2010年10月30日土曜日

尖閣諸島問題を考えた

「この問題はわれわれと日本の間で論争があり、釣魚島を日本は『尖閣諸島』と呼び、名前からして異なる。この問題はしばらく置いてよいと思う。次の世代はわれわれより賢明で、実際的な解決法を見つけてくれるかもしれない」            
                    鄧小平
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尖閣諸島問題がまだ尾を引いている。
今日は中国が首脳会談を拒否してきたと報じられているし、どうも中国の方が主導権を取っているようである。これに対する世論の大まかな論調としては、「中国はけしからん、政府の対応は弱腰だ」というもののようである。
この問題は実はもう40年以上にわたって紛糾している問題である。

冒頭の言葉は鄧小平がかつて来日した時に、日本人記者に質問されて答えた言葉である。
実はこの時質問した記者は、我が高校の大先輩である。
現在母校の財団で行っている社会人向けの勉強会の席上で、その大先輩がその時の話をいつも披露してくれる。

何でも直前の打ち合わせでは、外務省の役人から尖閣諸島の問題には触れないでくれと釘を刺されていたらしいのだが、そこは大先輩も記者魂を発揮して堂々と質問したという。今の記者ならたぶん言われた通り黙っていて質問などしないだろう。冒頭の回答を引き出したあと、先の外務省の役人が「よくぞ質問してくれた」と言ってお礼を言ってきたらしい。毎年この話を伺えるのは、世話役として参加している役得である。

さて、発言から30年。
鄧小平の期待した“賢明な世代”に、どうやら我々はまだあたりそうもない。
解決どころかまだまだ紛糾している。
「弱腰だ」と批判はするものの、「ではどうすべきか」についての意見はあまり目にしない。
批判をする人たちはどんな解決策を思い描いているのだろうか。

解決方法と言っても、よく考えれば3つしかない。
(穏便に済ませてさらに先送りするのは解決とは考えないとする)
問題は「島自体」というよりも、島を領有する事によって得られる海洋資源の権利だろう。
中国も日本もこの海洋資源がほしいようだ。
であればその3つとは、その資源を「全部取る」か「全部取られる」か「分け合う」かしかない。

中国と将来的にどう付き合うのか。
もしも友好的にやっていこうとするなら、「全部取る」のは難しいだろう。
中国にだってメンツはある。
40年にわたる主張を取り下げるとは思えないし、何より国家としての力=経済力+軍事力は中国の方が上だ。まず無理だろう。強いアニキ(アメリカ)に頼もうとするなら、友好は諦めないといけない。

尖閣諸島は歴史的にみても日本の領土だろう。
チャチャを入れてきているのは中国だ。
であれば、「全部取られる」のも看過できない。
となればあとは「分け合う」しかない。
領有権は日本の領土として認めさせた上で、海洋資源については「分け合いましょう」とするしかないだろう。共同で開発して、管理して、果実を分け合うのだ。

もしも自分の子供がおもちゃで遊んでいるところへ隣の家の子供がやってきて、そのおもちゃで遊ぼうとした。自分の子供は取られまいとして喧嘩になった。親だったらどうするか?
もちろん、どこかの知らない子だったら、その子にダメだと諭すかもしれない。
でも隣の家の、よく知っている子ならどうするだろう。

子供の世界は、現実世界の縮図でもある。同じように考えるしかない。
もっともそこは大人ゆえ、駆け引きはあってもいいだろう。
開発にあたっては、当然日本の技術力は力を発揮する。
対等にシェアする見返りとして、今問題になっているレアアースを優先的に分けてもらえるようにしたっていいし、北朝鮮問題での協力を取りつけたっていい。
アメリカからは得られないメリットを狙えばいい。

100年前であれば、たぶん確実にこれは戦争になっていただろう。
そして核を持たない日本は、中国と喧嘩しても勝てないし、頼みのアニキだって相手が中国だったら日米同盟だってどうなるか信頼はできない。
自国に核攻撃される危険を冒して、我々を守ってくれるだろうか?
ニクソン・ショックの歴史だってある。

幸いにして、100年後の今日ではまず戦争にまではならないだろう。
それは人類が賢くなった証であるが、さらにもう一歩だ。
相手が悪ければぶん殴っても許されるというものではないし、相手の方が強いわけだからそもそもそれも難しい。「全部取ろう」としたら、このままさらに睨みあい続けるしかない。

感情論よりもメンツよりも、もっと戦略的に賢い対応方法を主張する政治家に現れてほしいと思うのだが、まだまだ難しいみたいだ。
生きているうちに、「賢明なる世代」と呼ばれる世代に残れるだろうか。
選択権をもっているのは我々の世代だと思うのである・・・


【昨日の読書】
「サービスの達人たち」野地秩嘉
「存在の美しい哀しみ」小池真理子

    

2010年10月26日火曜日

次はお遊戯会なのだが・・・

5歳の長男の通う幼稚園では、運動会の余韻も冷めやらぬうちにすでにお遊戯会の準備に突入している。長男のクラスでは「おむすびころりん」の劇をやるらしい。
「おむすびころりん」は、私が子供の頃もっとも好きだったお話だ。
(ただ単におむすびが大好きだという単純な理由なのだ)

長男に何の役をやるのか聞いてみたところ、「ねずみ!」という答えが返ってきた。
主役の正直じいさんの役だとは思っていなかったが、まあ妥当なところだと思った。
続けて「で、欲張りじいさんは誰がやるの?」と聞いてみた。
ちょっと考えた長男からは、「いないよ」という答えが返ってきた。
一瞬「えっ?」と思う。よくよく聞くと、どうやら欲張りじいさんは登場しないらしい。

「それでね、○○くんはたぬきで、○○くんはきつねで、○○くんはさるなんだ」と長男は続ける。
たぬきにきつねにさる?おむすびころりんに出てきたかぁと思うも、どうやら幼稚園の先生の配慮だと気がついた。欲張りじいさんはいかにもイメージが悪いし、園児も多いからおじいさんとねずみだけでは役が足りない。たぬきやきつねの友情出演は苦肉の策なんだろう。
それでも欲張りじいさんを何で入れないんだろうという気持ちは拭えない。

そんなところへ妻がとなりのクラスの話を聞き込んで来て教えてくれた。
となりのクラスの出し物は「金のがちょう」。
金のがちょう持つ男の子が、がちょうを触って離れなくなってしまった人たちをぞろぞろ引き連れて、お城へ向かうお話だ。農家の娘と宿屋の娘と王女様役があるのだが、そのお母さんが説明会で火花を散らしたらしい。

農家のお母さんは、子供が役柄からずぼんを履いてくれと言われたのだが、「スカートじゃダメか」と言ったところ、「農家の娘なんだから」と別のお母さんに言われてふくれた。
宿屋の娘のお母さんは王女様のお母さんから、「王女より派手な格好はしないでくれ」と言われてカチンときた。険悪なムードになったらしい。言っている事はまともな事だ。
普通だったら言われなくたって「ふさわしい恰好」をするものだ。

モンスターペアレンツとは言わなくても、そんな親たちを相手にしなければならない先生も大変だ。
欲張りじいさんを引っ込めたのもよくわかる。
それでもやっぱり「おむすびころりん」には欲張りじいさんは必要だ。
もしも、私が説明会に参加していたら、「うちの息子にやらせるから欲張りじいさんを登場させてくれ」と意見していただろう。

欲張りじいさんは確かにイメージがよくない。
だがこの物語には欠かせない。
「欲張りは良くない」というメッセージを伝えるためには、必要なキャラクターだ。
それによくよく考えてみれば、劇ではメリットが大きい。

まず間違いなく後半の主役だ。
正直じいさんの真似をして、ねずみの穴におむすびを投げ込む。
そしてねずみたちの歌が聞こえてくるのも待ちきれず、自ら穴に飛び込んでしまう。
ここらへんは、うまく演じればとてもユーモラスだ。
そしてクライマックスの猫の鳴き真似。
会場すべてが注目する中で「ニャーオ」とやるのだ。
これ以上の見せ場はない。

それに教育的な意味でも、みんながやりたがらない役をやる大切さを教える事もできる。
家庭で励まし、一緒に練習し(場合によってはヤギの鳴き真似のプロであるおじいちゃんにコツを聞きに行ってもいい)、サポート体制は万全だ。すねることなく送り出してあげられる。
考えれば考えるほど魅力的な役柄だけに残念に思う。

これから未来を担う子供たちであるが、何より心配なのはその親たちだとつくづく思うこの頃である・・・


【本日の読書】
「逆境の中にこそ夢がある」蒲島郁夫
「魔王」伊坂幸太郎
     
     

2010年10月24日日曜日

一家に一台

朝から天気も芳しくなく、雲行きも怪しい今日は一日家でのんびりと過ごす。
長女が「一緒に遊ぼう」と声をかけてくる。
「そうだな」と応じる。
そうして長女が選んだのがWiiである。

我が家のゲーム歴はそんなに古くもないが、最初はプレイステーションであった。
夫婦それぞれ別々のゲームにハマって、しばらくは続けていたが、やがて飽きてしまった。
子供も生まれ、しばらくしてWiiが登場。
なんだか家族で楽しめそうだという事で購入した。
子供に買ってやったという位置付けではない。

これがまたなかなかのもの。
前評判通り家族で楽しめるところがいい。
子供たちのお気に入りは『マリオカート』だ。
様々なキャラクターがいろいろなコースでレースを展開するのだ。

これのいいところは複数人数でできるところだ。我が家はコントローラが2台しかないから常に2人までしかプレーできないが、コントローラを買い足せば3人、4人とできるようである。画面が上下に分かれ、それぞれがレースを楽しめる。

子供たちも頻繁にやっているわけではないが、それでも親よりも回数はこなしている。したがって勝負となると、特に小学校4年の長女には負ける事が多い。単純にスピードを競うだけでなく、アイテムを取り込んでそれを利用してより早く進んだり、ライバルプレーヤーの妨害をしたりする。それは裏を返せば、自分もやられるという事を意味する。
ハンドル操作だけではなかなか勝てない。

長女は任天堂DSも持っているのだが、(こちらはねだられて買い与えた)これが一人で黙々と遊ぶのに対して、Wiiは家族で一緒に遊べるという楽しさがある。
しかも大人だから有利という事もない(ただ5歳の長男はさすがに相手にはならない)。
親に勝って得意そうな長女の表情を見ると、それはそれで良いかもしれないと思う。
親に勝つのも一つの自信になるだろう。
    
あとはWiiスポーツだ。
こちらはアーチェリーにバスケット、ボウリング、ゴルフ、剣道などなどがある。
指先だけの操作ではなく、ボウリングなどは実際に投げる動作をしないといけない。
微妙なずれがボールの動きに反映されたりしてなかなかのもの。

ゲームだからハイスコアが出るというわけでもなく、ボウリングは実際のスコアとほぼ同じくらいだったから大したものだと思う(裏を返せばゲームでさえハイスコアが出ないという寂しさもある)。

週末はどこにも行かなかったと言えば何だか寂しい気もするが、子供とワイワイ楽しく過ごせたのでそんなに引け目は感じない。ゲームというとマイナスのイメージを持ちがちであるが、これはなかなか凄いと思う。こうしたゲームを生み出してしまう凄さがまだ日本にはあるのだと思うと、ちょっと誇らしい気もする。

こんな優れたゲームで遊んだ子供たちが大人になって、もっと優れた商品を生み出していけたなら、少子化といえども衰退は食い止められるかもしれない。
未来の日本は少数精鋭の先進国になっているかもしれない、などと思ってしまう。
子供から誘ってもらえるうちは、まだまだムキになって勝敗を競いたいと思うのである・・・


【本日の読書】
なし

     

2010年10月21日木曜日

ラクビーシーズン

ラグビーシーズンに突入した。
お正月の全国大会で一部のチームが脚光を浴びるが、その前段として今は全国各地で社会人から高校生まで熱戦が繰り広げられている。

我が母校のラグビー部は、関東大学対抗戦Bグループに所属している。
昔はA・Bなんてグループ分けはなかった。
対抗戦とは名前の通り大学対抗戦であり、『定期戦』という名目で各大学が年に一度互いに実力を競い合う場であった。そこには順位など存在せず、あくまでも大学間の1対1の交流だったのである。

仮にであるが、もしも早稲田か慶応のどちらかがBグループに転落すると、両校間で対抗戦グループの公式戦はなくなる。しかし両チームは11月23日には必ず『定期戦』を行うだろう。
『定期戦』とはそういうものなのである。

戦後、ラグビー部が各大学に設立されるようになると、やがて新興勢力がリーグ戦グループを形成していった。これに対し、対抗戦グループはあくまでも伝統の『定期戦』重視で、リーグ戦グループとは交わらなかった。しかし、全国大会が開催されるようになると、出場権の関係で必然的に対抗戦グループも順位付けを迫られるようになっていく。
1対1の交流では済まなくなってしまったのである。

それでも当初、私が学生の頃は、『定期戦』の結果を踏まえ便宜的に順位をつけていた。
それが変化していったのは、大学によって『定期戦』の数が違い、平等な順位付けが難しくなっていったからだ。例えば帝京大学などは1シーズンで10数試合の定期戦を組んでいる一方、保守的伝統校の筆頭である慶応大学などは、7試合というあり様だったのだ。試合数の多い帝京大学は不利だし、しかも慶応と帝京は定期戦がないなどの事情により、必ずしも公平な順位付けが難しかったのである。

そして時代の流れに抗えず、対抗戦グループもとうとうその信念を曲げ、試合数の統一と同時にA、Bのグループ分けを実施したのである。リーグ戦のように1部・2部としないでA・Bとしたのはせめてもの意地であろうか。我が大学は、現在その対抗戦Bグループの中堅~下位のあたりをうろうろしている。選手を集められない国立大学としては、Bグループといえども上位の壁は厚いのである。

その上位の筆頭は青山学院大学、そして明治学院大学が続く。
青学は今年大幅に全国レベルの選手を補強。
来年のAグループ復帰を目指して、大学を挙げてのサポートだ。
明学も集める時とそうでない時の波がある様子。
私が4年の時は集めている時で、相手のメンバーを見たらキャプテンを除いて全員1~2年生という事もあった。

それに比べると我が大学の後輩たちは、新入生集めで苦労し、初心者構わず引き入れて1人前にしていくというあり様である。まあそれが大学スポーツの本来のあるべき姿なのだが、自ずとそこには限界もある。幸いそれは我が大学だけに限った事ではない。
先の青学、明学以外は同じ条件だ。
その中で切磋琢磨するのである。

今はグラウンドも人工芝が流行である。
我が母校もそうなっている。
(OBとしてかなりの寄付をさせられた・・・)
9月のシーズンインから秋も深まり、乾いた土と枯れた芝の匂いに包まれ、その年限りのメンバーとともに泣き笑いの数カ月を過ごす。
そんな風景は今は一変しているのだろう。
女の子に縁はなかったが、あの時代は我が人生でも誇りに思える時代である。

今の学生は人工芝で、泥はおろか、埃にまみれる事すらない。
それがいいのか悪いのか。
しかし、今は今の時代の思いがきっとあるだろう。
埃にまみれる事はなくても、誇りある思い出を作ってもらいたいと思う。

現在ここまで2勝2敗。
これから上位陣との対戦であり、次回の相手は強敵青学だから、ちょっと苦しい。
老OBからは負ける事を前提に、「(点差を)50点以内に抑えてほしい」というコメントがあった。
始めから何だという気分だ。
ゲームに負けるのは仕方がないとしても、ハートでは負けてほしくない。
「ロッキー」のように、胸を張ってノーサイドまで闘ってほしいと思うのである・・・


【本日の読書】
「渡邉美樹のシゴト進化論 」渡邉美樹
「アヴェンジャー(下)」フレデリック・フォーサイス
     

2010年10月19日火曜日

ニュースに思う2

先週はチリの落盤事故が話題となった。
そのあまりの報道ぶりに、我が家の5歳の長男までもが、救出カプセルの名前はフェニックスだの33人救出だのとしゃべっている有り様でちょっと驚いた。
そして急速にしぼんだ。

実は毎朝、ネットでCNNのニュースを読んでいるのだが、ここ数カ月のCNNのトップニュースはこのチリの落盤事故だった。1週間に2~3日は必ず報じられていた。
おかげで当初クリスマスまでと言われていた救出作業が11月になり、早ければ10月とピッチが上がっていく様子を、私はリアルタイムで把握していた。

そしていよいよ救出トンネルが開通し、早ければ明日から作業かとなったところで日本のメディアが一斉に報道し始めた。外国の、それもチリという遠い国の事だけに、我が国のマスコミは興味ないのだろうと思っていたからちょっとびっくりした。

アメリカにしても外国のニュースであり、同じ国外ニュースでも関心のあり方が随分違うものだと思っていたのだ。ちなみに今でもCNNは続報を報じ続けている。
我々の目にどんなニュースが触れるのか、はマスコミの思惑次第なのだとあらためて思う。

尖閣諸島を巡っては政府の弱腰外交に批判が続出している。
確かにそうした批判はその通りだと思う。
ただ私が知りたい事を、マスコミは報道してくれていない。
なぜ政府は弱腰と思われかねない対応を取っているのだろう。
菅総理は何を考えているのか、もっと本音レベルの話こそ聞きたいと思うのだ。

そもそもであるが、政治家ともなれば我々よりも遥かに情報量が多いわけだし、専門家のアドバイスだって得られる。そうそう変な判断はしないはずだ。
今回の裏にも、もしかしたら先日の殺人の話の例ではないが、政府には世間からはうかがい知れない事情というものがあるのかもしれない。そして何も知らない世間が、それを弱腰外交と批判しているのではないかと気になってしまう。

一党独裁と言われる中国だって、民衆は共産党の思惑通りに動くわけではないだろうし、尖閣諸島を巡っては軍部も独自の動きがあるようだ。
単純な批判だけはどうにもする気になれない。

マスコミだって尖閣諸島の表示には(中国名:釣魚島)と併記している。
「何で中国名を併記するのだ」という批判を目にしたが、確かにマスコミだって中国には弱腰報道だ。沖縄に中国名があったら注書きするのだろうか。

おなじく政府批判は円高にも当てはまる。
円高で悲鳴を上げる企業に対し、無策の政府を批判する。
しかし、為替に介入しても効果は一瞬だ。
先日の介入以後、一時円安に振れたが、今再び81円台で推移している。
為替市場の動きを政府がコントロールできるわけないのは、私のようなサラリーマンでさえわかる。
なのに暗に介入しない事を批判するのは、どういう根拠あってのものか教えてほしいと思う。

それに円高で悲鳴を上げている企業が多い事は事実だが、嬉しい悲鳴を上げている企業だってある。
円高は輸入にはプラスに働く。
「みんなの意見とは不平不満を抱えているやつらの意見だ。満足している人は意見を言わない」とはいつも見ているブログで語られていた言葉だが、まさにその通り。
少なくとも我が家は夏の海外旅行では大いに恩恵を得られた。我が家は円高歓迎だ。

それに実は今世界のマーケットでは、穀物や原油などが密かに値上がりし続けている。
国内で大して話題にならないのは、円高で値上がりが相殺されている影響もある。
ガソリンだって気にならない価格なのは円高メリットだ。
我が国は資源輸入国であり、そういうメリットもある。
デメリットだけではなくメリットもあわせて比較し、その上での円高批判なら納得できるのだが、マスコミはそれをやった上で報道してほしいと思う。

最近新聞を開いても、安心して読めるところは書評欄とかスポーツ欄とか、だんだんと限られてきている。まあ巨人が勝った試合の裏側まで勘繰らざるをえなくなったら、新聞なんて読みたくなくなるのだろうから、それはそれでいいやと思うのである・・・


【本日の読書】
「渡邉美樹のシゴト進化論 」渡邉美樹
「アヴェンジャー(下)」フレデリック・フォーサイス

       
     

2010年10月16日土曜日

コミュニケーション~2~

我が大学のラグビー部は、数年前からメーリングリストを利用してOB間の相互連絡を図っている。メーリングリストとは、そこに登録しておくことによってメンバー間に一斉にメール配信できるシステムである。試合の連絡を筆頭に、このメーリングリストで各種連絡が飛び交っている。

しばらく前からある老OBが、試合の観戦記なるものを配信し始めた。
得点、ペナルティの数、メンバー、そして試合の経緯。
何せ定年後の毎日が日曜日の身分ゆえ、時間にものを言わせて熱心に配信してくれる。
感心する一方で、私個人はというと、そのメールは得点以外は読まずに削除していた。
たぶん元商社マンと見えて、やたらに不必要な英文等が多く(チームと書けばいいのに、teamとかティームとか書くのだ、そして商社マンはやたらと英単語を使いたがるものなのである)読み難いのと、分かったような分からないような個人の主観による解説が煩わしいからだった。

読まないから気にもしていなかったのだが、先日突然コーチングスタッフからやんわりとそれをたしなめるメールが配信された。形式的にははたしなめるというよりも、説明という形を取っていた。老OBが指摘していたミスプレーは、結果こそ失敗したが、初めから意図してやったチームプレーであって間違ってはいないという説明である。そして末尾に今後技術的な指摘は、メーリングリストではなく、コーチングスタッフに直接メールをいただきたい、と。

これに周辺の老OBが噛みついた。
曰く、言論の自由の封殺はけしからん、功績ある大OBに礼を失している等々である。
実は現役(および現役周辺)からの老OB宛クレームは2度目である。
前回は現役のキャプテンから、「自分たちも一生懸命やっているので過度な批判はやめてほしい」という申し出であった(『見る気もしなくなる』等の言葉がかなりあったのだ)。
まあその内容の是非はともかくとして、結果的に今回が2回目である。

コーチングスタッフからのメールは、OB会役員の承認を得ているとのコメントもあって、さすがに無鉄砲な現役から比べると段取りを踏んでのものだ。
かなり前々から計画してやったのだろうと想像できた。
猫に鈴をつけるのは大変なのだ。

この問題には難しいところがある。
コーチ陣からすれば、周りからいろいろなOBが好き勝手なアドバイスをすれば、現役が混乱する。
今は一応周りのOBは、アドバイスしたい事があればコーチ陣に言うというルールがある。
だが、メールで誰彼ともなく発信している内容は規制しにくい。
私のように読まなければいいと思うのだが、現役(および現役周辺の人たち)からすれば自分たちの試合の批評だけに気になるのだろう。

やめろと言うにも、大先輩が熱心に良かれと思ってやっているだけに言いにくいのも事実。
老後の楽しみでもあるだろうし、好きな事を言う権利はだれにでもある。
ラグビーをやっていた者は、(私も含めて)頭の中では自分が最高のプレーヤーでいるのだ。
「こうやればいい」という信念のようなものをみんな持っている。
そして可愛い後輩たちには、それを余すところなく伝えたい、と。
「余計なお世話」とは言えるものではない。

老OBとその周辺サポーターからの援護射撃で、どうやらコーチ陣は分が悪い。
老OBもやめる気配はなく、平日には自らグラウンドに足を運び、現役の様子をレポートするまでになってきた。さらに現役に「アドバイス」もしてきたらしい。

後輩を、そして伝統あるラグビー部を思う気持ちは双方とも一致している。
だがそれは絵に描いたような同床異夢。
双方をつなぐコミュニケーションはあるのだろうか。
お互い相手の声に耳を傾けて、とも思うがきっとそれは当事者にとってみれば難しい事なのだ。
どうすればいいのか。

明日はまた公式戦。
どんな観戦記が配信されるのだろうか。
試合の結果以上に気になるところなのである・・・

【昨日の読書】
「十歳の君へ」日野原重明
「アヴェンジャー(下)」フレデリック・フォーサイス

    
【昨日の漫画】
「JIN19」三田紀房
「ONE PIECE③」尾田栄一郎

      

2010年10月13日水曜日

コミュニケーション~1~

 人間は判断力の欠如によって結婚し、
   忍耐力の欠如によって離婚し、
     記憶力の欠如によって再婚する。
                    アルマン・サラクルー
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子供たちに教えたい事の一つに「コミュニケーション」がある。
人とのコミュニケーションぐらい痛いほど我が身に染みて重要性を実感しているものはない。
親の失敗を良き教訓として、子の人生に活かしてもらいたいと思うのは誰しもそうだろう。
私にとって「コミュニケーション」は間違いなくその一つだ。

何気ない一言で険悪な雰囲気になり、誤解され、腹が立つ。
表面に出てきていない事もたぶん結構あるだろう。
こちらに悪意もないのに悪く取られたりして唖然とする事もしばしばある。
特に我が家の夫婦間では頻繁に起こる。
一生懸命分かりやすく説明したつもりが、「理屈で言いくるめられた」とはよく親に言われる事だ。
どうしてそんな事が起こるのだろう。

言葉を尽くしたところで、「理屈じゃ負ける」と言われる始末。
「ああ言えばこう言う」程度にしかとってもらえない。
社会人になりたての頃は、何が大変だったかといえばそのすべてが人間関係だった。
仕事で辛い事なんてほとんど皆無だった。
ここ最近、自分を理解してもらうという事には限界があるという事に気がつき始めた。(遅いか)
それよりは相手を理解する努力の方がまだいいだろうと思うようになった。

例えばAがBを殺したという事件が起こる。
Aは当然有罪にすべきだ。
ところがその状況を調べたところ、実はAは会社帰りに家の近所まで来たところで突然刃物を持ったBに襲われ、咄嗟に避け揉み合っているうちにBの持っていた刃物で刺してしまった、と判明したとする。すると一転して、Aは正当防衛で無罪にすべきだと誰でも思うだろう。

今度はまたなぜBはそんな事をしたのか調べてみた。
すると実はBはAに騙され、全財産をだまし取られ、それが元で一家は離散、絶望のあまり犯行に及んだ、とわかった。Aは罪には問われていないものの、同様の余罪がかなり疑われている、という事情が判明したらどうだろう。有罪無罪は別として、感情的にはAに対する同情心はなくなってくる。
つまり表面だけ見ていてもだめだという例だ。
法学部の学生の頃、よくそんな話をし、議論した。

相手も相手の人生の中では主人公。
常に自分は正しいと考えている。
かちんと来る事であっても深呼吸して、なぜそんな言動をするのかと一歩引いてみる事でこちらの怒りの炎も収まり、穏やかに対応できる事がある。
我が家の夫婦間は、そんなトレーニングの絶好の機会を常時提供してくれる。

もっともそんな対応ができるのも、家族や友人、職場などの限られた範囲内だ。
自分から心理的な距離が遠くなる間柄の人ほどそんな対応はしきれなくなる。
街中に出れば腹立たしい人間はたくさんいるし、とてもではないが「相手も自分の人生の主人公」なんて思う気持ちは起きて来ない。
「世の中自分中心で回っているわけではない」と教えてやりたくなる。

ようやく自分でも少しずつ理解してきた事を子供に教えるのはもっと難しい。
「誰とでも仲良くしなさい」と世間の親は簡単に言うが、そういう親自身そんな事は不可能なはず。
それなのに子供にやれと言っても無理がある。
「喧嘩してはいけない」と言っても、親だってするのだから子供にできるわけがない。
だから私などは子供たちには、「仲の良い子とはもっと仲良くしなさい」「喧嘩はしてもいいけど、そのあと自分から謝りなさい」と言うのがせいぜいだと思っている。
中学生・高校生くらいになったら、もう少しましな事を言いたい。

この「相手を理解する」というコミュニケーション・スキルは、およそ世の中で生きていく上では、実は一番重要なスキルであるのかもしれない。
どうやって身につけるかは、親でも難しく思っている事だから教えるのも難しい。
だからどうしたら良いと言いにくいものがあるが、「重要だ」という事だけはしっかりと子供たちに伝えたいと思う。

さしあたっての問題は、我が家の冷戦だ。
どうやったら終わるのか。
理解はできても相手の心は動かせない。
こればっかりはパソコンを叩いても答えは出てこない。
実に悩ましい問題だと思うのである・・・


【本日の読書】
「経済予測脳で人生が変わる!」中原圭介
「アヴェンジャー(上)」フレデリック・フォーサイス

    
     

2010年10月11日月曜日

今年も運動会にて

昨年年少さんとして参加した運動会も今年は年中さんとして参加。
本当は土曜日の予定であったが、雨で順延・順延と延び、とうとう3連休の最後の日となってしまった。その穴埋めをするが如き好天で、逆に暑くて大変なくらいであった。

今年も長男はかけっことお遊戯と、そして選抜リレーに選手として選ばれアンカーとして出場した。
実は先週土日と昨日とかけっこの直前特訓を実施。とりもなおさず、昨年しくじったスタート、そしてバトンの受け取りと、とにかく走る事。家の前で繰り返し練習。

まずはかけっこ。
今年からタイム順に組になって走る。
長男は最終組。
つまり学年でも一番早い組という事になる。
それはそれで誇らしく思うのだが、逆に一番はそれだけ難しいという事になる。

いよいよかけっこがスタートする。
ビデオ片手にこちらもドキドキして順番を待つ。そして最終組。
名前を呼ばれ、「ヨォーイ!」の掛け声でさっとスターティングスタイルを取る長男。
号砲一発、一斉に子供たちがスタートする。
長男は練習通りのスタートで、トップに出る。

ビデオを覗きながら、「よし!」と思うもカーブで団子状態になり、隣の子にコースを譲った格好になり、2位に落ちる。「あれぇ」と思うも、カーブから直線への立ち上がりが勝負。
ぐっと追い上げてトップの子と一緒にゴールテープを切るが、半馬身遅れたようだ。
残念ながらの2位。

しかしながら特訓したスタートと最後の直線の追い上げはよくやった。
学年で2番だから、まあいいだろう。来年はカーブの練習だな。
話によると一緒に走った子の中には、負けず嫌いで人を押しのけんばかりにして走る子がいたらしい。そうした闘争心はとってもいいなぁと思うのだが、我が長男はのほほんとしている。
それがいいのか悪いのか・・・

最後のリレーではチームは断トツの2位。
トップとは差が開き過ぎて、長男も見せ場はなし。ただバトンを待つ時、みんな親指を上にして手を差し出していたのに対し、長男だけは前傾姿勢で、教えた通り手のひらを上に向けて待っていた。スムーズにバトンを受け取り、なめらかな走りを見せてくれた。
素直に教えを吸収してくれるところは親としても気分がいいし、来年も楽しみだ。

それにしても、参加していた人たちはよく見ると当たり前だがみんな幸せそうな表情だった。
こうした運度会という習慣はいいなぁと思うのだが、どこの国にもあるのだろうかとふと思った。
かけっこや玉入れやお遊戯や親子競技など、よくみればいろいろな競技がある。
お遊戯なんて、一歩間違えるとどこかの国のマスゲームだ。
あんまりよその国にはなさそうにも思えるが、どうなのだろう?
いつの頃からどうして始ったのか、興味が湧いた。

今年は突然、冒頭で今までなかった国歌斉唱があった。
いい事だと大賛成なのだが、なんで今年からやるようになったのだろう。
しかしどうせならちゃんと子供たちに意味を教えて歌わせてほしかった。
長男は何の歌か知らなかったからだ。
まあ来年以降も続けてほしいと思う。

来年は、このブログで運動会についてどんな事を書いているだろう。
ちょっと楽しみである・・・

【本日の読書】
「魔王」伊坂幸太郎

       

2010年10月8日金曜日

出張の車窓から

一昨日は久々の出張だった。
出掛けた先は盛岡。
日帰りのとんぼ返り出張だから、あまりのんびりともできなかったが、まあ仕事なのでそれはしかたない。

東北新幹線で「はやて」だと2時間半くらいだから、ちょうど大阪へ行く感覚だ。
だが、東海道新幹線は本数が多いために時間のイメージがつきやすいのに比べ、東北新幹線は本数が少ないため、時刻表がなければ時間のイメージがつきにくい。
事実今回もちょうどいい列車がなく、3時間10分かかる「やまびこ」で行く事になった。
はやてだと早いのだが、ちょうど良い時間がない。
40分新幹線に長く乗るか、現地で1時間ほど時間を潰すかの選択で前者を選んだのだ。

友人のブログ風に写真を決めてみた)
乗り込んだ社内は意外にも満席に近い状態。
ちょっと驚く。もっとも本数が少ないせいかもしれない。不便だが、大量輸送は効率的だ。国鉄の時代ならともかく、今は空気を運んでも儲からない。利便性は確かに大事だが、空気を運んでその分運賃に転嫁される事を考えたら、窮屈な社内もやむをえまい。

駅弁を食べての移動。
本を読み、いつのまにか睡魔の誘惑に負けている。車窓にはいつしか田園風景が広がる。
こういう風景の中で暮らしてみたい、とふと思う。
いつの間にか新幹線は 先輩Hの住む杜の都を通過して行く。

車窓から眺める風景に、長野県の御代田に住む従兄の事を思い出した。
ちょうど家を建てる前、家の話になった時の事だ。我が家は敷地面積が30坪。
都会ではまあそんなものだが、いとこの感覚では普通は70~100坪だったから、お互いの認識の違いにびっくりした。そして坪単価を聞いた従兄は絶句した。
桁が一ケタ違ったからだ。

収入を比較すれば、たぶん私の方がかなり多いと思う。
だが、多額のローンを抱える私に対し、我が家の倍の広さの庭つきの家に、従兄は暮らしている。
生活コストが低い事を考えると、多少収入は少なくともずっと豊かな暮らしのように思える。
その分刺激も少ないし不便が多いのも確かだろうが、どっちが幸せとも判別がつかない。

車窓の田園風景の中に高校生らしきカップルを見つけた。
またそこで従兄に聞いた話を思い出した。
まだお互いに高校生だった頃の話だ。
その時従兄は、当時付き合っていた彼女から聞いた友達の悩みの話をしてくれたのだ。

その友達の彼氏は高校を卒業し、東京の大学に行く事になった。
そうすると二人の付き合いも続かないだろうと彼女は不安になった。
ちょうど彼女の方はその彼氏と初体験をするかどうか迷っていて、でも相手が東京に行ってしまうと、いくら彼女にその気がなくても彼の方から離れていくに違いない。
それならやがて知りあう未来の彼氏のために、“とっておいた”方がいいだろうかと悩んだらしい。

東京と御代田は、今では車でも新幹線でも2時間ほどで行き来できるが、当時は急行で3時間かかった。華やかな都会は今よりもずっと遠くに感じたのかもしれない。
そんな都会に出て行って、可愛い女の子をたくさん目にしたら、故郷に住む私なんか忘れられてしまうと心配したその彼女。結局どうしたのかは知らないが、どうしたのだろう。

今も地方ではそんなドラマがあったりするのだろうか。
あるいはそんな純な感覚は、地方においてさえももう古臭いものなのだろうか。
自分でも女の子の手を握るだけでもドキドキしていたあの頃の感覚が、今となっては懐かしい。
今でも相手が変わればあの感覚は蘇るのだろうか・・・

帰りは2時間半の「はやて」にうまく飛び乗った。
隣のサラリーマンは席に着くなり、ビールのプルトップの音を響かせた。
途中から山登りの帰りと思われるグループがどやどやと乗り込んできた。
帰りもけっこう混んでいた。大いにけっこうな事だ。

暗くなると窓には自分の姿が映る。
それを見て、高校生から見たら確実におじさんに見えるだろうなと思う。
それは仕方ないにしても、気を抜いたらだめだろう。
まだまだ気持ちの上では、20~30代のエネルギーと落ち着きと胸のときめきとを保っていようぜと、窓に映る自分に言い聞かせたのである・・・


【本日の読書】
「経済予測脳で人生が変わる」中原圭介
「アベンジャー(上)」フレデリック・フォーサイス
   

2010年10月5日火曜日

裏があるなら知りたい

民主党の小沢一郎が政治資金規正法違反で強制起訴される事になった。
検察審査会が2度にわたる起訴議決を出したのを受けてのものだ。
正直言って今回こうなるまで、こういう制度があるのを知らなかった。
たぶん大半の人がそうじゃないかと思う。

この事件、あまり熱心に追っかけていないいせもあるが、いまいちよくわからない。
容疑そのものもよくわからない。
「虚偽記載」というのは分かったが、それがどうだったというのか。
まあ責任ある立場の人だからなんでも違反はよくないというのは確かにそうだ。
だが、「虚偽記載」をして何をしたのか?
不正に賄賂を受け取ったのかどうなのか、そこまで示してほしいと思うのだ。
隔靴掻痒の感がぬぐえない。

次に起訴のプロである検察が起訴を断念したのに、強制起訴して大丈夫なのかという気もする。
国民の目も大事だが、何でもかんでも怪しければ起訴というのも怖い気がする。
どこかの大国とは違うんだし・・・
裁判員制度における裁判員は検察・弁護人双方の意見を聞いてジャッジするのが役目だ。
ある程度は素人だってかまわない。しかし、人一人を罪に問うのに素人感覚はどうなんだと思えてならない。

いくら裁判自体がきちんと行われるから、大丈夫だと言ったっていたずらに起訴すればいいというものでもない。国民の目というなら起訴に至った理由も明示してほしい気がする。
「秘書が独断でなしうるとは考えられない」と指摘していただけだと迫力がない。
マスコミもこういうところこそきっちりしてほしいと思う。

今後は、裁判所から指定された弁護士が検察役をするらしい。
だが、プロが断念したものを弁護士ができるのだろうか。
普通に考えれば有罪にもっていけるわけがない。
もしもこれでうまくいって有罪となったら検察官はみんな丸坊主だろう。

この事実を受けて野党は大喜びで批判合戦。
これは致し方ないとして、民主党の中からも離党勧告という声まで聞こえてくる。
先の党首選といい、何だか足の引っ張り合いみたいなものも垣間見えてくる。
表に出ている事情しかわからないから何とも言えないが、水面下でいろいろあるのかもしれない。

ちなみに私は小沢一郎に関してはニュートラルだ。
昔は発言内容などからけっこういいなと思っていたが、最近は外国人参政権や中国へのすり寄りなどで不安な思いをさせられる事が多いから中和されている。
考えてみれば「この人はいい」と思える政治家がいない。
安心して任せられる政治家が見当たらないのはなぜなんだろう。

今度社会人向け勉強会の講師を依頼する政治部記者の人にいろいろと聞いてみようと思う。
無関心こそが国民の最大の罪だと信じているので、少しは興味を持ってみたいと思うのである・・・

【本日の読書】
「野球へのラブレター」長嶋茂雄
「SEX」石田衣良
    

2010年10月2日土曜日

国際貢献

月に一度ある、母校の財団法人が運営している社会人向け勉強会に今日は参加してきた。
受講生としてスタートし、翌年から世話役として参加して今年で5年目。
今日のテーマは「国際貢献」であった。
この講義は個人的に好きである。

普段「国際貢献」などという事は考える事もない。
大切か、と問われれば大切だと答えるが、では何かしているか、と問われれば大半の人は何もしていないし、我が国がしている事も知らないというのが実情だろう。
事実、私も以前はほとんど知らなかった。

敗戦時、焦土と化した我が国は当時の最貧国で、海外から帰還する650万人(軍人350万人+市民300万人)を迎えるにあたり絶望的な状況であったという。
1945年の冬には100万人の餓死者が出ると予想されたそうである。
それを乗り越えられたのは、「ガリオア」、「エロア」という名称のアメリカによる援助、WHO、ユニセフなど国際機関による援助、「ララ」という名称のNPOによる各種援助であったという。

さらに世界銀行による資金援助で、東海道新幹線、東名・名神高速道路、黒部ダム、愛知用水などのインフラ整備が出来た。もちろん、その支援の背景には、常に国益で動くアメリカが、冷戦の中で日本を利用しようとしたという実情があるのだが、支援の事実は事実である。今日はそうした話はでなかったが、受講生には事前にいろいろと調べてきてもらった。

その中で日本ユニセフの「ハッピーバースデー」というプロジェクトが紹介された。
毎年1歳の誕生日を迎えられずに亡くなっている子供たちが世界で600万人いるという。
そうした現実を変えようと180組のアーティストが歌う「ハッピーバースデー」を1曲105円でダウンロードするとそれが寄付になるのだという。

なんて素敵な試みではないか、と感動してさっそく検索してみた。
「日本ユニセフ:ハッピーバースデー」
ずらりと並んだ180組のアーティスト。
しかし、残念ながらほとんど知らないアーティストばかり。
アーティスト情報に疎いゆえかと思うも、そうとばかりではなさそう。
このプロジェクト自体もあまり知られていないし・・・

もっとメジャーどころが入ってくると違うと思うのだが、運営者がもう少しビッグネームに働きかけたらどうかと思う。こういうプロジェクトならみんな喜んで協力してくれるような気もする。そしてそれをダウンロードする人もきっと大勢出てくるに違いない。

参加者からはいろいろな意見が出された。
講師としてお招きした国際協力機構(JICA)の方の話から、 「池上彰×緒方貞子」というサイトも見つけた。忙しい日常から離れてたまにはこうした問題に目を向けてみるのもいいと思う。

我が身を振り返ってみると、世の中には自分の生活しかないというような生活振りだ。
それはある程度は仕方がないと自分に言い訳しているが、時にはこうした問題を考えてみるのもいいものだ。少なくともそうした意識は持っていたいものである・・・


【本日の読書】
「野球へのラブレター」長嶋茂雄
「魔王」伊坂幸太郎
   

2010年9月29日水曜日

就職難の真実

今は就職難、氷河期という言葉も使われているほど。
私などは超売り手市場の時代に就職したため、そんな苦労などしなかったものだから、今の若い人たちは誠に気の毒としか言いようがない。ただ一方で若い人たちの中には非常に勉強熱心な人たちもいて、やはり最初に就職で苦労するという事も結果的には良い事なのかもしれないとも思える。

さて、政府はそんな就職氷河期の学生に対し、企業に卒業3年目までの新卒採用に補助金を出すなどの支援策を発表している。
それはそれで良い事のような気もする。
ただちょっと気になるデータを見てしまった。
それは企業規模別の有効求人倍率だ。

有効求人倍率、すなわち新卒一人当たりに何倍の求人があるかという事だ。
従業員1,000人以上の企業が0.77倍。
つまり100人の学生に対し、77人の採用枠しかないという事である。
これに対し、従業員300人以上1,000人未満の企業だと2.16倍。
つまり100人の学生に対し、216人の採用枠があるという事になる。
さらに300人未満だと4.41倍。
100人に対し441人の採用枠である。

なんの事はない。
就職難とは、大企業の場合であって、中堅・中小企業では「引く手あまた」なわけである。
テレビなどでも就職が決まらなくて焦る学生の姿を映して、「大変だ」とやっているが、それは大企業だったわけである。そう考えると、どうして政府が税金を使ってまで就職サポートまでやらないといけないのかと疑問が湧いてくる。ないならともかく、働き口はあるわけで、好き嫌いを言っているだけなのになんで税金を使うのだろう。

そもそも大学全入時代に入っているわけである。
つまりすべての就職希望者が大企業に入れるわけではないのである。
溢れるのは自然の原理で、その人たちは中堅・中小に就職すればいいわけで、むしろそれが当然。
放っておけばいいのだ。どうしても大企業でなければ嫌だといって、卒業しないでいるのもフリーターになるのも個人の自由だ。我々が汗水たらして働いて納めた税金で、どうしてそこまで面倒をみてやる必要があるのか。

競争社会ゆえどうしても大企業に入りたかったら、努力して工夫して勉強して採用されるだけのものを身につければいいだけだ。
4年間遊ぶのもいいが、そのつけは本人が覚悟すればいい。
安易に税金を使う政府にも腹立たしい気持ちを持った。

ところが、先日某上場企業の人事担当をしている知人にこの支援策の話を振ってみた。
彼曰く、この程度の支援策ではとても採用意欲など湧かないそうである。
考えてみれば人一人を採用するにはかなりの経費がかかる。
政府の支給する「おこずかい程度」では話にならないそうである。
つまり作ったはいいが、“使えない”制度だと言う事だ。
今の政府のやる事ときたらこの程度なのだろう。

いや、待てよとそこでまた思う。
そんな事は百も承知なのかもしれない。
ただ事実をきちんと考えないマスコミがうるさいからとりあえず策を作ると。
しかし、予算もないしわざと使い勝手を悪くして誰も手を挙げないようにする。
そうすれば何もしないわけでなく、お金も使わない。
そこまで考えての事だろうか?

そこまで考えての事だったら、「さすが」と座布団一枚差し上げるところだが、真実は果たしてどうであろうか。深読み過ぎだとすれば、それもいいのか悪いのか。
いずれにせよ、若者たちには自分たちで何とかしろと言いたいところである・・・


【昨日の読書】
「これからの『正義』の話をしよう」マイケル・サンデル
「新参者」東野圭吾

    

2010年9月26日日曜日

スカイツリー

我が家に一本のビデオがある。
長女が生まれた10年前、まだ慣れない沐浴の様子を撮影したものである。
あれやこれやとワイワイやりながらの沐浴であるが、その中でその場にいた当時まだ20代後半の義妹が出てくるシーンがある。義妹を撮影しながら、私が「○○おばちゃんです、こ~んなに若いです」とコメントしている。

今このビデオを見ると、そのコメント通り確かに「若いっ!」と思ってしまう。
まあ今はすっかりアラフォーの義妹でとは言え、20代の頃だから当然若いわけである。
10数年後に見る時の事を考えてコメントしたのであるが、今あらためて見てみるとそのコメントに我ながら感心する。

ここ数日で一気に秋が深まったような天気である。
幸いにも朝から好天で、我が家は一家で現在建設中のスカイツリー見物に行って来た。

まだ建設中で、現在の高さは470メートル。
完成時には634メートルになるそうだから、だいたい3/4の高さまできているわけである。

竣工予定は2011年12月だそうだから、まだ1年以上も先である。開業にいたっては2012年春だから、まだ1年半以上もある。なぜこの時期にと言えば、「建設中」は今しかないからである。

「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画がある。
私の大好きな映画であるが、この映画の中で背景に東京タワーが使われている。
昭和33年、建設中の東京タワーをバックにして物語が進んで行く。完成した東京タワーしか見た事のない私にとって、建設中の東京タワーは実に新鮮にうつった。
スカイツリーも、だから今のうちに行っておこうと考えたのである。

2012年になって完成してしまえば、その姿はずっと続く。
それが東京の一つの景色になっていく。
子供たちが大きくなって結婚して、やがて自分たちの子供を連れてスカイツリーに遊びに行くかもしれない。その時、「お父さん(お母さん)はまだ建設中の時に見に来たんだよ」と子供たちに語ってやれるだろう。あるいはそれは孫たち相手かもしれない。

そう考えるとなんだか楽しい気分になる。
一緒にお風呂に入りながら、「今日の事はよく覚えておきなさい」と子供たちには言い聞かせた。
証拠の写真も撮ったし、いつかこの写真を観ながら子供たちが、その子供たちあるいは孫たちとワイワイ話すところを想像してしまう。

そのスカイツリーであるが、本来はデジタル放送用の送信が主たる機能とされている。
しかしながらその目的とは別に観光スポットとして、これからは注目されていくだろう。
実際今日も大勢の人たちがカメラ片手に周辺に訪れていた。
商業施設もかなり併設されるようだし、開業してもすぐに行くのは避けた方が無難だと思う。
見学して浅草までブラブラ歩いて戻ってくるのもなかなかいい観光コースになるような気がする。
いずれ我が家も開業後にあらためて行くつもりである。

しかしながら当の子供たちはどのくらい理解できているのだろうか。
風呂の中でもお昼に食べたハンバーグがおいしかったねと嬉しそうに言っていた。
ハンバーグも良いが、今日の意味をしっかり理解してよく覚えておけよと念押ししたが、ちょっと心もとない気がする我が家の子供たちなのである・・・


【昨日の読書】
「新参者」東野圭吾
   

2010年9月23日木曜日

お受験雑感2

妻が近所のお受験情報を仕入れてきた。
なんでも近所の某私立有名大学付属高校からは、9割が上の大学へ進学できるという。
それに比べてもう一つある付属の実業高校は、同じ付属と言いながら上の大学に進学できるのは1割程度。しかも学部もあまり選べないという。
近所のママ曰く、「小学校受験で付属の実業を受ける人の考えがわからない」らしい。
「当然付属高校を選ぶべきでしょう」と。

私も二児の父親。
子供の将来の事もあれこれ考える。
だがこうした受験情報に心を動かされる事はまったくない。
そんなの意味ない事だと思っているからだ。
かのご近所ママはたぶん経験していなくてわからないのだろう。

私の学生時代も「受験戦争」などという言葉が使われていた。
私立の付属高校へ行く友人も多かった。
しかしながら、たまたまだが、私の友人たちはみんな入ってから遊んでいた。
大学受験は確かに私より遥かに楽できたと思うが、その差がどうだとも思う。
浪人して予備校に通っていた先輩や友人達も結構遊んでいた。

ライバルと呼んでもいい友人O。
彼は家庭が経済的にあまり恵まれていなかった。
彼は親に負担をかけまいと塾にも予備校にも通わず、国立大学へストレートで進学した。
受験の時も私立には行けないからと受ける事すらせず、今と違って複数受験もできなかったから、文字通り一本勝負だ(ちなみに私も一本勝負だったが、負けて浪人した)。

Oは、「もし落ちたら受験勉強の傍ら、バイトして家に2万円入れる」と私に宣言していた。
落ちていたら奴はきっとそうしていただろう。
学校の勉強とラジオ講座というリーズナブルな勉強方法で彼は合格した。
もともと頭が良かったかというとそれほどでもない。
小学校時代から目の前で見ていたからよくわかる。

そもそもであるが、学校の勉強なんて極論すれば「やったかやらないか」だ。
頭の良し悪しはあまり関係ない(あくまでも学校の勉強だ)。
せいぜい凡人が1時間かかるところを天才は30分でできるという程度だ。
1時間かければ追いつくし、2時間かければ追い抜ける。
お受験ママは、それをやらずに「頭の良い子は違うから」と妙な理屈をこねて、この簡単な理屈を受け入れようとしない。彼は(だふん)相当やっていた。ただそれだけだ。

親が熱心に塾だ、家庭教師だと騒いでも、肝心な子供の心にスイッチが入らなければ何にもならない。学生時代に私が家庭教師で教えていた子は歯医者の息子。良い家に住んで、広い自室があって(トイレだって今の我が家の2倍の広さはあった)、こずかいだってたぶんたっぷりもらっていて、友人Oなら泣いて喜ぶ環境だ。
なのに勉強はやる気ゼロ。

高校時代のラグビー部の先輩たちは、浪人しながら気楽な予備校生活を満喫していた。
がけっぷちの必死さなど微塵も感じなかった。
机に向かっていても頭の中はゲームの事を考えているのかもしれない。
「水辺に連れて行っても水を飲ませる事はできない」のである。
お受験ママがどこまでそれをわかっているだろうか。

親が腐心すべきは学校選びではなく、いかに子供の心のスイッチを入れるかだ。
スイッチが入れば、自分で考え進んで行く。
親はそれを見守り、時に自分の経験に基づいてアドバイスし、必要なサポートをしてやればよい。
どこへ行くかだって、自分で決めた方がやる気だって出るだろう。

長女はまだ小学校4年生。
まずは我が子が学校の勉強についてどんな事を思っているのか。
好きな科目は?嫌いな科目は?それはなぜ?
教科書にも目を通し、できれば同じ目線でどんな事を考えているのかわかるようにしたいと考えている。うまくスイッチが入るかどうか。我が子にはそんなことをしていきたいと思うのである・・・


【昨日の読書】
「これから『正義』の話をしよう」マイケル・サンデル
「Invitation」小池真理子他
    

2010年9月20日月曜日

恐竜展

3連休の最終日、我が家は男チームと女チームとに分かれてそれぞれ別行動となった。
男チームは六本木ヒルズへと向かう。5歳の長男と六本木ヒルズはあまりにもマッチしない。
しかし、ここの53階で『恐竜展』をやっているのだから、マッチするもしないもないのである。

5歳の長男は恐竜好き。
まあ男の子は仮面ライダーとかウルトラマンとか恐竜とかが好きなものである。
さらに言えばトミカにプラレールであろう。
連休でもあるし、というわけで大好きな恐竜を見に行くことにしたのである。

我が家からは六本木までは西武池袋線と都営大江戸線とを乗り継いで行く。
長男は先頭車両に乗って前方を見るのが大好きだ。
恐竜展だけがお楽しみではないのである。
しかし、西武線の窓は高く長男の背が届かない。
持ち上げてやらないといけないから結構大変なのだ。
顧客サービスを考えるのならこういうところにも気を配ってほしいと思ってしまう。

一方都営大江戸線は窓が低いから好都合。
もっとも地下鉄で何を見るのだと思うのだが、長男は熱心に見ているから面白いのだろう。
こちらも何気に見ていて面白い事に気がついた。
大江戸線では運転手がほとんど運転しないのである。

西武線では運転手がレバーを動かして加減速を行う。
“電車でGO”の世界だ。
ところが大江戸線ではドアが締まるたとボタンを押すだけ。
その他には何もしている気配がない。
されど電車は加速し、駅に来れば減速して止まる。
自動運行なのだろうかと不思議だった。
傍から見たらやけに熱心に前を見ている親子だと映ったに違いない。

恐竜展自体はまずまずと行ったところ。
六本木ヒルズの53階という事でスペース的な制約もあったせいか、見て回るのに時間はかからなかった。見終わると長男は目ざとく恐竜のフィギアを見つける。
「買って、買って」とダダをこねるならピシャリとはねつけるのだが、「買わないの?」と誘われると思わず苦笑が漏れる。前回のウルトラセブンの時といい、長男の交渉力はなかなか見所があるように思う。

お土産にトリケラトプスとティラノサウルスのフィギアをゲットし、大満足の長男と岐路に着く。
東京ミッドタウンも出来上がってからはまだ見ていない。
見学したいと思ったが、それはまた次の機会だ。

思えば昔からこの六本木というところはどうも馴染めないところだ。
どうにも自分が場違いなところにいるように思えてならない。
独身寮の行事や結婚式の二次会や誘われた飲み会などで随分行っているのだが、その感覚は今もって変わらない。今日も長居せずに帰ってきたのも、子供連れという以外にそういう意識もあったのである。

さて、3連休もお終い。
次の我が家の予定はスカイツリー見学である!
     
   

2010年9月18日土曜日

これからの正義の話をしよう

今、「これからの『正義』の話をしよう」(マイケル・サンデル著)という本を読んでいる。これが面白い。もともとハーバード大学の人気講座を本にしたらしいのであるが、タイトルにある通り『正義』に関する議論なのである。

5人の命を救うために1人を犠牲にする事は正しいか、とか。
フォード社が爆発の危険性がある欠陥を発見したのに、リコールにかかる費用と実際に爆発が起こって犠牲者が出た場合の賠償コストを比較して、リコールを見送ったとか。
アフガニスタンで作戦を展開していた米軍特殊部隊の偵察隊が地元の羊飼いの親子に遭遇。
アルカイダに通報されるのを防ぐために部下が親子を殺すように進言してきたが、あなたならどうするとか。

ちなみに最後の例では、親子を殺す事を躊躇した隊長は彼らを逃がす(人間として当然だ)。その結果、親子はアルカイダに通報、彼らの偵察隊はアルカイダに包囲され、部下は全滅、救出に来たヘリは撃墜され乗っていた16人も死亡という結果になったという(ちなみにその事件は映画化『ローン・サバイバー』されている)。読みながらあれこれと考えさせられる。

読みながら2年前に観た 「ダークナイト」という映画を思い出した。
バットマンの映画なのであるが、これが善と悪、正義と悪との哲学的な対立を描き、ストーリーもさることながら、その重厚な問いかけに圧倒される優れた映画だ。

悪のジョーカーがゴッサムシティーを闇に包む。
正義を代表する検事デントがこれに立ち向かう。
しかしジョーカーは彼を捉え、さらにバットマン=ブルース・ウェインの愛する女性レイチェルを捕らえる。二人を離れた2カ所に監禁し、それぞれ同時刻に爆発する爆弾をセットする。そしてバットマンにどちらを助けるか選ばせるのである。

観客もバットマンがどちらを助けに向かっているのかわからない。
二人は無線で状況を知る。
デントはレイチェルを助けに行けとバットマンに叫ぶ。
デントは表向き大衆の前に正義の味方として立てないバットマンになり代わり、市民に希望を与える存在だ。刻一刻と爆発時刻は近付く。

自分だったらどうするか?
ちなみにバットマンは私の予想を裏切って(ジョーカーの策略で)デントを助けてしまう。
バットマンの姿を見たデントは絶望の叫びを上げ、爆弾は爆発する。

正義が単純に正義で、悪が単純に悪だったらこんなに簡単な事はない。
しかし、ジョーカーに協力した人たちは、ただの金欲しさだったりではなく、家族の病院代がほしくて協力したりしているする人もいるのである。
病気に苦しむ家族を前にして、果たしてジョーカーの誘いを断れるだろうか?

「スターウォーズ・エピソードⅢ」のアナキン・スカイウォーカーがフォースの暗黒面に捉えられてダースベイダーに落ちてしまうのも、私利私欲ではない。
純粋に愛する女性を救おうと思う行為だった。
だからこそ、この映画も面白いのだ。

あれこれ考えてみると、正義というものは結局相対的なものだ。
アメリカにとっての正義は、アルカイダにとってのそれとは違う。
アルカイダにとっての正義もまた然り。

9.11は許されざる犯罪ではあるが、石油利権獲得のためにイラクに攻め込んだアメリカによって大勢のイラク人が死んでいる。アメリカは極東軍事法廷で日本の指導者を戦犯として処罰したが、その「正義の国アメリカ」は、空襲で30万人以上の無抵抗な日本国民を虐殺している。勝者の高らかな正義の宣言の前に、敗者の正義は踏みにじられる・・・

まだこれから後半だが、簡単な事例からカントの哲学まで登場してきてなかなか面白い。
さすがハーバード大学の人気講座だ。
こういう講座がある事自体がアメリカの大きさなのだと思う。
こういう授業、受けてみたいものである・・・


【昨日の読書】
「これからの『正義』の話をしよう」マイケル・サンデル
「Invitation」小池真理子他
    

2010年9月15日水曜日

懐かしき紫煙

タバコについてもう少し。
前回も書いた通り、初めてタバコを吸ったのは高校生になった時のこと。
従兄が布団の中で吸い方を教えてくれたのだ。
「一回吸って軽く口の中に蓄えてから肺に吸い込むようにする」と教わった。
知らないと一呼吸で煙を吸いこんでいるイメージがあるが、厳密に言うと2段階で吸いこんでいるのである。

大学一年の時に掃除のアルバイトに行った時のことだ。
たまたま一緒になった同じ大学の同級生がタバコをふかしていた。
「なんかへんだな」と思ってよく観察したら、その彼は煙を口に入れて次に吐き出していたのだ。
吸いこむたびにほっぺが膨らむ。
そしてプフォーと吐き出す。

見ていて笑い転げそうになった。
彼は煙を肺に入れていなかったのだ。
真面目そうな彼だったから、子供の頃から勉強一筋で、たぶんタバコなんか吸う友達も、ましてや吸い方を教えてくれる従兄もいなかったのだと思う。
20歳になって、俺も大人になったからとタバコを吸おうと思ったのだが、見よう見真似で吸い方がわからなかったのだと思う(あるいはひょっとしたら、体に悪いからそういう吸い方をしていたのかもしれない)。笑い転げそうになった私だが、従兄がいなければ彼と同じ事をしていたに違いない(といっても高校の友達が教えてくれたかもしれないな)。

思えば従兄にはタバコも酒も教えてもらった。
学校の勉強は教えてくれなかったが、こうした事を教えてもらった恩恵は計り知れない。
「彼女ができた」と聞いた時には、どんな付き合い方をしているのか、おばさんの目を盗んで彼女を部屋に連れ込んで、それから・・・なんて話を、目をランランと輝かせて聞いたものである。

味を覚えるといろいろと自分に合ったタバコ、うまい吸い方などを研究するようになった。国産、洋モク、葉巻といろいろ試した末、一番気に入ったのがセブンスターと赤い箱のマルボロだった。
ダメだったのがメンソール。
あれはタバコの本来の味がまったくわからなくなる。
どこがどういう風にいいのだろうと今でも疑問だ。

「食後のコーヒーとともに吸うマルボロ」
これが一番うまいタバコだった。
余談だが、コーヒーと一緒に吸うというのは意外に好きな人が多いようである。会社でも、「タバコをやめた途端、コーヒー代が激減した」という人がいる。いつも喫茶店でタバコを吸っていたからだそうである。私も家に帰ってきてから、食後のコーヒーと一緒にタバコを吸う一時が、まさに至福の一時であった。

あの時代、身の回りでもテレビでもタバコはいたるところで吸われていた。
松田優作のジーパン刑事だって最後にタバコを咥えて息絶えたし、映画やドラマの二枚目はみんなカッコよくタバコを燻らせていた。
多感な時期の若者が真似するわけだ。

今では喫煙族は肩身が狭いことこの上ない。
個人的にはまったく困る事もないのであるが、どういうわけであろうか、時折、独身寮にいたあの頃、疲れて帰りついた部屋で一人食後のコーヒーとともに燻らせていたマルボロの煙が懐かしく思う時がある。そんな時、たまには吸ってみようかなと思うのである。

とは思うものの、買いに行ってもタスポはないから販売機では買えないし、高校生の頃付き合っていた彼女にもらったライターは実家のロフトのどこかにはいったままだし、灰皿はとっくに処分したしで障害が大きい。なにせへそ曲がりで天の邪鬼の私ゆえ、時代が嫌煙なら俺は喫煙と思わなくもない。いずれ長い休煙期間が終わる時が近いかもしれないと思うのである・・・

Life is beautiful!


【本日の読書】
「これからの『正義』の話をしよう」マイケル・サンデル
「生きっぱなしの記」阿久悠
    

2010年9月12日日曜日

タバコをやめられないなんて・・・

10月からタバコが100円も値上がりするようである。
一時は海外のように一箱1,000円になるという話もまことしやかに流れていたが、100円で良かったのか、100円も値上がりしたと考えるのか、たばこを吸わない私には何とも言えないところである。

何でもこれを機にたばこを辞めようと言う人が、禁煙クリニックやら禁煙グッズやらに殺到しており、今それらの関連の売り上げが急増しているという。私にしてみるとそんなものに頼らないとたばこをやめられないなんて、情けないと思わざるを得ない。医者やグッズに頼るのははっきり言って「甘え」以外の何ものでもない。

よく「俺はたばこをやめられないしやめるつもりもない」と豪語していた人が、肺癌と診断された途端、ピタッと煙草をやめたという話を耳にした事があるが、要は真剣にやめようと思えばやめられるのである。真剣に思わないから、「吸いたい」という誘惑に耐えられないだけである。

私は今こそたばこを吸っていないが、初めて吸ったのは高校生になってからだ。
小学校4年から春と夏の休みには2週間程度 御代田に住む従兄の家に一人遊びに行っていた。
一つ年上のその従兄は、長男の私にしてみれば良い兄貴だったのだ。その従兄に、夜布団のなかでたばこの吸い方を教わったのだ(ちなみに酒も教えてもらった)。

それ以来、カッコつけのためだけに親に隠れてタバコを吸っていた。
最初はカッコつけでも、やがて味がわかってくる。そうすると次に「吸いたい」と思って吸うようになり、やがてどういう状況で吸うと「おいしいか」がわかるようになる。私の場合、「食後のコーヒーと一緒に吸う」のが一番であった。

逆に歩きタバコはあんまりうまいと感じなかった。
風があるとその影響を受けるらしい。
だからあまり歩きタバコはしなかったし、今でも歩きタバコをしている人を見ると、「タバコを味わっているのか、味がわかっているのか」と思ってしまう。

また、酒の席だとタバコが進む。
だから酒を飲みながら吸う人の気持ちはよくわかる。
だが、これは飲み過ぎたりすると次の日に倍の気持ち悪さとなって現れたりする。

そんなタバコ生活をやめようと思った事は、実は今まで一度もない。今でもそうである。
30歳になった時に会社の業務研修で大阪に行き、3ヶ月ほどの研修生活を送った。
年齢的にも体力の低下を自覚し、当時まだ現役でラグビーをやっていた私は危機感を覚え、最後の一カ月間を体力回復期間に充てる決意をした。

朝起きて走り、朝食はリンゴ一個。
タバコは一カ月間の期間限定禁煙を自分に課し、夜は筋トレに励んだ。
「一カ月間の禁煙くらいできなくてどうする」と自分に言い聞かせ、ぴしゃりと吸いたい気持ちを抑えきった。簡単な事だった。

その間、一度だけ夢で吸った。
タバコを吸いながら、「なぜ迷わなかったのだろう」とえらく後悔した。
普通、「吸っちゃえ」という悪魔の声と「吸うな」という天使の声が交錯するだろうと。
だが迷いもなく火をつけ吸っていたからショックだったのだ。
目が覚めてほっとしたのを覚えている。
そして東京に戻ったが、それ以後不思議とタバコを吸いたいと思わなくなっていた。

吸いたくないから吸わないという、いわば【休煙】状態がそのままずっと続いている。
だが禁煙したわけでもない。たまに実家で弟と会い、なんとなくタバコをうまそうに吸っている弟を見て、「一本よこせ」と言って火をつけた事がたびたびある。しかし、不思議とあんまりうまいと感じずにそのまま吸う事もないのである。

将来どうなるかはわからない。
また吸いたくなるかもしれないし、このままかもしれない。
だが基本は「吸いたいから吸う、吸いたくないから吸わない」だ。
健康にどうだとか、値段がどうだとかは関係ない。

人やモノに頼ってまでタバコをやめようとするなんて、ナンセンスだ。
まあ自分にはあまり関わりのない事だし、他人の事をとやかく言う事でもない。
果たして、また吸いたくなる時がくるのだろうか。
それがちょっとだけ興味深いところである・・・
     

2010年9月10日金曜日

大腸内視鏡検査

勤務先では毎年健康診断をやってくれている。
こういう事は自分でやるとなるとおっくうだ。
勤務先で年に一度、忘れずに通知をくれてやってもらえるのは非常にありがたい。

実はここ数年、毎回ちょっとひっかかっている。
メタボは詐欺みたいなものだからあまり気にしていないが、大腸である。
医師の勧めで今年は内視鏡検査を受ける事になった。
(過去、バリウム検査は2度もやっている)

前日寝る前に下剤を飲み、朝から絶食して病院へ。
準備の後、腸管洗浄液なるものを飲まされた。1時間で2リットルを飲めという。これがほんのり塩味のきいた微妙な味の飲み物で、飲み進むうちに気分が悪くなる。最後は吐き気との戦い。一緒に検査を受けていた人たちは苦も無く飲んでいたのが不思議だった。

飲み終えてから検査まで3時間。
昼を挟んで、トイレに何往復もしながらひたすら待つ。
まあいい読書タイムではあったが、普段読みもしない週刊誌なんかも読んだりして、これはこれで良かったかもしれない。

本番の内視鏡検査が始まる。
肛門から内視鏡を入れられるわけで、初めは身構えていたが、あっさりするすると入っていく。
目の前のモニターには内視鏡の映像が映し出される。初めて見る己の腹の中。それは意外にもあざやかなピンク色の世界であった。

大腸内をぐるりと内視鏡が進むのだが、さすがに何とも言えない嫌な感覚。
「ここが盲腸、終点です」と言われ、ちょっと安心する。しばらくして「ポリープがありますね」と言われる。アップになった画像には、言われてみれば突起物が・・・

何やら看護師さんが準備を初め、ポリープ切除が始まる。事前にポリープはいずれ癌になるので、見つけたら取りますと言われていたが、まさかそんな事態になるとは思っていなかった。と言ってもこっちは尻から管を入れられて情けなく横たわっているだけ。

生理食塩水をポリープの下の腸壁に注入してポリープを浮き上がらせる。
そこを輪っかのようなものを巻きつけ、きゅっとその輪を締める。
たぶん電気メスの一種なのだろうが、あっさり終わる。抜くときはいとも簡単。
一応、これも手術なのだと言う(請求書にしっかりと書いてあった)。
というわけで今日は人生初の手術記念日と言える。

結局一日がかりだったが、まあこれで済んで良かったのだろう。
「一週間激しい運動は控えて下さい。お酒はダメです。それと食べ物も消化の良いものにして下さい。例えば・・・」
今週末には社会人向け勉強会で、夜は懇親会。
メーリングリストではピザを頼もうとかいろいろ盛り上がっている。
説明を聞きながら、「お茶飲んでいるだけかい」と一人心の中で愚痴る。

「これで来年の健康診断は大丈夫なんだろうな」
まだゴロゴロ言うお腹をさすりながら家路に着く。
おばちゃん看護師さんはとても親切だったが、また行きたいとは思わない。
大好きなコーヒーも飲めないし、食べられるもののリストを眺めていたら、何だか痩せそうな気がする(メタボにもちょっと良いかもしれない)。
健康のありがたさに感謝しつつ、一週間過ごすとしようと思うのである・・・

Life is beautiful!

【本日の読書】
「2000社の赤字会社を黒字にした社長のノート2」長谷川和廣
「ザ・クリスタル・ボール」エリヤフ・ゴールドラット
     

2010年9月7日火曜日

Life is beautiful!

人生は心のあり方で決まる
心のあり方を変えれば決定が変わる
決定が変われば行動が変わる
行動が変われば人生が変わる   
ヒンドゥー教の教え
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実は今大きな問題を抱えている。
もう長い事悪戦苦闘しているが、なかなか出口が見えない。
踏み出すべきではなかった道に迷いこみ、その結果、長くて出口の見えないトンネルに迷い込んでしまった。後悔する一方で、トンネルを抜けた先に開ける未来への期待もあり、相交差して複雑な心境である。

人生最大のピンチだと思っており、真剣に考えれば夜も眠れなくなるほどの不安に襲われるが、いつの頃からかあまり深刻に考えなくなった。どうやら私の心にはサーキットブレーカーがあって、心に一定以上の負荷がかかるとそれが働いて、心に必要以上の負荷がかからなくなるようになっているらしい。

数年前、仕事で大きな失敗をした時もこのサーキットブレーカーが働いた。
会社にも大きな迷惑をかけるミスで、毎日針のムシロだった。
会社に行きたくないと思った。
周りの人の視線が痛かった。
しかし、何日かしてからこのサーキットブレーカーが働き、すっと力が抜けた。会社から見事な「厳重注意書」をいただいたが、休むことなくすべての批判を正面から受け止められた。まあ良い経験だったが、二度としたくはない経験だ。

今もサーキットブレーカーが働いているが、問題が解決したわけではない。
日々、根拠のない楽観と「夜明け前が一番暗い」という信仰が支えだ。
そういう問題があるからだろうか、それとも 「自分が源泉」という考え方が身についてきたからだろうか、毎日平凡な一日を過ごしていてもそれだけでありがたいと思う。

毎日の通勤も、“痛勤電車”などと揶揄する人もいるが、私にしてみれば本が読めるくらいのスペースはあるし、時間もDoor to doorで1時間とそんなに苦にならない。
暑いと言ってもクールビズでネクタイからは解放されているし、職場の人間関係で悩む事もない。
子供の寝顔しか見れないというほど過酷な残業もないし、帰れば家族がわいわいやっていて家の中は賑やかだ。親の体調は心配だが、それ以上に心を痛める問題もない。

週末の深夜には大好きな映画を観られるし、月一回は銀座の映画館でも楽しんでいる。
大事にしている時間は過ごせているし、友人知人にも恵まれている。
コインを見て表と見るか裏と見るかは見方次第だ。
表から見れば表が、裏から見れば裏が見える。
平凡な一日も、「良い事がなかった」と考えるか、「悪い事がなかった」と考えるかも考え方だ。

以前、「ライフ イズ ビューティフル」という映画があった。
ナチスドイツに捉えられたユダヤ人父子の物語だ。
母親と引き離されて収容所で暮らす毎日に、父は毎日をゲームに見たてて、子供を楽しませて過ごす。最後に悲しい結末があるのだが、悲劇だけの映画とも言えず、なぜか映画のタイトルと内容とが見事に一致していると感じた映画である。

バラ色の人生を送りたいとは思うが、良い事ずくめが果たしてハッピーライフなのかどうかはわからない。重荷は重荷で確かに辛いが、辛い練習を経てライバルに勝った試合ほど喜びは大きい。
もちろん、それは“勝てば”の話であって、負ければ悲惨だ。
そこに大きな不安があって、それこそが心を乱す原因ではあるのだ。

ただそれこそが、大げさに言えば生きている証。
『冬があり夏があり、昼と夜があり、晴れた日と雨の日があってひとつの花が咲くように、悲しみも苦しみもあって私が私になってゆく(星野富弘)』
そんな心境で乗り越えていきたいものだ。

その名の通り“Life is beuatiful”というサイトがある。
みんなが感じたちょっとした感動を投稿したサイトだ。
一つ一つ読んで行くと、大きな喜びやささやかな喜びといろいろ感じ方があるのがわかる。
山あり谷ありと今もこれからもあるのだろうが、これも自分の人生と割り切って楽しむ気持ちを持っていたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「2000社の赤字会社を黒字にした社長のノート2」長谷川和廣
「ザ・クリスタル・ボール」エリヤフ・ゴールドラット
     

2010年9月4日土曜日

ひと夏の思い出

本日は家族で昭和記念公園のレインボープールに行って来た。
なにせ9月とはいえ、この暑さ。
しかも私の住んでいる練馬は、東京の最高気温というと必ず引き合いに出されるというありがたい土地柄。この夏の締めくくりとして、行く事にしたのだ。

実は都内のプールは8月一杯というところが結構多い。
我が家の近所の区民プールは軒並み8月一杯だし、近くのプールもそういうところが多い。
9月の頭までやっているというのは珍しいようである。
そして今日はその狙いが見事的中したような天気。
選択は間違っていなかったようである。

日中は肌をさす日差し。
地面も暑くて裸足で歩けない(どうやら足の裏を少しやけどしたみたいである)。
流れるプールは水も冷たく(他のプールはさすがに温まっていた)、気持ちよかった。
子供たちも喜んでいたし、今年はリベンジできた。

実は昨年は散々だった。
私の夏休み期間中はほとんど雨で、やっぱり昭和記念公園のプールに行ったのだが、午後から雨。
しかも雷のおまけつき。プールの噴水の下に入った長男が、「去年のプールみたい!」と喜んでいたが、笑えない冗談だった。区民プールも室内のある所に、雨だから車で妻に送ってもらって子供たちと行ったほどであった。だからリベンジなのである。

そういえば我が家はプールオンリーである。
海には行かない(関東近辺では、という意味である)。
海だと距離があるし、せっかく行っても江の島あたりは汚いし、房総、九十九里などは遠いし渋滞するし、で勇気が出ないのだ。そのあたりの海は子供の頃によく連れて行ってもらったものである。

子供の頃と言っても小学生の頃だ。
電車に乗って行った記憶がある。
そのうち何回かは仲の良い友達家族と行ったが、親父の姿はそこにはなかった。たぶん、夏休みの平日に行ったのだろう。千葉の御宿とか、そのあたりだったと思う。民宿に泊まって、いつも焼き過ぎた肌がヒリヒリ痛かったのを覚えている。

今から思うと、当時は週休2日制なんてない。
家族で海に行った記憶もあるが、あれはあるいは日帰りだったのかもしれない。
せっかくの週に一度の休みに親父は疲れただろうな、と今になってみれば思う。
私も今日は疲れたから、明日は寝坊しようなんて思っているが、あの頃の親父はそんな事言ってられなかったわけだ。

私の母親は、いろいろと家事の手伝いをする私の姿を見て、「今のお嫁さんはいいわねぇ」なんて言うが(それを妻が嫌味ととるからあとで私も大変なのである)、当時の親父の立場にたってみれば、週に6日間働いて(しかも水曜日には早帰りしましょうなんて習慣もなかったわけである)ようやくの日曜日、何もする気にはなれなかったのだろうと思う(神様だって7日目にはお休みになられたのだ)。

いつも何も言わずにあさっての方を見て、母の独り言を聞き流している親父であるが、男には男の辛さがあるよなぁと、今ではちゃんと肩をもっている。
世の中の進歩なのだとは思うが、今は良い時代で私も親父よりは楽になっている。
親父も大変だっただろうが、あの頃の家族で行った海の思い出は、ちゃんといい思い出として私の中に残っている。

さて、記録的な猛暑のこの夏の一連のプールの思い出が、我が家の子供たちにどのくらい残るだろうか。「プールに入ってたら、雨が降って雷が鳴ったんだよね」じゃ浮かばれないぞ、と思うのである・・・
    

【昨日の読書】
「新・ニッポン開国論」丹羽宇一朗
「ブラック・ペアン(下)」海堂尊
         
      

2010年9月1日水曜日

English!

英語が話せたらいいな、とは誰でも思う事だろう。私もそう思う一人である。
と言っても本当は話すよりも「字幕なしで映画を観たい」という欲求の方が強い。
もともと映画好きだし、多少なりとも英語がわかってくると、字幕とセリフとの微妙なニュアンスの差に気付いたり、絶妙な訳に関心したりする機会が増えてくるからだ。
ただ、なかなか道は険しい。

中学一年の時、英語を受け持ってくれたのはY先生。
この先生、通訳のバイトをしていたというくらい英語ペラペラで、発音もネイティブそのもの。
授業だけでなく、英語にまつわる話も面白く、実に楽しい2年間の授業だった。
いつかY先生のようになりたいと思ったものだ。

だが、Y先生の転勤で至福の一時は終わりを告げ、その後の授業はジャパニーズ・イングリッシュで、受験モードまっしぐらだった。
それでも受験では英語が重要視されている大学を受けたため、ヒアリングも含めてかなり頑張った。
今、文章であればなんとなく読めるのもこの時の蓄積が大きい。

社会人になってしばらくして、もう一度英語力を鍛えようと決めた時があった。
毎朝、ネットでCNNのニュースを読む事から始めた。
オーストラリア在住の主婦の方(日本人だ)を紹介され、毎週末英文メールで文通した。
ケーブルテレビでCNNやBBCの英語ニュース番組を見た。
ちなみにダイアナ妃事故死のニュースを初めて見たのはBBCのニュース番組だった。

しかし、映画はなかなか遠い道だ。
まず映画の世界に没頭してしまうのが一番の原因だ。
ほんとうは2回、3回と続けて観ればいいのだと思うが、どうしても2回続けて観るなら別のものと思ってしまう。最近はDVDだと英語字幕も観られるらしいから、そのうち試してみようかとも思うが、その前に溜めこんだ50本の映画を観る方が先決だったりする・・・

先月グアムに行った帰りの飛行機の中、映画が上映された。
タイトルを見たらつまらなそうな映画。
「Dear John」という映画だった。
よし、と決意してイヤフォンを英語モードにして観る事にした。

映画だから、画面を見ているだけでもなんとなくストーリーはわかる。
英語もところどころ聞き取れる。だが、だめだった。
細かいニュアンスがわからない。たぶん、口語が多いのも原因だとは思う。
本当につまらないストーリーだったのか、わからないからつまらなかったのかは不明だが、とにかくつまらなかった。まだまだ目指す道は遠そうだ。

たぶん一定期間、徹底して英語漬けの生活を送ったら、そこそこ話せるようにはなるんだろう。だが、なかなかそういう生活はいまのところ難しい。
かつて知り合った人で、読み書きはペラペラという人がいた。
一度も外国に行った事がなく、読み書きはできてもしゃべれないと笑っていたが、その人は猛烈に英文を読んで独学したそうである(まあ書ければ話せるとは思うのだが・・・)。

私も再び一念発起しようかな、と思うものの、「あれもやりたいこれもやりたい」と思い患う毎日で発起できるかは微妙だ。とりあえずは、毎日CNNの英語ニュースを読む事だけは、欠かさずやろうと思うのである・・・


【本日の読書】
「新・ニッポン開国論」丹羽宇一朗
「ブラック・ペアン(上)」海堂尊
         
    

2010年8月29日日曜日

最後の日曜日

夏休みと言えば東京では8月一杯というのが一般的だが、我が家ではそれは幼稚園に通う長男だけの話である。娘の小学校は25日から始まる。

その昔、 御代田に住む従兄と議論した事がある。
御代田は夏休みが25日頃までだった。
向こうは東京よりも涼しいからだ。
「東京の学校の方が休みが長くていい」と主張したら、彼は「その代わりこっちは冬休みが長いし、“田植え休み”や“稲刈り休み”がある」と反論してきた。
トータルでは同じくらいだったが、今の娘だとその議論は成り立たないかもしれない。

なんで短くなったかというと、悪名高いゆとり教育から脱却し、授業日数を増やすにあたって他の日程では調整つかなかったらしい。もっとも周辺の学校の対応はまちまちで、一日あたりの授業数を増やす事で従来通り9月からにしている学校もあるようだ。なんでも校長の裁量判断らしいが、やっぱり8月一杯休みたいだろうなと個人的には思う。

そんな最後の日曜日、子供たちと近所の区民プールに行って来た。
そのプールも開催は今月いっぱいらしいので今年はこれでお終いである。
泳ぐというよりも「浸かっている」という表現の方が正しいのだが、それでも疲れてしまった。
娘もいつのまにかダイナミックなクロールで泳ぐようになっていた。
5歳の長男も少しずつ上手に泳ぐようになっている。
来年はどのくらい進歩しているだろう・・・


昨日から毎年恒例の社会人向け勉強会が始まった。
母校の財団法人が主体となったもので、今年が5年目。
最初の年に受講生として参加し、2年目からは世話役としてお手伝いさせていただいている。最初の講義は毎年恒例の「自分が源泉」という講座だ。

「すべての結果は自分が創っているという立場を取る」という考え方の実践で、とかくうまくいかない事を、他人や外部の責任にしがちな我々であるが、それを「原因は自分にある」と考えることで、まずは心のあり方から変えて行こうという趣旨のものだ。
事実は一つだが、それをどう解釈するかは我々自身にかかっている。この考え方を取り入れて、私も日々穏やかに前向きに暮らしていられるような気がする。

講座では「エゴグラム」という性格診断も取り入れて、参加者も楽しみながら学べる。
性格診断のようなものは誰でも興味あるだろうし、結果があたっていたりすると妙に納得したりもする。エリック・バーンという精神科医によって提唱された「交流分析」が元になっているのだが、参加者もワイワイと楽しんでいた。

今年もこれから月に一回のペースで半年間続いていく。
私も学べるので毎年大きな「役得」だと思ってお手伝いさせていただいている。
仕事以外にこうした活動があるのもいい刺激だ。
自分自身楽しみながら、受講生にも満足していただけるようやっていきたいと思う。

窓を開ければ、蝉の声がいつのまにか涼しげな虫たちの声に変わっている。
もう9月。
早いものである・・・
    
    

2010年8月28日土曜日

日本の空港

国内初の格安航空会社(LCC)対応空港として生き残りをかける茨城空港は、中国上海のLCCである春秋航空が茨城─上海線で片道4,000円(1便あたり総座席数の約1割にあたる18席程度)の航空券を販売することで話題になっている。片道4,000円というのは魅力だが、茨城空港までどのくらいかかるのだろう・・・

 一方、1978年の成田空港の開港による棲み分けで、長い間国内線専用だった羽田空港が、今年10月に再国際化する。 2002年のサッカーワールドカップ日韓大会開催を契機に、羽田空港と金浦空港を結ぶチャーター便が就航し、現在は上海(虹橋空港)、ソウル(金浦空港)、香港便が定期便に限りなく近い「定期チャーター便」という方式で運行されている。今年10月21日には4本目の滑走路(D滑走路)と新国際ターミナルの併用が開始され、31日には32年ぶりに国際定期便が再就航し、国際線定期チャーター便は定期便に格上げされるという。

 これにより、前述の上海、ソウル、香港に加えて、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ホノルル、パリ、バンコク、シンガポール、台北などへも羽田から行けるようになる予定だ。羽田空港は都心からモノレールで約20分で行けるという好立地に加え、新滑走路の新設と新国際ターミナルの開業、P4平面駐車場の立体化(完成)、第2ターミナルビルの増床で利便性はさらに増す事になる。

子供の頃に成田闘争の様子をテレビで見た記憶がある。
あんな思いをして開港したのに、都心からのアクセスが悪く、アジアのハブ空港にもなれないでいる。羽田の沖合への拡張という形になっていたら、あんな無駄なエネルギーを使う事もなかったのにと、なんとなく思う。

我が家も先日成田空港を利用した。
我が家はいつも自家用車で空港まで行く。
近くのパーキングに車を預けるのだ。
大きなスーツケース2つに子供連れとなると、電車での移動はなかなかの負担だ。
片道2時間半のドライブとなるが、そのくらいならはるかに楽だ。

羽田となると確かに都心に近くて便利なのであるが、車となると駐車料金がかかる。
成田だと最安値で一日500円。
先日は6日間で、いろいろ込みで4,000円かからなかった。
羽田だと6日間で13,200円。
高速料金を考えても成田の方が安い。

最近少なくなったが、たまに出張で羽田を使う。
国内の移動では羽田は圧倒的に便利だ。
個人的には、羽田と成田の棲み分けはできている。
しかし、ここ最近羽田も周辺に安い駐車場が登場している。
6日間で8,700円というのもある。こうなると往復の高速代と時間差で(羽田は車で約1時間で行ける)、羽田の方が便利になる。

大阪では伊丹と関空がこの関係にある。
伊丹は府内であまりにも便利だから、廃止されずに残っている。
もう拡張は難しいだろうが、関空の不便さが際立っているから存在意義も大きい。
羽田はどこまで便利になるのだろう。
たぶん、大騒動の経緯もあり、成田廃止という動きにもなりにくいだろう。
それが羽田がますます便利になっていく事に対するブレーキになるのかもしれない。

お役人の考える事はとバカにするのは簡単だが、やっぱり随分と空しい騒動だったと思う。
東京と大阪のそんな状況を横目に韓国やシンガポールの空港は、アジアのハブ空港として高い地位を築いている。失敗はやむを得ないが、肝心なのはその失敗からいかに立ち直るか、だ。ここで成田を切って、羽田を拡大・拡張して日本の玄関にできたら大したものだと思う。

基本的に未来は過去よりも便利な社会であるべきだろう。
空港についてはそんな未来がくるのだろうか。
まあそんな話を家庭でしようものなら、「羽田でも成田でもいいけど、毎年海外旅行に行きたいわねぇ」という声が聞こえてきそうである。便利になってもまだまだ空港は遠そうな我が家の現実なのである・・・


【本日の読書】
「モンスター」百田尚樹
         
【昨日の漫画】
「マネーの拳⑨」三田紀房
「ONE PIECE ②」尾田栄一郎
     
     
    

2010年8月25日水曜日

外国人観光客

丸の内勤務のせいもあるが、東京駅周辺ではよく外国人観光客を目にする。
大抵は数人の家族またはグループだ。
東京は鉄道網を始めとして交通機関が発達しているから、どこへ行くにしても便利だとは思うものの、慣れない外国人の方にしてみれば複雑に思えるかもしれない。
それでも地図を見たり、駅員さんなどに訪ねたりして奮闘しているようである。

翻ってみると、日本人はどうも至れり尽くせりが好きなようである。
先月グアムに行った際は、市中に日本人観光客向けのバスが走っていた。
JTBなどで旅行の申し込みをすると無料パスがついてくる。歩くかタクシーしかない現地で、これは貴重な足だった。ハワイでも同じバスが走っていたから、他の観光地にも結構走らせているのかもしれない。

わざわざバスを走らせてしまうというところが凄いところだ。このバスは誰でもお金を払えば乗れるので、他の国の観光客も結構重宝していたようである。

こうした細やかさは日本人らしいと思うのだが、その一方でこういうものに慣れてしまうと、逆に一人で行動する逞しさが奪われるような気もする。ガイドブックだって微に入り際に入りで、現地でうろうろする事もない。それがいいのか悪いのかは難しいところだ。

その昔、マニラに住む友人宅に遊びに行った事がある。
その時、現地を走るジープニーに乗ってみたいと思った。ところがこれが難しい。現地に住む友人でさえ難しいと言っていたから尚更だ。乗り込んで行くだけの度胸がなくて結局乗れずじまい。今でも残念に思う。

私もガイドブック片手に旅するより、現地の人にあれこれ聞いて、自分なりの発見を楽しみたいと思うクチだ。 (→地球の歩き方)

独身時代にシンガポールに行った時は一人で適当にバスに乗って、インド人街で降り、路地裏の小さなレストランに入ってランチを食べた。日本人が来たと言う事でわざわざ店の奥から年とったおじいさんが出てきて話しかけてきた。戦争中の思い出があったのかもしれない。そうした経験は、パックツアーではできない。

外国人観光客の人たちは、みんな自分たちの旅をしている。
もちろん、そこにはきめ細かく世話してくれる旅行会社もないのだろうが、逞しいなと感じてしまう。どこへ行っても英語で物おじせず話しかけるし・・・

細やかなサービスがないから逞しいのか、逞しくないから細やかなサービスが必要なのか。
現地にまでバスを走らせてしまう日本流が良いのか悪いのかはわからない。
外国人観光客の人たちがこの東京でどんな事を経験して、どんな感想を持ったのか、ちょっと聞いてみたい気がする。

そんな事を考えていたら、独身時代のような気ままな旅をまたしてみたいという気になった。
当分は難しいだろうなぁと、遠くを見つめてしまうのである・・・


【本日の読書】
「はとバスをV字回復させた社長の習慣」宮端清次
「モンスター」百田尚樹
    

2010年8月22日日曜日

党首選

民主党の代表選が徐々に話題に上って来ている。
実は今月の初めの事、ある方から小沢さんの動向について話を伺った。
なんでも本人は総理大臣に相当なりたがっているという事だった。
まあ政治家になった以上、しかもあれだけの実力者になればその気持ちは当然なのだろう。
それに総理大臣になると検察の追及を回避できるらしい。
次回の検察側の事情聴取は代表選後に延期したとニュースでやっていたが、総理大臣になればその必要もなくなる。そんな理由もあるのだという。

話を聞きながら、「本当だろうか」と思ったものだ。
ただ、その方も某新聞社の役員経験者だし、それなりのニュースソースもあるようだから満更ガセネタという事もあるまいと思っていた。
そうしたら小沢さんが代表選に出馬しそうな雰囲気になってきた。
「ああ、やっぱり」
というのが感想だ。

しかし、今の時期に総理大臣を代える事が本当に必要だと民主党の人たちは考えているのだろうか。
昨年の衆議院選挙で圧勝して以来、民主党の評価は右肩下がり。
ようやく菅さんに代わって盛り返しかけたところである。
確かに消費税で戻りかけた流れをつかみ損ねた経緯はある。
だが、ここで再び総理大臣を代える事が得策かと言えば、個人的にはそうは思わない。
ましてやそれが、第一次民主党政権の戦犯の一人小沢さんとなれば尚更だ。

小沢さんの疑惑については、事実はともかくとして印象はよくない。
ほとぼりも冷めないうちから出てきたところで、イメージアップにはならないだろう。
今は失った信頼をいかに取り返すかが、民主党の課題のはず。
一致団結して菅総理大臣を盛り立てて、盤石の政権を築くのが第一だと思う。
なのになんでだろう、と疑問に思う。きっとその裏には何らかの思惑があるはずだ。

このまま菅総理の下、一致団結して難局に立ち向かい、見事景気が上向いて国内の状況もよくなれば、民主党の支持率も上がる。当然菅総理の支持率も上がり、民主党内での発言権も強まる。それはすなわち長期政権を意味し、ポスト菅総理の争いも菅総理グループが圧倒的に有利になる。そうした流れを好まない人たちの、出る前に杭を打とうという意向が、そこにはあるのかもしれない。

当然、そこにあるのは国益でもなく、党益でもなく、個人の利益という事になる。
まあ自分が権力の座に就く事ができれば、当然党益にも国益にもなる政策が実現できるという腹積もりが、ひょっとしたらあるのかもしれない。私腹を肥やそうとしているとまでは言わないが、自分が考えた政策を実行し、それで国民の尊敬を勝ち取り、末永く名宰相として歴史に名を残したい、そんな野心なのかもしれない。

およそ政治家になろうというくらいの人は、誰でもそんな野心をもっているものなのだろう。
それが悪いかと言われれば、必ずしもそうではない。
誰が総理になろうとも、我々国民の生活が向上すれば、私としてはそれでいい。

例えば野球で、勝利の要因となった決勝点を入れてヒーローインタビューを受けるのは、難しいボールを選んで出塁し、ホームを踏んだ選手ではなく、ランナーを進めるべく見事な送りバントを決めた選手でもなく、きわどいところでホームに突入の指示を出したベースコーチでもなく、最後にランナーを生還させるヒットを打った選手だ。自分を犠牲にしてチームプレーに徹したとしても、それが日の目を見る可能性は低い。

政治家だって運が必要だ。
いくら自民党の党首だと言っても谷垣さんは総理大臣にはなれない。
小沢さんもかつて党首をしていたし、次の機会に例え党首に返り咲いたとしても、総理大臣になれるかどうかはわからない。ひょっとしたらこれが千載一遇のラストチャンスなのかもしれない。

どう転ぶのか、私としては見ているほかない。
結果的に我々の生活が良くなればそれでいいのだが、そうは言ってもやっぱりプロセスというのもある。なるべくなら信頼できるやり方で結果を出してほしいところだ。
みんなが送りバントを決めた選手を讃えられるようなムードが生まれてきたら、我が国ももう少し良い国になりそうな気がするのだが・・・

やっぱりそれは難しい事なんだろうかとしみじみ思うのである・・・



【本日の読書】
「リング」百田尚樹

2010年8月19日木曜日

関心

毎朝の日課として、パソコンでCNNの英語版ニュース(CNN.com International)を見ている。
日本とは違うニュースが流されていて、ちょっと新鮮だったりする。
ここのところのメイントピックスは、パキスタンの洪水だ。
ずっとトップニュースで扱われている。
日本でも報道はされているが、その扱いとは大きな差がある。

日本人には日本人の関心事というのがあるから、扱いが違うのは当然なのであるが、ふとどれくらいの人がこの洪水のニュースに関心を寄せているのだろうかと考えた。
たぶん、「ふ~ん、大変だなぁ」と一瞬思うくらいだろう。
新聞の扱いも小さいし、まったく感心を示さない人も多いと思う。
しかし、現地では多数の犠牲者も出ていて、さらに水も食料も不足していて、コレラまで出ているというから深刻だ。

話は逸れるが、この水が不足しているというのも不思議な事だ。
大洪水というからにはあたりには水が氾濫するほどあるのである。
もちろん、ここで言われているのは「飲料水」だ。だが他の動物は平気で飲めるわけである。人間だけが「飲料水」でないといけないというのは、なぜなんだろう。
野生の逞しさがもはや人間にはないということなのだろうか。

日本政府はパキスタン政府の要請を受けて、ようやく費用面の援助とヘリの派遣を決めたようである。ちなみにアメリカはヘリによる救助はとっくに始めている。アメリカは親米政権のこのイスラム教国に対してはいろいろな思惑があるから、無理もないところだ。だが、それを割り引いたとしても我が国の対応は遅いなぁと思わずにはいられない。

聞くところによれば、我が国にもこうした他国の災害に対しては、救助隊や医師団を招集して派遣できる態勢はできているらしい。だが災害発生からどのくらいで派遣されるのか、今回はどうなっているのか、日本のニュースを見ていてもさっぱりわからない。

たぶん、マスコミがおざなりにしか報道しないから、国民も関心を持たないのだし、したがって政治家も腰が重くなるのだろう。国民が関心を持って、「政府は何をしているのだ」という声が高まれば、政治家の対応もマスコミの報道も変わってくるのだろう。
ではどうしたら国民が関心を持つのだろうかと言えば、やはりマスコミが積極的に取り上げて報道する事だろう。マスコミが積極的に取り上げるには、やはり国民が関心を持たなければいけない・・・おそるべきジレンマ・・・

自衛隊のヘリが派遣されるようだが、それは災害救助だから当然非武装となるらしい。
だが、パキスタンはタリバンの巣食うアフガニスタンに隣接し、災害救助とは言え外国人憎しのタリバンから思わぬ攻撃も受けるかもしれないとの指摘もある。
パキスタン政府は安全を保証してくれるらしいが、自衛隊なんだから自分たちでやれるのにまったくおかしな国だ。危険があるならそれに備えるのは普通の事だが、なかなかその普通がいけない事のようだ。その話は横道にそれてしまうから、またいずれかの機会に譲りたい。

現地はいまだモンスーンの勢力が衰えず、道路も水没して救援もままならないらしい。
だからのヘリ要請なのであるが、それにしてもパキスタンは核兵器まで保有している軍事大国なのに、自国民を救助するヘリさえ十分にないのだろうか?
それとも日本よりも人口の多い国だから足りないのだろうか。

それにしても、こういう時にこそすぐに駆けつけて援助の手を差し伸べる事が大切なのにと思わざるを得ない。お金を出すよりも、要請される前に救援に向かえば相手の感謝と信頼を得られる事は間違いないのに・・・

かくなる上は、自分としては何ができるだろうかと考えてみたが、やっぱり何も出来そうもない。
せめて関心を持って、明日もCNNのニュースを見る事にしたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「デカルト方法序説を読む」谷川多佳子
「リング」百田尚樹
     
    

2010年8月16日月曜日

終戦記念日に思う

8月15日は言わずと知れた終戦記念日。
8月6日以降の一週間、毎年我が国は終戦ムードに包まれる。
昨日はテレビで「玉音放送」全文を流しているのをたまたま見ていた。
感度の悪いラジオで、当時多くの国民が意味がわからなかったらしいが、なるほどどうして無理もない。

『朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲(ここ)ニ忠良ナル爾(なんじ)臣民ニ告ク朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ』

冒頭のこの一文で、要は「ポツダム宣言を受け入れる=降伏する」と言っているわけであるが、聞き取り難さと不慣れな表現、それにポツダム宣言の内容を理解していないとわからないはず。
これを聞いて、当時すぐに意味のわかった人は、なかなかの知識と情報量のあった人なのではないだろうか。

それはともかく、戦争の悲惨さと二度と起こしてはならないという誓いは、繰り返し繰り返し言われ続けている。今年はさらに語り部の数が増え、もうこれで最後と言わんばかりに戦争体験があちこちで語られている。直接経験した世代はいずれいなくなるわけで、その前にこうした証言を一つでも多く知りたいと思うし、残してほしいと思うから良い事だ。

ただ、いつも感じるのは、結果に対する反省だけで、原因追究が極めてあいまいだと言う事だ。
「どうして戦争は起こったの?」
子供にこう聞かれた時、どれくらいの人がきちんと答えられるだろうか?
「悪の日本軍が大陸に侵略して行ったからだよ」とはまさか言わないだろう。
それを言うなら、「なぜ侵略して行ったのか」を説明しないといけない。
「世界支配を目指していた」なんて、旧日本軍をショッカーと一緒にするような回答をする人は共産党や社民党の人ぐらいしかいないと思うが、大丈夫かとちょっと心配になる。

結果には必ず原因がある。
そして結果を回避するためには、原因究明が不可欠である。
それなのに、こと一番大事な戦争については、結果責任だけに着目し、お詫びだけで蓋をしてしまっているように思えてならない。

過去、中学・高校と歴史の授業は受けてきた。
ところが、どうでもいいようなネアンデルタールとか縄文式土器とかの話は熱心にされるものの、肝心な昭和現代史はちょっとしか触れられない。
ましてや、(私の頃は)原因究明なんて皆無であった(まあ世界史を学べば、事実をつなぎ合わせて、頭を働かせれば原因はすぐにわかるのであるが・・・)。

「なぜ」を5回繰り返す改善でトヨタは世界に誇る品質を維持するトヨタ方式を編み出したというが、そのトヨタ方式に習って「なぜ」を繰り返せば原因は見えてくる。
「なぜ、日本は大陸に進出(侵略)していったのか」
そこからスタートして考えてみれば、ある程度の原因はみえてくる。

マスコミも「戦争は悲惨だ」と言えばこの時期はいいんだと思っている。
「二度と繰り返してはいけない」と言っていれば確かに間違いはない。
「ではどうしたらいいのか?」
65年も経つのだから、そろそろそこまで進んでもいい時期だと思うが、どうだろう。

私もビジネス式に「原因究明」と「再発防止対策」について、思いっきり誰かと議論してみたいと思うが、なかなかその機会に恵まれない。
そんなフラストレーションをこの時期いつも抱えているのである・・・

【本日の読書】
「デカルト方法序説を読む」谷川多佳子
「日暮らし(下)」宮部みゆき
「リング」百田尚樹


      

2010年8月14日土曜日

産経新聞

我が家では産経新聞を購読している。
といっても読者は妻である。
私は社会人になって以来、日経新聞を購読していたのだが、結婚した時に「家庭用にも必要」(私は日経新聞を職場に持って行っている)という理由で、妻が実家で読んでいた産経新聞と契約したのである。

産経新聞など読んだことのない私には、ちょっと新鮮な紙面であった。
なにせ主張が朝日新聞とは両極端に異なる。
戦後の伝統的な護憲、反省の歴史の立場である朝日新聞に対して、憲法改正、自立した歴史の立場に立つ産経新聞という具合だ。二つの紙面から得られたものは、実はとても大きいと思っている。

私はマスコミを信用していない。
それは仕事上での経験もあるが、この二つの新聞を読んでいるだけで何が正しいかなんて自分でしっかり考えていないとわからなくなると思うからだ。
我々はとかく新聞やニュースの報道を鵜呑みにする。
嘘などないという前提でみてしまう。

確かに嘘はないかもしれないが、あからさまな「誘導」はある。
それがわかっていないと、知らず知らずにそういう意見を植えつけられてしまう。
例えば朝日新聞をずっと読んでいる人は、憲法改正に反対だろうし、産経新聞や読売新聞だと逆だろう。

ここ最近、産経新聞は高校無償化を朝鮮学校に適用する事に対して、真っ向から反対するキャンペーンを展開している。たぶん他の新聞はあまりやっていないと思う。
直接「反対」と主張しているわけではない。
都合のいい記事を選んで掲載しているだけだ。

タイトルだけ見ても、
『韓国の脱北者団体、朝鮮学校無償化反対の文書を提出』
『「思想教育」「反日教育」は判断材料にせず 文科省が説明 』
『結論ありき? 国民への説明は不十分 』
『朝鮮学校無償化 法令違反も 「思想教育」理念と矛盾』
『「なぜ密室で」批判集中 朝鮮学校無償化問題』
『総連の草案“丸写し”意見書、小平市会が可決 朝鮮学校「無償化」要望』
と真面目に読めば「けしからん」という気持ちになってくる。

一方他の報道はかなり少ないが、
『「高校無償化」 愛知中高の高級部生徒たち 暑さにめげず署名活動』 朝鮮新報
『「高校無償化を朝鮮高校にも」生徒らが署名提出』 テレビ朝日
とこちらは「差別したらいかんよなぁ」という気持ちにさせられるものだ。
普段何気なく取っている新聞を読み続けていると、いつのまにか「自分の考え」がコントロールされていく事になる。

その他でも「朝日新聞的思想」に真っ向から反対する小林よしのりや桜井よし子といった人たちの論評を載せたり、本の宣伝をしたりと、それはそれは徹底している。
昔は受験生は朝日新聞を読むべき、特に「天声人語」は必読などと言われたし、「新聞を読みなさい」と親にはよく言われた(ちなみに私の実家は読売新聞だった)。
どの新聞が良いとは言わないが、真面目に新聞を読めとは自分の子供には言いたくないと思う。
敢えて読ませるなら両方だろうか。

個人的には朝日新聞の思想・主張は大嫌いだから、むしろ産経新聞の方がいいのだが、それでもここまで露骨だと嫌気が差すのもまた事実だ。
お前たちの思想を押し付けるなと言いたい。
その点、思想性の薄い経済新聞は読んでいて心地良い気がする。

まあ新聞を批判しても仕方ない。
要は受け手の問題なのだ。
しっかりと咀嚼できるようにしていきたいものである・・・


【昨日の読書】
「デカルト方法序説を読む」谷川多佳子
「日暮らし(下)」宮部みゆき

      

2010年8月12日木曜日

ご先祖

グアムに遊びに行った時の事だ。
現地のウォーターパークで遊んでいたところ、妻が突然見知らぬ家族に話しかけられた。
話を聞くとなんと我々と同姓だという。
(長男がネーム入りの水泳帽を被っていたからわかったそうなのだ)

実は私の苗字はちょっと珍しい部類に入ると思う。
これまで46年生きてきて、同姓の赤の他人に出会ったのはこれで3人目というくらいだ(この家族の人たちは初めてだったそうである)。ご主人に聞いたところ、お互いの父親の出身地は長野県の富士見という町の近郊で、ほとんど同じであった。
「ルーツは一緒なのかもしれないですね」と短い立ち話をして別れた。

私の父親はその長野県の富士見で生まれ育った。
今でもそこに行くとさすがに同姓の家がけっこうある。
その町(昔は村だった)で、私の知る限り祖先は4代前まで遡る事ができる。
名前がわかる範囲で、という意味だ。
(以前戸籍をもらったのだ)

極めて少ない情報ながら、わかっている範囲内だと4代前のおばあさんは安政3年の生まれ。
西暦で1856年。その3年前にペリーが浦賀に来航している。
今NHKでちょうど『龍馬伝』をやっているが、まさにそんな激動の時代。
開国の雰囲気は長野県の田舎町には伝わっていたのだろうか。

3代前のおじいさんは明治13年の生まれ。
25歳で結婚し、26歳の時に祖父が生まれている。坂の上の雲の時代だ。
どんなご先祖様だったのか、名前とわずかな情報しか手掛かりがないからなんとも言えない。
たぶん代々農家だったのだろう。
昔何かで見た明治初期の農家の人々の写真が脳裏に浮かぶ。

以前父から昔の祖父の苦労話を聞いた事がある。
やっぱりいろんな事に悩みながらも、毎日の晩酌を楽しみに子供たちを育てていたのだろうか。
血は繋がっているのに、4代前になると何にもわからなくなってしまうというのもちょっと寂しい気がする。昔の、それも奥深い田舎の事だから写真も残っていない。
ご先祖様は今の私の暮らしぶりを見たら、果たしてどんな感想をもらすだろう・・・

翻って考えると、将来自分の子孫たちもやっぱり同じような感想を持つのだろうか。
4代あとの孫はどんな暮らしをしているのだろう。
幸い現代はいろいろな記録メディアがある。
写真やビデオはデジタルだから残るだろうか。
このブログはどうだろう。
密かにつけている日記なんか、読んだらびっくりするかもしれない。

「昭和39年生まれのおじいさんは面白い人だったようだ」
そんな評価が語り継がれるといいなぁと思うのである・・・


【本日の読書】
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海
「日暮らし(下)」宮部みゆき

2010年8月9日月曜日

指南役

先日の事、取引先との面談を終え汗を拭き拭きの帰り道、突然若いサラリーマン風の男性に声をかけられた。
「研修の一環なんです、名刺交換をお願いします」と彼は自分の名刺を差し出してくる。
「ああ、またか」と思う。
丸の内界隈では結構頻繁にこれをやっている。
私も何回か声をかけられた事があるし、声をかけているところを見たことも一度や二度ではない。

いつものように、「仕事以外では名刺交換しない事にしてるので」と断る。
これまでは「失礼しました」と簡単に引き下がってくれたが、今回の彼には粘られた。
一緒に歩きながら、「お願いします」と。
交換だけならいいが、あとでセールスの電話がかかって来ても面倒だ。
すると、「あとでセールスのお電話をするというわけではございませんので・・・」と彼が言う。
自分で言ってるじゃないかと、内心ちょっと微笑ましく思う。

30メートルくらいついてきたが、こちらも初志貫徹。
彼も諦め、次のターゲットを探しに行った。
暑いのに大変だろうが、残念ながらあのやり方ではあまり名刺は集められないだろうな、と思う。
自分はいつも応じないし、他所の人も見る限りでは相手にしていないようである。
まあ無理もない。

自分だったらどうするかな、とこういう時はいつも考える。
まず道端で知らない人に話しかけるなんてしない。
性格的にもできないし、そんな非効率的な事はやってられないクチなのだ。
どうやったら効率的に名刺を集められるだろうと考える。

手っ取り早いのは東京ビッグサイトあたりへ出掛けていく事だろう。
ここではいろいろ企業の展示会をやっている事が多い。
ブースを一つ一つ回ってちょっと話を聞いて、こちらの名刺を差し出せばまず応じてくれる。
あらかじめ少し専門知識を仕入れていって、うまく相手に合わせられれば完璧だ。
100社くらい出展している事もあるから、一つのブースで頑張って2~3枚集めれば、一日でかなりの数になるだろう。

努力は大切だが、その方向性を間違えると「無駄な努力」となってしまう。
私も今だからこそ、そんな風に考えられるが、これも過去の経験の賜物。
初めからそんな風に考えられたわけではない。
いろいろな失敗、試行錯誤、無駄な努力の蓄積の結果だ。
若い頃にそうした事を手取り足取り教えてくれる人がいたら、もっと違っていた事だろう。

浪人せずにストレートで大学に入れたかもしれない。
大学のラグビー部では、1年からレギュラーになれたかもしれない。
会社ではもっと出世していたかもしれない。
家に帰った時に出迎えてくれる奥さんだって別の人だったかもしれない・・・

変えられない過去を嘆いても仕方がない。
自分の経験値をどう活かすか、だ。
一番良いのは子供にアドバイスしてあげる事だが、どうだろう。
聞く耳はもってくれるだろうか。
できれば指南役となって、いろいろとアドバイスしてあげたいところだ。
いつか子供たちの恋の悩みに応えてあげられたら、自分の失恋経験も無駄ではなかったと言えるのだが、どうであろうか。

疎ましがられず、聞いてもらえるような工夫を今度は考えたいと思うところである・・・


【本日の読書】
「雨が降ってもよろこぼう」嶋津良智
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海
「日暮らし(中)」宮部みゆき
 
     

2010年8月7日土曜日

猛暑の休日

連日の猛暑である。
私は常々、夏は夏らしく、冬は冬らしく、男は男らしく、と常に「らしく」があるべき姿と考えているので、この猛暑も夏らしくていいと考えている。
確かに昼間の外出は大変だが、夜帰る時になると気温も下がって心地良く感じる。
これも昼の暑さがあったからだろう。

詳しい統計は調べたわけではないが、この猛暑でビールは売れているだろうし、プールだって大賑わいなのではないだろうか。
少しは景気にもいいのではないかと考えていたら、何と野菜が生育不足で値段高騰ときた。
雨の影響もあったらしいが、あちらを立てればこちらが立たず、はある程度は仕方がないのだろう。

妻と子供たちは揃って妻の実家のある大阪に帰省中である。
したがって家には私一人。
毎年の恒例行事であるが、これが私には結婚以来の息抜きになっている。
家族がいるのはありがたい事なのであるが、いればいたでの煩わしさというものがある。
そうした煩わしさから、たまには解放されたっていいだろう。

朝起きる時間から夜寝るまで、誰はばかることなく好きな事ができる。
食事だけは侘びしくなるがそれはやむをえない。
食べていてこぼしたって何にも言われないし、それくらいは我慢しないといけない。
そうして2~3週間一人で過ごし、「咳をしても一人」の状況にちょっと寂しくなった頃家族が帰ってくる。その賑わいに、また家族のありがたみがわかっていいのだと勝手に思っている。

ちょっと涼しくなった夕方、スーパーに買い物に行った。
夕飯のお弁当と夜映画を観る時の酒のつまみを購入。
最近は娘までが「夜中にお菓子食べるとメタボになるよ」と一々言ってくるようになったが、今日は気兼ねなく買えた。

帰り道、木々から蝉の大合唱が聞こえてくる。
不思議な事に蝉ってなかなか見つけられない。
鳴き声のするところに目を凝らしてみるのだが、今日もやっぱり見つけられなかった。
もっとものろまな人間様に見つけられるようなら、すぐに鳥なんかの餌食になってしまうだろうから、当たり前なのかもしれない。

家に帰りつくと何だか玄関先で違和感を覚える。
あるべきところにある何かがない、という違和感だ。
そしてそれが自転車である事に気がついた。
自転車がないのだ。「あ~」と、ため息が漏れる。

スーパーに置いてきちまった・・・

さて、今夜は何の映画を観ようかな。
貴重な一時だからたっぷりと満喫したいものである・・・


【本日の読書】
なし 


    

2010年8月6日金曜日

セブンの息子

5歳の長男と二人で先日の休みの日に「ウルトラマンフェスティバル2010」に行ってきた。
仮面ライダー と並んでこちらも長寿のヒーローモノだ。
最近はテレビでやっていないようであるが、たまにケーブルテレビでやっていたりするから長男も知ってはいる。

行ってみれば子供用の催しもので、ウルトラ兄弟や怪獣たちが展示され、ゲームがあったりショーが開催されたりしていた。
ショーではお姉さんに促されて、子供たちがウルトラ兄弟に声援を送る。
我が長男も、「頑張れ~」と声を張り上げていた。

有料のゲームを見つめていた長男に、「ゲームする?それとも何か買って帰る?」と尋ねると、間髪を入れず「買って帰る!」との答えが返ってきた。
長男が食い入るように見つめたのは人形。
「何個買ってもいいの?」
という問いに、「何個欲しい」と問う。
「4つ」とちょっと考えた末、長男は答える。
う~む・・・

1個840円だから良いかなとも思うが、一気に買え与えるのもいかがなものかと考え、「2つ」と言い渡す。長男もしばし遠くを見つめていたかと思ったら切りだしてきた。
「今家に怪獣がひとつあるでしょ。だからウルトラマンを2つ買って怪獣をひとつ買えば、2対2で戦えるよ!」と。
「なるほど」と感心。
「買って、買って~」とダダをこねるのではなく、冷静に論理的に説得しにきた姿勢に感動。
「さすが我が息子」と思わずOKを出しそうになった。

しかし、こちらもそれに応えるべく、冷静に対応。
「ダメ、2つだけ。それ以上買うと怪獣ママゴンが怒り出すからウルトラマンでは歯がたたないでしょ」と。わかったのかどうかわからないが、長男は納得。
考えに考えてウルトラセブンとウルトラマンゼロを購入した。

何で数多くいるウルトラ兄弟の中から古臭いウルトラセブンなのかと聞くと、「だってウルトラセブンが好きなんだもん」という。
嬉しい事を言ってくれる。私も実はウルトラセブンが一番好きだったのだ。あれはいい番組だった。再放送で何回も観た。
長男にもみせたいくらいだ。
しかもウルトラマンゼロはウルトラセブンの息子なのだという。親子と親子。円谷プロもなかなか味な事をやる。

交渉には負けても2体のウルトラマンを買ってもらってご機嫌な長男。災難だったのは、突然正義のヒーロー2体を相手にしなければならなくなった我が家の怪獣だろうか。嬉しそうに戦わせて遊ぶ長男に、今度はウルトラセブンのDVDを借りてきてみせてやろうかと考えた。私も久しぶりに子供の頃の感動を思い出したくなったのである・・・
(最終回は子供心に切なかったものなぁ・・・)


【本日の読書】
「雨が降ってもよろこぼう」嶋津良智
「日暮らし(中)」宮部みゆき
     
   

2010年8月2日月曜日

夏休みの自由研究

小学生の娘は現在夏休みの宿題である自由研究に没頭している。
今年のテーマは「グアム旅行記」。
先日の旅行をうまく利用しようという腹だ。
と言っても考えたのはママだ。
子供は言われるままというところがちょっと寂しい。

実は昨年の事、やっぱり夏休みの宿題で自由研究が出た。
親としては子供の宿題だし、本人に任せていた。
なにやら購読している学習雑誌から選んでやっていた。
そしたらクラスでの発表で、娘の宿題の内容のあまりのレベルの低さにママが青くなって帰ってきた。よそは親がかなりテコ入れをしていたようである。
「今年は知らん顔できない」と妻は鼻息が荒かった。

しかしなぁ、と私は反発。
どうみても親が手を貸したような自由研究を持って行ってそれでいいのか、と。
何のための研究なのか、と。
明らかに親が手伝ったような『立派な』作品を持って行くより、貧相であっても『自分の力でやりました』というものの方がいいのではないか。
少なくとも私が教師だったら、そういう子の作品にこそ評価を与えたいと思うのだ。

とカッコよく語ってみたが、実は自分も昔からこの手の『自由研究』の類は大の苦手で、なんで今頃になってまたあの悪夢のような体験を再びしなければならないのか、というのが本音である。
学校の先生には「自分の力でやる事」と子供たちに強く指導してほしいと切に思うのだ。

とは言え目の前の現実からは逃げられない。
結局テーマはいろいろ事例を探して『旅行記』とした。
ちょうどグアムに行くし、という事で旅行中に見たり聞いたりした日本との違う事などをまとめてレポートするようにした。出入国の手続きから(入国時には指紋まで取られたからアメリカで何かやらかしたら一発で身元がばれてしまうとか)、街のスーパーでの商品調査・価格調査なんかも入れてみたりした。

まあいろいろとヒントはあげてなるべく自分で考えるようにさせているから、これはこれでいいかもしれない。すぐに「次はどうするの?」と聞いてくるから、「どうすればいいと思う?」と切り返している(すると「わかんな~い」と返してくるから敵もさるものであるが・・・)。

ほぼ8割方完成したからほっとしている。
他の「親」がどんな作品を作ってくるかは知らないが、我が家は本人の自主性を重んじる方式でここまで作らせた。出来が劣ったとしても気にするまい。
小学校4年生としては十分に「らしい」仕上がりだ。
これで私も安心して夏を過ごせる。

と、これも私の性分なのだがついつい考えてしまうのだ。
「来年どうしよう・・・」
続けて海外旅行はいくらなんでも厳しいぞ。
職場に5年生の子がいる同僚はいなかったっけかな。
探してみないといけないと思ったのである・・・


【本日の読書】
「二つの真実」船井幸雄
「日暮らし(上)」宮部みゆき

    

2010年7月30日金曜日

グアム雑感その2

「ねぇ、グアムってアメリカ?」
グアムに行く前に娘にこう尋ねられた。
「う~ん、そうだよ」
一応、そう答えはしたものの、なんとなく自分自身も頼りない。
アメリカではあるものの、州でもないし何なんだろうとよくわからなかった。
詳しい歴史など知らないし、太平洋戦争でアメリカが日本から奪ってそのまま領有しているというくらいの認識だった。調べてみたら準州という扱いらしい。

グアムに到着した翌々日、イルカウォッチングツアーに出かけた。
ホテルのある中心部からバスで郊外に向かっている時の事、現地人ガイドさんが日本語でいろいろと話をしてくれていたのだが、あるところで「ヒダリテハ、基地デ~ス。ミサキゼンブ基地デス」と教えてくれた。どうやらその先にある岬というか半島全体が、海軍の基地だったようである。


基地と言っても鉄条網の向こうに広々とした野原とわずかな建物が見えるだけ。
軍艦などは見えもしない。
どうやら広大な敷地を占領しているらしい。
現地のチャモロ人ガイドさんの口調からは、それが広大な土地を占有する米軍に対する冗談なのか怒りなのかよくわからなかった。
どっちだったのだろう。

そもそもグアムの人たちは、州でもない、自分たちの国家元首である大統領を選ぶ権利もない現状をどんな風に考えているのだろう。空軍基地と合わせれば、島のかなりの部分を基地に取られている。グアムの大半がジャングルだと考えると占有している地域の割合は広大だ。アメリカは民主主義国家だから、現地の人たちも本土のアメリカ人と同様、自由な権利を保障されている。それに何だかんだで本土からの支援もあるし、観光でそれなりにお金が落ちてくるという事で、海の向こうの国の一部という地位に満足しているのだろうか。

主要な産業といったらやっぱり観光なのだろう。
とはいえ観光客は大半が日本を始めとするアジアの人たちだ。
(日本人も多かったが中国人も多かった。へんなメガネかけてるからすぐわかるのだ)
白人は少数派で、見かけた白人はというと、髪型からするとたぶん軍人さんではないかと思えた。それはそうだ。アメリカ本土からだと、わざわざグアムにこなくてももっと近くにハワイがあるからだ。私だってなんでグアムなのかと聞かれたら、ハワイは遠いからだ(料金も高いし・・・)。アメリカにとってみれば、グアムは基地以外の価値はないのではないだろうか。

まあ別に反政府運動が起こっているわけでもないし、大国の一部という地位はある意味保障されている事にもなり、それはそれで幸せなのだろうか。
我々は戦後の一時期を除いて、ずっと独立国家として存続してきた長い歴史がある。
だから歴史の違う国の一部であるという感覚はわからない。

地元の人たちの本音はどうなんだろうか。
単なる観光ではなく、そんな話を地元の人たちから聞くような旅を、いつかしてみたいと思った。
まあ子供たちが一緒に旅行なんかしてくれなくなってからだろうなぁ。
せめてそれまでに、もうちょっと英会話力を磨いておく事にしようと思ったのである・・・


【本日の読書】
「二つの真実」船井幸雄
「日暮らし(上)」宮部みゆき

【昨日の漫画】
「マネーの拳⑧」三田紀房
「ONE PIECE ①」尾田栄一郎
     
     

2010年7月27日火曜日

グアム雑感


夏休みを取ってグアムに行って来た。
5泊6日だったのだが、その間ニュースはほとんど見ず、またパソコンにもほとんど触れなかった。いつもまるで中毒のようにパソコンに向かっていたから、メールもブログもその他もろもろからも離れた生活であった。
たまにはいいものである。

南の島でバカンスというのは、個人的にはもっとも好きな海外旅行のタイプである。
名所旧跡を訪ね歩くというのもいいかもしれないが、青い空、透明な海、白い砂浜に囲まれたヤシの木の木陰かビーチパラソルの下にデッキチェアーを置いて、トロピカルドリンクを飲みながらのんびり読書をする。時折海に浸かって体を冷やし、夕方には街へ繰り出して、地元の人たちの生活の雑踏の中でそぞろ歩きを楽しみ、地元の人たちから教えられたレストランで舌鼓を打つ。そんなバカンスが理想的である。

ところが小学生と幼稚園の子供がいると、そんな理想とはかけ離れた姿となる。
何せ朝からプールだ海だとなる。小学生の長女はともかく、長男からは目が離せない。
水を怖がらないのはいいのだが、足のつかない深いプールでもどんどん入って行く。
頼もしくもあるが、何かあったら大変だからついていないといけない。
またウォータースライダーなどは、長男単独では利用できないものが多く、また出来ても勝手にさせておくわけにはいかない。

というわけで、トロピカルドリンクなんて言っている場合ではない。
バーカウンターを横目に長男と一緒になって水に浸かっている羽目になる。
ウォータースライダーなど何度長男と一緒に滑ったかわからない。
水に入っているとそれだけで体力を消耗するそうだが、つくづくそれを実感させられた。
夜は子供たちを寝かしつけると、間を空けず疲れて一緒に寝てしまっていた。
おかげで夜寝る前に読もうと思って、持って行った文庫本はほとんど進まなかった。
まあその分、睡眠時間だけは普段の倍近くたっぷりと取る事ができた。

考えてみれば東京にいたって、連日子供とプールに通っていたら、それは疲れるわなと思う。
長男だけだったら、何もグアムまで行かなくても近所の区民プールでもたぶん喜ぶだろう。
白いデッキチェアーは荷物を置くだけで遠くにある存在だったが、それでも透明な海ではゴーグルをして顔をつければたくさんの魚たちが見られた。江の島あたりの海や、近所のプールではそうもいかないから、それだけでも行った甲斐はあったというもの。

成田に着いて真っ先に聞いた蝉の声に日本の夏を感じた。
そう言えばグアムでは蝉の声は聞けなかった。
グアムでは、肌に突き刺すような日差しに目を細めていたと思ったら、一転して土砂降りの雨になり、10分もするとまた強い日差しという繰り返し。
雨季だから連日のスコールだったが、これだけの雨と太陽とだから植物も育つし、でっかいナメクジは這っているし、ヤモリが無数に這いまわり、蝶が舞い、聞いた事のない鳥の鳴き声があたりに響き渡る・・・
まあ南の島の雰囲気は十分味わえた。

とっても疲れたのは確かだが、家族が喜んでいたから良しとしたい。
「また来年も行きたいね」
子供にそう言われて、「じゃあ来年もまた行こう!」という声をすんでのところで飲み込んだ。
情けないが、こればっかりはな。
浮かれる事なく、こんなところは妙に冷静な自分にちょっと寂しい思いがしたのであった・・・

【本日の読書】
「二度目のノーサイド」堂場瞬一

          
     

2010年7月21日水曜日

夏休み

長男は先週で幼稚園は終わり。
長女も連休明けの昨日が終業式。
それぞれ待ちに待った夏休みである。
そしてそういう私も今週は夏休みである。

毎年この時期に夏休みを取っている。
我々銀行員は交代で休みを取るのだが、8月は休みを取りたいと希望する人が多い。
常に人のいないところに行きたがる天の邪鬼の私としては、必然的にこの時期に取るパターンが定着してしまった。結果、他の人と調整する必要がないから思い通りに休めるので便利である。
特に海外に行こうと思ったら、5月くらいから計画しないといけない。
この時期だと「取れる」という前提で準備できるから、誠に具合がいい。

そもそも8月にみんな休みたがるのはお盆があるからだ。東京では7月だが、地方では8月。
小学生から 御代田に行っていた私にとっては、7月と8月とひと夏に2回のお盆を経験していた。
それでも地方のお盆の雰囲気の方が、みんな集まって盛大だったせいか、「お盆と言えば8月」の感覚が今でも強い。

道路も鉄道も空の便も大混雑のお盆に休みを取って帰省する人たちは大変だ。
だからせめて休みだけでもスムーズに取れるように、私なりに貢献しているつもりなのである。
もうそんな夏休みが銀行に入って以来ずっと続いている。
だから私は8月に夏休みを取った事がない。

若い頃は、海外では1カ月も休暇を取ると聞いて羨ましく思ったものだ。
もちろん、今でも羨ましく思う。
我が銀行では入行から節目の年に2週間の休暇が取れるが、それがせいぜいだ。
昔はため息をついていたものだが、今になってみるとそんなに休みがあっても「軍資金」が乏しいから大変かもしれないと思ってみたりもする。
まあ無いなら無いなりに工夫するのかもしれないけど・・・

しかし、この時期同僚と休みの話をしていても、「する事がない」という話をよく聞く。
子供が大きくなると、やれクラブ活動だ、受験だと家族単位での活動が難しくなるようである。
ましてや日頃奥様に疎んじられているような人は、ぽつりと取り残されてしまうようである。
幸い我が家は子供たちが小さくて、一声かければ近所の区民プールだろうと喜んでついてくるからまだいい。けれどもうちょっとしたら・・・同僚氏の強がりながらも寂しげな背中を他山の石として、今から心掛けておかねばと思うこの日この頃である・・・

さて、今年の夏休みはグアムへ行く。
ここ数年寂しい夏休みを送って資金を貯めたから、思い切って行くのだ。
担当先では休みも取れずに頑張っている社長さん、社員さんがいるから、まとめて休んで遊んでこられるのはありがたいものだ。個人的にはいろいろ大変な事も抱えているが、一時的に忘れて楽しんできたいものである。

というわけで、一週間ほどブログはお休みします。
パソコンのない生活を送ってのんびりしたら、また再開いたします。
よろしくお願いいたします。

      

2010年7月19日月曜日

時間よ止まれ

最近ちょっと子供の作文に関心があって、本を読んだりネットで検索したりとしている。
そんな流れで目についたのが、もうあちこちで紹介されてすっかり有名になっているようだが、イチロー選手の小学校6年生の時の作文である。
「夢」と題されたその文章を読むと、表現はともかく内容には驚かされる。
こういう人物だから、やっぱりあれだけの成功をしたのだろうと思うのである。

我が身を振り返ってみるとどうだろう。
小学校の時に書いた作文などモノも記憶も残っていないが、唯一「時間よ止まれ」というタイトルの作文ならわずかに覚えている。なんだか矢沢永吉のパクリのようだが、私の作文が小学校4年(1974年)で、矢沢永吉のリリースが1979年だから、パクリではない。

ちょうど当時担任だった先生が大好きで、5年になってクラス替えになるのが嫌で、そんな気持ちを綴ったものだと記憶している。
3・4年時の担任だったその先生は、新卒の若い美人先生だった。
みんなに人気の先生で、当時同じクラスだった 「ライバル」の男なんかは、卒業してからも連絡しつづけ、どうやら今でも交流があるらしいくらいだ。
作文自体残っていない事は幸せな事で、たぶん今内容を読んだら赤面して表を歩けないと思う。

記憶に残っているのは、その後も事あるごとにこの作文のタイトルが脳裏をよぎったからだ。
特に楽しい事があると、それが永遠に続いて欲しくて、そんな気持ちにしばしばなったものだし、その都度漠然とながら作文のタイトルが脳裏をよぎったのだ。しかし、「諸行無常」、「万物は流転する」の言葉の通り、そうした時間は常に無情にも終わりを告げる。それは仕方ないにしても、たまにあの時に戻って人生をやり直せたらなぁと思う事は今でもよくある。

昔観たコッポラの映画に「ペギー・スーの結婚」というのがあった。それに加えて漫画では「代紋TAKE2」。両方とも突然若い頃の自分自身にタイムスリップして、過去の自分に戻って人生をもう一度やり直すというストーリーだ。

「ペギー・スーの結婚」は離婚を決意した主婦が、ひょんなことからハイスクール時代の自分に戻ってしまう。そして付き合い始めた旦那を前にして同じ道を歩むかどうか葛藤する。そしていろいろな経験をして現代に戻って旦那とやり直すというストーリーだ。

「代紋TAKE2」は、情けなく殺されたやくざが、昔の自分にタイムスリップし、「死んだ気になって」人生をやり直し、やくざの世界で見事にのし上がるというものだ。今の自分が今までの経験をもってもう一度若い頃の自分に戻ったら、もっと良い人生を歩めるだろう。少なくとも上がるとわかっている株をたくさん買い込むから、ひと財産は作れるはずだ(何て庶民的な発想なんだろう・・・)。

戻る時点にもよるが、自分だったらいつの時点に戻りたいだろうかとよく考える。
たぶん戻ったとしても大学までは同じ選択をするだろう。
そこから先でどうするか、になるだろうか。

「代紋TAKE2」では、新たにやり直した人生で、以前の人生の惨めな生活を主人公が唯一懐かしむシーンがある。それは子供を思い出すシーンだ。
元の世界で結婚してロクな事がなかったから、主人公も新しい世界では元の世界の奥さんには見向きもしない。別な生活を夢見て、別の女性へアプローチする。
だがそうすると当然元の世界で可愛がっていた子供は生まれて来ない。
仕方がないと思いつつも、子供の事を思う姿には考えさせられるものがあった。
人生をやり直すとなると、今手に入れているもののうち、手放さなければならなくなるものもあるだろう。そうすると判断は難しい・・・

もちろん、現実にはそんな事はあり得ないし、そうした空想に耽っている暇があったら、よりよい明日の事を考えた方がいいに決まっている。
頭では理解していても、「それでも・・・」とやっぱりあり得ない世界を夢見てしまう。

長女はちょうど4年生。
「時間よ止まれ」と思えるような楽しい時間を過ごしているだろうか。
これから夏本番。
そんな時間をたくさん作ってあげたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「子殺し」金沢克彦
     

2010年7月17日土曜日

高校野球の季節

我が母校の都立高校野球部。
今年は財団がピッチングマシーンを購入して野球部に貸与しているから、その成果を少しでも発揮してもらいたいものである。

さて、いよいよ夏の甲子園大会も近くなり、世間は熱く盛り上がりかけているが、実は個人的にはとっても冷めている。やっぱり天の邪鬼だからという理由もあるが、実は高校野球にはあまり良い印象を持っていないからである。それでも小学生くらいまでは、 大きな声で言えない思い出もあったりして、夢中になって観ていたものだ。基本は野球好きだから当然ではある。それが揺らいだのは、高校に入ってからだ。

すでにひねくれていて、結局 思うところあって野球部には入らなかった。
そしてラグビー部の門を叩いたが、練習となると、狭いグラウンドを各クラブが共有する。
もっとも面積を必要とするのが、野球とサッカーとラグビーだ。
必然的にそこには対立関係が生じてくる。

ルールを作って分けて使用していたが、特に問題なのは夏休み期間中だった。
この時期は朝・昼・夕と3つの時間帯に分けてグラウンド全面使用の練習ができた。
どの時間帯を選ぶかは話し合いなのだが、各クラブとも狙うは「朝」。
少しでも涼しい時間にという気持ちからであるが、そう大して違うわけでもないだろうが、溺れる者は藁をもすがるというやつだろうか・・・

ある時野球部が「朝」を続けて使いたいと主張してきた。
「甲子園の予選が午前中だから、同じ時間帯でやりたい」というのである。
確かその時、「じゃあ負けたらそのあとずっと『昼』でいいな」と念押ししたらうやむやと言っていた気がする。そんな最前線に私はいつもいた。

ちなみに大学に入るとこの時期はシーズンオフだった。
考えてみれば、ラグビーのような激しいスポーツは真夏にやるものではない。
大学は練習については極めて合理的で、前近代的な「根性練習」の高校とは大違いだった。
そんなシーズンオフを知って私は狂喜乱舞したが、高校でもオフにしてしまえばつまらない争いなどしなくて済んだのだと思うと、何とも言えない気分だ。

普段でも練習しているところにボールが転がってくる。
それは我々にとっては恐怖だった。
わざとしていなくてもそれは変わりない。
都立の狭いグラウンドゆえ、どこも苦労はしていたのだが、それが当時は特別野球部に向かってしまったのだ。

新聞には予選の一回戦から記録が載る。
「さわやか、さわやか」と持ち上げられる。
いつだったか、「バンビ」などというニックネームをもらっている選手がいたが、「男のくせに何がバンビだ」と呆れかえっていたものだ(本人のせいではないのだが・・・)。
そんなつまらぬ事で気持ちが離れていったのだ。
その余韻は今でも残っている。

とはいえ、母校愛はある。
どうせだったら少しは勝ち残ってほしいものだ。
私も「季節のあいさつ」に困らぬよう、戦績はきっちりと押さえておきたいと思うのである・・・
    

【本日の読書】
「子殺し」金沢克彦


       

2010年7月16日金曜日

ニュースに思う

今週は二つのニュースが目についた。
民主党が大敗し、にわかに菅首相の責任を問う声が出てきたのが一つ。
この「責任」というのが我が国では曲者である。
普通「責任をとる」と言えば、聞こえはいいが何の責任だかよくわからないケースが多いのだ。

確かに民主党は選挙で過半数の議席を獲得できなかった。
その一因には、菅総理の「消費税発言」は確かにあるだろう。
だからその責任を問う声が出るのもわかる気がする。
だが、そもそも民主党の支持率低下の原因を作った戦犯は鳩山元総理であり、小沢氏である事は間違いない。

もしも二人が辞めずに選挙に突入すれば30議席も取れなかったのではないだろうか。
菅さんの「消費税発言」がなければ50議席は取れたのかもしれない。
それが44で終わったとすれば、菅さんの責任は▲6議席となる。
ところがその前に30→50のプラスがあるから差し引き+14議席だ。
つまり功績こそあれ、マイナス責任はないはずである。

まあ企業にしろ、政党にしろ、すべての責任は最終的にはトップにある。
それはそうだが、なるほどと思えるようなものがあってほしい。
菅さんの「責任論」はどうやら消えたが、それは9月に党首選があるからなのかもしれない。
ただ今は民主党は足場固めをしないといけない時期。
党首選なんかやっている場合ではないと思うのだが・・・

もう一つのニュースは、日本振興銀行の木村元会長が逮捕された事だ。
一時は我が世の春を謳歌しているかに見えた木村氏であるが、とんだところで墓穴を掘ったものだ。
それにしても鳴り物入りで登場した日本振興銀行だが、結局は新銀行東京と同じく泥にまみれている。「貸し渋りにNO」と威張って登場した両行だが、結局は理想先行で現実知らずの素人集団である事を露呈しただけだった。

実は逮捕された木村元会長は、すでに「赤字の責任を取って辞任」していたが、これもおそらく尻から火がついて慌てて逃げようとしたのだろう。
あれだけの絶対権力者が、赤字くらいでしおらしく辞めるわけがない。
素直に「赤字の責任を感じての辞任」であるはずがない。
日本振興銀行も新銀行東京ももはや確実に存在意義はない。
どうするんだろう?

民主党もこれからどんな第2ステージになるのか興味のあるところ。
9月の党首選でまた首相が代わるようだとあまり未来は期待できそうもない。
銀行ならどうってことはないが、与党だと影響が大きい。
コケてまた自民党の天下となるのもなぁ・・・
華々しく得点争いをするならいいのだが、オウンゴール合戦だと見ている方も力が抜けるだけ。
我が国の明日はどうなるのだろうと思うところである・・・

【本日の読書】
「本当の学力は作文で劇的に伸びる」芦永奈雄
「心に響く小さな5つの物語」藤尾秀昭
「ぼんくら(下)」宮部みゆき
          
【昨日の漫画】
「マネーの拳⑦」三田紀房
「ゴルゴ13-157巻」さいとうたかお


    

2010年7月12日月曜日

選挙に行きましたか

昨日は参議院選挙。
私も5歳の長男を伴って、近所の中学校まで投票に行って来た。
「せんきょって何かおいしいもの出るの?」
と問う長男に対し、曖昧に答えて連れて行ったのには、ちょっと良心の呵責を感じてしまった。
ただ、小さいうちから投票に行く親の背中を見せておきたいと思ったのだ。

昨年は長女に対してストップをかけた選挙管理委員も、さすがに5歳の長男に対してはお咎めなし。
しかし、昨年の説明では、小学生は投票所に入れないと言うことだったが、見れば明らかに小学生だろうという子供を連れた有権者の人が投票していたから、知らないうちにルールが改定になったのかもしれない。いずれにせよ、投票率を上げようと思ったら、朝から宣伝カーで呼びかけるのもいいけど、子供の時分から選挙に行く大人の背中を見せるべきだと思うのだが、どうだろう。

何だか盛り上がりそうな雰囲気もあったが、蓋を開けてみれば投票率は57.92%。
やっぱり寂しいものがある。我が家にも約1名権利を放棄した人がいたが、連れていくべきだったな、とちょっと反省。
結果はともかく、もっと関心を持とうよと思わずにはいられない。
「変わらないから」という声はよく聞かれるが、以前も述べた通り我が国の選挙システムは一票一票を確実にカウントしてくれるのだ。無関心派の人たちにはちょっとがっかりしてしまう。

私はと言えば今回は民主党には入れにくいものがあり、某政党に投票。
今回その政党は大躍進したからちょっと気分がいい。
民主党も10ヶ月でダメ出しするのはちょっと可哀そうな気もする。
それに首相は高校の先輩だし、応援したい気持ちは山々なのであるが、どうもすっきりと支持できないものもある。マニュフェストにも入れずに通そうと狙っている外国人参政権も、できれば堂々とやってほしいし・・・

それはともかく、結果はある程度予想された事とは言え、民主党には厳しいものになった。
選挙に行った人たちも、やっぱりそれなりに考えているのだろうから、与党の思惑通りというわけにはいかない。そういうところは国民のコントロールがきっちり効いているのだと思う。
「行けば変わる」のである。

ただ、だからと言って、政治家が国民の人気取り政策に走っても困るなぁという気もする。良薬は口に苦しではないが、反対を押し切ってでもやらなければならない事が出てきた時に困るからだ。まぁ我が国は国民性から言っても、特定の強力なリーダーが国民をぐいぐい引っ張るというパターンにはなり難いから、ある程度は仕方ないのかもしれない。

投票結果を見れば、亀井さんや福島さんの政党は議席を減らしている。
与党としての10ヶ月間を考えれば当然だと思うのだが、そう考える人が多数いたという事に心強いものを感じる。共産党も議席を減らしたし・・・
案外、国民の見る目はしっかりしているのかもしれないと思ってしまった。

さて、大事なのはこれから。
民主党も政権を失ったわけでもないし、この結果を真摯に受け止めて、よりよい明日を目指した政権運営を心掛けていただきたいものである。
自分もしっかりと関心を持って、行く末を見ていきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「日本の復元力」中谷巌
「ぼんくら(下)」宮部みゆき
     
     

2010年7月10日土曜日

夏はプール

梅雨の合間に思いがけなく晴れ渡った今日、思い立って子供たちをプールに連れて行った。
休みの日は子供たちと積極的に遊ぶように意識しているのだが、まあ今のところは二人とも喜んでついてくるから誘い甲斐もあるというものである。

何せ急に思い立った由の事、向かった先は石神井プール。
ちょっと距離はあるが、自転車で行ける区民プールである。
この天気だからか結構混んでいた。

こういうプールのいいところは、安くて気兼ねないというところだろう。
悪いところは何の変哲もないプール(50×25メートルと幼児用プール)があるだけなのと、来ているのはファミリーか子供たちばかりだから、「目の保養」には不向きであるところだろう。
ファミリーといってもやっぱり「パパと子供」の組み合わせが多かった。

何の変哲もないとはいえ、プールはプール。
暑い日差しに程よく冷たい水は心地良い。
二人とも水泳を習わせているので水は怖がらない。
5歳の長男もクロールを披露してくれた。
ダイナミックな彼のクロールは、知らない人が見たらたぶん溺れていると勘違いすると思うのだが、楽しくて必死な様子が微笑ましい。

そう言えば、事故と思われていた子供が、実は友達に川に突き落とされていたというニュースを見たが、やっぱり泳げるという事は大事だとつくづく思う。
泳げないというから面白がって突き飛ばしたのかもしれないし、そうでなくても、突き飛ばされても泳げたら何の事はない。ちょっとそんな事を考えてしまった。

自分自身振り返ってみても、小学校の時に2年間ほど水泳を習っていたが、やっぱり泳げると夏は楽しみも増えるし、いざとなった時も違うだろう。事件で亡くなった子には気の毒だが、ご両親はそういうところに感心てなかったのかなぁとついつい思ってしまった。

自慢なのだが、私は運動神経は良かったし、したがって2年間水泳の基礎を学んだ事はすぐ発展させられた。水泳大会なんかでも活躍できた方だ。もちろん、水泳部のように専門的にやっているやつにはかなわなかったが、それ以外にはそうそう負けていなかった。それに年頃になって、女の子とプールに行こうとなった時に困る事もなかった。

プールでは、最近はラッシュガードなるものを着用する事にしている。
昔だったら、自慢のボディを隠すなんてと考えただろうが、さすがに最近はメタボリックボディとなってしまったので、隠すところは隠し、かろうじて残っている筋肉を誤魔化しながら強調したいところだ。それにはラッシュガードは非常に有効だと気がついたのだ。
「魔法のブラ」に引き寄せられる女性の心理がよくわかる。
海岸に打ち寄せられたトドみたいなお父さんを横目に、まだまだ人目を意識する可愛い私である。

帰り道にあるマックで長女はサンデー、長男はマックシェイクで遅めのおやつタイム。
家までの道のりでは自転車の後ろに乗った長男は、早々に船を漕ぎだす。
健康的な一日だった。もうじき夏休み。
休みを心待ちにしている今時分がけっこう好きだ。
季節折々を楽しんでいきたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「子殺し」金沢克彦

【昨日の漫画】
「マネーの拳⑥」三田紀房
「猛き黄金の国③」本宮ひろし
   

     

2010年7月8日木曜日

シーシェパード

昨日の事、同僚が帰ってくるなり「大変でしたよ」と報告してくれた。
彼は仕事で東京地裁に行っていたのだ(私もたまに行く)。
何が大変だったかというと、マスコミやら傍聴人やらでごった返していたらしい。
その人たちの目的はシーシェパードの船長だった。
昨日判決が言い渡されたこの裁判。
やっぱり世間の関心は高かったようである。

日本の捕鯨活動に反対して、これまでも過激な妨害活動を行ってきたシーシェパード。
自分たちこそ正義、そして正義であれば手段は正当化される、という考えはどうにもいただけない。
そもそも「正義」と言ったって、所詮は自分たちからの一方的な見方に過ぎない。
イスラム教徒の自爆テロだって、彼らからしたらアラーの思し召しにかなったジハードなのだ。

価値観というものは誠に厄介なものだ。
生まれも違い、育ちも違えば自ずと考え方も異なる。
自分には自分の価値観があり、正義があるのと同様、相手にもそれがあるという事に、実は気がついていない人は多い。シーシェパードも同様だ。

そのシーシェパードを支援するオーストラリア。
そのオーストラリアでは、カンガルーが毎年何千頭も殺されている。
我々にとっては誠に愛嬌のあるこの動物も、かの地では数が多すぎていろいろな害が出ているらしい。死んだ母親から胎児を取り出して踏みつぶす映像を見た事があるが、それで鯨を保護しろというのだからちゃんちゃらおかしいというものである。

一方、そういう観点から我が国の捕鯨活動を振り返ってみると、これだけの国際的な批判にさらされながらも、なぜ「調査捕鯨」を続けているのだろうと疑問に思う。
「調査捕鯨」しかしていないはずなのに、いまだに国内で鯨を食べられるのはなぜなんだろうという疑問が湧いてくる。しかも捕獲しているのは何百頭という数字だ。
何の調査か知らないが、そんなに毎年毎年何百頭も捕獲しないとできない「調査」なのだろうか。

それにそもそも鯨を食べないと生きていけないのかと言えば、当然ながらそうではない。
我が国には今、腐らせて捨てるほど食料が有り余っている。
鯨くらい食べなくったって平気だろうというものだ。
歴史的・伝統的な背景はあるにせよ、時代の流れや世界の中での立場を考えたら、そろそろなのではないかとも思う。

シーシェパードは確かにけしからんし、オーストラリアだってそうだ。
だが彼らには彼らの正義があって、それは我々の正義と同様尊重すべきものだ(ただ「やり方」は別だ)。本当に必要な調査ならこれからも続ければいいと思うが、ヒイキ目に見てもかなり怪しい感じがする。いっそのこと蓮舫さんに事業仕分の対象にしてもらったらどうだろうかと思ったりするのである・・・


【本日の読書】
「日本の復元力」中谷巌
「ぼんくら(下)」宮部みゆき
     
    

2010年7月5日月曜日

娘のともだち

週末の深夜に私は映画を観るのを趣味にしている。
バーボンをちびりちびりとやりながら、録り溜めした映画を一人楽しむのである。
そうすると当然翌朝は寝坊する。
先週末もそんなありふれた土曜日の朝だったが、寝坊していた私を起こした一本の電話。
それは娘のクラスメートの男の子からであった。

実は土曜日は近所で七夕のイベントがあり、私は娘と一緒に行く約束をしていたらしい。
電話を受けた娘が、「ねえパパぁ~」と甘えた声で寄ってくる。
「一緒に行く約束だったけど、友達と行っていい?」と聞いてきた。
もちろん、私に異存はない。
どうやら私と行くよりも友達の男の子と行く方を選んだようである。

世間ではよく娘にボーイフレンドができると機嫌が悪くなるお父さんの話をよく聞くし、それが世間一般のイメージでもある。
だが私には不思議とそういう感覚がない。
今回も「良いことだ」と心から思った。
ちなみに負け惜しみではない。

しかしなぁ、とここでまた思う。
我が身を振り返ってみれば、いわゆる初恋というやつは小学校4年くらいだったと記憶しているが、自分はどうだったかなぁ。
3・4年と同じクラスだった聖子ちゃんがその相手だった。
名前負けせずけっこう可愛かった。
だがその時は密かに「いいなぁ」と思っているだけだったし、二人で遊ぶなんてことはなかった。
ましてや相手の家に電話をかけるなんて、考えられなかったと思う。
今の子は大胆なのだろうか?

よくよく聞いてみると、どうやら家が近い子だったらしい。
どういう気持ちで娘を誘ってくれたのかわからないけど、他に男の子の友達はいなかったのだろうか。別に悪いとは言わない。ただ、女の子と遊ぶのもいいけど、今の時期は男同士でくんずほぐれつして遊ぶ方が優先されるべきではないのかなと思うのだ。

私が小学生の頃は女の子と遊ぶなんていうと、「女々しい奴」というレッテルを張られかねなかったような気がする。そんな古い感覚がなんとなく残っているせいか、最近の草食系男子の起源てこんなところにあったりするのではないかと思ってしまった。ちょっと怒られるとすぐ凹んでしまったり、80社受けて内定がもらえなくて不安だとうじうじしたり、メンタル面でやわな男が増えているのは、この頃のあり方が原因なのではないかと考えたりする。

「あの子の事、好きなの?」と訊ねたら、「う~ん、普通」と答えた我が娘。
本心か、はたまたはにかんで誤魔化したのか。
仲良く並んで公園へと向かう後姿を見ながら、日本男児の行く末を案じる私であったと書いたなら、ちと大げさというものだろうか・・・


【本日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「ぼんくら(上)」宮部みゆき

     

2010年7月3日土曜日

頼るな日本人

日経テレコン21でこんなニュースを目にした。
【大学生の就職に強い逆風が吹くなか、参院選で主要政党が掲げる就職支援策を学生らが注視している。就職活動は開始時期が早まり、長期化。大学関係者の間では学業への影響を懸念する声が強まっている。各党は相談態勢の充実などを訴えており、学生らは「今度こそ効果のある対策を」と、切実な思いで選挙戦を見つめている・・・】

これに続いて長引く就活で卒論に集中できなかったり、春休みも旅行やボランティアはできなかったり、「就職活動第一の大学生活なんておかしい」と感じる学生の声を紹介したりしている。
中には就職留年を経て就活2年目で、この間受けた企業は80社に上るが内定はないという学生さんの例も紹介されていた。その学生さんは「自分の何が悪いのか分からない」と不安を抱えているらしい。

企業の就職協定がなくなったうえ、厳しい状況のなか内定を得たい学生が早く動き出すために大学生の就職活動は早期化・長期化が目立っているという。
売り手市場の良い時代に就職した私としては、誠にいまの学生さんには同情してしまう。

しかし、だ。
それが何で選挙へつながるんだろうと、例によって疑問が湧いてくる。
厳しい状況には同情はするが、政治家になんとかしてくれという話ではないだろう。
そんなものは自分でなんとかするものだ。
就職活動で受けた企業が80社と聞いただけで、その努力には頭が下がる。
なのに1社も内定が得られないって事は、「そもそもあなた自身に問題があるのだろう」と言わざるをえない。不安になる前に考える事はあるはずだ。

先輩を頼って自分の欠点を指摘してもらうとか(そもそもそういう先輩がいるのだろうか)、他の学生があまり受けないような企業を攻めてみるとか、大学院で一つ専門を極めてみるとか、公務員狙いで必死に勉強してみるとか、若いんだからやる事はいくらでもある。
そもそも受けているところが、理想ばかり高くて、大手ばかり受けているのではないのだろうか?

世の中不況とはいえ労働のミスマッチはいたるところにある。
ハローワークに行けば、「年齢」という大きな壁に苦しむ中高年の失業者がうようよいる。
新卒で行けばすぐに就職などできる。
若手に来てほしい中小企業はたくさんあるのだ。
つまり内定がもらえないのは、「選り好みしているから」ではないのだろうか。
それをなぜ国が支援しないといけないのか?

「500円しか持っていないのですが、どこのレストランへ行ってもステーキを食べさせてくれません!」と文句を言っている人に対して、「では税金で1,000円補助しますからそれで安いステーキを食べて下さい」と言っているのに等しいのだ。
「吉野家に行けばいいじゃないか」と言いたい。

以前派遣斬りでも触れたが、何でもかんでも政府に求めるのはいかがなものかと思う。
何かで読んだが、昔の日本は役人が威張っていた。
サービスなんて言葉はかけらもない時代だ(今は幸いかけらくらいある)。
市民の陳情なんてないから役所も人手がいらなかった。
それがだんだんと国民に対するサービスの必要性が出てきて、それに合わせて公務員が激増していったのだという。だとすると、今の公務員天国は国民が自ら生み出した結果に他ならない。

確かに手を差し伸べなければならない人たちはいる。
そういう人たちを公的サービスで救うのは当然だ。
だがその前に国民一人一人が自立精神をもっと持たないといけない。
国に頼らず、誰かに頼らず、自分の生活は自分で支えるのが基本だ。
国に頼るのは最後の最後であるべきだ。

「若者の就職支援なんか国のやる事ではない!」ときっぱり断言するような政治家だったら、1票入れちゃうだろうな。でもそんな発言したら、物事の本質を考えず上辺だけしか見ないバカなマスコミが叩くんだろうな。そんな繰り返しが今の政治家の姿のような気がする。

かつて我が国は経済一流、政治は三流と言われた。
だが政治が三流なのは、選んだ国民が三流だからなのではないだろうか。
国民が真に自立して一流になれば、自ずと政治も一流になるのではないかと私は信じて疑わない。
せめて自分の子供たちは、しっかりと自立した人間に育てたいと思うのである・・・


【昨日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「ぼんくら(上)」宮部みゆき

【昨日の漫画】
「マネーの拳⑤」三田紀房
「猛き黄金の国②」本宮ひろし
     
    

2010年7月1日木曜日

長嶋と落合と野茂2


落合と野茂は長嶋とはちょっと違うパターンだ。
昔は「人気のセ、実力のパ」と言われ、パ・リーグには意外な実力者が多くいたものだ。
そんなパ・リーグで2年連続で三冠王に輝いたのが落合だった。
どんなバッターなのかと興味を持った。
そして見たのが独特の神主打法。
当時はダウンスイング(上から叩きつけるバッティング)全盛の時代。それをあえて下からすくいあげるアッパースイングを実践。

少年野球では振り遅れない為にバットを寝かせるように構える事を教わっていた。
それをあれだけ高く掲げる。
それで自在に振り切るのだから、プロの凄さを感じたものだ。
それに有名な「オレ流」。
天の邪鬼な私の心を捉えるのは十分だったのだ。

私は野球でもラグビーでも、教わった事を忠実に実行する「教科書通り」のプレーしかできなかった。大学に入って少しずつ工夫して自分流を研究していったが、やっぱり独自の道を歩む人には惹かれるものがあった。ちなみに初めて手にした野球選手の本が、落合の「勝負の方程式」だった。その本の中では、「4割も狙おうと思えば狙える。ヒットを打ちにいけばいいのだから。ただ僕はホームランバッターだから」と語っていたが、もし安打製造機に徹していたら、張本の3,000本安打の記録を抜くのはイチローよりも先だっただろう。当時は本まで買うほどまで入れ込んでいたのだ。
    
野茂を好きになったのもその流れからだ。
あのトルネード投法。
普通にやったらコーチが目をむくようなセオリーに反した投球フォームだ。
8球団からドラフト指名され、なんと近鉄に入団する。
テレビでトルネードを観たかったが、近鉄だとそれもなかなか叶わない。
随分とストレスを感じたものだ。

新聞ではバッタバッタと三振の山を築き、ミスターKと報じられ、デビューの年から数々の記録を作った。
そんな野茂が一躍日本中で話題となったのは、メジャー挑戦を表明してからだ。私自身は野茂が見られなくなるのかと(それまでも見る機会は少なかったくせに)残念に思ったものだ。ところがその後の活躍は周知の通り。皮肉にもかえって野茂を見る機会が増えてしまったからわからないものだ。

たぶん、あのフォームの事だ。
いろいろと批判はされたのだと思う。
「出る杭は打たれる」のが我が国の社会。
ところが「出過ぎると打たれない」のも我が国の社会。
落合も野茂も出過ぎたために打たれなくなった。
みんなと同じ、言われた通りにする、そうした事が特にスポーツの世界では重視されがち。
子供の頃は外人選手というとみんな個性的なフォームばかりだった記憶がある。
それだけ日本人選手が型にはまっていたとも言える。

基礎はどうしたって大事だから、それはきちんとやらなければならない。
だが、ある程度いけば自分流に創意工夫というものが必要になってくる。
「誰がなんと言おうと自分はこのスタイルでいく」というものがあれば、やっていて自信にもなり、また面白くもある。ラグビーで、高校時代の(コーチの教えの)呪縛から逃れられた時、それが私がタックルに開眼した時だった。教えられた通りではなく、自分で一番効果的なタックル方法を身につけたのだ。

落合と野茂の二人からは、「我が道を行く」という強い姿勢を感じる。
そんな強烈なオーラが私には眩しく感じる。
こういう選手がこれからもたくさん出てきて、たくさんの子供たちが影響を受けたら、野球もサッカーもラグビーも、ひょっとしたらもっと面白くなるのかもしれないと思うのである・・・



【本日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「ぼんくら(上)」宮部みゆき
     

2010年6月29日火曜日

長嶋と落合と野茂1

まだラグビーの世界に入る前、私は野球少年だった。
親父が毎晩ナイター中継を観ていたし、小学校時代は友達と毎日のように校庭で野球をやっていた。ナイターはすべてジャイアンツ戦であり、自然と私もジャイアンツファンとなった。その頃の最初のヒーローは長嶋茂雄だった。

と言ってももう晩年だったと思う。
かつてONと言われていたが(3番王、4番長嶋でONだ)、すでに3番長嶋、4番王となっていたし、それも最後の年は打撃不振で1番とか7番とかになる事もあった。夢中になって長嶋の一挙手一投足に注目していたから、今でもバッターボックスに入ってから構えるまでの一連の動作を思い浮かべる事ができるほどだ。
そして私が小学校4年の時に長嶋は引退した。

ちょうどその頃前後して、町内野球のチームに入った。
背番号はというと、その頃はみんな「3」をつけたがる傾向があった。
当時からすでに天の邪鬼が入っていた私は、「3」をあえて避けて「6」にした。
何の意味もない、ただ誕生月と一緒にしただけだ。
それでも後年、大学のラグビー部で手に入れたレギュラーゼッケンが「6」だったから、何らかの相性のいい番号だったのかもしれない・・・

小学生当時は野球一色で、友達との話題もそうだった。
引退してもやっぱり長嶋が好きで、友達と自転車を飛ばして田園調布の自宅を見に行った事もあったし、多摩川の巨人軍グラウンドに行った事も2度や3度ではない。
ある時、偶然多摩川の巨人軍グラウンドで長嶋監督を見つけた。
生で見る長嶋は感動モノであった。

その長嶋が、練習後にあろうことか目の前まで歩いてきた。
その場にいた他のファンと一緒に長嶋を囲んで夢中になってノートを差し出した。
目の前で長嶋がそのノートにサインをしてくれた。
あの時の感動は格別だった。
ずっと大切にしていたサインだったが、引っ越しの混乱でどこかへ行ってしまったのがとても残念だ・・・

その後はテレビであのユーモラス過ぎるキャラクターとエピソードで国民的な人気者だ。
誰も悪く言わないし、また本人も他人の悪口・批判を言わない(少なくとも私は聞いた事がない)。そんなスタイルは社会人として自分も真似したいと思っている(なかなかできないが・・・)。
そう言えばあの野村監督も、現役時代得意の「囁き戦術」が王と長嶋にはまったく通用しなかったと告白している。王は集中力が強かったかららしいが、長嶋は囁きをまったく聞いていなかったというところが「らしくて」いい。

家族に関してはいろいろと大変なようだが、選手としても監督としても人としても、愛すべき人物だと思うのだ。野球に夢中になっていたあの頃から、目の前でサインしてくれたあの時から、それは今まで変わらない。

それにしてもあのサイン、どこ行っちゃったんだろうと残念でならないのである・・・


【本日の読書】
「史上最強の人生戦略マニュアル」フィリップ・マグロー
「ぼんくら」宮部みゆき

    

2010年6月27日日曜日

マスコミを信じてはいけない

金曜日に今度の参議院選挙の案内が届いていたが、外へ出ればもう候補者のポスターがベタベタと貼ってある。いよいよまた選挙だが、今回も誰に一票を投じるかは悩ましいところだ。
(何だかんだ言っていつもそうなのであるが・・・)

それにしても、と毎度ながら思う、日本のマスコミはどうにかならないものかと。
思いつき・場当たり的な報道。日本人は真面目で新聞を読まないのは悪という考えが浸透しているから、そんなマスコミの意見をまともに受ける。国民に対するマスコミの影響度が大きいから、政治家もそれに合わせて右往左往する。

国民一人一人がよぉ~く考えてニュースを見ていれば、何となくおかしいだろうというような事には気付くと思うのだが、どうなんだろう。もっとも私も関心の薄いジャンルについては、マスコミの流す情報を「ふ~ん、そうなんだ」と受け流すから、あまり人の事をとやかくは言えないかもしれない。

決戦前は岡田監督の率いるサムライジャパンを批判的にみていたくせに、カメルーンに勝った途端、岡田監督は名将と讃え上げられた。小沢一郎を叩きまくった割には、小沢一郎の何がどう悪いのか、ニュースを見ていたはずなのにいまだに私にはわからない。検察だって2度も控訴を断念したのにまだ悪者扱いしているが、いったい何が悪いのだろうか。

昨年は民主党に対して「マニュフェストに拘りすぎ」と批判した。
しかし、そんなら今回のマニュフェストに何が書かれていようが関係ないように思うのだが、今年はそうでもないらしい。それとも選挙が終わったら、また拘るなと言うのだろうか。

よく考えてみれば記者だってサラリーマンだ。
会社の方針には従わなければならない。
朝日新聞の記者は、絶対に憲法改正賛成の記事は書けない。
世間の関心を集めそうな事を書いて無難に過ごそうとしているのなら、場当たり的・日和見的な記事も頷ける。小沢一郎はとにかく悪人にしておけば、国民はさもありなんと思うだろうし、無難に過ごせるのだろう。

私がこんな風にマスコミに対して斜に構えるようになったのは、銀行員として経済の最前線にいるゆえに、金融音痴なニュースに接して辟易した経験が何度もあるからだ。
「こいつら全然勉強していないな」というのを何度も感じたからだ。
世間一般ではマスコミの情報が絶対視されているが、ほんとうに歯痒い限りだ。
大半の記事は「嘘は書いてないが、正確ではない」と考えて間違いないと思っている。

とはいえ、我々は選挙に関する情報はマスコミに頼るしかないのも事実。
どうしたって正確ではない情報を大量に浴びなければならない。
自分の常識と感性を頼りに取捨選択していくほかはない。
若い記者が上司に言われた筋書きにそって取材し、記事にしたものを我々は見ている。
新聞やテレビの向こう側にはそんな世界がある事を想像し、対応していきたい。

最後にあるブログで見つけたものをご紹介しておく事にする。


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新潟中越地震を取材した記者のこんな裏話の記事を見つけた。
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地震発生の2週間後に被災地に取材に入った。
コンビニには商品がぎっしりと並び、地元の人々はのんびりと生活していた。
地元の人に被害を聞くと被害を受けた地区もあると、まるで他人事。
被災地のコンビニもすでに営業をはじめていた。

救援物資を積んだトラックが着くと「また来たのか」とウンザリしていた。
引き取り手のない救援物資は山のように積まれていた。
地元の人たちは、村に入り込んできた大勢のボランティアやマスコミ関係者など外部の知らない人が出入りすることに不安を感じていると言う。露骨に嫌な顔をする住民もいた。

地震で亡くなった子供の同級生にしつこく取材を続け、その子供が泣き始めると「ようやく泣き顔の絵が撮れた」と言っている取材関係者もいた。
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報道のためには「被害は甚大」でなければならないし、「被災者は悲惨」でなければならない。それはマスコミ関係者が被災地へ入る前からのシナリオでありマスコミトップの指示でもある。
被害が予想より少なくても「甚大な被害」を映さなければならないし、住民がのんびり暮らしていても「悲惨さ」を演出させなければならない(以下略)
     
こんなものなのだろう・・・