健康診断で便潜血、肺に影、血液検査異常値と3つも指摘を受け、年齢的にも仕方ないと気楽に再検査に臨んだ。便潜血は年中行事で何度も内視鏡検査を受けているので、今のところ大丈夫。肺の影も一時的なものだったようで、慌てて禁煙していたが、どうやら大したことはなさそう。しかし、予想外に血液検査は深刻で、骨髄検査をしましょうと言われ、人生初の骨髄検査に臨む。「痛い」と聞いていたが、麻酔の効果もあってか痛みはそれほどでもなく、どちらかと言えば「気持ち悪い」という感じ。2度とやりたくないという意味では大して違いはないかもしれない。
さて、その結果がさらに深刻。今すぐに何かをしなければならないという事ではないが、放っておけばやがては命に関わる深刻な病状。治療方法は骨髄移植しかないという事であった。今後の治療については、次回時間を取ってゆっくり話しましょうということになった。何の根拠もなくだが、自分は90歳までは生きるだろうと思っていたから、青天の霹靂的な思いである。人生90年として、登りの30年、頂点での30年、そして下りの30年。最後の下りなのでこういうことがあっても、本来おかしくはないのである。
実は、血液検査で異常を指摘されたのは今回が2回目。最初は昨年の健康絵診断。前の自宅の近くの大学病院に紹介状を持って行った。担当していただいたのは若い先生で、2回ほど通ったが、「様子を見ましょう」と言われて半年経ち、いくのをやめてしまった。今回は、職場の近くの大学病院。ベテランの先生で、最初から「これって白血病になるパターンなんだよね」と言い、2回目の受診で骨髄検査しましょうということになった。別居しなければ同じ病院に通っていたと思うし、考えようによってはラッキーだったかもしれない。
また、移植となると近親者が第一候補になる。私の場合、弟か子供かになるのだろう。ただ、もしも臓器であれば子供からもらうわけにはいかない。まだ長い人生が残っているのに、臓器は健康なままにしておかないと子供たちも将来何があるかわからない。そんなリスクは子供に負わせられない。その場合は、運命だと思って受け入れていただろう。ただ、これも運よく骨髄なのでどうだろうかと思うところである。臓器ほどの影響はないと思うが、ドナーのダメージをよく聞いて判断したいと思う。
診断は間違いなさそうであるから、それを前提としてこれから考えないといけない。ジタバタするつもりはないが、もうろくしつつある親より先に死ぬわけにはいかないとは思う。親の死を願うようなことはしたくないが、自分より早く死んで欲しいと思うのは正直なところである。昔の武士は元服するとまず切腹の作法を教えられたと何かで聞いた気がする。私は武士の血を引いてはいないと思うが、いざとなったら冷静に受け入れられるようにはしておきたいと思う。
次回の医師との話では、生存率のような話も出るのだろう。そうすると自分の「残り時間」を否応なく突きつけられることになる。こういう時代だからネットで検索したり、AIに質問したりすればそれなりの回答を得られるのだろうが、正直今はそういう心境にはない。なるべくそんな話などなかったかの如くに先送りしようと思う。普通の人は、自分の「残り時間」など意識しないだろう。私も何となく90歳と根拠なく考えていたが、実はもっと手前かもしれない。場合によっては70歳にすら達しないかもしれないわけで、少々ビビっているのは事実である。
病院からの帰り道、杖をつきながらヨボヨボと歩くお年寄りを見かけた。今までであれば、自分もいずれあのような姿になるのかとか、自分はもう少しシャンとしているだろうとか思っていたが、実はヨボヨボになるまで生きられるという事は羨ましい事なのだと改めて思う。されど嘆いても始まらない。これからは一層、「残り時間」をどう引き延ばし、そしてそれをどう生きるべきかを意識したいと思う。セカンドステージを無事通過できたことに感謝しつつ、最後のステージこそ子供たちに背中を見せるためにも、より良く生きたいと思うのである・・・
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