2010年8月14日土曜日

産経新聞

我が家では産経新聞を購読している。
といっても読者は妻である。
私は社会人になって以来、日経新聞を購読していたのだが、結婚した時に「家庭用にも必要」(私は日経新聞を職場に持って行っている)という理由で、妻が実家で読んでいた産経新聞と契約したのである。

産経新聞など読んだことのない私には、ちょっと新鮮な紙面であった。
なにせ主張が朝日新聞とは両極端に異なる。
戦後の伝統的な護憲、反省の歴史の立場である朝日新聞に対して、憲法改正、自立した歴史の立場に立つ産経新聞という具合だ。二つの紙面から得られたものは、実はとても大きいと思っている。

私はマスコミを信用していない。
それは仕事上での経験もあるが、この二つの新聞を読んでいるだけで何が正しいかなんて自分でしっかり考えていないとわからなくなると思うからだ。
我々はとかく新聞やニュースの報道を鵜呑みにする。
嘘などないという前提でみてしまう。

確かに嘘はないかもしれないが、あからさまな「誘導」はある。
それがわかっていないと、知らず知らずにそういう意見を植えつけられてしまう。
例えば朝日新聞をずっと読んでいる人は、憲法改正に反対だろうし、産経新聞や読売新聞だと逆だろう。

ここ最近、産経新聞は高校無償化を朝鮮学校に適用する事に対して、真っ向から反対するキャンペーンを展開している。たぶん他の新聞はあまりやっていないと思う。
直接「反対」と主張しているわけではない。
都合のいい記事を選んで掲載しているだけだ。

タイトルだけ見ても、
『韓国の脱北者団体、朝鮮学校無償化反対の文書を提出』
『「思想教育」「反日教育」は判断材料にせず 文科省が説明 』
『結論ありき? 国民への説明は不十分 』
『朝鮮学校無償化 法令違反も 「思想教育」理念と矛盾』
『「なぜ密室で」批判集中 朝鮮学校無償化問題』
『総連の草案“丸写し”意見書、小平市会が可決 朝鮮学校「無償化」要望』
と真面目に読めば「けしからん」という気持ちになってくる。

一方他の報道はかなり少ないが、
『「高校無償化」 愛知中高の高級部生徒たち 暑さにめげず署名活動』 朝鮮新報
『「高校無償化を朝鮮高校にも」生徒らが署名提出』 テレビ朝日
とこちらは「差別したらいかんよなぁ」という気持ちにさせられるものだ。
普段何気なく取っている新聞を読み続けていると、いつのまにか「自分の考え」がコントロールされていく事になる。

その他でも「朝日新聞的思想」に真っ向から反対する小林よしのりや桜井よし子といった人たちの論評を載せたり、本の宣伝をしたりと、それはそれは徹底している。
昔は受験生は朝日新聞を読むべき、特に「天声人語」は必読などと言われたし、「新聞を読みなさい」と親にはよく言われた(ちなみに私の実家は読売新聞だった)。
どの新聞が良いとは言わないが、真面目に新聞を読めとは自分の子供には言いたくないと思う。
敢えて読ませるなら両方だろうか。

個人的には朝日新聞の思想・主張は大嫌いだから、むしろ産経新聞の方がいいのだが、それでもここまで露骨だと嫌気が差すのもまた事実だ。
お前たちの思想を押し付けるなと言いたい。
その点、思想性の薄い経済新聞は読んでいて心地良い気がする。

まあ新聞を批判しても仕方ない。
要は受け手の問題なのだ。
しっかりと咀嚼できるようにしていきたいものである・・・


【昨日の読書】
「デカルト方法序説を読む」谷川多佳子
「日暮らし(下)」宮部みゆき

      

2010年8月12日木曜日

ご先祖

グアムに遊びに行った時の事だ。
現地のウォーターパークで遊んでいたところ、妻が突然見知らぬ家族に話しかけられた。
話を聞くとなんと我々と同姓だという。
(長男がネーム入りの水泳帽を被っていたからわかったそうなのだ)

実は私の苗字はちょっと珍しい部類に入ると思う。
これまで46年生きてきて、同姓の赤の他人に出会ったのはこれで3人目というくらいだ(この家族の人たちは初めてだったそうである)。ご主人に聞いたところ、お互いの父親の出身地は長野県の富士見という町の近郊で、ほとんど同じであった。
「ルーツは一緒なのかもしれないですね」と短い立ち話をして別れた。

私の父親はその長野県の富士見で生まれ育った。
今でもそこに行くとさすがに同姓の家がけっこうある。
その町(昔は村だった)で、私の知る限り祖先は4代前まで遡る事ができる。
名前がわかる範囲で、という意味だ。
(以前戸籍をもらったのだ)

極めて少ない情報ながら、わかっている範囲内だと4代前のおばあさんは安政3年の生まれ。
西暦で1856年。その3年前にペリーが浦賀に来航している。
今NHKでちょうど『龍馬伝』をやっているが、まさにそんな激動の時代。
開国の雰囲気は長野県の田舎町には伝わっていたのだろうか。

3代前のおじいさんは明治13年の生まれ。
25歳で結婚し、26歳の時に祖父が生まれている。坂の上の雲の時代だ。
どんなご先祖様だったのか、名前とわずかな情報しか手掛かりがないからなんとも言えない。
たぶん代々農家だったのだろう。
昔何かで見た明治初期の農家の人々の写真が脳裏に浮かぶ。

以前父から昔の祖父の苦労話を聞いた事がある。
やっぱりいろんな事に悩みながらも、毎日の晩酌を楽しみに子供たちを育てていたのだろうか。
血は繋がっているのに、4代前になると何にもわからなくなってしまうというのもちょっと寂しい気がする。昔の、それも奥深い田舎の事だから写真も残っていない。
ご先祖様は今の私の暮らしぶりを見たら、果たしてどんな感想をもらすだろう・・・

翻って考えると、将来自分の子孫たちもやっぱり同じような感想を持つのだろうか。
4代あとの孫はどんな暮らしをしているのだろう。
幸い現代はいろいろな記録メディアがある。
写真やビデオはデジタルだから残るだろうか。
このブログはどうだろう。
密かにつけている日記なんか、読んだらびっくりするかもしれない。

「昭和39年生まれのおじいさんは面白い人だったようだ」
そんな評価が語り継がれるといいなぁと思うのである・・・


【本日の読書】
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海
「日暮らし(下)」宮部みゆき

2010年8月9日月曜日

指南役

先日の事、取引先との面談を終え汗を拭き拭きの帰り道、突然若いサラリーマン風の男性に声をかけられた。
「研修の一環なんです、名刺交換をお願いします」と彼は自分の名刺を差し出してくる。
「ああ、またか」と思う。
丸の内界隈では結構頻繁にこれをやっている。
私も何回か声をかけられた事があるし、声をかけているところを見たことも一度や二度ではない。

いつものように、「仕事以外では名刺交換しない事にしてるので」と断る。
これまでは「失礼しました」と簡単に引き下がってくれたが、今回の彼には粘られた。
一緒に歩きながら、「お願いします」と。
交換だけならいいが、あとでセールスの電話がかかって来ても面倒だ。
すると、「あとでセールスのお電話をするというわけではございませんので・・・」と彼が言う。
自分で言ってるじゃないかと、内心ちょっと微笑ましく思う。

30メートルくらいついてきたが、こちらも初志貫徹。
彼も諦め、次のターゲットを探しに行った。
暑いのに大変だろうが、残念ながらあのやり方ではあまり名刺は集められないだろうな、と思う。
自分はいつも応じないし、他所の人も見る限りでは相手にしていないようである。
まあ無理もない。

自分だったらどうするかな、とこういう時はいつも考える。
まず道端で知らない人に話しかけるなんてしない。
性格的にもできないし、そんな非効率的な事はやってられないクチなのだ。
どうやったら効率的に名刺を集められるだろうと考える。

手っ取り早いのは東京ビッグサイトあたりへ出掛けていく事だろう。
ここではいろいろ企業の展示会をやっている事が多い。
ブースを一つ一つ回ってちょっと話を聞いて、こちらの名刺を差し出せばまず応じてくれる。
あらかじめ少し専門知識を仕入れていって、うまく相手に合わせられれば完璧だ。
100社くらい出展している事もあるから、一つのブースで頑張って2~3枚集めれば、一日でかなりの数になるだろう。

努力は大切だが、その方向性を間違えると「無駄な努力」となってしまう。
私も今だからこそ、そんな風に考えられるが、これも過去の経験の賜物。
初めからそんな風に考えられたわけではない。
いろいろな失敗、試行錯誤、無駄な努力の蓄積の結果だ。
若い頃にそうした事を手取り足取り教えてくれる人がいたら、もっと違っていた事だろう。

浪人せずにストレートで大学に入れたかもしれない。
大学のラグビー部では、1年からレギュラーになれたかもしれない。
会社ではもっと出世していたかもしれない。
家に帰った時に出迎えてくれる奥さんだって別の人だったかもしれない・・・

変えられない過去を嘆いても仕方がない。
自分の経験値をどう活かすか、だ。
一番良いのは子供にアドバイスしてあげる事だが、どうだろう。
聞く耳はもってくれるだろうか。
できれば指南役となって、いろいろとアドバイスしてあげたいところだ。
いつか子供たちの恋の悩みに応えてあげられたら、自分の失恋経験も無駄ではなかったと言えるのだが、どうであろうか。

疎ましがられず、聞いてもらえるような工夫を今度は考えたいと思うところである・・・


【本日の読書】
「雨が降ってもよろこぼう」嶋津良智
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海
「日暮らし(中)」宮部みゆき
 
     

2010年8月7日土曜日

猛暑の休日

連日の猛暑である。
私は常々、夏は夏らしく、冬は冬らしく、男は男らしく、と常に「らしく」があるべき姿と考えているので、この猛暑も夏らしくていいと考えている。
確かに昼間の外出は大変だが、夜帰る時になると気温も下がって心地良く感じる。
これも昼の暑さがあったからだろう。

詳しい統計は調べたわけではないが、この猛暑でビールは売れているだろうし、プールだって大賑わいなのではないだろうか。
少しは景気にもいいのではないかと考えていたら、何と野菜が生育不足で値段高騰ときた。
雨の影響もあったらしいが、あちらを立てればこちらが立たず、はある程度は仕方がないのだろう。

妻と子供たちは揃って妻の実家のある大阪に帰省中である。
したがって家には私一人。
毎年の恒例行事であるが、これが私には結婚以来の息抜きになっている。
家族がいるのはありがたい事なのであるが、いればいたでの煩わしさというものがある。
そうした煩わしさから、たまには解放されたっていいだろう。

朝起きる時間から夜寝るまで、誰はばかることなく好きな事ができる。
食事だけは侘びしくなるがそれはやむをえない。
食べていてこぼしたって何にも言われないし、それくらいは我慢しないといけない。
そうして2~3週間一人で過ごし、「咳をしても一人」の状況にちょっと寂しくなった頃家族が帰ってくる。その賑わいに、また家族のありがたみがわかっていいのだと勝手に思っている。

ちょっと涼しくなった夕方、スーパーに買い物に行った。
夕飯のお弁当と夜映画を観る時の酒のつまみを購入。
最近は娘までが「夜中にお菓子食べるとメタボになるよ」と一々言ってくるようになったが、今日は気兼ねなく買えた。

帰り道、木々から蝉の大合唱が聞こえてくる。
不思議な事に蝉ってなかなか見つけられない。
鳴き声のするところに目を凝らしてみるのだが、今日もやっぱり見つけられなかった。
もっとものろまな人間様に見つけられるようなら、すぐに鳥なんかの餌食になってしまうだろうから、当たり前なのかもしれない。

家に帰りつくと何だか玄関先で違和感を覚える。
あるべきところにある何かがない、という違和感だ。
そしてそれが自転車である事に気がついた。
自転車がないのだ。「あ~」と、ため息が漏れる。

スーパーに置いてきちまった・・・

さて、今夜は何の映画を観ようかな。
貴重な一時だからたっぷりと満喫したいものである・・・


【本日の読書】
なし 


    

2010年8月6日金曜日

セブンの息子

5歳の長男と二人で先日の休みの日に「ウルトラマンフェスティバル2010」に行ってきた。
仮面ライダー と並んでこちらも長寿のヒーローモノだ。
最近はテレビでやっていないようであるが、たまにケーブルテレビでやっていたりするから長男も知ってはいる。

行ってみれば子供用の催しもので、ウルトラ兄弟や怪獣たちが展示され、ゲームがあったりショーが開催されたりしていた。
ショーではお姉さんに促されて、子供たちがウルトラ兄弟に声援を送る。
我が長男も、「頑張れ~」と声を張り上げていた。

有料のゲームを見つめていた長男に、「ゲームする?それとも何か買って帰る?」と尋ねると、間髪を入れず「買って帰る!」との答えが返ってきた。
長男が食い入るように見つめたのは人形。
「何個買ってもいいの?」
という問いに、「何個欲しい」と問う。
「4つ」とちょっと考えた末、長男は答える。
う~む・・・

1個840円だから良いかなとも思うが、一気に買え与えるのもいかがなものかと考え、「2つ」と言い渡す。長男もしばし遠くを見つめていたかと思ったら切りだしてきた。
「今家に怪獣がひとつあるでしょ。だからウルトラマンを2つ買って怪獣をひとつ買えば、2対2で戦えるよ!」と。
「なるほど」と感心。
「買って、買って~」とダダをこねるのではなく、冷静に論理的に説得しにきた姿勢に感動。
「さすが我が息子」と思わずOKを出しそうになった。

しかし、こちらもそれに応えるべく、冷静に対応。
「ダメ、2つだけ。それ以上買うと怪獣ママゴンが怒り出すからウルトラマンでは歯がたたないでしょ」と。わかったのかどうかわからないが、長男は納得。
考えに考えてウルトラセブンとウルトラマンゼロを購入した。

何で数多くいるウルトラ兄弟の中から古臭いウルトラセブンなのかと聞くと、「だってウルトラセブンが好きなんだもん」という。
嬉しい事を言ってくれる。私も実はウルトラセブンが一番好きだったのだ。あれはいい番組だった。再放送で何回も観た。
長男にもみせたいくらいだ。
しかもウルトラマンゼロはウルトラセブンの息子なのだという。親子と親子。円谷プロもなかなか味な事をやる。

交渉には負けても2体のウルトラマンを買ってもらってご機嫌な長男。災難だったのは、突然正義のヒーロー2体を相手にしなければならなくなった我が家の怪獣だろうか。嬉しそうに戦わせて遊ぶ長男に、今度はウルトラセブンのDVDを借りてきてみせてやろうかと考えた。私も久しぶりに子供の頃の感動を思い出したくなったのである・・・
(最終回は子供心に切なかったものなぁ・・・)


【本日の読書】
「雨が降ってもよろこぼう」嶋津良智
「日暮らし(中)」宮部みゆき
     
   

2010年8月2日月曜日

夏休みの自由研究

小学生の娘は現在夏休みの宿題である自由研究に没頭している。
今年のテーマは「グアム旅行記」。
先日の旅行をうまく利用しようという腹だ。
と言っても考えたのはママだ。
子供は言われるままというところがちょっと寂しい。

実は昨年の事、やっぱり夏休みの宿題で自由研究が出た。
親としては子供の宿題だし、本人に任せていた。
なにやら購読している学習雑誌から選んでやっていた。
そしたらクラスでの発表で、娘の宿題の内容のあまりのレベルの低さにママが青くなって帰ってきた。よそは親がかなりテコ入れをしていたようである。
「今年は知らん顔できない」と妻は鼻息が荒かった。

しかしなぁ、と私は反発。
どうみても親が手を貸したような自由研究を持って行ってそれでいいのか、と。
何のための研究なのか、と。
明らかに親が手伝ったような『立派な』作品を持って行くより、貧相であっても『自分の力でやりました』というものの方がいいのではないか。
少なくとも私が教師だったら、そういう子の作品にこそ評価を与えたいと思うのだ。

とカッコよく語ってみたが、実は自分も昔からこの手の『自由研究』の類は大の苦手で、なんで今頃になってまたあの悪夢のような体験を再びしなければならないのか、というのが本音である。
学校の先生には「自分の力でやる事」と子供たちに強く指導してほしいと切に思うのだ。

とは言え目の前の現実からは逃げられない。
結局テーマはいろいろ事例を探して『旅行記』とした。
ちょうどグアムに行くし、という事で旅行中に見たり聞いたりした日本との違う事などをまとめてレポートするようにした。出入国の手続きから(入国時には指紋まで取られたからアメリカで何かやらかしたら一発で身元がばれてしまうとか)、街のスーパーでの商品調査・価格調査なんかも入れてみたりした。

まあいろいろとヒントはあげてなるべく自分で考えるようにさせているから、これはこれでいいかもしれない。すぐに「次はどうするの?」と聞いてくるから、「どうすればいいと思う?」と切り返している(すると「わかんな~い」と返してくるから敵もさるものであるが・・・)。

ほぼ8割方完成したからほっとしている。
他の「親」がどんな作品を作ってくるかは知らないが、我が家は本人の自主性を重んじる方式でここまで作らせた。出来が劣ったとしても気にするまい。
小学校4年生としては十分に「らしい」仕上がりだ。
これで私も安心して夏を過ごせる。

と、これも私の性分なのだがついつい考えてしまうのだ。
「来年どうしよう・・・」
続けて海外旅行はいくらなんでも厳しいぞ。
職場に5年生の子がいる同僚はいなかったっけかな。
探してみないといけないと思ったのである・・・


【本日の読書】
「二つの真実」船井幸雄
「日暮らし(上)」宮部みゆき

    

2010年7月30日金曜日

グアム雑感その2

「ねぇ、グアムってアメリカ?」
グアムに行く前に娘にこう尋ねられた。
「う~ん、そうだよ」
一応、そう答えはしたものの、なんとなく自分自身も頼りない。
アメリカではあるものの、州でもないし何なんだろうとよくわからなかった。
詳しい歴史など知らないし、太平洋戦争でアメリカが日本から奪ってそのまま領有しているというくらいの認識だった。調べてみたら準州という扱いらしい。

グアムに到着した翌々日、イルカウォッチングツアーに出かけた。
ホテルのある中心部からバスで郊外に向かっている時の事、現地人ガイドさんが日本語でいろいろと話をしてくれていたのだが、あるところで「ヒダリテハ、基地デ~ス。ミサキゼンブ基地デス」と教えてくれた。どうやらその先にある岬というか半島全体が、海軍の基地だったようである。


基地と言っても鉄条網の向こうに広々とした野原とわずかな建物が見えるだけ。
軍艦などは見えもしない。
どうやら広大な敷地を占領しているらしい。
現地のチャモロ人ガイドさんの口調からは、それが広大な土地を占有する米軍に対する冗談なのか怒りなのかよくわからなかった。
どっちだったのだろう。

そもそもグアムの人たちは、州でもない、自分たちの国家元首である大統領を選ぶ権利もない現状をどんな風に考えているのだろう。空軍基地と合わせれば、島のかなりの部分を基地に取られている。グアムの大半がジャングルだと考えると占有している地域の割合は広大だ。アメリカは民主主義国家だから、現地の人たちも本土のアメリカ人と同様、自由な権利を保障されている。それに何だかんだで本土からの支援もあるし、観光でそれなりにお金が落ちてくるという事で、海の向こうの国の一部という地位に満足しているのだろうか。

主要な産業といったらやっぱり観光なのだろう。
とはいえ観光客は大半が日本を始めとするアジアの人たちだ。
(日本人も多かったが中国人も多かった。へんなメガネかけてるからすぐわかるのだ)
白人は少数派で、見かけた白人はというと、髪型からするとたぶん軍人さんではないかと思えた。それはそうだ。アメリカ本土からだと、わざわざグアムにこなくてももっと近くにハワイがあるからだ。私だってなんでグアムなのかと聞かれたら、ハワイは遠いからだ(料金も高いし・・・)。アメリカにとってみれば、グアムは基地以外の価値はないのではないだろうか。

まあ別に反政府運動が起こっているわけでもないし、大国の一部という地位はある意味保障されている事にもなり、それはそれで幸せなのだろうか。
我々は戦後の一時期を除いて、ずっと独立国家として存続してきた長い歴史がある。
だから歴史の違う国の一部であるという感覚はわからない。

地元の人たちの本音はどうなんだろうか。
単なる観光ではなく、そんな話を地元の人たちから聞くような旅を、いつかしてみたいと思った。
まあ子供たちが一緒に旅行なんかしてくれなくなってからだろうなぁ。
せめてそれまでに、もうちょっと英会話力を磨いておく事にしようと思ったのである・・・


【本日の読書】
「二つの真実」船井幸雄
「日暮らし(上)」宮部みゆき

【昨日の漫画】
「マネーの拳⑧」三田紀房
「ONE PIECE ①」尾田栄一郎
     
     

2010年7月27日火曜日

グアム雑感


夏休みを取ってグアムに行って来た。
5泊6日だったのだが、その間ニュースはほとんど見ず、またパソコンにもほとんど触れなかった。いつもまるで中毒のようにパソコンに向かっていたから、メールもブログもその他もろもろからも離れた生活であった。
たまにはいいものである。

南の島でバカンスというのは、個人的にはもっとも好きな海外旅行のタイプである。
名所旧跡を訪ね歩くというのもいいかもしれないが、青い空、透明な海、白い砂浜に囲まれたヤシの木の木陰かビーチパラソルの下にデッキチェアーを置いて、トロピカルドリンクを飲みながらのんびり読書をする。時折海に浸かって体を冷やし、夕方には街へ繰り出して、地元の人たちの生活の雑踏の中でそぞろ歩きを楽しみ、地元の人たちから教えられたレストランで舌鼓を打つ。そんなバカンスが理想的である。

ところが小学生と幼稚園の子供がいると、そんな理想とはかけ離れた姿となる。
何せ朝からプールだ海だとなる。小学生の長女はともかく、長男からは目が離せない。
水を怖がらないのはいいのだが、足のつかない深いプールでもどんどん入って行く。
頼もしくもあるが、何かあったら大変だからついていないといけない。
またウォータースライダーなどは、長男単独では利用できないものが多く、また出来ても勝手にさせておくわけにはいかない。

というわけで、トロピカルドリンクなんて言っている場合ではない。
バーカウンターを横目に長男と一緒になって水に浸かっている羽目になる。
ウォータースライダーなど何度長男と一緒に滑ったかわからない。
水に入っているとそれだけで体力を消耗するそうだが、つくづくそれを実感させられた。
夜は子供たちを寝かしつけると、間を空けず疲れて一緒に寝てしまっていた。
おかげで夜寝る前に読もうと思って、持って行った文庫本はほとんど進まなかった。
まあその分、睡眠時間だけは普段の倍近くたっぷりと取る事ができた。

考えてみれば東京にいたって、連日子供とプールに通っていたら、それは疲れるわなと思う。
長男だけだったら、何もグアムまで行かなくても近所の区民プールでもたぶん喜ぶだろう。
白いデッキチェアーは荷物を置くだけで遠くにある存在だったが、それでも透明な海ではゴーグルをして顔をつければたくさんの魚たちが見られた。江の島あたりの海や、近所のプールではそうもいかないから、それだけでも行った甲斐はあったというもの。

成田に着いて真っ先に聞いた蝉の声に日本の夏を感じた。
そう言えばグアムでは蝉の声は聞けなかった。
グアムでは、肌に突き刺すような日差しに目を細めていたと思ったら、一転して土砂降りの雨になり、10分もするとまた強い日差しという繰り返し。
雨季だから連日のスコールだったが、これだけの雨と太陽とだから植物も育つし、でっかいナメクジは這っているし、ヤモリが無数に這いまわり、蝶が舞い、聞いた事のない鳥の鳴き声があたりに響き渡る・・・
まあ南の島の雰囲気は十分味わえた。

とっても疲れたのは確かだが、家族が喜んでいたから良しとしたい。
「また来年も行きたいね」
子供にそう言われて、「じゃあ来年もまた行こう!」という声をすんでのところで飲み込んだ。
情けないが、こればっかりはな。
浮かれる事なく、こんなところは妙に冷静な自分にちょっと寂しい思いがしたのであった・・・

【本日の読書】
「二度目のノーサイド」堂場瞬一

          
     

2010年7月21日水曜日

夏休み

長男は先週で幼稚園は終わり。
長女も連休明けの昨日が終業式。
それぞれ待ちに待った夏休みである。
そしてそういう私も今週は夏休みである。

毎年この時期に夏休みを取っている。
我々銀行員は交代で休みを取るのだが、8月は休みを取りたいと希望する人が多い。
常に人のいないところに行きたがる天の邪鬼の私としては、必然的にこの時期に取るパターンが定着してしまった。結果、他の人と調整する必要がないから思い通りに休めるので便利である。
特に海外に行こうと思ったら、5月くらいから計画しないといけない。
この時期だと「取れる」という前提で準備できるから、誠に具合がいい。

そもそも8月にみんな休みたがるのはお盆があるからだ。東京では7月だが、地方では8月。
小学生から 御代田に行っていた私にとっては、7月と8月とひと夏に2回のお盆を経験していた。
それでも地方のお盆の雰囲気の方が、みんな集まって盛大だったせいか、「お盆と言えば8月」の感覚が今でも強い。

道路も鉄道も空の便も大混雑のお盆に休みを取って帰省する人たちは大変だ。
だからせめて休みだけでもスムーズに取れるように、私なりに貢献しているつもりなのである。
もうそんな夏休みが銀行に入って以来ずっと続いている。
だから私は8月に夏休みを取った事がない。

若い頃は、海外では1カ月も休暇を取ると聞いて羨ましく思ったものだ。
もちろん、今でも羨ましく思う。
我が銀行では入行から節目の年に2週間の休暇が取れるが、それがせいぜいだ。
昔はため息をついていたものだが、今になってみるとそんなに休みがあっても「軍資金」が乏しいから大変かもしれないと思ってみたりもする。
まあ無いなら無いなりに工夫するのかもしれないけど・・・

しかし、この時期同僚と休みの話をしていても、「する事がない」という話をよく聞く。
子供が大きくなると、やれクラブ活動だ、受験だと家族単位での活動が難しくなるようである。
ましてや日頃奥様に疎んじられているような人は、ぽつりと取り残されてしまうようである。
幸い我が家は子供たちが小さくて、一声かければ近所の区民プールだろうと喜んでついてくるからまだいい。けれどもうちょっとしたら・・・同僚氏の強がりながらも寂しげな背中を他山の石として、今から心掛けておかねばと思うこの日この頃である・・・

さて、今年の夏休みはグアムへ行く。
ここ数年寂しい夏休みを送って資金を貯めたから、思い切って行くのだ。
担当先では休みも取れずに頑張っている社長さん、社員さんがいるから、まとめて休んで遊んでこられるのはありがたいものだ。個人的にはいろいろ大変な事も抱えているが、一時的に忘れて楽しんできたいものである。

というわけで、一週間ほどブログはお休みします。
パソコンのない生活を送ってのんびりしたら、また再開いたします。
よろしくお願いいたします。

      

2010年7月19日月曜日

時間よ止まれ

最近ちょっと子供の作文に関心があって、本を読んだりネットで検索したりとしている。
そんな流れで目についたのが、もうあちこちで紹介されてすっかり有名になっているようだが、イチロー選手の小学校6年生の時の作文である。
「夢」と題されたその文章を読むと、表現はともかく内容には驚かされる。
こういう人物だから、やっぱりあれだけの成功をしたのだろうと思うのである。

我が身を振り返ってみるとどうだろう。
小学校の時に書いた作文などモノも記憶も残っていないが、唯一「時間よ止まれ」というタイトルの作文ならわずかに覚えている。なんだか矢沢永吉のパクリのようだが、私の作文が小学校4年(1974年)で、矢沢永吉のリリースが1979年だから、パクリではない。

ちょうど当時担任だった先生が大好きで、5年になってクラス替えになるのが嫌で、そんな気持ちを綴ったものだと記憶している。
3・4年時の担任だったその先生は、新卒の若い美人先生だった。
みんなに人気の先生で、当時同じクラスだった 「ライバル」の男なんかは、卒業してからも連絡しつづけ、どうやら今でも交流があるらしいくらいだ。
作文自体残っていない事は幸せな事で、たぶん今内容を読んだら赤面して表を歩けないと思う。

記憶に残っているのは、その後も事あるごとにこの作文のタイトルが脳裏をよぎったからだ。
特に楽しい事があると、それが永遠に続いて欲しくて、そんな気持ちにしばしばなったものだし、その都度漠然とながら作文のタイトルが脳裏をよぎったのだ。しかし、「諸行無常」、「万物は流転する」の言葉の通り、そうした時間は常に無情にも終わりを告げる。それは仕方ないにしても、たまにあの時に戻って人生をやり直せたらなぁと思う事は今でもよくある。

昔観たコッポラの映画に「ペギー・スーの結婚」というのがあった。それに加えて漫画では「代紋TAKE2」。両方とも突然若い頃の自分自身にタイムスリップして、過去の自分に戻って人生をもう一度やり直すというストーリーだ。

「ペギー・スーの結婚」は離婚を決意した主婦が、ひょんなことからハイスクール時代の自分に戻ってしまう。そして付き合い始めた旦那を前にして同じ道を歩むかどうか葛藤する。そしていろいろな経験をして現代に戻って旦那とやり直すというストーリーだ。

「代紋TAKE2」は、情けなく殺されたやくざが、昔の自分にタイムスリップし、「死んだ気になって」人生をやり直し、やくざの世界で見事にのし上がるというものだ。今の自分が今までの経験をもってもう一度若い頃の自分に戻ったら、もっと良い人生を歩めるだろう。少なくとも上がるとわかっている株をたくさん買い込むから、ひと財産は作れるはずだ(何て庶民的な発想なんだろう・・・)。

戻る時点にもよるが、自分だったらいつの時点に戻りたいだろうかとよく考える。
たぶん戻ったとしても大学までは同じ選択をするだろう。
そこから先でどうするか、になるだろうか。

「代紋TAKE2」では、新たにやり直した人生で、以前の人生の惨めな生活を主人公が唯一懐かしむシーンがある。それは子供を思い出すシーンだ。
元の世界で結婚してロクな事がなかったから、主人公も新しい世界では元の世界の奥さんには見向きもしない。別な生活を夢見て、別の女性へアプローチする。
だがそうすると当然元の世界で可愛がっていた子供は生まれて来ない。
仕方がないと思いつつも、子供の事を思う姿には考えさせられるものがあった。
人生をやり直すとなると、今手に入れているもののうち、手放さなければならなくなるものもあるだろう。そうすると判断は難しい・・・

もちろん、現実にはそんな事はあり得ないし、そうした空想に耽っている暇があったら、よりよい明日の事を考えた方がいいに決まっている。
頭では理解していても、「それでも・・・」とやっぱりあり得ない世界を夢見てしまう。

長女はちょうど4年生。
「時間よ止まれ」と思えるような楽しい時間を過ごしているだろうか。
これから夏本番。
そんな時間をたくさん作ってあげたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「子殺し」金沢克彦
     

2010年7月17日土曜日

高校野球の季節

我が母校の都立高校野球部。
今年は財団がピッチングマシーンを購入して野球部に貸与しているから、その成果を少しでも発揮してもらいたいものである。

さて、いよいよ夏の甲子園大会も近くなり、世間は熱く盛り上がりかけているが、実は個人的にはとっても冷めている。やっぱり天の邪鬼だからという理由もあるが、実は高校野球にはあまり良い印象を持っていないからである。それでも小学生くらいまでは、 大きな声で言えない思い出もあったりして、夢中になって観ていたものだ。基本は野球好きだから当然ではある。それが揺らいだのは、高校に入ってからだ。

すでにひねくれていて、結局 思うところあって野球部には入らなかった。
そしてラグビー部の門を叩いたが、練習となると、狭いグラウンドを各クラブが共有する。
もっとも面積を必要とするのが、野球とサッカーとラグビーだ。
必然的にそこには対立関係が生じてくる。

ルールを作って分けて使用していたが、特に問題なのは夏休み期間中だった。
この時期は朝・昼・夕と3つの時間帯に分けてグラウンド全面使用の練習ができた。
どの時間帯を選ぶかは話し合いなのだが、各クラブとも狙うは「朝」。
少しでも涼しい時間にという気持ちからであるが、そう大して違うわけでもないだろうが、溺れる者は藁をもすがるというやつだろうか・・・

ある時野球部が「朝」を続けて使いたいと主張してきた。
「甲子園の予選が午前中だから、同じ時間帯でやりたい」というのである。
確かその時、「じゃあ負けたらそのあとずっと『昼』でいいな」と念押ししたらうやむやと言っていた気がする。そんな最前線に私はいつもいた。

ちなみに大学に入るとこの時期はシーズンオフだった。
考えてみれば、ラグビーのような激しいスポーツは真夏にやるものではない。
大学は練習については極めて合理的で、前近代的な「根性練習」の高校とは大違いだった。
そんなシーズンオフを知って私は狂喜乱舞したが、高校でもオフにしてしまえばつまらない争いなどしなくて済んだのだと思うと、何とも言えない気分だ。

普段でも練習しているところにボールが転がってくる。
それは我々にとっては恐怖だった。
わざとしていなくてもそれは変わりない。
都立の狭いグラウンドゆえ、どこも苦労はしていたのだが、それが当時は特別野球部に向かってしまったのだ。

新聞には予選の一回戦から記録が載る。
「さわやか、さわやか」と持ち上げられる。
いつだったか、「バンビ」などというニックネームをもらっている選手がいたが、「男のくせに何がバンビだ」と呆れかえっていたものだ(本人のせいではないのだが・・・)。
そんなつまらぬ事で気持ちが離れていったのだ。
その余韻は今でも残っている。

とはいえ、母校愛はある。
どうせだったら少しは勝ち残ってほしいものだ。
私も「季節のあいさつ」に困らぬよう、戦績はきっちりと押さえておきたいと思うのである・・・
    

【本日の読書】
「子殺し」金沢克彦


       

2010年7月16日金曜日

ニュースに思う

今週は二つのニュースが目についた。
民主党が大敗し、にわかに菅首相の責任を問う声が出てきたのが一つ。
この「責任」というのが我が国では曲者である。
普通「責任をとる」と言えば、聞こえはいいが何の責任だかよくわからないケースが多いのだ。

確かに民主党は選挙で過半数の議席を獲得できなかった。
その一因には、菅総理の「消費税発言」は確かにあるだろう。
だからその責任を問う声が出るのもわかる気がする。
だが、そもそも民主党の支持率低下の原因を作った戦犯は鳩山元総理であり、小沢氏である事は間違いない。

もしも二人が辞めずに選挙に突入すれば30議席も取れなかったのではないだろうか。
菅さんの「消費税発言」がなければ50議席は取れたのかもしれない。
それが44で終わったとすれば、菅さんの責任は▲6議席となる。
ところがその前に30→50のプラスがあるから差し引き+14議席だ。
つまり功績こそあれ、マイナス責任はないはずである。

まあ企業にしろ、政党にしろ、すべての責任は最終的にはトップにある。
それはそうだが、なるほどと思えるようなものがあってほしい。
菅さんの「責任論」はどうやら消えたが、それは9月に党首選があるからなのかもしれない。
ただ今は民主党は足場固めをしないといけない時期。
党首選なんかやっている場合ではないと思うのだが・・・

もう一つのニュースは、日本振興銀行の木村元会長が逮捕された事だ。
一時は我が世の春を謳歌しているかに見えた木村氏であるが、とんだところで墓穴を掘ったものだ。
それにしても鳴り物入りで登場した日本振興銀行だが、結局は新銀行東京と同じく泥にまみれている。「貸し渋りにNO」と威張って登場した両行だが、結局は理想先行で現実知らずの素人集団である事を露呈しただけだった。

実は逮捕された木村元会長は、すでに「赤字の責任を取って辞任」していたが、これもおそらく尻から火がついて慌てて逃げようとしたのだろう。
あれだけの絶対権力者が、赤字くらいでしおらしく辞めるわけがない。
素直に「赤字の責任を感じての辞任」であるはずがない。
日本振興銀行も新銀行東京ももはや確実に存在意義はない。
どうするんだろう?

民主党もこれからどんな第2ステージになるのか興味のあるところ。
9月の党首選でまた首相が代わるようだとあまり未来は期待できそうもない。
銀行ならどうってことはないが、与党だと影響が大きい。
コケてまた自民党の天下となるのもなぁ・・・
華々しく得点争いをするならいいのだが、オウンゴール合戦だと見ている方も力が抜けるだけ。
我が国の明日はどうなるのだろうと思うところである・・・

【本日の読書】
「本当の学力は作文で劇的に伸びる」芦永奈雄
「心に響く小さな5つの物語」藤尾秀昭
「ぼんくら(下)」宮部みゆき
          
【昨日の漫画】
「マネーの拳⑦」三田紀房
「ゴルゴ13-157巻」さいとうたかお


    

2010年7月12日月曜日

選挙に行きましたか

昨日は参議院選挙。
私も5歳の長男を伴って、近所の中学校まで投票に行って来た。
「せんきょって何かおいしいもの出るの?」
と問う長男に対し、曖昧に答えて連れて行ったのには、ちょっと良心の呵責を感じてしまった。
ただ、小さいうちから投票に行く親の背中を見せておきたいと思ったのだ。

昨年は長女に対してストップをかけた選挙管理委員も、さすがに5歳の長男に対してはお咎めなし。
しかし、昨年の説明では、小学生は投票所に入れないと言うことだったが、見れば明らかに小学生だろうという子供を連れた有権者の人が投票していたから、知らないうちにルールが改定になったのかもしれない。いずれにせよ、投票率を上げようと思ったら、朝から宣伝カーで呼びかけるのもいいけど、子供の時分から選挙に行く大人の背中を見せるべきだと思うのだが、どうだろう。

何だか盛り上がりそうな雰囲気もあったが、蓋を開けてみれば投票率は57.92%。
やっぱり寂しいものがある。我が家にも約1名権利を放棄した人がいたが、連れていくべきだったな、とちょっと反省。
結果はともかく、もっと関心を持とうよと思わずにはいられない。
「変わらないから」という声はよく聞かれるが、以前も述べた通り、我が国の選挙システムは一票一票を確実にカウントしてくれるのだ。無関心派の人たちにはちょっとがっかりしてしまう。

私はと言えば今回は民主党には入れにくいものがあり、某政党に投票。
今回その政党は大躍進したからちょっと気分がいい。
民主党も10ヶ月でダメ出しするのはちょっと可哀そうな気もする。
それに首相は高校の先輩だし、応援したい気持ちは山々なのであるが、どうもすっきりと支持できないものもある。マニュフェストにも入れずに通そうと狙っている外国人参政権も、できれば堂々とやってほしいし・・・

それはともかく、結果はある程度予想された事とは言え、民主党には厳しいものになった。
選挙に行った人たちも、やっぱりそれなりに考えているのだろうから、与党の思惑通りというわけにはいかない。そういうところは国民のコントロールがきっちり効いているのだと思う。
「行けば変わる」のである。

ただ、だからと言って、政治家が国民の人気取り政策に走っても困るなぁという気もする。良薬は口に苦しではないが、反対を押し切ってでもやらなければならない事が出てきた時に困るからだ。まぁ我が国は国民性から言っても、特定の強力なリーダーが国民をぐいぐい引っ張るというパターンにはなり難いから、ある程度は仕方ないのかもしれない。

投票結果を見れば、亀井さんや福島さんの政党は議席を減らしている。
与党としての10ヶ月間を考えれば当然だと思うのだが、そう考える人が多数いたという事に心強いものを感じる。共産党も議席を減らしたし・・・
案外、国民の見る目はしっかりしているのかもしれないと思ってしまった。

さて、大事なのはこれから。
民主党も政権を失ったわけでもないし、この結果を真摯に受け止めて、よりよい明日を目指した政権運営を心掛けていただきたいものである。
自分もしっかりと関心を持って、行く末を見ていきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「日本の復元力」中谷巌
「ぼんくら(下)」宮部みゆき
     
     

2010年7月10日土曜日

夏はプール

梅雨の合間に思いがけなく晴れ渡った今日、思い立って子供たちをプールに連れて行った。
休みの日は子供たちと積極的に遊ぶように意識しているのだが、まあ今のところは二人とも喜んでついてくるから誘い甲斐もあるというものである。

何せ急に思い立った由の事、向かった先は石神井プール。
ちょっと距離はあるが、自転車で行ける区民プールである。
この天気だからか結構混んでいた。

こういうプールのいいところは、安くて気兼ねないというところだろう。
悪いところは何の変哲もないプール(50×25メートルと幼児用プール)があるだけなのと、来ているのはファミリーか子供たちばかりだから、「目の保養」には不向きであるところだろう。
ファミリーといってもやっぱり「パパと子供」の組み合わせが多かった。

何の変哲もないとはいえ、プールはプール。
暑い日差しに程よく冷たい水は心地良い。
二人とも水泳を習わせているので水は怖がらない。
5歳の長男もクロールを披露してくれた。
ダイナミックな彼のクロールは、知らない人が見たらたぶん溺れていると勘違いすると思うのだが、楽しくて必死な様子が微笑ましい。

そう言えば、事故と思われていた子供が、実は友達に川に突き落とされていたというニュースを見たが、やっぱり泳げるという事は大事だとつくづく思う。
泳げないというから面白がって突き飛ばしたのかもしれないし、そうでなくても、突き飛ばされても泳げたら何の事はない。ちょっとそんな事を考えてしまった。

自分自身振り返ってみても、小学校の時に2年間ほど水泳を習っていたが、やっぱり泳げると夏は楽しみも増えるし、いざとなった時も違うだろう。事件で亡くなった子には気の毒だが、ご両親はそういうところに感心てなかったのかなぁとついつい思ってしまった。

自慢なのだが、私は運動神経は良かったし、したがって2年間水泳の基礎を学んだ事はすぐ発展させられた。水泳大会なんかでも活躍できた方だ。もちろん、水泳部のように専門的にやっているやつにはかなわなかったが、それ以外にはそうそう負けていなかった。それに年頃になって、女の子とプールに行こうとなった時に困る事もなかった。

プールでは、最近はラッシュガードなるものを着用する事にしている。
昔だったら、自慢のボディを隠すなんてと考えただろうが、さすがに最近はメタボリックボディとなってしまったので、隠すところは隠し、かろうじて残っている筋肉を誤魔化しながら強調したいところだ。それにはラッシュガードは非常に有効だと気がついたのだ。
「魔法のブラ」に引き寄せられる女性の心理がよくわかる。
海岸に打ち寄せられたトドみたいなお父さんを横目に、まだまだ人目を意識する可愛い私である。

帰り道にあるマックで長女はサンデー、長男はマックシェイクで遅めのおやつタイム。
家までの道のりでは自転車の後ろに乗った長男は、早々に船を漕ぎだす。
健康的な一日だった。もうじき夏休み。
休みを心待ちにしている今時分がけっこう好きだ。
季節折々を楽しんでいきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「子殺し」金沢克彦

【昨日の漫画】
「マネーの拳⑥」三田紀房
「猛き黄金の国③」本宮ひろし
   

     

2010年7月8日木曜日

シーシェパード

昨日の事、同僚が帰ってくるなり「大変でしたよ」と報告してくれた。
彼は仕事で東京地裁に行っていたのだ(私もたまに行く)。
何が大変だったかというと、マスコミやら傍聴人やらでごった返していたらしい。
その人たちの目的はシーシェパードの船長だった。
昨日判決が言い渡されたこの裁判。
やっぱり世間の関心は高かったようである。

日本の捕鯨活動に反対して、これまでも過激な妨害活動を行ってきたシーシェパード。
自分たちこそ正義、そして正義であれば手段は正当化される、という考えはどうにもいただけない。
そもそも「正義」と言ったって、所詮は自分たちからの一方的な見方に過ぎない。
イスラム教徒の自爆テロだって、彼らからしたらアラーの思し召しにかなったジハードなのだ。

価値観というものは誠に厄介なものだ。
生まれも違い、育ちも違えば自ずと考え方も異なる。
自分には自分の価値観があり、正義があるのと同様、相手にもそれがあるという事に、実は気がついていない人は多い。シーシェパードも同様だ。

そのシーシェパードを支援するオーストラリア。
そのオーストラリアでは、カンガルーが毎年何千頭も殺されている。
我々にとっては誠に愛嬌のあるこの動物も、かの地では数が多すぎていろいろな害が出ているらしい。死んだ母親から胎児を取り出して踏みつぶす映像を見た事があるが、それで鯨を保護しろというのだからちゃんちゃらおかしいというものである。

一方、そういう観点から我が国の捕鯨活動を振り返ってみると、これだけの国際的な批判にさらされながらも、なぜ「調査捕鯨」を続けているのだろうと疑問に思う。
「調査捕鯨」しかしていないはずなのに、いまだに国内で鯨を食べられるのはなぜなんだろうという疑問が湧いてくる。しかも捕獲しているのは何百頭という数字だ。
何の調査か知らないが、そんなに毎年毎年何百頭も捕獲しないとできない「調査」なのだろうか。

それにそもそも鯨を食べないと生きていけないのかと言えば、当然ながらそうではない。
我が国には今、腐らせて捨てるほど食料が有り余っている。
鯨くらい食べなくったって平気だろうというものだ。
歴史的・伝統的な背景はあるにせよ、時代の流れや世界の中での立場を考えたら、そろそろなのではないかとも思う。

シーシェパードは確かにけしからんし、オーストラリアだってそうだ。
だが彼らには彼らの正義があって、それは我々の正義と同様尊重すべきものだ(ただ「やり方」は別だ)。本当に必要な調査ならこれからも続ければいいと思うが、ヒイキ目に見てもかなり怪しい感じがする。いっそのこと蓮舫さんに事業仕分の対象にしてもらったらどうだろうかと思ったりするのである・・・


【本日の読書】
「日本の復元力」中谷巌
「ぼんくら(下)」宮部みゆき
     
    

2010年7月5日月曜日

娘のともだち

週末の深夜に私は映画を観るのを趣味にしている。
バーボンをちびりちびりとやりながら、録り溜めした映画を一人楽しむのである。
そうすると当然翌朝は寝坊する。
先週末もそんなありふれた土曜日の朝だったが、寝坊していた私を起こした一本の電話。
それは娘のクラスメートの男の子からであった。

実は土曜日は近所で七夕のイベントがあり、私は娘と一緒に行く約束をしていたらしい。
電話を受けた娘が、「ねえパパぁ~」と甘えた声で寄ってくる。
「一緒に行く約束だったけど、友達と行っていい?」と聞いてきた。
もちろん、私に異存はない。
どうやら私と行くよりも友達の男の子と行く方を選んだようである。

世間ではよく娘にボーイフレンドができると機嫌が悪くなるお父さんの話をよく聞くし、それが世間一般のイメージでもある。
だが私には不思議とそういう感覚がない。
今回も「良いことだ」と心から思った。
ちなみに負け惜しみではない。

しかしなぁ、とここでまた思う。
我が身を振り返ってみれば、いわゆる初恋というやつは小学校4年くらいだったと記憶しているが、自分はどうだったかなぁ。
3・4年と同じクラスだった聖子ちゃんがその相手だった。
名前負けせずけっこう可愛かった。
だがその時は密かに「いいなぁ」と思っているだけだったし、二人で遊ぶなんてことはなかった。
ましてや相手の家に電話をかけるなんて、考えられなかったと思う。
今の子は大胆なのだろうか?

よくよく聞いてみると、どうやら家が近い子だったらしい。
どういう気持ちで娘を誘ってくれたのかわからないけど、他に男の子の友達はいなかったのだろうか。別に悪いとは言わない。ただ、女の子と遊ぶのもいいけど、今の時期は男同士でくんずほぐれつして遊ぶ方が優先されるべきではないのかなと思うのだ。

私が小学生の頃は女の子と遊ぶなんていうと、「女々しい奴」というレッテルを張られかねなかったような気がする。そんな古い感覚がなんとなく残っているせいか、最近の草食系男子の起源てこんなところにあったりするのではないかと思ってしまった。ちょっと怒られるとすぐ凹んでしまったり、80社受けて内定がもらえなくて不安だとうじうじしたり、メンタル面でやわな男が増えているのは、この頃のあり方が原因なのではないかと考えたりする。

「あの子の事、好きなの?」と訊ねたら、「う~ん、普通」と答えた我が娘。
本心か、はたまたはにかんで誤魔化したのか。
仲良く並んで公園へと向かう後姿を見ながら、日本男児の行く末を案じる私であったと書いたなら、ちと大げさというものだろうか・・・


【本日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「ぼんくら(上)」宮部みゆき

     

2010年7月3日土曜日

頼るな日本人

日経テレコン21でこんなニュースを目にした。
【大学生の就職に強い逆風が吹くなか、参院選で主要政党が掲げる就職支援策を学生らが注視している。就職活動は開始時期が早まり、長期化。大学関係者の間では学業への影響を懸念する声が強まっている。各党は相談態勢の充実などを訴えており、学生らは「今度こそ効果のある対策を」と、切実な思いで選挙戦を見つめている・・・】

これに続いて長引く就活で卒論に集中できなかったり、春休みも旅行やボランティアはできなかったり、「就職活動第一の大学生活なんておかしい」と感じる学生の声を紹介したりしている。
中には就職留年を経て就活2年目で、この間受けた企業は80社に上るが内定はないという学生さんの例も紹介されていた。その学生さんは「自分の何が悪いのか分からない」と不安を抱えているらしい。

企業の就職協定がなくなったうえ、厳しい状況のなか内定を得たい学生が早く動き出すために大学生の就職活動は早期化・長期化が目立っているという。
売り手市場の良い時代に就職した私としては、誠にいまの学生さんには同情してしまう。

しかし、だ。
それが何で選挙へつながるんだろうと、例によって疑問が湧いてくる。
厳しい状況には同情はするが、政治家になんとかしてくれという話ではないだろう。
そんなものは自分でなんとかするものだ。
就職活動で受けた企業が80社と聞いただけで、その努力には頭が下がる。
なのに1社も内定が得られないって事は、「そもそもあなた自身に問題があるのだろう」と言わざるをえない。不安になる前に考える事はあるはずだ。

先輩を頼って自分の欠点を指摘してもらうとか(そもそもそういう先輩がいるのだろうか)、他の学生があまり受けないような企業を攻めてみるとか、大学院で一つ専門を極めてみるとか、公務員狙いで必死に勉強してみるとか、若いんだからやる事はいくらでもある。
そもそも受けているところが、理想ばかり高くて、大手ばかり受けているのではないのだろうか?

世の中不況とはいえ労働のミスマッチはいたるところにある。
ハローワークに行けば、「年齢」という大きな壁に苦しむ中高年の失業者がうようよいる。
新卒で行けばすぐに就職などできる。
若手に来てほしい中小企業はたくさんあるのだ。
つまり内定がもらえないのは、「選り好みしているから」ではないのだろうか。
それをなぜ国が支援しないといけないのか?

「500円しか持っていないのですが、どこのレストランへ行ってもステーキを食べさせてくれません!」と文句を言っている人に対して、「では税金で1,000円補助しますからそれで安いステーキを食べて下さい」と言っているのに等しいのだ。
「吉野家に行けばいいじゃないか」と言いたい。

以前派遣斬りでも触れたが、何でもかんでも政府に求めるのはいかがなものかと思う。
何かで読んだが、昔の日本は役人が威張っていた。
サービスなんて言葉はかけらもない時代だ(今は幸いかけらくらいある)。
市民の陳情なんてないから役所も人手がいらなかった。
それがだんだんと国民に対するサービスの必要性が出てきて、それに合わせて公務員が激増していったのだという。だとすると、今の公務員天国は国民が自ら生み出した結果に他ならない。

確かに手を差し伸べなければならない人たちはいる。
そういう人たちを公的サービスで救うのは当然だ。
だがその前に国民一人一人が自立精神をもっと持たないといけない。
国に頼らず、誰かに頼らず、自分の生活は自分で支えるのが基本だ。
国に頼るのは最後の最後であるべきだ。

「若者の就職支援なんか国のやる事ではない!」ときっぱり断言するような政治家だったら、1票入れちゃうだろうな。でもそんな発言したら、物事の本質を考えず上辺だけしか見ないバカなマスコミが叩くんだろうな。そんな繰り返しが今の政治家の姿のような気がする。

かつて我が国は経済一流、政治は三流と言われた。
だが政治が三流なのは、選んだ国民が三流だからなのではないだろうか。
国民が真に自立して一流になれば、自ずと政治も一流になるのではないかと私は信じて疑わない。
せめて自分の子供たちは、しっかりと自立した人間に育てたいと思うのである・・・


【昨日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「ぼんくら(上)」宮部みゆき

【昨日の漫画】
「マネーの拳⑤」三田紀房
「猛き黄金の国②」本宮ひろし
     
    

2010年7月1日木曜日

長嶋と落合と野茂2


落合と野茂は長嶋とはちょっと違うパターンだ。
昔は「人気のセ、実力のパ」と言われ、パ・リーグには意外な実力者が多くいたものだ。
そんなパ・リーグで2年連続で三冠王に輝いたのが落合だった。
どんなバッターなのかと興味を持った。
そして見たのが独特の神主打法。
当時はダウンスイング(上から叩きつけるバッティング)全盛の時代。それをあえて下からすくいあげるアッパースイングを実践。

少年野球では振り遅れない為にバットを寝かせるように構える事を教わっていた。
それをあれだけ高く掲げる。
それで自在に振り切るのだから、プロの凄さを感じたものだ。
それに有名な「オレ流」。
天の邪鬼な私の心を捉えるのは十分だったのだ。

私は野球でもラグビーでも、教わった事を忠実に実行する「教科書通り」のプレーしかできなかった。大学に入って少しずつ工夫して自分流を研究していったが、やっぱり独自の道を歩む人には惹かれるものがあった。ちなみに初めて手にした野球選手の本が、落合の「勝負の方程式」だった。その本の中では、「4割も狙おうと思えば狙える。ヒットを打ちにいけばいいのだから。ただ僕はホームランバッターだから」と語っていたが、もし安打製造機に徹していたら、張本の3,000本安打の記録を抜くのはイチローよりも先だっただろう。当時は本まで買うほどまで入れ込んでいたのだ。
    
野茂を好きになったのもその流れからだ。
あのトルネード投法。
普通にやったらコーチが目をむくようなセオリーに反した投球フォームだ。
8球団からドラフト指名され、なんと近鉄に入団する。
テレビでトルネードを観たかったが、近鉄だとそれもなかなか叶わない。
随分とストレスを感じたものだ。

新聞ではバッタバッタと三振の山を築き、ミスターKと報じられ、デビューの年から数々の記録を作った。
そんな野茂が一躍日本中で話題となったのは、メジャー挑戦を表明してからだ。私自身は野茂が見られなくなるのかと(それまでも見る機会は少なかったくせに)残念に思ったものだ。ところがその後の活躍は周知の通り。皮肉にもかえって野茂を見る機会が増えてしまったからわからないものだ。

たぶん、あのフォームの事だ。
いろいろと批判はされたのだと思う。
「出る杭は打たれる」のが我が国の社会。
ところが「出過ぎると打たれない」のも我が国の社会。
落合も野茂も出過ぎたために打たれなくなった。
みんなと同じ、言われた通りにする、そうした事が特にスポーツの世界では重視されがち。
子供の頃は外人選手というとみんな個性的なフォームばかりだった記憶がある。
それだけ日本人選手が型にはまっていたとも言える。

基礎はどうしたって大事だから、それはきちんとやらなければならない。
だが、ある程度いけば自分流に創意工夫というものが必要になってくる。
「誰がなんと言おうと自分はこのスタイルでいく」というものがあれば、やっていて自信にもなり、また面白くもある。ラグビーで、高校時代の(コーチの教えの)呪縛から逃れられた時、それが私がタックルに開眼した時だった。教えられた通りではなく、自分で一番効果的なタックル方法を身につけたのだ。

落合と野茂の二人からは、「我が道を行く」という強い姿勢を感じる。
そんな強烈なオーラが私には眩しく感じる。
こういう選手がこれからもたくさん出てきて、たくさんの子供たちが影響を受けたら、野球もサッカーもラグビーも、ひょっとしたらもっと面白くなるのかもしれないと思うのである・・・



【本日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「ぼんくら(上)」宮部みゆき
     

2010年6月29日火曜日

長嶋と落合と野茂1

まだラグビーの世界に入る前、私は野球少年だった。
親父が毎晩ナイター中継を観ていたし、小学校時代は友達と毎日のように校庭で野球をやっていた。ナイターはすべてジャイアンツ戦であり、自然と私もジャイアンツファンとなった。その頃の最初のヒーローは長嶋茂雄だった。

と言ってももう晩年だったと思う。
かつてONと言われていたが(3番王、4番長嶋でONだ)、すでに3番長嶋、4番王となっていたし、それも最後の年は打撃不振で1番とか7番とかになる事もあった。夢中になって長嶋の一挙手一投足に注目していたから、今でもバッターボックスに入ってから構えるまでの一連の動作を思い浮かべる事ができるほどだ。
そして私が小学校4年の時に長嶋は引退した。

ちょうどその頃前後して、町内野球のチームに入った。
背番号はというと、その頃はみんな「3」をつけたがる傾向があった。
当時からすでに天の邪鬼が入っていた私は、「3」をあえて避けて「6」にした。
何の意味もない、ただ誕生月と一緒にしただけだ。
それでも後年、大学のラグビー部で手に入れたレギュラーゼッケンが「6」だったから、何らかの相性のいい番号だったのかもしれない・・・

小学生当時は野球一色で、友達との話題もそうだった。
引退してもやっぱり長嶋が好きで、友達と自転車を飛ばして田園調布の自宅を見に行った事もあったし、多摩川の巨人軍グラウンドに行った事も2度や3度ではない。
ある時、偶然多摩川の巨人軍グラウンドで長嶋監督を見つけた。
生で見る長嶋は感動モノであった。

その長嶋が、練習後にあろうことか目の前まで歩いてきた。
その場にいた他のファンと一緒に長嶋を囲んで夢中になってノートを差し出した。
目の前で長嶋がそのノートにサインをしてくれた。
あの時の感動は格別だった。
ずっと大切にしていたサインだったが、引っ越しの混乱でどこかへ行ってしまったのがとても残念だ・・・

その後はテレビであのユーモラス過ぎるキャラクターとエピソードで国民的な人気者だ。
誰も悪く言わないし、また本人も他人の悪口・批判を言わない(少なくとも私は聞いた事がない)。そんなスタイルは社会人として自分も真似したいと思っている(なかなかできないが・・・)。
そう言えばあの野村監督も、現役時代得意の「囁き戦術」が王と長嶋にはまったく通用しなかったと告白している。王は集中力が強かったかららしいが、長嶋は囁きをまったく聞いていなかったというところが「らしくて」いい。

家族に関してはいろいろと大変なようだが、選手としても監督としても人としても、愛すべき人物だと思うのだ。野球に夢中になっていたあの頃から、目の前でサインしてくれたあの時から、それは今まで変わらない。

それにしてもあのサイン、どこ行っちゃったんだろうと残念でならないのである・・・


【本日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「ぼんくら」宮部みゆき

    

2010年6月27日日曜日

マスコミを信じてはいけない

金曜日に今度の参議院選挙の案内が届いていたが、外へ出ればもう候補者のポスターがベタベタと貼ってある。いよいよまた選挙だが、今回も誰に一票を投じるかは悩ましいところだ。
(何だかんだ言っていつもそうなのであるが・・・)

それにしても、と毎度ながら思う、日本のマスコミはどうにかならないものかと。
思いつき・場当たり的な報道。日本人は真面目で新聞を読まないのは悪という考えが浸透しているから、そんなマスコミの意見をまともに受ける。国民に対するマスコミの影響度が大きいから、政治家もそれに合わせて右往左往する。

国民一人一人がよぉ~く考えてニュースを見ていれば、何となくおかしいだろうというような事には気付くと思うのだが、どうなんだろう。もっとも私も関心の薄いジャンルについては、マスコミの流す情報を「ふ~ん、そうなんだ」と受け流すから、あまり人の事をとやかくは言えないかもしれない。

決戦前は岡田監督の率いるサムライジャパンを批判的にみていたくせに、カメルーンに勝った途端、岡田監督は名将と讃え上げられた。小沢一郎を叩きまくった割には、小沢一郎の何がどう悪いのか、ニュースを見ていたはずなのにいまだに私にはわからない。検察だって2度も控訴を断念したのにまだ悪者扱いしているが、いったい何が悪いのだろうか。

昨年は民主党に対して「マニュフェストに拘りすぎ」と批判した。
しかし、そんなら今回のマニュフェストに何が書かれていようが関係ないように思うのだが、今年はそうでもないらしい。それとも選挙が終わったら、また拘るなと言うのだろうか。

よく考えてみれば記者だってサラリーマンだ。
会社の方針には従わなければならない。
朝日新聞の記者は、絶対に憲法改正賛成の記事は書けない。
世間の関心を集めそうな事を書いて無難に過ごそうとしているのなら、場当たり的・日和見的な記事も頷ける。小沢一郎はとにかく悪人にしておけば、国民はさもありなんと思うだろうし、無難に過ごせるのだろう。

私がこんな風にマスコミに対して斜に構えるようになったのは、銀行員として経済の最前線にいるゆえに、金融音痴なニュースに接して辟易した経験が何度もあるからだ。
「こいつら全然勉強していないな」というのを何度も感じたからだ。
世間一般ではマスコミの情報が絶対視されているが、ほんとうに歯痒い限りだ。
大半の記事は「嘘は書いてないが、正確ではない」と考えて間違いないと思っている。

とはいえ、我々は選挙に関する情報はマスコミに頼るしかないのも事実。
どうしたって正確ではない情報を大量に浴びなければならない。
自分の常識と感性を頼りに取捨選択していくほかはない。
若い記者が上司に言われた筋書きにそって取材し、記事にしたものを我々は見ている。
新聞やテレビの向こう側にはそんな世界がある事を想像し、対応していきたい。

最後にあるブログで見つけたものをご紹介しておく事にする。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

新潟中越地震を取材した記者のこんな裏話の記事を見つけた。
****************************
地震発生の2週間後に被災地に取材に入った。
コンビニには商品がぎっしりと並び、地元の人々はのんびりと生活していた。
地元の人に被害を聞くと被害を受けた地区もあると、まるで他人事。
被災地のコンビニもすでに営業をはじめていた。

救援物資を積んだトラックが着くと「また来たのか」とウンザリしていた。
引き取り手のない救援物資は山のように積まれていた。
地元の人たちは、村に入り込んできた大勢のボランティアやマスコミ関係者など外部の知らない人が出入りすることに不安を感じていると言う。露骨に嫌な顔をする住民もいた。

地震で亡くなった子供の同級生にしつこく取材を続け、その子供が泣き始めると「ようやく泣き顔の絵が撮れた」と言っている取材関係者もいた。
****************************
報道のためには「被害は甚大」でなければならないし、「被災者は悲惨」でなければならない。それはマスコミ関係者が被災地へ入る前からのシナリオでありマスコミトップの指示でもある。
被害が予想より少なくても「甚大な被害」を映さなければならないし、住民がのんびり暮らしていても「悲惨さ」を演出させなければならない(以下略)
     
こんなものなのだろう・・・


2010年6月26日土曜日

週末金曜日の雑感

朝起きてネットでニュースを見るとサッカーワールドカップで日本の勝利。これにはちょっと驚いた。良くて引き分けと思っていたのに予想外の大差だったからだ。今日の話題はこれ一色だなと思う。

案の定というか、まあみんなよく観るなぁと感心する。取引先の社長なんかは、「観なかった人はサッカー嫌いか非国民だよ」と言い切った。確かに・・・でも愛国心は旺盛だから、日本の勝利は嬉しいと思う。韓国が決勝トーナメント進出を決めているから尚更だ。
やっぱり韓国に劣るのは腹だたしい。それがサッカーでも、だ。

先の社長にはさっそくラグビーのワールドカップについて一通り説明。なんと「ラグビーにもワールドカップがあるの?」と驚いていたからがっくりだ。世間の認識なんてこんなものなのかもしれない。それでも10分くらい熱弁を振るったら、「来年のワールドカップは観てみよう」という事になった。世間の関心1名様獲得!

昼にはオフィスで外気温が30度を越えたというアナウンスが流れる。いよいよ本格的な夏である。一日の仕事を終え、いつもお手伝いさせていただいている財団の会合に顔を出し、一日も終わる。

週末の金曜日は、駅前の漫画喫茶に寄る。一週間の終わりに半ば習慣と化している気分転換というかご褒美とでもいうべき憩いの一時である。
最近読んでいるのが「マネーの拳」。元ボクシングのチャンピオンが心機一転、ビジネスの世界に飛び込むストーリーだ。作者は「ドラゴン桜」の三田紀房。

資金難、従業員との軋轢、ライバルとの競争等いろいろな要素が絡み合っていてなかなか面白い。たかが漫画と馬鹿にできない。起業を考えている人はこういう漫画を読んでおくと役立つんじゃないかと思う。

滞在時間はだいたい1時間~1時間半と決めてある。あんまり長々と漫画を読んでもいられない。今夜は映画も観たいし・・・

今週も平穏に過ごせた。
実家の母親もここのところ少し良くなってきているのが良いニュースだ。
来週から7月。もう一年も半分が過ぎたのだ。

家に帰れば参院選の案内が届いていた。さて混迷する政局はますますどこに票を入れようかと難題を投げかけてくれる。レベルの低いいい加減なマスコミに踊らされないよう、よく考えて一票を投じたいものだ。

さて、今年の夏はどれだけ暑くなるのだろうかとあれこれ思うのである・・・


【本日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「最悪」奥田英朗
     
    

2010年6月23日水曜日

大事な事は何だろうか

先日の事、知人が転職した会社が倒産したと聞いた。
そのニュースをもたらしたのは今の同僚。
半分憐れみ、半分は一時は成功した者が失敗した事を快く思っている印象を受けた。

転職した彼とは、一時は机を並べて仕事をしていた。
「俺は最後までこの会社にしがみつく」と宣言していた彼の、突然の転職宣言には驚いたが、あとでその彼を翻意させるに足る破格の好条件だったと聞いて納得した。
その時は羨ましく思ったものだが、今日の結果をみるとどうなのだろうと思う。

先日あるところで話をしていて、就職ランキングなるものが羨望の眼差しで語られているのを知った。就活学生にとっては一つの大きな指標となっているものだ。
だが、就職という人生の一大事を決める時に、あれほどいい加減な指標はない。
何もわからない学生の就職希望ランキングなんてこれほどいい加減なものはない。
みんなが美人だと言うだけの理由で、その美人と結婚したいと思うのと同じだからだ。
美しいバラも飛びついたら棘だらけということだってある。

私が就職の時に偉かったのは、当時入る事を決めた銀行に対し、将来倒産しないとは限らないから、そうなっても恨みがましい事を言うまいと既に決意していた点だ。
けっして将来安泰などとは夢にも考えていなかった。
(そして事実、後年実際に吸収合併されて元の銀行は消滅したのである)
私にそう思わせたのは、学生時代の監督の存在だ。

私が今も尊敬するその監督は、学生時代優秀で本当は東大に行くはずだったのが、学園紛争で入試が中止となり、やむなく我らの大学に来たという人だった。
その監督は卒業して、当時のトップ企業に就職した。
しかし、不況の影響で私が就職する時には、その企業のかつての栄光はすっかり寂れてしまっていた。もちろん、就職ランキング上位には入っていなかった。
「企業は10年後、20年後にどうなっているかわからない」
それが、その監督の背中を見ていて学んだ事だ。
(今その監督はその大企業の副社長だからやっぱり超優秀な方なのだ)

希望の大企業に入れたから安泰、入れなかったからお先真っ暗、そんな事はまったくない。
転職して羨ましいぐらい成功している知人もいれば、先の知人のようなケースも数多く見聞きしている。何がよくて何が悪いかはわからない。

長男の通う幼稚園は近所では一応「お受験幼稚園」の一つとされている。
我が家は、長女が卒園後近所の公立小学校へ入学した通り、お受験なんてつもりはさらさらない。
しかし、熱心なお母さんはいる。子供をお受験させて、いい学校に入れてどうなるのだ?という私の根本的な疑問は常にここにある。

一流大学を出たところで一流企業に例え入ったとして、それが何になる。
10年後には倒産しているかもしれないのだ。
あるいは破格の好条件でヘッドハンティングされたところで、先の知人のようになるかもしれない。
結局のところ、○○に入れば大丈夫などという事は幻想でしかない。
公務員だって心の病になってしまうかもしれない(それでも手厚い保証があるからいいということかもしれない)。

そんなもので勝ち負けなんて判定できないし、もちろん、先の知人だってこれが人生の転機となって次のチャンスにつながる事もあるわけで、この結果だけをもって、「馬鹿だなぁ」とは決して言えない。転職した知人が失敗例で残った私が成功例かは、人生が終わるまで結論は出ない。
いくら大きな船でも沈む時は沈む。
大事な事は大きな船に乗る事ではなく、荒海に投げ出されても大丈夫なように準備を怠らない事だ。

いつかまたどこかで彼と会って、その後の人生を比べあった時に、大きな船の真ん中で縮こまっていただけなんてならないようにしたいものだ。今のところ荒海に飛び込むつもりはないが、いつ放りだされても困らないように鍛錬だけは続けていきたいものである・・・


【本日の読書】
「たった1通で人を動かすメールの仕掛け」浅野ヨシオ
「最悪」奥田英朗
    
    

2010年6月20日日曜日

ワールドカップに思う

サッカーのワールドカップ南アフリカ大会が盛り上がって来ている。日本代表がカメルーン戦に予想外の勝利を収めたものだから、尚更かもしれない。夕べも新宿の街ではブルーのユニフォームを着たり、ブルーのタオルを首に巻いた若者たちをあちらこちらで見かけた。飲み屋の店員さんにもその話題を振られたし、いやが上にも盛り上がりが感じられた。

私はサッカーは好きではないが、何せ日の丸の話だからやっぱり日本代表には勝ってほしいと願っている。日本代表ならばサッカーだろうが、卓球だろうがそれは日本人として応援したいと思うのだ。しかし、ラグビーの日本代表がワールドカップに出場してもこれだけの盛り上がりはない。それが残念でならない。

なぜラグビーはサッカーに比べてマイナーな存在に甘んじているのだろう。
歴史的にはサッカーの方が古い。サッカーをしていたエリス少年が、勢い余ってボールを持って走り出してしまったのがルーツとされているエピソードがあるくらいだ。だが、それだけではないだろう。

「ルールが難しい」という話はよく聞く。
しかし、「ボールを前にパスしてはいけない」という事はわりと広く知られているし、相手の陣地にボールを置けばトライというルールは単純だ。
難しいルールは確かにあるが、素人感覚でゲームの動きを追うのに阻害要因となるほど難しいルールがあるとは思えない。イメージだけのような気がする。

昨夜のサッカーの試合は観なかったが、結果は1点差の負け。
それがFIFAランキング4位のチームと45位のチームの実力差を正確に表す点差なのかどうかはわからない。奇しくも昨夜ケーブルテレビで、ニュージーランド・オールブラックスとオーストラリア・ワラビーズのラグビーの試合が放映されていた。IRB世界ランキング1位と3位の、マニア垂涎の試合だ。
結果は19-18でオールブラックスが薄氷の勝利を収めた。
実力が伯仲している両者の激突に、1点差というのはふさわしい結果だ。

試合を観ながら、サッカーとの違いを素人目線を意識して考えてみた。
サッカーの試合とはまず動きが違う。
足でドリブルしながら進むサッカーと持って走るラグビーではスピードも動きも格段の差がある。
立ちはだかる相手を抜くにしても、ラグビーには、
1.ぶち当たって相手を吹っ飛ばす
2.華麗なるパスで抜く
3.ステップ(左右の素早い動き)やスピードによって抜く
というバリエーションがある。

走る攻撃とキックの攻撃との組み合わせがあり、フォワード同士の力と力の激突、バックス同士のスピードとテクニックの対決などは、観ていてもサッカーより遥かに面白い。
トライ5点、ペナルティゴールなどが3点、トライ後のゴールが2点と得点パターンが分かれており、単純にトライ数だけでは勝敗がはかれないところも面白いところだ。
先入観なく見比べれば、絶対にラグビーの方が面白いはずだと思う。
エリス少年が興奮してボールを持って走ってしまった気持ちがよくわかる。

あとはイメージだろうか。
私がラグビーというスポーツを知ったのは、「われら青春!」という懐かしいドラマだ。
その後、「スクールウォーズ」というドラマで、ラグビーはかなりイメージアップした。
(私はくだらなくて観ていなかったのだが・・・)
こうしたドラマを利用するという事も有効な気がする。

来年はいよいよラグビーのワールドカップ(NZ大会)だし、2019年には日本開催だ。
なんとかもう少し世間の関心を集められないものかと思う。
これだけ面白いスポーツなわけだし、日本代表にももっと強くなってもらいたいし、そのためには、せめて自分の周りにいる人たちから啓蒙していきたいと考えている。
それが日本のラグビーに対する私のできる小さな貢献だと考えているのである・・・


【昨日の読書】
「野村の革命」野村克也
「会社蘇生」高杉良
     
    

2010年6月18日金曜日

懐メロ

 家でしばしば音楽を聞く。
と言ってもじっくりと瞑想しながら聞くような暇はないので、むしろパソコンに向かいながらの「ながら族」だ。BGM代わりに聞いているといったところだ。昔はラジカセだったが、今はパソコンだ。CDも聞けるし、iTunesで聞いたりもできる。もちろん、 YouYubeもある。

 何を聞くかと問われると、昔の曲がほとんどだ。車に乗るとBGMは嵐なのだが、それは嵐にハマっている長女に毎回せがまれるからで、私の趣味ではない。そもそも最近のアーティストはよくわからない。テレビで音楽番組を観るわけでもないし、ラジオもあんまり聞かないから音楽に関しては鎖国状態だ。そんなわけで音楽でも聞くかとなると、一昔前に流行った曲ばかりとなるのである。

 まあ一番新しいところで浜崎あゆみだが、持っているCDで一番新しいのは何年前のものだろうといった具合だ。そんな傾向を裏付けるが如く、気が付くと持っているCDはベスト版が多かったりする。井上陽水、ABBA 、QUEEN、ジョン・レノン、ビリー・ジョエルといったところだ。聞いていた当時は新しかったのだが、今はすっかり懐メロだ。今時の若い人が聞いたらどう思うのだろう。

 YouTubeなどでは思うままに検索したり、リンクを辿ったりするからもっと多岐にわたる。これがけっこう気に入っている。例えば井上陽水などを数曲聞くと横のリンクに玉置浩二なんてのが出てくる。そこをクリックして玉置浩二に飛ぶと、次は安全地帯があって、その次は、と次々にリンクを辿っていくと思いがけず忘れていた懐かしい曲に出会ったりする。中村雅俊の初期の曲なんかは最近のお気に入りだ。すっかり新しいアーチストに関心が向かなくなってしまったのが、いい事なのかどうなのか。

 最近の事、昔流行ったCMソングでずっと聞きたくて仕方がなかった曲を見つけた。どういうわけか妙に耳に残っていて仕方がなかったのだが、マイナーゆえに長い間CDも見つけられず、ネットでも見つからなかった。そうするとますます聞きたくなってしまうのが人の常。お金を出してでもと思っていたのだが、YouTubeであっさり見つかった。
『オレンジ村から春へ』
聞いてみれば大した事はないのだが、それでも懐かしかった。YouTubeって凄いなぁと改めて思った次第である。

 懐かしい曲を聞きながら、時としてその曲を聞いていた当時の思い出がよみがえってきたりする。そんな一時は、結局のところストレス解消タイムになっていたりするのだが、なんだか懐古趣味に浸っているような気がしないでもない。昔カラオケでど演歌を熱唱していたおじさんたちを笑えなくなってきているような気もする。

 まぁ聞いている姿を人に見せるわけでもないし、自分が良ければそれで良いのだから気にする事もないだろう。案外同じ世代の人間はみんなそうなのかもしれないと思ったりするのだが、どうなんだろう。と書きながらもBGMは「俺たちの旅」だったりするのである。
(あれはいいドラマだったよなぁ・・・)


【本日の読書】
「野村の革命」野村克也
「会社蘇生」高杉良

      

2010年6月16日水曜日

サッカーワールドカップ

サッカーのワールドカップが始まった。
個人的にはまったく興味がないのでどうでもいいことなのだが、それでも話はそこここで目にし、耳にするから、嫌が応でも情報は入ってくる。
職場の同僚も途絶えていた年頃の娘と共通の関心事ができたと、毎日うきうきしている。
ここのところ親娘の会話が復活して、家に帰っても楽しいらしい。

そんな人たちの盛り上がりと期待もあってか、とうとう下馬評をひっくり返して日本代表は初戦のカメルーン戦に勝ってしまった。私は非国民ではないので、世界の桧舞台で日本が勝ったとあれば、それがサッカーだろうが卓球だろうが素直に喜ぶ。韓国が勝ってるんだから負けてどうするとも正直思う。だが、前日までの報道はどこへやらの、「勝てば官軍」という相変わらず節操のないマスコミの姿勢には辟易する。

朝刊で結果を知って「ほおっ」と詳しく記事に目を通す。
すると日本は世界ランキング(FIFA)で45位で、カメルーンは19位だという。
45位が19位に勝つわけだから大番狂わせなのだろう。
事実、海外のメディアは「今大会で最大級の番狂わせ」「サプライズ」と驚きをもって報じている。
まあ、予選突破に関しては「これが(日本には)最後の幸運」で「(日本と同組の)オランダ、デンマークは何の心配もない」とも報じているから、そんなもんなのかもしれない。

しかし、と思う。
その前には47位の韓国が12位のギリシャに勝っている。
ここでも大番狂わせなのだろうかと思うと、このサッカーのランキングって一体何なんだと思わずにはいられない。ちなみにラグビーではこんな事はあり得ない。
日本はIRBランキングで13位だが、32位の韓国や34位の香港には圧勝する。
逆に11位や12位に勝てるかというと難しい。

実はあやしいのはランキングというよりも、サッカーという競技そのものだと、個人的には思う。
球技なのに手が使えないという考えてみれば不思議なルール。
当然、その分自由度は落ちるからなかなか点が入らない。
だから点が入るとキチガイのように喜びまくる。
そして1点入れば、断然有利になる。

ランキングで差のあるチームだってちょっとしたコンディションで0-0なんて展開はざらだし、何かのはずみで1点入ればそれで勝敗がつく。
大番狂わせが起こりやすいとも言える。
他のメジャースポーツではまずあり得ないのではないだろうか。

それでもやっぱり日本がブラジルに勝つなんて事は、今のところまずあり得ないだろうし、大番狂わせもランキングトップ10のチーム相手ではないだろう。
海外のメディアが報じるように、「もう一勝」は極めて難しいのだろう。
サッカーは好きではないけどやっぱり日の丸背負っている以上は、それでももうひと踏ん張りしてほしいところだ。

試合を観る事はないが、新聞は読むしネットのニュースも観る。
毎日娘さんとお話して楽しそうな同僚氏も微笑ましいし、特に応援はしないけど頑張ってねと、とりあえずは言っておきたいところである・・・


【本日の読書】
「世界一愚かなお金持ち、日本人」マダム・ホー
「会社蘇生」高杉 良

    

2010年6月12日土曜日

運動会

今日は長女の小学校の運動会であった。
一昨年までは秋にやっていたのだが、昨年からこの時期に変更となったのだ。
去年は雨で順延となったから、今年は晴れるといいなと考えていた。
願いかなって快晴。
しかし・・・
暑過ぎてへばってしまった。
炎天下でビデオを撮るのはなかなかの苦行だ。

小学校ともなると6学年もあるから、勢い各学年の演目は少なくなる。
かけっこと団体競技とダンスの3種類だ。
それにPTAの協議と代表選手によるリレーがプラスされるだけである。
考えてみれば、よく考えられた3種目だ。

足の速い子はかけっこで目立つ。
そうでない子には団体競技があるし、そもそも運動が苦手な子にはダンスがある。
みんなどれかで輝けるように考えられているわけである。
我が長女は昨年はダンスで活躍した。
娘らしく、指の先まで丁寧に踊っていたので、あとで褒めてあげたのだ。
今年は「かけっこで一位になったらお寿司に行きたい!」と宣言して、長女は登校して行った。

かけっこは低学年50メートル、中学年80メートル、高学年100メートルとなる。
だいたい走り方を見ていると、その子の運動神経がわかる。
早い子と遅い子の差は、走り方に如実に現れる。
そう言えば、私も足は速かった。
リレーも常に選手に選ばれていた。
ラグビー日本代表がワールドカップに出場するのが決まりきっているように、私がリレーの選手に選ばれるのは、もはや常に決定事項であったと言っても過言ではない。

そんな私の血を、どうやら長女は受け継いでいないようである。
昨年は3位。
しかし、なんと今年は1位。
と言っても、それは事前のタイムトライアルで同じような足の子を集めていたらしいから、別に大した事ではない。それでも1位は1位で嬉しかったようである。

私も小学生の頃はかけっこ命であった。
リレーがやっぱり力が入ったものである。
おおよそスポーツでは足の速い事は有利になる事はあっても不利になる事はない。
足が速いというのは、持って生まれたものか後天的なものかわからないが、それで運動会では随分いい思いをした。我が家には運動会の前日に雨乞いをしたという人がいるが、そんな事もせずにいい思い出ばかりだ。残念ながらパパに似なかった長女はどうだろう?

見事公約を果たした長女。
夕食はリクエスト通り 大好きなくら寿司。
まあ懐に優しいから親孝行な娘である(今のところは・・・)。

嬉しそうにお寿司を頬張る長女。
運動会といえばお馴染の音楽が頭の中を流れる。
いつも緊張感で一杯だった。
ラグビーの公式戦前にも感じた、あの逃げ出したくなるような緊張感。
そういえば最近すっかり忘れてしまった感情だ。
今後の人生であの緊張感を再び味わう機会があるのだろうか。
日焼けでちょっとヒリヒリするおでこを撫でながら、そんな事を考えたのである・・・


【本日の読書】
「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん
    

2010年6月9日水曜日

頑張れ吉野家

私はI love 吉牛 派だ。
牛丼は吉野家以外では食べない。
その吉野家がここのところ苦戦している。
牛丼戦争の負け組とマスコミに囃され、平成22年2月決算では経常利益がマイナスになった。

何も放漫経営をしているわけではないだろう。
単純にお客さんが減っているのだと思われる。
その理由は価格競争だろう。
松屋、ゼンショー(すき家)と大手はみな吉野家よりも安い。
安くたって味でいけば松屋の牛丼など食べられたものではない。
味噌汁一杯ついてきても、それが何だという感じだ。
価格差など気にもならないが、世間の人はそうではないらしい。

先日某所でそれを実感した。
道路を挟んで向かい合う松屋と吉野家。
時刻は12時ちょっと前。
そろそろランチタイムで賑わう時間帯。
松屋はすでに座れずに立って待つ人がいたが、吉野家は余裕で座れる。
両店ともほぼ同じ規模だから、その差は対照的だった。
まあ松屋は牛丼以外のメニューが充実しているから、単純比較はできないだろう。
それでも目に見える数字はうそをつかない。赤字は赤字だ。

なぜなんだろうと本当に不思議に思う。
価格差と言ったってわずか100円ぐらいの差だ。
とはいえ、1か月20営業日とすると、2,000円くらいになるから懐の寂しいサラリーマンは倹約に走るのだろうか。でも毎日牛丼ってわけではないだろう。

吉野家はBSE騒動の時には「吉野家の味」を守るために徹底的に米国産にこだわった。
そのため唯一最大の商品であった牛丼を店頭から引っ込めた。その拘りに私はしびれた。
今も豪州産の方が安く、豪州産を使う他のチェーン店は価格競争で優位に立ちやすい。
そうしたハンディはあるものの、その代わり味では圧倒しているではないか。
わずか100円程度で覆せるほど、味の差は小さくない(と個人的には強く思う)。

経常利益が赤字になったとはいっても、借金が少ない財務体質はすき家と比べても盤石だ。私のようなファンもいるだろうし、経営は揺るがないはずである。
価格は落とさなくてもいいから、味を落とさずに頑張ってほしい。
私も日中の外出の時間を調整し、もっと頻繁に通わないといけないかもしれない。
BSEのような暗黒時代が再び来るような事があってはならない。
吉野家の牛丼が食べられない未来など想像したくはないと言ったら大げさだろうか。

これからも変わらぬおしいさを提供してもらうためにも、やっぱり機会を見つけて通うのが一番と決意したのである・・・


【本日の読書】
【同和と銀行-三菱東京UFJ“汚れ役”の黒い回顧録】森功
「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん

     


      

2010年6月6日日曜日

デイズニーシー

義祖母の葬儀で延期になっていたのだが、昨日は半年に一度の恒例のデイズニーランドに行って来た(株主優待券が半年に一度もらえるので大人はタダなのである)。
今回は長男のリクエストでディズニーシーだった。
勇んで出かけたものの、朝から首都高の渋滞にハマる。
葛西の出口も長蛇の列。駐車場に着いたら9時半で、なんだかんだで10時近くなってしまった。

長男が楽しみにしていた「タワー・オブ・テラー」(本人がどんなものか理解しているのかは疑問だ)のファストパスは、その時点で早くもなくなってしまっていた。
しかたなくみんなで入ったのが 「タートル・トーク」(みんなが並んでいる間に私は、往復30分かけて敷地を横切って「インディ・ジョーンズ」のファスト・パスを取りに行く)。

その「タートル・トーク」は新しいアトラクションで初体験であったが、これには感心させられた。
アニメのカメさんとお客さんが会話するのであるが、どうやっているんだろうと不思議な感覚。
なにせカメさんがお客さんときちんと会話し、さらにアニメの画面もそれに連動するのだ。
「前列右端の男性の方」
「そうその人、お名前は?○○さん、どこから来たの?大阪・・・知らないなぁ・・・」とか、「泳ぐより浮かぶのが好き」というお客さんに対して、カメさんが裏返しになって浮かんでみせる、といった具合だ。

そして会話自体も、当意即妙にユーモアを交えて返す。
単に会話をするだけならまだしも、ユーモアを交えた返答はなかなかできるものではない。
ユーモアのセンスはマニュアルでは対応できないから、まさに「個人技」の世界。
私にできるかと言われてもどうだろう・・・
子供ばかりでなく大人も十分楽しめるアトラクションだ。
次回も必ず行こうと決意したのである。

リクエストにもかかわらず、長男にはついていない日だったようで、初体験を目指した「インディ・ジョーンズ」は身長がわずかに足りずアウト。
事前にわかっていのだが、帽子に詰め物すれば大丈夫かと思っていたら、「帽子取って」とお姉さんに言われてあっさりアウト。
靴の中にすべきだった・・・
でも次回家族有効のファストパスチケットをもらったから、大人はちょっと得した気分。

ケープコッド・クックオフで新キャラのダッフィーのショーを観て、 友人も買ったダッフィーのゆいぐるみを買う。
このぬいぐるみ、今大人気だそうで、ディズニーも商売うまいなぁと感心。まあ株主としては不満はないけど・・・

そして、キャラクターダイニングで食事。
「ミッキーの中はどうなっているの?」
「ミッキーがここに来ていていいの?ランドの方には今日は行かないの?」と問う長男。
彼にとって、世界はまだ不思議に満ち溢れているのである。

ブラッビッシーモのショーは初めてまともに見たが、火と水を使ったこのショーはなかなかの圧巻。こういうショーは大人も楽しめる。10年前に行ったラスベガスで、各ホテル前で行われているショーを思いだしてしまった。

子供を楽しませるという目的が確かにあるのではあるが、やっぱり自分も楽しみたい。
大混雑には閉口したが、それでも昨日は楽しめた。
今朝のけだるい疲労感もその名残と言えば心地良いくらいだ。
次回はクリスマス。次のリクエスト権は長女にある。
はたして長女はどちらをリクエストするのだろうか。

いずれであってもまたみんなで楽しみたいと思うのである・・・


【本日の読書】
なし
     
    

2010年6月4日金曜日

はだしのゲン

小学校4年の長女が最近「はだしのゲン」にハマっている。
なんでも学校の図書館に漫画が置いてあるらしく、友達と競って読んでいるらしい。長女が通う小学校にはいろいろと漫画本が置いてあるという。「はだしのゲン」は文科省推薦だからわかるとしても、 「ブラック・ジャック」なんかも置いてあるそうだからどういう基準で選んでいるのだろうか。

それはともかく、興味を持って読んでいるということ自体に、ちょっと驚いてしまった。というのも読んでわかるのだろうかと思ったからだ。テーマとしては難しいのではないかと思ったのだ。親子間で戦争の話などした事もないし、戦争や原爆などといって理解できるのだろうかと思ってしまったのだ。

だが、話してみると意外にきちんと理解しているようである。
私は常日頃、漫画も立派な勉強の機会だと思っている。
だからこういう経緯で戦争や原爆の知識を得るのは良い機会だと思う。
いずれ子供たちがもう少し大きくなって学校で歴史の勉強が始まるようになったら、こうした話もしてみたいと思っている。ただし、私はいわゆる「自虐史観」とは真っ向から対立する考え方を持っているから、学校の先生の話とのギャップに子供たちは戸惑うかもしれない。

それはそうと肝心な「はだしのゲン」であるが、考えてみると私が読んだのも確か小学生の頃の事だ。5年か6年の頃だったと思う。そう考えてみれば長女が今読んでいるのも不思議な事ではないし、親子で同じ年頃に同じ漫画を読むというのも何だか喜ばしい気もする。もっとも今ではだいぶストーリーを忘れてしまった気がするのだが・・・

なんとなく覚えているストーリーを思い起こしてみれば、この漫画を読んで長女に期待する事は「共感性」だ。歴史上の知識としてももちろん持ってもらいたいが、どれだけ物語の中に感情移入できるかという事に重きを置きたいと思う。
目の前で家族が死んでしまう。
被曝して重傷を負った者が家族からも疎ましがられる。
朝鮮人への差別とか人の情けとか、難しいかもしれないが自分なりに感じてほしいと思う。

そんな事を考えたら久々に読んでみたくなった。
こんど行きつけの漫画喫茶に行ったら探してみようかと思うのである・・・


【本日の読書】
「象はポケットに入れるな」ジョーンズ・ジョフリン&トッド・ミュージグ
「まほろ駅前多田便利軒」三浦しをん
    
      
    

2010年6月1日火曜日

誕生日に思う

今日は誕生日だ。
子供の頃は、この日は世界で一番特別な日だと思っていた。
ある時期までは確かにそうだったが、今では特段、これといった特別な感慨はない。
まあなんだかんだでもう46回目だし、今日もいつもと変わらぬ一日だったし、そんなものなのかもしれない。

ただ、一つの区切りであるという意識はある。
元旦と同じ心境と言えるだろうか。
過去一年を振り返りつつ、今後一年を展望する一つのきっかけである。
だが、ここ数年は同じような日々の繰り返しになっている事は否めない。
流されているとも言えるし、穏やかで平和な日々を送っているとも言える。

こういう時代だから、毎年お祝いのメールをいただく。
何だかんだ言っても嬉しいものである。
今日は母親からも来た。
目を細め、不器用に時間をかけて送ってきたのが伝わってくるメールだ。
目をひかれたのは、「振り返ればいろんな事が遠くに」という一文だ。

自分も初めて親になって早や9年半。
長女の誕生日は自分が親になった記念日でもある。
その点、長男は可哀そうだ。「初めて」は大概お姉ちゃんに持って行かれてしまう。
幼稚園の入園式も、記憶に鮮明に残っているのは長女の時、という具合だ。

自分も長男だから、もしかしたら母親もそうなのかもしれない。
誕生から入園、入学、受験、卒業、就職と親としての成長は常に私とともにあったのだろう。
そんな思いが、先ほどの短い文章に込められているのだろうか。

自分で言うのもなんだが、私は比較的親に心配をかけずに来た方だと思う。
幼少時にひきつけを起こして病院に担ぎ込まれたエピソードくらい(私にその記憶はもちろんない)ではないだろうか。自分で何でもやって決めて、親の手を煩わせるという事がなかったと思う(その役は弟がたっぷりとやった)。

ただ結婚してからは、残念ながら期待にはほとんど応えられていない気がする。
良き夫である事と、良き息子である事を両立させる事は私にとって想像以上に至難の業だったのだ。
どちらも中途半端で、どちらからも不満を持たれてしまっているようだ。

子育てをしていて思うのは、常に子供たちの幸せだ。
今はいいのだが、いずれ独り立ちしたあと面倒はみてあげられない。
苦難を乗り切り幸せな人生を送れるかどうかは本人たちにかかっている。
親としては、今してあげられる事をして、あとはただ願うのみだ。

「健康にきおつけて。幸せな毎日が送れますように。」
母親のメールはそう短くまとめられていた。
どうやら自分の健康は棚にあげてしまったらしい。
親と言うものは考える事は誰でも大して違わないようだ。
そんなメールを読んで、一緒にいても離れていても、46回の誕生日すべてを無条件に祝ってくれた両親に、今日は素直に感謝したいと思った。
直接言えばいいのかもしれないが、気恥ずかしいからここで公開しておくことにした・・・


【本日の読書】
「新幹線ガール」徳渕真利子
「親指の恋人」石田衣良
    
    

2010年5月29日土曜日

すっぱいぶどう

今日はあるところでツイッターの話題が出た。
最近だいぶ利用人口が増えてきたが、10人ほど集まった40代の中では利用者は一人のみであった。
そういう私も興味を持ってはいるものの、やるところまではいっていない。

始めたばかりの者が内容を語り始めたところで、別の者が否定的な発言を始めた。
もちろん、その人物はツイッターをやっていない。
実は同じような否定的な声は耳にしたりする。
そうした指摘が間違っているとは言えないが、その時昔のあるシーンがフラッシュバックしてきた。

まだパソコンが普及し始めた15年ほど前の事だ。
当時の職場にも1台パソコンが設置された。
一人一台ではなく、職場に一台ののどかな時代だ。
私は既にだいぶ使いこなしていたから、さっそくあれこれと使い始めた。
他にはまだ誰も使えなかったのだ。

手書きの資料に定規で線を引き、電卓で計算し、会議資料を作成していた時代だ。
それをエクセルで作り始めたのだ。今では当たり前の作業だ。
ところがそれを見た当時の上司に一言言われた。
「パソコンを使っていれば仕事をしていると思ったら大間違いだ」
今からすれば、写真を撮られると命を取られると恐れる未開人のような発言だ。

自分が今までやってきたやり方に対する自信があり、自分の使えないモノに対するやっかみ・不信というものがあったのだろう。だが、その時新しいものに対して興味をもって、本当に有用なのかどんな風に使ったらいいのかと考えてみる姿勢があったら、15年たって笑われる事もなかったはずだ。ツイッターだって10年たったらどうなっているかわからない。

では私がやるかというと、それはまた別の話。残念ながら今はそんな時間はない。ブログまでで精一杯。「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」と楽しみにしてるテレビもビデオに撮ったまま溜まっているし、WOWOWで録画した映画のストックは50本を越えているし、読みたい本のリストは長くなるばかりだし、ブログだって毎日更新できずにいるし、それ以上に毎日時間を割いてやっているある事ももっと時間をかけたいし、睡眠時間だって4時間半は確保したいし・・・
ツイッターどころではないし、もちろんミクシィだって同じ理由で手を出していない。

だが、興味はもってアンテナは張っている。機会があれば話を聞いているし、そうする事でいざ始めるとなっても抵抗なく始められるようにしているのだ。世の中は進化しているし、気が付いたら銀行のATMのそばに寄れないお年寄りのようにはなっていたくないからだ。

これからますます頭は固くなる一方で、世の中はどんどん進歩する。
iPadって何?とか言っているとあっという間に世の中から取り残されてしまう。
わからない事は恥ではないからその場でどんどん教えてもらうようにするつもりだし、見ざる聞かざるにはならないようにしたい。おもちゃ売り場に行った時の長男のあのキラキラした眼差しを、私もいつも持っていたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」坂本光司
「眠れぬ真珠」石田衣良
  

2010年5月27日木曜日

怖い親父として

義祖母の葬儀に出掛ける朝の事、出発間際で5歳の長男がぐずぐず言いだした。
何が不満なのかよくわからないが、このところ時々こうしたわけのわからないぐずりが出る。
怒っても最近はあまり効果がない。
それどころか、逆ギレしてこちらを叩いてきた。
こうなるとこちらも実力行使に出るしかない。
というわけで頬を叩いた。

私は自分より明らかに体格の劣る者に対しては、当然の事ながら手をあげるという事はない。
どんなに頭に来てもそこらへんは冷静だ。
だが子供に対しては、「しつけ」という意味もあるからそうも言っていられない。
長女に対しては、過去9年間で一度だけ引っ叩いたが、長男に対してはもうすでに何回かある。

こういう時は頬を張る事が多い。
お尻を叩くという考えもあるが、やっぱりインパクトが違うだろうと思うのだ。
とはいえそこは加減も必要。
利き腕の右手ではなく、いつも左手にしている。
しかも叩いた腕を振り抜いたりなどしたら、ひっくり返って頭を打ったなどとなったら大変。
だから振りあげる事はせず、近距離からぺちっという感じだ。

今回は長男が動いたせいもあって少し手元がずれた。
私の指が長男の鼻をかすめたのだが、そのため鼻血が出てしまった。
妻が「何感情的になってんのよっ!」と烈火の如くどなり散らしてきたが、感情的になっていたのは妻だけで、私は極めて冷静だった。
それに妻が怒ったのは長男に鼻血を出させた為というよりは、むしろそれによってお出かけ用のシャツとずぼんが血だらけになった為なのだ。

まあ手応えからして大したことではないとわかっていたし、ただの鼻血だからどうって事はないと私は気にもしなかった。それよりも「ぐずぐず言うと親父に引っ叩かれる」という印象を子供に与える事の方が大切だ。
よく子供とは友達感覚で、なんて事を耳にするが、やっぱり親子は親子だ。
振り回すつもりはないが、「親父の権威」というものも必要だろう。

そう言えば私は子供の頃親に引っ叩かれたという記憶があまりない。
もう忘れてしまっただけなのかもしれないが、それも悪い事ではない。
ただやっぱり人間何でも思い通りになるとなれば人格は歪む。
それが子供となればよけいにそうである。
これを越えたら親父に殴られると思えば、それは自制心を養う事にもなるだろう。

「親父は普段おとなしいけど怒らせると怖かったな」
大人になって子供たちがそう思い返してくれたら本望だ。
まだ鍛えているし、高校生くらいまでならまだ力で抑えられるだろうし、怖い親父でいられるだろう。とは言うものの、子供たちに我が家で一番怖いのはと尋ねたら、たぶんママと答えるのだろう。
それには私もしかたなく一票を投じざるを得ないのである・・・


【本日の読書】
「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」坂本光司
「眠れぬ真珠」石田衣良
    
     

2010年5月24日月曜日

義理の祖母の葬儀

大阪に住んでいた義理の祖母が亡くなった。
この週末はその葬儀だった。
私も家族とともに大阪へ行ってきた。

私が結婚した当時は、孫娘のダンナが来たという事で、妻の実家に行くたびに祖母はやって来て一緒に食卓を囲んだ。私と一緒にビールを一缶開けるのが楽しみだという人であった。そんな風に祖母が喜ぶ姿は、血はつながっていなくとも、私にはなんとなく嬉しいものであった。

しかし、ここ何年かは認知症でまともな会話はできなくなっていた。
最後は身内の者でさえ誰だかわからなくなってしまっていた。
晩年の姿を見ていたら、つくづく人間は感情の動物なのだと思わされた。
そこにいるのは同じ人間なのに、あの祖母はそこにはいなかったのだ。

祖母は第1次世界大戦終結の翌年に生まれ、激動この上ない昭和の時代を生きて、3人の子供と6人の孫と12人の曾孫を残した。義母は長女であるが、そのすぐ下の弟とは8歳の年齢差がある。年の割りに子供が少ないのは、私は会うこともなかった義理の祖父が長い期間戦争に行っていたからのようだ。

その祖父はといえば、多数の戦死者を出した有名なインパール作戦の生き残りだったそうである。そんな貴重な体験をした人とは是非話をしたかったと思うのだが、会う事もなく終わってまったく残念である。戦争が終わって帰ってきた祖父に、義母が初めて会ったのは5歳の時だったそうである。その時の光景は今でも義母の脳裏に焼き付いているらしい。時代とはいえ、6年近くも家族とは離れ離れだったわけだ。戦争中は大阪も空襲があったし、幼子を抱えた祖母はかなり不安な日々を過ごしたに違いない。

そんな話を聞くと、話にしか聞く事のできない時代の一組の夫婦のドラマチックな物語を想像してしまう。もっともずっとあとになって、実は祖母には別に想っていた人がいて、その人の事をずっと忘れられずにいたのだという話を聞いた。ちょっと祖父が気の毒な気もするが、人生ってそんなものであり、またそんな人生だからこそ、真実に勝るドラマはないのかもしれない。

認知症になって子供たちのことも孫たちのことも、一時は喜んで迎えた孫娘のダンナの事もわからない世界に行って、そんな祖母の秘められ思い出はどうなってしまったのだろうとふと思う。
「心」と言っても生物学的には脳味噌の活動の結果であり、そこがイカレテしまうともうそれっきりで、死んだらすべてが無に帰してあとには何も残らない。それが現実なのかもしれないが、やっぱり心は肉体とはどこか別のところにあるようにも思える。

そんな思いからたぶん宗教なんかは生まれてきたのだろう。
お経をあげてくれたお坊さんは、「故人は西方の浄土へ帰られました」と語ってくれた。
そう考えると残された者は何となく落ち着くし、だからこそ宗教は長い年月信じられ、受け継がれてきているのかもしれない。もっとも深く考えると、浄土で祖父と誰だか知らない想い人と再会して祖母はどんな顔をしているのだろうかと、想像の幅は広がっていく。

祖母は91年の人生を生きた。
日本人の平均余命からすると、私は人生の折り返し地点を通過している。
残りの人生がどんなものか、老人となった自分はどんな暮らしをしているのか興味は尽きないが、それを決めるのはこれからの自分自身。願わくば最後の瞬間までしっかりと目を見開いて、周りの世界を見つめていたいものだと思うのである・・・


【本日の読書】
「ちっちゃいけど世界一誇りにしたい会社」坂本光司
「マドンナ」奥田英朗
     
    

2010年5月16日日曜日

舞台裏

5歳になる長男は毎週日曜日の朝を楽しみにしている。
それはテレビで「仮面ライダーW」をやっているからである。
最近では仮面ライダーアクセルというもう一人正義の味方の仮面ライダーが登場。
子供の説明によると、どうやらアクセルの方がWよりも強そうなのだと言う。
たまに行くおもちゃ売り場にも仮面ライダーアクセルのベルトが目につくようになった。

そういえば、昨年のクリスマスに長男が仮面ライダーのベルトを欲しがり、探しに行ったものの、巷ではことごとく売り切れで、オークションでは3~4倍の価格もつけていた事が脳裏をよぎる。
今ではすっかり落ち着いていて、ベルトも正常価格(4,500円くらい)で売られている。


そんな仮面ライダーWであるが、最近はさらに進化。
仮面ライダーWエクストリームとなって、どうやらアクセルよりも強くなり、主人公らしくなってきたとのこと。
その進化にあわせて何やらまた凄い武器が出てきた。

これもまたガイアメモリというメモリを差し込んで使うのであるが、テレビで観ていると、「使う準備をしている間にやられてしまうんじゃないの」(戦っている最中に「○○メモリ!」とか言って4つも差し込むのである)なんて言うのは野暮なんだろうな・・・


それを観ていてふと思った。
こうした進化は子供も観ていて面白いし、飽きないのであろう。そしておもちゃ売り場には新しいグッズが並び、子供がおねだりしてそれを買ってもらう。ベルトを買ってもらって終わりではなく、次々と関連商品を出して2度3度と買わせる。実によくできている。

メーカーも番組のスポンサーとなって資金提供し、制作側はそれで番組を作る。それを観た子供向けにメーカーは関連グッズを売り出し収益を上げる。そしてその収益で次の番組の資金提供をする。一連の収穫サイクルが出来上がっている。ヒーローの進化の裏側をこんな風にみてしまうと元も子もないのかもしれない。

「商い」は「飽きない」とよく言われるが、子供たちを飽きさせない事がすなわち息の長い商売と言えるのだろう。大人のトレンディードラマはだいたい3カ月サイクルであるが、この仮面ライダーは昨年の9月から放映を開始し、まだ続いている。たぶん一年くらいやるのであろう。そうしてまたクリスマスを意識して次の仮面ライダーが登場するのだろう。

まあどんなに進化したところで、我が家の長男にとっては関係ない。
4月のお誕生日とクリスマス以外には高額なおもちゃは買ってもらえないからだ。
メーカーの戦略も我が家には通用しない。
もっともお誕生日のプレゼントには「天装戦隊ゴセイジャー」のグッズを買ってもらった長男。
メーカーにとってみれば最も子供たちの関心を集めるところに集中させないといけないから、それはそれで大変なのかもしれない。

ヒーローが活躍するのも簡単ではないようである・・・


【本日の読書】
なし

   

2010年5月14日金曜日

ただ自分の為でなく

先日、小学校の保護者会での話を妻に聞いた。
長女はこの春から4年生。
クラス替えはなく、そのままの進級である。
そして初回の保護者会では役員決めがあったそうである。
年間を通して保護者にも学校行事を手伝ってもらおうという事で、いろいろな役が決まっている。

そしてこれが毎年揉めるのだそうである。というのもみんなやりたがらないからなのである。不公平を無くすためにも2年間のうち1年やればお役御免と決まっているらしい。妻は昨年役員をやり、今年はお役御免の年。ところが次が決まらない。

みんなあれやこれやとできない理由を言って引き受け手がいない。
「上の子が受験だから」と言い訳をするお母さんには、妻も思わず「あんたも勉強するんかい!」と心の中で突っ込みを入れたそうである。もっとひどいのは「来年やる」と言っていた人が、今年は保護者会に来なかったらしい。欠席者を指名するわけにもいかず、まさに「逃げるが勝ち」のようである。延々と話し合いが続き、ようやく決まったらしいが、長時間にわたる不毛な話し合いの末、妻は厭な気分で帰ってきたらしい。

お母さんたちの気持ちもわからなくもない。何もそんな面倒なこと、好き好んでやりたくもないと言うのだろう。だがなぁと思わず嘆かわしい気持ちになる。自分の子供の通う学校ではないか。役員と言っても月に1回集まる程度の事らしい。そんなに大きな負担になるものでもない。やったらいいじゃないかと思う。

私だったら喜んで引き受けるところだ。
「パパじゃだめなの?」と聞いたら、会合はたいてい平日の昼間だという。
サラリーマンに務まるものでもない。およそ学校の役員となると、みんなそうみたいだから歯がゆい限りである。

考えてみれば我々はこれだけ平和で豊かな社会で暮らしていられるわけである。それを維持していくには当然の事ながら一人ひとりの協力が必要なわけで、そうした努力を惜しんではいけないわけである。みんなが少しずつ負担すれば、各々少ない負担で全体としては大きな負荷のかかる事も可能となる。

子供の学校だってそう。
自分の子供をいい学校に通わせたいと誰でも思うだろう。
それであるならば、その運営のほんの一端に積極的に関わるのは当然の事だ。
労せずおいしいところだけ持っていこうとするのはいかがなものかと思う。
私立ならともかく、公立の『公』の中には自分も含まれているのだという事を忘れてはいけない。

以前幼稚園のお遊戯会を観に行った時の事。
園長先生が挨拶した時、ぺちゃくちゃとおしゃべりするお母さんたちのざわめきで、園長先生の話がほとんど聞き取れなかった事があった。
「自分の子供が、先生が話している時にぺちゃくちゃおしゃべりしていたら、あんたたちは何と言うのだ!」とよっぽど注意しようかと思った。
子供にはあれこれ注意するくせに自分はやらないと言う親も実は多い。

自分の子供が学校で面倒な係、みんなのために働くような事は一切やりたくない、というような子供になったら、それでもいいのだろうか。我が子にはこうなってほしいと思う姿を親なら自ら実践して示さないといけない。権利ばかり主張し、義務や奉仕の精神を放棄する人間にはなってほしくない。そんな事を改めて思うのである・・・


【本日の読書】
「職業“振り込め詐欺”」NHKスペシャル取材班
「珍妃の井戸」浅田 次郎
     
   

2010年5月13日木曜日

4年制大学

母校の財団のお手伝いをさせていただいている関係で、母校の情報が時折入ってくる。
ちょっと前にこの春の進学情報をいただいた。
卒業生の78.2%が大学へ進学したようである。
ここである数字に目がとまった。

「短期大学進学3人」

一瞬、えっと思う数字だ。
我々の頃は、女性は短大へ進学する人が多かった。
就職も珍しくなかったし、逆に4年制の大学に進学する人が少なかったようにも記憶している。
それが今では短大進学の方が珍しいようである。
まあ男女同権が進んできているし、「女は早く社会に出て花嫁修業をして結婚するもの」という価値観が確実に過去のものになっている証なのだろう。

さて、そんな時代の4年制大学の実情はどうなのだろう。
私自身、大学に入ってまず閉口したのは、「一般教養課程」だ。
吐くほど勉強して大学に入ったのに、また高校の延長のような授業が、「一般教養課程」として用意されていた。法学部に入って、やる気満々で早く法律の勉強をしたいと思っていたのに、法律の「専門課程」は3年になってからで、2年間もお預けだったのだ(もっとも初歩の法律講座は用意されていたが・・・)。ご丁寧に2年間も「高校のような授業」を受けないといけない事実に愕然としたものだ。「一般教養課程」には語学や自然科学系の授業に加えて、なんと体育まであったのである。

耐えがたい苦痛は英語と体育だった。
金髪の女性講師と楽しいレッスンならまだわかるが、テキストをただ訳すだけの授業は苦痛以外の何ものでもなかった。そんな事、宅浪の時代に毎日嫌になるほどやったのだ。
体育だって、体育会ラグビー部で必要以上に運動するのに、何が悲しくて明らかに運動音痴の同級生と体育しなけりゃならんのだと、憤懣やるかたなかった。

それでも英語の授業は一つ上のラグビー部のK先輩と一緒に受けており、その先輩の奇妙奇天烈な「英文和訳」が面白くて、それが救いだった。
練習の合間に仲間に披露しては楽しんでいたな。
(それにしてもK先輩はよくあれで受験に受かったものだと今でも思う)

第二外国語はロシア語を選択したが、英語以外の言語をきちんと学ぶというのはいい刺激だった。
もうすっかり忘れてしまったが、今でも聞けばロシア語だという事はわかるし、映画なんか観ていても「ロシア語なまりの英語」なんかも聞き分けられるから、それなりに意味はあったのだろう。

体育は定期的に種目を選択する方式だったが、運動しなくて済むという理由だけでアーチェリーを選択した。(3か月単位くらいで選べたのだ)
後にも先にもアーチェリーをしたのはあの時だけだ。
(アーチェリーが体育かどうかはこの際おいておく事にしよう)
何事も経験であるから、あれも良い経験だった。

それに硬式テニスは、いつか女子大生とテニスコートで愛を育もうという夢のためには必要だったし、その夢は果たせなかったものの、社会人になって好きな女性と二人でテニスを楽しんだ時には大いに役立った。やっぱり運動神経とセンスだけではスポーツは覚束ない。あの時基礎を教わったのが生きたのだ。

そう考えてみると「一般教養課程」も無駄ではないのかもしれない。
(どっちなんだと言われそうだ)
まあ人生に無駄な事はないという事で、無理やり結論付けることにしよう。
この春4年制大学に進んだ母校の後輩たちは、どんなキャンパスライフを始めたのだろうか。
それなりに有意義な時間を過ごしてほしいと思うのである・・・


【本日の読書】
「2000社の赤字会社を黒字にした社長のノート」長谷川和廣
「珍妃の井戸」浅田次郎
    

2010年5月11日火曜日

基地問題

沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ
                        海軍中将 大田 実
***************************************************************************

鳩山さんが普天間問題で窮地に陥っている。
まあ自業自得的なところがあるから仕方がないのかもしれない。
一国の首相だから当然政策ブレーンも一流の人が付いているはず。
ニュースでしか知り得ない我々とは到底比べようがない情報があるはず。
その上で政策を決めているのだからああせざるを得ないのかな、とも思うのだが、素人の私でも「基地は沖縄以外に移しようがない」とずっと思っていたので、どうしてあんなに迷走するんだろうと不思議である。

日本人は戦後、アメリカの薬が効きすぎてすっかり戦争アレルギーになってしまった。
もちろん、それは悪くないのであるが、世の中に警察が必要なように軍事力は不可欠なのだと思う。
核兵器と一緒で使わなくても、だ。
むしろ持っていて使わない努力をする事が大切なのだろう。
世界の先進国はみなそうだ。
国益の為に積極的に戦争をしているのは、いまやアメリカだけだ。
使わなくとも必要なもの、警察官の拳銃のようなものであろうか、軍隊とはそんなもので米軍にやってもらうのが嫌なら自分たちで賄うしかない。

本当は順番が逆のような気がする。
米軍が必要だという事を国民の間にもっと浸透させないといけない。
私自身どのくらい必要なのかと聞かれたら、何となく必要なのだろうという感じしかしない。
実際は中国の脅威とかもっとあるみたいだし、そうした情報を開示して国民に理解を求めないと、たぶん「米軍なんていらないじゃん」とどこかの党首のおばさんみたいに思っている人もたくさんいるはずだ。

連日の騒動なのに、国民の大半が、「何かやっているな」くらいにしか思っていないのではないだろうか。自分たちのところに来るとなったら猛反対するが、よそならいいやと思っているのではないか。本当はもっと国民的な議論にならないといけないはずだ。鳩山さんだけが頭を下げる問題ではないはずだ。

ある人が語っていた。
雪国に住んでいたら「雪は嫌いだ」などと言っていられない。
嫌なら出ていくしかない。
それと同じで、国境では必ず国防という問題を避けて通れないと。
国境に住んでいたら基地は嫌だとは言っていられない、と。
その意見には一理あると思う。

ただ「だから仕方ないだろう」と押しつけるのもいかがなものかだ。
その分、何かで優遇はされるべきだろう。
住民税がタダとか、固定資産税がタダとか、授業料がタダだとか、他にはないメリットがたくさんないとそれは不公平というものだろう。
みんな問題の本質をよく理解しないまま、人ごとだと思って鳩山さん一人をダメな首相だと言っているような気がする・・・

冒頭の大田中将の決別電報は有名なものだが、何度読んでも胸が熱くなる。
こうした過去も踏まえ、もっと国を挙げて深い議論をするべきではないか、と思うのである・・・

【本日の読書】
「職業“振り込め詐欺”」NHKスペシャル取材班
「パラドックス13」東野圭吾


      

2010年5月9日日曜日

Youtubeを楽しむ

私は普段パソコンの前に座っている時間が多い方だと思う。
ブログを書く他にもいろいろとやりたい事があってそれをやっている。
またアンテナを張り巡らせており、それに引っ掛かってきたものを楽しんでいたりもする。
最近はYoutubeを利用した動画モノが増えてきた。
これがけっこう面白い。

例えば昨年紅白に出場したイギリスのスーザン・ボイルさん。
イギリスのBritains Got Talentという番組に出演して火がついた人である。
この番組は言ってみれば「素人腕自慢」というべきもので、さまざまな参加者が我こそはと得意技を持ち寄って競う番組である。
ここに登場したボイルさん、47歳の太っちょのおばさんで、登場すると名歌手エレン・ペイジみたいな歌手になりたいなどと言うものだから、審査員も鼻で笑ってしまう。
ところが歌い始めるとそのあまりの美声にみんな言葉を失ってしまう。
歌い終わるとスタンディングオベーション。
素晴らしい歌声と呆気にとられる審査員の様子が感動的である。

これを観ていたので、紅白に出場した時は、ここまできたかと感慨深いものがあった。
スーザン・ボイル

また同じ番組で登場するポール・ボッツさん。
携帯電話のセールスマンをしているという彼は、どうみても冴えないおじさん。
オペラ歌手になりたいけど自信がないと、どこかおどおどして語る彼。
その彼が歌い始めると会場にどよめきが走る。
冷やかな視線がスタンディング・オベーションへと変わる様子は観ていて心地良い。
ポール・ボッツ

さらに同じ番組のアメリカ版がある。
ここで登場するテリーさんは腹話術で歌を披露してくれる。
パペットを変え、声音も様々使い分けて別の意味で凄いと感じてしまう。
1000の声を持つ男と紹介されているが、見ていても楽しい。
日本のいっこく堂も凄いが、この人も凄い。
テリー・フェイター

同じような種類の番組の、今度は台湾版。
登場するのは台湾人の男の子。
ちょっとデブっちょでオタク風の外見は、絶対女の子にもてそうもないのだが、「アベ・マリア」や「I will always love you」を歌ってしまう。
これが絶品で、「I will always love you」などはホイットニー・ヒューストンも真っ青というシロモノである。
Lin Yu-Chun

関連するところをいろいろと観ているとあっという間に時間が過ぎてしまうのが難点か。
普段テレビはあまり見ないのだが、こういうものは見てしまう。
まあ面白い時代になったものだと思う。
これからもいろいろと楽しみたいと思うのである・・・

【本日の読書】
「パラドックス13」東野圭吾
     
   

2010年5月8日土曜日

ドライバーズ・マナー

キャンプに行った友人がブログでマナーの悪いキャンパーたちの事を嘆いていた。
そういえば私も最近あちこちでマナーの悪さを感じる事がある。
GWに潮干狩りに行った帰りには、ドライバーのそれに閉口した。
場所が場所なだけにマナーが悪いだけでは済まないケースもあるので、本当に嘆かわしい。

最初はようやくアクアラインの渋滞を抜けだして首都高を走り始めた時の事だ。
そこは左右から来た路線が合流し、また左右に分かれていく地点だった。
私は右の路線から左の路線へ行くべく車線変更をしようとした。
ある車の動きに合わせてウィンカーを出し、その車の後ろに入ろうとした。
ところが、その後ろを走っていた車がスピードを上げて車間をつめてきたのだ。

普通はスピードを維持し入れるところだ。
何せここは左右の路線が合流し分岐していくポイントだ。
多くの車が左に右にと車線変更する。
行く先に合わせた、いわば「不可欠な車線変更」だ。
車間をつめて入れないなどという行為は事故につながりかねない危険な行為だ。

その場は事なきを得たが、憤慨しながら高島平の出口に向かっているところで次の行為だ。
ここは右車線が出口へと繋がっている。
もう次だという事で私も右側の追い越し車線を走っていた。
前後と隣の走行車線も車が多く、私も前の車との車間が少し近い事を気にしながら時速80キロで走行していた。

その時一台の車がうしろにピタッとつけてきた。
車間距離も何もあったものではない。
明らかに煽ってきていた。
普通の場面なら隣に移って通すところだ。
だが私はもうじき出口で降りるし、しかも前の車との車間もそんなにあいていない。
隣の走行車線も同じで無理に車線変更するようなスペースもなかった。
そんな状況は後ろでも十分わかるはず。
腹立たしい限りだった。

極めつけは自宅近く。
いつもの角を左折したら目の前を自転車がよぎった。
幸い減速していたのですぐに止まったが、後ろから猛烈なクラクション。
自転車が見えなかったのかもしれないし、それだけなら腹を立てるほどでもないのだが、そこからすぐの踏み切りで停止したところでその車が後ろでアクセルを空ぶかしして威嚇してきた。
まだ文句が言い足りなかったのだろう。

立て続けなので私も頭にきた。
踏切が開いたが、あえて車を出さなかった。
後ろの車はいったんクラクションを鳴らしてきたが、それを無視して止まっていた。
その間、ほんの10~20秒程度であったと思うのだが、それで十分にこちらの意図は伝わったようで、そのあと徐行したら大人しくついてきてそれ以上何もなかった。

振り返ってみても私が運転が下手で周りに迷惑をかけていたとは思えない。
家族みんなが乗っているし、安全運転は当然だが、周りの車の動きに合わせて流れを維持するようにも心掛けている。なのでこうした行為はよけい腹立たしい。
合流は交互に入る、暗くなり始めたら前後の車のために早目に点灯する、そうしたちょっとした事でさえできていないドライバーはけっこう多い。

狭い国土でこれだけの車社会。
快適に過ごすためにはマナーは必要だ。
今は教習所できちんと教えているのだろうか。
免許の更新時にもマナー講座などもやってほしいものだ。
そんな事をつくづくと考えたのである・・・
(今思い出しても腹立たしい限りである)


【本日の読書】
「パラドックス13」東野圭吾
      
    

2010年5月5日水曜日

連休の日々~完~

 連休4日目は潮干狩りに行く。
もうすでにこういうスケジュールを立てた事にかなり後悔が入っていたのだが、それを支えたのが「最終日は徹底的にごろごろするぞ」という思いである。出掛けて行ったのが、千葉県の富津海岸。昨年に引き続き2回目である。

 近所はひっそりと静まり返っていたが、さすがに高速に乗ると渋滞である。アクアラインを抜けたあとは、昔工場見学に来た事がある新日鉄の君津製鉄所をはじめとした工業地帯を右手に見ながらのドライブ。

 目的地の富津海岸は木更津南インターから車で30分ほどの距離である。
ここは地元の漁協が運営しているようで、正規の駐車場に入りきれない分は船着き場のスペースを開放して駐車場にしてくれているところからもそれが伺える。
今や漁業だけで食べていけるとも思えないし、大人1,600円、子供800円という安くはない価格設定からすると、これがかなりの収入源になっているのだろうと想像させられる。

 天気は幸いにして薄曇り。
直射日光を浴びせかけられたら大変なところだったから、助かったと言える。
持参した熊手を片手に手当たり次第掘るわけである。
ここはあらかじめあさりとはまぐりを撒いているようで、そういう意味では自然の潮干狩りというものでもない。ただ、それは楽しむのには関係ない。

 実際、5歳の長男に対しては、私が掘り当てたあさりをわざわざ目の前に埋めておいて、「ここ掘れワンワン」とやっていたのであるが、そんな事は知らない長男は自分の「発見」に心底喜んでいたから、まあ良いのである。
そのうち飽きて浅瀬で砂遊びにシフトしてしまったから、せめて少しでも元を取ろうとする両親と、さすがに楽しんでいる長女とで3時間ほど続けたのである。
4,000円払ったと考えると随分高いあさりであるが、体験というものを加味するのであれば、まあ十分と言える。

 小学生の頃、やっぱり実家が木更津にあった友達のお母さんのお誘いで、潮干狩りに連れて行ってもらった記憶がある。その時は熊手なんかなくて、足で砂の中を探って取るという原始的な方法だった事だけ覚えている。そんな記憶があるからこそ、我が子にも経験させたいと思うのでもある。

 取ってきた貝は、大きな容器に入れ海水に浸して砂抜きをする。貝が潮を吹く様子を子供たちが面白がって眺めていた。なにせその勢いは凄くて、新聞紙を一晩被せておいたのだが、朝起きたらびしょびしょになっていたぐらいである。
砂を掘って貝を取る。
砂抜きをする間、潮を吹く貝を眺める。
仕上げに調理された貝を食べる。
こうした流れを体験させるのも、良い機会だと思う。

 アクアラインの渋滞と田植えスタイルでの貝取りとでさすがにへとへとになった。
朝栄養ドリンクを飲んで出掛けたのであるが、どれほどの効果があったかはわからない。
のんびりまったり優雅な連休というものに憧れる気持ちもなくはないのだが、当面はそんなものとは無縁な感じがする。

 学生時代、世間の若者が海に山にと青春を謳歌している時に、私はラグビー部の夏合宿に行っていた。なんでこんな事してるんだろうと思わなくもなかったが、その代わりに大きな対価があった。けだるさと筋肉痛と日焼けだけが残ったような感じがするが、少なくとも子供たちは楽しそうだったし、長女は宿題の日記のテーマにしていたし、まあこれはこれで良かったのだろう。のんびりまったりの連休はいずれやってくるに違いない。

 明日の朝はネクタイが一発で結べそうもない気がするのである・・・


【本日の読書】
「資本主義崩壊最終ラウンド」船井幸雄

     

2010年5月4日火曜日

続連休の日々

 連休中日は再び公園だ。今回行ったのは、埼玉県にある国営武蔵丘陵森林公園。ここはとにかく広い。ちょうどこの冬に息子が補助輪なしで自転車に乗れるようになったので、みんなでサイクリングをしようというのが、今回の目的。したがって広いサイクリングコースがある、という事でここを選んだのだ。

 全長17キロという事であるが、適度に起伏もあって16インチの自転車をこぐ長男にはちょうどいい感じである。3/4くらい走って1時間半。ランチタイム前の運動としては、これも子供にはほどよい感じである。

 園内にも貸自転車はあるのであるが、園の入り口にも貸自転車の看板がある。園内は当然公営であるが、園外は私営。両者の比較も面白い。私営の方はなんと自転車を借りると駐車場はタダとなっている。公園の駐車場が610円なのに対して、私営のそれは400円である。園の駐車場はガラガラであったが、周辺の民間駐車場はそこそこ埋まっていた。公共施設だからクレームなど出ないのであろうが、ここでも民間の商魂のたくましさを感じた。

 持参した弁当を家族で食べる。
快晴ゆえに気持ちがいい事この上ない。
芝生の上にレジャーシートを敷き、食べ終わってごろりと横になる。
さわやかな風が吹くたびに頭の上の木々の葉がざわめく。

 木々の葉は新緑。
生命の息吹が伝わってきそうな眩しい緑である。
そしてその上の空は真っ青。
暑くもなく、寒くもない。
いつの間にかうたた寝をしてしまったが、心地良いのなんの・・・

 森林公園という名の通り、園内にいると森の中にいるような錯覚に陥る。
何せ高い建物も、道路を走る車も木々に遮られて見えないため、非日常を感じる事ができるのである。池や沼があったり、芝生の広場があったり、遊具もあるし、一日ですべて楽しもうとするのはたぶん不可能だ。

 今回は何よりも天気に恵まれた。
一日半袖で過ごしても平気だったし。
4月の桜も良かったが、5月の新緑もまた良いものである。
家族連れもいて、カップルもいる。
時間ものんびりと流れているような感じがした。
忙しい日常から離れて、何だかとても贅沢な気分になって帰ってきた。

 もっと足を延ばせば、そんなところはたくさんあるのだろう。
例えば親父の故郷の富士見(長野県諏訪郡)の高原などは夏の避暑には最高だ。
ただ渋滞を考えるとプラスマイナスどうかとなってしまうだろう。
ほんの一時ではあったが、最高の昼寝ができたという事だけでも有意義な連休だと思うのである・・・
     
  
  

2010年5月2日日曜日

我が連休の日々

 5連休の初日。朝から妻に買い物を頼まれ近所のスーパーに向かう。安売りのチラシが入っていたようである。大型連休とあって世間はお出かけムード。そんな中で何とかお客さんを呼び寄せようとするスーパーの戦略なのだろう。

 ふと目にしたビールのコーナーでは、「家飲み」の文字が。最近は「巣篭り消費」などと言われ、不景気で家で大人しくしている傾向があるらしいので、そんな流れをうまく捉えたキャッチフレーズなのだろう。本当に民間企業は涙ぐましい努力をしている。それに対して郵政法案が見直しとなったというニュース。我が国はどうなってしまうのだろう・・・

 そして出掛けたのは小金井公園。近いというわけでもないが、車で行けば遠くもない。芝生の広場があってサイクリングコースがあって、遊具があってと子供がいるといろいろ楽しめるので、よく行くところである。同じような家族連れも多くいる。公園で遊ぶいろいろな家族をみていると本当に平和の縮図という気がしてしまう。

 ここで閉園まで遊んだ後は「おふろの王様」に向かう。ここは平たく言えば銭湯なのだが、いわゆるスーパー銭湯と呼ばれるものなのだろうか、各種の湯船にさまざまな施設が付属しているちょっとしたレジャー施設である。一応温泉もあり、スパやサウナ、寝湯、座湯などの湯船がいろいろある。本格的な温泉とはいかないが、温泉気分には十分なれる。

 銭湯と言えば昔は各地にあって、私も幼い頃に通った記憶がある。各家庭に風呂が普及し(私も4歳から家に風呂がある生活になった)、銭湯も次々に姿を消してしまった。実家のある武蔵小山にも何カ所か銭湯があったが、今は近くに一軒だけ残っている有り様だ。今の我が家の近所にも数年前まで銭湯があって、14年前にこの街に越してきた時に、ガスが通じるまで風呂に入れず2日間ほど通った事があった。昔ながらの銭湯だったが、その後利用する事もなく、今は分譲住宅になってしまった。

 考えてみれば銭湯は我が国の伝統文化だとも言える。それがなくなってしまうのも残念な気がする(だったら通えばいいのだが、それもなぁ・・・)。しかし、形は変われどこうして残っているのはありがたい。風呂以外にも散髪やマッサージ、レストランまである。流行りの岩盤浴もあり、何かとお金を落とす仕組みができていて、それで採算を確保しているのだろう。

 私も長男と二人、湯あがりにお約束のコーヒー牛乳(フルーツ牛乳とどちらにしようか迷ってしまった)を飲んだ。腰に手を当てて飲むんだとレクチャーしたのは言うまでもない。家の風呂も良いが、やっぱり大きな風呂も良い。富士山の絵はないけど、お湯は適度な温度で子供が水でうめて爺さんに怒られるという事もない。銭湯の風景は昔と違ってしまっているが、現代風の銭湯も良いものである。

 武蔵小山に一軒残っている銭湯は実は温泉なのである。伝統文化維持に貢献するためにも、そのうち一度行ってみようかなと思っている。我が街にもいつか銭湯が復活しないだろうか、と思わずにはいられないのである・・・


【本日の読書】
なし
      

    

2010年4月29日木曜日

GWだ!

GWが始まった。
私の場合、暦通りの出勤なので本日は飛び石の初日という事になる。家族そろって出かけた先は、国立科学博物館。だいぶ昔に行った記憶があるが、ほとんど忘れている。フーコーの振り子があった事だけが記憶に残っている程度だ。最近5歳の長男が恐竜にハマっていて、それじゃあ化石の実物でも見せてやるかと行く事にしたのだ。

 上野駅から歩いてすぐ。中に入るといきなりフーコーの振り子があった。前の日に娘に説明しておいたが、果たしてどれくらい理解していたのだろう。ちょうどガイドツアーがスタートするところで、便乗して1時間くらい案内してもらう。日本館では日本にかかわる事柄。地球館では地球に関する事柄という具合に分かれている。

 興味深かったのは、日本とイギリスとニュージーランドとの比較。同じような島国であるが、大陸とより長く地続きだった事と、緯度の微妙な差異により何と我が国の動植物は他の2国に比べて圧倒的な種類を誇っているという事だった。鮮やかな四季といい、改めて我が国は恵まれた環境にあったようである。

 縄文・弥生時代の人々の暮らしぶり、江戸時代の巧妙な時計にからくり人形、ゼロ戦などの展示物は大人であっても楽しめる。特に縄文・弥生時代の暮らしぶりには、娘はかなり心に残ったようである。「車もなかったんだよね~」という発言には、今度は江戸東京博物館にでも連れて行こうかなという気にさせられた。

 長男お楽しみの恐竜コーナー。これまで図鑑でしかお目にかかっていなかった恐竜の化石を目の前にして、やっぱりその大きさに圧倒されたようである。「この家と同じくらい」と言ったところで、やっぱりそこは幼稚園児の想像力。実際に目にするのとは大違い。

 大好きなテイラノサウルスの大きさは圧巻だったようである。「目の前に現れたらどうする?」と聞いたところ、「逃げる」と答えた。そりゃそうだよな、この大きさだもんなぁと思う。以前は恐竜絶滅の原因は諸説あったと思うのだが、今は隕石説に統一されたのか、ほぼこの説明に終始していたのが印象的だった。

 1階下がるとそこにはもっと歴史を下って哺乳類の歴史となる。ナウマンゾウやマンモスなんかにも子どもたちは興味を引かれたようである。そして人類の歴史。地球の歴史からすると、一瞬なのであるが、人類の歴史もなかなかだ。リアルな人類の模型たちが展示されている。もっとも子どもたちは「おち○○んが見えてる!」とそっちにしか興味がいかなかったみたいだが・・・

 閉館までたっぷりいたら、すっかり疲れてしまった。明日は仕事だから頑張らないといけない。そのあと5日間。休むんだか疲れるんだかよくわからないが、奥様の機嫌を損ねないよう気を配りながら楽しく過ごしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
なし
   
   


2010年4月28日水曜日

わからない事々

 ニュースを見ていてもよくわからないなと思う事はけっこう多い。
以前ならいざ知らず、今であればわからないならちょっと検索すればかなり調べられるとは思う。だが、いちいちそんな事している暇はないし、ついついわからないままにしてしまう。だからいっそうわからないままである。

 今日は検察審議会が、先ごろ政治資金規正法違反を問われた民主党の小沢一郎を不起訴とした事を「起訴相当」と判断したとやっていた。そもそも小沢一郎の何が悪かったのか、これがよくわからない。虚偽記載と言われているが、「だったらどうなの?」と思ってしまう。

 確かに虚偽記載はルール違反といえばそうなのだろう。だが、それだけだったら、「ちゃんと記載しろよな」という話だ。せいぜい罰金レベルの問題ではないか。虚偽記載して何をごまかしたのか、賄賂なのか何かのマネーロンダリングなのか?何がこれだけ大げさに騒ぎ立てるほどの問題なのか?ロッキード事件やリクルート事件などはわかりやすかったが、今度のはよくわからない。どこかから得たお金を不正にちょろまかしたという事なのだろうか・・・

 次にわからないのは検察審議会の考え方だ。市民目線で不起訴はおかしいという事は、何らかの証拠があるのだろうか。少なくともその道のプロ中のプロである東京地検が一旦起訴を諦めたのだ。という事は、有罪にするだけの材料が揃えられなかったという事だ。「おかしい」という感情論と「有罪にできるか」という技術論は相容れない。法律には、「疑わしきは罰せず」というルールがある。「知らなかったはずはない」という「疑わしき」だけでは罪には問えないのである。いったいどういう議論が尽くされたのだろう。

 なんでこんな疑問が出てくるのか、と言えばそれは新聞報道がそうした素人レベルだからだ。私だったら、検察審議会がどういうメンバーで構成され、どういう議論を経て不起訴となったのかを報道するだろう。小沢氏にマイクを向けたって、「そんな事いまさら言われてもねぇ~、コメントしようがないよ」というのが本音だろう。検察審議会のメンバーにこそマイクを向けてほしいものなんだけどなぁ・・・

 「何が問題なんですよ」という視点でニュースを報道してくれるのなら、たぶんもっとニュースはわかりやすいと思うのだ。今、民主党はかなり批判を浴びて支持率を落としている。しかし市民の問題に対する理解度ってどれくらいなんだろうと、本当に疑問に思う。

 子供手当がバラまきだと批判するなら、過去のバラまきがどれだけ無意味だったか説明してほしい。1,000円高速道路はどれだけのメリットとデメリットがこれまで出ているのか。ゆうちょの預け入れ限度額を2,000万円に引き上げるのは、増え続ける国債を買う資金を集めるためだとか、アメリカの国債を買うためというのが本音らしいが、どうなんだとか。

 普天間問題では、集会に集まった何万人という人はその多くが活動家で、基地によって潤っている地主や地元商店などの人たちは声を出せずにいるが、本当は移転してほしくないというサイレント・マジョリティの姿なのだとか。もっとそういう風に問題にスポットライトを当てて、真の報道ってものをやってほしいなぁという気がする。

 これでも一時はマスコミ志望だった事もある。カメラ一つ担いで人の行かないところを取材してみたい、というイメージに憧れを抱いたのだ。湾岸戦争でCNNのガッツのあるスタッフが、最後までバクダットに残っていたのを見て感動したものだ。日本人は真っ先に引き上げてきていたのを知って、やっぱりその道に進まなくてよかった思った。下手したら「エリカ様」の取材に行かされていたかもしれないものな。

 やっぱり、もう少しわからないなりの努力というものをしないといけないように感じるのである・・・


【本日の読書】
「資本主義崩壊最終ラウンド」船井幸雄
「自由への長い道(下)」ネルソン・マンデラ

         

2010年4月25日日曜日

他人の事を考えようじゃないか

 最近通勤電車が混んでいる。いつもの電車が心なしか混みあっているのは、たぶんこの春から通勤・通学で新たにこの時間帯の人が増えたからかもしれない。それはそれで仕方ないのであるが、どうしてもこうした電車で自分の事ばかり考える輩が出てくる。

 先日も満員の車内で吊革につかまっている腕を鋭角に突っ張っている奴がいた。その先端が私の背中をぐりぐりと押す。力を入れているので私が押されて後ろに体重が移動すると肘がいっそう背中に突き刺さる。私としては誠に不快な気分になった。力を抜いてくれればそんな事にはならないのだから、意図的にやっているわけである。

 どうしようかと迷う。振り返るにも満員の車内ゆえにそれも大変。あえてやって苦情を申し立てるのも人目を引くし、そういう事は好きではない。それに相手が逆ギレしてきたら、こちらも引けないからひょっとしたら朝から殴り合いという事態になるかもしれない。スーツだし、仕事前にそんな事は勘弁願いたいし・・・

 それでも我慢の限度を超えたため、あえてわざわざオーバーアクションで振り向いて相手を睨みつけた。そこにいたのはしょぼいサラリーマンで(これなら喧嘩になっても勝てると)安堵したが、相手も力を抜いて目をそらしたので事なきを得た。不愉快さは残ったが、そのまま飲み込む事にした。

 10年くらい前にもやっぱり混み合う終電で同じような事があった。注意したらその相手の返事に我慢できず、次の駅で引きずりおろした。酔ったサラリーマンだったが、相手が体制を整える前に先制攻撃をかましたところ、あっという間に周りにいた6~7人のサラリーマンに制止された。何より見ず知らずの人たちの突然の連携に驚いた。相手の男はやられたまま反撃する間もなく取り押さえられ、怒り狂っていた。

 満員電車で不快な気分になるのはみな同じ。自分も相手を不快にさせているのだという事を認識しないといけないのだが、そんな事は思いもしない。自分の都合だけで判断する。

 会社でもスタッフの人に雑事や簡単な事務仕事をお願いする。出来上がって一言声をかけて持ってきてくれる人もいれば、黙って机に置いていくベテランさんもいる。その人は説明してもつっけんどんな態度と事務的な対応しかしてくれない。仕事はきちんとやってくれているが、自分の仕事だけをやるというスタンスで、そこには「誰と」という姿勢が入っていない。

 そうするとこちらも笑顔で対応などと言う事もしなくなるし、よそよそしい関係に終始する事になる。なんでそうなのかよくわからない。仕事自体が厭なのか(でも仕事しないわけにはいかない)、ひょっとしたら私の事を嫌いなのか(その可能性もある)、もともとの性格なのか(だとしたらとても損している)・・・

 いつも気持ちよく手伝ってくれている人に対しては、こちらもなるべく負担のかからないようにと気をつかうし、そういう相互関係は相乗効果で結果として負担も減るし、気持ちのいいものになる。何よりも自分が一番助かるものだと思う。

 およそこの世の中は人間関係なくしてはあり得ない。自分の周りには常に人がいて、やっぱり自分と同じように考えているわけで、自分の事を考えて欲しかったら自分も相手の事を考えないといけない。それはそのままいつも自分に言い聞かせている事でもある。

 明日から通勤は少し早く家を出て、比較的空いている各駅停車に乗る事にした。時間はかかるが、不快な思いをしなくてもいいし、させる事もない。ゆっくりと本を読んで快適な通勤時間を楽しめる。やっぱりゆとりは大事なのだ。良い仕事をして、良い一日を過ごすためにもそうしようと思うのである・・・


【本日の読書】
なし
       
     



2010年4月24日土曜日

集合!

 高校時代のラグビー部の同期で久々に集まった。
13人いた同期が10人集まったわけで、地方在住1名を考慮するとなかなかの出席率だ。もっとも前回集まったのは、10年くらい前のような気がする。そう考えると仲が良いのか悪いのかよくわからない。何人かは学年の同期会などの機会に会っているが、ほとんど20年振りくらいのものもいた。

 卒業以来27年。入学して初めてラグビーのボールを持ってからなんと30年の月日が経っている。髪型や体系の変化は人それぞれだが、笑ってしまうものがある。たぶん16歳の春に30年後の自分の姿を見せられたら、こいつらは絶対ショック死するなというのが何人かいた。私はと言えば幸い「変わっていない」という評価を受けた。

 卒業以来の歩みは本当にバラバラだ。今だ独身もいれば、2年前に高校時代のクラスメートと結婚したという奴もいた。海外に行っていたやつもいれば、癌に罹って手術したという奴もいた。サラリーマンもいれば会社を経営しているやつもいる。子供が我々の通った母校に入っている奴もいる。酒を飲み、語り合ううちに空白の時間が埋まっていく。

 姿形は変わっても、変わらないのが人の心。酔いが回るうちに時間は逆行していき、いつの間にやら高校時代に戻った錯覚を受ける。たわいない与太話やえげつない会話は、高校時代の会話そのまま。周りから見たらやかましい中年オヤジの恥ずかしい集団だったに違いない。

 辛かった夏合宿に参加しなかったやつはいまだにそれを非難される。たぶん終身刑だ。一生言われ続けるだろう。最後の試合(当時は最後になるなんて思っていなかった)についての思い出もバラバラだ。「ああそう言えばそうだった」と思うエピソードがいくつもあった。あの試合、今でも勝てたチャンスはあったし、みんなの話を聞いていてやっぱり勝ちたかったなとあらためて思う。1回戦負けだったものな・・・

 みんな満足して散会となった。「毎年やろうぜ」という声が自然と出てきた。時間は元に戻せないし、みんなでもう一度試合をする事ももうないだろう。残ったのは思い出と絆だけだが、それはそれで大事にしたい。練習でみんなに「集合!」と声をかけるのは私の役目だったが、今度は久々にその役目を果たそうかなと、そんな風に思いながら帰ってきたのである・・・


【昨日の読書】
「太平洋戦争は無謀な戦争だったのか」ジェームズ・B・ウッド
「自由への長い道(下)」ネルソン・マンデラ




      

2010年4月20日火曜日

クラブ活動

 長女はこの春から小学校の4年生。4年生になるとこれまでと一つだけ大きく異なる事がある。「クラブ活動」が始まるのである。
 長女が入ったのは「手芸調理クラブ」。何のアドバイスをしたわけでもないが、自分で面白そうだと選んだのである。

 メンバーはさすがに女の子ばかり。それでも5年生の男の子が一人だけいるそうである。そういえば先日の面談で、趣味=家庭科という高校生の男の子がいた。「時代だな」と感じたのであるが、たった一人で女の子の間に交じってどんな気持ちなのだろうかとちょっと興味深い。

 そういえば私も4年生で確か囲碁クラブに入った記憶がある。将棋はすでに爺様の手ほどきを受けてかなりイケていたので、この際囲碁もと考えたのだ。そして5・6年生では卓球クラブだ。ずいぶん地味な小学生だったのだ。この卓球には強烈なエピソードがある。

 その日はクラブ紹介で、4~6年生が体育館に集まる中、なぜか私が模範試合に出場した。相手はなぜか一つ年下の女の子。どういう経緯でこういう対戦になったのか、もう覚えていない。覚えているのは、目のくりっとした可愛いその子に、事もあろうに大観衆のただ中でなんとその試合に私は負けたのである。その子が別に福原愛みたいな天才少女だったわけではない。二人でのどかにピンポンパンポンしていて、気が付いたら負けていたのだ。(当時の)人生最大の屈辱だった。

 私はただでさえ勝負事で負けると心中穏やかではいられない。それが相手が女の子で、しかもみんなの見ている前となると尚更だ。その後、あるところで「オセロ三連敗」も経験したが、この二つは今もって悔しい。今頃あの子はどこで何をしているのだろうか。たぶん、今会ったら懐かしがって一緒にグラスを傾ける前にきっとラケットを差し出して、何が何でもリベンジマッチへと誘うだろう(オセロだっていつかリベンジしようと思っている)。そういう性格なのだ。

 中学に入ってバスケット、高校に入ってラグビーと激しいスポーツへとその後進んでいったが、さすがにスポーツでそういう屈辱を味わう事はなかった。もしかして心のどこかで女の子には負けないスポーツを、無意識のうちに求めていたのかもしれない。

 振り返ってみると、長い学生時代の思い出にクラブ活動が占める割合はかなり多い。特に親しい友人はといえばクラブの友人である事が多い。授業や運動会などの行事なども大事だが、クラブ活動もそういう意味では大事だ。受験だからやらない、とか大検受けるから高校へは行かない、とかそれはそれで一つの考え方だが、随分損しているなと思わざるをえない。学校というところは、勉強のためだけに行くところではないのだと改めて思う。

 過ぎてみればあっという間だったが、幸せな学校生活を送れた要因の一つは間違いなくクラブ活動だ。家に帰ると私のもとにさっそく「今日ポップコーンを作った」と嬉しそうに報告しにきた我が娘。これから楽しいクラブ活動ができるといいなと思うのである・・・


【昨日の読書】
「太平洋戦争は無謀な戦争だったのか」ジェームズ・B・ウッド
「自由への長い道(上)」ネルソン・マンデラ

           
   

2010年4月17日土曜日

もしも願いが叶うなら

 ある日しっぽにトゲのある悪魔がやってきて、「お前の願い事を3つかなえてやろう」と言われたら、みんなは果たして何を望むだろうか。

 そんな事が昔、寺沢武一のコミックで著者の一言として書いてあった。男であれば、金と女と不老不死といったありきたりの三大欲望であろうか。実際、そんな機会がやってこないものかと本気で考えなくもない。

 しかし、相手が悪魔となるとちょっと考えてしまう。何せ相手は悪魔だ。望みが叶えられたとしてもその対価に何を要求されるかわかったものではない。だからすぐに飛びつくのではなく、まずは取引の全体像を確認すべきだろう。「願い事を叶える代わりに俺の望むものをほんの少しだけいただくとしよう」などと言われたら警戒警報発令だ。

 相手に最初に要求するものを確認してから取引したいものだが、「まず取引するかしないかを決めろ」と言われたら、どうするかだ。願い事をかなえてもらったあとで、『では苦しみを味わってもらおう』などと言われたらたまったものではない。山のような現金と美女を侍らせておいて、自分はベッドの上で微動だにできない、その苦痛を不死の身で永遠に味わうなんて事になったら目も当てられない。

 「君子危うきに近寄らず」が、一番なのかもしれない。しかしそれだと面白くない。ひょっとしたら警戒しすぎでチャンスをみすみす逃してしまうのかもしれない。そうするとここはひとまず相手の考え方を知るのが先決。第一の願いは、「相手(悪魔を含めて)の考え方を読める力をくれ」だろうか。

 それで相手の考え方がわかったとして、何も問題なければ残り二つは欲望のまま進めばいい。だがもし3つの願い事のあとに来る相手の要求がとんでもないものだとしたら・・・二つ目の願い事は、「あと50年願い事を待て」になるだろうか。50年たったらあとはもういいだろう。また、その間不死となったら逆に儲けものだ。

 そして50年後となったら、もう欲望も消えているに違いない。子孫繁栄でも願って残り少ない人生を差し出すか。こうしてみると何だか得したのか損したのか・・・結局、悪魔との取引なんて割に合わないって事だろう。願い事は地道に努力して自分で叶えるしかなさそうである。

 でももし相手が天使だったら・・・妄想は膨らんでいくのである・・・


【昨日の読書】
「太平洋戦争は無謀な戦争だったのか」ジェームズ・B・ウッド
「自由への長い道(上)」ネルソン・マンデラ

    

2010年4月15日木曜日

ヤマアラシのジレンマ

 寒さの中、二匹のヤマアラシが暖め合おうと近づく。しかし、近づきすぎるとお互いの体の針が相手に刺さってしまう。かといって離れると寒くなる。二匹は近づいたり離れたりを繰り返し、ようやくお互いに傷つかず、寒くも無い距離を見つける。哲学者ショーペンハウエルの寓話を元に心理学の大家フロイトが考えた話。
 お互いが体中にトゲを持っていることに気づかず、近寄れば相手の体を傷つけることに気づいていない。そして自分も相手を傷つけているのも知らずに、相手だけが自分を傷つけると思い込んで、怒ったり、攻撃したり、ストレスを抱えたりする。
 人間関係のストレスとは、このヤマアラシの関係のようなもので、自分が相手を傷つけているとは知らないで、自分だけが傷つけられると思い込む。傷つけあうのが嫌だからと人間関係から逃れようとするのだが、人間関係から逃れてみるとさびしくて仕方がない。また誰かとつながっていたいと思うようになる。
 人と接触したくないけど、人とつながっていたいという心の矛盾を心理学では「ヤマアラシジレンマ」と言うそうである。
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 そんなヤマアラシジレンマの話とはちょっと違うかもしれないが、改めて思う事がある。『自分が相手を傷つけているとは知らないで、自分だけが傷つけられると思い込む』というくだりがどうにも心に引っ掛かるのである。私も実はそういう経験をする。

 気がつけば妻の機嫌が悪い。思い当たる節はない。後で聞けば、何気なく発した私の一言が原因だったりするが、こちらにそんなつもりは毛頭なく、「なんでそんなひねくれた受け取り方をするのか」と、腹立たしくさえ思う。家庭内だけでなく、外でも同じである。

 意図的に発した悪意ある発言に相手が気分を害するのは気にならない。だがこちらに悪意がない場合は困惑してしまう。しかも相手の態度でわかればいいが、表面上は平静を装われた日には最悪だ。だが気をつけたくても無理がある。

 「自分の背中」が見えないのと同様、相手が自分の言葉や行動をどのように受け取ったかまではわからない。ひょっとしたら、このブログを読んで気分を害している人だっているかもしれない。心配ならば何も言わなければいいのかもしれないが、現実的にはそれも難しい。

 だから最近はせめて相手の言葉にカチンときても、すぐに腹を立てるのではなく、なるべくその真意を探ろうとするようにしている。相手もきっとなんらかの思いがあって、そういう発言をしたのだろうと思うようにしている。

 今日も同じ職場のベテランさんにグサリと嫌味を言われてしまった。その人はいつも棘のあるモノの言い方をするので私も苦手にしているのだ。だがよくよく考えてみればその人だって自分の仕事をしているわけで、その人からすれば私のやった事が仕事の効率化の妨げになっていたのだと思う。私がまったく気にも留めていなかった事を、その人は気にしていたのだ。嫌みの一つも言いたくなるわけだ。

 ここでまともに腹を立てていたら憎しみの応酬になってしまう。考えてみれば、以前はそんな事が原因のイライラが多かった気がする。「申し訳ない」と明るく言ってお終い。相手の針も受け止め方を変えるとこちらも心穏やかに過ごせる。

 最近、そんなやり方ができるようになった。自分にも針があるって事をいつも意識していたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「日本で一番大切にしたい会社2」坂本光司
「自由への長い道(上)」ネルソン・マンデラ
     


2010年4月12日月曜日

海外派遣の面接官をした

 我が出身高校の卒業生で運営している財団法人がある。その事業の一つである「国際交流事業」では、母校の高校生、卒業生である大学生および卒業生の親族を対象として、海外研修派遣を行っている。昨年に引き続き今年も面接官として選考会に参加した。

 総勢80名。昨年よりも3名多い。面接をしてそのあと合否判定までやるので、けっこう大変である。でも現役の高校生、大学生と、面接とはいえ相対して話を聞けるというのはなかなか貴重な経験だ。

 あらかじめ用意した同じ質問を投げかける。3~5人一組で面接を実施するのだが、昨年とはまた違った雰囲気の面接となった。昨年は始めの子の回答にあとの子が引っ張られる傾向があったが、今年は比較的ばらばらだった。例えば「最近印象に残った事」という質問に関しては、5人が5人すべて違う回答となったりしてちょっと驚いた。緊張して思考回路が働かず、前の子と同じ回答になるという事にはならなかったということだろうか。

 同じニュースについても、高校生と大学生とでは回答が異なっていたのはさすがだなと感じさせられた。高校生は、(考えてみれば1年生は先月まで中学生だったのだ)喜怒哀楽的な回答が多かったが、大学生ともなるとそこから発展して自分の問題意識にまで展開したりする。しゃべる量も大学生の方が総じて多い。

 それに今回はグループ単位での優劣もはっきりとした。合格者をみてみると同じグループの子が固まっていたりする。受かるグループと落ちるグループという色分けができた。一人二人積極的な子がいると、それに負けじと追随するパターンが見られたのだ。みんな緊張している中で、うまく引っ張られて持ち味を出せたという子もいたと思う。

 やっていて一番大変なのは合否判定だ。面接官5名で採点するのだが、問題は当落線上の子をどうするか、だ。僅差で並んでいる中から選ぶのは難しい。そうなると点数以外の要素がかなり働く。今回は昨年落ちた子がこの当落線上に入ってきた。「どうしても行きたくて今回も応募した」と言われると、さすがに連続で落とすのは忍びない。という意見で一致して見事合格。喜ぶ顔が目に浮かぶようである。

 高校生の中には定時制の子もいる。昼間は働いているその子は、さすがに社会に出ているだけあって同世代の子からするとしっかりした内容の話をする。家族構成をみると大変な事情が伺えて、考えさせられてしまった。自分はあまりにも恵まれた学生生活を送れたのだと改めて思う。その子には手心を加える必要はまったくなく合格したが、何がしかの手助けになれたかと思うと嬉しく思う。

 自分たちの頃にはなかった制度であるが、こうして縁あって関われるのは喜ばしい限りだ。この夏、彼ら彼女らは3週間、イギリスとドイツに分かれてそれぞれ行くことになる。いい経験になると思うと嬉しいやら羨ましいやらだ。この面接官であるが、機会をもらえる限りは続けていきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「日本で一番大切にしたい会社2」坂本光司
「自由への長い道(上)」ネルソン・マンデラ
       


     

2010年4月10日土曜日

罪と罰

 中国で日本人が死刑になった。容疑は麻薬密輸罪。日本の感覚でいけばとても死刑になどなるほどの犯罪ではない。とはいえ、中国には中国の事情がある。一概に批判するのは難しいかもしれない。

 そもそも世界の大半の国で、すでに死刑そのものが廃止されている。それらの国々からみれば、死刑がある日本だって奇異に見られているかもしれない。中国の事情はよくわからないが、麻薬による犯罪が危機的レベルにあってやむを得ないのかもしれない。

 思い起こせば法学部に在籍していた学生時代、ある時「心神耗弱」について議論したことがあった。殺人を犯しても心神耗弱の状態にあると無罪になる事がある。「麻薬を使用し心神耗弱状態にあった者が殺人を犯しても無罪になる」事について、それはおかしいのではないか、と担当教官に疑問をぶつけた。「もしも、やむを得ないとしても麻薬使用の罪で(殺人と同様の)刑を適用できないのか」と問うたのだ。

 教官は穏やかに笑っておられた。当時の私が今日の中国の制度を知ったら、きっと我が意を得たりと納得していただろう。とは言っても当時ですら、「結果として重犯罪を犯した場合」を想定していたので、「所持していた」だけで死刑とまではさすがに考えなかったのも確かである。

 罰則を強化すれば犯罪は抑制される。もしも日本でも麻薬取締法違反=死刑となったら、次から次へと捕まる芸能人だってさすがにビビって手を出さないだろう。あれだけ社会問題となっているにも関わらず、相変わらずなくならない飲酒運転だって、死刑となればピタッとなくなるのではないだろうか。

 そもそも麻薬も飲酒運転も本気でやめようとしないからなくならないのだ。心のどこかで「ちょっとぐらい構いやしない」と思っているのだろう。麻薬も飲酒運転も即死刑としたっていいではないか。そうなったとしても、私自身は何とも思わない。要は犯さなければ良いわけで、麻薬だって飲酒運転だってこの先やらないで生きていく事は十分可能だ。もしも反対する人がいたとしたら、それは「犯罪を犯す」事を前提にしているわけで、それがそもそもおかしいとさえ言える。中国の法制度も問題があるとは言えない。

 そんな罪など犯すはずはないから全然怖くないと言っても、それでもやっぱり恐ろしさが脳裏を過ぎる。それはきっとそんな罪状で簡単に死刑としてしまう発想の怖さだろう。中国では一人当たりのGDPと同様、命も日本人よりは遥かに軽い。

 なんでも死刑は銃殺が普通で、頭を打ちぬかれたあと体は臓器移植とか医療用の検体に提供されるようだ。もちろん本人の承諾などいらない。今回日本人は薬物注射による死刑だったようなので、中国もそれなりに我が国に配慮したのだろう。死刑になった一人は、日本でも強盗で指名手配されていたようであるから、自業自得なのかもしれない。

 死刑制度自体は存続してしかるべきだが、社会が荒んでくれば重罰をもって対処するのもやむを得ない。そんなものに頼らなくてもきちんと社会のシステムが維持していけるのが一番望ましいことだ。かの国のようにならないようになってほしいものだと思うのである・・・


【昨日の読書】
「シンプルでうまくいくコミュニケーションの技術」天野雅晴
「自由への長い道」ネルソン・マンデラ
       
     

2010年4月6日火曜日

どうにもならない

週末に実家に行って両親と話した事をもう少し。
ダブル入院を凶事と捉え、原因はリフォームと家相ではないかと心配する親父。
いまだ原因がはっきりせず、体調も思わしくない母親。
二人から出てくる言葉はネガティブで、雰囲気は明るくない。

医者でもない私にはどうする事もできない。
「そのうち良くなるよ」と、何の根拠もない気休めを言う事も性格的にできない。
できる事といえば、「物は考え様」という話をするだけだった。
半分水の入ったコップを見て、半分「しか」入っていないと捉えるか、半分「も」入っていると捉えるか、同じ現象でも捉え方によって気持ちは随分と違う。

交通事故で車に撥ねられた親父は確かに不運だ。
入院して手術までしたわけであるから当然だ。
だが車に撥ねられて半身不随になる人だっている。
ひき逃げされてしまうケースだって時折ニュースでやっている。

入院中、母親の隣のベッドに寝ていた患者さんは末期癌だったらしい。
手術しなければいけないかもしれないと按ずる母に、「手術するって事は可能性があるってことよ、私はもうダメみたいだから」と語って、その後間もなく「退院」していったそうである。

コップに水が溢れんばかりの状態が当たり前だと考えていれば、半分「しか」なくなれば一大事だ。
だが、空っぽの状態からみれば、せめてわずかなりともと渇望していた期間、半分「も」入っている状態はありがたくて仕方がない。
両者ともコップの水の量は同じなのに、である。

「人生良い事ばかりではない」という事に疑問を持つ人はいないだろう。
必ず凶事はあるのである。
それを「こんなに酷い」と捉えるか、「この程度で良かった」と捉えるかで随分と結果は変わってくるに違いない。

「そりゃそうだ」と頷く親父に無言の母親。
「理屈はそうだが・・・」と言いたげな様子。
受け止め方の違いは心の余裕の表れだろう。
一方は良くなるだけで希望が見えているが、もう一方はまだトンネルの中。
理屈はわかっていても今現在の体調が気持ちを下に引っ張る。

「健全な精神は健全な肉体に宿る」ではないが、やはり健康な肉体があってこそ前向きな考え方につながるのだろう。かく言う自分も同じ立場になっても尚、半分「も」と言えるだろうか。やはり健康ってとても大事な事なのだ。早く出口の光が見えればと思うのである・・・


【本日の読書】
「シンプルでうまくいくコミュニケーションの技術」天野雅晴
「自由への長い道」ネルソン・マンデラ

      

2010年4月3日土曜日

親父心配する

仲良くダブル入院していた実家の両親も今は退院している。
膝の怪我の親父は、びっこを引きながらもあとは治るのを待つだけ。
母親の方はちょっと厄介で、一時退院という位置づけ。
通院しながら原因究明と治療法探しを続けないといけない状態である。

週末を利用して実家に顔を出した。
ここぞとばかりに親父が私に頼んできた事は、「実家の間取り図を書いて欲しい」という事だった。
これまでもよく文章を書いてくれとは頼まれていた。
私はまったく苦にならないが、親父は文章を書くのが苦手。
よく頼まれていたものであるが、今回の依頼はこちらも面食らった。
図面とか絵とかになるとこちらも苦手だ。

理由を聞いてみたところ、どうやら家相を見てもらうとの事。
何せ昨年リフォームをした途端、両方揃っての入院騒ぎである。
さては何か家相的に良からぬリフォームをしてしまったのではないか、というのが親父の心配事であった。

昔の私だったらこの手の「迷信」は笑い飛ばしていた。
そんなものが影響するはずがないからである。
その考えは今でも変わらない。
変わったのは、そういう考え方に対する「態度」である。
私は快く引き受けて図面を書いた。

家相は昔から信じられている。
でも大事なのは「実際どうなのか」という事ではなく(そんな事は証明できないし100年議論しても結論は出ない)、「信じている人にどう接するか」だ。
信じている親父に、「そんなの迷信だ」など言っても始まらない。
見てもらって気が済むならそれに越した事はない。

親父には、「見てもらって『ダメだ』と言われてもやり直すわけにもいかない、田舎の広い家なら可能かもしれないが、東京のこの狭い家で台所の位置が悪いと言われても移すところなんてないだろう、だからいっその事お祓いしてもらったら」とアドバイスした。

いくら「家相なんて何の根拠もない」なんて説得したところで、人間は不安な動物だ。
心のどこかで、「それでもやっぱり」と心配してしまうものである。
それを笑い飛ばしたところで、親父の心の問題は解決できない。
親父の信心は大事にしないといけない。

実は私も自宅を新築した時、家相の問題が出てきたが、それ自体は無視してお祓いしてもらう事で解決した。外野の声をそれで抑えたし、「まったくバカにしてもしかしたら」という私自身のわずかな不安もそれで封殺した。近所の神社の神主さんに来てもらったが、いつも初詣だけは欠かさないし、そういう気持ちも大事にしないといけないと思ったからだ。

幸いお祓い案は良かったようだ。
あの調子だとお祓いしてもらうのかもしれない。
私の書いた図面を見た親父だが、「そんな感じで書けばいいのか」と自分で書く事にしたようである。間接的にお前の絵は頼りにならないと言っていた事に、どうやら鈍感な親父は気付かなかったようである・・・


【本日の読書】
「最後の授業」ランディ・パウシュ
「姫椿」浅田次郎
    
     

2010年4月1日木曜日

新人たちよ

今日から学校は新学期、企業は新年度。
今日から社会人という人も多かったであろう。
それらしき若者を多数見かけたが、残念ながら新人なのか就活学生なのかはよくわからなかった。

思い起こせば、もう就職して22年だ。
気がつけば定年までの期間の方が短くなってしまった。
あれからもう22年も経ったのかと思うと、感慨深いものがある。

私が就職した頃は、超売り手市場。企業回りなどすれば熱烈大歓迎で、うっかり気軽に企業訪問などしようものならあとで断るのが大変だった。嬉しいやら困惑やらで、美人の気持ちってこんなだろうかなどと思ったものである。

ただ入ったあとは酷かった。銀行も本部あたりだとスマートな人ばかりであったが、最初に配属された東京郊外の支店ではまったく人種の違う人達がいた。「仕事は盗むもの」という価値観の人達が、飲みに行けば酒の注ぎ方まで文句を言われ、箸の上げ下ろしまでとやかく言われた。仕事で厳しくされるなら何ともなかったが、それ以外のことでのストレスに、とにかく毎日腹を立てていた。

辞めなかったのは、やっぱり体育会ラグビー部で鍛えられて、「根を上げる」という事を知らなかった事と、いずれ転勤すれば何とかなると思った事と、嫌でも5年間はとにかく勤めようと一番初めに決めていたからだ。最初の支店は人間関係というものを大いに学ばされた。

今振り返ってみれば、あれはあれなりに良かったと思っている。酒の注ぎ方だってそのあと接待の時に役立ったと思うし、何より自分で仕事ができるようになると心のゆとりができてきて、自然と考え方も変わる。

初めてボーナスをもらった時、「仕事もしていないのにボーナスもらうのか」と言われて一日中気分が悪かったが、今なら「○○さんの時はもらえなかったんですか?」と笑顔で切り返せるだろう。もし今の自分があの頃に逆戻りしたら、もっと楽しくやれただろうと思うと、あの時衝突した人達に何だか申し訳ない気がする。

一頃、今時の若者は3年で辞めると言われていた。就職氷河期の今はどうなのだろう。エントリーシートなるものを何通も提出し、一生懸命企業訪問し、ようやく内定を取ったと思ったら内定取り消しなんて事もあり、今の学生さんは大変だ。今日社会人デビューした人達は、これから職場でどんな経験を重ねていくのだろう。

もし何かアドバイスを求められたら、社会人22年目の自分は何て答えるだろう?
「勉強しなさい」って事だろうな。
今は会社に頼っていてはいけない時代だ。
上場企業だって倒産する時代だ。
船が沈没して荒海に放り出されたら、溺れないようしっかり泳がないといけない。
しっかり泳げるかは日頃の鍛錬だ。
電車の中で漫画なんか読んでる場合ではない。
とにかく進んで経験を積ませてもらう事だろうな。

直接アドバイスする機会は少ないと思うが、自分自身いつ彼らに盗まれてもいいようにそんなスタンスを心掛けていたいものだと、今日改めてそう思うのである・・・


【本日の読書】
「最後の授業」ランディ・パウシュ
「姫椿」浅田次郎