2011年3月8日火曜日

パソコンとのお付き合い

朝起きて顔を洗って髭を剃った後、パソコンを立ち上げる。
夜帰宅して、夕食をとった後、コーヒーを飲みながらパソコンに向かう。
一日の大半を過ごす職場では、パソコンに向かって仕事をする。
考えてみれば、起きている時間の大半をパソコンに向かって過ごしている気がする。
テレビを見ない日はあっても、パソコンを立ち上げない日はない。

思い起こしてみれば、初めてパソコンを目にしたのは中学生の頃だ。
当時仲の良かった天才Sと一緒に秋葉原へ行った時のことだ。
店頭にあるパソコンにSが訳知り顔で何やら打ちこんでいった。
するとまもなくゲームが始った。
新鮮な驚きが今でも脳裏によみがえる。

初めて買ったパソコンは東芝のダイナブック。
ノートブックタイプで、まだDOS-Vの時代だ。
15万円もはたいて買ったはいいが、何をしたらよいのかわからない。
結局、表計算ソフトを使ってこずかい帳を作ったくらいだ。
そして次にデスクトップパソコンを確か24万円くらいで買い、最初のダイナブックは5万円で下取りに出した。

2台目のパソコンはウィンドウズ3.1だ。
パソコン通の後輩にいろいろと教えてもらった。
彼の自宅に押し掛け、インターネットを見せてもらった。
初めて見たホームページはホワイトハウスだった。
そして自分でも「インターネットカメレオン」という接続ソフトを購入してきて、インターネットを始めた。接続すると、ピーヒャララ~と音がしていた時代だ。

私はどちらかというと好奇心旺盛な方で、とにかくやってみようと手を出す事が多い。
パソコンもその典型で、それは仕事では有利に働いた。
ようやく勤務先の支店に設置されるようになったのは、1996年頃だ。
使いこなせる人は支店に一人か二人。
早く始めたのが幸いし、その一人に名を連ねたし、女性陣を集めてレクチャーしたりもした。

ただ、時代についてこられない上司はいるもので、みんなが手書きで作っていた資料をパソコンで作っていると、「パソコンを打っていれば仕事していると思ったら大間違いだぞ」と嫌味を言われた事もあった。
今ではパソコンがなければ仕事にならない。

自宅のパソコンも3台目と4台目は会社の同僚が自作してくれた。
好きな人は自作するようになっていたのだ。
私は面倒だから作るよりも使う方が良かった。
5台目からはパーツで買うようになり、今のパソコンは6台目だ。
ディスプレイは5台目の時に変えたやつだし、マウスやキーボードも都度交換しているからもう数は忘れてしまった。

厄介なのはデータの保管だ。
特に写真や日記はまめにバックアップを取っているが、フロッピーディスクではそのうち使えなくなりそうな気がするし、CDはこまめなバックアップが取れないのが難点だ。
それに人には見せられない秘蔵動画類はバックアップも楽ではない。

考えてみれば、パソコンとは不思議なものだ。
これで何をすれば良いのだろうと考えていた時代もあったというのに、今では新聞代わりにニュースを読み(それも一紙だけではなくCNNなんかも見る事ができる)、国内外の友人知人とメールでコミュニケーションを取り、音楽を楽しみ、映画も観られる。

5歳の長男にウルトラマンタロウの歌を教えてくれと言われ、「セブンならわかるのに」とぼやきながらもYoutubeを訪ねれば、主題歌をそのまま聞かせる事ができる。
ブログを書けば見知らぬ人がそれを読みコメントを寄せてくれるし、ブログに載せた広告でちょっとしたおこずかいも入ってきたりする。
ダイナブックのキーボードを叩いていた頃には想像もできなかった進化だ。

これから先もまだまだ進化していくのだろうか。
敬遠していたツイッターなども利用方法を工夫すればいろいろと楽しみ方があるようだし、好奇心旺盛だったあの頃の気持ちそのままに、さらに楽しみを深めていきたいものだ。

あとまだやり残している事があるとしたら、次のパソコンはマックにしようかと考えている事だろうか。これまでにも何度も思い断念してきたマッキントッシュ。
憧れのようなものを感じると言えば大げさだろうか・・・

キーボードを叩きながらそんな事を考えたのである・・・

【本日の読書】
「錨を上げよ(下)」百田尚樹
     

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