2026年6月4日木曜日

論語雑感 子罕第九 (その30)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感
【原文】
唐棣之華、偏其反而。豈不爾思。室是遠而。子曰、未之思也。夫何遠之有。
【読み下し】
唐棣とうていはなへんとしてはんせり。なんじおもわざらんや。しつとおければなり。いわく、いまこれおもわざるなり。なんとおきことからん。
【訳】
民謡にこういうのがある。
 ゆすらうめの木 花咲きゃ招く、 ひらりひらりと 色よく招く。
 招きゃこの胸 こがれるばかり、 道が遠くて 行かりゃせぬ。
先師はこの民謡をきいていわれた。
「まだ思いようが足りないね。なあに、遠いことがあるものか」
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 これだけだと意味そのものがよく理解できない。学生時代、同じ英語の講義を受けていたラグビー部の先輩が、講師に指名されてわけのわからない英文和訳をして読み上げていたのを思い出した。訳者はそれなりの専門家であると思うが、自分の翻訳した日本語を読んで意味がわかるかという事を考えていないのであろうかと疑問に思う。AIに訳してもらったところ、よく理解できた。これは「風に揺れる梅の花がとある女性が自分を招いてくれているようで、会いに行きたいけれど遠くていけない」という事のようである。

 翻訳は本当に難しいと思う。洋画を観ていてたまに翻訳の妙に気づくことがある。直訳だとおかしなやり取りになってしまうような時に、あえて直接の意味では訳さず、その場面のやり取りにふさわしい日本語に置き換える「意訳」である。それは翻訳という行為の意味を考えたら当然である。おそらくその場面でしか使えない翻訳であるが、それでもストーリー展開がスムーズになるのであれば意訳の方がはるかにいい。そういうのも考えて翻訳している翻訳家の人は本当に大変だなと思う。この論語訳をした人にも指摘してあげたいところである。

 それにしても、「遠くて会いに行けない」という歌に対し、孔子は「遠いなんてことはない」と語る。これは単なる距離の話ではないと思う。本当に会いたければ遠くたって会いに行けるだろうと言うのである。そこには「距離を言い訳にしているようでは本物の思いではない」ということがあるだろう。その意見には同感である。ただ、たとえば相手がブラジルに住んでいるとなれば、頻繁に行くことはかなわない。当時は移動手段は徒歩かせいぜいが馬だっただろうから、遠いということは現代のブラジルあたりを念頭に置いた方がいいかもしれない。

 それでも「ここぞ」という口説く場面では、「遠い」なんて言っていたら恋は成就しないだろう。「金がない」なんて言っていたら何事をもなしえない。「だったらどうする?」という思考法が恋愛でもビジネスでも壁を乗り越えていく原動力であろう。孔子が「まだ思いようが足りない」と語っているのはその通りである。「だったらどうする?」と考えればいくらでも突破口は見つかると思う。ただ、歌詞の作者を弁護するなら、離れて暮らす辛さを歌っているのかもしれない。実際、相手がブラジルにいたらそうそう頻繁に会いにいけるものではない。

 歌詞の背景などまるでわからないが、梅の花がひらひらとするのを恋する相手(たぶん女性、梅の花から男は連想しないだろう)を恋しく思うなんて様子は、片思いなのかもしれない。そう言えば自分も片思いに苦しんでいた時、ブライアン・アダムスの「(Everything I Do) I Do It for You」を聞いては切ない思いに浸っていた。梅の花を見て相手を思うとなると、片思いの可能性は高いように思う。そうなると「遠い」というのは物理的な距離ではないかもしれない。「そばにいても遠い」という心理的な距離という事もある。

 その場合だと話はまた違ってくる。こちらの心理的距離はなかなか縮めるのは難しい。「思いようが足りない」というレベルではない。逆に思い過ぎて梅の花を見ても恋人のことを考えてしまうほどなのである。孔子の言葉からは物理的距離のみを対象としているというのがわかる。物理的距離だけなら確かに思いが足りないと言えるが、心理的距離はそうとは言えない。しかし、心理的距離であっても決して縮められないものではない。相手の心を動かせれば、その距離が一気に縮まることもある。それは物理的距離の比ではない。

 結局のところ、どちらの距離にしても「縮めよう」という思いがすべてであるのだろう。そのために「だったらどうする?」と考えて行動するしかない。「思い(=意識)」があって何とかしようという「熱意」があって、「だったらどうする?」という「創意工夫」の三種の神器があれば、「成せば成る」のではないかと思う。確かに、孔子の言うとおり「遠いことがあるものか」と思うのである・・・



【本日の読書】
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