶民の家は、どこも20坪くらいの広さで3階建てが一般的なくらいここらは土地が高いのだ。
それゆえに「ワケあり」物件かな、などと想像してみた。
しかし、看板をよくよく見てみると、なんと「全3区画」の文字が・・・
そうだろうと納得したが、ここにも幅の狭い3階建てが建つのであろう。
いいところだとは思うが、実家のそばに住む事を断念した理由の一つでもある。

親子3人で初詣などはたぶん20年振りくらいだ。
そのあともさらに散歩を続ける。
高台になっている一角は、一転して高級住宅街。
そびえ立つという言葉も大げさではないほどの豪邸が建ち並ぶ。
今では某国の大使館になっている一角は、かつてフランク永井邸のあったところだと教えられる。

普段歩き慣れない街中を散策するのは結構好きな方なので、興味深く人様の家を眺める。
だが、大半は比較的新しい家だ。
我々が住んでいたのは40年以上も前。
今とは街の様子もだいぶ違ったはずだ。
両親も「だいぶ変わった」と何度も言いながら歩いていたが、視線の先には若かりし日の街の様子が映っていたのかもしれない。

いつのまにやら7,000歩以上の散歩となってしまった。
いつもはすぐにしんどくなって、こんなにたくさん歩けないという母親も一緒になって歩いていた。
食器洗い以外にも多少の貢献はあったのかもしれない。

来年はまたたぶんいつもの正月になるだろう。
だが、散歩くらいならいつでも来れる。
今年はもう少し頻繁に実家に顔をだそうか。
今年やるべき事のリストにさっそく加える事にしたのである・・・


【本日の読書】
「大空のサムライ(上)」坂井三郎
    

2010年12月31日金曜日

年末雑感

早いものでもう大晦日だ。
毎年毎年、時間が経つスピードが速くなっているような気がする。
けれど振り返ってみれば、ちゃんと365日を過ごしてきているわけで、それは日記を読み返してみても明らかなのだが、一日一日を充実して過ごしているだろうか、と考えてみると、惰性で過ごしているように思える日も実は多い。
来年は一日一日を充実して過ごしたいと思う。

来年はテーマとして、「一歩前進」を挙げようと思う。
いろいろとやりたい事などを先送りしている。
いつまでも先送りしていても、「いつか」はやって来ない。
そこで少しでもいいから何か踏み出そうと思う。

例えば今手元にある英語の本。
もう何年も前に買って埃を被っている。
一日朝と晩に一ページずつ、と決めて読み始めた。
すると一週間で14ページ進んだ。
こうすれば、長年読みかけだった本も来年は読み終える事ができる。
こんな調子でやっていきたい。

今年は10何年か振りでスキーに行ったし、夏にはグアムに行った。
味覚狩りはペースダウンしてしまったが、来年もそれなりに行きたいと思う。
映画も少しペースダウンした。
まあ昨年が多過ぎたと思うので、今年くらいのペースがいいのかもしれない。
年間で一番面白かったのは、 「アバター」だ。
こういう映画を観られるのはつくづく幸せだと思う。
来年もそういう映画を一本でも多く観たいものだ。

一方読書はかなり進んだ。
例年を上回る本を読んだ。
中でも一番の収穫は 「百田尚樹」 に巡り合えた事だろう。
自分の趣向とピタリと一致している。
7冊読んだが、ベスト3は「永遠の0」「BOX!」「影法師」だろう。
会社の同期とも意見が一致していて、いつも語り合っている。
すでに次の新刊も出ているが、それは年が明けてのお楽しみだ。

仕事も当然頑張らないといけない。
担当先にはボーナスも出ていないところもあるし世の中大変なのであるが、現状に満足することなく、常に「一歩前進」を心掛けていきたい。
このブログも丸2年続けてきて、早くも3回目の年末だ。
本当は毎日いろいろな考えを書きつづりたいところではあるが、欲張って4つもブログをやっているのでそれは不可能だ。だが、楽しいからこそやっているのであり、今のペースで無理なく楽しみながら続けていきたい。

今夜は年末恒例のすき焼き。
紅白を見ながらのお年取りである。
家族そろって静かな大晦日を過ごせるのは本当にありがたい事だと思う。
来年は今年よりも少しでも良い年にしたい。
そうなるように、「一歩前進」を心掛けたいと思う。

     

2010年12月28日火曜日

Wii パーティー

長女が今年サンタさんにもらったのは、「Wiiパーティー」。
もともと以前からWiiは買ってあって、時々家族で楽しんでいる。
長女はどこからか聞き込んで来て、この「Wiiパーティー」をサンタさんにリクエストしたのである。

「パーティー」と名のつく通り、これは家族みんなで楽しめるゲームだ。
もちろん、これまで買い込んだ ソフト「マリオカート」だとか「Wiiフィットネス」だとか、「Wiiスポーツ」なんかもみんなで楽しめるのだが、特にこれは内容がユニークだ。

例えば「トランプかるた」。
その名の通り、トランプを用意して(いきなりトランプを用意しろと言われてちょっと驚く)それを広げてかるたの要領でカードを取っていくのだ。
普通4人であれば、一人は読みあげるから実際は3人での競争になる。
ところが、ここではWiiが読み上げてくれるから4人で競える。

また5歳の長男が気に入ったのは「リモコンかくれんぼ」。
これはコントローラーを一人が部屋の中に隠して、残りの3人が探すというゲーム。
2分間で探さないといけないのだが、コントローラーからは動物の鳴き声が出てくるから、それを頼りに探す事もできる。
ただ隠すだけでは面白くないが、動物の声がありかを教えてくれるというところがWiiの面白いところだ。

それに「スゴロク」がある。
誰の番だったかはWiiがちゃんと教えてくれるし、サイコロを振るところからコマを進めるところまですべてやってくれる。
難しいシューティングゲームなんかと違って、子供でも楽しめるところがいい。

そもそもゲームと言えば、コントローラーをしっかり持って、画面をじいっと見つめて、無言でこなすというイメージがあるが、トランプを用意させられたり、コントローラーを手放して、画面も見ずに遊ぶテレビゲームというのもなかなか凄い発想だ。最近のゲームは映像技術が凄いみたいだが、このゲームではそんなもの必要ない。よく考えついたものだと思う。子供がゲームばかりしているとイライラするお母さんたちも、これなら大目にみざるを得ないだろう。

それに任天堂は商売上手だ。
今回、ソフトはサンタさんにもらったのだが、これまで我が家にはコントローラーが2台しかなかった。なので敢えて2台追加で購入したのだ。
1台3,800円するから、なかなかうまく財布の紐をほどいてくれる。

我が家で初めて買ったプレイステーションは、夫婦でそれぞれしばらく遊んでいたが、やがて飽きてしまって今では埃を被っている。
それぞれ忙しいし、ゲームばかりに時間を割いてはいられないからだ。
同じ任天堂のDSは長女だけが熱心にやっているが、みんなで遊ぶというわけにもいかない。
だがこのWiiは、子供たちと遊ぶという目的も同時に果たせる。
雨の日の週末なんかはピッタリだろう。
当分の間は、これで楽しめそうな我が家である・・・


【本日の読書】
「中国で尊敬される日本人たち」朱健栄
「影法師」百田尚樹
     

2010年12月24日金曜日

クリスマスイブ

クリスマスイブである。
子供の頃からしばらくは、この時期が一年で一番好きな時期だった。
街中にジングルベルが流れ、ケーキを食べ、プレゼントをもらう。
どこの子供にとっても同じだろう。誕生日も似たようなものだが、クリスマスは自分一人ではないし、サンタクロースがトナカイのそりに乗ってプレゼントを持ってきてくれるというところが大きく異なる。そんな子供の頃の記憶が、今もまだたぶん沁み込んでいるような気がする。

それが20代になると、一転してあまりいい思い出がない。
いつのまにやら「クリスマスは恋人と過ごすもの」という雰囲気の中に飲み込まれてしまったからだ。バブルの頃は半年も前からホテルのスイートルームを押さえたりといった話を遠くで聞きながら過ごしたものである。根っからの天の邪鬼な私は、そんな風潮に真っ向から反抗していた。
もっとも、「やりたくてもできないんだろ」と言われると返す言葉がなかったから、黙ってはいたが・・・

社会人になったある時、同期に誘われて2対2のデートに駆り出された事があった。
ウキウキしながら出掛けて行ったが、あまりにも話題についていけなくて、苦痛になりかけていた。会話の中で、相手の子が言ったのだ。
「私はいつか結婚する時は、クリスマスイブに結婚式を挙げるの!」
目の前にパイがあったら、投げつけていたと思う。
イブとなるとよく思い出すエピソードだ。

最近はハロウィーンも盛り上がっているが、日本人はうまく外国の習慣を取り入れて楽しむ術に長けているように思う。まあ、それはそれで悪くはない。
しかしクリスマスはどうもへんな雰囲気にのまれてしまっている。

仕事帰りに池袋の街を歩いた。道行く若者に目が行く。
一人で歩いている人を見ると、それが男でも女でも、「一人なのかな?」とついつい思ってしまう。あれだけ反抗していたくせに、「彼(女)いないのかな」と思ってしまうのだ。
妻も近所のラーメン屋がガラガラだったと報告してくれた。
「客は若い男の人一人やったわ、相手おらへんのやろね」とやっぱり「カップルで過ごすもの」という考えに毒されている。
独り身に冷たいのは、外の風ばかりではないようだ。

ビックカメラに行ったらおもちゃコーナーは激混み。
仕事帰りのお父さんの姿が圧倒的に多かったが、みんなサンタさんの代行なのだろうか。
その先に待つのは、クリスマスが楽しくて仕方がない子供たちなのであろう。
結婚してようやく落ち着いてクリスマスを楽しめるようになったのはありがたい事だ。
家に帰って、サンタさんからの子供たちへのメッセージカードを「代筆」する。
こういうイブの過ごし方が、今まで過ごしてきたの中で一番心地良い。

明日はゆっくりと楽しむ事にしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「中国で尊敬される日本人たち」朱健栄
「影法師」百田尚樹
  
 

2010年12月21日火曜日

長女の誕生日

先週の日曜日は長女の誕生日であった。
例年私の両親を招待し、ケーキでお祝いし、長女のリクエストした夕食をみんなで食べるというのが大体のパターンである。
今年も例年と同じようにお祝いした。

長女が生まれたのは10年前。
妻は初産で実家に里帰り。
その日朝の4時過ぎに、義理の妹からの電話で起こされた。
すでにカウントダウンに入っていたから、「生まれたか!」と思ったが、妹によると「今分娩室に入っている」との事。

「生まれてから電話をくれればいいのに」との思いを察したのか、妹が言うには、「妻が苦しんでいるのに夫がのうのうと寝ているのは許せないから電話して起こして!」と妻に言われたらしい。まあそういう家庭なんですな、我が家は。
そうして6時半過ぎ、出勤の支度をしている時に、今度こそ本当の出産の知らせが届いたのである。

父親になったらやっぱり感激するのかなと常々考えていたが、意外にもそれほどでもなかった。何だか隣のうちで子供が生まれたと聞いても、やっぱり同じ感覚なのではないかと思うくらいであった。まあ、その週末に大阪の妻が入院している病院を訪ね、我が子をこの手で抱いた時はさすがに実感が湧いた。自分がいなければ、この世に生れ出る事のなかった命なのだと思ったのだ。

幸いな事に、肺炎で一週間入院した事を除けばこれといった大過なくここまできた。
ケーキは「大きく切って!」とイチゴやチョコレートのデコレーションとあわせてパクつき、食べたいもののリクエストには元気に、「焼き肉!」と答える。
どうせならおいしいところと、3駅ほど向こうの駅前にある焼き肉屋に私がわざわざ一時間並んで予約をして、みんなで出掛けて行った。

夜は長女と弟と一緒に風呂に入る。
最近ちょっと胸が膨らみはじめてきた長女だが、それを誇らしげに見せてくれる。
世間一般では、父親がいつものように風呂に入ろうと娘を誘ったところ、「もうパパとは入らない」と告げられ、父親は「ガーン!」とショックを受けるというイメージを持たれているが、我が家は逆に私の方がそろそろ別々にした方がいいんじゃないかと思い始めている。
弟と一緒になってサンタさんに手紙を書いているし、どうやらまだまだ子供な長女なのである。

あと10年したらどんな親娘関係になっているのだろう。
男の子の口説き方から付き合い方までレクチャーしたいと思っているが、果たして聞く耳は持ってくれているだろうか?臭いとか言われて嫌われないようにしないといけない。
ひょっとしたら、これから彼女を作るよりも難しいかもしれない。
最近学生時代の体重に戻り気をよくしている私だが、そんなレベルに終わる事無く、見かけも中身もシェイプアップしたいなと、あらためて思うところである・・・


【本日の読書】
「中国で尊敬される日本人たち」朱健栄
「影法師」百田尚樹


      

2010年12月17日金曜日

難問

先週末に実家へ行った。
大掃除の手伝いという目的があったのだが、それはそれで少し母親と二人で話をした。
どうも気になっていた事があったようだ。
何かと言えば、私の妻との事であった。
長男の運動会の時にちょっと気になるやり取りがあったという。

実は我が家も世間並みに嫁姑の対立がある。
犬と猿が本当に仲が悪いのかどうかはわからないが、我が家の嫁姑は見事に仲がよろしくない。
結婚以来、それが私の頭痛の種である。
かつては将来同居も、何て考えた事もあったが、今ではそんな恐ろしい考えはない。
どうして仲が悪いのかまったくわからない。

曰く、モノをあげてもお礼がない。
退院したのに一言もない。
あんな事言われた、こんな事言われた・・・
お互いにあら探しして、少しでも何かあると鬼の首をとったように私に訴えてくる。
まあ直接目の前でケンカされるよりはマシなのだが・・・

一つ一つは実に些細な事なのである。
どちらも悪気があるわけではない。
つまり受け取り方の問題なのである。
私からすれば、さらりと気にせずにやり過ごせばそれで済む話なのである。

実家に行けば私もいろいろと野菜や果物や米や、母親が故郷で調達してきたモノをもらって帰る。
それを持ち帰ったあと妻からお礼の電話がないと親は言う。
妻からすれば、私がすでにお礼を言ってもらってきているわけで、我が家としてのお礼は済んでいると気軽に考えている。だが、我が両親はそう考えない。

逆もある。
両親の誕生日や、父の日、母の日に我が家から両親にプレゼントを送る。
私にはお礼を言ってくれないと今度は妻が不平を言う。
両親はもちろん、妻がそんな不満を持っている事など知りもしない。
そんな具合である。

もちろん、モノをもらえばお礼を言うのは当たり前だ。
だが、間に一人(私だ)入っている事で、この常識にずれが生じる。
でも、そもそもお礼目当てに贈り物をするわけではないだろう。
自分が相手にあげたいと思うからするのであって、お礼目当てでするものではない。
お礼がなくて嫌なら次からやめればよい。見返りを求める事がおかしい。
愛とは一方的で、無報酬であるべきなのである。

母親には話をした。
「そもそもお互いに仲良くしようと思うのなら、どうして相手の欠点にばかり目を向けるのか。
気に食わない事だけをいつもしっかりと覚えていて、何かあればそれを持ち出す。
これまでにしてもらって嬉しかった事はないのか?
どうして『ありがとう 』と思った事を覚えておかないで、嫌な思いをした事だけを覚えているのか?
互いに相手の良い部分を見て、悪い部分は見ないようにすれば良いではないか。
相手に要求するばかりで、どうして自分が柔軟に対応しようと思わないのか」、と。

いつもの事だが、理屈では私が圧倒する。
だが感情は別だ。
「そうは言ったって、お前ね・・・」という気持ちが常にある。
だから私がいくら正論を吐いても届かない。
私もあまり体調の良くない母親に強くも言えない。
もともとお互い望んで義理の親子関係になったわけではない。
そんな気持ちがあるのだろうか。

数年前に結婚した従兄弟に子供が生まれ、親(叔母)と同居しようという話が持ち上がっている。
母親としてはそれも羨ましく思っているフシがある。
私としては、一体どんな奥さんなのだろうと、結婚式で一度だけ会っただけの彼の奥さんをこれまた羨ましく思う。

他人は変えられない、自分の心のあり様を変えるだけという考え方の私としては、到底解決困難な難問を抱え込んでしまっている。
アラブとイスラエルの対決を解決するより難しいかもしれない。
無邪気にサンタさんに手紙を書く長男を見つめては、「お前もいつか絶対同じ苦労するだろうな」と思わずにはいられない。いつか男二人で酒を酌み交わしながら、「まったく、女ってやつは」と愚痴り合う事になるのだろうか。

そうは言っても、もう少し何とか出来ないものか、それだけは諦めずに探していくことにしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「中国で尊敬される日本人たち」朱健栄
「影法師」百田尚樹
     
    

2010年12月14日火曜日

健全なる猜疑心とは

 先週末は月に一度の社会人向け勉強会である「寺子屋小山台」に参加。かつてテレビでキャスターを務めていた事もある方を講師にお招きして、講義とディスカッションをしていただいた。本来のタイトルからは少し脱線したが、現代の問題について諸々ディスカッションした。

 ちょっと面白かったのは食料自給率を巡るデータの嘘の話だ。我が国の食料自給率は、農水省の発表だと約4割と言われている。つまり簡単に言うと、国内では国民10人あたり4人分しか食料を生産できていないという事だ。ここから食糧安保の話などが出てきているわけである。私自身、(自分でなにかするわけではないが)何とかしないといけないなと考えていた。何かあった時に外国頼みではやはり不安ではないか。

 しかしこの4割というデータが曲者なのだと言う。実はこれは「カロリーベース」での数字。これが「金額ベース」だと60%超となるらしい。しかも野菜などカロリーの低いものは含まれておらず、米に至っては110%、つまり自給出来ているとの事。何かあっても野菜鍋なら腹一杯食べられるわけである。しかも「カロリーベース」を使っている先進国は我が国くらいのものらしい。

 何でそんなに危機を煽るのか、といえばやはり農水省だけに自らに都合のよいように操作しているのだろう。実は我が国の農業生産は、世界第5位だというから驚きである。ここからわかることは、嘘ではなくても切り口をちょっと変えるだけで、いくらでも人をミスリードできるということである。

 かつて私も「貸し渋り批判」でひどい体験をした。日経新聞が、銀行の貸出残高が減ったという事実を持って「銀行の貸し渋り姿勢鮮明に」というタイトルの記事を載せたのだ。景気が悪くなれば、企業も人もお金を借りるのを控える。運転資金だって設備資金だって、銀行が貸し渋りなどせずとも、自ずから借りるのを控えるのだ(車だってかつては3年ごとに買い換えていたが、そのサイクルは近年長くなり、そうすれば当然ローンだって借りなくなるから残高は減るのだ)。銀行の貸出残高が減った要因には当然そうしたものがあるはずで、それを中身の分析もせずに「貸し渋り」と決めつけていた。「解釈の悪用」だが似たようなものだ。

 世の中には実はこうした例は多いと思う。すべてを見破る事はできないが、「猜疑心」をしっかり持って我が身をガードしておかないと、簡単に騙されてしまう。政治家の言う事も、マスコミの言う事も鵜呑みにせず、「本当だろうか?」と思う事を常に忘れてはいけないと思う。
美人が満面の笑みを浮かべて近寄って来たら、それは絶対何か裏があるって事なのである・・・


【本日の読書】
「それでも日本人は「戦争」を選んだ」加藤陽子
「逝きし世の面影」渡辺京二
    



2010年12月10日金曜日

今日という一日

めっきり寒くなってきた。
起きるのも大変だし、通勤も辛い。
冬の通勤三点セットとして愛用しているのが、コート、マフラー、手袋。
しかし、寒くなってきたとは言え、まだ利用しているのはコートのみ。
マフラーと手袋の出動は、それでももうちょっと先のような気がする。

今朝は珍しく朝一で外出。
丸の内のビル街を歩き出す。
ふと気がつくとあたりの様子がいつもと違う。
何だか妙に閑散としている。
客待ちのタクシーは一台もいないし、4車線道路を通る車もほとんどなく、人影もまばら。
一瞬、ゴーストタウンに紛れ込んだかのような錯覚を覚える。

澄んだ空気。
ビルの向こうに青空が見え、イチョウの葉が歩道を黄色に染めている。
有楽町まで気持ちの良い散歩を楽しんだ。
同じ道を一時間後に戻ってきたが、もう街はいつもの活気に溢れていた。
客待ちのタクシーは列をなし、交差点には車が行き交い、人々が忙しくすれ違う。
いつもの雰囲気に私の足取りも自然と早まる。

今日は半年に一度のボーナス。
同僚はぶつぶつと文句を言っていたが、この頃はきちんともらえるのはありがたい事だとつくづく思う。取引先の中には厳しい状況のところもあるから尚更だ。
ただ、自分のために使える分がないのが寂しい限りである。

一日の仕事を終えて帰路につく。
昼間の黄色の街路樹に代わって夜は、電飾のツリーの出番である。一本向こう側の道路は有楽町まで果てしなく続く電飾並木。
たまには有楽町まで歩いてそこから帰ろうかという気もするが、やはりまっすぐ帰りたいので「いつかそのうち」と思ってしまう。
「いつかそのうち」は決してやって来ないので、今度有楽町で映画を観る時に、こっちを歩いて行くことにしようと思う。

視線を上げると夜空にビルの夜景が何とも言えない雰囲気を作り出している。
そういえば、このあたりはいつのまにかすっかりビル街になってしまった。
このあたりの夜景の雰囲気も気に入っている。
かつては新宿の高層ビルの夜景が好きだった。
今でもそうだが、最近は丸の内も負けていない気もする。

池袋西武のスイーツコーナーに寄る。
ここのところ月に一度いろいろとスイーツを買って帰っている。
今日はボーナスだからと勝手に理屈付けして、あれこれ迷ってモロゾフのチーズケーキを選ぶ。
玄関を開けると長男がお出迎え。いつもは誰も出て来ないのだが、金曜日かつ、お土産がある時は別なのである。

居間ではクリスマスツリーの飾り付けの真っ最中。
今年は随分遅いし、しかもこんな時間。
それでも子供たちも交じってワイワイと楽しげな雰囲気。
相変わらずいろいろとうまくいかない事があって、気持ちも沈みがちなのであるが、見ていると気分もまぎれる。

週末も予定が詰まっている。
社会人向けの勉強会に実家の大掃除だ。
週末も来週も気持ち前向きに顔を上げて頑張って行こうと思うのである・・・


【本日の読書】
「それでも日本人は「戦争」を選んだ」加藤陽子
「逝きし世の面影」渡辺京二
   
   
     

2010年12月8日水曜日

ディズニーランドな一日

ここのところ何かと忙しく、ブログの更新もままならなくなってきた。
思い通りに行かないという事は、じわりじわりと心にダメージを与えるものだと感じる。
一日が25時間だったら、もう少し幸せかもしれない・・・

先日、クリスマスシーズン恒例のディズニーランドへ行った。
長女が 学校公開の振り替えで平日休みとなったのに合わせて、私も休みを取ったのである。
平日だからと期待したが、やっぱり混んでいるのがディズニーランド。

「開門から閉門まで」が我が家の流儀。30分前から開門を待つ。ただ待っているのではない。この間、戦術を練るのである。
まずは私が、長女が好きなスプラッシュマウンテンのファストパスを取りに行く。
その間、家族はバスライトイヤーのアストロブラスターに並ぶ。
アストロブラスターが終わった後にスプラッシュマウンテンという段取りである。

ところが、スプラッシュマウンテンのファストパスを取ったはいいが、アストロブラスターは150分待ち。終わる頃には午前中のクリスマスパレードの場所取りが出来なくなる。すでに家族は20分並んでいる。ここでアストロブラスターは断念し、短い時間で済みそうなグラウンドサーキットへ切り替える。

せっかく並んだ20分が惜しい気もする。しかしこの20分は敢えて捨てる。
経済学用語ではサンクコストというのであるが、これを惜しんでいてはもっと損失は大きくなる。
午後から雨という予報だったから、パレードは午前中に見ておかないといけない。
天気と待ち時間とファストパスの時間と、次のファストパスを取りに行く時間。
これらを組み合わせて最適解を選ぶ瞬時の判断力!

と言っても私は何も考えず、指示に従って動き並ぶだけ。文庫本を片手に東へ西へ・・・
「指示待ち族」「イエスマン」「作業員」という言葉は、サラリーマンとしてはいただけないが、我が家の中では別。これが賢い生活の知恵である。

予報が外れて早くも雨が降り始め、午前中のパレードは中止。
屋内施設のイッツアスモールワールドに一時避難する。
しばらくすると雨はやむ。
結局傘は不要であった。
こういうところも天下御免の晴れ男の面目躍如たるところ。

午後2時近くなってようやくランチの許可が下りる。
短時間で手軽に食べられるピザが選択される。
そこへ向かう途中、長男が「トイレ!」。
ところが一番近いところは長蛇の列。
「漏れそう」と言う長男。大きい方だと言う。
他の家族はピザを頼みに行ってしまった。
こうなると自分で判断しないといけない。

子供だからという特例扱いは、係のお兄さんに断られ、漏らすリスク覚悟で並ぶか動くかの判断を迫られる。    過去の経験と記憶から少し先のトイレを選び出し、移動を決断。
ダメならその先のレストランのトイレ。
ここなら少なくとも列は短い。
最悪、替えのパンツは車の中だ。

幸いこの賭けには勝つことができた。
はるかに短い列に並んだだけで、ギリギリで個室に駆け込む。
だが惜しいかな、ちょっとパンツが汚れてしまった。
足踏みしながら頑張った長男だが、まあ仕方ない。
結局、車に戻って替えのパンツを取りに行き、履き替えさせていたら、もう午後のパレードの場所取りの時間。のんびりランチというわけにもいかない。

こんな騒動を丸一日。
閉門時間を30分も過ぎてからエンジンスタート。
夜の首都高、ハンドル片手にお気に入りのCDを選ぶ。
いつもは長女のリクエストで嵐ばかりが歌っているが、みんな疲れて眠った車内では好きなアルバムを選択できる。

我が家のディズニーランドはいつもこんな具合だ。
でもこんな一日も子供が小さいうちだけだろう。
いつかこの疲労感が懐かしく思えるのかもしれない。
いい思い出として、ブログにも残しておきたいと思うのである・・・

【本日の読書】
「それでも日本人は「戦争」を選んだ」加藤陽子
「逝きし世の面影」渡辺京二
   
   

2010年12月2日木曜日

絵馬に願いを

ここのところ2週続けて神社に行った。
先々週は長男の七五三で地元近くの東伏見稲荷へ。
そして先週は旅行で、箱根神社に行った。
毎年初詣には地元の氏神様にお参りを欠かさないが、七五三やかつては自分の厄払いなど折に触れて神社に行く。諸外国の人から見れば、日本人の宗教心などないに等しく映るかもしれないが、やっぱり我々もそれなりに宗教とは関わっている。

七五三ではお祓いをしてもらい、絵馬をもらったので一筆書いて奉納してきた。
「はい、書いて」と妻から絵馬を渡されて、はたと困ってしまった。
普段からあまり考えてもいないから何も浮かばない。
それに元々宮本武蔵流の「神仏は尊ぶが神仏を恃まず」の精神を心掛けているから尚更である。
結局あれこれ迷って子供の健康を祈願した。

箱根神社はお参りというよりも観光で行った。
芦ノ湖に浸かった鳥居も見事だが、参道の脇の立派な杉の木にも驚いた。
街中の神社と違って威厳が漂う。
観光とはいえ、行けばお参りしないわけにもいかず、お賽銭を投げて手を合わせた。
ご挨拶するのが礼儀だろう。
何気なく目を向けたところにたくさんの絵馬がかかっていた。
それらを見るとはなしに見る。

いろいろな人がいろいろな願い事を書いている。大体が、健康の事が多いようだ。
家族の健康を祈願するのは大抵の人がみなそうであろう。
次に目についたのが受験関係。
高校や大学がちらほら目につく。
そう言えば、私自身も受験時は心細く不安な思いをした。そんな思いが絵馬から伝わってくる。

結婚・出会いも多かった。
「素敵な人」からずばり特定個人を指定したものもあり、今時なのか「草食系」という表現もあり、みんな好き勝手に希望を書いている。大体これらはみな女性の手によるものだった。
男は自分から行くが、やっぱり女性は受身が多いだろうから祈りたくもなるのだろうか。

「転職がうまくいきますように」なんてのもあり、「来年出すCDが1万枚以上売れますように」なんてのもあった。カッコ書きで芸名らしき名前が書いてあったから、写真に撮っておけばよかったかと後から思った。もしもヒットして売れたら記念になるかもしれない。

英語やハングルもあった。
神様の中には異国の言葉も理解できる方がいるのだろうか。
「パパの病気がよくなりますように」
私が神様に推薦するとしたら、これを選ぶだろうと思った。
是非叶えてあげてほしいと思う。

いろいろな人の様々な願い事が奉じられている。
どのくらいの願い事が叶うのだろう。
見た限りでは、「億万長者になりたい」などというものは見当たらなかった。
やっぱり神様の前だから、願う方も控えるのだろう。

叶う叶わないは別として、自分の願いを神聖な気持ちで絵馬に書くという行為は、それ自体がいいのかもしれない。神聖な場所で、厳粛な気持ちで、自分の願いを神様に報告するのだ。
実現するかしないかは自分次第だ。
折に触れこういう機会をこれからも持ちたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「それでも日本人は「戦争」を選んだ」加藤陽子
「逝きし世の面影」渡辺京二