2012年11月23日金曜日

ブログ4周年

 いつの間にか11月も終わりに近づいている。朝晩めっきり寒くなり、そろそろコートを着ようか、まだ早いかと迷いつつ、毎朝家を出ている。道路脇の銀杏もだいぶ黄色くなってきている。


 この頃、非常に忙しくなってきた。家に帰ってきてもやりたい事がいろいろあって、なかなかこのブログの更新ができない。このブログをはじめてちょうど4年たった。当初は2日に一度の更新ペースであった。毎日でも書く事があった。それが徐々に間隔が空きだして、最近はとうとう一週間に一度のペースになってしまった。

 これが実はストレスになっている。書く事がないというわけではないのであるが、書く暇がないというのが実情。「暇など工夫次第でいくらでも作れる」というのが信条な自分であるが、確かにブログを最優先にすればできない事ではない。しかし、そうはいかないからストレスなのである。

 あれもこれもと手を広げ過ぎているのは事実だが、やりたい事を楽しみながらやろうと思っていたら、こうなってしまった。やめるのはもっとストレスだから仕方がない。まあなるべくマイペースでやろうと思っている。

 中学受験を控えた娘は、意外によく勉強している。地元の都立中高を目指しているのだが、自分で行きたいという気持ちがあるからだろうが、塾にも熱心に通い、帰って来てからも復習し、私にもよく質問してくる。国語や算数は何とか答えられる。しかし、小学生の算数はなかなか手ごわかったりする。何せうっかり連立方程式を使って簡単に解こうものなら、「Xなんてやり方習っていない」と言われてしまう。そしてXを使わずに解くのはなかなか難しかったりする。

 困るのは理科系だ。何せ私は根っからの文系人間。高校時代唯一“実力で”赤点を取ったのが化学だった男だ。やっぱり社会人になってもそれは生きている。

 先日のこと、塾へ娘を迎えに行った帰り道、二人で夜空を見上げて月がきれいに見えるという話をしていた時の事だ。文系人間としては、「昔の人が夜空を見上げて思った事」なんてロマンチックな話をしたかったのだが、娘は「どうして冬は空気が澄んで、月がきれいに見えるの?」と聞いてきた。「う~む、夏は暑くてもやもやしているからじゃないか」と答える私。答えていて情けない思いをしたのは言うまでもない。

 これから寒さも本格化するだろう。それはそれで大変であるが、四季折々、寒さも楽しみたいと思うところである。
「冬来たりなば、春遠からじ」
 来年の春は娘にとっても明るい春になってもらいたいと思うのである・・・


【本日の読書】

もし、日本という国がなかったら (角川ソフィア文庫) - ロジャー・パルバース, 坂野 由紀子 ジェノサイド 上 (角川文庫) - 高野 和明





2012年11月14日水曜日

両親

たはむれに母を背負いてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず
石川 啄木

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 ちょうど今朝から『ハーバードの人生を変える授業』という本を読んでいる。最初のページのタイトルは感謝。毎日感謝する事の効能が書かれていた。その際、たとえば感謝する対象として「両親」とするなら、両親の姿をきちんと頭の中でイメージする事と書かれている。そんなところを読んだためか、両親に感謝するという事を考えてみた。

 そんなのはありきたりで当たり前のような気がするが、そう思える事自体ありがたい事だと今さらながら思う。しかし、子供の頃はと言えば、正直言って金持ちの家に生まれたかったと幾度となく思ったものである。別にひもじい思いをした事などなかったのだが、やっぱり大きな家に住んでいる友達や好きなものを自由に買える友達には引け目を感じた事は事実だ。

 家に友達を呼んだのも小学校の低学年までで、高学年ともなると、何となく家を見られるのが嫌で呼ばなくなったと記憶している。もっとも、あの頃は家族で一間のアパート住まいという友達もいたから、一軒家で伯父夫婦と上と下に分かれての生活はそんなにおかしくもなかったと思うが、そこは子供心というやつだろう。


 父は次男、母は三女という夫婦で、ともに故郷の長野県をあとにして東京に働きに出て来た経歴だ。親父などは住んでいる地域自体が貧しかった事もあり、中学を卒業してすぐの上京だった。何の支援もない状態で、それでも何とかやりくりしての生活だっただろうから、大変だったと思う。

 蒲田に住んでいた叔父も似たような暮らしぶりだったが、そんな苦労を子供は知るはずもない。
運動会や授業参観に来てくれたのはすべて母親だった。着物姿で教室の後ろに立っていた姿を今でも覚えている。友達家族と海へ行った時も、従兄弟の家に遊びに行った時も、一緒にいたのはすべて母親。たぶん親父は仕事が忙しく、日曜日くらいは体を休めたかったのだろう。

 先週末は、息子とキャッチボールをした。楽しそうに、そして一生懸命ボールを取っては投げてよこす我が息子。そんな息子を見ていると、こちらも楽しくなる。キャッチボールが楽しいのは、子供だけではない。自分は父親とキャッチボールをしただろうかと考えてみると、実ははっきりとした記憶がない。息子とそんな一時を持てなかったというのは、実は親父にとっても気の毒だったと思う。

 家の事は女がやるという時代風潮もあっただろうが、親父に遊んでもらった記憶はほとんどない。学校の事も、ほとんど口を出された記憶がない。今日は何をしただとか、試験で何点取っただとか、運動会で何をやるとか、どこの高校に行きたいとか、どこの大学を受けるのだとか。それらの記憶はみんな母親だ。

 だが大学に合格した時には、突然時計を買ってもらったし、結婚や家を建てるといった節目にはそれなりの事をしてもらったから、親父も心の中では思ってくれていたに違いない。物静かな親父と口やかましい母親と、典型的なコンビのような両親だが、居てくれて良かったし、社会に出るまで居心地の良い家庭を維持してくれた事はやっぱり感謝すべき事だ。

 世の中には、そんな両親も家庭も持てない人もいるわけだし、それは決して自分の招いた不幸ではなく、ただただ不運だったとしか言いようがないのだから、尚更そう思う。結婚して最初に住んだアパートの隣の家は、子供を小学校にすら行かせていなかった。将来あの子がどんな大人になるのかわからないが、それはあの子の責任ではない。自分がそんな不幸を背負っていたとしても、不思議はなかったわけである。

 結婚したらそんな両親ともども一緒に生活を、なんて考えていた事もあったが、実際に結婚してみると残念ながらそれは実現困難な事だった。一緒に暮らせている他人を見るにつけ、今でも羨ましく思う。世の中自分の意思だけではどうにもならない事もある。最近はすっかり不肖の息子となってしまっているのを申し訳なく思うだけだ。

 感謝なのだか、反省なのだかわからなくなってしまったが、そんな両親にはしっかりとした家庭を築いている姿を見せなければと強く思う。いろいろと思う通りに行かない事が多いのであるが、それはそれで努力だけは怠らないようにしたい。受取ったバトンは、しっかりと次に渡さないといけない。

 そうしてせめて心配だけはかけないようにしていこうと思うのである・・・


【本日の読書】
ハーバードの人生を変える授業 - タル・ベン・シャハー, 成瀬まゆみ 運命の人(四) (文春文庫) - 山崎 豊子






2012年11月11日日曜日

大学について

 先日、田中真紀子文科相が認可を見送った3大学だが、批判の嵐に屈したのか、あっという間に逆転認可になってしまった。そもそも手続的に不認可としてもおかしくはないし、認可前に建物は建ててしまうし、教員も募集してしまうしという話を聞くと、何のための大臣の認可だかわからない。それにそもそも新たな税金投入して、大学を増やす必要性があるのかもわからないままだ。

 大学全入時代と言われているが、それが本当に国力に結び付くならありだろうと思う。かつて鎖国をしながらも寺子屋体制で、世界一の識字率を誇った我が国である。国民すべてが大学卒であるくらいのレベルであれば、世界の中でも経済大国の地位を維持していけそうな気もする。本当に国際競争力がつくならもっと増やせばいいと思うのだが、果たして今の大学はそれに値するのであろうか。

 そんな疑問を持つのも、自らの体験談があるからである。私自身、猛烈な受験勉強を経て大学に入ったが、待っていたのは「一般教養課程」と称する“高校の延長のような授業”。法学部に入ったのに、英語や数学や体育まであった。法律の勉強は週2コマ(1コマ90分)くらいだったと記憶している。

 第2外国語のロシア語はそれなりに面白かったが、英語の授業などひたすら英文和訳だけで面白くもなんともない。ただ1年上の先輩が同じ講義を受講していて、時折指されては独創的な解釈の和約を披露してくれたのが面白かったくらいだった(なにせ先輩の和約は難しくて、英文を読まないと何を言っているのか良く分からなかったのだ)。

 すでにラグビー部の門を叩いていた私にとって、体育などはチャンチャラおかしくてやれるものではなかった。まぁそれなりに「体を動かさない」あるいは「やってみたい」と思うものから、アーチェリーやテニスを選択したが、これはこれで正解だったと言えるが、それ以外は苦痛の時間だった。こうした一般教養課程は、学生の学びたいという意欲を奪う効果がある。

 周りはみんな授業になど出ていなかったし、週12コマ授業に出ていた私は、かなり変り者の存在で、友達が少なかったから正確にはよく分からないが、知る限りの範囲では、平均の2倍以上の出席率だったと思う。それに加えて体育会のラグビー部での活動もたっぷりやったし、成果は乏しかったが合コンにもたくさん参加した。文“部”両道で満足のいく4年間だった。

 しかしそれも文系の甘さもあったようで、理系はそもそももっと授業に出ないといけなかったようなので、授業に出ない事が粋というな雰囲気は、文系大学の傾向なのかもしれない。今のこのボーダレス時代に失われた20年をもがいている真因は、こんな学生たちが社会の中核にいるからではないのかという気もする。

 個人的には大学は狭き門でも良いように思う。選ばれた人しか入れないとなれば、入るためにみんな一所懸命勉強するし、出口を絞れば入ったあとも勉強するだろう。大学側は大学側で、高校生のレベルが低いという事を問題視しているようだが、それは言い訳に過ぎないと思う。

 本当に日本の将来を考えるのなら、頑張って勉強して入ってこそであり、滑り止めで受けて他に行くところがなくてしかたなく行く大学に意味があるとは思えない。教育を受ける権利を主張するのであるならば、それなりの義務(努力)は必要だろう。それは本来、学力があっても経済的な理由でいけない人に対してこそ、満たされるべきものであるはずだ。

 せっかく不認可にした3大学を、恐らくそこで潤う人たちの思惑で、我々の税金がまた無駄に流されるのは何ともやりきれない。こんな事をしていると、本当に我が国はダメになってしまうだろう。せめて自分の子供たちは、きちんとした考え方を身につけさせ、「まともな」大学に通わせたいと思うのである・・・
      




2012年11月4日日曜日

マスコミが国を滅ぼす2

常々マスコミのあり方には疑問を抱いている。
マスコミは本来、事実を事実として報道していればそれでいいと思う。
その事実について、独自の見解を述べる必要はないと思うのだが、それは間違った考え方なのだろうか。そんな事を考えさせられるニュースが、また一つ目についた。

【田中文科相 答申否定は裁量権の逸脱】*****************************************************************
不安が現実になった。田中真紀子文部科学相が大学設置・学校法人審議会の答申を覆し、来春開校予定の3大学の設置申請を不認可とした。ルールを無視した判断で、到底認められない。 田中文科相は不認可とした個々の具体的理由に言及せず、「大学が全国で約800校ある中、大学教育の質が低下している」「大半の(審議会)委員が大学(関係者)で、大学同士が互いに検討している」と述べた。
*************************************************************************************************** 産経ニュース

 田中文科相が、大学の設置申請を不認可とした事を取り上げたニュースである

この場合、「田中文科相が来春開校予定の3大学の設置申請を不認可とした」というのが事実だ。だが、記事では「ルールを無視した判断で、到底認められない」となっている。
これは事実に加えられた“独自の意見”だ。

 さらに、
①「歴代文科相が任命した現委員による従来の大学設置基準に沿った答申を否定することは、裁量権の逸脱である」
②「いずれも短大や専門学校からの改組で、申請に不備はなかった」
③「しかも、副大臣ら政務三役にも事前の相談がなかった」
④「政治主導を通り越して、大臣の独断専行に近い」
と続くが、①と④も“独自の見解”である。
それに②は当たり前の事だし、③はそもそも大臣に権限のある事なら別に問題ないだろうし、相談していれば良かったとでも言うのだろうかと問い質したい。
 
 締めくくりは、「田中文科相は、不認可の決定を取り消すべきだ」となる。
また、「田中氏は11年前、小泉純一郎内閣の外相に就任したが、事務当局との無用な軋轢で混乱を招き、米国要人との会談を直前にキャンセルするなど非常識な言動が目立った。大臣としての適性に欠ける政治家を文科相に起用した野田佳彦首相の任命責任は極めて重い」とたたみ掛ける。

 もう慣れっこなのだが、マミコミには自分の“勝手な意見”の前に事実をもう少し詳しく説明して欲しいと思う。 たとえば、今回対象になったのは、秋田公立美術大(秋田市)、札幌保健医療大(札幌市)、岡崎女子大(愛知県岡崎市)の3つらしい。

そもそもこれらの大学が本当に必要なのか、という議論がまずあるべきだろう。
失礼ながら候補の3つは、他に行くところがない学生を救済する意味しかないのではないかと思えてならない。


 田中文科相は、それを議論した学校法人審議会は身内の慣れ合いで不適切と断じている。それを否定するなら、身内でないことを証明すればいいだけだが、事実だからそれはできない。そんな身内のなあなあな取り決めは、誰が考えても問題である。さらに本当に行きたいと思っている学生がどれだけいるのか、ニーズがどれだけあるのか、我々にはわからない。

 また、税金は使われるのか、使われるとしたらどれくらいなのか。大学であれば国立も私学も税金での補助がなされていたと思うが、その点ではどうなのか。消費税を上げるという中で、どのくらいの税金が使われるのか、個人的には関心が非常に高い。

 そもそも1990年代には大学の数が500校だったらしい。それが規制緩和で今や800校。
一方で無駄を削除しろと大合唱しながら、正直言って「他に行くところのない学生」を受け入れるような大学を設置する意味はあるのだろうかと思う。
このように考えれば、田中文科相の決断を支持する人だって出てくるだろう。

 同じ事実でもどう伝えるかによって、受け手の感情は180度変わる。マスコミは確実に世論を操作できる。今の政治家がポピュリズムに走って3流というレッテルを貼られるのも、本人の資質だけの問題とも言いにくい。そこには“4流”マスコミの害悪も確実に存在する。

よけいな事はしなくていいから、マスコミには事実だけを報道してほしいと切に願うところである・・・


⇒ マスコミが国を滅ぼす1      
   
  

2012年10月30日火曜日

仕事について

旧ソ連の共和国の一つウズベキスタン。その首都タシケントに国立ナボイ劇場がある。終戦直後のソ連によるシベリア抑留で捕虜となった日本人が強制労働で建設させられた劇場である。タシケントには戦後2度の大地震があり、多くの建物が倒壊したが、ナボイ劇場は無傷で残る。強制労働に従事させられながらも、見事な仕事をした日本人に対し、現地の人たちは尊敬の念を抱いてくれているらしい。そんな事もあってか、ウズベキスタンはかなり親日的な国なのだと言う・・・
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 私が運営のお手伝いをさせていただいている高校の財団では、高校生に対して奨学金を支給している。その応募にあたっては、「将来私のやりたい仕事」と題する作文(800字)を提出してもらっている。以前は「将来の夢」としていたそうであるが、もう高校生となれば将来の職業を具体的に意識してもいいだろうと考えて変えたのだそうである。

 そう言えば私も高校生の時は、将来の職業として弁護士を考えていた。今から思えば、世の中にどんな仕事があるのかもよく知らず、単に映画「ジャスティス」を観て感動し、弁護士になろうと安易に決めたのだ。あの頃もう少しいろいろな選択肢が見えていたら、私の人生もだいぶ違ったものになっていたと思う。

 結局弁護士にはならなかったが、それはけっして司法試験という難関試験に挫折したわけではない。一言で言えば、法律の仕組みが私の性分に合わなかったのである。同じ結論なのに解釈の仕方の違いでそこに至る過程が違っていたり、そもそも法律は万能ではなく必ずしも正義が実現されるわけではないといった限界があったり、そういう部分が私の性格に合わなかったのである。

 特に印象的だったのは、ある憲法の授業だった。その時、90分の講義時間をフルに使って、教授がいかに自衛隊が憲法第9条に違反しているかを説明してくれたのである。そのロジックは実に見事で、私は説明を聞きながら教授の一言一句を聞き逃すまいと一所懸命ノートを取った。これぞ大学の授業だと感激したのだが、あとで冷静になって考えてみれば、憲法の条文を素直に読めば自衛隊が憲法違反である事は誰でもわかる。それをあそこまで見事に説明するという事に、むなしさを感じたのだ。

 
 近所のスーパーにポルシェに乗っていく必要などない。ある法律の条文について、○○説ではどうだとか、△△説ではどうだとか、そんな議論はバカらしくてしかたなかった。どっちでもいいじゃないかと思う私に、それが重要だという世界の水は合わなかった。しかも大学は、最初の2年間は教養課程という名の高校の延長のような苦痛の授業が続く。

 ようやく3年になって専門課程が始り、ワクワクしながら飛び込んだ法律の世界の実態に気付いたのは、4年になってから。今と違って、就職活動は引く手あまただったが、企業研究だとかその他の進路の研究などしている暇もなく銀行に就職が決まってしまった。

 今となっては、それでも良かったのだが、やはり同じ銀行員になるにしても、もう少し世の中の事を知って、たくさんの選択肢の中から選びたかったと思う。ひょっとしたら、自分にはもっと適している天職があったかもしれないと思う事もある。まあどんな職業であれ、プロとしてのプライドを持って一生懸命やる事が大事だから、そんな事は関係ないのだが・・・

 そんな事をつらつら思うのは、将来我が子にどんなアドバイスをするべきだろうかと、この頃よく考えるからだ。娘に対しても、いずれ結婚までの腰かけお茶くみOLにはなって欲しくないし、息子はなおさらだ。上場企業でも倒産するし、リストラはあるし、今は優良企業でも30年後はわからない。JALだって会社更生法のお世話になるくらいだから、もう絶対安心なんて所はない。

 「どこへ就職するか」よりも、どこでもいいけど「どんな(やり方で)仕事をするか」がやっぱり重要だろう。プロ意識を持って、品質の高い仕事をしてほしいと思う。我が子に望む前にまず自分自身だな。まだまだ定年まで先は長いし、定年後も何とか働かないとのんびりはしていられないだろう。
ナボイ劇場を作った日本人のDNAを受け継ぐ一人として、恥ずかしくない仕事をしないといけないし、そうした上で、我が子にも背中で語れるようでありたいと思うのである・・・


【本日の読書】
セーラが町にやってきた - 清野 由美 V字回復の経営―2年で会社を変えられますか - 三枝 匡






2012年10月23日火曜日

初めの一歩

 週末、突然小学校一年の息子がそばに来て、「パパ、ママがパパに野球のルールを教えてもらえって」と言ってきた。なんでもテレビで野球を観ようとしたら、妻にそう言われたらしい。どうせパソコンの前に座って遊んでいるだけだろうと思われたのだろう(まあ事実だから仕方がない)、そんなセリフが出て来たようである。他の事ならともかく、そういう事であればと息子と一緒に野球を観る事にした。

 時にセ・リーグのクライマックス・シリーズ。圧倒的有利を予想していた我がジャイアンツだが、予想外の3連敗の崖っぷち。負けたら日本シリーズに出場できないとくる。シーズンの圧倒的成績からして、それはちょっとないだろう。まあいい機会だから、一緒に応援しようと言う事になった(たぶん息子はこうして必然的にジャイアンツファンになるのであろう)。

 さて、説明を始めると、実は息子は何も知らないとわかった。
「今はツーアウトだろ、」
「ツーアウトって何?」
「・・・」
「つまり、ストライクが3つで1アウト、」
「ストライクって何?」
「・・・」
こんな調子なのである。

 考えてみれば、「将来プロ野球選手になりたい」と言いながら、さらに叔父さんに夏の甲子園に連れて行ってもらいながら、誰もルールなど教えていない事に気がついた。私も普段はほとんどテレビで野球など観ていないし、学校で友達だって教えてくれないだろうから知るはずもないのである。今さらながら当然の事に愕然としつつ、改めて1から教える事にした。

 ストライク3つでバッターは3振と言って攻撃できなくなる。アウト3つで「スリーアウト・チェンジ」、攻撃交代。幸い画面にはストライクゾーンが表示され、投げたボールの位置が点灯するから教える方も教えやすい。そう言えば昔はストライクを先に表示していたが、今はボールを先に表示している。日本人のメジャー進出が盛んになって、メジャーのテレビ放送が増えた影響だろうが、やっぱり違和感がある。それがカッコイイとでも思ったのであろうか。

 1塁と3塁とに引いてあるラインより後ろに飛んだ打球はファウルと言って、ツーストライクまではストライクに数えられる。ゴロで飛んだボールはバッターが着く前に1塁に投げないとアウトにならない。上に上がったフライは取るだけでアウト。一つ一つのプレーをその都度解説していく。一度に覚えられるはずもない。

 風呂に入っても続く。ピッチャー、バッターの他にファースト、セカンド、サード、ショート、外野はレフト、センター、ライトとポジションの名前を教える。興味津々の目で説明を聞く息子。慣れない言葉を一生懸命覚えようとする。自分もそうだったのだろうか、とふと思う。

 たぶん親父はそんな面倒見が良くなかったはずだから、一緒に観ながらあれこれと質問する私に、ぼそっと答える形で教えてくれたのかもしれない。あの頃は毎晩のように一緒にナイターを観ていたと思うから、そんな繰り返しで覚えて行ったのだろう。「野球狂の詩」、「ドカベン」、「あぶさん」など夢中で読んだ水島新司の漫画の影響もあると思う。

 戦術的な事は、近所の子供たちと一緒に野球をやりながら覚えたかもしれない。今の息子には、「1番バッターがノーアウトでヒットを打って塁に出たら、2番バッターはバントでランナーを送って3番につなぐ」などというセオリーを説明しても、まだ理解は難しい。たぶん私も時間をかけてルールやセオリーを覚えていったのだろうと思う。あの頃は、身の回りでは誰もが野球を観ていたし、やっていたと思う。

 今はサッカーも台頭し、昔は我が物顔だったナイター放送も、今はドラマやバラエティに押されてしまっている。時代の移り変わりもあるが、父と子で一つのスポーツを観て応援するというのも、何だか必要な事のような気もする。

 さて親子での応援の成果か、ジャイアンツはその日崖っぷちで踏みとどまる。さらに翌日から連勝して、ついに大逆転で日本シリーズ進出を決めた。まだ日本シリーズが何なのかよくわかっていない息子であるが、「一緒に応援しよう」と言ったら嬉しそうに元気な返事が返ってきた。

 自分がどれだけテレビの前で時間が確保できるかという問題はさておき、ジャイアンツの応援もだが、息子の野球に対する興味をこそ、応援してやりたいと思うのである・・・
 
             
【本日の読書】

ブランドで競争する技術 - 河合 拓 ドラマ「半沢直樹」原作 ロスジェネの逆襲: 2020年7月スタートドラマ「半沢直樹」原作 - 池井戸 潤




   

2012年10月18日木曜日

監督

 プロ野球はペナントレースを終え、上位チームはクライマックスシリーズに突入している。しかしながら、下位チームは来年の新体制への動きが活発化している。新しい監督が任命されたと言うニュースがちらほら出ている。WBCの監督も山本浩二に決まった。

 別にそんな新監督に興味があるわけではないのだが、監督といえば大学時代のラグビー部のS監督を思い出す。振り返ると、小学校の少年野球チームからスタートした我がスポーツ人生だが、実は“監督”とはあまり縁がない。少年野球のチームの監督以降、中学のバスケットボールでも高校のラグビーでも、指導者はみな“コーチ”であった。大学のラグビー部で出会ったのが、実は生涯二人目の“監督”であった。

 S監督は、正確に言えば三人目の監督だ。我々が3年になった年に監督に就任されたのである。二人目の監督は、いつも表情が硬く、むっつりとしていて、正直言って気軽に話しかけられるようなタイプではなかった。いわゆる“怖い”監督に分類されるタイプだ。

 甲子園の常連チームだとか、ラグビーで花園へ行くチームなどは、けっこう“怖い”タイプの監督がわりと有名だ。スポーツの世界では、厳しさが必要だからそういう怖い監督に指導されたチームが強くなるのも当然なのかもしれない。だが、個人的にはやっぱり怖いタイプは苦手である。そんな苦手なタイプの後に来たのが優しいタイプのS監督だった。

 説明は理論的。それまで考えた事もなかったチームの戦術を理論的に語ってくれた。チームスポーツでありながら、当時自分のプレーのみを追求していた私には「目からうろこ」の説明だった。子供の頃から筋金入りの「理屈屋」の私の心に、S監督の説明は見事に突き刺さったのである。

 練習中もあまり細かく指導を受けた記憶はない。しかしながら時折褒められた事はよく覚えている。大勢の部員が練習している中で、些細なプレーを見ていてくれたのに驚いたものである。当時私は、高校時代の「教えられたプレーを教えられた通りにやるスタイル」から脱皮し、自分なりにあれこれ考えて工夫をしていた時だったから、それが認められたのでよけい嬉しかったのだ。

 S監督にはよく褒めてもらった。重要な公式戦で、ライバルチームの猛攻に防戦一方となっていた時の事。相手選手の突進をゴール前でタックルで止めた。その時は必死で意識などしていなかったが、あとで「あのタックルは良かった」とS監督が言っていたぞと見ていた仲間が教えてくれた。その試合で勝ったのも嬉しかったが、褒められたのも嬉しかったのを覚えている。

 S監督の元での2年間は本当に充実していた。卒業する時は、いつか結婚する時はS監督に仲人をしてもらおうと思ったほどである。自分にも他人にも甘い私だからだろうか、褒められて伸びるタイプだったためであろうか、やっぱり私にとって指導者は、あのS監督のようなタイプが肌に合っている。

 卒業後10年ほどして大学のラグビー部のコーチを拝命した。S監督のようにやりたいと思ったが、なかなかどうして難しく、うまくはできなかった。1~2年の頃の怖い監督が、また監督に返り咲いていたが、現役の一人が「いつか監督にほめられたい」と語っているを聞いた。めったに人を褒めない人だったが、そういう“火のつけ方”もあるのだと知った。

 チームスポーツにおいて、監督の影響はやはり大きいと思う。野村監督なども、本から伺い知るだけだが、たぶん凄かったのだろうと思う。そしてそういう監督は、選手がチームを離れた後も影響を残すものだと思う。同じ卒業生ゆえ、S監督とは今でもラグビー部の集まりでたまに顔を合わす事がある。しかし、S監督は私にとって“先輩”ではなく、やっぱり“監督”なのである。

 あの2年間の指導は本当にありがたかったとつくづく思うのである・・・


【本日の読書】

ブランドで競争する技術 - 河合 拓 ドラマ「半沢直樹」原作 ロスジェネの逆襲: 2020年7月スタートドラマ「半沢直樹」原作 - 池井戸 潤





2012年10月13日土曜日

親父、本を読む

先日、実家に顔を出した。
普段あまり良い息子していないから、せめて顔を見せておこうと思ったのだ。
とりとめもなくあれこれと話をしていたら、母親が「そういえば、お父さん最近本を読んでいるのよ」と教えてくれた。見れば棚の上に文庫本が重ねられている。

親父が読書というイメージは私にはない。
一昨年膝の手術で入院した時に、暇つぶしにと何冊か差し入れしたら、またたく間に読んでしまい、ちょっと驚いた事があった。
どうやらその時から興味をもったらしい。

もっとも、その時私が差し入れた「容疑者Xの献身」を面白かったと言いながら、翌年自分で買って読み、私に「これ面白いぞ」と言ってきたのには笑ってしまった。
1年経って、読んだ事すら忘れていたのだ。
そんな親父が、最近になって自ら本を買って読んでいるなんて。
興味を持って積み重ねてある文庫本のタイトルを見てみた。

「ダイイングアイ」、「プラチナデータ」、「こころ」、「吾輩は猫である」
「へぇぇ」と思った。
東野圭吾はわかるのだが、夏目漱石は意外だった。
そう感想を伝えたところ、タイトルは知っている有名な本なのに読んだ事がないから、という答えが返ってきた。「本なんて読む暇なかったからな」とポツリと親父が呟く。

「言ってくれれば、持ってきたのに」と親父に言う。
私も夏目漱石はかなり読んだ。
手放せなくて、まだ自宅の本棚のどこかにある。
それらはみんな学生時代に読んだものだ。
夏目漱石以外にも国内外の作家の名だたる本は、この時期に読んでいる。
それだけ暇もあったからでもある。

そういう親父は中学を卒業するとともに、生まれ育った長野県は富士見の町をあとに上京。
知り合いのつてを頼って印刷会社で勤め始めた。
その時は朝の6時から夜の12時まで働かされたとよく聞かされた。
労働基準法も何もあったものではなかった時代だ。

以来、印刷一筋。
日本全体が猛烈に働いていた時代。
会社員時代も独立して自営で仕事をしていた時代も、遅くまで働いていて、きっと本を読むゆとりなどなかったのだろう。そう考えると、自分がとっくに読み終えて“卒業”した文豪の小説を今になって読んでいる親父の姿がちょっと切なく見えた。

学生時代は当たり前のように本を読み耽っていた。
考えてみれば親父はその年の頃はもう必死で働いていたのだ。
好きなだけ本を読んで、ラグビーやって、もちろん授業にも当たり前のように出席して、合コンなんかにも行ったし、やはり随分恵まれた生活だった。
さすがに車を乗り回すほどではなかったが、充実した高校・大学時代を過ごせてありがたかったと思う。

「今度来る時何冊か持ってくるよ」と親父には伝えた。
若い頃できなかった事を歳とってやろうと思っても、できる事とできない事がある。
だが本を読む事は簡単だ。
「でもなぁ、前の日に読んだところもわすれちゃうんだよなぁ」と親父がぼやく。
1年前に読んだ本を、読んだ事すら忘れるのだから無理もないかもしれない。
「でも何回でも新鮮に楽しめていいじゃないか」
そんな答えを返しておいた。

この週末は家の本棚の棚卸だ。
夏目漱石以外にも芥川龍之介もあるし、三島由紀夫もあった。
個別には「氷点」なんかもオススメだ。
外国のものでも「風邪と共に去りぬ」は本で読んでもいいし、「エデンの東」もいいかもしれない。現代の作家では浅田次郎が断トツだろうか。

今度持って行くのを選んでいたら、結構な量になってしまった。
どんな感想を持つのだろうかと思うと、ちょっと楽しみな気がする。
それに手に取ってみたら、久しぶりに自分でも読んでみたくなった。
20代の頃と比べれば、遥かに人生経験豊富になったし、またあの頃とは違った感想を持つかもしれない。

普段読もうと思って積み上げている本の上に、夏目漱石も置いてみる事にしたのである・・・


2012年10月6日土曜日

祖母

 先週末は毎年恒例の義理の祖母を囲む食事会であった。毎年敬老の日にやっているのだが、今年は子供たちの運動会に義理の母と義理の妹夫婦が遊びに来ていたので、どうせなら大人数でと、この日にずらしたのである。義理の祖母は今年90歳。我が家の子供たちからすると「曾婆さん」という事になる。祖母からしても曾孫は我が家の子供たちだけだから、双方にとって貴重な存在と言える。

 その祖母は今義理の叔母夫婦と神奈川県で暮らしている。毎年の祖母を囲む会は、近所のバイキング・レストランへ行くのが恒例になっている。しかし、みんな食べるのに夢中だし、耳の遠くなった祖母はみんなの話が聞こえないと言い、今年は伯母の家で「家パーティー」という事になった。正直言ってがっかりしたのであるが、まぁ主役のリクエストだから仕方ない。

 いつもよりの大人数の家パーティー。叔母もたくさんの食事を用意してのおもてなし。祖母は希望通り、近くでみんなに囲まれて幸せそう。最初に孫姉妹(つまり我が妻とその妹)、続いて妹の夫、そして私、続いて曾孫と入れ替わり立ち替わり話し相手になる。

 祖母もいろいろ語ってくれた。大正11年8月8日生まれ、8人兄弟の8番目。一昨年の8月8日の88歳の誕生日は、8続きで感無量だったと言う。生まれは北海道の朝日村(今の士別市朝日町)。20歳でお爺さんと結婚。そのお爺さんは学校の先生で、転勤に伴って北海道各地を転々としたらしい。

 住まいはいずれも学校の敷地内の官舎だったという。給料の他に僻地手当、寒冷地手当等がついていたので、給料5万円は全部仕送りしていたと笑って語ってくれた。我が家の娘が生まれた時に、一度だけ札幌に訪ねて行った事がある。そしてそのあとすぐ事情があって、祖母は神奈川の叔母の家にきた。「北海道で80年、こっちに来て10年」としみじみ語ってくれたが、そこにはもう帰る事のない北の大地への思いが滲み出ているようだった。

 祖母お手製の貝の飾り手先が器用で、折り紙や裁縫でいろいろと作ってしまう。食いしん坊で、いまだに食欲は旺盛。足腰は弱ってしまい、歩くのは大変らしいが、今はデイサービスを利用して気晴らしをしているらしい。我々みんなで交代で話を聞き続け、曾孫たちは折り紙を教えてもらい、祖母には楽しんでもらった様子。

 翌日叔母からお礼の連絡をもらった。なんでも次の日も祖母の興奮はさめやらず、デイサービスでは会う人会う人に曾孫たちが遊びに来た事を語っていたと言う。そんな話をする叔母も嬉しそうだったと言うし、そう報告する妻も嬉しそうだったし、それを聞いた私もいい気持ちだった。その日は祖母の喜びが我が家にも伝播してきて満ちていた。


 また来年も、と思う。今度もレストランでなくてもいいだろう。私の祖父母はもういないから、義理であっても貴重な存在である。また行って、いろいろな昔話を聞かせてもらおうと思うのである・・・





【本日の読書】
心を上手に透視する方法 - トルステン・ハーフェナー, 福原美穂子 ふがいない僕は空を見た(新潮文庫) - 窪美澄









2012年9月29日土曜日

最初で最後の・・・

 今日はあちこちで運動会が行われていた様子。我が家では、娘の小学校で最後の、そして息子は小学校で最初の運動会。姉弟そろっての運動会はこれが最初で最後であった。

 開会式では1年生が始めの言葉を言うのであるが、何とこれを息子が担当。大阪から義理の母と妹夫妻が駆けつけ、一族をあげて早くからスタンバイ。娘はバトントワラーとして、入場行進では先頭グループで入場。なかなか冒頭からビデオを手放せない。

 セレモニーが終わると、全校生徒で準備体操。昔はラジオ体操であったが、今はストレッチ。ビートルズの『オブラディ・オブラダ』に合わせてストレッチをするのだが、これも時代なのだろうか。そう言えば、大学に入ってラグビー部の門を叩いた時、一番初めに高校との違いを感じたのが準備運動でのストレッチだった。小学校でももうラジオ体操の時代ではないと言う事だろう。

 注目はやっぱりかけっこ。娘は女の子だから、あまり力を入れるつもりはなかったが、息子には1等賞を義務付け。いつも運動会の後は寿司に行くのが我が家の習わしなのだが、息子は妻から「1等でなかったらお寿司はなし」と言い渡されていた。娘には義務付けないのに息子には義務付けたものだから、息子は不満気であったが、我が家では「1等賞か否か」という○×の価値観しかないのである。蓮舫さんに聞かれても、きっぱりそう答えるだろう。

 そんな息子には9月に入ってから、かけっこの週末特訓を重ねて来た。義務付けるだけして放置するような事はしない。幸い組み合わせにも恵まれ、息子は注目のかけっこで堂々ぶっちぎりの1等賞。そしたら、なんと娘も最初の下馬評を裏切っての1等賞。姉弟そろってのアベック1等賞となった。赤い「1」の旗の下に並ぶ子供たちの姿に満足・・・

 娘が一番力を入れていたのが組体操。友達と一緒にピラミッドを始めとする技を披露。クライマックスは3段タワー。「親ガメの上に子ガメ、子ガメの上に孫ガメ」方式で、3段式でしかも立ってのタワーだけに、難しかったらしい。終わった瞬間、娘を始めとして何人かの女の子が感涙。いつも父親に似てクールな娘にしては、珍しい一面だった。

 当初は台風の影響で雨かとの予報もあったが、結果的には好天に恵まれて何よりだった。夜は恒例のお寿司。義理の母と妹夫妻と一緒に“がってん寿司”で舌鼓。息子も堂々と大好きなサビ抜きサーモンをオーダーしていた。

 娘は来年から中学生。また姉弟それぞれ別々の運動会に行かないといけなくなるわけだ。それはそれでまた楽しみと言えるかもしれない。最初にして最後の姉弟揃った運動会。無事に終わって何よりだったのである・・・

     


2012年9月22日土曜日

勉強が楽しい

ただいま中学受験勉強中の我が娘。
目標は地元都立中高の一本勝負。
そんな娘はけっこう頑張って勉強している。
夏には自ら志願して合宿に行き、夏期講習にも通った。
こちらからけしかけたわけではないのに、である。

そんな娘に何気なく聞いてみた。
「勉強楽しい?」
すると間髪を入れず、「楽しい!」との答えが返ってきた。
勉強を楽しめるというのは良い事だ。
勉強は強制されたり、嫌々ながらやっても何ら身につくものではない。

そういう私も勉強は好きだった。勉強が好きなどと言うと奇異の目で見られそうな気もするが、堅苦しい“勉強”と捕えるからそう思うわけで、例えば“クイズ”だと思えばそうは思われない。
「A君とB君が周囲10キロの池の周りをそれぞれ反対方向に走ります。A君は時速8キロ、B君は時速10キロで走った時、二人が出会うのは何分後ですか?」
という問題を「算数の問題」と捕えるか「クイズ」と捕えるのかで、イメージは変わってくる。

私はもともとアルセーヌ・ルパンなどの謎解きモノは大好きであったし、今でも数独を初めとしてパズルモノは大好きで、すきま時間を利用してやったりしている。数独などはあれこれと数字を推理していくものであるが、算数などはいろいろな問題に対し、公式などを駆使して解いていく謎解きそのものだし、そういう謎解きが好きであれば苦にならない事である。

歴史も大河ドラマだと思えば苦にならない。「逆説の日本史」シリーズなどは面白くてずっと読み続けている。確かに年号を覚えたりするのは大変なところはあるが、連続ドラマととらえれば日本史も世界史も面白く、受験勉強も苦ではなかった。

正直言ってさすがにすべての勉強が楽しいと言うわけでもなかった。物理・化学といった「想像力だけではついて行かれない」ものは苦手だった。高校時代唯一赤点を取ったのは化学だったし、自分なりに勉強してもそれだったから、興味の範囲から外れてしまうとそういう部分は出てきてしまう。

英語は中学で習い始めた最初から“勉強”などという意識は持った事がない。既に「洋画を字幕なしで観たい」という願望を持っていたから、英語の授業はそのためのトレーニングだった。大学受験では英語が重視されていたから、特に時間を割いたが、英字新聞を読みFENのラジオを聞いたりしたのもすべてその一念だった。


実は今でも毎朝英語版CNNのネットニュースを読んでいるが、これもそのためだ。言い方を帰れば「毎朝英語の勉強をしています」という事になるが、本人はそんなつもりは毛頭ない。
人は誰でも知らない事を知りたいと思うものだし、謎解きもそうだと思う。義務と考えるから嫌になるのかもしれない。私はもともと好奇心旺盛な方だと思う。だから余計隣で何かやっていれば気になってしまうところがある。

大学時代は、熱心に授業に出席する“真面目な学生”だった。ラグビー部の友人たちは、なるべく授業に出なくて済むようにしていたが、私はラグビーの練習スケジュールを睨みながらたくさんの授業に出た。1コマ90分として、友人たちは週平均5コマ出ていればいい方だっただろうが、私は12コマ出ていた。それはもちろん、授業料を出してもらっている親に申し訳ないという気持ちも半分あったが、残り半分は好奇心だった。そしてそういう学生生活は苦でも何でもなく、むしろ楽しんでいたのである。

娘も算数は謎解きの過程が面白いようである。国語も作文は好きなようだし、社会も理科も面白いと言う。ただ歴史は苦手らしい。そういうところは、歴史の楽しさを語ってあげる事で解消できれば、とも思う。

これから受験まで残り半年を切った。受験は受験でできる限り頑張ってほしいと思うが、それ以上に「勉強を楽しい」と思う気持ちは失わないでもらいたいと思う。「MASTER・キートン」では、ユーリー・スコット教授が、「人間はどんなところでも学ぶことができる。知りたいという心さえあれば」と語っている。そういう「知りたい心、解きたい心」をずっと保っていてほしいと思う。

それは娘だけではなく、自分もそうあり続けたいと思うのである・・・
    

 

2012年9月15日土曜日

野球観戦②

 先日、東京ドームに野球観戦に行った。
ナイターがあるからだろうが、ドーム周辺も華やいだ雰囲気で、久々の観戦にいやがうえにも気分は盛り上がる。朝晩は秋の雰囲気があるとはいえ、まだまだ暑い中、ドーム内はエアコンが効いている。選手たちも屋外球場と比べたら随分楽なのだろうと思う。

 チケットをもらって、誘ったのは親父。まあいい機会だから、親子の絆でも深めようと思って敢えて親父を誘ったのだ。思い起こせば子供の頃、親父は毎晩テレビでナイターを観ていた。もちろん、巨人戦だ。必然的に私も巨人ファンになった。

 小学生の頃だったと思うが、親父に何度か野球観戦に連れて行ってもらったことがある。もちろん、巨人戦だ。あの時はわざわざチケットを買ったのだろうか、それとももらったのだろうか。そんな昔話も観戦の合間に聞いてみようと思っていた。

 先日観に行ったのは巨人・広島戦。バックネット裏の席だったが、そう言えば昔親父に連れられて観に行って、一度だけバックネット裏で観戦した事がある。当時は後楽園球場だった。偶然ながら、あの時も巨人・広島戦だった。相手投手は当時の広島のエース外木場だったと記憶している。

 試合中、ファールボールが我々の頭上高く上がり、ネットを越えて落ちてきた。落ちたのは、離れたところだから慌てる必要はまったくないのだが、すばやく後ろの席に目を向けた。実はそれには訳がある。
 その昔、バックネット裏で観戦していた時も、同じようにファールボールが落ちて来た。周りの人たちは逃げようと尻を半分浮かせるような感じだったと思う。野球をやっていた私はボールの行方を見切って、動じることなく平然と座っていた。次の瞬間、頭から水浸しになった感覚に襲われた。気がつくと、後ろに座っていた女の子が慌てて逃げようとして、手に持っていたコーラを私にぶちまけたのだ。その時、注意すべきはボールだけではないと学んだのだ。

 そんな話を思い出しながら親父に話しかけたら、何と親父はそのエピソードばかりか、野球を観に行った事すら覚えていないと言う。確実なところで3回は一緒に観に行っているのに、だ。3塁側の席に座った時は、王選手がホームランを打った。ゆっくりとダイヤモンドを一周する姿が今でも脳裏に焼き付いている。行ったのは確かに間違いがない。なのに全く覚えていないというのは、キツネにつままれたような気がする。

 それはまるで、三島由紀夫の小説「豊穣の海」のラストで、尼になっていた聡子が松枝清顕の事をまったく覚えていないと語り、読む者に衝撃を与えたシーンのようである。覚えていないと言われてもそれで事実がひっくり返るわけもなく、私の中にはあの時の記憶はしっかりとある。私には弟がいるのだが、観戦に行った3回とも親父と二人きりだった。弟には申し訳なく思うが、長男の特権という事だ。あの頃の後楽園球場がどうだったか、はっきりと覚えているわけではないが、たぶん球場の雰囲気は変わらない気がする。ただまばゆい照明の向こうにあるのが、夜空ではないというだけのように思う。

 その夜、親父からメールが来た。「今度は生涯忘れないと思います」と書かれていて、思わず笑ってしまった。1年前に私が貸した東野圭吾の『容疑者Xの献身』。1年後に自分で買って、「これ面白かったぞ」と真面目な顔をして私に読むように勧めた親父。指摘されてもなお読んだ事を覚えていなかった親父であるが、今度はたぶん忘れないような気がする。

 親父を誘ったのは正解だった。期末で仕事は忙しいのだが、敢えて無理して時間を割いて行っただけの事はあった。親子揃って喜び表現が不器用なのだが、何となく親父の嬉しそうな気持ちが伝わってきたようだった。また今度、とも思うが、この次は息子を連れて行く番かもしれない。今度はあの時の親父の立場で。そしたらそれを、忘れないようにしたいと思うのである・・・

     

 
















     

2012年9月13日木曜日

野球観戦①

 昨日、親父と二人で東京ドームへジャイアンツ戦を観戦しに行った。チケットをいただいたので、当初は小学校1年の息子と行こうかとも思ったのだが、次の日学校を控え、あまり遅くなる事も出来ないと思って今回は諦める事にしたのだ。その代わりに誘ったのが親父である。

 もらったチケットはシーズン・チケットで、バックネット裏の前から3列目という絶好のポジション。思いもしなかったので、席についた時は少しばかり興奮していた。ほんの数十メートル前にバッターボックスがある。ピッチャーの投げ込んだボールが、キャッチャーミットに収まる音が心地良く響いてくる。

 そう言えば東京ドームでの野球観戦も久しぶり。たぶん、7~8年くらい前に、「ほとんど外野の一応内野席」で観た時以来だろう。やはりテレビで観るのとはまったく趣が違う。応援団を中心とした歓声やざわめき、ビール売りの声までもが一体となった、何とも言えない雰囲気は、やはりテレビでは味わえない。

 ジャイアンツの先発は笠原。正直言って、子供の頃からのジャイアンツファンと言っても、最近は“ペーパー”ファンだから、知らない選手だった。それでも投げるボールの迫力に、いつの間にか魅入っていた。席が席だからか、球種もストレートと変化球の違いはわかる(残念ながらカーブなのかスライダーなのかまでは見分けはつかなかった)。

 テレビだとおそらくわからないところも、けっこうわかった。ピッチャーの投げたボールの早さは、やはり凄い。それを打って内野にゴロが飛ぶ。自分だったら、絶対取れないと思うゴロをプロは難なくさばいて一塁に投げる。いつもテレビで観ている“平凡な”内野ゴロが、けっこう凄いものだとよくわかる。

 選手の仕草もまた球場ならではだろう。広島の4番はエルドレッドという外人選手。初めて見た選手だが、ツーアウト満塁の大チャンスに見事三振。スリーアウト・チェンジで守りにつくのだが、ヘルメットをベンチの方へ投げて、そのまま自分のポジションであるファーストへ向かってトボトボと歩きだす。ベンチから控えの選手がグラブをもって追いかける。大チャンスに三振した割には、エ
ラそうだった・・・

 ちなみにそのあともツーアウトから三振して、やはり悪びれることなくファーストへ歩いていく。わずかな距離なのだから、自分でベンチにグローブを取りに行けばいいのにこの態度。この日2三振で、ジャイアンツファンにはありがたい存在だったが、この態度だけは好きになれなかった。誰もグラブ持って行かなかったら、どうするんだろうとふと思った。どれだけ活躍するのか、ちょっと楽しみな選手だ。

 その他、審判が新しいボールを時折ピッチャーに投げるのだが、それがけっこう早やかったりする。キャッチャーの阿部が、笠原に返球するボールもビシッと早い。さらに投球練習が終わるとさり気なく2塁へ送球する。自分だったら、思いっきり振りかぶって勢いをつけないと届かないだろう。やっぱりプロは凄いと随所で感じる。

 球場もいつのまにか変わっている。ベンチの向こう側の観客席がグラウンドに飛び出している。エキサイトシートと言うらしいが、あそこもなかなか迫力ありそうだ。たぶん収容人員の増強を狙って作ったのだろう。バースデイプレゼントやレディース・シート、ファミリー・シートなどいろいろファンサービスを工夫している。それもテレビの放送が少なくなったためだろうか、などと思ったりもする。

 いつのまにか9イニングが終わり、笠原がプロ初勝利をあげて、ジャイアンツが5-0で広島を破る。同時に原監督700勝のおまけつき。やっぱり野球は面白いと改めて思う。今年は久しぶりにジャイアンツが日本一になるだろうか。ちょっと楽しみにしたいと思うのである・・・


【本日の読書】

V字回復の経営―2年で会社を変えられますか - 三枝 匡 吉原御免状(新潮文庫) - 隆慶一郎







2012年9月5日水曜日

イレズミ

 最近、よく刺青をした人を見かける。
それもワンポイントなどという可愛いものではなく、半袖の腕から手首にかけて一面にけっこう“ご立派”なシロモノである。だが、“その筋の人”かと言えば、どう見てもそんな感じには見えない。どう見ても“一般の人”だ。先日山手線内で見かけた人などは、Tシャツの腕どころか首に至るまではみ出るシロモノだった。

 いつの頃からか、ワンポイントのシールも出回りだした。それと“タトゥー”という英語も一般的になり、“イレズミ”の持つちょっと暗いイメージを和らげている。そのせいか、女性でも胸の空いたところにワンポイントのタトゥーをしている人はよくいて、ついつい目が行ってしまうが、「タトゥーを見ているんだ」と心の中で一所懸命言い訳している。

 しかしこのタトゥー(イレズミでも良いのだが)、夏場はプールへ行くと鬼っ子だ。「イレズミお断り」はどこでも看板が出ている。これは暴力団排除の為であろう。日本では伝統的にイレズミ=暴力団という図式が成り立っている。だから、暴力団排除の方便としてイレズミ禁止を謳っているのだろう。その昔、銭湯に行くと、“立派なモンモン”を背負った人を見かけたものだが、今も銭湯はそうなのだろうか。

 先日夏休みの最後に、子供たちのリクエストで昭和記念公園のプールに行ったが、何人か腕にテープでガーゼのようなものを張り付けている人がいた。一人不自然に大きいものを張り付けていたのは外人さんで、それでタトゥーを隠していたのだった。外人さんからすれば、「イレズミ禁止」は訳がわからないかもしれない。タトゥー文化と刺青文化の違いではあるが、ちょっと気の毒な気がした。ただ、プールの人に、「これは良い、これはダメ」とやらせたら混乱を招くだろうから、仕方ないのだろう。

 そう言えばいつだったか、大阪市役所で職員に対しイレズミの有無調査をやって、回答を拒否した職員が人権問題として訴えると息巻いているニュースを目にした。有無調査だから、「有か無か」答えるのが趣旨だし、公務員であれば職務命令として回答するのが当然だ。だから「何をバカな事を言っているこの勘違い職員め」と腹立たしく思ったが、そんな調査をやる事になったのも、児童福祉施設の職員がイレズミを見せて子供を脅したのだとか言うから呆れる限りだ。

 イレズミで有名なのは「遠山の金さん」の桜吹雪だが、これは善玉。大阪市の例は、やっぱり日本のイレズミは“脅しに使う”ものだという人々の意識をあらわしたものかもしれない。みんながみんな桜吹雪というわけにもいかないし、やっぱり立派なイレズミは威圧感があるのは確か。プールでの禁止も、子供たちが多い事を考えると仕方ないのかもしれない。

 それにしても、善玉のイレズミが日本に定着する事はあり得るのだろうか。もしもそうなら、自分だったらどうするだろう。上腕か胸の大胸筋のあたりにワンポイントのタトゥーなんか入れてもいいかもしれない。だが、その前に鍛えていないとしょぼくれたタトゥーになってしまうかもしれない。

 タトゥーもいいかもしれないが、それよりも昔のような張りのある筋肉に憧れを感じる自分なのである・・・


【本日の読書】

半分売れ残るケーキ屋がなぜ儲かるのか―お金は裏でこう動く - 柴山 政行 プリズム (幻冬舎文庫) - 百田尚樹






   

2012年8月30日木曜日

8月の終わりに

 夏休みも終わり、仕事に復帰した途端、月末業務に多忙を極める日々が続く。それにしても毎日暑い。夏だから暑いのは当たり前だし、夏だからこそ暑い方が良いのだが、とにかく暑い。クールビズで多少は緩和出来ているかもしれないが、それでも暑い。

 先日妻とも話をしたのだが、子供の頃は30度と言えば猛暑だったような記憶がある。30度越えが大きな山だったような記憶があるのだが、今は35度、36度は珍しくなくなっている。事実、今日は群馬で37度だったらしい。これも温暖化の影響なのだろうか。暦の上では秋だと言われても、何を言ってるんだという感じだ。

 しかし、場所によっては事情は違う。北海道は極端にしても、東京からほんの2時間ほどの長野県でもだいぶ事情は異なる。子供の頃、よく長野県は御代田の従兄の家に遊びに行っていた。そこではお盆が過ぎてしまうと、主要なイベントも終わり、すっかり寂しい雰囲気が漂ってくる。地元の学校の夏休みも20日頃までだし、朝晩はすっかり涼しくなってくる。

 従兄の夏休みの終わりとともに、秋の空気を身にまとって上野駅のホームに降り立つと、むっとするような熱気に、文字通り残っている夏を感じたものである。暑いとは言っても、もう蝉も鳴いていないし、鳴いているのはコオロギたちだし、虫たちは一足先に秋を楽しんでいるかのようである。

 考えてみれば、いつも夏は短いような気がする。梅雨が明けるのが7月中頃だとすると、正味1ヶ月程度だろうか。その前後は、暑いとは言ってもプールに入るような事はないから、やっぱり1ヶ月だろう。まあそのくらいでちょうどいいのかもしれない。

 さて、8月も明日で終わり。来年の夏休みはできたらまた海外旅行へ行きたいと考えているが、どうだろうか。そしてそのあとは9月。9月は9月で、また味わいがある。そろそろ果物の中で最も好きな幸水が店頭に出回っているし、さんまのおいしい季節でもある。それ以外にも食べモノがおいしい季節と言うのは、それだけで楽しいものだ。

 我が家では、この週末に、一夏受験勉強を頑張った長女の慰労を兼ねてビュッフェへ行く予定である。たぶん、この日は妻も口癖の「明日からダイエット」を連呼しながら食べるのだろう。この頃は過ぎゆく一瞬一瞬が凄く貴重に思えている。

 9月は9月で一日、一日を楽しみたいと思うのである・・・


【本日の読書】
部下はなぜ、あなたをそんなに嫌うのか? - 小山昇 新月譚 (文春文庫 ぬ 1-7) - 貫井 徳郎







2012年8月23日木曜日

仮面ライダー・フォーゼ

 本日は小学校1年の息子と映画鑑賞。観てきたのは、「 仮面ライダーフォーゼ THE MOVIE みんなで宇宙キターッ!/特命戦隊ゴーバスターズ THE MOVIE 東京エネタワーを守れ!」だ。大人的にはお金を出して観るのは、もったいなくて仕方がないが、息子のためとあれば仕方がない。

 私も子供の頃(たぶん小学校低学年頃まで)は、地元武蔵小山商店街にあった映画館によく東映マンガ祭りを観に行った記憶がある。春休みと夏休みと、それぞれ楽しみにしていたものである。今に至る映画好きの原点でもあり、だとすると息子にもそれを味わわせたい。そう考えれば、手間も料金も大したものではない。

  さてそうは言っても仮面ライダーはやっぱり郷愁をそそられる。私の頃は「仮面ライダー1号&2号」の時代。 一生懸命観ていたし、おこずかいを貯めてライダースナックを買ってもいた。毎回ワクワクしながら観ていたものである。 


 そんな背景もあって、息子が仮面ライダーを観はじめた時は(当時は仮面ライダーWであった)、一緒に観ていたものであるが、最近は観ていない。それに今の仮面ライダー・フォーゼは見るからにカッコ悪く、とても好感が持てない。バンダイでは子供たちの嗜好調査を行った上での自信作らしいが、ダイキン工業のキャラクターである“ぴちょんくん”に似ている事から、もっぱら妻には“ぴちょんくん”と言われてしまっているし、個人的にはとても応援する気にはなれない。しかも変身するのはどうやら高校生。これもなんかおかしな髪型のあんちゃんで、軽いノリがどうも肌に合わない。 

 さてそんなマイナス点は置いておくとしても、肝心の変身後の戦い方もどうかと思う。やたらベルトをガチャガチャと操作し、何やら武器をあれこれ装備し、次から次へと使い分けるのであるが、えらく忙しい。それに銃をぶっ放したかと思うと、剣を取りだしたりミサイルを撃ったりと、何だか己の戦闘能力にアイデンティティというものが感じられない。

 西部のガンマンは拳銃だし、スターウォーズはライトサーベルだし、ジャッキー・チェンならカンフー、そういうアイデンティティがまるでない。昔は、次から次へと襲いかかるショッカーの戦闘員を一人でなぎ倒し、パンチやケリを繰り出し、最後は必殺のライダーキックで締めていた。そうした必勝パターンこそが大事だ。スタン・ハンセンだって、最後は必殺のウェスタン・ラリアットで相手を倒して3カウントを奪っていたが、それこそ観客が最も観たくて、そして最も盛り上がるものだった。今の仮面ライダーにはそういうものはなさそうである。 

 もちろん、それはバンダイが子供たちにグッズを買わせようとしているからであり、それがベースになっているからどうしても武器が多くなる。変身ベルトだって、仮面ライダー1号&2号の頃は真ん中で風車がくるくる回るだけだったが、今はあれを差し込んだりこれを差し込んだり光ったりと何がなにやらわからない。これで良いのか、と正直疑問だ。 

 今日の映画でも友情だ、絆だと叫ばれていた。それでパワーアップしてしまうのも凄いと思うが、それがそんなに大事なのか。仮面ライダー1号も2号も、不本意ながらショッカーに改造人間にされてしまい、その事実を隠し、正義のためにショッカーと戦っていた。みんなで戦うのもいいかもしれないが、孤高の戦いも己を強くする。 

 また、昔は強敵を前にして、特訓をしてさらなるパワーアップを図っていた。友情でパワーアップするのもいいが、子供たちに努力して力をつける姿を見せる事も大事な気がする。これから運動会もあるが、本番で必要なのは「頑張れ~」という言葉よりも、「もう一回やってみよう」という地道な練習の繰り返しだ。 商売ももちろん大事なのだが、こういうヒーローモノにはもっと大事にしてもらいたいものがある。

 劇中には次の仮面ライダー・ウィザードが登場。引き継ぎにもそつがない。それはそれで良いのだが、次はもう少し実のあるモノを期待したいものである。その前に息子もそろそろ仮面ライダーを卒業する時期かもしれないが、どうだろう。卒業したら、もう観る事もないのだろうから、今のうちに楽しんでおいて欲しいと思うところである・・・

【本日の読書】          
2015年までは通貨と株で資産を守れ! - 中原圭介 新月譚 (文春文庫 ぬ 1-7) - 貫井 徳郎






2012年8月21日火曜日

川越水上公園

 夏休みは交代で取る我が職場。例年は競争の少ない7月に夏休みを取っていたが、今年は仕事の都合で7月に取れなくなり、この時期に取る事になった。と言っても、受験生を抱える我が家は旅行にも行けず、この夏はもっぱら日帰りレジャーである。

 そんな夏休み初日。子供たちのリクエストは「プール!」。と言ってもサマーランドや豊島園や昭和記念公園など周辺はもう何度か行っている。たまには違うところ、と考えて探したのが“川越水上公園”。実は近所でも“御用達”の所にしている人が意外に多かったのである。

 関越自動車道の川越インターから降りて程なく。なんと我が家からは30分で行けてしまう事が判明。サマーランドや昭和記念公園よりも、時間的にはずっと近い。しかも大人700円に子供200円、ファミリーチケット(大人2名・子供2名)だと1,600円と懐にも優しい。

 肝心のプールは、流れるプールに波のプール、ウォータースライダー3種に50メートルプールにその他プール、我が家には関係のない幼児用プール×2も加えるとかなりバラエティーに富んでいる。さらに飛び込み用プールまであって、なかなかである。

まだまだ夏の太陽と青空と雲を眺めつつ、浮輪につかまって流れるプールで流されているのはなかなかの気分。と言っても子供たちがあまり放っておいてくれず、長時間脱力放心とまではいかない。

縦50メートルの競泳用のプールを見つけると、娘は相変わらず「競争しよう」と言ってくる。まだまだ余裕で、いいよと受ける。クロールでスタートし、25メートル付近までは娘のスピードに合わせて加減していたが、25メートル付近を過ぎてから体が動かなくなってくる。


 最後は他の人に阻まれてしまったが、まともに50メートルで競争したらやばいと感じる。己の体力もここまで落ちていたのかと、愕然とする。娘はそのあと、一人で続けて3往復ぐらいして涼しい顔をしていたが、やはり体力で負けるというのは気分的な衝撃は大きい。ラッシュガードでたるんだ体は隠せても、衰えた体力は隠しようがない。

変わったところでは飛び込み用のプールだ。水面から1メートルくらいなのだが、園の中の船の形をした建物の中に水深3.5メートルのプールがあるのだ。

度胸試しに小学校1年の息子に挑戦させる。結構意気地なしなのだが、何とかなだめすかしてやらせる。ハラハラしていたのは親の方で、当人はあっさり飛び込むと足などまったくつかないプールを20メートルほど泳いで上がって来た。大人でもビビって足から飛び込んでいたから、まぁ大したものだとホメておいた。

お盆の時期は過ぎているし、割と空いているのではないかと期待していたが、やっぱり学生が多いようだった。高校生あるいは、大学生くらいのグループが結構目についた。友達同士、あるいはカップルでといずれでも楽しめるのだろうと思う。そんな若者たちの姿を見ながら、自分の過去の経験を思い出してみたりもした。

閉園時間の5時まできっちりと遊び倒す。子供たちはまだまだ遊びたそうだったが、閉園時間ではどうしようもない。また連れて来てあげると約束をして帰路についた。帰ってきて気がつけば赤ら顔。そう言えば日焼け対策をまったくしていなかった。まともに水面上で露出していた腕と顔が真っ赤っか。あとあと尾を引きそうである。

それにしても、やっぱりもう少し運動しないといけない。わかってはいるものの、ついつい「時間がない」と言い訳しているが、そろそろ何とかしないといけないかもしれないと、改めて考えさせられた一日であった・・・


【本日の読書】
新月譚 (文春文庫 ぬ 1-7) - 貫井 徳郎







2012年8月16日木曜日

尖閣諸島の守り方

北方領土にロシアのメドベージェフ首相が訪問し、続いて竹島には韓国の李大統領が上陸し、そして今度は尖閣諸島に香港の活動家が上陸、とここのところ我が国の周辺では寄ってたかって周辺国の攻勢が続いている。野党やマスコミは、政府が何をしたところで批判するだけだからいいだろうが、野田総理も心労が絶えないだろう。

このうち北方領土と竹島は、ロシアと韓国に取られてしまっていて、取り返すのはなかなか大変だろう。だが尖閣諸島は日本が実行支配している。
こちらは守らないといけないので、少々意味合いが異なる。

今回も活動家が不法に上陸し、逮捕したまでは良いが、さっそく中国は即時釈放を求めている。断れば前回の漁船の時のようにレアアースの禁輸だとか邦人の身柄拘束とかで圧力をかけてくるだろうし、即時釈放に応じれば、野党やマスコミは「弱腰」と無責任に批判するだろう。これもまた対応は大変だ。

そもそもは石原さんが買い取るなどと言い出したのが発端だろうが、この問題は事あるごとにいつまでも尾を引く事になるだろう。
相手が中国だけに対応は難しい。
どうしたら解決できるのか。

かつて鄧小平さんが、「次の世代はわれわれより賢明で、実際的な解決法を見つけてくれるかもしれない」と言ったが、我々はまだまだその賢明な世代ではないのかもしれない。
実際、中国が軍事力を使って上陸してきたら我が国は為す術はないだろう。
国際世論など蛙の面に何とやらだ。
安保があると言ったって、対中国でどこまでアメリカが軍事力に訴えるかは疑問だ。

アメリカは自国の利益になれば、イラク戦争のように国際世論を無視しても戦力を投入するが、日本の端っこの小さな島となるとどうだろう。
と言って、自力で守るのも今の日本だとまず無理だろう。
「東京に核を落とす」と言われたら、たぶん引きさがらざるを得ないだろう。
本気で自力で守ろうとするならば、たぶん元航空幕僚長の田母神さんが主張するように、核武装するしかない。だけど、そこまでの覚悟は日本人には無理だろう。

そこで個人的に考えたのは、“米軍基地化”というアイディアだ。
基地化と言っても本格的なものである必要はない。
通信施設程度で十分だろう。
米軍に賃貸して通信設備でも置いて、星条旗を掲げておくのだ。
そうすれば、さすがに中国軍は手を出せない。
活動家が上陸しても、米軍に引き渡せば良い。

米軍が即時釈放しても、それは米軍の判断であって政府は責任を逃れられるし、中国から抗議が来ても、「米軍に言ってくれ」で済んでしまう。
賃料など月々1万円くらいにしておけば、米軍の負担もない。
“場外”では騒がしくなるかもしれないが、それでひとまず安泰だと思う。

ずるい手法だが、あちらもこちらも立てようとすれば、仕方ないかもしれない。
何とか知恵を絞っていくしかないが、こんなアイディアはどうだろうかと思う。
うまい方法だと個人的には思うのである・・・


【本日の読書】

2015年までは通貨と株で資産を守れ! - 中原圭介 運命の人(一) (文春文庫) - 山崎 豊子





2012年8月11日土曜日

夏の日思うまま

そろそろ世間も夏休みが本格化しているようである。
通勤や日中の外出時に、リュックを背負った子供連れのお父さんをよく見かける。
工場などのように一斉に休みを取るところから、我々のように交代で休みを取るところ、あるいは取れないところ、いろいろあるのだろう。
たぶん、ピークは今週末から来週半ばまでのお盆だろう。

新幹線のディスカウントチケットもこの時期は使えない。
昔の丁稚奉公などは、休みは年2回の藪入りだけだったようであるから、今の時代は遥かに恵まれている。年2回どころか週休2日制だし、欧米の1ヶ月には及ばないが、夏休みは一応10日間も取る事ができる。先人たちの苦労の賜物と言えるが、誠にありがたい事だ。

連日のロンドン・オリンピックで世間は湧いている。
私も興味はあるのだが、ゆっくりテレビの前に座って観戦している暇がない。水泳・柔道・レスリングあたりの競技はゆっくり観たいのだが、優先順位をつけていくと睡眠時間が先に来てしまう。日本は、メダル数では過去最高とかなり頑張っている。しかしながら、金メダルが少ないのが
ちょっと残念である。

金メダルを取って欲しいと思うのは、何も一番だからという理由だけではない。
金メダルを取った選手が、表彰台に立って日の丸が揚がり君が代が流れる。
これが大事だと思う。まだまだ国家と国旗に背を向ける不届き者(特に教師)が数多い。
そういう者たちに、日の丸を背負って頑張った成果を見せつけてやってほしいと思うのである。

そうこうしていたら、韓国大統領が竹島上陸というニュースが飛び込んできた。かなり挑発的な行動だ。一説によれば国内に反日姿勢をアピールするという狙いもあるようだが、黙って見ているのも問題だ。竹島は敗戦のどさくさにまぎれて韓国に占領されてしまったのが問題の発端。うまくやられたとしか言いようがないが、もっと取り返す努力をしてもいいところだと苦々しく思う。

国際司法裁判所に提訴するという意見もあるようだが、国際司法裁判所は当事国双方の申し立てがないと審理が行われない。ところが、そんなところで公平に裁かれたら100%負けるとわかっている韓国は応じるはずもない。そこで終わってしまうのが日本の弱いところ。
アメリカみたいにルールを無視するのも問題があるが、ルールを変えてしまうのも方法の一つだ。日本はIMFをはじめとして、かなりの金銭的な貢献を国際機関に対してしている。札束攻勢で国際司法裁判のルールを変えてしまうのも欧米流のやり方でアリだと思うのだが、どうだろうか・・・

それにしても、「お上=権威」に頼ろうとするところはやっぱり日本人だと感じる。
相対で決着をつける事を良しとせず、「お上に決めてもらう」=「公平」という伝統的な感覚がここでも発揮されている。
直接殴り合って後に禍根を残すよりも、公平に決めてお互い恨みっこなしとする知恵とも言える。良い悪いはともかくとして、「和をもって貴しとする」我が国民性の現れだと思う。

報復として総理が靖国神社へ参拝に行っても面白いと思うが、そうすると今度は中国を刺激してしまうからうまくはない。経済協力を棚上げにするとか、もう少し積極的に「日本を刺激したらまずい」という対応を政府には期待したいところだ。

それにも増して、国民の間でももっと問題意識を持つべきだろう。韓流ブームなどと浮かれている場合ではないと言いたいところだ。目を転じれば、親日的な国がアジアにはたくさんある。台湾などはその筆頭だ。中国への配慮もあって政府が及び腰なのは仕方ないが、もっと関心を持ってもっと仲良くすべき相手だ。「汝の敵を愛する」のも大事だが、「汝を愛してくれる人」を大事にする方がもっともっと大事だと思う。

個人の信念として「反韓親台」は貫いて行きたいと、改めて思う。
そんな事につらつらと思いを巡らしてみた一人っきりの週末である・・・
    

2012年8月4日土曜日

MASTERキートン

 子供の頃から漫画少年だった私は、買い集めたコミックをほとんど実家に残してきた。たぶん3~400冊くらいはあったと思うが、今ではどうなっているのだろう。実家の倉庫の奥深くに、もしかしたらまだ眠っているのかもしれない。しかし、どうしても手放せなかったものがあり、それは今でも我が家の本棚に秘匿されている。

 その一つが「MASTERキートン」だ。主人公は、日本人を父にイギリス人を母に持つ平賀=キートン・太一。考古学者ではあるが教職には恵まれず、ロイズ保険組合のオプ(調査員)で生活の糧を得ている。妻はやはりイギリス人だが、今は一人娘を日本に残しイギリスに帰ってしまっている。

 そんなキートンだが、実はイギリスのSAS(特殊部隊)出身でサバイバルの達人という一面を持っている。人情味あふれるエピソード、繰り広げられる格闘とがミックスされて毎回ストーリーは展開されていく。

 キートンは、普段はおっとりしていて、娘の百合子にたしなめられる事もしばしばの優しい男だが、経歴が示す通り格闘においては部類の強さを発揮する。それも腕力を振り回すと言った類のものではなく、むしろ知恵を使ったものが中心。サバイバルも格闘も、身の周りにあるものを巧みに利用するという点で共通している。

 タイトルの由来は、研究者としては修士(MASTER)でいずれ論文を書いて博士号を取りたいと思っている部分と、かつてのSASの師匠から「戦闘のプロとしては甘すぎる。せいぜい達人(MASTER)どまりだ」と言うセリフから来ている。子供の頃には、「人生の達人(MASTER)」になれるよ」と言われた事もある。「ごく普通の人物がいざとなったら強い」というパターンは、水戸黄門から始って必殺仕事人等に至るまで日本人に人気のあるパターンだ(アメコミもスーパーマンなどのスーパーヒーローはそうかもしれない)。

 第1巻では「砂漠のカーリマン」という話が出てくる。ウイグルの砂漠地帯で地元民を怒らせてしまった日本の発掘隊。地元部族に砂漠に置き去りにされる。そこに巻き込まれたキートン。初めは砂漠にスーツで現れた彼をバカにしていた発掘隊の面々も、キートンのサバイバル技術で砂漠からの脱出を図る事になる。

 実はスーツには直射日光を避け通気性に優れているという利点があったのである。ウイグル語で「生きては帰れぬ」という意味を持つタクラマカン砂漠で、生き残ったキートンらを地元部族民は最後に讃えるというエピソードである。その他体格で遥かに上回るレスリング選手の学生をみんなの前でそれとわからせずに抑え込んでみせたり、人間は訓練された犬には勝てないと紹介した上で、その犬を巧みに素手でとらえてみせる。人質の交渉人になってみせたり、実力で救出してみせたりと、見せ場となるアクションシーンは数限りなく、男の子向けのエピソードには事欠かない。

されどそればかりではなく、人情味あふれるエピソードも数多い。特にIRAの女性活動家のエピソードはなかなか心を打つものがある。彼女は故郷に戻ったところを路上で射殺されるが、他紙は無残な死体で紙面を飾り紙数を伸ばす中、サンデーサン紙だけは彼女の普通の写真を載せる。やがて殺された女性活動家は、既に活動から手を引く事を決めていた事、反IRA勢力から無抵抗のまま射殺された事など事件の真相が明らかになる。

 その事実は、IRAの報復につながると案じるサンデーサンの編集長。しかし彼の元へ女性の母親が訪ねてくる。もう争いはやめようとみんなに訴えたいと。特ダネの大きさから他紙も交えての公表を提案する編集長に、女性の母親は唯一娘のきれいな写真を載せてくれたサンデーサン紙だけにしたいと答える・・・今にしてみれば時代を感じさせるエピソードだが、何度読んでもウルウルしてしまう。

 この漫画から得られるものは多い。男は強くありたいと思うものだが、その強さは必ずしも筋肉に比例しない。いつかドナウ文明の存在を証明したいという夢を追いつつ、学問を追及するキートンの姿を始めとして、ユーリー・スコット教授(娘の名前の元となった恩師)の逸話など学ぶ事の大切さを訴えるエピソードが散りばめられている。

 今また暇を見つけて読み返しているが、改めて名作だと強く思う。「漫画をバカにするなかれ」と言うのは私の子供の頃からのモットーであるが、漫画によって育まれるものは意外に多く、自分の子供にも読ませたい漫画は多い。さしずめこの漫画はその筆頭に置けるだろう。

 いつか子供たちに(娘は女の子だから無理かもしれないが)この漫画を読ませて、感想を語り合えたら良いだろうなと思うのである・・・
    


2012年7月29日日曜日

ウルトラマン・フェスティバル2012

「ウルトラマンフェスティバル2012」に息子と行ってきた。
今年で3年連続であるが、内容としては、展示物とショーにゲームにグッズ販売という内容で、値段(大人:1,800円、子供:1,000円)に見合うとはお世辞にも言えないものである。

 今年はウルトラセブン45周年という事で、展示物はウルトラセブンが中心。パパ的には嬉しい内容であり、昨年一通りビデオで観た息子も同感だったようである。10時開場を目指して行ったものの、到着すると既に長蛇の列。実はあちこちでタダ券が配られていたりするので、その影響もあるのかもしれない。小学生の子供なんているのだろうかと観察していたが、意外と大きな子供もいたりして、我が家の息子がまだ幼稚だとも言えないようで、ちょっとほっとする。まあいずれ近いうちに卒業するのだろう。

 そんな事を思いながら、長蛇の列に並ぶ人たちを見ていると、親子連れに混じって完全に大人一人という人たちがチラホラ。いわゆるマニアなのだろうが、どう見てもマニア受けするような内容でもないと言い切るのは間違っているのだろうかと複雑な気分。

 ショーは45周年のウルトラセブンに花を持たせつつも、主役は息子のウルトラマン・ゼロ。10,000年以上も生きていて、たった45年で世代交代か、などという突っ込みを入れるのは野暮というもの。メインのショーでは、子供たちの「ガンバレ~」という声援に力を得たウルトラ戦士たちの活躍で、地球の平和は守られた。

 このショーは、今年はなかなかの出来で、正直言って入場料の元が少し取れた気分だった。
出口付近にグッズコーナーがあって、ここが息子の最大の目的地。ソフビと呼ばれる人形を買ってもらうのが、何よりの楽しみなのである。もっとも、一体840円のものだが、ちょっと池袋駅まで戻るとビックカメラでは670円、ヤマダ電機では580円で買えてしまう(しかも10%のポイントまでついてしまう)。

 「ここで選んで帰りに買おう」がパパの常套文句なのだが、敵もさる者。「ウルトラマンフェスティバル限定版」のウルトラマン・ゼロ(定価945円)を売っている。ご丁寧に2色あって、息子は赤の「ストロングコロナ」バージョンをゲットして満足気だった。

 このウルトラマンゼロのソフビであるが、どう見ても形は一緒。同じ金型で色だけ塗り替えて、「一粒で2度、3度おいしい」商売をしている。残念ながら、まんまとその手に乗らされてしまった我が家としては、うまいとしか言いようがない。仮面ライダーもそうであるが、少し時間が経つとバージョンアップして2匹目のドジョウを吸い上げるのが巧みだと思う。

 目の前のマニアのお兄さんなんか、赤バージョンと青バージョンをそれぞれ3体ずつ大人買いしていた。我が家の息子のように、帰って戦いごっこして遊ぶのだろうか、などと想像してみる。案外オークションで売ってこずかい稼ぎするのかもしれない・・・

 帰りに怪獣のソフビを一体買ってもらって満足気な息子。何を思ったか、突然「これ取っておいて、子供が好きになったらあげようかな」と言い出す。そろそろ卒業が近いと無意識に感じているのかもしれないが、それにしても気の長い話だ。しかし、そのためには我が家に君臨する「断捨離怪獣」を何とか倒さねばならない。パパでさえ表面上は勝てないのだから、極めて難しい。

 でも3世代で楽しめたら、素敵な事だろう。
円谷プロがそれまで息長く頑張れるだろうか。
60周年くらいだったら、十分期待できるかもしれない。

ちょっとだけ期待してみたいと思うのである・・・



2012年7月25日水曜日

石神井プール

 いよいよ夏も本番という感じになってきた。この時期、子供たちは何と言ってもプールが一番の楽しみのようだ。せめて水だけは怖がらないようにと思って、二人とも幼児の時よりスイミングに通わせてきたが、その成果もあって水は怖がらないし、徹底的に楽しんでいる。

 豊島園から昭和記念公園、サマーランドと家から行けるプールには毎年どこかへ言っているし、沖縄やグアムに行った時もプールは最優先事項だった。ウォータースライダーなんかがあるところだと、子供たちは何度も何度もエンジョイしている。今年は少し新しいところを開拓しようと相談しているところである。

 一方で近所にある石神井プールは、お手軽に子供たちと行くことのできるプールである。区営なので安いし、自転車で気軽に行けるので、午前中とか午後とかちょっと空いた時間に行くなどという事も簡単にできる。今年は14日に始めて行って来た。

ここのプールに来ているのは、基本的に子供。
圧倒的な子供とプラスして親がついている状態。
妻は「近所の人に隠している体型がばれたらまずい」と言って行く事はない。
したがって、いつも連れて行くのは私の役目である。

 そんな状況だから、「目の保養」などは端から期待できるものではない。子供の喜ぶ顔が唯一の目的なのである。とは言え、先日は若いカップルが来ていた。そうなると興味津々である。「目の保養」という意味ではなく、「何でこんなところに来ているのだろう」という興味の部分である。妻に話したところ、「私だったらそんな所に連れていかれたら、すぐ別れるわ!」と例の如く予想通りの返事が返ってきた。今の若者は堅実でつつましいから、こういうところでもいいのだろうかと興味は尽きない。

 トドのような裸体で寝そべっているお父さんがいる。子供はきっとプールの中だろうが、立派な裸体を拝見すると、自分もシェイプアップしなければと強く思う。こちらはラッシュガードを愛用しているから、何となく締まった感覚でいられる。風呂上がりの己の裸体を見ると、最近は嘆かわしく思うが、やっぱり外でご立派なメタボリックボディを拝見すると、いい刺激になる。そういう利点がプールにはあると言える。

 娘はすぐ「パパ、競争しよう」と言ってくる。人が少なくなった合間を見計らって、挑戦に応じる。25メートルを3/4ほど泳ぎ、圧倒的に差をつける。まだまだ娘には負けない。ただ、残り1/4を残して泳ぐのをやめたのは、ゴールするまでもないと余裕の勝利をアピールしながらも、実は両足をつってしまった結果だと言う事は伏せておく。これが正式な競泳だったらかなり無様な負け方をしていたところだ。

それにしても冷たい水は気持ちが良い。
プールの中で時折浮かんだりして自分でも楽しむ。
そう言えば子供の頃は、目黒にある区民センターに友達とよく行っていたものである。
何の変哲もない50メートルプールだけだったが、それなりに結構楽しんだ。
石神井プールも同様だが、子供たちは実に楽しそうである。

 夕食時、「パパあんまり動いていなかった」と子供からするどい指摘を浴びる。
「混んでいたからな」と誤魔化したが、せっかく行っているのだし、今度はもう少し体を動かそうと反省する。これからも、お手軽プールとして、すきま時間に子供たちと通うつもりである・・・

【本日の読書】

じゃんけんはパーを出せ!~ビジネス解決力が身につく「ゲーム理論」~ - 若菜 力人 謎解きはディナーのあとで 2 (小学館文庫) - 東川篤哉







2012年7月19日木曜日

ツイッター

フェイスブックとほぼ同時に登録したツイッター。
まあ取りあえずやってみようと一歩を踏み出したわけである。
ところが、いざ呟こうとしても、どうも勝手がよくない。
そもそもツイッターの場合、フォローしていないとその人の呟きは拾えない。
逆に言えばフォローされていないと呟いても聞いてもらえない。
つまりそれはトイレで独り言を言っているようなものではないかと思ったのである。

それでも取りあえずは知り合いからフォロー。
なるほど、日々の些細な出来事をつぶやいていて、それを読むのはそれなりに面白い。
そのうち有名人のつぶやきが目につくようになる。
ツイッターはクリック一つで簡単にフォローできる。
フェイスブックは友達にならないとダメだから、有名人なんて基本的に無理だろう。
(相手の設定によっては見る事だけはできる)

そんな感じで目についた有名人をフォローし始める。
橋下徹、猪瀬直樹、竹中平蔵、蓮舫、河野太郎、松田浩太、中田宏、福島みずほ・・・
やはり政治家が多くなるのは、個人の嗜好を反映しているのかもしれない。
孫正義、藤田晋、三木谷浩史、Bill Gatesといった経営者もいるが、正直言ってあまり面白くない。田中将大、ダルビッシュ、浜崎あゆみ、田原総一郎などは、勢いでフォローしたが、これも今一。居酒屋社長に高成田享。友人知人はやっぱり顔が見えるせいか、しっかり読ませていただいている。

基本的にこれは政治家向きかもしれないと感じる。
とくに橋下さんのはマメに読んでいるが、論点が明確でわかりやすい。
難を言えばツイッターは字数制限があるため、主張がコマ切れとなる。
新しい呟きが上に来るから、自然と結論から読む事になる。
遡って読み返すのがちょっと大変だ。
だが、普段何しているかわからない政治家も、こうしたツイッターを見ると、こんな事をしているのか、考えているのかとわかるのがいい。

変わり種は元航空幕僚長の田母神俊雄氏だろう。
この人は侵略戦争否定論文で有名になった人だが、その主張はその後もまったくブレていない。「日本核武装論」なんかも展開しているから、普通の人が聞いたら危険分子としか見ないだろう。だけど、よくよくその真意を聞けば、賛否は別として非常に筋が通っている。
ある意味我々日本人は「戦争と平和」論においては、一定の考え方に呪縛されているから、こういうモノの見方に触れて考えてみるのはいい思考トレーニングになると思う。

自ら呟くのはやっぱり反応がわかるフェイスブックの方が面白い。
だが、しっかりとした意見をきっちり読めるのはツイッターだ。
両方とも毎日アクセスしているが、当分はこういう「使い分け」が良さそうだと思う。
それにしても、そんな事やあんな事で、ますます時間が足りなくなっていく日々が恨めしいのである・・・


【本日の読書】

小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ - 平川 克美 ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門 - 木村尚義






2012年7月14日土曜日

教師と親と・・・

 小学校6年の娘のクラスは今問題を抱えている。男の子を中心に反乱が起こり、女性の担任の先生はとうとう休職に追い込まれてしまった。緊急、そして臨時と二つの保護者会が開かれたものの、校長先生は問題先送りに終始(ええ、その件につきましては新しい先生が来ました時に・・・)。だいぶ父兄の顰蹙を買ってしまったようである。

中心となっている悪童が一名(悪童1号)。
その影響下で共に行動しているのが2名(悪童2号、3号)。
雰囲気によって影響されるその他大勢という構図。
対応策として、親が教室で見張りをする事に。

ところが毎日出てくるのは悪童3号のお母さんだけ。
中心となる1号のお母さんは仕事もあってほとんど来ない。
学校公開の時にはみんなに交じって来たものの、その場でも態度の悪い我が子を注意しようともしない。そうしたスタンスに、父兄の中からも疑問の声も上がっている。

担任代行の副校長は、妻に言わせると「言っている事は正しいが、言い方がまずい」。
副校長の対応にも疑問の声。そして臨時保護者会では、ついに副校長と悪童1号のお母さんが真っ向から衝突。筋から言えば副校長の方が全面的に正しいが、そのモノ言いに悪童1号のお母さんが逆ギレしてしまったらしい。どっちもどっちで、非常に居心地の良くない保護者会になってしまったようである。

当事者以外には面倒な事態である。
まずは根本的な原因として悪童1号の問題行動がある。
そうした行動がどこから来ているのか。
転校生だと言うが、親の言動からすれば家庭環境に問題があるのかもしれない。
真の原因がわかれば、必然的に対応法も決まってくる。

親に正論をぶつけるだけでは解決できないかもしれない。
我が子は誰だって可愛いだろうし、将来きちんとした大人になって欲しいと思うだろう。
それには今ここでしなければならない事がわかれば、協力はしてくれるだろう。
働いていて難しいなら、誰か他に頼るという考え方もある。
保護者会に集まった親に協力を呼び掛けてみれば解決できる問題なのかもしれない。

悪童は悪童、その親はモンスターペアレンツと決めつけないで、彼らが抱えている問題を解決して上げるというスタンスが学校側にあれば望ましい事だ。一番中心となるべき校長先生は、「来年春にはみんな卒業してメデタシメデタシ」と思っていると思われても仕方ない対応振りだ。
・悪童1号を個別に呼び出してよく話を聞いてみる。
・親(できれば両親)と個別に面談して学校での子供の態度を説明し、家庭での様子を聞き、親としての考えを聞く。
面倒だが、私だったらこういう事から始めてみると思う。

今大阪の橋下市長はツイッターで、公務員教師の改革案を盛んにぶち上げている(対象は教師だけではなく公務員全般に広く及んでいる)。「公務員という身分に守られていてはダメだ」という一連の意見は確かに傾聴に値する。だが親の評価を気にするのもいかがなものかと思う。親がいくら文句を言おうと、未来の日本を背負う人間を真剣に育てようとしているのなら、そういう先生こそ支持したいと思うし、そのために身分を心配しなくてもいい公務員の方が都合がいいなら、公務員で良いだろう。

だが、時間が経てば制度も疲弊し、身分の安定こそが第一となってしまうのも摂理なのかもしれない。
「教師は聖職」
「先生の言う事こそが間違いなく正しい」
「学校で先生に怒られたなんて言えば、それだけで家で親父に猛烈に怒られた」とかつて父は語ってくれた。戦前の教育も、部分的には良かったのだと思う。

先生には教育に対する熱意を、親にはそんな教師への信頼と協力こそがあれば良いと思う。
互いの悪い点を探すのは簡単だが、大事なのは悪童1号の未来と同じクラスの子供たちの未来だ。今一度その事実を認識するところから、ほつれた糸を解きほぐすべきだと思う。自分自身、その他保護者の一人として何かした方がいいのだろうか、できるのだろうか。そんな事もあわせて考えてみないといけないだろうなと思ってみたりしたのである・・・
   
  



2012年7月10日火曜日

教師という存在

 少し前の事、母校の高校の校長先生とお話をする機会があった。今年で定年であるという校長先生に定年延長はできるのかと尋ねてみた。すると、我が母校は校長先生の希望者が多くて難しいのだと言う。比較的レベルの高い高校の校長職は、人気のあるポジションらしい。それに大概が教育委員会経験者がなる事が多く、コネのようなルートも暗にあるらしい。いずこも同じようなものなのかもしれない。

 一方それに対して公立小学校の校長職は、人気がないのだと言う。言われてみれば、我が子供たちの通う小学校の校長先生は、今年定年延長して続投している。要するに、「偏差値の高い高校は問題児が少なくて楽」なのに対し、「モンスターペアレンツや学級崩壊など負担の大きい小学校は大変」というわかりやすい理由が背景にあるようである。

 確かに、我が娘のクラスでは、男の子たちの反乱で担任の先生は休職に追い込まれてしまった。緊急保護者会、臨時保護者会が立て続けに開催されているが、問題の矢面にたっている校長先生は、のらりくらりと問題の先送りに終始し、父兄の顰蹙を買っている。副校長は娘のクラスの臨時担任となっているが、気合先行で怒鳴っているばかりで、生徒たちの評判は今一のようである。

 我が妻も、だいぶ腹に据えかねているようであるが、何か言い過ぎれば「モンスターペアレンツ」と言われかねないかという心配もあり、また娘の受験を控えて内申書の事を懸念する気持ちもあって、言いたい事をこらえているようである(そのとばっちりは、もちろん私が全面的に受ける羽目になっている)。そんな状況を目の当たりにし、教師は聖職と言われていた時代があったが、今はどうなのだろうとふと思う。


 週末に高校の同期会があり、久しぶりに同期の面々と顔を合わせると同時に、先生ともお話をさせていただいた。そのうちの一人である数学の先生は、担任ではなかったが、ラグビー部の顧問という事もあって私の事をよく覚えていただいている。生徒から見れば先生は数少ないから忘れようもない。だが先生からすれば、在職期間中に指導する生徒の数は膨大だし、とても覚えきれないだろうと思う。それにもかかわらず、である。

 その数学の先生も担任したクラスの生徒を覚えるので目一杯だと語ってくれた。それでも私の事は覚えてくれていたようで、高校時代の私のエピソードも話してくれたりしてありがたく思った。ラグビーの“ラ”の字も知らないのに顧問を引き受けていただき、休日の試合にも足を運んでいただき(顧問が付き添わないと対外試合はできなかった)、それはすなわち休日出勤なわけで、今から思えばありがたかったとつくづく思う。

 小学校から大学までの16年間を振り返ると、多くの友人たちと共に先生の思い出もある。
記憶に残っている先生もいれば、そうでない先生もいる。ただ覚えているというだけでなく、印象深く心に残っている先生は、何となく我々に対する愛情が深かった気がする。先生もやっぱりサラリーマンなので、我々サラリーマンが日々感じているような事を感じていたのだと思う。そんな中で、生徒に対するスタンスこそが、生徒の心に残るか否かを決めるものなのかもしれない。

 自分の仕事が相手の人格形成や学生生活に影響を与えるという意味では、先生の仕事というのはやっぱり意味合いが大きい。今でも十分“聖職”なのだと思う。単なる就職口の一つとして考えるのではなく、楽だからとか、大変だからとかを判断基準にして欲しくないような気がする。先生の社会的地位も、もっと高くないといけないのかもしれない。

 戦前の姿が良いか悪いかは別として、社会的な地位が高ければ、もっと使命感に燃える先生が集まってくるのかもしれない。当然、先生を見下すような親の態度は論外だ。年下の先生であっても「先生は先生」というムードが出来あがれば、もっと違うのかもしれない。親として先生に物申すことがあっても良いと思うが、その根底にはやはり先生を敬う心も必要だろうと思う。

 週末の夜に、つらつらとそんな事を考えたのである
・・・


【本日の読書】
お金の科学 (サンマーク文庫 し 5-1) - ジェームス・スキナー ロシア最強リーダーが企むアメリカ崩壊シナリオとは? プーチン 最後の聖戦 - 北野 幸伯





2012年7月7日土曜日

決めた!

 初めてアメリカに行ったのは、1999年の事だった。ラスベガスに遊びに行って、カジノそのものよりも街全体がレジャータウンという雰囲気に圧倒され、毎日睡眠時間3時間で街を堪能した。一方その時感じたのは、「アメリカ人はデブが多い」という事だ。それも小太りなんてかわいいものではない。もともと体格がでかいから、関取かと思うくらいのレベルだ。

 あるレストランに入った時の事だ。ちょっと小腹が減ったからなのだが、もう夜中だった事もあって(深夜の12時を過ぎていた)、軽めにシーザーサラダをオーダーした。出てきた一皿に夫婦で目を見張った。何人分かと思うくらいの山盛りだったのだ。隣のテーブルでは、老夫婦がかなりのボリュームのステーキをぱくついていた。後で見たら半分くらい残していて、「もったいない」と思ったものだが、アメリカの問題を身近に感じた旅行だった。

 肥満度を計る際に用いられるBMIは、『BMI= 体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)』で求められる。日本肥満学会ではBMIの値が、
18.5未満=「やせ」
18.5以上~25未満=「ふつう」
25以上=「肥満」
としている(WHOでは25以上を「太りすぎ」、30以上を「肥満」)。

 英ロンドン大衛生熱帯医学大学院の研究チームが発表した調査結果によると、2005年現在、BMIが25を超える「太りすぎ」の超過体重(余分な肉の重さ)は世界合計で1,548万トンで、これを維持するエネルギーを国別に比較した肥満ランキングは、1位が米国だという。また、BMIが30を超える「肥満」の超過体重の世界合計は352万トンで、その3分の1が米国にあるというから、あの時ラスベガスで感じたのは間違いではなかったという事だ。

 調査報告は、さらに全世界が米国並みの肥満者の割合に達した場合、食料の需要は5800万トン増加し、世界の人口が新たに9億3500万人増えるのに相当すると結論付けている。途上国の人口爆発が、世界に深刻な食糧危機を招くという説があるが、その前にもっとなんとかしないといけない問題があるという事だろう。ちなみに先の肥満ランキングでは2位がクウェートで、3位がクロアチア、日本は155カ国中、118番目となっている。何だかイメージと合わない気がするが、日本は優等生と言えるみたいだ。

 こんな事を考えたのも、最近体重が増加傾向にあるからだ。1年前と比較すると5キロ近く増えている。体重だけをみると、学生時代とほとんど変わっていないから、かなり優秀だと言えるかもしれない。しかし、学生時代は鍛えぬいた筋肉を身に着けていた。今は自分でもわかるくらい筋肉は落ちている。贅肉と筋肉とでは筋肉の方が重い。同じ体重でもその“質”は明らかに違う。安心してはいけないわけだ。

 会社で同じフロアーの先輩は、最近体を鍛えているらしい。
夏になって半袖のYシャツ姿を見たら、明らかに体が盛り上がっているのでわかったのだ。
別の同期の男はフェイスブックを見ると、ゴールドジムに頻繁に通っている。
一度体を鍛えた男の本能なのだろうか、この年代でもまだ意欲は衰えていないらしい。
そういう自分も、“意欲だけは”衰えていない。

 恐る恐るBMIを計算してみたら、「25.48」だった。なんと「肥満」だ。WHOの規定では「太りすぎ」だ。学生時代の体型なら笑って認めるゆとりがあっただろうが、今の自分にこの言葉はきつい(ちなみに小数点第2位まで計算しているのは、決して涙ぐましい努力ではなく、計算式がそうなっているからだ)。

 体型がはっきりわかる夏だし、ちょっとそろそろ引き締めないといけないかもしれない。「週末の夜中に映画を観ながらお菓子をつまみに酒を飲む」という行為は、残念ながら少し控えた方がいいかもしれない。「もういいや」と思った時が終わりの時。サミュエル・ウルマンも「青春とは心の持ち方」だと言っているし、「心の肥満」だけは回避しないといけない。

 この夏、せめて「ふつう」レベルに戻そうと思うのである・・・



2012年7月1日日曜日

小沢一郎

 消費税の増税がいよいよ決まる事になりそうであるが、新聞紙上ではそんな事より小沢一郎の動きで忙しい。今さらピントのボケたマスコミに、本当の実態など期待しても仕方がないが、政治家のやっている事はどうもよくわからない。

 消費税の増税によって、何がどう変わるのか。果たして我が国の財政はそれで再建できるのか。できるとしたら、あるいはできないとしたら、次にどうするべきなのか。本当はもっと今後の我が国のあり方を議論すべきだとは思うのだが、マスコミの関心は民主党の造反議員がどうだとか、小沢さんの新党がどうだとか、そんな事ばかりだ。政治家もマスコミも相変わらず嘆かわしいばかりだ。

 言っている事だけを純粋に捕えれば、小沢さんの主張が一番まともだ。「増税だけが先行するのは国民への背信行為で、嘘つきと言われても仕方ない。社会保障、年金、医療も我々の改革案を掲げて政権交代を実現した。それを一切棚上げし増税だけを先行するのは国民が決して納得しない。」問題は、それが本心からなのか、あるいは自分が首相になるための、党内で主導権を握るためだけの詭弁なのかわからない事だろう。

 それにしても、小沢さんと同じく民主党で消費税増税反対・棄権等に回った民主党議員が57人。そのうち、小沢グループが43人だという。マスコミであれだけ叩かれていて、明らかに国民の人気なんてないだろうと思われる小沢さんに、43人もの議員がついていくという事実に興味を惹かれる。

 半数以上が、いわゆる「小沢チルドレン」と言われる当選1回の議員らしいが、なぜ「輿石チルドレン」ではなく、「鳩山チルドレン」でもなく、ましてや「菅」「岡田」「野田」でもなく「小沢」チルドレンなのか。可能であれば、追求してみたいところだ。

 自民党でかつて大権力を誇った田中角栄さんは、アメリカの不評を買って潰されたという話がある。アメリカよりも先に中国と国交を回復し、いち早く中国との友好関係樹立に走った田中角栄の動きを気に入らなかったアメリカは、ロッキード事件で田中角栄を葬ったというのである。事件はアメリカで公けとなり、東京地検特捜部もアメリカ側から次々と証拠が出てきて、非常にやりやすい裁判だったらしい。

 そんな事が頭にあったから、民主党が政権を奪還し、小沢さんが米中等距離外交を謳いだした時、「大丈夫なんだろうか」と思ったのだが、今その通りになっている。本当に裏でアメリカの意向が働いているのかどうかはわからない。ただ、東京地検特捜部が起訴を見送った(すなわち勝てる見込みがないと判断した)陸山会の裁判で、一弁護士が無理やり起訴してしまうなんて動きを見ていると、まんざら嘘でもなさそうな気がする。

 もともと天の邪鬼な性格なだけに、マスコミが狂ったように小沢批判をすると、一層「そんな事はないんじゃないか」と思ってしまう。小沢一郎という政治家の本当の胸の内はわからない。国民の事、我が国の事を真剣に考えているのかもしれないし、実は腹黒くて権力欲だけで夫人の手紙にある通りの人なのかもしれない。

 ただ人間性はともかく、発言だけをとらえると、昔からすっと腹に落ちてくる事を主張している事は確かである。まあ政治家はみんな良い事を言っているのも事実ではあるが・・・先日の菅さんも言っていたが、もう消費税を上げないと日本国の信用が損なわれ、金利が上昇し、それはギリシャのような国家財政の破綻につながるのだと言う。個人的には、「やる事やってから上げても十分間に合う」とは思うのだが、そう言うならそれでもいだろう。

 常識的に考えれば、消費税の増税が成立したら、後回しにしている議員定数や公務員の人件費やらその他の無駄の削減に着手してくれるに違いない。大山鳴動して何とやらという事にはならないようにしてもらいたいものである。いずれにせよ、小沢さんのニュースは今後も当分メディアに賑わしていくのだろう。

 興味を持って、かつメディアの偏見に惑わされないように、注目していきたいと思うのである・・・


2012年6月26日火曜日

御代田のこと

 先週末、伯母を見舞いに長野県の御代田へ行って来た。伯父の葬儀以来である。よく「第二の故郷」という言葉があるが、御代田はまさに私にとって第二の故郷と言える場所である。御代田は避暑地として有名な軽井沢のちょっと先、知名度は軽井沢ほどではない小諸の少し手前という、ちょうど両者の中間あたりにある小さな町である。

 浅間山が目の前に大きく広がるこの地に、伯母の家族が居を構えている。私は小学校3年の時から、毎年春と夏の休みにここに遊びに来ては、一つ年上の従兄と遊ぶのが無上の楽しみであった。当時は信越線の急行電車で、上野から3時間。小学校3~4年の頃は、道中の一人旅は心細くて仕方がなかったが、それ以降はワクワクしながらの旅だった。今は関越自動車道が出来て、練馬のインターに近い我が家からは約2時間ほどで行けてしまう。

 佐久のインターを降りると、「峠の釜めし」の看板が目に入る。昔は横川の駅で、短い停車時間にヒヤヒヤしながら釜めしを買った思い出があるが、今は新幹線と関越自動車道で元の場所はすっかり寂れてしまったのだろう。こんなところまで出店してきているようである。「峠の」という言葉には、舌で味わえない味わいがあったのだが、インターの出口ではその味わいも薄れてしまう。

 懐かしい伯母の家に着くと、草と土の匂いが漂ってくる。畑で作業していた従兄の兄と姉が迎えてくれる。草むしりを手伝うと、ミミズや小さな虫たちが草の根とともに溢れ出て来る。少し前にもぐらを捕まえてそばの沢に捨てたと教えてくれる。もぐらも餌が豊富でいいのだろう。そばの沢と言えば、昔伯母が、当時飼っていたネコが生んだ子ネコをまとめて「ぶちゃやった(捨てた)」のを思い出す。あの頃からもう30数年にもなる。

 伯母の家の敷地内はそれなりに変化を遂げているが、周りの環境は劇的に変わっている。大きな道路があたりを切り開いて通り、目新しい今風の家が立ち並ぶ。昔遊んだあたりを散策しようと思っても、見覚えのある風景はだいぶ変わり果てている。浅間山から流れ出た溶岩が固まって小高い丘になっているところに、飯玉神社がある。昔伯母さんにおにぎりを作ってもらって、従兄とそこに行って食べた事がある。大人の足だとものの5分で着いてしまう。昔はもっと遠かった気がするのだが・・・

 車で遠出すれば、今では国道沿いに見覚えのあるチェーン店が軒を並べている。その風景だけ見ていると、どこの町だかわからない。かっぱ寿司やスシローなどの回転寿司チェーンも当然のようにある。丸亀製麺だってある。住んでいる人たちからすると、随分便利に、そして快適になっているのだろうが、何だかどこかよその町並みのように思えてならない。

 人も世も街も移ろいゆくもの。それはやむをえない変化なのだろう。あの頃の風景をもう二度と見られないと思うと、何だか寂しい気がする。もう一度上野駅に戻って、いつも乗っていたあの急行電車に乗れば、あの頃の御代田に行けるのかもしれない、などと想像してみる。

 横川を過ぎると、碓氷峠のトンネルが連なり、それを数え続けていると軽井沢に着く。
そのあたりから、降り損ねてはいけないと降りる準備を始めてそわそわし始める。
中軽井沢を過ぎ、信濃追分を過ぎるともう次の駅。
ドアの前に立って、外の景色を眺めている。
電車が駅のホームに入ると、気分は最高潮。
切符を握りしめて外へ飛び出す・・・

 ロンドンのキングス・クロス駅の9と3/4番線ホームのように、上野駅にも信越線の急行電車が止まるホームが、もしかしたらまだあるのかもしれない。そんな想像をしてみると、なんだか心穏やかな気持ちになる。年はとっても従兄は変わらない。今回はあまりゆっくりはできなかったが、また時間を作って行く事にしよう。そんな気持ちになって帰ってきた。

 帰ってくると、見慣れた我が家がまた元の日常生活に戻った事を実感させてくれたのである・・・

【本日の読書】

坂の上の坂 - 藤原和博  蒼穹の昴(4) (講談社文庫) - 浅田次郎






2012年6月19日火曜日

習い事

 息子は現在、週に一回スイミングとダンスに通っている。いわゆる習い事というやつだ。スイミングは娘もやっていたが、今は塾通いで1年間の休会中。娘はその他に英語教室にも通っている。習い事というのは親の意見がかなり大きくモノを言う。スイミングなどは二人ともベビーのうちから連れて行っていたから、嫌も何もない。物心ついた時にはすでに通っていた状態である。水泳は私も妻も子供の時に通っていて、やっぱり泳ぎくらいはできるようにしてあげたいと意見が一致したのである。

 息子のダンスは偶然の産物。本当は空手を習わせたいと考えた妻が、息子を連れてスポーツジムに見学に行ったところ、たまたまダンスのレッスンをやっていて、子供の生徒を募集していたそうである。学校でもこれからはダンスも必修科目になると騒がれているが、こればっかりは両親とも教えられないし、聞いたら本人もやりたいというので、入ってしまったらしい。

 そもそも私は柔道をやらせたいと思っていたのだが、妻は「ガニマタになる」と反対。空手よりも柔道の方が実践的だし、ここは譲れないと思っていた。議論は確か平行線だったはずなのだが、平日に自由時間があるという利点を活かし、妻が強行突破。由々しき事態なのだが、結果的には「なんじゃそれは」という展開になってしまった。それにしてもダンスが必修というのも、気の毒というか、昔でなくて良かったというべきか・・・

 そういえばその昔、銀行のラグビー部時代に練習でエアロビクスをやった事があった。シーズン初めの頃に、リラックスして体を動かそうという意図だったと思う。講師の先生を呼んで(もちろん女性だ)、音楽に合わせて芝生の上で体を動かした。若い女性のインストラクターとむさっ苦しい男ばかりの集団だ。傍から見ても、けっして良い眺めではなかったと思う。

 始ってみたら実は凄く大変だった。動きもそうだが、それ以上に音楽と先生の動きに集中していないと続けられないのだ。うっかり隣の人なぞ見ようものなら、その奇怪な動きが面白過ぎて、とてもではないが踊るどころではなくなってしまうのだ。そういう自分もかなりまずい状態であるという自覚症状はあった。ちなみに、エアロビを練習に取り入れたのは、それが最初で最後だ。まあ今からやっておけば、学校でもそれが原因でいじめられなくて済むかもしれない。

 娘はスポーツではキャッチバレーをやっている。運動神経はママに似てしまったためか、どうも不器用なようだ。友達と比べると体は大きいくせに、サーブが入らないという。休みの日に一緒に練習したりしているが、まだまだもう少しのようだ。

 息子には3年生くらいになったら野球をやらせようと考えている。ラグビーも大事だが、まずは野球。日本人の国民的スポーツでもあるし、小さい時分に基礎的な事はやらせたいと思う。その時期が来たらグローブを買って、キャッチボールから始めるつもりだ。問題は、キャッチボールをやる場所だ。家の前は、周囲の家が気になってしまう。都会はこういう点では実に不便だ。

 娘にピアノという話もあったのだが、本人があまり乗り気でなかったのもあって、やらせずじまいになってしまった。ある程度は親がやらせる事も必要なのだが、そこまで踏み込まずに終わってしまったのだ。考えてみれば、私も小学校3年の時に習字を習いに行った。母親に言われたからだが、何の疑問も持たずに通ったものだ。6年生くらいの時には、塾に行けと言われたが、拒否したのを覚えている。この頃になると自我も強くなるのかもしれないし、息子に何かやらせるなら3年生くらいまででないと、本人の反対がでてくるかもしれない。

 いろいろ興味をもって周りを見渡せば、面白いものもあるだろう。楽しみながらやれて、将来何かの役に立つようなもの。我が子のためにそんなものがあればと気をつけていたい。親として、興味のアンテナを張り巡らせておきたいと考えているのである・・・


【本日の読書】

奇跡を呼ぶ天使の贈り物 - 中井 俊已 蒼穹の昴(3) (講談社文庫) - 浅田次郎





2012年6月14日木曜日

息子よ

 長男は、いわゆる「試験官ベビー」だ。娘が生まれた後、二人目が欲しいという事になったが、医者の話では初産の時の影響もあって難しいかもしれないとの事。可能性として話を聞き、ダメ元でやってみる事にしたのである。周りには随分深刻そうな人もいたが、実にスムーズに懐妊。「どちらでも良いけど、どうせだったら男の子がいい」という私の気持ちが通じたのか、まさに立ち会い出産の目の前で長男誕生となった。

同じように育てているが、男の子と女の子の違いなのか、二人とも随分性格は違う。
まあ男兄弟でも、私と弟とでは性格も随分違うから何とも言えないが、扱いにくさにかけてはさすが男の子だ。娘をひっぱたいた事は今までに一度しかないが、息子の方はもう何回もある。
お姉ちゃんを叩いて泣かせた事もあるから、さすが男の子と言える。

男と女の違いが、自然と現れてくるのは実に不思議だ。
赤ちゃんの頃は同じだが、いつのまにか違ってくる。
教えたわけではないのに、息子は自然とミニカーやプラレールに興味を持ち、戦隊モノや仮面ライダーが好きになり、今はウルトラマンシリーズにハマっている。
けっしてお姉ちゃんのお下がりで遊んだりはしなかった。

さらに性格は私とまったく違う。ひょうきんモノで、学校では常にみんなの笑いを取っているらしい。私などは親父似で、クソ真面目で面白味に欠けるところがあるが、息子にはその片鱗すらない。小学校では担任の先生に、「元気が良すぎるお子さん」との評価をもらっている。保護者会でみんなの前でそう言われ、わかる人にはすぐに誰の事だかわかったらしく、妻は赤面の思いだったそうである。

まあそういう明るい性格が天性のモノだとしたら、それは持たざる者からすれば、なかなかの財産だと思うから、そのまま伸ばしていってもらいたいと思う。
たぶん、私よりも友達がたくさんできるだろう。

親父として力を入れたいのはスポーツだ。
幼稚園の時は、とにかくかけっこに力を入れた。
運動会の前には一緒に走って、練習させた。
その成果はあったし、やはり運動会で活躍するくらいでないと我が息子とは呼べない。
小学校に上がり、随分とライバルもいるようだが、これからしっかりサポートしていきたいと思う。

息子が生まれたらキャッチボールをするというのが、よくありがちな父と息子のイメージだが、それはもうやっている。まだグローブは早いので、柔らかいボールを使っている。この頃投げるのも捕るのも様になってきた。野球好きの義理の弟は、早くもグローブ選びに入っているらしいが、援軍には事欠かない。いずれラグビーの楽しさも教えて、その道に導きたいと考えているが、今のところ「将来の夢は野球選手」だ。

私は家で野球をほとんど見ないのに、どうしてそんな夢を持つにいたったのか不思議だ。
大阪に住む義理の弟に、本場の甲子園大会に連れて行ってもらった影響もあるのだろうか。
私も中学までは野球少年だったし、我が国の国民的スポーツである野球も悪くはない。
いずれラグビーの面白さにも目覚めてもらいたいと思うが、それまではサッカーなどの横道にそれないようにうまく導いていきたいと考えている。

いずれ息子も大きくなって、嫁と姑との間で頭を抱える日が来るのだろうかと、漠然と思う。ずいぶんと気が早いと思うが、その時に良いアドバイスができるように、今はしっかり人生修業に励む時だと考えれば、私も今の生活に少しは意味を見いだせる気がする。娘は娘で良いが、息子はやっぱり男同士の絆がある。家庭内では貴重な援軍になってくれるかもしれないし、これからもコミュニケーション豊かに接していきたいと思うのである・・・


【本日の読書】

灘中奇跡の国語教室 橋本武の超スロー・リーディング (中公新書ラクレ) - 黒岩祐治  蒼穹の昴(3) (講談社文庫) - 浅田次郎






2012年6月10日日曜日

大先輩

 お手伝いさせていただいている母校の財団法人。ここが主催している社会人向け講座「寺子屋小山台」のイベントとして、母校の先輩である菅直人元総理をお招きしての講演会があった。参加者は寺子屋小山台の卒業生プラス関係者で、総勢60名程度。少人数で密度の濃い一時を味わった。

内容は1時間の講演と1時間の質疑応答。そして懇親会という流れ。1時間の講演では主に原発問題と再生エネルギーについてのお話。ご自身、これからの政治テーマとして力を入れているようであり、熱の入ったお話を聞く事ができた。

菅総理と言えば、今でも悪評が高い。マスコミでは散々批判されてきたし、今でもされている。「メールが100万通来ればそのうちの999,999通は批判だ」と自虐的に語られていたが、ご本人もよく自覚されている様子。ただ、「もともとマスコミ情報は偏見に満ちていてそのまま信用するには値しない」と考えている我が身としては、自分自身の目と耳で判断する良い機会だった。

 脱原発という事では、私自身も強力に賛成しているので主張するところに異論はなかった。孫正義さんとともに、頑張っていただきたいと素直に思う。質疑応答では、プライベートな部分の披露もあって楽しめた。生協を利用しているという話には、我が家の奥様も「毎週マークシートでチェックしているのかしら!」と驚いていたほどだ。

「日本の総理大臣は国会に拘束される時間が長すぎる」という話は、マスコミを通しては聞けない話だ。そのために外交などに十分な時間が割けないのだと、イギリスの政治を例に説明していただいた。これは菅総理に限らずの問題で、「自民党も良く分かっているはずだから、今後どちらが与党・野党になっても配慮すべきではないか」というご意見であった。今後そうなっていくのかどうかは興味深い。

懇親会ではみんな記念写真を撮りまくる。
一人輪の中心で元総理もなかなかのご機嫌。
持参したipadでホームページの説明などをしていただく。
フェイスブックはやっていないそうだ。

一緒に来ていた秘書の方にも話を伺う。
メールやFAX、電話などの「声」はかなりのものらしい。
事務所に来るものだけでも、メールは1日あたり「万単位」だという。
しかし考えてみれば、それだけ関心が高いとも言えそうだし、国民の政治参加意識も高まっているのだろかとふと思う。

賑やかな会場で飲み食いせずにいたのがSPの方。
ビールを勧めてみたが、さすがに断ってきた。
ならばとソフトドリンクの勧めにも、「トイレが近くなりますから」と断られた。
SPのバッチをつけてつかず離れずの状態。
あまり話しかけても迷惑そうだったのでほどほどにした。

「民主党は消費税を上げる前にやる事があるのではないか」
参加者からずはりと質問が出た。それについては、マーケットによる(国債)金利上昇リスクが待ったなしという説明であった。異論はあるが、それはそれで一つの考え方だ。

 せっかくの機会だし、聞いてみたい事は他にも山のようにあった。民主党の事、小沢さんの事、対米・対中関係の事、総理大臣としてやりたい事はできたのか、何ができなかったのか、日本の進む道は・・・少人数の会で密度が濃かったと言えど独り占めというわけにもいかず、次の機会があればまたお楽しみといったところだろう。

 せっかくの母校の先輩だし、脱原発というところでは大いに賛同できるし、これからそういうところで応援しようと思うのである・・・
  
      

2012年6月5日火曜日

娘よ

男の第3の価値は言葉であり、
 第2の価値は行動であり、
  第1の価値は何より生きる姿勢である
里中 満智子
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 娘は今年、年女だ。年男の私とはちょうど3周り違う事になる。12年という歳月は、長くもあり短くもある。生まれる前は男でも女でも、どちらでも良かった。昔は「跡取り」という意味が強かったから、男の子が生まれる事を望んだのであろうが、今はもうそういう時代でもない。むしろ「一姫二太郎」で、初めは女の子がいいかなと思っていたほどである。そして、その通り女の子が生まれた。

 女の子を持つ男親は、ボーイフレンドができるのを好ましく思わなかったり、一緒にお風呂に入れなくなった時にショックを受けたり、結婚に反対したりというイメージがある。自分もそうなるのだろうかと漠然と思っていたが、実際にはまったくそうではない。娘は今好きな男の子がいて、どうも片思いみたいなのだが、なんとかうまくいくようなアドバイスでもしようかという気になるし、風呂はいつまで一緒に入るべきなのか、逆にこちらが悩むくらいだ。たぶん、結婚相手を連れて来たら歓迎すると思う(とは言え、まあこればかりは相手次第だと思うが・・・)。

 女の子は育てやすいとよく言われるが、男の子を持つとそれを実感する。比較的よく言う事を聞くし、素直だ(男の子は何か言えばまず否定の返事が返ってくる)。今はやむなく中学受験に向けて受験勉強中だが、真面目によく勉強している。むしろこちらが逆に休憩を取らせようかと思うくらいだ。まあ真面目人間の血は、私の父から続く遺伝みたいなものかもしれない。

 週末はキャッチバレーに通っているのだが、どうも運動神経は今一のようだ。これは母親に似たのかもしれない。そのキャッチバレーで親の人手が足りないという話になり、妻が私に手伝いに行かせようと考え、娘に相談したらしい。そしたら娘が反対したと言う。その理由は、「パパはカッコよくないから友達に対して恥ずかしい」というものらしかった。

 家ではいつも好意的に接してくれているのだが、心の中ではそんな事を考えていたらしい。もっとも妻が本人の前で、得意気に私にそれを伝えようとしたところ、本人は猛烈に反対した。私が傷ついたら可哀そうだという気持ちがあったらしい。最近では妻よりも娘からの愛を強く感じる一幕だ。

 そろそろ夏休みの準備の季節だが、今年の夏はどこへも行けそうもない。塾に通う娘が、合宿に行きたいと言い出したためだ。受験自体、目指していた近所の都立高校が中高一貫になり、友達と話したりしているうちにそんな気になったらしい。塾も妻が勧めはしたが、強制はしていない。合宿もバカにならない費用もかかるし、と思って躊躇していたら、自分から言い出してきた。まさかダメとも言えない。まあその分、来年カバーするとして、今年の夏は近所のプールくらいで終わりそうである。

 まだまだ子供だと思っていたが、だんだんと胸の膨らみも目立つようになってきたし、先日ダウンした妻に代わって洗濯物を干した時などは、娘がほとんどやったのだが、なかなか見事な手際だった。風呂掃除などもいつのまにか上手にこなすし、家事ではかなり頼りがいがある。それはそれで頼もしいが、そのうち妻とグルになって私を粗大ゴミ扱いしないかという危惧がなくもない。だが、そこは娘の愛を信じるとしよう。

 これから年々成長していくのだろう。だんだん大人びて、そのうち大人の会話ができるようになるのだろう。嫌われない父親になるためにはどうするべきだろうか。無償の愛の効果が続いているうちに、そろそろ本腰を入れて研究しないといけないかもしれない。

 そしてそれも大事だが、自分がいろいろと経験してきたものを伝えてあげたいとも思う。そうすれば、過去の自分の失敗も少しは活きるというものだ。そうしたものを語る言葉を持ちたいと思う。そして生きる姿勢。それを示せるように、これからも精進しようと思うのである
・・・


【本日の読書】

世界は危険で面白い - 渡部 陽一 蒼穹の昴(2) (講談社文庫) - 浅田次郎





2012年6月1日金曜日

誕生日

 毎年誕生日にはあれこれと考える。昨年は母親の具合が悪く心配な状況であったが、今年は母親の体調も落ち着いていて、ちょうど今日は自分の妹(私の叔母だ)一家と韓国へクルーズに出掛けている。息子である私との旅行は、何だかんだと都合が悪くて実現していない。叔母一家は嫁姑問題もないようだし、同居で仲も良いようだし、そんな家族と触れ合って何を考えているのだろう。

 誕生日だとは言え、昔と違って何か特別な感慨があるというわけでもない。いつもの朝と同じように起きて髭を剃った。雨戸を開けてまばゆい朝の光を浴びたが、その光が何か特別なものとも思わなかった。48回目ともなればそんなものなのかもしれない。

 一日という日付は物事の始りとしては、誠に都合が良い。神道には一日の始りである朝の時間と、一ヶ月の始りの一日と、一年の始りである元旦には神事があるそうだ。そういうわけではないが、誕生日が一日というのはキリがいいと昔から感じている。

 いつものように通勤。さっそく先日受けた健康診断の結果が返ってきた。昔は何も気にしなかったが、この頃は封を切るのにちょっとドキドキする。取りあえず再検査等はなかったが、コレステロール系には注意マークが散乱している。「心配のない軽微な異常」という今まで見た事もなかったコメントもある。原因は運動不足だろう。

 そんな中、尾崎紀世彦の訃報が流れる。こういうニュースも多くなるのだろう。夕方には大きな地震。「今回は自宅まで歩いてみようかな」などと揺れる中で漠然と思う。昨年の震災時は、自宅より近い実家へ2時間かけて歩いて行った。次回は自宅まで歩いてみようと思っている。推定予想時間は5時間。歩くしかなかった時代の事を考えれば、どうという事はない。

 今日は幸い金曜日だし、などと考えているうちに揺れはおさまった。昨年の誕生日から一年たって、親との関係はだいぶ改善しつつある。されどまだベルリンの壁は残っている。東と西とうまく往復しながら、両方の世界をうまく維持しないといけない。今年一年でもう少しデタントが進むだろうか。難しい舵取りを、もう一年やらないといけない。そんな私の目の前に、もしも尻尾を生やした悪魔が目の前に現れて、何か望みを叶えてやろうと言われたら、今なら我が嫁と姑に「寛容の心」をプレゼントしてほしいと望む事だろう。

 帰宅すれば子供が玄関まで迎えに出てくれる。今や見送りもお出迎えも子供だけだ(お出迎えは今日だけの特別だったようだ)。一人夕食を取る周りでは子供たちが走り回り、妻は妹と電話でおしゃべりをしている。その昔、将来結婚して子供ができた後の自分の姿を想像した事があるが、あの頃夢見た未来が今実現していると、ふと感じた。どうせなら億万長者を夢見ていればよかったと思う。

 良い事とそうでない事。幸せと幸せまであと何キロというものが混在している。今ある良きものを大事に守りながら、もう少し攻めてみるのも良いかもしれない。まだ守りに入る年でもないし、まだ頑張れる。今よりももう少し良き息子・良き夫・良き父親・良き友人・良き同僚・良き隣人・そして良き日本人になれるようにしたい。

 どんな48歳を過ごすのか、自分でも楽しみにしたいと思うのである・・・

【本日の読書】

逆境を生き抜く力 - 我喜屋優 1Q84 BOOK 3 - 村上 春樹