2022年1月27日木曜日

喧嘩は悪いことか

電車内でたばこ注意され高校生暴行 下野署が傷害容疑で28歳男逮捕
(栃木県警)下野署は24日、傷害の疑いで宇都宮市、飲食店従業員の男(28)を逮捕した。逮捕容疑は23日正午ごろ~午後0時15分ごろ、JR宇都宮線の雀宮-自治医大駅間を走行中の電車内などで那須塩原市、高校2年男子生徒(17)に暴行し、右ほお骨を折るけがをさせた疑い。
下野新聞SOON
************************************************************************************

 なんとも不愉快なニュースである。電車内でタバコを吸っていた男に対し、注意をした高校生が逆ギレされて殴られて怪我をしたと言う。とんでもない男である。既に逮捕されたらしいから、それはそれでよかったと思うが、暴力というのは日常生活に密接しているリスクなのだと改めて思う。直接被害に遭わなくとも、見知らぬ他人同士が怒鳴り合っているのを目にするのはしばしばである。誰であれ、いつ何時被害に遭うかわからない。果たして自分がその場に居合わせていたら、あるいは高校生の自分の息子がその場にいたら、親としては息子にどう行動せよと言うべきだろうかと考えてしまう。

もしも、自分が居合わせたら。
これは私も経験がある。まだ学生時代のこと、やはり電車内でタバコを吸おうとした男に対し、注意してやめさせたのである。実に勇気ある行動と言いたいところだが、実はきちんと計算していた。その男は酔っており、しかも老齢であった。「喧嘩になっても勝てる」という計算があったからこそ注意したのである。むしろそれで逆ギレしてきたら、「待ってました」と返り討ちにしていたかもしれない。もしも屈強な男だったら、見て見ぬ振りをしていたかもしれない。

 今回のようなケースであればまずスルーしていただろうと思う。そもそも電車の中は禁煙であるのは誰もが知っているはず。それにも関わらずあえて吸っていたというのは、その時点でどこかまともではない。野良犬と同じで、注意をすれば大人しく従うより噛みつかれる可能性の方が高い。まず100%喧嘩になるのは予想できることであり、例え殴り合いになって勝ったとしても無傷では済まないかもしれない。「君子危うきに近寄らず」が正解だと思う。JR宇都宮線となれば、車両はガラガラだったはず。他の車両に移れば済む話である。あえて火中の栗を拾うこともあるまい。ずるい大人の冷静な判断である。

 しかし、この高校生は勇気を出して注意したわけで、その場にいたらさすがに見て見ぬ振りはしなかっただろう!(たぶん、いやきっと、そうなんじゃないかな・・・)。自分が周りにいる大人の立場だとしたら、止めに入ればまず火の粉が飛んでくる事は覚悟しないといけない。ただ、都心の通勤電車は意外と止めに入る人が多いのも事実である。この高校生も都心の通勤電車だったら良かったのかもしれない。ただ、止めに入るのも巻き添えを食う覚悟がいるのも事実である。

 では、我が息子にはなんと指導すべきだろうか。 
 やはり「君子危うきに近寄らず」は第一であるが、「義を見てせざるは勇なきなり」もまた事実である。まずは冷静に周りを見渡すことを教えるだろう。あえて火中の栗を拾えとは言わなくとも、降りかかる火の粉は払わねばならない。例えば彼女と一緒にいる時に絡まれたらどうすべきか。男子たる者こういう場合は、たとえ負けても立ち向かっていかなければならないが、下手にやって大怪我を負う場合もある。男であれば殴り合いの喧嘩ぐらいできないと、とは思うが、息子にそれをどこまで求めるかは難しいところである。

 私も中学生の頃までは、喧嘩におびえるか弱い少年であったが、高校に入ってラグビーを始め、なんとか恐怖心を取り除くことができた。学生時代は血気盛んで、街で喧嘩をしたこともある。今でもちょっとした喧嘩ぐらいであれば怖くはない(ただし、冷静に勝てる相手かどうかは見極める)。されどそれも怖いところはある。下手に喧嘩して、お互い鼻血くらいで済めばいいが、打ちどころが悪くて昇天などとなれば、たとえ生き残った方だとしても社会的な制裁は人生を破壊する。

 暴力などなければいいが、悲しいかな人間は本質的に暴力的な本能があるのだと思う。よほど相手が屈強な男でない限り、喧嘩っ早い人間はすぐに暴力という手段に訴えるものである。ちなみに「屈強な」というのは、別の言葉で言うと「抑止力」となる。国家間の喧嘩と言える戦争が、核兵器という「抑止力」が登場したことによって収まったのと同じ理屈である。宇都宮線の男も相手が高校生ではなく、ガタイのいい筋骨逞しい男だったら絡まなかったかもしれない。

 息子には何か格闘技を習わせようかと思ったこともあったが、結局させぬまま来てしまった。それで良かったのかとは改めて思う。積極的に世の中の悪を断つようなことはしなくてもいいが、「降りかかる火の粉は払え火事の空」で、身に降りかかる理不尽な暴力に関しては、自ら身を守れるだけの力は備えていたい。いずれどこかで息子もそういう事態に遭遇するだろうし、その時理不尽な悔しい思いをすることがないようにしてあげたいとも思う。それが具体的にどうすることかは今のところハッキリとはわからないが・・・

 優しい男であることは必要であるが、いざとなったら喧嘩ができるという度胸は、暴力だけではなく仕事の場でも有効だと思う。上司の理不尽なパワハラを跳ね返せるのも一つはこの度胸でもあると自分の経験上思う。実際に手を出したらまずいが、「いざとなれば」という自信が堂々と意見を述べる力になるのもまた事実である。「喧嘩ができる」というの自信は、実際に殴りあうという意味ではなく、男に勇気を奮い立たせる原動力になるのである。

 これから老いて力が衰えていく我が身ではあるが、それでもやはり「喧嘩ができる」という気持ちは維持していきたいし、息子にもどこかでそういう男になるように教えたいと思うのである・・・


Iván TamásによるPixabayからの画像 


【本日の読書】
 孤独を生き抜く哲学 - 小川仁志 教科書では学べない数学的思考: 「ウーン!」と「アハ!」から学ぶ - ジョン・メイソン, ケイ・ステイスィー, 吉田新一郎




2022年1月23日日曜日

人は考え方でできている

 人は考え方でできている、とつくづく思う。その人がどんな人なのかは、イコールどんな考え方の人なのかと言える。人生は選択の連続であり、場面場面でどんな選択をするのかはその人がどんな考え方をするのかによって異なる。したがって、同じ環境にいたとしても、人によってまったく違う結果になるのも当然のことと言える。イチローがなぜあれだけの選手になれたのかと言えば、そのような考え方をしてきたからであり、同じ考え方をしていれば誰でもイチローのようになれるはずと言っても過言ではないと思う。

 仕事でも考え方の違いは如実に現れる。私は総務部に所属しているが、会社の問題点に対する解決策をよく提言している。それは必ずしも総務部の範疇にある事ばかりではないが、会社全体に関わることは自分にも多かれ少なかれ関わることだと「考えている」ので、そうすることが自然なのである。だが、「それは総務の仕事ではない」と言ってしまえばそれまで。そしてそんな提言をしなくても何ら非難されることはない。「余計なことはしないでおこう」と「考える」のも考え方である。

 そして会社が現在置かれた状況からさらに発展していくために必要なことと思われることを提案したところ、問題点を次々と指摘された。それ自体悪いことではない。ただそれが、「だからダメだ」となると如何かと思う。「問題の中に解決策を見出す人」と「解決策の中に問題を見出す人」とがいるとしたら、自分は前者でありたいと思う。問題点を無視する訳ではないが、そもそも根本的な問題があって、それをどうするかという中で出て来た解決策である。それを問題があるとしてやらなければ、そもそもの問題は解決されないままである。マイナス面ばかり強調するのではなく、「メリットと比較してどうか」が大事である。これも「考え方」である。

 折りからの人手不足もあり、パートさんに出勤日を増やしてもらおうと考えた。そこで出てきたのが「103万円の壁」である。扶養家族である主婦の収入が増えると、ご主人の扶養控除の対象から外れ、ご主人の所得税が上がってしまうという問題である。しかし、これも「考え方」である。主婦の収入が増えれば、扶養控除から外れてしまったとしても2人を合わせた家計の収入の総額は増えるのである。社会保険が変わる「130万円の壁」も同様である。闇雲に世間で言われていることを真に受けるのではなく、自分で計算してみるなりして考えてみることが大事である。

 勉強ができる、できないというのも「考え方」だと思う。授業を真面目に聞く・聞かない、家に帰って予習復習をする・しない、わからないことがあれば質問する・放置する、それらについて「どう考える」か。私の場合、「言われたこと(勉強)を真面目にやる」というよりも「自分の知らないこと、できないことを知りたい、できるようになりたい」という考え方だったため、比較的勉強は苦にならなかった。試験前に一夜漬けというのは嫌いでやりたくなかったから、普段から少しずつコツコツやる方を選んだ。そういう「考え方」で勉強をした。

 高校生の頃は将来サラリーマンにはなりたくなかった。それはサラリーマンというのは「指示されたことを奴隷のようにやる」というイメージがあったためだが、その考え方は今でも変わっていない。サラリーマンにはなったが、指示されて奴隷のように働くのではなく、自ら動く方を選んでいる。今では(頼まれてやる事ももちろんあるが)仕事はほぼ自分で考えてやるべきことを決めてやっている。だから仕事も楽しい。楽しくないという人は、どこかで「考え方」を変えてみるといいのではないかと常々思っている。

 バイトを始めた娘には、「もらうバイト代以上に働きなさい」と教えている。私自身、「給料分以上働く」という考え方でずっとやってきている。「バイト代以上働いたら損をする」というのも考え方だが、そういう考え方だといつまでもバイト代は上がらないと思う。「指示されてないからやらない」と考える指示待ち族になるか、指示がなくてもやる人になるか。「課長になったらやる」と考えている人と、「課長ではないけどやる」と考える人がいたら、次にどちらかを課長にしようと考えている人はどちらのタイプを選ぶだろうか。自分の器の大きさを決めるのもすべて「考え方」だと思う。

 こうした「考え方」はいくらでも後から身につけられる。遺伝で決まるものなら仕方がないが、そうではない。であれば、考え方次第でイチローのような存在になるのも夢ではない(もちろん時期にもよる)。早ければ早いほどいいだろうが、遅いからダメということでもないはず。それも「考え方」である。何をどう考え、どう行動するかでその人がどんな人になるか、どんな運命を辿るか決まる。社長に選ばれるのは(血縁で選ばれる場合を除き)、それに相応しい「考え方」のできる人である。

 自分の「考え方」がベストだと自惚れるつもりはないが、「考え方」はかくも大事だということは念頭に置いておきたいと思うのである・・・



mohamed HassanによるPixabayからの画像


【今週の読書】
 孤独を生き抜く哲学 - 小川仁志 慟哭 (創元推理文庫) - 貫井 徳郎 教科書では学べない数学的思考: 「ウーン!」と「アハ!」から学ぶ - ジョン・メイソン, ケイ・ステイスィー, 吉田新一郎



2022年1月20日木曜日

論語雑感 雍也第六(その8)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。
【原文】
伯牛有疾。子問之、自牖執其手。曰、「亡之、命矣夫。斯人也而有斯疾也。斯人也而有斯疾也。」
【読み下し】
伯牛はくぎう、疾やまひ有あり。子し之これを問とひ、牖まど自より其その手てを執とる。曰いはく、之これを末うしなはん、命おきて矣なる夫かな。斯かかる人ひと也や、し而て斯かかる疾やまひある也かな。命おきて矣なる夫かな。斯かかる人ひと也や、し而て斯かかる疾やまひある也かなと。
【訳】
伯牛が癩を病んで危篤に陥った。先師は彼をその家に見舞われ、窓から彼の手をとって永訣された。そして嘆いていわれた。―「惜しい人がなくなる。これも天命だろう。それにしても、この人にこの業病があろうとは。この人にこの業病があろうとは。」
************************************************************************************

 およそ人の世は都合よくできていない。「なんでこの人が」とか、「なんでこのタイミングで」とか、そういう嘆きは世に満ち溢れている。肝心の大一番の試合を前にチームの中心選手が怪我をして試合に出られなくなったり、1年間一生懸命勉強してきた受験生が試験当日に熱を出してしまったり。それはやはり運・不運という言葉でしか説明できないものかもしれないが、時に神様を恨みたくなることも少なくない。伯牛という人もそんな不運に見舞われた人だったようである。

 孔子がこれほど嘆くという事は、伯牛という人はそれほど有能で高潔であったのだろうと推測される。というのも、人が他人から惜しまれるという事は、「能力」と「人柄」とがともになければならないと思うからである。一見、重要なのは「人柄」の方だとは思うが、スポーツや仕事などの組織目標がある場合は、「能力」も欠かせない。「人柄」だけでは組織目標を達成できず、その場合は「いい人」であることは好影響を与えない。伯牛という人もきっと世の中に、あるいはその周りの人に大きな影響を与えられる「能力」があるからこそ孔子に惜しまれたのだと思う。

 もちろん、「人柄」も大事である。たとえばチームの中心選手が、あるいは会社で仕事のできる人が、「このチーム(会社)はオレでもっている」と普段から天狗になっていたとしたら、チームメイトや同僚はいい気分がしないだろう。面と向かって反論はできなくとも、内心快くは思わないだろう。そんな傲慢な中心選手が大事な試合の前に怪我をして試合に出られなくなったとしたら、果たしてチームメイトは嘆き悲しむだろうか。もしかしたら、たとえ試合に負けたとしても心の通ったチームメイトとともに戦いたいと思うかもしれない。負けてもむしろ満足するかもしれない。

 一方、人柄はいいけどチームには貢献できないチームメイトがいて、当日の試合もそのチームメイトのミスでやっぱり試合に負けたとしたらどうだろうか。組織目標としての勝利は得られなくとも、私であれば「一緒に試合に臨んだ」という点をもって良しとする。ただ、そこではチームとしての成績は諦めないといけない。私のやっているシニアラグビーのように試合そのものを楽しめれば満足という事であればいいが、それでもやる以上はやはり勝った方が圧倒的に面白い。会社も業績悪化で給料・賞与ダウンとなれば心穏やかにはいられない。

 そう考えてくると、やはり惜しまれる人は「能力」と「人柄」という二つの要素が必要なのではないかと思える。自分もそういう「惜しまれる」人になりたいと思うし、であれば「能力」と「人柄」を身につけたいと思う。その「能力」は、「才能」よりも「努力」の部分にかかっていると思う。と言うか、才能に恵まれていないと自覚するのであれば、悲しいかな努力で補うしかない。それに対して「人柄」はさしたる努力もいらないように思うが、それも人次第かもしれない。いきなり人柄がよくなろうと思っても、なれるものではないだろう。

 私も自分の人柄が良いかどうかはよくわからない。それは結局、人が判断する事だからである。どうすれば人柄が良くなるのかというと難しい。ただ、突き詰めて考えていくと、「他人のことを考えられる」ということが重要なファクターであるように思う。自分の事ばかり考えるのではなく、常に周りの人のことも考えて行動する事で、人に喜んでもらえる人間になれるのではないかと思う。そういう人こそ、いなくなれば惜しまれるのだろうと思う。

 ラグビーのチームでも会社でも、1人でやるものではない以上、他人との連携が大事である。稲盛和夫氏の説く「利他の心」と絶え間ない努力でチームや会社に貢献してこそ、惜しまれる存在になれるのではないかと思う。自分もいい年であるし、そうした人に惜しまれるような人間になれるように、これからも心掛けたいと思うのである・・・


meineresterampeによるPixabayからの画像 


【本日の読書】
 補欠選手はなぜ金メダルを取れたのか - いつでも「いい仕事」をするための思考法 - 五十嵐 久人 慟哭 (創元推理文庫) - 貫井 徳郎




2022年1月16日日曜日

息子と

 先日、息子を連れて実家へ行った。正月は妻と子供達は妻の実家へ行ったため、息子を連れて我が実家へ新年の挨拶に連れて行ったのである。両親からすれば最年少の孫であり、訪問を楽しみにしていたところでもある。話題は昨年夏の甲子園予選。我が息子の通う都立高校は弱小ながらも今はネットの発達で2回戦でも観戦ができる。両親はテレビに繋いだスマホ画面の前に鎮座して息子を応援したのである。両親それぞれからお年玉をもらい、今は少子化でお年玉も少なくなっていることもあって、息子も貴重な収入を喜んでいた。

 そんな両親と息子の交流を眺め、1日を過ごした後の帰りの車中。それは息子との語らいの時間。普段、家にいても改めて2人でじっくり話すことは少ない。こういう機会は積極的に利用したいと思う。息子にはいろいろと話をしたいと常々考えている。自分の経験、自分の考え方等々である。私もこれまでいろいろ経験し、失敗もしてきた。そんな人生訓は息子のこれからにもきっと役立つと思う。お金は大して残してやれないが、そういう経験談はなるべく伝えてあげたいと思うのである。

 それはきっとどの親もそうだと思う。勉強はした方がいい。大学もいい大学に行った方がいい。(最初の)就職は大企業にした方がいいというのはどの親もそう思うし、そう教えようとする。しかし、子供が反発するというのもよくあるパターン。母親が「勉強しろ」と言い、息子が「うるさいな」と反発する。どこでも(我が家でも)ある風景である。息子にすれば、わかっていて耳に痛いことを言われると面白くないだろう。それはきっとどの親も自分で経験してきていると思うのだが、親になれば忘れてしまうのだろう。

 そういう事があるので、私は息子に「勉強しろ」とは言わない。と言っても正しくは、「勉強“も”しろ」と言っている。高校に入った時から「文武両道」、野球も勉強もどちらも一生懸命やれと言っている。先日の話題は、「コーチ」から入った。野球部では誰がコーチしているのかと。私が高校生の時は、大学生のOBがボランティアで教えにきてくれていた。我が母校ではラグビーを教えられる先生などいなかったので仕方がない。息子の場合は先生が経験者らしく、先生がコーチ兼任だと言う。しかし、息子の口から漏れてきたのは先生のコーチに対する不満である。

 息子が言うには、どうやら先生の経験値が低いのか、指導内容が十分なレベルではないらしい。「中学の時のチームの方が練習のレベルが高い」そうである。確かにスポーツではコーチの影響力は大きい。息子から見ると、基本的な技術ができていないチームメイトが十分な指導を受けられずにいてもどかしいらしい。そう言う息子は、YouTubeなどで研究したりしていると言う。「まずは自分がわかっていることを中心にみんなに提案してみたらどうか」と息子にはアドバイスした。息子もそれに対しては素直に頷いていた。 

 私の持論として、スポーツも勉強も基本的には「どうしたら(できないことを)できるだろうか」と追及していく点で共通していると思う。そしてどちらも先生の影響が大きい。教え方のうまい先生に習うとスポーツも勉強も力がつく。息子もそれには同意して、しばし会話が盛り上がった。話しながら思ったのは、興味のあることなら息子とも十分に会話が成り立つものだということ。子供が生返事ばかりしているのは、内容に興味がないからだろう。だから興味のありそうなことをきっかけにして、伝えたいことを伝えるようにすれば話を聞いてくれるのではないかと思う。

 父は中学を卒業してすぐに友人と2人で働くために上京したそうである。時に昭和28年の春である。当時、東京まで汽車で6時間かかったそうで、遠く故郷を離れ、見知らぬ東京でさぞかし心細かっただろうと思う。幸い私は16の春には何の苦労もなく高校生になれた。息子も然り。ただ、それを当然と思うのではなく、幸せだと思って有意義に過ごせ、高校生活を満喫しろと話した。そして今年も夏になったら試合に出て、活躍する姿を祖父母に見せろと。ついでに勉強もしっかりやって自慢の孫になれと。頷いてはいたが、どう感じたのだろうかと思う。

 父から私へ、そして息子へと伝わるものが少しでもあればいいと思う。それは一度にと言うより、折に触れて2人で話をすることによって可能になるのだろう。これからも息子と2人で語り合う時間を作りたいと思うのである・・・



sipaによるPixabayからの画像 


【今週の読書】
 ラグビー もっとも受けたいコーチングの授業 - 徳増 浩司 補欠選手はなぜ金メダルを取れたのか - いつでも「いい仕事」をするための思考法 - 五十嵐 久人



2022年1月13日木曜日

In my life

♪There are places I remember
 All my life though some have changed
 Some forever not for better
 Some have gone and some remain
 All these places have their moments 
 With lovers and friends I still can recall
 Some are dead and some are living
 In my life I've loved them all ♪
The Beatles“In My Life”
************************************************************************************

先日、ふとビートルズの「イン・マイ・ライフ」を耳にした。ビートルズの曲の中でもお気に入りの一つである。私の洋楽デビューはビートルズで、一つ年上の従兄弟の影響を受けたものである。最初は英語の歌詞などわからなかったが、ビートルズの曲は比較的優しい英語の歌詞が多く、何度も聞いているうちに歌詞を見なくてもなんとなくわかって嬉しかったりしたものであるが、この曲もその一つ。そして後年、改めて歌詞に触れた時、実は結構心に刺さる内容だと思い、以来お気に入りの一つになったのである。

 全体としては、「僕は何よりも君を愛している(In my life I love you more)」というラブソングなのであるが、個人的には前半部分に心惹かれるものがある。生涯心に残る場所があって、そこにまつわる人の思い出があるという内容に深く共感するのである。したがって、私の中ではこの曲はラブソングという感覚はあまりない。邦楽でもちょっとしたフレーズが心に刺さって、その曲全体が好きになってしまうというのもよくある(浜崎あゆみの「SCAR」など)。この「イン・マイ・ライフ」もそんな一曲である。

 先日、シニアラグビーの練習で、江戸川の河川敷のグラウンドへ行った。日暮里から京成線に乗って行ったのであるが、青砥から江戸川は若い頃の通勤路線である。各駅の様子はほとんど当時(30年前)と変わっていない。なのでそのまま東中山まで乗って行って、久しぶりに当時住んでいた寮(の跡地)とその周辺を訪れてみたい衝動に駆られたくらいである。当時はなんの感情も抱かずにいた当たり前の風景も今となれば懐かしい。まさにThere are places I rememberの一つであると言える。

 就職してから結婚するまでの約7年間、私は寮生活をしていた。最初は国分寺、そして次に東中山である。部屋は寝るか寛ぐかのスペースだけで、トイレ・バス・洗面・食堂はすべて共同。もともと各部屋は二人部屋仕様であり、私も国分寺では先輩との相部屋であったが、個室化の流れから東中山では途中で一人になり、二人部屋を広く快適に使った。食堂や風呂では同年代の人たちがいて、一人暮らしでも寂しいということはまったくなく、自分でやらなければならないのは部屋の掃除と洗濯くらい。今思えば快適な独身生活であったと思う。

 最初に配属された支店は八王子。そして立石にあった葛飾支店に転勤し、以後内神田、国立と4つの支店を経験した。バブルから金融危機に向かう約12年を支店勤務で過ごしたが、今はすべての支店が建替、移転、統合で当時の姿を残すものはない。まさにsome have changed、Some have gone なのである。今であれば、もっと質の高い仕事ができたと思うのであるが、当時の私にはそんな意識などなく、漫然と目の前の仕事に追われていたと思う。やり方によってはもう少し出世する道もあったかもしれない。

 当時、一緒に働いた人たちは、今どうしているのだろうと思うことがある。今でも交流のある人もいれば、転勤以後まったく会っていない人もいる。一緒に働いていた支店内の風景も脳裏に浮かび、まさにWith lovers and friends I still can recallという状態である。年賀状のやり取りをしていた人の中には鬼籍に入られた方もいて、Some are dead and some are living である。いい人たちもいれば、嫌な人たちもいた。銀行員の仕事も楽ではなく、今ならそれなりに楽しみながらできると思うが、当時の自分にはまだまだ無理であった。

 人の記憶というのも不思議なもので、嫌な記憶というのはだんだんと薄れていって、残るのはなぜかいい思い出ばかりという気がする。当時は毎日のように腹の立つことがあったように思うのであるが、今ではそれらが何であったか記憶が薄れてしまって、いい思い出だけが残っている。まさにIn my life I've loved them allと今なら言える心境である。たぶん、当時の私が今の私のそんな意見を聞いたら猛反発するかもしれない。だが、事実そうなのである。人間の記憶とは、実に都合よくできているのだなぁと思わずにはいられない。

 人間と同様、街も生きていて時間とともにその姿を変えていく。我が街大泉学園も結婚して住み始めた25年前とはだいぶ変わっている。今の実家も立ち退きの話が出ているし、いずれなくなってしまうだろう。今ではもう記憶の中にしかない懐かしい風景もいろいろある。そんなことを考えると、このビートルズの曲はいっそう心に染み入ってくる名曲だなとつくづく思う。大ヒットナンバーもいいと思うが、この「イン・マイ・ライフ」もいつまでも何度でも聞きたい一曲だと思うのである・・・



Sofia TerzoniによるPixabayからの画像 


【本日の読書】
 ラグビー もっとも受けたいコーチングの授業 - 徳増 浩司 慟哭 (創元推理文庫) - 貫井 徳郎




2022年1月10日月曜日

タバコを吸いながら思う雑感

 平日、タバコを吸う場所は限られている。よく利用するのは、勤務先の近くにあるファミリーマート。我が勤務先の入居するビルには喫煙スペースがない。したがってわざわざファミマまで出向かないといけない。仕事中にそうそう抜け出してもいかれないので、昼休みと午後一回だけと決めている。外出する際はこれにもう一回加わる。あとは退社後の帰りである。こういう不自由は、個人的には歓迎である。一服一服をじっくり吸えるという意味では、障害があった方がいい。

 タバコも常習的・習慣的に吸うのではなく、じっくり味わって吸いたいと思う。タバコも不思議なもので、同じ銘柄でも吸う環境によって味が違う。一番いいのは、「食後、室内でコーヒーを飲みながら」であるが、なかなか難しい。今の環境ではどこか断念せざるを得ない。それでもなんとか最低限確保したいのが「無風の環境」である。風が強かったりすると、どういうわけかタバコの味が飛んでしまう。したがって、「歩きタバコ」など論外である。世間的にも迷惑だろうが、個人的にも味の確保という意味で避けている。

 ファミマの喫煙ルームはそういう意味で手ごろである。ネックは狭いため一度に3人までという人数制限があること。待つのも時間が惜しいため、満室の場合はさらにその先の公共喫煙スペースまで足を伸ばしている。便利なファミマの喫煙ルームだが、なぜかそのファミマではタバコを売っていない。せっかく喫煙スペースを設けてくれているのだから売ればいいのにと思うが、なぜなのかはわからない。酒やタバコは近隣に同業者が商売をしていると許可がおりないと聞いたことがあるが、たぶん道路を挟んだ反対側にタバコ屋さんがあるからそれで許可が下りないのかもしれない。実に残念である。

 また、ファミマとは会社を挟んで反対側にタバコ屋があって、ここでも喫煙スペースがある。だが、「タバコを買った人のみ」という限定付きなので気軽に利用できない。行くごとに買うわけにもいかず、さりとて「ここで買ったタバコです」と言い訳するのもなんだか面倒である。気の小さい私としては、どうにも敷居が高くて利用していない。そんな限定などしなければ、そこで買うと思うのだが、「サービスが先、利益は後」というビジネスのコツを理解していないのだろうが、1人の常連客作りに失敗しているのは確かである。

 そのファミマの喫煙コーナーだが、いただけないのは喫煙者のマナーである。夕方に行けば灰皿の周りには灰が散乱しているし、先日は灰皿の中から煙が出ていた。空箱を灰皿の上に捨てていく輩も珍しくない。店員さんが毎日掃除してくれていると思うが、気分悪いだろうなと思う。灰は確実に灰皿に落とす、火はきちんともみ消す、空箱は持ち帰って捨てる、そんな子供でもわかりそうな当たり前のことをやるだけでみんなが気持ちよく利用できる。タバコを吸える場所が少なくなっているからこそ気をつけたいところである。

 煙や灰というタバコに伴うデメリットを軽減しているのが電子タバコであるが、これも良し悪しかもしれない。私が手を出さないのは、スタートキットを選んで用意するのが面倒なのと(気に入らなければ無駄になるし)、銘柄を選ぶのも大変(今のマルボロにたどり着くまでにいろいろ試したものである)なので、今更感が強いのである。これからタバコを吸う人はどうなのかと考えると、最初は「ちょっと一本」ともらいタバコから入るのではないかと思うが、電子タバコはこれが難しい。「初心者」にはハードルが高いのではないかと考えると、喫煙人口を増やすのも難しいかもしれない。JTも大変だろうと思う。

 咋日は武蔵小杉の東急スクエアに立ち寄ったが、ここには立派な喫煙ルームがあった。わざわざどうして作るのだろうと思うが、こういう施設がなければマナー心のない人は路上や施設近辺で吸って吸い殻を捨てて行くかもしれない。喫煙スペースをなくせばタバコを吸わなくなるという考えは短絡的であり、適度な「ガス抜き」のためにはこういう喫煙スペースは必要なのだろう(もちろん、個人的にもありがたい)。大きな駅の周辺には公共の喫煙スペースが設けてあるのもそのためだろう。

 タバコを吸わなければ気にもならない事どもが近頃よく見えてきている。体に悪い事はわかっているが、適度であればメリットもある。当分やめるつもりはないが、やはりマナーには気をつけたいと思う。吸わない人のことも十分よくわかるし、だからこそそういうノンスモーカーのことも考え、モラルあるスモーカーでありたいと思うのである・・・



Gerd AltmannによるPixabayからの画像 


【今週の読書】
 日本一のクレーマー地帯で働く日本一の支配人 - 三輪 康子 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (文春e-book) - 鈴木 忠平



2022年1月6日木曜日

論語雑感 雍也第六(その7)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。
【原文】
季氏使閔子騫爲費宰。閔子騫曰。善爲我辭焉。如有復我者。則吾必在汶上矣。
【読み下し】
季氏きし、閔びん子し騫けんをして費ひの宰さいたらしめんとす。閔びん子し騫けん曰いわく、善よく我わが為ために辞じせよ。如もし我われを復ふたたびする者もの有あらば、則すなわち吾われは必かならず汶ぶんの上ほとりに在あらん。
【訳】
魯の大夫季氏が閔子騫を費の代官に任用したいと思って、使者をやった。すると、閔子騫は、その使者にいった。「どうか私にかわってよろしくお断り申しあげて下さい。もしふたたび私をお召しになるようなことがあれば、私はきっと汶水のほとりにかくれるでございましょう」
************************************************************************************

 私は基本的に頼まれ事は断らない主義である。それは、「頼まれる」というところに相手の「お前なら」という期待を感じるし、それはありがたい事であるからである。自分に置き換えてみれば、誰かに何かを頼みたいと思った時には引き受けてくれそうな人、そして引き受けたことをきちんとやってくれそうな人を選ぶ。「頼まれる」ということは、そういう「相手のリスト」に自分が入っているという事であり、私の様に人付き合いがどちらかと言えば苦手な人間にとって、それは感謝すべき事だからである。たとえそれが雑用であったとしても、である。

 と言っても、実際すべて引き受けるかと言えば、なかなかそうも言い切れない。断る場合もあると思う。その最たるものは、やはり「自分には難しい」という事である。例えば、シニアラグビーで今のチームのキャプテンを引き受けてくれと言われたらまず断るだろう。それには「自分にはできない」という最大の理由がある。安易に引き受けても十分こなせなければ迷惑がかかる。そういうものを引き受けるのは、逆に無責任に他ならない。気持ちだけではどうにもならないものは断らざるを得ない。

 ただ、そこで難しいのは、頼まれるということは、仮にも相手の目にはふさわしいと映っていることであるということである。自分には無理だと思っていても、相手から客観的に見ればふさわしいと見えているわけである。「無理だ」と思っているのは自分だけで、案外やってみたらうまくいくということもあるかもしれない。逆の立場に立って見れば、十分ふさわしいと思う人に白羽の矢を立てると思うから、そのあたりは考えないといけないだろう(まぁ、そういう意味でもキャプテンを頼まれることはないと思うから安心していられる)。

 また、頼まれごとをやった場合、それまで知らなかった世界が見えるということもある。これまでやった中では、母校の財団法人のある社会人向け講座の世話役なんかがそうであった。今まで会うこともなかった人と関わり合い、自分なりの企画を立て、構想を練って実行するというのはいい経験になった。その後、転職した際にその時の経験が一部経営に役立ったと思う。声をかけてくれた人には感謝だし、また土台をきちんと作ったのでその恩は実績で返せたと思う。

 年賀状をもらうと、よく「飲み会を企画してくれ」というコメントが書かれているものがある。それもはっきり言えば、「自分はみんなと飲みたいが、企画するのは面倒だからお前がやれ」という裏のメッセージがはっきりしている。面倒な役割を押し付けられているのはありありだが、それでもその役を頼んでくるということは、少なくとも「期待」があるわけである。それも大事にしたいと思うので、コロナの様子を見つつ企画しようと思う。

 そういう考え方でいるので、頼まれごとを断固拒否する人の考え方には相入れないものがある。そこは考え方の違いであり、違いがあっていいと思うが、ただ「損をするなぁ」と思うだけである。自分の世界が広がることもないし、相手の友人リストの上位にいくこともない。もちろん、面倒は避けられるのでその時はいいだろう。それがいいと考える思考回路の人にはそれでいいし、私はそう考えないというだけのことであるから、それが悪いとも思わない。

 私が魯の閔子騫であったら、代官任用の話を迷わず受けるだろう。この短い文章だけでは前後の様子がわからないから何とも言えないが、もったいないと思う。もっとも、重要なポジションであれば、簡単に引き受けるというわけにもいかないだろう。私も今の会社で社長をやってくれと頼まれたら、やはりすぐには引き受けられない。社員の人心掌握という意味ではもう少し時間が必要だと思うし、簡単にできるものではない。ただ、その時が来たら、迷わず引き受けられるようにこれから働いていきたいと思う。これからもいろいろあると思うが、「頼まれる」ということを大事にしていきたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (文春e-book) - 鈴木 忠平 日本一のクレーマー地帯で働く日本一の支配人 - 三輪 康子




2022年1月3日月曜日

2022年新春雑感

 今年は例年と異なり、私は実家で年を越した。妻と子供達は妻の実家に帰省。いよいよ家族もバラバラである。本当は家族揃ってと思うところだが、自分の考えを押し通すのも良くない。それがたとえ家族でもと思い、妻の提案を受け入れた次第である。子供が社会人になったら、たぶん単身生活となるだろう。両親がその時健在なら一緒に住むかもしれない。そんな将来を見据えて今から行動していくつもりである。

 毎年元旦に行っていた近所の氏神様への初詣は帰宅した本日となった。神頼みはしないが、神聖なるルーティーンとして欠かせない行事である。心を鎮めて手を合わせ、首を垂れる。破魔矢を買って境内を後にする。数えてみればこの地に越してきて26年。初詣は25回目である。メジャースポットに初詣に行きたいとは微塵も思わないが、人生で一番長く住んでいる街であり、この地にいつまで住むかはわからないが、住み続ける限りは折に触れて参拝したいと思う。

 昨年は、年初に想像もしていなかったことがいろいろとあった。誰もがそうであると思うが、「人生に大きなインパクトを与える」という意味で、である。そういうことがまた今年も起こるかもしれない。想像もできないことゆえにあらかじめ準備しておくこともできないが、起きた時にうまく適用するためには心のあり方も大事だろうと思う。誰もが自分がかわいいのは当然であるが、「他人から見た自分」も意識したい。自分勝手な振る舞いはやはりカッコ悪い。そういう「見た目」を重視したいと思う。

 最近思うのは、他人の行動に怒りを覚えたりもどかしく思ったりするのは、突き詰めると「自分の考えと違うから」である。本人はそれでいいと思うからそういう行動を取っているわけで、そこを理解しないといけない。「自分と他人は違う」というのは、誰でも知っていると思うが、だから行動も違うのである。自分の思う通りに行動しないからと言って腹をたてるのもおかしい。たとえそれが自分勝手な行動であろうと、本人にとっては正しいのである。そこを理解した上で、それに対して自分はどうすると考えればいいだけである。

 昨年、そういう怒りを覚えたが、今は淡々として「ではどうするか」と考えている。一矢報いて溜飲を下げて、それでノーサイドにすればいい。もどかしく思える他人の行動も、ぐっと堪えて相手の気持ちを理解するように努め、できることをすればいい。仕事においては、新しい職場に入り、そこでもいろいろもどかしく思うことが多い。しかし、イライラするのではなく、そういう状況において自分のできることをするだけである。「前へ前へ」と猛進するのではなく、「まわりを見てゆっくりと進む」。これを今年の行動目標にしたいと思う。

 年齢的には今年58歳。会社で言えば定年年齢まであと2年半。幸い、今の会社では役員になれそうだし、働きたいと望み、そしてそれなりの実績を上げられれば、最低限の目標である70歳まで今の給料を維持したまま(おそらくそれも上がるはず) 現役で働けるだろう。そのためにも自分だけのためではなく、みんなのためにというのも意識して働きたいと思う。与えられた線路の上を漫然と走るのではなく、自分で線路を引きながら走りたい。どこまで線路が続くかは、自分次第である。

 さらにそろそろ自分の考えを他人に語るということもしていきたいと思う。自分もいろいろな考え方を身につけてきた。思い返せばいろいろな人の言葉に影響も受けてきた。自分もそろそろ人に影響を与えるようにしたいと思う。もちろん、強制したり押し付けたりするものでもないが、語ることによってそれが響けばその人の中に残るし、響かなければそれまで。娘や息子はもちろんであるが、身の回りにいる若い人にも臆すことなく語りたいと思う。

 2022年という新たな年がスタートした。そろそろ「残り時間」というのも意識させられる。焦ることなく、ゆっくりとまわりを見ながら前へと進んでいきたいと思うのである・・・



TumisuによるPixabayからの画像 


【今週の読書】
 指導力 才能を伸ばす「伝え方」「接し方」 (PHPビジネス新書) - 仁志 敏久 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (文春e-book) - 鈴木 忠平



2021年12月30日木曜日

2021年年末雑感

 今年もはやあと2日である。毎年のことながら、早いといえば早い。ただ、振り返ればきちんと1年365日を過ごしているわけであり、決して364日だったわけではないのでそのあたりは日々を意識していきたいと考えているところである。その365日の内訳としては、我が人生史においてもなかなか激動だったと思う。その最たるものは、失業だろう。代表取締役副社長まで任されていたのに突然社長が会社を売ってしまったのである。それで首。年初には想定もしていなかった出来事である。

 わかってはいたものの、取締役というものには保証がない。株主総会で再任されなければそれまで。従業員と違って保護されていないので、抵抗はできない。しかも雇用保険に入っていないので失業手当てももらえない。実はとても不安定な立場なのである。社長も人間性のきちんとした人であればよかったのであるが、私を含めて長年勤めていた社員も全員馘首。退職金は雀の涙。会社を売ったお金は独り占め。なければ文句も言えないが、社長は会社を売って数億円を手にしたのであるから、何ともはや。6年半も一緒にいてそういう人間性を見抜けなかったのは、私自身間抜けだったと言える。

 文句は山のようにあるが、生活もあるのですぐに転職活動を始めたが、捨てる神あれば拾う神あり。相談した人は親身になってくれて、今の会社を紹介してくれた。転職歴6回の先輩も履歴書、職務経歴書の書き方を親切丁寧に教えてくれた。そのほかの人もいろいろと気にしてくれた。ありがたいの一言に尽きる。ハローワークに行っても、転職サイトに登録しても、年齢的には厳しい。たとえ就職しても「60歳の壁」がある。60歳で定年退職して再雇用になっても65歳までで、しかも給料は大幅ダウン。これはなかなか厳しい。幸い、今の会社は役員含みだから定年も年収ダウンもないし、むしろアップする予定である。うまく切り替えられたと安堵している。

 その間のゴタゴタからタバコを吸う様になったのも年初には想定していなかったこと。もともと禁煙はしておらず、長い「休煙」であったのだが、再開後はすっかり習慣化している。ただ、健康面の問題や臭いの問題もあって、1日の本数を厳密に限定している。だから歩きタバコの様な味がわからなくなる吸い方はしないし、やたらめったら吸うのではなく、1本1本を味わって丁寧に吸っている。個人的にはストレスの発散や思考の整理の時間としての効果は感じるので、悪いことではないと考えている。

 シニアラグビーにおいては、チームの移籍があった。年初には想定していなかったが、これで試合数が激増した。試合があれば、反省も生まれ、次の課題も見つかる。これがまた面白くて練習に身が入る。やはり試合に出ることは大事だと思う。ただ、体はきつい。考えてみれば、今の「白紺」(パンツの色による年代別)の試合は、下は30代から50代までが対象。下手をすると20歳近く若い相手と試合をすることになる。コンタクトプレー(ぶつかり合うプレー)もスピードも違ってくるため、体のダメージも厳しい。そのダメージも昔と比べて回復が遅い。10月の試合で痛めた首の痛みはまだ治らない。しかし、そうではあっても、やはり心から面白いと思うのでやめられない。

 娘は何事もなく大学2年になり、サークル活動にも参加して、バイトも掛け持ちして関ジャニのコンサートにしばしば「遠征」している。楽しそうにしているのが何よりである。高校生になった息子は、残念ながらラグビーよりも野球を選択した。都立高校だからすぐにレギュラーになって、夏の東京予選はネット配信されて祖父母も観戦できた。2人とも忙しくて私の実家にはほとんど行かない。大阪の妻の実家には学校が休みのタイミングで妻とよく行っている。不公平な気がするが、もう無理に連れて行くほど子どもではない。当人たちの意識に期待したいところである。

 年初に想定していなかったのは、料理デビューというのもある。母親も年で家事ができなくなってきている。特に料理がそうで、父はこれに不満げ。そこで週末に実家に帰り、掃除や料理をすることにした。幸い、現代ではレシピサイトがある。見様見真似でもなんとか様になる。味噌汁一杯でも父が喜ぶのでやめられなくなってしまった。やってみれば料理も難しくはないということ。ただし、簡単でもない。いつも食べている家庭料理はこうやって作るのかと知ることも新鮮。将来、一人暮らしになった時に役立つだろうし、喜ぶ両親のため、そして将来の自分自身のためにも続けたいと思う。

 来年の話をすれば鬼が笑うというが、それを実感したのがこの一年。振り返れば、年初に思ってもみなかったことばかりである。しかしながら、そんな「予想外」に我ながらうまく対応してきたと思う。どれも結果オーライのところがある。将来については備えることしかできないが、その備えにも臨機応変対応力というものがある。それがあれば、何があってもなんとかできるだろうし、それこそを意識すべきではないかと思う。それに必要なのは、日々の行動。365日の積み重ね。そんな意識をこれからも続けないといけないと改めて思う。

 激動ではあったが、うまく乗り越えられた年。人生史の目次には、そんな説明が載せられる2021年であったと思うのである・・・



Arek SochaによるPixabayからの画像 

【今週の読書】
 指導力 才能を伸ばす「伝え方」「接し方」 (PHPビジネス新書) - 仁志 敏久 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (文春e-book) - 鈴木 忠平



2021年12月26日日曜日

年下の上司

 大学に入った時に一番カルチャーショックを受けたのが、年齢による差がなくなったことである。大学には一年浪人して入ったが、同級生には現役合格した者(つまり年下)と二浪して入った者(つまり年上)がいた。しかし、「同級生」であり口の利き方もタメ口。実は二浪した同級生が高校の先輩の友人であり、私の先輩をその同級生が呼び捨てで呼ぶのであるが、それが実に違和感のあることであった。ラグビー部では当然ながら実力主義。私は3年になってようやくレギュラーの座を確保したが、1年からレギュラーになった者もいた。また、レギュラーになれないまま卒業していく先輩もかなりいた。年齢は関係ないと、大学で初めて体感したのである。

 社会人になったのは、長年日本社会を覆っていた「年功序列」が崩れていく時代だった。始めに配属された支店にも、支店長より年上の銀行員はいたし、それはどちらかというと「学歴」の差ともいうべき要素が大きかったが、やがて出世のスピードの違いもハッキリとしてきたし、最初の昇格に漏れてそのままずっと管理職になれないままの同期も出てきた。既に年功序列は崩れていたが、やはり年下の上司の下にはつきたくはないという考えは、一種の「恐怖心」として身にまとっていた。そのまま銀行にいれば避けられなかったと思うが、なんとか逃げ切った今となってはホッとするばかりである。

 しかし、銀行のラグビー部では既にそれが実現していた。ラグビー部には様々なメンバーがいたが、私の在籍中に既に若手がキャプテンを務めるようになっていた。もちろん、実力で選ばれるわけであるが、それはそれで「屈辱感」のようなものは微塵も感じることなかった。しかし、仕事だとそういうわけにはいかなかっただろう。若手でもキャプテンシーが備わっていれば、十分キャプテンは務まる。中には学生時代にキャプテンを務めていた者もいるだろうし、周りもそもそも「実力主義」を理解しているので協力体制には問題ない。何の違和感もなく過ごせていたものである。

 年下の上司であっても、転職して配属された職場となれば、自分は後から入ってきたという「説明」が自分自身にもつけられるので気にならないかもしれない。しかし、後から入社してきた者が自分より下の地位から始めて「追い抜かれる」と心中は穏やかではない。水戸黄門の主題歌でもその悲哀が歌われている通りである。そこには「実力で抜かれた」という言い訳がきかないものがある。人間はどうしても「酸っぱいぶどう」で生きているところがある。年下の上司は言い訳のできない「ぶどう」である。

 シニアラグビーの新チームに移籍して2ヶ月が経過したが、居心地はいい。キャプテンはまだ40代の元気のいい「若手」。チームのメンバー一人一人に目配りをしていて、年上のメンバーには敬意を持って接してくれる。仕事は何をやっているのかわからないが、たぶん仕事もできる人だろうと思う。年下のキャプテンだが、ラグビーの世界ではもう慣れっ子なので気にならない。むしろ冷静に観察できているが、それゆえにキャプテンとして実に相応しいと思う。試合中も臨機応変でチームに戦術の指示を出している。私もやりやすい。同時に自分にはできないなと思うが、だからと言って変な感情は抱かない。

 新しい会社では、役員の1人は年下であるが、引け目は感じない。「後から入った」という言い訳もあるが、実はそれだけではない。お互い違う経験を背景としており、私は私の経験の範疇でしっかり上回れるものがあると思うからである。やはり、そうした「核」があると、「酸っぱいぶどう」に頼らなくても自信を持っていられる。そういうものも大事だと改めて思う。結局のところ、年下の上司が嫌だと思う心の底に自分自身に対する自信のなさがあるのかもしれない。「これは負けない」という「核」があれば気にならないのかもしれないという気がする。

 働き方改革も単なる早帰りだけではなく、在宅ワークも含めて多様な働き方がこれから出てくるのかもしれない。上司も部下もいろいろな人がなるのだろう。その時に自分に核となるものがしっかりあるかどうかは非常に大事だと思う。小さな会社ではあるが、いつ役員のポジションを打診されてもいいように、準備と実績とを積み重ねておきたい。相手が上司だろうと部下だろうと同じように接し、自分のできることをしっかりとやりたい。そして周りの人の信頼を集めながら、1日でも長く働きたいと思うのである・・・



Tú NguyễnによるPixabayからの画像 


【今週の読書】
 強者の流儀 指導力 才能を伸ばす「伝え方」「接し方」 (PHPビジネス新書) - 仁志 敏久 嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか (文春e-book) - 鈴木 忠平




2021年12月23日木曜日

残業

 残業と言うと嫌なイメージがつきまとう。それは当然であり、誰でも仕事はさっさと切り上げてプライベートの時間を確保したいと思うものだろう。ただ、一方で残業をすれば「残業手当て」という収入が得られるのは確かであり、この収入がわずかであってもバカにならないものであり、その点ではしっかり「残業で稼ぐ」ということをしたいというのも正直なところであろう。最も管理職になると、残業をしても残業手当てはもらえなくなるのでこの限りではない。私ももう何年も残業手当てというものをもらっていない(残業をしていないわけではない)。

 私が大学を卒業して銀行に入ったのは1988年。昭和で言うと63年。つまり昭和最後の世代である。当時は、「新人が早く帰るのはもっての外、少しでも仕事を早く覚えるために先輩より早く帰ることはあり得ない」という時代。さらに「収益に貢献していないのだから、残っていても残業代などもらえなくて当たり前」ということが加わる。いわゆるサービス残業というものであるが、私もこれが苦痛であった。当時は残業は申告式であり、今のようにパソコンの起動時間で否応無く記録が残るということはない。自分で書かなければそれまでである。当時は毎晩ため息とともに寮に帰ったものである。

 しかしながら、若い頃に遅くまで仕事に没頭するということが必要なのも事実である。ワタミの渡邉会長やユニクロの柳井会長などは、若い頃の苦労を推奨しているが、自分の経験を振り返ってみてもそれはある程度必要だと思う。身体を壊すほどのものは「過ぎたるは及ばざるが如し」であるが、残業=悪だとばかりに決めつけるのも良くないと思う。そんな考えからだからでもあるが、今の会社でも新人が遅くまで残って残業をしているが、ついつい暖かい目で見ている次第である。

 しかしながら、最近、我が社の一部の新人の残業にはちょっと問題感を感じたのも事実である。彼は端から見ると毎日遅くまで残業をしていた。勤務報告書を見ると、前月の残業時間は60時間に達していた。三六協定で定める月45時間を優に超えていたのである。しかしながら、現場の評価は低い。曰く、「無駄な作業が多い」ということである。年末の賞与の評価は同期からはワンランクダウンとなっていた。遅くまで頑張ってもそれが報われていない。そこで彼と話をした。

 喩えとして、毎日定時で帰るA君と毎日残業しているB君を挙げ、2人の仕事量が同じだった場合、A君は基本給のみで、B君はそれに残業手当てがつく。仕事量が同じなのに収入が違う。これに対し、感想を尋ねると、彼は「不公平だ」と答える。A君にしてみれば、同じ仕事量なのであれば給料が多い方がいい。となれば、必然的にA君はわざと仕事をゆっくりとこなし、残業をするようになるだろう。それは会社にとっては好ましくない。そこで賞与で差をつけ、翌年の昇給あるいは昇格で差をつけることになる。目先ではB君はA君より収入は多いが、すぐにその差は逆転する。

 彼にはそんな話をし、仕事のやり方を見直してみるように伝えた。上司や先輩のアドバイスを求め、工夫をしてみたらどうだろうかという感じである。彼もバカではないので(実際、同期よりもボーナスが少なかったのである)、きちんと理解してくれた。「ゆっくり働いて残業代を稼ごう」という文化が社内に育つことのないようにしないといけない。その昔、経営コンサルタントの大前研一氏は、日立製作所に入社し、仕事を終わらせて毎日定時に帰っていたそうである。あの時代だから周囲の目も厳しかったと思うが、今は(会社によるかもしれないが、我が社なら)できる。仕事があるならハードワークを厭わず、終わったならさっさと定時で帰るようにしたらいいと思う。

 今は、私もほとんど残業をすることなく帰っている。残業をしても残業代がつかない立場であるということもあるが、無駄に残る必要性も感じないし、それより「手を動かしてナンボ」という仕事でもない。風呂にゆっくり浸かりながら仕事のことを考えていたりするといろいろとアイディアが湧いて来ることも多い。出勤している時だけが就業時間ではない。成果主義でもあり、ワークライフバランスとも言えるが、求められていることを(求められている以上に)きちんとこなしているので、仕事が(大変ではあるが)面白いと言えるし、とても満足している。

 残業も連日に渡って遅くまで続けば疲労も溜まる。そうなれば「楽しい」などと思えるゆとりは無くなるが、ある程度であれば苦にはならない。それが自分でコントロールできればいいが、できないと辛い。自らやる仕事であれば残業も苦にならないし、やらされ仕事だと苦痛だろう、私の新人時代のように。若手は必死に目の前のことをこなすのに精一杯であるが、上の立場に立てば、「なぜ残業しないと終わらない」のかを考え、それが取引先との契約なのかオペレーションのどこかに問題があるのか、それを見極めて仕組みとして残業を減らさないといけない。立場によっては考えることも違う。

 残業の捉え方も一律ではない。私の場合は、どうやって我が社の社員の残業を減らすかが当面の課題の一つである。昭和の感覚は捨て、令和の時代に合わせた残業のあり方を考えたいと思うのである・・・


mohamed HassanによるPixabayからの画像


【本日の読書】
 強者の流儀 あるヤクザの生涯 安藤昇伝 - 石原 慎太郎




2021年12月20日月曜日

時間論

 時間というのは、まことに不思議なものだと思う。昔はドラえもんではないが、過去から現在、そして未来へという時間の流れがあり、遠い未来世界ではタイムマシンが発明されて時間を自由に行き来できるようになると無邪気に考えていた。しかし、哲学的な観点からは、「過去は場所ではない(だから行くことはできない)」という考え方(【「時間」を哲学する】中島義道)に触れたり、アインシュタインの相対性理論で時間がゆっくり流れたり早く流れたりするという説明に触れたりしてだいぶイメージが変わっている。

 アインシュタインは、重力によって時間が流れる速さが変わるという体感できないことを考え出しているが、これは本当に凄いと思う。映画【インターステラー】では、これが見事に説明されていて、主人公の宇宙飛行士が地球を救うために泣く泣く幼い娘を残して宇宙へと旅立つが、ようやく帰還した時、年老いて家族に付き添われた娘と再会する。自分よりも老いた娘と再会するという感覚がどんなものか想像もつかないが、それが時間なのだというのはかなり衝撃的なことだと改めて思う。「時間の流れが違う」というのは実に不思議である。

 しかし、その不思議な出来事を実は最近身をもって体験している。それはシニアラグビーでの体感である。最近、移籍したチームでは試合をマメにビデオに撮ってYouTubeで公開している。我々はアップロードされた試合のビデオを観て、それぞれ次への反省に生かすのである。グラウンドで動いている時の主観ベースでの記憶と、ビデオで客観的に観るそれとは随分と違う。高く上がったボールをキャッチしたと思っていたが、実はそれほど高く上がっていない。右へ行けば敵も少ないのにまっすぐ走っている。タックルで鮮やかに倒したつもりが、それほどでもない。ビデオで自分自身のプレーを観ると、どうにも嫌になってしまう。

 そしてそれ以上に衝撃的なのはそのスピードである。パスのスピード、走るスピード。自分では若かりし頃とそれほど変わっていないつもりだが、ビデオで確認すると随分とスローモーである。それは私自身だけではないが、全体的にスピードは遅い。いつも観戦している後輩の学生たちの試合と比べるとその差は歴然としている。やっている時はわからない。グラウンドでの時間の流れと、端からビデオで捉える時間の流れとが明らかに違う。昔、若い頃にシニアのラグビーを観て、「こんな無様な試合するくらいならやらない方がマシ」だと不遜にも思っていたが、それに近い試合を今自分がしているのである。

 その時間の流れの違いは、年代の違う相手と相対するとよくわかる。前のチームは60代が中心で、一緒に練習していても50代の私からすると60代の人たちのスピードは遅く、バックスにパスが回っても一番外側の選手にボールが回るのについていける。普通は追いつけない。走っているのを捕まえるのもたやすい。しかし、たまに学生と一緒に練習すると、まったくついて行けない。個々の選手のスピードが違い、振り切られてしまったり追いつかれてしまうのもしばしばである。単に個人的に足が速い遅いという問題ではない。チーム全体のスピード感が違うのである。

 その昔、『ゾウの時間、ネズミの時間』という本があったが、年を取るとグラウンド内での時間の流れが異なってくる感じである。もちろん、その正体は体の老化である事はわかっているが、老化によって体感する時間の流れが異なるのである。本人は全力疾走しているつもりでも、若い人から見ればその動きは遅く、容易に捕まえられる。逆の立場からすると、若い人の動きにシニアはついて行けない。たまに人が足りなくて60代以上の試合に駆り出されることがあるが、ゆっくりと流れる時間の中で、自分だけがサイボーグ009の加速装置をつけたが如くに動けるのは誠に快感である。

 自分自身のスピードは変わっていないどころか、ますます時間が早く過ぎて行くように感じる。お正月から花見の季節になり、拭っても拭いきれない汗をかいたと思ったら、紅葉に包まれ、はや年の瀬。一年が目まぐるしく過ぎて行く。つい先日50代に突入したと思ったら、もうあと2年半で還暦である。よちよち歩き、無邪気に「パパぁ!」と言っていた子供たちもいつの間にか高校生と大学生である。それでも端から見るとゆっくりと流れているのだろうか。

 いつの間にか2021年も残り2週間。もう少しゆっくりと自分の時間を過ごしたいし、子供たちもゆっくり成長してほしいと思う。このままのスピードで過ぎゆく時間の中で、やり残していること、あとで後悔しそうな事はないだろうか。【「時間」を哲学する】では、現在は一瞬にして過去になって行くと説明されている。そんなスピードに圧倒されることなく、今という瞬間を大切にし、ゆっくりと生きたいと年の瀬を控えて思うのである・・・




【本日の読書】
 NUDGE 実践 行動経済学 完全版 - リチャード・セイラー, キャス・サンスティーン, 遠藤 真美 よけいなひと言を好かれるセリフに変える働く人のための言いかえ図鑑 - 大野萌子




2021年12月17日金曜日

論語雑感 雍也第六(その6)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
季康子問。仲由可使從政也與。子曰。由也果。於從政乎何有。曰。賜也可使從政也與。曰。賜也達。於從政乎何有。曰。求也可使從政也與。曰。求也藝。於從政乎何有。
【読み下し】
季き康こう子し問とう、仲ちゅう由ゆうは政まつりごとに従したがわしむ可べきか。子し曰いわく、由ゆうや果かなり。政まつりごとに従したがうに於おいてか何なにか有あらん。曰いわく、賜しや政まつりごとに従したがわしむ可べきか。曰いわく、賜しや達たつなり。政まつりごとに従したがうに於おいてか何なにか有あらん。曰いわく、求きゅうや政まつりごとに従したがわしむ可べきか。曰いわく、求きゅうや芸げいあり。政まつりごとに従したがうに於おいてか何なにか有あらん。
【訳】
大夫の季康子が先師にたずねた。
「仲由は政治の任にたえうる人物でしょうか」
先師がこたえられた。
「由には決断力があります。決して政治ができないことはありません」
「賜は政治の任にたえうる人物でしょうか」
「賜は聡明です。決して政治ができないことはありません」
「求は政治の任にたえうる人物でしょうか」
「求は多才多能です。決して政治ができないことはありません」
************************************************************************************
 何が政治家に必要な要件かと問われると、「公共奉仕精神」とか「リーダーシップ」とかありきたりなものなら思い浮かぶが、正直言ってよくわからない。ただ、身近なものとして「経営者」ということでは、ある程度の考えはある。上記で例示される「決断力」や「聡明さ」、「多才多能」ということはもちろん必要なことではあろう。それはすべて必要な要素であろうかとよくよく考えてみると、「聡明さ」も「多才多能」も結局、「決断力」に行き当たるように思う。聡明ゆえに決断できるのであり、多才多能であるがゆえに決断力のある経営者になれるという具合にである。

 そもそも「決断力」とは、「決断することができる」ことである。これに対する言葉としては「優柔不断」となるだろう。優柔不断は一方で「慎重」という見方もできるわけであるが、それは美化した言い方であり、実態として優柔不断は「慎重」とは相異なり、結局「決断できない」ということに他ならない。どちらがいいのか判断がつかず、迷いに迷って決断ができないだけであり、それは「慎重」とは異なるものである。端からみていれば誠にもどかしい限りであり、これがリーダーであれば実に頼りないと思わざるを得ないものである。

 決断力とは、聡明さに支えられた判断力でもあるし、「やってみなければわからない」という類のものであれば、リスクテイクに他ならない。最悪のリスクを見極めて、あとはそれを覚悟で「えいや!」とばかりにやるのである。会社の意思決定であれば、それは社長に属することであるが、社長でなくても自分に与えられた権限の範囲内で決断できることであれば、部課長レベルでもできることである。逆にこれができない人であれば、たとえ最終決定権者である社長になってもできないだろう。

 決断力の肝になるのは、リスクをどこまで取るかというリスクテイクであり、それは単なる度胸ではなく、冷静な判断力に他ならない。最悪の事態を想定し、その事態に陥った時にどうするか。それに対処する方法を念頭に置けば、あとは自らの責任で実行するだけである。そうした冷静な判断力が決断力を支えることになる。そしてその冷静な判断力には、もちろん聡明さが求められる。持っている知識によって、リスクに対する対処方法の選択肢が広がるかも知れず、結果としてリスクを軽減できる。リスクを軽減できればリスクテイクもしやすくなる。

 そうしたリスクテイク力がすなわち決断力であるが、さらに突き詰めると、その決断力とは、「責任感」でもあると思う。「何かあれば自分が責任を取る」という覚悟である。この責任感が薄いと、「指示待ち族」になる。「間違ったことをして怒られるのは堪らない、だから言われたことだけをしよう」というサラリーマンにありがちな考え方である。「間違えるかもしれない」というリスクを取りたくないから、「間違える心配のない行動」=「指示されたこと」になるわけで、実に簡単な理屈である。

 「間違えたら怒られてやろう」という覚悟が取れれば、リスクも取れる。そういう人が決断力があると評価され、昇進する。そうした決断力の積み重ねが、トップへと導くと言える。政治家も同じだと思うが、現代の政治家は人気取りも考えなくてはいけないようだからなかなか難しい。世間の人気を常に気にしながらだと思い切ったことはできにくい。だから支持率が高かったりすると、そういうリスクテイクもしやすくなり、そういう政治家はさらに支持率が上がる。

 いろいろと考えてみると、聡明さも多才多能も決断力には繋がるが、最終的に決断できなければ意味はない。聡明さがあってもリスクテイクできなければダメであり、多才多能であっても同様。結局のところ、行き着くところは「決断力」ということになる。自分にはこの決断力があるだろうかと考えてみると、少なくとも優柔不断には思われないくらいにはあるようには思う。過去には優柔不断というか自分の中に判断基準を持っていない上司に仕えて苦労した経験がある。同じ苦労を少なくとも自分の部下にはさせたくはない。独断専行はもっての外だが、必要な決断はきちんとできる上司でありたいと思うのである・・・



Maddy MazurによるPixabayからの画像 


【本日の読書】
 よけいなひと言を好かれるセリフに変える働く人のための言いかえ図鑑 - 大野萌子 NUDGE 実践 行動経済学 完全版 - リチャード・セイラー, キャス・サンスティーン, 遠藤 真美




2021年12月12日日曜日

自分の性格

 週末にはシニアラグビーで汗を流しているが、つい最近チームを移籍した。もともと先輩を頼ってのチーム加入だったが、続けて行くうちにどうにも思わしくないことになってきたのである。それはまたコロナ禍の影響でもあるし、年代別チーム構成と言うシニアラグビーの特徴でもある。加入していたチームは、60代以上が中心のチーム。我々50代は人数が少なく、試合ができるだけの人数がいない。コロナ禍でグラウンドを失った人たちが集まって来て練習に参加するようになったが、そうなると常に新顔が入れ替わる有様で、どこのチームに所属しているのかわからない状態になってしまったのである。

 そうした中で、満足いく練習もやりにくくなってしまい、チームの移籍を決断したという次第である。移籍といっても、同じグラウンドを半分ずつ使っていた「親密先」のチームであり、角が立ちにくいという事情もあった。それに50代以下が中心のチームであり、移籍の理由も説明のしやすいこともあった。世話になっただけに遺恨を残したくはないし、そういう意味では環境が良かったという事情もある。ただ、それを決断したのは、やはり「変える」より「変わる」方を選んだということである。

 もともと私自身、自ら積極的に人の先頭に立って行動すると言うタイプではない。50代のメンバーが少ないなら、(試合をできるだけの)人数を集めて来てチームを作るという選択肢だってある。それをしないのは、わざわざそこまで手間をかけてやるだけのエネルギーが自分にはないということ。人によっては、そういう手間を惜しまないリーダータイプの人もいるが、自分はそうではない。これは単純に好みの問題であり、性格の問題である。そしてそういう性格であるのに加え、嫌な環境を放置できないという性格もある。

 嫌な環境なら変えてしまえばいいというのが一つの解決策。しかし、自分の性格はそうではない。人を、あるいは組織を変えるよりも自分が変わる方を選択してしまう。入れ替わり立ち替わりいろいろな人が来て、その都度コンビネーションの練習をするというのも面白くない。やはり日頃から同じチームメイトと何度も練習を繰り返したい。そういう希望があるなら、自分がそういう環境に移動すればいいと考えたのである。それであれば自分1人の考えで簡単に動ける。他人を変えるよりも簡単である。これもまた私の性格である。

 この傾向はかなり強い。不平不満を抱えてブツブツ言っているのは好きではない。不満があれば自ら動いて解消するようにすればいいし、できないのであれば不甲斐ない自分を恥じて文句を言わないようにすればいいし、それが嫌ならその場を去ればいい。チームを移籍することにしたのはそういう自分の性格からのものである。もちろん、「そのまま止まる」という選択肢もあったわけであるが、我慢するより自ら動く方がいいという考えである。それが裏目となることもあるだろう。それで変化を躊躇する人もいるだろうが、裏目となったらなったで、後悔するより「次どうしよう」と考えればいいわけで、それもまた自分の性格である。

 「後悔するより次どうしよう」は仕事でも基本的な考え方である。いろいろと新しい試みがあるが、基本的に「やってみればわかる」と考える。事前にあれこれと想定することも大事だが、何事も「やってみないとわからない」というのは共通している。ならば「やってみればいい」と思うのである。サントリーの「やってみなはれ」と同じである。それで、思うような結果が出なかったら、その時は「次どうしよう」と考えればいいのである。多大なコストがかかる場合はもちろん慎重を期するが、基本は「とりあえずやる」である。

 性格は人それぞれ。自分のこの考え方は、自分にとっては常に正しいが、他人にとってはそうではない。「仕事がつまらない」という人は、そういう仕事の仕方、仕事に対する考え方だと思うが、それを悪いとは言わない。それがその人にとっての考え方だからである。性格に関するところでもあるし、それをとやかく他人が言うべきものではない。自分のこの性格、自分ではよくないと思うところも正直あるが、それも含めて自分の性格、まぁ最後までこの性格で生きていくわけであるし、自分にとっては良いものとして付き合っていきたいと思うのである・・・



ElisaRivaによるPixabayからの画像 


【今週の読書】

 人生というカオスのための解毒剤 生き抜くための12のルール - ジョーダン・ピーターソン, 中山 宥 NUDGE 実践 行動経済学 完全版 - リチャード・セイラー, キャス・サンスティーン, 遠藤 真美



2021年12月4日土曜日

最近のニュースに思う

外国人就労「無期限」に 熟練者対象、農業など全分野
2021年11月17日日本経済新聞
出入国在留管理庁が人手不足の深刻な業種14分野で定めている外国人の在留資格「特定技能」について、2022年度にも事実上、在留期限をなくす方向で調整していることが17日、入管関係者への取材で分かった。熟練した技能があれば在留資格を何度でも更新可能で、家族の帯同も認める。これまでの対象は建設など2分野だけだったが、農業・製造・サービスなど様々な業種に広げる。
************************************************************************************

 最近、日経新聞の記事にはなかなか考えさせられるニュースが多いように思う。外国人就労制限が一部緩和されることになったという上記の記事。事実上の移民解禁である。個人的には移民には反対であるが、現実的な人手不足を前にしてはそうも言っていられないのかもしれない。それでも「特定技能」だとかわかるようでいてわかりにくい言葉を使ってオブラートに包んでいるのは日本的だと思う。はっきり「移民」と言ってしまえば、炎上するだろうから、表向き移民解禁とはせず、「在留資格の無制限更新可能」という表現にしているのである。

 こうした例の代表格は憲法第9条の解釈であるが、あれも戦力の保持禁止という条文を言葉巧みに骨抜きにしている。本音と建前ではないが、これがいいのか悪いのかはいまだによくわからない。個人的には昔から「本音と建前の一致」が信条で、曖昧決着は大嫌いだったが、最近ではそれもまた仕方がないのかもしれないとも思うようにもなっている。白か黒か決着がつくまで喧々諤々の議論をしてなかなか決まらないよりも、うまくごまかして現実の必要性に対応するというのもやむを得ないのかもしれないとも思う。自分が丸くなったのかどうかはわからないが、白黒つけるのだけがいいわけではないのかもしれない。

 賃上げ税制もここのところよく目にする。従業員の賃金を上げた企業に対し、税金を優遇するというものである。とにかく企業に給料を上げさせないとデフレ脱却できないという考えなのだろう。ただ、我が社のように赤字だとそもそも税金を払わなくていいので意味はない。そして日本の中小企業は7割が赤字と言われているが、となるとどこまで実効性があるのかは疑問である。赤字であれば、必然的に賃金上昇にはブレーキがかかる。それに税額控除は一時的だが、賃上げは永続的である。「税金を免除するから賃金を上げろ」というなら、消費税の方がインパクトがあると思う。

 そもそも各種マスコミでも「日本の平均賃金が欧米と比べて低いのが問題だ」という議論をよく見かける。1997年を100とすると、日本が89.7なのに対し、アメリカが115.3、最高のスウェーデンが138.4であるのでその通りである。しかし、一方で消費者物価で見ると、1995年を100とすると、日本は102弱であるのに対し、アメリカは114強である。つまり賃金と同時に物価も上がっているわけであり、日本ではワンコインでランチが食べられるが、アメリカでは1,000円を超えてしまうというイメージである。そうなると単純比較はできない。

 あくまでも素人の考えなのであるが、賃金が上がっても物価が上がれば意味がないように思えてならない。そしてそこを踏まえてそれでもなお「賃金上げるべし」と主張する意見は今の所耳にしない。たとえ給料が3%上がったとしても、年収800万円の人で月2万円である。それがすべてこずかいに回ることはない。せいぜい5,000円も上がればいい方であろうか。しかし、その代わり昼食費が300円上がると月6,000円アップであり、こずかいはマイナスになる。年収400万円の人ならもっと悲惨である。政府が企業にただ「賃金上げろ」と迫るのも本当にそれでいいのかと思わずにはいられない。

 また、ここのところ円安傾向にあり、さらに原油価格の上昇から国内のガソリン価格も上昇しており、政府は備蓄を放出してこれを抑えると発表したようである。供給が増えれば価格が下がるのが経済原理であるが、放出するのは145日分の備蓄のうち「数日分」だと言う。「数日分」でどれほどのインパクトがあるのかわからないが、何となく効果が薄そうな気がする。たとえば3日分だとして、単純に考えれば3日経てば元に戻るわけであり、それでどれだけ効果があるのだろうかと、素人である私は疑問に思う。なんとなく一家庭に2枚配布されたアベノマスクを彷彿とさせるものがある(先日会社の備品棚に手付かずのものが眠っているのを発見した!)。

 そしてコロナ禍でようやく落ち着いて来たと思ったらオミクロン株の出現である。先日読んだ【生命の謎ドーキンス『盲目の時計職人』への反論】という本では、生命はその複雑さゆえに神が作ったとしか思えないという衝撃的な退行的意見の本であったが、これだけ短期間に変異するウィルスの様子を見ていると、理屈抜きに生命は自然発生したという意見の方が正しいように思えてならない。あっという間に全世界に広がる勢いは、やはり生命の不思議さを実感させてくれる。

 そのオミクロン株の出現に際し、さっと外国からの入国を止めたのには感心した。最初の頃のドタバタが嘘のようで、さすがに喉元過ぎていないから対応が早い。と思っていたら、すぐに「例外措置」が発表された。ウィルスの侵入を防ぐという目的を意識するなら、そこに一切の例外は設けるべきではないが、政府も人気商売、あちこちからの批判に例外を設けざるを得なかったのだろう。もちろん、ウィルスはそんな例外を特別扱いはしてくれない。「なんだかなぁ」と思わずにはいられない。あれやこれやという意見が飛び交う中での意思決定は難しいが、妥協というのも仕方ないのかもしれない。

 世の中はいろいろと動いているが、自分には関係ないと思っていても、いつの間にか身近なところに来ているのが世の中のニュース。いずれ我が社の職場にも外国人が来て、ワンコインでランチが食べられた時代が懐かしくなっているのかもしれない。その時、懐が少しでも暖かくなっているように来週も頑張りたいと思うのである・・・



Hands off my tags! Michael GaidaによるPixabayからの画像 


【今週の読書】
 人生というカオスのための解毒剤 生き抜くための12のルール - ジョーダン・ピーターソン, 中山 宥 白鳥とコウモリ - 東野 圭吾



2021年11月27日土曜日

将来の夢

 子供には夢を持って欲しいというのは、親であれば誰でも思うだろう。かく言う自分も娘と息子それぞれには夢を持って欲しいと思う。子供も小さい頃は、夢を語る。「大きくなったら何になりたい?」と問えば、なんの屈託もなく、「パイロット」とか「お嫁さん」とか答えてくれる。しかしながら、中学、高校と成長するにつれ、そういう夢を語らなくなる。我が家の子供達も例に漏れず、今ではたとえ聞いたとしても「別にない」という答えが返ってくるのは聞くまでもなくわかる。

 なぜそうなるのかと言えば、大きくなるに従ってだんだんと世の中というものがわかってくるからかもしれない。その昔、子供がまだ小さい頃、キッザニアに行ったことがある。そこで子供達に人気があったのは、制服系の仕事。消防士とか宅急便のドライバーとかガソリンスタンドの店員とか。子供のうちは無邪気に楽しんでいられていいが、やがてなんとなく世の中というものがわかってくる。高校生にもなれば「将来ガソリンスタンドの店員さんになりたい」などとは言わなくなるだろう。言われたとしたら、親としては愕然として必死に説得を試みなければならない。

 親としてはまことに寂しい限りであるが、致し方ない。
しかしながら、では自分はどんな夢を持っていただろうかと考えてみると、実は夢などというものは持たずにこれまで生きてきている。小さな目標程度であればいろいろとあったが、長期的な夢などというものは持ったことがない。子供達に夢を持って欲しいと思う前に、自分自身「お父さんはな」と語れるものがない。これでは「夢を持て」などと子供には求められない。寂しいのは、むしろ自分自身である。

 夢のない人生と言うと何か虚しいもののように思うが、ではこれまでの自分の57年の人生を振り返ってみると、それは惨めなものであったかと問われると、否である。それなりに充実していたし、今でもそうである。夢などなくてもそこそこ満足いく人生を送ることはできる。あればあったで良いのだろうが、なければいけないというわけではない。それに、そもそも夢とはなんだろうかと考えてみると、人それぞれ定義は異なるかもしれないが、「人生において達成したいこと」だと言えるだろう。自分にとってそれはなんだろうか。

 自分にとって「人生において達成したいこと」とは、何かの偉業のようなものではない。それは何かと問われると難しいが、あえて言えば「満足いく人生」だろう。ではどうすれば満足できるのだろうか。今の生活を基準に考えてみると、仕事はそれなりに面白く、毎日仕事に行くのが楽しいと言える。強いて言えばもう少し収入を増やしたい。それは決して不可能ではないから、今は日々そこに向けて頑張っている。週末はラグビーが楽しいし、深夜の映画も楽しい。通勤電車の読書も然り。夫婦関係だけが玉に瑕だろうか。

 年に何回かは温泉に行きたいし、たまには海外旅行にも行きたい。もう少しコロナが落ち着いたら、友人たちと頻繁に飲みに行きたい。ささやかな欲求であるが、そうしたささやかな欲求を満たした1日1日の積み重ねが人生であろうと思う。すなわち、それが私にとって満足のいく人生に他ならない。実につまらなく思えるかもしれないが、本人がいいと思うのだから、他人につまらなく思われようと気にはならない。それが突き詰めると私の夢なのかもしれない。

 数日前の日経新聞にある詩が紹介されていた。
「一個の人生といえるものにとって必要なのは、達成や完成という人生の時間ではなくて、よい1日という人生の時間だ」
実に共感できる内容である。大きな偉業を達成するということはできないが、満足にみちた小さな1日をずっと過ごせていけたのなら、それで良しとしたい。子供たちそれぞれにも、大きな夢を持たなくても構わないので、満足のいく人生を歩んで欲しいと思うのである・・・



Gerhard G.によるPixabayからの画像 


【今週の読書】
 アイアンハート - 折口 雅博, 昭文社 出版 編集部 白鳥とコウモリ - 東野 圭吾