2010年1月31日日曜日

映画雑感

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昨年までの世界興行収入ベスト5(億ドル未満切捨て)
 1.タイタニック               1997年  18億ドル
 2.ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還    2003年  11億ドル
 3.パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト
                        2006年  10億ドル
 4.ダークナイト               2008年  10億ドル
 5.ハリー・ポッターと賢者の石        2001年   9億ドル
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 米映画 『アバター』(ジェームズ・キャメロン監督)が凄いヒットを飛ばしている。配給元である20世紀フォックスの発表によると、それまで世界興行収入第1位だった『タイタニック』(同監督)の18億4,290万ドルを越え、18億5,500万ドルに達したという。

 『タイタニック』の記録は1年半にわたるトータルだが、『アバター』はわずか39日間でこれを越えたという。『タイタニック』の記録といえば上記の通り、それまで2位にダントツの差をつけて10年以上も君臨してきた大記録である。それをいとも簡単に越えてしまったとは驚きだ。まぁ映画自体は非常に面白いのでそれはそれで頷けるものはある。

 監督のジェームズ・キャメロンは私の好きな映画監督の一人である。「エイリアン2」、「アビス」、「ターミネーター2」、「タイタニック」とどれもこれも私の映画史に輝いている。特に人間ドラマが秀逸だ。

 スピルバーグやルーカスといった大御所の映画は、「夢」溢れるものが多かった。現実世界とは異なる世界で、根底に流れるのは「夢」とか「希望」とかそういうもので、それはそれで素晴らしい。しかし、キャメロン監督の映画ではそれが重厚な人間ドラマなのである。その人間ドラマゆえに、胸が熱くなるのである。

 そしてその人間ドラマに共通しているのは「sacrifice」の精神である。「誰か(何か)のために、我が身を省みず信念をもって危機に立ち向かう姿」である。頼みの海兵隊が全滅し、たった一人で少女を守ってエイリアンと対峙するリプリー。深海に沈んだ核兵器を無力化するために片道切符覚悟で人類未踏の深度へと潜る「アビス」のバド。未来から送り込まれてきた殺人マシーンでありながら、「殺さない」事を学び、人類のために大きな決断を下すターミネーターT-800。沈みゆく船の中でパニックに陥り、我が身優先に考える人々の中にあって、最後まで恋人を守ろうとする青年。

 そうしたものは脚本までも手掛けるキャメロン監督の意図するものなのだろう。自分もそんな風にありたいと常々思っているせいか、観終わったあとあとにまで深く残るものがある。

 前作から10年以上も待たされた甲斐は十分にあった。満足する間もなく、「次回作」を期待してしまうが、それはまだまだ先の楽しみになりそうである。こういう映画を苦もなく観られる幸せをしっかりと噛み締めたいと思うのである・・・


【昨日の読書】
「ゴールドラッシュの超ビジネスモデル」野口悠紀雄
「コーヒーとサンドイッチの法則」竹内正浩
           
       

2010年1月28日木曜日

幼稚園児

 先週妻が風邪でダウンした。
鬼の霍乱ってやつだが、一家の主婦がダウンすると家事が混乱する。
それはわかるのだが、意外な悪影響がある事も発見した。
長男が幼稚園を休まざるをえなかったのだ。

 長男が通う幼稚園は親の送り迎えが義務付けられている。徒歩の子は幼稚園まで、バスの子はバス乗り場まで親が送迎しないといけないのだ。私が幼稚園の頃は、ほとんど一人で毎日テクテク歩いて通っていた。弟は甘えん坊で1年くらい母親に送り迎えしてもらっていたが、私はすぐに一人で通うようになっていた。やっぱり当時からしっかりしていたのだ。

 ちなみに当時のルートを地図ソフトで測ってみたら674mだった。大人の足で8分くらいか。記憶の中では遥かな距離を歩いた気がしていたが、意外と近い。長男の通う幼稚園は我が家から790mだから、私の通った幼稚園はそれより近かったわけだが、記憶の中ではずっと遠くに感じる。不思議なものだ。

 子供たちには早く自立してほしいと考えているので、当然幼稚園にも一人で通わせたい。しかし、昨今は信じ難いような事件も起こるし、おかしなやつがいるし、何かあるとすぐ責任を転嫁するモンスターペアレンツもいる。だからだろう、幼稚園が親の送迎を義務付けるのも自衛のためでやむをえない。園外までは責任持ちませんというわけだ。そうしたスタンスを責めるのは酷だ。

 そういえば先日妻がある番組の話をしてくれた。幼い子供たちに留守番をさせるという企画だったようである。あらかじめお母さんが子供たちに、「電話には出てはいけません、チャイムが鳴っても出てはいけません、知らない人について行ってはいけません」と言って外出する。その上で番組のスタッフが子供たちに仕掛ける。

 最初の電話こそ出なかったものの、2回目には応答し、聞かれるままに個人情報をべらべら喋ってしまう。工事を装ったスタッフをいとも簡単に家の中に上げてしまう。あげくに「お母さんが駅で待っている」と言われ、初対面のおばさんにホイホイついて行ってしまう。お母さんは見ていて頭を抱える、というものだったらしい。

 子供は純真で疑うという事を知らない。昔何かで読んだが、相手の悪事を見破ったり警戒したりできるのは、自分にそういう心があるからだ、という事だ。疑う事を知らない純真な人間はそれゆえにすぐに騙されるという訳だ。確かにそうだろう。インフルエンザの予防接種と同じで、悪をもって悪を撃退するのである。無菌室で育つと雑菌にすぐにやられてしまう。

 純真な子供たちがやがて雑菌の中で免疫を身につけていく。リンゴ農家の木村さんは農薬で「保護」する方法を否定して 「奇跡のリンゴ」を作り上げた。温室で大事に育てた子供が、外に出て逞しく生きていけるかというと不安がある。早くから外の厳しい環境で育てたいと、心密かに思う。園児が一人で通えたあの頃は、果たして良い時代だったのかどうなのか。どうなんだろう、何とも言えない気分の現代社会だと思うのである・・・


【本日の読書】
「ゴールドラッシュの超ビジネスモデル」野口悠紀雄
「コーヒーとサンドイッチの法則」竹内正浩
      


2010年1月27日水曜日

考えてみること

「永遠の0」を読んでいて考えた事の続きである。

 印象的なエピソードがある。特攻第1号となった関行男大尉の話である。関大尉は新婚の身であり、母一人子一人という境遇であったが、苦渋の決断で任務を受け入れ、米空母撃沈という戦果を上げる。

 祖国に残った母親はたった一人の子供を失ったが、「軍神の母」として周りの人達から畏敬を受ける。その心中は察するものがある。ところが、戦後は特攻批判の逆風に晒され、一人行商で生計を立てつつ昭和28年に亡くなっている。

 軍神とおだてたのも、戦後は掌を返して批判したのもマスコミであり、それを真に受けた周りの人達である。関大尉もその母も何ら変わったものでもない。その場の雰囲気の中で報道するマスコミと、それを盲目的に信じる国民という構図は、現代でもそのままである。

 私も銀行に勤務し、かつてのマスコミの「貸し渋り批判」を苦々しく思っていた。貸せば「ずさんな融資」と批判し(新銀行東京など良い例だ)、貸さなければ「貸し渋り」と批判し、ではその基準は何かと示すわけでもない。不況になればみんなお金を借りるのを控える。だから銀行貸出残高は当然下がるのだが、「貸出残高が下がった」という事実だけで、「銀行の貸し渋り姿勢鮮明に」という記事を平気で出していた。世間の人は「そうなんだ、ひどいな」と受け止めた。

 だからというわけではないが、今は新聞の記事を読んでも、そのまま受け止めることだけはやめている。例えば今は小沢さんの記事一色であるが、マスコミが批判論調を強めれば強めるほど、冷静に「事実はどうなのか、それをどう捉えるべきか」と想像している。別に小沢さんを擁護するつもりは毛頭ないが、それ以上にマスコミは信用しないようにしているのだ。

 ちなみに田中角栄をロッキード疑惑で叩いたのは、親米路線を変更した角栄さんを引きずり倒そうとしたアメリカの意思だと言われている。事実、事件はアメリカ議会における証言からスタートしたし、【反転 闇社会の守護神と呼ばれて】という本では、「不思議な事にアメリカ側から次々に証拠や証言を得られて、非常にやりやすい裁判だった」という記述がある(この本は別にロッキード事件を扱ったものではない)。小沢さんは田中角栄の影響を強く受けているし、アメリカから中国に軸足を移そうとしているところまで一緒だし、ひょっとしたら裏に何かあるのかもしれないと勘繰ってしまう。

 いずれにせよ、世の中の動きを観察し、マスコミの報道は見ても聞いてもそのまま受け止めずに、まずはいろいろと想像してみる、考えるというスタンスだけは持っておかないといけないだろう。よくよく心掛けておきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「ゴールドラッシュの超ビジネスモデル」野口悠紀雄
「永遠の0」百田尚樹
     

2010年1月24日日曜日

歴史から学べるか

 今「永遠の0」という本を読んでいる。太平洋戦争の時に、特攻で亡くなった祖父の足跡を孫たちが訪ね歩くというストーリーだ。読んでいて感じるのは無情感。結婚したばかりだった祖父。生きて帰りたいと願っていた祖父。しかし、国家の事情と軍隊という過酷な状況がその前に立ちはだかる。
 
 英語では”We are on the same boat”という表現がある。日本語では「一蓮托生」。国家をボートと捉えるか蓮の葉と捉えるかの違いはあるとしても、いずれも同じ運命共同体にある事は同じで、一人だけ逃れる事はできない。そしてその行く先を一人の意思で変える事もできない。

 戦争ともなると一国民としてはどうにもならない。その祖父は志願兵であったが、一般人も所謂「赤紙」で徴兵された。「嫌だ」と拒絶できるものでもない。他の国でも徴兵拒絶は重罪だろうが、戦前の我が国においてはそんな事は死にも値する行為だろう。選択肢はないわけである。

 そして旧日本軍では人間が一番軽視される。一機の飛行機の方が一人のパイロットよりも大事なのである。特攻も最後は戦果よりも死ぬ事自体が目的となっていく。そうした状況下で、個人の意思など荒れ狂う波間に漂うボートの如きである。どうしようもない。

 そしてそれが怖いところは、「過去の不幸な時期の話」と一概に言い切れないところだ。確かに戦後は民主主義の世の中になり、冷戦なんかもあったが、現代日本においては再び戦争へ進むという事は極めて考えにくい。そういう事態になる事は、共産党や社民党のおばちゃんがなんと言おうとありえないだろう。

 現代では差し詰め危険水準にある国家財政であろうか。このままではいずれ破綻するのは確実である。なにせ税収よりも支出が多い状態が続いているわけで、改善の道筋は見えていない。氷山に向ってひたすら進むタイタニック号なわけである。戦前の我が国も、現在の我が国も向っている氷山が違うとはいえ、同じ状況にあるように思えてならない。

 いずれ何とかなるだろうとみんな考えているが、戦前の我が国で敗戦による国家破綻を予想できた人がどれだけいただろうか。自分も含めて想像できない事態について考える事を放棄してしまっているのではないだろうか。どうなるかわからないが、もしも氷山に衝突したら自分だけ逃れる事ができない事だけは確かである。その事だけでも認識しておくしかないのだろうか。

 効果のほどはともかくとして、せめて自作のいかだくらい作っておくべきだろうかと思ってみるのである・・・

        
【本日の読書】
お休み
     

2010年1月22日金曜日

覚悟

 この年になってくると、昔ラグビーをしていて痛めた古傷があちこち痛む事がある。右肩を痛めたのでもう遠投はできないし(スピードボールも投げられない)、左肩はまっすぐに上がらない。靭帯が切れていて正座も長時間できないし、その他細かいのもたくさんある。だがそれでも幸いな事に大きな怪我はなかった。骨折もした事がない。一番大きな怪我は左肩の脱臼だ。

 4年の時の公式戦第1戦。開始直後に相手と激突して外れてしまった。ラグビー協会から派遣されて来ていたドクターが診てくれたが、その場で処置できないと判断し救急車を呼ぶように指示してくれた。その間、経験した事のない激痛に倒れたまま、体のどこも動かせずにいた(ちょっと動くだけで左肩に激痛が走ったのだ)。そんな状況下、実はある事を考えていた・・・

 高校時代の事である。やっぱり練習中に先輩が腹を強打して倒れた。当たり所が悪く、その先輩はまさにのたうち回って苦しんだ。幸い大した事はなかったが、いつも颯爽としている先輩が無様ともいえる姿を晒してちょっとイメージダウンだった。その時思ったのだ、「自分にもいつそんな時が来るかもしれない、自分は絶対醜態を晒さないようにしよう」と。

 救急車を待つ間、心の中では「早く来いよ~」と毒づいていたが、うめき声ももらさないようにあの時の先輩ののたうち回る姿を思い出して耐えていた。ようやく救急車が来たが、こちらは動けない。グラウンドもそんなに広くないし、私の倒れている場所まで来てもらうには試合を止めないといけない。「試合を止めろ!」と後輩が叫ぶのが聞えた。

 だが、冗談ではない。そんな事をしたら衆人環視の中、無様に運ばれて行く事になる。それに試合が止まれば試合中の敵も味方もそれをじっと見る事になる。味方が救急車で運ばれていくのは、心理的に敵を調子づかせ、味方にはダメージを与える。「試合を止めるな!」とその後輩に言って、激痛を堪えて救急車まで歩いた。その姿は背中の曲がった老婆のようでけっしてかっこ良くはなかったが、とりあえず最悪の醜態を晒す事だけは避けられた。

 生まれて初めて乗った救急車は、揺れると激痛が走るし、かといって後輩と女子マネがついていてくれたから、まだ醜態は晒せなかったし、病院までの道のりがひどく遠く感じられた。さらにその試合は負けるし、怪我でそのあと2試合出られなかったし、最後なのにひどいシーズンだった。それでもずっと意識していたからこそ、その時醜態を晒さずに済んだと思う。それだけは、まあ良かったのだ。

 その昔、武士は元服すると真っ先に切腹の作法を叩き込まれたという。常に武士道に生きていたサムライとは比ぶべくもないが、いざという時のための意識はしっかりとできていたつもりだ。怪我に限らずであるが、いざとなった時に醜態を晒さないようにしようとは今でも腹の中で思っている事だ。人間はピンチの時こそ真価を問われるし、その人の人間性が出るものだ。

 しかし失恋だけは辛かったなぁ・・・人前でこそなかったものの、けっこう枕を濡らしたよなぁ。これだけは、覚悟があってもなかなか厳しかったと、今も思うのである・・・     
   

【本日の読書】
「ゴールドラッシュの超ビジネスモデル」野口悠紀雄
「永遠の0」百田尚樹
   

2010年1月19日火曜日

街角雑感

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鍋の美味しい季節、東京電力が運営する生活情報リサーチサイトが以前行ったアンケート調査による鍋料理の人気ランキングは以下のようになっていた。
 総合1位 キムチ鍋  男性1位 すき焼き  女性1位 キムチ鍋
   2位 寄せ鍋     2位 寄せ鍋     2位 寄せ鍋
   3位 すき焼き    3位 キムチ鍋    3位 水炊き
   4位 水炊き     4位 水炊き     4位 すき焼き
   5位 湯豆腐     5位 湯豆腐     5位 しゃぶしゃぶ
男性の1位から3位までは僅差であったのに対し、女性のキムチ鍋(チゲ)は大差での1位。辛いものが嫌いな私としてはキムチ鍋だけは食べたいと思わない・・・
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 丸の内。改修工事中の東京駅前にずらりと並ぶタクシー。客待ち時間を潰すタクシーの運ちゃん(最近では女性も多い)たちだが、スポーツ新聞を読んでいたり、本を読んでいたり、ぼーっとしていたりと様々だ。最近はリストラで転職する人も多いらしいから、ちょっと前までスーツを着て私みたいに足早に歩いていた人もいるかもしれないと想像したりしてみる。かつて父は「食べていけなくなったらタクシーの運転手でもやろうと思った」と私に語ってくれた事があったが、今はタクシーの運転手も楽ではないだろうと思う。

 ふとドアの窓を見ると様々なステッカー。クレジットカードOKは最近よく見かけるが、今日は「ETC搭載」というのを見かけた。何か意味があるのかと考えてみたら、「1,000円高速か」と思い至った。高速料金は客持ちだ。ならばETCがあった方がお客さんの払う負担が少ないという考えなのだろう。自分たちが得するわけではないので、これも顧客サービスだ。こうして各社が顧客サービスを競っているわけだが、それもこれも不況で顧客が遠のいているためだろう。不況もサービス改善という点ではメリットもあるわけだ。

 皇居の近くでは一眼レフカメラを持った若い女性を見かけた。何よりも赤いカメラが目を引いた。最近ちらほらとカラフルなカメラを抱えた女性を見かける。


かつては一眼レフのような重厚なカメラは男性の専売特許のようなイメージがあったが、最近は性能がアップして素人でもそこそこの写真が撮れるようになったせいか、こうしたカメラを持っている女性も多く見かけるようになった。そしてやっぱり女性からすると黒一色の無愛想なカメラよりカラフルな方が「かわいい」となるのだろう。そうした消費者心理を見越しての製品開発なのだろう。最近は特に「デザイン」が商品の売れ行きを左右しているそうだが、改めてそんな実感を持った。どれくらい売れているのか知らないが、赤いカメラはなんとなく欲しい気がした。

 帰り道、立ち並ぶブランド店を眺めながら「このご時勢に果たしてどのくらい売れているのだろうか」と考えてみた。景気が悪いと言われつつも、こうしたブランドショップは高い家賃を支払えているわけで、という事は買う人がそれだけいるという事。まあよその人の事はともかく、働ける事に感謝しつつ、明日も地道に働こうと思ったのである・・・


【本日の読書】
「奇跡のリンゴ」石川拓治
「永遠の0」百田尚樹

 

2010年1月17日日曜日

子供の叱り方

テレビゲームばかりやっている息子に、お父さんは勉強させようと偉い人の話をしました。
「ジミー、リンカーンって知ってるだろ?リンカーンがお前の年の頃には、暖炉の明かりで勉強してたんだぞ。それぐらい勉強したんだ」
「ふうん。パパ、ボクも言っていい?」
「なんだ?」
「リンカーンはパパの年の頃には、アメリカの大統領だったよ」
                              アメリカン・ジョーク
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 二人の子供の父として、子育ては一応いろいろと考えてやっている。決して子供の躾は妻の責任などと言って責任回避する事はしていない。あれこれ迷う事もあるが、そんな時一つの指針となるのがやっぱり自分の経験だ。

 子供の頃、誰でも親には叱られる。私もそうだったし、だからといってそれで親を恨むという事もない。だがどうしても子供心に納得のいかない事があった。そしていつか自分が子供をもったらそういう叱り方はするまい、と心に誓った事がある。それが「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい」というセリフだ。

 男二人の兄弟の長男であった私は、弟としょっちゅう喧嘩をしていた。そしてその都度親に叱られたものであるが、その時よくそう言われたのである。「同じ兄弟なのに僕ばかりずるい」と思ったものである(そして怒られている私の横で弟は舌を出していたりするのである)。親からすれば言っても聞かない次男に言い聞かせるより、長男に言い聞かせた方が早いという判断で、それは現在二人の子供をもってみるとよくわかる。だが、当時は不公平だ、長男は損だと思っていた。

 現在長女にはやっぱり「お姉ちゃんなんだから我慢しなさい」と言う事がたびたびある。だが長女はそれに対して「ずるい」とは言わない。なぜかと言えば、長女には事あるごとに「差をつけている」からだ。それはささやかな事で、例えばみんなでイチゴを食べる時に弟よりこっそり数を多くしてあげるといった程度の事だ。「これはお姉ちゃんとしていつも我慢している分」と囁いて渡すのである。その都度長女は長女としてのメリットを密かに享受している。

 あらかじめ長女には、「我慢して差をつけてもらうのと平等にするのとどちらがいい」と聞いている。長女の答えは「我慢する」だった。だからだろう、「お姉ちゃんだから我慢しなさい」と言ってもそれに対しては不満の声は上がらない。

 もっともある時から親も私にそう言わなくなった。いつだったか、やっぱり「お兄ちゃんだから我慢しなさい」と言われた時に、我慢しきれずに反論したのだ。「そんな事言っていつも僕ばかり我慢させられているけどね、僕は今の弟の年には『お兄ちゃんだから我慢しなさい』と言われて我慢していたんだよ、もう弟だって我慢できる年頃だ。今度は弟に我慢しなさいって言ってよ」と。

 今から思うと親だって完璧ではない。今の自分より若かったわけだし、無理からぬ事である。しかしながらそうは言っても子供心に不公平感は拭えなかったのは確かである。今でも親から「お前には理屈では適わない」と嘆かれている。すでにこの頃、その片鱗を見せていたわけだ。それが子供心に育まれた反発心から生まれたものだとしたら、悪いとも言い切れない。反面教師という事もある。

 さて我が娘はそういう私のやり方をどんな風に受け止め、そして自分の子供に対してどんな風に対処していくのだろう・・・想像してみると面白いものだと思うのである・・・


【本日の読書】
「永遠の0」 百田 尚樹
     
   

2010年1月15日金曜日

週間雑感思うまま

 先週の日曜日のラグビー大学選手権決勝戦。帝京大学が初めて日本一となったその試合、観客数は17,000人だったらしい。普通は30,000~50,000人くらい入っていたはずだが、今年は早慶明・関東学院などの人気校が残らなかったせいで、随分と寂しい限りだ。

 個人的には両チームとも昨年から良い成績を収めてきていたし(東海大学は3年連続でリーグ戦優勝しているし、帝京大学も昨年度の対抗戦優勝校だ)、「出るべくして出てきた」感があるので抵抗感はない。学生など毎年メンバーが代わるわけだし、本当に好きなら強豪同士の決勝戦というだけで観る価値はあると思うのだ(事実、見応えある良い試合だった)。なのに観客が激減したという事は、今まで会場に足を運んでいた大半がミーハーファンという事なのだろうか。

 それにしても両校とも外国人留学生が活躍していた。箱根駅伝でも目についたが、学生スポーツで留学生に頼るというのもどうかと思う(もちろんスポーツがメインでないというならわかるが・・・)。メジャー校には全国の強豪高校からどんどん選手が集まってくるが、それ以外の大学はこうした留学生を連れてこないとメジャー校に対抗できない、というものかもしれないが、それも問題あるなぁと思ってしまった・・・

 週央に野球の殿堂入りが発表された。東尾に江藤慎一・・・なんだか懐かしい名前だ。野球に最も熱中していた小学生時代に活躍していた選手だ。今頃になって殿堂入りだって・・・
しかも今回落合が落ちている。球史に残る屈指のバッターでさえ殿堂入りできていないというのもなんだかなぁと思ってしまう。ファンが忘れかけた爺さんたちを選んでどうするというのだろう。江川や落合や桑田といった、まだプレーが記憶に残っている選手をどんどん選んでもらいたいと個人的には思うのだが・・・どうにもよくわからない世界である。

 先日遅くに帰宅した際、近所でパトロール中のおまわりさんを見かけた。寒い中自転車に乗っていた。「ご苦労様です」と声をかけようかと思ったが、タイミングを逸してしまった。考えてみれば家の近所でこうしてパトロールしてもらえるというのはありがたい事だ。何よりそこにいるだけで防犯効果は抜群だ。おまわりさんというとつい駐車違反とかスピード違反の切符を切られたりとかで、あまり良いイメージを持たれていない気がする。しかし、全国各所に交番があってこうしてパトロールをしてくれているからこそ、我が国の治安は優れて良いのだと思う。もっと感謝の気持ちをもってもいいのでは、と感じた。今度はタイミングを逸する事なく、声をかけたいと思う。

 さて、週末だ。ゆっくりと英気を養いたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「奇跡のリンゴ」NHK
「逆説の日本史16」井沢元彦




2010年1月12日火曜日

恥の文化

 朱建栄東洋学園大学教授から我が国の文化は「恥の文化」と指摘された。もともとあちこちでそう言われているのであるが、あらためて考えた。確かに我々日本人は何より他人に対して「恥じる」という感情を重んじる。他人から見て恥ずべき行為を忌避する文化があるのである。

 ある人から言わせると、それは「人に迷惑をかけるような恥ずかしい行為をしない」という事らしい。だが、それも不正確で、ただ「恥ずかしい行為をしない」という事だと思う。そうでないと「人に迷惑をかけなければ良い」となってしまうが、そうではないだろう。「お天道様がみているよ」と小さい頃に言われた記憶があるが、「恥ずかしい行為」の基準は他人にあるのではなくて、自分自身にあるものである。

 名誉を重んじ、時としてそれを命よりも重視したのが武士道であるが、今ではそんな伝統どこへやら、である。先日、電車の中で若い女性がおにぎりを食べていた。齧りかけのまま、バッグの中を探っていたが埒があかず、食べかけのおにぎりをぱくっと咥えて両手でがさごそとバッグを探っていた。化粧をするのはすっかり当たり前の感があるし・・・

 何を恥とするかは人によって微妙に違うのかもしれない。私などは妻から ええかっこしいとこばかにされているが、けっこう「かっこ悪さ」を気にする。例えば電車の中で夢中で本を読んでいて乗り過ごす時がある。瞬間的に気付いて走れば降りられるというタイミングでも敢えて乗り過ごす事を選ぶ。慌てて飛び降りるというかっこ悪い真似をするなら、一駅行って戻ってくる方を選択する、といった具合だ(ちょっと「恥の文化」とは違うかもしれないが・・・)。

 電車の中でおにぎりを咥えても人様に迷惑になるものでもない。だがやっぱり「人からどう見られるか」を意識する事は大切だ。男女を問わず、容姿の美しさを追求するのであれば、行動の美しさも追及したいところだ。そういう意味で ええかっこしいでもいいと私は考えている。

 今は風呂上りにすっぽんぽんで家の中を駆け回り、スカートからパンツが見えるのもお構いなしで遊んでいる我が娘も、いずれはそんな美しい行動ができるようになってほしいと思うのである・・・


【本日の読書】
「バフェットの教訓」メアリー・バフェット&デビッド・クラーク
「逆説の日本史16」井沢元彦
     
    

2010年1月10日日曜日

ああ中国人

ラグビー大学選手権決勝    
帝京大学 14-13 東海大学

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 母校(高校)の財団法人が後援している社会人向けの講座「寺子屋小山台」が昨日あった。今回は毎年お招きしている東洋学園大学の朱建栄教授が講師であった。「中国からみた日本」というタイトルで約3時間半にわたって講義と質疑応答の中味の濃い一時を過ごした。

 中国というと日本ではとかく斜に構えて見られがちだ。産経新聞でも先日自由主義先進諸国が手を出さないスーダンやアフガニスタンといった紛争国で、資源外交を展開する赤い帝国のことを苦々しいタッチで連載していたし、民主党政権が進めようとしている外国人参政権付与法案に対する反対理由として一党独裁国家中国による組織介入を警戒する意見もある。

 かつて北朝鮮を礼賛した朝日新聞は中国寄りだが、その他は全体として好意的とは言えないように感じる。自分としてはどう思うのか。マスコミは偏りがちだから相手の意見を聞くという意味で、朱教授の講座は毎年楽しみにしている。双方の意見を聞いた上で自分なりの考え方をもちたいものだ。

 今回は中国人そのものに関する話が面白かった。例えば中国人に何か頼みごとをする。してもらったら当然その場で御礼を言う。さらには後日、菓子折りとはいかなくても何かプレゼントして再度お礼をする。そんな行動は、日本人には違和感がないが中国人だと不快感を伴った違和感を持つという。

 この場合、中国人は後日お礼をされると、「それであなたとは貸し借りなしね」と言われているように受け止めるのだという。中国式には、「受けた恩義は次回別の事をしてあげる事で返す」となるのだと言う。その相互連鎖で互いの関係が深まっていくのだと。

 その根底には「大恩不言謝(大きな恩に対してはお礼を言わない、言葉ではなく別のもので返す)」という考え方があるそうである。だから日本のODAによる巨額の円借款にもお礼を言わないし(日本側からはお礼を言わないという批判がある)、だからといって何とも思っていないというわけではないのだ、と。所変われば、というやつである。知っているかいないかで大分違う。

 朱教授は日本と中国の文化をそれぞれ、「恥の文化と自己主張の文化」だと喝破する。以前も述べたが、まさに日頃思っていた通りで納得してしまった。赤い帝国中国ももはや単独で世界の覇権を握る事など不可能だと認識しているとの事。いずれは国政レベルで普通選挙が実現するだろうし、メディアの統制もインターネットの世界ではほぼ不可能になってきている(やっているが効果があがっていない)らしい。

 若者達の間には日本に対する反日的雰囲気は親の世代より薄れており、ファッションや音楽や漫画などは広く浸透しているらしい。その点では韓国よりは親しみやすいものがあると、個人的には思う。不必要な警戒論には踊らされたくはないものである。

 その他にも、
・ 白人なら無条件に相手を理解しようとするが、同じ顔の東洋人だと自分たちとの違いに目を向けがちな日本人の傾向
・ 中国人に対する頼み方と断り方
・ 軍事費増大の背景にある裏事情
などなど興味深い話が満載であった。

 「相手の立場からみる」事が大切だと教授は言う。まさにその通り。前々回に述べたが、今年は関わりあいのある人達との関係を大事にしたいと思っているが、その基本となるべき考え方だ。今回中国人の話を聞いて、「日本人てやっぱり良いな」と思う一方、彼らには彼らの世界があるのだと広く思える。これからもそんな気持ちで臨んでいきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「バフェットの教訓」メアリー・バフェット&デビッド・クラーク




     

2010年1月7日木曜日

お正月はラグビー

 ラグビーというと「お正月のスポーツ」というイメージを持っている人はかなりいると思う。まあ高校・大学・社会人と、全国大会がこの時期開催されるので無理もない事であるが、この時期試合をしているのは、「勝ち残った一部のチームだけ」なのである。

 もっともそんな一部のチームのハイレベルな試合を堪能できるのもこの時期のいいところである。結婚前は1月2日の大学選手権準決勝2試合は毎年欠かさず国立競技場に観戦に行っていたものである。最近は大阪の妻の実家に行く日なので、観れたり観れなかったりである。そして今日は高校生(花園)の決勝戦があった。

 優勝した東福岡高校は、今年はダントツの強さで優勝してしまった。まだ昼間の試合のビデオは見ていないが、ここまでの圧倒的な強さは全盛期のマイク・タイソン並みである。先日友人がベスト4に大阪朝鮮高校が残っているのを差して、「優勝したらどうする?」と不安気に聞いてきた(ちょっとアブナイ発言である)。しかし、私はベスト8の試合をダイジェストで見比べていたので、「大丈夫!東福岡に勝てるチームはいない」と断言していたが、その通りとなった(もっともその高校はベスト4で消えていったが・・・)。高校生といえども馬鹿にはできないものがある。

 大学生は今週末に対抗戦の帝京大学とリーグ戦の東海大学の決勝戦が行われる。どちらかと言えば現役時代に対抗戦で試合をした帝京に愛着があるので、やっぱり帝京を応援する事になるだろう。テレビでじっくり観戦だ。

 こんな具合にたくさん試合を観ているとやっぱり沸々と湧き上がってくるものがある。
「ラグビーやりてぇ~!」
と心から思うのである。

 今でも高校や大学のラグビー部にはシニアチームがあってやろうと思えばそこで出来ない事もない。しかし高校のシニアチームの試合など観ていると「そんな醜態を晒してまでやりたいか?」と思えてならない。60を過ぎたじいさんたちが、昔を懐かしんでよぼよぼとラグビーの真似事をしているのは微笑ましいのを通り越してみっともない。あんな中には入りたくはないものだ。

 私がやりたいのは現役時代さながらの正面からぶつかり合うラグビーだ。何かあれば即座に胸倉をつかみ合うような緊張感溢れる試合だ。ただ、運動不足で鈍りきった体では土台無理な話である。仕事から離れて2ヶ月くらいの時間があれば、筋力以外はかなり元の体に戻せるのではないかと思うが、それはまず無理な話。もうああいった緊張感のある試合はできないのか、と思うと何だか切ない気持ちになる。

 現役時代は練習を休みたいなと思ったり、何でラケット持って女子大生とテニスする方を選ばなかったんだろうと思ったりした事もあったが、あの時はラグビー漬けの、今から思うと本当に幸せな時代だったのだ。今やその時代の名残りと言えば、たまに集まってバカ話をする仲間たちだけだ。それはそれで良いのだが・・・

 まあそんな幸せな時代を過ごせた事を親に感謝しつつ、今週末はゆっくりと試合観戦をしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「家族の言い訳」 森浩美
「逆説の日本史16」井沢元彦
    


2010年1月4日月曜日

新春雑感

 大晦日から新年にかけて、我が家のスケジュールは毎年決まっている。大晦日に最後の大掃除と昼に年越しそば。夜は紅白を見ながらすき焼き。元旦は近所の北野神社に初詣に行き、破魔矢を買って帰る。午後は私の実家へ新年の挨拶に行く。2日から妻の実家(大阪)へ行く。当日午後はそのまま道明寺に初詣に行き、ここではおみくじを引き、なぜかベビーカステラを買って食べる。
とこんな具合だ。

 結婚以来、これは不変である。決まりきったスケジュールというのもこの時期は良いものだと思う。毎年どうしようかと悩む必要はないし、それは我が家に限らず、双方の実家もそうである。子供たちも年末年始とはそういうものだと思うだろうし、いつか巣立っていったあとも、「実家ではこうだったな」と思い出すだろう。

 いつもみているある人のブログでは、そこも年末は年に一度のすき焼きだという。もう定年を過ぎているその方は、この飽食の時代は食べ物にありがたみを感じなくなったと言う。昔は盆暮れのみ食べられた白米が楽しみで楽しみで仕方がなかったが、今はそんなにまでして食べるのが楽しみなものはない、と。贅沢に慣れ、その結果感動を失っていると・・・

 確かにそうである。その家では家族全員が年に一度の大晦日のすき焼きを心待ちにしているという。それが心地よいのだ、と。そういえば、我が家もすき焼きと言えば普段あまりしない。別にできないわけではないし、たまたまなのだが、言われてみればそういう考え方もある。「すき焼きは年末のみ」と決めるのもいいかもしれない(事実、1年振りのすき焼きは某所のおいしい肉を使ったせいもあって、美味だった)。

 大阪へ移動したあとの道明寺への初詣。これは妻の実家の恒例行事。私は内心毎年この日に行われるラグビー大学選手権準決勝2試合の方が気になって仕方がなかったのだが、第1試合の後半と第2試合の前半だけ観て、参拝した。

 参拝した後はいつもおみくじを引くのである。今年は小吉。だからどうだという事もないのだ。日本に生まれ育った以上、そうした風習に染まるのも悪くはないし、大事にしたいと思う。昨年も書いたが、「神仏は尊ぶが神仏を恃まず」で、風習としての神事には積極的に関わりたいが、困った末の神頼みだけは神様にも申し訳ないし、避けたいと思っている(といいながら昨年は密かに何度か弱音を吐いてしまったが・・・)。

 今年もまたその不変のスケジュール通りの年末年始を過ごした。家族はそのまま大阪で過ごし、私は本日帰京(1日休みをいただいたのである)。夜は大学ラグビー部のメンバーと久々に酒を酌み交わし、楽しい一時を過ごした。明日からの仕事始めに気分良く臨める。今年の目標はといえばいろいろあるが、関わり合いのある人達との関係を大事にしていきたいと思う。どんな一年になるか、すべて自分次第だ。

 ラグビー部の友人が別れ際、「良いお年を」と言ってくれた。そう、2010年は始まったのだ。その通りに今年もいい年にしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「くるま椅子のパティシエ」 ニッポン放送編
「逆説の日本史16」井沢元彦

     

2009年12月31日木曜日

現役

「年の瀬や 川の流れと 人の身は あした待たるる その宝船」
  宝井其角と赤穂浪士の大高源吾が交わした歌

年の瀬の「瀬」は、川が浅く流れが急なところを指す。一年のうちでもこの時期は急き立てられるように時間が経過する。昔の人は、急流を船で越すように、年の暮れを乗り越えるという感覚であったというが、それは現代でもあまり変わらないように思う・・・
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 工藤公康投手が現役続行を宣言し、横浜から西武へと移籍する事になった。古巣に復帰するわけであるが、かつて西武に在籍していた時はエースとして何度も優勝に貢献した。FAでダイエー、そしてジャイアンツと移り、3年間横浜に在籍した上での古巣復帰である。46歳、現役生活26年はこれまでの野村監督の記録を抜いて歴代最長である。

 さすがに横浜移籍以降は勝ち星も少なくなり、とうとう戦力外通知を受けた。それでも現役続行を宣言して西武に復帰である。行く先々で中心投手として活躍し、知名度も高くもうそうとう稼いだであろう。プロ野球選手は体力勝負。40歳を越えて現役でいる事は難しいだろう。西武に復帰してもエースどころか、中継ぎとかワンポイントリリーフとか、そんな脇役的なマウンドとなるだろう。なのになぜ現役を続けるのだろうか?

 確かな事は、お金や名誉や記録のためではないだろうという事だ。それらはもうみんな手にしているはずだ。体を気遣った食事メニューなんかも有名だし、そこには一日でも長くマウンドに立ち、一球でも多く投げようという強い意欲が伺える。たぶん野球がとことん好きなのだろう。

 引退したジャイアンツの桑田も最後はジャイアンツで勇退の道を断って、あえて投げる機会を求めてメジャーに挑戦した。全盛期の選手のような流行のメジャー行きではなく、ジャイアンツで投げる機会が与えられないまま引退していくのを避けるための悲痛なメジャー挑戦だった。残念ながら有終の美を飾るというわけにはいかなかったが、「まだ投げたい」という気持ちには感じるものがあった。

 サッカーの元日本代表、ゴン中山も戦力外通知にめげず、現役続行を宣言して格下のJ2チームに移籍した。すでに十分な実績と名声があるだろうし、辞めても食べていくことは十分可能だろう。あのキャラクターであれば、タレントとしてもやっていけるだろう。にもかかわらず、陽の当たらないJ2チームで新しいシーズンを迎える道を選んだ。それは金のためであるはずがない。やっぱりサッカーが好きで、まだまだやりたい、やれるという気持ちが強いのだろう。矢吹丈のようにまだ心の中で燃えきらない灰が燻っているのかもしれない。

 ずっと続けてきた事を、ただ好きだから続けたいという気持ちだけで努力を続ける姿には心打たれるものがある。工藤や中山のファンだったというわけではないが、やっぱり一日でも長く現役を続けられるように応援したいと思う。

 スポーツ選手に比べたら体力的な限界はないのかもしれないが、アーチストの中にもそういう人はいる。矢沢永吉は還暦を迎えてもなお、現役のロックンローラーを続けている。桑田佳祐はいまだに同世代のみか若者にも受ける新曲を出し続けてヒットチャートに君臨している。新日鉄釜石で一時代を築いたラグビーの松尾は、今はラグビーでは2流の成城大学の監督をやりながら日本のラグビー界を底辺で支えている。

 工藤に現役最長記録を抜かれるまではずっと記録保持者だった野村監督の現役時代の座右の銘は「生涯一捕手」だった。自分はずっと一人のプレーヤーだというアイデンティティーをもって現役を続ける姿は見習いたいと思う。自分にはそんな一流の何かがあるわけではないが、気持ちだけはそういうつもりでいたいのだ。

 慌しい年の瀬。日付が変われば新しい年が明け、気がつけばいつもの日常生活。日々の生活の中に流される事なく、来年も何か心に残るような事を一つでも多く残したいと思うのである・・・


【本日の読書】
なし


     

2009年12月28日月曜日

ライバル2

 受験の時に久しぶりに会った彼であるが、まったく変わっていなかった。お互いの嗜好も合わないまま。当時私はアントニオ猪木と新日本プロレスのストロングスタイルのプロレスが好きであったが、彼は全日本プロレスの天龍源一郎のファンだった。私は天龍のドンくさいプロレスは嫌いだった。

 一緒に受験し、一緒に合格発表を見に行った。受かるかどうか不安だったが、かと言って別々に行くのも逃げているようで嫌だったのだ。合格発表を見に行く道中、彼は自分は落ちると思っていて、浪人に備えて準備していると私に語った。ラジオ講座のテキストを買い、家で勉強しながらバイトもして、毎月2万円家に入れるのだと、そんな計画だった(私はといえば、その時自分だけ受かったら彼に何と慰めの言葉をかけたらよいだろうかと考えていたのである・・・)。彼は家があまり豊かではなく、したがって受験は国立のみ、予備校なんてとんでもないといった具合だったが、その点では彼も偉かったのだ。

 合格して飛び上がって喜ぶ彼の横で、私は掲示板を隅々まで探したが、自分の受験番号は見つけられなかった。屈辱的だったがオメオメ帰るのも癪だから合格手続きに付き合った。1年くらいの遅れはどうって事はない、来年受かれば良いのだ、そう自分に言い聞かせた。

 だが問題があった。予備校に行って受かっても、それはむしろ当然で、彼に追いついた事にはならない。彼がやろうとしていたのと同じ条件で受からないと・・・それで帰りの電車の中で、私は彼に自分も予備校には行かないと宅浪宣言した。彼は浪人生活に備えて自分が買っておいたテキスト一式を、その日のうちに私の家に届けてくれた。

 親や親戚はなぜ予備校に行かないのか、としつこく聞いてきた。私は浪人生は現役よりも遥かに使える時間が多い事、勉強するのも受験科目だけで良いこと、したがって現役生より有利であり問題はない、と論理的に答えていたが、本当のところは彼に負けたくなかったからなのだ。とはいえ、さすがに家に2万円入れるのは困難だったからやれなかったが・・・そして翌年、私は宣言通り彼に1年遅れて志望大学に合格した。

 彼は目標に向って猪突猛進するタイプである。弁護士になるのが目標で、脇目も振らず勉強して弁護士になった。同じ目標を立てて、同じ法学部で学んでいたが、私は法律と肌があわず、方向転換して金融の世界へ進んだ。法律は言ってみれば私にとっては「長距離走」と同じで、自分が生きるフィールドではないと判断したので、それは問題ない。

 あとはどれだけ充実した人生を送るか、だ。大学時代はそれなりに勉強したし、何よりラグビー部に入って世界が広がった。彼の4年間よりは充実していたはずだ。彼はまったくの奥手だから、女の子と付き合った経験だってこちらの方が上だろう(もっともフラれたのをマイナスとカウントするとトータルでは惨敗してしまうが、プラス面だけ比較することにする)。

 収入面では劣るかもしれないが、子供はうちの子の方が絶対可愛いだろうし、仕事面の充実振りや、仕事以外での世界の広がりでも負けていないだろう。もう10年以上会っていないが、いつか会った時にこの充実振りを見せつけてやるのだ。特急電車の如く人生を送るあいつに、各駅停車ながらも一駅一駅で人生を楽しむ姿をみせてやりたいと思うのだ。まだまだ負けるわけにはいかない。そのためにも来年もより一層心豊かに楽しく過ごそうと、そんな風に思うのだ。

 もうまもなく、あいつからまた味気ない年賀状が届くはずだ。それを凌駕する明るい年賀状を送りつけないといけない。今年は遅れをとったが、これからやるとしようと思うのである・・・


【本日の読書】
「よくわかる経営分析」高田直芳
「ストロベリー・フィールズ」小池真理子
     

     

2009年12月27日日曜日

ライバル1

 就職試験の面接で、「ライバルはいますか」と学生たちに尋ねると、「ライバルは自分です」と8割方が答えるそうである。そもそも今の時代ライバルのいる人なんていったら、何かスポーツでポジション争いをしているとか、そんな人だけなのではないかな、とふと思った。かく言う私自身も、これまでライバルなどと呼べるような存在はいなかった。

 「いなかった」と言いつつも、一人の男の顔が脳裏を過ぎる。その男は小中学校の同級生だ。といっても決してライバルという存在ではない。「ライバル」を定義するなら、「同レベルで甲乙つけ難く争っている者」と言えるだろう。そういう意味でも彼はライバルではない。

 確かに何かにつけて張り合っていた事は事実だ。小学生だから、それは本当に些細な事だった。例えばなぜか彼は中日ドラゴンズのファンだった。ジャイアンツファンの私とは、したがってよく互いの勝敗に一喜一憂していたものだ。ちょうどジャイアンツがV10を逃した年に優勝したのがドラゴンズだったから、彼は有頂天だった。私はその年の最終戦、長嶋茂雄が自らが引退するまさにその試合で、相手のドラゴンズからホームランを打って一矢報いた、といった具合だ。

 野球と言えば、彼も私もチームこそ違えど近所の野球チームに所属していた。彼の運動神経はお粗末そのもので、野球をする姿は滑稽。下手なお笑い芸人より笑わせてくれた。スポーツ全般で彼は私の足元にも及ばなかった。しかし、そんな彼でも唯一得意だったのが長距離走だった。

 中学生の時に品川区のマラソン大会に出場し、5キロ走った事がある。エントリーしたあと、彼と私を含む4人ぐらいで練習し、本番を向かえた。4人の中でトップは彼で、私は2番。もっともその時から、ただ黙々と走るだけの長距離は退屈この上なく、好きになれなかった私は、負けても悔しくもなんともなかった。長距離は私が闘うフィールドではないのだ。今も長距離では、他では負けず嫌いを自負する私でも、負けて悔しいという気持ちは起こりえない。

 将棋も彼には負けた事がない。彼は「将棋世界」という雑誌を定期購読し、勉強して初段をとった。私にそれを自慢しに来たが、ではと勝負をしてはそれまで通り返り討ちにした。無冠の私は彼にたった一度引き分けただけで、無敗を守り通したのだ。とてもではないが、彼は私のライバルたり得なかったのだ。

 高校は互いに違う都立高校に進学したため、年賀状だけのやり取りになった。大学受験を間近に控えたお正月、彼からの年賀状に息を飲んだ。彼はそこで私が目指しているのと同じ大学を受験すると宣言していたのだ。しかも同じ法学部だ。プレッシャーがかかってしまった。彼が長距離走に加えてもう一つ私より勝っていたものが、「勉強」だったのだ・・・

     


2009年12月24日木曜日

サンタクロース奮闘記

 街にジングルベルが流れるこの季節は、子供の頃から大好きな季節である。大人のクリスマスには反発を覚え(あんまり良い思い出がない)、浮かれている人達に向かっては、「けっ!」となってしまうが、やっぱり子供の頃からの印象ゆえか、この時期は心ウキウキするものがある。

 とはいえ、大人は大変である。早くから我が家の子供たちにサンタさんにお願いするものをリサーチし、心積もりをする。長女はDSの「ともだちコレクション」。長男は仮面ライダーWのベルト。

 12月に入りそろそろ買いに行くかと、会社帰りにまずはヨドバシカメラへ。ポイントが溜まっていて有効期限が近づいていたのだ。ところが、山のように積みあがったグッズの中に肝心のベルトがない。店員さんに聞いてみたら、売り切れでいつ入荷するかわからない、との事。たらり、と何やら嫌な予感とともに冷や汗が流れる。

 翌日仕事を早目に終えて、池袋へ。最初に行ったトイザらスも売り切れ。ならばと向ったヤマダ電機もビックカメラも売り切れ(最近は家電量販店でおもちゃを買う時代なのだ)。どうしようかと頭を抱えていたら、やっぱり仕事帰りと思しきサラリーマン風のサンタクロースがやってきて、キョロキョロしている。向った視線の先はといえば、ほんの少し前に藁をもすがる心境で私が何度も眺め回した棚。「売り切れみたいですよ」と優しい言葉をかけたくなった。そのあとの西武・東武のデパートもなし。

 さればとてネットで検索すると、4,700円ちょっとのベルトが、7,000~8,000円の価格はザラで、中には15,000円なんてとんでもないプレミアムがついて売られている。いくら子供のためとはいえ、そこまでしたくはない。みんなが殺到すれば、そんなところへは行きたくないという反発精神がこんなところでも働いてしまう。

 17日にはヤマダ電機で売り出しとのニュースをキャッチしたが、朝一で完売したらしい。豊島園のトイザらスは18日に入荷したが、私も妻も両方都合がつかず、やっぱり諦める。もっと早くに動けばよかった。やむなく第2希望のリボルキャリーに変更。

 こちらも南田中のヤマダ電機やトイザらスでは先週末に売れきれになり、明らかにベルトから流れてきたサンタが買っている傾向が伺えたので、あちこち走り回りダイエーでGET!(トイザらスより1,000円高かった・・・(T_T))

 思い起こせば、子供の頃サンタさんに救急車をリクエストしていたが、消防車をもらった事があった。「なかったんだって」という父親の説明に「ふ~ん」と答えた記憶がある。あの時のサンタもきっと仕事帰りに、今はなき武蔵小山商店街のおもちゃ屋「ささや」で探したんだろうなと思う。救急車がなくて、サンタさんがその時どんな心境だったか、今ならわかる気がする。

 いろいろとサンタさんにプレゼントをもらったと思うのだが、なぜだか覚えているのはその時もらった消防車の事だけだ。サンタさんの残念な気持ちが伝わったのかもしれない。ベルトをもらう気満々の長男はどんな反応を示すのだろう。もっと早くに動いていればと残念で仕方ないが、ひょっとしたらリボルキャリーもずっと記憶に残るプレゼントになるかもしれない。そうだと少しは報われる気もするが、どうだろうか。

今夜、そんな親の心は知らず、子供たちはどんな夢をみているのだろうかと思うのである・・・
  
 
【本日の読書】
「よくわかる経営分析」高田直芳
「ストロベリー・フィールズ」小池真理子

    
    
       

2009年12月22日火曜日

JINにみる真のプロフェッショナル

 本日は二十四節気にいう「冬至」。野菜が不足しがちなこの時期に栄養価の高いかぼちゃを食すのも、精油成分や有機酸類が含まれ香りのよい「柚子湯」につかるのも、健康を保つという発想から、経験によってその科学的効用を知っていたからであり、そこには無病息災への祈りが込められている。また、冬至は年間を通して夜が一番長く昼が最も短い日でもある。つまり、この日以降は太陽が出ている時間がしだいに長くなり、「一陽来復」と言われるように「陰極まりて陽再び生じ始める日」でもある。「悪いことが長く続いたあとで,ようやく良い方へ向かうこと」という意味でも使われるが、一陽来復、季節が巡るように、誰のもとにも良い時期が必ず巡ってくるものだと、そう信じたいこの日この頃である・・・
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 テレビドラマ「JIN」が、先日最終回を迎えた。我が家の奥様も「話しかけないで!」とあらかじめ周りをシャットアウトしてテレビの前に陣取っていた。私自身はこのドラマは観ていない。しかしながら週に一度の楽しみにしている漫画喫茶で毎週1巻ずつ読んでいる。ドラマはほぼ原作通りに進んでおり、原作はまだまだ続くのであるが、ドラマは途中で終了となったようである。

 ストーリーは現代に生きる医師南方仁が江戸時代にタイムスリップしてしまう話である。140年ほど前の時代に現代の医療技術を持った医師がタイムスリップしたら・・・ちょっと想像しても面白そうであるが、実際漫画も面白く、ドラマも久々のヒットで視聴率も良かったようである。

 ところで原作を読んでいてつくづく思ったのである。現代の医師であれば誰でも南方仁のように活躍できるわけではないだろうな、と。ドラマの面白さはひとえに南方仁の創意工夫にかかっている。何せ現代医学の知識があるとはいえ、時は江戸時代、満足な道具が揃っているわけではない。仮に病名と手術の仕方を知っていても、何もない江戸時代ではどうしようもないだろう。

 例えば、エピソードの一つとして南方仁が梅毒治療のためペニシリンを精製するところがある。当時はまだペニシリンが発見されていない。「ペニシリンが効くんだがなぁ」と言ったところで、誰も凄いなんて言ってくれない。現代の医師であってもぶつぶつ言っているだけだったら、ただのでくの坊だ。ところが南方仁は、曖昧な記憶を頼りに手に入るものを使ってペニシリンを精製するのである。

 また、麻疹やコレラの流行に際しても、独自に工夫した点滴や原始的な療法で被害の拡大を防ぐ。江戸煩いとまで言われた脚気も、ビタミンB1を含む食物を取る事で治療する。ビタミンB1を多く含む食物を取ろうとしなかった患者に対しては、現代のアンドーナッツ仕立てのお菓子にして食べさせるといった工夫までするのである。そこには単に医療技術に留まらない、医学知識や食物や昔の人の知恵などの深い知識が見え隠れする。「設備が整っていないから治療できない」などと言っている医師にはとうていできない事である。

 現代は確かにかつてから比べたら遥かに進んでいる。しかし上っ面だけ使いこなせているからといって、果たしてそれが本物だろうかと考えてみてしまうのだ。例えば今の自分が江戸時代にタイムスリップしたとして、銀行員としての知識で当時の人々の尊敬を集められるようなものを、果たして示せるだろうか。「EXCELを使えば簡単に導き出せる」値を果たして紙と鉛筆で出せるか、と言ったらかなり心もとない。それどころかソロバンも使えないし、きっと商家の丁稚にも笑われてしまうに違いない。そういう意味では技術系の人なんかは有利かもしれない。

 技術系は確かに有利な部分はあるかもしれないが、自分の持っている知識と経験とが「道具頼み」になっていないかはよく考えてみる必要がある。何も江戸時代にタイムスリップしたら、なんて空想をする必要はない。アフリカあたりに行って、現地で放り出されたとしたら食べていけるかどうかでもいいかもしれない。言葉の問題はあるとしても、そこでも通用するようなものを身につけていたいと、漠然とではあるが思うのである。

 ドラマは終わってしまったが、原作はまだ16巻中の8巻目。終末の金曜日の仕事帰りに寄る漫画喫茶。まだまだゆっくりと楽しめそうである・・・


  
【本日の読書】
「よくわかる経営分析」高田直芳
「ストロベリー・フィールズ」小池真理子

    

2009年12月19日土曜日

フランダースの犬

今年生まれた赤ちゃんの名前ランキング

【男の子】             【女の子】
第1位(昨年1位)大翔「ひろと」 第1位(昨年4位)凜 「りん」
第2位(同6位)翔太「しょうた」   第2位(同 8位)さくら
第3位(同2位)蓮 「れん」      第3位(同 3位)陽菜「ひな」
第4位(同8位)颯太「そうた」     第4位(同 5位)結愛「ゆあ」
第5位(同10位)蒼空「そら」    第5位(同 6位)結奈「ゆな」
(ベネッセコーポレーション調査)
なんだか漫画の主人公みたいだなと思ってしまった・・・
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 自分が本好きだという理由もあるが、子供には読書の習慣をつけさせたいと常日頃考えている。小さい頃は図書館で借りてきた紙芝居を中心にし、やがて絵本から徐々にレベルを上げていく。幼稚園年少の長男は紙芝居と絵本が中心。小学校3年の長女には図書館で目についた本をパラパラとめくって、なるべくきちんとしたストーリーのモノを選ぶようにしている。

 自分で選ばせると、「ずっこけ3人組の~」とか「解決ゾロリシリーズ」なんかを読みたがるから、こちらでも選んでいるのだ。もっとも楽しいのが一番だから、そういうのも禁止したりはしないし「ブラック・ジャック」もそんなわけで読ませている。

 しかし、どうにも何か物足りない。もっと何か娘の心にインパクトを与えるようなものを読ませたいと思っていた。そんなところに思い出したのが「フランダースの犬」である。ちょうど日本版「フランダースの犬」という触れ込みの映画のCMをやっていたので思い出したのだ。「これだ!」と。

 さっそく読ませる事にした。実は私もいつだったか子供の頃、従妹の家でこの本を偶然読んだことがある。一気に読んでしまったのだが、その時子供心に大感動してしまった。ちょうど今の長女くらいかもっと小さかった頃だからちょうどよい。長女がどんな反応を見せるだろうか、とわくわくしながら何気なくページをめくる・・・

 おじいさんと二人暮らしの少年ネロが、虐げられて弱っていたパトラッシュを見つけ一緒に暮らし始める。貧しい中、ネロはパトラッシュと牛乳配達をして家計を助ける。絵が好きで、一度でいいからルーベンスの絵を見たいと憧れるも、お金がなくて見られない。そんな願望を友達の少女アロアを描いて紛らす。

 ある日アロアの家の小屋が火事になり、貧乏なくせに娘と仲良くするとネロを快く思わないアロアの父によりネロは放火の濡れ衣を着せられる。それが元でネロは仕事を失う。おじいさんも亡くなり、お金がなくなり、住んでいた家も追い出され、飢えと寒さの中、行き場を失ったネロは最後に憧れていたルーベンスの絵が飾られている大伽藍に行く。そして月明かりの中、ようやくルーベンスの2枚の絵を見る事ができたネロは、パトラッシュとともに静かに眠りにつく・・・

 何十年か振りに読みながら、不覚にもまたうるうるしてしまった・・・最近涙腺が緩くなっているから、子供の前だと危ない。それにしてももう少し周りの人達が早く手を差し伸べていたら、と子供のお話にも関わらず真面目に考えてしまう。自分はそんな時に手を差し伸べられる大人でありたい。そんな風に思う。

 さて、長女はこの本を読んでどんな感想を持つのだろうか。ちょっと楽しみである・・・


ネロが最後に見たルーベンスの絵
















2009年12月16日水曜日

終末のフール

 「終末のフール」を読んだ。ここでは詳しくは述べないが、小惑星の衝突により3年後に人類が滅亡するとわかった仙台市内のあるマンションの住人たちを描いた小説である。
読みながら、また妄想を膨らませた。もしも、3年後に人類が滅びるとしたら、自分はどうするだろう・・・

 たぶん、腹を括って残りをいかに充実して過ごすか考えるだろう。仕事は辞めて、子供たちと遊び、毎日映画を観て、本を読み、日本国中を車で旅するのもいいだろう。ハワイに行って、青い海と空を眺め、ビーチパラソルの下でトロピカルドリンクを飲んで、本を読むのだ。その前に少し走ってシェイプ・アップしないといけない。そうして最後の日を穏やかに迎えるのだ・・・

 となんとなく考えたが、ふと気がついた。他の人はどうするのだろう、と。そして重大な事に気がついた。みんながそんな風に考えたら、大変な事になる・・・

 当たり前の事だが、この世の中は相互依存社会だ。何をするにもどこかの誰かの力が必要になる。映画を観るには創る人がいて、上映する映画館があって(もちろん、そこで働く人がいて)、本屋さんで働く人がいないと本は買えないし、テレビもビデオもDVDも、そもそも電力の供給が止まったらそこまでだ。

 銀座に行くのだって西武鉄道の人達が働いていないといけない。車だってガソリンを供給してくれないとすぐに鉄くずだ。それに何より食料の流通に携る人達がいなくなったら、食べるものもなくなる。ただでさえ、食料自給率の低い我が国だ、たちまち飢えてしまう。食料の争奪戦が始まっても治安を維持する警察官が働いていなければ、まさに弱肉強食の無法地帯。3年どころか3ヶ月ともたないかもしれない・・・

 つまり、仕事を辞めて余生を面白おかしく過ごすためには、社会に生きる人達に今まで通り働いてもらわなければならない。それはまた自分も働かなければならないという事だ。「2012」では、混乱を恐れた各国首脳は人類滅亡のニュースを伏せて水面下で箱舟を用意した。終末のフール」では逆に8年前に公表し、混乱の5年間を過ごした。やっぱり、公表されて知ってしまうと自滅する可能性の方が高そうだ・・・

 でも調和を重んじる日本人なら、ひょっとしたらすべてを説明されれば、今の秩序を維持しながら最後の日を迎えられるかもしれない。一部には自暴自棄になる者たちも出てくるだろうが、みんなで協力し合って3年間を平和に過ごそうとなったら、他ならぬ我々日本人ならできるかもしれない。そんな風に思ってしまう。単なる希望的観測かもしれないが、できないとも言い切れない。

 自分はどうだろうか。たぶんそういう説明がなされれば、今と同じように働き続けるだろう。毎日映画を観て、本を読んで、日がな一日子供と遊ぶ優雅な生活は、今でも出来ないのだから仕方がない。まあ残り1週間となったら、そこらあたりでいよいよ休むかもしれない。途中1週間くらいの休暇ならこれまで通り取れるだろうし、短い時間だがハワイでトロピカル・ドリンクも堪能できるだろう。もしも、そんな事態になったとしても、やっぱり世の中の為に働き続ける意識は大事だと改めて思った。

 妄想はあくまでも妄想だ。果てしない妄想だ。だが、どんな事態になったとしても、やっぱり世の中の一員だし、自分なりに果たせる役割をはたさないといけない。そんな自覚を持ち続けたいもだと思うのである・・・


【本日の読書】
「よくわかる経営分析」高田直芳
「ストロベリー・フィールズ」小池真理子



     

2009年12月15日火曜日

ネコ派な自分

年間ベストセラー
総合1位 「1Q84」(1)(2)  
  2位 「読めそうで読めない間違いやすい漢字 誤読の定番から漢検1級クラスまで」 
  3位 「ドラゴンクエストIX 星空の守り人 大冒険プレイヤーズガイド」
  4位 「新・人間革命」(20)  
  5位 「日本人の知らない日本語」        
   (トーハン調査より)
なんと一冊も読んでいない・・・
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 前回の記事を書いていて考えた。昔から犬派、ネコ派という議論がある。どちらかと言えば私はネコ派だ。高校生の時から実家でネコを飼っていた、という事実もその大きな要因であるのだが、性格の違う犬とネコとを比較すれば、やっぱりネコの方に近いと思うからである。

 ネコは人に媚を売らない。
犬に比べれば可愛げがないかもしれない。犬を飼っているある友人が言うには、なんで犬が可愛いかと言うと、「家に帰った時に家族で唯一玄関まで迎えに来てくれる(しかも尻尾を振って嬉しそうに)」からだそうである。確かに、誰も迎えてくれない私としては、もしもそんな犬が迎えに出てきたら愛おしく思うだろう。ネコは絶対そんな真似はしない。

 唯一、人に寄ってきて甘えるのは腹が減った時だ。餌をくれる人(実家では母親だった)に擦り寄ってにゃーにゃー鳴く。しかしそれも甘えるというよりは、腹が減ったと茶碗を叩く子供のようで、媚びるというよりも「早くしろよ」と言っていたのかもしれない。

 夜になるとよく私の布団に潜り込んできたが、それも恋人が彼の布団に潜り込んでくるようなかわいらしいものではなく、そろそろ温まった頃だから入ってやろうと言わんばかりだった。きっとプライドが高いのであろう。ごろりとする時も畳の上ではなく、座布団の上だったり、何もないと人が読んでいる新聞の上だったり、とにかく直接座ったりはしない。読んでいる新聞の上にどさりと座られ、おもむろに体中を舐めて毛づくろいされると、その偉そうな態度に呆れる事しばしばだった。

 遊んでやるかと呼んでみても、興味なさそうにあくびしてそっぽ向くことしばしば。呼んだ立場がないだろうと文句を言ったものである。それでも気が向いて遊ぶ時は真剣だ。ネコじゃらしなどには目の色を変えて追い回す。顔を掌で掴むと、前足でその手を掴み、後ろ足でこちらの前腕部に連続ネコキックをかましてくる。こちらがその気になって本腰を入れようとすると、さっと興味を失ったように向こうへ歩いて行って座布団にどかりと座る・・・

 人が右へ行くなら我は左と思う私としては、たぶん前世が犬かネコのどちらかだとしたら、間違いなくネコだと思う。プロレスを観戦していても、周りが興奮して拳を振り回す中で一人じっくりとリングを見つめているし、全員総立ちのコンサートは「じっくり座って聴けない」という唯一の理由で行きたいと思わない。映画『2012』で人を押し退けたくないと思ったのも同じ理由だ。

 昔読んだ星新一のショートストーリーでは宇宙からやってきた宇宙人に、この星の支配者は人間ではなくて自分たちだよと語るネコの話があった。人間は自分たちに仕えるために文明を築き、働いているのさと座布団の上に寝転んで宇宙人に答え、その宇宙人はなるほどと頷く内容だった。それもある意味事実なのかもしれない。

 人間からすれば媚を売らずに可愛げがないかもしれないが、ネコはなんとなく自分の世界をしっかりと守っているような気がする。その昔書いた自作の童話もネコを主人公としたものだったのは偶然だが、やっぱり自分は犬派よりはネコ派だよな~と思うのである・・・



【本日の読書】
「天使と悪魔(下)」 ダン・ブラウン
「ストロベリー・フィールズ」小池真理子

      

2009年12月12日土曜日

ペット天国

【夫婦に関するいくつかのアンケート調査結果より】
●既婚者に聞いた夫婦円満の秘訣
20代・・・「会話の時間を多くもつ」
60代・・・「プライバシーの尊重」

●「生まれかわっても、今の配偶者と結婚したいと思いますか」
20代男性・60代男性ともに・・・半数以上が「YES」
20代女性・60代女性ともに・・・半数以上が「NO」

●夫や妻にほぼ毎日イラッとする・・・夫が7%、妻は23%
週1~3回の頻度でイラッとする・・・夫が36%、妻は63%

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この時期にしては暖かな本日、年末大掃除第一弾として私は窓のシャッターを洗っていた。そこへ通りかかった犬を連れた年配のご夫婦と、やっぱり犬を連れて買い物へ出かけようとして出てきたお向かいの奥様が鉢合わせ。そこで互いのペット談義が始まった。話の内容からするとお互い見ず知らずの間柄だったようであるが、互いのペットをだしにして5分ほど話し込んでいた。我が家ではペットを飼っていないが、ご近所ではかなりの家でペットを飼っている。

 かつて動物を飼うという事は、牛や豚や鳥は食用だし、馬は使役、犬は番犬か猟犬といった具合に、それぞれ働く役割があった。昔、御代田の伯父の家でもネコを飼っていた。が、それは「ネズミ対策」のためであった。したがってその家のネコも「ネコっ可愛がり」されていたわけでもなく、餌は残飯のいわゆるネコマンマだし、生まれた子猫はおばさんが「沢にぶちやる(捨てる)」有り様だった。

 そんな動物たちは、現在は(特に都心では)「家族」という新たな役割を与えられている。餌やら服やらはどんどんと進化し、贅沢になっている。先日仙台に出張した際は、郊外にペット専用霊園ができているのを発見した。そんな環境下だから、ユニ・チャームグループのユニチャームペットケア株式会社などは、今や拡大する市場にあわせて業績絶好調だという。

 こうした背景としては、核家族化で家族が少なくなっている事もあるだろう。子供が巣立っていった後に残された夫婦が、それを埋めるためにペットを飼うというケースなどだ。そして何よりも世の中がそれだけ豊かになってきた証に違いない。今やペット可の賃貸マンションも喫茶店・レストランも珍しくない。ニュージーランドでは人間の数よりも羊の数のほうが多いらしいが、少子化の進む我が国もそのうち人間の数よりもペットの数の方が多いという事にもなるかもしれない。

 我が家には今のところペットはいない。二人の子供がいて賑やかだからいなくても何ら寂しい事もない。しかし、妻はいずれは犬を飼いたいと思っているようである。ほぼ毎日イラッとしている相手と将来二人っきりになったら堪らないと思っているのかどうかは定かではないが、「鎮静剤」としての役割を果たしてくれるのであれば、私としても歓迎したいと思うのである・・・


【本日の読書】
「終末のフール」伊坂幸太郎
「天使と悪魔(下)」ダン・ブラウン
 
     

2009年12月10日木曜日

ああ日本人

第一条 和を以って貴しとなす
第二条 篤く三宝を敬え、三宝とは仏法僧なり
第三条 詔(天皇の命令)を承りては必ず謹め 君は天なり 臣は地なり
                          (十七条憲法)
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中国に留学経験もある同僚氏。
彼の語る中国人の姿は誠に面白い。
今回はさらに韓国人の話も聞いた。

それは彼が中国留学中のこと、同じ留学生のクラスメート(日本人と韓国人)とでバス旅行に出掛けた時の事らしい。最初は日本人韓国人それぞれバラバラに満員のバスに座っていたという。それがトイレ休憩が終わってバスが走り出したところ、気がつくと通路上の補助席はすべて日本人で埋め尽くされていたという。というのも、トイレ休憩中に戻ってきた韓国人はみな通常座席に座ってしまったからだそうである。座席の上に荷物が置いてあっても、「勝手にどけて」座ってしまったらしい。日本人は「自分の席」に韓国人が座っているとおろおろしてしまい、結局残った補助席に座るハメになったのだという。クラスメートでも平気でそんな事をする韓国人に、彼は度肝を抜かれたらしい。

日本人ならレストランでもちょっとした小物でも置いてあれば、「誰かが席を取っているのだ」と考えて遠慮する。他人の(それもクラスメートのだ)荷物をどけて座ってしまうなどという事はしない。国際社会で日本人が出遅れるのは言葉の壁だけではないようだ。

そんな話を聞いていたら、先日ディズニーランドでの出来事が記憶に蘇ってきた。あるクリスマスのオブジェの前で写真を撮っている家族を見かけ、我が家も撮ろうと言うことになった。シンデレラ城をバックにしたそのオブジェは絶好のフォトスポットだったのである。すでに次を待っているらしい家族がいたので、我が家はその後に並んだ。そうしていざ我が家の順番が来て、ふと気がついたら後にずらりと列ができていた。

ちょうどパレードが終わったところだったので、通りかかった人が次々に並んでいたのである。みんなお行儀よく並んでいる。写真を撮る人達も1~2枚撮るとすぐ次の人に譲る。子供がもたもたしていたりすると、お母さんが「早くしなさい」と子供を叱る。誰に言われたわけでもないのに、自然に列をつくり、次の人の事を自然と考えての行動を取る。そんな話を彼にしたところ、「中国人や韓国人は絶対にそんな事はしない」と唾を飛ばしながら答えてくれた。

幼稚園では「かわりばんこ」「じゅんばんこ」と言われながら育つ。わんぱく坊主は時に従わなかったりしても、そういう環境の中で、自然とそうすべきだという事を身につけていく。そうした日本の文化は実にすばらしいと思わずにはいられない。我こそと人を押しのける事なく、周りとの調和を重んじる精神文化は、「逆説の日本史」の作者井沢元彦氏によると聖徳太子の十七条憲法にすでに見られるという。天皇よりも仏教よりもまず「第一条」に「和」が大事と謳われている。

マクドナルドでは、人を押しのけなくていかなくても順番に注文を聞いてくれる文化。スーパーのレジで気を抜いていても割り込みされる心配のない文化。なんと居心地のよい社会に我々は住んでいるのである。「日本の社会はすばらしい」と喜ぶと同時に、そんな社会をこれからもきちんと維持していこうとする努力を忘れてはならないだろう。安易な移民政策には断固として反対していきたいものである。

親としても一人の社会人としても子供たちに伝えていきたいカルチャーだと思うのである・・・


【本日の読書】
「終末のフール」伊坂幸太郎
「天使と悪魔(下)」ダン・ブラウン
  

            

2009年12月7日月曜日

みかん狩り

 昨日は家族と両親とでみかん狩りに行った。イチゴ狩りからスタートした我が家の味覚狩りシリーズ(イチゴ→さくらんぼ→桃→ぶどう)の最後を飾るイベントである。場所は神奈川県の山北村。東名高速大井松田インターから少し行ったところである。

 実は両親がここでみかんの木のオーナーとなっている。よくあるものだが、年間15,000円ほど出資し、手入れはすべて農家の方がやってくれ、収穫だけできるというものである。孫と触れ合いたい両親がその一心でオーナーになっているのである。

 一本の木と言っても今回はかなり実り多い木であった。目安として100キロという説明であったが、目算で15キロのダンボール8箱分くらいあったから、まあかなり良かったのではないかと思う。子供たちも喜んで鋏を持って収穫していた。3世代で和気藹々とやるのだから、まあいいレジャーなのかもしれない。

 それにしても、と例によってすぐソロバンを弾くのが私の習性。「我々の」木のあった一角にはおよそ30本くらい同じような木があった。@15,000円としてその一角で450,000円。他にどのくらい所有しているのかわからないが、仮に100本としても1,500,000円。それだけで食べていけるほどではない。

 実はこの日は村を上げてのオーナー祭り。前回は何もなく、みかん狩りしかできなかったが、お弁当を売っていたり、畑から取ってきた野菜を売っていたり、無料の豚汁サービスがあったりとなかなか賑やかであった。1,000円出すと畑で5種類の野菜の収穫まで体験させてくれたので、子供たちにもやらせる事にした。ジャガイモを掘り、蕪と大根を引っこ抜き、白菜を切り取り、山芋をほじくって楽しそうであった。こうした野菜の収入がどれほどかはわからないが、やっぱり農家は大変だろうと実感させられた。FTA(自由貿易協定)を恐れて、締結に反対する農家の考え方も現場を見ると理解できる。

 祭りの世話役はみんな高齢者だったが、若い人達の姿もちらほら見えた。きっと後継者なのだろう。オーナー祭りのようなイベントはひっとしたらこうした若い人達のアイディアなのかもしれない。宅急便の受付場所を設けたりして利用者の利便性も高められていた。100キロを越えるみかんとなると家族だけでは食べきれない。帰る時に見ると宅急便の箱が積み上がっていたので、大分利用があったようである。

 朴訥とした田舎の人達の手作り感丸出しのイベントで、不案内でおろおろする事も多かったが、その分肩肘張らずにのんびり楽しめたのも事実である。こうした都会の人を引きつける工夫を凝らせば、不況だなんだと暗い顔をしていなくてもすむかも知れない。仙台で元気に頑張る先輩の事を思い浮かべながらそんな事を考えていた。

 子供たちも喜んだし、両親も喜んでいた(帰りの東名高速の事故渋滞がなければもっと良かったのだが・・・)。また利用したいと思うが、農家の人達にも頑張ってこうしたイベントを続けてほしいものである。
 家族のためにも、日本の農業の未来のためにも、来年もまた行きたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「サブプライム後の新資産運用」中原圭介
「天使と悪魔(下)」ダン・ブラウン
     

    

2009年12月4日金曜日

2012

 映画『2012』を観た。
地殻の大変動によって絶滅の危機に立たされた人類が、現代版箱舟を作って生き残ろうとする物語である。詳細は「マイシネマ日記」に譲るが、こういう映画を観るとつい「自分だったらどうするだろう」と考えてしまう。

 映画では4種類の人間が登場する。
すなわち、
 ① 箱舟に乗る権利があって乗ろうとする人
 ② 箱舟に乗る権利はあるが、(他人に譲って)乗らない人
 ③ 箱舟に乗る権利はないが、乗ろうとする人
 ④ 箱舟に乗る権利はなく、また乗ろうともしない人
果たして自分はどのタイプだろうか。

 もともと私は「人が右に行くなら我左」という天邪鬼的なところがある。だからみんなが箱舟に殺到し、そして明らかに全員が乗れないとわかったら、その時点で乗るのをやめるだろう。人を押しのけて行こうと思えば、たぶんかなり行けるとは思うが、なんとなくそれは自分の性分には合わないからだ。押しのける必要がなければ乗るかもしれない。

 だが、一人ならともかく、家族が一緒だったらちょっと微妙だ。自分の思いとは別のものが働くからだ。だから一人だったらという前提であれば、たぶん②か④になると思う。いざとなったら本当にそうするかどうかはわからないが、今の時点では取りあえずそう思うのだ。

 映画では登場人物たちはみな子供は守ろうとしていた。それはある意味当然だろう。ただ疑問に思うシーンもあった。それは母親が「自分はだめでもせめて子供だけでも」と頼むシーンだ。よくあるパターンだが、自分ならしないだろう。なぜなら、高校生ぐらいになって親がいなくても一人で生き抜いていけそうであるならともかく、そうでなければ、誰が困難な状況の中で他人の子供の面倒をみてくれるというのだ。それが本当に子供のためなのかは疑問だ。私だったら最後の瞬間まで一緒にいるだろう。

 映画「タイタニック」でもそうであったが、全員が乗れないボートに人を押しのけて乗り込むかどうかは難しいところだ。法律ではそういう危機下にある時は、乗り込むために人を殺しても罪にはならない。そうではあっても女性や子供を押しのけてまでボートに乗ろうとする人間にはなりたくないものだ。

 そんな事を考える事はくだらない妄想だろうか。私はそうは思わない。なぜなら人はとっさの時に普段考えている通りに行動するものだと思うからだ。「こういう時にはこうしよう」と考えていると、いざという時には反射的にそういう行動を取るものだと思うからだ。本当にそういう状況におかれた時には、迷わず恥じない行動を取れるようにしたいものである。

 だがやっぱり、願わくばそんな英雄的な行動を取って死後に名誉を称えられるような事が一生なければ、それに越した事はない。そんな妄想に耽るのは映画館の中だけにしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「サブプライム後の新資産運用」中原圭介
「天使と悪魔(上)」ダン・ブラウン
    
   

2009年12月1日火曜日

TDL

 昨日、娘の小学校が創立記念日で休みであったため、毎年この時期恒例のディズニーランドへ家族で行ってきた。12月生まれの長女は、入園時に誕生日シールを貼ってもらえるのを楽しみにしている。長男と私はこの日の為に休みをとってのて参加である。

 前日夜半から当日午前にかけて雨の予報。日程は動かせない。恨めしく思いつつも強行は規定路線。されど「晴れ男」の私としては、「何とかなるだろう」と思っていたのも事実。そしてその通り、夜半に降った雨は出発時には止んでいたのである。

 結果的にこの雨が効いたのだろう、例年よりも人出は少なかった。いくつかの人気のアトラクションを除いて、ほとんど待ち時間なしだったのはありがたい。昼のパレードは場所取りも不要だった。アトラクションの順番待ち要員兼パレードの場所取り要員の私としては誠にありがたい限りであった。

 もう開業から26年目のTDL。そういえば開業したころは、「子供向け遊園地」という認識だったという記憶がある。私は、東京に住んでいたわりにはデビューは社会人になってからと遅く、たぶん開園から4~5年後だと思う。男同士で行くところでもないし、かといって一緒に行くような女の子もいなかった結果だが、「遊園地」にさして興味も湧かなかったのも事実だ。

 高校のラグビー部の先輩が「行った」と聞いて、内心「その顔で?」と思った事を覚えている(まあ今思い返してみてもそう思うのだが・・・)。初めて行った時は、「これで(行った事がないと)バカにされなくてすむな」と思ったものだ。行ってみてもキャラクターにきゃあきゃあ言うわけでもない。雰囲気とスペースマウンテンのような動的アトラクションが面白かった程度だ。当時の事はあまり印象に残っていない。

 それでも初めてスターツアーズに乗った時は感動した。スターウォーズを下敷きとした設定と、何より「動かないジェットコースター」の仕組みに素直に感動したのだ。当時2時間くらい並んだのには閉口したが、それでも満足度は高かった。今では15分も待たずに乗れる。行けば必ず乗るのは子供が好きなせいもあるが、この時の感動がまだ生きているからに他ならない。もう少し中味を変更すれば、例えマイナーチェンジでも人気は回復できると思うのだが、簡単にはいかないのだろうか?あのシステムは広く使えると思うのだが・・・

 TDLの魅力を今更あれこれ論じるのも陳腐だが、屋外の施設にもかかわらずこの寒空にあれだけの集客を続けているのだから、やっぱり大したものだ。何より子供の満足度が高い。我が家はいつも開園から閉園まで滞在するから親も体力がいる。朝から栄養ドリンクを飲んで完全防寒体制で臨む。場所取りと順番待ちと運転手が私の主な任務だが、子供が喜んでいるのをみるとそれだけでも甲斐はあるというものだ。

 それ以外にも「カリブの海賊」「ウエスタン・リバー鉄道」「ジャングル・クルーズ」といったゆったり系アトラクションがけっこうお気に入りだ。かつての好みとはまったく異なってきている。いつまで行くだろうかと考えてみるが、たぶん子供が大きくなってそれぞれ友達と行くようになるまでだろうな、と思う。まあそれで十分だと思うし、それ以上望む気もない。「その時」が来るまでは、親も楽しませてもらおうと思うのである・・・


【本日の読書】
「株の勝ち方はすべて外国人投資家が教えてくれた」中原圭介
「天使と悪魔(上)」ダン・ブラウン


      
    

2009年11月28日土曜日

お受験雑感

 子供が大きくなると必然的に「お受験」という言葉が耳に入ってくる。長女がかつて通い、長男が今通っている幼稚園は近所ではちょっとした「お受験用幼稚園」と言われている。けっこう離れたところから通ってくる子も多いようである(ちなみに我が家がこの幼稚園を選んだのは「家から一番近いから」である)。よその家の事はあれこれ言うつもりはないが、どうにも理解できない。

 そもそも何のためにお受験などさせるのか、常々興味があるので機会があれば聞いている。ある先輩は幼稚舎からの筋金入りの慶応ボーイ。こよなく慶応を愛する彼は当然の如く、子供を幼稚舎から慶応漬けにしようと夫婦で面接に行っていた。私も母校には愛着がある。だからその先輩の行動には十分納得できた。

 「公立だと荒れているから行かせたくない」、「公立だとゆとり教育の弊害でだめになる」という理由も納得できる。何より朱に交われば何とやらだし、女の子の親であれば当然だろう。また、日教組の掲げる教育方針・理念といったものは誠に理解に苦しむものである。山梨や広島や、東京でもちょっと前の国立市などはひどいものだったから、そういうところを避けるために私立へ向うのも理解できる(ちなみに私は子供たちにはしっかりと愛国心教育を授けたいと思っている、もちろん「君が代」も「日の丸」も大事にさせたい)。

 納得できないのは、「将来のため」とか「受験で苦労させないため」とかいう「表面上」子供のためを思っての「わかったつもりのお受験派」の勘違いペアレンツだ。そんな理由で私立の一貫校に入れようとする。それは大きな過ちだし、そういう親に限って「入れたら安心」して終わるのである。私は「受験大いに結構派」である。

 受験は一つの試練だ。自分自身高校受験の時はかつてない不安と緊張感を味わったし、大学受験は一度失敗し、しかもその時、一緒に受けた子供の頃からのライバルが目の前で受かるという屈辱も味わった。捲土重来の2度目の受験は、「後がない」「2度も落ちてライバルに見下されたくない」というプレッシャーに押しつぶされそうになりながら宅浪生活を送った。それらの「苦労」は精神の筋肉となって今も残っている。

 そういう苦労はむしろさせるべきなのだ。そうして鍛えれば、精神に筋肉がつく。我が子を温室に入れて育て上げ、いつまで温室で育てられるというのだろうか。卒業したらいきなり世間の寒風にさらすのだろうか。親はいつまでも子供を守れるわけではない。ならば親がサポートできる間に我が子を試練にさらすべきなのだ。そして受験はその試練としては適度な機会だと思うのだ。

 将来のためと言って仮に一流企業に入ったとしても、今や出身大学によって出世が約束されているわけでもないし、上場企業でも倒産するし、リストラだってある。仕事で失敗する事もある。その時学歴という看板はまったく役に立たない。まあ東大法学部を出て官公庁へ行けばまだ何とかなるかもしれないが・・・

 この恵まれた我が国で、毎年3万人を越える人が自ら命を絶つ。さらには鬱で会社にいけなくなる人も数多い。その理由はさまざまだろうし、一概には言えないと思うのだが、精神的なタフさがあったら少しは数字も変わるのではないかと思う。そんな精神的なタフさは早くから鍛えるに越した事はない。

「子孫に美田を残さず」
「可愛い子には旅をさせろ」
「獅子は千尋の谷に我が子を突き落とす」
これらの言葉が何を意味しているのか、今一度よく学べと「わかったつもりのお受験派」の親には言いたくなる。

 「我が家に美田なんてないじゃない」
ぼそっと妻に言われた一言に、「今に見ておれ」と心に誓うタフさも受験の賜物だと信じて疑わない私なのである・・・


【本日の読書】
「株の勝ち方はすべて外国人投資家が教えてくれた」中原圭介


     

2009年11月25日水曜日

歴史について想う

 明日は旧暦で言えば亥の月(旧暦十月)の最初の亥の日で、昔から亥の月の亥の日に暖房器具を使い始めると安全で火難を逃れるという言い伝えがある。上記のような習わしから亥月亥日は「炬燵の日」あるいは「炬燵開き」とされ、江戸の頃は武家では亥月最初の亥日、町民は亥月二の亥日に暖房を使い始めたそうである。
 そして、茶の湯でも明日は旧暦十月朔日(ついたち)、中旬の亥の日に行われる「炉開き」は、それまでの風炉をしまい茶室に地炉を開き新茶を楽しむことから、茶の湯の正月とも言われている。お茶をやっている方にはお馴染みだろう・・・
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 私はいつの頃からか歴史好きである。自分の生まれる以前の世の中を想像しては、そこはどんな世界だったのだろうと考える事が好きなのだ。日本史や世界史や人類史やらいろいろあるが、そのどれもが興味深い。

 学校では日本史・世界史と色分けしていたが、私は「世界史」派であった。特に理由があったわけではなく、「なんとなく」というのが正直なところである。もっともどうしても受験勉強となってしまうのが学校で習う歴史というもの。受験勉強というとへどが出るくらいやったからもう二度とごめんだとは思うものの、それでも世界史だけは苦にならなかった。

 ただ、今考えてみると、受験用の世界史というと何年に何があったという事実を学ぶのが大半だったように思う。当然の事ながら、歴史にはなぜそうなったのかという事情があるのだが、多くの場合それらはほんの申し訳程度にしか語られていない。

 そうして一生懸命覚えた年号も最近は変わってきているものもあるらしい。例えば「いいくに作ろう鎌倉幕府」で有名な鎌倉幕府の成立は1192年であった。ところが最近の教科書では1185年(いいはこ作ろう鎌倉幕府)らしい。実質的に幕府が成立したのは1185年、1192年は源頼朝が征夷大将軍に任じられ、「名実ともに」幕府が完成した年という事らしい。まあ事実は一つなわけで、それはそれでいいのであるが、一生懸命年号を覚える勉強のあほらしさがわかるというモノである。

 受験生の頃は世界史派であったが、最近はもっぱら日本史派だ。そのきっかけとなったのは 「逆説の日本史」シリーズだ。これがほんとうに面白い。たんなる事実の説明ではなく、それはなぜなのか、当時どんな事情があったのかを推測も交えて考証していく。

 著者は、「資料が残されていないからといってその事実がなかったということにはならない」と資料絶対主義に反旗を翻して歴史を順に語ってくれる。資料が残っていないものについては仮説を立て、ただ単に何年に何があったというものではなく、事実はこうだったのではないかと歴史を語っていくのである。そしてこのたび楽しみにしていた16巻が発売された。ほぼ1年に1冊のペースで発売されているが、毎年読むのを楽しみにしている。

 その昔、小学生の頃、「歴史学者になりたい」と母親に言った事がある。無邪気な子供の夢は「よしなさい、食べていけないわよ」という母親の無情なアドバイスで砕け散った。だが、「逆説の日本史」を読んでいるうちに、やっぱり自分でも研究してみたいと思うようになった。将来名所旧跡を訪ねながら、歴史を研究してみるというのも面白いかもしれないと思っている。

 いつかそんな生活をしてみたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「マスターの教え」ジョン・マクドナルド
「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」田中森一

 
    

2009年11月23日月曜日

早慶戦

 11月23日はラグビー界では「早慶戦の日」として知られている。伝統ある両校(慶応のグラウンドには日本ラグビー発祥の地の碑が立っている)ゆえ、12月第一日曜日の早明戦とあわせて不動の日程である。そしてこの日には同じ対抗戦グループに所属する大学は公式戦を組まないという不文律もある。

 そもそも関東大学ラグビー界は対抗戦グループとリーグ戦グループとの2つがある(これ以外にも地区対抗グループがあるが、大学選手権に出場資格はない)。対抗戦とはもともと古くからある早稲田、慶応、明治といった伝統校が対抗試合を始めたのが始まりである。以来、年に一度互いの力をぶつけ合う場として定期戦を組んできたのである。

 やがてラクビーが各大学に広まるが、伝統校は新興大学とは一線を画しており、新興勢力は独自にリーグ戦グループを形成する(ちなみに弱小ながらも我が母校は1922年創部の伝統を誇り、対抗戦グループの一角を担っている)。やがて大学一番を決めるという流れができてくる。しかし伝統ある対抗戦グループはあくまでも年一回の定期戦を重視し、「順位を決める」という考え方に反発する。しかし、それが抗しきれなくなり、渋々順位を決めるようになったという経緯がある。

 最初は伝統ある定期戦第一で、その結果に基づき便宜的に順位を決めていたのであるが、何せ各校バラバラに組んでいた定期戦。試合数がバラバラで順位を決めるのが困難になってくる(慶応・東大などの保守的グループは試合数を増やさなかったし、帝京などは伝統がないためやたらとグループ内で定期戦を組んで地位向上を図っていた)。そしてとうとう今のABグループに分けて、試合数を均一化し順位が明確になるようになったのである。

 だが、定期戦の伝統は脈々と生きていて、その象徴が今日の早慶戦と12月の早明戦と言える(我が母校も東大との定期戦の伝統があり、かつてABに分かれて公式戦はなくなった事があるが、その時でも定期戦としての試合はやったのである)。聞くところによると、早慶戦・早明戦に出る事は、選手にとって限りない名誉らしい。そんな試合だからか、結果は終わってみなければわからない。他の試合ではありえない力を発揮し、その日までに何敗かして優勝戦線から離脱したチームが、全勝で来ている相手に予想を覆して勝つという事も過去にあったほどである。そんな特別の試合に際し、他の対抗戦グループ各校もこの日に試合を組まない事で、両校に敬意を示しているのである。

 そして私も今日は試合開始の5分前にはテレビの前に陣取っていた(もちろん、奥様に言いつけられていた事はすべて終わらせて、である)。試合は今年全勝同士の「事実上の決勝戦」に相応しい迫力あるものであった。観ている時に「矛盾」の元となった故事を思い出した。どんな盾でも貫く矛で、どんな矛でも跳ね返す盾を突いたらどうなるか、というあれである。その答えが今日の試合だったような気がする。どちらを応援するという事もなく、ただ良いプレーを堪能していたが、20-20の引き分けという結果は、見応えあるものであった。

 観終わると体が疼く。学生の頃は次の日の練習には力が入ったものだ。体はともかくとして、気持ちの上ではあの頃のままだ。今週末の最終戦を控え、現役の学生たちはきっと力が入っているに違いない。本日、秩父宮競技場には22,000人の観客が押しかけたそうである。まだまだラグビー人気は健在なのだろうか。ラグビー・シーズンもいよいよ後半戦。じっくり楽しみたいと思うのである・・・
      



2009年11月21日土曜日

新型インフルエンザ到来!

 昨日熱が出て寝込んでいた我が家の長女。本日さっそくかかりつけの小児科に連れて行ったところ、見事「新型インフルエンザ」との診断。ある程度予想はしていたので、昨夜から隔離して寝かせていたが、かくして我が家の3連休は家で大人しくして過ごす事になる。

 それにしても春先にメキシコで流行と騒がれていた新型インフルエンザ。国内上陸時には罹っただけでニュースになっていたが、その後は国内各地に感染拡大。そしてとうとう我が家にもやってきたわけである。変な意味で感慨深いものがある。

 そんな暢気な気でいられるのも「死ぬほどではない」という安心感からである。「私などは、早く罹れば免疫ができていい」と思っていたので、なんら逃げ隠れするつもりもなかったし、したがってマスクなどもつけようとすら思わなかった。ただ、知り合いの小児科医の先生によると「子供と年寄りと病気もちは気をつけないといけない」という事だったので、子供に移さないようにとうがいと手洗いは励行していた。

 今のところ熱はあるものの、まぁ大丈夫だろうと安心はしている。妻などは「軽く済めば予防接種も不要になるからラッキー」とのたまわっている。予防注射もやりたかったのだが、新型はできなかったのである。何せ近所の病院はどこも、かかりつけ医でないと打ってくれないという「一見さんお断り」状態。そして頼みのかかりつけ医2件はいずれも喘息やアレルギー分野に秀でたところで、それらの重い子供優先なので我が家の子供たちまで順番が回ってこない状態なのだった。

 逆に耳鼻科や整形外科などの病院で打ってもらったというお友達もいてびっくりした。何でも医者であれば要請するとワクチンをまわしてもらえるらしい。耳鼻科で打ってもらったお友達は、たまたまいつものように行ったところ、「あるよ」と言われてその場で打ってもらったとのことだ。だが、そういうところは通院歴がないので我が家の子供たちは行っても打ってもらえない。そんな凸凹があるようである。

 それにしてもウィルスの感染力は大したものである。あっと言う間に世界中に広まっていく。それだけ世界がグローバルに密接になっている証拠であるが、これが映画のように致死力の強いものだったら、人類にはなす術もないのかもしれない。そうならないようにするにはどうしたらいいのだろうか。新型インフルエンザに対する対応だけをみていると、今のところ有効な手段は「お祈り」しかなさそうである。

 せめて得意の「気合」で感染を防げるかどうか、実践してみようと思うのである・・・


【本日の読書】
「金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか」ローレンス・マクドナルド他
    
    

2009年11月20日金曜日

官と民

 前回の記事を書いていて、かつて特殊法人に出向していた時の事を思い出した。そこでは民間の各銀行からの出向者(いわゆる「民」)と国税・社会保険庁・警察からの出向者(いわゆる「官」)との混成部隊による組織であった。不良債権関連の調査をやっていたのだが、出向早々に上司となった官の方(国税局査察部ご出身の方だった)から「民間だと1億円回収するのに2億円はかけないでしょう、でもここ(官)はできるんですよ」と言われた。それまでコストに手足を縛られながら走っていた身としては小躍りして喜んだものだ。これで思い切って好きなように仕事ができる、と・・・

 しかしそんな悦びは少しの間しか続かなかった。その使い方がひどかったからだ。まず調査する先を選ぶ基準が「地方に何らかの関連があるか」であった。なぜかと言えば、その地方に「出張に行ける」からだ。だから北海道や沖縄などに関連があったりすると、それだけで調査対象に選ばれるのだ。当然、出張とは「ついでに調査もしてくる官費旅行」に近いものだった。

 半日で済む大阪での調査も、今なら(当時でも)日帰りが当たり前だが、まるまる二日かけるのは当たり前(当然二日間出社しない)。近場でもちょっと離れていれば「直行直帰」は当たり前だった。それに反発して銀行にいる時のペースで仕事していたら、やんわりとたしなめられたものだ。「気楽にやったらどう?」と。その後私が独自に選んだ調査案件は、「人気のない」純東京圏内完結案件ばかりだった。

 グループで調査分担を決める時など、地方の旅行、もとい出張案件は譲ってあげたものだ。それでとても感謝された事もある。私としても行って成果が上がると見込めるなら、人を押しのけてでも行くが、行っても無駄だと思う出張調査などに行きたくなかったのだ。よく会議では、「成果が見込めるかどうかを考えるべきだ」と主張したが、「無駄だとわかっただけでも調査の甲斐があったではないか」という官の理論に跳ね返された。「2億円かかる」わけである。

 そのうち、「官が2億円かけるところを民なら1億、いやそれ未満でできる!」と主張していたものである(もちろんやんわりと、ではあるが・・・)。しかし、そうして日々カッコいい正論を吐き続けられたのも、2年間限定出向という立場の為せるわざであった事は間違いない。ぶつかっても後腐れないから好きな事が言えたのだ。

 それに官の人達には「俺たちは儲けるために仕事しているわけではない」という「一段上の意識」がある。何せ士農工商の歴史ある国だ。利益のために奔走する者を見下す意識が、外には出さなくてもなんとなく雰囲気で感じられたのだ。そうしたモノへの反発に他ならなかったと思う。

 官の人にしても、母体に帰ればそれなりにハードワークが待っているみたいだったし、けっしていい加減な人達ばかりだったわけでもない。出向期間中は何の評価もされなかったらしいので、必然的にそうなったようだった。それに民はやっぱり「コストが嵩めばやらない」が、官は「何が何でもやらないといけない」という事もあるだろう。要は文化の違いなのである。私も官の世界に行っていたら、おそらくそんな一人になっていたのだろう。

 事業仕分けでは「無駄を省く」と息巻いているが、そもそも官の人達には「無駄」という概念がない。すべて「必要」なのだ。そうした論理を理解していないと、「本当の無駄」は削減できない。一人一人の意識が高まらないと借金は益々増え続け、つけはあとで確実に自分たちに回ってくる。それをもっと意識していきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか」ローレンス・マクドナルド他
「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」田中森一

    

2009年11月18日水曜日

事業仕分け雑感

 最近「事業仕分け」が話題を呼んでいる。
景気対策を始めとして、誠に景気の良い大盤振る舞いを約束した民主党としてはその政策の弱みである財源をヒネリ出そうとしているのだろうし、何よりも「無駄を排除します!」と言いたいが為のパフォーマンスなのだろう。それはそれで、やらないよりましだとは思うが、どうにもじれったい気がする。

 それでヒネリ出そうとしている金額は3兆円だというが、予算全体の95兆円からみればわずかだし、何よりも収入の2倍近くを使うという予算の枠組みは変わらない。宣伝効果以外は正直言ってあまりないのではないかという気もする。それに公開されているやり取りを聞いていても、どうにも議論が噛み合わない。

 それもそのはず、削る方と削られる方のそれぞれの拠って立つ根拠が異なるからだ。削られる方は必死になって「必要性」を説く。一方削る方は、「代替可能性(他-例えば民間-でできないか)」か「優先性(他と比べて優先されるべきか)」で考える。だから両者の議論は相容れない。

 「私の話も聞きなさい」とどこかのおばちゃんがヒステリックに叫んでいたが、そもそも根拠が違うのだから議論が成り立たない。「必要性」の話など聞いても仕方ないのだ。削られる方はそれが理解できていない。

 一方削る方ももどかしい。そもそも財政を立て直すなら根本からやり直さないとだめだ。イノベーションの例としてよく語られるが、「馬車を何台繋げても自動車にはならない」のだ。ちまちま「おこずかい」を削ったところで「収入の2倍の支出」という構造を変えない限り意味はない。だから「子供手当てを増やして扶養控除を減らす」というほとんど朝三暮四の政策でお茶を濁す事になる(小さい子がいる家庭はどうやら恩恵があるようだ)。

 もっと大胆に、例えば「今年の予算は前年の90%!」と決めてしまって、あとはその中で官僚に考えてもらうようにしないと解決にはならない(政治家がやってもいいのだが・・・)。日本の官僚は優秀だから、その中で効果的な予算の使い道を考えろとすれば、あれこれとうまくやれると思うのだ(民間にできる事ができないわけはない)。

 そもそも「予算は使うもの」という意識が官の人達にはある。よく巷にも伝わってくるが、「余っているから使ってしまわないといけない」とか、「使わないと必要ないとみなされて翌年からもらえなくなる」というのが実情だ。自分の財布の中のお金だったら絶対そんな使い方はしないだろう(まぁ中にはそうでない人もいるかもしれない・・・)。

 そんな官の人々のエネルギーの向う先を変えればきっとうまく行く、と考えるのは希望的観測であろうか・・・
 いずれにせよ、当の政治家も政治主導と言いながら、官をそして国民をリードしていくほどのリーダーシップに溢れるところを見せてはいない。とんちんかんな亀井さんのような政治家だけが目に付いている。始まったばかりとはいえせっかくの政権交代だし、早く何らかの効果をあげてほしいと思うのである・・・


【本日の読書】
「金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか」ローレンス・マクドナルド他
「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」田中森一
    



2009年11月15日日曜日

ノーサイド


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♪彼は目を閉じて 枯れた芝生の匂い 深く吸った
長いリーグ戦 しめくくるキックは ゴールをそれた
肩を落として 土をはらった
ゆるやかな 冬の日の黄昏に
彼はもう二度と かぐことのない風 深く吸った♪
                 松任谷由実「ノーサイド」
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 大学ラグビーは今がピーク。世間では「お正月のスポーツ」というイメージで捉えられているが、お正月に試合をしているのは、秋のシーズンの戦いを勝ち抜いたほんの一握りである。そしてそんな「ほんの一握り」になるべく、全国各地で熱い戦いが展開されているのである。

 先日も触れたが、今年のわが大学ラグビー部はいいところにきている。残り2試合に全部勝てば対抗戦Bグループで単独2位となり、史上初めてAグループ7位との入替戦に臨む事ができるのである(ちなみに1位だとAグループの8位との対戦になる)。そしてその鍵を握るのが今日の試合であった。

 残念ながら観戦にはいけなかったが、家族サービスはしていても心はグラウンド。相手は皇室ご用達の学習院大学。これまでの戦績では分が悪いが、今年は向こうも負けが込んでいる。しかもこちらが毎年分がいい武蔵大学に今年は負けている。そしてわがチームの最終戦はその武蔵大学。つまり今日の学習院大学が最後の壁なのであった。

 結果はOBのメーリングリストでまわってくるのだが、待ちきれずに「関東ラグビーフットボール協会のサイト」でチェック!その結果は・・・・
「11-36」 (T悔T)
力が抜けてしまった・・・
しかしたぶん学生たちはもっとショックだっただろう。
 
 学生のスポーツはその場限りだ。勝っても負けても同じメンバーで同じ相手と試合をする事は二度とない。次の年には4年生はいなくなっているし(一部いたりするが・・・)、4年であればもうチームのジャージを身につけてグラウンドに立つ事はない。次のシーズンには同じゼッケンをつけた誰かが駆けてゆくのだ。

 今のこの時期、そんなドラマがグラウンドでは繰り広げられている。季節は秋から冬へと移りゆく。夏には雑草取りに追われたグラウンドも枯れ草が土に混じるようになる。一試合終わるごとに二度と戻る事のない日々が過ぎてゆく寂寥感に襲われる。たぶん4年生はそんな思いに駆られている事だろう。

 残り1試合。相手は対戦成績のいい武蔵大学。気落ちする事なく、今シーズンの勝ち越しと有終の美を飾ってほしいものである。最終戦は11/29。次回はなんとか観に行こうかな。自分にとっても誇らしく、汗と涙と得難い経験がたくさん詰まっているあのグラウンドに久々に行ってみようかと思うのである・・・


【本日の読書】
なし

     

2009年11月14日土曜日

規律ある生活

 11月11日はアメリカではVeteran's Dayと呼ばれる祝日である。これは退役軍人の日という事で、文字通り復員軍人を称える日である。ずっと戦争をやっている国だけあって、退役軍人を正当に評価することによって士気を高めるという狙いもあるのだろう。これはニュースで知ったのであるが、これを聞いて先週観た映画「告発のとき」のワンシーンを思い出した。

 映画はボスのCMで今や日本でもすっかり有名人となったトミー・リー・ジョーンズが主演である。彼が演じる退役軍人は、イラクから帰還後行方不明となった息子を探しに行くが、泊まったモーテルの一室での事。四隅まで丁寧に折りたたんでベッドメーキングし、靴をピカピカに磨き、ズボンの折り目もきっちりと伸ばす。かつて現役時代の習慣が残っている事をうかがわせるシーンだ。

 個人的に軍隊生活の経験はないが、あちこちの映画で軍隊での生活態度に対するこうした厳しさを目にする。新兵などは靴がちょっと汚れていたというだけで、重装備で走らされたりする。そんなシーンを目にしているので、軍隊というところはそういうところだと何となく知っているのである。

 そうした規律がなぜ必要なのかと言えば、やはりちょっと間違えば命を落とす世界だからであろう。命令は忠実に果たさねばならないし、武器も普段から嫌というほど整備しておかなければならない。いい加減に扱えば命取りだ。厳しすぎるくらいきっちりしていなければならないというのも頷ける。

 ただ、先の映画でも「部隊内で盗難が多い」というセリフもあった。そういえば、昔習志野自衛隊とラグビーの試合をした時も、着替えとして提供されたロッカールームで、「盗まれるからモノを残すな」と案内してくれた隊員さんに注意された。洋の東西を問わず、そうしたところは厳しい規律とは裏腹らしい。

 軍隊でなくても大学の体育会などでは、厳しいところがやっぱりあるようである。私の場合は幸いな事に比較的規律の緩いチームだったから、気楽で良かった。だが、時間のけじめとかいくつかのところでは「グラウンド10周!」となる規律があった(練習後、体力消耗したあとでの10周はけっこうキツイのだ)。それはやっぱり必要な緊張感を生み出すのに役立っていたと思う。

 家庭内でのそれは躾だろう。我が家ではそんなに大した事をしているわけではない。靴を揃えさせたり、食事の時のちょっとしたマナーだったり。他にもすべき事があるのかもしれないが、たぶん最低限このくらいというレベルでずっと続けている。それがこの先どう活きてくるのかはわからないが、たぶん何かの役に立ちそうな気がする。自由はすばらしいが、他人と暮らしていかねばならないのがこの世の中。規律ある集団の中で生活した経験は、何らかの形で生きていくのではないかと漠然と思うのである・・・


【昨日の読書】
「金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか」ローレンス・マクドナルド他
「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」田中森一
   



  

2009年11月11日水曜日

ドラマの行方

 我が家の奥様はここのところ日曜日のドラマ「JIN」にハマっている。現代の医師が江戸時代末期にタイムスリップし、そこで現代医療を駆使して活躍するというストーリーである。原作は村上もとかの漫画であるが、「全巻買い揃えたらいくらになるやろ」とぶつぶつ呟くほど我が家の奥様は気に入っているらしい。

 この番組に限らず最近は、「原作は漫画」というドラマが多い。何せ日本は世界屈指の漫画大国なだけに、ネタにはまったく困らないだろう。そしてストーリーもけっこうしっかりしていたりするから、ドラマとしても視聴率が稼げるのだろう。観る立場としては「面白ければよい」のだから問題はない。

 ところが一方では「脚本家が育たない」という懸念が生じているようである。安易に漫画のドラマ化が主流となると、これまでのような専門の脚本家(放送作家というのだろうか)の出番がなくなり、次の人材が育たなくなるというのだ。なるほど、そういう悪影響もあるのか。

 たぶん、スポンサーなどに新番組を売り込む時は、「脚本は売れっ子の○○先生で、主演はキムタクで・・・ヒット間違いなしです!」などとやっているのだろう。そんな時に、「脚本はこれがデビュー作の○○で・・・」となると、スポンサーから「大丈夫なのか?」などとなって、当然スポンサー社内でも同様のプレゼンがあるのだろうから、そこでも決裁に支障がでたりするのかもしれない。

 そうした冒険をするよりも手っ取り早く、「ただいま好評連載中の・・・」とやりたくなるのかもしれない。まあ漫画が売れて、それがドラマだ映画だとなれば漫画家の地位も収入も向上して、漫画家を目指す若者が増えて、そういう好循環からさらに漫画業界が活況を呈するのなら、それはそれで歓迎なのだろう。「あちらを立てれば」ではないが、自然淘汰されるのならば、それはそれで仕方ないのかもしれない。

 それにしても「JIN」の漫画は面白い(まだ始めの方しか読んでいないのだが・・・)。個人的に日本史は大好きで、「江戸を舞台にした」などというだけで、興味をそそられるから尚更だ。これから少しずつ読んで行くつもりだ。

 ところで、今から350年程前、江戸の町のおよそ6割を焼失し多数の犠牲者をだした明暦の大火があった。被害の大きさで歴史に残る大火事となっているが、この出来事をきっかけに、火に強い街づくりの一環として施されたのが銀杏の植樹。「水を噴く」といわれるほど火に強く燃えにくい樹木で、火除け地や防火帯を多数作る意図のもとに公園や主要道路などにも銀杏の植樹が盛んに行われたそうである。今では東京都のシンボルマークとなっているイチョウにも、江戸の世からのこんな歴史がある。
 
 そんな歴史の面白さが味わえるといいなと、ドラマには少し期待しているのである・・・


【本日の読書】
「金融大狂乱 リーマン・ブラザーズはなぜ暴走したのか」ローレンス・マクドナルド他
「反転 闇社会の守護神と呼ばれて」田中森一


     

2009年11月8日日曜日

民主党とマニュフェスト

 民主党が政権をとって2ヶ月が経過。八ツ場ダムだとか普天間基地だとかいろいろと話題になっている。日本郵政の社長も脱官僚の掛け声に反した動きになっているようだし、首相自身の献金問題も燻っている。マニュフェストに拘る姿勢に対する批判もある。まあもともと政治などは何をやっても批判はあるものだから、それがどうだとか今の段階で判断するのは難しいだろう。

 マニュフェスト批判については難しいところだ。メディアではマニュフェストに拘泥する姿が連日批判されている。それは確かにそうだとは思うが、でも待てよとも思う。そもそも選挙で「政権を取ったらこうします」と約束したのがマニュフェストだ。実際に政権を取ったら、公約を果たそうとするのは当然だ。わずか2ヶ月で「やっぱり無理でした」では、「マニュフェストはそんないい加減なものを作っているのか」、と逆に問いたくなる。そこはどう考えるのか、マニュフェスト主義を批判するメディアには何のコメントもない。

 実際、聞くところによると民主党は経済界からも官僚からも距離を置かれた状況らしい。いわば現場の状況がわからない中でマニュフェストのみを頼りに突っ走っているところがあって危険だという意見も聞いた。状況は変化しているのだから柔軟に対応しなければならないのだ、とも。それはやっぱりそうなのだろう。

 亀井さんの暴走は結局理性的な取り巻きがうまく骨を抜いて鞘を納めた。あれだけ大騒ぎしたモラトリアム法案も、結局わけのわからないシロモノに落ち着いた。無知な人に権力を渡すのは危険なのだという良い例であり、またそんな人が権力を持ったとしても、うまく花を持たせつつ納めるところに納めてしまう安全装置があるという良い例でもある。

 この先民主党政権がどうなるかは未知数だ。日米関係も、アメリカは共和党政権より民主党政権の方が、日本にとってベースとしては安心だという意見もある一方で、きな臭さもプンプンしている。いろいろと批判もあるし、私も民主党を支援しているわけではない。ただ忘れてはいけないのは、国民は自民党にNoと言った事実である。選択肢がない以上はしばらく任せるしかない。結果に対する判断は次の選挙できちんと下せばよい。それまでは、これまた問題の多いメディアの報道に惑わされないように自分の頭で考えていきたいものである。

 それにしても期待していた子供手当て。結局扶養控除と差し引きというなら、あんまり意味はなさそうだ。財源がないのだろうが、まさかサルと同等と思われたのだろうか、朝三暮四のマニュフェストにはがっくりなのである・・・


【本日の読書】
なし


     

2009年11月6日金曜日

ジャイアンツファンの憂鬱

 日本シリーズも終盤。いよいよあと1勝でジャイアンツも日本一である。しかし、昨年ここから連敗して日本一を逃しているだけにまだ安心はできない。

 ちょっと前まではFAで選手をかき集め、札束攻勢と言われるチーム作りで世間の批判を浴びていた。私も個人的に清原などは好きではなかったため、ファンとはいえ苦々しく思っていたものだ。そんなにお金があるなら、いっそのことメジャーからバリー・ボンズでも引っこ抜いてこいと思ったものである。

 国内で有力選手の奪い合いをするよりも、メジャーに選手を取られたままよりも、ずっといいと思っていたものだ。それこそ日本のファンも喜ぶだろうしと思って、事あるごとに主張していたが、そんな主張はオーナーの耳に届くはずもなく、また当時の近視眼的発想の某Wオーナーには無理な期待だったようで、密かに嘆いてばかりいたものである。

 ところが最近は山口・松本・オビスポといった育成選手がレギュラーで活躍するなど、かつての札束攻勢が影を潜めている。原監督の選手起用もあるのだろうが、実に良い感じだ。もともとV9の時代は、国内唯一の日本人だけのチームだった。一部トレード組はいたが、純粋ジャイアンツの選手だけだったのだ。それで日本シリーズも1つか2つしか負けない圧倒的強さだった。そういうジャイアンツに戻ってほしいものだ。

 育成選手が活躍するのはいいのだが、今一番気になっていることは、「エースと4番がいない」事だ。今は外人頼りだ。これは問題だ。エースと4番はチームの看板。それが外人では顔がないのと一緒だ。松井も上原も海を渡ってしまったからだが、これだけは何とかドラフト指名選手から出てきてほしいものである。

 海の向こうではその松井がワールドシリーズで大活躍。ジャイアンツファンとしては喜ばしい事だが、古巣の惨状をみると複雑である。今年一杯という話も出ていたが、戻ってくるという選択肢はないものであろうか。まあ明日は日本ハムの「看板」ダルビッシュだろうか。なんとか看板を叩いて優勝を決めてほしいと思うのである・・・


【本日の読書】
「現代の経営戦略」大前研一
「できるだけ塾に通わずに受験に勝つ方法」松永暢史
    
    

2009年11月4日水曜日

子供番組雑感

 最近長男の好みでバトルヒーローモノを観る機会が多い。日曜日には「侍戦士シンケンジャー」なるものを観た。内容はといえば大人がどうこういう事はない。侍戦士とあるように侍をモチーフとした正義のヒーローが悪を倒す勧善懲悪ものである。子供がどこまで理解しているのかよくわからないが、わずか30分の番組に、実にたくさん盛り込んでいる。

 今回のストーリーは、普段は屋台ですし屋をやっている戦士の一人が、ひょんな事から作ったカレーが大ヒット。メディアを巻き込んでの大騒動。連日の繁盛に店を出すというところまでとんとん拍子に進む。ところがここで彼は悩む。店を出す事はずっと夢だったのだが、それは寿司の道であり、カレーではなかった。寿司を諦めてカレーの店を出して一国一城の主となるか、はたまたあくまでも寿司の道を進むべきか・・・

 悩んだ末(この間怪人が暴れてそれをシンケンジャーが退治するのだ)、彼は安易な道を捨て客の減った屋台で寿司を握る道を選ぶのである。子供たちには「困難であっても夢をあきらめてはいけない」というメッセージだったのだろうか。わずか30分の間になんとすばらしいメッセージを込めているのだと感心してしまった。

 ただ大人の目でみれば、店を出しても良かったのにと思うのだ。何も夢をあきらめる必要はない。せっかくお客さんの支持を得ているのだ。それで店を出せばいいのに。そこで資金を貯めて、店舗運営のノウハウも身につけ(アルバイトを雇ったり、経理をしっかりやったりと実務は大変なのだ)、そのあとで満を持して寿司店を出すという手だってある。

 目指す山の頂上に至る途上にはアイガー北壁のような絶壁がある。歯を食いしばってそこを登るのもいいが、一旦隣の山に登ってそこから尾根伝いに頂上を目指すという道もある。創業資金を貯めるために、ハードな佐川急便で3年間働いたという社長の話を読んだ事があるが、それと同じだ(ただ、絶壁を登る事に意味があるのなら別なのだが・・・)。まあ子供にはそこまで必要はない。いずれ学べばいい事だ。たかが子供番組で、このストーリーに思わず唸ってしまった。

 それにしてもこの侍戦士。侍のくせに武士道というものを知らないようである。いくら悪とはいえ、たった一人に6人がかりとは卑怯千万。昔はヒーローは一人で敵をバッタバッタとなぎ倒したものだが、そんな事でいいのだろうか?悪い奴はどんな事をしてでも倒せばよいというのか?ヒーローであれば、「悪の倒し方」にも拘ってほしいと思うのは私だけだろうかなどと思ってみたのである・・・


【本日の読書】
「現代の経営戦略」大前研一
「できるだけ塾に通わずに受験に勝つ方法」松永暢史

     

2009年11月2日月曜日

続・秋の日雑感

 昨夜、我が母校(大学)のラグビー部通信で、公式戦3連勝のニュースがOBの間に流された。これで今シーズン成績は3勝2敗。あと残り2試合に勝てば、史上初の対抗戦2位となり、入替戦出場となる。しかもその可能性はかなり期待できる。これは応援に行かねばなるまい、と心に思う朝であった。

 そんな朝の西武線が10分程度遅れた。朝の10分は貴重とはいえ、それでもたかだか10分だ。私にしてみれば「10分間本を読む時間が長くなってラッキー」でしかない。だが改札のところで駅員さんに「遅延証明書」をもらっている人がいた。感じた事は二つ。「そんな必要があるんだ」という事と、「10分程度の遅れで遅刻なの?」という事だ。

 私の職場にも始業時間というものがある。だから遅刻する場合は事前に連絡しておかないと回りに迷惑がかかる。でも何も証明書をもらう必要までない。証明書が必要だという事は、「それだけ信用がないのか?」と思えてしまう。もっともタイムカードで出退勤を管理されたりしていたら、遅れた日の証明としているのかもしれない、などと想像する。

 そんな事よりも10分くらいで遅刻するような出勤はいかがかと思う。30分くらい前に出勤するのは当たり前のような感覚が私にはある。電車だっていつも遅れないとは限らない。諸々に備えて30分くらい早目に出勤してもいいのでは、と思う。何も仕事をしろとは言わない。新聞読んでたっていいではないか。世間的にはそういう感覚は受け入れにくいのであろうか・・・

 先週末は外出して気持ちの良い日差しの中歩いていたら、突然若い女性に話しかけられた。
「新人研修で名刺の交換をさせてもらっているのですが・・・」
きちんとしたスーツを着て感じの良い子だった。私も男だからつい、「名刺くらいは」と脳裏を過ぎったが、次の瞬間には反射的に断っていた。たぶん、うっかり交換なんぞしようものなら、あとでセールスの電話がかかってくるに違いない。長く社会人生活を送っていると、どうしても「そんな話には裏がある」と当たり前のように考えてしまう。そういう世の中が悪いのか、素直に人を信じられない自分がひねくれているのか?道端の募金活動でさえ、素直に協力できない自分なのである・・・

 そのあと稲毛からタクシーに乗った。稲毛と言っても東京寄りの千葉だし、田舎というほどではない。ところがその運ちゃん、いかにも田舎の素朴なおっちゃんという感じであった。そしていろいろと話しかけてきた。悪い気はしない。感じよかったので、帰りもそこのタクシーを呼んだ。

 帰りの運ちゃんも人のいいおっちゃんだ。ここは良い会社なのかもしれない、などと思う。ふと窓に張ってあるカード会社のシールに目が行った。それを見て、「最近はカードも使えるんですね」と聞くともなしに聞いてみた。「いえ、使えません」ときっぱり。

 「なんだ看板に偽りありか」と思うと、そんな私の心中を察したのであろうか、運ちゃんが続ける。「いえね、相方は使っているみたいなんですけどね、ここにほら、機械もあるんですよ。でもね、私使い方わからないんですわ、ワッハッハッハ」
実に朴訥とした運ちゃんだ。苦笑いしながらタクシーを降りた。

 11月である。これから日一日と寒さに向っていくわけである。まあ寒いのも日本の四季のうち。終わりゆく秋とともに日々楽しみたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「現代の経営戦略」大前研一
「できるだけ塾に通わずに受験に勝つ方法」松永暢史

    

2009年10月31日土曜日

秋の日雑感

 今日も心地良い秋の一日であった。朝から長女の学校公開に参加。昔は「授業参観」と言ったものだが、最近は「学校公開」と言うらしい。「授業参観」はオメカシしたお母さんがある特定の授業だけ見学しに来たものである。その時間だけはみんな借りてきたネコみたいに大人しく良い子で授業を受けていたように記憶している。

 だが、「学校公開」は文字通り「学校を自由に見てください」というスタイル。いつ行って帰っても自由である。適当に行こうなどと考えていたら、「普段接触が少ないのだから沢山見てあげたら」と、妻に尻を蹴飛ばされて1時間目から行くことに。そうしたら見事に一番乗り。

 おかげさまでたっぷり午前中4時間も見学できてしまった。おまけに妻が帰ったあとの4時間目には親も先生に自己紹介させられてしまった。子供たちも先生の話を聞いたり、おしゃべりしたりと実に「のびのびと」授業を受けている。休み時間には気さくに話しかけてくる(教室では知らないおじさんに話しかけてもいいらしい)。

 自分が小学校3年の時はどんなだっただろう。あんまり思い出せない。今の娘たちと同じようでもあり、また違うようでもある。まあ楽しく過ごしてくれればいいのであるが、確実に子供の成長を感じるものである。

 ラグビーの普及策の一環らしいが、ニュージーランドのオールブラックスとオーストラリアのワラビーズが来日し、今日定期戦を行った。結果は予想通りオールブラックスの勝利。心情的にはワラビーズ(小型カンガルーのワラビーからのネーミングだ)の応援をしていたのだが、やっぱり順位(世界1位と3位の)通りの結果となってしまった。

 それでも世界最高峰の試合はさすがである。高度なプレーを何気なくやっている。ラグビーの試合はボールを巡って選手が入り乱れる。相手の人数・位置・自分の位置・味方の位置・グラウンドでの位置などの状況を瞬間的に判断し、プレーをする。そうして動いた状況にあわせて他のプレーヤーも動く。なんでそんなところにいるのだというところに選手が走りこんでくる、それを見過ごさずパスをする、それに反応して相手もタックルにくる。普通ならそんなところに走りこんでこないし、来たとしても咄嗟に反応してパスなどできないし、出来たとしても相手はタックルになどいけないのではないか、そんなレベルなのだ。

 昔、大学№1のW大学と試合をした(相手はレギュラーだ)。手も足もでないとはこういう事かと思わせられる完敗だった。そんなW大学も社会人チームには勝てなかったし、日本中の総力を結集してもワールドカップでは勝てない。世界最高峰の実力ってどんなものなのか。190センチ、100キロを越える体格もざらなだけにそれはそれは凄いのだろう。10年後のワールドカップ日本大会ではどんな試合が観られるのだろう。

 季節ははやくも11月。少しずつ寒くなって行く。そんな中で大学・社会人ラグビーは今が最盛期。我が母校の大学も今年はどんな成績を残せるだろうか。熱い戦いを見守りたいと思うのである・・・


【本日の読書】
なし
    
    

2009年10月30日金曜日

人に歴史あり

 取引先の社長さんと話をした。その社長さん、2つほど会社を経営している。
私は、日頃から会社名の由来には興味を持っている。その社長さんの会社名は、一つは自分の名前のままだからわかるのだが、もう一つの会社名がどこから来ているのかわからない。そこで尋ねてみた。

「父のね、生まれた村の名前なんです。」
もう74歳になろうという社長さんが答えてくれた。父親の生まれた村の名前から取るという事は、父親に対してなんらかの想いがあるか、あるいはその村自体にあるか、のいずれかだろうと単純に思った。そしてそれをさらに尋ねる。

 そうしたところ、子供の頃集団疎開で近くに行き、戦争が終わるとその村に移ってしばらく暮らしたのだと語ってくれた。そういう話は大好きなので、先を促す。昭和20年、東京の下町で暮らしていた社長さんは、いよいよ東京も危ないと、3月10日のまさに前日、日本海に面したその地方都市に集団疎開する。そして3月10日の空襲で自宅は焼け落ちたという。

 そればかりか、隣家はご主人一人だけが生き残って家族は全滅。前のうちも一家全滅。防空壕の中にいたが煙で窒息死したらしい。その隣は地方に疎開してそのまま戻ってこない・・・等々と近所の様子を教えてくれた。

 疎開先で枕を並べて寝ていた友達は、東京に残った家族が全滅してたった一人残されたという。戦後、父の村に行っても貧しくて蛇やカエルを食べたという。「当時は辛くて嫌だったと思うが、何だか今になってみると懐かしくてね」と目を細めて語ってくれた。今でも疎開仲間とは年に一回会っているらしい。もう64年も続いているというから驚きだ。

 先日読み終えた【「東京裁判」を読む】という本の中で、東条英機が残した言葉が紹介されていた。
「もろくも敵の脅威に脅へ簡単に手を挙ぐるに至るが如き国政指導者及び国民の無気魂なりとは夢想だもせざりし・・・」
要は「この根性なし」と言っているのだが、国の指導者の目には個々の庶民のこんな生活は目に入らないのだろう。「今の首相も貧乏知らずだからね」と社長さんも言う。

 戦後、父親と闇市に通った日々。やがて下町の実家に戻り、家業を手伝う。その後事業を起こし仕事に没頭。74歳の今でも毎日会社で陣頭指揮を執る。とてもしっかりした社長さんだ。

 「こんなに贅沢な世の中でなくても、みんながなんとか生きていける程度の世の中の方がいいんだけどね」
74年も生きてきたからこその発言なのだろうか。今では集団疎開の集まりと高校の同窓会が何より楽しみだという。気心の知れた友人たちとの集まりはいくつになっても何ものにも代えがたいものなのだろう。時を経ても変わらずに残っているもの。自分もそういうものを大事にしたい。

 こういう個人史もいいものだ。また機会があったら聞きたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「現代の経営戦略」大前研一
「熱い風」小池真理子

     

2009年10月28日水曜日

地球の歴史

今の自分に疑問や不安を感じたら
            それは、変化しなさいという心の声です
                   葉 祥明「風にきいてごらん」
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 本を読むのに疲れてふと遠くを見る時のように、日常生活の諸々から逃げ出したくなって空想の世界に思いを馳せる事がある。宇宙の果てはどんなだろうかとか、はるか昔は地球上はどんなだっただろうか、とかである。想像力が及ばないあまりにも遠い世界である。

 最近長男が恐竜にハマっている。その手の図鑑などを読んでやっていると、自然とカンブリア紀だとかジュラ紀だとか白亜紀などといった文字が飛び込んでくる。そんな人類も存在しなかった太古の時代の様子を思い浮かべると、いつのまにか読むのも上の空になっていたりする。

地球の歴史が46億年。
その46億年を1年間で表したものを見た事がある。
1年365日で一日あたり12,602,740年。
1時間だと525,114年。
1分間だと8,752年。
1秒間では146年だ。
 
 元旦の午前0時に地球が誕生したとする。生命が爆発的に増えたカンブリア紀(5億4,400万年-5億年前)はなんと11月18日頃だ。そしてホモ・サピエンス(人類)が誕生した約20万年前は12月31日23時40分頃になる。さらにラスコーの洞窟壁画が描かれた1万8千年前は23時58分。キリスト誕生は23時59分45秒くらいだ。人類の歴史なんて地球の歴史からみると30秒程度なわけである。人一人の人生など瞬きする間もないくらいだ。

 そんな雄大な時の流れの中に我々は生きているのである。日常の悩みなんて小さなものなのだと感じさせられる。わずか一瞬のまばたきの中で、どうしてこんなにも足掻くのであろうか。それこそが生きている証だとしたら、生きるとは大変な事だと改めて思う。

 一つだけ間違いなく言える事は、100年後の世界がどうなっているのか私は知る事ができない。その世界では私の事を知っている者がいるかどうかもわからない。今撮っているビデオやCDがその時まで保管されていたら、私の子孫か誰かがそれを見て何か思うかもしれない。ちょうど私が時折祖父の写真を引っ張り出しては見ているように・・・

 このブログはどうなんだろう、その時まで残っているのだろうか?人には語れない事を書き込んでいる日記は誰かの目に留まるのだろうか?

 あれこれと想像したあとはまた日常生活に戻る。平凡な毎日であるが、心穏やかに過ごせるようにもうちょっと頑張って過ごしてみたいと思うのである・・・

     
【本日の読書】
「東京裁判を読む」半藤一利/保阪正康/井上亮
「熱い風」小池真理子

     

2009年10月25日日曜日

ヒゲ

 毎朝起きると洗面所に向う。そして42度のお湯でゆっくり顔を洗う。42度という温度は目が覚めるという効果とともに、髭を蒸らすという効果もある。そのあとジェルタイプのシェービングクリームをつけてゆっくりと髭を剃る。毎日の、言ってみればそれが一日の始まりを告げる「儀式」である。

 社会人になってから、ほぼそれが定着している。最初からシェーバーを使う気はさらさらなかった。シェーバーを使った方がはるかに簡単なのであるが、泡を立てて髭を剃るという行為そのものにこだわりを感じたのだ。もっとも最初の頃は水だったし、シェービングクリームもジェルタイプではなかった。お湯の温度も試行錯誤で微妙に変化し、そして現在の形に定着したものである。こういう儀式があると、一日の始まりとして無意識のうちに仕事モードになっていく。休みの日には髭を剃らないので、自然と気持ちにメリハリがついているという効果はある。

 もっともこの髭剃り、朝の儀式としてはいいのであるが、本当ならばやりたくない。本心を言えば髭は剃りたくないというのが正直なところ。実はずっと昔から髭をはやす事に憧れていた。だが、大学時代ははやすに十分な量がなく、泣く泣く断念していた。ようやくこれならと思った頃には、会社の規定に阻まれた。

 就職して以来何度か転職の話があった。その時真っ先に考えたのは、「髭をはやしてもいいだろうか」という事だ。残念ながらそうした話は実現しないまま今日に至っている。それでもまだ今後そういう話があった時には、やっぱりそれを真っ先に考えてしまうだろう。まさかそれだけで転職するわけにもいかないが、一つだけはっきりしているのは、たぶんそういう機会が実現したら間違いなく髭をはやすだろうという事だ。それくらいの思い入れがある。

 今は休みの日と連続休暇の時に髭を剃らない事で、せめてもの慰めとしている。連続休暇の時など一週間以上剃らないので結構髭も伸びてくる。自分としてはそんな髭が愛おしく、うっとりと撫でてみたりするのであるが、周りの反応は頗る悪い。妻を筆頭に母親もそうだし、義理の母親や義理の妹も、さすがにはっきりとは言わないものの、否定的な雰囲気はプンプン漂わせてくる。

 批判者はすべて女性だし、「女にはわからないのさ」とうそぶいてみるものの、「他人の評価こそが正しい」という野村監督の言葉に従えば、やっぱり自分で鏡を見て見とれるほどに、他人の目には映らないのかもしれない。まぁ無精髭レベルだけによけいみっともなく見えるのかもしれない。

 小学生の頃、床屋へ行くたびに母親から「顔剃りはしないように言いなさい」と言われたものである。なぜかと尋ねたら、「髭が濃くなるから」という答えが返ってきた。その時は素直に聞いてその通りにしてもらっていたが、あれは失敗だった。それがなければ学生時代に十分に濃くなり、髭がはやせたかもしれないと今でも思う。当時、ラグビー部の同期がこれみよがしに似合わない髭をはやしていたのが悔しくてならなかった。今でも母親を恨めしく思う。

 世界を見回せれば、アラブ世界では髭は男性の象徴とされていて、当然の如くみんなはやしているようである。残念ながら我が国では、明治から戦前の一時代を除いて髭が男を象徴するものとして重要視された歴史はない。しかし、これぞ男の象徴であり、女性には逆立ちしても真似のできないアイデンティティとしていいのではないかと思うのである。と言っても脛毛の「お手入れ」までする現代の若者には理解できない感覚かもしれない。

 見苦しいのであるなら仕方がないが、そもそも規定で禁止してしまう会社もどうかと個人的には思う。「世間が髭をはやした銀行員」を受け入れないという理由からだからやむを得ないのであろうが、髭をはやしているからイメージが悪いという認識にも大いに腹立たしいものがある。

 この先の人生で果たして髭をはやす機会があるであろうか。いつかそういう機会が訪れて、朝の儀式が少し変化するようになる事を、心密かに願う毎朝なのである・・・


【本日の読書】
なし


     

2009年10月23日金曜日

我が読書~至福のひと時~

 本を読むようになったのはいつの頃の事だろう。
私の頃は読み聞かせなどなかったから、何となく読み始めたような気がする。記憶にあるのは小学校の頃に、アルセーヌ・ルパンシリーズにハマっていた事だ。「奇巌城」「八点鐘」「813」などは夢中になって読んだものである。中学生の頃は星新一が記憶に残っている。高校生の頃は何といってもフレデリック・フォーサイスだし、また夏目漱石を読みまくったのもこの頃だ。

 大学に入るとさらに幅が広がる。といっても小説なのだが、国内外の文豪のものから「風と共に去りぬ」のような映画化されたものなどを暇に余せて読んだものである。進歩した事と言えばニーチェやキルケゴールなどの哲学系が加わった事だろうか(でも正直難しかった・・・)。

 社会人になって何年かしてからいわゆるビジネス書が加わった。自分なりに身の回りから得られる事だけでは限界があるとわかったし、仕事や人生のヒントを求めていくと自然とそうなっていったのだ。最初の頃に読んだ落合信彦の「狼たちへの伝言」シリーズ(ビジネス書であるかどうかは微妙だ)などにはメチャメチャ刺激を受けた。ビジネス書も読み出すとけっこう面白いもので、今では「勉強のため」という意識はなく、ただ面白いから読んでいるだけである。

 今でも次から次へと本を読んでいるが、日常生活の中で本を読む時間を確保するのはなかなか難しい。そんな毎日の読書時間は通勤時間だ。片道正味40分くらいは読めるだろうか。このひと時はたまらない。

 よく「サラリーマンといえば痛勤地獄」と言われるが、私には当てはまらない。なるべく各駅停車など比較的空いている電車に乗って、じっくりと本を読む。そんな至福のひと時ゆえ、「痛勤」とは無縁だ。同僚の中にははるばる片道1時間半以上かけて通ってくる者もいる。「毎日大変ですよ」とよくぼやいているが、心の中で「でも本がたくさん読めて羨ましいですね」と思ってしまう(でもそのために遠いところに住もうとはさすがに思わないが・・・)。

 夏の暑い時も、冬の寒い朝も、雨の日も本が読めると思うと駅へ向う足も自然と軽くなる。こうしてみると、本来辛いかもしれない時間帯をうまく至福のひと時に代えられているようだ。自分は案外うまく生きているのかもしれないと思ったりする。困る事と言えば読んでいる本が感動系のものだったりした時だ。涙が溢れそうになって戸惑った事もたびたびある。こういう時は電車の中はうまくない。

 今の悩みはこうやって実際に読める本に比べて読みたい本が多すぎる事だ。人によっては速読法をマスターして対応しているようであるが、どうも私の好みではない。手帳の読みたい本リストは長くなる一方だし、そのうちの一部はアマゾンで買ったり図書館で借りたりできるものの、多くがリストに載ったまま終わってしまっている。本棚にはもう一度読みたい本が埃をかぶっているし、これが大きなストレスだ。このストレスを解消するには通勤時間はあまりにも短いし、それ以外にやりたい事、やらなければならない事はあまりにも多い。

 やがて定年を迎えたらどうなるだろうと、先日ふと考えた。通勤時間がなくなったらどうしよう。その時は、駅前のスタバでゆっくりコーヒーを飲みながら本を読むなんてのもいいかもしれない。それを毎日の日課にする生活なんて素敵ではないか。

 その時まではみんなが顔をしかめる痛勤時間を至福のひと時に代えて、日々ささやかな幸せを味わいたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「東京裁判を読む」半藤一利/保阪正康/井上亮


      

2009年10月21日水曜日

コーヒーを飲むひととき

 同じようにして過ぎていく毎日。楽しいイベントがそう毎日のようにあるわけでもなく、人生の大半がこうした同じような日常生活の連続である。そんな日常生活の中でもささやかな至福のひと時というものがある。私にとっては食後にコーヒーを飲むひと時がそれだ。

 コーヒーをいつの頃から飲むようになったかは定かではない。実家にいる時はインスタント・コーヒーのみだった。両親もそんなに好きではなかったし、時代的に言っても家で豆を挽いて飲むなんて少数派だったと思う。小学生の時だっただろうか、ともだちに「コーヒーはやっぱりブラックだよな」と言われて、「そうだよな」と同意した事がある。実はこの時、「ブラックで飲む」という意味がわからなかったのだが・・・

 「ブラックで飲む」という意味を知って、さっそく飲んでみたが、美味しくはなかった。インスタントだったし、ビールだって最初はまずかったし、当たり前だろう。幼少時にはだかの王様を読んで、自分は素直に生きようと思ったせいもあるが、まずいものを背伸びして飲むことはしなかった。だからコーヒーにはずっとミルクと砂糖を入れて飲んでいた。

 本格的に飲むようになったのは、社会人になってからだ。当時独身寮で同室だった先輩が毎晩豆を挽いて飲んでいたのだが、同室の私もそのたびにお相伴にあずかったのである。一人になってもその時培われた習慣は抜けず、コーヒーメーカーを買ってきて飲むようになった。以来、食後のコーヒーは欠かせない。

 ご多分にもれず、メタボが気になりだしてから砂糖はやめた。やめてみて気がついたが、なくても美味しい。その代わりミルクは欠かさない。外で飲むときは、ポーションタイプのミルクをやむなく使っているが、家では牛乳だ。外国に行ってコーヒーを飲んだときに牛乳だったのだが、これがけっこう気に入ったのだ。

 世の中には吉祥寺の「もか」(今はもうない)のような名店があちこちにあって、一杯1,000円とかの気合の入った美味しいコーヒーを飲ませてくれるところもあるようである。
しかし、私もそこまで通ではない。豆から挽いて適度に美味しければそれで満足するタイプだ。

 朝は残念ながらのんびりコーヒーを飲んではいられないが、昼と夜はゆっくりと楽しめる。特に夜はわずかな時間とはいえ、一日の仕事を終えてリラックスしているからこそよけいにそのひと時をゆっくりと楽しむ事ができる。そのひと時のために働いたといえば大げさかもしれないが、そのくらいの至福のひと時である。

 こういうささやかなひと時をたくさん作って楽しめたら、日常生活も充実するだろう。そんなひと時を少しずつ作っていきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「東京裁判を読む」半藤一利/保阪正康/井上亮
     

2009年10月19日月曜日

仮面ライダー

 我が家の長男、この頃恐竜と仮面ライダーにハマっている。長女と同じように育てていても、男の子はやっぱり男の子らしい好みになっていく。どこで影響を受けるのだろうなとちょっと不思議に思う。仮面ライダーはたぶん、幼稚園だ。

 日曜日の朝の仮面ライダーWをたまたま長男と一緒に観た。何を隠そう、私も仮面ライダーは大好きだった。初代と2代目までは夢中になって観ていたものである。3代目から興味を失ってしまったが、その後も脈々と仮面ライダーは続いている。続いているのは知っていたが、あまりしっかりと観た事はなかったのである。

 さてそんな現代の仮面ライダーWであるが、全体的に明るい、軽い。登場人物は主役の探偵のお兄さんと所長のお姉さんともう一人のお兄さん。Wという名の通り、お兄さん二人が変身するのである。昔は「おやっさん」がいたものであるが、今は年寄りの出る幕はないらしい。

 ストリート・ダンサーが出てきてリズミカルに踊るのも現代風なら、変身も何やらベルトにメモリを差し込むというモノだ。確か一つ前の仮面ライダーはベルトにカードを挿して変身していた。カードゲームの流行を受けてのものだろうか。ガチャっと挿してカラッとさわやかに変身する。

 昔は「へん~しん!」というアクションがあったから、みんなベルトなどなくてもどこでも気軽に変身できた。今はベルトやメモリなどのモノがないと、気分がでなくて面白くないだろうなと思ってしまう。そして昔は次々と現れるショッカーの戦闘員をなぎ倒していったものだ(子供心にせっかく改造されたのに戦闘員じゃかわいそうだよな、と妙なところで同情していたものだ)。そうして最後に必殺のライダーキックで勝負を決めた。

 しかし、今はマンツーマンで怪人相手に銃をぶっ放す。そしていきなり終わってしまった(次回に続くらしい)ので最後はどうやって怪人を倒すのかは来週観てみないとわからない。なんともすっきりしない。昔は一話完結で、最後はサイクロン号に跨って、マフラーをなびかせながら、ナレーションとともに去っていったものである。

 それに主人公は不本意ながら改造人間にされてしまい、どこか世間に正体を隠して生きていて、言ってみれば陰を背負った暗さがあった。それが全体を通しての仮面ライダーの世界観を形成していた。今のライト感覚な雰囲気にはそれが感じられない。これも世相なのだろうか。

 「歌は世につれ、世は歌につれ」ではないが、仮面ライダーのこうした変化は世の中の動きの反映なのだろうか。なんだか昔のシリーズを観てみたくなってしまった。そして昔のライダーの勇姿をみせて、これぞ仮面ライダーだと息子には教えてやりたいと思うのだ。あの翳りを帯びた世界観でこそ、真の人格形成がなされるような気がしてならないと思うのである・・・


【本日の読書】
「なぜ隣の奥さんはラブホテルファンドでバーキンが買えたのか?」嶋野宏見
「東京裁判を読む」半藤一利/保阪正康/井上亮

    

2009年10月17日土曜日

スイーツ男子

 以前にも書いたが、最近は次々と新しい呼び名が登場している。スイーツもその一つ。ケーキやプリンなどの甘いものの総称のようであるが、近頃よく耳にするし、すっかり定着したようでもある。特に若者を意識しての事であろう、コンビに行くと「スイーツ」という言葉が氾濫している。

 先日ファミリーマートに行ったら「男子スイーツ部」などというのも見かけた。昔は「男子たるもの」は女の子のようにケーキ類についてあれこれ語るのは憚られたものであるが、最近は「草食系」が増えてきたのかどうやら抵抗感もなくなってきたらしい。それに大抵男性にとってこの手のものは、「量が少ない」という欠点があったのであるが、増量したものを売っているようである。明らかに男性をターゲットにしている。まあそれはそれで商売になるのであればいいのであろう。

 「男子たるもの」と言ったところで味覚的にはそれほど男女間に差があるわけでもなく、男子だってスイーツ好きはいたはずである。それがなんとなく「憚られて」表に出せなかっただけである。だから別に不思議でも何でもないわけで、突然近頃の男子達がスイーツ好きになったわけでもない。隠れていたものが出てきただけと言えよう。

 かく言う私も実は大のケーキ好き。かつて学生時代に家庭教師のアルバイトをしていた時の事、ある金持ちの歯医者さんの息子さんを教えていたが、何より嬉しかったのは当時世間相場の2倍のバイト料もさる事ながら、休憩時間に出されるケーキだった(その他のご家庭ではさすがにケーキは出てこなかった)。

 今でもバイキングなどでは必ずデザートのケーキは食べている。しかもそこそこの量をだ。最近よく高校関連でバイキング形式の懇親会に出るが、その時も密かにいくつも食べている(この「密かに」というのが「スイーツ時代」でなかった証かもしれない)。そうしてみると私もいわゆる「スイーツ男子」なのであろうか?

 最近の若者は、ケーキバイキングなんかにも男同士で行ったりするそうである。まぁ吉野家で女性が堂々と牛丼をかき込んでいるご時勢であるから、いいのであろう。それにしても人目を気にせず、女性陣に交じって堂々と行けるのは大したものである。残念ながら私にそこまでの度胸はない。


 先日妻が義母と銀座に行った帰りに「ラデュレ」というお店(本店はパリだそうである)でマカロンというお菓子を買ってきた。
何でもけっこう有名らしい。一個のお値段がケーキ一個分くらいするそうである。一緒になってあれこれ語るほどではないが、みんなでスイーツを食べる瞬間は幸せを感じる一時だ(マカロンは味とお値段がマッチしていないと我が家の女性陣からは不評であった・・・)。

 堂々とスイーツを語れるようになったいい時代とも思うが、それも人によりけりか。我が職場の某同僚、外見は安倍譲二みたいなのであるが、この人も大のスイーツ好き。東にうまいものがあると聞けばわざわざ出かけて行って食べてくる。先日も我が街までやって来て、評判のシュークリーム(@100円)を買って帰ったらしい。一人部屋に帰って5個もシュークリームを食べる姿を想像すると、やっぱりなぁと感じてしまう。スイーツおじさんは外見も重要な気がする。

 スイーツ男子かどうかはともかく、美味しいものを食べられるのは何より幸せな事。これからも密かにであるかどうかは別として、いろいろ味わいたいと思うのである・・・


【昨日の読書】
「なぜ隣の奥さんはラブホテルファンドでバーキンが買えたのか?」嶋野宏見
「夜のピクニック」恩田陸

     

2009年10月14日水曜日

ハロウィンの戸惑い

 
 昨年あたりからご近所でハロウィンの飾り付けがちらほら見られるようになってきた。
クリスマスの飾り付けは我が家もやるし、近所でもかなりやる家は多いのだが、ハロウィンはまだ少数派。我が家の目の前の豪邸(普通の家4軒分なのだ)も、昨年豪華な飾り付けを披露した。オレンジのかぼちゃの飾り付けは微笑ましく思えるし、私も見るのは好きである。

 ところが・・・
今年は豪邸の飾り付けが遅れている。そろそろやらないとあんまり長く飾れないのに、と他所の心配をしていたところ、我が家の奥様からこんな話を聞いた・・・

 それは昨年の事、やっぱり近所で懇意にしている奥様の家で、玄関にハロウィーンの飾り付けを施していた。そしたら、突然ピンポーンとチャイムが鳴り、出てみたところ「Trick or Treat!」。
「えっ!!」と驚いたその奥さん、とりあえず家にあったお菓子をかき集めて渡したそうである。やってきた子供たちは皆見知らぬ子たち。慌てて我が家の奥様にメールしてきた、「このあたりにはハロウィンの習慣があるのか?」と。(この奥さんはまだ住んで日が浅いのだ・・・)

 突然のメールで、そんな話に我が家の奥様も仰天。この地に住んで10数年、そんな話聞いたこともない。「来たら居留守使うわ!」と咄嗟に答えてビクビクしていたらしい。
幸いな事に我が家には来なかったようである。

 後日アメリカ滞在経験のある奥さん友達が教えてくれたそうである。本場でもハロウィンで子供たちは全家庭を回るわけではないのだと。ハロウィンの飾り付けをしている家だけを回るのだと。そういう家は、飾り付けが「ハロウィンしています」という合図なのだと。それで、その家だけに行ったのかもしれない。初めて聞く話だったが、そもそもその子供たちもそんな事をよく知っていたものだと変に感心してしまった。

 しかしながらこのハロウィンも、近所の知っている子供ならともかく、知らない子だとやっぱり抵抗感はあるよなと思う。地域でみんなでやりましょうってなったら別だが、いきなり見知らぬ子が来たら戸惑うだろう。我が家の奥さんが咄嗟に居留守を使おうと決めた気持ちもよくわかる。

 もともとハロウィンといったってどういうものかよくわかっている人は少ないだろうし、ただかぼちゃの飾り付けが可愛いから、ちょっと飾ろうかという程度の家が大半だろう。営々と築き上げた歴史を持った本場のそれとは似て非なるものだ。クリスマスもそうだが、形だけ輸入してしまうのは我々の社会の得意技だ。それをどこまでやるかはみんなのコンセンサスだが、この先どうなるのだろう。やがてクリスマスみたいに市民権を得ていくのであろうか?

 そんな話を聞くと、目の前の豪邸の飾り付けがまだなのは、やっぱり同じ経験をしたからなのだろうかと思ってしまった。おそらく、十中八九は子供たちの「襲撃」を受けたはずだし・・・ただ、そんな理由でせっかくの飾り付けが見られないのは残念な気もする。もしもそうなら、ハロウィンの習慣が我が家のご近所はおろか我が国に根付くのはちょっと難しいかもしれないな、と思うのである・・・


【本日の読書】
「覚悟のすすめ」金本知憲
「夜のピクニック」恩田陸
     
    

2009年10月12日月曜日

小江戸川越


 大阪から義母が上京してきた事もあり、連休の中日に川越に行ってきた。我が家からは西武線を乗り継いで1時間もかからない。へたな都心よりはずっと近い。レッドアロー号に乗りたがっていた長男の希望を叶えられるし、というわけで行く事にしたのである。もちろん、家族全員行くのは初めてである。

 川越であるが、いつの頃からか「小江戸」としてPRしているから、存在はよく知っていた。行ってみれば、NHKの朝の連続ドラマでも取り上げられているとかで、盛んにそれをPRしており、天気にも恵まれ大層な人出であった。町並みは古き善き時代の景観が残されている。そんな町並みに私はシャッターを切る。 

 ところが、花より団子の我が家の女系軍団、やれ「何この匂い」とか「芋○○とかおいしそうじゃない?」とか「これは買って帰って明日食べて、これはここで食べる?」とかで観光などはそっちのけ。まあ今に始まった事ではないのだが・・・

 厳選の上(当然私は選定メンバーには入っていない)、ハナマルでも取り上げられたという芋ソフトを食べる事になった。さっさと食べ終えた妻と義母は、「ちょっとあっちのお店(当然食べ物屋だ)を見てくる」と言い残して行ってしまう。子供たちが食べる終わるのを待つ間、私はと言えばそのソフトのお店を眺めていた。

 ソフトクリームも売れているのだが、やき芋にぎりというのも飛ぶように売れていた。
手軽に買って食べられる気安さからか、試しに食べてみようと思うのだろう、みんな列をなして買い求めていた。店頭の様子を見ているとついつい考えてしまう・・・

平均すると1分間に2個ぐらい売れている。
1時間で120個。
一日7時間として840個。
800個としても1個150円だから120,000円。平日は半分として、週6日営業で1週間で480,000円。1ヶ月で1,920,000円。年間で2,304万円。
原価率は30%くらいだろうか、アルバイトはいないようだし、これにソフトクリームを加えて・・・
我ながらもはや職業病かもしれないと思う・・・

 街並みには目もくれず、次は「菓子横丁」に向う。一通り見終ると、夕食はあらかじめ「うなぎ」と決めてあったから、それまで「何して時間つぶそう?」。いろいろと観光スポットはあったのだが、子供はもちろんの事、みんな気乗り薄。それでも強引に民族資料館なるところに入ったが、ここで川越の歴史を聞いてちょっと勉強した気分。

 特に「道計り」という距離測定器には関心した。あらかじめ歩幅をセットしておいて、そこから走行距離を割り出す装置である。言ってみれば「万歩計」そのものである。どういう原理かわからないが、電源も何もなしでこういう装置を作った知恵には感心させられた。

 もっとも関心したのは私だけだったかもしれない。みんな「いちのや」という老舗のうなぎ屋で食べた鰻のおいしさにすっかり心を奪われたようである。まあ、楽しいのが一番。みんなが楽しく過ごせれば、それが何より。平和な一日が過ごせて何よりだと思ったのである・・・


【本日の読書】
お休み
     
    

2009年10月10日土曜日

運動会にて

   勝者は間違ったときには「私が間違っていた」と言う。
 敗者は「私のせいではない」と言う。

 勝者は勝因は「運が良かった」と言う。例え運ではなかったとしても。
 敗者は敗因を「運が悪かった」と言う。でも、運が原因ではない。

 勝者は敗者よりも勤勉に働く。しかも時間は敗者より多い。
 敗者はいつでも忙しい。文句を言うのに忙しい。

 勝者は問題を真っ直ぐ通り抜ける。
 敗者は問題の周りをグルグル回る。

 勝者は「自分はまだまだです」と言う。
 敗者は自分より劣るものを見下す。

 勝者は自分より勝るものに敬意を払い学び取ろうとする。
 敗者は自分より勝るものを不快に思い、アラ捜しをする。

 勝者は職務に誇りを持っている。
 敗者は「雇われているだけです」と言う。

 勝者は「もっと良い方法があるはずだ」と言う。
 敗者は「何故変える必要があるんだ?今までうまくいっていたじゃないか」と言う。
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 10月10日と言えば「体育の日」。もっとも今ではそれが変わり、今年は12日である。だが、子どもの頃から長年「10月10日」で慣れ親しんだ身としては、12日と言われてもピンとこない。やっぱり今でも10月10日は体育の日である。

 そんな体育の日に運動会があちこちで開催されたであろう。我が家も例にもれず長男の幼稚園の運動会であった。年少さんとして初めて運動会に参加した我が長男。父親としては前にも書いたが(明日に向って走れ)、やはり何はさておき「かけっこだけは一番」になってもらいたい。

 長男にはこの日に向けて暇を見つけては個別に練習させてきた。といっても本人は遊びだと思っていたと思う。その成果はいかにと見守る中、競技が始まり4人ずつ一組になって次々と走る。そして長男の順番になる。ビデオは撮らないといけないし、そうすると「肉眼で」見られないし、結果は気になるし・・・何だか自分が走った方が楽である。

 スタートの笛が鳴る。(年少さんは笛なのだ)フライングした子が先頭に出る。「あ゛~!」と声にならない声が思わず出る。ところが、ディスプレイの中で長男があっさりとその子を抜き去る。そしてそのままダントツトップでゴールを目指す姿はウサイン・ボルト並み。ビデオを持っていなければガッツポーズを取っていたと思う。

 一緒にビデオを撮っていた周りの見知らぬお父さんたちからも「おぉ~」と嘆息が漏れる。こうして人生初めての運動会の、人生始めてのかけっこを見事一等賞で飾った我が子。お遊戯は直前まで振り付けを覚えておらず、(長女は家で完璧に実演してみせた)「先生がやるのを見ながらやるからいい」とのたまわる逞しさも披露。これから「運動会が楽しい」子に育ってほしいと思う。

 最後の方に父兄競技としてリレーがあった。私は長女の時から出たことがない(やるからには常に本気の私としては、こういうところで本気を出すのが大人気ないと思うから出ないのである)。「脳ある鷹は爪を隠す」である。

 何やら熱心にストレッチをするお父さん、お母さん。号砲一発スタートするのだが、これがまた見事に転ぶ、転ぶ、転ぶ・・・日頃の運動不足の体と、昔のイメージのままの脳みその、それは見事なアンマッチ。その結果は、「運動会で転んだお父さん」という称号。すべりやすい校庭、園児向けの直線の少ない狭いトラック、運動不足でバランスの悪い足腰・・・ノーマルタイヤで雨中のヘアピンカーブに突っ込むようなものである。冷静に考えれば転ぶのも無理はないのである。

 我が子の夢を壊さないためにも、やっぱり「君子危うきに近寄らず」と決め込む我が身なのである・・・

【本日の読書】
「夜のピクニック」恩田陸

     

2009年10月8日木曜日

私にとってのブログ

「神明は唯平素の鍛錬に力め、戦はずして既に勝てる者に勝利の栄冠を授くると同時に、一勝に満足して治平に安ずる者より直ちに之を奪ふ。古人曰く勝て兜の緒を締めよと」
東郷平八郎の訓示(日本海海戦時)
当時の米大統領セオドア・ルーズベルトがこの訓示に感銘し、英語に翻訳して米海軍の全将校に配布したとのエピソードも残っている。
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 ブログを始めてもう3年になる。始めた時に何が不安だったかというと「ネタが続くか」という事だった。あれこれ考えて、最初に始めたブログはテーマを仕事の事に絞り、ネタを10個くらい用意してスタートした。しかも毎日だと続かないかもしれないと考え、1日おきとした。1日ネタを考え、次の日更新するというパターンだ。これは今でも続いていて、けっこうアクセスもある。

 やってみてわかった事は、「ネタなどいくらでも浮かんでくる」という事だ。そして余裕が出てくると、仕事以外にも幅を広げたくなった。そこで趣味の映画をテーマにして2つ目をスタート。その後いくつか展開しやめてしまったのもあるが、今コンスタントに続けているのはこのブログを入れて4本だ。

 このブログはテーマを「思考の記録」としている。毎日あれこれと考えている事を以前はそのままにしていた。考えた事、感じた事はその時々浮かんでは消えていった。それらの諸々をこうして記録しておくのは、後から読み返すと自分でも面白い。

 やり始めてから小さな専用メモ帳を持ち歩くようにした。思いついた時にちょっとメモしておくのである。こうしておくと忘れないですむ。家に帰って落ち着いて食後のコーヒーを飲みながらメモをめくるわけである。「さて、今日はどれにしよう」と・・・

 ネタをちょこまかと書き溜めるのはいいが、家に帰ってもいろいろやる事があってのんびりブログを更新していられない、なんてことはあるが、書くことがなくて困るという事はない。まあ楽しみながらやっているというのが実情だ。

 ブログも人それぞれだ。いいところは離れたところに暮らしている人など何をやっているかわかる事だ。普通だったら疎遠になってしまうか、年に一回年賀状のやり取りで終わってしまうところが、その人のブログをみれば何をやっているのかよくわかる。先輩H氏などはその良い例だ。

 弊害はといえばパソコンの前に座っている時間が長くなってしまう事だ。夕飯を食べていそいそと部屋へ行ってカタカタとキーボードを叩いていると夫婦間の会話が少なくなってしまう。あまり熱を入れすぎると要らぬところで火を噴いたりするかもしれないので用心はしている。

 今は良い時代だとつくづく思う。こういう時代に生まれた恩恵はフルに享受したい。その分社会にも何かお返しをしないといけないのだろう。今はまだこれといったものはできていないが、いずれそういう事もしていきたいものである。それがブログのようなものであれば尚良いなと思うのである・・・

【本日の読書】
「ブラック・スワン下」ナシーム・ニコラス・タレブ
「生き方」稲盛 和夫
    
    

2009年10月7日水曜日

ガッツポーズ

 そういえば先週終わった大相撲。朝青龍の優勝で幕を閉じた。本割で白鵬に負けた朝青龍が、続く優勝決定戦で今度は白鵬を投げ飛ばして優勝した。そのあと思わずとったガッツポーズが物議を醸し出している。
どうやら無作法だというのである。

 猛烈に噛み付いているのは横綱審議委員の内館牧子氏。かねてから朝青龍には批判的なのであるが、またまたけしからんとわめいている。勝者が敗者を思いやる相撲では、タブー中のタブーの行為にあたるそうなのである。内館委員だけでなく、抗議の電話も殺到したらしい。

 しかしなぁと自分としては複雑な心境。相撲は日本の国技でもあるし伝統は大事である。だが何でいけないのかよくわからない。相撲は神技であり、ガッツポーズは相応しくないというのである。

 だが、相撲はその昔神社で奉納のために行われていた頃ならばいざ知らず、今は国技館で入場料を取ってやっている。いくら神技と言ってみたところで、お金を払う人はスポーツとして見に来ている。スポーツには感動と興奮がつきもの。ファンと一体になって勝った悦びをガッツポーズで表して何が悪い、と思うのだ。お客さんもだからこそ座布団を投げ入れるのだ。「神技だから行儀良く」なんて言っていたらソッポを向かれるのではないだろうか。

 私も学生時代からラグビーをやっていたが、ガッツポーズなどは意識しなくても出るものである。そういう悦びこそがスポーツの醍醐味であり、それは何もやっている本人だけの特典ではない。ベンチで応援する仲間たちも自然とそうなるものである。相撲だって一緒だろう。

 忘れられないシーンがある。全盛期の千代の富士が勢いに乗る小錦と対戦した一番だ。当時規格外の巨体で快進撃をする小錦を横綱が止められるのか、はたまた体の大きさがモノを言って小錦が勝ってしまうのか。固唾を呑んで見つめる大一番。手をついて呼吸を合わせた二人が起き上がったあと睨みあったのだ。相撲ではありえないシーンだが、館内も観ているこちらも最高潮に盛り上がったシーンだ。だが、最近はそうしたシーンが少ない。相撲人気の低迷もそんなところに理由があるのではないだろうか。

 勝者が敗者をいたわるのは、聖徳太子の時代から「和を持って貴し」とする我が国の伝統だ。悪い事ではない。敗者に優しいのも我が国の国民性だ。ガッツポーズを取る勝者と一緒になって喜ぶと同時に、負けて帰る敗者に温かい拍手を送るのも我々日本人の有り様だ。我々は自然とそういうものを培ってきた民族なのだ。ガッツポーズを禁止する理由などどこにもない。

 何だか履き違えているような気がしてならない。きっとそういう人はスポーツで勝って泣き、負けて泣いた経験がないのだろうと思ってしまう(応援でもまったく同じだ)。スポーツの持つ感動と興奮。それを素直に表現できるのが一番だと思うのである・・・


【本日の読書】
「ブラック・スワン下」ナシーム・ニコラス・タレブ
「生き方」稲盛 和夫

     

2009年10月4日日曜日

面接

 以前にも述べたことがあるが(「留学」)、私は出身高校の卒業生で運営している財団の活動に参加させていただいている。夏休みの英国短期留学に加えて春休みには台湾へ学生を派遣している。これは現地の大学生との交流を斡旋するもので、1週間の短期間ながら双方で行き来し交流を深めているものである。その派遣者を選ぶ面接が本日行われ、私も面接官として参加した。

 英国留学は大半が現役の高校生だったが、台湾は相手が大学生とあってこちらも大学生の卒業生を送っている。さすがに2回目ともなると慣れたもので、前回ほどあたふたする事もなかった。それに今回は派遣枠9名に対し、学生の応募者が14名というもので、時間も午前中で終えることができたから楽であった。

 面接での質問は3つ。志望動機、今大学でやっている事、最近印象に残った事。3~4人のグループ面接だ。あらかじめ応募用紙に目を通しておくのだが、面白いもので実際にしゃべると違う印象を受ける人もいたりする。たぶんアンカリング効果という前の人の発言に引きずられる傾向もあったようだ。例えば応募用紙にはサークル活動の事がたくさん書いてあるのに、大学でやっているのは「~の勉強をし・・・」などと答えてくる。「お前絶対違うだろう」と、我が身を振り返りつつ心の中で突っ込みを入れたりしていた。

 そうして最後に審査員の採点を集計したところ、やっぱり混戦となった。上位8名はすんなり決まったものの、9位が3名いたのだ。この中から一人選ばないといけない。面接の結果が同じとなるとどこで差をつけるか。ここは審査員の合議となる。

 結局、前回の台湾派遣で落選していた2名のうち、一番先に申し込み書を出した子となった(まあもう一人はすでにドイツに派遣した経緯があり、残る一人は来年再チャレンジできるという事も決め手となったのだが・・・)。決め手となったのは、説明会のあとすぐに応募用紙を出してきた熱意である。もちろん、面接受けがいいのが一番なのだろうが、最後の最後にモノを言うのはこういうところだったりするのかもしれない。

 我々の現役の頃にはこういう制度はなかった。だから今の学生たちは羨ましい限りだ。だがそういうチャンスにチャレンジする子としない子がいる。人それぞれだし、諸々の事情があるだろうから一概には比較できないが、身の回りを見渡してみて手を伸ばせば届くところにあるチャンスに手を伸ばしてみる、そういうことで、自分の人生も大きく変わったりするだろう。自分の子供たちには、そういうチャンスに手を出せる人間に育ってほしいと思う。

 今回選ばれた9人は台湾でどんな経験をするのだろう。ちょっとジェラシーを感じてしまうが、きっといい経験ができるに違いないと思うのである・・・


【本日の読書】
「ブラック・スワン下」ナシーム・ニコラス・タレブ

      

2009年10月2日金曜日

快投江川

 時の経つのは早いもので、はや10月「神無月」である。古来から十月を「神無月」と言うのは、旧暦の十月には全国の神々が出雲の国に集まり、留守になることから神の無い月と言われている・・・
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 会社での雑談はブログのかっこうのネタになる事が多い。今日はジャイアンツ。今年は早々に優勝を決めた。V9時代以来の3連覇。最近のジャイアンツは、かつて批判を浴びた金にあかせた選手獲得も鳴りを潜め、育成選手が育ってバランスのいいチームになった。ファンとしてもようやく安心して見ていられるようになったのはいい事だ。

 そんなジャイアンツではあるが、かつてはファンとしても苦々しく思うことがあった。清原を始めとした一連のFA選手獲得であり、なんといってもミソのつけ始めは「江川」だった。「ジャイアンツに入りたい」とダダをこねて、高校、大学と浪人し、それでもドラフトでジャイアンツがくじを引けず、とうとう阪神に一旦入団しトレードするという大騒動を起こした。こんな事、ありえない。当時は江川が大嫌いだった。表情もふてぶてしかったし・・・

 だが、そんな考えはやがて少しずつ変わっていった。何といってもピッチングが凄かったからだ。テレビで観ていてあれほど速いストレートはそれまで観た事もなかった。面白いようにバットは回るし・・・江川が投げる時は観ていて快感であった。

 今はそんなピッチャーはいない気がする。日本最速のクルーンだって違うような気がする。テレビでは球速が表示される。江川のストレートは140キロ台だったような気がするから、クルーンよりも10~20キロ遅いはずなのだが、そんな感じがしない。もっとも昔の事だから、記憶が増幅されているのだろうか・・・

 そんな時、現代は便利である。YouTubeで検索すれば、「江川の昔の投球」が観られる。
早速、観てみると・・・やっぱり速い。球速は確かに140キロ台だが、確かに速い。あの頃の記憶は間違いではなかった。

 球種はストレートとカーブくらいしかなかったはずだが、それでも20勝しているし、大したものである。現代の松坂やダルやマー君なんかよりも役者が上だと思うのはエコヒイキだろうか・・・こういう魅せる選手がいるとプロ野球ももう少し盛り上がるような気がする。

 今はすっかり太ってひょうきんな解説者で売っている。やがてジャイアンツの監督になるのだろうか。もうピッチングを観られないのは残念であるが、ジャイアンツの歴史を飾った名選手だと今では思うのである・・・





【本日の読書】
「ブラック・スワン上」ナシーム・ニコラス・タレブ
「裏ビジネス 闇の錬金術」鈴木晃