2021年7月29日木曜日

仕事とモラル

 先日、【「あなたから買いたい」と言われる超★営業思考】という本を読んだのだが、その中でTBSからプルデンシャル生命保険に転職した著者が、最初はなかなか契約が取れず、後輩に圧力をかけて契約を取ったエピソードが紹介されていた。プルデンシャル生命保険は、完全成功報酬制らしく、契約が取れないと給料がもらえないらしい。家族も養わなければならないとなれば、なりふりなど構っていられず、体育会系で言うことを聞きやすいと踏んだ後輩から契約を取ろうとしたらしい。その事情はよくわかる。

 実は、私もソニー生命から転職しないかとオファーを受けたことがある。サラリーマンであればこういうオファーが来るということはちょっと誇らしいことでもあり、その時は私も「話ぐらいは」と面接に出かけて行ったのである。そこで根掘り葉掘り聞かれたのは、銀行でのお客さんとの親密度。「年賀状は何通ぐらい出しているのか」とか、担当が外れてもお付き合いが続いているお客さんは何人ぐらいいるのかとかである。質問を受けながら、「あぁ、これは転職後に保険の勧誘ができそうな『見込み客』をどれくらい持っているのか確認しているんだな」と感じたのである。

 ソニー生命もプルデンシャルも、基本的に営業マンが紹介をもらって営業するスタイルを取っている。最初は家族や友人、知人からスタートするのだろう。その時は転職する気もそれほどなかったので断ったが、こういうセールスを伴う保険勧誘の仕事は、私には合いそうもない。背に腹は変えられず、無理に契約してもらうのも気がひける。先の本の著者は、一旦後輩から契約を取るが、すぐにクーリングオフをされ、後輩は電話にも出てくれず、人間関係が壊れてしまったようである(その後、やり方を変えなんとトップセールスになったそうである)。

 保険に限らず、不動産仲介業なんかも基本的に成果報酬制を取っているところが多く、「お行儀の悪い」営業マンはかなりいる。例えば賃貸の仲介手数料は、法律で「貸し手と借り手から合計で家賃の1ヶ月分」と決まっているが、通常「借り手」から1ヶ月分をもらい、貸し手からは「広告料」という名目で1ヶ月分をもらう。これを「礼金を1ヶ月分上乗せして請求していいから広告料を2ヶ月分くれ」なんてことは当たり前になされている。法人契約で礼金が2ヶ月以上の場合は注意が必要である。

 「お客様は神様」的に「顧客ファースト」の精神からすれば大きく外れる行為である。エイブルグループなどは、会社をあげて良心的に営業しているが、名前の知れていない街の仲介屋さんはちょっと注意しないといけない。「自分の成績か顧客の利益か」どちらを優先すべきかと言えば、それは「顧客の利益」というのが正解であるが、それで自分の給料がもらえない(あるいは少なくなる)場合、それでも「顧客の利益」と言えるだろうか。不動産業界では、「自分ファースト」の営業マンの方が残念ながら圧倒的に多い。

 私は不動産業界にこれまで属していたが、幸い仲介業は片手間にやるだけで、成果報酬でもなく、こんな事をしなくても困らなかったから余裕を持って「顧客ファースト」の行動が取れた。だが、仮に仲介業社で働いていたら、顧客ファーストの精神を貫き通せただろうか。もちろん、必死で顧客ファーストを貫くべく創意工夫と努力をしたと思うが、究極的に自分と顧客とを天秤にかけたらわからないと思う。

 法律の世界には、「緊急避難」という考え方がある。溺れかかっている時に、近くに浮かんでいた浮き輪を人と争って奪い、結果相手が溺死した場合に責任を問われることはないという概念である。もちろん、生命、身体の危機を前提にした「緊急避難」と単なる仕事の「自分ファースト」とが同じだと言うつもりはないが、完全成功報酬型の仕事や外資系などですぐクビにされるような場合、その恐怖(特に家族がいる場合)は軽く見ることはできないと思う。

 本当に生きるか死ぬか(失業するかしないか)という状況であればまだしも、少しでもゆとりのある状況でどう行動するかはその人自身のモラルと言える。人を押しのけてでも自分を優先したり、人の取り分を考えずに自分の分だけを考えたりはその人自身の人間性と言える。先の著者は、後輩から契約を取った時はよほど追い込まれていたのだろうが、そのあとすぐに気がついて、後は平日は毎日会社に泊まり込んで仕事をしたという。つまりそこまでやれば、モラルを持って仕事ができるわけであり、トップセールスという成功者の道を歩めたのであろう。

 自分もかくありたいと思う。どんな状況においても顧客や同僚や友人知人に対し、恥ずべき行為をしなくても済むようにしたいと思う。こういう事は、常日頃考えて意識していないとついつい魔がさしてしまいそうである。サラリーマン人生もそろそろ先が見えてきている。それゆえに、最後の最後まで襟を正して働きたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 (河出文庫) - ユヴァル・ノア・ハラリ, 柴田裕之 女帝 小池百合子 (文春文庫) - 石井 妙子













2021年7月25日日曜日

持てる者と持たざる者

 子供の頃、「金持ちの家に生まれたかった」という思いは幾度となく思ったものである。それは小学校も高学年になると家に友だちを呼ぶことに抵抗感を抱くようになったことにも表れていた。その頃住んでいた家は、2階建ての家の1階に住んでいたのであるが、六畳間と八畳間に風呂と台所、今で言えば2Kの家であった。その家に親子4人で暮らしていたのである。友だちの中には四畳半にトイレと台所というアパート住まいもいて、それに比べると自分の家が恥ずかしいというほどではなかったが、それでももっと広い家に住み、自分の部屋がある友だちもいて羨ましく思ったものである。

 両親は長野県から裸一貫で出てきて、中卒の親父は頑張って一軒家を構え、自営業を全うして借金もすべて返済して引退した。親父もまた恵まれた環境ではなかったが、私も大学を出させてもらい今がある。それほど恵まれていなかったからこそ、努力して難関国立大学を出られたと言える。高校生から小遣いをもらっていなかったし、自分で言うのもなんだが、この自立心は自分の育った環境ゆえであることは間違いない。もしも金持ちの家に生まれ、恵まれて育っていたらどんな人間になっていただろうか。

 親が会社を上場させた成功者で、金持ちの家に育ったある知り合いは、その親のコネで知り合いの上場会社に就職し、何年か修行をした後、30代の若さで父親の経営する上場企業の取締役となった。その後、父親の有り余る資金で会社の設立資金を出してもらい、社長に収まった。社員も父親が子飼いの部下を集めて順風満帆で事業をスタートした。そしてそれほど苦労もせずに会社を売却して引退生活である。ただ、経営手腕としては父親の帝王学までは伝授されず、おそらく普通の会社ではサラリーマンとしては通用しないだろうレベルであった。

 自分と比べて羨ましいと思う半分、では自分もそうなりたいかと言うと難しい。お金か実力か。どちらが好ましいだろうか。その人はおそらくもう何もしなくても十分食べていける。仕事も趣味みたいなものだったとさえ言える。多少仕事なんてできなくてもお金があれば喰うに困らない。「俺の方が実力がある」などと言っても、所詮負け惜しみである。私はまだまだ働かなくては家族を養っていけない。実力といったって、銀行では役員になるほどではなく、自分で事業を起こすほどでもない。腕一本で外資系を渡り歩き、年収何千万円というレベルには程遠い。つまり、典型的な中堅サラリーマンである。

 それでもどちらがいいのだろうか。女性であれば、金持ちのボンボンと普通のサラリーマンとどちらと付き合うかとたとえられるだろうか。お金か愛か。愛はないけどお金のある生活か、愛はあるけどお金のない生活か。理想は「愛」であるが、迷わず答えられるのは10代までではないだろうか。今の自分の姿は、間違いなく両親が作り上げた生活環境の賜物である。金持ちの家庭であれば、今の自分ではない自分だったと思う。それはどんな自分だっただろうか。嫌味で傲慢な奴になっていたかもしれないが、もしかしたら慈善活動を熱心にやり、気前の良いいい奴になっていたかもしれない。

 ただ中学を卒業してすぐ東京に出てきて住み込みで働き始めるしかなかった親父よりは、はるかに恵まれていたことは確かである。上を見ればキリがないが、普通に大学まで出られる環境だったことは間違いなく、それは恵まれていたと今では断言できる。もっと金持ちの家に生まれていたら、親の残した金で何不自由なく暮らせていたかもしれないが、親の残した財産を減らして終わる人生だっただろうと思う。今の両親で良かったのである。

 転職にあたり、今度就職する会社の社長さんからは意外にも熱心に誘っていただいた。それは間に入ってくれた方が、この6年半の私の仕事ぶりを評価して推薦してくれたことに他ならないが、それも持たざる家庭に育ったがゆえに、ささやかではあっても自らつけた実力の成果とも言える。親の残した財産を減らして生きるよりも遥かにいいと思う。そうして自分に対しては納得するが、では果たして自分の子供たちはどう思っているのだろうかとふと思う。やはり「金持ちの家に生まれたかった」と思っているだろうか。

 ひいき目に見ても見なくても我が家は典型的な中流家庭である。4LDKの一戸建てと言えど、住宅ローンは70歳まで払わなければならない。借りた時は「途中で繰り上げ返済して・・・」なんて考えていたが、それで返済額は減ったが、依然として70歳まで返済は続いていく。教育費はこれからまだまだ重い負担が続く。車の買い替えも家族揃っての海外旅行も当分お預けである。それほど不自由はさせていないと思うが、当の本人たちはどう思っているのだろうか。ただ、思うのである。むしろ、「金持ちの家に生まれたかった」と思う方がいいのかもしれないと。

 「貧しさの中なら、労りだけで十分子供は育つ。だが豊かさの中では精神的な厳しさを与えなければ鍛えられない」とは松下幸之助の言葉である。子供の成長にはハングリー精神がある程度必要だろうと思う。歯を食いしばって試練の壁をよじ登る気概である。「子孫に美田を残さず」という諺も結局、同じことを言っているのだと思う。自分の父親が本当はすごいんだなと思ったのは働き始めてからだったかもしれない。地道にコツコツと働き、家族を養うことは大変なことなのだと理解できた時だったと思う。おかげで今の自分がある。

 子孫に残したくても残すほどの美田はないが、それもまた良しなのだろう。持たざる者こそが持てるものを持てればその方がいいだろう。そういう気持ちを子供たちには背中で伝えたいと思うのである・・・



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【今週の読書】
 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 (河出文庫) - ユヴァル・ノア・ハラリ, 柴田裕之 女帝 小池百合子 (文春文庫) - 石井 妙子








2021年7月22日木曜日

論語雑感 公冶長第五(その24)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。
【原文】
子曰。巧言令色足恭。左丘明恥之。丘亦恥之。匿怨而友其人。左丘明恥之。丘亦恥之。
【読み下し】

子し
曰いわく、巧言こうげん、令れい色しょく、足すう恭きょうなるは、左さ丘きゅう明めい之これを恥はず。丘きゅうも亦また之これを恥はず。怨うらみを匿かくして其その人ひとを友ともとするは、左さ丘きゅう明めい之これを恥はず。丘きゅうも亦また之これを恥はず。
【訳】
先師がいわれた。「言葉たくみに、顔色をやわらげて人の機嫌をとり、度をこしてうやうやしく振舞うのを、左丘明は恥じていたが、私もそれを恥じる。心に怨みをいだきながら、表面だけいかにも友達らしく振舞うのを、左丘明は恥じていたが、私もそれを恥じる」
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 「面従腹背」という言葉がある通り、世の中では心とは裏腹に他人に合わせなければならないというのはよくあることである。サラリーマン社会では典型であるし、それはサラリーマン社会ならずともママ友同士の間だったり、ご近所付き合いだったり、人と人の間ではごくありふれていることであろう。左丘明という人物も孔子もそれを恥じるとしている。それはその通りだろうと思う。だが、その通りにならぬのもまた人の世である。

 人間誰しもその人なりの考えがあり、それは必ずしも誰もが同じというわけではない。考え方が違えば、時に不快な思いをするのも事実。私も銀行員時代、部長の顔色ばかり伺う課長に辟易していたことがあったが、ぐっと堪えて課長に接していた。そうしなければ仕事に支障をきたすし、それはプロとして問題である。表面だけは「いい部下」を演じていたものであるが、それは左丘明からすると卑しむべき態度なのだろうかとふと思う。

 そうではなくて、「度を越した」態度だとするなら大丈夫かもしれない。ただ、では課長は「度を越していた」かと言うと、そうも言い切れない。判断基準を「(課長として)自分がどう思うか」ではなく、「部長ならどう判断するか」に置いていただけである。簡単に言えば「忖度」であるが、会社は「部下の考え」で動くのではなく、基本はトップの考え、およびそれに基づく部長の考えであり、それを受けた課長の考えで動くものである。であれば、自分の考えより「部長がどう考えるか」に判断基準を置いていた課長の態度は間違いではない。

 さすがに漫画に出て来るような揉み手擦り手で上司に寄り添うような人は見たことはないが、何を言われても自分の考えを主張できず、影でブツブツ言っている人なら山のように見ている。『きみはいい子』という映画では、ママ友仲間に馴染めず苦労する若い母親が出てくるが、そういう表面だけいかにも友達らしく振舞っている人は多いだろう。

 だが、では自分の考えがすべてで、媚びへつらうのは悪いのかと言うと、まず「媚びへつらっている」かどうかはその人にしかわからないことである。先の課長もずいぶん部長に気を使っていたが、揉み手はしていなかった。呼ばれればいそいそと駆けつけていたが、本人は「媚びへつらっている」とは思っていなかったと思う。それはあくまで主観の問題であると思う。理不尽な指示に耐えなければならないこともあるが、だからと言って媚びへつらっているわけではない。

 実際、バカであっても上司なら立てないといけないし、取引先であればなおさらである。それは面従腹背であっても、「関係性の維持」という意味では大事なことだと思う。気にくわないからと言って片っ端から喧嘩していたのでは仕事は成り立たない。だから人によってはストレスも溜まるのだろう。私の好きな言葉に「ライオンに勝てると思えば猫にもなれる」というものがある。表向き「いい部下」「いいママ友」「いい隣人」を演じるのは人間関係を維持する上で大事だったりする。

 それは心の中では毛嫌いしている人物であっても、軽蔑している人物であっても同様である。それらにいちいち嫌だといっていたら会社勤めなんてできないし、ご近所付き合いもギスギスしたものになるだろう。なんでも心の赴くままに人と接することができるわけではない。付き合わなくて済むなら当然そうするが、付き合わざるを得ないのであれば、面従腹背もまたやむを得ない態度である。

 時に表向きの顔を作るのは大事だったりする。とくに女性なんかはそうであろう。私も同僚の女性がいつも笑顔を向けてくれるからといって、安心しきってはいけないのではないかと思うべきかもしれない。現代社会で心の思うままに生きられるという人は、それだけで幸せなのだと思うのである・・・



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【今週の読書】
 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考 (河出文庫) - ユヴァル・ノア・ハラリ, 柴田裕之 女帝 小池百合子 (文春文庫) - 石井 妙子






2021年7月18日日曜日

子供の人格形成には何が影響するのだろうか

 高校1年になった我が息子。小学生から野球を始め、いずれラグビーをやってほしいという父親の願い虚しく、高校でも野球部に入部。この夏、甲子園の東京予選では1年ながらレギュラーで試合に出場した。もっとも、弱小都立高の野球部ゆえ部員の層が薄いのが幸いしたと言える。本当はいきなりレギュラー出場するよりも、「ライバルを追い抜けないと試合に出られない」という環境が本人の実力向上という部分では良いと思っていたが、致し方ないところである。

 さっそく、夕食の席では実力の劣る先輩をバカにするような発言をしていて、なんとかしなくてはと考えている。たとえ実力が劣っていても、先輩は先輩。仮に後輩だとしても、野球は1人ではできないチームスポーツであり、実力のいかんに関わらずメンバーがいないと試合はできない。まずはチームメイトとしていてくれるだけでありがたいものである。実力が劣るなら、チームとしてそれをどう克服するかを考える方向に向けないといけない。仲間を大事にするのはチームスポーツの基本中の基本であり、そんな仲間に対する態度としても良くない。どう伝えれば効果があるのか。頭ごなしに言って効果があるのか悩ましい。

 3代目で会社が潰れるというのはよく耳にすること。初代が会社を立ち上げて成功しても、2代目は割と初代の苦労を見ているし、直接薫陶を得られるのでまだいいが、生まれた時から恵まれた環境が当たり前だと思って育つ3代目はバカ息子になりがちで、ゆえに会社を潰してしまうというのである。初代は親として子供に自分がした苦労はさせたくないと思うのだろうが、その親心が仇になる。初代がどうやったらその成功のエッセンスを孫にまで伝えられるかは難しいと思う。

 57年も生きていれば、それなりに世の中のことも少しはわかっていて、失敗も数多く経験している。それゆえにどんな考え方をしたら良いのか、すべきなのか、ある程度の考えはある。そうした考え方は息子にも(娘にも)伝えていきたいと思っているが、そうした親のアドバイスが時として煩わしいものだったりすることは、「子供の立場」を経験してきているゆえによくわかっている。伝え方によっては、その内容の良し悪しに関わらず、受け入れてもらえないものである。

 そもそもであるが、そうした親の考え方、価値観が正しいかという問題もある。もっと言えば、正しいか否かというよりもその価値観が自分の性格に合っているか否かもある。人生の優先利益に「お金」を置く人もいるし、「仕事」を置く人もいる。タイタニック号では人を押しのけて助かった人もいるし、人を助けて犠牲になった人もいる。人を押しのけて助かった人が悪いかと言えば、人は生きていてこそなのであり、法律では「緊急避難」という概念(溺れている時は同じく溺れている他人から浮き輪を奪っても許される)も認められている。何が正しいかをこれと決めることはできないことは多い。

 社員を家族と考えて大切にする社長もいれば、自らが金儲けをするための道具と考える社長もいる。ワタミの渡邉美樹会長などは、自分が若い頃ハードワークで苦労し、それが自身のために良かったと考えているゆえに社員にそれをさせようとしたのか、一時「ブラック企業」のレッテルを貼られてしまっていた。親の心子知らずとも言えるし、人にはそれぞれの価値観というものがあるので、押し付けるのもよくはない。「仕事が大事」と考えるなら、ワタミの会長の考えはわかるが、例えば「仕事よりも家庭」と考える人には苦痛でしかないだろう。

 人は誰でも自分が正しいと思うことを子供には伝えたいと思うだろう。野球であれば(スポーツは何でもそうであるが)、やはり練習が大切であり、家に帰ってきてからも素振りくらいはしてもいいんじゃないかと思う。勉強ももちろん大事。(そこそこレベルの高い)高校に合格し、安心したのか、一学期の成績は良くない。そして本人もそれを悪いと思っていない。やっぱり文武両道は両立して欲しいと思うのは親の考えだが、うるさく言っても逆効果のように思う。

 すでに性格からして息子は私とは異なる部分が多い。明るいキャラクターでどうやら人を笑わせるのが好きみたいである。友人とはどんな交流をしているのかはわからないが、「少数精鋭」的な私とは違うようである。それはそれで伸ばしていって欲しいと思うが、「努力」という言葉も胸に刻み込んで欲しいと思う。黙って見守るのがいいか、あれこれとうるさく口に出すのが良いかは難しいが、「そう言えば親父はこんなことを言っていたな」と時に思い出してもらえるのが理想である。

 以前読んだ『わが子を強運にする51の言葉』という本は、経営者であった父の言葉を娘である著者が紹介するというもの。その内容もさることながら、娘がそんな形で父の言葉を記憶して自分のものとしていることに感動を覚えたものである。できるものであれば、自分もそんな言葉を子供たちに残したいし、自分が考える「こうなっては欲しくない人間」にならないように育てたいと考えている。それには何が必要なのか。それがただいまの大きな課題である。

 バカ娘にバカ息子にならないためにはどうしたら良いのだろうか。それは一番力を入れて考えたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 空き家幸福論 問題解決のカギは「心」と「新しい経済」にあった - 藤木哲也 地上最強の男―世界ヘビー級チャンピオン列伝―(新潮文庫) - 百田尚樹




2021年7月15日木曜日

タイミング2021

 家を建てたのは、もうすぐ40歳を迎える時であった。ローンを組むにしても残りの期間と年齢を考えたら、「そろそろ」となったのである。探し始めてしばらくしたところ、近所の土地が売りに出ていた。我が家が探していることを知っていたママ友からの情報であった。駅からも近い今の立地は申し分なく、値段も買える範囲であったので決断したのである。当時の同僚から、「10年前に俺もそのあたりで探したが、とても手が出なかった」と羨ましがられた。地価が下がっていたことも買えた要因の一つである。これが今のタイミングだと、地価も上がっているし、土地だけで売りに出ていることも含めて難しいと思う。

 その時、探していなければもちろん買えなかったわけであり、土地を買って家を建ててとなると、今の相場環境だとかなり勇気がいるだろう。そもそも当時も駅から徒歩圏内は手が出ないだろうと思ってバス便の範囲で探し始めたくらいである。本当にラッキーだったと思う。建てたのは無名の工務店であったが、そこはもともと目をつけていた地方のハウスメーカーの東京の代理店であった。たまたま近所でオープンハウスをやっており、出かけて行ってコンタクトをとったのである。これも絶妙のタイミングであった。

 今回、突然転職せざるを得なくなり、急遽転職活動を始めることになった。幸いなことに縁あって2社から内定をいただいたが、両社ともちょうど私の求めるポジションが空いていたというのが大きな要因。1社は空席状態が続いており、1社は現担当者が引退を予定しているというもの。これもタイミングである。1年前だったら募集していなかったかもしれない。また、逆に1年後なら別の人がその椅子に座っているかもしれない。不動産も同様だが、こうしたタイミングによって人生が大きく変わるというのも何か不思議な感じがする。

 こうした「タイミング」は、個人の力ではどうしようもない。不動産を売りたい人も買いたい人も、人を採用したい会社も就職したい人も、これと狙っているわけではない(まぁ、ここというところを虎視眈々と狙っている場合もあるだろうが・・・)。いずれもたまたまのタイミングでの出逢いと言える。しかしながら考えてみれば、この世の事の大半はたまたまのタイミングなのかもしれない。恋愛なんかもたまたまのタイミングでの出逢いがきっかけであったりする。

 こうしたタイミングをもしもコントロールできたとしたら、絶大な力を発揮しそうな気がするが、なかなか難しいだろう。ターゲットが絞れていればある程度は可能かもしれない。たとえば、不動産であればこのエリアというのを決めておいて、毎日不動産の売り情報をチェックするという方法がある。周辺の仲介業者にもマメに顔を出し、「探している」という事実を告知する。これにより、新規に売り情報が出た時に、いち早く教えてもらえるということがある。いち早く教えてもらえれば、それだけ自分が買える可能性が高くなる。

 転職でも、この会社というのがあれば、転職エージェントに希望を伝えるとか、あるいは直接アプローチするという方法もある。恋愛はもっと簡単でこれと決めたらアタックするのみである。しかしながら、そうした特定のターゲットが決まっていなければ、やはりたまたまのタイミングという不思議な縁しかない。結婚して最初に住んだアパートも、いくつか回った最後に、「希望の駅ではないが、一つ先の駅の物件も見てみませんか」と不動産会社のお姉さんに言われ、案内されたところが気に入ったという経緯がある。

 狙うのも主体的でいいと思うが、世の中は広く、自分のカバーできる範囲には限りがある。自分の世界の外に可能性を求めるという意味では、「タイミング」に賭けてみる意味は大きい。私は別に運命論者という訳ではないが、たまたまのタイミングという縁には何か意味があるように思う。事実、今住んでいる家も他には考えられないくらい気に入っているし、今の会社での実績が今度の会社での採用理由になっていると思うと、前回の転職もまた結果的には良かったと思う。

 そうした「タイミング」には、何か意味があるようにも思うし、あるいはそれを意味に変えてきたのかもしれないと思う。どちらかと言えば、自分の考えは後者である。「求めた」から「出逢えた」わけであり、それが悪い結果にならなかったのは、自分の振る舞いである。そう考えると、今回の転職も自ら求めた結果であり、それが良い結果になるのもならないのもこれからの働き方次第だろう。

 いいタイミングであったと言える様、これから新しい職場で精進したいと思うのである・・・




【本日の読書】
 日本一を目指す物流会社のすごい社員勉強会 - 大須賀 正孝, ハマキョウレックス社員勉強会 地上最強の男―世界ヘビー級チャンピオン列伝―(新潮文庫) - 百田尚樹




2021年7月11日日曜日

天国と地獄

 生前、良い行いをした者は天国へ行き、逆に悪事を働いた者は地獄へ落ちるということは誰もが知っている話である。キリスト教でも仏教でも同じように天国と地獄があるのは偶然か、はたまたどこかで融合したのかは知らないが、昔はそれなりにいいことをしようというモチベーションと、悪いことはすまいという戒めとして子供に対する教育などの点で効果があったのだろうと思う。今はそういう効果はほとんどないかもしれない。

 それでも、ひどいことをされて泣き寝入りせざるを得ない状況なんかで、相手を恨んで「ろくな死に方はしないだろう」と考える程度は今でもあると思う。この世の中は、決して公平ではなく、むしろ当たり前のように不公平であり、理不尽である。清く正しく生きていても、幸せになれる保証は微塵もないし、ひどいことをしても何の咎めを受けないことも珍しいことではない。幸せになるか不幸になるかは、その人の行いとはまったく関係がない。まぁ、人に喜ばれる良いことをすれば、心の充足は得られるかもしれないが、悪いことをしてもそうかもしれない。

 『鬼滅の刃』19巻で登場する上弦の弐の鬼・童磨は「この世界には天国も地獄も存在しない。それは人間による空想だ」と断じる。「悪人がのさばって面白おかしく生きていても天罰は下らない。だからせめて悪人は死後地獄に行くって思わなきゃ精神の弱い人はやってられないでしょ」と語る。身も蓋もないと言えばそれまでであるが、その通りだと思う。これだけ酷いことをした相手が何の咎めも受けず、バチも当たらずのほほんと生きているのが悔しいという思いがあり、消化できないその思いをせめて「いつかバチが当たるに違いない」と思うことで慰めるのである。

 イソップ童話に「すっぱい葡萄」という話がある。キツネが美味しそうなブドウを見つけるが、高いところにあって届かない。ついに諦めるが、その時に「あのブドウはすっぱくてまずいに違いない」と言って去るのである。「すっぱいから食べないほうがいいのだ」と思うことで、悔しい心を慰めているのである。身近なところでもそんな実例を目にしているが、この「すっぱいブドウ」の心境に「いつかバチが当たるに違いない」という心境は相通じるものがある。どちらも悔しい気持ちを無理やり納得させるものである。

 人は誰でも心の平穏を保っていたいものである。嬉しくてプラスになるのは構わないが、悔しくてマイナスになるのは堪らない。何とか悔しさを晴らしてプラスにしたいが、自分の力ではどうにもならない。そんな時、「神様はちゃんと見ているに違いない」、「いつか天罰が下るに違いない」と思うのは、心の平穏を保つためには効果のある考え方である。ただ、現実には天罰が下ることはない(たまたま下ることはあるかもしれないが、それはまったくの偶然である)。

 私はこうした「すっぱいブドウ」的な発想は封印するようにしている。食べられなかったブドウはきっと美味であるはずだし、諦める前に必死で何とかしようと創意工夫を重ねる。それでもダメだったら、潔く「美味しそうなブドウなのに食べられなかった」と敗北宣言を出す。酷いことをされても泣き寝入りをするのではなく、「何か一矢報いられないか」と考えるし、できないなら潔く「敗北宣言」を出して終わりにする。絶対に食べてもいないものを「すっぱい」とは言わない。何よりそれで慰められる自分ではない。

 「正しいことをしていれば神様が見ていてくださって、いつか幸せになれる」という考え方は、子供に対する教育的にはいいかもしれないが、そういうことはあり得ない。神様は存在していたとしても、1人ひとりの行いなんて見ていないし、その行いだって「自分から見た正しい行い」であって、他の人が見たら違うかもしれない。もっとも、人間なんでもドライに合理的に考えればいいというものではなく、「すっぱいブドウ」が必要な人もいるだろう。それはそれで否定はしない。ただ自分はそうではないというだけである。

 正しいことをするなら、それはいつか自分だけが天国に行くためではなく、いい事、正しいことをするのは自分が心地よいからであって、それ以上でも以下でもない。悪いことをすれば自分がカッコ悪くなるだけだし、人に恨みを買うようなことをすれば自分の居心地が悪いだけなので、そんなことはしない(ただし、それが「報復」なら話は別である)。あとでバチが当たるかもしれないから悪いことをしないのではなく、それがカッコ悪いからしないのである。それが証拠に、程度の軽い「ずるいこと」ならよくやっている。

 人生も後半戦に入ってくると、「自分だけが良ければそれでいい」とは思わなくなる。それは決して「きれいごと」ではなく、あえて人に恨みを買うくらいなら、あるいは人と揉めるくらいなら、多少損したっていいじゃないかという心境だろう。それは理屈ではなく、心の感じであり、どちらが心地よいかである。決して天国に行く準備ではない。人には慰めが必要であるが、自分にとってのそれは、「心の心地良さ」であって、天国や地獄や、「いつかバチが当たる」といったものではない。

 これからの残りの人生であるが、人には喜ばれる生き方をしたいと思う。きれいごとではなく、己の心地良さとしてそれを追求したいと思うのである・・・




【今週の読書】
 空き家幸福論 問題解決のカギは「心」と「新しい経済」にあった - 藤木哲也 地上最強の男―世界ヘビー級チャンピオン列伝―(新潮文庫) - 百田尚樹




2021年7月8日木曜日

論語雑感 公冶長第五(その23)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
子曰。孰謂微生高直。或乞醯焉。乞諸其鄰而與之。
【読み下し】
子し曰いわく、孰たれか微び生せい高こうを直ちょくなりと謂いうや。或あるひと醯けいを乞こう。諸これを其その隣となりに乞こいて之これに与あたえたり。
【訳】
先師がいわれた。
「いったい誰が微生高を正直者などといいだしたのだ。あの男は、ある人に酢を無心され、それを隣からもらって与えたというではないか」
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 論語もすべて名言格言であふれているわけではない。時に意味のわからないものもある。今回の言葉もその1つ。微生高という人物が、酢をくれと言われ、それを隣からもらって与えたことを孔子は批判している。なんとなく褒められこそすれ、批判されるようなことではないと思う。酢をくれと言われたが、自分は持っていなかった。「持っていない」と断れば済むところ、わざわざ隣からもらってきて与えたというのである。微生高とは、いい人のように思えてならない。

 人に何かを頼まれた時、断るのは簡単である。特にそれが自分の手に負えない時、断るのは致し方ないこと。金を貸してくれと言われ、持っていれば貸せるが、持っていなければ貸せない。金に限らず、車でも何でもものに関して言えばすべて当てはまる。会ってくれと言われても、時間が空いていれば会えるが、別の外せない予定が入っていたら会うことはできない。行動においてはすべてその通りである。しかし、微生高はそれを乗り越えている。

 自分は持っていないものを「隣からもらってくる」という手法で「持っていない」という問題をクリアしている。相手の頼みに対し、「できない」とそのまま答えるのではなく、「何とかできないだろうか」と考えたわけである。そしてそれを「隣からもらってくる」というアイディアで克服している。微生高に酢を頼みに来た者は、それで(酢をもらうという)目的を達成している。相手の問題を解決しているわけであるから、微生高という人物は「できる」人物と言える。なのになぜ孔子は批判するのだろう。

 1つには文化の違いがあるのかもしれない。なにせ2,500年も前の、しかも異なる文化圏の話である。ひょっとしたら現代の日本とは違う感覚の常識があるのかもれない。たとえば日本では人に何かをしてもらったら、「お返し」をする。しかし、中国では「お返し」はしないらしい。と言うのも、お返しをすると、「これで貸し借りチャラ」というニュアンスで捉えられるらしく、ドライに思われるようである。目先のお返しではなく、「いつかもっと大きなことで返す」というように考え、お礼はしないのだとか。末長い関係をいたしましょうというらしい。これはこれでなるほどである。

 そうした文化の違いがあるかもしれず、「さすがの孔子様もおかしなことを言う」と決めつけるのは早計である。論語の研究者などごまんといるだろうから、単なる解釈だけではなく、その言葉の裏側にある意味も含めて教えてもらいたいと思うところである。そもそも、人の真意などはそうそうわかるものではない。表面上の言葉だけを捉えると誤って真意を捉えることになる。マスコミのようにあえて悪意的に言葉の一部を切り取って都合のいいように報じるとまではいかなくても、誤解程度なら多々あるだろう。

 我が実家の母親は、その見本のような言動で人をイラつかせる。結婚したばかりの頃、お中元やお歳暮を送れば必ずケチをつけられたものである。ビールを送れば「お父さん最近飲んでいないんだよね」、コーヒーを送れば「最近胃が悪くて・・・」といった具合である。なぜ素直にお礼を言わないのか。なぜ送った者が気を悪くするようなことを言うのか。我が家の嫁姑関係が崩壊したのはそうした母親の言動が間違いなく一役買っている。当時は腹立たしく思ったものである。

 今に至ってもそれは変わらず、最近は母の日に胡蝶蘭を送ったが、「もらっても育て方が・・・」とまたブツブツ言う。しかし、それ以降、行くたびに「まだ咲いている」と嬉しそうに言うし、ご近所さんが訪ねてくると、「ほらこれ」と玄関において見せびらかしている。たぶん、内心は嬉しいのであろうが、それを素直に表現しないという悪い癖なのである。親子だから無理にでも好意的に解釈してくれるが、他人には通用しない。父によれば、母のそういう裏腹な一言は、父の親族間でも誤解を招きまくっていたと言う。

 孔子の時代には、人はその人を信用して頼みにきているのであり、ないならないで断るというのが正しいという常識だったのかもしれない。なのに(頼んだ人からすれば)よく知らない隣の人にもらって与えるなど、言語道断だったのかもしれない(何が入っているかわからないし・・・)。論語に載せて語り継ぐくらいだから、おそらく微生高の行為はどこか間違っていたのだろう。

 時に人の言動に惑わされることなく、腹の立つことも一旦堪えてその真意を冷静に探ることが必要だろうと思う。自分の常識が相手の常識と常に一致しているとは限らない。自分の正論が相手の正論と同じとも限らない。心の内は言葉では伝わらない。そんなことを改めて意識したいと思うのである・・・




【本日の読書】
 運が悪くってよかった!: たかの友梨自伝 - たかの 友梨 起業の天才!―江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男 - 大西 康之




2021年7月4日日曜日

社長の器

 「企業は社長で決まる」とか「企業は社長の器以上に大きくならない」ということはよく耳にするが、大企業はともかくとして、中小企業においては真実であると思う。「攻め」に重点を置くのと「守り」に重点を置くのとでは大きく異なる。「攻め」ばかりの経営では時として「暴走」になるかもしれないし、「守り」ばかりでは成長につながらないかもしれないし、船が沈む時に座して死を待つようにもなりかねない。攻守のバランスが取れないとうまくはいかない。

 とは言え、社長も1人で切り盛りできる規模には限度がある。ある程度の規模になれば、当然部下をうまくコントロールしていかないといけない。その時、いかに部下のモチベーションを上げていくかによって、企業全体のパフォーマンスにも影響を与えるだろう。鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの墓石には、「己より優れた者を周りに集めた者、ここに眠る」という言葉が刻まれているという。必ずしも自分自身が優秀でなくてもいいということである。

 部下をうまく使いこなすと言うは易しいところはあるが、具体的にはどうするかと言えば、「権限委譲」がマストであろう。何をやるにしても一々お伺いを立てないといけないようでは効率も悪いし、部下も常に「決めてもらおう」という「依存心」にとらわれてしまう。それに何かあっても「決めたのは自分ではない」という言い訳ができてしまう。権限委譲には「勝手なことをされる」という恐れがつきまとうが、それについては「腹をくくる」か「委譲する範囲を明確にしておく」かしかない。そこをうまくやるのがポイントなのかもしれない。

 権限を委譲したら「後から文句を言わない」というのも大事なこと。これをやられるといかに「権限委譲」したとしても、部下としては思う通りにできないので、結局同じである。「任せる」ということは、うまくやってくれるのだろうかという不安との戦いとも言える。ゆえに「任せることができる」というのも1つの能力であり、将たる器の証とも言える。しかし、一方で、形は同じでも中身がまったく違うという場合もある。それは「お飾り」の場合である。

 たとえば、創業社長の2代目というケースで、入社した時から若くして取締役。仕事はすべて部下がやってくれる。自分はそれを裁可するだけ。よくわからないから黙って判子を押すだけというようなケースである。何か考えがあって部下にそれを伝えた時、実情にあっていればともかく、そうでなければ部下に反論されたり嗜められたりする。実力がないから説得もできないし、強引にやろうとして権力に頼れば部下のモチベーションを奪う。お飾りに徹してくれていればありがたいが、そうでなければ困った存在となる。

 そもそもそうした「できない社長」にならないためには何が必要なのかと言えば、1つには「事業に対する思い」があるだろう。「自分は何のためにこの事業をやっているのか」、「この事業を通じて何を達成したいのか」をきちんと語れるかが1つの目安である。それが明確であれば、経営にも一本筋が通る。そうすれば何を実現するかが明確になり、委譲する権限も明確になる。部下も何を目指せば良いのか理解できれば、行動も明確になる。

 中には、そんな立派な目標などないという企業もある。ただ「自分が食うために」「社員を食わすために」働いているというところである。それが悪いとは言わないが、2代目社長のようなボンボン社長の場合だと、働く必要がなくなればさっさと事業を放り出すことにつながる。金があって食うに困らず、無理に働く必要もなければ人間働かないだろう。そこに「社員を食わすため」という歯止めがあればまだしも、なければ社員の迷惑など顧みずに廃業するということもありうる。こうなると、悲劇はそこで働く社員である。

 社長になるのは誰でもなれる。金を出して登記をすれば誰でも会社は作れるし、誰でもそうして作った会社の社長になれるのである。そこで「稼げるか」という問題をクリアーして初めて経営者になれるのであり、社員を雇ってさらにどこまでそれを上手くやれるかはその人の才覚である。と言っても、自分で作った自分の会社だからと言って好き勝手できるものではない。人を使っていかに上手く事業を回して会社を維持していくかは簡単ではない。

 社長として人を雇って給料を払えば誰でも偉いというわけではない。社長には日頃の言動から「器」が滲み出る。社員はそれを敏感に感じ取る。社長の器の大きさは、社員であれば感じ取ることができる。器の大きさを事前に感じ取れればいいが、それはなかなか難しかったりする。入ってから「しまった」と思っても後の祭りである。逆に採用した社員が権限を委譲できるレベルにあるかどうかを事前に見極めるのも難しいだろうからお互い様なのかもしれない。

 転職活動をするにあたり、給与等の条件面も大事なのであるが、社長の器も大事だと考えている。入ってから果たして全力で仕えるに値する人物なのかどうか。間違いなく見極めることは不可能であるかもしれないが、そういう「視点」は持っていたいと思う。新天地でも苦難はあると思うが、まだまだ走り続けないといけないし、まだまだ走り続けたいと思う。新天地には腹を括って飛び込みたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 自分の価値を最大にするハーバードの心理学講義 - ブライアン・R・リトル, 児島修 起業の天才!―江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男 - 大西 康之




2021年7月1日木曜日

ニュース雑感

小学生の列にトラック、2人が死亡 八街市
2021年6月28日19:31
警察などによりますと、28日午後、千葉県八街市で下校途中の小学生の列にトラックが突っ込み、児童5人が巻き込まれた事故で、このうちの児童2人の死亡が確認されたということです。
日テレNEWS24
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 何とも痛ましい事故である。よくあると言えばよくあるニュースであるが、その後の展開でいろいろと感じるところが多いものである。

 どうやら運転手は酒を飲んでいたということ。現場にはブレーキ痕がないということで、居眠り運転の可能性が指摘されている。どうやら昼食時に酒を飲んで運転したらしい。そして本人の自宅どころか、勤務先の運送会社も家宅捜索を受けたと言う。たぶん管理体制を調べられたのであろう。ニュースによるとアルコール検査は行われていなかったと言う。当日の加害者の運転手の行動はよくわからないが、どこまで勤務先が責任を問われるべきか、ちょっと気になるところがある。

 まずアルコール検査であるが、運転をする以上、酒を飲まないのは常識である。されど管理する側としてはアルコール検査をやるのが理屈的には正論である。しかし、やっていなかったからと言って会社の責任を問うのも酷な気がする。たとえアルコール検査をしていたとしても、朝出発前に飲んでいなければわからない。ましてや「帰る途中に飲んだ」と供述しているらしいが、こうなるとたとえ検査を実施していたとしても意味はない。外に出ている運転手が飲酒するところまではさすがに監視できない。日頃の社員教育と言ったって、一般人でさえ「飲んだら乗るな」は常識である。それでも飲むやつに社員教育しても無駄だろう。

 また、事故の報道を受け、別の会社が迷惑を被っていると言う。何でも事故を起こしたのは「南武㈱」だが、まったく別の「南部㈱」にクレームの電話やネットの書き込みが殺到しているらしい。何ともはやである。まず、事故を起こしたのは運転手個人である。飲酒運転となれば個人の責任がほとんどである。仮に会社にも管理体制の責任があったとしても、非難するならそれがはっきりしてからにすべきだろう。それもせずに短絡的にクレームの電話を入れるという神経がよくわからない。ましてや会社名を間違えるなど、加害者の運転手にも負けず劣らずのばかものである。

 さらに被害に遭った児童らが通っていた小学校が臨時休校になったという。なぜ休校になったのかも興味をそそられる。対外的な対応(マスコミ、教育委員会、父兄等)に教職員が追われるためというのならわかるが、「事故が起こったから」というならちょっと違うと思う。よく生徒が犠牲になる事件や事故が起こると慌てて何かやるケースが多いが、起こってから何かやっても遅いし、そもそも飲酒運転の車からどう児童を守るかなんて対策は取りようがない。「何かやらなければ」と慌てた結果なら何をかやである。

 現場は小学校のPTAから「道幅が狭い一方で、交通量が多く危険だ」などと登下校時の危険性を指摘する声があがっていたらしい。10年以上前から毎年、歩道の整備などを含む道路の改善を八街市に求めていたというのであるが、こういう事故が起こるとおそらくすぐに整備が行われると思う。すぐに整備が行われたとすれば、なぜ「すぐやらないのか」という疑問が起こる。当然、それに対する「できない理由」は、お役所はきちんと説明してくれる。だが、それがこういう事故が起こるとすぐ出来てしまう理由とは相容れない。仮に出来たとして、それは飲酒運転の暴走に耐えられるのだろうかという疑問もある。

 事故の詳しい状況や、加害者が(おそらく起訴されるだろう)どのような処罰をうけるのかはこれからの話である。「酒を飲んでいた」という時点でほとんどどんな言い訳もできないだろうから、有罪判決にはなるのだろう。執行猶予などついたら被害者の児童の家族はいたたまれない気がする。道路整備や再発防止策もいいが、一番効果的なのはやはり「厳罰化」だと思う。これだけの事故である。飲酒運転は社会問題にもなっている。この状況で「飲んで乗る」など言語同断である。厳罰に処しても誰も文句は言わないだろう。運転手の男は60歳だと言うが、残りの人生は刑務所で過ごしてもらってもいいくらいだと思う。

 私も子供を持つ親であり、我が子をこんなことで亡くした親の切ない気持ちは想像してもしきれないところがある。高齢ドライバーの問題といい、飲酒運転の問題といい、これからも起こるだろう。「自分は大丈夫」と思うのが人の常だからである。それを防ぐのはもはや本人の「ヤバい」という意識しかないと思う。60歳にもなってまだ飲酒運転はダメだということがわからない男には、今後の再発防止策として思い切った長期刑を適用してほしいと思うのである・・・




【本日の読書】
 「あなたから買いたい」と言われる 超★営業思考 - 金沢 景敏 起業の天才!―江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男 - 大西 康之



2021年6月27日日曜日

試合と練習

 週末は、いつもシニアラグビーの練習で汗を流している。この練習であるが、普通練習はなんのためにやるのかと言えば、当然「試合のため」である。試合に勝つためにそれに必要な練習をするわけである。当たり前のことであるが、シニアスポーツの場合は必ずしもそういうわけではない。「試合のため」という目的の人ももちろんいるが、「健康のため」という目的のための人もかなりいる。それはそれで悪くはない。試合がすべてではないし、スポーツの目的は試合もそうだが、根本には「楽しむこと」があると思うからである。

 私も最近はそんな風に考えているので、あえて試合にはこだわらない。幸い、所属しているチームは50代の選手が少ないというチーム事情もあって試合数が少ない(シニアラグビーは年代別に試合を組んでいる)。友人の中には、試合数の多いチームで数多くの試合をこなしているのもいるが、私はあえて試合機会を求めてそういうチームに移籍しようとは思わない。どちらかと言えば、毎週汗を流して心地よい疲労感を感じることで満足しているのである。

 この週末、知り合いのチームから助っ人を頼まれて、某所で行われている大会の試合に出場した。試合を目的とはしないと言っても、「人が足りない」と言われればそこは無碍には出来ない。チームスポーツである以上、試合をするには一定数のメンバーを集めないといけない。メンバーが足りなくて試合ができないというのはなんとも無念なところ。なのでそういう声がかかった時は基本的に断らない。かくしてほぼ2年ぶりくらいに試合に出場したのである。普段、平日は走らないが、先週は3日間走って準備をしての参戦である。

 合流したチームには、知った顔がいるとは言え、助っ人は他にもいてチームを組んでの試合となると事前の打ち合わせが必要である。特にサインプレーの確認はしておかないといけない。お互い経験者だし、このあたりは試合前に何回か練習を繰り返せばそこそこ合わせられるようになる。シニアゆえに正式の40分ハーフの半分、つまり20分ハーフ(前半後半それぞれ20分)である。出番は後半の20分のみ。それだけ考えると気楽である。しかし、試合が始まるとわずか5分で息が上がる。いくら練習をしているとは言え、練習と試合は違う。練習は途切れ途切れの繰り返しであるが、試合は基本的に連続である。息が上がるのも当然である。

 息が上がると、意識レベルが下がるし、当然反応も鈍くなる。何より走れなくなる。これを「年(年齢)」と捉えるともう改善の余地はない。なぜならこれから若くなることはないからである。だが、「練習不足」と捉えるとそうではない。私は「練習不足」と考えている。なぜなら、学生時代や社会人ラグビーの現役時代は、しっかり練習を繰り返してこの「息が上がる」を克服していたからである。息が上がった状態で練習を繰り返すことにより、試合で走れる体力を維持できるのである。

 試合は、なんと私が「シンビン(10分間の一時退場)」を宣告されて20分のうち10分しか出られないというアクシデントに見舞われる。それでもたった10分なのに普段の2時間の練習より疲労度は大きく、また体のあちこちが痛い。いつの間にかできた打撲で帰り道はビッコを引き、マツモトキヨシで湿布薬を買い込んで貼っている有様である。思うように走れないし、抜けたと思ったら敵に捕まるし、キックはうまく飛ばないし、唯一現役時代と変わらず出来たのはタックルくらいであった。やはり練習不足の影響は大きい。

 さらに咄嗟のプレーに機敏に反応できない。だから、試合中も常に場面場面で想定されるプレーを頭の中でシミュレーションしている。現役時代は毎日のように練習していたし、毎週試合もしていた。その成果は「身体で覚える」ということに現れる。咄嗟のプレーに対しても無意識に身体が動くのである。頭で考える前に身体が動くのである。しかも適切に。それがこの頃はそうではない。「あの時ああすれば・・・」という後悔が常に伴う。だからシミュレーションは欠かせない。練習をしていたとしても、ダラダラやっていては意味がない。常に試合を想定し、その上で練習を繰り返すことが必要なのである。

 また、観るのも勉強になる。昨日は日本代表がブリティッシュ&アイランド・ライオンズ(要は全英代表チームである)とテストマッチをやっていたが、観ている時も各プレーヤーの動きから、自分の試合での動きのヒントを得たりする。練習だけだとそうはいかない。やはり試合を経験すると、「次はこうしよう」とか、「あそこはこうすれば良かった」という学びが得られたりする。その基本はすべて試合経験であり、やはりそこが出発点とも言える。試合は残念ながら日本代表も私のチームもともに負けてしまったが、やはり勝った気分を味わいたかったと思う。

 試合にはこだわらないと思っていたが、やれば面白い。体は痛いし、息が上がれば苦しいし、この歳になると怪我が怖いのも確かである。しかし、やはり面白い。「またやりたい」と素直に思う。年甲斐もなくと言われたとしても楽しいのだから仕方がない。年齢による衰えをカバーするには、もっと練習の負荷を上げた方がいいだろう。人より多く早く走るように心掛ければ、同じ練習をしていても負荷はかけられる。今まではそれほど負荷をかけようとも思わなかったが、試合にもっと出たいと思うならそうする必要がある。そして、久しぶりに試合に出て、「また出たい」と素直に思う。そしてそのために練習しようと。

 となれば、これからの練習に対する取り組み姿勢も変わってくる。何より弱点を強化し、思う通りのプレーをして気持ちの良い結果を残したい。肉体的な残り時間もそれほど多くないのは確か。であれば、無理のない範囲でもう少し試合を意識して練習に臨みたいと思うのである・・・




【今週の読書】
 西成で生きる この街に生きる14人の素顔 - 花田庚彦 邦人奪還―自衛隊特殊部隊が動くとき―(新潮文庫) - 伊藤祐靖




2021年6月24日木曜日

宇宙は自分を中心に回っている

 最近、様子見を兼ねて週に一度は実家に顔を出している。両親も2人暮らしであるが、それぞれにストレスはあるのか、よく私に相手の愚痴をこぼす。それぞれの言い分はもっともである。父は長らく自営で印刷業をしていたが、1人で機械を回し、黙々と1日中仕事をしていた姿を覚えている。そんな父は夫婦げんかになるとよく「誰のおかげでやってこれたと思っているんだ」と母に言う。「俺が働いている時、お前は山だ、テニスだと遊んでいた」と。多趣味な母はハイキングやソフトテニスを楽しんでいたのである。

 母にすれば面白くない。確かに稼ぎはすべて父に負っていた。しかし、母は母なりに家計のやりくりをし、得意先の集金に行き、経理を担い、税理士ともやり取りをし、と印刷以外の仕事をこなしてきていた。テニスや山はその合間に行っていたものである。当然、そういう反論はするが、「俺が食わせてやった」という昭和の父には通じない。最近、実家で料理をするようになった私は、家事がいかに大変かということを実感しているから、母の言い分もよくわかる。父も1人であったらとても大変だったであろう。結局、「共同作業」なのである。

 一方、仕事を引退した父は、母が体調を崩したこともあり、少しずつ家事をこなしている。買い物はほとんど父が担い、簡単な朝食の用意と風呂掃除に掃除機をかける簡単な掃除、食後の食器洗いなどである。それ以外の時間は趣味の写真(撮影とパソコンでの画像処理)とテレビで映画を楽しんでいる。しかし、母にしてみれば父のやっている程度の家事は家事のうちには入らない。曰く、「何もしないで1日中パソコンに向かっているかテレビを見ている」と批判する。それに対し、父は「やっているだろう!」と反論する。

 中立的な立場で聞いていると面白い。2人とも意見の相違点は共通していて、「やっているか否か」と「やっている程度」との違いである。「やっているか否か」であれば、2人とも「やっている」。だから「やっていない」と言われると反論したくなる。だが、責める方の考え方は「やっている程度」。「十分ではない」、「やっているうちに入らない」という批判である。かみ合わないのも無理はない。そしてお互いにそれに気づいていない。

 人は誰でも自分の考えが中心。自分の見方が世界の見方。自分が相手を批判するまさにその見方で相手から批判されていることに気がつかない。母は私が子供の頃、私に対し「相手の気持ちを考えなさい」と叱ったことがあり、私は「相手の気持ちなんかわかるわけがない」と反論したことを覚えている。今でもその考えは変わっていないが、「想像はする」ようにしている。頭に来てもすぐ怒りを沸騰させるのではなく、なぜ相手はそんなことを言うのだろうかと想像してみるのである。それによって、相手を多少なりとも理解できるし、それで許せる場合もあるし、許せない場合も冷静に反撃ができるのである。

 ディケンズの小説『クリスマス・キャロル』の主人公スクルージは徹底した守銭奴である。その様子に普通の人なら顔をしかめる。ところがスクルージにはスクルージなりの世界の見方があり、それによれば自分の行動は当然なのである。それが3人のゴーストによって自分以外の視点から世界を見せられ、それまでの生き方を反省するのである。両親もたぶん、自分以外の視点から自分たちの姿を見せられたら、ひょっとしたら気づくのかもしれない。

 最近、大きな裏切りに遭い、ショックを受けるとともに腹も立てているが、一方で相手には相手の世界があり、その世界では相手の行動は正しいのだと思っている。それはそもそもの考え方にもよる。例えばその人は亡くなった父親の古い免許証が出てきた時、あっさりそれをゴミ箱に放った。私ならそんなことは絶対しない。だが、それだけ私とは感覚が違う訳である。自分の感覚で相手の行為を批判しても始まらない。たとえ世間一般的におかしいと思われても、相手はそれが正しいと考えているわけである。であれば、それを批判するよりも、自分はどうするのかを冷静に考えるしかない。

 相手はおそらく、世間的常識というところの感覚とか、モラルというものからはズレているのだろう。無知の部分もあるかもしれない。そうして相手を見下すことにより、私の気も多少晴れる。怒りのまま感情を爆発させても今回は利益がない。冷静になってせめて一矢報いる手段を講じるしかないと思うし、そうするつもりである。不思議なことに、相手に対する負の感情もそれほど大きくならない。感情のコペルニクス的転回と言えるのかもしれない。

 今では地球が太陽の周りをまわっていることは誰でも知っている。しかし、それはただ見るだけではわからないものであり、だからこそ長い年月の間天動説が支持されてきたのである。しかし、人は誰でも依然として世界の中心は自分のままである。それは決して間違いではないが、問題はその世界の中心が人の数だけあるということ。自分を中心から外す必要はないが、そういう風に考えるだけで賢く振舞えそうな気がする。そういう風に世界を見たいと思うのである・・・




【本日の読書】
 不寛容論―アメリカが生んだ「共存」の哲学―(新潮選書) - 森本あんり 邦人奪還―自衛隊特殊部隊が動くとき―(新潮文庫) - 伊藤祐靖




2021年6月20日日曜日

論語雑感 公冶長第五(その22)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
子曰。伯夷叔齊。不念舊惡。怨是用希。
【読み下し】
子し曰いわく、伯はく夷い・叔しゅく斉せいは、旧きゅう悪あくを念おもわず。怨うらみ是ここを用もって希まれなり。
【訳】
先師がいわれた。
「伯夷・叔斉は人の旧悪を永く根にもつことがなかった。だから人にうらまれることがほとんどなかったのだ」
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 今回の言葉を読んで「旧悪」というのが何を意味するのかよくわからなかったが、「根に持つ」というところから咄嗟に出てきたのが「恨み」である。「性格が悪い」とか「相性が合わない」という程度であれば、付き合うのをやめるまでで、そういう人に対しては自分から距離を置くので、人(相手)に恨まれるということもそんなにないと思う。さすがに無視まではしないので、相手にはこちらの気持ちなどわからないかもしれない。今は多少そうした大人の対応ができるので、そんな風に思う。

 しかしながら、相手に対して「恨み」があれば、当然こちらも長く根に持つし、多分態度にも出す。だから相手にも恨まれる(嫌われる)だろうと思う。しかも、自分はかなり深く根に持つタイプだと思う。「目には目を 歯には歯を」と考えるので、必ず何らかの報復を考えると思う。そのあたりは大人な対応はできないクチである。そうなれば当然相手にも恨まれるし、それを回避したいとも思わないから伯夷・叔斉のような大人物にはなれないだろう。

 「目には目を 歯には歯を」が悪いかと言えば、個人的にはそうは思わない。これは基本的に「報復」である。報復とはつまり「仕返し」であり、その前提としてまず「相手に何かひどいことをされた」という事実がある。決して自分から仕掛けたものではなく、相手からされたことが起点になっているわけである。まずは対人関係の基本は「友好」であり、それがスタートである。しかし、そこからスタートしてもどうしても嫌な相手というのはいるわけであり、それに対しては距離を置いて離れることで問題が起きないようにする。

 問題はそれでも相手が何か自分に悪い事をしてきた場合である。この場合、黙って我慢するほど私も人間ができていない。必ず報復を考える。つい最近も長年信頼してきた人物に裏切られたところである。相手の気持ちもわからなくもないが、あまりにも自分ファーストで、用が済んだら「はい、さようなら」ではあまりにも虫がいい。さすがに相手をぶん殴るほど見境がないわけではないので、静かに合法的に、それでいて相手が地団駄を踏まずにはいられない報復を考えているところである。

 そうした報復行為は決して気分のいいものではない。殴られて殴り返せば報復は完了するが、殴られた痛みと殴った後味の悪さは残る。それは暴力的なものでなくても、である。報復は決して心地よいものではない。ならばやらなければいいのにと思うが、そうせずにはいられないところが、私が伯夷・叔斉のような人物より劣るところであり、人(相手)からも生涯恨まれることであろう。人に恨みを買うということは穏やかなことではない。避けられるものであれば避けたいと思うが、報復相手に対してはやむを得ないと考える方を選ぶだろう。

 こうした対立がなぜ起こるのかと言えば、それは「自分ファースト」の考え方がすべてだろう。私の母は相続で1(長兄)対5(母を含む兄弟姉妹)の裁判沙汰の「争続」となり、今も亡き長兄に対しては良い感情を持っていない。争いの原因は、お金に困窮した長兄が遺産相続において過分に取ろうとしたことであり、利害関係の対立がそのまま「争続」となったわけである。もしも、公平にやろうとしていたら、仲の良い兄弟のままであっただろう。

 人はやっぱり自分が中心であり、自分ファーストな生き物である。ただ、そこに「相手に対する配慮」があるかないかが、自分ファーストと思われるか否かにかかってくる。韓国セウォル号の船長だって、生き残るために逃げる行為自体は当然であるが、乗客に対する配慮がなかったから問題とされたのである。もしもギリギリまで避難誘導をしていたら、あそこまで非難されることはなかったであろう。伯父も財産を公平に分配するか、困っているから助けてくれと弟妹たちに素直に頭を下げていたら、おそらく裁判沙汰にはならなかっただろう。

 自分には自分の止むに止まれぬ都合というものがあるだろう。だが、そこに相手に対する配慮を忘れたら当然恨みを買う。そうした配慮のない自分ファーストの被害を受けたら、こちらとしても当然報復はしないといけない。それは自分自身に対する「納得」であり、世間に対するそれではない。人物と思われなくても、報復相手に恨みを買っても、自分自身が心穏やかにその問題について「気持ちの区切り」をつけるためにも、そして何より長く根にもつことを避けるためにも必要なことなのである。

 そんな事態にならないことが一番なのであるが、大人物ではない自分にはやむないことだと思うのである・・・




【今週の読書】
 不寛容論―アメリカが生んだ「共存」の哲学―(新潮選書) - 森本あんり さよなら、プロレス(伝説の23人のレスラー、その引退の真実と最後の言葉) - 瑞 佐富郎




2021年6月16日水曜日

新聞はかくあるべし

「社説で五輪中止を求めるのにスポンサーは継続」朝日新聞が信頼を失った根本原因
社内のジャーナリズムは荒廃の一途
鮫島 浩
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 マスコミの問題を考えるにあたって面白い記事を見つけた。記事の著者は元朝日新聞の記者だそうで、その内容は朝日新聞がオリンピックのスポンサーに名を連ねている(推進派の立場)一方で、中止を求める社説を出したことに関して論じているものである。今やかつて800万部を誇っていた発行部数は500万部に落ち、赤字転落しているという朝日新聞。そうした状況下で出された社説であるが、これについて、「朝日新聞の社内では、五輪中止を求めた社説が問題視されている。読者の信頼を回復するには、まずは社内の『言論の自由』を回復するべきだ」と主張している。

 著者は今年27年間勤めた朝日新聞を退社し、フリーとして独立したそうである。その理由は、「国家権力を監視する批判精神を失い、『客観中立』を装った『両論併記』の差し障りのない記事を大量生産して安穏としている社内の空気に失望したから」だそうである。個人の考えは人それぞれだからどう考えようと自由だが、朝日新聞が「両論併記」だとはつゆ知らなかった。常に政権批判ばかりかと思っていたからだ。それはともかく、現場の記者が『客観中立』、『両論併記』を良しとしていないところが私の考えとは大きく違うと感じた。

 私がマスコミ(特に新聞)に求めるのは、何より『客観中立』、『両論併記』に他ならない。新聞の考えなどどうでもいいのである。考えるのは私の自由であり、新聞の勝手な意見はどうでもよくて、望むのはただ「考える材料を与えてほしい」ということだけである。今は憲法に賛成意見であれば産経新聞、反対であれば朝日新聞を読まなければならない。そんなの大変である。一紙で両論が読めたらそこで比較して考えられる。それこそ私が望むものである。

 新聞記者としては、やはり自分の主義主張を訴えたいと思うのだろう。どっちつかずの記事を書いても面白くない。自分の秘めたる熱い思いを世の中に問いたいという気持ちはよくわかる。それを否定はしないが、私はその反対意見も聞きたいのである。ただ、それは無理なのだろうと思う。新聞の意見は一つの立場を維持すべしという考え方が、当の新聞社はもとより、世間一般の意見なのだろう。だが、新聞社の中にも意見の相違は当然あるだろう。ただ、それを「社の方針」に合わせているだけだろうと思う。

 例えばもし私が朝日新聞に就職して記者になっていたら、憲法改正賛成の記事は書かせてもらえなかっただろう。政権を擁護する記事も同様。中国・韓国批判の記事なんて論外だっただろう。ただ、それはよく考えてみると「言論の自由がない」ということに他ならない。言論の自由の先頭を行くべき新聞社内に実は言論の自由がないわけであり、これは面白い問題だと思う。それとも入社時にみんな同じ考え方の人だけになるように厳選しているから意見の不一致などないのだろうか。

 「会社の方針」に従わなければならないのは、どこの民間企業でも同じであるが、新聞社の場合は言論の自由との関係で難しいものがあるように思う。会社の方針と自分の意見が異なる場合はどうするのだろう。会社の方針に従って意見を差し控える(あるいは自分の考えとは異なる意見を書く)のであれば言論の自由に反するし、言論の自由を主張して会社の方針に反する意見を表明すればサラリーマンとしてはまずい。まぁ、会社の方針に反する意見などそもそも紙面には載せてもらえないというだけのことだろうし、その場合は言論の自由の封殺には当たらないということなのかもしれない。

 今回は、図らずもそれが露呈したということであろう。中止派からすれば、これまで通りの政権批判を貫いているわけで、気分はいいだろう。ところが金勘定をしている推進派は、「会社の大変な状況をわかっていない」と忸怩たる思いを抱いているのかもしれない。だが、それはそれでいいだろうと思う。同じ社内であっても意見の相違はあって当然。ましてや国民においておやである。だからこそ、「両論併記」があるべき姿だろうと思うのである。

 同じ紙面で、「オリンピック推進派」と「中止派」とで堂々と意見を主張しあえばいいと思う。「当たり障りのない客観中立」ではなく、賛成と反対が激しくバトルする「両論併記の客観中立」の方が健全であると思う。著者はもちろんそんなことはとんでもないという考えだろうが、それこそとんでもないと思う。新聞記者は自分の意見を主張することこそが使命とでも思っているのかもしれないが、それは1つの意見にしか過ぎず、お金を払ってまでそんな偏った意見を押し付けられたくはないと思う。

 今の朝日新聞のスタンスというものは、表向き正論で着飾っていても、その実矛盾に目をつぶったりごまかしたりしているに過ぎないと思う。アメリカは批判しても同じことをした中国は批判しないというのでは信頼に欠けるだろう。従軍慰安婦問題で世論をミスリードしたのには頬っ被り。政府だって批判されるべきことばかりではなく称賛されるべきこともあるだろう。それはそれで素直に称賛すべきだし、それがあるべき姿だろう。そういうことを蔑ろにしてきたからこそ、ここにきて発行部数が激減しているのではないかと個人的には思ってしまう。

 今の新聞の問題点は、「書いてある内容をそのまま信用できない」ということに他ならない。それはすなわち、「偏った意見を一方通行で表現している」ということである。世の中には様々な考え方の人がいて、だからこそいろいろな考え方を知った上で自分の考え方に生かしたいと思うが、新聞はその役には立っていない。それを変えようとするのであれば、両論併記を強く求めたいと思う。

 そんな紙面が実現したら理想的である。その時はすぐに朝日新聞の購読を始めるのにと思うのである・・・




【本日の読書】
 繰り返す日本史 (青春新書インテリジェンス) - 河合 敦 さよなら、プロレス(伝説の23人のレスラー、その引退の真実と最後の言葉) - 瑞 佐富郎





 

2021年6月13日日曜日

座右の銘

 先日のこと、知人から「座右の銘はありますか」と尋ねられた。よく座右の銘はこれだという人はいるが、改めて考えてみるとそういうことは意識したことがない。座右の銘など今さら必要だとは思わないが、仮に決めるとしたら何になるだろうかと考えてみた。敢えて決めたいとも思わないが、いいのがあれば決めてもいいだろう。そう考えて何があるかと思い浮かべてみると、やはりそれは普段からいろいろ考えている自分の考えを表したものがいいだろうと思う。そういうものこそが、座右の銘としてふさわしいとやはり思う。

 そうして考えてみると、日頃から大事にしていることの1つとして真っ先に脳裏に浮かぶのは「考える」こと。それで思い浮かぶのは、
 「人間は考える葦である」(パスカル)
であろうか。あまりにもベタである。ただ、「思考する存在」としての近代人の精神をよく示す句であり、表現はともかく根本的な部分ではこれが適していると思う。

 次に思うのが、事を成すに至ってはやはりその意思が大事だと思う事。「できる」と思えばできるし、「できない」と思うものができるわけもない。となると、思い浮かぶのが、
 「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」(上杉鷹山)
という言葉だろう。「できる」と思えば、「どうやったら」と「考える」し、そこから創意工夫も生まれる。そうして奮闘するうちに何かの偶然でできてしまうかもしれない。「できない」と思えば思考もそこで停止してしまう。

 働く上で意識しているのは、常に「給料分以上働くこと」。実は就職した直後、本来は研修期間中で定時で帰れるのに、私の配属された八王子支店は田舎の雰囲気が色濃く残っており、「先輩が働いているのに若手が先に帰るのはもってのほか」という目に見えないカルチャーがあった。ゆえに「付き合いサービス残業」をして寮に帰ると、定時に上がった都心店の同期がビールを飲んで赤ら顔をしていて出迎えてくれた。その境遇の差に己の不運を嘆いたものである。「時給が一番安いじゃないか」と。新人だから残っていても残業代など当然出るわけもない。「働いている分の給料をもらっていないので損だ」と感じていたのである。

 学生時代のアルバイトでも似たような考え方で、時間をオーバーしてその分タダで働くなどもってのほかだと思っていたが、今ではそうは思わない。常に給料分以上の働きをして、払う方に「申し訳ない」と思わせるくらいでちょうどいいと思う。そう思わせたら、「もっと給料をあげないといけない」と思って給料を上げてくれるかもしれない。それはともかく、損か得かではなく、常に「給料分以上働く」というのは私のスタンダードである。これに該当する言葉は思い浮かばないが、あえて言うなら、
 「給料分だけ働いていると給料分の人間で終わる」(植松努)
であろうか。

 また、仕事で意識しているのは「自分から動くこと」。社長ではない以上、上司から仕事の指示をされるのは仕方ないが、それだけに終わっていてはいけない。「言われたことだけ」やるのは、裏を返せば「言われたことしかできない」ことになる。言われたことをやるのはもちろんであるが、言われた(期待された)以上の結果を出さなければいけない。
 「下足番を命じられたら日本一の下足番になってみろ。そうしたら誰も君を下足番にしてお
  かぬ」(小林一三)
まさにそういうことである。

 父は中学を卒業してすぐに長野県の富士見から東京に出てきて丁稚奉公を始めたと言う。朝6時に起きて、夜12時に寝るまでほとんどの時間を働く毎日。朝食は時間がなくて立って食べたと言う。それでいて、「丁稚奉公」だから給料はゼロ。休日に社長に映画のチケットをもらって観に行くのが楽しみだったと言う。しかし、真面目に働いていたからだろう、社長の奥さんが時々みんなに内緒で小遣いをくれたらしい。真面目な親父は「適当に手を抜く」ということができなかったらしいから、そんな働きぶりが奥様の目に止まったのだろう。

 その話をよく聞かされたから、というわけではないが、私も仕事として報酬(給料)をもらう以上、多い少ないは別として全力を尽くさなければならないと考えている。「多いから一生懸命やる、少ないから手を抜く」という考えは私の中にはない。それを何かうまい表現で表したものがあれば、それが座右の銘になるのかもしれないと思うが、そういう言葉にはこれまでまだ出会っていない。

 座右の銘と似たようなものに「名言」があると思う。昔から「名言」の類は好きであり、いろいろとストックしているが、ただそれは「座右の銘」とはちょっと違うように思う。「名言」はある事柄に関して言える真理であるのに対し、「座右の銘」は広くその人自身の行動指針のようなものだというイメージがあるからである。大事にしている信念あるいはポリシーといったところであろうか。もちろん、名言にもそういう効果があって、座右の銘になっているものもあると思う。あくまでもその人の捉え方だろうと思う。

 座右の銘があれば、ちょっと体裁がいいようにも思う。これと1つに決めるのは今のところちょっと難しいが、大事なのは芯にある自分の考え方だろうと思う。年齢的にもいい年齢になってきたし、人にものを教えるにしてもそろそろ内容のあるものが求められるだろう。座右の銘もそんなものの1つとして、これからゆっくり探していこうかと思うのである・・・




【今週の読書】
 繰り返す日本史 (青春新書インテリジェンス) - 河合 敦 総力戦としての第二次世界大戦-勝敗を決めた西方戦線の激闘を分析 (単行本) - 石津 朋之






2021年6月9日水曜日

豊かさと自立

 息子がこの春から高校生になった。身長もすっかり私よりも高くなり、リモート授業が多く、野球部の練習が少ないのにブツブツ言いながらも高校生活を楽しそうに送っている。ついつい自分が16歳だった頃と比べてしまうが、違いを感じるとしたら、いまだ母親に甘える部分があることと、自立心であろうか。私は割と自立心が強く、すでに高校に入る前の春休みにアルバイトをして半年分のこずかいを稼ぎ、親からこずかいをもらうことは以降なくなった。だが、息子にはそんな気持ちはないようである。

 私の場合、古くは幼稚園に一人でテクテク歩いて通っていたが、息子は母親の送り迎え付きであった。もっともこれは幼稚園からの要請であったからやむを得ないが、世の中的に過保護な方向へ向かっているような気がした。我々の頃も大学受験の会場に着飾った母親と一緒に来ているボンボンもいたが、さすがに会社を休むのに母親が本人に代わって電話をしてくるなどという話は聞かなかったから、そういう傾向はあるのだろう。

 『ウィンターズ・ボーン』という映画がある。アメリカの貧しい中西部を舞台にしたドラマで、父親が失踪し、母親が精神に異常をきたしてしまった家族の中で、わずか17歳の長女が幼い弟妹を含めて家族を支えるために孤軍奮闘するドラマである。17歳の少女には過酷な試練なのであるが、我が家の20歳の娘にはちょっとできそうもない気がする(させたいとも思わないが・・・)。

 私の父が今でもよく昔話に語ってくれるのは、中学を卒業して16歳で東京に出てきて丁稚奉公を始めた時のことである。朝、6時に起きて夜12時に寝るまで働きづめで(丁稚奉公だから基本的に無給である)、半年で鬱になったという。労働基準法がある今から見ればありえない話である。また、祖母は臨月まで農家の労働に従事し、叔父を生んだのは農作業中の畑だったという。これも今の常識からはとても考えられない。「虐待」レベルの話である。

 祖母や父の時代の感覚でいけば、それらは世の中によくあることだったのだろう。そんな祖母や父からすれば、私が育ったのはぬるま湯のような環境だったのだろうと思う。事実、(受験勉強を除けば)なんの苦労もなく当たり前のように高校・大学と通ったわけである。銀行に就職したあとも、先輩たちから「昔は除夜の鐘を聞く前に家に帰れなかった」とよく聞かされたものである。私が入行した時は、12月31日の銀行休業が認められ、さらに土曜休業がスタートするタイミングであった。

 世の中の進歩というところでは、望ましいことである。今や祖母のように臨月になって職場で出産するまで働かなければならないということはないし、無給で1日14時間以上働かなくてもいい。ただ、そうして世の中が住みやすくなるにつれ、大人になるスピードは落ちるのかもしれないと思う。考えてみれば動物の場合、生まれたその日から自分の足で立つことができるが、人間の赤ん坊は親が付きっきりで世話をしなければならない。だから人間が劣っているというのではなく、それは人間の進化の結果らしい。

 『ウィンターズ・ボーン』では、わずか17歳の少女が弟妹のために親代わりとなって奮闘する話であった。考えてみれば、それはこの主人公が特別優れた少女だったわけではなく、置かれた環境下でやむにやまれずそういう行動を取らざるを得なかったとも言える。我が家の娘もそういう環境に置かれたとしたら、しっかりと自立した行動を取るのかもしれない。我が家が困窮して明日の米にも事欠くようであれば、息子も率先してアルバイトをして家にお金を入れるのかもしれない。

 そう考えてみれば、自立とは豊かさと反比例するものなのかもしれない。「15でねえやは嫁に行き」という歌は、社会の貧しさを表しているものとも言える。子供時代が長いというのは、それだけ社会なり家庭なりが豊かであるということなのだろう。子供が子供でいられるというのは、豊かな証拠だと言える。どれだけ長く子供時代を過ごせるかは、親や社会の豊かさの証なのかもしれない。

 とは言え、さすがにいつまでもというのは困る。私個人としては、一刻も早く自立した人間になってほしいと思う。我が家は、両親の頃よりは多少豊かかもしれないが、それでも一介のサラリーマンであり、ダイエットしなくても脛は十分スリムである。精神的にも早く自立して欲しいと思うし、それにはやはり温室ではなく、寒風が必要なのかもしれないとも思う。千尋の谷とまではいかなくても、ある程度の谷には早く落とした方がいいのかもしれないと、特に息子については思うのである・・・



【本日の読書】
 繰り返す日本史 (青春新書インテリジェンス) - 河合 敦 総力戦としての第二次世界大戦-勝敗を決めた西方戦線の激闘を分析 (単行本) - 石津 朋之




2021年6月6日日曜日

論語雑感 公冶長第五(その21)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
子在陳曰。歸與歸與。吾黨之小子狂簡。斐然成章。不知所以裁之。
【読み下し】
子し、陳ちんに在ありて曰いわく、帰かえらんか、帰かえらんか。吾わが党とうの小しょう子し、狂きょう簡かんにして、斐ひ然ぜんとして章しょうを成なす。之これを裁さいする所以ゆえんを知しらず。
【訳】
先師が天下を周遊して陳の国におられたときに、いわれた。
「帰るとしよう、帰るとしよう。帰って郷党の若い同志を教えるとしよう。かれらの志は遠大だが、まだ実践上の磨きが足りない。知識学問においては百花爛漫の妍を競っているが、まだ自己形成のための真の道を知らない。それはちょうど、見事な布は織ったが、寸法をはかってそれを裁断し、衣服に仕立てることができないようなものだ。これをすててはおけない。しかも、かれらを教えることは、こうして諸侯を説いて無用な旅をつづけるより、どれだけ有意義なことだろう」
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 ロバート・レッドフォードやクリント・イーストウッドのように、俳優として大活躍しながらも監督の道に進む俳優は多い。それも「監督兼主役」のようなプレーイング・マネージャー的なものではなく、専業である。監督というのは、映画においてはスクリーンに出て来ない影の存在である。にも関わらず、1プレーヤーから全体を見渡す立場、映画そのものを創り上げる立場へ移る魅力があるのだろう。

 人も年齢を経ると、教えられる方から教える方へと移動する。それは年齢とともに知識と経験とを積み増しているからである(もちろん、積み増していない人は教える立場にはなれない)。それは本人が期待する部分もあるだろうし、周りから期待される部分もあるだろう。そういう私も、先日とある企業の転職面接で「後継者を育成して欲しい」と言われたところである。

 自分の性格を鑑みると、結構「教えることが好き」な方だと自覚している。自分が創意工夫して身につけたノウハウ等は人に教えてあげたいと思うのである。それを認識したのはいつかというのははっきり覚えていないが、古くは学生時代にラグビーのプレーについて後輩に教えたいと思ったのを覚えている。実際、教えたものについては、ラグビー初心者などに特に「わかりやすい」と喜ばれたものである。

 そういう下地があったからだろうが、銀行に就職して最初に配属された支店で、仕事の出来る上司から「仕事は盗むもの」と教えられた時には反発を覚えたものである。「そんなまどろっこしい事をするより、教えた方が早く戦力になるだろうに」と。ただ、そこは難しいところで、「教えてもらったことは忘れる、自分で盗んだものは忘れない」(すきやばし次郎主人小野二郎)というのも事実だと思う。一流の料理人の話などには「苦労して盗んだ話」がよく出てくる。

 ただ、「巨人の肩に乗る」というのも事実であり、みんながみんな1からのスタートだと同じところまでしか行けないが、たとえば4からスタートできればそれだけ遠くまで行けるだろう。「盗んだものは忘れない」のは真実だろう。それは裏を返せば「経験したものは忘れない」ということになるかもしれない。「知識」として教えられるより、実際に失敗した経験は何物にも変えがたい教訓になる。「教える」のがいいのか「盗ませる」べきなのかは難しいところである。

 それでも自分はやはり教えたいと思う。特に自分がさまざまな経験から得た知識や教訓や考え方などは子供たちに伝えたいと常に思うところである。それは「自分も教えて欲しかった」という思いであり、「同じ失敗をしないように」という親心である。教えたい相手は、やはり一番は子供であるが、対象は仕事でもなんでも身近な若手ということになるだろう。どうしても同世代だと自分なりの考え方ややり方が出来上がったりしている。孔子のたとえで言えば、すでに衣服が仕立て上がってしまっているわけであり、諸侯を説くのに当たるのだろう。

 「教える」というのとは少し異なるが、仕事ではかなり「任せる」というのを意識している。「まだ無理」などとは言わず、どんどん自分の仕事をやってもらうようにしている。サラリーマン社会では、よく「ワンランク上の仕事をしろ」と言われるが、なかなか出来るものではない。そんな中で、上司の方から「これやってみて」と仕事を任せるというのが手っ取り早く「ワンランク上の仕事」をすることに繋がる。最初は戸惑うかもしれないが、いずれスムーズにこなせるようになる。結果的に部下も成長するし、自分も楽できるし、できた余裕で別の仕事もできるというメリットがある。

 家庭でも子供を「子供扱いしない」というのはいつも心掛けていることである。それもまた子供を成長させる術ではないかと思うゆえである。手取り足取り指導するのが一番だとは思わないが、そういう風に「自覚を促す」のも大事なことだと思う。ある程度しっかりした導きがあれば、自分ももう少しうまくやって来られたのではないかと思う。そう思うところを子供達に提供できたら、と思うのである・・・



【今週の読書】
 ありえない! 町工場~20年で売上10倍! 見学希望者殺到! - 久保寛一 総力戦としての第二次世界大戦-勝敗を決めた西方戦線の激闘を分析 (単行本) - 石津 朋之




2021年6月1日火曜日

誕生日に思う(2021)

 毎年6月は誕生月である。今回は57回目となる。昨年同様、誕生日に健康診断を受けたが、健康はますます大事だと実感している(その割にはタバコを吸い始めたりしているが・・・)。健康診断の結果は後日郵送で送られてくることになっているが、とりあえずその場で結果がわかるのが「血管年齢」と「体成分分析」。血管年齢はいいのか悪いのか「実年齢相応」。「体成分分析」は80点満点中78点。ともにまずまずである。日ごろの運動の成果かもしれない。

 57回目の誕生日を迎えてどうかと言うと、実は精神的にはちょっと辛い。今の仕事を7月末で辞めることになってはいるが、そのあとがまだ決まっていない。就活の真っ最中ということで、心穏やかではない。子供は学生で、まだまだ学費がかかる。住宅ローンも70歳まで残っている。されど大手の企業は60歳定年制を採用していて、65歳まで再雇用はあるといっても定年で年収が大きく下がったりする。年齢による影響を受けない仕事がいいが、そんな仕事に就けるだろうか。

 就活とは言っても、最近はやりのネット系人材サービスを利用するのはちょっと気が引ける。年齢的に気おくれする部分が多いからである。そうなると頼りは「人脈」。とりあえず声を掛けているが、意外とみんな助けてくれる。「自分はこうしたからやってみたら」とか、「心当たりに聞いてみる」とか、「今の職場で採用できないか聞いてみる」とか、「こういう風にしたら」とか、自分が友人に相談されてもこんな風には答えられないと思うから実にありがたいと思う。

 学生時代は自分の道は己の力1つで乗り切っていくと息巻いていた。人の力なんか頼りにするべきものではないと。それはそれで、今でもやたらに人に頼るべきではないと思うが、違うのは自分の力には限度があるという当たり前のことに気づいていること。それで助けてほしい時は素直に助けてと言えるようになっていること。考えてみれば、自分も誰かに何かを相談されたらできる限りのことはすると思う。みんな私に対してそう思ってくれているわけであり、ありがたいの一言に尽きる。

 この年になると、娘と息子にどんな人生教訓を残してやれるだろうかとよく考えているが、「友人・知人は大事にしろ」ということは真っ先に伝えたいと思う。「おおよそ人間関係は誠心誠意を持ってあたるべし」というのは日々実感する。「人に裏切られても自分からは裏切らない」というのは鉄則だろう。実際、長年の信頼関係をあっさり断ち切って平気な顔をしている人も身近にいるが、自分は真似をしない。もともと人見知りの性格ゆえ、人脈を広げるのは難しいが、狭い範囲でも接点のある人はとことん大事にしようと思う。

 それにしても「後悔先に立たず」とはよく言ったもの。その時々では最適な選択をしているつもりだが、振り返ってみれば「あの時ああしていれば」ということばかりである。今さら嘆いても仕方がないが、「経験者のアドバイスを求める」ということは、もっとやってもよかったかなと思う。それは息子にも伝えたい。今年、息子が高校生になり野球部に入ったが、3年生の先輩に「今何をやっておいたらいいか」というアドバイスを求めてみたらと、さっそく息子にはアドバイスしてみようと思う。

いろいろ辛いことがあると、ついつい人を羨んでみたくなるが、人は誰もが悩みを抱えているもの。お金を持っていたってそれ以外の悩みがあったりするだろう。避けることができぬのならうまく付き合っていくしかない。
「幸せは気づくもの、不幸はつくるもの」
いつしかそんな風な考え方をするようになっている。辛い部分に目を向ければやりきれなくなるが、幸せだと思う部分に目を向ければ元気も出てくる。「自分はまだマシ」と思うようにしようと思う。

 これから58回目の誕生日まで、どのように過ごすかは自分次第。嘆いて終わるのではなく、良き息子、良き夫、良き父親、良き友人、良き同僚であるように前を向いて目の前の道を一歩一歩、歩いていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 選んだ道が、一番いい道 - 大宅邦子 総力戦としての第二次世界大戦-勝敗を決めた西方戦線の激闘を分析 (単行本) - 石津 朋之