早いものでもう1年の終わりである。早いと言ってもそれは過去を振り返ってみるからであり、早いと言いつつ365日をしっかり過ごしていることは間違いない。その365日であるが、記憶に残る日と残らない日とがある。大半は記憶に残らないが、きっかけがあれば思い出せたりする記憶もある。そのきっかけに有効なのは日記であり、このブログであったりする。両方とも欠かさないようにしたい(このブログは週2回だが)と思うゆえんである。
この1年の大きな動きは、やはり別居と病気だろう。別居はもうこれ以上妻と一緒に生活を続けていくのは無理だと感じ、今後のことも考えて早いうちにと踏み切った。それ自体、後悔はしていないし、両親も2人だけの生活はそろそろ無理があると感じていたので、実家に戻るいいきっかけであったと思う。2年後に息子が大学を卒業したら正式に離婚する予定である。原因はおそらく自分にあると思うが、それを露骨な態度に表されていてはストレスが溜まるのみ。お互いのためになるものだと思っている。
実家では家事を担うことになったが、何せ記憶が3分ほどしか持たない両親との生活もまた別のストレスに晒されている。すべてやってしまうのも逆に良くないかと思い、ご飯を炊くのは頼んでいる。しかし、帰るコールでご飯を炊くように伝えても、3回に1回はできていない。「(私からの帰るコールの)電話を切る」→「お米を研ぐ」→「炊飯器にセットする」という動作の合間に、何か別の用事が入ったりすると忘れてしまうのだろう。炊き忘れるのも想定して帰宅しないといけないということを学んでいる。
病気については、あれこれ悩んでみても仕方がない。今後、医師と治療について話していく中で考えるべきことも出てくるのだろう。ラグビーも続けられなくなるかもしれないし、お金もかかるかもしれない。最悪、死ぬのだろうけど、それら諸々をいろいろと想定して動いていくほかない。実家に引っ越す時につくづく感じたが、物は少ない方がいい。身辺整理するにしても残された者の負担も考え、なるべく断捨離を実行して身の回りの物を少なくしておく必要もある。すぐに死ぬことはないだろうが、想定は大事だと思う。
振り返ってみれば、仕事は順調であった。「経営とは問題のモグラ叩き」だと思っているが、日々問題は発生している。会社は創立50周年を迎えたが、まだまだ安泰とは程遠い。3代目の現社長を支え、4代目も内々に決まった。自分は社長を支え、No.2として引き続き手腕を振いたい。病気がどう進展していくかにもよるが、財務を中心に自分の役割を果たしていきたい。大事なのはコミュニケーションであるが、それが十分にできているかは随時意識していきたいと思う。
来年は、より一層内省を極めたいと思う。物事に動ぜず、常に「自分が源泉」を心がけ、心の鏡を磨いていきたい。他人の行動は自分を表す鏡であるという考え方もあるそうで、なんとなく今の自分の心境に合っていると感じる。自分を持つことは大事だが、他人の考えを尊重することも大事。それをどう一致させていくか。仕事ではより一層大事なことであるが、プライベートでも同様。しなやかな水の如く隅々にまで目が行き渡る用に行動していきたいと思う。
自分自身の在り方として、常に「良き夫、良き父親、良き息子、良き友人、良き部下、良き上司、良き同僚」であろうと心がけている。残念ながら「良き夫」はできなかったが、そのほかはこれからも努力したいと思うし、来年はさらに力を入れたい。自分の存在は他人の中にあってこそのところがあり、周りの人たちに快を提供できればいいなと思う。「良き◯◯」を極めていきたいが、その最終形は「良き父親」である。子どもたちに自分たちの父親はどんな人間だったのか。それを示したい。
2026年はどんな年になるのか。少しずつ完成形に向けて努力と手間暇を惜しまないようにしたいと思うのである・・・
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| Gerd AltmannによるPixabayからの画像 |

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