渋谷は自宅から一番近い「街」である。地方から見ると、東京(特に23区山手線環内)全体が巨大な「街」と言えるかもしれないが、東京に住んでいると、どうしても「渋谷」「新宿」「池袋」「銀座」といったところが「街」というイメージになる。そんな中でも、渋谷は我が家から一番近い「街」なのである。小学生の時から「街」へ出かけるのはちょっとしたイベントで(小学生からすれば電車で30分ほどのところへ行くのは「お出かけ」気分である)、映画や身近で買えない買い物に行くところであった。人生で最初に映画館で洋画(『ジョーズ』)を観たのも渋谷である。
そんな渋谷は、今は通勤途上の乗り換え駅で、普段降りることもない。高校を卒業してから学生生活の活動拠点は、新宿、吉祥寺、国分寺、国立、立川といった街に移り、渋谷は通過駅になってしまった。しかし、妻と別居して実家に戻った現在、再び渋谷が身近な街になりつつある。連休最中の昨日、久し振りに買い物と映画鑑賞とで渋谷に出かけてきた。夜の渋谷に出かけるという事をしたのはいつ以来だろうかという思いが頭をよぎる。改めて歩いてみると、見慣れていたはずの街が少しずつ変わっているのに気づく。
夜の8時過ぎ。スクランブル交差点では大勢の人が信号を待ち、みんなスマホを上に向けて写真を撮っている。外国人もかなり多い。スクランブル交差点など見慣れた光景だが、外国や地方から来た人には物珍しいのだろう。私も地方に行くとやたらあちこち歩いて写真に収めたくなる。道玄坂もセンター街もよく見れば見慣れない建物が建っている。もしかしたら建物は変わっていないのかもしれないが、テナントが変わっているので景色も違って見えるのである。目指す渋東シネタワーもいつできたのだろうと思う。昔、よく行った「渋谷パンテオン」が取り壊されて久しいが、映画を観る中心も変わっている。個人的に映画好きであるが、近年は映画館から足が遠のいている。今でも映画館での鑑賞がベストだと思うが、周りを他人に囲まれての中で観るのが苦痛になってしまっている。昨日も両サイドの人を気にし、前の男の頭が気になり、しばし映画の中から現実に引き戻されてしまった。以前は、映画館のある西武線沿線の「町」に住んでいたので、人の少ないレイトショーによく行っていた。何せ映画を観終えてから車で5分で帰宅できるので、夜中の2時に終わっても15分後には布団の中にいられたのである。レイトショーだと貸切状態に近く、他人を気にせず映画の世界に浸れたのである。
しかし、渋谷ではそんな鑑賞はできない。昨日も11:40に終わる回だったが、かなりの入りで、やはり他人が気になってしまった。公開日から時間を置いた方がいいのだろうかと思ってみる。別居して一番不便なのは、これかもしれないと思う。妻と別れることに何の未練もないが、あの家を離れる未練は大き過ぎるくらい大きい。鑑賞方法もチケットが発券されない方式に変わっている。昔は前売り券を買って半券は記念に取っておいたものだが、今や何の記録も残らないデジタルの世界になってしまっている。そう言えば映画のパンフレットも見かけなかった。昔は必ず買っていたものだが、今はネットでいろいろとわかるから売れないのだろうかと思ってみる。
映画鑑賞の形もだいぶ変わった。いいか悪いかと問われれば、圧倒的にいい。昔はデートで映画を観に行くと、2席確保できるかどうか(それもみっともない真似をせずに)が死活問題であったが、今はそういう苦労はかけらもない。そういう点ではいいのだろうと思う。売っていたポップコーンも1人で食べるにはサイズが大き過ぎるようだが、専用のフォルダーも付いて扱いやすそうである。映画館側のスタンスも「観せてやる」から「観ていただく」に変わっているようで、観る形は実に快適である(人がいなければ、だが)。
今後も折に触れて映画館にはもう少し行きたいと思う。されどなるべく人が少ない環境を狙っていくようにしたい。深夜に近く、公開日から時間を経て、可能であれば平日とか。映画はなるべくいい環境で観たいと思う。それも自分にとっていい環境である。いろいろ工夫を重ねて、これからまた昔のように渋谷で映画を観る生活を送りたいと思うのである・・・


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