2026年10月28日水曜日

骨折雑感

 「折れてますね」。医者の言葉が一瞬理解できなかった。言葉が理解できないということはないのであるが、思ってもみなかった事態に遭遇すると人は簡単な言葉でも理解できないということが生じるのだろう。骨折という診断は、私にとってそれほど想定していなかった事であった。62年の人生で初めての骨折である。原因はラグビーの試合。その瞬間の記憶はないが、試合中に痛みに気づき、試合後にそれがひどくなり、翌日から手のひら全体が腫れて内出血で左手の親指周辺が変色した。

 これまでも似たような経験はあったし、今回は程度が少し大きいが、また突き指かと思っていた。それが1週間しても少し腫れが引く程度。1週間後に練習に参加したが、ボールをキャッチすると激痛が走る。2週間しても痛みが引かないので、とりあえず医者に行くことにした。目的は湿布である。薬局で普通に買うより、医者で処方箋をもらって買った方が断然安いのである。あくまでも経済合理性からの選択であった。そういう考えであったから、レントゲンを取ると言われても手続きの一環としか考えなかったのである。

 レントゲンも撮ったその場ですぐに見せてもらえた。そこで冒頭の一言である。60を越えて怪我が圧倒的に治りにくくなっているし、たぶん痛みが引かないのもそのせいだと考えていた。骨折というと、もっと激しい激突か何かで、その場でうずくまるようなイメージでいたこともある。そういう状況ではなかったし、そうした複合的な条件から、骨折しているなど夢にも思わなかったのである。相手が医者で、レントゲンを見せられてたにもかかわらず、思わず否定しそうになったほどである。

 その場でギブスで左手を固定された。骨折の経験はないが、ギブスの経験はある。されどそれは30年も前。今はプラスチックだとかで、濡らしたガーゼのようなものをグルグル巻かれ、その上にギブスをするのかと思っていたら、それが固まって指が固定された。実に簡単。そのまま再度レントゲンを撮ってズレていないかを確認して終わりである。「ここはズレていても大丈夫」という医者のあまりにも気軽な一言に不安になる。かくして診断は全治一か月である。なんとなく不安は消えないが、ギブスで固められてしまうと他の医者に行くこともできない。諦めて己の治癒力に期待することにする。

 利き手ではなかったのが不幸中の幸いと考えていたが、左手親指の付け根の骨折というのは、実は結構生活に支障が出る。手を洗うにも顔を洗うにも髭を剃るにも風呂で体を洗うにも、実は左手はけっこう働いている。極めつけはワイシャツの右袖のボタンがはめられない。他の指4本ではなく、親指こそがキーフィンガーなのである。料理はそれほど苦労しない。食器洗いは父親にやってもらっていたし、PCのキーボードは中指と薬指が活躍してくれている(ただ、ショートカットキーはちょっと苦しい)。

 ふと、「おはなしゆびさん」という童謡を思い出した。その歌では、親指はお父さん、人差し指はお母さんで、中指はお兄さん(長男)、薬指はお姉さん(長女)、小指は赤ちゃんであった。「親指」と言うくらいだから親なのだろうが、なぜ父親にしたのだろうとふと考えた。一番存在感があるのは中指のように思う。歌詞の背景はわからないが、興味深く思う。我が家に例えると(別居前だが)、母親と子供たちとは密接で、父親とはなんとなく距離がある。それでいて、経済的には父親は大事な役割を果たしている。手を眺めると、何となく納得させられるものがあるではないか。

 普段は、親指の役割など意識もしていない。しかし、使えなくなると、意外なところで役割を果たしていたのだと思い知らされる(何事もそうかもしれない)。これが利き手の右手だったらもっと難儀していただろう。やはり不幸中の幸いである。しばらくは不自由な生活は仕方ないが、その間は親指の働きに大いに感謝しようと思う。それにしても、別居で父親不在となった我が家で母子はどんな会話をしているのだろうか。今さらながら親指の重要性に気づいてくれていたらと思うが、どうだろうか。

 指も1本1本同じようでいて役割は違う。親指には親指ならではの重要性がある(もちろん他の指にも)。父親の別居で、多少なりともそれを感じているなら溜飲が下がる思いがする。利き手とはいかなくても、せめて左手の親指くらいの不自由を感じているならと、啄木が如く、じっと手を見て思うのである・・・




【本日の読書】
 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 宗教の起源――私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか - ロビン・ダンバー, 長谷川眞理子, 小田哲 宇宙創成(上)(新潮文庫) - サイモン・シン, 青木薫



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