2026年8月30日日曜日

論語雑感 郷党第十 (その6)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
君子不以紺緅飾。紅紫不以爲褻 服。當暑袗絺綌、必表而出之。緇衣羔裘、素衣麑裘、黃衣狐裘。褻裘長、短右袂。必有寢衣、長一身有半。狐貉之厚以居。去喪無所不佩。非帷裳、必殺之。羔裘玄冠、不以弔。吉月必朝服而朝。
【読み下し】
くんかんしゅうもっかざらず。こうもっ褻服せつふくさず。しょたってはひとえげきかならひょうしてこれいだす。緇衣しいにはこうきゅう素衣そいにはげいきゅうこうにはきゅうせつきゅうながく、みぎたもとみじかくす。かならしんり、なが一身有半いっしんゆうはんかくあつきをもっる。のぞけばびざるところし。しょうあらざれば、かならこれさいす。こうきゅう玄冠げんかんしては、もっちょうせず。吉月きつげつにはかならちょうふくしてちょうす。
【訳】
先生は 衣服にもこまかな注意を払われる。紺色や淡紅色は喪服の飾りだから、それを他の場合の襟の飾りには用いられないし、また平常服に赤や紫のようなはでな色を用いられることもない。暑い時には単衣のかたびらを着られるが、下着なしに着られることはない。黒衣の下には黒羊の皮衣、白服の下には白鹿の皮衣、黄衣の下には狐の皮衣を用いられる。平常服の皮衣は温かいように長目に仕立てられるが、働きよいように右袂を短くされる。寝衣は必ず別にされ、長さは身長の一倍半である。家居には、狐や狢の毛皮を用いて暖かにされる。喪の時以外は玉その他の装身具をきちんと身につけていられる。官服・祭服のほかは簡略にして布地を節約される。黒羊の皮衣や黒の冠で弔問されることはない。退官後も、毎月朔日には礼服を着て参賀される。
************************************************************************************
 人間はいつから服を着るようになったのだろう。たぶん最初は防寒などの機能面からの必要だったのではないかと思う。それから「隠す」「守る」などの目的もあるかもしれない。寒さに震える心配のないアフリカの発展途上民族などはいまだに下半身だけを覆うような感じだが、それはやはり「隠す」という目的なのだろうが、それが羞恥心に結びついているのかどうかは興味深い。そして衣服が広まると、やがて「機能」だけではなく、「装飾」という意味合いも出てきたのだと思う。

 その装飾も最初はちょっとした他人との違いや変化を楽しむものだったのかもしれない。それがやがては地位を表すようになったのであろう。地位が上がれば、服装も贅沢になる。豪華な服装はそれを着る人の地位や財力を表す。それは現在に至るまで変わっていない。それは世界中で共通している考え方であると思う。それが各地域で独自に同じように発展したのか、あるいは祖先が世界各地に散っていく時にはすでにそういう考え方があったのかはわからない。TPOに合わせて服装を選ぶのは社会にも浸透した考え方である。

 サラリーマンの服装と言えばスーツであるが、これも時代とともに少しずつ変化している。私が社会人になった時は、上下のスーツにネクタイが基本的なスタイルで、それは季節を通じて同じであった。それが「クールビズ」が登場し、夏の軽装化が始まった。これは非常にありがたいもの。室内に入ればエアコンが効いているが、外の炎天下でネクタイ着用はかなり厳しい。これがなくなったのは本当にありがたかった。やがてそのクールビズもさらに進化している。

 私は、今や夏場はおろか、オールシーズンノーネクタイである。IT業界は服装が自由だからという理由だけでなく、我が社を訪問してくる銀行の担当者も同様である。お堅い銀行業界がそうなのだから尚更であろう。その昔、銀行員時代に八王子支店に在籍していた時、地域伝統であるネクタイ業界の一社を担当していたが、今は生き残っているのだろうか。ただし、オールシーズンノーネクタイと言っても、新入社員の入社式とそれに伴う新入社員研修の時はネクタイ着用である。ネクタイも今や冠婚葬祭やイベントの時の正装になりつつある。

 と言いつつ、考えてみればネクタイはいつだって「正装」であったのかもしれない。ビジネスにおいては、サラリーマンは「正装」で臨んでいたのかもしれない。それが時代と共に「正装」でなくてもいいという「略式化」が進んだという考え方もできる。それゆえに、入社式のようないわゆる企業の「儀式」の時には「正装」なのである。私もこの夏はこれまでの半袖ワイシャツから進化してとうとうポロシャツなどのカジュアルシャツを導入した。

 最近はさらに靴も革靴からスニーカーへと変化しつつある。私はまだ何となくスニーカーには抵抗があって履いていないが、我が社の社長も一部役員もスニーカーを履いているし、ここぞとばかりなのか、スニーカー業界もビジネス用に乗り出してきているようである。私もまだ抵抗があるとは言え、それは精神的なものというより、何となく「似合っていない」と感じるからである。スーツにニューバランスのスニーカーなどは、今の私の感覚だと真似したいと思わないのである(デザインが変わればわからない)。

 ビジネスがカジュアル化していくのは悪くないと思う。今はまだ「ビジネスカジュアル」だが、いずれ完全にカジュアルになるのだろうか。ただ、個人的には、やはりビジネスシーンにおいては、ある程度私生活とは異なるフォーマル度合いを残していきたいと思う。私は、目標として(最低でも)70歳まで働きたいと頑張っている。あと8年はビジネスマンとして働きたい。その間は、今のビジネスカジュアルが続いていって欲しいと思うが、時代に合わせたいとも思う。

 何事についても変化は否定すべきではないと思うが、服装については現状からあまりカジュアル化して欲しくないと思う。スポーツにユニフォームがあるように、ビジネスにも「ユニフォーム」があってもいいと思うのである・・・




【今週の読書】
 全体主義の起原3 新版――全体主義 全体主義の起原 新版 - ハンナ・アーレント, 大久保和郎, 大島かおり 万物の黎明~人類史を根本からくつがえす~ - デヴィッド・グレーバー, デヴィッド・ウェングロウ, 酒井 隆史 物理学と神 (講談社学術文庫) - 池内了 百年の時効 (幻冬舎単行本) - 伏尾美紀




0 件のコメント:

コメントを投稿