2011年6月19日日曜日

映画にみる世相

映画が趣味の私は、月に一回映画館に足を運ぶ他は週末に録画しておいた映画を鑑賞することを楽しんでいる。映画のジャンルは様々だが、時折観る古い映画はちょっと違った楽しみ方をしている。映画とともに、その時代の様子を楽しんでいるのである。

屋外ロケで撮影されたものは、その時代の街の様子がはっきりとわかる。
伯父から借りて観ている小津安二郎監督作品シリーズなどは、その傾向が顕著だ。
私の実家は東急沿線にあるが、池上線の車輛や駅などもしばし登場するし、戦後まもなくの様子は、今とはだいぶ違っているわけで、そんな違いを興味深くみている。

小津映画は、昭和8年のトーキー時代の「出来ごころ」から遺作となった昭和37年の「秋刀魚の味」まで観ている。戦前から戦後へという街並みもしっかり映っている。
特に昭和30年前後の映画などは、今とはだいぶ違う街並みを見られるのも楽しみの一つである。最近は「ALWAYS三丁目の夕日」をみるまでもなく、映像技術によって昔の街並みを再現して見せてくれるものも出てきたが、やはり本物の映像は訴える力がある。

また人々の暮らしぶりや考え方も面白い。
例えば昭和12年の「淑女は何を忘れたか」では、主人公のドクトル(ドクターではないところがいい)は週末になるとゴルフに出掛けている。
「秋刀魚の味」でも、マクレガーのクラブがほしくてたまらない登場人物が出てくる。
ゴルフを趣味とする歴史は意外と古いのだ。

女は嫁ぐものという風潮も顕著だ。
小津映画では、20代前半の娘を嫁がせようとあれこれ世話を焼く人たちが様々なシーンで描かれる。戦前ではまだ周りが世話するのが当然だったようだし、戦後の映画でもしばらくはお見合いが当然のようにして語られている。
「戸田家の兄嫁」では妹は兄のために友人を世話しようとするが、その友人が家にやってくると、兄は「お前に任せる」と言って逃げてしまうシーンが出てくる。
お付き合いも「結婚前提」なわけで、簡単に付き合い、簡単に別れる現代の若者たちとは人種が違う。

日本の社会も著しく変化している。
まず鎖国の時代から開国して大きく変化し、敗戦によってまた変わり。
それは欧米化でもあり、それだけでもない。
核家族化という流れもあるかもしれない。
次第に今の若者たちの感覚が理解しにくくなってきている現実が確かにある。
すでに「バブルへGO!!タイムマシンはドラム式」などという映画が作られているし、現実的に若い人たちはバブルの時代を知らないのである。

「歌は世につれ」と言われるが、確実に「映画も世につれ」である。
我が家の子供たちが今の私の年齢になった頃、今公開されている映画などはどんな風に映るのであろうかと考えるとちょっと面白い。
考え方もだいぶ違っているのかもしれない。
そんないろいろな映画をこれからも楽しんでいきたいと思うのである・・・

 

2011年6月16日木曜日

危険な傾向

イタリアでは国民投票で脱原発が多数を占め、国内でも原発の運転停止を求める全国弁護団が初めて結成され、今秋にも全国各地で一斉に裁判を起こす準備を進めているという。電力会社の株主総会では脱原発の株主提案がなされるなど、あちこちで脱原発の動きが広がっている。ソフトバンクの孫社長も本業そっちのけの勢いで代替エネルギー推進の旗振りをしている。個人的にはこうした動きは大歓迎だ。

しかし、次のようなニュースも目にした。
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「福島原発のリスクを軽視している」 「安全説」山下教授に解任要求署名
J-CAST News2014年6月14日
福島第1原発から放射性物質が放出されて続けている問題で、一貫して「安全・安心説」を唱えていると受け止められている識者が、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの山下俊一・長崎大学教授だ。1年間に許容される被曝量として「20ミリシーベルト」という数字が議論になるなか、山下氏は「100ミリシーベルト以下のリスクは分からない」との立場を崩していない。これが「リスクを軽視している」と批判を浴びており、NGOは、解任を呼びかける署名活動を始めている・・・
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この山下教授、なかなか大胆な方だ。
しかし、この教授、長崎市生まれの被曝二世で、1991年から約20年間にわたって、チェルノブイリやセミパラチンスクでの被曝者治療に携わっていたらしい。
2005年から2年間は、世界保健機関(WHO)のジュネーブ本部で放射線プログラム専門科学官をも務めているというから、その道ではかなりの専門家といえる。

NGO(グリーンピースらしい)は、山下教授が「低線量被ばくのリスクを軽視し、『100ミリシーベルトまでは、妊婦も含めて安全』との言動を福島県内で繰り返しているという理由で危険視しているようである。そんな人物がアドバイザーなんてとんでもないという事で、解任を求める動きとなっているようだ。しかし、こういうNGOの動きこそ危険なものに思えてならない。

この教授の事は知らないが、経歴を見ればかなりの専門家だ。
その専門家が自分の研究成果に基づいて発言しているわけだ。
(ひょっとしたら裏で原発推進派から金をもらっているのかもしれないが・・・)
反論があるなら根拠を示して正面から反論すればいい。
もっとも放射能レベルが人体に与える影響なんてはっきりとした根拠があるわけではない。
何ミリ浴びたからどうなるなんて誰にもはっきり言えるものではない。
(もっとも相当量浴びたらダメだろうが・・・)
タバコと肺癌の関係のようなものだ。そう考えれば、どうするかなどという事は結局自分の基準で判断するしかない。

気にくわないから解任しようなどという事は、自分たちは正義感に酔いしれているのかもしれないが、非常に危険な発想だ。その昔社会党の土井党首が、憲法改正について「ダメなものはダメ」と議論を感情論で封じ込めた事があった。戦前は、「戦争反対」などと言おうものなら、周りから「非国民」と抑えつけられた。
みんな同じだ。

「100ミリシーベルトまで大丈夫だ」と言われたって、私だったら根拠はなくとも信じないし、避難しなくても安全と言われたって避難する。
その人が小さな子供と一緒に隣に住むなら考えるが、そうでないなら「君子危うきに近寄らず」に従って行動するだろう。
でもその人がそういう発言をする事自体を妨げるべきではない。

それにしても私の周りでも、今年の夏は子供を学校のプールで泳がせないという親がいるらしい。それもまた過剰反応だと思うが、それもその人の判断だ。
これからどうなるかわからないが、原発を認めるという人には、「じゃあ、あなたの住んでいる街に原発ができると言ったら賛成するのか?」という質問はしてみたいと思う。
それに「YES」と答えられるなら、その人の意見は尊重してもいいだろう。
原発には反対だが、だからと言ってそのためには何でも許されるというものでは当然ない。

冷静なる目を失わないようにしたいものである・・・

【本日の読書】
「これからの思考の教科書」酒井穣
「やずやの秘密」栢野克己


2011年6月12日日曜日

良い話が聞けた

ご近所に住むあるご家庭では、子供を都内の某有名私立小学校に通わせている。
お受験ママたちにしてみれば羨望の眼差しといったところである。
我が街からその学校までは、1時間半くらいかかるのだが、毎日送り迎えしている様子で、誠に頭が下がる気がする。そんなにまでして、それが一体何になるのだろうと、他所の家のことだから良いのだけれど思ってしまう。

そんな日頃の疑問に一つの答えとなる話を聞く機会に恵まれた。
いつもお手伝いしている財団で主催している社会人向け勉強会の中での一コマだ。
今までの参加者から希望者を募ってのもので、講師は木下晴弘氏。
関西では超有名な学習塾浜学園(灘中合格者数日本一)で講師を務め、そこで培ったノウハウを活かし、独立して教員・講師向けモチベーションアップ・授業力向上研修、コンサルティングをしている方である。

もともと子供を無理やり塾に通わせたり家庭教師をつけたりしても、それだけで勉強ができるようにはならないと、自分の経験からそう考えていたが、木下氏の主張もまさにその通り。
いかに本人のやる気を引き出すか。それが一番重要なのだとのこと。
これを内発的モチベーションと言うのだそうだが、その話を自身の経験則に沿って語ってくれた。

今までもそうした内発的モチベーションが重要だとはわかっていた。
それが備わっていないと、どんなに環境が整っていても何の役にも立たない。
高校3年の時、浪人して予備校には通っているものの、あまり勉強していなかった先輩たちの姿を見ている。灘中に日本一の合格者を送り込むのも、ただ優秀な子を集めて受験テクニックを教え込んでいるだけでは、もちろんないだろう。
そうわかっていても、しかし『どうやったらいいのか』がなかなかわからなかったのである。

ここでそのエッセンスを説明するのは難しいが、一言で言えば心を磨くという事なのだろうか。その磨き方が実にいい。
「人に与えたものは(良いものも悪いものも)必ず自分に返ってくる」という人生の法則、許すこと、感謝の3レベル・・・それらが感動的なエピソードとともに説明される。
ちょっとウルウルしつつ、必死にメモを取った。

それにしても、とあらためて思う。
こうした話をできるところまで到達するのは、やはり物事に対する情熱だ。
講師の木下氏も、元はと言えば普通の塾の講師。
思い通りに生徒が勉強できず、辞表を書くところまでいったそうである。
そこでいろいろな人からの話に目覚め、仲間の講師たちと議論し、研究し、調査して「大事なもの」に気付いていく。

ただ日々の仕事をこなし、給料に満足し、晩酌を楽しんでいるだけでは到底到達できないところだ。自分は果たしてそんな気持ちで仕事をしているだろうか。
そんなことまで考えてみた。

一緒にお風呂に入ってさっそく実践トレーニング。
湯船に浸かって私のする話をいつも娘は興味深く聞いている。
今回の話を受けてさっそく「友達のためにする事」を話してみた。
効果はすぐには表れないだろうけど、じっくりゆっくり機会をみては話をしていきたいと思うのである・・・


【昨日の読書】
「娼年」石田衣良


      
    

2011年6月9日木曜日

おとうと

私には4歳違いの弟がいる。
子供の頃は毎日喧嘩ばかりしていた。
母親などは、「お前たちはどうしてそう仲が悪いの」とよく嘆いていたものだ。

同じ兄弟でも私と弟とではまるで性格が違う。
私は学校の勉強もスポーツも真面目に取り組むタイプで、比較的早くから自立心に目覚め、高校生の時から親にはこずかいをもらわなくなり、都立高校、国立大学とリーズナブルに進学し、社会人になってからはボーナス時には親にいくらか渡していたし、父の日母の日誕生日にはいつもプレゼントを渡していた。

弟は真逆で、勉強もスポーツもやらず、私立高校から調理師の専門学校へ進学。
親にねだってバイクを買ってもらい、それに乗って田舎のじいさんにこずかいをもらいに行く有り様。ずぼらで隠していたタバコやアダルト雑誌を親に見つけられては怒られていた。
(私は完ぺきに隠していた)

「お宅の息子さんと出掛けた娘がまだ帰ってこないんですけど」と心配した女の子の親から電話がかかって来たなんて事もあった。もちろん、私はそんな経験などない。
(彼女がいなかったとも言えるが、いたとしてもそんな事はあり得ない)
弟は間違いなく、私の分の心配まで親にかけていた。

どうしようもない奴だと思っていたが、ほぼ同時期に社会人になり、次第に喧嘩もしなくなった。ある時飲みに行こうと誘われて、実家の近所の、弟の行きつけの店に連れていかれた事がある。私の知らない顔馴染みの常連さんたちと談笑する弟に、私の知らない弟の横顔を見た気がした。彼もいつの間にかしっかり自分の人生を生きていたのだ。

先月の母の日の事。
家族で実家に行った私に対して、弟は相変わらず音沙汰なし。
それを指摘すると、弟はいつも何か持ってきてくれる(私は孫の顔が手土産だとうそぶいていた)し、私とは違った形で気を使ってくれるのだと、母に反論された。

現在再び体調を崩し、母は検査入院しているが、弟はおかずを作って一人留守番している父に届けているらしい。料理のできない私には真似のできない芸当だ。
それもけっこうおいしいのだそうで、調理師の専門学校も無駄でははなかったと母は笑う。

私より多少身長が高く、その昔は弟の方が私よりもいい男だなどと言う人もいたが、今のでっぷりと突き出た腹を見れば、もうそんな事を言う人もいるまい。
1年間で腹囲が2センチ減った私とは対照的だ。
最近は会っても二言三言交わすくらいだが、兄貴を立てるという芸当も覚え、2児の父としてもしっかりやっているようだ。もうかつてのようないい加減な姿は、少ししかない。

親とのコミュニケーションに悩む私にとって、弟はいつのまにか緩衝材になってくれており、その意味では弟を頼りにしている自分に気がつく。
弟はいくつになっても弟だ。
5年前の自分よりも今の弟は年上なのだと思って見ても、実感はわかない。
しかしやっぱり男も40代となれば、それなりに経験を積んでしっかりしてくる。
まあ会話は少ないけれども不仲ではないし、これからも頼りにする事は多いに違いない。

子供の頃になぜ毎日喧嘩ばかりしていたのか。
それはたぶん、それで一生分の喧嘩をしてしまったという事なのだろう。
二人といない弟だし、これからも兄貴として立ててもらいつつ、付き合っていきたいと思うのである・・・

【本日の読書】
「日本よ、永遠なれ」山谷えり子
「プラチナデータ」東野圭吾


2011年6月6日月曜日

日曜参観

昨日、長男の幼稚園で日曜参観があった。
「日曜参観」とは名打っているものの、ターゲットは明らかに“お父さん”だ。
ママたちは普段から何かと子供たちの幼稚園での様子を見ている。
普段来られないお父さんたちを呼ぼうという意図はありありしている。
ただ、お父さんが来られないところもあるから、「父親参観」としていないだけだろう。

実際、来ていた親の8割方はお父さんたちだ。
(ちなみにあらかじめ家族は1名に制限されていた)
また、少数参加していたお母さんたちの中でも、兄弟姉妹が在園しているという理由でお父さんが別の教室にいるという人もいたから、実際は9割以上という事になる。

中には日曜日も仕事という人もいると思うのだ。
だが仕事を休んだり、時差出勤などで調節しているのかもしれない。
実際、私の行きつけの美容院(近年は床屋ではないのだ)のオーナーも来ていたが、忙しくなるからとお昼前に帰って行った。唯一の知り合いだっただけに、ちょっと残念だった。
そんな風にして、今は当たり前のようにお父さんが来るのだと実感する。

自分の子供時代を振り返ってみると、親父が参観日に来たという記憶はまったくない。
記憶の中ではいつも後ろに立っていたのは母親だ。まあ今みたいに週休二日制ではなかったし、「男が・・・」なんて雰囲気もあったみたいだし、親父を責めるのも酷なのかもしれない。それゆえに、当たり前のようにお父さんが来ている現代はやっぱりいい時代になっているのかもしれない。

この日曜参観では親子工作が恒例だ。
今年は“はと時計”。
ティッシュの箱を加工して、折り紙で折ったはとをつけるだけのものなのだが、この工作が実は私は苦手。今年も説明がわかりにくく、完成形の見本もなくて苦戦。
最後はごまかしたが、年長の長男の目はごまかせても他の人には見せたくない出来栄えだった。

子供たちと一緒にお弁当を食べて、最後は親子で自己紹介。
子供は名前だけでいいが、大人はそうもいかない。
「やっぱりちょっとウケた方がいいだろう」とサービス精神を発揮する。
次に会うのは運動会の時だろうが、ちょっとウケを取っておいたから覚えてもらえるかもしれない。

さて、この日の事を長男はどのくらい覚えていられるだろう。
将来自分が親父となった時に思いだしてくれるだろうか。
そんな事をちょっと考えた一日である・・・

【本日の読書】
「なぜ『そうじ』をすると人生が変わるのか?」志賀内泰弘
「プラチナデータ」東野圭吾


      

2011年6月4日土曜日

今週のニュースに思う

今週は二つのニュースが目にとまった。
最高裁で国旗国歌訴訟の判決が言い渡され、大阪府で国歌起立条例が成立した。
そして政治では内閣不信任案が反対多数で否決された。
どちらも悪い結果ではないが、そんな事しないといけないのかと空しくなるニュースだ。

もともと国旗と国歌には敬意を表すのが国民としてのあるべき姿だ。
自分が生活を共にする家族を愛し、自分が住む地域を愛し、自分が住む国を愛するのが自然な姿だ。それが歪められたのは太平洋戦争が原因だが、戦後の間違った思い込みが、国旗と国歌に対する歪んだ敵意となり、それに反対する事があたかも「戦争反対・軍国主義反対」につながるかのような錯覚を持ってしまっているのが、おそらく事実なのだろう。
最高裁まで争った人たちは、自分たちは極めて正義の活動をしていると信じ込んでいるのだろうが、怪しげな新興宗教と同じで、目覚めさせる事などは不可能なのだろう。

数年前に、あるグループ討論で突然、「君が代は天皇礼賛の歌で、そんなのは国歌としておかしい」と言い出した人がいた。個人崇拝の歌はおかしいという理屈だ。
そういう考え方もあるのかと納得した一方で、「でもイギリス国歌は『God save the Queen』だよ」と切り返した。「君が代」以上に女王礼讃歌なのだが、その人はもちろん知らなかった。
系統は違うが、中国の国歌もフランスの「ラ・マルセイエーズ」もともに戦意高揚の歌詞で、とても国歌にふさわしいとは言い難い。

大阪府では、わざわざ条例にしなければならないところが、問題の根の深さを物語っている。
それで思想が改まるとも思えないが、そもそも先生として採用する前に、しっかりと教育する事が必要なのではないだろうか。
呆れる教師の次は呆れる政治家。

内閣不信任案に事もあろうか民主党から70人余りが賛成に回り、菅内閣もいよいよこれまでかと思ったら、土壇場での菅・鳩山トップ会談で方向転換。
蓋を開ければ、民主党で賛成に回ったのは二人だけだった。
菅さんが辞任を約束したというが、今朝の新聞では鳩山さんは菅さんを「ペテン師」と呼んでいる。菅さんが鳩山さんに「Trust me!」と言ったか言わないかは知らないが、庶民には伺い知れない舞台裏だ。

それにしても造反70人もどんな事を考えていたのだろう。
政党政治だから徒党を組むのが悪いとも言わないが、何だか信念のようなものが感じられない。
本来はこの国家の非常時、私情を捨てて、不本意であろうと自分たちのリーダーを支えるのがあるべき姿だ。どうしても反旗を翻したいならそれも仕方ない。
せめて二人の議員のように堂々と反対すればいいと思う。
この二人の政治家には、考え方にはまったく賛成できないが、少なくとも政治家としての信念を感じる。残りの人たちは、誰についたらいいだろうかと考えているだけの風見鶏のようだと思えてならない。

戦争に負けて国土が荒廃し、戦前の膿が一掃された。
我が国に自浄作用が効かないというのは悲しい事だが、またもう一度荒廃しないと我が国は良くならないのだろうかとさえ思ってしまう。
自分にできる事は何なのだろうと空しく考える。
選挙にはきちんと行っているが、それが何になるのだろう。

まあせめて投げやりにだけはならないようにして、来週もまた精一杯働こうと思うのである・・・

【本日の読書】
「なぜ『そうじ』をすると人生が変わるのか?」志賀内泰弘
「なぜ日本人は落合博満が嫌いか?」テリー伊藤
      


2011年6月1日水曜日

誕生日に思う

47回目の誕生日の朝、母親からメールが届いた。
体調を崩して検査入院している病院のベッドから送ってきたみたいだ。
「日の出とともに生まれた子」と書かれている。
今の私よりも20歳も若かった47年前の母は、その時どんな気持ちだったのだろう。

これまでの事やこれからの事を考えるのに、誕生日というものはいい機会だ。
定年まであと13年。自分で仕事でも作り出さない限り、雇ってもらって働ける年数も考えてみればそんなに長くはない。以前は悠々自適の引退生活を考えていたのだが、今の調子で行くとどうやら悠々自適とは程遠くなりそうだ。    それでもまあこの国がしっかりしていればいいのだが、己の老後よりも何だか心配な状況である。

残りの人生はと考えると、あとどのくらいだろう。
親の年齢までとすると、最低あと27年。
敬愛していた祖父の年までだとあと42年。
いずれにしても、折り返し地点を越えた可能性は高い。
それまで出来るだけ働いて、遊んで、愛せたらいいのだが・・・

せっかく産んでもらったのに、この不肖の息子はあまり親孝行ではない。
自分の家族と親との関係を、いまだにうまく築けないでいる。
あちらを立てればこちらが立たず。七転八倒、試行錯誤の繰り返し。
出たと思ったらまたトンネル、かつての信越線碓氷峠のトンネルのようである。

両親も私が生まれた時には、どの親もそうであるように喜びと期待に溢れていただろう。
日一日と成長する姿を見て、いろいろな事を期待し夢想した事だろう。
人並みに学校を卒業し、就職し、結婚して子供もできたが、今の姿はだいぶ期待を裏切ってしまっていると自覚している。
それが今の私の大きな悩みの一つである。

48回目の誕生日までには、もう少し改善できているだろうか。
今よりも良き息子、良き父親、良き夫、良き友人、良き同僚、良き隣人になれているだろうか。これから一年、どう過ごしたらそうなれるだろうか。
そんな事を自問自答しながら過ごしていこうと思う。

「親の年までは頑張って健康に暮らしたいと思うから、良き手本となってほしい」
母親にはそんな内容の返信メールを出しておいた。
その通りにしたいと思うのである・・・



【本日の読書】
「この国を出よ」柳井正/大前研一
「なぜ日本人は落合博満が嫌いか?」テリー伊藤



    

2011年5月30日月曜日

車中にて

時折仕事で外出する。
千葉方面に取引先が多い事から、往復に総武線の快速電車を利用する事がままある。
総武線の快速は千葉から東京へ向かい、そのまま横須賀線に乗り入れ神奈川県の逗子まで走っている。取引先からの帰りに、千葉駅のホームでこの電車を待っていた。

ちょっと疲れていたので座りたかったし、先頭に並んでいたからまあ座れるだろうと踏んでいた。電車が到着し、扉が開いても駆け込んだりはしない。よく降りる人も降り切らぬうちに、空いた座席に突入して行く人がいるが、そういう行動は私の美学に反する。その時も悠然と車内に乗り込み、「空いているから座ろうか」という態度で座席をゲットした。

やれやれと安堵する間に次の駅。
乗り込んできた人たちを迎え、隣の女性が席を立った。
どうやらお年寄りに席を譲っている。
ちらりと見ると、相手は老夫婦。
咄嗟に隣に座っていた女性の向こう隣を見ると、老婆が般若心境のようなものを読んでいる。私が座っていられたのは一駅だけだった。

空いたらまた座ろうと吊革につかまる。
隣に立っていたのは女子高生。
何やら数学のテキストを開いている。
ちょっと興味が湧いて、横目で覗きこむ。
何せ数学は好きだったし、何より文系のくせに数学のテストがある(しかも配点も高い)大学を受験した経験がそうさせたのだ。

ところが、テキストの内容がちんぷんかんぷん。
聞いた事のない定理が書いてあるし、数式も何が何やらわからない。
あとでちらりと見えたタイトルには「数学C」とあった。
なるほど、昔は数学Ⅲといった記憶があるが、文系の私はやっていない。
わからないはずだ。

すると座っていたお爺さんが立ちあがって話しかけてきた。
早々に降りるのかと思い、しめしめと思っていたら、「東神奈川に止まりますか」と聞いてきた。(そんな、東京駅より先のことなどわからないよ)と思いつつ、確か止まらないので乗り替えないとだめだと答えた。それだけだと不親切というもの。
「品川の次あたりで乗り換えだと思う」と答え、路線図はあったか、誰か周りの人に尋ねようか、携帯で検索したら出てくるかななどと迷っていた。

すると突然隣の女子高生が、「品川に止まりますよ」とスマートフォンを差し出して話しかけてきた。たぶん我々の会話が聞こえたのだろう。
さっと検索して教えてくれたのだ。
(いや品川に止まるかどうかじゃなくて、どこで乗り換えるかなんだけど・・・)と内心思いながらもその親切心に関心した。

情報リテラシーには不足していないつもりだったが、数学Cのテキストとスマホをもった女子高生には遅れを取ってしまった。
女子高生はそのあとの駅で降りていき、私も同時に空いた席に腰を下ろした。
そう言えば、友人もipadを買ったとブログで自慢していたな。
歩き去る女子高生の背中を見送りながら、そろそろ私も買おうかなとちらりと思ったのである…

【本日の読書】
「この国を出よ」柳井正/大前研一
「殺人の門」東野圭吾


2011年5月28日土曜日

日本的なものについて思う

我が町の周辺には畑が多い。
昔からの農家や、市民農園などが散在している。
そうした畑の脇道を歩いていると、時折野菜の無人スタンドを見かける。
代金を箱に入れて置いてある野菜を取っていくシステムのものだ。

こうした野菜スタンドを見ても、別になんとも思わない。
だが、先日読んだ本によれば、アメリカ人でも中国人でもブラジル人でもこうした光景に一様に驚くという。人気のない国道沿いの自動販売機などもそうだが、彼らの国ではこうしたお金や商品の詰まった箱がポツンと置いてあれば、持っていかれるのが当たり前なのだというのである。確かに持っていこうと思えば、それらのものは無防備で何のリスクもない。
それを防いでいるのは、「お天道様が見ている」という我々の倫理観に他ならない。

先日取引先の社長と雑談していて聞いた話だ。
その社長は埼玉県の熊谷駅前に駐車場を持っている。
私も現地を見たのだが、何の変哲もない駐車場で料金は一日500円。
車のナンバーを紙に書いて500円と一緒に備え付けの箱に入れるという実にのどかなシステムだ。タイムズやらパーク24やらの時間貸し駐車場も真っ青なシステムだが、それがそのあたりでは一般的なのだという。

ところが最近料金箱荒らしが横行しているのだとか。
警察の話では外国人窃盗グループの仕業らしい。
まさに日本的牧歌的なシステムは、彼らの手にかかればひとたまりもない。
そうした損失が続けば、いずれこの周辺はタイムズやらパーク24やらの駐車場に変わっていくのかもしれない(それにしたって監視カメラや警報機がないと同じかもしれないが・・・)。

国際交流は大いに進めていくべきだと思うが、多くの外国人たちが入ってくればその影響は当然にある。「朱に交われば赤くなる」ではないが、日本的牧歌的システムは「国際標準」からすればあまりにも白過ぎる。温室の外では生き延びる事はできない草花の如く、簡単に赤く染められてしまう。いつしか「お天道様」も見えなくなるのかもしれない。

そう考えると、少子化対策として移民を唱える意見には強い反発を覚える。
単純に数字合わせだけをしようという浅はかな発想で、それによって失われるものを考えていない。観光客ならあまり影響はないかもしれないが、生活を共にするとなるとどうだろうと思う。

日本の豊さはGDPだけでは測れない。
総額では中国に追い抜かれても、一人当たりではまだまだ10倍近い開きがあるし、牧歌的システムに代表される安心感もプラスすれば、その居心地の良さは比較にならない。
それだけでも嘆かわしいのだが、残された良きものを末永く温存していきたいと思わずにはいられない。そのために必要な事があれば、これからもやるように心掛けていきたいと思うのである・・・

【昨日の読書】
「怒らないこと」アルボムッレ・スマナサーラ
「殺人の門」東野圭吾