2013年10月29日火曜日

ラグビー観戦

 週末の日曜日は久しぶりに母校の大学のグラウンドへ足を運び、後輩たちの公式戦の応援に臨んだ。「ラグビーは冬のスポーツ」というイメージが、かつて世間には広まっていたが、実際のところは今がシーズン真っ盛り。4年生にとってみれば、残りあと一ヶ月ちょっとの現役生活。本当は、現役の試合前にOBの試合があったのだが、春先に痛めた足がいまだに調子悪く、今回は参加を断念した。

 スポーツの秋という言葉がぴったりするような好天気。じっと観ていると少し寒いが、試合に出る者にはちょうど良い気候だろう。このところ、ラグビーと言えばテレビ観戦ばかりであったが、グラウンドに足を運んでナマで観戦するのがやっぱり一番。選手たちの息遣いや、テレビには写らない動きなどがよくわかるという利点がある。

 試合前には、相手の実力をあれこれと想像するものである。今シーズンそれぞれ同じ相手と戦ってきており、その結果を見て少しでも有利な点を探そうとするのである。例えば同じグループで、実力一と想定される立教大学に、うちは17-58で負けているが、今回の相手は14-80で負けている。それだけ見れば、うちの方が“理論上は”強いとなるわけである。

 もちろん、そんなのは気休めでしかないのであるが、それでもその気休めが少しの自信となる。やる前は、「絶対勝つ」と強く思うものであるが、ただ思い込むだけでなく、相手より少しでも有利な点を見つけ、勝てるという自信に加えたいものなのである。過去の対戦成績が良くない相手であれば、尚更そう思うのである。

 試合前の軽いアップが終わり、キックオフの瞬間が近づく。選手たちはキャプテンを中心に円陣を組んで、出陣前に気持ちを高める。キャプテンがメンバーにかける言葉に、みんなが絶叫で応える。かつては自分もあの円陣の中にいたのだ。見ているこちらも自然と胸が熱くなる。

 キックオフで試合が始る。最初のうちこそ卒業後にできた観覧席に大人しく座って観ていたが、やっぱり立って観る事にした。その方が随時移動して好きなポジションで観る事ができる。観ているOBたちからも、時折檄が飛ぶ。私の場合、性格もあるのだろう、こういう時は黙ってじっくり観る。

 しかしながら、観るのも苦痛に思う時がある。「自分だったら・・・」ともどかしく思ってしまうのである。もちろん、かつてならともかく、今の自分がグラウンドに出ていっても大した事はできない。頭の中の自分はいまでも最高のプレーヤーだが、哀しいかな肉体は遥か後ろに置いてきぼりだ。

♪同じゼッケン誰かがつけて、また次のシーズンをかけていく♪
ユーミンの「ノーサイド」の歌詞が脳裏に浮かぶ。やっぱり、背番号「6」の選手に目が行く。自分と比べてどうだろう。それにしても、果たして一体今までに何人の選手があの番号をつけたのだろう。そのうち大集合したら面白いかもしれない。

 月に一回、老OBが集まったシニアチームが練習をしている。私もこの春から参加している。かつては、「タックルができなくなったらラグビーはやるものではない」とうそぶいていたが、「まあ、そうカタイ事言わず、ランニングの延長だと思って」やる事にしたのである。でもやっぱり心のどこかで、まだガンガン当たる激しい試合をしたいと思っている自分がいる。

 ハーフタイムに席に戻り、2つ上の先輩と話をする。仕事の事少々、子供の事半分、その他諸々。先輩の子供が、私の母校である都立高校を希望していると聞く。残念ながらラグビーではなく、野球が希望らしい。さすがに、昔みたいに女の話はしない。

 善戦空しく、後輩たちは惜敗。そう言えば、自分達も4年間勝てなかった相手だったと今さらながら思う。負けはしたものの、日頃よく練習しているというのは、試合を観ていればよくわかる。冷静に考えてみて、もしも自分達が現役の頃のチームと今の現役とが試合をしたら、たぶん今の現役の方が強いような気がする。

 いくら練習していても、相手のある話だから仕方がない。また次の試合に期待したいところだ。試合は残念だったが、久しぶりに母校のグラウンドに行き、もはや人工芝グラウンドで懐かしい土の匂いと枯れた芝の匂いを嗅ぐ事はかなわなかったが、何となくあの頃のエネルギーが湧きあがってきた気がする。

 また一週間、「めげず・くじけず・へこたれず」頑張ろうという気になって帰ってきたのである
・・・
    



【本日の読書】
「これから」を生きるための授業 ハーバード・ビジネススクール 昨日までの世界(下)―文明の源流と人類の未来 (日本経済新聞出版) - ジャレド・ダイアモンド, 倉骨彰






       

2013年10月24日木曜日

雑感記録

 日々あれこれと感じている事、考えている事を綴る事にしたこのブログ、最近更新頻度が減ってしまっている。書く事がなくなってしまった訳ではなく、ただ時間がないのである。記録される事なく、消失してしまっている己の雑感が、ちょっともったいない気もする。と言っても、実はそれほど大した内容ではない事が大半である。

 今週は仕事で外出し、某JRの駅前でチラシを配っている白衣の女性を目にした。ついいつもの癖で、チラシはもらわずにスルーしてしまった。通り過ぎながら耳にしたのは、「マッサージ」という言葉。どうやらマッサージ店のPRだったようである。

 駅前でチラシを配っていると言う事は、まだ「お客さんが多くない」という事だとすぐ思う。お客さんが十分来ていれば、チラシなど撒く必要もない。またチラシを配っていたのが、白衣の(中年の)女性だと言う事は、おそらく施術されるご本人。しかも年齢からすると、「雇われている」人というより、オーナーご本人かあるいはその共働きの配偶者なのかもしれない。アルバイトを雇う余裕までないのだろうか、などと想像してみたりする。

 「てもみん」のようなチェーン店なら、アルバイトにやらせるだろうから、恐らくは独立系の個人事業者なのだろう。まだオープンして間もないのだろうか?駅前という事は、すぐ近くに、すなわち駅ビルなどの周辺に店舗があるのだろうか、それとも少し離れた住宅地だろうか。住宅地であれば、この時間(午後3時頃)に配っているのは何か戦略的な意図があるのだろうか、それとも単にお客さんがいなくて暇なのだろうか。どうせならサラリーマンをターゲットにし、朝の通勤時間帯にやっても良いのではないだろうか。この時間だと、お客さんが来たら留守番からすぐコールが来て店に戻るのだろうか。あれこれ想像が膨らむ。

 京浜東北線に乗り込む頃には、「チラシをもらっておくんだった」と後悔していた。そうすれば、あれこれと想像した事に、ある程度の答えが得られたはずである。いつもはゴミになるから受け取らないようにしているチラシ。受け取るのは、ティッシュ入りのものだけ(ティッシュ入りは我が家の奥様に、「とにかくもらえ」と厳命されているから条件反射的にもらっているのである・・・)。今度からもらうようにしようと思う。

 チラシをもらう事の効能は何だろうと次に思い巡らせる。まず上記のような想像の答え合わせができるだろう。それに例えその店に行かなくても、もらうだけでも配っている人は喜ぶかもしれない。長い時間配っていて、手にとってくれる人が少なければ、配る人の精神的な疲労も大きいかもしれない。さり気ないゴミ拾い以外の「一日一善」にしても良いかもしれない。

 そう思うと、よく我が街の駅頭で配っている政治家のチラシも、気になる政党以外にももらう方が良いかもしれない。たとえそれが嫌いな共産党であったとしても。という事を考えていたら、次の日その共産党の方がさっそくチラシを配りながら演説をしていた。「ブラック企業を規制します」というチラシだった。

 「サービス残業代は“倍返し”よっ」と「雇用のヨーコ」という名のキャラクターが宣言している。結構面白い。
「ブラックな実態を公表させる」
「パワハラをやめさせる」
と威勢が良い。
「どうやってブラック企業を見つけるのだろう?」
「生きがいを感じて進んで長時間労働している人はどうするんだろう?」などと思考は広がる。毛嫌いせずにチラシをもらってみたら、案外ちょっとした娯楽になったと気がついた。

 振り返ってみても、「思考の記録」なんて大げさなものではない。タイトルにある通り雑感記録なのであるが、そんな事もあとで読み返してみると、自分でも楽しめたりする。やっぱり、何とか時間を確保して、この「趣味」に没頭する一時を確保したいと思うのである・・・

【本日の読書】

昨日までの世界(下)―文明の源流と人類の未来 (日本経済新聞出版) - ジャレド・ダイアモンド, 倉骨彰




 

2013年10月19日土曜日

好きこそものの上手なれ

 息子は今、ヒップホップダンスを習っている。その始りはまったくの偶然で、たまたま訪れたスポーツクラブでヒップホップをやっているのを見た息子が、「やってみたい」と言ったらしい。これから学校の授業でもやるようになると聞いたため、「それならやらせてみるか」となったのである。

 自分としては、ダンスなどに興味の“き”の字もなく、見るのもやるのも関心が湧かない。されど、だからと言って息子を自分の興味のある分野にだけ向かわせるのもどうかと思うから、まあ反対はしなかったのである。

 さて、そんな息子のヒップホップであるが、先週「発表会」があった。日頃の練習の成果を披露しようというわけである。妻はともかく、自分は普段の練習をまったく見ていない。だから、どんな様子なのかもわからないし、ヒップホップをどんな感じで踊るのかもわからないから、興味深々であった。

 そして当日。
いつもの教室をそのまま舞台にして子供たちが順番に登場する。息子は第一陣として登場。総勢20人くらいで、さらに4つのグループに分かれて順番に踊る。男の子は4人だけ。圧倒的に女子の世界である。目の前で子供たちが踊るヒップホップというのも、何だか微笑ましい。

 第一グループは幼稚園児くらいの女の子二人。息子は第二グループで登場。みんな小学校低学年くらいの男女4名ずつのメンバーである。音楽に合わせて踊りだすも、何だかぎこちない。何となく周りに合わせて体を動かしている感じで、それはほんのコンマ何秒か体の動きがずれている事からそう感じるのである。他の子も見ていると、それぞれでだいぶ印象が違う。

 中には「うまいな」と思わされる子がいる。子供たちは上は中学生くらいまでいるが、さすがに中学生くらいになると、「うまいな」と思わされる子も増えてくる。うまい子とそうでない子。その差は何なのだろうと考えてみた。

 観察していると、その差は「楽しそうか否か」であると感じる。「好きこそものの上手なれ」という言葉がある。好きな事をやっている時、人はその時間が楽しいし、あれこれいろいろやってみようとする。息子もお手伝いはおざなりにやってよくママに怒られているが、好きな怪獣遊びだと、周りにあるあらゆるものを基地や武器やその他もろもろに見たて、独自の世界を作り出していつまでも遊んでいる。

 踊る事が楽しくて、面白くてたまらないから、練習時間以外でも体を動かしているかもしれない。息子などは教室で練習する以外はやらない。その差は歴然。「音楽に合わせ、体が動いてしまう」子と、「音楽に合わせ、教えられた通りに体を動かそうとする」子と、同じダンスでも違うものになる事は容易に想像がつく。

 学生時代、ラグビー部に入っていた私は、いつも練習時間の1時間半前くらいにはグラウンドへ行っていた。全体練習が始まる前に、バーベルを上げたりしていたのだ。それは誰からも強制されたものではなく、自分でやりたかったからに他ならない。そういう事は、他の様々な事に当てはまるのではないだろうか。

 良い悪いではない。
決められた時間に来て、決められた時間に決められた通りに仕事をし、決められた時間に帰るという事が悪い事だとは思わない。ただ、少しでも違う事、プラスアルファの事をしようとして、人より早く来たり、人より遅くまで残っていたりして仕事をする人は、おのずと結果も違ってくるだろうという話である。

 息子は、ヒップホップに対してどう思っているのだろう。普段と違って親たちがたくさんギャラリーに居て、緊張と照れくささもあったかもしれない。あるいはもしかして、勢いで始めたものの、あまり興味が持てなくなってきているのかもしれない。好きになれる事なら続ければ良いし、そうでないなら他に目を向けるのもいいかもしれないとも思う。何せ運動神経自慢のパパでも、まったくアドバイスできない分野であるからである。

 これから折にふれ、コミュニケーションをとって気持ちを確かめながら見守っていきたいと思うのである・・・

【今週の読書】

昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来 (日本経済新聞出版) - ジャレド・ダイアモンド, 倉骨彰





2013年10月12日土曜日

働く事について考えていること

日雇い派遣、禁止後1年で「解禁」議論なぜ?
 10月4日、政府の規制改革会議は「日雇い派遣」を解禁するよう求める意見書をまとめました。~略~
 日雇い派遣は、労働者と派遣元の契約が30日以内である短期の派遣のこと。仕事があるときだけ派遣会社と雇用契約を結ぶ「登録型」の派遣です。派遣元に常時雇用され、仕事の有無にかかわらず給料が支払われる「常用型」の派遣に比べると、不安定な雇用形態とされています。
 2008年、リーマンショック後の不況により、「派遣切り」「年越し派遣村」などが社会問題化しました。このとき「雇用を不安定にしている」として批判されたのが日雇い派遣でした。その後の「ワーキングプア(働く貧困層)」の増加もあり、労働者保護の観点から、2012年10月の労働者派遣法改正で原則禁止となりました。

THE PAGE 10月10日(木)10時7分配信 
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そう言えば数年前、だいぶ「派遣切り」の事が話題になっていたなと思いだした。
当時から何が問題なのかわからないと、このブログでも書いている。
「派遣斬り」
日本のマスコミは本質的な議論そっちのけで、自分の勝手な思い込みを大々的に拡散し、世論を操作する傾向があるから、ニュースの盲信には気をつけないといけない。
そんなわけで、働く事についていろいろと考えてみた。

働く形態はいろいろあっていいと思う。
例えそれしかなくて渋々就労するのだとしても、「あるだけマシ」という考え方もある。
そもそも「派遣」は、「解雇」を前提とした雇用形態だ。
“切られ”て文句を言うのはおかしいし、企業を批判するのも間違っている。
大企業に勤め、安定した雇用環境にある自分としては言い難い意見だが、それが事実だ。

そもそも人は自分の食い扶持は自分で確保しないといけない。
太古の昔からそうだし、今でも自分で仕事を作るなり見つけるなりしないといけない。
作れなければ見つけるしかないのだが、それには雇い主にうまくPRして仕事をもらわないといけない。雇用主を満足させられなければ、仕事を失う事になる。

日本は、ありがたい事に労働者が強く守られている。
一度雇用されると、企業側の解雇は簡単ではない。
だからいつしか労働者側に“甘え”が生じているのだろう。
その延長上で「派遣」をとらえるから、批判が出てくるのだ。

かつて、外資系の投資銀行の人たちと一緒に仕事をした事がある。彼らは1年ごとに査定があって、そこでダメとされれば即クビになる。求められるパフォーマンスを上げようとする姿は、少々の事ではクビにならない我々とは対照的だった。考えてみれば、プロ野球を始めとするプロの世界も同様だ。収入面での違いはあるだろうが、その精神は見習わないといけないと思う。

よく丸の内界隈で、赤い旗を振ってデモをしているのを時折見かける。外資系の銀行の前で、「不当解雇反対」と看板を掲げている集団を見かけた事もある。詳しい事情は知らないが、「不当解雇反対」と抗議する目的は何なんだろうと思う。解雇を撤回し、再雇用せよというのだろうか。組織から「いらない」と言われた以上、そんな事をしている暇があったら次の仕事を探すべきではないかと考えてしまう。

もしも自分だったらどうするだろう。
業績が悪化して、リストラ対象になってしまったら、その時は潔く辞めるだろう。クビを宣告する人だって辛いかもしれないし、「いらない」と判断されてしまった以上は仕方がないではないか。まぁせめて退職金の上乗せを頼むとか、再就職のため3ヶ月くらいの猶予をくれとか、そのくらいの交渉はすると思うが、基本は辞めるだろう。いきなり海に放り出されるのは大変な事だし、せめてライフジャケットを要求するくらいはしてもいいと思う。

正直言ってその時辛いのは世間体だと思うが、安っぽいプライドは諦めて捨てるしかない。できるのはコンビニのアルバイトなのか日雇いなのか、ひょっとしたら派遣かもしれないし、はたまた雇用の確保に苦しんでいる飲食業界を狙うかもしれないが、そのあたりで一からやり直すしかない。年齢的なハンディは長年培った創意工夫で補い、フリーター如きには負けないくらい働いてみせるくらいの腹積りはある。

まあ思うだけなら誰にでもできると言われそうではあるが、世の中には自営業の人たちがたくさんいる。組織に頼らず、自分の力量で仕事を確保して生活をしている。私の父も一人で印刷屋を経営していたし、そういう友人知人もいる。
そうした人たちに対し、一人世の中に放り出されたからと言って、嘆いたりしがみついたりしているのは実にみっともない。

せめて親父には、「恥ずかしい息子」とは思われないようにしようという心意気くらいはあるから、たぶんそうなっても、掃除でもなんでもやれると思う。
残りどのくらい働けるのかはわからないが、そういう気持ちは常に持っていたいと思うし、そういう気持ちでまた来週からの仕事を頑張ろうと思うのである・・・



【今週の読書】

昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来 (日本経済新聞出版) - ジャレド・ダイアモンド, 倉骨彰 






2013年10月5日土曜日

ミディアム霊能者アリソン・デュボア



 少し前まで、海外ドラマ『ゴースト~天国からのささやき~』にハマっていたのだが、最近は『ミディアム霊能者アリソン・デュボア』に興味が移っている。

 『ゴースト~天国からのささやき~』の方は最終シーズンの途中まで観たのであるが、何だか話が大きくズレていくように思え、面白くなくなってきたところに、この『ミディアム』を観てしまい、乗り換えたという次第である。

 『ミディアム』も『ゴースト』と同様、霊能力者が主人公の話である
(ちなみにミディアム=Mediumとは霊媒・霊能力者という意味らしい)。主人公のアリソン・デュボアは、死者と話ができるという点では、『ゴースト』の主人公と同じだが、その他に相手の心が読めたり、夢で未来や過去のワンシーンを見たりといろいろな能力を有している。

 アリソンは弁護士を目指して検事局で働いていたが、ふとしたきっかけでその“能力”を検事に認められ、パートタイムの特別“コンサルタント”として検事局で働き始める。夢を元に犯罪者を特定したり、死刑に賛成しそうな陪審員を選ぶのを手伝ったり、犯人が怖くて嘘の目撃証言をしている証人の嘘を見破った上で助けたり、埋められている死体の場所を特定したりと、大活躍する。

 そんなアリソンは3人の娘の母親で、家庭では夫とごく普通の生活を送っている。ただ、“仕事”が忙しくなると、夫に子供たちの世話や家事を丸投げし、時に夫の不満を招いたりして、仕事と家庭の両立に悩んだりしている。ごく普通のオバさんで、体型もちょっとぽっちゃりしていて、『ゴースト』の主人公メリンダが、美人のジェニファー・ラブ・ヒューイットだったのとは対照的である。

 物語は、大概主人公アリソンの見る夢から始る。それは犯罪シーンだったり、何かから逃げたり、あるいは見知らぬ他人の会話だったりする。本人もそれが何を意味するのかわからないのであるが、やがてそれがストーリーと結びついてくる。死者と話をして死体のありかを聞き出したり、夢をヒントに危機を逃れたり、あるいは心に浮かんだ犯罪シーンを克明に語ったりする。普通の人にはできない芸当で、その能力を高く買うデヴァロス検事やスキャンロン刑事から信頼されまくっている。

 私自身、幽霊の類はまったく信じていないのであるが、どうもこの手のドラマには心惹かれてしまうものがある。それは一つには、「こんな事できたらいいな」という願望なのかもしれない。例えばアリソンの娘アリエルもその能力を一部受け継いでいて、相手の心に浮かんだ事を読みとってしまう事ができる。

 航空技術者で数学の得意なパパが、アリエルに算数を教えようとする。出された問題を次々に解くアリエル。小学生レベルをはるかに越え、パパは「天才だ」と狂喜するが、実はアリエルはパパの心に浮かんだ答えを答えただけなのである。こんな事、できたらいいだろう。

 我々は常に予測不能な未来に向かい、心の読めない相手と対峙している。妻の不機嫌の原因が黙っていてもわかれば(特に自分にその原因があれば尚更)、火がつく前に消し止められるし、自分に寄せる好意を読み取れれば、女性を口説くのも簡単だろう(ふられて切ない想いを何度もする事もなかっただろう)。明日の株価がわかればお金持ちになるのも簡単だ。誰もが解決できない事件を解決する快感は、「名探偵」モノがウケル理由でもあると思う。そんな願望を、知らず知らずのうちにドラマを観ながら己の内側に見ているのかもしれない。


 それにしても、じつは主人公のアリソン・デュボアは実在の人物なのだという。そればかりか、ご主人のジョーやアリエルら3姉妹もすべて実在の家族だというから驚いてしまう。架空のお話ならともかく、ここまで大っぴらに実在の人物をドラマ化して大丈夫なんだろうかと思ってしまう。実在のご本人は著作もあり、その身分を隠していない。

 その能力の真偽はともかく、ドラマはドラマで楽しみたいと思う。実際、願望とは言いつつも、自分の能力ならいいが奥様がそうだったら、いろいろと不都合がありそうだ。まぁ、自分に与えられた自然の能力の範囲内で、慎ましく暮らすのが一番なのだろう。まだシーズン1を終えたところだし、最終7シーズンまでしばらくある。途中で軌道修正する事なく、続いてほしいところである。当面は、楽しめそうなドラマである・・・





【今週の読書】
社長は少しバカがいい。~乱世を生き抜くリーダーの鉄則 - 鈴木喬 昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来 (日本経済新聞出版) - ジャレド・ダイアモンド, 倉骨彰








2013年9月28日土曜日

子供を叱る時・・・

 先週の事である。息子と一緒に入浴中、背中を洗っていない事を指摘し、背中を洗うように注意した。それまでもしばしばあった事であるが、その都度息子は「洗った」と主張していた。こちらも頭を洗っていたりする時に重なったりすると、わからない事もあり、それ以上何も言わなかったのであるが、その時は閃きのようなものもあり、黙って観察していたのである。

 それで洗っていないのを確認して注意したところが、冒頭の対応。
「嘘をつくな!」
「嘘なんてついていない!」
「ちゃんと見ていたぞ」
「洗ったっ!」
「何だその言い方は」
「だって、洗ったって言ってんじゃんか!」
「こっちは背中見て言っているのに、背中の見えないお前がどうして洗えてるとわかる?」
「鏡見たもん!」
「こんなに曇っているのに見えないだろう」
「曇る前に見たもん!」
「曇る前っていう事は洗う前じゃないか!」

 こちらはしっかり見ているのに、嘘に嘘を重ねて強行突破しようとし、しかも最近この手のやりとりでは必ずと言っていいほど、不敵な態度とモノ言いになる。最後はこちらも、「そんな口の利き方をしていいのか」と警告。態度を改めようとしない息子に対し、ついに私のビンタが右頬に炸裂。バランスを崩して湯船に落ちそうになったから、そこそこの威力だったと思う。それでも態度を改めず、さらに2発追撃。息子の右頬は赤くなった。

 娘の時は一度だけ頬を張った事がある。以来2度目は今のところないが、息子に対しては何回かある。そのあたりはさすがに男の子なのだろうか。成長するに従って自我も芽生えてくる。周囲の影響もある。親の言いなりになる事を拒絶し、自らの意志表示を強くする事は、人間の大事な成長過程であると思う。

 ただ世の中には、守るべき道というものがある。自由に伸びる枝が、誤った方向に行こうとした時には、壁となって立ち塞がるものが必要である。それが親の役割というものだろう。ただ、体力に遥かに勝る親が、いくら躾や教育のためとはいえ体罰に及ぶのは注意が必要だと思う。

 まともにやったら、子供は怪我をする。そうなると躾とは言えず、虐待となる。だからひっぱたく時には、「自分は冷静か、怒りにまかせたままでないか」を問うようにしているし、利き腕は使わず、左手で狙いすまして、力の加減も考えてやるようにしている。今回もそのようにできたから、自分としてはうまくできたと思う。

 叩く場所も、お尻という考えもあるが、自分としてはやはりインパクトのあるところがいいと思う。頭は平手だと効果は薄いし、げんこつだと力の加減が難しい。的の小さい頬であれば、狙いすます事によって力のセーブも加えられ、その割に音も衝撃力もあるから、効果もデカイと思っての事である。

 問題はその効果である。当然、本人は「ちきしょう」と思うだろうし、それでもかなわないから大人しくならざるを得ない。「恐怖による支配」と言えばその通りであるが、子供にとっては「怒られるからやらない」という事も必要だろう。やがて成長すれば、「怒られると怖いからやらない」から「やるべきでないからやらない」に変わって行く。親の役割は、大人の判断力が身につくまでの防護壁であるのだろう。

 私に怒られてビンタされた息子。悔しそうな表情をしていたが、それでも泣かなかったのは褒めるべきなのかと複雑なところ。風呂の後、いつもは早く寝なさいと口やかましいママも、この時ばかりは優しく布団へと導く。「両親一緒に怒らない」というのは、妻と決めた夫婦のルールである。

 子供を褒めるのはとても簡単。子供も親もともに気分が良い。だけど叱るのは本当に難しい。特に体罰を伴う時は尚更である。それが本当に必要なのか、単に感情に任せた結果ではないのか、その効果は子供にとって良いものになるのか。自分では正しいと思っているが、結果が出るのはずっと先だ。

 「親父は怖くて、よく外の木に縛り付けられた。近所の人に見られるのが嫌だった」とは、親父が子供の頃祖父に怒られた思い出として、しばしば語ってくれた事である。いつか息子がそんな風に、懐かしそうに語ってくれるだろうか。そしてそうなったならその時初めて、親として「良くできました」となるのだろう。そんな風になるように、愛情と信念とを持って、叱りたいと思うのである・・・

【今週の読書】

コブラ 上 (角川文庫) - フレデリック・フォーサイス, 黒原 敏行






2013年9月23日月曜日

小田原ツアー

 3連休の中日。
やっぱり家でゴロゴロというのも具合が悪い。と言う事で、以前息子が行きたいと言っていた小田原城見学に行く事にした。息子は、今歴史モノにハマっていて、特に戦国時代から江戸時代にかけての歴史に興味があるようである。今年に入ってNHKの「八重の桜」を毎週観ていて、城としては会津城の方に興味を惹かれているようであるが、今回は小田原にした。

 それに対し娘は、城などに興味はない。興味があるのは、グルメ。息子ばかり優先するわけもいかず、食べる方も探さないといけない。と言っても、実は我が家は食べ物に関してはグルメのママが黙っていても探してくるから悩む必要はない。そして選ばれたのが、「かまぼこの里」

 ここはかまぼこの鈴廣が運営しているようで、かまぼこ博物館があったりして、時間を潰せるようになっている。その見学と「えれんなごっそ」というバイキングレストランでのランチで、娘と妻の方は満足。そして息子は小田原城。
そういう段取りであった。

 しかしながら、物事は必ずしも予定通りに運ぶとは限らない。ある程度予想していたとはいえ、それ以上の渋滞が予定を狂わせる。自宅から小田原まで、順調に行けば車で2時間弱。プラス1時間を加えて考えていたら、さらに1時間余分にかかる。さらにレストランはランチのピークタイムで、ここでも待ち時間が発生。結局、これで「見学」タイムは消失してしまった。

 バイキングレストランは、やっぱりかまぼこが豊富。一応地産地消という謳い文句はあるが、あまり意識せずに食べる。あれもこれもといつものように食べる。そしてビュッフェではいつもそうであるように、食べ過ぎてしまう。

 気がつけば、のんびりしていると小田原城も見学が終わってしまうという時間。急いで小田原城へ向かい、天守閣へと登る。と言っても、遥か聳え立つというものとはほど遠く、実にこじんまりしている。かつては難攻不落と言われ、豊臣秀吉も簡単には落城させられず、長期戦覚悟で北条氏討伐を行ったと言われているようなイメージは受けない。
 息子もそんな感覚を持ったようなのであるが、城というものは天守閣だけではない。周りに水を満たした堀があって、門がある。そこから次の門は、向こう側にあったりと入りくり、まっすぐ天守閣には進めないようになっている。いわば、全体が一体となってはじめて防御陣地としての城になるというような事を息子に説明する。

 それでも天守閣に登れば、眺めは格別。足元には新幹線も通る小田原駅があれば、山々も見えるし、太平洋も一望できる。昔の人が今のこの眺めを見たら卒倒するかもしれないと思ってみたりもする。豊臣秀吉がこの城を包囲したのは、天正18年(1590年)。同じ天守閣から時の城主である北条氏直は、包囲する豊臣方の大軍を見ていたのであろう。絶望的な気分だったのかもしれないが、423年後のこの景色は想像もし得なかっただろう。

 肝心の長男は、そんな鑑賞よりも刀などのお土産の方が気になったようである。展示物もいろいろあったのであるが、あまり興味をそそるものはなかったようである。あっという間の閉館時間。本当は、「ヨロイヅカファーム」なるところへスイーツを食べに行く予定だったのであるが、さすがに昼の食べ過ぎが効いて、誰からも希望は出ず、今回は素直に帰路につく。

 それにしても往復の渋滞はさすがにくたびれる。何か対策はないものかと思うが、みんな考える事は一緒だから仕方ない。考えてみれば、グルメも城も家族の楽しみであるが、パパの好みはどこにも入っていないなぁと今さらながら思う。まぁそれも仕方あるまい。
みんなの笑顔がパパの希望。それで我が家が平和なら、それで良しとしようと思うのである・・・
   


2013年9月21日土曜日

ラグビーシーズン到来

 いよいよ今年もラグビーシーズン到来である。全国各地で熱戦が繰り広げられているのであろう。我が母校の大学も夏合宿を終えた現役部員が先日初戦の明治学院大学戦を終えたが、残念ながら敗れてしまった。我々の現役の頃からであったが、明学は選手を集めており、そうなると哀しいかな受験と言う制約のある我々国立大学はなかなか太刀打ちできない。昔は難なく勝てた相手だが、そんなところで差がついてしまうのである。

 そのうち母校の応援に馳せ参じようと思っているが、取りあえずは週末のテレビ観戦だろう。もちろん、我が母校のではなく、もっと上の一流チームの試合である。先週末は慶応vs筑波戦を堪能した。この時期、ケーブルテレビでは、Jスポーツにチャンネルを合わせると、何らかのラグビーの試合を観る事ができる。大学に社会人に海外にと、選り取り見取りという感じである。

 ラグビーの試合なら何でもいいのかというと、確かに大学なら対抗戦グループだし、社会人ならサントリーなどのメジャーチーム、海外なら南半球3カ国や、6か国対抗などの試合が良いのだが、それ以外の試合でもふと見かけると、ついつい観てしまう事がある。要は何でも良いとも言える。今年は大きな大会などはないが、週末はあれこれと試合を楽しみたいと思う。

 国内の試合では、そろそろ昔一緒にラグビーをやっていた先輩や後輩の子息が第一線に出てきている。中学・高校・大学とそれぞれのレベルでラグビーをやっていて、中には花園出場なんていう「鷹が鷹を生んだ」親子もいたりする。我が家も息子にやらせて、せめて「トンビ親子」くらいにはなりたいと思うのだが、小学校2年の息子の反応は今一。

 洗脳作戦として、しばしばテレビ観戦に参加させるのであるが、「痛そう」という感想が一番に来る。どうやらぶつかり合いの格闘系は、苦手意識を持っているらしい。今度母校の試合観戦の際、一緒に連れて行こうかなどと考えているが、誘っても色よい返事が返ってこない。まぁ少しずつ興味を持たせようと思う。

 他の人たちはどうしているのだろうと思ってみたりする。たぶん、小さい頃の訳もわからないうちに始めさせてしまうような気もする。ラグビースクールなどに放り込めば、必然的に「やるのが普通」という感覚になっていくだろう。そうすれば、あとは勝手に伸びて行くのではないかと思う。

 自分の子供時代を振り返ってみても、小学校低学年の時には、親の言うまま習い事に通ったものである。書道もそうだし、水泳もそうだし、野球もそうだった。高学年になると、英語は友達が行くというのでその気になったが、塾は拒否した。そういう自我が出てくると思う。英語は、肝心の友達はすぐ辞めてしまったが、真面目な私は一人で1年くらい通った。ただ、ジャパニーズ・イングリッシュだったので、中学で辞めてしまったが・・・

 訳のわからないうちに始めさせてしまう、というのもいいかもしれないが、やっぱり野球もやらせたいと思うし、どうしても洗脳しようとまでは思わない。自然に興味を持って始めてくれたら嬉しいくらいだろうか。私自身、高校に入った時は、ラグビーなど興味の欠片もなかったのである。興味のない人の気持ちはよくわかる。まぁ焦らず無理せず。

 それより親子のコミュニケーションをしっかりと取りたいと思う。キャッチボールに運動会のかけっこの練習に。季節もいい感じになってきたし、息子とは男同士、一緒の時間を多くとっていこうと思うのである・・・

【今週の読書】

スタンフォードの自分を変える教室 スタンフォード シリーズ - ケリー・マクゴニガル 新装版 風の果て (下) (文春文庫) (文春文庫 ふ 1-56) - 藤沢 周平





2013年9月16日月曜日

『のぼうの城』に学ぶリーダーシップ

 台風到来とあって、家族での予定を入れなかったこの3連休。暇さえあれば映画三昧の身ゆえ、何本かの映画を観たのだが、そのうちの一つが昨年公開された「のぼうの城」。戦国末期の北条氏配下の支城である忍(おし)城の物語。豊臣方と対立した北条氏に味方し、3千の兵でもって2万の大軍と戦って城を守り抜いた成田長親を主人公とした物語である。

 映画そのものも面白かったのであるが、観ている中で気がついたのはリーダーシップ。まずは主人公の“のぼう”(『でくのぼう』からきている)こと成田長親のそれ。リーダーシップは私が参加している社会人向け勉強会『寺子屋小山台』のテーマの一つでもあるから、よけいに目が行ったという事もある。


 長親は、いわゆるリーダーというイメージに相応しい人物ではない。日頃は畑で農民たちと交わり、武芸は苦手で、城主の従兄弟ゆえにみんなは臣下の礼はとるものの、内心困った人だと呆れている。むしろ、家臣の丹波守利英の方が武芸に秀で、将としての器に相応しい。しかし、のぼうはリーダーとしての片鱗を随所で見せつける。

 密かに豊臣側に通じた城主からは、「戦わずに開城せよ」との命を受けていたのにも関わらず、のぼうは石田三成側の使者の横柄な態度に思わず戦いを宣言する。驚く家臣たちであるが、すぐに一致団結してその決定を支持する。よく企業のトップなどが無謀な決定を下し、部下がそれに意見を言えないで失敗するという事が多々ある。ここでも2万の大軍を相手に、農民を入れても3千の兵力で戦うのは無謀だ。だが、違うのは部下が喜んで従った事だ。

 元々開戦派だった者はともかく、冷静かつ慎重な丹波も従っている。丹波自身も戦わずに開城する事に忸怩たる思いを抱いているのだが、お家と城と城主の命とを考え、気持ちを抑えていたのであるから、のぼうの決意がそれを解き放ったのだろう。リーダーには何よりも人の心を動かすモノが求められる。

 ちなみにここで石田側の使者に対し、開戦の返事をするシーンはなかなか良い。降伏するだろうと思っていた相手が戦うと宣言し、驚く使者。そしてその瞬間、のぼう方の武士たちは右側に置いていた刀を一斉に左側に移す。武士は、座る時に右手が効き腕という前提で、刀を右側に置くのがマナーだったそうである。それを左側に置くと言う事は、「いつでも抜ける」という事を意味する。胸の熱くなるシーンである。

 また、この時丹波の態度は、組織の№2としてのフォロワーシップの観点からも優れている。彼があくまでも反対したら、組織はまとまらなかったであろう。

 丹波が農民たちに協力を求めに行った時、農民たちは反感を示したが、戦いがのぼうの意志とわかると一転して協力姿勢を見せる。この影響力に丹波自身も気がついていたのだろう。
「勇気を以て意見具申せよ」
「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」
後藤田五訓にある二つを丹波は実行しているが、この姿勢が残りの部下に勇気を与えている。

 そしてリーダーシップが問われるのは、なによりも不利な状況下。水攻めで籠城を余儀なくされ、時間の経過とともに厭戦気分が広がる忍城内。そこでのぼうの取った行動により、みんなの心に再び火がつく。ラグビーでも点差の離れた後半、戦意が落ちる負け試合で最後まで戦意を保てるかは、キャプテンのリードに負うところが大きい。そのまま総崩れとなるか、せめて次に繋がるトライを一本でも取れるか。のぼうは見事にそれをやってのけている。

 また、この時丹波の態度は、組織の№2としてのフォロワーシップの観点からも優れている。 彼があくまでも反対したら、組織はまとまらなかったであろう。

丹波が農民たちに協力を求めに行った時、農民たちは反感を示したが、戦いがのぼうの意志とわかると一転して協力姿勢を見せる。この影響力に丹波自身も気がついていたのだろう。
「勇気を以て意見具申せよ」
「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」
後藤田五訓にある二つを丹波は実行しているが、この姿勢が残りの部下に勇気を与えている。

 そしてリーダーシップが問われるのは、なによりも不利な状況下。水攻めで籠城を余儀なくされ、時間の経過とともに厭戦気分が広がる忍城内。そこでのぼうの取った行動により、みんなの心に再び火がつく。ラグビーでも点差の離れた後半、戦意が落ちる負け試合で最後まで戦意を保てるかは、キャプテンのリードに負うところが大きい。そのまま総崩れとなるか、せめて次に繋がるトライを一本でも取れるか。のぼうは見事にそれをやってのけている。

 リーダーとして、組織に影響力を及ぼすには、まず何より人柄だろう。「この人に言われたら」と思ってもらえたら、他には何がいるだろう。のぼうも権力を背景に威張るだけだったら、農民たちを動かす事はできなかっただろう。そして意地というのか、誇りというのか、一本筋の入った信念。これがないと指示もブレて一貫性がなくなる。近年の政治家によく見られるから、わかりやすい事である。史実はともかく、エンターテイメントとして楽しみつつ、そんな事を考えていた。

 「あいつはその点ではダメだ」と言うは易し。自分はどうだろうかと考えてみると、どうだろう。少し意識してみたい、と思うところである・・・



【先週の読書】
「日本の経営」を創る: 社員を熱くする戦略と組織 - 三枝 匡, 伊丹 敬之  新装版 風の果て (下) (文春文庫) (文春文庫 ふ 1-56) - 藤沢 周平




    
   

2013年9月11日水曜日

秋の日雑感2013

 先週末から涼しい日々が続いている。9月と言えばもう秋であるが、それを実感させてくれる。いつのまにやら蝉の声もまばらだし、まだ聞こえてきたりすると、遅れをとってしまった負け組のような気がして、哀れに思えてくる。

 週末は息子の尻を叩いてかけっこの練習。運動会が今月の最終土曜日に迫っているのである。運動会と言えば、なによりかけっこ。自分も大好きな種目だったし、小学校の頃は燃えていた。というか高校生になっても、ラグビー部内で足の速さを競っていたくらいである(残念ながら大したライバルはいなかったが・・・)。息子にも当然、同じモノを求めてしまう。

 準備運動からスタートの練習。そして、本番さながらに走らせる。腕を振って、あごを引いて、前傾姿勢で、と指導。本当は毎日やりたいところだが、平日はこちらも仕事がある。その代わり、残る週末はみっちりやろうと思う。

 娘は期末試験の勉強。この時期に期末試験というのも違和感があるが、娘の中学は2学期制を取っている。3学期制で育った身としては、この2学期制というのはどうもしっくりこない。前期が終わって通知表を持って帰ってきたら、翌日から後期が始るのである。夏休みと正月明けに新学期を迎える3学期制の方が良いのにと思えてならない。

 娘はどうも生真面目だ。我が家系に連綿と続く性格だから仕方ないのかもしれないが、真面目に勉強するたけでまだ感情面での幅がない。勉強と平行してもっと感情面が豊かになるような刺激を与えたいと思っている。映画や漫画や小説や、それらに接して涙するような経験をもっと積ませたいと考えている。あれこれと気にしてはいるものの、まだ中学生には難しいかもしれないと思えたりして、なかなか探すのも難しい。

 日曜日の夜、夕食を終えると息子はまもなく布団に入り、娘は机に向かい、妻はテレビの前で自分の世界に入ってしまう。そこで思い立って映画を観に行く事にする。もともと子供の頃から「映画館のある街に住みたい」と考えていたが、我が町はその点では理想的な街である。車で5分のところに映画館があり、気軽に出掛けていける。

 観に行ったのは、『マン・オブ・スティール』。クリストファー・ノーランが製作に入った「スーパーマン」で、以前から観に行きたいと思っていたものだ。夜の9時15分からのレイトショーは、値段も安いし何より空いている。まばらな観客席は、ほとんど貸切状態。残念ながらレイトショーでは3Dが観られず、それだけが玉に瑕だった。

 すさまじい映像のド迫力に大満足して映画が終わる。それから車に乗り込み、我が家に着いてエンジンを切るまで約10分。深夜で道が空いているという事もあるのだが、15分後には風呂に入っていた。この身近さが「映画館のある街」のメリットだ。会社帰りに銀座や池袋で映画を観ても、こういう芸当はできない。つくづく良い街に住んでいると思っている。

 まだまだ残暑はあるのだろうが、考えてみれば本当の意味の夏は正味1ヶ月半くらいだから、冬に比べると実に短い。もう少し子供たちとプールに行きたかったと思うところである。とはいえ、毎朝大好物の幸水を食べ、さんまもおいしい季節だ。過ぎゆく夏は名残惜しい限りだが、また来年までのお別れだ。もたもたしていると、冬が来てしまうし、その前に秋を楽しまないといけない。

 忙しい期末ではあるが、周りのモノにいろいろと目配りをしながら、日々楽しく過ごしたいと思うのである・・・

2013年9月6日金曜日

祖父のアルバム

 先日、実家に行ったところ、父が田舎から借りてきたというアルバムを見せられた。それは昔、祖父が存命中に見せてもらった従軍アルバムである。祖父の死後、どうなったのだろうと思っていたが、同じ思いだった父が借り受けて来たらしい。さっそく、画像データにしてCDに落としてもらってきた。自分でも20年振りぐらいに見たのだが、懐かしい祖父のとっておきの一枚は、さっそくフェイスブックにアップした。

 さて、もらったCDを見ていくと、昔見た記憶が蘇ってくる。それは祖父が応召し、始めは中国、そして二度目は朝鮮へ出征した時のアルバムである。中には生首の写真もあって衝撃的なのであるが(ちなみに日本軍の仕業ではないそうである)、概ね出征地ののどかな景色とかしこまって写る軍人さんが中心である。

 当時、自分のカメラなど持っていなかった祖父であるが、どうやら記念にと購入したらしい。アルバムの写真は、中国(上海)と朝鮮と、どうやらごっちゃになっているが、現地での軍隊の様子がうかがい知れるものとなっている。初めて見た時は、祖父に「これはどこだ」などと聞いて説明してもらったが、もうすっかり忘れてしまっている。「茂山」などという地名らしきものが出てくるが、今となってはどこなのかわからない。

 果たして祖父のように応召した兵隊がみな写真を手にできたのか、あるいは希望者のみ購入という形で手にできたのかはわからないが、もし後者なら今日子孫がその恩恵に与っていると言う事になる。祖父は二度目の出征時、病気になって除隊した。それはそれで幸運だったのだと思う。

 アルバムには当時の看護婦の写真がある。聞くところによるとかなり重い病気だったらしいが、回復に向かってからは看護婦さんたちと楽しく交流していたらしい。「じいちゃん、もてたの?」と聞いたら、ニコニコしながら「もてたさ」と答えてくれたのを今でも覚えている。

 さらになぜか水着姿の女性の写真まである。当時は水着も、それを写した写真も珍しかったのではないかと思うが、つくづく、生前もっと祖父を「追求」しておけば良かったと思う。今から80年以上も前の世界。今ではそこに写っている人たちは誰もこの世にいないと思うが、そんな写真を眺めているのも不思議な感じがする。

 今では誰もがカメラを持つ現在、自分達も何気なく何枚も撮っている写真は、果たしていつまで残るのだろうかとふと思う。デジタルデータが大半だから、祖父の写真よりは保存が容易いのかもしれない。今は普通に眺めている景色を、「昔はこんなだったんだね」などと言って子孫たちが見るのかもしれないと思うと楽しい気がする。

 そう言えば、旅行に行っても我が家は夫婦で撮るものが違う。妻は家族の写真、私は風景だ。独身の頃から、旅行先では風景を中心にカメラに収めた。それは自分の曖昧な記憶を補う意味もある。自分の足跡を記した場所を記録に残しておきたいと思うからだ。

 レストランに行けば、テーブルの上の料理とそれを食べる家族の写真を撮る妻。そして出てきた後、振り返って店の外観を撮る私。カメラは一台だから、バランスが撮れていていいかもしれない。しかし、撮るだけ撮って全然整理もしていない。これだと子孫も迷惑かもしれない。いずれ時間を作って整理しようかと思うのだが、データになった現代は、どうやって整理すればいいのだろう。

 ゆっくり研究するとしようと思うのである・・・





2013年8月31日土曜日

JRのキャンペーンを斬る!

 最近、JR駅構内を歩いていると、さかんに「エスカレーターみんなで手すりにつかまろうキャンペーン」なるものを宣伝している。なんのこっちゃと思うが、よく聞いていると、「右側に立って」「歩行する事なく」と続き、どうやらエスカレーターでの歩行をやめさせようというものだとわかってくる。

 エスカレーターに乗ると、みんな左側(大阪ではなぜか右側)に立ち、右側(大阪ではなぜか左側)は歩く人に譲っている。ここ10年くらいの間に定着した慣習である。それを変えようというのは至難の業だと思うが、JRもなかなか思い切った事をやるなあと感じた。

 では、このキャンペーンは成功するだろうかと考えると、それはまったくもって不可能だと思う。おおよそ社会の中で自然発生的に生まれた慣習を変えるのは並大抵の事ではなく、相当な力技が必要だ。それなのに、そもそも「エスカレーターでの歩行はやめましょう」と直接訴えるのではなく、「手すりにつかまろう」と遠回しな言い方になっている事からして無理だと思う。私のようなアマノジャッキーは、「歩く時手すりにつかまればいいんだろう」と思ってしまう。

 この企画がJRの中でどのようにして生まれ、そしてどのようなプロセスを経て認められたのか、実に興味深い。トップダウンかボトムアップか。「何かキャンペーン企画はないか」と問われた若手が提案し、他に何もなくてスルスルと認められたのだろうか。

 そもそもであるが、本気でやめさせようとしたら、かなりのエネルギーがいるだろう。少なくとも構内放送で呼び掛けるだけでは、効果などまったく期待できない。エスカレーターごと、とはいかないまでも、主要なエスカレーターのところで駅員さんが立って呼び掛け、注意を促し続ける必要があるだろう。それこそ、今キャンペーンでやっているように、「駅員が右側を立って利用する」事も当然必要だろう。

 ただそれでも問題があって、それは「エスカレーターがあるのはJR駅構内だけではない」という事である。接続する私鉄沿線にもあるし、空港やデパートやショッピングモールなどありとあらゆるところにある。例えJRの駅構内だけ歩かないようにしようとしても、その他で変わらなければその慣習自体を変えるのは難しいだろう。そう考えると、この試みは効果なく終わるだろうと言う事がわかる。

 しかしそれ以前に、なぜエスカレーターの歩行が危ないのだろうかと考えてみる。床が動いている以上不安定だという理屈はわからなくもない。ただある程度動きに合わせて歩けばそれほど危ないとは思えない。お年寄りや子供などは危険度は増すと思うが、それはそういう人は歩行を控えれば良いわけだし、そういう人たちには利用者も配慮するのは当然だ。

 エスカレーターの歩行が危ないというが、例えば事故率とかの根拠があるのだろうか。いや、例えあったとして、そもそも階段でもコケる人はコケるわけで、それが「エスカレーターだったから」コケたのか、階段でもコケたのかはわからない。まあ「ただでさえ」階段は危ないから、エスカレーターならよけいに危ないという事は言えるかもしれない。

 そうであるならば、やはり歩行はやめましょうではなく、まず「手すりにつかまりましょう」と言うべきだという事になる。その上で、「出来ることなら歩行はやめましょう」という事なのかもしれない。そう考えると、このキャンペーンも理屈にあってくるような気がする。
だがなぁ、とも思う。

 人がエスカレーターでコケる事まで心配してくれるというのも、ありがたいものなのだろうか。子供にはよくいろいろな場面で、「危ないよ」と注意するが、大人には言わない。子供並みと思われているのだろうか、それとも「自分が転んだのは、路上の石を放置していた道路管理者である国の責任」と言って訴えるような人もいるかもしれないと考えての事だろうか。

 休みの日に少し酔った頭で、くだらない事をあれこれ考えてみるのも、くだらなくて面白いと思う自分である・・・

2013年8月24日土曜日

消費税は増税するべきか

 参院選で大勝利し、ねじれ国会も解消し、安倍政権もいよいよ本領発揮というところ。そろそろ世間では、来年春に迫った消費税引き上げを巡る議論が始ったようで、いろいろなところで賛否両論を目にする。
「予定通り上げるべきだ」
「いや、ここで上げたら元も子もない」
賛成、反対それぞれ耳を傾けているが、正直自分でもよくわからない。

 消費税率を引き上げることの最大の意義は、財政の健全化を進めること。国の借金残高(国債、借入金、政府短期証券)は6月末で初めて1,000兆円を超え、なお止まる気配はない。GDPの2倍近い水準は先進国では最悪。財政を圧迫する最大の要因は社会保障費の増加で、急速な少子高齢化の進展で、年金・医療費など社会保障費は年1兆円規模で増加しているらしい。これ以上この状態を放置すると、日本の国債の国際的な信認は落ち、金利が上昇し、その負担が覆い被さるのだという。そして消費税率を1%引き上げると、年間で約2兆7,000億円の増収につながるらしい。

 一方で、税率を引き上げた場合の懸念材料は、景気を冷やす恐れだ。黒田日銀総裁は、「消費税を上げても経済成長は続く」と強気だが、大和総研の試算では、夫婦どちらかが働く年収500万円の4人家族の場合、消費税が10%となった後の2016年には、5%の2011年に比べ、消費税負担が年間16万7千円増えるとしている。厚生年金の保険料増加など消費税以外の負担増を含めると年間31万~32万円に達しするというから、相当な負担増である。これだけ増えても経済成長に貢献できるほどの消費生活を送れるかと考えると、我が家に限ればほとんど不可能だ。

 1997年4月に消費税率を3%から5%に上げた際は、同年4~6月のGDPは、個人消費や住宅投資の落ち込みの影響で年率換算で3.7%減と大幅に落ち込んでいる。さらに極め付けは、肝心の税収。1997年の税収は53.9兆円であるが、以後税収はこれを上回っていない。つまり消費税を上げても所得税及び法人税が減ってしまい、トータルでの税収は増えていないのである。

 どちらもそれなりに専門家が主張している事であり、素人の自分がどちらが正しいなどという事はできない。ただ、我々の生活実感からしてみれば、やっぱり上がらない方がいいに決まっている。私の乏しいこずかいがまたまた目減りするのは確実だからだ。国家のためには仕方ないのかと思う反面、何だか相変わらず違和感を覚える議論だ。どうして「入り」の議論ばかり熱心で、「出」を抑える議論が聞こえてこないのだろう。

 身の周りでもおかしな事が多い。その一つが道路の拡張。最近我が家の比較的近所では大きな道路が開通した。さらに娘が通う中学校の真ん中を通る道路の計画がどうやら動き始めた。両親の住む実家は、戦後間もなくの道路事業がいよいよ認可になり、数年後には立ち退きが必要と告知された。いずれも「なくても困らない道路」だ。そんなお金、どこにあるのだろう?

 老朽化が進んでいる首都高の補強とか、トンネル事故の例をだすまでもなく、道路の補修・補強工事は仕方がない。だが、なぜ住民から要望があるわけでもない(娘の中学分断道路などは反対論が出ている)道路を作るのだろう?これこそ「無駄」というものに他ならない。

 東京オリンピックと言って騒いでいるが、これだって景気浮揚効果も一時的だろうし、一体いくらの税金を使うのだろう。現実的に長野オリンピックでは、長野県は莫大な県債を抱え込んだと報じられていた。東京都は豊かだから大丈夫だとかいう話ではない。それだけ豊かなら住民税を還付してもらった方がはるかに良い。「無邪気にオリンピック誘致」などと浮かれている人は、そうしたところを考えているのだろうか。

 個人の生活はいくらでも自助努力するが、こういう社会の問題は自助努力の範囲外だ。だからよりよい判断をして欲しいと思うところだ。新しい道路の建設はすべて凍結し、オリンピックはさっさと辞退し、その分住民税を大幅に下げて都内の景気刺激策とする。まずこれだけでもやる効果はあるだろう。

 その上で消費税だが、やっぱり上げない方が正解な気がする。それが生活者としての実感である・・・

2013年8月17日土曜日

過ちは繰り返せない

 終戦の日を境に、ネットではツイッターを含めて様々な「戦争観」が飛び交っている。自虐史観と言われる「日本がすべて悪い」という考え。靖国史観に代表される「やむを得なかった」という考え。考え方はひとそれぞれ、いろいろあっていいと思う。ただ自分としては、“事実”から冷静に自分の考えを導きたいと常に思っている。

 原爆の慰霊碑には、「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませぬから」と刻まれているそうである。では、「過ち」って何なのだろう。日本はどこでどう道を誤ったのだろうと考えてみる。

 学校での日本の歴史の勉強は、明治維新から始めるべきだと、個人的には考えている。その方が大事な昭和史をきちんと学べるからである。黒船による開国から、不平等条約の解消を目指していた「坂の上の雲」の時代。日本は先進国に追いつき追い越せと国を挙げて富国強兵に励んでいた。しかし鎖国時代ならともかく、富国強兵に必要なのは石油や鉄などのいわゆる資源。日本には決定的に欠けていたものである。

 当時は先進国はみな帝国主義を掲げ、世界各地に植民地を建設。それが国富の元であった。日本はもともと識字率も高く、勤勉な国民性もあって、アジアで唯一先進国グループの末席に潜りこんだ。しかし、欧米に伍していくには資源が必要。世界中に植民地を建設していた先進国が、最後に残された中国大陸に押し掛ける。

 既にアヘン戦争によってイギリスは香港を奪い、南下策を取るロシアは、日露戦争で一旦は押し返されたものの、すぐにソ連に変わって圧力を増してくる。ぐすぐすしていたら、日本の取り分はなくなってしまう。そして資源を外国から売ってもらうと言う事は、貿易が当たり前の現代ならいざ知らず、当時は「扉を閉ざされたらそれまで」の恐怖を意味する(事実、日本はABCD包囲網でこれをやられ、戦争へと舵を切った)。日本が朝鮮半島、中国大陸へと侵略していったのはこういう背景だ。

 これが過ちの一つだと言えるが、侵略を見送っていたなら、たぶん中国は英米ソら先進国によって分割されていただろう。日本もロンドン海軍軍縮会議で抑え込まれたが、もっと簡単に先進国によって杭打ちされていただろう。アジアでは日本とタイのみが植民地化されていなかったが、これもどうなっていたかわからない。不平等条約のような屈辱に喘いでいたかもしれない。

 だが、我が祖先はそこで先進国に負けじと、先進国と「同じ方法」で富国を図った。日本“も”中国大陸に駒を進めたのである。そして先進国と分捕り合戦を展開。ここで健闘し過ぎてしまった。だからアジアで日本の台頭を心良く思わない欧米を敵に回してしまったのである。

 イギリスやアメリカが正義だったから戦争に勝ち、日本が悪の侵略国だったから戦争に負けたのではない。世界の覇者として影響力のあるイギリスとの同盟を失うような対応を取り、資源を十分に確保しているアメリカと戦争をしたから、負けたのである。そして歴史は勝者によって作られる。「勝てば官軍」である。

 いち早く中国に侵略し、香港を奪い、その後100年にわたって香港を占領していたイギリスに中国が何も文句を言わないのは、「敵の敵は味方」の理屈で支援してくれたアメリカの同盟国だったからだ。単独では日本に勝てなかった中国だから、助けてくれた英米に文句は言えないのである。そして同じ侵略国でありながら、日本だけが敵視されるのは、もちろん日中戦争の相手だからであるが、戦争に負けた「池に落ちた犬」だからに他ならない。

 何が“過ち”だったかと言えば、やっぱり「アメリカを敵に回した事」に尽きるだろう。「喧嘩する相手を見極め、そしてうまく立ち回る」これができなかったのである。日露戦争ではアメリカは日本の側についたし、三国干渉もしなかった。うまくアメリカと歩調を合わせていたら、歴史は違ったものになっていたかもしれない。中国もどうなっていたかわからないし、日本の敗戦を機に一気に独立へと動いたアジアの植民地諸国の独立ももっと遅れていただろう。もっともあまり追随していると、のちにベトナム戦争に参戦した韓国のようになっていたかもしれないから、微妙なところではある。

 今は今。不幸な歴史はこれで良かったとは言えなくとも、仕方のないものなのだろう。戦争反対は結構だし異論はないが、歴史をよく知った上でそれに基づいた意見を語ってほしいと思う。それに歴史の教訓ではないが、中国とはもっと距離を縮めておいた方が良いと思う。昭和史はまだまだ学ぶ余地はありそうだ。これからもライフワークの一つとして興味を持っていきたいと思うところである・・・




  

2013年8月15日木曜日

終戦の日

 本日は、終戦の日。祝日ではないものの、日本では誰もが知っている日である。68年前と言われても生まれる前だし、教科書の中にあるその日は、想像力を逞しくしてもなかなか想像できるものではない気がする。

 そんな中、安部首相に対して靖国神社への参拝が注目されていたが、首相は“私費で”玉串料を納めるにとどめた。代わりに稲田行革相らの議員90名が靖国神社を参拝したと、「朝日新聞」が報道した。毎年、誰が参拝するのかがいつも報じられる。

 そもそもであるが、靖国神社は、国のために命を落とした軍人・軍属等の戦没者が英霊として祭られているところである。アメリカでもアーリントン墓地が有名であるが、国のために命を落とした人たちを祭るという事は当然すべき大事な事であり、他所の国の人にとやかく言われるべき事ではない。いつでも堂々と行けば良いと思う。

 ただ、それが中国・韓国に対して不快感を与え、両国がいつも過敏になっている問題であり、そこをどう考えるかが難しいところだ。「自分がやりたいと思うから、やる権利があるからという理由で、人の嫌がる事を敢えてするのか」という点は大きな問題である。

 個人的には、韓国は大嫌いだから気にする必要はないと思う一方、中国には一定の配慮は必要だという複雑な思いだ。ましてや国を代表する政治家であれば、個人的な感情は抜きにして真剣に考えないといけない事だろう。安部総理が参拝を見送ったのは、賢明な判断だと思う。

 靖国神社の問題点は、戦犯が眠っているというところだが、戦犯と言っても我々の立場からすればとんでもない事であり、勝利者のアメリカが自らの罪は棚に上げ、すべての責任を裁判という形で敗戦国に押し付けた恥ずべき行為。対外的な思惑を別とすれば、本来であれば国を挙げて参拝すべきところなのである。

 それにしてもいつまで中国・韓国の顔色を伺い続けなければならないかと考えると、困った問題である。解決策はないのだろうかと考えていて、ふと思ったのが、内緒で行けば問題ないのではないだろうかということだ。我ながら実に姑息な手段だが、静かに行って静かに参拝して帰ってくれば問題も起こらないと思うがどうだろう。国民もみな見て見ぬふりをするのだ。中韓だって、わからなければ不快な気分にもならないだろう。

 そう考えるとマスコミもこの問題に対して注目し過ぎだ。8月も近付くと、首相は参拝するのか、閣僚は、誰が行くのか行かないのか、と騒ぎだす。そして、中韓の反応を面白おかしく書き立てる。まるで煽っているようだ。朝日新聞などは、この問題が大きくなる事を望んでいるかのような報道ぶりだ。

 よくよく考えてみると、問題はマスコミにあるのかもしれないと思い至る。「お~と、今年も閣僚の○○が参拝するぞ、さあそれに対して中韓の反応は?案の定、抗議が来た、抗議が来ました、さぁ総理はどうする?どうする?問題だ、問題だ!」プロレスの実況中継よろしく、問題を煽りたてて正義感ぶっている。いったい、どこの国のマスコミなんだか・・・

 事実を事実として報道して何が悪いというのが、マスコミの立場なのだろう。事実であれば人が不快に思う事でもなんでも報道するのが、その“使命”なのだから仕方ないのだろう。ご立派な使命だとつくづく思う。

 戦国武将好きから高じて歴史好きに移行しつつある我が息子。学校で借りてきて読んでいる「日本の歴史」シリーズも、第2次世界大戦が含まれる近現代に及んでいる。本の記述には怪しいところもあるし、ここは親としてしっかり“歴史教育”をしようと思う。靖国問題もしかり、だ。

 そしてそれと平行して、相手への思いやりという事も忘れぬように教えよう。先祖に恥じる事のない日本男児に育つよう、自ら手本になる意識も忘れぬよう教えていきたいと思うのである・・・

【本日の読書】

借入は減らすな!―――『無借金経営』は愚の骨頂! (あさ出版電子書籍) - 松波竜太



2013年8月9日金曜日

忙しい昼の合間に

 平日のランチは、大概社員食堂で済ます事が多い。しかし、外出時と重なる時は、当然外出先で探す事となる。その時、真っ先に候補に上がるのが、「どんぶり系」である。マックなどのファーストフード系はまずない。そして「どんぶり系」と言えば、牛丼の「吉野家」、天丼の「てんや」、親子丼の「なか卯」といったところが、「3大候補」となる。もちろん、吉野家などはもともとファンであり、独身の頃は毎週末のランチは必ず吉野家へ行っていたくらいの“中毒”である事もあるが、忙しい時間帯ゆえに「安くて、早くて、おいしい」という利点があるのが大きいと言える。

 どんぶりと言えば、実は最大の好物は「かつ丼」なのであるが、これは残念な事においしいチェーン店がない。個々の店ならたぶん探せばあるのだろう。ただ、大阪にある「 喝鈍滝見小路」のように、泣きたくなるくらいおいしいかつ丼屋さんがあれば毎日でも通うかもしれないが、そんなところがないのが実に残念。と言っても探す努力をしていないのも確かだから、それは今後の課題だ。

 上に挙げた3つはいずれもチェーン店だから、外出先でどこに行っても探しやすいというのが利点でもある。たいがいの駅の周辺にはいずれかがある。これも実に便利だと思う。その他にも条件を満たす店舗はある。例えば牛丼で言えば、松屋やすき家が大手としてある。ただ味という点では、吉野家が頭一つ抜けている。すき家の場合、牛丼以外にもメニューがあるので、いざとなった時には代替案としては十分採択できる。ただ松屋はダメだ。

 たまに「牛丼戦争」などと言って、ニュースで安売り合戦をするのを耳にする。だが、個人的には関係ない。例え吉野家の牛丼が500円で、松屋の牛丼が10円でも松屋には行かないからだ。人それぞれだから他人の事はとやかくは言わないが、松屋は食事をするところとは思えない。

 今は飲食店は厳しい時代。デフレで売価は下げねばならず、そのためには極力人件費を削って店舗運営コストを下げないといけない。そのためアルバイト中心の運営になるし、調理も店舗でするのは簡単なものとなる。だからだろう、味はひどいものだし、サービスも当然アルバイトのレベルだ。以前の出来事に恨みを持っているわけでは決してないが、あそこで食事をしても、腹はふくれるかもしれないが幸せな気分にはなれない。たかだかワンコインの世界で、そこまで身を落としたくはない。
どうしても松屋しかなかったら、コンビニでおにぎりを買った方がまだ良いだろう。

 モノを食べる時に幸せな気分になれるかどうかは大事なところだ。こずかいが多いわけではないが、その一線は守りたいと思う。
一方、ラーメンという捨てがたい選択肢もある。ただラーメンの場合、おいしい店は行列が出来ている事が多いので、仕事で外出中の時間に余裕のない時には利用しにくい。それにあらかじめ知っている所ならともかく、そうでなければ探す手間もある。やっぱりチェーン店のネットワーク網に勝るものはない。

 仕事の合間のささやかな楽しみという点で、やっぱり上記の3大チェーン(+1)は重宝したいところだ。これからもへんな安売り競争に巻き込まれる事なく、堅実経営を維持して変わらぬ味を提供していただきたいと思うのである・・・



2013年8月2日金曜日

2013サイパン旅行記~観光客編~

 その昔、友人と大学の卒業旅行でオーストラリアに行った
あちこちで景色の写真を撮るたびに、その友人は「日本人が写る」と腹を立てていた。
それほどどこへ行っても必ず日本人がいたのである。
サイパンなど、日本人だらけだったと聞いている。
そんな話も今は昔。

 今回サイパンに初めて行って感じたのは、「中国人だらけ」という印象だ。統計を取ったわけではないが、皮膚感覚では日本人より多いのではないかと感じた。耳に入ってくる言葉を聞けば中国語だというのはわかるが、それが北京語なのか広東語なのかまではわからない。だから中国人と言っても、本土以外に台湾人も混じっていたかもしれない。

 そしてその次に多かったのが韓国人。ホテルでもビーチでも、中韓に圧倒された感じであった。さらに意外なのがロシア人。白人系は、やっぱりアメリカだからアメリカ人かと思っていたが、よくよく聞き耳を立ててみるとロシア語を話していた。モスクワなどからだと距離もあるが、ハバロフスクなど極東なら距離的にもそんなに遠くない。伝統的に南進の歴史のある国だから、案外手頃な観光地なのかもしれないと感じた。

 そんなわけで、プールサイドでは、中国語、韓国語、ロシア語に地元の従業員が話すチャモロ語、さらに関西弁が混じってなかなか国際色豊かであった。プールサイドでは国際色豊かでも、DFS(免税店)へ行くと中国一色である。中国人はわりと家族単位で来ているようだが、免税店では数で圧倒。私も時計に興味を惹かれて寄って行ったが、10万円以上の高級時計のショーケースの前は中国人グループに占拠されて近寄れなかった。

 まぁ別に支障はなかったのだが、店員さんも中国系で、お互い中国語でやり取りをしている。今回あちこちで、「ジェットスキードウ?」「マッサージ、ヤスイヨ!」とカタコトの日本語で話しかけられたが、それらが中国語に変わるのもそんなに遠い未来ではないと思う。

 いろいろ観察していると、韓国人はカップルで来ている人が多いようだった。恋人同士なのか夫婦なのか、子連れの若い夫婦も含め、大概が若いカップルだった。中国人はその外見で大体それとわかる。ファッションが日本人と違う(特にメガネとヘアスタイルはすぐわかる)というのが一番であるが、その点韓国人は見かけで判断するのが難しかった。大陸系の顔立ち以外ではちょっと見分けられない。それだけ韓国とは距離が近いのかもしれないと思われた。反韓人を公言して憚らない私であるが、いろいろ観察してみると、実際会話でもしたら反韓の印象が変わるかもしれないと、なぜだか漠然と感じたのである。

 中国人はファッションの相違に加え、態度も気になった。レストランでもDFSでも、「金持ってるんだぞ」という雰囲気を醸し出していた。まさに田舎の成金という感じだ。それらは見ていてあまり気分の良いものではない。ただ考えてみると、かつての日本人もそうだったようだし、「中国人だから」と決めつけるのは良くないだろう。そういう姿を見て、日本人も自らの態度を省みる必要があるだろうし、「人の振り見て我が振り直す」良い機会なのかもしれないと思う。

 かつて日本人ばかりと嘆いた友人Kだが、今のサイパンを訪れたら何と思うだろう。たぶんこの傾向はもっと加速するような気がする。もしも溢れかえる中国人旅行者に不快感を抱くとしたら、それはそのままこれまで日本人が与えてきたものかもしれないと思った方がいいのだろう。

 仮にもしも中国人旅行者がもっと増えて、我々日本人の肩身が狭くなったとしても、そうなったからと言って何も嘆くほどの事はない。周りがどうであろうと、自分達の旅を楽しめば良いだけの事だ。時折見かけたロシア人旅行者たちは、実に悠然と過ごしているように見えた。我々もまたそれを見習って悠然と過ごせば良いだけだ。我が物顔に札びらを切って大きな顔をするのではなく、地元の人に愛される旅行者になるように振舞うべきなのだろう。

 今回の旅行を通じていろいろと思うところも多かった。我が家もそんな旅行者になれるよう心掛けたいと思うのである・・・
    




2013年8月1日木曜日

2013サイパン旅行記~飲食編~

 旅行の楽しみの一つは、現地での食事。
我が家はただでさえ、「生きる事は食べる事」という信念の持ち主が二人もいるから尚更なのだが、そういう私も昔から旅先での食事は楽しみにしていた。
それも思いっきりローカルな食事である。

 その昔、独身時代にシンガポールや香港、マニラなどへ遊びに行ったし、結婚してからもセブ島、バリ島などローカルの人しか行かないような店に行くのが大好きだったものである。それは今でも変わりない。今回もいくつか行ってみた。


At the Park

 朝食で2回行ったのは、“At the Park”という、その名の通り記念公園に面したカフェ。店内には地元のおじさんが新聞を広げていたり、何やらパソコンを開いていたりする人たちがいる。パンケーキやハンバーガー、オムレツなどの食事が飲みモノとともに提供される。

 例によってアメリカンサイズで大きいから、大人二人子供二人の我が家では3プレートで十分であった。コーヒーはスタバのようなスペシャリティコーヒーが種類も豊富。ただ、チョコレートラテはめちゃくちゃ甘過ぎて閉口した。

 昼に行ったのは“Shiery’s”。ここも店内の客は、地元の人が大半を占めていた。大皿にどさりとライスが盛られ、チキンなどの料理がつくプレートが目につく。ここも3皿(娘はワンタン麺だった)で間にあう。日本の米とは違うが、ちょっと細身のアジア米のガーリックライスで美味この上なかった。




Coutry House
 夕食で行ったのは、“Country House”。ここはステーキ店。やはりアメリカと言えばステーキ。店内にはジョン・ウェインやインディアンの写真が飾られ、西部の雰囲気。サイパンで西部かと言うなかれ、やはりアメリカの一部には違いない。そのステーキも、最小の225グラムで十分。付け合わせのいんげんやニンジンやポテトも美味で文句なし。ビールはもちろん、バドワイザー。スーパードライもあったが、ここでそれを飲むのは無粋というものだろう。


 最後の夜に行ったのは、“Bobby Cadillach”。ここはハンバーガーとピザとその他のローカルフードのお店。ここではハンバーガー&ピザを堪能。普段、マックのハンバーガーを食べ慣れていると、パンにハンバーグとオニオンとピクルスを挟んだだけのシンプルさが新鮮。ケチャップをたっぷりかけてかぶりつく。味も美味。飲みモノをオーダーすると、缶のまま出てくるところが何とも言えない大雑把な味わい。

 今回もホテルのレストランは結局一度も利用しなかった。街中をブラブラ歩きながら、レストランを訪ねて行って食べるのも旅先ならではの味わいというもの。それにしても、価格面ではほとんど国内と遜色はない。毎食ごとに30ドル程度かかるし、ステーキなどは150ドル近くかかったし、やっぱり経済的にも旅先のみの楽しみというところだろう。

 基本的に支払いはカードを利用した。来月には請求が回ってくるだろうが、それまでは楽しい余韻に浸っていたいと思うのである・・・

Bobby Cadillach
 
 
 
 

2013年7月31日水曜日

2013サイパン旅行記

 夏休みに突入し、今年の我が家はサイパンへ行ってきた。基本的に我が家は、「南の島でのんびり」を旨としている。これまでグアムには二度行っているため、今年は少し趣向を変えて行き先をサイパンへと定めたわけである。当然、南の島はもっといろいろとあるわけであるが、そこは恥ずかしながら経済的な事情も加味されているわけである。

フィエスタ・リゾート&スパホテル 
 早くからJTBのツアーに申し込み、宿泊はフィエスタ・リゾート&スパ/サイパンにした。部屋へ入ってみると、窓から海が一望できるし贅沢を言えばキリがないので、まずまず満足な水準。着いた翌早朝、一人浜辺を散策。初日の予定が空白だったため、どう一日を過ごすかプランを立てるための準備である。大黒柱も楽ではないのである。

朝の空気に触れ、白い砂浜の感触を楽しむ間もなく、「社長サン!」と随分古典的な呼び掛けに会う。「ジェッスキー、ドウ?、バナナボートイイヨ!」と現地のチャモロ人なのだろうか、真黒な顔のおじさんに話し掛けられる。

 滞在中、ビーチを歩けばこの呼び掛け、街をあるけば「マッサージ」と何回声を掛けられただろう。残念ながら、我が家のニーズとは合わず、すべて辞退した。日本人の人の良さであろうか、何だか断るのも忍びないのであるが、わずか20分程度のアクティビティに家族4人6,000円の価値は見出せなかったので仕方ない。これが600円なら、笑って付き合っただろうと思うが、物価は総じて日本より高目の観光地価格なので、シビアに選別せざるを得なかったのである。

 それはそれとして、ホテルの目の前に広がるビーチにはまず満足。翌日行ったマニャガハ島の透明度からは比べるべくもなかったが、それでも日本本土の水準からすれば遥かに透明。浜辺で遊ぶ子供たちを尻目に、ビーチチェアーに夫婦で寝そべり、青い空に眩い陽の光をヤシの葉が遮る下で、潮風に頬を撫でられながらまったりとまどろむ贅沢・・・


マニャガハ島
 今回の目玉の一つが、子供たちとのシュノーケリング。目の前を魚たちが泳ぐ様を見る機会はそうやたらに作れるものではない。マニャガハ島は、我々が泊まったフィエスタホテルのビーチからすぐ沖合に浮かぶ孤島で、船で10数分で行き来できる。ここに簡単な施設が作られ、利用者が様々利用できるようになっている。

着いてすぐにがっかりさせられたのが遊泳ゾーン。せっかくの島を囲む海なのに、狭い一画を区切られ、そこで遊泳するようにと指導される。狭い区画にたくさんの人が泳ぐせいか、魚もそんなに見られない。やむなくボートシュノーケリングのオプションを申し込む。島の沖にモーターボートで移動し、サンゴの海でシュノーケリング。そこはさすがに文句なく、水深も3メートルくらいあって、目の前に広がる海の中の世界に子供たちも狂喜していた。

 その遊泳区画であるが、よく見ればその他のところでも中国人らしき一群が泳いでいるのを発見。ならばとそちらに移動して、おっかなびっくり海に入る。そこは波も強く、かなり流されがちであるが、なんと珊瑚が広がっていて魚たちの種類も豊富でシュノーケリングにはむしろこっちの方が良い事が判明。

 よくよく観察してみれば、「ライフセイバー不在」との看板は出ていたが、「遊泳禁止」とはなっていない。たぶん日本的な感覚で、好きなところで観光客に好きな事をさせて、万が一の事があった時の責任やら何やらを考えて、安全な囲いの中に「誘導」したのであろう。当然十分な情報提供はして欲しいが、基本的には自己責任だし、必要以上に安全性優先で知らぬうちに楽しみを奪われるのは堪ったものではない。子供連れだし無茶はいけないが、考える力を失うと自分で判断できない羊になってしまうだろう。

 その他にも到着時には既にチェックインが済まされていたし、帰りの時間は朝少し早かったが、なんと頼みもしないモーニングコールをかけてきたりと、サービスとよけいなお世話が混合。予定よりも早く起こされて腹が立った事もあり、担当者にやんわり注意しておいたが、あまり至れり尽くせりというのも考えモノだ。JTBあたりは、何でもかんでもお膳立てし過ぎるきらいがある。高品質を支える「メイド・イン・ジャパン」の発想なのだろうが、海外旅行は多少「不便を楽しむ」くらいでちょうど良いと思うところである。

 まぁそれはこちらの心掛けにもよるところがあるだろう。便利は便利で利用させていただいて、自分で判断する部分はしっかり残しておけばいいのだと思う。満足いくサイパンの旅であったが、来年はハワイへ行きたいと密かに思うのである・・・
    



2013年7月24日水曜日

参院選雑感

 先週末の参院選は、事前予想通り、自公の圧勝で終わった。ねじれ国会も解消し、いよいよアベノミクス本格化のお手並み拝見といったところだ。前回の衆院選は、反民主党の結果という感が強かったが、今回は自民党支持の結果だろう。まあここ何年かの政権の中では間違いなく良いし、安部総理も「古い自民党に戻ったら未来はない」と発言しているし、ここは素直に期待したいと思う。

 それにしても投票率52.61%というのは、嘆かわしい数字だ(我が家の妻も誘ったが行かなかった)。有権者の半分しか投票しないという現実。ここに我が国の悪いところの原因があると思う。みんな人ごとで、どうでも良いことなのだ。日本の政治が三流なのは、四流のマスコミに騙されているのが原因ではなく、この無関心なのだと思う。

 開票結果を見てみると、私は今回は迷わず自民党に投票したのだが、案外民主党が頑張っているなと感じた。もちろん前回からは大幅に議席を減らし、「惨敗」と書かれていたが、自民から大きく引き離されたとは言え、それでも自民65に次いで2番目の議席数17である。まだ支持する人がいるわけで、この逆風下でも当選する人は、確固たる地盤を築いているというわけであるから、また自民が悪くなった時に備えていただきたいものだと思う。

 もうひとつ意外だったのが、共産党の奮闘。今回地味に議席数を増やしている。自民も民主も嫌だという有権者の票を地味に集めているのだと思う。私も若い頃は共産党に気持ちが行っていた事もあるから、そういう有権者の気持ちはわからないでもない。だが、誰かが言っていたように、若い頃の共産党支持は麻疹みたいなもので、社会人になってからは非現実的な理想論に愛想を尽かし、きっぱりと断ち切っている。人それぞれだから、批判するつもりはないが、「反自民」や「反民主」の受け皿がないというのも現実なのかもしれない。

 今回投票こそしなかったものの、その政策に大いに共感しているのが「みんなの党」である。主要政策はほぼ完全に同意できる。それに対し、自民党は原発政策推進という点で共感できないところがある。みんな「喉元過ぎれば」、というところがあるようで、「あの時の恐怖心」をすっかり忘れてしまっているようだ。シェールガス革命が本格化すれば、原発よりも低コストの発電が可能になるという意見も耳にするし、日本が「本気になれば」道は簡単に開けると思うのである。

 そんなみんなの党であるが、結党以来地味に勢力を伸ばしている。特に「電力団体」「医療団体」「農業団体」を既得権益3兄弟として敵視しているところは大いに共感できる。今回は見送ったものの、次回からはまた支持しようと思うところである。嘆かわしい投票率であるが、やれる事はやっている。

 妻を毎回懲りもせず、ふられるのを覚悟で誘っているし、将来のタネまきもしている。家庭では常に子供の視線を意識して、選挙のたびにきちんと投票に行く姿は見せている。本当は会場まで連れて行って、投票するところまで見せたいのだが、現状はなぜかそれが禁止されている。だからせめて行く姿勢だけでも見せたいのである。未来の「権利を行使する」有権者をきちんと育てたいと思うのである。

 願わくばこれでしばらくは選挙の必要性がない状態が続いてほしいものである。そして次回はみんなの党にすべきか、多大な成果を上げた自民にすべきか、死ぬほど迷わせてほしいと思うところである・・・


2013年7月20日土曜日

日本経済はアベノミクスで復活するのだろうか

 明日はいよいよ参院選である。ここまでのところ、安倍政権は安定しており、どうやら自民党は公明党とあわせて参院でも過半数を獲得しそうな感じである。別にそれはそれで不満はないし、ねじれ解消後のお手並み拝見という気分もあるから応援したいとさえ考えている。だが、本当に大丈夫なんだろうかと言う気持ちも、正直言ってある。

 すでにアベノミクスで日銀は大胆な金融緩和を実施。物価を2年間で2%上げると息巻いている。過去失われた20年と言われ、その元凶はデフレだと言われているから、2%の物価上昇でデフレ脱却し、日本経済大復活という狙いなのだろう。だが、本当にそれが正しい処方箋なのだろうか。

 私は経済理論に詳しいわけではないから、それに対して明確に語れる意見など持ち合わせていない。おそらく世の中の大半の人がそうだろうと思う。しかし、何となく「それでホントに大丈夫なのか」と漠然と思う。

 例えばデフレの正体だが、これは簡単で、一言で言えば内外価格差だ。つまりそれまで国内で高く作っていたものを、海外で安く作れるようになった事によるものだ。私が1988年に大学を卒業し、卒業旅行で中国経由オーストラリアへ行った時、中国の物価が日本に比べて恐ろしく安かったのに驚いたものである。

 コーラだけはそんなに差がなかったが、タクシーをチャーターして半日天安門広場を見学し、ランチして3,000円くらいだった(実はタクシーの運ちゃんに吹っかけられているのはわかっていたが、あまりにも安くて断る気になれなかったのだ)。

 その頃、「製造」→「1次卸」→「2次卸」→「小売」と商品は流れ、最終消費者である我々が買っていたものを、今はユニクロなどが「製造→小売」となっている。しかも「製造」は中国だから、「製造→1次卸→2次卸」の部分が国内からなくなってしまったのである。ここの部分を占めていた人たちが職を失い、それで価格が下がったのがデフレである。元に戻すならここの人たちを復活させないといけないのではないか、と単純に思うわけである。2%物価が上がっても、それが「小売価格」なら、潤うのはユニクロだけだ。

 例えばスーパーの物価が2%上がるなら、スーパーの仕入価格も2%上がるとする。するとスーパーに卸す農家や漁民や中小製造業者も2%収入が増える。だが、それが給料に還元されないと、消費者はスーパーで上がった値段でモノを買えない。収入が増えるまでは、相変わらず安いところを探すか、必要最低限に財布のひもを益々固く締める事になる。そうなるとモノは売れないのではないかと思うのである。

 例えば100万円の商品を売る会社がある。原価率40%、経費率50%、利益率10%だとする。2%物価が上がると商品価格は102万円となる。上がった2万円の内訳は、原価部分が8,000円、経費は10,000円、利益は2,000円だ。このうち人件費は経費に含まれる。経費の内10%が人件費だとすると、1,000円。従業員が100人いたら、一人当たり10円。理屈でいけば、売っている商品の価格が20,000円上がっても、給料は10円しか上がらない。

 もちろん、1,000万円、1億円と売っている会社もあるから、それぞれであるが、イメージとして物価が上がるほどには給料は上がらないと言えると思う。企業の論理として、給料を上げるのは最後だ。ギリギリまで据え置いて、上げてもやっていけると判断して初めて賃上げとなる。つまり物価の上昇が先行するわけだ。

 我が家で言えば聖域である家計費は不動だから、物価の上昇→家計費値上げ→こずかい減少となる。これは実に恐ろしいシナリオだ。個人的にはデフレの方がマシではないかと思ってしまうが、これは間違っているのだろうか。デフレを脱却して、その先に豊かな生活が、果たして待っているのだろうか。

 誰か、上の理屈のどこが間違いで、アベノミクスによってデフレを脱却し、日本経済大復活となる理屈を説明してくれないだろうか。日曜日は、おっかなびっくり選挙に行く事にしようと思うのである・・・

2013年7月15日月曜日

ミレー

 中学1年の娘が夏休みに美術館へ行きたいと言い出した。何でも早くも夏休みの宿題が出て、それは「美術館へ行って絵画を鑑賞しレポートを書いて提出せよ」というものであるらしい。それを聞いて真っ先に思い浮かべたのは、山梨県立美術館である。

「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」 
 実は私は昔から絵画が好きで、確か中学の頃だったと思うのだが、山梨県立美術館へミレーの絵を見に行った記憶がある。その時いたく気に入って、ポストカードか何かを買って帰ってきた。たぶん、「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」だったと思う。そんな経緯から、それなら娘にもミレーを見せようと思った次第である。

 幸い、この週末は毎年恒例の桃狩りに行く予定を組んであった。調べてみると、いつも行くイチフル農園から山梨県立美術館はわりと近い位置にある。もう娘も桃狩りのあとは近くの公園で水遊びというわけにもいかない。桃狩りの後、どうするかと思っていたのでちょうど良かった。それにいつもほうとうを食べる「小作」の支店も美術館の目の前にあると言う事もあり、スケジュールが決まったのである。


山梨県立美術館 
 さて、訪れてみると非常にきれいな美術館で、私の記憶にはまったくない建物。建て替えたのかもしれないし、そもそも忘れてしまったのかもしれない。ミレーの絵は、山梨県立美術館所有という事で常設展として展示されている。

 パリ近郊のバルビゾン村という農村に住み、生涯にわたって働く農夫たちを描いたミレー。
「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」を始めとして、有名な「種をまく人」や「落ち穂拾い」の「夏」版などが展示されていた。静かな館内に展示されているミレーの作品を前にじっとたたずむ娘。

 小学校2年の息子はさすがに退屈そうで、「冬、凍えるキューピッド」の前で、そこに描かれたキューピッドを見て、「おちんちん!」と喜んでいる有り様だった。宿題では好きな絵を3点選んでレポートを書くことになっているが、娘は「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」、「冬、凍えるキューピッド」とモンティセリの婦人像を選んでいた。

冬、凍えるキューピッド
モンティセリ「婦人の肖像」 
 若干、好みは違ったものの、良い選択だと思う。個人的には、ミレーだと「晩鐘」が一番好きであるが、残念ながら本物はパリのオルセー博物館に行かないと観る事はできない。いつかパリに行くか、向こうから来るか、いずれにせよ本物を拝む機会はすぐにはありそうもない。

 絵を見ていると、本当に飽きない。いつまででも眺めていられる気がするから不思議である。なぜかと問われても答える事は難しい。もちろん、当時の貧しいフランスの農民たちの暮らしぶりが珍しいという事あるだろうが、それだけではない。才能ある画家によって切り取られた一瞬、一瞬に目が行くとでも言えるのだろうか。それはある面で写真にも通じているのかもしれないと思う。

 自分でも絵を描きたいとその昔思った。しかし、どう考えてみても自分にはその才能がない。ならば学ぼうと高校に入った時に決意。美術部の門を叩いたが、同時に入ったラグビー部の練習が忙しくて、一度も参加しないまま幽霊部員にもなれなかった。いまでもその気持ちがなくなったわけでもなく、「いつかそのうちに」と思う気持ちはまだ残っている。

 「いつかそのうち」という日は永遠にやってこないとわかっているが、子供の教育・教養という意味では、本物を見せるという事は必要なのかもしれない、と改めて思う。自分の趣味はともかくとして、また機会を作って行くのも良いかもしれないと思うのである・・・



晩鐘

落ち穂拾い