2012年3月25日日曜日

捨てないよ

子供たちもいよいよ春休みとなった。
恒例となった大阪への里帰りの前に、妻から段ボール箱とともに娘に出された指令は、「使わなくなるものを処分する事」。教科書なども含めてひとまとめにして処分せよということらしい。妻自身も子供の頃からそうしていたという。曰く、「学年末が(きれいに処分できるから)楽しみだった」らしい。

少し前から世の中は、「断捨離」という言葉がもてはやされていて、「整理ブーム」であるが、妻から言わせると、「何を今さら」らしい。一方、私はと言えば、何につけても「大事に取っておく派」だ。「捨てられない」のではない。「捨てない」のだ。バンバン「捨てる派」の妻とは、当然真っ向から対立する。

新婚当初の事だった。捨てるように頼まれたごみの中に、気がつくと一本のナイフがあった。私が独身時代に使っていた果物ナイフだ。実家を出るにあたって、両親(どっちだったか忘れた)が独身の頃から使っていたという年季モノをもらって使っていたものだ。こっそり“救出”したのは言うまでもない(今でも机の奥底に“避難”させてある)。

独身の頃から新居に持ち込んだ私のもので、こうして処分されたものはかなりある。
もちろん、初めは事前に了解を求められていたわけであるが、何だかんだと言い訳をして“抵抗”していた私に呆れたのだろう、そのうち了解が指示になり、やがてそれもなくなった。
気がついたらない、という事にさすがに鈍感な私も気づいて愕然としたものだった。

とっておいてもどうするというものではない。よく、「1年使わないものは結局とっておいても無駄だ」という事が言われる。私もそれはその通りだと思う。しかし、それらはそれらなりに取っておく理由というものがある。使うとか使わないとかではない。例えればそれは、1年使わないからと言って、辞書を捨てるだろうかという事と同じだ(まあ最近はネットで代用できるではないかというような議論ではない)。「とっておきたい」という気持ち以外にとっておく理由などない。

そうは言っても、さすがの私も何でもすべてとっておくというわけではない。
年末の大掃除の際など、あれこれ選び出しては、「もういいだろう」と捨てるものもかなり多い。それは当然スペースの限界もある。家の中で妻に比べれば、私の所有物が占めるスペースなどささやかなものなのだが、それでもプレッシャーは大きい。私の中で、納得したものから順番に処分していく事になる。

それでもたぶん死ぬまで捨てられないだろうというものはある。
それらはたぶん妻からすればゴミと見なされるだろう。
昔映画館に行くたびに買っていた映画のパンフレット。
史上最高傑作と信じて疑わない漫画「コブラ」。
とっておこうと本棚に並べてある大半の書籍。
だいたいが、その時その時の思いが一緒になって残っているものばかりだ。
人から見ればゴミであっても、私にとってはそうではない。

それはそれで良いと思う。捨てるばかりが能ではない。捨てないでとっておく事のメリットが多いなら、とっておけばいい。「そこにあるという安心感」だって立派なモノの価値だと言える。いつまでというのではなく、いずれこの世を去る時まで、その安心感は大切にしておきたい。まあそれも、子供たちが遺品整理に困らない程度にはしておこうという気持ちくらいはあるのである・・・
 

【本日の読書】
マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥




2012年3月24日土曜日

イチゴ狩り2012

先日の春分の日。
この日我が家では2年振りのイチゴ狩りに出かけた。
毎年の恒例行事だったのだが、去年は震災直後となり見送った経緯がある。
ガソリンスタンドに車が列をなす時に、余計なガソリンを使う事もないと判断したのだ。
今年は晴れて恒例行事復活。
やはり平穏無事な世の中が一番だ。

向かったのは2年前と同じ佐野観光農園。
味覚狩りの欠点は何と言っても短時間で終わってしまう事。
従って、それ以外の周辺行事も考えていかないといけない。
その点、佐野はアウトレットあり、佐野ラーメンありと奥様のご機嫌を満たす要素が満載。
家庭平和を影で支える私としては、大事な要素だ。

今年は渋滞もなく、我が家から佐野観光農園へは東北道を通って2時間弱。
天気も良く、さっそくイチゴ狩りに取り掛かる。
ビニールハウスの中には、とちおとめが早く食べてくれと待っている。
子供たちも待ち切れずに挑みかかる。

いつもだと、5分くらいオーバーしても大丈夫だろうなんて食べ続けるのだが、今回に限っては子供たちが早々にギブアップ。なんと妻までも制限時間(30分)を待たずしてギブアップ。そう言う私もギブアップ。考えてみると、値段(@1,400円/人)を考えたら、市販のイチゴの方がずっとコストパーフォーマンスは良い。まあ楽しい体験を買うと言ったところなのだろう。

満腹のお腹を抱えてアウトレットへ向かう。
妻は、子供たちに「パパとレゴのお店にでも行ってきたら」と言い残し、嬉々としていずこかへ消えていく。レゴも考えてみればただのブロックなのだが、子供たちの支持を取り付けているのは、どうやらキャラクターモノらしい。

動物園を始めとして、スターウォーズやハリーポッターなどの映画を取り入れたもの、女の子向けのセットなどいかにも楽しげな種類が豊富。
息子は「ニンジャゴー」というキャラクターものが気に入っているようだ。
こうした商品開発力で、ただのブロックとは一線を画しているのがわかる。

やがてなにやら買い物袋を数袋抱えて戻ってきた妻と合流。
次なる本場の佐野ラーメンへと向かう。
今回は「とかの」という店に行く。
(選んだのはもちろん妻であるのは言うまでもない)
ここのラーメンは実にシンプルで、麺も多め。
2時頃には売り切れ御免で、ギリギリに滑り込んだ。
やっぱりおいしいラーメンを食べる一時は、至福の時間である。


さらに妻はいもフライマップなるものを用意。
前回味をしめ、今回は食べ比べると鼻息も荒い。
全部で3カ所を回って食べ比べをした。
確かに美味しいとは思う。
しかし3本も(妻は一人だけ4本だ)食べるほどか、と思うもそんな言葉はぐっと飲み込む。
どんな形でも家族の幸せが自分の幸せ・・・

近所のこどもの国なる公園で子供たちと体を動かして遊び、帰路につく。帰りは少々渋滞したが、苦になるほどではない。お風呂で何が一番楽しかったかと子供たちに尋ねたら、「イチゴ狩り!」と答えが返ってきた。まあ一番高かったし、そうであってもらわないと困る。

いずれそのうち娘がアウトレットでお買い物に目覚めるのかもしれない。
その時はしっかり財布をガードして、息子と二人でどこか避難する場所を決めておかないといけないかもしれない。いずれにせよ、今年は平和に味覚狩りがスタートできた。
この事を素直に喜びたいと思った次第である・・・


【本日の読書】

新装版 私が野球から学んだ人生で最も大切な101のこと - 野村克也  マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥





2012年3月18日日曜日

親父として

昨日は息子の卒園式。
そして今日は謝恩会。
妻は息子と二人で出掛けて行く。
娘と二人、何をして過ごそうかと思っていたら、本人は映画を観たいという。
そこで、「ヒューゴの不思議な発明」を観に行った。
娘にとっては、念願の字幕デビューであり、そしてあわせて3Dデビューでもある。

映画はともかくとして、今日は娘と二人っきりでいろいろと話をしてみたかった。
気になっている学校のこと、本や映画の魅力、勉強のこと、そして子供に伝えたいこと。
そんな事を、じっくり1対1で語るにはいいチャンスだと思った。
そして、実際その通りであった。

以前、【わが子を強運にする51の言葉 ビジネスの成功者が娘に遺した人生の極意】という本を読んだ事がある。某上場企業を創業した父から教えられた言葉を、著者である娘が一冊の本にまとめたものである。いつか自分の経験して学んだ事を、子供たちに教えたいと考えている私にとっては、こんな風に子供に残る事を教えられたらと思わされる本だ。
とは言え、こんな本になるような立派な事は、とても残せない事は自覚している。
だからせめて身の丈にあった事を、との思いがあるのである。


学校で受けている嫌がらせの事は相変わらずのようだ。
言葉少なめで、明らかに話したくなさそうだったので、あまり根掘り葉掘りは聞かなかった。
妻も聞いているし、もしかしたらあまり親には言いたくない事なのかもしれない。
ただ自分は全面的にお前の味方だよという事は伝えて、この件は打ち切った。

一方で、映画の感想は、やっぱり話がはずむ。
映画は、第一次世界大戦からしばらくあとの時代のフランスが舞台。
映画の背景を理解するにはいろいろな知識が必要だ。
いずれ学校で歴史の授業はあるだろうから、そうした歴史を学ぶ楽しさを、この映画を例にして語ってみたりした。受験のためではなく、歴史を学ぶ楽しさを知ってもらえたら、と思う。

子供の頃、親父に「学校の勉強がちょっとぐらいできたって、こういう事がわからないとダメなんだぞ」とよく怒られた。人としての常識などの事だ。その都度、「じゃあそういう事さえわかれば勉強しなくてもいいんだな」と内心反発したものである。一方で勉強をしろと言いつつ、肝心な事は教えもしないで都合のいい時だけ、都合のいい怒り方をするなよと思ったものだ。まあ親父も若かったし、私も子供だったのだ。そんな事もあって、娘には「勉強とあわせて人との接し方を覚えないといけないよ」と語ってみた。
    
娘は真面目で正義感が強い。
例えば学校での掃除も、きちんと決められた事を真面目にやる。
しかし中には、そうでない子も当然いるが、娘はそういう子に「先生に言いつけるよ」と注意するらしい。言っている事は正しいが、問題は言い方だ。
言い方一つで正しい事も相手には伝わらないものだ。

妻には言いたくても言えない事だが(言っても馬耳東風だろう)、子供には言える。
注意するのではなく、「(あとはやるから)ここだけやって」と言ってみたらと提案してみた。そうかなぁという顔をしつつ、「でも(良い子)ブリっ子って言われちゃうよ」と反論を受けた。なるほど、それはそうかもしれない。ただ気持ちだけはそういう気持ちを持ちなさいと諭したら、「うん」と答えてくれた。

まぁすべて伝わるとは思わないし、娘には娘の感性というものがあるだろう。
自分の言う事が正解かどうかもわからない。
ただこれが自分の考え方だという事を、少なくとも子供には言いたいと思う。
受け入れるにせよ批判するにせよ、親とこんな話をした、こんな事を言われた、そういう体験を与えたいと思うのである。果たしていつまで耳を傾けてくれるだろうか。

「また説教か」とならないように、苦労して身につけたはずの「人との接し方」を実践しながら、これからも子供たちとはサシでいろいろと話をしたいと思うのである・・・

【本日の読書】

マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥






2012年3月15日木曜日

いじめ

子供たちが寝静まったあと、一緒にコーヒーを飲んでいると「実はね」と妻が話しかけてきた。さり気なく娘に学校の様子を聞いたところ、どうもはっきりしない返事が返ってきたという。そしてやんわりと聞き出していったところ、どうも娘はクラスでのけ者にされているらしいと分かったという。同じクラスの女子の中にボスの女の子がいて、どうやらその子に嫌われて無視や嫌がらせなどを度々受けているらしい。
なかなか心穏やかには聞けない話だ。

実はそのボスの女の子は、1年の時から話題になっていたらしい。5年になってその子が娘と同じクラスになった時、娘を良く知るよそのお母さんから「気をつけた方がいいわよ」と警告されていたようである。娘もどうやら1対1ではその子に負けていない様子。度々言い返したりしていたという話も周りから伝わってきている。しかし如何せん、その子は組織力があるようで、そこで大きな差がついてしまっているようである。5人の直属の子と7人を影響下に治めているようで、同じクラスの19人の女の子のうち実に13人に影響力を行使している。娘を含む残り6人は、バラバラの“無所属”で、多勢に無勢、個人対組織で勝負にならないようである。

男の子の場合は、すぐに腕力を行使する形になるのだろうが、女の子はそうなる事はなく、聞くも細かい嫌がらせの数々が繰り返されているらしい。それもやり方が実に巧妙で、たぶん担任の先生も知らないだろうと言う事である。娘も変わっていて、学校では無視されているのに、塾では対立するグループ直属メンバーの女の子に気軽に話しかけたりして、疎まれているようである。言ってみれば一種のいじめなのだろう。

子供の頃を思い起こしてみると、私にはいじめられたという経験はない。ただ対立はあった。
他のクラスとの野球の試合で、気に入らないヤツを仲間外れにして入れなかった事もあった。
(面白い事に次の試合では逆に仕返しで仲間外れにされてしまったのだ)
今よりもはるかに気が弱く、口喧嘩までは威勢がいいのだが、いざ腕力勝負となると怯んで逃げていたのである(怯まなくなったのは高校でラグビーをはじめて以降だ)。中学の頃も、つっぱりグループとは目を合わさないようにしていたものだ。

娘も徒党を組むのを良しとしないところがあるようだ。
私の性格を受け継いでいるのかもしれない。
だから1対1ではともかく、組織力のある相手に対しては分が悪いのだろう。
幸い近所のママ友がこの状況を知って、同じクラスの息子に言い聞かせてくれていて、おかげで塾の帰り道は表面上穏やかにみんなで帰ってくるらしい。

さてどうしたものかと、親としては悩ましい。
担任の先生に事実を伝えるのは良いと思うが、「何とかしてくれ」と言うのは何だか違う気がする。それで解決するとも思えない。
さりとて放置はできない。
自分の事なら簡単なのだが、娘の事となると難しい。

それでもこうして事実をキャッチできたのは良かった。妻のお手柄なのだが、まあ子供にはしっかりと感心を払っている証拠だと思えば、私に関心を払わないのもしょうがないと思わないといけないのかもしれない。とは言え、娘も妻のようにきついモノの言い方を、外でしているのではないかと心密かに案じている。あのモノの言い方はかなり人を凹ませるものがある。それが対立の原因だとすると、お手柄どころではない。

人生には何かと試練が付きまとう。
これがその一つだと思えば、良い経験だとも言える。
世の中は人間関係だ。
娘にとって、これがその最初の試練なのかもしれない。
父親としても、娘とのコミュニケーションを密にして、よくサポートしたいと思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン - カーマイン ガロ, 井口 耕二, 外村仁(解説)  おじいちゃん戦争のことを教えて(小学館文庫) (小学館文庫 R な- 10-1) - 中條 高徳




2012年3月11日日曜日

スキー in セントレジャー舞子

昨日は、今シーズン2回目の、そして残念ながら最後の家族スキーだった。1月に湯沢に行って以来、何かと週末に用事が入ってしまい、とうとうここまで来てしまったのである(うち1日は私の個人的用事だったのだが、それが妻の顰蹙を買ったのは言うまでもない)。

前回より少し遅く、5時半前に出発。いつもの関越道を北進。東京は雨。しかし途中から雪に変わる。安全対策としては仕方ないのだろうが、途中タイヤチェックのための渋滞に巻きこまれたのには閉口。今はほとんどの車がスタッドレスタイヤを履いている。金属チェーンは関越トンネルでは走れないようだし、みんなけっこう飛ばすからチェーンを履いてトロトロ走っているのは顰蹙モノという雰囲気である。もはやスタッドレスが当然という雰囲気ではあるが、個人的には本当に大丈夫なんだろうかという疑いは拭いきれない。

9時過ぎに今回の目的地
セントレジャー舞子スノーリゾートに到着。
ここは前々から妻が目をつけていたらしい。
日帰りセンターというものが堂々とあって、塩沢石打インターから5分もかからない。
まさに日帰り専用と気が利いた施設だと言える。

山頂までゴンドラがあって、子供たちもゴンドラは初体験。
しかもそこから初心者向けの林間コースを降りてこられるので、6歳の息子でも平気。
ゲレンデもいろいろあって、なかなか飽きない。
これで天気が良ければ言う事なしであったが、まあこればっかりは仕方ない。
それでも小雪が舞い、一面霧のような状態で視界が悪かったくらいだから良しとしないといけないのかもしれない。

子供たちもさすがに上達してきた。
娘はボーゲンから卒業し、今は「パラレルで滑りたい」と練習に余念がない。
初心者コースも練習用にはちょうど良かったようである。
息子はと言えば、ひたすらボーゲンで誰かれ憚るところなく滑降。スピードもある。
狭い林間コース、ところどころボーダーのにいちゃんねえちゃんたちがたむろしていて、危なっかしかったが、そんな心配どこ吹く風で、すいすい滑走。
将来的には楽しみな感じである。

ただ営業的にはどうなのかと感じる。
ゴンドラは3時半でストップだし、周辺のリフトもそれに合わせて4時半、5時で終了。
日帰りセンターのお風呂も6時で終了。
何だか公務員が、自分達が時間通りに帰るために都合がいいように仕事をしているように感じてしまった。

5時まで滑っていた人がひと風呂浴びて帰ろうと思っても、6時に終了ではなんだかんだで30分くらいしか時間がないという事になる。これでは利用しようという気になるはずもない。渋滞に備えて夕食を食べてしまおうという人や、時間帯を遅らせて帰ろうとする人たちにサービスを提供する施設があればと思うのだが、それもない。コストとの兼ね合いになるだろうが、もう少し利用者の立場に立つと、便利な施設になると思うのだが・・・

幸い帰りの関越も、途中で故障したと思しきバスが黒い煙を吐き出しながら路肩を徐行していたくらいで、大した渋滞もなくスムーズ。
嵐山のサービスエリアで夕食を取って9時過ぎに帰宅。
このくらいの日帰りなら親も楽というもの。
今シーズンは2回しか楽しめなかったが、来年娘の受験が終わったらまた行きたいと思うところである・・・


【本日の読書】
おじいちゃん戦争のことを教えて(小学館文庫) (小学館文庫 R な- 10-1) - 中條 高徳





2012年3月6日火曜日

娘と映画

 娘がしばらく前からなぜか映画「ペントハウス」を観たいと言い出した。映画好きの私ではあるが、わざわざ劇場まで足を運んで観たいと思うほどの映画でもなく、なんとなく気のりしないでいた。ところがやっぱり観たいと言うので、一緒に行く事にした。せっかく興味を持った事だし、それを大事にしたいと思ったのだ。

 この映画は字幕だと教えたのだが、それでも良いと言う。そう言えば私の字幕映画デヴューは小学校6年の時の「ジョーズ」だった。娘も春から小学校6年。本人もその気だし、まあちょうどいいだろうと思ったのである。さっそく出掛けて行ったのは、地元にある映画館。もう公開も終わり間際だったが、事前に調べたらまだやっていた。ところが行ってみると、もう公開は終わっていた。がっかりする娘・・・

 さてどうするか。他のを観るか諦めて帰るか。上映作品を眺めていた娘の出した結論は、「『麒麟の翼』が観たい」であった。そう言えば原作も読みたいと言っていたので、それにつながる「赤い指」を読ませたところだったから、ちょうど良かったところもある。かくして娘と二人で初めて大人の映画を観る事となった。


 そもそも私が映画好きとなったのは、まぎれもなく親父の影響だ。親父は、昔家でよく水曜ロードショーやら日曜洋画劇場やらの映画番組を観ていた。大抵ナイターからの流れでそのまま観る形だ。一緒になって観ていた私も必然的に、野球好き、映画好きになったのだ。淀川長治さんや水野晴郎さんなどの名物解説者がいて、あの時代はあれで結構良かった。親父と二人で映画を観に行った事はなかったが、一緒にテレビで観ていたからこそ、私も映画が好きになったのである。

 今はというと、ほとんど家でテレビを観る事のない私は、子供たちにそういう影響を与える事はできない。本は読ませているので、たぶん本好きにはなるだろう。だが、チャンネル権を持たない私が、好きな映画の録画を観るのは、たいていみんなが寝静まった週末の深夜だし、長男はまだ怪獣モノ・戦隊モノのドラマから抜けだせないし、一緒に観るという機会がこれまで持てずにいた。そういう意味では、今回の「映画デート」はなかなか良い機会だったと言える。

 肝心の映画の感想はと尋ねたら、「面白かった」という返事だった。映画に出てくる「労災隠し」やら「警視庁捜査一課と所轄の関係」など、明らかに理解できていないところもあったようだが、特段問題はなかったようである。まあこういう映画で、学校では教わらない事を覚えるという事もあるだろう。
 
 「また行きたい」と無邪気に言う娘。「次は字幕が良い」と言う。せっかく興味を持ってきている事だし、英語に対する興味も深まるかもしれないし、何より将来映画について語り合う事もあるかもしれない。親父とは違ったアプローチで、子供を映画好きにさせる事ができるかもしれないと思う。

さて、次は何が良いだろう。
「いやぁ、映画ってホントにいいですね」
かつて水野さんが言っていたセリフが、蘇ってきたのである・・・


【本日の読書】
スティーブ・ジョブズ II - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書 - 山田 真哉





2012年3月2日金曜日

会議にて

もう5年くらいになるが、母校(高校)のOB組織の幹事に名を連ねている。
半年に一度、常任幹事が集まって会議をしている。
その半年に一度の会議があった。
今回はそこで私が2つほど制度改革の提案をした。

毎回予算を中心に常任幹事で骨格を決めているのだが、過去5年ほど同じような内容に終始している。「昨日も今日も明日も同じ」というのは個人的に好きではない。
そこで少しばかり変えてみようと、提案に踏み切ったわけである。

こういうボランティア組織だと何もしなくても文句は言われない。
敢えて何かをするという事は、面倒な事でもある。
それでもやってみようと思ったのは、昨日と同じ今日を送るのがなんとなく嫌だったからに他ならない。自分がそこにいた証というものがあってもいいなと常に思っているからでもある。

それまでのやり方を変え、会議の前にあらかじめメールで資料を配布した。
当日はそれに基づいてプレゼンテーションを行った。
始めから好意的な反応が返ってきた。
途中で議論の輪から外れて議論の輪を眺めてみる。
私の提案の要点をきちんととらえて議論を展開させる人、上辺だけとらえて本質から外れた議論をする人、発言のタイミングを計りかねているように見える人・・・

そう言えば私自身、こうして大勢の人に何かをプレゼンするという機会は普段持つ事もない。
あるとすれば仕事の場くらいだが、こういうチャンスはほとんどない。
先日引き受けた研修の講師くらいだろうか。
それゆえに、考えてみれば実は良い機会だったわけである。

本当はもっとしっかり事前準備すべきであった。
今読んでいる『スティーブ・ジョブズ II』によると、スティーブ・ジョブズはもの凄くプレゼンの準備に余念がなかったという。それだからこそ、もはや伝説的と言われる名プレゼンになったのだろう。私はと言えば、例によって「その場で適当になんとかなる」で済ませてしまった。それで結論が変わったとも思えないが、もうちょっと充実した気分を味わえたかもしれない。

さてその提案であるが、議論があちこちと交わされる間、どういう結末になるのだろうと、頭の片隅で考えていた。なんとなく全員賛成なのか、多数決なのか、議論をまとめる人がなくうやむやに終わるのか。
自分で結論まで持っていくのか、お任せでどうなるのか放置してみるのか。誰がリーダーシップをとって結論へと導くのか・・・

結果は長老の鶴の一声で終わり。
否決とはならなかったが、まだ他にもやる事あるとの事で持ち越しとなったのである。
せっかくやったのに、残念と言えば残念。
ただ粘ろうと思えば粘れたし、もっと押そうと思えば押せた。
ただ「この辺でいいや」と思ったのも事実だ。

人の考え方、感じ方はそれぞれだ。
同じ映画を観ても、賛否が分かれる事は多々ある。
自分の考え方は、その他大勢の中の一つでしかない。
自分の考え方に執着し過ぎるのもよくない。

それにしても思いがけず、面白い体験だったのは事実だ。
また何か考えてみても面白いし、もういいかなという気持ちもある。
あまり熱くなり過ぎてもいけない。いずれにせよ周りとの温度差だけは意識していたいものである。周りとの適度な温度差を保ちながら、楽しめるうちは楽しみたいと思うのである・・・

【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ II - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書 - 山田 真哉





2012年2月27日月曜日

ミッション・イン・池袋

 息子が春から小学校に入学するにあたり、我が家もいろいろと買い揃えないといけないものが出てきている。今日は池袋の家電量販店にエアコンの価格調査に行く事になった。今回購入するのは子供部屋用のエアコン2台。春から子供たちにそれぞれ部屋を与えるのである。

 機種の選別はすでに妻が終わらせ、あとはどこで買うかという問題。ターゲット機種は三菱製のエアコンで、イオンでは28、29日に全国台数限定で会員価格34,010円で売り出される。私に与えられたミッションは、家電量販店の激戦区池袋で、イオンで販売される28日までに最安値を調査せよというもの。指令は「ミッション・インポッシブル」のように謎めいていて、最後に自動的に消去される事はないものの、有無を言わさぬところは勝るとも劣らずと言える。かくして、イオンのチラシを握りしめ、激戦区へと向かう私。

 まず向かったのはビックカメラ。
ここは薄型テレビでお世話になったところ。基本的に「ええかっこしい」の私は、関西人の妻のように恥も外聞もなく値切るという事ができない。店員さんに「このエアコンあります?」とチラシを見せ、ついでに値段も見えるように強調するのが精一杯。しかし、そこは気の利いた店員さん、エアコンのところに案内するとともにチラシをチェック。「ちょっと待ってて下さい」と言い置いて奥に消えていく。戻ってきて曰く、「本日現金でお買い上げでしたら、44,800円で20%ポイント還元します」との回答。

 こちらは工事費込み。イオンは工事費10,000円は別だから、なんと8,170円安い。さすがビックカメラ。即断即決が身上の私だから、これで決めようと思ったのだが、ヤマダ電機の結果も調べないと後でダメ出しを食いかねない。「今日中ですよ」と言う店員さんを残し、反対側のヤマダ電機に向かう。

 さすがヤマダ電機。話しかけた店員さんは、機械をピッと製品にかざして操作するだけで、44,800円のポイント11%と回答。裏に走ったビックカメラと違い、こちらは設備投資が進んでいる。されど価格差は歴然。価格調査を打ち切り、ビックカメラで購入すべく、妻に報告を入れる。

 結果を聞いた妻から購入許可は出たものの、さらに工事費を値切れと新たな指示。普通は1台買うところを2台買うわけで、配送・設置の手間も1軒で2度おいしい客であるからには、そこをついて値切れと言う。「ここは大阪と違うんだぞ」との言葉をぐっと飲み込む。私も仕事ではハードネゴシエーターを自負している以上、「できません」とは言えない。

 新たなインポッシブル・ミッションを抱えてビックカメラに向かう。「配送料はもともとゼロですので・・・」さらりと答える店員さん。「そりゃそうですね」とあっさり交渉終了。
そのまま書類作成に入る。室外機までの配線カバーをいかがですかと勧められ、それは独断で決める。下手に相談したら、また新たに値切れと言われかねない。

 30分ほどですべて手続きを終え、ミッション終了。価格調査から急転直下購入に切り替わったが、まあ良い買い物だった。妻が同行していたら、情け容赦ない値切り交渉に入っていただろうが、いなかったのは私にとってもビックカメラの店員さんにとってもラッキーだったかもしれない。やっぱり相手に鼻血も出ないほど値切ろうとする大阪流よりも、私は「三方よし」の近江商人流の方が好きである。

 それにしても、受験で女の子の娘はともかく、小学生の息子まで子供部屋はまだ早いような気もするが、なかなか難しいところだ。私も実家にいる時はエアコンなんて使っていなかったし・・・今の子は贅沢なのか、親として良くないやり方なのか。こればっかりは悩ましいところである・・・

【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ II - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  1Q84 BOOK 2 - 村上 春樹






2012年2月23日木曜日

風邪をひいた

今週は週初から風邪をひいてしまった。先週から妻、娘と続けて熱を出して寝込んでいたのだが、とうとう私に菌がまわってきたらしい。と言っても私の場合、熱を出して寝込むのは極めて稀だ。過去30年でも片手で数えるくらいしかない。その代わりいつも必ずやられるのが喉である。

今回もいつものように喉が痛くなり、声が出なくなった。その他はほとんど問題はない。何となく、熱が出そうな雰囲気はあったのだが、「風邪は気合で治す」という信念の下、いつもより余分に睡眠を取るようにしていたためか、発熱は抑えられたようである。
そうはいっても喉も大変。何せ声が出ないと仕事にも支障が出る。いつも必ず喉で同じ症状なので、私にとっては喉がウィークポイントなのかもしれない。今日になってようやく峠を越えたようだ。

さて、今までは気にもしなかったが、こういうご時世になると周りへの配慮も必要。という事でマスクをする事にした。家を出る前に妻にマスクを頼んだところ、押入れからビニール袋に入った様々なマスクを差し出してきた。我が家ではマスクの事は、「花粉症の妻に聞く」のが一番である。

そのマスク、何気なく選んだのだが、大正製薬の製品パブロンマスク365というシロモノ。不織布2層の静電フィルターで花粉・粉じん・微生物などのミクロ粒子を電気的に捕集するという。    これでウィルス・飛沫・花粉を99%カットするらしい。メガネをかけていても曇らないし、柔らかくて肌触りも良いとくる。さらにはキトサン配合抗菌防臭加工フィルターなるものもついている。キトサンが何だかわからないが、抗菌防臭などにも気をつかっているわけだ。口臭おじさんにも紹介したくなる。

こんな至れり尽くせりの製品、たぶん日本ならではの製品なのではないだろうか。外国製では、こんな細やかな機能のマスクはないような気がする。外国のマスクも微粒子を防ぐという本来の機能は満たしているだろうが、防臭とかメガネの曇り防止とか、肌触りとかまで考えるだろうか。こういうところが「日本的」な、まさにMade in Japanな気がする。

気がつけば、けっこうマスクをしている人は多い。それぞれ理由はあるのだろうが、やっぱりいかに優れたMade in Japanだろうと、これからも続けようとは思わないな。最後の方には耳が痛くなるし、何かと気になるのも事実だ。だが周りへの配慮は必要だろうから、これからも風邪をひいたらお世話になろうと思う。

妻の“コレクション”はいろいろあるみたいだし、次回はまた別のモノを試してみたいと思うのである。(といってもその前に今の風邪を早く治さないといけないから、今日も気合を入れて寝るとしよう・・・)


【本日の読書】

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) - 楠木 建  蜩ノ記 (祥伝社文庫) - 葉室麟






2012年2月19日日曜日

親父の誕生日

2月の21日は親父の誕生日である。
毎年何らかのお祝いをしているのだが、今年はこの週末娘が風邪でダウン。
来週以降も週末は実家に行く予定が立てられず、やむなく今日は息子だけを連れて実家に行って来た。

誕生日祝いはワイン。
と言っても親父はアルコールにそんなに強くないため、フルーティな甘口のワインである。
ちょっと誕生日には早いが、ケーキでお祝い。
息子の歌う「ハッピーバースディ」に、親父も目を細めていた。

ところで親父の免許証を見ると、誕生日は2月20日となっている。
だが、実際は21日なのだと言う。
何でも届出が間違えてなされていたらしい。
今日はその点について、子供の頃からの疑問もあって再度質問をした。
何でそんな事になったのだ、と。

親父曰く、「両親(私の祖父母)も21日で間違いない」と言い、ずっと21日として過ごしてきたと言う。それが中学を卒業して、東京に就職に出てきてから、ある時たまたま戸籍を取り寄せたところ20日になっていて驚いたのだという。昔の、それも長野県の諏訪の田舎の事である。届出といっても爺様が直接役場に行く事もなく、昔はよく人に頼んだらしい。それでもって頼まれた人も、よく確認せずに役場に行って、「20日ぐれぇだったぞ」てな感じで役場の人とのやり取りがあったのだろうという事である。

誕生日を聞かれるごとに親父は「21日」と答えていたものの、何せ国民としての公式記録は20日である。運転免許の取得も更新も、その都度「21日」と言っていたらしいが、戸籍とも住民票とも不一致なわけで、その都度説明していたらしいが、通用するわけもない。
いつしか親父も諦めたそうである。

それでも昔から「本当は21日なんだけどさ」と一言言わずにはいられないようで、我々家族ももう何度聞かされたかわからない。
親父も生まれて物心ついた頃は既に戦時下、お誕生日会など開いてもらえるはずもない。
傷痍軍人として、祖父が生きて帰ってきていただけでも儲けものという時代。
そんな中でも祖父母から、「お前の誕生日は21日だ」と言われていたらしいから、一人特別な日に対する思い入れは強いのだろう。

2月20日と言えば、長嶋茂雄とアントニオ猪木という、私にとって子供の頃の二人のヒーローの誕生日だ。親父の誕生日はむしろ20日の方がいいのに、とずっと思っていた。
だが、当然ながら本人にしてみれば、両親との思い出深い21日の方が良いに決まっている。
過去には気にもせず20日におめでとうと言っていた気がするが、これからはせめて家族だけでも21日に拘らないといけないだろうと改めて思った。

「夕食は何がいい?」という母の問いかけに、「お寿司!」と即答した我が息子。
今日はおじいちゃんの誕生日だから、という事にはまだ気が回らない。
そんな孫に目を細めるのはむしろ母親の方で、ケーキもお寿司も親父そっちのけで孫の喜ぶ姿ばかり見ていた。いかんせん、孫との交流機会が少な過ぎると改めて反省。

今年は、もう少し妻のご機嫌をうまく取りながら、交流の機会を増やしていこうと内心決意したのである・・・


2012年2月16日木曜日

一番古い記憶

映画【ALWAYS 三丁目の夕日'64】の舞台となっているのは、私の生まれた昭和39年の東京。当時の記憶などもちろん私にはない。だから映画を観ていて、その背景がどうだこうだという感じもしない。では一体どのくらい古い記憶があるのだろうかと辿ってみると、それは3歳の頃の記憶だ。

ちょうど4歳の時に引越しをしており、その少し前の記憶がいろいろと残っているのだ。両親は私が生まれると、それまで住んでいたアパートから目黒不動尊近くのアパートに引っ越しをした。「子供が産まれたら出ていく事」という契約だったらしい。今ではそんな約束をさせられるアパートなどないだろうが、歴史を感じさせるエピソードだ。

引っ越した先のアパートでの生活が、私の最も古い記憶だ。毎日銭湯に通っていて、ある時どうしても三輪車に乗っていくと言い張って三輪車で銭湯に行った。そうしたところ、出てきたら三輪車がなくなっていた。子供心に親の言う事を聞いておけば良かったと後悔した。

「キャプテンウルトラ」という番組をやっていて、その真似をして遊んでいた。今調べてみると、放送は1967年4月~10月だから確実に3歳の頃の記憶だと言える。ちなみに「キャプテンウルトラ」は「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」のつなぎの番組だ。シュピーゲル号という宇宙船が出てきて、その模型がとっても欲しかったのを覚えている。

近所の子供たちともよく遊んだ。名前などもう忘れてしまったが、互いに家を行き来していた。テレビは足のついた白黒だった。チャンネルはガチャガチャ回すスタイルだった。【ALWAYS 三丁目の夕日'64】では、鈴木オートで早くもカラーテレビを購入している。我が家にカラーテレビが来たのは、その後ずっと後になっての事だから、当時サラリーマンだった我が家では、まだまだカラーテレビは高根の花だったのかもしれない。


何を考えたのか、鼻の穴の中がかゆくてみかんの皮を鼻の穴に突っ込んだ事がある。まあ子供のやる事だ。当の本人にもなぜそんな事をしたのか覚えていない。そして見事に取れなくなった。母親に連れられて耳鼻科に行って取ってもらった。

4歳になった同じ月、弟が生まれた。叔母の家に預けられて数日間過ごした。夜ベランダに出て寂しくて泣いた。叔母に隠れて一人ベランダで泣いたのだが、わずか4歳にして「男は人に涙を見せてはいけない」という意識があった事になる(たぶん)。今だに人に涙を見せまいと、【ALWAYS 三丁目の夕日'64】をわざわざ人の少ないレイトショーで観に行くのだから、これこそ三つ子の魂なんとやらなのだろう。

親父が夜、仕事帰りだったのだろう、叔母の家まで迎えに来てくれた。たぶん嬉しかったのだろう、その時の事はよく覚えている。病院へ生まれたばかりの弟を見に行ったが、「猿みたいだ」と思ったのが第一印象だ。そしてそのアパートからの引っ越しは夜だった。夜逃げというわけではなく、親父が仕事を休めなかったためみたいだ。

いまでも実家から少し足を伸ばせばその界隈がある。目黒区の林試の森公園のすぐ近くのこの界隈を昨年両親と散歩した。両親にとっても、このあたりに住んでいた頃の事は懐かしいらしい。
我が家の子供たちも、果たして子供の頃の記憶はどのくらい残るのだろう。いずれ、今この瞬間も大昔の事になるのだろう。

懐かしい2012年を、いつか今の自分と同じように振り返っているのかもしれない。そう思うと、日々子供たちとの触れ合いをもっと密にしようと思う。そしてあっという間に過ぎゆく毎日だが、一日一日を大事に過ごしたいと、あらためて思うのである・・・


【本日の読書】

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) - 楠木 建   麒麟の翼 (講談社文庫) - 東野 圭吾







2012年2月12日日曜日

レイトショー

昨夜は【ALWAYS三丁目の夕日'64】を観るために、久々に地元の映画館に行った。映画を観に行く場合、普段は圧倒的に仕事帰りに銀座で、というパターンなのだが、どうしてもこっそりと一人で観に行きたい場合は、地元の映画館を利用する。それも普通の時間帯ではダメで、夜のレイトショー目当てである。この【ALWAYS三丁目の夕日】シリーズは、過去2作とも泣いてしまった。そんな姿を他人には見られたくないし、そういう場合は観客が少ないレイトショーが最適なのである。

9時半に地元の映画館に到着。意外に人が多くて驚いたのが第一印象。全部でスクリーンが9つあるから、全部が全部【ALWAYS三丁目の夕日'64】を観にきているわけではないだろうが、あまり人が多いとこちらも目論見が外れてしまう。一瞬次のミッドナイトの時間帯にしようかと思う。

しかし発券機を操作したところ、それほど席が埋まっていない事を確認。そのままチケットを購入した。この発券機もいつの間にか導入されていたのだが、実に便利。観たい映画と時間帯をセレクトすると、座席が表示される。そこでタッチパネルで希望する座席を指定できる。この時、空席状況が確認できるわけである。両隣り空席の真ん中の列の席を選ぶ。

よくよく観察すると、ご夫婦が目につく。料金システムを見ると、「夫婦50割引」というのがあって、夫婦のどちらかが50歳以上だと、二人で2,000円となる。通常料金だと1,800×2だから、かなりのディスカウントだ。明らかにそれを利用していると思われる夫婦が目についたから、面白い狙いが当たっているようである。

映画は予想通りで、私の涙腺は為す術もなく崩壊。冷静に考えてみれば安手のホームドラマなのであるが、映画の世界に入り込んで観るタイプの私としては、冷静でいられるはずもない。その点では、銀座の映画館でなくて良かったと思う。
帰りも車のエンジンをかけてから10分後には家の玄関のドアを開けられるほどの距離だし、やっぱり昔から望んでいた通り、映画館のある街に住んで良かったと実感する。

映画の舞台となっている1964年は私の生まれた年。新幹線が開通し、東京オリンピックが開催された年だ。何かと話題には出るが、無論生まれたばかりの私にその頃の記憶はない。映画の中で描かれる1964年は、想像するしかできない世界だ。戦後の復興から経済成長へと突き進んでいた時代だし、昨日よりも今日、今日よりも明日と良くなっていった時代だから、世の中に勢いはあったのだろう。努力したものが、努力しただけ手に入る時代というのは確かに幸福だと思う。

映画の中では、幸せとは何かという事が問いかけられる。シリーズを通して訴えられるのは、幸せのあり方だと思う。今よりモノがなくても、今よりも不便でも、映画の登場人物たちは幸せを求め、ささやかな幸せを手にする。その姿が、ノスタルジーと合わさって涙腺を破壊してくれるわけである。

しかし、時間のフィルターは少しずつ悪い記憶をろ過していくという特徴を持つ。三丁目の夕日の世界は、みんな心が豊かだったように思われる。それは確かにその通りだとは思うが、その時代にもダメな部分もたくさんあっただろう。今は大変な時代だと誰もが考えている。しかし今なりにいいところがあって、それは時間のフィルターにかけられれば、良いものだけが濾し残されて、やがて30~40年後くらいには良い時代だったと振り返られるかもしれない。

事実、映画館にしたって、昔は身を縮めて座り前の人の頭を避けてスクリーンを観ていたものだが、今はゆったり座って、前の人を気にせず観る事ができる。発券機でクレジットカードを使って希望の座席を簡単に取って、人の少ない夜遅い時間帯でも映画を観られて、誰もが持っている自家用車で10分で帰って来られるだけでも、昔の映画事情とは雲泥の差だろう。大事なところは、そういうところに幸せを感じられるかどうかなのだろうと思う。

今の時代だって、身の回りの一つ一つの幸せに気がつけば、十分心豊かに暮らせるはずだと思う。そんな事を考えさせられた深夜のレイトショー。これからも映画館のある街の住民として、大いに利用したいと思うのである・・・


【本日の読書】

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) - 楠木 建  麒麟の翼 (講談社文庫) - 東野 圭吾





2012年2月8日水曜日

息子にスポーツ

息子には何かスポーツをやらせたい、と常々考えている。
今はまだ幼稚園だし、本格的にやらせるには少し早いと思うが、この春からは小学生、そろそろ親の方もある程度の考えはまとめないといけない。

そんな息子に「将来の夢は?」と尋ねると、「プロ野球の選手!」と答える。
それだけ聞いていると、何ら不思議はないし、よくありがちだが微笑ましい答えだと思う。
ただ、どうにも不思議なのは、なんでそう思うようになったか、だ。

私は物心つくと、すでに親父が毎日テレビでナイターを観ている生活だった。一緒に観ているうちに、自然と野球に興味を持ち、自然にジャイアンツファンになった。だが、私はほとんどナイターどころかテレビを見ない。もちろん、家では誰もナイターなど観ていない。なのにどこから「プロ野球の選手」などという発想がでてくるのだろう。まあ叔父さんに連れられて夏の甲子園大会に行ったから、その影響の延長なのかもしれない。ともかく、今は野球が第一の関心の的だ。

親の考えとしては、我が子にはやっぱり「最も面白いスポーツ」をやらせたいと思う。私も子供の頃に町内野球をずっとやっていたし、野球好きではあるけれど、「最も面白い」かと言うと、そこはラグビーに譲らざるを得ない。やっても観ても、やはりラグビーが一番だ。となると息子にも当然やらせたいと思うが、さてどこまで介入すべきかというところが悩ましいところである。

当の本人は、私がいつもラグビーをテレビで見ているせいか、それなりにラグビーに関心をもっている。たまにテレビを見ていては、迫力あるプレーに「おおすげぇ」なんて歓声を上げる。確かに良いプレーがわかるなんてすでにセンスがあるのではないか、などと思ってしまうが、打てば響く要素は十分秘めていると思う。もっとも、「でも痛そう」と変なところもよく見ていたりする。ラグビースクールへでも入れて背中を押せば、始める気がする。

ただ、野球も捨て難い。子供の頃に、野球ぐらいは(ちょっと本格的に)やった経験くらいは積ませたいとも思う。ラグビーは、全国大会を目指すほどでなければ、最悪、私のように高校から始めたっていいだろう。野球と平行して、関心を持ち続けさせるくらいの事はできると思う。

そうこうしているうちに、妻が空手をやらせてみたいと言い出してきた。
私も唯一残念に思うのは、武道経験がない事だ。
親も私に水泳だ、町内野球だ、習字だとやらせたのに、武道だけは考えなかったようだ。
自分としては、子供の頃に柔道か合気道あたりをやっていたかったと今でも残念に思う。
だから、それも悪くはない。

これから国際化の世の中、日本古来の伝統武道を身につけるのはけっして損にならない。
できれば柔道と思うのだが、それだと今度は妻の意見と真っ向から対立する。
柔道の方が、喧嘩になった時など実践面で何かと有益だと思う私に対して、空手を押す妻の理由は、「柔道はガニ股になる」だ。ハイヒール履くわけでもないし、関係ないと思うのだが、こちらの対立はちょっと厳しい。

ラグビーか野球か。
柔道か空手か。
まあ元気に楽しくやってくれれば何でもいい。
親としては、スポーツを楽しむという習慣だけはしっかりと身につけさせたいと思うのである・・・


【本日の読書】

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) - 楠木 建  苦役列車(新潮文庫) - 西村賢太





2012年2月5日日曜日

Made in Japan

仕事で取引先の社長さんと話をしていた時の事だ。
日本経済の将来はどうなんだろうという話になった。
どうしても暗くなりがちな未来像だ。
しかし本当にそうなんだろうか。

社長さんからは、今元気な中国人がたくさん日本にやってきてお金を落としていくという話を聞いた。炊飯器をたくさん買っていくと言う。そう言えば、先日朱健榮先生からも同じような話を聞いた。海外旅行へ行けるほどではなくても、日本製の炊飯器を買えるほど豊かになった中間層の人たちが、日本へ行けるほど豊かな富裕層(1,000万人いるそうである)の人たちに好みの炊飯器を指定して買ってきてもらうらしい。そんな中国人観光客は、「日本製か?」と何度も念押しして炊飯器を買っていくという。彼らにとって、“Made in Japan”は何よりのブランドなのだろう。

それは何も中国人に限ったわけではない。昨年妻はノートパソコンを買った。その時の最後の決め手は、“Made in Japan”だ。東芝や日立と言っても、Made in ChainaやThailandというものが珍しくないが、あえて“Made in Japan”を売り物にしていた。パソコンなんて、どれも「インテル入ってる」で同じだと思うが、それでも妻からすれば、安いレノボよりも“Made in Japan”のFMVだったわけだ。そこに何か鍵がありそうな気がする。

今は少しでも安くとみんな海外へ工場を移転させている。かつてアメリカも同じように日本に敗れた後、海外へ工場を移し、その後金融とITでその穴を埋めている。敵対していた日本企業に投資する側にまわり、今では投資家として利益を吸収している。日本の株式市場の主役は、今や外国人投資家だ。日本も同じ道を辿るだろうと言う人もいれば、辿るべきという人もいる。昨日もそんな意見を一つ聞いた。

しかし、アメリカにはなくて日本にあるもの。それが“Made in Japan”だ。
アメリカと同じ道を行かなくても、このブランドを活かせる道があるような気がする。
もちろん、何でもかんでも“Made in Japan”で通用するというわけではないだろう。
鳴り物入りで登場したシャープの亀山工場も、液晶パネルで大苦戦したわけだし、実際のところ性能面でどれほど違いがあるのかはわからない。ただ、中国人が「日本製」に拘って炊飯器を買う話には、目を向けるべき何かがある気がする。

性能ではトヨタや日産の車の方が上かもしれないのに、イタリア車は日本車より0一つよけいにつけて売れる。フェラーリのブランドの前に“Made in Japan”は通用しないが、中国人にとっての炊飯器や妻のような素人にとってのパソコンには通用する。そういう分野がまだまだあるような気がする。

かつて天下を誇ったソニーは大赤字を計上し、メーカーは揃って円高をなげき、政府の円高無策をメディアを使って訴える。コストダウンのために海外へ工場を移す事ばかりしていて、本当に良いのだろうかという気がする。せっかくの“Made in Japan”が泣いている気がする。

かつて一世を風靡した“Made in Japan”だが、為替レートの差だけがその繁栄の理由ではない。性能的にはライバルも台頭してきているのだろうが、円高と人件費の安さだけで剥がれ落ちるメッキだったのだろうか。製造業の立場にはいないからわからないが、素人的には“Made in Japan”の復活を強く願うところである・・・



2012年1月31日火曜日

クラッシック

音楽の趣味はと聞かれると、私はけっこう“雑食”系かもしれない。
ビートルズから浜崎あゆみまで、バッハから忌野清志郎や石川さゆりまでカバーしている。
どの分野が一番好きかと尋ねられても、難しいところだ。
その時の気分次第という答えになるだろう。
Queenな気分の時もあれば、ドボルザークな気分の時もあるのである。難点を言えば、「最近の曲にはついていけていない」というところか。

クラッシックはわりと好きな分野だ。
と言っても “広く浅く”だから本当に好きな人からみたら、笑われてしまうくらい入門編的な好みだ。好きな曲はといえば、一般的にメジャー な曲ばかりだ。高校生の頃はスメタナの「モルダウ」とかがだったし、「コブラ」に影響された時はひたすらショパンを聞いた。「ノクターン」なんかは簡単でわかりやすくていい。

ドボルザークは「交響曲第9番」がいいし、エルガーの「威風堂々」も好きだ(結婚式の入場の際に流してもらった)。バッハは宗教的な匂いに満ち溢れたオルガン系が好きだ。「トッカータとフーガ ニ短調」のパイプオルガンには特に心震えてしまう。またシンプルな「G線上のアリア」なんかも好きだし、バッハはわりと好きな曲が多いかもしれない。

そんなクラッシックには難点があって、それは「じっくり聞かないと聞いた気がしないし、じっくりと聞いているヒマなどない」という事だ。以前は、サントリーホールなんかへも足を運んでいたが、最近はすっかり足が遠のいてしまっている。心の余裕度のバロメーターだとしたら、今はまるでダメな時期だと言える。

しかし考えてみたら、クラッシックというのは凄い気がする。
300年以上も前に作曲されたのが、今に至ってもまだ世界中で演奏されているのだ。
きちんとホールで演奏されているばかりではない。映画の中に挿入されていたり、CMで使われていたり、着メロになっていたりして、実はけっこう身の回りに溢れている。

パッヘルベルの「カノン」という曲がある。
バッハやベートーベンやショパンやシューベルトや、思いつくままクラッシックの作曲家を挙げよと言われて、パッヘルベルの名前を挙げられるのは、けっこう詳しい人だろう。
一般的には知らない人の方が多い気がする。

しかし、パッヘルベルや「カノン」は知らなくても、曲は誰もが知っている。
わずか5分ほどの曲だが、(少なくとも日本では)知らない人はいないだろう。
音楽だけが、時代を越えてずっと残るというのも凄い事だ。
現代のポップスなど、どのくらい“長生き”するのだろう。

ビートルズの曲などは、今ではみんながカバーしている。
ちょっと気をつけていると、至るところでオリジナル曲はもちろん、カバー曲も流されている。娘の小学校の運動会で、準備体操のBGMが「オブラディオブラダ」だったのには驚いてしまったが、はたしていろいろな人たちにカバーされて受け継がれて、いったいどのくらい生き永らえるのだろう。興味深いが、答えを知る事ができないのが残念だ。

現代音楽ももちろん好きだし(その大半が「懐メロ」になりつつあるのだが)、これからも聞き続けるだろうけど、クラッシックも同じように楽しみたいと思う。
食後の一時にコーヒーを飲みながら静かにクラッシックを聞く。
そんなゆとりあるひとときを持ち続けたいと思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ I - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  1Q84 BOOK 2 - 村上 春樹





2012年1月28日土曜日

喫茶店

取引先の部長さんと話をしている時に、ふと近所にできたドトールコーヒーの話題になった。
「今の喫茶店はすっかり待ち合わせ場所になっちゃいましたねぇ」と部長さんが呟く・・・
「昔はねぇ、美人喫茶っていうのがあってね、よく銀座なんかの美人喫茶に行ったものですよ」と嬉しそうに語ってくれた。

美人喫茶ってどんなところだったのだろう。
世代の違う私には知りようがないが、その名の通り美人のウェートレスが働いていたのだろう。もう還暦も近い部長さんだが、その昔若かりし頃、ウキウキとそんなところへ出かけて行ったのだろう。

そう言えば、昔、大学のラグビー部の同期が「アンナ・ミラーズ」を絶賛していた事を思い出した。店員さんのミニスカートが、何とも言えないチェーン店だ。
きっとあんな感覚だったのかもしれない。
行ってみたかったな。

「行きつけの店があってね、行くといつも私の大好きなシャンソンをかけてくれましてね・・・」
それとは別に、行きつけの喫茶店があったらしい。
いつものコーヒーを飲みながら、大好きなシャンソンを聞いては至福の一時を過ごしていたという。そんな喫茶店、私にはないな。

喫茶店と言えば、今ではあちこちチェーン店ばかりである。
ドトールなんかは値段は安いが、あまりコーヒーをゆっくり飲んで、なんてくつろげる雰囲気はない。ちょっとした空き時間に、ちょっと寄ってコーヒーを飲むという感じだ。
コーヒーを飲むというよりも、時間つぶしなどのような目的が主だろう。
通いたくなるような喫茶店ではない。

そう言えば歌声喫茶なるものも聞いた事がある。
なんでもみんなで歌を歌っていたらしい。
さらに、今もたまに見かける「純喫茶」というのは、その昔風俗系の営業をしていた喫茶店との間に一線を画す意味で「純」といったらしい。
昔はいろいろあったようである。

高校の時には近所に行きつけの喫茶店があった。
「アイビー」という名前で、年取ったおじちゃんとおばちゃんが夫婦でやっている店だった。
ラグビーの練習帰りに寄って、ナポリタンをよく食べたものだ。
たばこを吸っていても、高校には通報しないでくれる良心的(?)な店だった。
大学の時も渋い喫茶店がいくつかあったが、行きつけというほど通った覚えはない。
今は、ないなぁ。

我が家族は、コメダコーヒーによく行く。
まあコーヒー目当てというよりも、シロノワールというパンケーキ目当てなのだが、食いしん坊の我が家族のような人種にはそんな利用目的もある。
子供が生まれる前は、妻と二人で近所の喫茶店に行った事がある。
ただ妻の目的は、コーヒーというよりもケーキだったりかき氷だった。
喫茶店もコーヒーだけでは厳しいのかもしれない。

でもやっぱり、静かな店内で大好きなコーヒーを飲みながらのんびり本でも読むというのが、私にとっては理想的な喫茶店の利用方法だ。今はまだ子供も小さいからなかなか難しいが、そのうちもう少し自由な時間が増えたら、休みの日には、本を持って喫茶店にコーヒーを飲みに行くという習慣ができているかもしれない。そうして至福の一時を過ごす自分を想像してみると、悪くはない未来だ。

そんな喫茶店を、今から探しておきたいと思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ I - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  1Q84 BOOK 2 - 村上 春樹







2012年1月24日火曜日

スキーin湯沢2012

近年、すっかり我が家の冬のレジャーとして定着した感のあるスキー。
先週末に今シーズン初滑りに行ってきた。
昨年スタッドレスタイヤも買ったし、せっせと行かないともったいないと貧乏根性が働いてしまう。

念のためと朝5時に出発。
途中雨と雪とで速度制限もあったりして、比較的ゆっくり行ったのだが、それでも湯沢の岩原スキー場には7時半についてしまった。
板を借りたり、着替えたりしてゲレンデがオープンするのを待つ。

久しぶりの割には子供たちもすいすいとボーゲンで滑り始める。
長女は向上心が芽生えたのか、足を揃えて滑る練習を始める。
そういう気持ちを大事にしようと、2日目にNASPAスキー場でスキー学校に入れたのだが、娘曰く「ただ滑っていただけ」という結果で、どうも無駄だったよう。
子供だと思って熱心には指導してくれなかったようだ。

ゲレンデは相変わらず空いていて、昔のようにリフト待ち30分などという事はない。
食堂もすんなり座れて快適。
道路もリフトもゲレンデも混みまくっていたあの時代。
昔はよくあんな状況を我慢していたものだと、改めて思う。
昔だったら少しでもと欲張ってガンガン滑るところだが、今は子供たちのペースに合わせてゆったりと滑る。それでも空いているゲレンデでは、「元が取れない」といった焦りは感じない。

長男は雪遊びをしたがる。
食事もそこそこに外で穴を掘ったり、雪をこねたり。
せっかく来たのだからと、スキーに誘うも、「もうちょっと」と渋る。
考えてみれば東京では雪遊びなどできないし、何より子供を楽しませようと思ってきているわけだから、と考えて遊ばせる事にした。一緒に雪合戦もする。
仕事に行くのは大変になるが、子供のためには、たまには東京に雪が積もってもいいんじゃないかと思ってもみる。

夜はバイキングで腹いっぱい食べて、温泉につかる。親はこれが目的。
湯けむりの中、流れるお湯の音を聞き、時々桶のぶつかる音が響く中で湯船に浸かる。脱日常・・・
気がつけば昼間の疲れも出て、子供たちと一緒に寝てしまう・・・

2日目はNASPAスキー場。
ここも初心者には優しいゲレンデ。
山頂に立つと、遠くの山々に遥か下界には車が走る街並み。絶景かな・・・
大昔にこの景色を見た人たちは、今日のこの有り様は想像できなかっただろうなどと思ってみる。今はつくづく良い時代だ。

子供たちもエンジンがかかり、ガンガン滑り出す。
妻と二人限界を感じ、やがてリフトの終了時間をカウントダウンして待つ始末。
体力的に下り坂にある身と上り坂にある身の違いを感じる。
本当なら、ゆったり余裕の一泊スキー旅行なのだが、これなら日帰りの方が楽かもしれないと感じる。

夕方5時にゲレンデを出発し、途中夕食を食べて9時半帰宅。
渋滞もあったが、まあこういう感じで往復できるのなら、悪くはない。
あと1~2回、今度は日帰りとなるが行きたいと考えている。
しかし、帰ってきたあとは洗車が大変なんだな。
今度の週末はまずそれからとなりそうなのである・・・


【本日の読書】

僕は君たちに武器を配りたい - 瀧本哲史 スティーブ・ジョブズ I - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二




2012年1月19日木曜日

中国から見た日本2012

先週末に、母校の財団法人で主催する社会人向け勉強会「寺子屋小山台」があった。
今回の講師は、東洋学園大学の朱健榮先生。
毎年お招きしている方なのだが、テーマとしては中国について語ってもらっている。
文化・習慣の違いといった手軽な話題から、政治経済のお堅い話までいろいろと熱く語っていただいた。

その中で中国人の「お礼」についての話があった。
中国人は、実はお礼を言わないそうである。
と言っても「謝謝」という言葉はあるから、まったく言わないというわけでもないだろう。
あくまでも日本の感覚とは違うお礼感覚という意味である。
それは「大恩、不言謝」という言葉に表れていて、日本式のお礼とは異なるもののようである。

例えば最近、妻が私にお菓子を勧めてくれた。

黒糖入りの珍しいゴーフルだった。
普段そういうものは、私のいないところで子供たちと食べてしまうようなのだが、その時は機嫌が良かったのかもしれない。
あるいは、手紙の効果かもしれない。

どうしたのかと聞いたところ、「ママ友にもらった」とのことだった。
何でも子供の服だか何かを貸してあげたら、お礼にくれたのだと言う。
日本人の感覚では不思議でもなんでもないこういう行為だが、中国人から見れば違和感があるらしい。

曰く、「貸し借りをその場で清算してチャラにしている」ような感じに映るのだと言う。
中国人は、その都度の「お返し」という感覚はなく、次の機会にもっと大きくして返すのだと言う。それまでは親密な関係でいられる感覚らしい。

そう言えば、かつて日本は中国にかなりのODAを貸与していた。
それに対して、中国は感謝の意を表明するわけでもなく、それをマスコミは随分と批判して取り上げていた。あれも中国式ではむしろ当然なのだと言う。
なかなか我々日本人には馴染まない感覚だ。

また、家族間では「おはよう」などという挨拶もしないらしい。
親しくなればなるほどそうらしい。
これなんかは、「いくらなんでも挨拶くらいするべきだろう」と思ってしまう。
しかし、考えてみれば日本人だって夫婦間では「愛してる」なんてほとんど言わないだろう。
まあ新婚カップルやよっぽど仲の良い夫婦なら別だろうが、一般的にはそうだろう。

だがアメリカでは、映画を観ていてもわかるが、常に“I love you”と言っている。
聞くところによると、夫婦間・家族間ではいつも互いにそう言いあわないとダメらしい。
そんなアメリカ人から見れば、「愛してる」と言わない日本人は奇異に映るのかもしれない。

どのスタイルが優れているというわけではない。
ただそれぞれ違うという事だ。
要は異文化間では、自分の物差しで相手を見ない事が大切なのだ。
そんな事をいつも感じさせる朱先生の講義である。
マスコミの報道からは伺い知れない中国の話を伺えて、いつもいい機会だとありがたく感じている。

しかし思い起こしてみれば、我が妻も新婚時代は、毎日のように「私の事愛してる?」と聞いてきたものだ。今となってはもう遠い過去の話となってしまったが、当時とは別人のような今の妻を見ていると、やっぱり家族の間では、中国式よりも日本式よりもアメリカ式の方がいいなぁと、つくづく思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ I - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  どうする? 日本企業 - 三品和広



2012年1月15日日曜日

イラン情勢

アメリカとイランの緊張が高まっている。
何気なく読み過ごすニュースであるが、専門家の分析によると、アメリカの国家戦略の一端としての動きらしい。

アメリカの国力を支えているのがドル基軸通貨体制。
全世界で米ドルが貿易決済の手段として使われている。
これがあるから、世界最大の赤字国アメリカも破綻しないで済んでいる。
これが崩れれば、国家財政破綻という事にもなりかねない。

これに反発するのがロシアや中国などの国々。

かつてイラクが石油の決済通貨をドルからユーロへと変更。
ドル基軸通貨体制への抵抗を見せた。その結果がイラク戦争。
アメリカが主張した大量破壊兵器はとうとう発見されず、戦後石油取引はドルに戻されている。

今イランがこれに続く動きを見せていて、すでに石油取引の決済をドル以外にしているらしい。アメリカは、石油や天然ガスなどの資源も豊富なイランを支配下に置きたいという意向は常々もっており、このまま放置すると他の湾岸諸国も追随しかねない状況を危惧しているという。という事でアメリカはイラン潰しに出ているのだという。

そんな事は新聞のどこを探したって出ていないし、本当なのかと思わずにはいられない。
しかし言われてみれば、核開発疑惑どころか実際に作って地下実験までやっている北朝鮮に対しては、アメリカは何にも言わない。グリーンスパン元FRB議長も確かに自伝の中で、イラク戦争は石油利権のためだったと書いている。とすれば、そういう面もかなりあるのかもしれないと思ってみたりする。

我が国はイランとの関係も深く、原油も輸入している(円建なのかリヤル建なのかは知らないが・・・)。アメリカの手前制裁措置に協力せざるを得ないのだろうが、どうなのだろう。イランは対抗措置としてホルムズ海峡封鎖を示唆しているし、そうくるなら軍事的に排除するとイギリスは息巻いている。

一方でイランはIAEAの査察受け入れを表明し、あくまでも開発は原子力発電所だと自らの正当性を主張している。イランとてイラクの経緯を隣で見ているだけに、アメリカの武力行使を牽制しているのだろう。

日々のほほんと平和に暮らしていられる我が国だが、海の向こうでは熾烈な水面下の戦争が始っているのかもしれない。いざ戦争となっても、イラク戦争の時のように我々には大して影響がないのかもしれない。だからどうだと言う事もないのだろうが、個人的には大いに関心を持っていたいと思うのである・・・


【昨日の読書】

日本の未来について話そう -日本再生への提言- - マッキンゼー・アンド・カンパニー どうする? 日本企業 - 三品和広





2012年1月10日火曜日

記憶力

週末、子供たちと一緒に風呂に入ると、「クイズ出して」とせがまれる。
お風呂ではいろいろ話もするが、クイズは割と子供たちに好評である。
と言っても、何でもいいわけではない。長女はハリー・ポッターシリーズ、長男はウルトラマンシリーズに関したクイズを要求するのである。つまり、今自分が最も関心の深い事柄について、なのである。

長男の方はまだまだ対応できる。
だが、長女の方はお手上げだ。
何せこちらは1巻しか読んでいない。
今最後の7巻の下巻を読んでいる長女とは知識の量が違う。
もうついていけないのであるが、先日は思いあまって「ハリー・ポッターに出てくる登場人物をあげよ」という問題を出した。

15人挙げなさいとしたのだが、こうすると答えはわからずとも、娘にしばし答える時間をかけさせられるので、我ながらナイスな問題だと悦に入っていた。私も取りあえずハリー・ポッターや、ハーマイオニー、ロン、ダンブルドア、スネイプなど頑張れば10人くらいは挙げられる。本は読んでなくても映画は観ているのだ。

さて、嬉々として登場人物を挙げ始めた長女。
あれよあれよという間に課題の15人を楽々突破。
そうすると私もついて行けない。
20人を越え、30人を越える。
詰まったところで私もヒントを出す。
「ほら、トイレに出てくる女の子の幽霊」と言った具合だ。
(と言っても私は名前を忘れてしまっている)

やがて40人を越え、50人を越える。
この辺になると「おいおい本当かよ」と思い始める。
私がわからないと思って適当に言っているのかな、との思いも脳裏をよぎったが、楽しそうに数えあげている娘の純粋な表情には、そんなズルのあとは微塵も感じられない。
結局57人でギブ・アップ。呆気に取られてしまった。

まずそんなに登場人物がいるのかとの疑問が湧いた。ただ全7巻だし、それも上下巻セットという巻もあるから、全体としてはかなりの長編ということもあって、どうやらそれ以上いるようである。次にそんなによく覚えているなという驚きだ。あらかじめ問題を出された上でならともかく、普通に読んでいてそんなに登場人物の名前を覚えるか、と。

私でも小説を読んでいて、ほんの何人かの登場人物であってさえ、「この○○って何の人だっけ」と前のページをめくるなんてしょっちゅうだ。それを普通にストーリーを追い掛けながら読んでいて、脇役の名前までしっかり覚えてしまうなんてと、呆れてしまう。当の本人は、本の裏を見ては、「ああまだ、○○と○○と○○がいた~」と悔しそうにしている。子供の記憶力って凄いなぁとあらためて思ってしまった。

そう言えば昔は向かうところ敵なしだったトランプゲームの「神経衰弱」でも、この頃娘に勝てなくなってきた。映画を観ていて、友人と話をしていて、「あの映画に出ていた俳優なんだっけ、ほら・・・」なんて事はいつもの事だ。声をかけてきた知人の名前を思い出せない事だってザラだ。

年をとれば脳細胞だって劣化するし、仕方ない事だとは思うが、目の前に娘の記憶力を見せつけられるとあらためて愕然としてしまう。たまに日記を読み返してみるが、完全に忘れてしまっている事もけっこうある。その時その時のちょっとした喜びなんかは、忘れてしまっていたりする。嫌な事なら良いのだが、良い事ならみんなずっと覚えていたいと思うが、実際はかなり忘れているようだ。この先、そうした事がもっと増えるのだろう。

記憶とはその人そのものと言える。
57人もの登場人物を覚えていなくてもいいから、せっかくの日々の楽しい記憶はずっと持っていたいものだ。それでもいずれは一つ一つ忘れていくのかもしれない。
まあ仕方のない事なんだろうけど、そんな危うげな記憶の補助として、せめて日記やブログはずっと続けていきたいと思うのである・・・


【本日の読書】

夫婦ゲンカで男はなぜ黙るのか - タラ・パーカー=ポープ, 古草秀子  無花果の森 (新潮文庫) - 小池 真理子







2012年1月7日土曜日

妻への手紙

妻とのギクシャクした関係に頭を悩ませていた昨年暮れ。自分の中では最悪の想定もした。このまま冷たい態度を取り続けられて、ずっとそんな関係を続けていくのは無理な相談。人生を新しく始めるなら早い方が良い。子供たちには母親が必要だから親権は妻に渡し、一人実家へでも戻って親と暮らそうか・・・

されど子供たちと離れるのは何より辛いし、子供の成長過程を見守りたいし、何かあれば相談の一つにも乗ってやりたい。子供の精神的成長にも悪影響を与えたくないし、家庭内離婚状態でも自分が我慢すれば良いのだろうか。「子はかすがい」と昔から言われている言葉がふと思い出される。そんな葛藤が心の中で渦を巻いていた。

そうした中で、やっぱりもう少し自分なりに関係改善に努力してみるべきではないか、と思い至った。せっかく結婚したのだし、失敗した部分があるとはいえ自分が選んだ相手でもあるし。ダメならダメで仕方がないが、やれる限りの努力はするべきではないか、と。とは言え、話し合いの提案は拒絶されておりうまくない。そこであれこれと考え、手紙を書くことにした。

妻への手紙などと言うと、結婚前に新居の鍵を送るついでに書いた程度で、あまり記憶にない。現代人らしくラブレターなども妻には書いていない。そう考えると、何をどう書くべきかと言う迷いもあったが、取りあえず書き始めた。日頃の思い、考え、喧嘩の原因となった事についての自分の考え・・・

まずは自分がどんな事を考えているか、それを説明し、できれば子供たちのためにも自分達のためにも、仲良くやっていきたいと。「家族とは一緒に幸せになるためのチーム」と何かで読んだ言葉も添えて、そんなチームとしてうまくやっていきたいといった内容を書きつづった。
朝、それをテーブルの上に置いて出勤した。

その手紙についての妻からのコメントは何もない。
ひょっとしたら返事でも来るかと淡い期待を抱いてはみたものの、何もない。
ただ、うまく気持ちは伝わったような気がする。
それはその後の妻の言動に表れているように感じるのである。
相変わらず、私のやる事に口うるさい。
表面的な態度は何も変わらない。
ただ、言葉に“とげ”がないのである。
それが妻なりの返事なのかもしれない。

大掃除も年末年始も、妻の言葉や態度にそれまで感じられた“とげ”がなくなった。
単なる気のせいかもしれないが、私にとっては大きな変化だと感じた。
その昔、終末時計なるものがあった。核戦争の脅威が高まる中、その時計の針が世界の終末までの時間を表示しているのをテレビでみた事がある。
我が家の終末時計については、大きく針を戻した気がする。

お正月、長女と風呂に入って、今年の目標や希望などについて話しをした。
ついでに「パパとママに望む事」を聞いてみた。
「夫婦喧嘩をしないでほしい」というのが、娘の回答。
我々が喧嘩するたびに、どうしてよいかわからなくなり泣きそうになると長女は言う。
まあそうかもしれない。

その昔、自分も両親が喧嘩をした事を覚えている。
かなり大きな喧嘩だったが、子供だった私は、その時それを布団の中でなす術もなく聞いていた。大きな喧嘩はそれ一度だったと思うが、そのすぐあと母に「お父さんとお母さんとどっちが好き」と聞かれた。当時はちょうど男の子として、いつまでも「ママ、ママ」というのは恥ずかしいと思い始めていた頃だったから、私は思わず「お父さん」と答えてしまった。その時母は寂しそうに、「じゃあお前はお父さんのところに行きなさいね」と言った。

子供心にも「しまった」と思ったものである。
あの時、母は離婚を考えていたのだと思うが、今考えても子供には酷な質問だ。
さて、そんな質問を我が子にする心配も遠のき、年始から何とか水平飛行に移れそうな我が家。まだまだ油断大敵だと思うから、パイロットとしてしっかり安定飛行を心掛けていきたいと思うのである
・・・
                

2012年1月4日水曜日

新春雑感2012

また新しい年が始った。
昨年は母親の体調が悪かったため、一人実家で3日間を過ごしたが、今年は母親も少し体調が回復したので、またいつも通りの正月を過ごした。今年は私と娘とがそれぞれ年男と年女。
娘も初めての年女という事で、いつもとは違った気分で年を迎えたようである。

初詣は毎年恒例の近所の神社。この街に住み始めてもう16年。今年で15回目の初詣という事になる。年に一回しかお参りしないものの、地域の氏神様としてこれからも欠かさずに参拝したいものである。

元旦に私の実家に行き、弟家族とともに新年を祝う。
高校2年の甥(兄)はすっかり雰囲気が大人びている。
中学3年の甥(弟)も社交性を身につけてきた。
「たかいたかい」をしてやると、よだれを垂らして喜んでいたのがつい最近のような気がする。我が家の子供たちにとっては、たった二人しかいない従兄であるが、従兄弟たちと遊んだ自分の経験から比べると、やっぱり少子化というのは子供たちにとってもかわいそうな気もする。

2日から大阪の妻の実家へ移動。
昨年行っていないので、2年振りという事になる。
人の家ながら、着く早々気になっていたラグビーの大学選手権準決勝にチャンネルを合わせる。昔はだいぶ待遇が良かったものだが、最近は普通に扱われるようになってきた。
それに合わせて、私も我が家並みに遠慮がなくなっている。

3日には義妹夫婦も交えて道明寺に初詣。おみくじは小吉。
辰年ゆえに大きな飛躍とでも書かれていれば、幸先よいスタートだったのだが、「思ったよりも伸びない」と書かれていた。まあ今年は、大きな飛躍よりもきちんと守るものは守り、守りながら前進するというイメージでいきたいと思っていたから、ちょうどそれに合っているのかもしれない。ラグビーでも良いディフェンスというものは、タックルで相手を止めるばかりでなく、少しずつ相手を後退させていくものである。今年はそういうイメージで行きたいと考えている。

夜はみんなでトランプゲーム。
ウノをやったのだが、みんなでわいわいできるのが、こういう昔ながらのゲームの良いところ。Wiiも良いとは思うが、老若男女7人が一緒に楽しめるこういうゲームはこれからも続けたいものである。みんなの笑顔の対価だと思えば、なぜか一人連敗して罰ゲームとしてアイスを買いに行かされたのも愛嬌というものだ。

毎年恒例の通り、今日は一日休みをもらって一人帰宅。
妻と子供たちは学校と幼稚園が始る前日まで大阪に滞在。
さすがに大阪へ一泊二日というのは忙しない。
こうして休みを取って二泊できる環境にはひたすら感謝だ。
例年通りの正月を過ごして思う事は、やっぱり毎年同じような正月を過ごせるというのはありがたい事だということ。そういう正月を、これからも過ごしたいと思う。

一日遅れて明日から仕事始め。
良い一年が送れるように、しっかりと頑張りたいと思うのである・・・

【本日の読書】
夫婦ゲンカで男はなぜ黙るのか - タラ・パーカー=ポープ, 古草秀子 無花果の森 (新潮文庫) - 小池 真理子





2011年12月31日土曜日

大みそか雑感

慌ただしい年末。
今週は町内会の夜回りがあった。
今年は当番で町内会の活動に参加しているが、その一環だ。
柏木持って、「火の用心!」と言いながら30分ほど近所を回る。
火事が大きな脅威であった江戸の時代ならともかく、この現代で今さらこんな事して何になるという気がする。たぶん、何にもならない。ただ、ご近所の人たちとの親睦という意味では、かなり意味のある事だと思う。
そういう意義を感じて、積極的に参加。
 
大みそかは例年通り、最後の大掃除。
我が家は分割して大掃除を行っている。
今月4回目の今日は玄関周りと洗車だ。
今年から高圧洗浄機を導入。
これがなかなかの優れモノ。
例年はデッキブラシでゴシゴシやっていたのだが、今年はこのマシンでラクラク。
次々と汚れが落ちていく様は爽快であった。

妻の話によれば、ご近所はみんな昨日一昨日で大掃除を済ませたらしい。
おそらく28日が仕事納めでお休みだったのだろう。
30日まで仕事の我が身からすれば、仕方ない。
それでも何軒かのお父さんは外へ出て最後の掃除に精を出していた。

プラプラとスーパーへ行けば、けっこうな人出。
たまには日本酒でもと思って買いに行ったのだが、棚はガラガラ。
けっこうみんな今日はお酒という気分なのだろうか。
やっぱりそこは日本人なのかもしれない。

昼に年越しそばを食べ、夕食はすき焼きというのが大みそかの我が家のメニュー。
BGMは紅白歌合戦だ。大阪の妻の実家から美味しい肉を送ってもらい、それをみんなで食べる。
今年は震災や母の入院などいろいろあったが、こうしていつものように締めくくる事が出来た事に感謝しないといけない。

Facebookで長年連絡の途絶えていた人と繋がったのも大きな収穫だった。
いい年だったと思いたい。
そして来年は、少しでいいから今年よりもいい年にしたいと思うのである・・・


2011年12月27日火曜日

クリスマスに悩む

25日の朝、世間と同様我が家の子供たちもサンタさんからのプレゼントを受け取った。
長男は、ここのところウルトラマンシリーズにハマっていると言う事もあって、「変身セット」をもらった。長女はWiiのソフトである「リズム天国」。さすがに長男のような幼さはない。

起きて真っ先にツリーに駆け寄り、プレゼントを確認する長男はわかりやすくていい。
一方の長女はというと、昔から喜びを表に現さない。
布団の中から薄目を開けてプレゼントを確認するとまた寝てしまうというのが、例年のパターン。今年も弟からプレゼントが届いていると聞くと、まだ途中だった夢の方が大事とばかりに布団をかぶってしまった。面白いものだと思うが、それはまあいい。

一つ気になるのは、「まだサンタを信じている」というところだ。
年長さんの長男は良いのだが、5年生の長女はどうなのだと思う。
娘の同級生の母親に聞くと、信じているという子でも「信じていないとプレゼントをもらえないから」信じていると言うらしいし、私の職場の同僚家のように中学・高校の子供が「暗黙の了解で」信じているようなケースもあるが、それに対して我が娘の場合は、「本気で」信じているのである。

2年前に「サンタさんてほんとにいるの?」と聞かれたが、どうも その時の説明がまだ有効らしい。可愛いものだと思えばいいのかもしれないが、もうそろそろいかがなものかと心配になってくる。人はたいがい何かを信じている場合、それに反する話を聞いた時には考え方を改めるか、拒絶するかだ。

「そう言われてみれば変だな」と思えば、考えを改める方にいくだろう。
「そんな事ない」と自分の考えに固執するのは、考える事を拒絶しているのか、論理的・合理的に考えられないかだ。5年生くらいになったら、そろそろ「そう言えば変だ」と思うだけの思考回路が出来あがってもいい頃だと思うのだ。夢を持つのも大切だが、現実に気がつく事も大切だ。

自分はどうだっただろうと思い出そうとしたが、思い出せない。
たぶん学校で友達に言われたのだと思うが、あまり覚えていない。
何度ももらった記憶がないところをみると、たぶん比較的早い段階でわかったのだと思う。
娘ももういい加減と思うが、かと言って純粋に信じている娘を傍らに呼んで、「実はな」とやるのもいかがなものかと言う気がする。悩ましいところだ。

いつまでも信じる純粋性も素敵だが、世の中はそればかりでは渡っていけない。
おれおれ詐欺の被害が今だに続いているのも、言ってみれば純粋性の一種と言えなくもないが、相手の話を聞いて冷静に判断できるところも大切だ。
いまだパパとお風呂に入るのにも抵抗のかけらさえ見せない我が娘。
幼いと言えば幼いのだが、この頃少し胸も膨らんできたし、こちらの方がいつまで一緒に入ってもいいのだろうかと戸惑う有り様。

ある日突然娘に「もうパパとお風呂に入らない」と言われてショックを受ける、という父親の図式が待てど暮らせど訪れる気配がない。まあ健康で元気が一番だと思っているから、そんな事は気にするほどでもないのだが、ふと考えてしまうクリスマスなのであった・・・


【本日の読書】
心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣 - 長谷部誠  赤い指 (講談社文庫) - 東野 圭吾



     


     

2011年12月22日木曜日

何でだろう・・・

最近回りで夫婦仲が悪いという話を頻繁に耳にする。
同僚にも「家庭内別居状態」と自嘲気味に語る人もいるし、口を開けば女房の悪口という人もいる。男ばかりでなく、友人たちとご飯を食べに行ったら、旦那の悪口大会だったと語ってくれた女性もいる。冗談半分、テレ隠しなどというレベルではなく、みんなマジなのだという。そう語ってくれた独身の彼女は目を白黒させていた。

なんでなんだろうか。
現代社会はほとんどが恋愛結婚なハズで、みんな愛し合って結婚したはずだ。
それが10年、20年と経つと相手が疎ましくなるのだろうか。
一時期「円熟離婚」だとか「定年離婚」だとか言われたが、つい先日も取引先の方の両親(もういい年なのである)が離婚騒動だと聞いたところだ。

そういう我が家も例外ではない。
近年妻が私に対して、めっきり冷たくなっている。
最初は子育ての疲れかとか思ってはみたものの、もう子育てで疲れるというほど子供も小さくない。いかに鈍感な私でも、妻が私に対してかなりの不満・ストレスを抱いているのがわかって来た。

そういう気持ちが言葉の端々に出る。
モノには言い方というものがあり、同じ言うにしても言い方一つで感謝もされれば、憎悪を抱かせる事も可能だ。どうしてそんなモノの言い方をするのだ、と私もついつい腹を立ててしまう。それがまた妻の怒りにも繋がるので、怒りの連鎖と応酬はどこかで止めなければとめどなく続く。それゆえ、大概私が黙って怒りの連鎖を呑み込んで断ち切る事になる。

思えば結婚当初は、互いに相手に対して何かをしてあげようとして、それを自分の喜びとしていたような気がする。それがいつしかやってもらうのが当然となり、次第にやらない事が不満へと繋がるようになる。「仕方ないわねぇ」と笑って許していたものが、「いい加減にしてよ」となってくる。
たぶん、私の気がつかないところで、そんな変化が起こっているのだろう。

そんな関係は子供たちにも微妙に伝わる。
娘なんかは、「パパはママの事好きみたいだけど、ママはねぇ・・・」などと平気で言う。
たぶんこのまま症状が進むと、「家庭内別居」中の同僚のようになる気がする。

今年の年初に一つの目標を立てた。
「妻に対しては決して腹を立てない」と。
あと少しで目標達成というところだったが、先日とうとう喧嘩してしまった。
理由は妻の「モノの言い方」だ。

そのあと冷静になって反省し、和解の申し出と話し合いを希望したが、あっさり却下されてしまった。以来、表面上は一見穏やかな生活が続いているが、妻の内面は知る由もない。
夫婦も元はと言えば他人だし、考え方も違うし、妻ばかりが悪いわけではない。
ただ、自分の悪いところがわからないだけに厄介だ。

腹を割った話し合いも拒絶されてしまうと、どうしようもない。
難しいなぁとつくづく思う。

最近仕事ではあまりプレッシャーを感じなくなってきた。
その分、家庭内にきたと言えなくもない。
人にはいろいろな試練が訪れる。
私の場合は、これがその一つだ。

まあ修業だと思って、前向きに関係改善に努めたいと思うのである・・・


【本日の読書】


「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか? - 安西洋之, 中林鉄太郎 白銀ジャック (実業之日本社文庫) - 東野 圭吾











2011年12月18日日曜日

長女の誕生日2011

12月は長女の誕生月。
毎年誕生日に一番近い日曜日に誕生日会をやっている。
今年はそれが今日であった。

ケーキを食べ、プレゼントをあげ、夕食は長女が好きなものをリクエストというのが例年のパターン。今年は去年に続いて「焼肉」であった。長女は曽祖母から伝わる食いしん坊の女系の血筋で、物心ついた頃からずっと食べる事に対する関心は強い。

さてその焼肉であるが、去年に続いて行ったのは西武池袋線富士見台にある「牛蔵」。
美味しい肉がリーズナブルに食べられるという事で、知る人ぞ知る店である。
土日は当日昼に行って予約しないと入れない。
12時の受け付け開始にあわせて10時半に行くと、すでに30人くらい待っている。
去年より激しい。

焼肉屋はどこにでもある。
「美味しい」と形容詞をつけると、数は減るがそれでもたくさんある。
そこにさらに「安くて」とつけると、我が家の界隈ではここぐらいで、その結果の大人気なのである。これだけのにぎわいだからたぶん儲かっているのだろうし、なぜ他所ができないのか、ここだけがどうしてこういう経営戦略が取れるのか、とっても興味深い。

並んで約2時間後に予約を終える。
早く行ったつもりだったが、希望の時間からは外れて夜の8時台の時間になってしまった。
明日も小学校と幼稚園がある子供にはちと辛い。

その足で池袋に向かい、予約していた誕生日のケーキを受け取る。
「ボン+ボンヌアニバーサリー」というところ。
月に1度はこの池袋西武の地下で、会社帰りにスイーツをお土産に買って帰るのだが、ちょっとここは見落としていた。「今年は見てくれ重視」という妻の発案だ。

実家の母親を招いてお誕生日会。
今年一年実家との関係改善を模索し続けて来たが、まだまだうまくいっていない。
両親の思いと妻の思い。
双方それぞれの考え方は理解できるのだが、なかなかうまく橋渡しができない。
双方に欠けているのは「寛容」。
積み上げては崩れるの繰り返し。
気分はすっかりシーシュポスである。

そんな事を露知らぬ長女。
双方の祖父母、叔母、そして我々親からプレゼントをもらいご満悦。
クリスマスもあって、この時期プレゼントが積み上がる。
1年中で一番幸せな月だと思う。

長女が生まれて11年。
長女の誕生日は我々夫婦が親になった記念日でもある。
あの頃と比べると、妻とのコミュニケーションも薄れてきている。
まあそれは追々解消していくとして、これからも子供たちは日々成長していく。
一緒にお風呂に入れるのも、あとどのくらいだろう。

これから大人になっていき、いずれは親元を離れていくのだろうが、大人になって過去を振り返った時に、そこに家族との楽しい思い出がたくさんあれば何よりだ。誕生日のようなイベントは尚更だし、今日という一日がその1ページとなればと思う。年に一度の誕生日。
楽しい一日を過ごしてもらいたいと思うのである・・・


【本日の読書】

真相 (双葉文庫) - 横山秀夫





2011年12月14日水曜日

フェイスブック

フェイス・ブックを本格的に使い始めたのは、映画「ソーシャル・ネットワーク」を観てからである。それまでは「ただでさえ少ない時間をつぶされたくない」と、ミクシィなどには敢えて手を出さずにいたのであるが、やっぱり映画を観てしまうと興味が先に立つ。

やり始めてみると、意外な発見が結構ある。開くとニュースフィールドに友だちが何をしているかが出てくる。今までなら友だちといっても、いくら親しくても毎日彼が何をしているかなど知りようもない。しかし、フェイスブックでは、少なくとも投稿された行動だけは何をしていたかわかる。なんとなく「ご無沙汰感」が薄れるというものだ。

本名で登録するという部分に最初は抵抗があったが、慣れてみるとどうという事はない。それに10年以上も会っていなかった人から友だちリクエストが来た時には、驚くとともに嬉しく思った。たぶんフェイスブックがなければ、ほとんど連絡など取れずに終わっていた可能性もあったりしたからなおさらである。

久しぶりに消息を知って、基本データを見て、実は転職していたりという事を知ったり、いつのまにか結婚していたりとか、最近の趣味・趣向なんかを窺い知る事ができるのも大きなメリットだ。いつのまにか随分おっさんになっていたりする人もいて、微笑ましく思ったりもする。会ってはいなくとも、その存在を身近に感じられるところがいい。

コメントを入れたりすると簡単なやり取りもできたりするし、ただでさえ縁遠くなりがちな友人たちと繋がりを持てるのはありがたい。今年の漢字には「絆」が選ばれたようだが、まさにフェイスブックこそそれに相応しい感じがする。

懐かしい友人の「友達」を見ると100人を越えていたりする人もいる。たぶん積極的に集めたのだろうが、私の場合はまだそこまで積極的になっていない。リクエストが来た相手か、たまたま見つけた知人が中心だ。まあしゃかりきになって集めても、もともと友達の少ない私としては100人も集まらないと思うし(ただの友達ならまだしも、「フェイスブックに登録している」となるとまず無理だろう)、今のところは自然増に任せるつもりである。

「フェイス」ブックというくらいだから、顔写真が不可欠だと思うのだが、さて登録しようとして一つの事実に気がついた。登録できるような写真がないのだ(単独の写真という意味でだ)。デジカメの画像を見ていくと、必ず家族と一緒だ。よく考えてみれば当然なのだが、なんだかちょっと寂しい気もする。

しかし、誰かが名前で探り当てて来たとしても、顔写真があった方がいいだろうから、何かアップしておこうと思っている。気のせいか、たまに知り合いを検索してみても、私の同期世代は登録者が少ない。登録さえしていれば、今はまったくどこで何をしているかわからない人を探し出せる可能性があるわけだから、ちょっと残念に思う。

そう言えば高校の同期会をやる時に、昔のクラスメートの何人かは消息不明で探せなかった。
もしも登録さえしていれば、彼らを探し出せるわけである(さっそくやってみようか)。そう考えてみればこの「つながり」は凄い。

私の子供たちがもう少し大きくなったら、友達はみんな登録ユーザーという事になっているかもしれない。そうすると、一生涯で知り合う人すべてとずっと繋がっていけるわけで、そんな事を想像してみると、その未来もまた凄い。

いよいよ年賀状のシーズン。これも伝統的な「つながり」であるが、年に一度というのが玉に瑕。毎年ご無沙汰をお詫びしている人も多いが、フェイスブックでは常時情報を届けられるというメリットがある。自然増もいいけれど、伝統的手法に代わる手段として、いずれは活用できるかもしれない。いろいろな可能性もあるし、当面はせっせとアクセスしてみようと思っているのである・・・


【本日の読書】

錯覚の科学 (文春文庫 S 14-1) - クリストファー・チャブリス, ダニエル・シモンズ, 成毛 眞, 木村 博江  フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた) - デビッド・カークパトリック, 小林弘人 解説, 滑川海彦, 高橋信夫




2011年12月8日木曜日

夢から醒めた夢

学芸会で「夢から醒めた夢」の演劇をやった長女と、その晩お風呂で話をした。
その中で、ストーリーそのものについて感想を聞いた。
ストーリー自体はとても面白かったと言う。
だからやっていても楽しかったのだと。

ストーリーは実は赤川次郎の原作らしい。
小学生の女の子ピコが、ある時幽霊の女の子マコと出会う。
交通事故で突然死んでしまったマコは、嘆き悲しむ母親にきちんとお別れを言いたいと言い、一日だけピコと代わってくれと頼む。快く応じたピコは、霊界空港で一日を過ごす事になる。

その空港は、白いパスポートを持った人(天国=光の国へ行く人)と黒いパスポートを持った人(地獄へ行く人)が集まって来ている。ピコの話を聞き、「マコが戻って来なかったらどうするのだ」とみんな心配する。いろいろやり取りがあり、最後は子供に戻るなとすがりつく母親と、約束は守らないとと思いつつ迷うマコと、それを見守るピコの場面となる。
(劇団四季バーションはちょっとウルっとする場面である)

最後の場面について、長女に尋ねてみた。
「お前がピコだったらマコと代わってあげる?」
長女の答えは「代わってあげる」だった。
「でも、戻ってこなかったら、お前は元に戻れなくなってパパやママに会えなくなるんだよ」と意地悪く問う。

続けて、「もしもマコだったら、約束通り戻る?」と聞く。
「戻る」と答える長女。
「でもそうしたらもうパパやママに会えなくなるんだよ」とまた聞く。
長女は答えを探しあぐね、黙ってしまった。
ちょっと意地悪く聞き過ぎてしまった。

だが私だったらどうするか、と逆に考えてみても答えは難しい。
ピコの立場だったとしたら、初対面やあまり親しくない人であれば断るだろう。
仕事柄か、リスクについては真っ先に考える。
この場合は相手が戻って来なくて、自分が元の世界に戻れなくなるリスクだ。
そのリスクと天秤にかけたら、ほとんど比較にならない。
ピコのように初対面のマコに譲るなんて、大人過ぎてしまう私には不可能な決断だ。

問題は親しい友人に頼まれた時だろう。お金だったら簡単だ。
貸して忘れられる相手に、返してもらわなくても困らない限度で貸して、あとは忘れれば良い。だが、生死がかかるとそういうわけにはいかない。
養うべき家族がいる身とすれば尚更である。

さらには、もしも相手が戻って来なかったとしても、その気持ちは痛いほどわかるし、それゆえに裏切られても相手を恨めない。自分が逆の立場だったら、ひょっとしたら相手を裏切るかもしれない。だからこそ、おいそれとは代われないのだ。

長女もそろそろいろいろな事がわかるようになってきている。
世の中には、学校の勉強のように、答えがすぐわからない問題もある。
誰かが正解を知っているとは限らない問題もある。
そういう問題は、自分自身で納得のいく答えを出すしかのである。
そんな問題に、少しずつ出会っていくのもいいかもしれない。

ストーリーでは、最後にマコが約束通り戻って来て、無事白いパスポートを手にして光の国へと旅立って行く。友情と友達を信じる事の大切さとを描いてハッピーエンドである。
今はまだ「最後はハッピーエンド」で良いだろう。
いずれ出会う答えのない問題に、逃げずに立ち向かえるように、少しずつ慣らしていってあげられたらと、親としては思うのである・・・


【本日の読書】

錯覚の科学 (文春文庫 S 14-1) - クリストファー・チャブリス, ダニエル・シモンズ, 成毛 眞, 木村 博江  フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた) - デビッド・カークパトリック, 小林弘人 解説, 滑川海彦, 高橋信夫






2011年12月5日月曜日

学芸会

世界中に定められた どんな記念日なんかより
 あなたが生きている今日は どんなに素晴らしいだろう
  世界中に建てられてる どんな記念碑なんかより
   あなたが生きている今日は どんなに意味があるだろう
TRAIN-TRAIN (THE BLUE HEARTS)

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土日は二日間とも娘の学校の学芸会であった。
3年ごとのサイクルで、音楽会・展覧会・学芸会と繰り返されている。
今年はその学芸会の年であった。
娘たち5年生の出しモノは「夢から醒めた夢」。
以前劇団四季のミュージカルを観た事があるが、どんな「小学生バージョン」になるのか楽しみにしていた。

学芸会と言うと、ついつい我が身の事を思い出す。
確か小学校3年の時だったと思うが、「僕はラッパ手」という戦争中の子供たち物語の劇で、そこでどういう経緯だったか忘れてしまったが、なんと私は主役を演じたのである。
今の自分からは想像もつかないが、その頃はまだそんな事をやれていたのだ。
頭も戦時中の物語らしく坊主頭にしての熱演であった。

当時も土日二日間の「興業」であったが、土曜日は生徒向け、日曜日は父兄向けであり、私はその土曜チームであった。何となく日曜チームが「格上」という雰囲気があった。
(娘たちの場合は両日とも生徒と父兄が観に来るから関係ないようだった)
言ってみれば土曜チームは二軍で、一軍の同じ役の友人Tにはなんとなく引け目を感じたものである(その後Tとは中学・高校と一緒に進み、最後は同じクラスであったし、結婚式にも呼ばれた仲である)。

捲土重来とばかりに、6年の学芸会で主役に立候補した。
しかしながら、オーディションであえなく落選。
私の声が(体育館では)通らないと言うのが理由だった。
自分の事は自分ではわからぬもの。
その時、自分の向き不向きというものの一つがわかり、私の将来から「俳優」という選択肢が消えたのである。

娘の役は途中で登場するデビルの一人であり、名前もないいわゆる「チョイ役」。
セリフも出番も少々であった。まあ私の娘だから、その点は仕方ない。
何でも本人は主役からはじまって、片っ端から立候補したらしいが、残念ながら落ち続けたらしい。そんな話を聞いていたせいもあり、朝はしっかりと励まして送り出した。

本番ではビデオ片手に観劇。
娘はしっかり声を出していた。
感心した事は、自分のセリフがない時でも、舞台の端でストーリーに合わせてしっかり演技していた事だ。うなずいたり、手を叩いたり、何事か仲間と話したり・・・
当然と言えば当然であるが、自分にスポットライトが当たっていないところでもきちんと演技していた事は、あとでお風呂で褒めておいた。

自分自身を振り返ってみても、常にスポットライトが当たっているという人生ではない。
むしろ当たっていない事の方が、大人になってからは当たり前だ。
それでもきちんとやる事はやらないといけないし、社会の中での自分の役割というものはスポットライト如何に関わらず、きっちり果たさないといけない。
娘がそんな端役の意義を理解できたとしたならば、それはそれで良かったのかもしれない。

まあこれで娘の将来から「女優」という選択肢はなくなったかもしれないが、それがどうだと言うのだ。最後の学芸会となったわけであるが、しっかりと娘の演技も観たし、ビデオにも納めたしで、満足して帰ってきた次第である・・・

【本日の読書】
錯覚の科学 (文春文庫 S 14-1) - クリストファー・チャブリス, ダニエル・シモンズ, 成毛 眞, 木村 博江  フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた) - デビッド・カークパトリック, 小林弘人 解説, 滑川海彦, 高橋信夫





2011年12月2日金曜日

A day in the life

  たったひとりしかない自分を
   たった一度しかない一生を
    ほんとうに生かさなかったら
     人間生まれてきたかいがないじゃないか 
                    山本有三著「路傍の石」より
*************************************************************************

 いつの間にか月別カレンダーも最後になった。
朝いつものように駅に向かう途中、そろそろコートが必要だなと感じる。
週末にはクローゼットの奥から引っ張り出さないといけない。

 行きの通勤電車の中では、今『錯覚の科学』と言う本を読んでいる。
人間の注意力や記憶の限界による様々な錯覚を取り上げている本であるが、これがなかなか面白い。あっという間に東京駅についてしまうが、そのまま乗り過ごして続きを読みたい気分である。

 師走と言っても、今の職場はそんなに忙しくない。ありがたい事に仕事はかなりコントロールできるので、うまく繁閑を分散できるのだ。今日はある中小企業の社長と面談。商売も厳しく、財務内容もよくないのであるが、年齢も60を越えてそろそろ後継者の事を考え始めている。いろいろと相談に乗ったのであるが、今までは考えもしなかった事を考えるようになったと言う。

 考えてみれば、自分も今は家族の生活に責任が持てている。自分が働けなくなった時の事など、あてにはならぬとは言え、何となく年金をもらってなんて考えているが、中小企業の社長ともなると代わりに経営を任せないといけないわけで、不安も大きいのだろう。最近そういう相談を受ける機会が多くなっているが、私自身も年齢を経て相手も話しやすくなっているのかもしれないと感じる。

 コントロール可能とは言え、定時に帰れるほど暇ではないのが実情。それでもうまく日々の仕事の中に面白味を見いだせているから、格別の不満はない。
(まあ細かい些細なモノはやっぱり人間だから感じざるを得ないが・・・)
かつては猛烈なストレスを抱えていた時もあったが、今は比較的職場の人間関係に恵まれているところも大きいだろう。ありがたい事だ。

 今のストレスと言えばむしろ自分の時間がとり難い点だろう。やりたい事はいろいろとあるが、それをやる時間が十分ではない。楽しくない事はやめたりして、いわゆる断捨離を心掛けているが、それも十分とは言えない。自分でやりたい事をやる時間をどう捻出していくか、が今のテーマだ。

 帰りの電車の中では、『フェイスブック 若き天才の野望』を読んでいる。こちらは、映画「ソーシャル・ネットワーク」を観て興味を持ったのだが、映画では描き切れなかった部分が細かく描かれており、より一層面白く感じる。もうちょっと読みたいと思ったところで駅に着いてしまう。ドアtoドアで約1時間の通勤時間は苦にならないが、もうちょっと読みたいという気持ちが、強いて言えばストレスなのかもしれない。

 帰宅すると子供たちは寝るところ。二言三言、今日の様子を聞く。平日は一人の夕食も仕方ないところだ。食後のコーヒーを楽しむ至福の一時。週末の深夜には、溜めこんだ映画を観るという楽しみもある。今夜は何を観ようか・・・

 明日は子供の学芸会に年末の買い出しのドライバー。12月の週末は大掃除や買い出しなどの「公用」ですでに予定は一杯。されど細かい予定はまだ知らされていない。「マネージャー」に聞いてみないとわからない。自分のスケジュールを「マネージャー」が決めるという部分では、タレント気分を味わえると自嘲している。

 まぁまだ2011年も一ヶ月も残っているし、日々楽しみを見出して今年を締めくくりたいものである・・・


【本日の読書】

錯覚の科学 (文春文庫 S 14-1) - クリストファー・チャブリス, ダニエル・シモンズ, 成毛 眞, 木村 博江   フェイスブック 若き天才の野望 (5億人をつなぐソーシャルネットワークはこう生まれた) - デビッド・カークパトリック, 小林弘人 解説, 滑川海彦, 高橋信夫