2012年7月29日日曜日

ウルトラマン・フェスティバル2012

「ウルトラマンフェスティバル2012」に息子と行ってきた。
今年で3年連続であるが、内容としては、展示物とショーにゲームにグッズ販売という内容で、値段(大人:1,800円、子供:1,000円)に見合うとはお世辞にも言えないものである。

 今年はウルトラセブン45周年という事で、展示物はウルトラセブンが中心。パパ的には嬉しい内容であり、昨年一通りビデオで観た息子も同感だったようである。10時開場を目指して行ったものの、到着すると既に長蛇の列。実はあちこちでタダ券が配られていたりするので、その影響もあるのかもしれない。小学生の子供なんているのだろうかと観察していたが、意外と大きな子供もいたりして、我が家の息子がまだ幼稚だとも言えないようで、ちょっとほっとする。まあいずれ近いうちに卒業するのだろう。

 そんな事を思いながら、長蛇の列に並ぶ人たちを見ていると、親子連れに混じって完全に大人一人という人たちがチラホラ。いわゆるマニアなのだろうが、どう見てもマニア受けするような内容でもないと言い切るのは間違っているのだろうかと複雑な気分。

 ショーは45周年のウルトラセブンに花を持たせつつも、主役は息子のウルトラマン・ゼロ。10,000年以上も生きていて、たった45年で世代交代か、などという突っ込みを入れるのは野暮というもの。メインのショーでは、子供たちの「ガンバレ~」という声援に力を得たウルトラ戦士たちの活躍で、地球の平和は守られた。

 このショーは、今年はなかなかの出来で、正直言って入場料の元が少し取れた気分だった。
出口付近にグッズコーナーがあって、ここが息子の最大の目的地。ソフビと呼ばれる人形を買ってもらうのが、何よりの楽しみなのである。もっとも、一体840円のものだが、ちょっと池袋駅まで戻るとビックカメラでは670円、ヤマダ電機では580円で買えてしまう(しかも10%のポイントまでついてしまう)。

 「ここで選んで帰りに買おう」がパパの常套文句なのだが、敵もさる者。「ウルトラマンフェスティバル限定版」のウルトラマン・ゼロ(定価945円)を売っている。ご丁寧に2色あって、息子は赤の「ストロングコロナ」バージョンをゲットして満足気だった。

 このウルトラマンゼロのソフビであるが、どう見ても形は一緒。同じ金型で色だけ塗り替えて、「一粒で2度、3度おいしい」商売をしている。残念ながら、まんまとその手に乗らされてしまった我が家としては、うまいとしか言いようがない。仮面ライダーもそうであるが、少し時間が経つとバージョンアップして2匹目のドジョウを吸い上げるのが巧みだと思う。

 目の前のマニアのお兄さんなんか、赤バージョンと青バージョンをそれぞれ3体ずつ大人買いしていた。我が家の息子のように、帰って戦いごっこして遊ぶのだろうか、などと想像してみる。案外オークションで売ってこずかい稼ぎするのかもしれない・・・

 帰りに怪獣のソフビを一体買ってもらって満足気な息子。何を思ったか、突然「これ取っておいて、子供が好きになったらあげようかな」と言い出す。そろそろ卒業が近いと無意識に感じているのかもしれないが、それにしても気の長い話だ。しかし、そのためには我が家に君臨する「断捨離怪獣」を何とか倒さねばならない。パパでさえ表面上は勝てないのだから、極めて難しい。

 でも3世代で楽しめたら、素敵な事だろう。
円谷プロがそれまで息長く頑張れるだろうか。
60周年くらいだったら、十分期待できるかもしれない。

ちょっとだけ期待してみたいと思うのである・・・



2012年7月25日水曜日

石神井プール

 いよいよ夏も本番という感じになってきた。この時期、子供たちは何と言ってもプールが一番の楽しみのようだ。せめて水だけは怖がらないようにと思って、二人とも幼児の時よりスイミングに通わせてきたが、その成果もあって水は怖がらないし、徹底的に楽しんでいる。

 豊島園から昭和記念公園、サマーランドと家から行けるプールには毎年どこかへ言っているし、沖縄やグアムに行った時もプールは最優先事項だった。ウォータースライダーなんかがあるところだと、子供たちは何度も何度もエンジョイしている。今年は少し新しいところを開拓しようと相談しているところである。

 一方で近所にある石神井プールは、お手軽に子供たちと行くことのできるプールである。区営なので安いし、自転車で気軽に行けるので、午前中とか午後とかちょっと空いた時間に行くなどという事も簡単にできる。今年は14日に始めて行って来た。

ここのプールに来ているのは、基本的に子供。
圧倒的な子供とプラスして親がついている状態。
妻は「近所の人に隠している体型がばれたらまずい」と言って行く事はない。
したがって、いつも連れて行くのは私の役目である。

 そんな状況だから、「目の保養」などは端から期待できるものではない。子供の喜ぶ顔が唯一の目的なのである。とは言え、先日は若いカップルが来ていた。そうなると興味津々である。「目の保養」という意味ではなく、「何でこんなところに来ているのだろう」という興味の部分である。妻に話したところ、「私だったらそんな所に連れていかれたら、すぐ別れるわ!」と例の如く予想通りの返事が返ってきた。今の若者は堅実でつつましいから、こういうところでもいいのだろうかと興味は尽きない。

 トドのような裸体で寝そべっているお父さんがいる。子供はきっとプールの中だろうが、立派な裸体を拝見すると、自分もシェイプアップしなければと強く思う。こちらはラッシュガードを愛用しているから、何となく締まった感覚でいられる。風呂上がりの己の裸体を見ると、最近は嘆かわしく思うが、やっぱり外でご立派なメタボリックボディを拝見すると、いい刺激になる。そういう利点がプールにはあると言える。

 娘はすぐ「パパ、競争しよう」と言ってくる。人が少なくなった合間を見計らって、挑戦に応じる。25メートルを3/4ほど泳ぎ、圧倒的に差をつける。まだまだ娘には負けない。ただ、残り1/4を残して泳ぐのをやめたのは、ゴールするまでもないと余裕の勝利をアピールしながらも、実は両足をつってしまった結果だと言う事は伏せておく。これが正式な競泳だったらかなり無様な負け方をしていたところだ。

それにしても冷たい水は気持ちが良い。
プールの中で時折浮かんだりして自分でも楽しむ。
そう言えば子供の頃は、目黒にある区民センターに友達とよく行っていたものである。
何の変哲もない50メートルプールだけだったが、それなりに結構楽しんだ。
石神井プールも同様だが、子供たちは実に楽しそうである。

 夕食時、「パパあんまり動いていなかった」と子供からするどい指摘を浴びる。
「混んでいたからな」と誤魔化したが、せっかく行っているのだし、今度はもう少し体を動かそうと反省する。これからも、お手軽プールとして、すきま時間に子供たちと通うつもりである・・・

【本日の読書】

じゃんけんはパーを出せ!~ビジネス解決力が身につく「ゲーム理論」~ - 若菜 力人 謎解きはディナーのあとで 2 (小学館文庫) - 東川篤哉







2012年7月19日木曜日

ツイッター

フェイスブックとほぼ同時に登録したツイッター。
まあ取りあえずやってみようと一歩を踏み出したわけである。
ところが、いざ呟こうとしても、どうも勝手がよくない。
そもそもツイッターの場合、フォローしていないとその人の呟きは拾えない。
逆に言えばフォローされていないと呟いても聞いてもらえない。
つまりそれはトイレで独り言を言っているようなものではないかと思ったのである。

それでも取りあえずは知り合いからフォロー。
なるほど、日々の些細な出来事をつぶやいていて、それを読むのはそれなりに面白い。
そのうち有名人のつぶやきが目につくようになる。
ツイッターはクリック一つで簡単にフォローできる。
フェイスブックは友達にならないとダメだから、有名人なんて基本的に無理だろう。
(相手の設定によっては見る事だけはできる)

そんな感じで目についた有名人をフォローし始める。
橋下徹、猪瀬直樹、竹中平蔵、蓮舫、河野太郎、松田浩太、中田宏、福島みずほ・・・
やはり政治家が多くなるのは、個人の嗜好を反映しているのかもしれない。
孫正義、藤田晋、三木谷浩史、Bill Gatesといった経営者もいるが、正直言ってあまり面白くない。田中将大、ダルビッシュ、浜崎あゆみ、田原総一郎などは、勢いでフォローしたが、これも今一。居酒屋社長に高成田享。友人知人はやっぱり顔が見えるせいか、しっかり読ませていただいている。

基本的にこれは政治家向きかもしれないと感じる。
とくに橋下さんのはマメに読んでいるが、論点が明確でわかりやすい。
難を言えばツイッターは字数制限があるため、主張がコマ切れとなる。
新しい呟きが上に来るから、自然と結論から読む事になる。
遡って読み返すのがちょっと大変だ。
だが、普段何しているかわからない政治家も、こうしたツイッターを見ると、こんな事をしているのか、考えているのかとわかるのがいい。

変わり種は元航空幕僚長の田母神俊雄氏だろう。
この人は侵略戦争否定論文で有名になった人だが、その主張はその後もまったくブレていない。「日本核武装論」なんかも展開しているから、普通の人が聞いたら危険分子としか見ないだろう。だけど、よくよくその真意を聞けば、賛否は別として非常に筋が通っている。
ある意味我々日本人は「戦争と平和」論においては、一定の考え方に呪縛されているから、こういうモノの見方に触れて考えてみるのはいい思考トレーニングになると思う。

自ら呟くのはやっぱり反応がわかるフェイスブックの方が面白い。
だが、しっかりとした意見をきっちり読めるのはツイッターだ。
両方とも毎日アクセスしているが、当分はこういう「使い分け」が良さそうだと思う。
それにしても、そんな事やあんな事で、ますます時間が足りなくなっていく日々が恨めしいのである・・・


【本日の読書】

小商いのすすめ 「経済成長」から「縮小均衡」の時代へ - 平川 克美 ずるい考え方 ゼロから始めるラテラルシンキング入門 - 木村尚義






2012年7月14日土曜日

教師と親と・・・

 小学校6年の娘のクラスは今問題を抱えている。男の子を中心に反乱が起こり、女性の担任の先生はとうとう休職に追い込まれてしまった。緊急、そして臨時と二つの保護者会が開かれたものの、校長先生は問題先送りに終始(ええ、その件につきましては新しい先生が来ました時に・・・)。だいぶ父兄の顰蹙を買ってしまったようである。

中心となっている悪童が一名(悪童1号)。
その影響下で共に行動しているのが2名(悪童2号、3号)。
雰囲気によって影響されるその他大勢という構図。
対応策として、親が教室で見張りをする事に。

ところが毎日出てくるのは悪童3号のお母さんだけ。
中心となる1号のお母さんは仕事もあってほとんど来ない。
学校公開の時にはみんなに交じって来たものの、その場でも態度の悪い我が子を注意しようともしない。そうしたスタンスに、父兄の中からも疑問の声も上がっている。

担任代行の副校長は、妻に言わせると「言っている事は正しいが、言い方がまずい」。
副校長の対応にも疑問の声。そして臨時保護者会では、ついに副校長と悪童1号のお母さんが真っ向から衝突。筋から言えば副校長の方が全面的に正しいが、そのモノ言いに悪童1号のお母さんが逆ギレしてしまったらしい。どっちもどっちで、非常に居心地の良くない保護者会になってしまったようである。

当事者以外には面倒な事態である。
まずは根本的な原因として悪童1号の問題行動がある。
そうした行動がどこから来ているのか。
転校生だと言うが、親の言動からすれば家庭環境に問題があるのかもしれない。
真の原因がわかれば、必然的に対応法も決まってくる。

親に正論をぶつけるだけでは解決できないかもしれない。
我が子は誰だって可愛いだろうし、将来きちんとした大人になって欲しいと思うだろう。
それには今ここでしなければならない事がわかれば、協力はしてくれるだろう。
働いていて難しいなら、誰か他に頼るという考え方もある。
保護者会に集まった親に協力を呼び掛けてみれば解決できる問題なのかもしれない。

悪童は悪童、その親はモンスターペアレンツと決めつけないで、彼らが抱えている問題を解決して上げるというスタンスが学校側にあれば望ましい事だ。一番中心となるべき校長先生は、「来年春にはみんな卒業してメデタシメデタシ」と思っていると思われても仕方ない対応振りだ。
・悪童1号を個別に呼び出してよく話を聞いてみる。
・親(できれば両親)と個別に面談して学校での子供の態度を説明し、家庭での様子を聞き、親としての考えを聞く。
面倒だが、私だったらこういう事から始めてみると思う。

今大阪の橋下市長はツイッターで、公務員教師の改革案を盛んにぶち上げている(対象は教師だけではなく公務員全般に広く及んでいる)。「公務員という身分に守られていてはダメだ」という一連の意見は確かに傾聴に値する。だが親の評価を気にするのもいかがなものかと思う。親がいくら文句を言おうと、未来の日本を背負う人間を真剣に育てようとしているのなら、そういう先生こそ支持したいと思うし、そのために身分を心配しなくてもいい公務員の方が都合がいいなら、公務員で良いだろう。

だが、時間が経てば制度も疲弊し、身分の安定こそが第一となってしまうのも摂理なのかもしれない。
「教師は聖職」
「先生の言う事こそが間違いなく正しい」
「学校で先生に怒られたなんて言えば、それだけで家で親父に猛烈に怒られた」とかつて父は語ってくれた。戦前の教育も、部分的には良かったのだと思う。

先生には教育に対する熱意を、親にはそんな教師への信頼と協力こそがあれば良いと思う。
互いの悪い点を探すのは簡単だが、大事なのは悪童1号の未来と同じクラスの子供たちの未来だ。今一度その事実を認識するところから、ほつれた糸を解きほぐすべきだと思う。自分自身、その他保護者の一人として何かした方がいいのだろうか、できるのだろうか。そんな事もあわせて考えてみないといけないだろうなと思ってみたりしたのである・・・
   
  



2012年7月10日火曜日

教師という存在

 少し前の事、母校の高校の校長先生とお話をする機会があった。今年で定年であるという校長先生に定年延長はできるのかと尋ねてみた。すると、我が母校は校長先生の希望者が多くて難しいのだと言う。比較的レベルの高い高校の校長職は、人気のあるポジションらしい。それに大概が教育委員会経験者がなる事が多く、コネのようなルートも暗にあるらしい。いずこも同じようなものなのかもしれない。

 一方それに対して公立小学校の校長職は、人気がないのだと言う。言われてみれば、我が子供たちの通う小学校の校長先生は、今年定年延長して続投している。要するに、「偏差値の高い高校は問題児が少なくて楽」なのに対し、「モンスターペアレンツや学級崩壊など負担の大きい小学校は大変」というわかりやすい理由が背景にあるようである。

 確かに、我が娘のクラスでは、男の子たちの反乱で担任の先生は休職に追い込まれてしまった。緊急保護者会、臨時保護者会が立て続けに開催されているが、問題の矢面にたっている校長先生は、のらりくらりと問題の先送りに終始し、父兄の顰蹙を買っている。副校長は娘のクラスの臨時担任となっているが、気合先行で怒鳴っているばかりで、生徒たちの評判は今一のようである。

 我が妻も、だいぶ腹に据えかねているようであるが、何か言い過ぎれば「モンスターペアレンツ」と言われかねないかという心配もあり、また娘の受験を控えて内申書の事を懸念する気持ちもあって、言いたい事をこらえているようである(そのとばっちりは、もちろん私が全面的に受ける羽目になっている)。そんな状況を目の当たりにし、教師は聖職と言われていた時代があったが、今はどうなのだろうとふと思う。


 週末に高校の同期会があり、久しぶりに同期の面々と顔を合わせると同時に、先生ともお話をさせていただいた。そのうちの一人である数学の先生は、担任ではなかったが、ラグビー部の顧問という事もあって私の事をよく覚えていただいている。生徒から見れば先生は数少ないから忘れようもない。だが先生からすれば、在職期間中に指導する生徒の数は膨大だし、とても覚えきれないだろうと思う。それにもかかわらず、である。

 その数学の先生も担任したクラスの生徒を覚えるので目一杯だと語ってくれた。それでも私の事は覚えてくれていたようで、高校時代の私のエピソードも話してくれたりしてありがたく思った。ラグビーの“ラ”の字も知らないのに顧問を引き受けていただき、休日の試合にも足を運んでいただき(顧問が付き添わないと対外試合はできなかった)、それはすなわち休日出勤なわけで、今から思えばありがたかったとつくづく思う。

 小学校から大学までの16年間を振り返ると、多くの友人たちと共に先生の思い出もある。
記憶に残っている先生もいれば、そうでない先生もいる。ただ覚えているというだけでなく、印象深く心に残っている先生は、何となく我々に対する愛情が深かった気がする。先生もやっぱりサラリーマンなので、我々サラリーマンが日々感じているような事を感じていたのだと思う。そんな中で、生徒に対するスタンスこそが、生徒の心に残るか否かを決めるものなのかもしれない。

 自分の仕事が相手の人格形成や学生生活に影響を与えるという意味では、先生の仕事というのはやっぱり意味合いが大きい。今でも十分“聖職”なのだと思う。単なる就職口の一つとして考えるのではなく、楽だからとか、大変だからとかを判断基準にして欲しくないような気がする。先生の社会的地位も、もっと高くないといけないのかもしれない。

 戦前の姿が良いか悪いかは別として、社会的な地位が高ければ、もっと使命感に燃える先生が集まってくるのかもしれない。当然、先生を見下すような親の態度は論外だ。年下の先生であっても「先生は先生」というムードが出来あがれば、もっと違うのかもしれない。親として先生に物申すことがあっても良いと思うが、その根底にはやはり先生を敬う心も必要だろうと思う。

 週末の夜に、つらつらとそんな事を考えたのである
・・・


【本日の読書】
お金の科学 (サンマーク文庫 し 5-1) - ジェームス・スキナー ロシア最強リーダーが企むアメリカ崩壊シナリオとは? プーチン 最後の聖戦 - 北野 幸伯





2012年7月7日土曜日

決めた!

 初めてアメリカに行ったのは、1999年の事だった。ラスベガスに遊びに行って、カジノそのものよりも街全体がレジャータウンという雰囲気に圧倒され、毎日睡眠時間3時間で街を堪能した。一方その時感じたのは、「アメリカ人はデブが多い」という事だ。それも小太りなんてかわいいものではない。もともと体格がでかいから、関取かと思うくらいのレベルだ。

 あるレストランに入った時の事だ。ちょっと小腹が減ったからなのだが、もう夜中だった事もあって(深夜の12時を過ぎていた)、軽めにシーザーサラダをオーダーした。出てきた一皿に夫婦で目を見張った。何人分かと思うくらいの山盛りだったのだ。隣のテーブルでは、老夫婦がかなりのボリュームのステーキをぱくついていた。後で見たら半分くらい残していて、「もったいない」と思ったものだが、アメリカの問題を身近に感じた旅行だった。

 肥満度を計る際に用いられるBMIは、『BMI= 体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)』で求められる。日本肥満学会ではBMIの値が、
18.5未満=「やせ」
18.5以上~25未満=「ふつう」
25以上=「肥満」
としている(WHOでは25以上を「太りすぎ」、30以上を「肥満」)。

 英ロンドン大衛生熱帯医学大学院の研究チームが発表した調査結果によると、2005年現在、BMIが25を超える「太りすぎ」の超過体重(余分な肉の重さ)は世界合計で1,548万トンで、これを維持するエネルギーを国別に比較した肥満ランキングは、1位が米国だという。また、BMIが30を超える「肥満」の超過体重の世界合計は352万トンで、その3分の1が米国にあるというから、あの時ラスベガスで感じたのは間違いではなかったという事だ。

 調査報告は、さらに全世界が米国並みの肥満者の割合に達した場合、食料の需要は5800万トン増加し、世界の人口が新たに9億3500万人増えるのに相当すると結論付けている。途上国の人口爆発が、世界に深刻な食糧危機を招くという説があるが、その前にもっとなんとかしないといけない問題があるという事だろう。ちなみに先の肥満ランキングでは2位がクウェートで、3位がクロアチア、日本は155カ国中、118番目となっている。何だかイメージと合わない気がするが、日本は優等生と言えるみたいだ。

 こんな事を考えたのも、最近体重が増加傾向にあるからだ。1年前と比較すると5キロ近く増えている。体重だけをみると、学生時代とほとんど変わっていないから、かなり優秀だと言えるかもしれない。しかし、学生時代は鍛えぬいた筋肉を身に着けていた。今は自分でもわかるくらい筋肉は落ちている。贅肉と筋肉とでは筋肉の方が重い。同じ体重でもその“質”は明らかに違う。安心してはいけないわけだ。

 会社で同じフロアーの先輩は、最近体を鍛えているらしい。
夏になって半袖のYシャツ姿を見たら、明らかに体が盛り上がっているのでわかったのだ。
別の同期の男はフェイスブックを見ると、ゴールドジムに頻繁に通っている。
一度体を鍛えた男の本能なのだろうか、この年代でもまだ意欲は衰えていないらしい。
そういう自分も、“意欲だけは”衰えていない。

 恐る恐るBMIを計算してみたら、「25.48」だった。なんと「肥満」だ。WHOの規定では「太りすぎ」だ。学生時代の体型なら笑って認めるゆとりがあっただろうが、今の自分にこの言葉はきつい(ちなみに小数点第2位まで計算しているのは、決して涙ぐましい努力ではなく、計算式がそうなっているからだ)。

 体型がはっきりわかる夏だし、ちょっとそろそろ引き締めないといけないかもしれない。「週末の夜中に映画を観ながらお菓子をつまみに酒を飲む」という行為は、残念ながら少し控えた方がいいかもしれない。「もういいや」と思った時が終わりの時。サミュエル・ウルマンも「青春とは心の持ち方」だと言っているし、「心の肥満」だけは回避しないといけない。

 この夏、せめて「ふつう」レベルに戻そうと思うのである・・・



2012年7月1日日曜日

小沢一郎

 消費税の増税がいよいよ決まる事になりそうであるが、新聞紙上ではそんな事より小沢一郎の動きで忙しい。今さらピントのボケたマスコミに、本当の実態など期待しても仕方がないが、政治家のやっている事はどうもよくわからない。

 消費税の増税によって、何がどう変わるのか。果たして我が国の財政はそれで再建できるのか。できるとしたら、あるいはできないとしたら、次にどうするべきなのか。本当はもっと今後の我が国のあり方を議論すべきだとは思うのだが、マスコミの関心は民主党の造反議員がどうだとか、小沢さんの新党がどうだとか、そんな事ばかりだ。政治家もマスコミも相変わらず嘆かわしいばかりだ。

 言っている事だけを純粋に捕えれば、小沢さんの主張が一番まともだ。「増税だけが先行するのは国民への背信行為で、嘘つきと言われても仕方ない。社会保障、年金、医療も我々の改革案を掲げて政権交代を実現した。それを一切棚上げし増税だけを先行するのは国民が決して納得しない。」問題は、それが本心からなのか、あるいは自分が首相になるための、党内で主導権を握るためだけの詭弁なのかわからない事だろう。

 それにしても、小沢さんと同じく民主党で消費税増税反対・棄権等に回った民主党議員が57人。そのうち、小沢グループが43人だという。マスコミであれだけ叩かれていて、明らかに国民の人気なんてないだろうと思われる小沢さんに、43人もの議員がついていくという事実に興味を惹かれる。

 半数以上が、いわゆる「小沢チルドレン」と言われる当選1回の議員らしいが、なぜ「輿石チルドレン」ではなく、「鳩山チルドレン」でもなく、ましてや「菅」「岡田」「野田」でもなく「小沢」チルドレンなのか。可能であれば、追求してみたいところだ。

 自民党でかつて大権力を誇った田中角栄さんは、アメリカの不評を買って潰されたという話がある。アメリカよりも先に中国と国交を回復し、いち早く中国との友好関係樹立に走った田中角栄の動きを気に入らなかったアメリカは、ロッキード事件で田中角栄を葬ったというのである。事件はアメリカで公けとなり、東京地検特捜部もアメリカ側から次々と証拠が出てきて、非常にやりやすい裁判だったらしい。

 そんな事が頭にあったから、民主党が政権を奪還し、小沢さんが米中等距離外交を謳いだした時、「大丈夫なんだろうか」と思ったのだが、今その通りになっている。本当に裏でアメリカの意向が働いているのかどうかはわからない。ただ、東京地検特捜部が起訴を見送った(すなわち勝てる見込みがないと判断した)陸山会の裁判で、一弁護士が無理やり起訴してしまうなんて動きを見ていると、まんざら嘘でもなさそうな気がする。

 もともと天の邪鬼な性格なだけに、マスコミが狂ったように小沢批判をすると、一層「そんな事はないんじゃないか」と思ってしまう。小沢一郎という政治家の本当の胸の内はわからない。国民の事、我が国の事を真剣に考えているのかもしれないし、実は腹黒くて権力欲だけで夫人の手紙にある通りの人なのかもしれない。

 ただ人間性はともかく、発言だけをとらえると、昔からすっと腹に落ちてくる事を主張している事は確かである。まあ政治家はみんな良い事を言っているのも事実ではあるが・・・先日の菅さんも言っていたが、もう消費税を上げないと日本国の信用が損なわれ、金利が上昇し、それはギリシャのような国家財政の破綻につながるのだと言う。個人的には、「やる事やってから上げても十分間に合う」とは思うのだが、そう言うならそれでもいだろう。

 常識的に考えれば、消費税の増税が成立したら、後回しにしている議員定数や公務員の人件費やらその他の無駄の削減に着手してくれるに違いない。大山鳴動して何とやらという事にはならないようにしてもらいたいものである。いずれにせよ、小沢さんのニュースは今後も当分メディアに賑わしていくのだろう。

 興味を持って、かつメディアの偏見に惑わされないように、注目していきたいと思うのである・・・


2012年6月26日火曜日

御代田のこと

 先週末、伯母を見舞いに長野県の御代田へ行って来た。伯父の葬儀以来である。よく「第二の故郷」という言葉があるが、御代田はまさに私にとって第二の故郷と言える場所である。御代田は避暑地として有名な軽井沢のちょっと先、知名度は軽井沢ほどではない小諸の少し手前という、ちょうど両者の中間あたりにある小さな町である。

 浅間山が目の前に大きく広がるこの地に、伯母の家族が居を構えている。私は小学校3年の時から、毎年春と夏の休みにここに遊びに来ては、一つ年上の従兄と遊ぶのが無上の楽しみであった。当時は信越線の急行電車で、上野から3時間。小学校3~4年の頃は、道中の一人旅は心細くて仕方がなかったが、それ以降はワクワクしながらの旅だった。今は関越自動車道が出来て、練馬のインターに近い我が家からは約2時間ほどで行けてしまう。

 佐久のインターを降りると、「峠の釜めし」の看板が目に入る。昔は横川の駅で、短い停車時間にヒヤヒヤしながら釜めしを買った思い出があるが、今は新幹線と関越自動車道で元の場所はすっかり寂れてしまったのだろう。こんなところまで出店してきているようである。「峠の」という言葉には、舌で味わえない味わいがあったのだが、インターの出口ではその味わいも薄れてしまう。

 懐かしい伯母の家に着くと、草と土の匂いが漂ってくる。畑で作業していた従兄の兄と姉が迎えてくれる。草むしりを手伝うと、ミミズや小さな虫たちが草の根とともに溢れ出て来る。少し前にもぐらを捕まえてそばの沢に捨てたと教えてくれる。もぐらも餌が豊富でいいのだろう。そばの沢と言えば、昔伯母が、当時飼っていたネコが生んだ子ネコをまとめて「ぶちゃやった(捨てた)」のを思い出す。あの頃からもう30数年にもなる。

 伯母の家の敷地内はそれなりに変化を遂げているが、周りの環境は劇的に変わっている。大きな道路があたりを切り開いて通り、目新しい今風の家が立ち並ぶ。昔遊んだあたりを散策しようと思っても、見覚えのある風景はだいぶ変わり果てている。浅間山から流れ出た溶岩が固まって小高い丘になっているところに、飯玉神社がある。昔伯母さんにおにぎりを作ってもらって、従兄とそこに行って食べた事がある。大人の足だとものの5分で着いてしまう。昔はもっと遠かった気がするのだが・・・

 車で遠出すれば、今では国道沿いに見覚えのあるチェーン店が軒を並べている。その風景だけ見ていると、どこの町だかわからない。かっぱ寿司やスシローなどの回転寿司チェーンも当然のようにある。丸亀製麺だってある。住んでいる人たちからすると、随分便利に、そして快適になっているのだろうが、何だかどこかよその町並みのように思えてならない。

 人も世も街も移ろいゆくもの。それはやむをえない変化なのだろう。あの頃の風景をもう二度と見られないと思うと、何だか寂しい気がする。もう一度上野駅に戻って、いつも乗っていたあの急行電車に乗れば、あの頃の御代田に行けるのかもしれない、などと想像してみる。

 横川を過ぎると、碓氷峠のトンネルが連なり、それを数え続けていると軽井沢に着く。
そのあたりから、降り損ねてはいけないと降りる準備を始めてそわそわし始める。
中軽井沢を過ぎ、信濃追分を過ぎるともう次の駅。
ドアの前に立って、外の景色を眺めている。
電車が駅のホームに入ると、気分は最高潮。
切符を握りしめて外へ飛び出す・・・

 ロンドンのキングス・クロス駅の9と3/4番線ホームのように、上野駅にも信越線の急行電車が止まるホームが、もしかしたらまだあるのかもしれない。そんな想像をしてみると、なんだか心穏やかな気持ちになる。年はとっても従兄は変わらない。今回はあまりゆっくりはできなかったが、また時間を作って行く事にしよう。そんな気持ちになって帰ってきた。

 帰ってくると、見慣れた我が家がまた元の日常生活に戻った事を実感させてくれたのである・・・

【本日の読書】

坂の上の坂 - 藤原和博  蒼穹の昴(4) (講談社文庫) - 浅田次郎






2012年6月19日火曜日

習い事

 息子は現在、週に一回スイミングとダンスに通っている。いわゆる習い事というやつだ。スイミングは娘もやっていたが、今は塾通いで1年間の休会中。娘はその他に英語教室にも通っている。習い事というのは親の意見がかなり大きくモノを言う。スイミングなどは二人ともベビーのうちから連れて行っていたから、嫌も何もない。物心ついた時にはすでに通っていた状態である。水泳は私も妻も子供の時に通っていて、やっぱり泳ぎくらいはできるようにしてあげたいと意見が一致したのである。

 息子のダンスは偶然の産物。本当は空手を習わせたいと考えた妻が、息子を連れてスポーツジムに見学に行ったところ、たまたまダンスのレッスンをやっていて、子供の生徒を募集していたそうである。学校でもこれからはダンスも必修科目になると騒がれているが、こればっかりは両親とも教えられないし、聞いたら本人もやりたいというので、入ってしまったらしい。

 そもそも私は柔道をやらせたいと思っていたのだが、妻は「ガニマタになる」と反対。空手よりも柔道の方が実践的だし、ここは譲れないと思っていた。議論は確か平行線だったはずなのだが、平日に自由時間があるという利点を活かし、妻が強行突破。由々しき事態なのだが、結果的には「なんじゃそれは」という展開になってしまった。それにしてもダンスが必修というのも、気の毒というか、昔でなくて良かったというべきか・・・

 そういえばその昔、銀行のラグビー部時代に練習でエアロビクスをやった事があった。シーズン初めの頃に、リラックスして体を動かそうという意図だったと思う。講師の先生を呼んで(もちろん女性だ)、音楽に合わせて芝生の上で体を動かした。若い女性のインストラクターとむさっ苦しい男ばかりの集団だ。傍から見ても、けっして良い眺めではなかったと思う。

 始ってみたら実は凄く大変だった。動きもそうだが、それ以上に音楽と先生の動きに集中していないと続けられないのだ。うっかり隣の人なぞ見ようものなら、その奇怪な動きが面白過ぎて、とてもではないが踊るどころではなくなってしまうのだ。そういう自分もかなりまずい状態であるという自覚症状はあった。ちなみに、エアロビを練習に取り入れたのは、それが最初で最後だ。まあ今からやっておけば、学校でもそれが原因でいじめられなくて済むかもしれない。

 娘はスポーツではキャッチバレーをやっている。運動神経はママに似てしまったためか、どうも不器用なようだ。友達と比べると体は大きいくせに、サーブが入らないという。休みの日に一緒に練習したりしているが、まだまだもう少しのようだ。

 息子には3年生くらいになったら野球をやらせようと考えている。ラグビーも大事だが、まずは野球。日本人の国民的スポーツでもあるし、小さい時分に基礎的な事はやらせたいと思う。その時期が来たらグローブを買って、キャッチボールから始めるつもりだ。問題は、キャッチボールをやる場所だ。家の前は、周囲の家が気になってしまう。都会はこういう点では実に不便だ。

 娘にピアノという話もあったのだが、本人があまり乗り気でなかったのもあって、やらせずじまいになってしまった。ある程度は親がやらせる事も必要なのだが、そこまで踏み込まずに終わってしまったのだ。考えてみれば、私も小学校3年の時に習字を習いに行った。母親に言われたからだが、何の疑問も持たずに通ったものだ。6年生くらいの時には、塾に行けと言われたが、拒否したのを覚えている。この頃になると自我も強くなるのかもしれないし、息子に何かやらせるなら3年生くらいまででないと、本人の反対がでてくるかもしれない。

 いろいろ興味をもって周りを見渡せば、面白いものもあるだろう。楽しみながらやれて、将来何かの役に立つようなもの。我が子のためにそんなものがあればと気をつけていたい。親として、興味のアンテナを張り巡らせておきたいと考えているのである・・・


【本日の読書】

奇跡を呼ぶ天使の贈り物 - 中井 俊已 蒼穹の昴(3) (講談社文庫) - 浅田次郎





2012年6月14日木曜日

息子よ

 長男は、いわゆる「試験官ベビー」だ。娘が生まれた後、二人目が欲しいという事になったが、医者の話では初産の時の影響もあって難しいかもしれないとの事。可能性として話を聞き、ダメ元でやってみる事にしたのである。周りには随分深刻そうな人もいたが、実にスムーズに懐妊。「どちらでも良いけど、どうせだったら男の子がいい」という私の気持ちが通じたのか、まさに立ち会い出産の目の前で長男誕生となった。

同じように育てているが、男の子と女の子の違いなのか、二人とも随分性格は違う。
まあ男兄弟でも、私と弟とでは性格も随分違うから何とも言えないが、扱いにくさにかけてはさすが男の子だ。娘をひっぱたいた事は今までに一度しかないが、息子の方はもう何回もある。
お姉ちゃんを叩いて泣かせた事もあるから、さすが男の子と言える。

男と女の違いが、自然と現れてくるのは実に不思議だ。
赤ちゃんの頃は同じだが、いつのまにか違ってくる。
教えたわけではないのに、息子は自然とミニカーやプラレールに興味を持ち、戦隊モノや仮面ライダーが好きになり、今はウルトラマンシリーズにハマっている。
けっしてお姉ちゃんのお下がりで遊んだりはしなかった。

さらに性格は私とまったく違う。ひょうきんモノで、学校では常にみんなの笑いを取っているらしい。私などは親父似で、クソ真面目で面白味に欠けるところがあるが、息子にはその片鱗すらない。小学校では担任の先生に、「元気が良すぎるお子さん」との評価をもらっている。保護者会でみんなの前でそう言われ、わかる人にはすぐに誰の事だかわかったらしく、妻は赤面の思いだったそうである。

まあそういう明るい性格が天性のモノだとしたら、それは持たざる者からすれば、なかなかの財産だと思うから、そのまま伸ばしていってもらいたいと思う。
たぶん、私よりも友達がたくさんできるだろう。

親父として力を入れたいのはスポーツだ。
幼稚園の時は、とにかくかけっこに力を入れた。
運動会の前には一緒に走って、練習させた。
その成果はあったし、やはり運動会で活躍するくらいでないと我が息子とは呼べない。
小学校に上がり、随分とライバルもいるようだが、これからしっかりサポートしていきたいと思う。

息子が生まれたらキャッチボールをするというのが、よくありがちな父と息子のイメージだが、それはもうやっている。まだグローブは早いので、柔らかいボールを使っている。この頃投げるのも捕るのも様になってきた。野球好きの義理の弟は、早くもグローブ選びに入っているらしいが、援軍には事欠かない。いずれラグビーの楽しさも教えて、その道に導きたいと考えているが、今のところ「将来の夢は野球選手」だ。

私は家で野球をほとんど見ないのに、どうしてそんな夢を持つにいたったのか不思議だ。
大阪に住む義理の弟に、本場の甲子園大会に連れて行ってもらった影響もあるのだろうか。
私も中学までは野球少年だったし、我が国の国民的スポーツである野球も悪くはない。
いずれラグビーの面白さにも目覚めてもらいたいと思うが、それまではサッカーなどの横道にそれないようにうまく導いていきたいと考えている。

いずれ息子も大きくなって、嫁と姑との間で頭を抱える日が来るのだろうかと、漠然と思う。ずいぶんと気が早いと思うが、その時に良いアドバイスができるように、今はしっかり人生修業に励む時だと考えれば、私も今の生活に少しは意味を見いだせる気がする。娘は娘で良いが、息子はやっぱり男同士の絆がある。家庭内では貴重な援軍になってくれるかもしれないし、これからもコミュニケーション豊かに接していきたいと思うのである・・・


【本日の読書】

灘中奇跡の国語教室 橋本武の超スロー・リーディング (中公新書ラクレ) - 黒岩祐治  蒼穹の昴(3) (講談社文庫) - 浅田次郎






2012年6月10日日曜日

大先輩

 お手伝いさせていただいている母校の財団法人。ここが主催している社会人向け講座「寺子屋小山台」のイベントとして、母校の先輩である菅直人元総理をお招きしての講演会があった。参加者は寺子屋小山台の卒業生プラス関係者で、総勢60名程度。少人数で密度の濃い一時を味わった。

内容は1時間の講演と1時間の質疑応答。そして懇親会という流れ。1時間の講演では主に原発問題と再生エネルギーについてのお話。ご自身、これからの政治テーマとして力を入れているようであり、熱の入ったお話を聞く事ができた。

菅総理と言えば、今でも悪評が高い。マスコミでは散々批判されてきたし、今でもされている。「メールが100万通来ればそのうちの999,999通は批判だ」と自虐的に語られていたが、ご本人もよく自覚されている様子。ただ、「もともとマスコミ情報は偏見に満ちていてそのまま信用するには値しない」と考えている我が身としては、自分自身の目と耳で判断する良い機会だった。

 脱原発という事では、私自身も強力に賛成しているので主張するところに異論はなかった。孫正義さんとともに、頑張っていただきたいと素直に思う。質疑応答では、プライベートな部分の披露もあって楽しめた。生協を利用しているという話には、我が家の奥様も「毎週マークシートでチェックしているのかしら!」と驚いていたほどだ。

「日本の総理大臣は国会に拘束される時間が長すぎる」という話は、マスコミを通しては聞けない話だ。そのために外交などに十分な時間が割けないのだと、イギリスの政治を例に説明していただいた。これは菅総理に限らずの問題で、「自民党も良く分かっているはずだから、今後どちらが与党・野党になっても配慮すべきではないか」というご意見であった。今後そうなっていくのかどうかは興味深い。

懇親会ではみんな記念写真を撮りまくる。
一人輪の中心で元総理もなかなかのご機嫌。
持参したipadでホームページの説明などをしていただく。
フェイスブックはやっていないそうだ。

一緒に来ていた秘書の方にも話を伺う。
メールやFAX、電話などの「声」はかなりのものらしい。
事務所に来るものだけでも、メールは1日あたり「万単位」だという。
しかし考えてみれば、それだけ関心が高いとも言えそうだし、国民の政治参加意識も高まっているのだろかとふと思う。

賑やかな会場で飲み食いせずにいたのがSPの方。
ビールを勧めてみたが、さすがに断ってきた。
ならばとソフトドリンクの勧めにも、「トイレが近くなりますから」と断られた。
SPのバッチをつけてつかず離れずの状態。
あまり話しかけても迷惑そうだったのでほどほどにした。

「民主党は消費税を上げる前にやる事があるのではないか」
参加者からずはりと質問が出た。それについては、マーケットによる(国債)金利上昇リスクが待ったなしという説明であった。異論はあるが、それはそれで一つの考え方だ。

 せっかくの機会だし、聞いてみたい事は他にも山のようにあった。民主党の事、小沢さんの事、対米・対中関係の事、総理大臣としてやりたい事はできたのか、何ができなかったのか、日本の進む道は・・・少人数の会で密度が濃かったと言えど独り占めというわけにもいかず、次の機会があればまたお楽しみといったところだろう。

 せっかくの母校の先輩だし、脱原発というところでは大いに賛同できるし、これからそういうところで応援しようと思うのである・・・
  
      

2012年6月5日火曜日

娘よ

男の第3の価値は言葉であり、
 第2の価値は行動であり、
  第1の価値は何より生きる姿勢である
里中 満智子
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 娘は今年、年女だ。年男の私とはちょうど3周り違う事になる。12年という歳月は、長くもあり短くもある。生まれる前は男でも女でも、どちらでも良かった。昔は「跡取り」という意味が強かったから、男の子が生まれる事を望んだのであろうが、今はもうそういう時代でもない。むしろ「一姫二太郎」で、初めは女の子がいいかなと思っていたほどである。そして、その通り女の子が生まれた。

 女の子を持つ男親は、ボーイフレンドができるのを好ましく思わなかったり、一緒にお風呂に入れなくなった時にショックを受けたり、結婚に反対したりというイメージがある。自分もそうなるのだろうかと漠然と思っていたが、実際にはまったくそうではない。娘は今好きな男の子がいて、どうも片思いみたいなのだが、なんとかうまくいくようなアドバイスでもしようかという気になるし、風呂はいつまで一緒に入るべきなのか、逆にこちらが悩むくらいだ。たぶん、結婚相手を連れて来たら歓迎すると思う(とは言え、まあこればかりは相手次第だと思うが・・・)。

 女の子は育てやすいとよく言われるが、男の子を持つとそれを実感する。比較的よく言う事を聞くし、素直だ(男の子は何か言えばまず否定の返事が返ってくる)。今はやむなく中学受験に向けて受験勉強中だが、真面目によく勉強している。むしろこちらが逆に休憩を取らせようかと思うくらいだ。まあ真面目人間の血は、私の父から続く遺伝みたいなものかもしれない。

 週末はキャッチバレーに通っているのだが、どうも運動神経は今一のようだ。これは母親に似たのかもしれない。そのキャッチバレーで親の人手が足りないという話になり、妻が私に手伝いに行かせようと考え、娘に相談したらしい。そしたら娘が反対したと言う。その理由は、「パパはカッコよくないから友達に対して恥ずかしい」というものらしかった。

 家ではいつも好意的に接してくれているのだが、心の中ではそんな事を考えていたらしい。もっとも妻が本人の前で、得意気に私にそれを伝えようとしたところ、本人は猛烈に反対した。私が傷ついたら可哀そうだという気持ちがあったらしい。最近では妻よりも娘からの愛を強く感じる一幕だ。

 そろそろ夏休みの準備の季節だが、今年の夏はどこへも行けそうもない。塾に通う娘が、合宿に行きたいと言い出したためだ。受験自体、目指していた近所の都立高校が中高一貫になり、友達と話したりしているうちにそんな気になったらしい。塾も妻が勧めはしたが、強制はしていない。合宿もバカにならない費用もかかるし、と思って躊躇していたら、自分から言い出してきた。まさかダメとも言えない。まあその分、来年カバーするとして、今年の夏は近所のプールくらいで終わりそうである。

 まだまだ子供だと思っていたが、だんだんと胸の膨らみも目立つようになってきたし、先日ダウンした妻に代わって洗濯物を干した時などは、娘がほとんどやったのだが、なかなか見事な手際だった。風呂掃除などもいつのまにか上手にこなすし、家事ではかなり頼りがいがある。それはそれで頼もしいが、そのうち妻とグルになって私を粗大ゴミ扱いしないかという危惧がなくもない。だが、そこは娘の愛を信じるとしよう。

 これから年々成長していくのだろう。だんだん大人びて、そのうち大人の会話ができるようになるのだろう。嫌われない父親になるためにはどうするべきだろうか。無償の愛の効果が続いているうちに、そろそろ本腰を入れて研究しないといけないかもしれない。

 そしてそれも大事だが、自分がいろいろと経験してきたものを伝えてあげたいとも思う。そうすれば、過去の自分の失敗も少しは活きるというものだ。そうしたものを語る言葉を持ちたいと思う。そして生きる姿勢。それを示せるように、これからも精進しようと思うのである
・・・


【本日の読書】

世界は危険で面白い - 渡部 陽一 蒼穹の昴(2) (講談社文庫) - 浅田次郎





2012年6月1日金曜日

誕生日

 毎年誕生日にはあれこれと考える。昨年は母親の具合が悪く心配な状況であったが、今年は母親の体調も落ち着いていて、ちょうど今日は自分の妹(私の叔母だ)一家と韓国へクルーズに出掛けている。息子である私との旅行は、何だかんだと都合が悪くて実現していない。叔母一家は嫁姑問題もないようだし、同居で仲も良いようだし、そんな家族と触れ合って何を考えているのだろう。

 誕生日だとは言え、昔と違って何か特別な感慨があるというわけでもない。いつもの朝と同じように起きて髭を剃った。雨戸を開けてまばゆい朝の光を浴びたが、その光が何か特別なものとも思わなかった。48回目ともなればそんなものなのかもしれない。

 一日という日付は物事の始りとしては、誠に都合が良い。神道には一日の始りである朝の時間と、一ヶ月の始りの一日と、一年の始りである元旦には神事があるそうだ。そういうわけではないが、誕生日が一日というのはキリがいいと昔から感じている。

 いつものように通勤。さっそく先日受けた健康診断の結果が返ってきた。昔は何も気にしなかったが、この頃は封を切るのにちょっとドキドキする。取りあえず再検査等はなかったが、コレステロール系には注意マークが散乱している。「心配のない軽微な異常」という今まで見た事もなかったコメントもある。原因は運動不足だろう。

 そんな中、尾崎紀世彦の訃報が流れる。こういうニュースも多くなるのだろう。夕方には大きな地震。「今回は自宅まで歩いてみようかな」などと揺れる中で漠然と思う。昨年の震災時は、自宅より近い実家へ2時間かけて歩いて行った。次回は自宅まで歩いてみようと思っている。推定予想時間は5時間。歩くしかなかった時代の事を考えれば、どうという事はない。

 今日は幸い金曜日だし、などと考えているうちに揺れはおさまった。昨年の誕生日から一年たって、親との関係はだいぶ改善しつつある。されどまだベルリンの壁は残っている。東と西とうまく往復しながら、両方の世界をうまく維持しないといけない。今年一年でもう少しデタントが進むだろうか。難しい舵取りを、もう一年やらないといけない。そんな私の目の前に、もしも尻尾を生やした悪魔が目の前に現れて、何か望みを叶えてやろうと言われたら、今なら我が嫁と姑に「寛容の心」をプレゼントしてほしいと望む事だろう。

 帰宅すれば子供が玄関まで迎えに出てくれる。今や見送りもお出迎えも子供だけだ(お出迎えは今日だけの特別だったようだ)。一人夕食を取る周りでは子供たちが走り回り、妻は妹と電話でおしゃべりをしている。その昔、将来結婚して子供ができた後の自分の姿を想像した事があるが、あの頃夢見た未来が今実現していると、ふと感じた。どうせなら億万長者を夢見ていればよかったと思う。

 良い事とそうでない事。幸せと幸せまであと何キロというものが混在している。今ある良きものを大事に守りながら、もう少し攻めてみるのも良いかもしれない。まだ守りに入る年でもないし、まだ頑張れる。今よりももう少し良き息子・良き夫・良き父親・良き友人・良き同僚・良き隣人・そして良き日本人になれるようにしたい。

 どんな48歳を過ごすのか、自分でも楽しみにしたいと思うのである・・・

【本日の読書】

逆境を生き抜く力 - 我喜屋優 1Q84 BOOK 3 - 村上 春樹






2012年5月29日火曜日

工場見学にて

千葉県の某所にある取引先の工場見学に行って来た。
工場長の案内で一通り見学させていただいた。
いろいろと説明を受けたのだが、一番印象に残ったのは外国人研修生の話であった。
その工場では、インドネシアからの研修生を数名受け入れていたのである。

最初はありがちな違法就労かと思ったら、「外国人技能実習制度」という我が国の正規のルートでのきちんとした研修生だった。母国で2年間の語学研修を済ませ、来日後1ヶ月間は国の受け入れセンターで過ごして日本の生活に慣れ、その後で各企業に配属されるらしい。

工場の敷地内にアパートが建ててあって、そこで寝起きしているという。
工場長に案内されて彼らのそばを通った時、みんな笑顔で挨拶してくれた。
技能実習と言っても、やる事は建設資材の簡単な加工だから、どれほどの「技能」が習熟できるのかわからない。企業にしてみれば、どう取り繕うと安い労働力なのだろうと思う。
良いのだろうかという気持ちと同時に、若者を確保できない企業の悲鳴も理解できる。

工場の作業自体はそれほど大変だとも思えないが、屋内といってもほぼ吹きさらし状態の工場内は、エアコンなど効くわけもない。夏は暑く、冬は寒いだろう。直射日光と雨が避けられるだけだし、それでも一部は屋外作業もあるし、一日働けば汗と埃にまみれる事になる。いわゆる3K職場の典型だ。日本の若者が寄りつかないのも無理はない。

しかし研修生たちから見ると、そんな職場でもありがたいようだ。
何せ母国の給与水準からすると10倍の収入らしい。
仲間達とスーパーで食材を買っては自炊し、しっかり貯めているらしい。
3年間の期限限定ではあるものの、その間しっかり働き、母国に帰ったあと畑を買ったりする者もいると言う。そこには、搾取される不幸な労働者という姿はないようだ。

国で語学研修を受けて外国に行けるという事は、インドネシアではそこそこ学力の高い人たちなのだろう。なのに我が国に来て、我が国では同世代の若者がやりたがらない仕事をしている。そんな現実にいろいろと考えてしまう。それが我々の親たちが築いた国力の差というものの姿であり、我々はその恩恵に浴しているという事なのだろう。

帰り道、駅前にある巨大なパチンコ店が目に入ってきた。建物そのものよりも目についたのは、広い駐車場を埋め尽くす車。そこの周辺は当然車社会だから、みんな車で通っているのだろう。見るからに昼間っから大繁盛のようだ。若者たちは就職がないと嘆き、パチンコ店は昼間から大賑わい。一方で汗と埃にまみれて働くインドネシアからの留学生たち。うかうかしていると、そのうち追い抜かれる日がくるかもしれない。

まだまだ差はあるのだとしても、そんなところにあぐらはかきたくないものだ。
せめて自分は今の仕事を一生懸命やろうと思う。
せっかく親たちが築いた資産を、食いつぶさないようにしたいものである。


【本日の読書】

パブリック 開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフ・ジャービス, 小林 弘人, 関 美和   1Q84 BOOK 3 - 村上 春樹






2012年5月25日金曜日

変わりゆく街並み

葛飾区に京成立石という駅がある。
ここにはかつて私が勤めていた銀行の支店がある。
とは言っても、今では合併して店舗が統合され、同じ支店名でも私が通っていた店舗ではなくなってしまっている。

先日、仕事で久しぶりに立石の駅に降り立った。
懐かしさもあって、少し周囲を散策してみる事にした。
私が通っていたのは、もうかれこれ20年前だ。
街の様子も随分と変わっている。

旧店舗の近くに老夫婦が経営する昔ながらのパン屋があった。
古びた外観で一見、買うのに抵抗感を覚えるような店構えなのだが、これが実においしかった。支店の女性陣も絶賛していて、私も時々ここのパンが食べたくなって、あえて寮で朝食を取らずに行った事が何度もある。そんな店だったが、さすがに跡形もなかった。

帰り道によく寄り道した本屋もなくなっていた。
書評などで目をつけた本を買いに、仕事帰りに寄っていたのだ。
やはり老夫婦の経営で、比較的遅い時間まで開いていたため、重宝していた。
店に置いてない本はちょくちょく取り寄せてもらっていたし、自然と仲良くなって、何も買わない時でもおしゃべりしていたものである。
店を閉めて、きっと引退してどこかで老後を送っているのだろう。

生まれて初めて親知らずを抜いた歯医者もなくなっていた。
親知らずの抜歯が、あれほど大変だとは想像もしていなかった。
仕事帰りに寄って抜いてもらったのだが、その日は当然ながら夕食は食べられなかったし、次の日も仕事で大変だった。

若手でよく行っていたカラオケスナックもなくなっていた。
あの頃はまだカラオケルームなんてなかったと思う。
かろうじて残っていたのは、つけ麺屋だった。
よく遅くなって、寮の夕食を諦めざるを得なかった時に、寄って食べたものだ。

消防署や信用金庫や公園などは昔のままだ。
(公園はちょっと小奇麗になっていた)
駅前商店街も、全体としては変わっていない。
(今時珍しいレトロチックな商店街だ)
立ち食い寿司屋も残っていた。
京成立石の駅自体もまったく昔のままだ。

変わったところと変わっていないところ。
まだ20年程度の月日だと、それらが混在している。
当然と言えば当然ではあるが、街も年々姿を変えていく。
昔懐かしいあの頃の立石の街並みは、もうどこにもない。
3年間通った支店の跡地には、今では立派なマンションが建っている。

思えばあの頃は遅くまで働いていたものだ。その上に仕事を寮に持ち帰ってもいた。
懐かしいあの頃にもう一度戻ってみたい気もするが、今あの頃のように働けと言われると、ちょっと怯んでしまう。つらい思い出は、時間のフィルターがろ過してくれる。
立石に残っている思い出は、今や良いものがほとんどだ。

普段離れているから変化がわかる。
考えてみれば、実家の周辺だって随分変わっている気がするが、いつも目にしているのでわからない。我が町だって、住み始めた頃から比べると、別の街と思うかもしれないほど変わっている。またさらに20年もしたら、もっと変わっているのかもしれない。

今は当たり前の町並みだが、いずれ思い出の中でしか見られない光景になる。
そうなる前に、少しは写真にでも残しておこうかという気もする。我が町は終の棲家となるだろう。いずれ杖にすがって歩く日がくるのだろうが、この街の変化だけはリアルタイムで追いかけていく事にしたいものである・・・


【本日の読書】
パブリック 開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフ・ジャービス, 小林 弘人, 関 美和   1Q84 BOOK 3 - 村上 春樹





2012年5月22日火曜日

石原都知事と尖閣諸島

 石原都知事が尖閣諸島の購入計画をぶち上げた時、正直言って「またか」と思った。かつて既存の銀行を批判し、「貸し渋りをしない銀行」と銘打って新銀行東京を作ってしまった。銀行員の常識から考えて、「理想ばかりで実情がわかっていない、うまくいくわけがない」と当初から公言してきた。と言っても私の発言力などないも等しいから、何の意味もない。

 そして新銀行東京は、私の予想言通り、それも予想以上のスピードで失敗した。後日、失敗の原因は経営の問題であるような事が言われていたが、そもそもコンセプトが間違っているのだ。誰が経営したってうまく行くわけがない。既存の銀行が審査能力をフルに使って、「危ないから貸さない」と判断したところに貸そうと言うのだ。それも無担保無保証という理想を唱えて、だ。結果などバカでも予測できる。

 そして今回だ。尖閣諸島を守ろうという心意気は良しだ。後出しじゃんけんで、領有を主張してきた中国のやり方は、まさにヤクザと一緒。日本人の性質もあるだろうし、過去の反省もあるだろうし、今後を慮る気持ちもあるのだろうが、今の政府の態度は「弱腰」とマスコミに責められても仕方ない。そんな中で気炎を上げたのは、石原都知事らしい。

 しかし、都民の税金を使って東京都が尖閣諸島を買おうなんて、どこから発想が湧いてくるのか、呆れるやら何やら。そもそもこれだけ問題を抱えている島が個人の所有物だった事が驚きなのだが、買い上げるなら本来国か沖縄県がやるのが筋だろう。遠く離れた東京都がしゃしゃり出るところではない。それも都民の税金を使って、だ。都民税は東京都の為に使われるべきものだ。それを個人の思いつきで、遠く離れた島にばら撒こうなどという事はとんでもない事だ。圧倒的都民の支持を背景に、好き勝手やっている。

 それに実際の効果の点でも疑問だ。そんなもの買ったところで、まったく意味がない。そもそも領土は国家主権の範疇だ。所有権など国家主権の前には、なんの力もない。仮に中国軍に占領されたとしたら、いくら権利証を振りかざして所有権を主張したところで、鼻で笑われるだけだ。そんな事、当然わかっていると思うのだが、一体何を考えているのやら。

 しかしその後、そんな事情を知ってか知らずか、購入資金寄付の申し出が絶えないらしい。5月21日時点で総額8億4,000万円もの寄付金が集まっていると言う。なんと愛国の徒が多いのだろうと感心してしまう。まだ日本も捨てたものではない。寄付金で買うなら話は別だ。私の納めている都民税が使われないのなら何だって好きにしてよ、と言うところだ。

 何の意味もないと言ったが、国民の愛国心を煽るという意味では、大いに効果があったようだ。8億4,000万円が多いか少ないかは別として、これだけのお金が集まってくる意味は大きいと思う。意図した結果ではないだろうが、この結果は認めざるを得ない。国会議員と違って都知事の立場は、対中国では好きな事を言えるのかもしれない。

 まあこの点では、頑張って下さいねと一歩引いておこう。「都税を使わないなら」の条件付きなのは言うまでもないのである・・・


【本日の読書】

パブリック 開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフ・ジャービス, 小林 弘人, 関 美和  1Q84 BOOK 3 - 村上 春樹




2012年5月16日水曜日

書評

ブログを始めてもう何年にもなる。自分の考えをあれこれと綴るのは結構楽しいもので、それでずっと続けている。公開する以上、ある程度「人の目」というのを意識するものだと思うが、映画と本の感想ブログは純粋に自分のためだけに始めたものだ。

始めた動機というのは、実は内容を忘れてしまうためだ。映画を途中まで観て、何となくデジャヴを感じて、調べてみたら一度観た映画だったなんてたまにあったし、そこまでいかなくとも、観た記憶はあってもストーリーを思い出せないなんてしょっちゅうだったからだ。あとで思い出す手助けにしようと、ブログにしたのだ。

やってみると、ブログは検索機能もあって、備忘録としては申し分ない。画像データをつけていると、記憶の補助になるし、Youtubeでの予告編があれば映画は完ぺきだ。その延長で本の感想も始めたのだが、こちらも効果は十分だ。

ところが最近、本の方は少し変わってきた。本文はアマゾンの当該本のページにリンクを貼っているのだが、そのアマゾンからの月一回のレポートが送られてくる。アマゾンへのリンクは「アフィリエイト」になっていて、そのリンクから当該本を買うと、その報酬が還元されるのである。レポートはその実績報告だ。

報酬が還元と言っても金額はたかが知れている。一冊あたり数十円だし、マーケットプレイスという中古本だと1円という事もある。大事なのは金額ではなく、実績だ。例えば先月は、「下町ロケット」が3冊売れた。どこの誰かもわからない人が、私の書いた書評を読んで本を買ったのだ。しかも3人も、である。なんとなく嬉しいではないか。

会社の同僚とはよく互いに最近読んだ本の情報を交換している。それは顔の見えているところもあるし、あいつが読んで面白かったなら読んでみようと思わせられるところがある。だが、ブログはまったくの知らない人だ。また違う意味がある。

やっぱり自分の書いたものだ。何らかの反応があれば嬉しいというもの。Facebookには「いいね!」という機能がある。それが一つでもあれば、誰かが読んだとわかる。しかしブログにはない。その代わりになるのが、アマゾンのレポートだと言える。

こちらはただ感想を読んだと言うだけでなく、実際に自分でも読んでみようと思って本当に買った記録だから重みが違う。そうすると、今度は「それを目当てに」なんて気持ちも湧いてくるが、それをやっちゃあおしまいな気がして、スタイルは変えていない。もともと自分の読書記録だし、あくまでもそのスタイルは維持するべきだと思うからだ。面白くないと思った本は、素直に面白くないと書いている。

例えば、最近本屋で山積みになっていた「あんぽん孫正義伝」なんかは、まったく面白くなかった。面白そうだと思っている人が、手を出すのをやめる手助けになれば幸いだ。チリも積もれば山となる。一件一件は大した金額ではなくとも、半年ほどすると新刊本一冊くらいになるので、アマゾンで本の購入に活用している。これはこれで一種のご褒美とも言える。

意外な産物を生みだした「自分のための書評」であるが、月に一度のレポートを楽しみにしつつ、本来の目的をそれる事なく、これからも続けていこうと思うのである・・・


【本日の読書】

偶然の科学 - ダンカン ワッツ, 青木 創  采配 - 落合 博満





2012年5月14日月曜日

我が家はビック派

ビックカメラがコジマを買収するとの発表があった。傍から見ていても家電量販店は激戦だ。都心部に強いビックカメラと郊外型のコジマとは補完関係も働いて、シナジー効果が期待できるという。両者あわせて業界第2位になるのだとか。業界2位と言っても首位のヤマダ電機の売上高は2兆円を越えており、まだなお2倍の開きがある。

そう言えば我が家の購買パターンも、大型家電は都心(池袋)に出てヤマダ電機とビックカメラで比較し、その他は地元でヤマダ電機かコジマに行くというパターンだ。ビックカメラとコジマの業務提携は、ポイントカードが統合されるのであれば誠にありがたい話だ。

昔は電気製品と言えば秋葉原だった。親父の買い物について行ったのも、中学生の時に初めて店頭でパソコンを見た時も、最初と2台目のパソコンを買ったのも秋葉原だった。今秋葉原は、業界2位のエディオン傘下の石丸電気くらいで、あとはどうなっているのか知る由もない状態だし、それどころかメイド喫茶とかオタクの街というイメージだ。

そうならしめたのはヤマダ電機だと言えるのだろうが、業界ダントツ首位のヤマダ電機であるが、我が家でのステータスは今一だ。薄型テレビを買った時も、先日エアコンを買った時も、さらに先週は洗濯機も買ったのだが、いずれも価格を比較した上でビックカメラで購入した。池袋においてはビックカメラの方が安い、というのが我が家の常識だ。

ヤマダ電機に行って価格を尋ねると、(もちろん値札は下がっているが、要はいくら下げてくれるのという意味である)店員さんは手持ちのハンディ端末で製品のバーコードを読み取り、その場で価格提示してくれる。「ビックさんは○○円だった」というと、「少々お待ち下さい」と言ってどこかへ行き、(たぶん上司と相談するのだろう)「○○円です」と回答してくれる。それがファイナルアンサーで、それ以上は粘っても無駄だ。

ビックカメラは、同様に聞くとその場で電卓を取り出す。ヤマダ電機よりも安い価格提示をしてくる事が多い。両者の違いは、ヤマダ電機はポイントはつけず、ずばり価格を下げてくる。しかし、ビックカメラはポイントで還元する。価格だけならヤマダ電機の方が安く、次にポイントを使って何か買うのであればヤマダ電機にするのだろう。

もう一つ1年のメーカー保証とは別に製品の5年保証というのがある。ヤマダ電機は無料だが、ビックカメラは有料だ。ただこれは交渉すればタダになる。我が家には関西系の強力ネゴシエーターがいるから、5年保証の料金など取られた事がない。だからポイント還元に甘んじるなら、実質的にビックカメラの方が安いというわけだ。両社とも現金価格が基本なのだが、ビックカメラはビックカードを使えば現金扱いにしてくれるという点もありがたい。

幸い買い物する機会などいくらでもある。プリンターのインクなどは常に必要だし、電球だってそうだし、さらにこの頃はおもちゃだって、家電量販店に買いに行く時代だ。かくして必然的に我が家はビックカメラ派となっているわけである。今後コジマでビックカメラのポイントが使えるようになると、ますますヤマダ電機から足が遠のく事になりそうだ。

地元では今のところヤマダ電機に行くパターンが多い。近所の電気屋さんを応援したい気持ちはあるのだが、やはりいまのところサービスよりも価格第一であるし、残念ながら当分このパターンは変わらないだろう。当事者は激しい競争で大変なのだと思うが、消費者からすると随分助かっている。

我が家も結婚以来の家電が買換え期に来ている。次は冷蔵庫だ。妻が今虎視眈々と機種を選別中だ。いずれビックカメラさんに行く事になるだろう。これからグループで業界2位になると言うし、我が家は応援団なのでこれからも是非頑張っていただきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
偶然の科学 - ダンカン ワッツ, 青木 創  采配 - 落合 博満





2012年5月11日金曜日

汝の味方を愛せよ

日本海呼称めぐり請願合戦 米政府HPが一時ダウン
2012.4.21 22:34
 韓国紙の朝鮮日報(電子版)は21日、米国の教科書に記載されている「日本海」の呼称を「東海」に変更するよう求める韓国人と現状維持を訴える日本人がそれぞれの要望文を米ホワイトハウスのホームページ(HP)の「請願コーナー」に互いに大量にアップしたため、同HPが一時ダウンしたと報じた。
 同紙によると、米首都ワシントン郊外のバージニア州の韓国人会が3月下旬、「子どもたちが間違った歴史を学ばされている」として「呼称の訂正」を要求する請願文を寄せたのを機に韓国人の請願運動が始まった。
 今月半ばにはこうした動きに反発する日本人の文章がアップされ、双方が懸命に呼び掛けを行っている。同HPに寄せられた呼称変更を求める署名は計2万5千人以上といい、大半は韓国側のものとみられる。(産経ニュース)
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三浦綾子の『氷点』 という小説がある。自らの娘を殺した男の娘を引き取った夫婦と、引き取られた娘陽子の物語である。「汝の敵を愛せよ」というキリスト教の教えを実践に移し、夫は自分の娘を殺した男の娘を引き取ったのだが、やがてその事実を知った妻は、陽子に対し冷たい仕打ちをするようになる。そしてそんな母の対応に戸惑いながら、陽子は自らの実父が育ての親の実の子を殺したという事実を知って苦悩する。

深い味わいのあるストーリーとは別に、クリスチャンでもある三浦綾子のこの小説によって、私はそれまで何となくよくわからなかったキリスト教の「原罪」という考え方がよく理解できた。父の犯した許されざる罪にその子供が苦しむというのは、普通に考えると理不尽だ。だがそんな理不尽な原罪が、我が国にもあると言える。そんな原罪とどう向き合えばいいのか。韓国に対する態度は、それに対する回答のようなものだと思う。

最近の事、ホワイトハウスのサーバーが日韓両国からの請願アクセスによりダウンしたと産経新聞が報じた。韓国は今「日本海」を「東海」という呼称に変えようという運動をしている。アメリカ政府に対し、米国の教科書に記載されている日本海の呼称を改めるように要請し、それに危機感を持った日本の愛国者が阻止の請願を出したのである。またその後、アメリカ・ニュージャージー州の韓国系住民の多いパリセイズパーク市で、公立図書館に従軍慰安婦の碑を建てたと報じられていた。

韓国は竹島を実効支配し、従軍慰安婦問題なども含めて何かと反日的だ。日韓対抗のサッカーの試合でも、東北大震災の被災をあざ笑う横断幕が出されたりしている。そんな対応は腹立たしいし、私も反韓感情を隠していない。中国は重要な相手だし、反日とともに親日的な要素も持っているから、うまく折り合いをつけて付き合っていくべしと考えているが、韓国には親日的なものはまるで感じられない。喧嘩をすべしとは思わないが、あえて関わり合う事もないという考えだ。

だが韓国の立場に立つと、理解できるところもある。人間はやった事よりやられた事を根強く覚えている。原爆や空襲で大勢の市民を虐殺されても笑顔でアメリカと付き合えるのは、日本人には「水に流す」という文化があるからだと言うが、韓国にはない。今でも朝鮮人という言葉の中には蔑みのニュアンスがあるし、「チョン」という言葉もある。差別意識は昔からずっとあるし、彼らの痛みも相当なものだと言える。加害者にはわからない痛みだろう。

それこそが日本人の原罪だと言えるのではないかと思う。そうだとしても、だから何でも黙って耐えるべしとも思わない。日本海は韓国が主張する遥か以前から日本海と世界で呼称されているし、竹島はサンフランシスコ講和条約で世界から日本領と認められている(正確に言えば韓国領とはされなかった)。従軍慰安婦問題は、国家としての犯罪ではないという主張の方が筋が通っている。主張すべきはところはきちんと主張すべきだ。

原罪に対する贖罪意識も大事だと思うが、それだけでは永続的な関係は築けない。だが相手が許さないのなら仕方ない事だ。もう諦めるしかない。それよりももっと目を向けるべきものがある。台湾やトルコなどの親日的な国との付き合いが実に希薄だ。相手の好意をもっと重要視し、それに最大限応える努力をもっとすべきではないだろうか。

最近ではウズベキスタンもかなり親日的なのだと知ったし、日本に好意を持ってくれる国はかなりあるようだ。そうした国々と官民あわせ、国際協力・交流を進めるべきではないかと思うのだ。韓流ブームなどと浮かれているべきではない。台湾映画だってもっとみんなが観るべき感動的なものはあるのである(「海角7号 君想う国境の南」など)。

「汝の敵を愛す」などという事は、キリスト教徒ではない私にはできそうもない。それよりも「味方を愛す」努力をしたい。韓国に行く暇や金があるのなら台湾に行きたい。日本政府の冷たい対応に反し、多大なる義援金を送ってきてくれたこの国をもっと大事にすべきなのだ。韓流よりも親台のスタンスをこれからも貫きたいと思うのである・・・


【本日の読書】
采配 - 落合 博満  偶然の科学 - ダンカン ワッツ, 青木 創





2012年5月8日火曜日

国営武蔵丘陵森林公園

連休最終日の6日。
この日は予定通り埼玉は東松山にある森林公園に行ってきた。
ここは我が家のお気に入りスポット。
広大な敷地に長いサイクリングコース。
お弁当を食べて一日遊ぶには十分なところである。
とは言え、気がつくと行くのは実に2年振りであった。

関越自動車道も渋滞はなく、我が家を出発して45分後には現地に到着。
南口ゲート前のレンタサイクル店の駐車場に車を入れる。
ここで一日自転車を借りる。
先月自転車を購入したばかりの長男だけは、愛車持参だ。
ここは広過ぎて自転車がないとほとんど動きが取れないのである。

さっそくサイクリングコースを滑走。
息子も愛車を誇らしげに走らせる。
全長17キロほどらしいが、のんびり1時間ほど走ってもまだすべては回れない。
あちこちで休憩しながら、プレイスポットを探す。

程よい広さの広場に自転車を止めて、芝生に繰り出す。まずは野球。
小学校1年の息子もこの頃、投げ方が様になってきた。
打つ方もそれなりに打ち返せるようになってきた。
あと2年もすれば地元の少年野球チームに入れるだろう。
サッカーなどの脇道にそれないようにしっかり指導しないといけない。

すると、ここで突然の雷雨。
激しい雷と雨に思わず雨宿り。
天気予報では夕方からだったのにと恨めしく空を見上げる。
しかし30分ほどで晴れ間が射してくる。
それはそれで良かったのだが、芝生にシートを敷いてお弁当(そして昼寝)というプランは、芝生が濡れてしまったため脆くも崩れ去ってしまった。

それにしてもこの時期は本当に緑がまぶしい。桜の季節も大好きだが、新緑のこの季節もそれに負けないくらいのお気に入りだ。木々の間を吹き抜けてくる風の心地良さ。鳥のさえずりも耳に優しい。呼吸をするたびに、体の中からリフレッシュするような感覚を覚える。「森林公園」の名前も伊達ではない。

2度の雨宿りは残念だったが閉園まで満喫。帰りの関越もさしたる渋滞もなく、帰ってくる。夕食は新座にあるモダンパスタ。
記憶を頼りに寄ったのであるが、何とメニューが以前と変わっていて、「ピザ食べ放題」がある。パスタ一品に、各種ピザが食べ放題なのである。こうなると遊び疲れもどこへやら、目の色を変える我が家族(と言っても妻と娘だけであるが)。夕食もすっかり堪能した。

寝る前に子供たちに何が一番良かったか、と恒例のアンケート。「野球!」「バトミントン!」と元気な返事が返ってきた。娘からは密かに「ピザ食べ放題!」という答えが返ってくるのではないかとヒヤヒヤしたが、何とか杞憂に終わった。みんなの笑顔がパパの幸せ。この季節の恒例行事にしてもいいかな、と思うパパなのである・・・


【本日の読書】
われ日本海の橋とならん - 加藤 嘉一  偶然の科学 - ダンカン ワッツ, 青木 創




2012年5月4日金曜日

月島もんじゃツアー

GW前半の3連休は妻と子供たちが風邪でダウン。
後半4連休に復帰したものの、今度は雨。
なかなかうまくいかないものであるが、それでも本日雨の中、娘のリクエストである「月島もんじゃツアー」に家族で繰り出してきた。

月島のもんじゃと言えば、関西人の妻と新婚時代に一度行って以来である。
当時は東京のどこもかしこも珍しかった妻が、東京にあるもんじゃなるものを食べてみたいという事で出掛けて行ったわけである。
何せお好み焼きとたこ焼き文化圏の関西人としては、「東京のもんじゃがなんぼのもんじゃ」と見極めてやろうといったノリであった。

今やその血(食い意地)を色濃く引き継ぐ娘が、月島のもんじゃへ行きたいと言い出した。
実は近所にもんじゃ屋があるのだが、そこのもんじゃを気に入った娘に、本場のもんじゃはもっとおいしいと妻が囁いていたという経緯もある。
雨なら人も少ないかもしれないと、電車を乗り継いで行った。

あらかじめ妻が選び出していた店を何軒か見て回る。
月島のもんじゃストリートも、15年前とは様変わりして、道路を綺麗に舗装し、洒落たアーケードなんかを作っている。
ちょっとした観光地だ。
こういう地域の取り組みはいいと思う。

まず手始めに選んだのが「麦」。
まだ午後4時と早いせいかあまり混んでいない。ここで人気筆頭のスペシャルともちもんじゃを平らげる。
さすが本場の味にみんな満足。

続いて「いろは」。
ここでもそばとベビースター(息子のリクエストだ)の2種類。ちょっと抵抗を感じたが食べてみると意外にいける。

初めの1枚目こそ店員さんに作ってもらったが、2枚目からは子供たちも参加して手早く作る。
サクッと食べて、次の「蔵」へ。


ところがここは大変な行列。
行列=おいしいという方程式を身につけてきた妻からすれば、並ぶのは当然。
幸いベンチもあるし、お腹も適度にふくれているしで待つ事にする。

我々のようなはしご族は少ないようで、中の人たちはじっくり腰を落ち着けて食べている。暇に余せてあたりを観察。
反対側の洋食屋はお客さんもまばらで、マスターらしき人がぼんやりと通りを見つめている。
となりのもんじゃ屋は食べ放題なのだが、半分しか入っていない。
靴屋もあるが、人影はない。
そんな中で「蔵」の前だけ人だかりである。

待つ事1時間半。
7時も過ぎれば夕食時でさすがにあたりに人が増える。
他へ行くべきかと偵察に出た妻が、どこもかしこも「お待ち」だと報告に来る。
さすがにゴールデンタイムはどこも人が溢れているようである。
そうこうするうちに我々もテーブルに着く。
もう他へ行く時間はないとここで食べきる事を子供たちにも宣言。

ここはノーマルなもんじゃも味が濃くておいしい。
妻はクリームタイプを絶賛。
イメージ的にはグラタン的だが、けっこういける。ここで5枚。
息子は早々にリタイアしたが、娘はもう一枚いけると目を輝かせる。
さすがにもうやめよう、代わりにお茶菓子でも買って帰ろうと娘をなだめる。

満腹しての帰り道。
妻が何やら行列を見つけて素早く並ぶ。
よく見れば月島久栄という店で、こだわりの焼きたてメロンパンが自慢らしい。
土産に買うべしとなる。

ちなみに食べ物屋の前に行列とくれば、まず並ぶのが関西人の妻の習性である。
よくビジネスでは素早く実行に移す事を例えて、「構え、撃て、狙え」とするが、行列とみた妻は、「狙え、並べ、買え」ではなく
「並べ、狙え、買え」となるのである。
妻の前に並んでいたどこかの奥様が、妻に話しかけてくる。
「ここおいしいんですか?」
どうやらこの人も、まずは並ぶべしと考えたらしい。

妻と歓談するその奥様に向かって、「お前は関西人か!」と心の中で突っ込みを入れる。
焼きたてのメロンパンは、やはりこだわりの焼きたてをと、一つその場で食べてみる。
やはりこだわりだけあって美味。
ちなみに帰宅してからもう一個食べたが、冷めてもそれなりに美味であった。
「また行きたい!」と嬉しそうな娘。

渋滞の中出掛けていかなくても、これだけ喜んでくれるのだから、まあ良いのかもしれないと親としても嬉しく思う。
また連れて行ってあげるよと、娘に約束した。
「今度は『おしお』か『こんどう』ね、『蔵』ももう一度行かないとね」
後ろで妻が娘にそう囁いていた・・・
    

2012年4月29日日曜日

純情

3月から週3日塾に通う事になった我が娘。本当は塾になどやらせたくはなかったのであるが、行かせたいと思っていた近所の都立校がなんと中高一貫教育校になってしまい、娘も行きたいという事で、来年受験をする事になってしまったのである。競争率10倍の難関で、とても学校の勉強だけでは解けない問題が出る。そんなわけでの塾通いである。

親の思いとは裏腹に、塾に楽しそうに通う我が娘。一緒に通うのは、同じクラスの男の子3人、女の子1人。女の子は、娘にいじわるをするグループのコアメンバーで、何とも微妙な関係らしいのだが、そこは男の子3人が中和剤になってくれているようで、とりあえず問題は起こらないようである。

帰りは暗くなるのでいつも5人で一緒に帰ってくる。家の近所まで来て三々五々散っていくわけであるが、一人の男の子はご近所さん。夜ともあってお母さんのご指導で、その男の子は自分の家を通り過ぎ、わざわざ我が家の近くまで娘を送ってきてくれている。みんなと別れ、数百メートルの間を二人っきりで歩いて帰ってくるのである。

実はこの男の子は、娘がただいま大好きな男の子ナンバーワン。このエスコートタイムが至福の一時らしい。先日義母が上京した際、せっかくだからと義母と妻と息子の3人で娘を迎えに行ったそうだ。娘がみんなと別れたところで、「お帰り~!」。そこから5人で帰って来たらしいのだが、私が帰ってみると娘は烈火の如く怒っていた。

先日の事、塾で開催された特別授業に参加しなかった娘は、その代わりの補習を受けてきた。お弁当持参で行き、いつもより帰りも遅かった。いつものメンバーで参加したのは、娘とその男の子の二人だけ。帰りは最初から最後までずっと二人だったという。しかも補習の途中から雨が降り出し、相手の男の子は傘を持っていて、娘は忘れてしまったらしい。仕事から帰ってきてここまで聞いた瞬間、私は思わず「やったじゃん!」と言ってしまった。

「ところがねぇ」と妻が続ける。
「この子びしょ濡れで帰って来たのよ」と。
「何で?」と思わず私の声も裏返ってしまう。
何でも男の子は一人傘をさし、その隣で娘は傘に入らずに歩いて帰って来たのだという。
予想もしない回答であった。

理由を尋ねたところ、娘曰く、恥ずかしくて入れてと言えなかったらしい。ならば相手の方から「入りなよ」と傘を差し出してもよさそうなものだと思ったが、相手はそう言わなかったという。娘の話では、それは意地悪ではなくて、相手も恥ずかしくて言えなかったようなのである。雨の中、傘をさした男の子とさしてない女の子が一緒に歩いている。そんなシーンは滑稽だし、そっちの方が恥ずかしいだろうと思うのだが、それは大人の感覚なのだろう。

もうちょっと大きくなったら、女の子に傘を渡して男の子は雨の中を駆けていくのだろう。
そしてもうちょっと大人になると、さっと傘を差し出して一緒に歩くんだろうし、もうちょっと年を取ると、「どこかで雨宿りしていく?」となるのだろう。
ひょっとしたら自分も傘を忘れた事にするかもしれない・・・
(あくまでも一般論なので誤解なきよう・・・)

そう言えば、私も小学校の頃運動会のフォークダンスの練習で女の子と手をつなげなかった事があった。本番ではさすがに親の目もあって手をつないだが、練習ではできなかった事を思い出した。あの頃の自分と同じなのだと考えると、今の娘の行動はよく理解できる。誰もが経験することなのだろうし、それが人生の大事な一ページなのだろう。今のうちにそういう感覚を味わっておいてほしいと思う父なのである・・・



【本日の読書】

いじめと戦おう! - 玉聞 伸啓   

2012年4月26日木曜日

欧州に学ぼう

今年はアメリカの大統領選をはじめとして、世界の1/3の国でトップを巡る選挙があるらしい。世界的な選挙イヤーなのだという。我が国は毎年代わっているから感覚が鈍っていると思うが、やはり国のトップが代わるというのは大きなインパクトがあるものだ。

そして先週末、先進国で先陣を切ってフランスの大統領選が始った。第一回目の投票では過半数を得た候補がなく、上位2名による決選投票へと進んだ。下馬評通り、現職のサルコジ大統領は分が悪く、オランド氏優勢が伝えられている。そのオランド氏が勝利すると、せっかく安定しかけたユーロ圏の混乱が再び起こるのではと危惧されている。

そんな中で注意を惹いたのが、苦戦を強いられているサルコジ大統領が極右勢力の取り込みが必要という分析だ。今回極右の国民戦線のルペン党首が、第3位と健闘しているのだ。さらにはオランダでも閣外協力していた極右政党である自由党が、財政政策に反対して連立政権が崩壊した。オランダでも極右政党が、キャスティングボートを握るところまで支持を集めている。

極右というと、ネオナチとか我が国では街宣車に乗った人たちなどのイメージを持つが、要は国粋主義者の集団だ。どこの国でもそういう人たちはいるし、それを支持する特殊な思想の人たちがいるのは不思議ではない。しかし、政局を左右するほどの支持を集めるとなると、もはや特殊思想の人たちばかりではなく、普通の人たちが支持し始めているという事だ。

ヨーロッパの極右政党の大きな主張は「移民排斥」だ。
つまり高まる失業率や、フランスでも先日連続殺人事件があったように治安の悪化なども背景にあって、移民に対する反感が極右政党の支持へと結びついているのだろう。
これは極めて重要な点だ。

我が国も少子高齢化社会の到来を迎え、低迷する経済を背景に移民政策を主張する意見がある。人口が少なくなるから外国人を連れてきて頭数だけ揃えればいいという、なんとも安易な発想だが、こういう無責任な意見を言う人たちには是非ともこうしたヨーロッパの現状をよく観察してもらいたいものだ。

ヨーロッパでは、ドイツだってメルケル首相自ら移民政策は失敗だったと語っているし、フランスでもオランダでも極右政党への支持という形で反移民が盛り上がっている。にこにこ笑ってみんな仲良くなんて具合にいくわけがない。もって他山の石とすべしだ。

移民がいけないのは、日本のか弱い文化・国民性が台無しになってしまう事だ。例えば過去にも中国人の例を取り上げたが、日本の譲り合いの文化は、中国の強烈な自己主張の文化には対抗できない。朱に交われば赤くなるというわけにはいかない。劣性遺伝子は優性遺伝子の影に隠れてしまうが、日本の文化は遺伝子で言えば劣勢遺伝子である。

昨年の東北大震災でも、被災地では略奪が起こらなかったと日本は世界から絶賛された。そんな当たり前の事で絶賛されるという事は、世界では略奪が起こるのは当たり前だという事だ。ハリケーンカトリーナのアメリカでも、イングランドでもハイチでも略奪は起こっている。
そういう国になっても構わないというのだろうか。

人数が減るなら観光に来てもらう方法を考えればいいわけだし、他にもいろいろと工夫はできるはずだ。安易な移民政策には、これからも強く反対していきたいと思う。最近のヨーロッパのニュースに触れて、ますます我が意を強くした次第である・・・


過去のエントリー
「移民政策を憂う1」
「移民政策を憂う2」


【本日の読書】

頭のいい人が儲からない理由 (講談社BIZ) - 坂本 桂一 謎解きはディナーのあとで (小学館文庫) - 東川篤哉





2012年4月22日日曜日

アルバム

週末に子供たちを連れて実家に行って来た。
妻がPTAの「夜の会合」に出掛ける事になっていたため、妻の夕食の支度という手間を省きつつ、孫に会いたいという親のニーズを満たすナイスなアイディアである。

食後に、「そう言えば」と母がどこからか写真を出してきた。私の子供の頃の写真だ。そろそろ自分の写真も整理しようと思っているから、欲しいのがあったら別に保管しておくというのだ。何でも友人は昔の写真をすべて処分したのだという。自分でもそんな事を考えているらしい。

久しぶりに見る自分の幼少時の写真。
息子はそれを見て、「髪の毛がたくさんある!」とそればかり。
子供の頃から禿げている人はいないし、それにパパは今でも禿げているわけではなく、短くしているだけだと反論。

父に抱かれた私の写真を見て、「これパパ?」と父を指さして聞く。
自他共に認める祖父似の私は、父にはそんなに似ていないと思っていたが、言われてみれば何となく似ている。やはり血のつながりなのだろうと、母と二人で感心する。

私は両親が27歳の時に生まれている。
写真の父は、したがって当時まだ20代だ。
一緒に積み重ねてあった古いアルバムに目が止まる。
母の制止を振り切って手に取ると、それは母の昔のアルバム。
めくると典型的なセピア色の写真が目に飛び込んでくる。
それは初めて目にする母の若い頃のアルバム。

「昭和27年」という記載があると言う事は、母が中学生の頃という事だ。セーラー服に身を包んだ母は、小太り。すぐ下の叔母もセーラー服姿。二人とも薄々は感じていたが、若い頃から不美人だ。叔母などは当時からメガネ姿。思わず吹き出してしまったが、今度会った瞬間また吹き出しそうな気がする。

母が思わず「えっ~!」と声を上げる。アルバムには、初恋の人の写真が友人たちのものと一緒に貼ってあったのだが、そこに記された生年月日が何と父とピタリ一緒だったのだ。今頃になって気がついたという事は、長い間見ていなかったということだろうが、星占い師が聞いたら、それとばかりに膝を打ちそうなエピソードだ。

高校を卒業した母は、東京の叔父の家に世話になり就職する。
職場の前で撮った写真のバックにはオート三輪が写っている。
20歳の時には着物姿でポーズ。
職場では昔の事務員さんが来ていた事務服を着ている。

父と知り合い二人の写真が増える。
父の部屋で撮った写真には、「彼の部屋で」とコメントがある。
今は「お父さん」だが、まだ「彼」だった時代があったのである。
井の頭公園、新宿御苑、深大寺・・・今でもカップルがデートに行く場所を、かつて二人で歩いたようだ。どんな会話を交わしていたのだろう。

やがて二人の写真に私と弟とが加わる。
写真もカラーに変わる。
30年前の両親と弟との写真。
もう高校生になって親と行動を共にしなくなった私は写っていない。
父はちょうど今の私と同じくらいの年。
まだ髪の毛も多く、分け目もはっきりしている。

毎日遅くまで仕事に精を出して、毎日家族に対してどんな想いを抱き、将来についてどんな事を考えていたのだろう。当たり前だが、両親にもそれぞれの人生があったわけで、そんな歴史を感じさせる。写真というのは、考えてみれば大した発明だ。過ぎゆく時間を確実に切り取って後世に伝えてくれる。やがて子供たちも、我々の写真をそうして見る時がくるのだろうか。

私の場合、セピア色の写真に始り、カラーからデジタル画像へと、写真の進化という意味でも面白いだろう。子供たちの場合は、ずっと鮮やかに残るはずのデジタル画像ばかりだ。母は古い写真はみな処分するのだと言うが、是非とも残せと頼んできた。そのまま灰にしてしまうにはあまりにも惜しい。他の誰にとっても価値はないかもしれないが、私と弟にとっては別だろう。いずれそのうちもらい受けてくるとしよう。

PCの中に保存してあるだけの、自分達家族の画像データもそろそろ整理しようかという気になったのである・・・


【本日の読書】
いじめと戦おう! - 玉聞 伸啓




2012年4月20日金曜日

リーダー不在の憂い

原発を再稼働させるとか時期尚早だとか、消費税を上げるとか上げないとか、連日与党も野党も入り乱れての大混戦。 民主党も、選挙時のマニュフェストの内容なんてすっかり忘れてしまっているようだ(まあもっとも、「マニュフェストにこだわるな」と散々叩かれたから、今さらマニュフェストなんて言われてもチャンチャラおかしいのかもしれない)。野田総理も言う事は勇ましいが、果たして実行できるのかよくわからない。

そんな政治の状況を見ていると、リーダー不在の烏合の衆というイメージがしてならない。今の状況は、目の前に氷山が迫るタイタニック号の船上で、「右へ回避すべきか左へ回避すべきか」で喧々諤々の議論をしているようなものではないだろうか。これと決めて、みなを従え、先頭に立って困難に立ち向かう人が誰もいない。またそんなリーダーに無私の心で協力し、しっかりサポートして行こうなどという団結心も、民主党の中にはないみたいである。

かつて業績不振にあえいでいたヤマト運輸。競合他社からは遅れを取り存亡の危機にあった時、当時の小倉社長は競合激しい法人マーケットを諦め、個人の荷物の取り扱いに参入すると宣言した。ところが、そんな未知の領域へ打って出ようとする社長の方針に、役員は全員反対。小倉社長はそんな役員の反対を押し切って、これがヤマトの生きる道だと、宅配市場の創設に尽力。その結果、今やヤマト運輸は宅急便で不動の地位を築いている。もちろん、そんな方針に一致団結して事に当たった社員の尽力もあるだろう。今の日本の政治にはそんなリーダーが必要な気がする。

リーダー不在の烏合の衆と化した日本の政治の問題点は、実は日本人特有の問題点なのかもしれない。黒船の来航に際し、何年も前から来航が予測されていたのに有効な対応を考える事もなく、その場になって右往左往し、後手後手に回った江戸幕府。結果は不平等条約となって、後の政府を苦しませた。

原爆を落とされ、ソ連が参戦し、もはやこれまでという状況でもなお戦争継続派と終結派が対峙し、意見がまとまらなかった戦時下の政府。最後は御前会議で天皇の裁断を仰がざるを得なかった。もっと早く決断していれば、被害はもっと少なかったはずである。歴史をひも解けば、似たようなケースが出てくる。

もともと「和を持って貴し」とする伝統ある我が国。
「出る杭は打たれる」のも同様。
天皇も歴史を通じて日本に君臨し続けてきたが、その大半は直接の統治能力はなかった。
江戸の将軍も幕府の老中たちが実務を取り仕切っており、独裁とは程遠い。
ヒーローを尊敬するアメリカなどとは違って、リーダーが生まれにくい国民性なのかもしれない。

それは何も政治ばかりではなく、企業内でも然り。
面白い提案も、議論を経るとありきたりで陳腐な施策に変わっている事はしょっちゅうだ。
アップルのiPodだって、必要な資源も蓄積もソニーはすべて持っていたというが、例え誰かがiPodのアイディアを思いついたとしても、“会議”で消滅してしまったのかもしれない。
例えスティーブ・ジョブズでも、ソニーで働いていたら一連の商品は生み出せなかったに違いない。

身の回りでもそんな経験はよくある。
そんな状況が、たぶん庶民の間から政府まであるのだろう。
リーダーよ出でよ、と言っていても仕方がない。
日本のために何ができるだろうか、と考えてみる。
まずは身の回りから、自分が一歩踏み出して出る杭になるという事だろうか。

それで何が変わると言う事はないが、厭わない気構えだけは示してみようと思うのである・・・


【本日の読書】
さかな記者が見た大震災 石巻讃歌 - 高成田享  逆説の日本史18 幕末年代史編1/黒船来航と開国交渉の謎 (小学館文庫) - 井沢元彦





2012年4月14日土曜日

地球儀から

入学祝いにおじいちゃんとおばあちゃんから地球儀をもらった息子。くるくる回して遊んでいる。地球儀もいろいろ種類があるらしいが、至ってシンプルなそれは、私も子供の頃持っていたのと同じようなタイプだ。だが同じようでいて、360度回転するところが面白い。

実は我が家の風呂には日本地図と世界地図が張ってある。お風呂専用の地図で、風呂に入りながら自然に覚えるかなと思って、娘が幼稚園くらいの時に買いこんできたものである。その成果だろう、我が家の子供たちは世界にどんな国があるかとか、どんな国旗かなどという事にけっこう詳しい。そんな下地も、もともとあった。

さてそうして地図を眺めていた息子が、ところどころで奇妙な表記に気がついた。タヒチ(フランス)、ニューカレドニア(フランス)などだ。さらには「この国では何語しゃべっているの?」なんて質問に、英語と並んでフランス語、スペイン語、ポルトガル語が多い事に、我が家の子供たちは気付いた。大人ならば、そんな理由は良くわかっているが、子供にしてみれば不思議だったようだ。

帝国主義だとか植民地などといっても、6年生の娘はともかく、1年生の息子には難しい。昔は、海の向こうに何があるのかと冒険に出て行って、発見した土地を自分のものにしちゃったんだよと、説明した。そう言えばグアムも似たようなものだ。第二次大戦後、当時の先進国の植民地はこぞって独立していった。だが、そうしなかった名残りが、今の憧れの観光地になっている。

何で独立しようとしなかったのか、詳しくはないので知らないが、南の島の人たちだから、独立などにはこだわりなく、のんびりしていたのかもしれない。ニューカレドニアには新婚旅行で行ったが、ゆったりと流れる時間の中、海も空も青く、静かに打ち寄せる波は白く、水はどこまでも透明で、こんなところでのんびり暮らしたいとつくづく思った。日常生活などはすべて忘れたし、政治がどうだとか経済がどうだとか、そんな気分にはならないのかもしれない。
それにかつては植民地と言えば、収奪の対象だったが、人権の時代の現代ではそんな事はできない。そうした居心地の良さもあるのかもしれない。

お風呂の地図は平面だが、地球儀は球面。ヨーロッパとアメリカが実は近いというのもよくわかる。さらにはエベレストには、「世界一高い山」という注記がしてあったり、良く見るとそんな知識も身に付きそうな感じである。チャップリンは映画「独裁者」で、地球儀の風船で遊ぶ独裁者をコミカルに描いて見せた。世界を手玉に取る独裁者を暗示するシーンだったが、「手玉に取る」事は望まぬが、「股にかける」ぐらいは良いかもしれない。くるくる回して遊びながら何かを感じてくれるなら、おじいちゃんとおばあちゃんも本望だろう。

そう言えば、私も子供の頃地球儀をもっていたが、あれはどうなったんだろう。ちょっと思い出したのである・・・

【本日の読書】
いじめと戦おう! - 玉聞 伸啓 サッチャー回顧録 上: ダウニング街の日々 - マーガレット サッチャー, 石塚 雅彦







2012年4月8日日曜日

恋は盲目

先日「エクリプス/トワイライトサーガ」という映画を観ていた。
人間の女の子とヴァンパイアの恋を描いた女の子向け小説の映画化作品だ。
本来憎まれるべきヴァンパイアを、「ベジタリアン」と称する人間の血を吸わない一族を登場させてオブラートに包み、うまく女の子向けにアレンジしている。

主人公のベラはそんなヴァンパイアの男エドワードに夢中になり、ずっと一緒にいるために自分もヴァンパイアに転生する事を望んでいる。一方そんなベラに想いを寄せるのは狼男のジェイコブ。同じヴァンパイアと狼男が対立する「アンダーワールド」シリーズと比べると、なんとも暖かいドラマである。

そんな主人公のベラを見ていて思う。
エドワードで本当に良いのか、と。
ヴァンパイアに転生すれば不死と超人離れした能力を身につける事ができる。
しかし人間には二度と戻れず、人間たちとは距離を置いて暮らさないといけないし、苦労も多い。エドワードと行動を共にするカレン一族は、みなそんな生活を味わっており、転生には否定的だ。

一方狼男ジェイコブの方は、転生など不要で、一族はみな人間の女とそのまま結婚している。女性も子供を産んで天寿を全うできる。普通の人間相手が一番であるが、どうしてもというならジェイコブの方がいいではないか、と思ってしまう。

結婚する時に一番大事なものは何かと問われると、今まではずっと「愛」だと思っていた。大事なのはこの相手と一緒に暮らしていきたいかどうか。安定した生活を送れるだろうとか、そういう計算などはナンセンスで、「富める時も貧しき時も、死が二人を分かつまで」一緒に生きていきたいと思う相手と一緒になるべきだ、とずっと考えていた。子供たちにも、将来そんな基準で相手を選んでほしいと思っている。これはひょっとすると男の立場だからかもしれない。

そんな基準からすれば、ベラの行動は間違っていないのであるが、それでも映画を観ていると、その選択はいかがなものかと思ってしまうし、自分の娘だったら間違いなく反対すると思う。愛する二人に対し、親が反対するというパターンは古今東西数え切れないくらい多い。一番大事なものは「愛」であるならば、ならばなぜ多くの親たちは反対するのだろう。

その一つの理由は、「愛」とは言いながら、「愛こそすべて」ではないと知っているからかもしれない。童話の世界では「Happily ever after(結婚して幸せに暮らしましたとさ)」で終わるが、現実の世界はそこが始りだ。恋する二人にとって結婚はゴールだが、親から見れば結婚はスタートだ。燃え上がる恋の炎はやがて灯となり、恋人は家族となる。ふと気がつくと、夢中になっていた時には目に入らなかったものが、いろいろと見えてくる。親はそんな自らの経験を通じて思うところがある。

自らの経験知に照らしてみれば、未熟な子供たちの危うい行動の行く末が見えてくるのだろう。「愛こそすべて」で悪くはないが、もっと正確に言うならば、「正しい相手を愛せ」と言いたくなるのである。どうやら自分もいつの間にか、かつてバカにした「計算で結婚を考えるつまらない人間」になっているのかもしれないと感じる。

ベラに対し、「エドワードはやめときなよ」と呟く。つい最近まで「親がいいと思う相手」なんて、と思っていたはずなのに、娘にとってどんな男がいいだろうと考え始めている・・・
理解のある父親になりたいと思う反面、目を覆いたくなるような相手を選びはしないかという心配もある。まあ今からあれこれ考えても仕方ない。コミュニケーションだけはしっかりととって、とにかく「娘の幸せを第一に考えている」という事だけはわかってもらいたいものだ。

それでもベラの相手だけは、やっぱり反対だと思うのである・・・

  
【本日の読書】

サッチャー回顧録 上: ダウニング街の日々 - マーガレット サッチャー, 石塚 雅彦






2012年4月6日金曜日

入学式

ようやく桜も見頃となってきた感があるが、今日は長男の小学校の入学式。
私も仕事を休んで参加。
真新しいランドセルを背負った我が子と、娘の通う小学校へと向かう。
つい先日娘の入学式だったような気もするが、その娘は早や6年生。
ちょっと会わないでいると、親戚や知り合いの子供たちがあっという間に大きくなっているが、そんな月日の流れを実感する。

娘の時と同様、体育館での入学式。
ざっと見渡すと、新入生の親の4割はお父さん。
自分もそうであるが、けっこう父親の参加率が高い。
私の父は、それこそ先日母に言われまくっていたが、学校へなど来た事がなかった。
たぶん、「そんな事」で仕事を休むなんてという雰囲気もあったと思うが、今は堂々と休む理由になる。子供からすれば両親が揃って来るのが当たり前の感覚になるのだろうが、個人的には良い時代の雰囲気だと思う。

体育館内には日の丸が掲げられ、国歌斉唱もきちんとある。
歌う声はちょっと小さかったが、まあそれはご愛嬌。
国家や国旗に反対するのが平和への道と考える、不心得かつ不勉強な輩がいないのがありがたい。

来賓の紹介があったが、近所の幼稚園の園長先生(長男が通っていた幼稚園の園長さんももちろん来ていた)や町内会の会長やら民生委員やらPTAの役員やらで、近所で会うような人たちばかりなのが地元の小学校のいいところだ。
クラスごとに集合写真を撮ったあと、各教室に入ってのオリエンテーリング。

長男は3組。101人の新入生は全部で3クラス。
学年によっては転校で人数が減って4クラスが3クラスになっている。
微妙な人数差でクラスの数が変わる。
それによって先生の数も変わるわけで、そうした微差は臨時採用の教員で調整しているらしいとも聞く。先生にとっても子供の数は無視できない問題なのだろう。

最後に先生から子供たちに宿題が出された。
近所にある桜を見つけて月曜日に先生に教えるというもの。
東大が提唱した秋入学が小学校にまで波及したら、こんな宿題もなくなるだろう。
桜の木の下で迎える入学式。
日本のもっともあるべき風景だと思うが、多少の不都合はあったとしても日本オリジナルの原風景に誇りを持ってほしいものである。

すべて終わって帰宅。
たまたま今日は長男の誕生日。
入学式の次はお誕生日会。
実家の両親も招いてケーキを囲む。
7本のろうそくを吹き消す長男。
これからどんな学校生活を過ごしていくのだろう。

長い道のりになるが、しっかり歩んでいってほしいと思うのである・・・

   
    

2012年4月1日日曜日

新年度雑感2012

早いものでもう4月だ。いつもなら桜が咲いていても良い頃だが、今年は少し遅れている。地元では今日は恒例の桜祭りだが、肝心の桜の開花はまだもう少し先。今年は空振りのようだ。

午前中、品川駅前では国士舘大学の入学式に向かう人たちが列をなしていた。友人のフェイスブックでは早稲田大学の入学式を取り上げていたが、今日入学式を行う大学が多いのだろうか。私の時はもう28年も前になるが、もっと遅かった気がする。

最近は東大が秋入学への移行を表明し、それに追随する大学も増えている。
アメリカの大学は9月スタートだし、世界の流れに合わせるのだというが、個人的には疑問だ。いろいろと不都合はあるのかもしれないが、日本は日本だし、自らのオリジナリティをもっと尊重すればいいと思うし、桜と共に新しい年度を迎えるという伝統を守っても良い気がしている。

雑踏の中を歩いていたら、ポケットティッシュを配っていて、思わず受取った。
何気なく目を落とすと、資格の専門学校LECのものだった。
気になったのは、そこに書いてあった言葉だ。
「LECで公務員を目指そう!」

今若者たちは就職難で、正社員になれず派遣の身分に甘んじていたり、せっかく正社員になれても上場企業だって倒産するしで、より安定志向が強く公務員が人気なのだとか。そうした背景もあってのLECの宣伝なのだろう。LECの立場としては当然の宣伝だから悪いとも思わないが、それにつられて応じる若者の事を思うと、なんとも嘆かわしい気がする。

公務員は本来、「安定しているから」という理由で目指すものではないはずだ。
私にも二人の子供がいるし、いずれ就職となった時公務員を希望するかもしれない。
そこでその理由を聞いて、「国(地域)のためにこういう仕事をしたい」と言えば喜んで賛成するだろうが、「安定しているから」などと言ったらケリ飛ばしてやるつもりだ(まあその時までにそんなメンタリティを持たないように育てるつもりではあるが)。そんなしょぼくれた考え方だから、縮こまって魅力のない若者になり、採用面接でも目に留まらないのだろう。我が身を振り返ってみると、とても偉そうな事は言えない「就職選り取り見取りの売り手市場」時代の残党なのだが、そういう内面からエネルギーを発する若者に我が子を育てたいと思う。

明日からはまた新しい世代が社会に出てきて、我々サラリーマンはまた一つ終わりに向けて押しやられる。定年までのカウントダウンも始るし、子供の事よりも我が身をいかにまっとうするか、をそろそろ真剣に考えないといけない。今日と同じ明日で満足する事のないように、意識し続けたいと思う。

4年目に突入したこのブログだが、欲張って4つもブログを更新し続けているし、最近はフェイスブックも始めたしで更新頻度も落ちている。それがかなりのストレスになってきているし、少し落ち着けるためにもこれで一旦打ち切ろうと思う。当面雑感はフェイスブックで語るとして、いずれまた時間的なゆとりが生まれてきたら、別の形で再開するかもしれない。

長い間、駄文にお付き合いいただいたみなさまには厚くお礼申しあげます。



【本日の読書】
日本の未来について話そう -日本再生への提言- - マッキンゼー・アンド・カンパニー




2012年3月29日木曜日

3Dの世界

最近3D映画が当たり前のようになってきた。
3Dと言えば、かつてはディズニーランドのアトラクションに代表されるように、「飛び出す映像」という、出しモノ的なものだった。その技術はかなり古くからあったと思う。それが普通の映画に取り入れられるようになるとは、正直考えてもいなかった。

初めて観た普通の映画の3D版は「アバター」だった。映画館に入り、お馴染みの3Dメガネを渡された時は、正直言って「失敗したかも」と思った。しかし嬉しい事に、それは杞憂に終わった。「飛び出す」イメージとは違い、遠近感が強調され、映像の雰囲気がまるで違ったのである。巨大な宇宙船の広い船内、未知の惑星の遠くまで広がる光景、目の前を通り過ぎる巨大な車両・・・
そのリアリティ溢れる雰囲気にすっかり圧倒されてしまった。

その後、雨後のタケノコのように3D映画が登場。中には、「こんな映画まで」と思えるものも3Dだったりして、呆れたものだ。3Dにはふさわしい映画があると考えていたのだ。それは、昔で言う「特撮」分野だ。だから「アバター」のようなSF映画が適しているだろうと勝手に思っていた。

そんなわけだから、人情ドラマである「ALWAYS 三丁目の夕日'64」までもが3Dで上映されていても、わざわざ観る気にはなれず(まあ人目を避けて深夜に行ったからどちらにしても3Dは観られなかったが)、2D版で観たのである。そんな、「人間ドラマには3Dは適さない」という思い込みは、先日の「ヒューゴの不思議な発明」でひっくり返されてしまった。

わざわざ3Dで観ようとも思わなかったのだが、娘が一緒だったし、3Dならそれだけで喜ぶかもしれないと考えて、観たのだ。この映画は特撮モノではなく、人間ドラマだ。3DどころかCGだって、(周りの時代背景以外は)ほとんど出番もなさそうなくらいだ。ところが、これがまた違う。孤児のヒューゴが一人暮らす駅。行き交う人々の雑踏にカメラが踏み入ると、モノの見事に中を実際に歩いているような感覚になる。駅の時計台から見下ろす街中の遠景は当然の迫力だが、駅舎に入ってきたヒューゴの向こう側に広がる外の景色も見事。

さらには人の表情。公安官の顔がドアップになる。セリフはなくても、目の前の顔は実際に相対している感覚。それにラスト近くで舞台にたったベン・キングスレーの、感激を包み隠した表情。平板なスクリーンとはまるで違う雰囲気が伝わってきた。3Dはもはや飛び出す映像でも、特撮専用の技術でもなく、普通の映画の一部になりつつあるのを感じたのである。

ただ難を言えばメガネだろう。私のようにメガネをかけている人間からすると、どうも具合がよくない。もっとしっくりとくるようなモノに改良してもらわないと、いただけない。それに「ヒューゴの不思議な発明」の劇場では、ドアの外で係員が待ち構えていてメガネを回収していたが、まるで隙を見せたら持っていかれるとでも思っているような感じで興ざめだった。

この頃はビックカメラなどに行くと、3Dテレビを販売しているが、あれはどうなのだろう。いずれすべての家庭に行きわたるのだろうとは思うが、まだ買うようなものではない気がする。「ALWAYS 三丁目の夕日'64」でも、カラーテレビを買ったはいいが、まだ白黒放送が多く、せっかくのカラーテレビの持ち味が発揮しきれていない様子が描かれていた。
3Dもまだそうだろう。

日本人の事だから、世界でも真っ先にメガネの問題を解消して、普通に3D映像が楽しめるテレビを作ってくれそうな気がする。今から30年くらいしたら、孫と一緒に3Dのアニメかなんかを自宅のテレビで観ているかもしれない。その時は、ちょうど3D映画が流行り始めた今の時代を懐かしく語っているかもしれない。

いずれにせよ、映画の世界では一足早く映像の改革が始っている。
これからは偏見を持たずに、3D映画を楽しみたいと思うのである・・・

【本日の読書】

日本の未来について話そう -日本再生への提言- - マッキンゼー・アンド・カンパニー  あんぽん 孫正義伝 (小学館文庫) - 佐野眞一





2012年3月25日日曜日

捨てないよ

子供たちもいよいよ春休みとなった。
恒例となった大阪への里帰りの前に、妻から段ボール箱とともに娘に出された指令は、「使わなくなるものを処分する事」。教科書なども含めてひとまとめにして処分せよということらしい。妻自身も子供の頃からそうしていたという。曰く、「学年末が(きれいに処分できるから)楽しみだった」らしい。

少し前から世の中は、「断捨離」という言葉がもてはやされていて、「整理ブーム」であるが、妻から言わせると、「何を今さら」らしい。一方、私はと言えば、何につけても「大事に取っておく派」だ。「捨てられない」のではない。「捨てない」のだ。バンバン「捨てる派」の妻とは、当然真っ向から対立する。

新婚当初の事だった。捨てるように頼まれたごみの中に、気がつくと一本のナイフがあった。私が独身時代に使っていた果物ナイフだ。実家を出るにあたって、両親(どっちだったか忘れた)が独身の頃から使っていたという年季モノをもらって使っていたものだ。こっそり“救出”したのは言うまでもない(今でも机の奥底に“避難”させてある)。

独身の頃から新居に持ち込んだ私のもので、こうして処分されたものはかなりある。
もちろん、初めは事前に了解を求められていたわけであるが、何だかんだと言い訳をして“抵抗”していた私に呆れたのだろう、そのうち了解が指示になり、やがてそれもなくなった。
気がついたらない、という事にさすがに鈍感な私も気づいて愕然としたものだった。

とっておいてもどうするというものではない。よく、「1年使わないものは結局とっておいても無駄だ」という事が言われる。私もそれはその通りだと思う。しかし、それらはそれらなりに取っておく理由というものがある。使うとか使わないとかではない。例えればそれは、1年使わないからと言って、辞書を捨てるだろうかという事と同じだ(まあ最近はネットで代用できるではないかというような議論ではない)。「とっておきたい」という気持ち以外にとっておく理由などない。

そうは言っても、さすがの私も何でもすべてとっておくというわけではない。
年末の大掃除の際など、あれこれ選び出しては、「もういいだろう」と捨てるものもかなり多い。それは当然スペースの限界もある。家の中で妻に比べれば、私の所有物が占めるスペースなどささやかなものなのだが、それでもプレッシャーは大きい。私の中で、納得したものから順番に処分していく事になる。

それでもたぶん死ぬまで捨てられないだろうというものはある。
それらはたぶん妻からすればゴミと見なされるだろう。
昔映画館に行くたびに買っていた映画のパンフレット。
史上最高傑作と信じて疑わない漫画「コブラ」。
とっておこうと本棚に並べてある大半の書籍。
だいたいが、その時その時の思いが一緒になって残っているものばかりだ。
人から見ればゴミであっても、私にとってはそうではない。

それはそれで良いと思う。捨てるばかりが能ではない。捨てないでとっておく事のメリットが多いなら、とっておけばいい。「そこにあるという安心感」だって立派なモノの価値だと言える。いつまでというのではなく、いずれこの世を去る時まで、その安心感は大切にしておきたい。まあそれも、子供たちが遺品整理に困らない程度にはしておこうという気持ちくらいはあるのである・・・
 

【本日の読書】
マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥




2012年3月24日土曜日

イチゴ狩り2012

先日の春分の日。
この日我が家では2年振りのイチゴ狩りに出かけた。
毎年の恒例行事だったのだが、去年は震災直後となり見送った経緯がある。
ガソリンスタンドに車が列をなす時に、余計なガソリンを使う事もないと判断したのだ。
今年は晴れて恒例行事復活。
やはり平穏無事な世の中が一番だ。

向かったのは2年前と同じ佐野観光農園。
味覚狩りの欠点は何と言っても短時間で終わってしまう事。
従って、それ以外の周辺行事も考えていかないといけない。
その点、佐野はアウトレットあり、佐野ラーメンありと奥様のご機嫌を満たす要素が満載。
家庭平和を影で支える私としては、大事な要素だ。

今年は渋滞もなく、我が家から佐野観光農園へは東北道を通って2時間弱。
天気も良く、さっそくイチゴ狩りに取り掛かる。
ビニールハウスの中には、とちおとめが早く食べてくれと待っている。
子供たちも待ち切れずに挑みかかる。

いつもだと、5分くらいオーバーしても大丈夫だろうなんて食べ続けるのだが、今回に限っては子供たちが早々にギブアップ。なんと妻までも制限時間(30分)を待たずしてギブアップ。そう言う私もギブアップ。考えてみると、値段(@1,400円/人)を考えたら、市販のイチゴの方がずっとコストパーフォーマンスは良い。まあ楽しい体験を買うと言ったところなのだろう。

満腹のお腹を抱えてアウトレットへ向かう。
妻は、子供たちに「パパとレゴのお店にでも行ってきたら」と言い残し、嬉々としていずこかへ消えていく。レゴも考えてみればただのブロックなのだが、子供たちの支持を取り付けているのは、どうやらキャラクターモノらしい。

動物園を始めとして、スターウォーズやハリーポッターなどの映画を取り入れたもの、女の子向けのセットなどいかにも楽しげな種類が豊富。
息子は「ニンジャゴー」というキャラクターものが気に入っているようだ。
こうした商品開発力で、ただのブロックとは一線を画しているのがわかる。

やがてなにやら買い物袋を数袋抱えて戻ってきた妻と合流。
次なる本場の佐野ラーメンへと向かう。
今回は「とかの」という店に行く。
(選んだのはもちろん妻であるのは言うまでもない)
ここのラーメンは実にシンプルで、麺も多め。
2時頃には売り切れ御免で、ギリギリに滑り込んだ。
やっぱりおいしいラーメンを食べる一時は、至福の時間である。


さらに妻はいもフライマップなるものを用意。
前回味をしめ、今回は食べ比べると鼻息も荒い。
全部で3カ所を回って食べ比べをした。
確かに美味しいとは思う。
しかし3本も(妻は一人だけ4本だ)食べるほどか、と思うもそんな言葉はぐっと飲み込む。
どんな形でも家族の幸せが自分の幸せ・・・

近所のこどもの国なる公園で子供たちと体を動かして遊び、帰路につく。帰りは少々渋滞したが、苦になるほどではない。お風呂で何が一番楽しかったかと子供たちに尋ねたら、「イチゴ狩り!」と答えが返ってきた。まあ一番高かったし、そうであってもらわないと困る。

いずれそのうち娘がアウトレットでお買い物に目覚めるのかもしれない。
その時はしっかり財布をガードして、息子と二人でどこか避難する場所を決めておかないといけないかもしれない。いずれにせよ、今年は平和に味覚狩りがスタートできた。
この事を素直に喜びたいと思った次第である・・・


【本日の読書】

新装版 私が野球から学んだ人生で最も大切な101のこと - 野村克也  マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥