海の向こうでは200億円の宝くじが当たったと話題になった。1~3億円で騒いでいる我が国とはスケールが違うと思わされる。そんな話をランチタイムの時に同僚とした。
「200億どころか1億だって当たらない。今年もサマージャンボ当たらなかったなぁ・・・」とぼやく同僚。そして私にサマージャンボは買いましたかと訊ねてきた。
私はといえば、以前もご紹介したが、もともとくじ運が悪い。
別にそれを悲観しているわけではないが、それもあって宝くじは買わない主義である。
そんな私だから宝くじとなると勢い、会話は次のようになる。
「いや、僕は買わない主義だから」
「えっ、何でですか?」
「当たらないからさ」
「どうしてですか、買わないと当たらないじゃないですか!」
「買っても当たらないもん」
「買わなかったら当たるわけないじゃないですか!」
そう確かに買わないと当たらない。
しかし、では買えば当たるのか?
それを考えるとしたら、やはりあれこれ感覚でモノを言うよりきっちり確率で考えるのが順当だろう。
宝くじの当たる確率は、正確なところはわからないが、ざっくりと推定するとだいたい1/10,000,000くらいらしい。1/10,000,000といってもピンとはこない。サイコロを振ってある目が出る確率は1/6。2回続けて同じ目が出る確率は1/6×1/6=1/36。同様に3回だと1/216。こうしていくと9回目で1/10,077,696となる。つまり、サイコロを振って9回続けて同じ目が出る確率と一緒ということになる。
ただでさえくじ運の悪い私にとって、9回続けて同じ目が出るなどという事はまずありえない。やっぱり「当たらない」と言い切っても大丈夫みたいである。
いや、夢を買うんだよという説はある。しばしの間、「当たったら何を買おう」という幸せな夢を見る事ができるではないか、と。夢を見られる人は良いだろう。たかだか3,000円である。パチンコやギャンブルに夢を求めるよりも健全だし遥かにいい。そのくらいの夢をくだらないと笑うほど私も醒めているわけではない。ただ、私はもともと素直な性格だから、夢を見る楽しさよりも実現しなかった時の落胆の方が大きいタチである。だから自分には合わないのである。
一方我が家の奥様は毎回律儀に夢を買っている。そうして律儀に私に夢を分けてくれる。毎回欠かさず買っている妻の口癖は、「当たったら100万円あげるわ」である(たった100万円と思うかもしれないが、妻を知っている人は100万円も、と絶句するかもしれない・・・)。私は自分では絶対買わないのに、こう言われると期待だけはしてしまう。そして「買い損なった」などと言われれば、ついつい自分から「会社帰りに買ってきてあげるよ」などと言ってしまうのだ。妻は目立つところに宝くじを置いて、子供にも当たるように拝ませているが、残念ながらいつも願いは聞き届けられない・・・
私もこの程度の夢のおすそ分けならがっかりしなくても済む。
銀座の有名な宝くじ売り場。1番(だったかな)の窓口だけ長蛇の列で、お隣の窓口は閑古鳥。同じブースで出所は一緒だ。冷静に考えれば同じブースだから1番窓口だろうと2番窓口だろうと買う窓口によって当たりはずれには何の関係もない。それにどこで買おうと1枚当たりの当選確率は同じである。なのに1番窓口に列をなす人々・・・滑稽な行列を見てはいつも楽しませてもらっている。
宝くじを買う人のことをとやかく言うつもりはまったくないが、私自身はこれからも宝くじを買うつもりはない。負けるとわかった勝負はしないタチだし、負けるとわかっていても勝負しなければならない時があるとは思うが、宝くじはそんな勝負ではないと思っている。そのエネルギーと3,000円とは他に生かしたいと思うのである・・・
【本日の読書】
「交渉術」佐藤優
「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎
2009年8月29日土曜日
2009年8月26日水曜日
自民党の選挙戦略
さていよいよ衆議院選挙が今週末に迫ってきた。
やっぱり勢いは民主党にあるようだし、政権交代も現実味を帯びてきた。
ただ民主党政権が誕生しても手放しでは喜べないだろう。
ここにきて、支持と同じくらいいろいろと批判も出てきている。
もともと元自民党や旧社会党の残党の寄せ集めだし、ここにきてその勢いに田中真紀子さんまで便乗してしまったし、小沢さんも過去の立派な発言をひっくり返しているし、何よりも日教組と組んでいるのがもっともいただけない・・・そもそも民主党が力をつけてきた、というよりは自民党が自滅したといった方が正しい状況が寂しいところだ。民主党に喜んで政権を担ってほしいとは思えないが、自民党に続けてもらう方がもっと問題だ。
だから今回は政権交代も仕方ないだろうと思う。民主党も一度政権を担って失敗して、そのあと本物の二大政党の一角になれるかが、焦点だと思う。
さて負け戦の感のある自民党であるが、自民党としてはもはやじたばたせずに負け方を研究すべきであろう。私だったら、たぶん民主党政権もいずれ自滅するだろうから、なるべくダメージの少ない負け方を研究するだろう。比例代表のメンバーなんかは次の政権担当を見据えて若手のホープを並べたらどうかとも思う。
それと今ネットで展開している民主党へのネガティブキャンペーンは傑作だ。もともと日本人は清々堂々を旨とする民族だから、ネガティブキャンペーンなどはどうも好ましくないと捕らえがちだ。ただこのネットCMはユーモアがあって露骨さがないのがいい。これならばご愛嬌で受け入れられるし、そもそもよく考えたなと感心する。
YouTubeで「プロポーズ編」と「ラーメン編」と題して民主党を批判しているが、うまく民主党の欠点を捉えてユーモラスに作っている。民主党の場当たり的な人気取りマニュフェストの問題点がよくわかるし、見た人はいずれ民主党政権がボロを出した時にこれを思い出して、「ああやっぱりな」と思うだろう。今度の選挙ではなく、次の選挙を見据えているとしたら作った人は大した戦略家だと思う。
選挙に大敗して自民党は崩壊するのではないか、という意見の人もいるが、次の次に満を持して「やっぱり自民党でなければダメだ」と再登場できるかが、自民党にとって大事な事だと思う。目先の事に囚われずに選挙を乗り越えられるか、ちょっと興味深い。
さて、いよいよ投票日は今度の日曜日。また子供を連れて行きたいと考えているが、ガードをどう潜るか、個人的にはそれにチャレンジしてみたいと思う・・・
これがとっても面白い
【自民党ネットCM プロポーズ篇】
【自民党CM ラーメン篇】
【本日の読書】
「交渉術」佐藤優
「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎
やっぱり勢いは民主党にあるようだし、政権交代も現実味を帯びてきた。
ただ民主党政権が誕生しても手放しでは喜べないだろう。
ここにきて、支持と同じくらいいろいろと批判も出てきている。
もともと元自民党や旧社会党の残党の寄せ集めだし、ここにきてその勢いに田中真紀子さんまで便乗してしまったし、小沢さんも過去の立派な発言をひっくり返しているし、何よりも日教組と組んでいるのがもっともいただけない・・・そもそも民主党が力をつけてきた、というよりは自民党が自滅したといった方が正しい状況が寂しいところだ。民主党に喜んで政権を担ってほしいとは思えないが、自民党に続けてもらう方がもっと問題だ。
だから今回は政権交代も仕方ないだろうと思う。民主党も一度政権を担って失敗して、そのあと本物の二大政党の一角になれるかが、焦点だと思う。
さて負け戦の感のある自民党であるが、自民党としてはもはやじたばたせずに負け方を研究すべきであろう。私だったら、たぶん民主党政権もいずれ自滅するだろうから、なるべくダメージの少ない負け方を研究するだろう。比例代表のメンバーなんかは次の政権担当を見据えて若手のホープを並べたらどうかとも思う。
それと今ネットで展開している民主党へのネガティブキャンペーンは傑作だ。もともと日本人は清々堂々を旨とする民族だから、ネガティブキャンペーンなどはどうも好ましくないと捕らえがちだ。ただこのネットCMはユーモアがあって露骨さがないのがいい。これならばご愛嬌で受け入れられるし、そもそもよく考えたなと感心する。
YouTubeで「プロポーズ編」と「ラーメン編」と題して民主党を批判しているが、うまく民主党の欠点を捉えてユーモラスに作っている。民主党の場当たり的な人気取りマニュフェストの問題点がよくわかるし、見た人はいずれ民主党政権がボロを出した時にこれを思い出して、「ああやっぱりな」と思うだろう。今度の選挙ではなく、次の選挙を見据えているとしたら作った人は大した戦略家だと思う。
選挙に大敗して自民党は崩壊するのではないか、という意見の人もいるが、次の次に満を持して「やっぱり自民党でなければダメだ」と再登場できるかが、自民党にとって大事な事だと思う。目先の事に囚われずに選挙を乗り越えられるか、ちょっと興味深い。
さて、いよいよ投票日は今度の日曜日。また子供を連れて行きたいと考えているが、ガードをどう潜るか、個人的にはそれにチャレンジしてみたいと思う・・・
これがとっても面白い
【自民党ネットCM プロポーズ篇】
【自民党CM ラーメン篇】
【本日の読書】
「交渉術」佐藤優
「ゴールデンスランバー」伊坂幸太郎
2009年8月24日月曜日
熱闘甲子園の大きな声では言えない思い出
夏の風物詩とも言える全国高校野球。
毎年たくさんのドラマが生まれ、印象深いものも多い。
その中でも、1979年8月16日に行われた和歌山県代表・和歌山県立箕島高等学校対石川県代表・星稜高等学校の試合は球史に残る名勝負と言われている。
延長18回、3時間50分の試合。
延長戦で2回点を取られた箕島が、その裏の攻撃で2回とも2アウトからホームランで同点にし、最後18回裏にサヨナラ勝ちした試合である。
当時の視聴率も凄かったらしい。
この試合は実は私も観ていたが、別の意味でも熱狂して観ていた。
なのでとても思い出深い試合なのである。
この年の夏、私はいつものように長野県の御代田に遊びに行っていたのであるが、甲子園大会の前日、集まった親戚間で優勝校を当てる賭けをすることになった。
一人1校100円で3校まで。
中学生であった私には、優勝候補がどこだとか、大会ナンバーワンの選手は誰だとか、そういう事前の情報など皆無で、ただただ出場校の名前を眺めて、ビビッときた高校を選んだのだった。
私の選んだ高校は箕島と池田とあと一つは忘れてしまった。
忘れてしまった一つは早々に敗退したが、箕島と池田は残った。
そして箕島高校の冒頭の名勝負である。
その日は軽井沢のレイクニュータウンに遊びに行き、みんなでボートに乗ったりしていた。
(このレイクニュータウン、当時は賑やかだったが2年前に行った時は残念ながら寂れていた)
夕方試合が始まり、息詰まる投手戦をラジオで聞いていた。
そして帰ってさっそく結果を見ようとしたら、驚いた事に試合はまだ続いていた。
延長戦に突入したのである。
そこからの応援。
なにせ100円がかかっているわけである。
力も入ろうというもの。
そして延長戦で点を取られ、ダメかと思ったところで奇跡の同点ホームラン。
それも2回も、である。
最後は勝つべくして勝った。
歴史に残る名勝負などとは思わなかったが、自分には何か目に見えない何かがついているように感じた。
その試合に勝って勢いづいた。
ベスト8が出揃ったところで、親戚連中はもう一度賭けをやり直そうという事になった。
みんなその時までに、はずれてしまい面白くなくなっていたのだ。
一人2校がベスト8に残っていた私を除いて・・・
そしていよいよ迎えた決勝戦。
対戦するのは箕島対池田。
どっちが買っても勝利するのは私。
笑いが止まらなかった。
この時、私には何となく自分には未来を予想できる力があるような気がしていた。
事実、名前を見ていてビビっときたのである。
今でもその力はあるのだろうかとふと思う。
今度試してみようか。
甲子園と聞くといまでも思い出すエピソードである・・・
【本日の読書】
「交渉術」佐藤 優
「ゴールデンスランバー」伊坂 幸太郎
2009年8月22日土曜日
高校野球について思うこと
夏の甲子園大会も佳境に入ってきた。
「野球は第2のスポーツ」と常々思っているが(第1はラグビーである)、プロ野球は観るものの、高校野球はあまり観ない。技術力という点でプロよりも見劣りするのは致し方ないとは言え、やっぱり限られた時間で観るとしたらプロとなるのである。
小学校から中学卒業まで町内野球に親しんだ私は、高校入学の時に当然の事ながら野球をやるという事が頭にあった。それまでは軟式だったから、本格的に硬式で野球をやりたいという気持ちがあり、「野球部」はなんといっても入部希望の筆頭であった。だが、どうしても一つだけ踏ん切りがつかない事があった。
それは「坊主頭」である。
高校野球といえば「坊主頭」。誰もそういうものだと思って疑問の声を聞くこともない。「日の丸」や「君が代」にいちゃもんをつける日教組も、旧日本軍さながらの全員坊主頭の野球部には文句はないらしい。だが、私にはどうしてもそれが馴染めなかったのだ。野球部のクラブ紹介でも「入部したら当然坊主」と説明があった。いろいろ迷ったが、どうしてもその違和感に馴染めずに入部を諦めたのだった。
別に坊主にする事が恥ずかしくて嫌だったわけではない。それが証拠に、後に大学に入った後(一晩だけであるが)、モヒカン刈りにした事がある。次の日にすぐ丸坊主にしたが、普通の人はなかなかやれないだろうと密かに自負している。だからもしも坊主にしなければならないのだったら、引退してからにしようかと思ったくらいだ。だがそんな考えが通じるはずもなかったので、一人身を引いたのだ。
嫌だったのは坊主頭そのものよりも、そういう「考え方」だ。疑問に思うことも許されず、一律坊主にすることによって個性を奪われる。あとは歯車としてチームのためにプレーするだけだ。「考える事は許されない無個性の世界」、そんなイメージがしたのだ。
例えばよく教えられた話がある。ある時、監督からバントのサインが出されていたが、その選手は無視してホームランを打ってしまった。その選手はベンチに帰って来ても褒められるどころか怒られた、というものである。結果よりも監督の指示に従うという事が重視されるのだ。当時はそれを当然だと思っていたし、みんな目を輝かせて頷いていた。
でもそもそもホームランとバント、どっちが「チームにとって良い」のだろうか。それは考えるまでもない。だとすると「チームのため」を考えたら、監督の指示は間違っていた事になる。大事なのは「チームのため」なのか「監督の指示」なのか?答えられるだろうか?
ちなみに私が監督だったら、選手たちにはこう指導する。
「監督の指示は絶対だ、でも自信があったら破ってもいい、結果が出れば認める、そのかわり失敗したら3倍罰を与える」と。
そうして選手たちに考えさせてプレーさせるのだ。そんな中で、もしも監督のサインに従わない選手がいたとしたら、(失敗すれば当然3倍ペナルティだ)そういう「気概」をもった選手には目をかけるだろう。「無難に」指示に従うだけの選手よりも大成すると思うのだ。
「チームプレーは個人プレーの蓄積」である。チームの歯車になるだけではだめなのだ。個性重視と言いながら、「不祥事があれば即出場辞退」という高野連の体質といい、没個性的な世界を感じてしまうのだ。
結局、そう感じたのは私が「へそまがり」だったからに他ならない。そんな「へそまがり」がいいのか悪いのか。でもだからラグビーという新しい世界に向ったのだし、それが大正解だったわけだから判断は難しい。それでも野球は面白いし、楽しいスポーツである事には変わりない。長男にはまず野球をやらせたいと思う。
何といっても高校野球はプロへの登竜門。将来のプロ野球の発展のためにも、高校野球も引き続き夏の風物詩としてあり続けてもらいたいと思うのである・・・
【本日の読書】
「交渉術」佐藤優
「野球は第2のスポーツ」と常々思っているが(第1はラグビーである)、プロ野球は観るものの、高校野球はあまり観ない。技術力という点でプロよりも見劣りするのは致し方ないとは言え、やっぱり限られた時間で観るとしたらプロとなるのである。
小学校から中学卒業まで町内野球に親しんだ私は、高校入学の時に当然の事ながら野球をやるという事が頭にあった。それまでは軟式だったから、本格的に硬式で野球をやりたいという気持ちがあり、「野球部」はなんといっても入部希望の筆頭であった。だが、どうしても一つだけ踏ん切りがつかない事があった。
それは「坊主頭」である。
高校野球といえば「坊主頭」。誰もそういうものだと思って疑問の声を聞くこともない。「日の丸」や「君が代」にいちゃもんをつける日教組も、旧日本軍さながらの全員坊主頭の野球部には文句はないらしい。だが、私にはどうしてもそれが馴染めなかったのだ。野球部のクラブ紹介でも「入部したら当然坊主」と説明があった。いろいろ迷ったが、どうしてもその違和感に馴染めずに入部を諦めたのだった。
別に坊主にする事が恥ずかしくて嫌だったわけではない。それが証拠に、後に大学に入った後(一晩だけであるが)、モヒカン刈りにした事がある。次の日にすぐ丸坊主にしたが、普通の人はなかなかやれないだろうと密かに自負している。だからもしも坊主にしなければならないのだったら、引退してからにしようかと思ったくらいだ。だがそんな考えが通じるはずもなかったので、一人身を引いたのだ。
嫌だったのは坊主頭そのものよりも、そういう「考え方」だ。疑問に思うことも許されず、一律坊主にすることによって個性を奪われる。あとは歯車としてチームのためにプレーするだけだ。「考える事は許されない無個性の世界」、そんなイメージがしたのだ。
例えばよく教えられた話がある。ある時、監督からバントのサインが出されていたが、その選手は無視してホームランを打ってしまった。その選手はベンチに帰って来ても褒められるどころか怒られた、というものである。結果よりも監督の指示に従うという事が重視されるのだ。当時はそれを当然だと思っていたし、みんな目を輝かせて頷いていた。
でもそもそもホームランとバント、どっちが「チームにとって良い」のだろうか。それは考えるまでもない。だとすると「チームのため」を考えたら、監督の指示は間違っていた事になる。大事なのは「チームのため」なのか「監督の指示」なのか?答えられるだろうか?
ちなみに私が監督だったら、選手たちにはこう指導する。
「監督の指示は絶対だ、でも自信があったら破ってもいい、結果が出れば認める、そのかわり失敗したら3倍罰を与える」と。
そうして選手たちに考えさせてプレーさせるのだ。そんな中で、もしも監督のサインに従わない選手がいたとしたら、(失敗すれば当然3倍ペナルティだ)そういう「気概」をもった選手には目をかけるだろう。「無難に」指示に従うだけの選手よりも大成すると思うのだ。
「チームプレーは個人プレーの蓄積」である。チームの歯車になるだけではだめなのだ。個性重視と言いながら、「不祥事があれば即出場辞退」という高野連の体質といい、没個性的な世界を感じてしまうのだ。
結局、そう感じたのは私が「へそまがり」だったからに他ならない。そんな「へそまがり」がいいのか悪いのか。でもだからラグビーという新しい世界に向ったのだし、それが大正解だったわけだから判断は難しい。それでも野球は面白いし、楽しいスポーツである事には変わりない。長男にはまず野球をやらせたいと思う。
何といっても高校野球はプロへの登竜門。将来のプロ野球の発展のためにも、高校野球も引き続き夏の風物詩としてあり続けてもらいたいと思うのである・・・
【本日の読書】
「交渉術」佐藤優
2009年8月20日木曜日
明日に向って走れ
世界陸上でジャマイカのウサイン・ボルトが9秒58という驚異的な世界記録で優勝した。
我々の世代だとカール・ルイスの記憶が強く残っているが、当時びっくりした彼の9秒86という世界記録も今では歴代10位なのだという。
今回の世界陸上に全盛期の彼が出場しても3位にも入れなかったのだから驚きだ。
いくら「記録は破られるためにある」ものとはいえ、どこまで伸びていくのであろう。
私も足の速さにおいてはちょっとしたものであった。
小学校の頃からリレーの選手だったし、それからも走る事にかけては自信があった。
高校時代でもたぶん、学年でベスト5くらいには入っていたのではないかと心密かに思っている。
中でもお気に入りはリレーだった。
それもアンカーがお好みだった。
そしていつも思っていたものだ、「どうか2~3番目くらいでバトンを渡してほしい」と。
1番ではダメなのだ。
そのまま1番でゴールしても手柄は前の走者のものだ。
2~3番目でバトンを受け取って1番の走者を抜くのがいいのだ。
(もっともそう都合のよい機会に恵まれた経験はあまり記憶に残っていない)
同じ走るにしても長距離は苦手だった。
ただ黙々と走るのはあんまり好きではなかった。
高校の時に嫌々ながら走った10キロ走では50何位だったと記憶している。
途中でショートカットできないかとキョロキョロしてみたが、さすがにそこは読まれていて、ズルできない仕組みになっていた。
最近走る事が一部でブームになっていて、よく「ランナーズハイ」の恍惚感を語られる事もあるが、私には馬耳東風だ。
ラグビーでも足の速さはそれなりに有利に働いた。
だが、ラグビーでは正面を向いてひたすらまっすぐ走るという機会は、一つの試合にそれほどあるものでもない。
たいがいが、短いスタートダッシュの繰り返しで、走るにしても相手の動きを絶えず見てそれにあわせて動くのが主だ。
何よりスピードよりもぶつかり合いの方を好んだので、勢い全力疾走などという機会も少なかった。
それにしてもボルトの瞬間最高速度は秒速12.4秒だという。
誰の背中を見ることもなくただ早く走る9秒56の世界とはどんな世界なのだろうか。
そこは選ばれし者のみが到達できる神の領域なのだろうか。
今4歳の長男は、よく「よーいドン」のかけっこを喜んでやっている。
今から楽しみながらやらせていれば、自然と足も速くなるのではないかと思っている。
足が速いと子供の時代は楽しいものである。
少なくとも母親のように運動会の前の日に必死で雨乞いする事はないだろう。
「神の領域」とはいかなくても、楽しい世界がある事は間違いがない。
親としてその楽しみに導いてやりたいと思うのである・・・
【本日の読書】
「最後のパレード」中村克
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊
「戦略ファイナンス」高田直芳
我々の世代だとカール・ルイスの記憶が強く残っているが、当時びっくりした彼の9秒86という世界記録も今では歴代10位なのだという。
今回の世界陸上に全盛期の彼が出場しても3位にも入れなかったのだから驚きだ。
いくら「記録は破られるためにある」ものとはいえ、どこまで伸びていくのであろう。
私も足の速さにおいてはちょっとしたものであった。
小学校の頃からリレーの選手だったし、それからも走る事にかけては自信があった。
高校時代でもたぶん、学年でベスト5くらいには入っていたのではないかと心密かに思っている。
中でもお気に入りはリレーだった。
それもアンカーがお好みだった。
そしていつも思っていたものだ、「どうか2~3番目くらいでバトンを渡してほしい」と。
1番ではダメなのだ。
そのまま1番でゴールしても手柄は前の走者のものだ。
2~3番目でバトンを受け取って1番の走者を抜くのがいいのだ。
(もっともそう都合のよい機会に恵まれた経験はあまり記憶に残っていない)
同じ走るにしても長距離は苦手だった。
ただ黙々と走るのはあんまり好きではなかった。
高校の時に嫌々ながら走った10キロ走では50何位だったと記憶している。
途中でショートカットできないかとキョロキョロしてみたが、さすがにそこは読まれていて、ズルできない仕組みになっていた。
最近走る事が一部でブームになっていて、よく「ランナーズハイ」の恍惚感を語られる事もあるが、私には馬耳東風だ。
ラグビーでも足の速さはそれなりに有利に働いた。
だが、ラグビーでは正面を向いてひたすらまっすぐ走るという機会は、一つの試合にそれほどあるものでもない。
たいがいが、短いスタートダッシュの繰り返しで、走るにしても相手の動きを絶えず見てそれにあわせて動くのが主だ。
何よりスピードよりもぶつかり合いの方を好んだので、勢い全力疾走などという機会も少なかった。
それにしてもボルトの瞬間最高速度は秒速12.4秒だという。
誰の背中を見ることもなくただ早く走る9秒56の世界とはどんな世界なのだろうか。
そこは選ばれし者のみが到達できる神の領域なのだろうか。
今4歳の長男は、よく「よーいドン」のかけっこを喜んでやっている。
今から楽しみながらやらせていれば、自然と足も速くなるのではないかと思っている。
足が速いと子供の時代は楽しいものである。
少なくとも母親のように運動会の前の日に必死で雨乞いする事はないだろう。
「神の領域」とはいかなくても、楽しい世界がある事は間違いがない。
親としてその楽しみに導いてやりたいと思うのである・・・
【本日の読書】
「最後のパレード」中村克
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊
「戦略ファイナンス」高田直芳
2009年8月18日火曜日
先輩H2
一度GWに岩手県に住んでいたH先輩を訪ねた事がある。
すでに私は銀行に就職し、ごく普通の生活を始めていた。
H先輩は空家の元教員住宅を借りての晴耕雨読の生活を送っていた。
コンクリートの上ではない、まさに地に足をつけた生活である。
そんな生活は憧れはするが、とても真似できない。
話を聞いて、慣れない農機具を使い、例え米粒一つであろうとそれを作るのがどんなに大変かがよくわかった。部屋の隅にH先輩の作った米粒が落ちているのを見つけ、そっと袋に戻した。小さい頃よく親に「お百姓さんに怒られる」と言われたものであるが、H先輩の働く姿はどんな言葉よりも説得力があった。
その時の事であるが、近所の集まりで、自家製のしいたけを食べさせてもらった。
取りたてのをあぶって醤油をかけただけのものである。
しいたけなんて、と思っていたらあまりにもうまそうに先輩が食べるものだから、口に入れてみた。
これが最高にうまい。
凡そ子供はと言えば野菜嫌いが多い。
そしてそれは実は当たり前の事だと気がついた。
これだけうまければ都会の子供たちはみんなしいたけが好きになるに違いない。
セロリやニンジンだって推して知るべし、である。
しかしやっぱり農業だけでは食べていけないらしく、塾の講師などもやっているようだから現実は厳しいのだろう。やがて結婚されたが、奥様と二人で東南アジアを放浪して帰って来てから結婚式という具合だった。世の女性はすべからく「ちゃんと就職して安定している人がいい」と言うのかと思っていたら、そういう女性もいるものなのだと感心した。
ちなみにH先輩はルックスで女性を惹きつけるタイプではない。
もしもそうであれば、一番弟子を自称していた私も少しは恩恵に預かれたはずだ。
学生時代はとにかくH先輩について行ってもその先に女っ気を期待する事はできなかった。
よって奥様もタダモノではないと感じたのである。
今でも仙台近郊で農業をやっている。
家族で作物を育て、都会の人をホームステイさせたり、体験農業をやったりと精力的だ。
「私は都会人だから田舎の暮らしなんて合わないわ、将来田舎に行くなら一人で行ってね」と公言するどこかの奥様と比べるとつくづく羨ましいと思ってしまう。
今はブログという便利なものがあるから、H先輩の生活振りもよくわかる。
都会のセカセカした生活にふと疲れる時があって、そんな時は田舎で暮らす先輩がうらやましく思われる事がある。だが、どんなに夢想しても現実的に自分がそんな生活を送るのは不可能だし、いまさらやろうとも思わない。自分には今の生活スタイルが一番合っているし、逆に都会でないとできない事もあるからだ。
自分には自分なりの今のスタイルが合っていると思うし、たぶんこれからもそれを続けて行く。ただやっぱりH先輩の生き方は、地を這うようなタックルと正確なスローイングが真似できなかったように、真似できるものではない。せめて先輩からみて恥ずかしくない生き方だけはしたいと思う。そしてやっぱりいろいろな本を読んで、たまには会って文学談義をしたいものである。その時に恥をかかないように頑張っていたいと思うのである・・・
【本日の読書】
「教えることの復権」大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊
すでに私は銀行に就職し、ごく普通の生活を始めていた。
H先輩は空家の元教員住宅を借りての晴耕雨読の生活を送っていた。
コンクリートの上ではない、まさに地に足をつけた生活である。
そんな生活は憧れはするが、とても真似できない。
話を聞いて、慣れない農機具を使い、例え米粒一つであろうとそれを作るのがどんなに大変かがよくわかった。部屋の隅にH先輩の作った米粒が落ちているのを見つけ、そっと袋に戻した。小さい頃よく親に「お百姓さんに怒られる」と言われたものであるが、H先輩の働く姿はどんな言葉よりも説得力があった。
その時の事であるが、近所の集まりで、自家製のしいたけを食べさせてもらった。
取りたてのをあぶって醤油をかけただけのものである。
しいたけなんて、と思っていたらあまりにもうまそうに先輩が食べるものだから、口に入れてみた。
これが最高にうまい。
凡そ子供はと言えば野菜嫌いが多い。
そしてそれは実は当たり前の事だと気がついた。
これだけうまければ都会の子供たちはみんなしいたけが好きになるに違いない。
セロリやニンジンだって推して知るべし、である。
しかしやっぱり農業だけでは食べていけないらしく、塾の講師などもやっているようだから現実は厳しいのだろう。やがて結婚されたが、奥様と二人で東南アジアを放浪して帰って来てから結婚式という具合だった。世の女性はすべからく「ちゃんと就職して安定している人がいい」と言うのかと思っていたら、そういう女性もいるものなのだと感心した。
ちなみにH先輩はルックスで女性を惹きつけるタイプではない。
もしもそうであれば、一番弟子を自称していた私も少しは恩恵に預かれたはずだ。
学生時代はとにかくH先輩について行ってもその先に女っ気を期待する事はできなかった。
よって奥様もタダモノではないと感じたのである。
今でも仙台近郊で農業をやっている。
家族で作物を育て、都会の人をホームステイさせたり、体験農業をやったりと精力的だ。
「私は都会人だから田舎の暮らしなんて合わないわ、将来田舎に行くなら一人で行ってね」と公言するどこかの奥様と比べるとつくづく羨ましいと思ってしまう。
今はブログという便利なものがあるから、H先輩の生活振りもよくわかる。
都会のセカセカした生活にふと疲れる時があって、そんな時は田舎で暮らす先輩がうらやましく思われる事がある。だが、どんなに夢想しても現実的に自分がそんな生活を送るのは不可能だし、いまさらやろうとも思わない。自分には今の生活スタイルが一番合っているし、逆に都会でないとできない事もあるからだ。
自分には自分なりの今のスタイルが合っていると思うし、たぶんこれからもそれを続けて行く。ただやっぱりH先輩の生き方は、地を這うようなタックルと正確なスローイングが真似できなかったように、真似できるものではない。せめて先輩からみて恥ずかしくない生き方だけはしたいと思う。そしてやっぱりいろいろな本を読んで、たまには会って文学談義をしたいものである。その時に恥をかかないように頑張っていたいと思うのである・・・
【本日の読書】
「教えることの復権」大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊
2009年8月16日日曜日
先輩H
この道を行けば どうなるものか 危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せば その一足が道となり その一足が道となる
迷わず行けよ 行けば分かるさ
小学校時代からの友人と一緒に合格発表を見に行き、合格を喜ぶその友人が入学の書類をもらうのに付き合って校内をうろついていたら、H先輩に声をかけられたのだ。
ラグビージャージを着たH先輩に、「俺の後輩になれよ」と言われたのが悔しい思いと共に印象に残ったのである。
1年後にリベンジを果たしてラグビー部の門を叩いたが、怪我で休部中のH先輩と再会したのは、それからさらに半年以上後の、確か年末の頃だった。2つ上のH先輩とは同じポジションでもあり、また甲子園出場経験者という異色のキャリア、文学好き、そして人柄とが相俟ってすぐに親しみを感じたのである。女の話かラグビーの話が圧倒的な話題を占めるラグビー部で、静かに本を読むH先輩に同類の匂いを嗅ぎ取ったのだと思う。
もともと哲学には興味があったが、それでもニーチェやキルケゴールなどを読み始めたのはH先輩の影響だ。後に奥様になる人に「どうしてすぐに就職しなかったのか」と問われて、先輩は「本を読むためさ」と答えてフッと笑ったと言う。
フッと笑ったのかニヤケタのかはともかく、「本を読むため」というのは事実だと思う。
「H先輩がどんな本を読んでいるのか」は今でも常に私の感心事だ。
そんなH先輩は、卒業したあと企業に就職する事なく、やがて東北で農業を始めた。サラリーマンの息子であったH先輩に農家のコネなどあるはずもなく、役所に手紙を書いて乗り込んで行くという有り様であった。「この道を行けばどうなるものか」まったくわからない道を、すべてをかけて進む姿は私にはとうてい真似できない。その姿勢を学生時代に合コンで発揮していたら、かなり楽しい学生生活を送れたに違いない。
他の先輩達はみな一流企業に就職していった。当時は今と違って売り手市場だったし、「体育会ラグビー部」の看板を掲げていれば、いくらでもそれなりの企業に楽に就職できたのだ。H先輩はそんな楽な道を選ばずフリーターとなった。我が大学から司法試験などの理由を別として、そういう進路に進むのは極めて珍しい事である。
そんなH先輩の事をもう少し語ってみたい・・・
【本日の読書】
「戦略ファイナンス」高田直芳
危ぶめば道はなし
踏み出せば その一足が道となり その一足が道となる
迷わず行けよ 行けば分かるさ
一休 宗純
********************************************************************************
H先輩と出会ったのは、最初の大学受験に失敗した時の事であった。小学校時代からの友人と一緒に合格発表を見に行き、合格を喜ぶその友人が入学の書類をもらうのに付き合って校内をうろついていたら、H先輩に声をかけられたのだ。
ラグビージャージを着たH先輩に、「俺の後輩になれよ」と言われたのが悔しい思いと共に印象に残ったのである。
1年後にリベンジを果たしてラグビー部の門を叩いたが、怪我で休部中のH先輩と再会したのは、それからさらに半年以上後の、確か年末の頃だった。2つ上のH先輩とは同じポジションでもあり、また甲子園出場経験者という異色のキャリア、文学好き、そして人柄とが相俟ってすぐに親しみを感じたのである。女の話かラグビーの話が圧倒的な話題を占めるラグビー部で、静かに本を読むH先輩に同類の匂いを嗅ぎ取ったのだと思う。
もともと哲学には興味があったが、それでもニーチェやキルケゴールなどを読み始めたのはH先輩の影響だ。後に奥様になる人に「どうしてすぐに就職しなかったのか」と問われて、先輩は「本を読むためさ」と答えてフッと笑ったと言う。
フッと笑ったのかニヤケタのかはともかく、「本を読むため」というのは事実だと思う。
「H先輩がどんな本を読んでいるのか」は今でも常に私の感心事だ。
そんなH先輩は、卒業したあと企業に就職する事なく、やがて東北で農業を始めた。サラリーマンの息子であったH先輩に農家のコネなどあるはずもなく、役所に手紙を書いて乗り込んで行くという有り様であった。「この道を行けばどうなるものか」まったくわからない道を、すべてをかけて進む姿は私にはとうてい真似できない。その姿勢を学生時代に合コンで発揮していたら、かなり楽しい学生生活を送れたに違いない。
他の先輩達はみな一流企業に就職していった。当時は今と違って売り手市場だったし、「体育会ラグビー部」の看板を掲げていれば、いくらでもそれなりの企業に楽に就職できたのだ。H先輩はそんな楽な道を選ばずフリーターとなった。我が大学から司法試験などの理由を別として、そういう進路に進むのは極めて珍しい事である。
そんなH先輩の事をもう少し語ってみたい・・・
【本日の読書】
「戦略ファイナンス」高田直芳
2009年8月15日土曜日
8月15日
本日は終戦記念日。毎年行われている全国戦没者追悼式の様子がテレビに映し出されていた。「先の大戦」といっても、もう64年も前。心なしか「終戦ムード」も毎年色褪せてきているような気がする。
こういう事はきちんと受け継いでいかなければならないとは思うものの、自分たちが肝心の語り継ぐ世代となりつつある今、実体験がないだけに何となくインパクトにかけるような気がしてしまう。子供たちがもう少し大きくなった時にどんな話ができるのだろうか、とふと考えてしまうのである。
それはさておき、追悼式では麻生首相の言葉をちょっと聞いた。「大戦の反省」とはよく言われているが、口先だけでない本当の反省というものが果たしてできているのだろうか。世の中の風潮からするとどうもそうは思えない。「反省」と口にしていれば間違いはない、と思ってやっているような気がするのである。
物事には原因があって結果がある。結果を反省する事はもちろんであるが、では「どうしてそうなったか」という原因分析はまったくできていない。すべてを巨悪の塊「日本軍」の責任にしておしまいである。歴史の教科書をみても事実の羅列に終わり、「どうしてそうなったのか」という視点がかけている。トヨタの改善運動ではないが、「なぜ」を5回繰り返せば歴史だって真実が見えてくる。
「鎖国で平和を満喫していた日本人が、なぜわざわざ大陸に侵略などして行ったのか?」
そこから始めるといいのではないだろうか。
開国以来、「先進国」に追いつけ追い越せを旗印に頑張っていた明治日本。坂の上の雲を目指していた日本軍がどこでどう道を間違え、フォースのダークサイドに堕ちて行ったのか、きちんと教えてはくれない。そもそも開国から大戦までが、現代日本ではもっとも重要な歴史なのに授業ではそこまでいかずに終わる。弥生時代の土器の話をするなら、明治維新から大戦までの歴史をもっとやるべきだと常々思っているが、学校はそうは考えないらしい。
明治維新以来、日本のたどった道を(色眼鏡で見ることなく)正確に学べば、おそらく今世間で認識されているのとは違う歴史が見えてくると思う。そうした原因分析を飛ばして、ただ結果論だけで「反省」しておけば済むとするのは、真に責任ある態度とは言えない。
歴史好きな人間としてはとても歯がゆいと思うのである・・・
【本日の読書】
なし
こういう事はきちんと受け継いでいかなければならないとは思うものの、自分たちが肝心の語り継ぐ世代となりつつある今、実体験がないだけに何となくインパクトにかけるような気がしてしまう。子供たちがもう少し大きくなった時にどんな話ができるのだろうか、とふと考えてしまうのである。
それはさておき、追悼式では麻生首相の言葉をちょっと聞いた。「大戦の反省」とはよく言われているが、口先だけでない本当の反省というものが果たしてできているのだろうか。世の中の風潮からするとどうもそうは思えない。「反省」と口にしていれば間違いはない、と思ってやっているような気がするのである。
物事には原因があって結果がある。結果を反省する事はもちろんであるが、では「どうしてそうなったか」という原因分析はまったくできていない。すべてを巨悪の塊「日本軍」の責任にしておしまいである。歴史の教科書をみても事実の羅列に終わり、「どうしてそうなったのか」という視点がかけている。トヨタの改善運動ではないが、「なぜ」を5回繰り返せば歴史だって真実が見えてくる。
「鎖国で平和を満喫していた日本人が、なぜわざわざ大陸に侵略などして行ったのか?」
そこから始めるといいのではないだろうか。
開国以来、「先進国」に追いつけ追い越せを旗印に頑張っていた明治日本。坂の上の雲を目指していた日本軍がどこでどう道を間違え、フォースのダークサイドに堕ちて行ったのか、きちんと教えてはくれない。そもそも開国から大戦までが、現代日本ではもっとも重要な歴史なのに授業ではそこまでいかずに終わる。弥生時代の土器の話をするなら、明治維新から大戦までの歴史をもっとやるべきだと常々思っているが、学校はそうは考えないらしい。
明治維新以来、日本のたどった道を(色眼鏡で見ることなく)正確に学べば、おそらく今世間で認識されているのとは違う歴史が見えてくると思う。そうした原因分析を飛ばして、ただ結果論だけで「反省」しておけば済むとするのは、真に責任ある態度とは言えない。
歴史好きな人間としてはとても歯がゆいと思うのである・・・
【本日の読書】
なし
2009年8月14日金曜日
風邪が気合で治るわけ~実践編~
さて、前回風邪が気合で治るわけを解説した。
これから「風邪は気合で治す」と言った時、白い目で見られる事が少なくなるのではないかと期待している。私の場合、その効果は絶大である。
今回は具体的な方法を語ってみたいと思う。
まず初めに、風邪はひき始めが肝心である。
これは世間でも言われている通りである。
「かかったかな」と思ったら「即気合!」。
コンタック600などの出る幕ではない。
気合という言い方がひょっとしたら誤解を招く元なのかもしれないが、要は体の内部への意識を通じた働きかけである(よけい怪しいか・・・)。
人間の脳にはまだ理解されていないが、使うことのできる能力がある。車の運転みたいなものだ。次の日の朝いつもより数時間早起きして遊びに行く時の事を考えてみればいい。目覚ましの鳴る前に目が覚めたり、いつもは何度も鳴っては止めるを繰り返す目覚ましにも一発で起きる事があるだろう。我が家の長女もディズニーランドに行く時は、学校へ行く時よりも目覚めはいいし、起きた後の行動も迅速だ。
そんな脳ミソに病原体をやっつけるイメージを送り、ラグビーの試合前に円陣を組んでみんなで叫ぶ時のように気合を体に入れるのである。そうして布団に入れば、潜在意識が体に備わっている防衛機能により強く働きかけて、体に侵入した病原体を退治するのである。眉唾に聞こえるかもしれないが、医学的にも「プラシーボ効果」というのが科学的に認められている。気合=プラシーボ効果と説明すれば納得してもらえるのかもしれない。
ちなみにこうした気合が効くのは風邪であって、インフルエンザはこの限りではない。
なぜならインフルエンザはウィルスが原因であって、そのウィルスに対しては(もちろん気合も効果はあるだろうが)タミフルなどのある種のワクチンが最も効果的だからだ。
繰り返すが風邪の特効薬はいまだに存在しないわけなので、矛盾はないのである。
私が医者に行く時は、「もしかしたらインフルエンザかもしれない」と思う時か、仕事の都合などでどうしても症状を抑えたい時などだ。だから前者では、風邪とわかれば薬はもらわずに帰ってくるし、後者の場合はその症状の薬だけもらって帰ってくる。しかも3日分もらっても必要がなくなれば、その時点で残りは捨ててしまう。
風邪をひいたらとにかく医者とばかりに医者に行く、そうやって医者を妄信するのは間違いだ。
機械的に医者に行って、もらった薬をもらった分だけ何にも疑わずに真面目にきちんと飲む。
そういうスタンスは、実は戒めるべきものなのだ。
自分の体とよく相談し、医者には必要な処置のためだけに手をかしてもらう。
そうした自立した意識こそが真に自分の体の為になる。
そう信じてやまない私である・・・
【本日の読書】
「教えることの復権」大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊
これから「風邪は気合で治す」と言った時、白い目で見られる事が少なくなるのではないかと期待している。私の場合、その効果は絶大である。
今回は具体的な方法を語ってみたいと思う。
まず初めに、風邪はひき始めが肝心である。
これは世間でも言われている通りである。
「かかったかな」と思ったら「即気合!」。
コンタック600などの出る幕ではない。
気合という言い方がひょっとしたら誤解を招く元なのかもしれないが、要は体の内部への意識を通じた働きかけである(よけい怪しいか・・・)。
人間の脳にはまだ理解されていないが、使うことのできる能力がある。車の運転みたいなものだ。次の日の朝いつもより数時間早起きして遊びに行く時の事を考えてみればいい。目覚ましの鳴る前に目が覚めたり、いつもは何度も鳴っては止めるを繰り返す目覚ましにも一発で起きる事があるだろう。我が家の長女もディズニーランドに行く時は、学校へ行く時よりも目覚めはいいし、起きた後の行動も迅速だ。
そんな脳ミソに病原体をやっつけるイメージを送り、ラグビーの試合前に円陣を組んでみんなで叫ぶ時のように気合を体に入れるのである。そうして布団に入れば、潜在意識が体に備わっている防衛機能により強く働きかけて、体に侵入した病原体を退治するのである。眉唾に聞こえるかもしれないが、医学的にも「プラシーボ効果」というのが科学的に認められている。気合=プラシーボ効果と説明すれば納得してもらえるのかもしれない。
ちなみにこうした気合が効くのは風邪であって、インフルエンザはこの限りではない。
なぜならインフルエンザはウィルスが原因であって、そのウィルスに対しては(もちろん気合も効果はあるだろうが)タミフルなどのある種のワクチンが最も効果的だからだ。
繰り返すが風邪の特効薬はいまだに存在しないわけなので、矛盾はないのである。
私が医者に行く時は、「もしかしたらインフルエンザかもしれない」と思う時か、仕事の都合などでどうしても症状を抑えたい時などだ。だから前者では、風邪とわかれば薬はもらわずに帰ってくるし、後者の場合はその症状の薬だけもらって帰ってくる。しかも3日分もらっても必要がなくなれば、その時点で残りは捨ててしまう。
風邪をひいたらとにかく医者とばかりに医者に行く、そうやって医者を妄信するのは間違いだ。
機械的に医者に行って、もらった薬をもらった分だけ何にも疑わずに真面目にきちんと飲む。
そういうスタンスは、実は戒めるべきものなのだ。
自分の体とよく相談し、医者には必要な処置のためだけに手をかしてもらう。
そうした自立した意識こそが真に自分の体の為になる。
そう信じてやまない私である・・・
【本日の読書】
「教えることの復権」大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(下)」海堂尊
2009年8月13日木曜日
風邪が気合で治るわけ
風邪をひいた時、私は「気合で治す」事にしている。
こう言うと顔をしかめられる事が結構ある。
私は医者嫌いでもなく、薬嫌いでもない。
それが風邪を治す一番効果的な方法なのである。
正確に言えばこれに「適度な睡眠」がセットになる。
今日も同僚と議論をした。
「風邪をひいたらすぐに医者に行く」と彼は言う。
だが、考えてみてほしい。
医者に行く、症状を答える、そうすると医者は大抵薬を出してくれる。
だが、それは「風邪薬」ではない。
頭が痛いと言えば頭痛止め、咳が出ると言えば咳止め、熱があれば熱ざまし、吐き気があれば吐き気を抑える薬・・・
みんな症状を抑える薬だ。
風邪に対しては現在のところこうした「対症療法」しかできないのである。
あとは布団に入って大人しく寝ているようにと言われる。
風邪の症状が抑えられている間に、体の持っている自然治癒力で風邪を治すのである。
つまり、「風邪は薬で治るわけではない」のである。
これが現代医療である。
私の場合はといえば、症状にはすべて目を瞑り、気合を入れて寝る。
気合を入れる事によって、潜在能力に働きかけ、意識下で体の防衛本能を呼び起こし、自然治癒力を高めるわけである。
最初はどうあれ肝心な部分では治療方法は一緒である。
単に「心頭滅却すれば火もまた涼し」といった精神論を振りかざしているわけではないのである。
また、風邪の諸症状は体の防衛本能の現れである。
咳によって異物を排出し、病原体に対する免疫反応によって発熱するのである。
解熱剤はこの免疫力を弱める事によって熱を下げているのである。
つまり「病原体の敵=味方」をやっつけているわけである。
医者は体の防衛力を弱める薬を山のように出し、おまけに「全部飲むと胃が弱る」からと胃薬まで出すのである。
馬鹿にするにも程がある。
医者は沢山薬を出せば診療報酬が増える。
「お大事に」と言いながら「毎度あり」と言っているのである。
それをありがたがっているのだから始末が悪い。
まあ、どうしても辛くて症状を抑えたいというような理由からであれば、それは一つの解決策だ。
それを否定するつもりはない。
だが、大概早く風邪を治したい私としては、体に薬というよけいな負担をかける事なく、体のもっている防衛力を高めるべく、「気」を送ってからそれらが働きやすいように寝るのだ。
それが私なりに実践で培ってきた極めて合理的な治療方法なのである。
ちなみにラグビーをやっていた私は、現役の時には怪我とはお友達だった。
そして整形外科にはちょくちょく通っていた。
怪我は医者に行くのが一番早く治る。
常に合理的に体のことを考えて最善の策を取るのが、私のポリシーなのである。
【今日の読書】
「教えることの復権」 大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(上)」海堂尊
こう言うと顔をしかめられる事が結構ある。
私は医者嫌いでもなく、薬嫌いでもない。
それが風邪を治す一番効果的な方法なのである。
正確に言えばこれに「適度な睡眠」がセットになる。
今日も同僚と議論をした。
「風邪をひいたらすぐに医者に行く」と彼は言う。
だが、考えてみてほしい。
医者に行く、症状を答える、そうすると医者は大抵薬を出してくれる。
だが、それは「風邪薬」ではない。
頭が痛いと言えば頭痛止め、咳が出ると言えば咳止め、熱があれば熱ざまし、吐き気があれば吐き気を抑える薬・・・
みんな症状を抑える薬だ。
風邪に対しては現在のところこうした「対症療法」しかできないのである。
あとは布団に入って大人しく寝ているようにと言われる。
風邪の症状が抑えられている間に、体の持っている自然治癒力で風邪を治すのである。
つまり、「風邪は薬で治るわけではない」のである。
これが現代医療である。
私の場合はといえば、症状にはすべて目を瞑り、気合を入れて寝る。
気合を入れる事によって、潜在能力に働きかけ、意識下で体の防衛本能を呼び起こし、自然治癒力を高めるわけである。
最初はどうあれ肝心な部分では治療方法は一緒である。
単に「心頭滅却すれば火もまた涼し」といった精神論を振りかざしているわけではないのである。
また、風邪の諸症状は体の防衛本能の現れである。
咳によって異物を排出し、病原体に対する免疫反応によって発熱するのである。
解熱剤はこの免疫力を弱める事によって熱を下げているのである。
つまり「病原体の敵=味方」をやっつけているわけである。
医者は体の防衛力を弱める薬を山のように出し、おまけに「全部飲むと胃が弱る」からと胃薬まで出すのである。
馬鹿にするにも程がある。
医者は沢山薬を出せば診療報酬が増える。
「お大事に」と言いながら「毎度あり」と言っているのである。
それをありがたがっているのだから始末が悪い。
まあ、どうしても辛くて症状を抑えたいというような理由からであれば、それは一つの解決策だ。
それを否定するつもりはない。
だが、大概早く風邪を治したい私としては、体に薬というよけいな負担をかける事なく、体のもっている防衛力を高めるべく、「気」を送ってからそれらが働きやすいように寝るのだ。
それが私なりに実践で培ってきた極めて合理的な治療方法なのである。
ちなみにラグビーをやっていた私は、現役の時には怪我とはお友達だった。
そして整形外科にはちょくちょく通っていた。
怪我は医者に行くのが一番早く治る。
常に合理的に体のことを考えて最善の策を取るのが、私のポリシーなのである。
【今日の読書】
「教えることの復権」 大村はま
「ジェネラル・ルージュの凱旋(上)」海堂尊
2009年8月11日火曜日
夏は夜
今朝静岡で震度6の地震があったという。
東京も明け方揺れたのだと会社に着いた時に同僚から聞いた。
言われてみれば地震の夢を見たと思い出した。
ちょうど揺れている時に見たのだろうか?
そうだとしたら、人間の脳の夢を見るメカニズムは面白いものだと思う。
それほど深く寝入っていたわけであるが、今年の夏はいわゆる熱帯夜が少なくて、よく寝られるのもその原因かもしれない。
夏の夜、私は寝る時にエアコンは使わない派だ。
窓を開けて寝るのだ。もう昔からそうなのである。
エアコンをかけて寝ると起きた時にどことなく体調が悪くなるのだ。
寝る時にエアコンを入れて、タイマーで止まるようにセットするのもだめなのだ。
途中で暑くなって窓を開けたり、再びエアコンをセットしたりとするのは嫌なのだ。
だからよっぽど暑い時は、エアコンを入れて部屋を冷やしておいて、寝る時になったら窓を開けて寝る。開け放した窓からわずかに入ってくる夜風が微妙に心地良くて好きである。
妻などは窓を開けて寝る事には抵抗があるようだ。
やっぱり無用心だと考えるようである。
そこは男と女の違いなのかもしれない。
まあ今の日本は治安もいいし、やっぱりそれが一番寝やすいので当面はこのスタイルを維持したいものである。
お盆のこの時期、子供の頃は長野県の御代田にある従兄弟の家に遊びに行っていた。
なにせ日本の代表的な避暑地の一つ、軽井沢の近くだけあって東京よりも涼しい。
学校の夏休みも20日頃までだし、日中はともかく朝晩はひんやりと涼しくなる。
ゆえに従兄弟の家にはエアコンがない。
寝苦しい夜とも無縁であった。
暑苦しい時は妙に懐かしく思い出したりするが、今年はそんな事もない。
サラリーマンとしては大変助かる夏なのであるが、夏は暑く、冬は寒いのが四季のいいところ。
景気にも農作物にもきっとよくない。
「熱帯夜よ、来い」とはあまり言いたくはないが、もう少し夏らしくあってもいいと思う。
御代田に行ってた頃は、秋の気配に見送られて東京に帰ってくると、まだ夏休みは10日も残っていたし、残暑が手荒く出迎えてくれたものだ。
汗だくになって東京って暑いなとつくづく思ったが、それでこそ夏である。
夏はやっぱり夏らしくあってほしいと思うのである・・・
【今日の読書】
『水木サンの幸福論』水木しげる
『ジェネラル・ルージュの凱旋(上)』海堂尊
東京も明け方揺れたのだと会社に着いた時に同僚から聞いた。
言われてみれば地震の夢を見たと思い出した。
ちょうど揺れている時に見たのだろうか?
そうだとしたら、人間の脳の夢を見るメカニズムは面白いものだと思う。
それほど深く寝入っていたわけであるが、今年の夏はいわゆる熱帯夜が少なくて、よく寝られるのもその原因かもしれない。
夏の夜、私は寝る時にエアコンは使わない派だ。
窓を開けて寝るのだ。もう昔からそうなのである。
エアコンをかけて寝ると起きた時にどことなく体調が悪くなるのだ。
寝る時にエアコンを入れて、タイマーで止まるようにセットするのもだめなのだ。
途中で暑くなって窓を開けたり、再びエアコンをセットしたりとするのは嫌なのだ。
だからよっぽど暑い時は、エアコンを入れて部屋を冷やしておいて、寝る時になったら窓を開けて寝る。開け放した窓からわずかに入ってくる夜風が微妙に心地良くて好きである。
妻などは窓を開けて寝る事には抵抗があるようだ。
やっぱり無用心だと考えるようである。
そこは男と女の違いなのかもしれない。
まあ今の日本は治安もいいし、やっぱりそれが一番寝やすいので当面はこのスタイルを維持したいものである。
お盆のこの時期、子供の頃は長野県の御代田にある従兄弟の家に遊びに行っていた。
なにせ日本の代表的な避暑地の一つ、軽井沢の近くだけあって東京よりも涼しい。
学校の夏休みも20日頃までだし、日中はともかく朝晩はひんやりと涼しくなる。
ゆえに従兄弟の家にはエアコンがない。
寝苦しい夜とも無縁であった。
暑苦しい時は妙に懐かしく思い出したりするが、今年はそんな事もない。
サラリーマンとしては大変助かる夏なのであるが、夏は暑く、冬は寒いのが四季のいいところ。
景気にも農作物にもきっとよくない。
「熱帯夜よ、来い」とはあまり言いたくはないが、もう少し夏らしくあってもいいと思う。
御代田に行ってた頃は、秋の気配に見送られて東京に帰ってくると、まだ夏休みは10日も残っていたし、残暑が手荒く出迎えてくれたものだ。
汗だくになって東京って暑いなとつくづく思ったが、それでこそ夏である。
夏はやっぱり夏らしくあってほしいと思うのである・・・
【今日の読書】
『水木サンの幸福論』水木しげる
『ジェネラル・ルージュの凱旋(上)』海堂尊
2009年8月8日土曜日
世襲議員
各党のマニュフェストも出揃い、そろそろ選挙のムードも出てきそうである。
民主党などまるでもうすでに与党になったかのごとく、批判を浴びている。
今回ばかりは自民党も失政のあとだけに、一回退場もやむを得ないかもしれない。
といって民主党に期待しているかというと、手放しでは支持できないところがあるからジレンマだ。
(何といっても日教組と絡んでいるし・・・)
ところで今回は世襲議員が批判の的となっている。
世襲議員の定義は「親子に渡る議員で地盤もそのまま受け継いだ議員」を言うらしく、代々立派な議員である民主党の鳩山さんは父親と地盤が違うから「世襲」ではないらしい。
そもそも正直に言って何で世襲が問題なのかわからない。
なぜなら世襲とはいっても政治家はみんな選挙という関門を潜り抜けている。お隣のお国とは違うのである。いくら親議員が子供を同じ政治家にしたくて地盤を受け継がせたとしても、選挙で票が集まらなければそれまでだ。
組織票だって立派な票だ。親父さんの後援会が丸抱えで当選させたとしても、それが票という形で大勢の人の支持を得たのであれば、まったく問題はない。それが問題であるというのであれば、世襲か否かの前に選挙に出ている宗教団体こそ糾弾されるべきである。だから何が問題なのだかよくわからない。
「すべてお膳立てされて楽々当選したため、苦労知らず。」
「裕福な家庭で育って、苦労もせず政治家になったから庶民感覚に乏しい。」
そんな個人的な資質を批判する声もあるが、すべての責任はそんな政治家を選んだ国民にあるとしか言いようがない。投票率が低いから組織票のある政治家が強いという意見もあるが、それも同様だ。
そもそも我が国は歴史的にいって親の仕事を継ぐのが当たり前のカルチャーがあった。現代ではサラリーマンが多数派を占めるためそういった風潮は廃れたが、それでも家で商売をやっているところでは、子供たちは「親の仕事を継がないのか?」と当たり前のように聞かれるはずだ。政治家だって同じだ。
例えば医者の親父が子供を医者にさせようと、大枚叩いて子供を医大に行かせるのはよく聞く話だ。そして出来の悪いバカ息子が歯医者にしかなれない例も・・・
金を積んで無理やり医者に仕立て上げるよりも、選挙という関門があるだけ政治家の方がはるかにマシだ。議論を履き違えているのではないだろうか。
『警官の血』
という佐々木譲の小説がある。親子三代にわたる警官の物語だ。その中で、息子が警官となった父親は仲間に一目置かれるのだというような内容があった。「息子の育て方を間違えなかったから」である。子供は父親の背中を見て育つ。その後を歩いて行きたいと思えば自ら同じ道を選ぶはず。もしも、純粋に親父のように国民に仕えたいと思って政治家を志す息子がいたら、「世襲だから」という理由でその道を閉ざすのはいかがなものか?(もっとも本当にそんな親父や息子がいるかどうかはわからないが・・・)
私はサラリーマンだから、子供たちが跡を継ぎたいと思っても無理な話だ。でもやっぱり背中で語りたいものはある。生きる姿勢、働く姿勢、社会に向けた姿勢。そんなものを背中で語れる親父でありたいと心から思う。そうしたものをできるのなら「世襲」してもらいたいと思うのである・・・
民主党などまるでもうすでに与党になったかのごとく、批判を浴びている。
今回ばかりは自民党も失政のあとだけに、一回退場もやむを得ないかもしれない。
といって民主党に期待しているかというと、手放しでは支持できないところがあるからジレンマだ。
(何といっても日教組と絡んでいるし・・・)
ところで今回は世襲議員が批判の的となっている。
世襲議員の定義は「親子に渡る議員で地盤もそのまま受け継いだ議員」を言うらしく、代々立派な議員である民主党の鳩山さんは父親と地盤が違うから「世襲」ではないらしい。
そもそも正直に言って何で世襲が問題なのかわからない。
なぜなら世襲とはいっても政治家はみんな選挙という関門を潜り抜けている。お隣のお国とは違うのである。いくら親議員が子供を同じ政治家にしたくて地盤を受け継がせたとしても、選挙で票が集まらなければそれまでだ。
組織票だって立派な票だ。親父さんの後援会が丸抱えで当選させたとしても、それが票という形で大勢の人の支持を得たのであれば、まったく問題はない。それが問題であるというのであれば、世襲か否かの前に選挙に出ている宗教団体こそ糾弾されるべきである。だから何が問題なのだかよくわからない。
「すべてお膳立てされて楽々当選したため、苦労知らず。」
「裕福な家庭で育って、苦労もせず政治家になったから庶民感覚に乏しい。」
そんな個人的な資質を批判する声もあるが、すべての責任はそんな政治家を選んだ国民にあるとしか言いようがない。投票率が低いから組織票のある政治家が強いという意見もあるが、それも同様だ。
そもそも我が国は歴史的にいって親の仕事を継ぐのが当たり前のカルチャーがあった。現代ではサラリーマンが多数派を占めるためそういった風潮は廃れたが、それでも家で商売をやっているところでは、子供たちは「親の仕事を継がないのか?」と当たり前のように聞かれるはずだ。政治家だって同じだ。
例えば医者の親父が子供を医者にさせようと、大枚叩いて子供を医大に行かせるのはよく聞く話だ。そして出来の悪いバカ息子が歯医者にしかなれない例も・・・
金を積んで無理やり医者に仕立て上げるよりも、選挙という関門があるだけ政治家の方がはるかにマシだ。議論を履き違えているのではないだろうか。
『警官の血』
私はサラリーマンだから、子供たちが跡を継ぎたいと思っても無理な話だ。でもやっぱり背中で語りたいものはある。生きる姿勢、働く姿勢、社会に向けた姿勢。そんなものを背中で語れる親父でありたいと心から思う。そうしたものをできるのなら「世襲」してもらいたいと思うのである・・・
2009年8月6日木曜日
夏の日雑感2009
この夏はどうも例年のようなパワーがない。
照り付ける日差しに目を細める事がずっと少ない。
7月にとったせっかくの夏休みも、夏の日差しにはあまりお目にかかれなかった。
それでもプールでは子供たちと楽しく遊べた。
小学校3年生の長女はいつのまにか25メートルを楽に泳ぐようになっていたし、ママと競争して勝つまでになっていた。さすがにスピードではパパの足元にも及ばないが、それでも25メートルプールを往復したあと、すぐに「もう一回」と言われ、思わず「ちょっと待て」と肩で息しながら答えてしまった。いずれスピードで抜かれる日も近いのかもしれない。
家の周りでは比較的緑が多いせいか蝉がやかましく鳴いている。
最近蝉の種類を覚えた4歳の長男は「あれはミンミン蝉か、あれは何蝉か?」と興味深々。
しかし鳴き声はするが木に止まっているところが見えないのが残念。
そう思っていたら、近所の家の壁にとまって鳴いているやつを見つけ感動していた。
図鑑の中ではなく、目の前のやつはやっぱり説得力が違う。
この程度の自然ともいえない自然ではあるが、考えてみればこれも自然なのだろう。
家の近所を散歩するとトウモロコシ畑がある。
練馬区は23番目にできた区だけあって、まだまだこういう畑も多いような気がする。
日本では関東のトウモロコシが今まさに旬。
トウモロコシは小麦・米と並んで「世界三大穀物」の一つであるが、実は我が国は世界最大の輸入国であり、輸入量の9割をアメリカに依存しているという。
そして、国内で消費される75%は家畜の飼料用らしい。
そんな現実は目の前のトウモロコシ畑とはマッチしない。
あれがトウモロコシだよと子供たちに教えてあげるも、買うのはスーパーだ。
近所の白子川ではカモの親子が憩い、鯉が泳ぎ、亀が甲羅干しをしている。
そんな風景を大事に守ろうと近所の人達は時々清掃作業をしているが、いつも空き缶やビニールゴミが浮いていたりする。たぶん捨てるのは子供か若者かと想像していたが、なんといい年したおじいさんが空き缶をポイ捨てしているところを見つけてしまった。あとで注意すれば良かったと後悔しているが、防ぐ手立ては意識変革しかないのであろう。
この地域に住んで13年。次第に愛着も湧いてきている。
考えてみれば実家で暮らしたのは、(近所間での引越はあるものの)就職するまでの23年間。
あと10年も暮らせば人生で最も多くを過ごした地域になるわけである。
子供たちの「ふるさと」でもあるわけだし、地域に密着してこれからも暮らしていきたいものである。
立秋も過ぎて早や残暑お見舞いの時期となった。
夏も後半戦だ。
いろいろと悩める日々であるが、明るい未来を信じて気持ちだけは沈まぬ太陽でいたいと思うのである・・・
2009年8月3日月曜日
花火大会
その昔、長野県の御代田に一人で遊びに行っていた頃、よく町内の花火大会に連れて行ってもらっていた。グラウンドの土手に横になって見上げた夜空に飛び散る打ち上げ花火は、夏の恒例行事であり、いい思い出になっている。
さて昨日、板橋区の花火大会に行ってきた。直線距離だと我が家からそう遠くもなく、「ホタル見学」に行ったところからもすぐ先という位置なのである(実は電車とかバスで行こうとすると大変なのである)。昨年どんなものかと家族で見に行き、そこそこの水準にあると判断し、今年は満を持して有料チケット(@2,500円)を購入して見に行った次第である。
実はこの花火大会、目玉としてナイアガラの滝というものがある。全長500メートルにわたってのそれはさぞかし壮観だろうと期待して、有料席のチケットを取ったわけである。打ち上げ花火と違って、ナイアガラの滝は空高く上がるわけではなく、したがって無料の見学席からだと遠目にしか見られないのである。
巣鴨から乗り込んだ三田線はすでに満員。意外と浴衣のカップルが目に付く。女性の浴衣姿はわかるものの、最近では男もけっこう着るらしい。かっこいいなと思わせられるイケメンもいれば、演歌歌手かという雰囲気の男もいてなかなか楽しめる。女性も素敵な子もいれば、ガードレールに寄りかかってタバコを吸っていたりする子もいる。さすがにそんな姿は興醒めだ。浴衣が泣いている。
50万人と言われる人出は壮観だ。ようやく席にたどり着いたのは始まる直前。ナイアガラの滝の端っこなのにちょっとがっかりする。しかしながら始まったら打ち上げ花火のその迫力には感激。途中で首が疲れたほど、ほとんど目の前で花火が上がる。大きく開くタイプは遠く飛ばすためか音も大きい。腹に響いてくる破裂音が子供たちにとっても驚きであったようである。
全部で94種類であったが、単発のスターマインや単打などよりも連発モノがやはり迫力だ。冒頭で650発、中盤で850発、エンディングで1,015発とあった連発モノは、夜空が明るくなるほどで、観客席からも大きな歓声が上がった。夏の風物詩である花火もこれだけ目の前で楽しめると満足度も高い。ただ曇りに風とあって少々肌寒く、おまけに風の影響でナイアガラの滝は煙幕の中に姿を消してしまった。先週の夏休みといい、今年は天気にやられた感がある。
家族には好評であり、来年また見に行く予定である。3度目の正直に期待したいところだ。
「そういえばよく家族で花火大会に行ったよね」
将来子供たちがそんな思い出話を語ってくれるようになればと思うのである・・・
(本当はこんな光景が見られるはずだった・・・)
2009年8月1日土曜日
パズル
私は昔からパズル好きである。ジグソーパズルやクロスワード、最近では絵クロスや数独などがお気に入りだ。パズルをやっている時間はあれこれ深く思い煩う事も忘れて集中できるのがいい。最近はネットでいろいろと検索できるので、わざわざ買いに行かなくてもいいという手軽さもある。
その昔独身の頃は1,000ピースくらいのジグソーパズルを買ってきて、夜な夜な枕元で寝る前の一時をパズルで楽しんだ事がある。しかし一つの問題は、「完成すると邪魔になる」ということである。最近妻がやっぱり1,000ピースのパズルを子供が寝た後にやっているが、これは極小サイズというものらしい。完成した大きさも昔私がやっていたものに比べるとはるかに小さい。
もっとも今は私はネット派だ。
よくやっているのがこれだ。
↓
いつも154ピースで楽しんでいる。
ネットだと好きなものを選べるのは当然として、終われば次に移れるし、完成したパズルを昔のように部屋でもてあます事もないのが大きい。それに何より無料だし・・・
ジグソーパズルは完成品を見ずにやるのがミソだ。
見れば簡単にできるが、見なければ手間取るので、その分楽しめる。
完成させる事自体よりも完成させるまでのプロセスを楽しむのなら、完成品を見ないでやるのが一番良い。
一方半年前に買い換えた携帯には数独が入っていた。
何気なく始めたが、これもなかなか面白い。
あれこれと数字を想定し、推理するのはいい頭の体操だ。
携帯だから、外出時のちょっとした空き時間に楽しめる。
(最もそのちょっとした空き時間にやめられなくなるのがネックなのだが・・・)
推理する楽しさを味わえるパズル各種。
これからも密かな楽しみであり続ける事は間違いないと思うのである・・・
2009年7月30日木曜日
ワールドカップ
きのうの朝刊にビッグニュースが載っていた。なんとダブリンで開催された国際ラグビーボード(IRB)理事会において、2019年(平成31年)ラグビーワールドカップの開催地が日本に決定したとのこと。まあ日本の経済力からすれば不思議ではないのだろうが、それでも日本も世界のラグビー界で存在感を増してきた証と言えるだろう。
とはいえ問題は実力だ。日本はIRBのランキングでは世界14位に位置している。95ヵ国中だからけっこう健闘しているのだ。ラグビーは何といっても体格がモノを言う。でかい外人相手に小さい東洋人はやっぱり不利だ。それでも「柔よく剛を制す」のお国柄、何とかかんとか頑張ってはいる。しかし、上位の壁は厚い。
もうちょっと頑張れば、たぶん11位までは夢ではない。しかし、ベスト10となるとかなり難しい。これからどのくらい実力をあげられるのだろう。実はいまでも日本代表メンバーの中には外国人がかなり入っている。そうした助っ人がいないと苦しいのだが、そればかりに頼るわけにもいかない。やっぱり日本人選手を養成しないといけない。
しかしながら少子化の影響でラグビー人口は減少している。我が母校の大学も人数的にはかなり厳しい。昔は50人近い部員がいたから、チームを二つに分けてそれぞれ試合に行く事も可能だった。今は30人ちょっとだから無理な話である(頭数からいけば15人×2チームできるが、補欠やポジションの重なり等によって2チームは困難なのだ)。我々OBの寄付で立派な人工芝グラウンドができたところだが、そんな恵まれた環境なのに誠に嘆かわしい。
これからどうしたら競技人口が増えるだろうか。野球とサッカーを向こうにまわしては少々分が悪い。高校生の東京都大会の参加チームを見てみると、単独で1チーム作れなくて、何校かで合同チームを作って参加しているところが目に付く。普段はたぶん、満足に練習もできていないはずだ。それでも火を絶やさずにラグビーを続けている若者達にはエールを送りたい気分だ。
日本で開催決定といってもまだ10年も先の話だ。その頃にはどんな状況になっているのだろう。合同チームの数は益々増えているのだろうか。ワールドカップは是非生で観戦したいと思っている。その時に日本中で話題になっていたらいいと思うのだが、どうだろう。自分でプレーはできないが、その盛り上がりの一助となるような何かができたらいいなと思うのである・・・
とはいえ問題は実力だ。日本はIRBのランキングでは世界14位に位置している。95ヵ国中だからけっこう健闘しているのだ。ラグビーは何といっても体格がモノを言う。でかい外人相手に小さい東洋人はやっぱり不利だ。それでも「柔よく剛を制す」のお国柄、何とかかんとか頑張ってはいる。しかし、上位の壁は厚い。
もうちょっと頑張れば、たぶん11位までは夢ではない。しかし、ベスト10となるとかなり難しい。これからどのくらい実力をあげられるのだろう。実はいまでも日本代表メンバーの中には外国人がかなり入っている。そうした助っ人がいないと苦しいのだが、そればかりに頼るわけにもいかない。やっぱり日本人選手を養成しないといけない。
しかしながら少子化の影響でラグビー人口は減少している。我が母校の大学も人数的にはかなり厳しい。昔は50人近い部員がいたから、チームを二つに分けてそれぞれ試合に行く事も可能だった。今は30人ちょっとだから無理な話である(頭数からいけば15人×2チームできるが、補欠やポジションの重なり等によって2チームは困難なのだ)。我々OBの寄付で立派な人工芝グラウンドができたところだが、そんな恵まれた環境なのに誠に嘆かわしい。
これからどうしたら競技人口が増えるだろうか。野球とサッカーを向こうにまわしては少々分が悪い。高校生の東京都大会の参加チームを見てみると、単独で1チーム作れなくて、何校かで合同チームを作って参加しているところが目に付く。普段はたぶん、満足に練習もできていないはずだ。それでも火を絶やさずにラグビーを続けている若者達にはエールを送りたい気分だ。
日本で開催決定といってもまだ10年も先の話だ。その頃にはどんな状況になっているのだろう。合同チームの数は益々増えているのだろうか。ワールドカップは是非生で観戦したいと思っている。その時に日本中で話題になっていたらいいと思うのだが、どうだろう。自分でプレーはできないが、その盛り上がりの一助となるような何かができたらいいなと思うのである・・・
2009年7月28日火曜日
食育
我々がある人間を憎む場合、
我々は彼の姿を借りて
我々の内部にある何者かを憎んでいるのである。
夏のレジャーは何といってもプールだ。プールに入ると4歳の長男は頻繁にトイレに行く。自分が同じ年頃の頃は「真面目に」トイレに行ったかなぁと考えると、長男は「真面目」だ。そうして出てくる時はトイレのサンダルを揃えて出てくるようにさせている。しかし、トロトロとサンダルを揃えている長男の横を大人がサンダルを脱ぎ散らかして出て行く。何も感じないのだろうか・・・
唖然としたのは夕食時だ。我が家はバイキング好きだ。子供たちに注意している事は、「食べられる分だけ取りなさい」という事。バイキングは好きなものを好きなだけ食べられる。逆に言えば残さないで食べられるという事である。
我が家の隣のテーブルに座った一家。最初から視線を惹き付けられた。とにかくテーブルにお皿を山のように並べている。食べているお母さんも、体型はと言えば「蹲踞(そんきょ)」が似合いそうな体型だ。うっかりハグなぞしようものなら、横から見たら「がっぷり四つ」に組んでいるように見られる事必至だ。食欲も横綱級なのだろうなと見ていた。
さてそんな家族が帰ったあとのテーブルを見ると、山のようなお皿のそれぞれに食べ残しがあれこれと・・・取るだけ取って食べるだけ食べて、あとはいらない、そんな食べ方だったのだろうと思わせられた。子供なら勢い余って取り過ぎたという事もあるかもしれない。だが大人自らがそういう事を、たぶん意識もしていないのだろうが、やっているのを見るのはあまりいい気がしない。
日本には「もったいない」という文化がある(ハズ)。経済大国になって食べるものや着るものやその他諸々の事に不自由しなくなったのは確かだが、だからといってモノを粗末にしていいというものではないと思っている。特に食べ物についてはそう思う。
アメリカに行くととにかくそのスケールには圧倒される。レストランでも「こんなに食えるか」というくらい大盛りで出てくる。ロスに初めて行った時、夜食用に軽く「おつまみ」程度に頼んだシーザーサラダが山盛りで出てきて、夫婦で目をシロクロさせて食べた記憶がある。アメリカに肥満人が多いのも当然だ。
ステーキを頼んだ時も、出されたステーキをみて「全部食べられるだろうか」と焦った。
ふと見ると隣の白髪の老夫婦も同じものを頼んでいた。あんな爺さんでも食べるのか、と感心していたら何の事はない、しっかりと残していた。「残せばいい」という価値観は、飢えをしらない歴史と無関係ではないのだろうが、私には理解不能だ。
自分たちの価値観こそが正しいとは言わないが、食べ物に関してはいまだに地球上では餓死者が存在するだけに、もう少し意識変革が必要なのではないだろうか。
世の中を変える第一歩はまず我が家から。
そう思って子供たちに対する「食育」はしっかりやっていきたいと思うのである・・・
我々は彼の姿を借りて
我々の内部にある何者かを憎んでいるのである。
ヘルマン・ヘッセ
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夏休み中でもあり、家族で旅行に行った。今年は少々経済状況も悪く、近場でのレジャーだ。見知らぬ土地で他人と多く接すると、どうしても考え方とか習慣の違いとかが目に付くようになる。他人は他人であり、あまり意識はしないようにしようとは思うのだが、堪えきれぬ部分はブログに綴る事にする。夏のレジャーは何といってもプールだ。プールに入ると4歳の長男は頻繁にトイレに行く。自分が同じ年頃の頃は「真面目に」トイレに行ったかなぁと考えると、長男は「真面目」だ。そうして出てくる時はトイレのサンダルを揃えて出てくるようにさせている。しかし、トロトロとサンダルを揃えている長男の横を大人がサンダルを脱ぎ散らかして出て行く。何も感じないのだろうか・・・
唖然としたのは夕食時だ。我が家はバイキング好きだ。子供たちに注意している事は、「食べられる分だけ取りなさい」という事。バイキングは好きなものを好きなだけ食べられる。逆に言えば残さないで食べられるという事である。
我が家の隣のテーブルに座った一家。最初から視線を惹き付けられた。とにかくテーブルにお皿を山のように並べている。食べているお母さんも、体型はと言えば「蹲踞(そんきょ)」が似合いそうな体型だ。うっかりハグなぞしようものなら、横から見たら「がっぷり四つ」に組んでいるように見られる事必至だ。食欲も横綱級なのだろうなと見ていた。
さてそんな家族が帰ったあとのテーブルを見ると、山のようなお皿のそれぞれに食べ残しがあれこれと・・・取るだけ取って食べるだけ食べて、あとはいらない、そんな食べ方だったのだろうと思わせられた。子供なら勢い余って取り過ぎたという事もあるかもしれない。だが大人自らがそういう事を、たぶん意識もしていないのだろうが、やっているのを見るのはあまりいい気がしない。
日本には「もったいない」という文化がある(ハズ)。経済大国になって食べるものや着るものやその他諸々の事に不自由しなくなったのは確かだが、だからといってモノを粗末にしていいというものではないと思っている。特に食べ物についてはそう思う。
アメリカに行くととにかくそのスケールには圧倒される。レストランでも「こんなに食えるか」というくらい大盛りで出てくる。ロスに初めて行った時、夜食用に軽く「おつまみ」程度に頼んだシーザーサラダが山盛りで出てきて、夫婦で目をシロクロさせて食べた記憶がある。アメリカに肥満人が多いのも当然だ。
ステーキを頼んだ時も、出されたステーキをみて「全部食べられるだろうか」と焦った。
ふと見ると隣の白髪の老夫婦も同じものを頼んでいた。あんな爺さんでも食べるのか、と感心していたら何の事はない、しっかりと残していた。「残せばいい」という価値観は、飢えをしらない歴史と無関係ではないのだろうが、私には理解不能だ。
自分たちの価値観こそが正しいとは言わないが、食べ物に関してはいまだに地球上では餓死者が存在するだけに、もう少し意識変革が必要なのではないだろうか。
世の中を変える第一歩はまず我が家から。
そう思って子供たちに対する「食育」はしっかりやっていきたいと思うのである・・・
2009年7月25日土曜日
最近の男子
男の第3の価値は「言葉」であり、
第2の価値は「行動」であり、
第1の価値は何より「生きる姿勢」である
家族で三井アウトレットパークに行った時のこと(ちょうどコストコの会員更新手続きもあり、それも兼ねて行ったのである)。アウトレットと言っても、パパも子供たちも今回は特に何があるというわけでもない。買い物よりはどこで遊ぶかに関心がある子供たちはレゴの店を選び、パパはそのお供である。そんな家族を尻目にママはのんびりと一人でお買い物。こういうところで貢献度を高めておかないといけないので、文句を言っている場合ではない。
さて、帰りの車中のこと。ご満悦の(ハズの)妻が「最近の男子はどうなんやろう」と語り始めた。曰く、下着売り場に行ったらカップルが二組ほどいたらしい。もちろん、一緒に選んでいたと言う。その彼氏であるが、ただその場に付き合っていただけではなく、彼女が「どうこれ?」とやるとあれこれ意見を言っていたらしい。とっても微笑ましい光景ではないかと個人的には思うのだが、どうも妻にとってはそうではないらしい。
店の中に入るのはもとより、「早く行ってこいよ」と言って外で待つのが妻の「男子たるもの」の基準らしい。ましてや、「どうこれ?」何てやられても、「何でもいいから早くしろよ」というべきだとの事。意外と古風なんだなと思う反面、世間一般ではどうなんだろうとふと思う。
学生時代の事、ラグビー部の仲間とゲームをした。罰ゲームは女性の下着専門店に入り、5分間中で過ごして出てくること(もちろん一人でだ)というものをやった。ひびった奴もいたが、私はこういうのは受けて立つ(そして見事負けちゃったりする)。受けた以上は男子たるもの逃げるのはもってのほか。堂々と入っていった。
しかし、さすがに黙って店内をうろうろするのに耐え切れず、店員さんに話しかけた。
「実は彼女にプレゼントをしたくて・・・」と。
いろいろと説明を受け、商品を見せてもらい10分くらいは滞在した。サイズを聞かれ、「まだ教えてもらっていない」と答えたところ、それでは下だけにした方が無難というアドバイスまでもらった。規定の5分の2倍の滞在時間、しかも店員さんとお話までして堂々と罰ゲームをクリアしてみせた。
今ではどうっていう事はないと思うが、当時はかなり度胸のいる事だったのである(事実、ビビッて勝負しなかった奴もいたし・・・)。
妻にもそんな感覚があるのだろうか?
でもやっぱり一緒に選んでと言われれば、堂々と行って件の若者たちと同じように振舞うと思う。
周りを気にするよりもむしろ、「別に見せるモンでもないし、穿きやすいのにしたら」という内心を悟られない方に緊張すると思うのだ・・・
男の沽券はそんなところで発揮すべきものではないと内心思う。
そんなことよりトイレでせっせとオメカシしている男の方こそ気になってしまう。
家でやるならまだしも、外出先のトイレで何やら取り出し、あれこれ見る角度を変えてはせっせとやる姿はどうにも気になってしまう。デートの途中でトイレに長く入っていたら、それこそ勘違いされないかと心配になってしまう。もっと中味で勝負しろよ、と後から小突きたくなるのだ。
古風なのかどうなのか、これがジェネレーション・ギャップというものなのだろうか。
などと思いを馳せた出来事なのである・・・
第2の価値は「行動」であり、
第1の価値は何より「生きる姿勢」である
里中満智子
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家族で三井アウトレットパークに行った時のこと(ちょうどコストコの会員更新手続きもあり、それも兼ねて行ったのである)。アウトレットと言っても、パパも子供たちも今回は特に何があるというわけでもない。買い物よりはどこで遊ぶかに関心がある子供たちはレゴの店を選び、パパはそのお供である。そんな家族を尻目にママはのんびりと一人でお買い物。こういうところで貢献度を高めておかないといけないので、文句を言っている場合ではない。
さて、帰りの車中のこと。ご満悦の(ハズの)妻が「最近の男子はどうなんやろう」と語り始めた。曰く、下着売り場に行ったらカップルが二組ほどいたらしい。もちろん、一緒に選んでいたと言う。その彼氏であるが、ただその場に付き合っていただけではなく、彼女が「どうこれ?」とやるとあれこれ意見を言っていたらしい。とっても微笑ましい光景ではないかと個人的には思うのだが、どうも妻にとってはそうではないらしい。
店の中に入るのはもとより、「早く行ってこいよ」と言って外で待つのが妻の「男子たるもの」の基準らしい。ましてや、「どうこれ?」何てやられても、「何でもいいから早くしろよ」というべきだとの事。意外と古風なんだなと思う反面、世間一般ではどうなんだろうとふと思う。
学生時代の事、ラグビー部の仲間とゲームをした。罰ゲームは女性の下着専門店に入り、5分間中で過ごして出てくること(もちろん一人でだ)というものをやった。ひびった奴もいたが、私はこういうのは受けて立つ(そして見事負けちゃったりする)。受けた以上は男子たるもの逃げるのはもってのほか。堂々と入っていった。
しかし、さすがに黙って店内をうろうろするのに耐え切れず、店員さんに話しかけた。
「実は彼女にプレゼントをしたくて・・・」と。
いろいろと説明を受け、商品を見せてもらい10分くらいは滞在した。サイズを聞かれ、「まだ教えてもらっていない」と答えたところ、それでは下だけにした方が無難というアドバイスまでもらった。規定の5分の2倍の滞在時間、しかも店員さんとお話までして堂々と罰ゲームをクリアしてみせた。
今ではどうっていう事はないと思うが、当時はかなり度胸のいる事だったのである(事実、ビビッて勝負しなかった奴もいたし・・・)。
妻にもそんな感覚があるのだろうか?
でもやっぱり一緒に選んでと言われれば、堂々と行って件の若者たちと同じように振舞うと思う。
周りを気にするよりもむしろ、「別に見せるモンでもないし、穿きやすいのにしたら」という内心を悟られない方に緊張すると思うのだ・・・
男の沽券はそんなところで発揮すべきものではないと内心思う。
そんなことよりトイレでせっせとオメカシしている男の方こそ気になってしまう。
家でやるならまだしも、外出先のトイレで何やら取り出し、あれこれ見る角度を変えてはせっせとやる姿はどうにも気になってしまう。デートの途中でトイレに長く入っていたら、それこそ勘違いされないかと心配になってしまう。もっと中味で勝負しろよ、と後から小突きたくなるのだ。
古風なのかどうなのか、これがジェネレーション・ギャップというものなのだろうか。
などと思いを馳せた出来事なのである・・・
2009年7月22日水曜日
桃狩りにて
我が家では味覚狩りは季節ごとの重要な行事である。春先のイチゴ狩り、初夏のさくらんぼ狩りに続いて、今年第3弾として桃狩りに行ってきた。行く場所はここ数年決まっていて、山梨県にあるイチフル農園というところ。一度行って満足したので、それ以来今回が3回目である。
こういったフルーツ狩りの楽しさは、食べる事それ自体もそうであるが、何といっても「木からもぐ」という行為そのものにもある。子供たちにとってみれば、桃はいつもスーパーで箱に入って売っているものであり、食後のデザートにママがむいて切って出してくれるもの、である。それが目の前の木に成っているわけであるから、新鮮なのである。
4歳の長男は梯子に登る事に楽しさを覚えたようである。普段とは違う遊びに熱中するのはどこの子供も一緒だろう。一人では怖くて登れないくせには、登りたくて仕方がない、そんなところが面白い。
よくよく観察すると、桃の一つ一つに紙のカバーがかけられている。たぶん何かからの保護であると思うが、何せ膨大な桃の実である。その作業の労力たるや大変だろうと思う。もちろんそれなりの料金はとっているが、そうした作業は手作業である事を考えると、農業というものはやっぱり手のかかるものであると思わざるを得ない。諺通りであるならば、発芽から結実まで桃や栗は3年、柿は8年かかるわけである。
桃はその昔、多くの実がなることから豊穣の象徴とされ、古くから魔よけや不老不死の仙果として重宝されていたそうである。という事は、一般庶民だと食べたくても食べられないものだったのだろう。戦後の日本ではバナナが高級品だったという話を聞いた事があるが、世が世なら我々庶民がこうして家族でもいで好きなだけ食べるなどという行為は、夢のまた夢であったのかもしれない。
桃と言えば「桃源郷」。中国の漁師が迷い込んだ桃の花が咲き乱れる仙境(俗界を離れた清浄な土地)に由来する「桃源郷」は、もう一度行こうとして探しても、どこにも見つからない「どこにもない場所」を指す。そんな「桃源郷」は、貴重品であった桃に対する憧れなのかもしれない。
山梨県はすぐお隣だし、渋滞が日常化している中央道とはいえ我が家から3時間程度で行けるところである。桃源郷とはほど遠いものの、農家の人はみなさん人が良く、のんびりとリラックスできる上にお腹一杯桃を食べられるのは幸せだ。子供ならずとも大人も毎年行くのを楽しみにしている。
満足したあとは山の中腹のフルーツ公園へ移動。そこから甲府盆地を見渡す事ができる。武田信玄も同じ光景を見たのかもしれないなと考えたりする。子供たちの歓声を聞きながら、当時からすれば現代社会は過去の人が夢見た桃源郷と言えるのだろうかと考えてみた。そうだと言える部分と言えない部分がある。現代社会は問題はあるとは言え、過去から比べると幸せな社会だと言えるだろう。それでもやっぱり桃源郷とは言い難い部分が多い気がする。
まだまだ理想に向って進歩していかなければならない、という事なのだろうと思うのである・・・
こういったフルーツ狩りの楽しさは、食べる事それ自体もそうであるが、何といっても「木からもぐ」という行為そのものにもある。子供たちにとってみれば、桃はいつもスーパーで箱に入って売っているものであり、食後のデザートにママがむいて切って出してくれるもの、である。それが目の前の木に成っているわけであるから、新鮮なのである。
4歳の長男は梯子に登る事に楽しさを覚えたようである。普段とは違う遊びに熱中するのはどこの子供も一緒だろう。一人では怖くて登れないくせには、登りたくて仕方がない、そんなところが面白い。
よくよく観察すると、桃の一つ一つに紙のカバーがかけられている。たぶん何かからの保護であると思うが、何せ膨大な桃の実である。その作業の労力たるや大変だろうと思う。もちろんそれなりの料金はとっているが、そうした作業は手作業である事を考えると、農業というものはやっぱり手のかかるものであると思わざるを得ない。諺通りであるならば、発芽から結実まで桃や栗は3年、柿は8年かかるわけである。
桃はその昔、多くの実がなることから豊穣の象徴とされ、古くから魔よけや不老不死の仙果として重宝されていたそうである。という事は、一般庶民だと食べたくても食べられないものだったのだろう。戦後の日本ではバナナが高級品だったという話を聞いた事があるが、世が世なら我々庶民がこうして家族でもいで好きなだけ食べるなどという行為は、夢のまた夢であったのかもしれない。
桃と言えば「桃源郷」。中国の漁師が迷い込んだ桃の花が咲き乱れる仙境(俗界を離れた清浄な土地)に由来する「桃源郷」は、もう一度行こうとして探しても、どこにも見つからない「どこにもない場所」を指す。そんな「桃源郷」は、貴重品であった桃に対する憧れなのかもしれない。
山梨県はすぐお隣だし、渋滞が日常化している中央道とはいえ我が家から3時間程度で行けるところである。桃源郷とはほど遠いものの、農家の人はみなさん人が良く、のんびりとリラックスできる上にお腹一杯桃を食べられるのは幸せだ。子供ならずとも大人も毎年行くのを楽しみにしている。
満足したあとは山の中腹のフルーツ公園へ移動。そこから甲府盆地を見渡す事ができる。武田信玄も同じ光景を見たのかもしれないなと考えたりする。子供たちの歓声を聞きながら、当時からすれば現代社会は過去の人が夢見た桃源郷と言えるのだろうかと考えてみた。そうだと言える部分と言えない部分がある。現代社会は問題はあるとは言え、過去から比べると幸せな社会だと言えるだろう。それでもやっぱり桃源郷とは言い難い部分が多い気がする。
まだまだ理想に向って進歩していかなければならない、という事なのだろうと思うのである・・・
2009年7月20日月曜日
ホタル
東京では野生のホタルにはお目にかかれない。もっとも23区外では、ところどころ見られるところもあるらしいと聞く。私は子供の頃、長野県にある祖父の家を訪ねた際、一度だけ野生のホタルを見た経験がある。祖父の家から歩いて数分の小川のほとりで、小さな光が浮かび上がっては消え、揺れるように飛ぶホタルを生まれて初めて見たのである。たぶん、小学校低学年の頃だったと思うが、その時の記憶は今でも強烈に残っている。それ以来、野生のホタルにはお目にかかっていない。
高島平にあるホタル飼育施設が、この時期飼育しているホタルを夜間に一般公開している。東京12チャンネルの「出没!アド街ック天国」という番組で放送されていたのを、昨年偶然見つけ、「近くだし行って見るか」と昨年初めて家族で見に行ったのだ。繊細な生き物であるせいか、見学時間も一瞬であった。「立ち止まらないで」と言われ、さっと見学しただけであった。それでも子供たちにとってはいい経験だったみたいなので、今年も再度行ってきた。
並んで整理券をもらわないといけないほどで、地元ではそれなりに知名度のあるイベントのようである。飼育ハウスに入ると、ほとんど明かりのない中で無数のホタル(ヘイケボタル)が飛び交っている。たいがいの人は入った瞬間に歓声を上げる。かすかに明るいハウス内で、かなりの数のホタルが飛び交う様は幻想的である。
中では人工の川が流れている。ひんやりとした室内にしっとりとした水の香が漂う。あちこちでホタルが光る。あるものは飛び、あるものは止まったまま。私が子供の頃見たのは自然のままのホタルであったが、数でいけばここの方が圧倒的に多い。自分の子供の頃の体験が今も強烈に残っている以上、子供たちにとってもここで見たホタルはずっと後々までも印象に残るかもしれないと思うが、たぶんそれは間違いないだろう。
身の回りにホタルが自然とたくさんいた時代はどうだったのだろう。あんまり物珍しくは思わなかったのだろうか。日々の暮らしが大変で、ホタルを愛でる余裕なんかなかったのだろうか。きれいな水辺にしか住まないというホタル。社会の発展はそんな水辺をホタルたちから奪っていった。
こんな形でしかホタルに接する事のできない我々ははたして不幸なのか、幸福なのか。ホタルの儚い光は、現代の忙しい日常生活から、しばし異なる世界に誘ってくれる事だけは確かである・・・
高島平にあるホタル飼育施設が、この時期飼育しているホタルを夜間に一般公開している。東京12チャンネルの「出没!アド街ック天国」という番組で放送されていたのを、昨年偶然見つけ、「近くだし行って見るか」と昨年初めて家族で見に行ったのだ。繊細な生き物であるせいか、見学時間も一瞬であった。「立ち止まらないで」と言われ、さっと見学しただけであった。それでも子供たちにとってはいい経験だったみたいなので、今年も再度行ってきた。
並んで整理券をもらわないといけないほどで、地元ではそれなりに知名度のあるイベントのようである。飼育ハウスに入ると、ほとんど明かりのない中で無数のホタル(ヘイケボタル)が飛び交っている。たいがいの人は入った瞬間に歓声を上げる。かすかに明るいハウス内で、かなりの数のホタルが飛び交う様は幻想的である。
中では人工の川が流れている。ひんやりとした室内にしっとりとした水の香が漂う。あちこちでホタルが光る。あるものは飛び、あるものは止まったまま。私が子供の頃見たのは自然のままのホタルであったが、数でいけばここの方が圧倒的に多い。自分の子供の頃の体験が今も強烈に残っている以上、子供たちにとってもここで見たホタルはずっと後々までも印象に残るかもしれないと思うが、たぶんそれは間違いないだろう。
身の回りにホタルが自然とたくさんいた時代はどうだったのだろう。あんまり物珍しくは思わなかったのだろうか。日々の暮らしが大変で、ホタルを愛でる余裕なんかなかったのだろうか。きれいな水辺にしか住まないというホタル。社会の発展はそんな水辺をホタルたちから奪っていった。
こんな形でしかホタルに接する事のできない我々ははたして不幸なのか、幸福なのか。ホタルの儚い光は、現代の忙しい日常生活から、しばし異なる世界に誘ってくれる事だけは確かである・・・
2009年7月18日土曜日
お笑いタレントの戦略
最も強いものが生き残るのではなく、
最も賢いものが生き延びるでもない。
唯一生き延びるものは、変化できるものである
自分ひとりでは観る事はないが、家族が観ているとついつい観てしまうテレビ番組というものがある。そのひとつが土曜日にやっている「エンタの神様」というお笑い番組である。ここでは比較的芸歴の浅いお笑い芸人さんが多数登場し、毎回毎回お笑いを提供してくれる。子供たちが大好きでよく観ているため、観るとはなしに観る機会が多い。
もう20年以上前であったが、漫才ブームなるものが世の中を席巻した。
あの時は様々な漫才師たちが登場し、あちらこちらのメディアを随分とにぎわせたものである。「エンタの神様」は、もちろん漫才もあるが、いろいろな芸人が漫才に限らず思い思いの芸を披露してくれる。
けっこう面白いものも多いのであるが、ふと気がついた事がある。
それは「一発芸的なもので売り出している若手が目に付く」という事である。
面白い事は面白いのであるが、所詮「一発芸」である。
お笑いの世界で生きていこうとしたら、当然「一発芸」で生き残れるわけがない。
そういう事を意識して考えてやっているのだろうか、と疑問に思うのである。
例えばヒライケンジという芸人。その名の通り「平井堅」の真似で売っている。しかし、「いつまでも平井堅でいいのか?」と問わずにはいられない。確かに面白いが、いずれ飽きる。
物まねといえばその昔、コロッケのデビューは衝撃的であった。男だろうが女だろうが見事な物まねだった。そんなコロッケが今でも生き残っているのは、その物まねを進化させ続けてきたからだ。
「平井堅」だけでいつまで食えるのだ?
子供たちは一発芸が大好きだ。「そんなの関係ねぇ~」とかよくやっていた。
面白いからいいとは思うが、今は誰もそんな事はやっていない。
その次のネタがあるのかどうか、芸能界に疎い私だからか聞えてこない。
妙な踊りや掛け声を売りにしている芸人たち。
一発芸としては面白いが、10年後、いや1年後にその踊りや掛け声でお客さんを笑わせられるのか?
ビートたけしや島田紳助は、漫才から見事転進し今でもトップを維持している。島田紳助の『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対に失敗しないビジネス経営哲学』
を読むと、彼は実に考えに考えて自らの身を処している事がわかる。その場その場で行き当たりばったりで今の地位を築いたわけではないのである。そんな哲学ないし戦略が彼ら彼女らにあるのだろうか、と思ってしまうのである。
お笑いの世界は実力オンリーの厳しい世界。安易な一発芸だけで目先のウケを狙った芸は線香花火のごとく消えていく。世の注目を取りあえず集めるのだというだけだと、次に出るのは「あの人は今」のコーナーだ。せっかく人生を賭けたチャレンジをするのだ。他人事ながらよく戦略を練り、哲学を持ってチャレンジすべきだ、と遠いところから思うのである・・・
最も賢いものが生き延びるでもない。
唯一生き延びるものは、変化できるものである
ダーウィン
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自分ひとりでは観る事はないが、家族が観ているとついつい観てしまうテレビ番組というものがある。そのひとつが土曜日にやっている「エンタの神様」というお笑い番組である。ここでは比較的芸歴の浅いお笑い芸人さんが多数登場し、毎回毎回お笑いを提供してくれる。子供たちが大好きでよく観ているため、観るとはなしに観る機会が多い。
もう20年以上前であったが、漫才ブームなるものが世の中を席巻した。
あの時は様々な漫才師たちが登場し、あちらこちらのメディアを随分とにぎわせたものである。「エンタの神様」は、もちろん漫才もあるが、いろいろな芸人が漫才に限らず思い思いの芸を披露してくれる。
けっこう面白いものも多いのであるが、ふと気がついた事がある。
それは「一発芸的なもので売り出している若手が目に付く」という事である。
面白い事は面白いのであるが、所詮「一発芸」である。
お笑いの世界で生きていこうとしたら、当然「一発芸」で生き残れるわけがない。
そういう事を意識して考えてやっているのだろうか、と疑問に思うのである。
例えばヒライケンジという芸人。その名の通り「平井堅」の真似で売っている。しかし、「いつまでも平井堅でいいのか?」と問わずにはいられない。確かに面白いが、いずれ飽きる。
物まねといえばその昔、コロッケのデビューは衝撃的であった。男だろうが女だろうが見事な物まねだった。そんなコロッケが今でも生き残っているのは、その物まねを進化させ続けてきたからだ。
「平井堅」だけでいつまで食えるのだ?
子供たちは一発芸が大好きだ。「そんなの関係ねぇ~」とかよくやっていた。
面白いからいいとは思うが、今は誰もそんな事はやっていない。
その次のネタがあるのかどうか、芸能界に疎い私だからか聞えてこない。
妙な踊りや掛け声を売りにしている芸人たち。
一発芸としては面白いが、10年後、いや1年後にその踊りや掛け声でお客さんを笑わせられるのか?
ビートたけしや島田紳助は、漫才から見事転進し今でもトップを維持している。島田紳助の『ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する―絶対に失敗しないビジネス経営哲学』
お笑いの世界は実力オンリーの厳しい世界。安易な一発芸だけで目先のウケを狙った芸は線香花火のごとく消えていく。世の注目を取りあえず集めるのだというだけだと、次に出るのは「あの人は今」のコーナーだ。せっかく人生を賭けたチャレンジをするのだ。他人事ながらよく戦略を練り、哲学を持ってチャレンジすべきだ、と遠いところから思うのである・・・
2009年7月16日木曜日
やぶ入り
幸せな子を育てるのではなく、
どんな境遇に置かれても幸せになれる子を育てたい
本日7月16日は「地獄の釜の蓋も開く」といわれた日、「やぶ入り」である。
今は、「やぶ入り」といってもピンとこないが、お正月とお盆の16日ごろを指し、いわば昔の夏休みと冬休みといったものだったようである。
その昔、新嫁さんや奉公人は日頃の苦労の慰安のため一泊の休みを貰えた。
なので、この日が来るのを待ち焦がれていたという。
親元では里帰りした子をあたたかく迎え、子は食べて寝て、縦の物を横にもせず一泊し、また、帰りに親は沢山の土産物を持たせて帰らせたそうだ。
わが娘が婚家に帰って恥をかかないようにとの配慮からだったという。
奉公人は、丁稚、手代、番頭とたたき上げて何十年も働き、運が良ければのれん分けしてもらい、店が持てた。しかし、早ければ10歳に満たない幼子が奉公に出て、貧しさ故につらくとも帰ることも出来ず、日々の労働に耐えたという。貧しい家では子供はよけいな口であり、早く働きに出して養う口を減らす必要があったのである。
それは戦後の高度成長期に、「金の卵」ともてはやされた中卒者が集団就職で上京する形へと姿を変えた。私の父も16歳で働くために東京に出てきたという。最初に努めた町工場では、朝6時に起きて夜12時まで働いたそうである。今そんな事をさせたらとんでもない事になる。
今は大学に行けば、卒業する20代前半までろくに働かなくても、のほほんと暮らしていける。
働くといってもせいぜいがアルバイトで、嫌なら辞められるし、働くといっても丁稚や金の卵たちに比べれば遊んでいるようなものに違いない。自分自身振り返ってみても実に温かく庇護されていたと思う。社会人になればそれなりに大変であった事も確かだが、それでも半年にたった一泊のやぶ入りを楽しみにしていた昔の人達から比べれば天国だろう。
それが悪いとは思わない。むしろそうした社会の発展は喜ばしい事である。だがそれが当たり前になってしまうと、ありがたみというものは感じられなくなる。そしてそれこそが問題だ。そればかりか、さらには現状に不満を訴え、もっともっと楽しようとするのだ。知恵を働かせて、脳ミソに汗をかいて楽をする方法を考えるのなら悪くもないが、何もせずに楽する事ばかり考えるのは許されざる事だ。先代の苦労は子孫を遊んでだらけさせるためのものではなかったはずである。
自分自身もそうであるが、自分の子供を10歳から丁稚奉公に出さなくてもいい事はこの上なく幸せな事である。息子が高校生になった時に18時間も働かせなくてすむ事も同様である。そんな事を考えると、もうちょっと親孝行しないとバチがあたるだろうと思う。
「やぶ入り」という言葉もだんだんと死語になりつつある。
だがそれが意味する事は子供たちにもしっかりと伝えたいと思う。
「当然の事」が「当然でなかった」時代があったこと。
「当然の事」が「当然である」悦び。
しっかりと身に沁み込ませたいと思うのである・・・
どんな境遇に置かれても幸せになれる子を育てたい
皇后陛下美智子
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本日7月16日は「地獄の釜の蓋も開く」といわれた日、「やぶ入り」である。
今は、「やぶ入り」といってもピンとこないが、お正月とお盆の16日ごろを指し、いわば昔の夏休みと冬休みといったものだったようである。
その昔、新嫁さんや奉公人は日頃の苦労の慰安のため一泊の休みを貰えた。
なので、この日が来るのを待ち焦がれていたという。
親元では里帰りした子をあたたかく迎え、子は食べて寝て、縦の物を横にもせず一泊し、また、帰りに親は沢山の土産物を持たせて帰らせたそうだ。
わが娘が婚家に帰って恥をかかないようにとの配慮からだったという。
奉公人は、丁稚、手代、番頭とたたき上げて何十年も働き、運が良ければのれん分けしてもらい、店が持てた。しかし、早ければ10歳に満たない幼子が奉公に出て、貧しさ故につらくとも帰ることも出来ず、日々の労働に耐えたという。貧しい家では子供はよけいな口であり、早く働きに出して養う口を減らす必要があったのである。
それは戦後の高度成長期に、「金の卵」ともてはやされた中卒者が集団就職で上京する形へと姿を変えた。私の父も16歳で働くために東京に出てきたという。最初に努めた町工場では、朝6時に起きて夜12時まで働いたそうである。今そんな事をさせたらとんでもない事になる。
今は大学に行けば、卒業する20代前半までろくに働かなくても、のほほんと暮らしていける。
働くといってもせいぜいがアルバイトで、嫌なら辞められるし、働くといっても丁稚や金の卵たちに比べれば遊んでいるようなものに違いない。自分自身振り返ってみても実に温かく庇護されていたと思う。社会人になればそれなりに大変であった事も確かだが、それでも半年にたった一泊のやぶ入りを楽しみにしていた昔の人達から比べれば天国だろう。
それが悪いとは思わない。むしろそうした社会の発展は喜ばしい事である。だがそれが当たり前になってしまうと、ありがたみというものは感じられなくなる。そしてそれこそが問題だ。そればかりか、さらには現状に不満を訴え、もっともっと楽しようとするのだ。知恵を働かせて、脳ミソに汗をかいて楽をする方法を考えるのなら悪くもないが、何もせずに楽する事ばかり考えるのは許されざる事だ。先代の苦労は子孫を遊んでだらけさせるためのものではなかったはずである。
自分自身もそうであるが、自分の子供を10歳から丁稚奉公に出さなくてもいい事はこの上なく幸せな事である。息子が高校生になった時に18時間も働かせなくてすむ事も同様である。そんな事を考えると、もうちょっと親孝行しないとバチがあたるだろうと思う。
「やぶ入り」という言葉もだんだんと死語になりつつある。
だがそれが意味する事は子供たちにもしっかりと伝えたいと思う。
「当然の事」が「当然でなかった」時代があったこと。
「当然の事」が「当然である」悦び。
しっかりと身に沁み込ませたいと思うのである・・・
2009年7月14日火曜日
7月14日に思う・・・
7月14日になるといつも「ああフランス革命の日だな」と思わずにはいられない。別にフランス革命に思い入れがあるわけではない。なんでそうなったかというと「ベルばら」の影響である。
「ベルサイユのばら」の存在を知って、漫画を夢中になって読んだのは、たぶん中学生くらいの頃の事だったと思う。当時すでに「マンガ小僧」であった私は、こずかいであれこれといろいろなマンガを買い込んでいたものであるが、一方で少女マンガには目もくれていなかった。顔の半分もある目をキラキラさせて、愛だの恋だのとハートマークが飛び交うマンガには興味のかけらも持てなかったのである。
そんな私が「ベルサイユのばら」に惹かれたのは、それが歴史上の史実をベースにしたものであったからだった。当時すでに歴史好きであったから、18世紀のヨーロッパを舞台にしていただけで興味をそそられたのである。史実の中に架空の登場人物をあてはめて活躍させるというやり方は、映画『タイタニック』でも使われたが、一つの手法として面白いと思う。そんなコミックにハマってしまい、熱心に読んだのである。
ただ今からだと笑ってしまうのだが、当時の私には少女マンガを買う勇気がなく、かといって持っている友達もいないし(もちろん女の子の友達に「貸して」なんて言えるわけない)、現代のようにマンガ喫茶もない状況で、苦肉の策として選んだ手段が「立ち読み」であった。自転車でちょっと遠くの本屋へ行き(少女マンガを読んでいるところを友達に見られたくなかったのだ)、毎回1冊と決めて熱心に通って読破したのだ(本屋さんごめんなさい)。
それはそれで満足したのだが、思わぬ効果をその後実感した。何とフランス革命についてはすっかり詳しくなってしまったのだ。それは受験でも威力を発揮。共通一次試験の選択科目は世界史であったが、フランス革命についてはあらためて勉強する必要などないくらい覚えてしまったのである。
ハプスブルグ家(マリー・アントワネット)とブルボン家(ルイ16世)の政略結婚から始まり、1789年7月14日のバスティーユ牢獄の襲撃、三部会の召集からテニスコートの誓い、ナポレオンの登場まですっかり頭に入ってしまったのである。受験ではここの部分に本来割くべき労力を他に振り向けられた。極めて為になる「受験対策本」であったのである。
後年、会社の同僚が「娘がマンガばっかり読んでいて勉強をしなくて困る」と嘆くのを聞いた。何気なく取り上げたというそのマンガのタイトルを聞いたら「ベルばら」が入っていた。その娘さんの趣味に感心しつつ、お父さんにその場で説教をした。自らの体験を語って聞かせ、マンガを一律目の敵にするのは間違っていると諭した。モノによっては親が買い与えてでも読ませるべきものがある、と。
特に歴史の場合、教科書の文字を追うのはあまりにも無味乾燥過ぎるきらいがある。歴史は生きた人間の営みの結果であり、その一つ一つにドラマがある。1492年コロンブスはアメリカ大陸を発見したが、そこに至るスペイン・ポルトガルの関係等の時代背景、発見までの出来事などのドラマは深い味わいがある。「1492年コロンブス、アメリカ大陸を発見」とだけ暗記してもまったく意味はない。そんな歴史の深い味わいを「ベルばら」では体験できたのである。
オスカルとアンドレのフィクションももちろん感動的であった(身分制というものを実感をもって理解できるという効果もある)。30年たってもしっかり覚えているから、その効果は絶大だ。一時期「マンガでわかる~」といった何でもかんでもマンガ化して簡単にわかりやすくしようとしたブームがあった。大人にとってはいかがなものかと反発してあまり見た記憶がないが、ある程度の年齢まではマンガも否定すべきものではない。むしろたくさん読んでもいいとさえ思う。
マンガは間違いなく日本の代表的な文化である。そんな事を思わずにはいられない7月14日なのである・・・
2009年7月12日日曜日
都議会議員選挙
都議会議員選挙に行ってきた。開票はまだ途中であるが、どうやら民主党が予想通り圧勝しそうである。まあこれまでの状況からするとそれも当然なのかもしれない。ただ、これが民主党が実力で勝ち取ったものであるならば、大いに期待もできるところであるが、自民党の体たらくで転がり込んできたものとしか言えないだけに、何とも言いようもない。
「今日は選挙だ」と家族に宣言し、出かけるついでに投票所に寄った。ちょうど小学校3年の娘にも選挙なるものを教えようと投票所に連れて入った。ところが、中に入るとすぐに「子供は連れて入らないでくれ」とストップされてしまった。「小さな子供であれば仕方がないが、しっかりしている子はダメ」なのだと言う。どうにも釈然としない。候補者の名前のリストを見せて、投票用紙に名前を書いて、投票箱に入れるところまで一緒に見せたかったのに・・・
納得のいく説明を求めようと思ったが、近くに止めた車の中では妻が交替するのを待っていたし、相手は所詮ボランティアで規則を守る事以外の判断力はないとみて、それ以上の追求はやめた。何でダメなのか?たぶん、役人が決めたくだらない理由だ。子供を連れて投票してはいけないような理由など思い浮かばない。
そういえば候補者を縛るルールもくだらないものが多い。今やネット時代だというのに、「選挙期間中はブログの更新をしてはいけない」というのもそうだ。時代錯誤も甚だしい。大きな組織になると意思決定が遅くなる。これまでの古いルールを変えようと思ったらなかなか大変だ。役人はみんな優秀だから、そんな時代にあわないルールは問題だと個人個人はわかっているはずだ。だが、変えるという膨大なエネルギーを費やせないだけなのだろうと思う。
そんなアホくさい気分にさらされた投票だったが、さて満足いく投票ができたかというとそうでもない。最大の原因は「候補者の顔が見えない」事だ。
選挙となると急に街頭や駅前に現れられても戸惑うばかりである。普段から顔と名前を売る努力をしている事が大切だと思うのだが、政治家の立場からするとどうなのであろう。
あれこれ迷ったが、「新銀行東京を潰す」「オリンピックに反対している」というキーワードで選ぶ事にした。適当に鉛筆を転がして選ぶよりも、それなりの理由があった方が少しでもマシに思えたからだ。その結果は明日のお楽しみといえよう。
自民党も都議会選で手痛い敗北を喫すれば尻に火がつくだろう。共産党や宗教政党に比べればはるかにマシなので、この敗北とおそらく衆院選の敗北が加われば自浄作用も働いてよくなるかもしれない。近いうちに自民党がダメージから復活し、民主党も敵失ではなく実力で政権を奪える力をつけ、互いにがっぷり組み合って烈しい選挙戦を展開するようになってもらいたいものである。
くだらない公職選挙法も時代にあったものにリニューアルしてほしい。
いろいろと不満はあるものの、自分たちのリーダーを決めるという事については、例え芥子粒のような一票であったとしても、国民の一人としてきちんと自分の責任は果たしていきたい。
その上で、政治については文句や不満ではなく、明るい理想を語りたいと思うのである・・・
「今日は選挙だ」と家族に宣言し、出かけるついでに投票所に寄った。ちょうど小学校3年の娘にも選挙なるものを教えようと投票所に連れて入った。ところが、中に入るとすぐに「子供は連れて入らないでくれ」とストップされてしまった。「小さな子供であれば仕方がないが、しっかりしている子はダメ」なのだと言う。どうにも釈然としない。候補者の名前のリストを見せて、投票用紙に名前を書いて、投票箱に入れるところまで一緒に見せたかったのに・・・
納得のいく説明を求めようと思ったが、近くに止めた車の中では妻が交替するのを待っていたし、相手は所詮ボランティアで規則を守る事以外の判断力はないとみて、それ以上の追求はやめた。何でダメなのか?たぶん、役人が決めたくだらない理由だ。子供を連れて投票してはいけないような理由など思い浮かばない。
そういえば候補者を縛るルールもくだらないものが多い。今やネット時代だというのに、「選挙期間中はブログの更新をしてはいけない」というのもそうだ。時代錯誤も甚だしい。大きな組織になると意思決定が遅くなる。これまでの古いルールを変えようと思ったらなかなか大変だ。役人はみんな優秀だから、そんな時代にあわないルールは問題だと個人個人はわかっているはずだ。だが、変えるという膨大なエネルギーを費やせないだけなのだろうと思う。
そんなアホくさい気分にさらされた投票だったが、さて満足いく投票ができたかというとそうでもない。最大の原因は「候補者の顔が見えない」事だ。
選挙となると急に街頭や駅前に現れられても戸惑うばかりである。普段から顔と名前を売る努力をしている事が大切だと思うのだが、政治家の立場からするとどうなのであろう。
あれこれ迷ったが、「新銀行東京を潰す」「オリンピックに反対している」というキーワードで選ぶ事にした。適当に鉛筆を転がして選ぶよりも、それなりの理由があった方が少しでもマシに思えたからだ。その結果は明日のお楽しみといえよう。
自民党も都議会選で手痛い敗北を喫すれば尻に火がつくだろう。共産党や宗教政党に比べればはるかにマシなので、この敗北とおそらく衆院選の敗北が加われば自浄作用も働いてよくなるかもしれない。近いうちに自民党がダメージから復活し、民主党も敵失ではなく実力で政権を奪える力をつけ、互いにがっぷり組み合って烈しい選挙戦を展開するようになってもらいたいものである。
くだらない公職選挙法も時代にあったものにリニューアルしてほしい。
いろいろと不満はあるものの、自分たちのリーダーを決めるという事については、例え芥子粒のような一票であったとしても、国民の一人としてきちんと自分の責任は果たしていきたい。
その上で、政治については文句や不満ではなく、明るい理想を語りたいと思うのである・・・
2009年7月10日金曜日
妻に何が起こったのか
家の玄関に置かれた大きな箱。
宅配便で届いたまま何日間か放置されていたが、何だろうなと思っていた。妻の注文品ではあるが、いろいろと整理用のものを仕入れるのが好きなだけに、その類かと思っていた。
そしてそれがついに姿を現した。
何とそれは「レッグ・マジック」という名の健康器具であった。
「明日からダイエット」が口癖の我が妻。そういうものはたとえ気になっても買わない人種だと思っていただけに、かなりの衝撃を受けた。心の中の笑いを悟られないようにするのは結構大変だった。何か気に食わない事を言おうものなら、どこでどう弾が跳ね返ってくるかはわからない。ここは無関心を装うのが正解だ、というのが長年の結婚生活で身につけた危機回避のテクニックだ。
こういう器具をバカにするつもりはないが、私個人は絶対に買わない。
正直に言うと高校に入学した時に「ブルワーカー」というトレーニング器具を買った事がある。
ラグビーを始めたため、何か家でトレーニングができないかと思っていた時に見つけて買ったのだ。
こういう器具が効くかどうか、それを議論するのは愚の骨頂だ。
「効くか効かないか」ではない。
「やるかやらないか」だ。
それがすべてだ。
親父から受け継いだ「コツコツ派」の血が、この身には流れている。
ブルワーカーも毎日ずっとやっていた。元は取ったはずだ。
それでマッチョになるほどには至らなかったが、大学で本格的にトレーニングを始める前の肩慣らしにはなった。
果たして妻は、というと絶対コツコツ毎日やるタイプではない。
最初だけはある程度やるだろうけど、そのうち埃を被るか、雨の日の物干し代わりになるか・・・
大事なのは「やる意思」だ。それがあれば器具など不要だ。
畳一畳のスペースがあれば、腕立てでも腹筋でもスクワットでも何でもできる。
プロレスラーは、遠征先では狭いホテルの一室でタオル一本でトレーニングをするという。
必要なのは、ただただ実行力たる意思の力だけだ。
まあ「大枚はたいて買った」、「目の前に器具がある」という事実のみが毎日続けるモチベーションになる人もいるから、一概に否定はしない。どういう心境の変化か知らないが、せっかくその気になって買ったのだから温かく見守ろうと思う(君子危うきに近寄らずとも言う)。
はたして、妻がその謳い文句の通りの美脚を手に入れられるだろうか?
いろいろな意味で楽しみに思えて仕方ないのである・・・
これがブルワーカーの最新バージョンだ
宅配便で届いたまま何日間か放置されていたが、何だろうなと思っていた。妻の注文品ではあるが、いろいろと整理用のものを仕入れるのが好きなだけに、その類かと思っていた。
そしてそれがついに姿を現した。
何とそれは「レッグ・マジック」という名の健康器具であった。
「明日からダイエット」が口癖の我が妻。そういうものはたとえ気になっても買わない人種だと思っていただけに、かなりの衝撃を受けた。心の中の笑いを悟られないようにするのは結構大変だった。何か気に食わない事を言おうものなら、どこでどう弾が跳ね返ってくるかはわからない。ここは無関心を装うのが正解だ、というのが長年の結婚生活で身につけた危機回避のテクニックだ。
こういう器具をバカにするつもりはないが、私個人は絶対に買わない。
正直に言うと高校に入学した時に「ブルワーカー」というトレーニング器具を買った事がある。
ラグビーを始めたため、何か家でトレーニングができないかと思っていた時に見つけて買ったのだ。
こういう器具が効くかどうか、それを議論するのは愚の骨頂だ。
「効くか効かないか」ではない。
「やるかやらないか」だ。
それがすべてだ。
親父から受け継いだ「コツコツ派」の血が、この身には流れている。
ブルワーカーも毎日ずっとやっていた。元は取ったはずだ。
それでマッチョになるほどには至らなかったが、大学で本格的にトレーニングを始める前の肩慣らしにはなった。
果たして妻は、というと絶対コツコツ毎日やるタイプではない。
最初だけはある程度やるだろうけど、そのうち埃を被るか、雨の日の物干し代わりになるか・・・
大事なのは「やる意思」だ。それがあれば器具など不要だ。
畳一畳のスペースがあれば、腕立てでも腹筋でもスクワットでも何でもできる。
プロレスラーは、遠征先では狭いホテルの一室でタオル一本でトレーニングをするという。
必要なのは、ただただ実行力たる意思の力だけだ。
まあ「大枚はたいて買った」、「目の前に器具がある」という事実のみが毎日続けるモチベーションになる人もいるから、一概に否定はしない。どういう心境の変化か知らないが、せっかくその気になって買ったのだから温かく見守ろうと思う(君子危うきに近寄らずとも言う)。
はたして、妻がその謳い文句の通りの美脚を手に入れられるだろうか?
いろいろな意味で楽しみに思えて仕方ないのである・・・
これがブルワーカーの最新バージョンだ
2009年7月9日木曜日
春のめざめ
久しぶりにミュージカルを観に行った。
劇団四季の「春のめざめ」である。
劇場内に入ると舞台の上両端に観客席。
出演者かと思いきや、なんと観客だという。
変わった試みである。
プレミアムシートなのかと思ったが、通常の席が8,000円なのに対して7,000円だという。
安い理由は何なのであろう?
ちょっと疑問が残る。
あらかじめ予備知識など何も持たないでいった。ミュージカルを観に行く時はいつもそうである。ただ、本場のそれはトニー賞8部門受賞というから、まあハズレはないのだろうと思っていただけである。
舞台が始まる。
いきなり、「赤ちゃんはどうやってできるの?」というセリフ。
始まってみるとどうやらセックスに興味を持ち始めた若者達のストーリーだとわかる。
「春」とはその「春」なのか、「めざめ」とはその「めざめ」なのか、と納得。
自分自身、身に覚えがないわけではないような話が続くが、あまりにも昔の事なので、記憶も曖昧だ。
そういえば、中学・高校あたりでは、やっぱり他愛ないものを想像していては興奮していたかもしれない。今なら見てもなんとも思わないような雑誌を隠れて読んで興奮していた時代があったなあ、と思い起こされる。迫真の演技とでもいうのか、露骨な演技とでも言うのか、ちょっと生々しすぎる表現が目に付くところもあったが、それを大真面目にやっているのだからさすがプロだ。
小説と同じように、ミュージカルも強烈なストーリーで展開されるものと、そこそこのストーリーに歌や踊りをブレンドして香りたてるものとがある。
「オペラ座の怪人」や「ウィキッド」などのようにストーリー自体が面白く、映画化しても通用するようなものは前者だ。
そしてこの「春のめざめ」は後者だ。
ちょっと子供には見せられないようなドキッとするシーンもあるが、全体的にストーリーはそんなに大したものではない。ただ、俳優たちの迫真の演技と歌と踊りとが、ストーリーを肉づけして行く。正面の主役だけでなく、隅にいる一人一人に至るまで、まるで全員が主役のスポットライトを浴びているが如くに演技するさまは、例によって感心させられる。
映画のようにCGがあるわけでもないから、すべて生身の演技である。
足りない部分は観客の想像力で補わせる。
大人の役は男女2名の俳優さんが何役もこなすのも、その一つだ。
カーテンコールもしつこくなくてすっきりしていて良かった。
ただ、観客が珍しく少なかった。
四季のファンにはあまり受けないのだろうか。
個人的にはいつもと変わらず十分堪能できたのだが・・・
映画では味わう事のできない演技・演出の世界。
人生のより深い味わいを感じられるように思うのである。
次は「アイーダ」かな・・・
劇場内に入ると舞台の上両端に観客席。
出演者かと思いきや、なんと観客だという。
変わった試みである。
プレミアムシートなのかと思ったが、通常の席が8,000円なのに対して7,000円だという。
安い理由は何なのであろう?
ちょっと疑問が残る。
あらかじめ予備知識など何も持たないでいった。ミュージカルを観に行く時はいつもそうである。ただ、本場のそれはトニー賞8部門受賞というから、まあハズレはないのだろうと思っていただけである。
舞台が始まる。
いきなり、「赤ちゃんはどうやってできるの?」というセリフ。
始まってみるとどうやらセックスに興味を持ち始めた若者達のストーリーだとわかる。
「春」とはその「春」なのか、「めざめ」とはその「めざめ」なのか、と納得。
自分自身、身に覚えがないわけではないような話が続くが、あまりにも昔の事なので、記憶も曖昧だ。
そういえば、中学・高校あたりでは、やっぱり他愛ないものを想像していては興奮していたかもしれない。今なら見てもなんとも思わないような雑誌を隠れて読んで興奮していた時代があったなあ、と思い起こされる。迫真の演技とでもいうのか、露骨な演技とでも言うのか、ちょっと生々しすぎる表現が目に付くところもあったが、それを大真面目にやっているのだからさすがプロだ。
小説と同じように、ミュージカルも強烈なストーリーで展開されるものと、そこそこのストーリーに歌や踊りをブレンドして香りたてるものとがある。
「オペラ座の怪人」や「ウィキッド」などのようにストーリー自体が面白く、映画化しても通用するようなものは前者だ。
そしてこの「春のめざめ」は後者だ。
ちょっと子供には見せられないようなドキッとするシーンもあるが、全体的にストーリーはそんなに大したものではない。ただ、俳優たちの迫真の演技と歌と踊りとが、ストーリーを肉づけして行く。正面の主役だけでなく、隅にいる一人一人に至るまで、まるで全員が主役のスポットライトを浴びているが如くに演技するさまは、例によって感心させられる。
映画のようにCGがあるわけでもないから、すべて生身の演技である。
足りない部分は観客の想像力で補わせる。
大人の役は男女2名の俳優さんが何役もこなすのも、その一つだ。
カーテンコールもしつこくなくてすっきりしていて良かった。
ただ、観客が珍しく少なかった。
四季のファンにはあまり受けないのだろうか。
個人的にはいつもと変わらず十分堪能できたのだが・・・
映画では味わう事のできない演技・演出の世界。
人生のより深い味わいを感じられるように思うのである。
次は「アイーダ」かな・・・
2009年7月7日火曜日
餃子の王将
不景気になれば庶民の財布の紐は固くなる。そうした影響はあちこちに及ぶが、その中のひとつが外食である。
外食産業が軒並み減収となる中、増収を維持しているのが「餃子の王将」だ。しかも「全体では増収だが、既存店は減収、増収は店舗増加が寄与したため」、といった見せかけの増収ではなく、既存店ベースで増収というのだから大したものである。
もともとは関西系のチェーン店であり、東京人の私にとって「存在こそ知ってはいるものの、馴染みがない」存在であったが、関西人からすると馴染み深い庶民の食堂のようである。
もともとは関西系のチェーン店であり、東京人の私にとって「存在こそ知ってはいるものの、馴染みがない」存在であったが、関西人からすると馴染み深い庶民の食堂のようである。
「学生時代によく行っとったわ、ランチタイムなんか働くおっちゃんばっかりだったけど賑わってたでぇ~、でも女の子はあんまり行かんかったかなぁ~、だからあたしらが行くと目立ったでぇ~、おっちゃんばかりの中にボディコン4人組(*注)やからなぁ~」とは我が家の関西人の弁である。
当時から安くておいしかったらしい。
そんなわけで興味を持ってさっそく家族で行く事にした。何事も実践家族である。いきなり店舗前の人だかり。なんと「お待ち」で溢れていたのである。しかし、そんな事でめげる我が家ではなく、辛抱強く待つ。
中に入ると、とにかくの活気。
かつて業績低迷期に今の社長が厨房の活気を伝えるようにしたという。
食器がガチャガチャいう音にフライパンでジュージューいう音、飛び交う店員さんの声・・・
なるほど、中華料理はまさにこういう雰囲気であるべきという雰囲気である。
頼んだのはもちろん餃子にチャーハン(関西風にいえば焼き飯)に天津飯にetc・・・
天津飯は関東と関西では味付けが異なる。関東では甘酢ダレがお馴染みであるが、関西では塩ダレといって上にかかっているタレが関東よりも色が薄い。関東の店舗では両方メニューにあって選択できるが、関西では塩ダレのみらしい。塩ダレを試してみたが、なかなかイケル味であった。
家族でけっこう食べたが、何といっても嬉しかったのは会計時だ。予想していた以上に安かった。流行るわけだ。やっぱり今の時期は値段が安いというのが大きいだろう。外食を控えると言ってもなくなるわけではない。どこを削るかの問題である。その時いかにしたら家計のリストに残るか。餃子の王将の戦略はその一つの答えだ。
見回せば店内は意外なほどファミリー層が多い。
もちろん、出店地域の状況にもよるだろうが、テイクアウトも行列が絶えなかった。
また行きたいものであるが、我が家の近所にないのが玉に瑕である・・・
*注:ボディ・コンプレックスの略ではないかと思っているが、我が家の関西人妻がいつもつるんでいたメンバーである
2009年7月3日金曜日
椿山課長の七日間
Dream as if you’ll live forever,live as if you’ll die today!
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浅田次郎の小説を久しぶりに読んだ。
「鉄道員(ぽっぽや)」で衝撃を受けて以来、浅田次郎の作品は機会があれば読んできたつもりであったが、まだまだ読んでいないものも多い。この本は映画化もされているが、映画の方はまだ観ていない。期待しながら手に取った一冊である。
「鉄道員」は死んだ娘が父に会いにくる話であった。
「地下鉄に乗って」も父親の過去を見る話であった。
そういう一見荒唐無稽な設定が心を打つストーリーの伏線となったりする。この物語は突然死んでしまった一人のサラリーマンが、やり残した事をすべく現世に戻ってくる話である。考えてみれば我々とていつ死ぬかわからない。それがいつだろうと、たぶんやり残した事は椿山課長ならずともたくさんありそうな気がする。
椿山課長の心残りは非常に現実的だ。妻とまだ小学生の息子の行く末。ローンの残った家。まさにかき入れ時の仕事。ボケて老人ホームにいる父。さらに体の付き合いのあった女性。自分の身に置き換えてみれば実に身につまされる話である。
あの世とこの世の中間で死者を導く役割を担う役所が冒頭に出てくる。
登場人物たちが現世に戻る手伝いをする様をユーモラスに展開してくれる。
しかも生前はデブでハゲの中年サラリーマンだった椿山課長が、美女として蘇るのだから、なんとなくそのままコメディーになってもいいような展開となる。
こうした遊び心も物語に幅を持たせてくれるものである。
人間は誰でも自分がすべてわかったような気でいるものである。
しかし、当然の事ながら相手の胸の内まではわからないもの。
目の前に見えている事実だけがすべてではない。
死んで他人として蘇る事で、椿山課長も今まで気がつかなかった事実を一つ一つ知る事になる。
やっぱり自分もいろいろ気付かない事を抱えて生きているのだろう。
そんな思いが脳裏をよぎる。
椿山課長とたまたま一緒に蘇るヤクザの親分と7歳の少年。
3人が蘇りを希望した理由は、みな家族や身近な者への愛情ゆえだ。
そうした愛情を描き出すのは浅田次郎は得意である。
登場人物たちはみなそれぞれに他者への愛情を胸に秘めている。
そしてみんな自分の事よりもそれらの愛情を優先する。
そんな愛情の一つ一つが静かに心に染み入る・・・
自分もそんな愛情を身近な者に送りたい。
そして知らないうちに自分に向けられている愛情にも気付くようにしたい。
涙腺の弱い人は通勤電車の中でなんて間違っても読まない方がいい。
映画の方も観てみたいと思う。
まだ読んでいない方にはお勧めの一冊である・・・
2009年7月1日水曜日
選挙権
だいぶ選挙の事が話題になってきた。自民党も今回はそうとう危ないだろう。個人的には2大政党時代の到来を期待していたし、民主党の躍進は期待すべきところなのであるが、肝心の民主党はというとどうもやる事なすこと心もとない。政権取ってもすぐ失速、そんな気さえする。ではと言って他を見回してみると、それ以外の政党はというと、宗教政党は趣旨に合わないし、共産党や民社党は論外中の論外だし、消去法でいくと何も残らない・・・
実に絶望的な状況である。
それはさておき、選挙となるといつも気になる事がある。それは投票率の低さだ。私は選挙権を得て以来、ほとんどすべての選挙に行っている。旅行と重なった時は不在者投票までした事もある。だが、はたしてどれほどの人が毎回きちんと投票に行っているのだろう。最近では投票率が50%を下回る事も珍しくもない。非常に嘆かわしい。
なぜ投票率が低いのか?
確かにアメリカの大統領選挙みたいに国を挙げて盛り上がる事もないし、入れたくなるような政治家も政党も少ない。入れたって入れなくたって何も変わらない。選挙に行く気がしないというのもわかる。しかし投票率が少ない根本的な理由は、そうした「選ばれる側」の問題ではなく、むしろ実は「選ぶ側」の問題だと思う。簡単に言えば「当然に与えられたものは大切にしない」という精神だ。
父が小学生の頃、実家はかなり貧しかったそうである。いつもぞうり履きで学校に通っていたらしいが、ある時教室のゴミ箱に使い古した鉛筆が捨てられていたそうである。たぶん裕福な家の子が使い終わって捨てたのだろうが、その長さは父にすると十分使える長さであったそうである。拾いたくてたまらなかったが、周りの目を気にして拾うのにかなり時間がかかったそうである。
父の実家の近所の住職さんは同じノートを端から端まで上下変えて3度使ったそうである。最後にはそのノートはまっくろになったという。物がなかった時代、手に入らない時代だからこそ徹底的にあるものを大事にした。今は物が溢れかえり、何でも簡単に手に入り、簡単に捨てられる。セブンイレブンが話題になっていたが、コンビニは時間が過ぎればまだ食べられる弁当を廃棄処分にする・・・
選挙権だって今の完全な普通選挙の歴史は100年もない(日本では1945年から)。選挙権を巡って血を流した時代もそんなに古い時代の事ではない。そんな代償である選挙権も当たり前のように与えられれば、やがて見向きもしなくなる。20歳になって初めて選挙権を手にした時の感動もすぐに忘れ去る。「入れたい政党や政治家がいない」というのはただの言い訳で、これこそが投票率が低い真の理由だと思う。
だから投票率を上げようと思ったら、実は簡単だと思う。例えば3度続けて棄権したら選挙権停止とでもすればいいのだ。そして復権するには、講習を受けて誓約書を提出するといった障壁をつくれば、たぶんみんな選挙に行くはずだ。失うとなれば、大事にしないものでも惜しくなるのが人の常だからだ。
日本人はみな贅沢に慣れ、ブクブクと太ったブタの如きである。飢えていた時代から学ぶことに目を背け、身の回りに溢れるものの一つ一つがいかに大切なものかを忘れ去ってしまっている。失って初めてその大切さに気付くなどという事は嘆かわしい事だ。今の時代に生きられる幸せは当たり前の事ではない。それを築き上げてくれた先代に感謝すべき事なのだ。
考えれば考えるほど絶望的な選択肢ではあるものの、今度の選挙もきちんと己の権利であり義務である一票を投じたいと思うのである・・・
実に絶望的な状況である。
それはさておき、選挙となるといつも気になる事がある。それは投票率の低さだ。私は選挙権を得て以来、ほとんどすべての選挙に行っている。旅行と重なった時は不在者投票までした事もある。だが、はたしてどれほどの人が毎回きちんと投票に行っているのだろう。最近では投票率が50%を下回る事も珍しくもない。非常に嘆かわしい。
なぜ投票率が低いのか?
確かにアメリカの大統領選挙みたいに国を挙げて盛り上がる事もないし、入れたくなるような政治家も政党も少ない。入れたって入れなくたって何も変わらない。選挙に行く気がしないというのもわかる。しかし投票率が少ない根本的な理由は、そうした「選ばれる側」の問題ではなく、むしろ実は「選ぶ側」の問題だと思う。簡単に言えば「当然に与えられたものは大切にしない」という精神だ。
父が小学生の頃、実家はかなり貧しかったそうである。いつもぞうり履きで学校に通っていたらしいが、ある時教室のゴミ箱に使い古した鉛筆が捨てられていたそうである。たぶん裕福な家の子が使い終わって捨てたのだろうが、その長さは父にすると十分使える長さであったそうである。拾いたくてたまらなかったが、周りの目を気にして拾うのにかなり時間がかかったそうである。
父の実家の近所の住職さんは同じノートを端から端まで上下変えて3度使ったそうである。最後にはそのノートはまっくろになったという。物がなかった時代、手に入らない時代だからこそ徹底的にあるものを大事にした。今は物が溢れかえり、何でも簡単に手に入り、簡単に捨てられる。セブンイレブンが話題になっていたが、コンビニは時間が過ぎればまだ食べられる弁当を廃棄処分にする・・・
選挙権だって今の完全な普通選挙の歴史は100年もない(日本では1945年から)。選挙権を巡って血を流した時代もそんなに古い時代の事ではない。そんな代償である選挙権も当たり前のように与えられれば、やがて見向きもしなくなる。20歳になって初めて選挙権を手にした時の感動もすぐに忘れ去る。「入れたい政党や政治家がいない」というのはただの言い訳で、これこそが投票率が低い真の理由だと思う。
だから投票率を上げようと思ったら、実は簡単だと思う。例えば3度続けて棄権したら選挙権停止とでもすればいいのだ。そして復権するには、講習を受けて誓約書を提出するといった障壁をつくれば、たぶんみんな選挙に行くはずだ。失うとなれば、大事にしないものでも惜しくなるのが人の常だからだ。
日本人はみな贅沢に慣れ、ブクブクと太ったブタの如きである。飢えていた時代から学ぶことに目を背け、身の回りに溢れるものの一つ一つがいかに大切なものかを忘れ去ってしまっている。失って初めてその大切さに気付くなどという事は嘆かわしい事だ。今の時代に生きられる幸せは当たり前の事ではない。それを築き上げてくれた先代に感謝すべき事なのだ。
考えれば考えるほど絶望的な選択肢ではあるものの、今度の選挙もきちんと己の権利であり義務である一票を投じたいと思うのである・・・
2009年6月29日月曜日
オバマ演説
「その一言」
その一言で、励まされ
その一言で、夢を持ち
その一言で、腹が立ち
その一言で、がっかりし
その一言で、泣かされる
ほんのわずかな 一言が
不思議に大きな 力持つ
ほんのちょっとの一言で
オバマ大統領が誕生して半年が過ぎた。
オバマ大統領と言えば、かねてからその演説が名演説として評価が高かった。
まじまじと聞いた事はなかったが、このたび「オバマ演説集」(CD付き)を聞いてみた。
対訳付きの英語なので、ヒアリングの練習にもなる。
意味は別として声の質といい、雰囲気といい、さすがだと感じる。
内容がわからない人でもその迫力は十分感じ取れるはずだ。
アメリカはディベートがさかんな国であるから、こうした演説もトレーニングするのだろう。
とにかくパワフルで引き込まれていく。
日本の政治家と比べると圧倒的な差がある。
人を惹きつける演説というのは、そうした外側の要素もあるが、やはり内容だ。
一言で言えば聞く者の心を震わせるものだ。
『リベラルなアメリカも保守的なアメリカもありはしない。
あるのはアメリカ合衆国だ。
黒人のアメリカも白人のアメリカもラテン系のアメリカもアジア系のアメリカもない。
あるのはアメリカ合衆国だ。
~~~~~
イラクにおける戦争に反対した愛国者もいれば、それに賛成した愛国者もいる。
我々は一つの国民であり、我々みなが星条旗に忠誠を誓い、我々みながアメリカ合衆国を守っているのだ!』
仲間に団結意識を持たせる言葉はやっぱり心が打ち震える。
学生時代、ラグビーで重要な一戦の前にはみんなで円陣を組んだ。
そしてキャプテンが仲間に語りかけるのだ。
名演説とはほど遠いが、それでも「やる事はやった、みんなを信じるから最後まで死ぬ気でやろう!」という内容の言葉に涙が溢れるほど気合が漲ったものである。
言葉にはそれだけの力があるのである。
そしてやはり高い理想。
自分たちが果たすべき高い理想を目指そうという内容も然りだ。
『世界中が我々に注目している。
我々がどう振舞うのか、何を語るのか、お互いにどう接するのか・・・
~~~~~
我々は、国際社会を先導して、21世紀の共通の脅威であるテロ、気候変動、大虐殺や病気に立ち向かう事ができるのか?
恐怖や貧困から逃れたいと望む海の向こうの疲れ果てた旅行者たちに対して、我々はメッセージを送る事ができるのか、アメリカ合衆国こそが現在も、そしてこれからもずっと、最後にして最良な地上の希望だと。
我々はこう言う、こう願う、こう信じる、
Yes,we can!』
ジョン・F・ケネディの有名な『国家が我々に何をしてくれるかを問うのではなく、我々が国家に対して何ができるのかを問おう!』という言葉も人々の心を動かした。
ケネディの再来と言われるほどのスピーチという評判もなかなか頷けるものがある。
願わくばこうして呼び起こした熱狂を覚まさないように、アメリカを導いてほしいものである。
そして願わくば我が国にもこうやって大衆の心をがっちりとリードするような政治家が現れてほしいと思うのである・・・
その一言で、励まされ
その一言で、夢を持ち
その一言で、腹が立ち
その一言で、がっかりし
その一言で、泣かされる
ほんのわずかな 一言が
不思議に大きな 力持つ
ほんのちょっとの一言で
道灌山幼稚園 高橋系吾
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オバマ大統領が誕生して半年が過ぎた。
オバマ大統領と言えば、かねてからその演説が名演説として評価が高かった。
まじまじと聞いた事はなかったが、このたび「オバマ演説集」(CD付き)を聞いてみた。
対訳付きの英語なので、ヒアリングの練習にもなる。
意味は別として声の質といい、雰囲気といい、さすがだと感じる。
内容がわからない人でもその迫力は十分感じ取れるはずだ。
アメリカはディベートがさかんな国であるから、こうした演説もトレーニングするのだろう。
とにかくパワフルで引き込まれていく。
日本の政治家と比べると圧倒的な差がある。
人を惹きつける演説というのは、そうした外側の要素もあるが、やはり内容だ。
一言で言えば聞く者の心を震わせるものだ。
『リベラルなアメリカも保守的なアメリカもありはしない。
あるのはアメリカ合衆国だ。
黒人のアメリカも白人のアメリカもラテン系のアメリカもアジア系のアメリカもない。
あるのはアメリカ合衆国だ。
~~~~~
イラクにおける戦争に反対した愛国者もいれば、それに賛成した愛国者もいる。
我々は一つの国民であり、我々みなが星条旗に忠誠を誓い、我々みながアメリカ合衆国を守っているのだ!』
仲間に団結意識を持たせる言葉はやっぱり心が打ち震える。
学生時代、ラグビーで重要な一戦の前にはみんなで円陣を組んだ。
そしてキャプテンが仲間に語りかけるのだ。
名演説とはほど遠いが、それでも「やる事はやった、みんなを信じるから最後まで死ぬ気でやろう!」という内容の言葉に涙が溢れるほど気合が漲ったものである。
言葉にはそれだけの力があるのである。
そしてやはり高い理想。
自分たちが果たすべき高い理想を目指そうという内容も然りだ。
『世界中が我々に注目している。
我々がどう振舞うのか、何を語るのか、お互いにどう接するのか・・・
~~~~~
我々は、国際社会を先導して、21世紀の共通の脅威であるテロ、気候変動、大虐殺や病気に立ち向かう事ができるのか?
恐怖や貧困から逃れたいと望む海の向こうの疲れ果てた旅行者たちに対して、我々はメッセージを送る事ができるのか、アメリカ合衆国こそが現在も、そしてこれからもずっと、最後にして最良な地上の希望だと。
我々はこう言う、こう願う、こう信じる、
Yes,we can!』
ジョン・F・ケネディの有名な『国家が我々に何をしてくれるかを問うのではなく、我々が国家に対して何ができるのかを問おう!』という言葉も人々の心を動かした。
ケネディの再来と言われるほどのスピーチという評判もなかなか頷けるものがある。
願わくばこうして呼び起こした熱狂を覚まさないように、アメリカを導いてほしいものである。
そして願わくば我が国にもこうやって大衆の心をがっちりとリードするような政治家が現れてほしいと思うのである・・・
2009年6月27日土曜日
マスコミ
目にしたニュースにちょっと驚いた。
『日本の台湾統治を取り上げた番組に偏向・歪曲があったとして、視聴者らがNHKを相手取り、損害賠償請求の訴訟を起こした。』
というものだ。 実はこの問題の番組は4月5日に放映されたNHKスペシャル「アジアの一等国」である。この手のテーマには感心があったため、見ていたのだ。そしてその内容に驚いてもいた。
戦時中の台湾は日本の統治下にあった。同じ統治下の朝鮮半島や一部の中国とは違い、比較的うまく統治され、台湾には李登輝元総統をはじめとして親日家も多いと認識していたから、それと真っ向から対立する内容に驚いたのだ。それとともに「日本の占領政策にはやっぱり恨みつらみしかなかったのだな」と思い直したのだ。
日本の占領政策は当時の欧米勢の植民地政策とは異なるものであった。欧米のそれが、「略奪式」であるのに対し、日本のそれは「国土延長式」とでもいうべきもので、国内と同様の発展・整備を促したものであった。事実、当時のダムは今でも立派に役立ち、日本の統治下に農業も飛躍的に発展し、国民生活も豊かになったのも事実だ。
ただ、それは言ってみれば植民地経営方式の違いであって、だから日本は正しかったというものではない。ただ、そういうやり方だったからこそ台湾も日本統治下で大きく発展したのであり、それゆえに親日的な人も多いと認識していたのだ。ところが、番組はそんな認識をひっくり返すものであった。
今回訴訟のニュースを見ると、『原告には台湾人も含まれている。取材に応じた台湾人の話を一方的に都合良く編集していると指摘し、日本の良い面も悪い面も話したのに、悪い面だけが放送された、NHKにだまされた、などと訴えている』という。さらに台湾統治下の暴動を「日台戦争」と表現したり、先住民族を日英博覧会(1910年)に出演させた企画を「人間動物園」と表現したりしたことを例として挙げている。
異なる意見の対立があれば、両方公平に報じるのがマスコミの義務であるべきだ。
事実だとしたら由々しき問題だ。
私はすっかり番組の「日本悪役論」を信じてしまった。
悪い面だけ放送する、悪いイメージの造語を流すといった行為は公平性とはほど遠い。
こうした情報操作の恐ろしさは言わずもがな、である。
知識の乏しい者は捻じ曲げられた事実をそのまま信じてしまう。
パールハーバーだってアメリカは自国にとって都合の悪い事実を国民に伏せたまま、「卑怯な日本人」の部分だけ国民に知らせたのは、今や公然たる事実だ。
事実は動かせなくとも、光の当て方によってその見え方は大きく異なる。マスコミの言う事は信用できないとわかっていても、すべて見破れるわけでもない。事件発生から15年を記念して松本サリン事件が何かと取り上げられているが、あれも偏向報道の良い例だ。
いったい我々はどうやったら常に正しい事実を知る事ができるのだろう。ちなみに冒頭のニュースは産経新聞である。産経新聞は真っ先に報道するが、朝日新聞は絶対に報道しない。両極端にある2紙ならではであるが、どちらをとるかで触れるニュースも異なるわけである。
これが今の世の中である、という事だけはしっかり心に刻んでおきたいし、それぐらいしかやれる事はない。そういう事なのである・・・
『日本の台湾統治を取り上げた番組に偏向・歪曲があったとして、視聴者らがNHKを相手取り、損害賠償請求の訴訟を起こした。』
というものだ。 実はこの問題の番組は4月5日に放映されたNHKスペシャル「アジアの一等国」である。この手のテーマには感心があったため、見ていたのだ。そしてその内容に驚いてもいた。
戦時中の台湾は日本の統治下にあった。同じ統治下の朝鮮半島や一部の中国とは違い、比較的うまく統治され、台湾には李登輝元総統をはじめとして親日家も多いと認識していたから、それと真っ向から対立する内容に驚いたのだ。それとともに「日本の占領政策にはやっぱり恨みつらみしかなかったのだな」と思い直したのだ。
日本の占領政策は当時の欧米勢の植民地政策とは異なるものであった。欧米のそれが、「略奪式」であるのに対し、日本のそれは「国土延長式」とでもいうべきもので、国内と同様の発展・整備を促したものであった。事実、当時のダムは今でも立派に役立ち、日本の統治下に農業も飛躍的に発展し、国民生活も豊かになったのも事実だ。
ただ、それは言ってみれば植民地経営方式の違いであって、だから日本は正しかったというものではない。ただ、そういうやり方だったからこそ台湾も日本統治下で大きく発展したのであり、それゆえに親日的な人も多いと認識していたのだ。ところが、番組はそんな認識をひっくり返すものであった。
今回訴訟のニュースを見ると、『原告には台湾人も含まれている。取材に応じた台湾人の話を一方的に都合良く編集していると指摘し、日本の良い面も悪い面も話したのに、悪い面だけが放送された、NHKにだまされた、などと訴えている』という。さらに台湾統治下の暴動を「日台戦争」と表現したり、先住民族を日英博覧会(1910年)に出演させた企画を「人間動物園」と表現したりしたことを例として挙げている。
異なる意見の対立があれば、両方公平に報じるのがマスコミの義務であるべきだ。
事実だとしたら由々しき問題だ。
私はすっかり番組の「日本悪役論」を信じてしまった。
悪い面だけ放送する、悪いイメージの造語を流すといった行為は公平性とはほど遠い。
こうした情報操作の恐ろしさは言わずもがな、である。
知識の乏しい者は捻じ曲げられた事実をそのまま信じてしまう。
パールハーバーだってアメリカは自国にとって都合の悪い事実を国民に伏せたまま、「卑怯な日本人」の部分だけ国民に知らせたのは、今や公然たる事実だ。
事実は動かせなくとも、光の当て方によってその見え方は大きく異なる。マスコミの言う事は信用できないとわかっていても、すべて見破れるわけでもない。事件発生から15年を記念して松本サリン事件が何かと取り上げられているが、あれも偏向報道の良い例だ。
いったい我々はどうやったら常に正しい事実を知る事ができるのだろう。ちなみに冒頭のニュースは産経新聞である。産経新聞は真っ先に報道するが、朝日新聞は絶対に報道しない。両極端にある2紙ならではであるが、どちらをとるかで触れるニュースも異なるわけである。
これが今の世の中である、という事だけはしっかり心に刻んでおきたいし、それぐらいしかやれる事はない。そういう事なのである・・・
2009年6月26日金曜日
ファラ・フォーセット
なんだかマイケル・ジャクソンのニュースに隠れてしまった感があるが、ファラ・フォーセットの死亡のニュースを目にした。ついおとといぐらいにライアン・オニールにプロポーズされたとかのニュースが出ていたのに、立て続けでちょっと驚いた。ファラ・フォーセットと言えば、チャーリーズ・エンジェルで一世を風靡した美女である(当時はファラ・フォーセット・メジャーズだった)。
その昔は大好きで、ポスターなど持っていた記憶がある。
享年62歳だと聞いて驚いたが、夢中になっていた頃はもう30年以上前なので、よくよく考えてみれば不思議ではない。
スクリーンアイドルは年を取らないので、そんな印象を受けるのだ。
チャーリーズ・エンジェル以降はぱっとしなかったためか、そのうち熱も醒めてしまった。「サンバーン」「シャレード79」という出演映画も観に行ったが、内容の薄い映画だった気がする。どちらもにっこり微笑んでいればいいような映画だったからかもしれない。
本場CNNのニュースタイトルもFarrah Fawcett, sex symbol and actress, dies であった。
Actressの前にsex symbolと見なされていたわけである。
はじめからそれだけの才能しかなかったのか、それとも世間がそれだけしか見てくれなかったのか。
個人的には後者だったと思いたい。
夢中になっていた頃は(たぶん中学生くらいだ)、まだ裏も表もわかるわけもなく、ただただ容姿の異様なまでの美しさに惹かれていたのだ。
私にとっては、引退したキャンディーズに代わる「憧れの的」だった気もする。
あの頃のコレクションのいくつかは、まだ実家の押入れの奥底に眠っていると思う。
でもチャーリーズ・エンジェルは面白かったなぁ。
今観たら違う印象を持つのだろうか。
CNNのサイトはマイケル・ジャクソン一色だ。
知名度からして仕方がないのかもしれないが、個人的にはその扱いの違いに寂しいものを感じる。
今アメリカではドラマ全盛の感がある。
いろいろなシリーズが矢継ぎ早に輸入されている。
ファラももう少し遅く生まれて、現代のテレビドラマシリーズに出演していたら、あるいはもっと違う魅力を見せていてくれたかもしれないのではないだろうか。
一つの時代の終わりをまたもや感じさせるニュースである・・・
2009年6月24日水曜日
父の日に思う
自分自身に欠けていたものが息子に実現されるのを見ようとするのは、すべての父親の敬虔な願いである
先日の日曜日は父の日であった。
我が家の恒例行事として、この日は家族全員で実家に行く事にしている。
父の日だからこそ、孫の顔を見せようと考えての事である。
一説によると自分と子供との関係が将来どうなっていくのかという事は、自分と親との関係を見ればわかるらしい。同じようになっていくのだそうである。言われてみればなるほどという気もする。だとすれば自分と今の親との関係は理想的であろうか?
残念ながら答えは否だ。親の希望している事はなんとなくわかるのだが、それはなかなか難しい事なのである。自分だけの考えでできるのなら簡単であるが、妻の考えも組み入れるとなるとどうしてもかみ合わない。申し訳ないと思いつつ、離れて暮らしている。
いずれ自分たちも子供たちとそんな関係になっていくのであろうか、と考えてみる。
子供たちに願う事は、「自立した人間であれ」という事である。
だから自分たちと少し距離を置いた関係でもいいような気がする。
ただ、今現在そう考えていても、あと20~30年してもそう考えているかはわからない。
ある程度年を取ってみないとわからない部分もあるからである。
子供の頃の事を振り返ってみると、父親とはあまり遊んだ記憶がない。
もっとも高度成長期時代の父親はみな仕事に追われ、それどころではなかったのだからそれもしかたない。父親自身、内心「もっと遊んでやればよかった」と思っているかもしれない。それが孫と遊ぶ姿に反映されているような気がする。
長男の誕生日に、最近好きだと聞いたパトカーを買おうと思ったらしい。そして実際買ってきたのであるが、そのあとたまたま寄ったところでもっと良いのを見つけてそれも買ったという。思いがけず2台もパトカーをもらってご機嫌な長男。
それを目を細めて見ている父親。
何だか彼女にでもプレゼントするかのような気の使いようだ。
父の日にと、いつものごとくプレゼントを買って持って行った。
だが、そんなものは孫の前では霞んでしまうらしい。
おざなりにしか受け取ってもらえなかったが、それも愛嬌だ。
申し訳ないなと思う日頃の諸々を、せめて孫と接する時間を多くする事で補おうと思っているが、ついついそれもおっくうになりがちである。
せめて月1回はなんとかしたい。
今年後半の目標にしようと思うのである・・・
ゲーテ
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先日の日曜日は父の日であった。
我が家の恒例行事として、この日は家族全員で実家に行く事にしている。
父の日だからこそ、孫の顔を見せようと考えての事である。
一説によると自分と子供との関係が将来どうなっていくのかという事は、自分と親との関係を見ればわかるらしい。同じようになっていくのだそうである。言われてみればなるほどという気もする。だとすれば自分と今の親との関係は理想的であろうか?
残念ながら答えは否だ。親の希望している事はなんとなくわかるのだが、それはなかなか難しい事なのである。自分だけの考えでできるのなら簡単であるが、妻の考えも組み入れるとなるとどうしてもかみ合わない。申し訳ないと思いつつ、離れて暮らしている。
いずれ自分たちも子供たちとそんな関係になっていくのであろうか、と考えてみる。
子供たちに願う事は、「自立した人間であれ」という事である。
だから自分たちと少し距離を置いた関係でもいいような気がする。
ただ、今現在そう考えていても、あと20~30年してもそう考えているかはわからない。
ある程度年を取ってみないとわからない部分もあるからである。
子供の頃の事を振り返ってみると、父親とはあまり遊んだ記憶がない。
もっとも高度成長期時代の父親はみな仕事に追われ、それどころではなかったのだからそれもしかたない。父親自身、内心「もっと遊んでやればよかった」と思っているかもしれない。それが孫と遊ぶ姿に反映されているような気がする。
長男の誕生日に、最近好きだと聞いたパトカーを買おうと思ったらしい。そして実際買ってきたのであるが、そのあとたまたま寄ったところでもっと良いのを見つけてそれも買ったという。思いがけず2台もパトカーをもらってご機嫌な長男。
それを目を細めて見ている父親。
何だか彼女にでもプレゼントするかのような気の使いようだ。
父の日にと、いつものごとくプレゼントを買って持って行った。
だが、そんなものは孫の前では霞んでしまうらしい。
おざなりにしか受け取ってもらえなかったが、それも愛嬌だ。
申し訳ないなと思う日頃の諸々を、せめて孫と接する時間を多くする事で補おうと思っているが、ついついそれもおっくうになりがちである。
せめて月1回はなんとかしたい。
今年後半の目標にしようと思うのである・・・
2009年6月21日日曜日
ええかっこしい
まったくの偶然であるが、ただいま私の実家と妻の実家はそれぞれ自宅のリフォームをやっている。大阪での様子を聞いていると、商人の町と言われた伝統が生きているなとつくづくと感じてしまう。
何といっても「値切り」が凄い。
はじめの段階で挨拶代わりに「いくらまけられるの?」と入る。
そして工務店が決まったあとも、機をみてはそれが続く。
そういえば関西を拠点とする「引越しのサカイ」。
以前CMで「♪勉強しまっせ、引越しのサカイ♪」とやっていた。
そういう商人文化の伝統が脈々と生きている。
さらに妻の実家では何らかのトラブルがあって工期が遅れたらしいのだが、それ待ってましたとばかりに値切り始める。「当然や!」と姉妹でいきり立つ様子を見ていると、つくづく関西人に生まれなくてよかったと思ってしまう・・・
(妻の実家は義妹が業者との交渉を仕切っているのだが、それを姉である妻に報告してくるのである)
私はそういう値切り交渉ができないタチである。
妻から言わせると「ええかっこしい」なのだそうである。
と言っても私も業者の言いなりというわけではない。
私流の値切り方法はちゃんとある。
まずは競合させるのである。
「相見積もり」というやつである。
同じ条件でいくらでできるのか比較し、それを公開する。
業者は自分のところで採算を検討し、できるところまで下げてくる。
それで判断しているのである。
無理強いはしないし、それで十分だと思っている。
もちろん、もっとまけられるかもしれないが、相手だって商売である。
利益の取れない仕事など力も入らないだろう。
気分良くやってもらうためには相手にも利益を与えないといけない。
そう思うから関西風の徹底した値切り交渉はできないのである。
「ええかっこしい」と言われても、そこは甘んじたいと思うのだ。
私の両親も言えないタイプだ。
私に言われてようやく相見積もりのような事をちょっとやった程度だ。
だから妻から言わせるとそんな様子がもどかしくもあるようである。
どっちが良いという事はない(私も我が家で関西の悪口を言えるほどの度胸はない)。
スタイルの違いとでも言うべきものだろう。
だけど「おっちゃん、まけてぇな」というやり取りを想像すると、「ええかっこしい」と言われようと何と言われようと、自分のスタイルは変えたくないと切に思う。
自分は関西人にはなれない。
誇り高き「ええかっこしい」でありたいとつくづく思うのである・・・
何といっても「値切り」が凄い。
はじめの段階で挨拶代わりに「いくらまけられるの?」と入る。
そして工務店が決まったあとも、機をみてはそれが続く。
そういえば関西を拠点とする「引越しのサカイ」。
以前CMで「♪勉強しまっせ、引越しのサカイ♪」とやっていた。
そういう商人文化の伝統が脈々と生きている。
さらに妻の実家では何らかのトラブルがあって工期が遅れたらしいのだが、それ待ってましたとばかりに値切り始める。「当然や!」と姉妹でいきり立つ様子を見ていると、つくづく関西人に生まれなくてよかったと思ってしまう・・・
(妻の実家は義妹が業者との交渉を仕切っているのだが、それを姉である妻に報告してくるのである)
私はそういう値切り交渉ができないタチである。
妻から言わせると「ええかっこしい」なのだそうである。
と言っても私も業者の言いなりというわけではない。
私流の値切り方法はちゃんとある。
まずは競合させるのである。
「相見積もり」というやつである。
同じ条件でいくらでできるのか比較し、それを公開する。
業者は自分のところで採算を検討し、できるところまで下げてくる。
それで判断しているのである。
無理強いはしないし、それで十分だと思っている。
もちろん、もっとまけられるかもしれないが、相手だって商売である。
利益の取れない仕事など力も入らないだろう。
気分良くやってもらうためには相手にも利益を与えないといけない。
そう思うから関西風の徹底した値切り交渉はできないのである。
「ええかっこしい」と言われても、そこは甘んじたいと思うのだ。
私の両親も言えないタイプだ。
私に言われてようやく相見積もりのような事をちょっとやった程度だ。
だから妻から言わせるとそんな様子がもどかしくもあるようである。
どっちが良いという事はない(私も我が家で関西の悪口を言えるほどの度胸はない)。
スタイルの違いとでも言うべきものだろう。
だけど「おっちゃん、まけてぇな」というやり取りを想像すると、「ええかっこしい」と言われようと何と言われようと、自分のスタイルは変えたくないと切に思う。
自分は関西人にはなれない。
誇り高き「ええかっこしい」でありたいとつくづく思うのである・・・
2009年6月20日土曜日
お好み焼き
お好み焼きといえば関西を代表する食べ物の一つである。初めて本場のお好み焼きを食べたのは、学生時代のラグビー部の関西遠征の時だったか、それとも銀行に入ってからの関西での研修時であったかは、記憶が曖昧である。それまでも東京で食べた事はあったが、本場の「本物」はやはり違った。
東京ではただ器に入れられて出てきた具を鉄板にあけて自分で焼くスタイルだ。しかし、本場大阪では客は何もしない。「素人さんには任せられません」というプロのこだわりがあるそうである。目の前に出された「本物」の迫力を知ってしまうと、東京の「まがい物」はとてもではないが、食べられたものではない。妻と付き合うようになってから(遠距離恋愛だったのだ)というもの、東京の「まがい物」にはお目にかかっていない。まだ存在しているのだろうか?
初めて触れた「本物」は、確か「千房」であった。
「千房」は大手のチェーン店であるが、その他小さな名店はいろいろある。
「千房」は東京にも進出してきていて、かなり経つ。
またつい最近丸の内のTOKIAビルに「きじ」があるのを発見した。
これもなかなかの名店だ。
大阪ではお好み焼きに限らずであるが、食べるには並ばないといけない。
梅田にある「きじ」に初めて行った時も1時間ほど並んだ。
狭い店内に、けっしてわかりやすいとはいえない立地。
「形」から入ろうとする者であれば、とてもではないが出店など考えないであろう。
しかし、味がいいからこそ、すべての不利な条件を覆してお客さんが押し寄せる。
今や東京にも出店するほどになり、東京の店も連日の行列である。
東京ではお好み焼きといえば「おやつ感覚」に近いかもしれない。
すくなくとも「夕食」という感覚は薄い。
ところが関西では立派な夕食である。
(今はどうであろうか、すっかり馴染んでしまった私にわからない)
我が家の台所は関西文化の治外法権地帯であるから(台所に限った話ではないが・・・)、当然の事ながらお好み焼きは夕食の定番メニューの一つである。
さすがに名店の味には程遠いが、「まがい物」よりははるかに良い。
月島のもんじゃは関西人の妻も認めた味であるが、残念ながら我が家の台所は関西文化圏であるため、食卓に並ぶ事はない。広島風のお好み焼きも関西風と優劣がつけ難いものである。どちらも名店となるとなかなか子連れで行くのは難しいような店舗が多く、なかなか食べに行く機会がないのが実情である。とはいえ東京にそろっているのはありがたいことであり、いずれ機会を見つけて楽しみたいと思うのである・・・
2009年6月17日水曜日
世の中の疑問
自営業を長らくやっていた父はその昔、「食いっぱぐれそうになったらタクシーの運転手をやればいいやと思っていた」と語ってくれた事がある。まだ日本に車が少なく、教習所の車も左ハンドルの外車を使っていた40数年前に免許を取った父。免許そのものが立派な資格だったためか、タクシーの運転手も「いざ路頭に迷った時」のセーフティーネットだったのだ。その影響で、私もしばらくはそんな考えを持っていた。
今国会で、タクシー事業への規制(運賃規制)を強める特別措置法案が成立しそうだという。これが成立すると、現在決められている運賃の下限を下回る運賃は、認可されない可能性が高いという。国交省の匙加減なので「可能性が高い」という表現なのであるが、「下限を下回る運賃を認めない」というのは、それにしてもいかがなものかと考えてしまう。
鉄道は独占事業だ。だから運賃に国が関与するのは当然かもしれない。だが、タクシーはそうではない。そうではない以上、自由競争にすればいいのだ。私企業の事業であれば、当然利益は意識する。赤字覚悟でやるはずもないし、不当に高ければ競争に負けるだけだ。国が運賃に口を挟む理由がよくわからない。
しかも「適正な原価に適正な利潤を加えたもの」というが、国交省に「適正な原価」がわかるのだろうか?「利益」という言葉は役所の辞書にはない。当然、「原価」だってそうだ。
規制緩和の結果、タクシー業界は過当競争でアップアップの状態らしい。運転手の条件も厳しいものだという。だから「格安タクシー」など、事業者が迷惑するような業者を排除しようというのだろうか。地域によっては料金の変わるタイミングを表示して、結果的に利用者に最適料金を提示できるメーターを開発した業者も出てきているらしい。そんな格安タクシーを排除する意図は何なのだろう?
昔タクシーが独占事業に近かった時代なら規制もわかる。今は免許だけはしっかり管理し、悪徳業者が入らないことだけしっかり見ていれば、あとは自由競争でいいのではないだろうか。「既得権益を手放さない役人」と言われても仕方ないような制度に思えてならない。もっともタクシー業界の人は大喜びだろう。当然だと思っているかもしれない。国がどちらのサイドに立つべきか、は難しいところだ。
はっきりしているのは、タクシーの運ちゃんも楽ではないという事だ。いざという時は、今だったらコンビ二でバイトだろうかと思うのである・・・
今国会で、タクシー事業への規制(運賃規制)を強める特別措置法案が成立しそうだという。これが成立すると、現在決められている運賃の下限を下回る運賃は、認可されない可能性が高いという。国交省の匙加減なので「可能性が高い」という表現なのであるが、「下限を下回る運賃を認めない」というのは、それにしてもいかがなものかと考えてしまう。
鉄道は独占事業だ。だから運賃に国が関与するのは当然かもしれない。だが、タクシーはそうではない。そうではない以上、自由競争にすればいいのだ。私企業の事業であれば、当然利益は意識する。赤字覚悟でやるはずもないし、不当に高ければ競争に負けるだけだ。国が運賃に口を挟む理由がよくわからない。
しかも「適正な原価に適正な利潤を加えたもの」というが、国交省に「適正な原価」がわかるのだろうか?「利益」という言葉は役所の辞書にはない。当然、「原価」だってそうだ。
規制緩和の結果、タクシー業界は過当競争でアップアップの状態らしい。運転手の条件も厳しいものだという。だから「格安タクシー」など、事業者が迷惑するような業者を排除しようというのだろうか。地域によっては料金の変わるタイミングを表示して、結果的に利用者に最適料金を提示できるメーターを開発した業者も出てきているらしい。そんな格安タクシーを排除する意図は何なのだろう?
昔タクシーが独占事業に近かった時代なら規制もわかる。今は免許だけはしっかり管理し、悪徳業者が入らないことだけしっかり見ていれば、あとは自由競争でいいのではないだろうか。「既得権益を手放さない役人」と言われても仕方ないような制度に思えてならない。もっともタクシー業界の人は大喜びだろう。当然だと思っているかもしれない。国がどちらのサイドに立つべきか、は難しいところだ。
はっきりしているのは、タクシーの運ちゃんも楽ではないという事だ。いざという時は、今だったらコンビ二でバイトだろうかと思うのである・・・
2009年6月16日火曜日
週末レジャー
ここのところ週末に高校関連での所用が増えている。休みの日に「パパがいない」という事は、子供たちにとっても妻にとっても由々しき問題。といっても両者の意味合いは大きく違うのだが・・・
そんな私にとって、週末レジャーはポイント挽回のチャンスである。
勝負は金曜日の夜から始まる。決して疲れた顔をして帰ってはいけない。「明日どこに行くんだっけ?」などと聞いてもいけない。「用意はできてるかぁ!」ぐらいの勢いはないといけない。十数年の結婚生活で身につけた生活の知恵である。
そんな先週末の我が家は、山梨味覚狩りツァー。午前中はさくらんぼ狩り、午後はシャトレーゼの工場見学という内容。例によって鼻からさくらんぼが出てきそうなくらい食べた後、1,000円高速を利用して小淵沢のシャトレーゼ工場へ向う。
全国展開するシャトレーゼの白州工場なのであるが、なんと入場無料。尚且つ、アイスの試食付きというありがたい催しをやってくれている。小学生の娘には社会科見学も兼ね、製造工程をパパ自ら説明して進んでいく。お目当ての試食コーナーはスーパーで100円以下で売っているようなアイスばかりだが、それでも自由に食べられるから子供たちは大喜びだ。
何でこんな試みをしているのだろうか、と考えてみる。社会貢献というほどでもないから、たぶんPRなのだろう。ただで見学してアイスも食べられるとなれば、いやが上にも印象度はアップする。地元に帰った見学客が近所のシャトレーゼに足を運んでくれればそれで良し、なのだろう。従業員も慣れたもので、すれ違えば挨拶してくれるし、感じはよい。
コストと言っても目検討で試算してみると、一日5時間の公開で、来場者が車1台平均3名として1分間に1台ずつくらいのイメージで入っていたから、3人×60台×5時間=900人。一人アイス2本、原価は30%くらいとして100円×30%×900人×2本=54,000円。月間で54,000×30=1,620,000円。来場者専門の受付が3名で、月給20万円×5/8時間としても全部で1ヶ月あたり2百万円くらいのものだろうか。グループの売上からすれば、まあ安いものではないだろうか。
我が家では近所にないことからあまりシャトレーゼは利用しない。しかしながら、妻は地元大阪で、たまに利用するらしい。ママ同士の集まりでは、子供のおやつに安くて最適らしいのである。今度行ってみようかな、という気にもなるし、なかなか良い試みだと感心した。
こういう食品の生産工場は、中国に持っていくというのも難しいだろう。八ヶ岳の麓、きれいな水と広大な敷地と都会より安価な人件費。そうした条件が、うまくかの地でマッチしたのだろう。モノづくりの工場は何であれ活気があって好きである。今回はなかなか良いレジャーであった。
翌日高校関連で一人外出したが、嫌味もなく行けたのは言うまでもないのである・・・
そんな私にとって、週末レジャーはポイント挽回のチャンスである。
勝負は金曜日の夜から始まる。決して疲れた顔をして帰ってはいけない。「明日どこに行くんだっけ?」などと聞いてもいけない。「用意はできてるかぁ!」ぐらいの勢いはないといけない。十数年の結婚生活で身につけた生活の知恵である。
そんな先週末の我が家は、山梨味覚狩りツァー。午前中はさくらんぼ狩り、午後はシャトレーゼの工場見学という内容。例によって鼻からさくらんぼが出てきそうなくらい食べた後、1,000円高速を利用して小淵沢のシャトレーゼ工場へ向う。
全国展開するシャトレーゼの白州工場なのであるが、なんと入場無料。尚且つ、アイスの試食付きというありがたい催しをやってくれている。小学生の娘には社会科見学も兼ね、製造工程をパパ自ら説明して進んでいく。お目当ての試食コーナーはスーパーで100円以下で売っているようなアイスばかりだが、それでも自由に食べられるから子供たちは大喜びだ。
何でこんな試みをしているのだろうか、と考えてみる。社会貢献というほどでもないから、たぶんPRなのだろう。ただで見学してアイスも食べられるとなれば、いやが上にも印象度はアップする。地元に帰った見学客が近所のシャトレーゼに足を運んでくれればそれで良し、なのだろう。従業員も慣れたもので、すれ違えば挨拶してくれるし、感じはよい。
コストと言っても目検討で試算してみると、一日5時間の公開で、来場者が車1台平均3名として1分間に1台ずつくらいのイメージで入っていたから、3人×60台×5時間=900人。一人アイス2本、原価は30%くらいとして100円×30%×900人×2本=54,000円。月間で54,000×30=1,620,000円。来場者専門の受付が3名で、月給20万円×5/8時間としても全部で1ヶ月あたり2百万円くらいのものだろうか。グループの売上からすれば、まあ安いものではないだろうか。
我が家では近所にないことからあまりシャトレーゼは利用しない。しかしながら、妻は地元大阪で、たまに利用するらしい。ママ同士の集まりでは、子供のおやつに安くて最適らしいのである。今度行ってみようかな、という気にもなるし、なかなか良い試みだと感心した。
こういう食品の生産工場は、中国に持っていくというのも難しいだろう。八ヶ岳の麓、きれいな水と広大な敷地と都会より安価な人件費。そうした条件が、うまくかの地でマッチしたのだろう。モノづくりの工場は何であれ活気があって好きである。今回はなかなか良いレジャーであった。
翌日高校関連で一人外出したが、嫌味もなく行けたのは言うまでもないのである・・・
2009年6月13日土曜日
T4
ターミネーターシリーズの最新作「ターミネーター4(T4)」が公開される。
映画好きの私であるが、何よりもこのシリーズは大好きである。
中でも「T2」はジェームズ・キャメロンが監督し、最高傑作となった。
私の映画ベストテンには必ず入れたい作品だ。
ここで内容について詳細に触れる事はしないが、単なるアクションだけの映画ではなく、教訓あり、感動ありの内容がシナリオとしても良くできていると思う。
特にラストの工場でのシーンがいい。
自分より圧倒的に性能の良いT1000にやられて機能停止寸前までいったシュワT800が、ボロボロの体を引きずり、通用するはずのない旧式の銃を手にコナー親子を守るというミッションを果たしに向う。
機械だから諦めるという事を知らないのであるが、体が動く限りミッションを果たそうとする様は、その後様々な機会で私の脳裏をよぎる事になる。
もうだめかなって思う時に、このシーンが脳裏に浮かぶのである。
いや、まだまだとその度に思ったものである(今でもそうだ)。
学び続ける機械という位置づけもまた卓越。
車のキーの隠し場所といったささやかな事から、ジョン・コナーが教えたスラングなんかも学び、そしてそれを巧みに応用して使う。
さらにラストではその成果を感動的に表す。
今日は民放で放映していたようであるが、こうして書いているとまた観たくなってしまう。
シリーズは「T3」へと続き、それで打ち止めかと思っていたが、「T4」の登場は何とも喜ばしい。もっとも圧倒的な存在感を誇っていたアーノルド・シュワルツェネッガーは今回から出演しない。ちょっと残念な気もするが、それはそれで楽しめそうな気もする。
さらに映画版は「T5」「T6」へと続く3部作となるようである。新しいシリーズも是非期待したいところである。
映画版もさる事ながら、同時にドラマ版「ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ」としてスタートするのも嬉しい事だ。こちらは17日からケーブルTVでオンエアーされる。すでにDVDのレンタルは始まっていたようであるが、私の場合はテレビ観戦だ。どちらも必見だ。
このまま力強いシリーズとなるか失速するかはわからない。
ただ、できる事なら「T2」のようにいろいろな要素を兼ね合わせた感動アクションになればと願わずにはいられない。いくつになっても楽しみたいと思うシリーズである・・・
中でも「T2」はジェームズ・キャメロンが監督し、最高傑作となった。
私の映画ベストテンには必ず入れたい作品だ。
ここで内容について詳細に触れる事はしないが、単なるアクションだけの映画ではなく、教訓あり、感動ありの内容がシナリオとしても良くできていると思う。
特にラストの工場でのシーンがいい。
自分より圧倒的に性能の良いT1000にやられて機能停止寸前までいったシュワT800が、ボロボロの体を引きずり、通用するはずのない旧式の銃を手にコナー親子を守るというミッションを果たしに向う。
機械だから諦めるという事を知らないのであるが、体が動く限りミッションを果たそうとする様は、その後様々な機会で私の脳裏をよぎる事になる。
もうだめかなって思う時に、このシーンが脳裏に浮かぶのである。
いや、まだまだとその度に思ったものである(今でもそうだ)。
学び続ける機械という位置づけもまた卓越。
車のキーの隠し場所といったささやかな事から、ジョン・コナーが教えたスラングなんかも学び、そしてそれを巧みに応用して使う。
さらにラストではその成果を感動的に表す。
今日は民放で放映していたようであるが、こうして書いているとまた観たくなってしまう。
シリーズは「T3」へと続き、それで打ち止めかと思っていたが、「T4」の登場は何とも喜ばしい。もっとも圧倒的な存在感を誇っていたアーノルド・シュワルツェネッガーは今回から出演しない。ちょっと残念な気もするが、それはそれで楽しめそうな気もする。
さらに映画版は「T5」「T6」へと続く3部作となるようである。新しいシリーズも是非期待したいところである。
映画版もさる事ながら、同時にドラマ版「ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ」としてスタートするのも嬉しい事だ。こちらは17日からケーブルTVでオンエアーされる。すでにDVDのレンタルは始まっていたようであるが、私の場合はテレビ観戦だ。どちらも必見だ。
このまま力強いシリーズとなるか失速するかはわからない。
ただ、できる事なら「T2」のようにいろいろな要素を兼ね合わせた感動アクションになればと願わずにはいられない。いくつになっても楽しみたいと思うシリーズである・・・
2009年6月10日水曜日
ブログ
早いものでこのブログを始めて半年が過ぎた。
ブログ自体はもういくつか他にもやっているが、私の場合すべてブログは「テーマ別」にしている。
「日記代わり」に毎日あれこれ綴っている友人もいるし、当然そういうのもありだと思う。
私ももう随分昔から日記をつけている。私の場合は、日記には毎日の出来事を淡々と綴っている。主に「あの日あの時何をしていたか」を記録するためのもので、いわば「行動記録」といったものだ。人によってはその時々の感情を綴っていたりするのだろうが、私の場合は純粋な「行動記録」だ。とても人様にお見せするようなシロモノではない。
「行動記録」の場合、「去年の今頃何をしていたか」を知るのにとても役に立っているから、それはそれでそのスタイルを変える気はない。たまに読み返してみると、その時々の行動が書かれているから、「ああ、そういえばそんな事もしていたっけな」と思い起こすのにはちょうど良い。ただ、それは「普段考えている事=思考記録」にはなり得ないのが欠点だ。このブログはそれを補うために始めたのだ。人様に見られるという緊張感も良い刺激になっている。
始めてみて改めて気がついたが、「考えている事を文章にまとめる」というのは、とてもいいトレーニングだ。長すぎてもいけないし、読みにくくてもいけない。意味不明なのもいけない。普段でもふと気がつくと、「これをブログのテーマにすると・・・」と考えている事も多い。身の回りの出来事をそれとなくまとめるのは、けっこう面白い。
本当は毎日1記事、としたいところだが、他のブログもあって、残念ながら手が回らない。
当面は2~3日に1回更新、といったペースで続けたいと思っている。
そのうち別の形に進化するかもしれない。
まだ始めていない人もやってみたら面白いと思う。
とりあえずはこのペースで次の半年間続くように頑張ってみるつもりである・・・
ブログ自体はもういくつか他にもやっているが、私の場合すべてブログは「テーマ別」にしている。
「日記代わり」に毎日あれこれ綴っている友人もいるし、当然そういうのもありだと思う。
私ももう随分昔から日記をつけている。私の場合は、日記には毎日の出来事を淡々と綴っている。主に「あの日あの時何をしていたか」を記録するためのもので、いわば「行動記録」といったものだ。人によってはその時々の感情を綴っていたりするのだろうが、私の場合は純粋な「行動記録」だ。とても人様にお見せするようなシロモノではない。
「行動記録」の場合、「去年の今頃何をしていたか」を知るのにとても役に立っているから、それはそれでそのスタイルを変える気はない。たまに読み返してみると、その時々の行動が書かれているから、「ああ、そういえばそんな事もしていたっけな」と思い起こすのにはちょうど良い。ただ、それは「普段考えている事=思考記録」にはなり得ないのが欠点だ。このブログはそれを補うために始めたのだ。人様に見られるという緊張感も良い刺激になっている。
始めてみて改めて気がついたが、「考えている事を文章にまとめる」というのは、とてもいいトレーニングだ。長すぎてもいけないし、読みにくくてもいけない。意味不明なのもいけない。普段でもふと気がつくと、「これをブログのテーマにすると・・・」と考えている事も多い。身の回りの出来事をそれとなくまとめるのは、けっこう面白い。
本当は毎日1記事、としたいところだが、他のブログもあって、残念ながら手が回らない。
当面は2~3日に1回更新、といったペースで続けたいと思っている。
そのうち別の形に進化するかもしれない。
まだ始めていない人もやってみたら面白いと思う。
とりあえずはこのペースで次の半年間続くように頑張ってみるつもりである・・・
2009年6月8日月曜日
回転寿司考
我が家はみんな「寿司好き」である。何かあればちょくちょく行っている。
と言っても、行くのはいわゆる回転寿司である。
回転寿司と一言でいっても、最近はいろいろなチェーンができていて、味も20数年前のような「安かろう、まずかろう」ではない。
房総や伊豆などに旅行に行った時など、地元でも評判の回転寿司に行ったりするが、味も美味しく、今や完全に寿司業界の主流と化している。
我が家では親のお気に入りは「がってん寿司」に「銚子丸」、それに大阪の「函館市場」がトップ3である。
値段はちょっとお高め(家族4人で8,000~10,000円)ではあるが、美味しいので気に入っている。
一方、子供たちの人気はなんと言っても「くら寿司」だ。
「くら寿司」は格安系だ(家族4人で5,000円弱)。
何と親孝行な子供たちだと思われるかもしれないが、その人気には当然ながら理由がある。
それは「びっくらポン」というゲームである。
食べ終わった皿をテーブルに設置されている回収口に入れると、5皿ごとにルーレットが回る。
当たればガチャガチャのようなおもちゃが出てくるという仕組みだ。
子供たちはこれをやりたがる。
そしてこれはとても優れたシステムでもある。
回転寿司では「食べ終わった皿を数える」という作業がある。
「がってん寿司」他トップ3では、皿ごとに値段が異なるため、数えるのも大変だ。
それをお客に楽しみながらやらせてしまうのだ。
一皿すべて100円にする事でそれを可能にしている。
更に最後に4皿残ったとすると、子供たちはもう一回やりたがるので必然的に一皿よけいに食べる事になる。薄利多売型ビジネスでは、「ついで買い」の誘発は必須であるが、この「あと一皿」を食べさせるところがよくできている。オーダーもタッチパネルでスムーズである。この点でも同じ格安系の「あきんどスシロー」が、インターフォンのオーダー方式なのに比べると、繁忙時にインターフォンの応答が遅れるという客のストレスを回避するもので、やっぱり優れている。上場して集めた資金をうまく知恵を活かした設備投資に活用して、顧客の支持を集めているようである。
週末ともなればどこの回転寿司も大混雑である。この回転寿司の登場ですしを頻繁に食べられるようになり、日本の寿司文化の発展に回転寿司の果たす役割は大きくなっていると言える。我が家も子供が小さいうちは銀座の寿司屋でにぎりを食べるなんて夢のまた夢(大きくなってついて来られたらよけいたまらないが・・・)。当分の間は回転寿司のお世話になる予定である。
美味しいものをより安く提供していただけるよう、各チェーンには頑張ってもらいたいと思うのである・・・
2009年6月7日日曜日
同期会2
♪あのころの未来に僕らは立っているのかなぁ
すべてが思うほどうまくはいかないみたいだ
このままどこまでも日々はつづいていくのかなぁ
雲のない星空がマドの向こうに続いてる
あれから僕たちは何かを信じてこれたかなぁ
夜空の向こうには明日がもう待っている♪
すべてが思うほどうまくはいかないみたいだ
このままどこまでも日々はつづいていくのかなぁ
雲のない星空がマドの向こうに続いてる
あれから僕たちは何かを信じてこれたかなぁ
夜空の向こうには明日がもう待っている♪
夜空ノムコウ
******************************************************************************
楽しみにしていた同期会が終わった。過ぎてしまえばあっという間。しかし150名という人数もやっぱりよく集まったと言えるのではないかと思う。来てくれた人達は本当にありがたい。それだけのニーズもあるという事だろうが、集まってもらえなければ何にもならないだけにやっぱりありがたい。一部の「熱意ある幹事」に支えられていたがゆえに、自称「熱意の薄い幹事」でもそこそこ達成感を得られたのであるが、こういった仲間の存在はありがたいものである。
高校を卒業して26年。
クラスメイトの一人がしみじみと呟いた。
「おれ達、平均寿命からいえばもう人生の半分過ぎたんだよな」
確かにそれは言えている。
だが、「もう」と考えるか「まだ」と考えるか、その差は大きい。
26年という月日はやっぱり長い。さっきまで昔のように不謹慎な話をしていた奴が、子供の教育になると途端真面目に悩める現実を語りだす。そこかしこでメタボリックボディが躍動する。わずかな面影を頼りに引き出しの奥底から記憶を取り出してきて埃を払う。
憧れの彼女と26年の時を経てようやく撮ったツーショットを自慢気に見せる友。
自分はみんなの目にどんな風に映っているのだろう。
一番の売り物は懐かしい高校時代のシーンを集めたスライドショーであった。
事前に見て感激していたが、初めて見たみんなが歓声を上げるたびにみんな同じ思いである事を知った。お土産にスライドを納めたDVDをもらった。この上なく貴重なお土産だ。こんなお土産はめったにもらえるものでもない。
帰りの電車では酔いの勢いで一駅乗り過ごしてしまった。
終電の時間を過ぎてしまい、戻る電車はもうない。
寝静まった深夜の住宅街は幸せなほろ酔い気分で歩くのには心地良い。
スライドショーの事を思い出した。
映し出された26年前の自分たちは、今から見ると純粋だ。
SMAPの「夜空ノムコウ」のフレーズが蘇る。
あの頃、45歳の自分など想像もしていなかった。
あの頃の自分が今の自分を見たら何て思うだろう。
「もうちょっと何とかしろよ」と言われそうな気もする。
自分の人生は「まだ」半分だ。
あの頃の自分に恥じないような人生をこれからも送りたい。
そしてそれは同期のみんなと関わりあうものでありたい。
また次回を楽しみにしたいと思うのである・・・
2009年6月5日金曜日
同期会1
高校の時の同期会が明日に迫った。
3年半前に初めて卒業後同期が一堂に会した。
今回は2回目の開催となる。
大体150名ほど集まりそうである。
150という数字は分母の約390に比べて多いのか少ないのかは微妙だ。
私も幹事の一人である。
もともとが幹事などという柄ではない。
だが、ひょんなことから幹事を引き受け、「頼まれれば断らない」「引き受けた以上はきっちりとやる」という信念に従ってやっているだけだ。
他のクラス幹事の中には万年幹事もいる。
それだけの奉仕精神には頭が下がるばかりで、どちらかと言えば熱意の薄い幹事としては引け目を感じるところである。
ところで、今回の参加者の顔ぶれを見ると前回と同じような顔ぶれだ。
それは簡単な理屈で、こういった集まりに来る人は来るし、来ない人は来ないのだ。
もちろん、その時々で都合が悪かったり、遠方にいたりというケースもあるだろう。
だが、そういう不都合がなかったとしても、やっぱり来ない人は来ない。
来ない理由は想像するしかない。乏しい想像力を駆使してみると、やはり高校の3年間をどう過ごしたかが大きいのではないかと思う。楽しい思い出が多ければ、それに触れたいと思うのは人情で、そういうつながりを求めて集まってくるのだと思う。来ない人にはそれがないのかもしれない。
実際、私も大学の時のクラスの集まりには参加していない。
毎度誘われるたびに、適当に口実を設けて断っている。
大学時代はラクビーが中心で、加えるならばゼミであって、その集まりにならば参加するが、クラスメートとは当時からソリが合わず、どちらかと言えば上辺だけの付き合いであった。
だから、懐かしくて会いたいなどという感情は湧いてこない。
同じような理由で同期会に出てこないとしたならば、その気持ちは良くわかる。
ただ、3年間も過ごした結果がそれならば寂しい気もする。
また、自分の境遇と同期のそれとを比べて引け目を感じる、という事もあるかもしれない。
高校の時はほとんどみんな横一線であるが、卒業して20年以上も経てば自ずと境遇は違ってくる。
その差を意識してしまうという事もあるかもしれない。
それも自分自身引け目として感じる事もあり、わからなくもない。
来る者来ない者それぞれであるが、明日は司会も兼ねているし、みんなに楽しんでもらい、自らも楽しみたい。そんな思いの同期会前夜なのである・・・
3年半前に初めて卒業後同期が一堂に会した。
今回は2回目の開催となる。
大体150名ほど集まりそうである。
150という数字は分母の約390に比べて多いのか少ないのかは微妙だ。
私も幹事の一人である。
もともとが幹事などという柄ではない。
だが、ひょんなことから幹事を引き受け、「頼まれれば断らない」「引き受けた以上はきっちりとやる」という信念に従ってやっているだけだ。
他のクラス幹事の中には万年幹事もいる。
それだけの奉仕精神には頭が下がるばかりで、どちらかと言えば熱意の薄い幹事としては引け目を感じるところである。
ところで、今回の参加者の顔ぶれを見ると前回と同じような顔ぶれだ。
それは簡単な理屈で、こういった集まりに来る人は来るし、来ない人は来ないのだ。
もちろん、その時々で都合が悪かったり、遠方にいたりというケースもあるだろう。
だが、そういう不都合がなかったとしても、やっぱり来ない人は来ない。
来ない理由は想像するしかない。乏しい想像力を駆使してみると、やはり高校の3年間をどう過ごしたかが大きいのではないかと思う。楽しい思い出が多ければ、それに触れたいと思うのは人情で、そういうつながりを求めて集まってくるのだと思う。来ない人にはそれがないのかもしれない。
実際、私も大学の時のクラスの集まりには参加していない。
毎度誘われるたびに、適当に口実を設けて断っている。
大学時代はラクビーが中心で、加えるならばゼミであって、その集まりにならば参加するが、クラスメートとは当時からソリが合わず、どちらかと言えば上辺だけの付き合いであった。
だから、懐かしくて会いたいなどという感情は湧いてこない。
同じような理由で同期会に出てこないとしたならば、その気持ちは良くわかる。
ただ、3年間も過ごした結果がそれならば寂しい気もする。
また、自分の境遇と同期のそれとを比べて引け目を感じる、という事もあるかもしれない。
高校の時はほとんどみんな横一線であるが、卒業して20年以上も経てば自ずと境遇は違ってくる。
その差を意識してしまうという事もあるかもしれない。
それも自分自身引け目として感じる事もあり、わからなくもない。
来る者来ない者それぞれであるが、明日は司会も兼ねているし、みんなに楽しんでもらい、自らも楽しみたい。そんな思いの同期会前夜なのである・・・
2009年6月3日水曜日
誕生日に思う
あなたが生まれた時
周りの人は笑って
あなたは泣いていたでしょう
だからあなたが死ぬ時は
あなたが笑って
周りの人が泣くような人生を送りなさい
一昨日誕生日を迎えた。
もういまさら誕生日だからといって特別な感慨もない。
ただ、自分のあり方をいろいろと見つめ直すにはいい機会なのかもしれない。
朝、鏡に向って髭を剃りながらふと考えた。
鏡に映っている男は、誰かの子供であり、誰かの夫であり、誰かの親であり、また誰かの友人であり、同僚であり、その他であるわけである。
果たして、そういう誰かにとって自分は何がしかの意味を持っているのだろうか、と。
親は自分が息子であって良かったと思っているのだろうか。
妻は自分と結婚して良かったと思っているのだろうか。
子供はこういう父親で良かったと思っているのだろうか。
友人や同僚やその他の人達は自分と知り合えて良かったと思っているのだろうか。
20代前半の頃はまさにこの世は我が世とでもいうべき心境であった。
自分の思う通りに生きていた。
あちこちで随分と対立もあった。
その対立の中で自分自身を貫く事が、むしろ心地良かった。
対立を苦に思わなかったのも事実である。
意識が変わったのは恋愛経験だろうか?
自分が好きなだけでは通用しない、相手に好きになってもらえるようになるためにはどうしたらいいのだろうか、と考えるようになった。
「あなたがすべてをかけて愛する人がいるならば、僕はその人のようになりたい」
そんな心境になった。
どのような人ならば、それに相応しいのだろうか?
初めてそんな風に考えるようになった。
そういう考えを持つに至ったきっかけとしてはいい経験だったが、あとに残った傷跡はあまりにも大きかった。
今は、「関わりあった人を少しでも幸せな気分にさせられるような存在でありたい」と考えている。
といっても人の顔色を伺って生きるのとは違う。
自分の思い通りに生きる快感と誰かが喜んでいるのを見る快感とを比較すると、後者の方が心地よく感じるようになってきたのだと言える。
マザー・テレサではないので、すべての人にというのは無理がある。
だけどほんの身の回りの人だけなら多少はできるに違いない。
もういい年だし、せめてそのくらいの人物ではありたいと思うのである・・・
周りの人は笑って
あなたは泣いていたでしょう
だからあなたが死ぬ時は
あなたが笑って
周りの人が泣くような人生を送りなさい
村枝賢一
***************************************************************************************
一昨日誕生日を迎えた。
もういまさら誕生日だからといって特別な感慨もない。
ただ、自分のあり方をいろいろと見つめ直すにはいい機会なのかもしれない。
朝、鏡に向って髭を剃りながらふと考えた。
鏡に映っている男は、誰かの子供であり、誰かの夫であり、誰かの親であり、また誰かの友人であり、同僚であり、その他であるわけである。
果たして、そういう誰かにとって自分は何がしかの意味を持っているのだろうか、と。
親は自分が息子であって良かったと思っているのだろうか。
妻は自分と結婚して良かったと思っているのだろうか。
子供はこういう父親で良かったと思っているのだろうか。
友人や同僚やその他の人達は自分と知り合えて良かったと思っているのだろうか。
20代前半の頃はまさにこの世は我が世とでもいうべき心境であった。
自分の思う通りに生きていた。
あちこちで随分と対立もあった。
その対立の中で自分自身を貫く事が、むしろ心地良かった。
対立を苦に思わなかったのも事実である。
意識が変わったのは恋愛経験だろうか?
自分が好きなだけでは通用しない、相手に好きになってもらえるようになるためにはどうしたらいいのだろうか、と考えるようになった。
「あなたがすべてをかけて愛する人がいるならば、僕はその人のようになりたい」
そんな心境になった。
どのような人ならば、それに相応しいのだろうか?
初めてそんな風に考えるようになった。
そういう考えを持つに至ったきっかけとしてはいい経験だったが、あとに残った傷跡はあまりにも大きかった。
今は、「関わりあった人を少しでも幸せな気分にさせられるような存在でありたい」と考えている。
といっても人の顔色を伺って生きるのとは違う。
自分の思い通りに生きる快感と誰かが喜んでいるのを見る快感とを比較すると、後者の方が心地よく感じるようになってきたのだと言える。
マザー・テレサではないので、すべての人にというのは無理がある。
だけどほんの身の回りの人だけなら多少はできるに違いない。
もういい年だし、せめてそのくらいの人物ではありたいと思うのである・・・
2009年6月1日月曜日
幼稚園にて2
「お父さんに紙芝居読んでほしい人?」
という先生の問い掛けに元気良く、真っ先に答えた我が息子。
かくしてみんなの前で紙芝居を読むハメになってしまった。
何を隠そう、我が家では近所の図書館から紙芝居を借りてきては子供に読んでやっている。
まさか断るわけにもいかないし、ここは一つ腹を括るしかない。
全部で12枚の紙芝居。
最初のお父さんが前半6枚。
私が後半6枚の担当。
紙芝居は子供たちが大好きなアンパンマンである。
最初のお父さんはほとんど義務で読んでいる感じで、棒読みであった。無理もない。子供だけならまだしも、周りにはほとんど初対面に近い20数名のお父さんがずらりと視線を向けてきているのである。でも読み方にもあんまり抑揚がないと、ほら前の子は後を向いて自分のお父さんに手を振ったりしている。
そうして私の番になる。
家ではいろいろとアクションやアドリブをつけて読んでいる。
本当はいつも我が家でやっているようにやりたかった。
「みんな、この次どうなると思う?」とか、
「アンパンマンはこのままやられちゃうのかな?」とか、
「みんなでアンパンマンを応援しよう!」とか・・・
だが、如何せん、元が恥かしがり屋の私である。
あんまり力入れすぎて、「何あれ?」と思われるのもなぁ、と考えてしまう。
知り合いであればできるが、何分、知らない人ばかりだし・・・
そこで登場人物によってちょっと声音を変えたりとか、バイキンマンの得意のフレーズ、「はひふへほ~」だけは面白おかしくやったりとかに留めた。
その効果か、子供たちはみんなキラキラする目でこっちを向いていたし、後を向いて手を振る子もいなかった。まずまずの出来栄えだと自己採点。
幼稚園の世界ではお父さんに名前はない。
「○○ちゃんのお父さん」だし、○○ちゃんと言ってもわからなければ、何か特徴的な事で呼ばれる事になる。長女の幼稚園時代には、運動会で頑張りすぎてリレーでコケたお父さんがいた。そのお父さんはそれ以後ずっと「運動会でコケたおとうさん」と言われている。今回、あまり烈しくやると「紙芝居のお父さん」になってしまうと危惧していたのだが、それは避けられたのではないかと密かには思う。
それでも終わってみれば、せっかくの機会だし、本当はもっとちゃんといつものようにやりたかった、と思ったりする。ついついワンマンショーをやりたがる性格でもあって、今度は交代ではなく一人で全部やらせてほしいな、などと思ったりしているのである。
果たして次の機会はあるのだろうかと、ちょっと期待しながら思うのである・・・
という先生の問い掛けに元気良く、真っ先に答えた我が息子。
かくしてみんなの前で紙芝居を読むハメになってしまった。
何を隠そう、我が家では近所の図書館から紙芝居を借りてきては子供に読んでやっている。
まさか断るわけにもいかないし、ここは一つ腹を括るしかない。
全部で12枚の紙芝居。
最初のお父さんが前半6枚。
私が後半6枚の担当。
紙芝居は子供たちが大好きなアンパンマンである。
最初のお父さんはほとんど義務で読んでいる感じで、棒読みであった。無理もない。子供だけならまだしも、周りにはほとんど初対面に近い20数名のお父さんがずらりと視線を向けてきているのである。でも読み方にもあんまり抑揚がないと、ほら前の子は後を向いて自分のお父さんに手を振ったりしている。
そうして私の番になる。
家ではいろいろとアクションやアドリブをつけて読んでいる。
本当はいつも我が家でやっているようにやりたかった。
「みんな、この次どうなると思う?」とか、
「アンパンマンはこのままやられちゃうのかな?」とか、
「みんなでアンパンマンを応援しよう!」とか・・・
だが、如何せん、元が恥かしがり屋の私である。
あんまり力入れすぎて、「何あれ?」と思われるのもなぁ、と考えてしまう。
知り合いであればできるが、何分、知らない人ばかりだし・・・
そこで登場人物によってちょっと声音を変えたりとか、バイキンマンの得意のフレーズ、「はひふへほ~」だけは面白おかしくやったりとかに留めた。
その効果か、子供たちはみんなキラキラする目でこっちを向いていたし、後を向いて手を振る子もいなかった。まずまずの出来栄えだと自己採点。
幼稚園の世界ではお父さんに名前はない。
「○○ちゃんのお父さん」だし、○○ちゃんと言ってもわからなければ、何か特徴的な事で呼ばれる事になる。長女の幼稚園時代には、運動会で頑張りすぎてリレーでコケたお父さんがいた。そのお父さんはそれ以後ずっと「運動会でコケたおとうさん」と言われている。今回、あまり烈しくやると「紙芝居のお父さん」になってしまうと危惧していたのだが、それは避けられたのではないかと密かには思う。
それでも終わってみれば、せっかくの機会だし、本当はもっとちゃんといつものようにやりたかった、と思ったりする。ついついワンマンショーをやりたがる性格でもあって、今度は交代ではなく一人で全部やらせてほしいな、などと思ったりしているのである。
果たして次の機会はあるのだろうかと、ちょっと期待しながら思うのである・・・
2009年5月31日日曜日
幼稚園にて1
長男の幼稚園参観があった。
お父さんを意識してのものだと思うが、お母さんも1~2割程度いる。
兄弟がそろって園児だったり、日曜とはいえお父さんは仕事だったり、やっぱりいろいろ事情はあるのだろう。
最初に園庭で体操したり、親子ゲームをしたりとなかなか園も考えてくれている。
続いて室内に入り、みんなでご挨拶をし先生が出欠を取る。
声の小さい子もいるなかで、我が子は手をはっきりと上げて大きな声で返事をしていた。
親ばかではないがちょっとばかり頼もしく思う。
元気な歌も披露してくれた。
先生も伴奏を間違えたところを見ると緊張していたのかもしれない。
先生といっても20代前半の新卒の若い女性だ。
おじさんたちに囲まれていれば、それも無理はない。
親子で工作になると今度はこちらが緊張する番だ。
なにせ工作の類は大の苦手なのだ。
日曜大工なんて言葉は我が家の辞書には載っていない。
それでもさすがに幼稚園レベルであれば、なんとか様にはなるものである。
父親の面目を失うような事にはならず、ほっと一息である。
最後の紙芝居の頃は緊張も解けていた。
「ではお父さんに紙芝居を読んでもらいましょう!」と先生が言う。
子供たちは大賛成。
周りの大人たちは、みんな心なしかうつむいている。
それを観察する余裕が、自分にはあった。
「どなたか読んでいただける人?」と先生が尋ねる。
先ほどとは立場が逆転。
「誰に当てようかしら」と先生は、俯くお父さんたちを前に逆に楽しんでいるような感じもする。
女の子のお父さんがまず指名された。
「残りは男の子のお父さんにしましょう」と先生が言う。
「男の子の中で、お父さんに読んでほしい人?」と先生が言った。
その刹那、嫌な予感が体を走り抜ける。
「はあ~い!」
と一人元気よく、天にも届く勢いで手を上げた子がいた。
それはとっても微笑ましい姿だ。
その場に居合わせた者であれば、誰だってきっとその子を指名するであろう。
そして先生も当然の事ながらその子を指名した。
改めて確認するまでもない、それは紛れもなく我が子であった。
およそくじ引きの類やビンゴではほとんど当たったことなどないと言うのに、こういう時だけは当たるのである。
「はい、では○○君のお父さん、お願いします!」
先生の勝ち誇ったような、活き活きとした表情が何とも言えず恨めしかった・・・
お父さんを意識してのものだと思うが、お母さんも1~2割程度いる。
兄弟がそろって園児だったり、日曜とはいえお父さんは仕事だったり、やっぱりいろいろ事情はあるのだろう。
最初に園庭で体操したり、親子ゲームをしたりとなかなか園も考えてくれている。
続いて室内に入り、みんなでご挨拶をし先生が出欠を取る。
声の小さい子もいるなかで、我が子は手をはっきりと上げて大きな声で返事をしていた。
親ばかではないがちょっとばかり頼もしく思う。
元気な歌も披露してくれた。
先生も伴奏を間違えたところを見ると緊張していたのかもしれない。
先生といっても20代前半の新卒の若い女性だ。
おじさんたちに囲まれていれば、それも無理はない。
親子で工作になると今度はこちらが緊張する番だ。
なにせ工作の類は大の苦手なのだ。
日曜大工なんて言葉は我が家の辞書には載っていない。
それでもさすがに幼稚園レベルであれば、なんとか様にはなるものである。
父親の面目を失うような事にはならず、ほっと一息である。
最後の紙芝居の頃は緊張も解けていた。
「ではお父さんに紙芝居を読んでもらいましょう!」と先生が言う。
子供たちは大賛成。
周りの大人たちは、みんな心なしかうつむいている。
それを観察する余裕が、自分にはあった。
「どなたか読んでいただける人?」と先生が尋ねる。
先ほどとは立場が逆転。
「誰に当てようかしら」と先生は、俯くお父さんたちを前に逆に楽しんでいるような感じもする。
女の子のお父さんがまず指名された。
「残りは男の子のお父さんにしましょう」と先生が言う。
「男の子の中で、お父さんに読んでほしい人?」と先生が言った。
その刹那、嫌な予感が体を走り抜ける。
「はあ~い!」
と一人元気よく、天にも届く勢いで手を上げた子がいた。
それはとっても微笑ましい姿だ。
その場に居合わせた者であれば、誰だってきっとその子を指名するであろう。
そして先生も当然の事ながらその子を指名した。
改めて確認するまでもない、それは紛れもなく我が子であった。
およそくじ引きの類やビンゴではほとんど当たったことなどないと言うのに、こういう時だけは当たるのである。
「はい、では○○君のお父さん、お願いします!」
先生の勝ち誇ったような、活き活きとした表情が何とも言えず恨めしかった・・・
2009年5月30日土曜日
ビートルズ
私はビートルズ世代からは一世代あとの世代である。ちょうど洋楽に感心を持って、ビートルズに触れた頃はすでに解散から5~6年経っていた。
いつも何かと影響を受けていた一つ年上の従兄弟が聴き始めたのに影響されたのである(ちなみに酒もタバコもこの従兄弟に教えてもらったのである)。
英語の歌詞の意味なんてろくにわからず、耳障りの良さだけに惹かれたところが大きい。
それに英語の歌を聴くなんて、何だか大人びた気分になれたところもある。
今でも耳にするとついつい聞き入ってしまう。
実際わりと耳にする機会も多い。
コムサの店舗に行くといつもBGMはビートルズである。社長が好きなのかなと思うのであるが、ここだと妻のいつ終わるともしれない買い物に付き合っていても苦にならない。逆に好きな曲のところで、「お待たせ」なんて言われると「ちょっと待て」と言ってしまうほどだ。そんな世代を意識しての選曲なのであろうか・・・
ビートルズの4人のメンバーでは何といってもジョン・レノンの人気が高いように思う。
それだけの魅力はあると思うのであるが、私はずっとポール・マッカートニー派である。
どこがと言われると難しいが、あえて言うのであればビートルズの曲のうち好きな曲はポールの歌うものが多かったから、と言える。私の感性に合うといってもいいかもしれない。
「エリナー・リグビー」、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」、「ヘイ・ジュード」、「レット・イット・ビー」、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」・・・
曲名を上げていったらきりがない。そして解散後も長くヒット曲を生み出していたし、大好きな007の主題歌(「死ぬのは奴らだ」)になったりもした。一番ビートルズらしかったと思うからだ。とにかく、そんな単純な理由だ。
そして好きな曲はとなるとこれはもう答えにくい。よくマイナーな曲を上げる人も多いが、私はオーソドックスに「レット・イット・ビー」などの大ヒット曲をあげたい。だが、アルバム「アビーロード」の後半のメドレーなんかは大好きであるから、これも実はきりがない。歌詞を知って好きになったのは「イン・マイ・ライフ」。ジョン・レノンの歌うものは歌詞が気に入ったりする。やっぱりカリスマ的存在になるのもわかる気がする。
音楽界には次々と新しいアーティストが登場する。
最近はあまり新しい音楽も聴かなくなってきた。
新しい音楽に触れる一番の機会だったカーラジオも今は「嵐」か童謡だ。
しばらくは仕方がないかもしれない。
それゆえにビートルズのサウンドが心地良いのであろう。
もう新曲を聴く事はできないが、いつまでも楽しみたいと思うのである・・・
英語の歌詞の意味なんてろくにわからず、耳障りの良さだけに惹かれたところが大きい。
それに英語の歌を聴くなんて、何だか大人びた気分になれたところもある。
今でも耳にするとついつい聞き入ってしまう。
実際わりと耳にする機会も多い。
コムサの店舗に行くといつもBGMはビートルズである。社長が好きなのかなと思うのであるが、ここだと妻のいつ終わるともしれない買い物に付き合っていても苦にならない。逆に好きな曲のところで、「お待たせ」なんて言われると「ちょっと待て」と言ってしまうほどだ。そんな世代を意識しての選曲なのであろうか・・・
ビートルズの4人のメンバーでは何といってもジョン・レノンの人気が高いように思う。
それだけの魅力はあると思うのであるが、私はずっとポール・マッカートニー派である。
どこがと言われると難しいが、あえて言うのであればビートルズの曲のうち好きな曲はポールの歌うものが多かったから、と言える。私の感性に合うといってもいいかもしれない。
「エリナー・リグビー」、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」、「ヘイ・ジュード」、「レット・イット・ビー」、「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」・・・
曲名を上げていったらきりがない。そして解散後も長くヒット曲を生み出していたし、大好きな007の主題歌(「死ぬのは奴らだ」)になったりもした。一番ビートルズらしかったと思うからだ。とにかく、そんな単純な理由だ。
そして好きな曲はとなるとこれはもう答えにくい。よくマイナーな曲を上げる人も多いが、私はオーソドックスに「レット・イット・ビー」などの大ヒット曲をあげたい。だが、アルバム「アビーロード」の後半のメドレーなんかは大好きであるから、これも実はきりがない。歌詞を知って好きになったのは「イン・マイ・ライフ」。ジョン・レノンの歌うものは歌詞が気に入ったりする。やっぱりカリスマ的存在になるのもわかる気がする。
音楽界には次々と新しいアーティストが登場する。
最近はあまり新しい音楽も聴かなくなってきた。
新しい音楽に触れる一番の機会だったカーラジオも今は「嵐」か童謡だ。
しばらくは仕方がないかもしれない。
それゆえにビートルズのサウンドが心地良いのであろう。
もう新曲を聴く事はできないが、いつまでも楽しみたいと思うのである・・・
2009年5月28日木曜日
I love吉牛
仕事で外出する。昼食時に重なると、当然外でランチとなる。
そんな時、月に1~2度は必ず吉野家へ向う。
そんな私は吉野家の牛丼好きである。
たぶん、中毒と言っても過言ではない。
牛丼なら松屋でもランプ亭でもなか卯でもあるのである。だが、味が違う。ビールのテイスティングはできなくても牛丼ならできる(吉野家とそれ以外という意味で、である)。アメリカ産牛肉とたまねぎとご飯の絶妙のコンビネーションが、他のチェーンのそれとは一味もふた味も違うのである。
ただいま研究中の「究極のメニュー」に加えるべきかどうか、迷うところではあるが、他のメニューとの優劣からするとちょっと入れ難い。ただし、丼モノとしてはカツ丼と天丼とでベスト3を形成する。究極の丼モノではある。
独身時代は週末の土日のどちらかのランチは必ず吉牛であった。
結婚するとなかなかそうもいかないので、今はもっぱら平日の外出時にふらっと寄ったりするのが唯一の機会だ。月1~2回程度に減ったとはいえ、1ヶ月以上も食べないと禁断症状が出てくる。そろそろ、と思うとわざわざ昼に重なるようにアポを入れるときもある。
そんな有り様だからBSE騒動の時は本当に辛かった。
耐え切れずに松屋やなか卯で牛丼を食べたが、味の違いに逆にフラストレーションが溜まってしまった。しかしあの時、あくまでも米国産の牛肉にこだわり、妥協する事なくそれを貫き通し、最大の経営危機を、単品経営を捨てるという英断で乗り切った姿勢はさすがである。あの時も、オーストラリア産牛肉で「これも吉野家の味」といって凌ぐ方法もあったはず。それをせずに、主力商品を引っ込めて他のメニューを開発した決断力は素晴らしい。
企業だから当然、儲けて存続しなければならない。
唯一の商品がなくなるという危機に、変えるべきは味かメニューかの選択をしたわけである。
そうしたこだわりは見習いたいところである。
自らのアイデンティティーとして「変えられないもの」、「変えたくないもの」、辛くても歯を食いしばって「守るべきものは守る」という哲学は個人にでも十分当てはまる。
大事なものを諦めてしまった事をいまだに後悔している身としては、一本筋が通っている事の大切さを感じずにはいられない。
その心意気に応えるべく、牛丼がない時期に豚丼も随分食べた。
BSE騒動が収束に向いつつある時、一日限定の牛丼復活があった。
その日は休みだったから、当然食べに行った。
家で宣言をしたら、妻には鼻でふふんとあしらわれたが、娘が「一緒に行く」と言ってくれた。
まだ幼い娘が一人付き合ってくれ、親子で吉牛の復活を祝った。
それは懐かしい味であり、待ち焦がれた味であった。
「食べたい時にいつでも食べられる」というのは、牛丼に限らず本当に幸せな事である。
この飽食の時代にそれを実感できた体験は貴重だ。
たかが牛丼、されど牛丼。
いつでもどこの店舗でも味わえる素晴らしさ。
これからも吉牛にはお世話になりたいと思うのである・・・
2009年5月25日月曜日
ファッション
男の第3の価値は「言葉」であり、
第2の価値は「行動」であり、
第1の価値は何より「生きる姿勢」である
恥ずかしい話であるが、私はどうにもファッションセンスに乏しいようである。
洗濯をしていない薄汚れた服を平気で着る、という事こそないものの、流行遅れだったりパッとしないしょぼいものだったりという事はままあったらしい(「らしい」というところが肝なのである)。何度か人に指摘されたし、普通そういう事はあまり指摘しないものだと考えると、それ以上の冷たい視線は何度も注がれていたに違いない。
今でも覚えているのは、大学に入って間もなくの事、ラグビー部の部室で着替えようとしていたら、先輩が私の穿いていたジーンズを指差し、「それってラッパずぼんか?」と驚いて尋ねてきたことだ。かつて大好きだったテレビドラマ「俺達の旅」で中村雅俊演じる主人公が穿いていたベルボトム。憧れのスタイルであったのであるが、当時はすでに流行遅れになっていたのだ。それを全く知らず、しかも指摘されたのが、部内でもっともオッサンくさいと言われていたK先輩だったのがもの凄くショックであった。
社会人1年目の時も同じような指摘を同僚の女性から遠まわしに、そしてやんわりとされた。
女性からの指摘というものも年頃の身の上にはこたえるものである。
そして妻にも・・・
妻に対しては、そんなにセンスが悪いとバカにするなら東京にまで追いかけてくる事はなかったではないか、と逆襲を試みた事がある。妻の回答は、「最悪、服は変えさせれば何とかなると思うたんや」であった。あっさりと返り討ちにあった。まあ、間接的にではあるが、中味は認められたわけなので前向きに受け取ればいいのかもしれないが・・・
男は中味だ。
そう思い込むようにして体を鍛えてきたせいか、ファッションという苦手分野から逃げてきたのも事実である。しかし、結婚してからお気に入りのトレーナーなんかは何枚も捨てられたし、外出時着用禁止を出されたりしたのは切なかった。今でも「家の周り500メートル以内専用」とか「室内限定」の服はあるし、一緒にちょっとしたお出かけの時に、「その格好で行くの?(語尾が下がるのだ)」と言われないか冷や冷やする時がある。
そんな我が家は、今週末は子供の幼稚園の父兄参観。
昨日はそのための服を買いに行くハメになった。
もちろん、一人でなど行かせてもらえない。
服装に関しては完全に禁治○者扱いである。
と言ってもレジに商品を持って行って支払いをする事だけは許されているから準禁治○者だろうか?
今までは無関心でいたこの分野。
これまで頼りにしてきた肉体美ももはや遠い過去の栄光。
それに妻が私の服を選ぶより子供の服を選ぶ時間の方が、最近は長くなってきたように感じる。
そろそろ自立すべき時が来たのかもしれない。
少しずつ感心を持つところから始めようかと思うこの日この頃である・・・
第2の価値は「行動」であり、
第1の価値は何より「生きる姿勢」である
里中満智子
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恥ずかしい話であるが、私はどうにもファッションセンスに乏しいようである。
洗濯をしていない薄汚れた服を平気で着る、という事こそないものの、流行遅れだったりパッとしないしょぼいものだったりという事はままあったらしい(「らしい」というところが肝なのである)。何度か人に指摘されたし、普通そういう事はあまり指摘しないものだと考えると、それ以上の冷たい視線は何度も注がれていたに違いない。
今でも覚えているのは、大学に入って間もなくの事、ラグビー部の部室で着替えようとしていたら、先輩が私の穿いていたジーンズを指差し、「それってラッパずぼんか?」と驚いて尋ねてきたことだ。かつて大好きだったテレビドラマ「俺達の旅」で中村雅俊演じる主人公が穿いていたベルボトム。憧れのスタイルであったのであるが、当時はすでに流行遅れになっていたのだ。それを全く知らず、しかも指摘されたのが、部内でもっともオッサンくさいと言われていたK先輩だったのがもの凄くショックであった。
社会人1年目の時も同じような指摘を同僚の女性から遠まわしに、そしてやんわりとされた。
女性からの指摘というものも年頃の身の上にはこたえるものである。
そして妻にも・・・
妻に対しては、そんなにセンスが悪いとバカにするなら東京にまで追いかけてくる事はなかったではないか、と逆襲を試みた事がある。妻の回答は、「最悪、服は変えさせれば何とかなると思うたんや」であった。あっさりと返り討ちにあった。まあ、間接的にではあるが、中味は認められたわけなので前向きに受け取ればいいのかもしれないが・・・
男は中味だ。
そう思い込むようにして体を鍛えてきたせいか、ファッションという苦手分野から逃げてきたのも事実である。しかし、結婚してからお気に入りのトレーナーなんかは何枚も捨てられたし、外出時着用禁止を出されたりしたのは切なかった。今でも「家の周り500メートル以内専用」とか「室内限定」の服はあるし、一緒にちょっとしたお出かけの時に、「その格好で行くの?(語尾が下がるのだ)」と言われないか冷や冷やする時がある。
そんな我が家は、今週末は子供の幼稚園の父兄参観。
昨日はそのための服を買いに行くハメになった。
もちろん、一人でなど行かせてもらえない。
服装に関しては完全に禁治○者扱いである。
と言ってもレジに商品を持って行って支払いをする事だけは許されているから準禁治○者だろうか?
今までは無関心でいたこの分野。
これまで頼りにしてきた肉体美ももはや遠い過去の栄光。
それに妻が私の服を選ぶより子供の服を選ぶ時間の方が、最近は長くなってきたように感じる。
そろそろ自立すべき時が来たのかもしれない。
少しずつ感心を持つところから始めようかと思うこの日この頃である・・・
2009年5月23日土曜日
開かずの踏み切り
その日、私は仕事で早朝から武蔵小金井にいた。いつもと違う街の通勤風景を眺めながら、駅の横の踏切を渡ろうとしていた。目の前をすし詰めの通勤電車が通り過ぎる。
そして遮断機がゆっくりと・・・・・・
上がらない!
次の列車が近づいている事を知らせるランプとともに、踏み切りは鳴り続ける。
すぐそこにホームがある。
乗降客の様子が見える。
再び、電車を見送ると・・・
次の列車が近づいている事を知らせるランプとともに、踏み切りは鳴り続ける。
すぐそこにホームがある。
乗降客の様子が見える。
再び、電車を見送ると・・・
次の電車が近づいている。
遮断機は上がらない。
どうやら開かずの踏切らしい。
駅に電車が近づくと遮断機が下りる。
電車は静かにホームに入り、ドアが開いて乗客が乗り降りする。
電車が発車し、踏み切りを通り過ぎてしばらくすると遮断機が上がる。
そういうサイクルで動いている。
だが、朝の中央線はほとんど2分間隔くらいで運行されている。
踏切が開くわけない。
といっても中央線は高架工事中。
下り電車はすでに頭の上を通るから関係ない。
上り電車だけでこの有り様である。
そして遮断機を越えて渡る人が何人も現れる。
気持ちはよくわかるが、危険なのも事実だ。
駅に止まらない通勤快速が来たらどうするのだろうと思う。
すると何の事はない。通過する通勤快速が通る時は、踏み切りにアナウンスが流れるのである。
「速度の速い電車が来ます」と。
つまりJRもこの状態を知っているのだ。
ホームの端から駅員さんも踏み切りの様子を伺っているし、その間に何人もが渡っていく。
電車が行ったあと、すぐに遮断機を上げればいいのに、とは簡単に思う。
どうせ次の電車はホームで止まるのだ。
ホームで止まったところで遮断機を下ろすだけであり、出来ない事はない。
ではなぜやらないのか?
たぶん、問題意識を持っている駅員さんだっているだろう。
だけど仮に、もしももっと踏み切りの間隔を短くしましょう、なんて言い出したら、そんな駅員がいたとしても、たぶん社内の決裁の手続きのややこしさに潰されるような気がする。
状況を説明し、あるべき形を提案し、その実証と効果を説明し・・・
「そんな事しなくてももうすぐ高架工事も終わるだろう」という上司の声にかき消されるのではないだろうか?大きな組織ってそんなものである。
根本的な問題を棚上げにし、踏切内に警告を流すという手段でごまかしている・・・
大きな事故でも起こらない限りは変わらないだろう。
起こってもそれは「遮断機を潜る者が悪い」と言い訳されそうである。
高架工事が終わるまで、この綱渡りは続くに違いない。
時計を見ると10数分経っていた。
ディズニーランドでは大した事のない待ち時間である。
だが、終わりが見えないとなると、例え5分でもその長さは永遠にも等しい。
ホームには8本目の電車が止まっている。
ドアが閉まり、面倒くさそうに目の前の踏み切りを電車が通過していく。
今度こそ、という期待も空しく、警報機は9本目の電車の到来を告げる。
遮断機は上がらない。
どうやら開かずの踏切らしい。
駅に電車が近づくと遮断機が下りる。
電車は静かにホームに入り、ドアが開いて乗客が乗り降りする。
電車が発車し、踏み切りを通り過ぎてしばらくすると遮断機が上がる。
そういうサイクルで動いている。
だが、朝の中央線はほとんど2分間隔くらいで運行されている。
踏切が開くわけない。
といっても中央線は高架工事中。
下り電車はすでに頭の上を通るから関係ない。
上り電車だけでこの有り様である。
そして遮断機を越えて渡る人が何人も現れる。
気持ちはよくわかるが、危険なのも事実だ。
駅に止まらない通勤快速が来たらどうするのだろうと思う。
すると何の事はない。通過する通勤快速が通る時は、踏み切りにアナウンスが流れるのである。
「速度の速い電車が来ます」と。
つまりJRもこの状態を知っているのだ。
ホームの端から駅員さんも踏み切りの様子を伺っているし、その間に何人もが渡っていく。
電車が行ったあと、すぐに遮断機を上げればいいのに、とは簡単に思う。
どうせ次の電車はホームで止まるのだ。
ホームで止まったところで遮断機を下ろすだけであり、出来ない事はない。
ではなぜやらないのか?
たぶん、問題意識を持っている駅員さんだっているだろう。
だけど仮に、もしももっと踏み切りの間隔を短くしましょう、なんて言い出したら、そんな駅員がいたとしても、たぶん社内の決裁の手続きのややこしさに潰されるような気がする。
状況を説明し、あるべき形を提案し、その実証と効果を説明し・・・
「そんな事しなくてももうすぐ高架工事も終わるだろう」という上司の声にかき消されるのではないだろうか?大きな組織ってそんなものである。
根本的な問題を棚上げにし、踏切内に警告を流すという手段でごまかしている・・・
大きな事故でも起こらない限りは変わらないだろう。
起こってもそれは「遮断機を潜る者が悪い」と言い訳されそうである。
高架工事が終わるまで、この綱渡りは続くに違いない。
時計を見ると10数分経っていた。
ディズニーランドでは大した事のない待ち時間である。
だが、終わりが見えないとなると、例え5分でもその長さは永遠にも等しい。
ホームには8本目の電車が止まっている。
ドアが閉まり、面倒くさそうに目の前の踏み切りを電車が通過していく。
今度こそ、という期待も空しく、警報機は9本目の電車の到来を告げる。
電車がホームに止まったのを確認し、私は遮断機を越えて踏み切りを渡った・・・
2009年5月22日金曜日
スポーツマンシップ
全身に何百の武器を仕込んでも 腹にくくった”一本の槍”にゃ適わねぇこともある・・・・
他人を負かすってのはそんなむずかしい事じゃあないんだ… もっとも『むずかしい事』は!いいかい!もっとも『むずかしい事』は! 『自分を乗り越える事』さ!
高校に入ってラグビーを始めた私は、以前も触れたが教えられた通りのプレーを忠実にこなすプレーヤーであった。ラグビーは烈しいぶつかり合いのスポーツである。当然勢い余ってのラフプレーはある。だが、当時「殴られたらタックルで返せ」というのがコーチの教えであった。それは実に日本人の気質にあった考え方である。
何せ武士道精神の伝統ある国。正々堂々を旨とする気質だ。力道山もアントニオ猪木もジャイアント馬場も、外人レスラーの反則攻撃に耐えながら一切反則技で返すことはなく、最後に怒りの鉄拳を振るうというのが美しい勝利のパターンであった。
「タックルで返せ」というのもその考え方にそったものだ。
「目には目を」の文化とは明らかに違う。
だが、大学に入って「自我」に目覚めた私の前に、ヨーロッパの本場のラグビーは実に新鮮であった。そこではラフプレーにはラフプレーで返す文化があった。野球でも頭の近くにボールを投げられたメジャーリーガーは迷わずピッチャーに掴みかかる。
と言っても暴力礼賛ではない。要はそういう精神が大事なのだ、ということである。
それを意識したのはある試合で自分自身ラフプレーにあった時だ。
教えられた通り怒りを正当なプレーで返そうとした。しかし、その時に自分で感じたのは、「正当なプレーで返そう」と一生懸命自分に言い訳している自分の気持ちであった。教えられた通りといいつつも、実はラフプレーで返す勇気がなかったのだ。それまで何となく感じていた自分の限界=「壁」の存在をはっきりと意識した瞬間だ。何の事はない、教えられた通り「きれい事」で返そうとしていたのは、ラフプレーで返すのが実は怖かったからなのだ。
壁を乗り越えるためにやる事はただ一つ。
ラフプレーにはラフプレーで返す事だ。
殴られたら殴り返す。
ヨーロッパのプレーヤーのように、だ。
そう意識したところから新たな世界が開けた。
最初の一発をかましたあとは、無理しなくても自然に手が出るようになった。
そして自分自身感じていた壁も突破できた。
ラグビーは15人のスポーツだ。
一人が乱闘になっても必ず誰かが止めに入る。
それで試合が中止になる事はまずない。
そして「殴られたら殴り返す」熱い闘争心こそが、チームメイトをも鼓舞するのだ。
上手なプレーだけではチームを引っ張れない。
「タックルで返せ」と教えてくれた先輩には申し訳ないが、そんなプレーヤーは大成できないのだ。
ただし、ノーサイドの精神は大切だ。
試合終了の笛がなったら、すべてはノーサイド(敵サイドも味方サイドもない)。
殴りあった相手と笑顔で握手すればいいのだ。
そしてそれこそが、真のスポーツマンシップなのだと思うのである・・・
漫画:ONE PIECE(ワンピース)
他人を負かすってのはそんなむずかしい事じゃあないんだ… もっとも『むずかしい事』は!いいかい!もっとも『むずかしい事』は! 『自分を乗り越える事』さ!
漫画:ジョジョの奇妙な冒険
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高校に入ってラグビーを始めた私は、以前も触れたが教えられた通りのプレーを忠実にこなすプレーヤーであった。ラグビーは烈しいぶつかり合いのスポーツである。当然勢い余ってのラフプレーはある。だが、当時「殴られたらタックルで返せ」というのがコーチの教えであった。それは実に日本人の気質にあった考え方である。
何せ武士道精神の伝統ある国。正々堂々を旨とする気質だ。力道山もアントニオ猪木もジャイアント馬場も、外人レスラーの反則攻撃に耐えながら一切反則技で返すことはなく、最後に怒りの鉄拳を振るうというのが美しい勝利のパターンであった。
「タックルで返せ」というのもその考え方にそったものだ。
「目には目を」の文化とは明らかに違う。
だが、大学に入って「自我」に目覚めた私の前に、ヨーロッパの本場のラグビーは実に新鮮であった。そこではラフプレーにはラフプレーで返す文化があった。野球でも頭の近くにボールを投げられたメジャーリーガーは迷わずピッチャーに掴みかかる。
と言っても暴力礼賛ではない。要はそういう精神が大事なのだ、ということである。
それを意識したのはある試合で自分自身ラフプレーにあった時だ。
教えられた通り怒りを正当なプレーで返そうとした。しかし、その時に自分で感じたのは、「正当なプレーで返そう」と一生懸命自分に言い訳している自分の気持ちであった。教えられた通りといいつつも、実はラフプレーで返す勇気がなかったのだ。それまで何となく感じていた自分の限界=「壁」の存在をはっきりと意識した瞬間だ。何の事はない、教えられた通り「きれい事」で返そうとしていたのは、ラフプレーで返すのが実は怖かったからなのだ。
壁を乗り越えるためにやる事はただ一つ。
ラフプレーにはラフプレーで返す事だ。
殴られたら殴り返す。
ヨーロッパのプレーヤーのように、だ。
そう意識したところから新たな世界が開けた。
最初の一発をかましたあとは、無理しなくても自然に手が出るようになった。
そして自分自身感じていた壁も突破できた。
ラグビーは15人のスポーツだ。
一人が乱闘になっても必ず誰かが止めに入る。
それで試合が中止になる事はまずない。
そして「殴られたら殴り返す」熱い闘争心こそが、チームメイトをも鼓舞するのだ。
上手なプレーだけではチームを引っ張れない。
「タックルで返せ」と教えてくれた先輩には申し訳ないが、そんなプレーヤーは大成できないのだ。
ただし、ノーサイドの精神は大切だ。
試合終了の笛がなったら、すべてはノーサイド(敵サイドも味方サイドもない)。
殴りあった相手と笑顔で握手すればいいのだ。
そしてそれこそが、真のスポーツマンシップなのだと思うのである・・・
2009年5月20日水曜日
I love Rugby
興味のある人しか知らない話題であるが、今ラグビー界ではアジア5カ国対抗というのが行われている。本場の有名な5カ国対抗(アイルランド、イングランド、ウェールズ、スコットランド、フランス)のアジア版と言えるものだ。レベルこそ遠く及ばないが、アジアでもラグビーを盛り立てていこうという試みだ。日本は16日に韓国に80-9(前半33-3)で圧勝し、シンガポールとの最終戦を待たずに2年連続2度目の優勝を決めた。野球やサッカーでは強力なライバルである韓国も、ラグビーでは日本にとって屁でもない存在である(とっても気分良く観ていられるのである)。
というかアジアは日本の独断場であり、ワールドカップも従って「出られる、出られない」のレベルではない(常連なのである)。ラグビーの世界ランキングでは、日本は95か国中16位。けっこう頑張っているのだ。ちなみに韓国は24位。16位と24位の間で80-9と大差がつく。その下は推して知るべし、である。
そして、「ではトップ10を狙えるか」というと、まず不可能である(今のところは)。トップ10とそれ以下との間にはとてつもなく大きな壁がある。日本人は体格的に欧米人と比べて不利である、というのがその差の大きな理由である。そして、競技人口。ラグビーの国民間での位置づけがまるで違う。野球が日本では大きなステイタスを占めているのと同じで、欧米ではラグビーが大きな存在である。この違いは大きい。
やってみればこれほど面白いスポーツはない。
何せボールを持っている相手に思いっきり体当たりできるスポーツなど、アメフトやオージーボールなどを除くとほとんどないだろう。アメフトはボールプレーヤーが倒されればすぐにプレーが止まるが、ラグビーはくんずほぐれつの中からボールを奪い取ってゲームが連続して続く。華麗なプレーもあれば豪快な激突もある。高校に入ってラグビーと出会った事で、私の人生も大いに満たされた。
それがゆえに、これからも日本のラグビーの発展を願いたいところ。
ただ、懸念すべきは少子化で競技人口が減り続けている事。
人口が減れば国力が衰えるのは、経済でもスポーツでも同じである。
悩ましい問題だ。
来月はU20世界ラグビー選手権(20歳以下の選手による大会)が日本で開催される。
ラグビー協会もチケットをばら撒いて動員を図っている。
少しでもラグビーを盛り上げようという表れだ。
草の根ファンとして、できる事はやっていきたいと考えている。
まずは息子の洗脳からだ。
じっくりと少しずつ洗脳していくつもりだ。
男の子のいる家庭には、是非ともリアルスポーツとしてお勧めしたいところである・・・
ご参考
世界ランキング
1. ニュージーランド
2. 南アフリカ
3. オーストラリア
4. アイルランド★
5. アルゼンチン
6. イングランド★
7. ウェールズ★
8. フランス
9. フィジー
10. スコットランド★
★:ラグビーの世界ではサッカーと同様、いわゆる「イギリス」は「連合王国」の伝統に従い4カ国に分かれている
2009年5月16日土曜日
就活学生に思うこと
人事部長:残念ですが求人はしてないんですよ。会社に今、新しい戦力は必要じゃないですから・・・求職者 :それならちょうどいい。私は戦力になりませんから雇っても安心です!
(出典:『たまにはジョークを』)
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平日丸の内界隈を歩いていると就活学生(我々の時は「就活」などとは言わなかったなぁ)を多く見かける。
我々の時はちょうど売り手市場であったが、今はそうではない。
せっかく決まっても内定取り消しなんて事態もありうる世の中だし、学生さんも大変である。
ところで「彼女たち」を見るにつけ前々から思っている事がある。
就活学生であるか否か、は男の場合はっきりとはわからない。
だが、女性はすぐわかる。なぜなら、いわゆる「みんな同じリクルートスタイルだから」、である。紺の上下に白のシャツ、というスタイルである。
なぜみんな同じスタイルなのだろうと考えると、たぶん日本人特有の横並び意識というやつだろう。
スーツスタイル自体は当然だとしても、なぜみんな同じような紺の上下なのか、と疑問に思う。
しかもせっかくのスーツなのに、入社して一月もすると着なくなるのである。
(たぶんやはりあくまでも就活用という意識なのだろう)
どうせだったら入社してもずっと着られるようなものにすればいいのに、と思ってしまう。
その点、男のスーツは経済的である。
同じリクルートスタイルを選ぶ背景としては、「無難」という事になるのだろう。
下手に目立つ格好をして逆効果になったら、と恐れるのだろう。
だが、人事担当者はそれこそ何百人と面接をするのだ。
次から次へと同じ格好の女性が現れたら、誰が誰だかわからなくなるのではないかと思う。
よっぽどルックスがよければ別であるが、少しでもライバルに差をつけないといけない立場としては不利だと思うのだが・・・
きちんとしたスーツであれば面接でも問題ないし、逆に一人だけ違った格好であれば面接官の印象にも残りやすいはず。よほど失敗しない限りは採用となる確率はぐっと高まると思うのだ。スーツが違うというだけで、面接官も特に注目してくれるはずだし、印象にも残りやすいはずだ(「ああ、あのスーツの娘ね」と面接後の人事担当者同士の意見交換でもすぐに記憶を呼び出しやすいはずだ)金太郎飴のようなリクルートスーツより目立つし、しかも入社後もずっと着られるし、メリットこそあれデメリットなどないと思うのだ。
とは言え、そんな「戦略的な」スーツ選びを出来る子など、例えアドバイスされてもいないだろうな、という気がする。他人と一緒で、例えメリットなどなくても万が一のデメリットがない方が良い、とみんな考えるだろう。みんなが歩く道をみんなと同じように歩いていれば心配は少ない。我々の社会はそういう社会だ。
だけどちょっとだけ、脇にそれて新しい道を切り開いてみる勇気というのも、若者には必要なのではないかと思う。閉塞感漂う社会に必要なのは、新しい道を切り拓くことができるパスファインダーだ。何もみんながビル・ゲイツになる必要はないが、ほんの少しだけでもみんなと違う道を目指す意識は持った方が良いだろうと思う。
組織に入る前から、「無難」を選ぶのも、寂しい気がしてしまう。
かくいう自分も何かと「決まり事」の多い組織にいるが、そういう意識だけは常に保ち続けているつもりである。一人でも「そうだな」と思って、私の意見の正しさを証明してくれる人が出てくれば、うれしい限りだと思うのである・・・
2009年5月15日金曜日
夫婦喧嘩の風景3
愛というのは、
どれだけ多くのものを与えたかではなく、
そこにどれだけの思いやりが注がれたか、ということなのです。
夫の言い分、妻の言い分それぞれであるが、一方の言い分を聞くと「もう一方が悪いわな」と思うものであるが、もう一方の言い分を聞くと、「なるほど、それも一理ある」と思う。
「夫婦喧嘩は犬も喰わぬ」とは昔から言われること。
放っておくべき事かもしれないが、相談を受けた以上はそうも言っていられない。
根本原因は、といえば「コミュニケーション不足」である。
家庭でも職場でも、凡その人間関係の不具合はすべてコミュニケーションに原因がある、と個人的には思っている。この夫婦もそうである。
互いにアツアツの新婚時代であれば、相手のミスにも寛大だ。
忘れていたりしたら自分が代わりにやってあげたりするものである。
ところが10年以上もたつと、次第に相手のミスを責めるようになる。
この夫婦は共働きである。
家事は当然、共同作業。
だが二人の間に十分なコミュニケーションはなく、互いに自分のテリトリーを決めている。
自分の仕事以外は「相手の仕事」。
ところが二人のテリトリーを足すと、どうも家事全般をカバーしていないようである。
となると、当然相手の仕事と思っている事が実は担当が決まっていなかったりするのである。
夫は「やる事はやったから気晴らしに飲みに行く」
妻は「夫はすぐに飲みに行ってばかり、私ばかり真面目にやっていられない」
そうして放置された家事が、双方のストレスとなる。
それに子供の問題と同居する(妻の)両親との関係が拍車をかける。
もしも二人の間に、「まず相手のために自分は何をしてあげられるか」という気持ちがあったなら、問題はたちどころに解決してしまう気がする。
ケネディ流に言うならば、「相手が自分に何をしてくれるのかを問うのではなく、自分が相手に何をしてあげられるのかを問え」となるであろうか。
新婚時代はあったはずの気持ちが、今の二人にはない。
少なくともどちらか一方だけでも、相手の不満の声に耳を傾ける姿勢さえ見せたなら、それだけでもうまくいくと思う。逆回転して転がりだした歯車を止めるのはなかなか至難の業。お互いに原点に帰れる様な何かがあるといいのだが・・・
せめて他山の石としたいところである。
どれだけ多くのものを与えたかではなく、
そこにどれだけの思いやりが注がれたか、ということなのです。
マザー・テレサ
妻とは自分がこしらえた作品であることを夫は知るべきである
バルザック
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ある夫婦の相談を受けた。夫の言い分、妻の言い分それぞれであるが、一方の言い分を聞くと「もう一方が悪いわな」と思うものであるが、もう一方の言い分を聞くと、「なるほど、それも一理ある」と思う。
「夫婦喧嘩は犬も喰わぬ」とは昔から言われること。
放っておくべき事かもしれないが、相談を受けた以上はそうも言っていられない。
根本原因は、といえば「コミュニケーション不足」である。
家庭でも職場でも、凡その人間関係の不具合はすべてコミュニケーションに原因がある、と個人的には思っている。この夫婦もそうである。
互いにアツアツの新婚時代であれば、相手のミスにも寛大だ。
忘れていたりしたら自分が代わりにやってあげたりするものである。
ところが10年以上もたつと、次第に相手のミスを責めるようになる。
この夫婦は共働きである。
家事は当然、共同作業。
だが二人の間に十分なコミュニケーションはなく、互いに自分のテリトリーを決めている。
自分の仕事以外は「相手の仕事」。
ところが二人のテリトリーを足すと、どうも家事全般をカバーしていないようである。
となると、当然相手の仕事と思っている事が実は担当が決まっていなかったりするのである。
夫は「やる事はやったから気晴らしに飲みに行く」
妻は「夫はすぐに飲みに行ってばかり、私ばかり真面目にやっていられない」
そうして放置された家事が、双方のストレスとなる。
それに子供の問題と同居する(妻の)両親との関係が拍車をかける。
もしも二人の間に、「まず相手のために自分は何をしてあげられるか」という気持ちがあったなら、問題はたちどころに解決してしまう気がする。
ケネディ流に言うならば、「相手が自分に何をしてくれるのかを問うのではなく、自分が相手に何をしてあげられるのかを問え」となるであろうか。
新婚時代はあったはずの気持ちが、今の二人にはない。
少なくともどちらか一方だけでも、相手の不満の声に耳を傾ける姿勢さえ見せたなら、それだけでもうまくいくと思う。逆回転して転がりだした歯車を止めるのはなかなか至難の業。お互いに原点に帰れる様な何かがあるといいのだが・・・
せめて他山の石としたいところである。
2009年5月12日火曜日
母の日
「たわむれに母を背負いて そのあまり軽きに泣きて 三歩あゆまず」
先日の日曜日は母の日であった。
日曜日は家族で出かけたため、前日に実家に行った。
ちょっと用事があって子供たちだけを母に預けておいた。
母としては、孫たちと水入らずで、(私たち夫婦に)気兼ねなく遊べたので結構楽しかったようである。母の日のプレゼントはまた後日としてしまったが、まあ孫との戯れのひと時が母の日のプレゼントといえばプレゼントである。
世間ではどうしているのだろう。
やっぱり「純粋な愛情」「ありがとう」などの花言葉を持つカーネーションが定番なのであろうか。最近の傾向として母の日が近づくとカレーがよく売れるとも聞く。
日頃の感謝をママに伝えたいという気持ちから、母の日にお父さんと子供たちでカレーをつくるご家庭が増えているらしいが、我が家では子供たちも小さいためか、母の日といえばまだ互いの両親が対象だ。
私の場合、中学生くらいになった頃から母親と一緒のところを友達に見られると恥ずかしいと思うようになった。それは高校生になっても、それ以降もしばらくはそうだった。だから大学受験に母親と一緒に来ている男を見た時には、蹴飛ばしてやりたくなったものだ。今でも社会人になった息子の職場に電話をかけてきて、その上司に「息子に残業をさせないでくれ」という母親もいるらしい。ここまでいくと世も末だ。
それはともかくとして、私は結構自立心が強かったせいか、母親と話し込んだりすることはほとんどなかったように思う。最近はあれこれと悩み事の相談を受けたりして話をする機会も増えてきた。過去には母の誕生日のプレゼントを買いに、二人で買い物に行った事もある。そうした事にもいつのまにか抵抗はなくなった。
実家に行けばいまだにあれこれと物をくれようとする。
ありがたいのでこちらも素直に受け取る。
いくつになっても息子は息子なのだろう。
唯一の難点は妻との関係だ。
表面上は互いに平穏であるが、双方から不満の声を聞く。
どちらがどうだという問題ではない。
これは永遠の課題なのかもしれない。
いずれにせよ親が健在だという事は、それだけでありがたい。
嫁姑のつばぜり合いくらいは私が何とかしないとバチが当たるかもしれない。
母からすればまだまだ息子には不満が多いようであるが、なんとか嫁姑間の緩衝材となるべく奮闘努力中である。この修行だけはなんだかずっと続きそうであるが、それもありがたく続けていきたいと思うのである・・・
啄木
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先日の日曜日は母の日であった。
日曜日は家族で出かけたため、前日に実家に行った。
ちょっと用事があって子供たちだけを母に預けておいた。
母としては、孫たちと水入らずで、(私たち夫婦に)気兼ねなく遊べたので結構楽しかったようである。母の日のプレゼントはまた後日としてしまったが、まあ孫との戯れのひと時が母の日のプレゼントといえばプレゼントである。
世間ではどうしているのだろう。
やっぱり「純粋な愛情」「ありがとう」などの花言葉を持つカーネーションが定番なのであろうか。最近の傾向として母の日が近づくとカレーがよく売れるとも聞く。
日頃の感謝をママに伝えたいという気持ちから、母の日にお父さんと子供たちでカレーをつくるご家庭が増えているらしいが、我が家では子供たちも小さいためか、母の日といえばまだ互いの両親が対象だ。
私の場合、中学生くらいになった頃から母親と一緒のところを友達に見られると恥ずかしいと思うようになった。それは高校生になっても、それ以降もしばらくはそうだった。だから大学受験に母親と一緒に来ている男を見た時には、蹴飛ばしてやりたくなったものだ。今でも社会人になった息子の職場に電話をかけてきて、その上司に「息子に残業をさせないでくれ」という母親もいるらしい。ここまでいくと世も末だ。
それはともかくとして、私は結構自立心が強かったせいか、母親と話し込んだりすることはほとんどなかったように思う。最近はあれこれと悩み事の相談を受けたりして話をする機会も増えてきた。過去には母の誕生日のプレゼントを買いに、二人で買い物に行った事もある。そうした事にもいつのまにか抵抗はなくなった。
実家に行けばいまだにあれこれと物をくれようとする。
ありがたいのでこちらも素直に受け取る。
いくつになっても息子は息子なのだろう。
唯一の難点は妻との関係だ。
表面上は互いに平穏であるが、双方から不満の声を聞く。
どちらがどうだという問題ではない。
これは永遠の課題なのかもしれない。
いずれにせよ親が健在だという事は、それだけでありがたい。
嫁姑のつばぜり合いくらいは私が何とかしないとバチが当たるかもしれない。
母からすればまだまだ息子には不満が多いようであるが、なんとか嫁姑間の緩衝材となるべく奮闘努力中である。この修行だけはなんだかずっと続きそうであるが、それもありがたく続けていきたいと思うのである・・・
2009年5月10日日曜日
夫婦喧嘩の風景2
「苦しい事もあるだろう 言いたい事もあるだろう
不満な事もあるだろう 腹の立つ事もあるだろう
泣きたい事もあるだろう
これらをじっとこらえていくのが、男の修行である」
一家団欒の一時のこと、ささいな事から妻と言い争いになった。
地震レベルでいけば、震度3という程度であろうか。
そんなに腹も立たなかったのであるが、ちょっと腹が立ったところもあって言い返した。
そうしたところ、驚いた事に妻が泣き出した。
口論になって悔し涙を滲ませた事はあってもおいおい泣く事などない妻が、である。
そんなに強く言ってなかったし、もっと腹を立てて言い争いになった事はあったのに、この程度で、しかも泣くとは、とこちらがびっくりした。
何かこちらの気付かないところで蓄積したものでもあったようである。
食卓を離れ別室に篭る妻。
あとに残されたのは私と子供たち。
子供たちは下を向いている。
子供も大きくなれば「またやってるよ」と醒めて放っておこうという態度にでもなるのであろう。
だが、まだ年端もいかぬとなれば、どうしていいかわからず戸惑うところであろう。
私も子供の頃、口論する両親を前におろおろした記憶がある。
子供には常日頃、「友達と喧嘩になったらそれは仕方ないけど、必ずあとで自分から謝るんだよ」と教えている手前、言った本人も言った事をやらないといけない。
そこで「ちょっとゴメンネって言ってくるね」と子供に言い残して妻のところへ言った。
そこで散々罵られたが、黙って聞き流して謝って席に戻った。
すると今度は長女が妻のいる部屋へ行った。
あとで聞いたら「いっしょに食べよう」と言いに行ったらしい。
長女は長女なりに考えての行動で、それも嬉しい驚きであった。
子供も成長は背が伸びているだけではないのである。
その後は不機嫌な妻に気を使いながら食事を終えた。
寝る時に長女に聞いたら、私たちの喧嘩を聞いていて泣きそうになったと言う。
改めて両親の間柄が子供に与える影響は大きいと感じた。
子供の精神的な(健全な)成長には両親の仲が良いかどうかは大きな影響力を持つものであると、つくづく思う。
謝らない妻に不満はあるものの、もはやそれはささやかな問題にもなりえない。
喧嘩になるのは互いに気持ちの問題もあって仕方がないが、子供の手前早めに修復する事が必要だろう。せめて「またやってらぁ」と知らん顔できるくらいの大人になるくらいまでは、修復役は自分の役目になりそうである。一家の大黒柱はつくづく大変だと思うのである・・・
不満な事もあるだろう 腹の立つ事もあるだろう
泣きたい事もあるだろう
これらをじっとこらえていくのが、男の修行である」
山本五十六
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先日の夕食時。一家団欒の一時のこと、ささいな事から妻と言い争いになった。
地震レベルでいけば、震度3という程度であろうか。
そんなに腹も立たなかったのであるが、ちょっと腹が立ったところもあって言い返した。
そうしたところ、驚いた事に妻が泣き出した。
口論になって悔し涙を滲ませた事はあってもおいおい泣く事などない妻が、である。
そんなに強く言ってなかったし、もっと腹を立てて言い争いになった事はあったのに、この程度で、しかも泣くとは、とこちらがびっくりした。
何かこちらの気付かないところで蓄積したものでもあったようである。
食卓を離れ別室に篭る妻。
あとに残されたのは私と子供たち。
子供たちは下を向いている。
子供も大きくなれば「またやってるよ」と醒めて放っておこうという態度にでもなるのであろう。
だが、まだ年端もいかぬとなれば、どうしていいかわからず戸惑うところであろう。
私も子供の頃、口論する両親を前におろおろした記憶がある。
子供には常日頃、「友達と喧嘩になったらそれは仕方ないけど、必ずあとで自分から謝るんだよ」と教えている手前、言った本人も言った事をやらないといけない。
そこで「ちょっとゴメンネって言ってくるね」と子供に言い残して妻のところへ言った。
そこで散々罵られたが、黙って聞き流して謝って席に戻った。
すると今度は長女が妻のいる部屋へ行った。
あとで聞いたら「いっしょに食べよう」と言いに行ったらしい。
長女は長女なりに考えての行動で、それも嬉しい驚きであった。
子供も成長は背が伸びているだけではないのである。
その後は不機嫌な妻に気を使いながら食事を終えた。
寝る時に長女に聞いたら、私たちの喧嘩を聞いていて泣きそうになったと言う。
改めて両親の間柄が子供に与える影響は大きいと感じた。
子供の精神的な(健全な)成長には両親の仲が良いかどうかは大きな影響力を持つものであると、つくづく思う。
謝らない妻に不満はあるものの、もはやそれはささやかな問題にもなりえない。
喧嘩になるのは互いに気持ちの問題もあって仕方がないが、子供の手前早めに修復する事が必要だろう。せめて「またやってらぁ」と知らん顔できるくらいの大人になるくらいまでは、修復役は自分の役目になりそうである。一家の大黒柱はつくづく大変だと思うのである・・・
2009年5月9日土曜日
夫婦喧嘩の風景1
我が家も世間並みによく夫婦喧嘩をする。
といっても口論だけで、しかも結末は大概私が謝るかそれとも自然に元に戻るか、である。
妻のほうから謝る、という事はこれまでも決してなかったし、これからもたぶんないと思う。
妻の言い分は簡単だ。
「悪くもないのに謝る必要はない」
だが、喧嘩は互いに自分が正しいと思っているから喧嘩になるのだ。
そんな事を言っていたら仲直りなんてできるわけがない。
かつていつも私が謝ってばかりだから、こちらが謝らなかったらどうなるか試してみたことがある。
一週間くらいお互い口を利かなかったが、必要最小限の会話というのは出てくるもので、そうこうしているうちに大概私が意地を張るのがバカらしくなってしまい、自然に元に戻るのであった。
妻は「ごめんね」とはとうとう言わなかった。
意思が強いというのか、頑固というのか、その一貫したスタイルは立派である。
そもそも謝るという行為は、自分が悪かったと認める事ではあるが、主張が間違っていたと認める事とイコールではない。少なくとも喧嘩した時は、たとえ自分の意見は間違っていないと思っても相手との関係を修復するためには必要な行為なのだ。
あえて言うなら、「喧嘩という結果を招いてごめんなさい」となるだろう。
私はそう考えているので謝る事自体に抵抗はない。
だが、そんなことを例え妻に言っても馬耳東風だから、最近では妻の謝罪などはすっかり諦めている。「ごめんなさい」などとしおらしく言われたら、と憧れにも似た気持ちを抱き続けているが、どうやらそんな夢は間違っても実現しそうにない。「いくつになっても夢を持て」とはよく言われるが、儚い夢はかえって体によくないと反論したくなる。
妻に言えない分は子供に言う。
「友達と喧嘩しちゃだめだよ」などと言ったって、大人でさえ喧嘩するのだからそんなのは現実的じゃない。だから、「友達と喧嘩するのは仕方ないけど、喧嘩しちゃった時は自分からごめんねって言うんだよ」と教えている。「『ごめんね』って謝る事は、悪い事をしたからという意味じゃなくて、『喧嘩してごめんね』っていう意味だよ、だから悪くなくても仲直りするために謝るんだよ」と教えている。
妻の聞いている前でわざとらしく言ったりするが、どうやら自分にも当てはまると思うほど感受性は高くないらしい。幸い子供は私の教えを守ってくれているようである。
よく「今日友達と喧嘩しちゃった」と報告してくれるが、そのあとどうしたか聞くと、「ごめんねって言って仲直りした」と答えてくれる。今のところはとっても素直だ。
そしてそれが救いである。
儚い夢は夢のまま終わるとも、その夢が我が子の中でしっかりと芽吹き、やがては大きな花となっていつか誰かに幸をもたらす・・・
そう考えれば我が無念も無念足りえず、反面教師も反面教師ゆえに存在意義はある。
そう考えて未来を明るく見つめたいと思うのである・・・
2009年5月5日火曜日
憲法記念日
- 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
- 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
日本国憲法第九条
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世間ではGWという事ばかりが強調されているが、5月3日は言わずと知れた憲法記念日である。日本国憲法といえば、世界に冠たる「平和憲法」と一部の人達は自負しているが、その象徴たる第九条は、第1項はともかくとして、第2項は自衛隊との関係でどうにも具合が悪い。なぜなら自衛隊は明らかに憲法違反だからである。それは誰でもわかっている事であるが、だからといって自衛隊は廃止できない。できないからこそ、憲法違反ではない、と苦し紛れの解釈論でごまかしてきている。
私自身は、憲法とは国の基本であるから「義務教育を終えた人であれば、誰もが読めて理解できるものでないといけない」と思っている。個別の法律は多少難しくてもしかたないかもしれない。だが憲法は誰もが理解できるほどシンプルでないといけない。だからそのまま素直に読めば自衛隊は憲法違反であるし、だからといってなくすわけにはいかないものである以上、憲法の方を正すべきだと思うのである。
大学時代、法学部(ラグビー『部』、ではない)の学生であった私はある教授の憲法講座に出席した。その日の講義で、その教授は「自衛隊が憲法違反である」という事を90分の時間をフルに使って解説してくれた。それは目からうろこの論理展開で、大学の憲法講義とはこれほどすばらしいものかと感動したものである。
だが、考えてみると、確かにすばらしい論理展開なのであるが、なにもわざわざそんな高度な論理を展開させずとも、「だれでも読めばわかるじゃないか」と思ってしまったことも事実である(その講義に象徴される一連の法律論に限界を感じて、私は法曹界へ進む道を放棄したのだ)。しかし、現代の世界において軍隊を持たないで済ますなどという事は非現実的であって、それゆえに早く憲法を(特に第九条第2項を)改正してあるべき姿にするべきだ、と常々思っている。
もうじき子供も憲法を習うことだろう。その時、今のままであれば大人の世代としてまったくみっともないと思う。だめだ、と書いてあるものを解釈で抜け道を作るという事は、ルールを逸脱する方法を自ら教えているようなもので、それこそ教育上好ましくない。
なぜ軍隊が必要なのかという議論を始めたら、憲法改正の話とあわせてたぶん1時間は話をする事ができる。それをここにすべて書き記す事は今はやめておこう。ただ、子供たちがもう少し大人になったら「憲法記念日」には憲法の話をしたいと思っている。その時に「大人の複雑な事情から、ここには白と書いてあるけど、実は黒なんだよ」などというわけのわからない話は、できればしたくない。軍隊を自衛隊と言ったり、改正を改悪と言ったり、子供の白紙のキャンバスに描くには現実は少々醜すぎる。
素直に読んで素直に理解できる。そんなあるべき姿に早く正したいものだと思う。いつまでも「臭いものに蓋」式に先送りせずに正面から議論すべきなのだ。それをやらないのは政治家が悪いとするのは解決策ではない。
「世の中をよくするためにまず自分ができる小さな一歩は何か?」
いつもそう考えているが、この件に関しては、まずは子供たちにいつでもきちんと説明できるように考えをまとめておきたい、と思うのである・・・
2009年5月4日月曜日
忌野清志郎
忌野清志郎が死んだ・・・
少し前から喉頭癌だとは聞いていたが、元気に闘病生活をしているものだと思っていた。
突然のニュースを聞いて、どこか予想はしていたものの、一つの時代の終わりを寂しく感じる。
高校の時、初めてRCサクセションと忌野清志郎の名前を知った。
ハチャメチャでいながら、何か感じるところがあって一発で好きになった。
人は自分にないものを他人に求めると言う。だとすれば、自分とは180度異なる異次元に住む忌野清志郎は、まさに自分にはないものの塊であった。
それまでの自分は、普通の無難な舗装された道をまっすぐに歩いていた。
ところが忌野清志郎は、無人の荒野を自由に飛び跳ねていたのだ。
自分が絶対やらない(やれない)事を自由にやっていた。
死につながるからといって、アパートには4号室がない日本で、「いまわの際」を芸名にしているのだ。そこからしてタダモノではない。
♪俺はつきあいにくいぜ 誰の言うこともきかねぇ 口やかましく言われても おれの態度を変えることはできねぇ だって俺は自由、自由、自由♪・・・・(自由)
少ないこずかいをはたいてレコードを買うのに迷いはなかった。
邦楽のLPレコードを買ったのはそれが最初だったと記憶している。
社会人になって13万円で買ったマーチの助手席には、必ずRCのカセットテープが無造作に置いてあった。ドライブのお供はRCだった。だから、雨上がりの深夜の甲州街道でマーチが止まってしまった時は、どうしようという戸惑いよりもRCの世界を体験できた喜びが強かった。
「♪どうしたんだい、ヘイヘイベイビー、バッテリーはビンビンだぜ!♪」と鼻歌を歌いながら車を押した。一緒に押してくれた同期の友人は明らかに迷惑そうであったが・・・
忌野清志郎のロックは、ロックではあるものの、「よろしく矢沢」の王道ロックとは一味違うように感じていた。社会の枠から飛び出る事がカッコいいのではない、自由に羽ばたくのがカッコいいのだというメッセージのようなものを感じたのだ。
メロディーも好きだったが、共感できる歌詞も好きだった。
♪あーあ とうとう裸にされちゃったなんて 言いながら あの娘が起き上がる朝 窓の外は雪♪(窓の外は雪)
こんな光景に強い憧れを感じた。
♪昨日は車の中で寝た あの娘と手をつないで 市営グランドの駐車場 二人で毛布にくるまって♪(スローバラード)
彼女ができたら、こんな風に付き合いたいと思った。
そんな世界は何一つ実現できないまま、今日に至っている。人生の最後の瞬間に、これまでの人生を振り返って懐かしむとしたら、忌野清志郎とともにドライブしていたあの頃のことは、間違いなくそこに登場するに違いないと思うのだ。今夜、久しぶりに聞いてみようと思うのである。あの頃を思い出しながら・・・
少し前から喉頭癌だとは聞いていたが、元気に闘病生活をしているものだと思っていた。
突然のニュースを聞いて、どこか予想はしていたものの、一つの時代の終わりを寂しく感じる。
高校の時、初めてRCサクセションと忌野清志郎の名前を知った。
ハチャメチャでいながら、何か感じるところがあって一発で好きになった。
人は自分にないものを他人に求めると言う。だとすれば、自分とは180度異なる異次元に住む忌野清志郎は、まさに自分にはないものの塊であった。
それまでの自分は、普通の無難な舗装された道をまっすぐに歩いていた。
ところが忌野清志郎は、無人の荒野を自由に飛び跳ねていたのだ。
自分が絶対やらない(やれない)事を自由にやっていた。
死につながるからといって、アパートには4号室がない日本で、「いまわの際」を芸名にしているのだ。そこからしてタダモノではない。
♪俺はつきあいにくいぜ 誰の言うこともきかねぇ 口やかましく言われても おれの態度を変えることはできねぇ だって俺は自由、自由、自由♪・・・・(自由)
少ないこずかいをはたいてレコードを買うのに迷いはなかった。
邦楽のLPレコードを買ったのはそれが最初だったと記憶している。
社会人になって13万円で買ったマーチの助手席には、必ずRCのカセットテープが無造作に置いてあった。ドライブのお供はRCだった。だから、雨上がりの深夜の甲州街道でマーチが止まってしまった時は、どうしようという戸惑いよりもRCの世界を体験できた喜びが強かった。
「♪どうしたんだい、ヘイヘイベイビー、バッテリーはビンビンだぜ!♪」と鼻歌を歌いながら車を押した。一緒に押してくれた同期の友人は明らかに迷惑そうであったが・・・
忌野清志郎のロックは、ロックではあるものの、「よろしく矢沢」の王道ロックとは一味違うように感じていた。社会の枠から飛び出る事がカッコいいのではない、自由に羽ばたくのがカッコいいのだというメッセージのようなものを感じたのだ。
メロディーも好きだったが、共感できる歌詞も好きだった。
♪あーあ とうとう裸にされちゃったなんて 言いながら あの娘が起き上がる朝 窓の外は雪♪(窓の外は雪)
こんな光景に強い憧れを感じた。
♪昨日は車の中で寝た あの娘と手をつないで 市営グランドの駐車場 二人で毛布にくるまって♪(スローバラード)
彼女ができたら、こんな風に付き合いたいと思った。
そんな世界は何一つ実現できないまま、今日に至っている。人生の最後の瞬間に、これまでの人生を振り返って懐かしむとしたら、忌野清志郎とともにドライブしていたあの頃のことは、間違いなくそこに登場するに違いないと思うのだ。今夜、久しぶりに聞いてみようと思うのである。あの頃を思い出しながら・・・
2009年5月2日土曜日
小池真理子
「つもり違いの十か条」
一条 高いつもりで低いのは教養
二条 低いつもりで高いのは気位
三条 深いつもりで浅いのは知識
四条 浅いつもりで深いのは 欲
五条 厚いつもりで薄いのは人情
六条 薄いつもりで厚いのが面の皮
七条 強いつもりで弱いのは根性
八条 弱いつもりで強いのが 我
九条 多いつもりで少ないのは感謝
十条 少ないつもりで多いのが無駄
私の愛読する作家の一人に小池真理子がいる。
主として恋愛小説を書いている作家である。
何気なく読み始めたのであるが、ハマってしまい、以来新刊が出るたびに欠かさず読んでいる。
何が良いのかと問われれば、やはり文章と答えたい。
小説にはストーリーで読ませる作家と文章で読ませる作家があると思う。
スケートに例えるなら、スピードスケートとフィギアスケートのようなものだ。
東野圭吾や福井晴敏など、圧倒的なストーリーでぐいぐい引っ張るようなタイプはスピードスケートだ。一方の小池真理子は優雅な美しさを競うフィギアだ。
といってもストーリーが面白くない、というわけではない。
主人公は大概が40代の女性だ。
恋愛小説で主人公が40代となると、最近でこそ「アラフォー」などと言われてもてはやされているが、月9の恋愛ドラマに慣れた人からすると魅力は感じないかもしれない。
雨の中でびしょ濡れになりながら、「お前じゃなきゃダメなんだ!」なんて叫ぶシーンなどは無縁だからだ。
その代わり、登場人物たちを巧みに豊かに描き出していく。
さり気ない日常を、心の動きを優雅に綴る。
水道から滴り落ちる水滴や、窓から飛び込んでくるまばゆい光、路傍で解けずに残っている雪などの何気ないモノたちも、小池真理子の手にかかると、生き生きとして、まるでそれ自体が主人公であるかのように描かれる。ホームに入ってくる電車の中に人を探す登場人物の心の動き、新しい生活を始めるべく新転地の駅からタクシーに乗った人物の心の動きをつぶさに描き出す様は圧巻である。
文字だけしか見ていないはずなのに、脳裏に映像がまざまざと蘇ってくる。
「ああ、うまいなぁ」と読んでいてタメ息が漏れるのだ。
かつて将来は小説家、とはいかなくても本を書いてみたいなぁなどと漠然と思ったことがある。
銀行員とシンガーソングライターという二束のわらじを見事に履き分けた小椋佳とまではいかなくても、銀行員と小説家なんて素敵じゃないか、などと夢見たくもなる。
だが、こんな文章を目にしてしまうとそんな甘い幻想はたちどころに吹き消されてしまうのだ。
これほど優雅な舞いは、どうあがいても舞う事はできないと思わされる。
プロのなせる業と言ってしまえばそれまでなのであるが、そのほんの一部だけでもいただきたいものだと思わずにはいられない。
まだまだたくさんの作品を生み出してくれそうなので、これからも一冊一冊、その深い味わいを楽しみたいと思うのである・・・
一条 高いつもりで低いのは教養
二条 低いつもりで高いのは気位
三条 深いつもりで浅いのは知識
四条 浅いつもりで深いのは 欲
五条 厚いつもりで薄いのは人情
六条 薄いつもりで厚いのが面の皮
七条 強いつもりで弱いのは根性
八条 弱いつもりで強いのが 我
九条 多いつもりで少ないのは感謝
十条 少ないつもりで多いのが無駄
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私の愛読する作家の一人に小池真理子がいる。
主として恋愛小説を書いている作家である。
何気なく読み始めたのであるが、ハマってしまい、以来新刊が出るたびに欠かさず読んでいる。
何が良いのかと問われれば、やはり文章と答えたい。
小説にはストーリーで読ませる作家と文章で読ませる作家があると思う。
スケートに例えるなら、スピードスケートとフィギアスケートのようなものだ。
東野圭吾や福井晴敏など、圧倒的なストーリーでぐいぐい引っ張るようなタイプはスピードスケートだ。一方の小池真理子は優雅な美しさを競うフィギアだ。
といってもストーリーが面白くない、というわけではない。
主人公は大概が40代の女性だ。
恋愛小説で主人公が40代となると、最近でこそ「アラフォー」などと言われてもてはやされているが、月9の恋愛ドラマに慣れた人からすると魅力は感じないかもしれない。
雨の中でびしょ濡れになりながら、「お前じゃなきゃダメなんだ!」なんて叫ぶシーンなどは無縁だからだ。
その代わり、登場人物たちを巧みに豊かに描き出していく。
さり気ない日常を、心の動きを優雅に綴る。
水道から滴り落ちる水滴や、窓から飛び込んでくるまばゆい光、路傍で解けずに残っている雪などの何気ないモノたちも、小池真理子の手にかかると、生き生きとして、まるでそれ自体が主人公であるかのように描かれる。ホームに入ってくる電車の中に人を探す登場人物の心の動き、新しい生活を始めるべく新転地の駅からタクシーに乗った人物の心の動きをつぶさに描き出す様は圧巻である。
文字だけしか見ていないはずなのに、脳裏に映像がまざまざと蘇ってくる。
「ああ、うまいなぁ」と読んでいてタメ息が漏れるのだ。
かつて将来は小説家、とはいかなくても本を書いてみたいなぁなどと漠然と思ったことがある。
銀行員とシンガーソングライターという二束のわらじを見事に履き分けた小椋佳とまではいかなくても、銀行員と小説家なんて素敵じゃないか、などと夢見たくもなる。
だが、こんな文章を目にしてしまうとそんな甘い幻想はたちどころに吹き消されてしまうのだ。
これほど優雅な舞いは、どうあがいても舞う事はできないと思わされる。
プロのなせる業と言ってしまえばそれまでなのであるが、そのほんの一部だけでもいただきたいものだと思わずにはいられない。
まだまだたくさんの作品を生み出してくれそうなので、これからも一冊一冊、その深い味わいを楽しみたいと思うのである・・・
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