2012年4月29日日曜日

純情

3月から週3日塾に通う事になった我が娘。本当は塾になどやらせたくはなかったのであるが、行かせたいと思っていた近所の都立校がなんと中高一貫教育校になってしまい、娘も行きたいという事で、来年受験をする事になってしまったのである。競争率10倍の難関で、とても学校の勉強だけでは解けない問題が出る。そんなわけでの塾通いである。

親の思いとは裏腹に、塾に楽しそうに通う我が娘。一緒に通うのは、同じクラスの男の子3人、女の子1人。女の子は、娘にいじわるをするグループのコアメンバーで、何とも微妙な関係らしいのだが、そこは男の子3人が中和剤になってくれているようで、とりあえず問題は起こらないようである。

帰りは暗くなるのでいつも5人で一緒に帰ってくる。家の近所まで来て三々五々散っていくわけであるが、一人の男の子はご近所さん。夜ともあってお母さんのご指導で、その男の子は自分の家を通り過ぎ、わざわざ我が家の近くまで娘を送ってきてくれている。みんなと別れ、数百メートルの間を二人っきりで歩いて帰ってくるのである。

実はこの男の子は、娘がただいま大好きな男の子ナンバーワン。このエスコートタイムが至福の一時らしい。先日義母が上京した際、せっかくだからと義母と妻と息子の3人で娘を迎えに行ったそうだ。娘がみんなと別れたところで、「お帰り~!」。そこから5人で帰って来たらしいのだが、私が帰ってみると娘は烈火の如く怒っていた。

先日の事、塾で開催された特別授業に参加しなかった娘は、その代わりの補習を受けてきた。お弁当持参で行き、いつもより帰りも遅かった。いつものメンバーで参加したのは、娘とその男の子の二人だけ。帰りは最初から最後までずっと二人だったという。しかも補習の途中から雨が降り出し、相手の男の子は傘を持っていて、娘は忘れてしまったらしい。仕事から帰ってきてここまで聞いた瞬間、私は思わず「やったじゃん!」と言ってしまった。

「ところがねぇ」と妻が続ける。
「この子びしょ濡れで帰って来たのよ」と。
「何で?」と思わず私の声も裏返ってしまう。
何でも男の子は一人傘をさし、その隣で娘は傘に入らずに歩いて帰って来たのだという。
予想もしない回答であった。

理由を尋ねたところ、娘曰く、恥ずかしくて入れてと言えなかったらしい。ならば相手の方から「入りなよ」と傘を差し出してもよさそうなものだと思ったが、相手はそう言わなかったという。娘の話では、それは意地悪ではなくて、相手も恥ずかしくて言えなかったようなのである。雨の中、傘をさした男の子とさしてない女の子が一緒に歩いている。そんなシーンは滑稽だし、そっちの方が恥ずかしいだろうと思うのだが、それは大人の感覚なのだろう。

もうちょっと大きくなったら、女の子に傘を渡して男の子は雨の中を駆けていくのだろう。
そしてもうちょっと大人になると、さっと傘を差し出して一緒に歩くんだろうし、もうちょっと年を取ると、「どこかで雨宿りしていく?」となるのだろう。
ひょっとしたら自分も傘を忘れた事にするかもしれない・・・
(あくまでも一般論なので誤解なきよう・・・)

そう言えば、私も小学校の頃運動会のフォークダンスの練習で女の子と手をつなげなかった事があった。本番ではさすがに親の目もあって手をつないだが、練習ではできなかった事を思い出した。あの頃の自分と同じなのだと考えると、今の娘の行動はよく理解できる。誰もが経験することなのだろうし、それが人生の大事な一ページなのだろう。今のうちにそういう感覚を味わっておいてほしいと思う父なのである・・・



【本日の読書】

いじめと戦おう! - 玉聞 伸啓   

2012年4月26日木曜日

欧州に学ぼう

今年はアメリカの大統領選をはじめとして、世界の1/3の国でトップを巡る選挙があるらしい。世界的な選挙イヤーなのだという。我が国は毎年代わっているから感覚が鈍っていると思うが、やはり国のトップが代わるというのは大きなインパクトがあるものだ。

そして先週末、先進国で先陣を切ってフランスの大統領選が始った。第一回目の投票では過半数を得た候補がなく、上位2名による決選投票へと進んだ。下馬評通り、現職のサルコジ大統領は分が悪く、オランド氏優勢が伝えられている。そのオランド氏が勝利すると、せっかく安定しかけたユーロ圏の混乱が再び起こるのではと危惧されている。

そんな中で注意を惹いたのが、苦戦を強いられているサルコジ大統領が極右勢力の取り込みが必要という分析だ。今回極右の国民戦線のルペン党首が、第3位と健闘しているのだ。さらにはオランダでも閣外協力していた極右政党である自由党が、財政政策に反対して連立政権が崩壊した。オランダでも極右政党が、キャスティングボートを握るところまで支持を集めている。

極右というと、ネオナチとか我が国では街宣車に乗った人たちなどのイメージを持つが、要は国粋主義者の集団だ。どこの国でもそういう人たちはいるし、それを支持する特殊な思想の人たちがいるのは不思議ではない。しかし、政局を左右するほどの支持を集めるとなると、もはや特殊思想の人たちばかりではなく、普通の人たちが支持し始めているという事だ。

ヨーロッパの極右政党の大きな主張は「移民排斥」だ。
つまり高まる失業率や、フランスでも先日連続殺人事件があったように治安の悪化なども背景にあって、移民に対する反感が極右政党の支持へと結びついているのだろう。
これは極めて重要な点だ。

我が国も少子高齢化社会の到来を迎え、低迷する経済を背景に移民政策を主張する意見がある。人口が少なくなるから外国人を連れてきて頭数だけ揃えればいいという、なんとも安易な発想だが、こういう無責任な意見を言う人たちには是非ともこうしたヨーロッパの現状をよく観察してもらいたいものだ。

ヨーロッパでは、ドイツだってメルケル首相自ら移民政策は失敗だったと語っているし、フランスでもオランダでも極右政党への支持という形で反移民が盛り上がっている。にこにこ笑ってみんな仲良くなんて具合にいくわけがない。もって他山の石とすべしだ。

移民がいけないのは、日本のか弱い文化・国民性が台無しになってしまう事だ。例えば過去にも中国人の例を取り上げたが、日本の譲り合いの文化は、中国の強烈な自己主張の文化には対抗できない。朱に交われば赤くなるというわけにはいかない。劣性遺伝子は優性遺伝子の影に隠れてしまうが、日本の文化は遺伝子で言えば劣勢遺伝子である。

昨年の東北大震災でも、被災地では略奪が起こらなかったと日本は世界から絶賛された。そんな当たり前の事で絶賛されるという事は、世界では略奪が起こるのは当たり前だという事だ。ハリケーンカトリーナのアメリカでも、イングランドでもハイチでも略奪は起こっている。
そういう国になっても構わないというのだろうか。

人数が減るなら観光に来てもらう方法を考えればいいわけだし、他にもいろいろと工夫はできるはずだ。安易な移民政策には、これからも強く反対していきたいと思う。最近のヨーロッパのニュースに触れて、ますます我が意を強くした次第である・・・


過去のエントリー
「移民政策を憂う1」
「移民政策を憂う2」


【本日の読書】

頭のいい人が儲からない理由 (講談社BIZ) - 坂本 桂一 謎解きはディナーのあとで (小学館文庫) - 東川篤哉





2012年4月22日日曜日

アルバム

週末に子供たちを連れて実家に行って来た。
妻がPTAの「夜の会合」に出掛ける事になっていたため、妻の夕食の支度という手間を省きつつ、孫に会いたいという親のニーズを満たすナイスなアイディアである。

食後に、「そう言えば」と母がどこからか写真を出してきた。私の子供の頃の写真だ。そろそろ自分の写真も整理しようと思っているから、欲しいのがあったら別に保管しておくというのだ。何でも友人は昔の写真をすべて処分したのだという。自分でもそんな事を考えているらしい。

久しぶりに見る自分の幼少時の写真。
息子はそれを見て、「髪の毛がたくさんある!」とそればかり。
子供の頃から禿げている人はいないし、それにパパは今でも禿げているわけではなく、短くしているだけだと反論。

父に抱かれた私の写真を見て、「これパパ?」と父を指さして聞く。
自他共に認める祖父似の私は、父にはそんなに似ていないと思っていたが、言われてみれば何となく似ている。やはり血のつながりなのだろうと、母と二人で感心する。

私は両親が27歳の時に生まれている。
写真の父は、したがって当時まだ20代だ。
一緒に積み重ねてあった古いアルバムに目が止まる。
母の制止を振り切って手に取ると、それは母の昔のアルバム。
めくると典型的なセピア色の写真が目に飛び込んでくる。
それは初めて目にする母の若い頃のアルバム。

「昭和27年」という記載があると言う事は、母が中学生の頃という事だ。セーラー服に身を包んだ母は、小太り。すぐ下の叔母もセーラー服姿。二人とも薄々は感じていたが、若い頃から不美人だ。叔母などは当時からメガネ姿。思わず吹き出してしまったが、今度会った瞬間また吹き出しそうな気がする。

母が思わず「えっ~!」と声を上げる。アルバムには、初恋の人の写真が友人たちのものと一緒に貼ってあったのだが、そこに記された生年月日が何と父とピタリ一緒だったのだ。今頃になって気がついたという事は、長い間見ていなかったということだろうが、星占い師が聞いたら、それとばかりに膝を打ちそうなエピソードだ。

高校を卒業した母は、東京の叔父の家に世話になり就職する。
職場の前で撮った写真のバックにはオート三輪が写っている。
20歳の時には着物姿でポーズ。
職場では昔の事務員さんが来ていた事務服を着ている。

父と知り合い二人の写真が増える。
父の部屋で撮った写真には、「彼の部屋で」とコメントがある。
今は「お父さん」だが、まだ「彼」だった時代があったのである。
井の頭公園、新宿御苑、深大寺・・・今でもカップルがデートに行く場所を、かつて二人で歩いたようだ。どんな会話を交わしていたのだろう。

やがて二人の写真に私と弟とが加わる。
写真もカラーに変わる。
30年前の両親と弟との写真。
もう高校生になって親と行動を共にしなくなった私は写っていない。
父はちょうど今の私と同じくらいの年。
まだ髪の毛も多く、分け目もはっきりしている。

毎日遅くまで仕事に精を出して、毎日家族に対してどんな想いを抱き、将来についてどんな事を考えていたのだろう。当たり前だが、両親にもそれぞれの人生があったわけで、そんな歴史を感じさせる。写真というのは、考えてみれば大した発明だ。過ぎゆく時間を確実に切り取って後世に伝えてくれる。やがて子供たちも、我々の写真をそうして見る時がくるのだろうか。

私の場合、セピア色の写真に始り、カラーからデジタル画像へと、写真の進化という意味でも面白いだろう。子供たちの場合は、ずっと鮮やかに残るはずのデジタル画像ばかりだ。母は古い写真はみな処分するのだと言うが、是非とも残せと頼んできた。そのまま灰にしてしまうにはあまりにも惜しい。他の誰にとっても価値はないかもしれないが、私と弟にとっては別だろう。いずれそのうちもらい受けてくるとしよう。

PCの中に保存してあるだけの、自分達家族の画像データもそろそろ整理しようかという気になったのである・・・


【本日の読書】
いじめと戦おう! - 玉聞 伸啓




2012年4月20日金曜日

リーダー不在の憂い

原発を再稼働させるとか時期尚早だとか、消費税を上げるとか上げないとか、連日与党も野党も入り乱れての大混戦。 民主党も、選挙時のマニュフェストの内容なんてすっかり忘れてしまっているようだ(まあもっとも、「マニュフェストにこだわるな」と散々叩かれたから、今さらマニュフェストなんて言われてもチャンチャラおかしいのかもしれない)。野田総理も言う事は勇ましいが、果たして実行できるのかよくわからない。

そんな政治の状況を見ていると、リーダー不在の烏合の衆というイメージがしてならない。今の状況は、目の前に氷山が迫るタイタニック号の船上で、「右へ回避すべきか左へ回避すべきか」で喧々諤々の議論をしているようなものではないだろうか。これと決めて、みなを従え、先頭に立って困難に立ち向かう人が誰もいない。またそんなリーダーに無私の心で協力し、しっかりサポートして行こうなどという団結心も、民主党の中にはないみたいである。

かつて業績不振にあえいでいたヤマト運輸。競合他社からは遅れを取り存亡の危機にあった時、当時の小倉社長は競合激しい法人マーケットを諦め、個人の荷物の取り扱いに参入すると宣言した。ところが、そんな未知の領域へ打って出ようとする社長の方針に、役員は全員反対。小倉社長はそんな役員の反対を押し切って、これがヤマトの生きる道だと、宅配市場の創設に尽力。その結果、今やヤマト運輸は宅急便で不動の地位を築いている。もちろん、そんな方針に一致団結して事に当たった社員の尽力もあるだろう。今の日本の政治にはそんなリーダーが必要な気がする。

リーダー不在の烏合の衆と化した日本の政治の問題点は、実は日本人特有の問題点なのかもしれない。黒船の来航に際し、何年も前から来航が予測されていたのに有効な対応を考える事もなく、その場になって右往左往し、後手後手に回った江戸幕府。結果は不平等条約となって、後の政府を苦しませた。

原爆を落とされ、ソ連が参戦し、もはやこれまでという状況でもなお戦争継続派と終結派が対峙し、意見がまとまらなかった戦時下の政府。最後は御前会議で天皇の裁断を仰がざるを得なかった。もっと早く決断していれば、被害はもっと少なかったはずである。歴史をひも解けば、似たようなケースが出てくる。

もともと「和を持って貴し」とする伝統ある我が国。
「出る杭は打たれる」のも同様。
天皇も歴史を通じて日本に君臨し続けてきたが、その大半は直接の統治能力はなかった。
江戸の将軍も幕府の老中たちが実務を取り仕切っており、独裁とは程遠い。
ヒーローを尊敬するアメリカなどとは違って、リーダーが生まれにくい国民性なのかもしれない。

それは何も政治ばかりではなく、企業内でも然り。
面白い提案も、議論を経るとありきたりで陳腐な施策に変わっている事はしょっちゅうだ。
アップルのiPodだって、必要な資源も蓄積もソニーはすべて持っていたというが、例え誰かがiPodのアイディアを思いついたとしても、“会議”で消滅してしまったのかもしれない。
例えスティーブ・ジョブズでも、ソニーで働いていたら一連の商品は生み出せなかったに違いない。

身の回りでもそんな経験はよくある。
そんな状況が、たぶん庶民の間から政府まであるのだろう。
リーダーよ出でよ、と言っていても仕方がない。
日本のために何ができるだろうか、と考えてみる。
まずは身の回りから、自分が一歩踏み出して出る杭になるという事だろうか。

それで何が変わると言う事はないが、厭わない気構えだけは示してみようと思うのである・・・


【本日の読書】
さかな記者が見た大震災 石巻讃歌 - 高成田享  逆説の日本史18 幕末年代史編1/黒船来航と開国交渉の謎 (小学館文庫) - 井沢元彦





2012年4月14日土曜日

地球儀から

入学祝いにおじいちゃんとおばあちゃんから地球儀をもらった息子。くるくる回して遊んでいる。地球儀もいろいろ種類があるらしいが、至ってシンプルなそれは、私も子供の頃持っていたのと同じようなタイプだ。だが同じようでいて、360度回転するところが面白い。

実は我が家の風呂には日本地図と世界地図が張ってある。お風呂専用の地図で、風呂に入りながら自然に覚えるかなと思って、娘が幼稚園くらいの時に買いこんできたものである。その成果だろう、我が家の子供たちは世界にどんな国があるかとか、どんな国旗かなどという事にけっこう詳しい。そんな下地も、もともとあった。

さてそうして地図を眺めていた息子が、ところどころで奇妙な表記に気がついた。タヒチ(フランス)、ニューカレドニア(フランス)などだ。さらには「この国では何語しゃべっているの?」なんて質問に、英語と並んでフランス語、スペイン語、ポルトガル語が多い事に、我が家の子供たちは気付いた。大人ならば、そんな理由は良くわかっているが、子供にしてみれば不思議だったようだ。

帝国主義だとか植民地などといっても、6年生の娘はともかく、1年生の息子には難しい。昔は、海の向こうに何があるのかと冒険に出て行って、発見した土地を自分のものにしちゃったんだよと、説明した。そう言えばグアムも似たようなものだ。第二次大戦後、当時の先進国の植民地はこぞって独立していった。だが、そうしなかった名残りが、今の憧れの観光地になっている。

何で独立しようとしなかったのか、詳しくはないので知らないが、南の島の人たちだから、独立などにはこだわりなく、のんびりしていたのかもしれない。ニューカレドニアには新婚旅行で行ったが、ゆったりと流れる時間の中、海も空も青く、静かに打ち寄せる波は白く、水はどこまでも透明で、こんなところでのんびり暮らしたいとつくづく思った。日常生活などはすべて忘れたし、政治がどうだとか経済がどうだとか、そんな気分にはならないのかもしれない。
それにかつては植民地と言えば、収奪の対象だったが、人権の時代の現代ではそんな事はできない。そうした居心地の良さもあるのかもしれない。

お風呂の地図は平面だが、地球儀は球面。ヨーロッパとアメリカが実は近いというのもよくわかる。さらにはエベレストには、「世界一高い山」という注記がしてあったり、良く見るとそんな知識も身に付きそうな感じである。チャップリンは映画「独裁者」で、地球儀の風船で遊ぶ独裁者をコミカルに描いて見せた。世界を手玉に取る独裁者を暗示するシーンだったが、「手玉に取る」事は望まぬが、「股にかける」ぐらいは良いかもしれない。くるくる回して遊びながら何かを感じてくれるなら、おじいちゃんとおばあちゃんも本望だろう。

そう言えば、私も子供の頃地球儀をもっていたが、あれはどうなったんだろう。ちょっと思い出したのである・・・

【本日の読書】
いじめと戦おう! - 玉聞 伸啓 サッチャー回顧録 上: ダウニング街の日々 - マーガレット サッチャー, 石塚 雅彦







2012年4月8日日曜日

恋は盲目

先日「エクリプス/トワイライトサーガ」という映画を観ていた。
人間の女の子とヴァンパイアの恋を描いた女の子向け小説の映画化作品だ。
本来憎まれるべきヴァンパイアを、「ベジタリアン」と称する人間の血を吸わない一族を登場させてオブラートに包み、うまく女の子向けにアレンジしている。

主人公のベラはそんなヴァンパイアの男エドワードに夢中になり、ずっと一緒にいるために自分もヴァンパイアに転生する事を望んでいる。一方そんなベラに想いを寄せるのは狼男のジェイコブ。同じヴァンパイアと狼男が対立する「アンダーワールド」シリーズと比べると、なんとも暖かいドラマである。

そんな主人公のベラを見ていて思う。
エドワードで本当に良いのか、と。
ヴァンパイアに転生すれば不死と超人離れした能力を身につける事ができる。
しかし人間には二度と戻れず、人間たちとは距離を置いて暮らさないといけないし、苦労も多い。エドワードと行動を共にするカレン一族は、みなそんな生活を味わっており、転生には否定的だ。

一方狼男ジェイコブの方は、転生など不要で、一族はみな人間の女とそのまま結婚している。女性も子供を産んで天寿を全うできる。普通の人間相手が一番であるが、どうしてもというならジェイコブの方がいいではないか、と思ってしまう。

結婚する時に一番大事なものは何かと問われると、今まではずっと「愛」だと思っていた。大事なのはこの相手と一緒に暮らしていきたいかどうか。安定した生活を送れるだろうとか、そういう計算などはナンセンスで、「富める時も貧しき時も、死が二人を分かつまで」一緒に生きていきたいと思う相手と一緒になるべきだ、とずっと考えていた。子供たちにも、将来そんな基準で相手を選んでほしいと思っている。これはひょっとすると男の立場だからかもしれない。

そんな基準からすれば、ベラの行動は間違っていないのであるが、それでも映画を観ていると、その選択はいかがなものかと思ってしまうし、自分の娘だったら間違いなく反対すると思う。愛する二人に対し、親が反対するというパターンは古今東西数え切れないくらい多い。一番大事なものは「愛」であるならば、ならばなぜ多くの親たちは反対するのだろう。

その一つの理由は、「愛」とは言いながら、「愛こそすべて」ではないと知っているからかもしれない。童話の世界では「Happily ever after(結婚して幸せに暮らしましたとさ)」で終わるが、現実の世界はそこが始りだ。恋する二人にとって結婚はゴールだが、親から見れば結婚はスタートだ。燃え上がる恋の炎はやがて灯となり、恋人は家族となる。ふと気がつくと、夢中になっていた時には目に入らなかったものが、いろいろと見えてくる。親はそんな自らの経験を通じて思うところがある。

自らの経験知に照らしてみれば、未熟な子供たちの危うい行動の行く末が見えてくるのだろう。「愛こそすべて」で悪くはないが、もっと正確に言うならば、「正しい相手を愛せ」と言いたくなるのである。どうやら自分もいつの間にか、かつてバカにした「計算で結婚を考えるつまらない人間」になっているのかもしれないと感じる。

ベラに対し、「エドワードはやめときなよ」と呟く。つい最近まで「親がいいと思う相手」なんて、と思っていたはずなのに、娘にとってどんな男がいいだろうと考え始めている・・・
理解のある父親になりたいと思う反面、目を覆いたくなるような相手を選びはしないかという心配もある。まあ今からあれこれ考えても仕方ない。コミュニケーションだけはしっかりととって、とにかく「娘の幸せを第一に考えている」という事だけはわかってもらいたいものだ。

それでもベラの相手だけは、やっぱり反対だと思うのである・・・

  
【本日の読書】

サッチャー回顧録 上: ダウニング街の日々 - マーガレット サッチャー, 石塚 雅彦






2012年4月6日金曜日

入学式

ようやく桜も見頃となってきた感があるが、今日は長男の小学校の入学式。
私も仕事を休んで参加。
真新しいランドセルを背負った我が子と、娘の通う小学校へと向かう。
つい先日娘の入学式だったような気もするが、その娘は早や6年生。
ちょっと会わないでいると、親戚や知り合いの子供たちがあっという間に大きくなっているが、そんな月日の流れを実感する。

娘の時と同様、体育館での入学式。
ざっと見渡すと、新入生の親の4割はお父さん。
自分もそうであるが、けっこう父親の参加率が高い。
私の父は、それこそ先日母に言われまくっていたが、学校へなど来た事がなかった。
たぶん、「そんな事」で仕事を休むなんてという雰囲気もあったと思うが、今は堂々と休む理由になる。子供からすれば両親が揃って来るのが当たり前の感覚になるのだろうが、個人的には良い時代の雰囲気だと思う。

体育館内には日の丸が掲げられ、国歌斉唱もきちんとある。
歌う声はちょっと小さかったが、まあそれはご愛嬌。
国家や国旗に反対するのが平和への道と考える、不心得かつ不勉強な輩がいないのがありがたい。

来賓の紹介があったが、近所の幼稚園の園長先生(長男が通っていた幼稚園の園長さんももちろん来ていた)や町内会の会長やら民生委員やらPTAの役員やらで、近所で会うような人たちばかりなのが地元の小学校のいいところだ。
クラスごとに集合写真を撮ったあと、各教室に入ってのオリエンテーリング。

長男は3組。101人の新入生は全部で3クラス。
学年によっては転校で人数が減って4クラスが3クラスになっている。
微妙な人数差でクラスの数が変わる。
それによって先生の数も変わるわけで、そうした微差は臨時採用の教員で調整しているらしいとも聞く。先生にとっても子供の数は無視できない問題なのだろう。

最後に先生から子供たちに宿題が出された。
近所にある桜を見つけて月曜日に先生に教えるというもの。
東大が提唱した秋入学が小学校にまで波及したら、こんな宿題もなくなるだろう。
桜の木の下で迎える入学式。
日本のもっともあるべき風景だと思うが、多少の不都合はあったとしても日本オリジナルの原風景に誇りを持ってほしいものである。

すべて終わって帰宅。
たまたま今日は長男の誕生日。
入学式の次はお誕生日会。
実家の両親も招いてケーキを囲む。
7本のろうそくを吹き消す長男。
これからどんな学校生活を過ごしていくのだろう。

長い道のりになるが、しっかり歩んでいってほしいと思うのである・・・

   
    

2012年4月1日日曜日

新年度雑感2012

早いものでもう4月だ。いつもなら桜が咲いていても良い頃だが、今年は少し遅れている。地元では今日は恒例の桜祭りだが、肝心の桜の開花はまだもう少し先。今年は空振りのようだ。

午前中、品川駅前では国士舘大学の入学式に向かう人たちが列をなしていた。友人のフェイスブックでは早稲田大学の入学式を取り上げていたが、今日入学式を行う大学が多いのだろうか。私の時はもう28年も前になるが、もっと遅かった気がする。

最近は東大が秋入学への移行を表明し、それに追随する大学も増えている。
アメリカの大学は9月スタートだし、世界の流れに合わせるのだというが、個人的には疑問だ。いろいろと不都合はあるのかもしれないが、日本は日本だし、自らのオリジナリティをもっと尊重すればいいと思うし、桜と共に新しい年度を迎えるという伝統を守っても良い気がしている。

雑踏の中を歩いていたら、ポケットティッシュを配っていて、思わず受取った。
何気なく目を落とすと、資格の専門学校LECのものだった。
気になったのは、そこに書いてあった言葉だ。
「LECで公務員を目指そう!」

今若者たちは就職難で、正社員になれず派遣の身分に甘んじていたり、せっかく正社員になれても上場企業だって倒産するしで、より安定志向が強く公務員が人気なのだとか。そうした背景もあってのLECの宣伝なのだろう。LECの立場としては当然の宣伝だから悪いとも思わないが、それにつられて応じる若者の事を思うと、なんとも嘆かわしい気がする。

公務員は本来、「安定しているから」という理由で目指すものではないはずだ。
私にも二人の子供がいるし、いずれ就職となった時公務員を希望するかもしれない。
そこでその理由を聞いて、「国(地域)のためにこういう仕事をしたい」と言えば喜んで賛成するだろうが、「安定しているから」などと言ったらケリ飛ばしてやるつもりだ(まあその時までにそんなメンタリティを持たないように育てるつもりではあるが)。そんなしょぼくれた考え方だから、縮こまって魅力のない若者になり、採用面接でも目に留まらないのだろう。我が身を振り返ってみると、とても偉そうな事は言えない「就職選り取り見取りの売り手市場」時代の残党なのだが、そういう内面からエネルギーを発する若者に我が子を育てたいと思う。

明日からはまた新しい世代が社会に出てきて、我々サラリーマンはまた一つ終わりに向けて押しやられる。定年までのカウントダウンも始るし、子供の事よりも我が身をいかにまっとうするか、をそろそろ真剣に考えないといけない。今日と同じ明日で満足する事のないように、意識し続けたいと思う。

4年目に突入したこのブログだが、欲張って4つもブログを更新し続けているし、最近はフェイスブックも始めたしで更新頻度も落ちている。それがかなりのストレスになってきているし、少し落ち着けるためにもこれで一旦打ち切ろうと思う。当面雑感はフェイスブックで語るとして、いずれまた時間的なゆとりが生まれてきたら、別の形で再開するかもしれない。

長い間、駄文にお付き合いいただいたみなさまには厚くお礼申しあげます。



【本日の読書】
日本の未来について話そう -日本再生への提言- - マッキンゼー・アンド・カンパニー




2012年3月29日木曜日

3Dの世界

最近3D映画が当たり前のようになってきた。
3Dと言えば、かつてはディズニーランドのアトラクションに代表されるように、「飛び出す映像」という、出しモノ的なものだった。その技術はかなり古くからあったと思う。それが普通の映画に取り入れられるようになるとは、正直考えてもいなかった。

初めて観た普通の映画の3D版は「アバター」だった。映画館に入り、お馴染みの3Dメガネを渡された時は、正直言って「失敗したかも」と思った。しかし嬉しい事に、それは杞憂に終わった。「飛び出す」イメージとは違い、遠近感が強調され、映像の雰囲気がまるで違ったのである。巨大な宇宙船の広い船内、未知の惑星の遠くまで広がる光景、目の前を通り過ぎる巨大な車両・・・
そのリアリティ溢れる雰囲気にすっかり圧倒されてしまった。

その後、雨後のタケノコのように3D映画が登場。中には、「こんな映画まで」と思えるものも3Dだったりして、呆れたものだ。3Dにはふさわしい映画があると考えていたのだ。それは、昔で言う「特撮」分野だ。だから「アバター」のようなSF映画が適しているだろうと勝手に思っていた。

そんなわけだから、人情ドラマである「ALWAYS 三丁目の夕日'64」までもが3Dで上映されていても、わざわざ観る気にはなれず(まあ人目を避けて深夜に行ったからどちらにしても3Dは観られなかったが)、2D版で観たのである。そんな、「人間ドラマには3Dは適さない」という思い込みは、先日の「ヒューゴの不思議な発明」でひっくり返されてしまった。

わざわざ3Dで観ようとも思わなかったのだが、娘が一緒だったし、3Dならそれだけで喜ぶかもしれないと考えて、観たのだ。この映画は特撮モノではなく、人間ドラマだ。3DどころかCGだって、(周りの時代背景以外は)ほとんど出番もなさそうなくらいだ。ところが、これがまた違う。孤児のヒューゴが一人暮らす駅。行き交う人々の雑踏にカメラが踏み入ると、モノの見事に中を実際に歩いているような感覚になる。駅の時計台から見下ろす街中の遠景は当然の迫力だが、駅舎に入ってきたヒューゴの向こう側に広がる外の景色も見事。

さらには人の表情。公安官の顔がドアップになる。セリフはなくても、目の前の顔は実際に相対している感覚。それにラスト近くで舞台にたったベン・キングスレーの、感激を包み隠した表情。平板なスクリーンとはまるで違う雰囲気が伝わってきた。3Dはもはや飛び出す映像でも、特撮専用の技術でもなく、普通の映画の一部になりつつあるのを感じたのである。

ただ難を言えばメガネだろう。私のようにメガネをかけている人間からすると、どうも具合がよくない。もっとしっくりとくるようなモノに改良してもらわないと、いただけない。それに「ヒューゴの不思議な発明」の劇場では、ドアの外で係員が待ち構えていてメガネを回収していたが、まるで隙を見せたら持っていかれるとでも思っているような感じで興ざめだった。

この頃はビックカメラなどに行くと、3Dテレビを販売しているが、あれはどうなのだろう。いずれすべての家庭に行きわたるのだろうとは思うが、まだ買うようなものではない気がする。「ALWAYS 三丁目の夕日'64」でも、カラーテレビを買ったはいいが、まだ白黒放送が多く、せっかくのカラーテレビの持ち味が発揮しきれていない様子が描かれていた。
3Dもまだそうだろう。

日本人の事だから、世界でも真っ先にメガネの問題を解消して、普通に3D映像が楽しめるテレビを作ってくれそうな気がする。今から30年くらいしたら、孫と一緒に3Dのアニメかなんかを自宅のテレビで観ているかもしれない。その時は、ちょうど3D映画が流行り始めた今の時代を懐かしく語っているかもしれない。

いずれにせよ、映画の世界では一足早く映像の改革が始っている。
これからは偏見を持たずに、3D映画を楽しみたいと思うのである・・・

【本日の読書】

日本の未来について話そう -日本再生への提言- - マッキンゼー・アンド・カンパニー  あんぽん 孫正義伝 (小学館文庫) - 佐野眞一





2012年3月25日日曜日

捨てないよ

子供たちもいよいよ春休みとなった。
恒例となった大阪への里帰りの前に、妻から段ボール箱とともに娘に出された指令は、「使わなくなるものを処分する事」。教科書なども含めてひとまとめにして処分せよということらしい。妻自身も子供の頃からそうしていたという。曰く、「学年末が(きれいに処分できるから)楽しみだった」らしい。

少し前から世の中は、「断捨離」という言葉がもてはやされていて、「整理ブーム」であるが、妻から言わせると、「何を今さら」らしい。一方、私はと言えば、何につけても「大事に取っておく派」だ。「捨てられない」のではない。「捨てない」のだ。バンバン「捨てる派」の妻とは、当然真っ向から対立する。

新婚当初の事だった。捨てるように頼まれたごみの中に、気がつくと一本のナイフがあった。私が独身時代に使っていた果物ナイフだ。実家を出るにあたって、両親(どっちだったか忘れた)が独身の頃から使っていたという年季モノをもらって使っていたものだ。こっそり“救出”したのは言うまでもない(今でも机の奥底に“避難”させてある)。

独身の頃から新居に持ち込んだ私のもので、こうして処分されたものはかなりある。
もちろん、初めは事前に了解を求められていたわけであるが、何だかんだと言い訳をして“抵抗”していた私に呆れたのだろう、そのうち了解が指示になり、やがてそれもなくなった。
気がついたらない、という事にさすがに鈍感な私も気づいて愕然としたものだった。

とっておいてもどうするというものではない。よく、「1年使わないものは結局とっておいても無駄だ」という事が言われる。私もそれはその通りだと思う。しかし、それらはそれらなりに取っておく理由というものがある。使うとか使わないとかではない。例えればそれは、1年使わないからと言って、辞書を捨てるだろうかという事と同じだ(まあ最近はネットで代用できるではないかというような議論ではない)。「とっておきたい」という気持ち以外にとっておく理由などない。

そうは言っても、さすがの私も何でもすべてとっておくというわけではない。
年末の大掃除の際など、あれこれ選び出しては、「もういいだろう」と捨てるものもかなり多い。それは当然スペースの限界もある。家の中で妻に比べれば、私の所有物が占めるスペースなどささやかなものなのだが、それでもプレッシャーは大きい。私の中で、納得したものから順番に処分していく事になる。

それでもたぶん死ぬまで捨てられないだろうというものはある。
それらはたぶん妻からすればゴミと見なされるだろう。
昔映画館に行くたびに買っていた映画のパンフレット。
史上最高傑作と信じて疑わない漫画「コブラ」。
とっておこうと本棚に並べてある大半の書籍。
だいたいが、その時その時の思いが一緒になって残っているものばかりだ。
人から見ればゴミであっても、私にとってはそうではない。

それはそれで良いと思う。捨てるばかりが能ではない。捨てないでとっておく事のメリットが多いなら、とっておけばいい。「そこにあるという安心感」だって立派なモノの価値だと言える。いつまでというのではなく、いずれこの世を去る時まで、その安心感は大切にしておきたい。まあそれも、子供たちが遺品整理に困らない程度にはしておこうという気持ちくらいはあるのである・・・
 

【本日の読書】
マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥




2012年3月24日土曜日

イチゴ狩り2012

先日の春分の日。
この日我が家では2年振りのイチゴ狩りに出かけた。
毎年の恒例行事だったのだが、去年は震災直後となり見送った経緯がある。
ガソリンスタンドに車が列をなす時に、余計なガソリンを使う事もないと判断したのだ。
今年は晴れて恒例行事復活。
やはり平穏無事な世の中が一番だ。

向かったのは2年前と同じ佐野観光農園。
味覚狩りの欠点は何と言っても短時間で終わってしまう事。
従って、それ以外の周辺行事も考えていかないといけない。
その点、佐野はアウトレットあり、佐野ラーメンありと奥様のご機嫌を満たす要素が満載。
家庭平和を影で支える私としては、大事な要素だ。

今年は渋滞もなく、我が家から佐野観光農園へは東北道を通って2時間弱。
天気も良く、さっそくイチゴ狩りに取り掛かる。
ビニールハウスの中には、とちおとめが早く食べてくれと待っている。
子供たちも待ち切れずに挑みかかる。

いつもだと、5分くらいオーバーしても大丈夫だろうなんて食べ続けるのだが、今回に限っては子供たちが早々にギブアップ。なんと妻までも制限時間(30分)を待たずしてギブアップ。そう言う私もギブアップ。考えてみると、値段(@1,400円/人)を考えたら、市販のイチゴの方がずっとコストパーフォーマンスは良い。まあ楽しい体験を買うと言ったところなのだろう。

満腹のお腹を抱えてアウトレットへ向かう。
妻は、子供たちに「パパとレゴのお店にでも行ってきたら」と言い残し、嬉々としていずこかへ消えていく。レゴも考えてみればただのブロックなのだが、子供たちの支持を取り付けているのは、どうやらキャラクターモノらしい。

動物園を始めとして、スターウォーズやハリーポッターなどの映画を取り入れたもの、女の子向けのセットなどいかにも楽しげな種類が豊富。
息子は「ニンジャゴー」というキャラクターものが気に入っているようだ。
こうした商品開発力で、ただのブロックとは一線を画しているのがわかる。

やがてなにやら買い物袋を数袋抱えて戻ってきた妻と合流。
次なる本場の佐野ラーメンへと向かう。
今回は「とかの」という店に行く。
(選んだのはもちろん妻であるのは言うまでもない)
ここのラーメンは実にシンプルで、麺も多め。
2時頃には売り切れ御免で、ギリギリに滑り込んだ。
やっぱりおいしいラーメンを食べる一時は、至福の時間である。


さらに妻はいもフライマップなるものを用意。
前回味をしめ、今回は食べ比べると鼻息も荒い。
全部で3カ所を回って食べ比べをした。
確かに美味しいとは思う。
しかし3本も(妻は一人だけ4本だ)食べるほどか、と思うもそんな言葉はぐっと飲み込む。
どんな形でも家族の幸せが自分の幸せ・・・

近所のこどもの国なる公園で子供たちと体を動かして遊び、帰路につく。帰りは少々渋滞したが、苦になるほどではない。お風呂で何が一番楽しかったかと子供たちに尋ねたら、「イチゴ狩り!」と答えが返ってきた。まあ一番高かったし、そうであってもらわないと困る。

いずれそのうち娘がアウトレットでお買い物に目覚めるのかもしれない。
その時はしっかり財布をガードして、息子と二人でどこか避難する場所を決めておかないといけないかもしれない。いずれにせよ、今年は平和に味覚狩りがスタートできた。
この事を素直に喜びたいと思った次第である・・・


【本日の読書】

新装版 私が野球から学んだ人生で最も大切な101のこと - 野村克也  マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥





2012年3月18日日曜日

親父として

昨日は息子の卒園式。
そして今日は謝恩会。
妻は息子と二人で出掛けて行く。
娘と二人、何をして過ごそうかと思っていたら、本人は映画を観たいという。
そこで、「ヒューゴの不思議な発明」を観に行った。
娘にとっては、念願の字幕デビューであり、そしてあわせて3Dデビューでもある。

映画はともかくとして、今日は娘と二人っきりでいろいろと話をしてみたかった。
気になっている学校のこと、本や映画の魅力、勉強のこと、そして子供に伝えたいこと。
そんな事を、じっくり1対1で語るにはいいチャンスだと思った。
そして、実際その通りであった。

以前、【わが子を強運にする51の言葉 ビジネスの成功者が娘に遺した人生の極意】という本を読んだ事がある。某上場企業を創業した父から教えられた言葉を、著者である娘が一冊の本にまとめたものである。いつか自分の経験して学んだ事を、子供たちに教えたいと考えている私にとっては、こんな風に子供に残る事を教えられたらと思わされる本だ。
とは言え、こんな本になるような立派な事は、とても残せない事は自覚している。
だからせめて身の丈にあった事を、との思いがあるのである。


学校で受けている嫌がらせの事は相変わらずのようだ。
言葉少なめで、明らかに話したくなさそうだったので、あまり根掘り葉掘りは聞かなかった。
妻も聞いているし、もしかしたらあまり親には言いたくない事なのかもしれない。
ただ自分は全面的にお前の味方だよという事は伝えて、この件は打ち切った。

一方で、映画の感想は、やっぱり話がはずむ。
映画は、第一次世界大戦からしばらくあとの時代のフランスが舞台。
映画の背景を理解するにはいろいろな知識が必要だ。
いずれ学校で歴史の授業はあるだろうから、そうした歴史を学ぶ楽しさを、この映画を例にして語ってみたりした。受験のためではなく、歴史を学ぶ楽しさを知ってもらえたら、と思う。

子供の頃、親父に「学校の勉強がちょっとぐらいできたって、こういう事がわからないとダメなんだぞ」とよく怒られた。人としての常識などの事だ。その都度、「じゃあそういう事さえわかれば勉強しなくてもいいんだな」と内心反発したものである。一方で勉強をしろと言いつつ、肝心な事は教えもしないで都合のいい時だけ、都合のいい怒り方をするなよと思ったものだ。まあ親父も若かったし、私も子供だったのだ。そんな事もあって、娘には「勉強とあわせて人との接し方を覚えないといけないよ」と語ってみた。
    
娘は真面目で正義感が強い。
例えば学校での掃除も、きちんと決められた事を真面目にやる。
しかし中には、そうでない子も当然いるが、娘はそういう子に「先生に言いつけるよ」と注意するらしい。言っている事は正しいが、問題は言い方だ。
言い方一つで正しい事も相手には伝わらないものだ。

妻には言いたくても言えない事だが(言っても馬耳東風だろう)、子供には言える。
注意するのではなく、「(あとはやるから)ここだけやって」と言ってみたらと提案してみた。そうかなぁという顔をしつつ、「でも(良い子)ブリっ子って言われちゃうよ」と反論を受けた。なるほど、それはそうかもしれない。ただ気持ちだけはそういう気持ちを持ちなさいと諭したら、「うん」と答えてくれた。

まぁすべて伝わるとは思わないし、娘には娘の感性というものがあるだろう。
自分の言う事が正解かどうかもわからない。
ただこれが自分の考え方だという事を、少なくとも子供には言いたいと思う。
受け入れるにせよ批判するにせよ、親とこんな話をした、こんな事を言われた、そういう体験を与えたいと思うのである。果たしていつまで耳を傾けてくれるだろうか。

「また説教か」とならないように、苦労して身につけたはずの「人との接し方」を実践しながら、これからも子供たちとはサシでいろいろと話をしたいと思うのである・・・

【本日の読書】

マネー・ボール〔完全版〕 - マイケル ルイス, 中山 宥






2012年3月15日木曜日

いじめ

子供たちが寝静まったあと、一緒にコーヒーを飲んでいると「実はね」と妻が話しかけてきた。さり気なく娘に学校の様子を聞いたところ、どうもはっきりしない返事が返ってきたという。そしてやんわりと聞き出していったところ、どうも娘はクラスでのけ者にされているらしいと分かったという。同じクラスの女子の中にボスの女の子がいて、どうやらその子に嫌われて無視や嫌がらせなどを度々受けているらしい。
なかなか心穏やかには聞けない話だ。

実はそのボスの女の子は、1年の時から話題になっていたらしい。5年になってその子が娘と同じクラスになった時、娘を良く知るよそのお母さんから「気をつけた方がいいわよ」と警告されていたようである。娘もどうやら1対1ではその子に負けていない様子。度々言い返したりしていたという話も周りから伝わってきている。しかし如何せん、その子は組織力があるようで、そこで大きな差がついてしまっているようである。5人の直属の子と7人を影響下に治めているようで、同じクラスの19人の女の子のうち実に13人に影響力を行使している。娘を含む残り6人は、バラバラの“無所属”で、多勢に無勢、個人対組織で勝負にならないようである。

男の子の場合は、すぐに腕力を行使する形になるのだろうが、女の子はそうなる事はなく、聞くも細かい嫌がらせの数々が繰り返されているらしい。それもやり方が実に巧妙で、たぶん担任の先生も知らないだろうと言う事である。娘も変わっていて、学校では無視されているのに、塾では対立するグループ直属メンバーの女の子に気軽に話しかけたりして、疎まれているようである。言ってみれば一種のいじめなのだろう。

子供の頃を思い起こしてみると、私にはいじめられたという経験はない。ただ対立はあった。
他のクラスとの野球の試合で、気に入らないヤツを仲間外れにして入れなかった事もあった。
(面白い事に次の試合では逆に仕返しで仲間外れにされてしまったのだ)
今よりもはるかに気が弱く、口喧嘩までは威勢がいいのだが、いざ腕力勝負となると怯んで逃げていたのである(怯まなくなったのは高校でラグビーをはじめて以降だ)。中学の頃も、つっぱりグループとは目を合わさないようにしていたものだ。

娘も徒党を組むのを良しとしないところがあるようだ。
私の性格を受け継いでいるのかもしれない。
だから1対1ではともかく、組織力のある相手に対しては分が悪いのだろう。
幸い近所のママ友がこの状況を知って、同じクラスの息子に言い聞かせてくれていて、おかげで塾の帰り道は表面上穏やかにみんなで帰ってくるらしい。

さてどうしたものかと、親としては悩ましい。
担任の先生に事実を伝えるのは良いと思うが、「何とかしてくれ」と言うのは何だか違う気がする。それで解決するとも思えない。
さりとて放置はできない。
自分の事なら簡単なのだが、娘の事となると難しい。

それでもこうして事実をキャッチできたのは良かった。妻のお手柄なのだが、まあ子供にはしっかりと感心を払っている証拠だと思えば、私に関心を払わないのもしょうがないと思わないといけないのかもしれない。とは言え、娘も妻のようにきついモノの言い方を、外でしているのではないかと心密かに案じている。あのモノの言い方はかなり人を凹ませるものがある。それが対立の原因だとすると、お手柄どころではない。

人生には何かと試練が付きまとう。
これがその一つだと思えば、良い経験だとも言える。
世の中は人間関係だ。
娘にとって、これがその最初の試練なのかもしれない。
父親としても、娘とのコミュニケーションを密にして、よくサポートしたいと思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン - カーマイン ガロ, 井口 耕二, 外村仁(解説)  おじいちゃん戦争のことを教えて(小学館文庫) (小学館文庫 R な- 10-1) - 中條 高徳




2012年3月11日日曜日

スキー in セントレジャー舞子

昨日は、今シーズン2回目の、そして残念ながら最後の家族スキーだった。1月に湯沢に行って以来、何かと週末に用事が入ってしまい、とうとうここまで来てしまったのである(うち1日は私の個人的用事だったのだが、それが妻の顰蹙を買ったのは言うまでもない)。

前回より少し遅く、5時半前に出発。いつもの関越道を北進。東京は雨。しかし途中から雪に変わる。安全対策としては仕方ないのだろうが、途中タイヤチェックのための渋滞に巻きこまれたのには閉口。今はほとんどの車がスタッドレスタイヤを履いている。金属チェーンは関越トンネルでは走れないようだし、みんなけっこう飛ばすからチェーンを履いてトロトロ走っているのは顰蹙モノという雰囲気である。もはやスタッドレスが当然という雰囲気ではあるが、個人的には本当に大丈夫なんだろうかという疑いは拭いきれない。

9時過ぎに今回の目的地
セントレジャー舞子スノーリゾートに到着。
ここは前々から妻が目をつけていたらしい。
日帰りセンターというものが堂々とあって、塩沢石打インターから5分もかからない。
まさに日帰り専用と気が利いた施設だと言える。

山頂までゴンドラがあって、子供たちもゴンドラは初体験。
しかもそこから初心者向けの林間コースを降りてこられるので、6歳の息子でも平気。
ゲレンデもいろいろあって、なかなか飽きない。
これで天気が良ければ言う事なしであったが、まあこればっかりは仕方ない。
それでも小雪が舞い、一面霧のような状態で視界が悪かったくらいだから良しとしないといけないのかもしれない。

子供たちもさすがに上達してきた。
娘はボーゲンから卒業し、今は「パラレルで滑りたい」と練習に余念がない。
初心者コースも練習用にはちょうど良かったようである。
息子はと言えば、ひたすらボーゲンで誰かれ憚るところなく滑降。スピードもある。
狭い林間コース、ところどころボーダーのにいちゃんねえちゃんたちがたむろしていて、危なっかしかったが、そんな心配どこ吹く風で、すいすい滑走。
将来的には楽しみな感じである。

ただ営業的にはどうなのかと感じる。
ゴンドラは3時半でストップだし、周辺のリフトもそれに合わせて4時半、5時で終了。
日帰りセンターのお風呂も6時で終了。
何だか公務員が、自分達が時間通りに帰るために都合がいいように仕事をしているように感じてしまった。

5時まで滑っていた人がひと風呂浴びて帰ろうと思っても、6時に終了ではなんだかんだで30分くらいしか時間がないという事になる。これでは利用しようという気になるはずもない。渋滞に備えて夕食を食べてしまおうという人や、時間帯を遅らせて帰ろうとする人たちにサービスを提供する施設があればと思うのだが、それもない。コストとの兼ね合いになるだろうが、もう少し利用者の立場に立つと、便利な施設になると思うのだが・・・

幸い帰りの関越も、途中で故障したと思しきバスが黒い煙を吐き出しながら路肩を徐行していたくらいで、大した渋滞もなくスムーズ。
嵐山のサービスエリアで夕食を取って9時過ぎに帰宅。
このくらいの日帰りなら親も楽というもの。
今シーズンは2回しか楽しめなかったが、来年娘の受験が終わったらまた行きたいと思うところである・・・


【本日の読書】
おじいちゃん戦争のことを教えて(小学館文庫) (小学館文庫 R な- 10-1) - 中條 高徳





2012年3月6日火曜日

娘と映画

 娘がしばらく前からなぜか映画「ペントハウス」を観たいと言い出した。映画好きの私ではあるが、わざわざ劇場まで足を運んで観たいと思うほどの映画でもなく、なんとなく気のりしないでいた。ところがやっぱり観たいと言うので、一緒に行く事にした。せっかく興味を持った事だし、それを大事にしたいと思ったのだ。

 この映画は字幕だと教えたのだが、それでも良いと言う。そう言えば私の字幕映画デヴューは小学校6年の時の「ジョーズ」だった。娘も春から小学校6年。本人もその気だし、まあちょうどいいだろうと思ったのである。さっそく出掛けて行ったのは、地元にある映画館。もう公開も終わり間際だったが、事前に調べたらまだやっていた。ところが行ってみると、もう公開は終わっていた。がっかりする娘・・・

 さてどうするか。他のを観るか諦めて帰るか。上映作品を眺めていた娘の出した結論は、「『麒麟の翼』が観たい」であった。そう言えば原作も読みたいと言っていたので、それにつながる「赤い指」を読ませたところだったから、ちょうど良かったところもある。かくして娘と二人で初めて大人の映画を観る事となった。


 そもそも私が映画好きとなったのは、まぎれもなく親父の影響だ。親父は、昔家でよく水曜ロードショーやら日曜洋画劇場やらの映画番組を観ていた。大抵ナイターからの流れでそのまま観る形だ。一緒になって観ていた私も必然的に、野球好き、映画好きになったのだ。淀川長治さんや水野晴郎さんなどの名物解説者がいて、あの時代はあれで結構良かった。親父と二人で映画を観に行った事はなかったが、一緒にテレビで観ていたからこそ、私も映画が好きになったのである。

 今はというと、ほとんど家でテレビを観る事のない私は、子供たちにそういう影響を与える事はできない。本は読ませているので、たぶん本好きにはなるだろう。だが、チャンネル権を持たない私が、好きな映画の録画を観るのは、たいていみんなが寝静まった週末の深夜だし、長男はまだ怪獣モノ・戦隊モノのドラマから抜けだせないし、一緒に観るという機会がこれまで持てずにいた。そういう意味では、今回の「映画デート」はなかなか良い機会だったと言える。

 肝心の映画の感想はと尋ねたら、「面白かった」という返事だった。映画に出てくる「労災隠し」やら「警視庁捜査一課と所轄の関係」など、明らかに理解できていないところもあったようだが、特段問題はなかったようである。まあこういう映画で、学校では教わらない事を覚えるという事もあるだろう。
 
 「また行きたい」と無邪気に言う娘。「次は字幕が良い」と言う。せっかく興味を持ってきている事だし、英語に対する興味も深まるかもしれないし、何より将来映画について語り合う事もあるかもしれない。親父とは違ったアプローチで、子供を映画好きにさせる事ができるかもしれないと思う。

さて、次は何が良いだろう。
「いやぁ、映画ってホントにいいですね」
かつて水野さんが言っていたセリフが、蘇ってきたのである・・・


【本日の読書】
スティーブ・ジョブズ II - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書 - 山田 真哉





2012年3月2日金曜日

会議にて

もう5年くらいになるが、母校(高校)のOB組織の幹事に名を連ねている。
半年に一度、常任幹事が集まって会議をしている。
その半年に一度の会議があった。
今回はそこで私が2つほど制度改革の提案をした。

毎回予算を中心に常任幹事で骨格を決めているのだが、過去5年ほど同じような内容に終始している。「昨日も今日も明日も同じ」というのは個人的に好きではない。
そこで少しばかり変えてみようと、提案に踏み切ったわけである。

こういうボランティア組織だと何もしなくても文句は言われない。
敢えて何かをするという事は、面倒な事でもある。
それでもやってみようと思ったのは、昨日と同じ今日を送るのがなんとなく嫌だったからに他ならない。自分がそこにいた証というものがあってもいいなと常に思っているからでもある。

それまでのやり方を変え、会議の前にあらかじめメールで資料を配布した。
当日はそれに基づいてプレゼンテーションを行った。
始めから好意的な反応が返ってきた。
途中で議論の輪から外れて議論の輪を眺めてみる。
私の提案の要点をきちんととらえて議論を展開させる人、上辺だけとらえて本質から外れた議論をする人、発言のタイミングを計りかねているように見える人・・・

そう言えば私自身、こうして大勢の人に何かをプレゼンするという機会は普段持つ事もない。
あるとすれば仕事の場くらいだが、こういうチャンスはほとんどない。
先日引き受けた研修の講師くらいだろうか。
それゆえに、考えてみれば実は良い機会だったわけである。

本当はもっとしっかり事前準備すべきであった。
今読んでいる『スティーブ・ジョブズ II』によると、スティーブ・ジョブズはもの凄くプレゼンの準備に余念がなかったという。それだからこそ、もはや伝説的と言われる名プレゼンになったのだろう。私はと言えば、例によって「その場で適当になんとかなる」で済ませてしまった。それで結論が変わったとも思えないが、もうちょっと充実した気分を味わえたかもしれない。

さてその提案であるが、議論があちこちと交わされる間、どういう結末になるのだろうと、頭の片隅で考えていた。なんとなく全員賛成なのか、多数決なのか、議論をまとめる人がなくうやむやに終わるのか。
自分で結論まで持っていくのか、お任せでどうなるのか放置してみるのか。誰がリーダーシップをとって結論へと導くのか・・・

結果は長老の鶴の一声で終わり。
否決とはならなかったが、まだ他にもやる事あるとの事で持ち越しとなったのである。
せっかくやったのに、残念と言えば残念。
ただ粘ろうと思えば粘れたし、もっと押そうと思えば押せた。
ただ「この辺でいいや」と思ったのも事実だ。

人の考え方、感じ方はそれぞれだ。
同じ映画を観ても、賛否が分かれる事は多々ある。
自分の考え方は、その他大勢の中の一つでしかない。
自分の考え方に執着し過ぎるのもよくない。

それにしても思いがけず、面白い体験だったのは事実だ。
また何か考えてみても面白いし、もういいかなという気持ちもある。
あまり熱くなり過ぎてもいけない。いずれにせよ周りとの温度差だけは意識していたいものである。周りとの適度な温度差を保ちながら、楽しめるうちは楽しみたいと思うのである・・・

【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ II - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  経営者・平清盛の失敗 会計士が書いた歴史と経済の教科書 - 山田 真哉





2012年2月27日月曜日

ミッション・イン・池袋

 息子が春から小学校に入学するにあたり、我が家もいろいろと買い揃えないといけないものが出てきている。今日は池袋の家電量販店にエアコンの価格調査に行く事になった。今回購入するのは子供部屋用のエアコン2台。春から子供たちにそれぞれ部屋を与えるのである。

 機種の選別はすでに妻が終わらせ、あとはどこで買うかという問題。ターゲット機種は三菱製のエアコンで、イオンでは28、29日に全国台数限定で会員価格34,010円で売り出される。私に与えられたミッションは、家電量販店の激戦区池袋で、イオンで販売される28日までに最安値を調査せよというもの。指令は「ミッション・インポッシブル」のように謎めいていて、最後に自動的に消去される事はないものの、有無を言わさぬところは勝るとも劣らずと言える。かくして、イオンのチラシを握りしめ、激戦区へと向かう私。

 まず向かったのはビックカメラ。
ここは薄型テレビでお世話になったところ。基本的に「ええかっこしい」の私は、関西人の妻のように恥も外聞もなく値切るという事ができない。店員さんに「このエアコンあります?」とチラシを見せ、ついでに値段も見えるように強調するのが精一杯。しかし、そこは気の利いた店員さん、エアコンのところに案内するとともにチラシをチェック。「ちょっと待ってて下さい」と言い置いて奥に消えていく。戻ってきて曰く、「本日現金でお買い上げでしたら、44,800円で20%ポイント還元します」との回答。

 こちらは工事費込み。イオンは工事費10,000円は別だから、なんと8,170円安い。さすがビックカメラ。即断即決が身上の私だから、これで決めようと思ったのだが、ヤマダ電機の結果も調べないと後でダメ出しを食いかねない。「今日中ですよ」と言う店員さんを残し、反対側のヤマダ電機に向かう。

 さすがヤマダ電機。話しかけた店員さんは、機械をピッと製品にかざして操作するだけで、44,800円のポイント11%と回答。裏に走ったビックカメラと違い、こちらは設備投資が進んでいる。されど価格差は歴然。価格調査を打ち切り、ビックカメラで購入すべく、妻に報告を入れる。

 結果を聞いた妻から購入許可は出たものの、さらに工事費を値切れと新たな指示。普通は1台買うところを2台買うわけで、配送・設置の手間も1軒で2度おいしい客であるからには、そこをついて値切れと言う。「ここは大阪と違うんだぞ」との言葉をぐっと飲み込む。私も仕事ではハードネゴシエーターを自負している以上、「できません」とは言えない。

 新たなインポッシブル・ミッションを抱えてビックカメラに向かう。「配送料はもともとゼロですので・・・」さらりと答える店員さん。「そりゃそうですね」とあっさり交渉終了。
そのまま書類作成に入る。室外機までの配線カバーをいかがですかと勧められ、それは独断で決める。下手に相談したら、また新たに値切れと言われかねない。

 30分ほどですべて手続きを終え、ミッション終了。価格調査から急転直下購入に切り替わったが、まあ良い買い物だった。妻が同行していたら、情け容赦ない値切り交渉に入っていただろうが、いなかったのは私にとってもビックカメラの店員さんにとってもラッキーだったかもしれない。やっぱり相手に鼻血も出ないほど値切ろうとする大阪流よりも、私は「三方よし」の近江商人流の方が好きである。

 それにしても、受験で女の子の娘はともかく、小学生の息子まで子供部屋はまだ早いような気もするが、なかなか難しいところだ。私も実家にいる時はエアコンなんて使っていなかったし・・・今の子は贅沢なのか、親として良くないやり方なのか。こればっかりは悩ましいところである・・・

【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ II - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  1Q84 BOOK 2 - 村上 春樹






2012年2月23日木曜日

風邪をひいた

今週は週初から風邪をひいてしまった。先週から妻、娘と続けて熱を出して寝込んでいたのだが、とうとう私に菌がまわってきたらしい。と言っても私の場合、熱を出して寝込むのは極めて稀だ。過去30年でも片手で数えるくらいしかない。その代わりいつも必ずやられるのが喉である。

今回もいつものように喉が痛くなり、声が出なくなった。その他はほとんど問題はない。何となく、熱が出そうな雰囲気はあったのだが、「風邪は気合で治す」という信念の下、いつもより余分に睡眠を取るようにしていたためか、発熱は抑えられたようである。
そうはいっても喉も大変。何せ声が出ないと仕事にも支障が出る。いつも必ず喉で同じ症状なので、私にとっては喉がウィークポイントなのかもしれない。今日になってようやく峠を越えたようだ。

さて、今までは気にもしなかったが、こういうご時世になると周りへの配慮も必要。という事でマスクをする事にした。家を出る前に妻にマスクを頼んだところ、押入れからビニール袋に入った様々なマスクを差し出してきた。我が家ではマスクの事は、「花粉症の妻に聞く」のが一番である。

そのマスク、何気なく選んだのだが、大正製薬の製品パブロンマスク365というシロモノ。不織布2層の静電フィルターで花粉・粉じん・微生物などのミクロ粒子を電気的に捕集するという。    これでウィルス・飛沫・花粉を99%カットするらしい。メガネをかけていても曇らないし、柔らかくて肌触りも良いとくる。さらにはキトサン配合抗菌防臭加工フィルターなるものもついている。キトサンが何だかわからないが、抗菌防臭などにも気をつかっているわけだ。口臭おじさんにも紹介したくなる。

こんな至れり尽くせりの製品、たぶん日本ならではの製品なのではないだろうか。外国製では、こんな細やかな機能のマスクはないような気がする。外国のマスクも微粒子を防ぐという本来の機能は満たしているだろうが、防臭とかメガネの曇り防止とか、肌触りとかまで考えるだろうか。こういうところが「日本的」な、まさにMade in Japanな気がする。

気がつけば、けっこうマスクをしている人は多い。それぞれ理由はあるのだろうが、やっぱりいかに優れたMade in Japanだろうと、これからも続けようとは思わないな。最後の方には耳が痛くなるし、何かと気になるのも事実だ。だが周りへの配慮は必要だろうから、これからも風邪をひいたらお世話になろうと思う。

妻の“コレクション”はいろいろあるみたいだし、次回はまた別のモノを試してみたいと思うのである。(といってもその前に今の風邪を早く治さないといけないから、今日も気合を入れて寝るとしよう・・・)


【本日の読書】

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) - 楠木 建  蜩ノ記 (祥伝社文庫) - 葉室麟






2012年2月19日日曜日

親父の誕生日

2月の21日は親父の誕生日である。
毎年何らかのお祝いをしているのだが、今年はこの週末娘が風邪でダウン。
来週以降も週末は実家に行く予定が立てられず、やむなく今日は息子だけを連れて実家に行って来た。

誕生日祝いはワイン。
と言っても親父はアルコールにそんなに強くないため、フルーティな甘口のワインである。
ちょっと誕生日には早いが、ケーキでお祝い。
息子の歌う「ハッピーバースディ」に、親父も目を細めていた。

ところで親父の免許証を見ると、誕生日は2月20日となっている。
だが、実際は21日なのだと言う。
何でも届出が間違えてなされていたらしい。
今日はその点について、子供の頃からの疑問もあって再度質問をした。
何でそんな事になったのだ、と。

親父曰く、「両親(私の祖父母)も21日で間違いない」と言い、ずっと21日として過ごしてきたと言う。それが中学を卒業して、東京に就職に出てきてから、ある時たまたま戸籍を取り寄せたところ20日になっていて驚いたのだという。昔の、それも長野県の諏訪の田舎の事である。届出といっても爺様が直接役場に行く事もなく、昔はよく人に頼んだらしい。それでもって頼まれた人も、よく確認せずに役場に行って、「20日ぐれぇだったぞ」てな感じで役場の人とのやり取りがあったのだろうという事である。

誕生日を聞かれるごとに親父は「21日」と答えていたものの、何せ国民としての公式記録は20日である。運転免許の取得も更新も、その都度「21日」と言っていたらしいが、戸籍とも住民票とも不一致なわけで、その都度説明していたらしいが、通用するわけもない。
いつしか親父も諦めたそうである。

それでも昔から「本当は21日なんだけどさ」と一言言わずにはいられないようで、我々家族ももう何度聞かされたかわからない。
親父も生まれて物心ついた頃は既に戦時下、お誕生日会など開いてもらえるはずもない。
傷痍軍人として、祖父が生きて帰ってきていただけでも儲けものという時代。
そんな中でも祖父母から、「お前の誕生日は21日だ」と言われていたらしいから、一人特別な日に対する思い入れは強いのだろう。

2月20日と言えば、長嶋茂雄とアントニオ猪木という、私にとって子供の頃の二人のヒーローの誕生日だ。親父の誕生日はむしろ20日の方がいいのに、とずっと思っていた。
だが、当然ながら本人にしてみれば、両親との思い出深い21日の方が良いに決まっている。
過去には気にもせず20日におめでとうと言っていた気がするが、これからはせめて家族だけでも21日に拘らないといけないだろうと改めて思った。

「夕食は何がいい?」という母の問いかけに、「お寿司!」と即答した我が息子。
今日はおじいちゃんの誕生日だから、という事にはまだ気が回らない。
そんな孫に目を細めるのはむしろ母親の方で、ケーキもお寿司も親父そっちのけで孫の喜ぶ姿ばかり見ていた。いかんせん、孫との交流機会が少な過ぎると改めて反省。

今年は、もう少し妻のご機嫌をうまく取りながら、交流の機会を増やしていこうと内心決意したのである・・・


2012年2月16日木曜日

一番古い記憶

映画ALWAYS 三丁目の夕日'64の舞台となっているのは、私の生まれた昭和39年の東京。当時の記憶などもちろん私にはない。だから映画を観ていて、その背景がどうだこうだという感じもしない。では一体どのくらい古い記憶があるのだろうかと辿ってみると、それは3歳の頃の記憶だ。

ちょうど4歳の時に引越しをしており、その少し前の記憶がいろいろと残っているのだ。両親は私が生まれると、それまで住んでいたアパートから目黒不動尊近くのアパートに引っ越しをした。「子供が産まれたら出ていく事」という契約だったらしい。今ではそんな約束をさせられるアパートなどないだろうが、歴史を感じさせるエピソードだ。

引っ越した先のアパートでの生活が、私の最も古い記憶だ。毎日銭湯に通っていて、ある時どうしても三輪車に乗っていくと言い張って三輪車で銭湯に行った。そうしたところ、出てきたら三輪車がなくなっていた。子供心に親の言う事を聞いておけば良かったと後悔した。

「キャプテンウルトラ」という番組をやっていて、その真似をして遊んでいた。今調べてみると、放送は1967年4月~10月だから確実に3歳の頃の記憶だと言える。ちなみに「キャプテンウルトラ」は「ウルトラマン」と「ウルトラセブン」のつなぎの番組だ。シュピーゲル号という宇宙船が出てきて、その模型がとっても欲しかったのを覚えている。

近所の子供たちともよく遊んだ。名前などもう忘れてしまったが、互いに家を行き来していた。テレビは足のついた白黒だった。チャンネルはガチャガチャ回すスタイルだった。ALWAYS 三丁目の夕日'64では、鈴木オートで早くもカラーテレビを購入している。我が家にカラーテレビが来たのは、その後ずっと後になっての事だから、当時サラリーマンだった我が家では、まだまだカラーテレビは高根の花だったのかもしれない。


何を考えたのか、鼻の穴の中がかゆくてみかんの皮を鼻の穴に突っ込んだ事がある。まあ子供のやる事だ。当の本人にもなぜそんな事をしたのか覚えていない。そして見事に取れなくなった。母親に連れられて耳鼻科に行って取ってもらった。

4歳になった同じ月、弟が生まれた。叔母の家に預けられて数日間過ごした。夜ベランダに出て寂しくて泣いた。叔母に隠れて一人ベランダで泣いたのだが、わずか4歳にして「男は人に涙を見せてはいけない」という意識があった事になる(たぶん)。今だに人に涙を見せまいと、ALWAYS 三丁目の夕日'64をわざわざ人の少ないレイトショーで観に行くのだから、これこそ三つ子の魂なんとやらなのだろう。

親父が夜、仕事帰りだったのだろう、叔母の家まで迎えに来てくれた。たぶん嬉しかったのだろう、その時の事はよく覚えている。病院へ生まれたばかりの弟を見に行ったが、「猿みたいだ」と思ったのが第一印象だ。そしてそのアパートからの引っ越しは夜だった。夜逃げというわけではなく、親父が仕事を休めなかったためみたいだ。

いまでも実家から少し足を伸ばせばその界隈がある。目黒区の林試の森公園のすぐ近くのこの界隈を昨年両親と散歩した。両親にとっても、このあたりに住んでいた頃の事は懐かしいらしい。
我が家の子供たちも、果たして子供の頃の記憶はどのくらい残るのだろう。いずれ、今この瞬間も大昔の事になるのだろう。

懐かしい2012年を、いつか今の自分と同じように振り返っているのかもしれない。そう思うと、日々子供たちとの触れ合いをもっと密にしようと思う。そしてあっという間に過ぎゆく毎日だが、一日一日を大事に過ごしたいと、あらためて思うのである・・・


【本日の読書】

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) - 楠木 建   麒麟の翼 (講談社文庫) - 東野 圭吾







2012年2月12日日曜日

レイトショー

昨夜は【ALWAYS三丁目の夕日'64】を観るために、久々に地元の映画館に行った。映画を観に行く場合、普段は圧倒的に仕事帰りに銀座で、というパターンなのだが、どうしてもこっそりと一人で観に行きたい場合は、地元の映画館を利用する。それも普通の時間帯ではダメで、夜のレイトショー目当てである。この【ALWAYS三丁目の夕日】シリーズは、過去2作とも泣いてしまった。そんな姿を他人には見られたくないし、そういう場合は観客が少ないレイトショーが最適なのである。

9時半に地元の映画館に到着。意外に人が多くて驚いたのが第一印象。全部でスクリーンが9つあるから、全部が全部【ALWAYS三丁目の夕日'64】を観にきているわけではないだろうが、あまり人が多いとこちらも目論見が外れてしまう。一瞬次のミッドナイトの時間帯にしようかと思う。

しかし発券機を操作したところ、それほど席が埋まっていない事を確認。そのままチケットを購入した。この発券機もいつの間にか導入されていたのだが、実に便利。観たい映画と時間帯をセレクトすると、座席が表示される。そこでタッチパネルで希望する座席を指定できる。この時、空席状況が確認できるわけである。両隣り空席の真ん中の列の席を選ぶ。

よくよく観察すると、ご夫婦が目につく。料金システムを見ると、「夫婦50割引」というのがあって、夫婦のどちらかが50歳以上だと、二人で2,000円となる。通常料金だと1,800×2だから、かなりのディスカウントだ。明らかにそれを利用していると思われる夫婦が目についたから、面白い狙いが当たっているようである。

映画は予想通りで、私の涙腺は為す術もなく崩壊。冷静に考えてみれば安手のホームドラマなのであるが、映画の世界に入り込んで観るタイプの私としては、冷静でいられるはずもない。その点では、銀座の映画館でなくて良かったと思う。
帰りも車のエンジンをかけてから10分後には家の玄関のドアを開けられるほどの距離だし、やっぱり昔から望んでいた通り、映画館のある街に住んで良かったと実感する。

映画の舞台となっている1964年は私の生まれた年。新幹線が開通し、東京オリンピックが開催された年だ。何かと話題には出るが、無論生まれたばかりの私にその頃の記憶はない。映画の中で描かれる1964年は、想像するしかできない世界だ。戦後の復興から経済成長へと突き進んでいた時代だし、昨日よりも今日、今日よりも明日と良くなっていった時代だから、世の中に勢いはあったのだろう。努力したものが、努力しただけ手に入る時代というのは確かに幸福だと思う。

映画の中では、幸せとは何かという事が問いかけられる。シリーズを通して訴えられるのは、幸せのあり方だと思う。今よりモノがなくても、今よりも不便でも、映画の登場人物たちは幸せを求め、ささやかな幸せを手にする。その姿が、ノスタルジーと合わさって涙腺を破壊してくれるわけである。

しかし、時間のフィルターは少しずつ悪い記憶をろ過していくという特徴を持つ。三丁目の夕日の世界は、みんな心が豊かだったように思われる。それは確かにその通りだとは思うが、その時代にもダメな部分もたくさんあっただろう。今は大変な時代だと誰もが考えている。しかし今なりにいいところがあって、それは時間のフィルターにかけられれば、良いものだけが濾し残されて、やがて30~40年後くらいには良い時代だったと振り返られるかもしれない。

事実、映画館にしたって、昔は身を縮めて座り前の人の頭を避けてスクリーンを観ていたものだが、今はゆったり座って、前の人を気にせず観る事ができる。発券機でクレジットカードを使って希望の座席を簡単に取って、人の少ない夜遅い時間帯でも映画を観られて、誰もが持っている自家用車で10分で帰って来られるだけでも、昔の映画事情とは雲泥の差だろう。大事なところは、そういうところに幸せを感じられるかどうかなのだろうと思う。

今の時代だって、身の回りの一つ一つの幸せに気がつけば、十分心豊かに暮らせるはずだと思う。そんな事を考えさせられた深夜のレイトショー。これからも映画館のある街の住民として、大いに利用したいと思うのである・・・


【本日の読書】

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) - 楠木 建  麒麟の翼 (講談社文庫) - 東野 圭吾





2012年2月8日水曜日

息子にスポーツ

息子には何かスポーツをやらせたい、と常々考えている。
今はまだ幼稚園だし、本格的にやらせるには少し早いと思うが、この春からは小学生、そろそろ親の方もある程度の考えはまとめないといけない。

そんな息子に「将来の夢は?」と尋ねると、「プロ野球の選手!」と答える。
それだけ聞いていると、何ら不思議はないし、よくありがちだが微笑ましい答えだと思う。
ただ、どうにも不思議なのは、なんでそう思うようになったか、だ。

私は物心つくと、すでに親父が毎日テレビでナイターを観ている生活だった。一緒に観ているうちに、自然と野球に興味を持ち、自然にジャイアンツファンになった。だが、私はほとんどナイターどころかテレビを見ない。もちろん、家では誰もナイターなど観ていない。なのにどこから「プロ野球の選手」などという発想がでてくるのだろう。まあ叔父さんに連れられて夏の甲子園大会に行ったから、その影響の延長なのかもしれない。ともかく、今は野球が第一の関心の的だ。

親の考えとしては、我が子にはやっぱり「最も面白いスポーツ」をやらせたいと思う。私も子供の頃に町内野球をずっとやっていたし、野球好きではあるけれど、「最も面白い」かと言うと、そこはラグビーに譲らざるを得ない。やっても観ても、やはりラグビーが一番だ。となると息子にも当然やらせたいと思うが、さてどこまで介入すべきかというところが悩ましいところである。

当の本人は、私がいつもラグビーをテレビで見ているせいか、それなりにラグビーに関心をもっている。たまにテレビを見ていては、迫力あるプレーに「おおすげぇ」なんて歓声を上げる。確かに良いプレーがわかるなんてすでにセンスがあるのではないか、などと思ってしまうが、打てば響く要素は十分秘めていると思う。もっとも、「でも痛そう」と変なところもよく見ていたりする。ラグビースクールへでも入れて背中を押せば、始める気がする。

ただ、野球も捨て難い。子供の頃に、野球ぐらいは(ちょっと本格的に)やった経験くらいは積ませたいとも思う。ラグビーは、全国大会を目指すほどでなければ、最悪、私のように高校から始めたっていいだろう。野球と平行して、関心を持ち続けさせるくらいの事はできると思う。

そうこうしているうちに、妻が空手をやらせてみたいと言い出してきた。
私も唯一残念に思うのは、武道経験がない事だ。
親も私に水泳だ、町内野球だ、習字だとやらせたのに、武道だけは考えなかったようだ。
自分としては、子供の頃に柔道か合気道あたりをやっていたかったと今でも残念に思う。
だから、それも悪くはない。

これから国際化の世の中、日本古来の伝統武道を身につけるのはけっして損にならない。
できれば柔道と思うのだが、それだと今度は妻の意見と真っ向から対立する。
柔道の方が、喧嘩になった時など実践面で何かと有益だと思う私に対して、空手を押す妻の理由は、「柔道はガニ股になる」だ。ハイヒール履くわけでもないし、関係ないと思うのだが、こちらの対立はちょっと厳しい。

ラグビーか野球か。
柔道か空手か。
まあ元気に楽しくやってくれれば何でもいい。
親としては、スポーツを楽しむという習慣だけはしっかりと身につけさせたいと思うのである・・・


【本日の読書】

ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件 (Hitotsubashi Business Review Books) - 楠木 建  苦役列車(新潮文庫) - 西村賢太





2012年2月5日日曜日

Made in Japan

仕事で取引先の社長さんと話をしていた時の事だ。
日本経済の将来はどうなんだろうという話になった。
どうしても暗くなりがちな未来像だ。
しかし本当にそうなんだろうか。

社長さんからは、今元気な中国人がたくさん日本にやってきてお金を落としていくという話を聞いた。炊飯器をたくさん買っていくと言う。そう言えば、先日朱健榮先生からも同じような話を聞いた。海外旅行へ行けるほどではなくても、日本製の炊飯器を買えるほど豊かになった中間層の人たちが、日本へ行けるほど豊かな富裕層(1,000万人いるそうである)の人たちに好みの炊飯器を指定して買ってきてもらうらしい。そんな中国人観光客は、「日本製か?」と何度も念押しして炊飯器を買っていくという。彼らにとって、“Made in Japan”は何よりのブランドなのだろう。

それは何も中国人に限ったわけではない。昨年妻はノートパソコンを買った。その時の最後の決め手は、“Made in Japan”だ。東芝や日立と言っても、Made in ChainaやThailandというものが珍しくないが、あえて“Made in Japan”を売り物にしていた。パソコンなんて、どれも「インテル入ってる」で同じだと思うが、それでも妻からすれば、安いレノボよりも“Made in Japan”のFMVだったわけだ。そこに何か鍵がありそうな気がする。

今は少しでも安くとみんな海外へ工場を移転させている。かつてアメリカも同じように日本に敗れた後、海外へ工場を移し、その後金融とITでその穴を埋めている。敵対していた日本企業に投資する側にまわり、今では投資家として利益を吸収している。日本の株式市場の主役は、今や外国人投資家だ。日本も同じ道を辿るだろうと言う人もいれば、辿るべきという人もいる。昨日もそんな意見を一つ聞いた。

しかし、アメリカにはなくて日本にあるもの。それが“Made in Japan”だ。
アメリカと同じ道を行かなくても、このブランドを活かせる道があるような気がする。
もちろん、何でもかんでも“Made in Japan”で通用するというわけではないだろう。
鳴り物入りで登場したシャープの亀山工場も、液晶パネルで大苦戦したわけだし、実際のところ性能面でどれほど違いがあるのかはわからない。ただ、中国人が「日本製」に拘って炊飯器を買う話には、目を向けるべき何かがある気がする。

性能ではトヨタや日産の車の方が上かもしれないのに、イタリア車は日本車より0一つよけいにつけて売れる。フェラーリのブランドの前に“Made in Japan”は通用しないが、中国人にとっての炊飯器や妻のような素人にとってのパソコンには通用する。そういう分野がまだまだあるような気がする。

かつて天下を誇ったソニーは大赤字を計上し、メーカーは揃って円高をなげき、政府の円高無策をメディアを使って訴える。コストダウンのために海外へ工場を移す事ばかりしていて、本当に良いのだろうかという気がする。せっかくの“Made in Japan”が泣いている気がする。

かつて一世を風靡した“Made in Japan”だが、為替レートの差だけがその繁栄の理由ではない。性能的にはライバルも台頭してきているのだろうが、円高と人件費の安さだけで剥がれ落ちるメッキだったのだろうか。製造業の立場にはいないからわからないが、素人的には“Made in Japan”の復活を強く願うところである・・・



2012年1月31日火曜日

クラッシック

音楽の趣味はと聞かれると、私はけっこう“雑食”系かもしれない。
ビートルズから浜崎あゆみまで、バッハから忌野清志郎や石川さゆりまでカバーしている。
どの分野が一番好きかと尋ねられても、難しいところだ。
その時の気分次第という答えになるだろう。
Queenな気分の時もあれば、ドボルザークな気分の時もあるのである。難点を言えば、「最近の曲にはついていけていない」というところか。

クラッシックはわりと好きな分野だ。
と言っても “広く浅く”だから本当に好きな人からみたら、笑われてしまうくらい入門編的な好みだ。好きな曲はといえば、一般的にメジャー な曲ばかりだ。高校生の頃はスメタナの「モルダウ」とかがだったし、「コブラ」に影響された時はひたすらショパンを聞いた。「ノクターン」なんかは簡単でわかりやすくていい。

ドボルザークは「交響曲第9番」がいいし、エルガーの「威風堂々」も好きだ(結婚式の入場の際に流してもらった)。バッハは宗教的な匂いに満ち溢れたオルガン系が好きだ。「トッカータとフーガ ニ短調」のパイプオルガンには特に心震えてしまう。またシンプルな「G線上のアリア」なんかも好きだし、バッハはわりと好きな曲が多いかもしれない。

そんなクラッシックには難点があって、それは「じっくり聞かないと聞いた気がしないし、じっくりと聞いているヒマなどない」という事だ。以前は、サントリーホールなんかへも足を運んでいたが、最近はすっかり足が遠のいてしまっている。心の余裕度のバロメーターだとしたら、今はまるでダメな時期だと言える。

しかし考えてみたら、クラッシックというのは凄い気がする。
300年以上も前に作曲されたのが、今に至ってもまだ世界中で演奏されているのだ。
きちんとホールで演奏されているばかりではない。映画の中に挿入されていたり、CMで使われていたり、着メロになっていたりして、実はけっこう身の回りに溢れている。

パッヘルベルの「カノン」という曲がある。
バッハやベートーベンやショパンやシューベルトや、思いつくままクラッシックの作曲家を挙げよと言われて、パッヘルベルの名前を挙げられるのは、けっこう詳しい人だろう。
一般的には知らない人の方が多い気がする。

しかし、パッヘルベルや「カノン」は知らなくても、曲は誰もが知っている。
わずか5分ほどの曲だが、(少なくとも日本では)知らない人はいないだろう。
音楽だけが、時代を越えてずっと残るというのも凄い事だ。
現代のポップスなど、どのくらい“長生き”するのだろう。

ビートルズの曲などは、今ではみんながカバーしている。
ちょっと気をつけていると、至るところでオリジナル曲はもちろん、カバー曲も流されている。娘の小学校の運動会で、準備体操のBGMが「オブラディオブラダ」だったのには驚いてしまったが、はたしていろいろな人たちにカバーされて受け継がれて、いったいどのくらい生き永らえるのだろう。興味深いが、答えを知る事ができないのが残念だ。

現代音楽ももちろん好きだし(その大半が「懐メロ」になりつつあるのだが)、これからも聞き続けるだろうけど、クラッシックも同じように楽しみたいと思う。
食後の一時にコーヒーを飲みながら静かにクラッシックを聞く。
そんなゆとりあるひとときを持ち続けたいと思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ I - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  1Q84 BOOK 2 - 村上 春樹





2012年1月28日土曜日

喫茶店

取引先の部長さんと話をしている時に、ふと近所にできたドトールコーヒーの話題になった。
「今の喫茶店はすっかり待ち合わせ場所になっちゃいましたねぇ」と部長さんが呟く・・・
「昔はねぇ、美人喫茶っていうのがあってね、よく銀座なんかの美人喫茶に行ったものですよ」と嬉しそうに語ってくれた。

美人喫茶ってどんなところだったのだろう。
世代の違う私には知りようがないが、その名の通り美人のウェートレスが働いていたのだろう。もう還暦も近い部長さんだが、その昔若かりし頃、ウキウキとそんなところへ出かけて行ったのだろう。

そう言えば、昔、大学のラグビー部の同期が「アンナ・ミラーズ」を絶賛していた事を思い出した。店員さんのミニスカートが、何とも言えないチェーン店だ。
きっとあんな感覚だったのかもしれない。
行ってみたかったな。

「行きつけの店があってね、行くといつも私の大好きなシャンソンをかけてくれましてね・・・」
それとは別に、行きつけの喫茶店があったらしい。
いつものコーヒーを飲みながら、大好きなシャンソンを聞いては至福の一時を過ごしていたという。そんな喫茶店、私にはないな。

喫茶店と言えば、今ではあちこちチェーン店ばかりである。
ドトールなんかは値段は安いが、あまりコーヒーをゆっくり飲んで、なんてくつろげる雰囲気はない。ちょっとした空き時間に、ちょっと寄ってコーヒーを飲むという感じだ。
コーヒーを飲むというよりも、時間つぶしなどのような目的が主だろう。
通いたくなるような喫茶店ではない。

そう言えば歌声喫茶なるものも聞いた事がある。
なんでもみんなで歌を歌っていたらしい。
さらに、今もたまに見かける「純喫茶」というのは、その昔風俗系の営業をしていた喫茶店との間に一線を画す意味で「純」といったらしい。
昔はいろいろあったようである。

高校の時には近所に行きつけの喫茶店があった。
「アイビー」という名前で、年取ったおじちゃんとおばちゃんが夫婦でやっている店だった。
ラグビーの練習帰りに寄って、ナポリタンをよく食べたものだ。
たばこを吸っていても、高校には通報しないでくれる良心的(?)な店だった。
大学の時も渋い喫茶店がいくつかあったが、行きつけというほど通った覚えはない。
今は、ないなぁ。

我が家族は、コメダコーヒーによく行く。
まあコーヒー目当てというよりも、シロノワールというパンケーキ目当てなのだが、食いしん坊の我が家族のような人種にはそんな利用目的もある。
子供が生まれる前は、妻と二人で近所の喫茶店に行った事がある。
ただ妻の目的は、コーヒーというよりもケーキだったりかき氷だった。
喫茶店もコーヒーだけでは厳しいのかもしれない。

でもやっぱり、静かな店内で大好きなコーヒーを飲みながらのんびり本でも読むというのが、私にとっては理想的な喫茶店の利用方法だ。今はまだ子供も小さいからなかなか難しいが、そのうちもう少し自由な時間が増えたら、休みの日には、本を持って喫茶店にコーヒーを飲みに行くという習慣ができているかもしれない。そうして至福の一時を過ごす自分を想像してみると、悪くはない未来だ。

そんな喫茶店を、今から探しておきたいと思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ I - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  1Q84 BOOK 2 - 村上 春樹







2012年1月24日火曜日

スキーin湯沢2012

近年、すっかり我が家の冬のレジャーとして定着した感のあるスキー。
先週末に今シーズン初滑りに行ってきた。
昨年スタッドレスタイヤも買ったし、せっせと行かないともったいないと貧乏根性が働いてしまう。

念のためと朝5時に出発。
途中雨と雪とで速度制限もあったりして、比較的ゆっくり行ったのだが、それでも湯沢の岩原スキー場には7時半についてしまった。
板を借りたり、着替えたりしてゲレンデがオープンするのを待つ。

久しぶりの割には子供たちもすいすいとボーゲンで滑り始める。
長女は向上心が芽生えたのか、足を揃えて滑る練習を始める。
そういう気持ちを大事にしようと、2日目にNASPAスキー場でスキー学校に入れたのだが、娘曰く「ただ滑っていただけ」という結果で、どうも無駄だったよう。
子供だと思って熱心には指導してくれなかったようだ。

ゲレンデは相変わらず空いていて、昔のようにリフト待ち30分などという事はない。
食堂もすんなり座れて快適。
道路もリフトもゲレンデも混みまくっていたあの時代。
昔はよくあんな状況を我慢していたものだと、改めて思う。
昔だったら少しでもと欲張ってガンガン滑るところだが、今は子供たちのペースに合わせてゆったりと滑る。それでも空いているゲレンデでは、「元が取れない」といった焦りは感じない。

長男は雪遊びをしたがる。
食事もそこそこに外で穴を掘ったり、雪をこねたり。
せっかく来たのだからと、スキーに誘うも、「もうちょっと」と渋る。
考えてみれば東京では雪遊びなどできないし、何より子供を楽しませようと思ってきているわけだから、と考えて遊ばせる事にした。一緒に雪合戦もする。
仕事に行くのは大変になるが、子供のためには、たまには東京に雪が積もってもいいんじゃないかと思ってもみる。

夜はバイキングで腹いっぱい食べて、温泉につかる。親はこれが目的。
湯けむりの中、流れるお湯の音を聞き、時々桶のぶつかる音が響く中で湯船に浸かる。脱日常・・・
気がつけば昼間の疲れも出て、子供たちと一緒に寝てしまう・・・

2日目はNASPAスキー場。
ここも初心者には優しいゲレンデ。
山頂に立つと、遠くの山々に遥か下界には車が走る街並み。絶景かな・・・
大昔にこの景色を見た人たちは、今日のこの有り様は想像できなかっただろうなどと思ってみる。今はつくづく良い時代だ。

子供たちもエンジンがかかり、ガンガン滑り出す。
妻と二人限界を感じ、やがてリフトの終了時間をカウントダウンして待つ始末。
体力的に下り坂にある身と上り坂にある身の違いを感じる。
本当なら、ゆったり余裕の一泊スキー旅行なのだが、これなら日帰りの方が楽かもしれないと感じる。

夕方5時にゲレンデを出発し、途中夕食を食べて9時半帰宅。
渋滞もあったが、まあこういう感じで往復できるのなら、悪くはない。
あと1~2回、今度は日帰りとなるが行きたいと考えている。
しかし、帰ってきたあとは洗車が大変なんだな。
今度の週末はまずそれからとなりそうなのである・・・


【本日の読書】

僕は君たちに武器を配りたい - 瀧本哲史 スティーブ・ジョブズ I - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二




2012年1月19日木曜日

中国から見た日本2012

先週末に、母校の財団法人で主催する社会人向け勉強会「寺子屋小山台」があった。
今回の講師は、東洋学園大学の朱健榮先生。
毎年お招きしている方なのだが、テーマとしては中国について語ってもらっている。
文化・習慣の違いといった手軽な話題から、政治経済のお堅い話までいろいろと熱く語っていただいた。

その中で中国人の「お礼」についての話があった。
中国人は、実はお礼を言わないそうである。
と言っても「謝謝」という言葉はあるから、まったく言わないというわけでもないだろう。
あくまでも日本の感覚とは違うお礼感覚という意味である。
それは「大恩、不言謝」という言葉に表れていて、日本式のお礼とは異なるもののようである。

例えば最近、妻が私にお菓子を勧めてくれた。

黒糖入りの珍しいゴーフルだった。
普段そういうものは、私のいないところで子供たちと食べてしまうようなのだが、その時は機嫌が良かったのかもしれない。
あるいは、手紙の効果かもしれない。

どうしたのかと聞いたところ、「ママ友にもらった」とのことだった。
何でも子供の服だか何かを貸してあげたら、お礼にくれたのだと言う。
日本人の感覚では不思議でもなんでもないこういう行為だが、中国人から見れば違和感があるらしい。

曰く、「貸し借りをその場で清算してチャラにしている」ような感じに映るのだと言う。
中国人は、その都度の「お返し」という感覚はなく、次の機会にもっと大きくして返すのだと言う。それまでは親密な関係でいられる感覚らしい。

そう言えば、かつて日本は中国にかなりのODAを貸与していた。
それに対して、中国は感謝の意を表明するわけでもなく、それをマスコミは随分と批判して取り上げていた。あれも中国式ではむしろ当然なのだと言う。
なかなか我々日本人には馴染まない感覚だ。

また、家族間では「おはよう」などという挨拶もしないらしい。
親しくなればなるほどそうらしい。
これなんかは、「いくらなんでも挨拶くらいするべきだろう」と思ってしまう。
しかし、考えてみれば日本人だって夫婦間では「愛してる」なんてほとんど言わないだろう。
まあ新婚カップルやよっぽど仲の良い夫婦なら別だろうが、一般的にはそうだろう。

だがアメリカでは、映画を観ていてもわかるが、常に“I love you”と言っている。
聞くところによると、夫婦間・家族間ではいつも互いにそう言いあわないとダメらしい。
そんなアメリカ人から見れば、「愛してる」と言わない日本人は奇異に映るのかもしれない。

どのスタイルが優れているというわけではない。
ただそれぞれ違うという事だ。
要は異文化間では、自分の物差しで相手を見ない事が大切なのだ。
そんな事をいつも感じさせる朱先生の講義である。
マスコミの報道からは伺い知れない中国の話を伺えて、いつもいい機会だとありがたく感じている。

しかし思い起こしてみれば、我が妻も新婚時代は、毎日のように「私の事愛してる?」と聞いてきたものだ。今となってはもう遠い過去の話となってしまったが、当時とは別人のような今の妻を見ていると、やっぱり家族の間では、中国式よりも日本式よりもアメリカ式の方がいいなぁと、つくづく思うのである・・・


【本日の読書】

スティーブ・ジョブズ I - ウォルター・アイザックソン, 井口耕二  どうする? 日本企業 - 三品和広



2012年1月15日日曜日

イラン情勢

アメリカとイランの緊張が高まっている。
何気なく読み過ごすニュースであるが、専門家の分析によると、アメリカの国家戦略の一端としての動きらしい。

アメリカの国力を支えているのがドル基軸通貨体制。
全世界で米ドルが貿易決済の手段として使われている。
これがあるから、世界最大の赤字国アメリカも破綻しないで済んでいる。
これが崩れれば、国家財政破綻という事にもなりかねない。

これに反発するのがロシアや中国などの国々。

かつてイラクが石油の決済通貨をドルからユーロへと変更。
ドル基軸通貨体制への抵抗を見せた。その結果がイラク戦争。
アメリカが主張した大量破壊兵器はとうとう発見されず、戦後石油取引はドルに戻されている。

今イランがこれに続く動きを見せていて、すでに石油取引の決済をドル以外にしているらしい。アメリカは、石油や天然ガスなどの資源も豊富なイランを支配下に置きたいという意向は常々もっており、このまま放置すると他の湾岸諸国も追随しかねない状況を危惧しているという。という事でアメリカはイラン潰しに出ているのだという。

そんな事は新聞のどこを探したって出ていないし、本当なのかと思わずにはいられない。
しかし言われてみれば、核開発疑惑どころか実際に作って地下実験までやっている北朝鮮に対しては、アメリカは何にも言わない。グリーンスパン元FRB議長も確かに自伝の中で、イラク戦争は石油利権のためだったと書いている。とすれば、そういう面もかなりあるのかもしれないと思ってみたりする。

我が国はイランとの関係も深く、原油も輸入している(円建なのかリヤル建なのかは知らないが・・・)。アメリカの手前制裁措置に協力せざるを得ないのだろうが、どうなのだろう。イランは対抗措置としてホルムズ海峡封鎖を示唆しているし、そうくるなら軍事的に排除するとイギリスは息巻いている。

一方でイランはIAEAの査察受け入れを表明し、あくまでも開発は原子力発電所だと自らの正当性を主張している。イランとてイラクの経緯を隣で見ているだけに、アメリカの武力行使を牽制しているのだろう。

日々のほほんと平和に暮らしていられる我が国だが、海の向こうでは熾烈な水面下の戦争が始っているのかもしれない。いざ戦争となっても、イラク戦争の時のように我々には大して影響がないのかもしれない。だからどうだと言う事もないのだろうが、個人的には大いに関心を持っていたいと思うのである・・・


【昨日の読書】

日本の未来について話そう -日本再生への提言- - マッキンゼー・アンド・カンパニー どうする? 日本企業 - 三品和広





2012年1月10日火曜日

記憶力

週末、子供たちと一緒に風呂に入ると、「クイズ出して」とせがまれる。
お風呂ではいろいろ話もするが、クイズは割と子供たちに好評である。
と言っても、何でもいいわけではない。長女はハリー・ポッターシリーズ、長男はウルトラマンシリーズに関したクイズを要求するのである。つまり、今自分が最も関心の深い事柄について、なのである。

長男の方はまだまだ対応できる。
だが、長女の方はお手上げだ。
何せこちらは1巻しか読んでいない。
今最後の7巻の下巻を読んでいる長女とは知識の量が違う。
もうついていけないのであるが、先日は思いあまって「ハリー・ポッターに出てくる登場人物をあげよ」という問題を出した。

15人挙げなさいとしたのだが、こうすると答えはわからずとも、娘にしばし答える時間をかけさせられるので、我ながらナイスな問題だと悦に入っていた。私も取りあえずハリー・ポッターや、ハーマイオニー、ロン、ダンブルドア、スネイプなど頑張れば10人くらいは挙げられる。本は読んでなくても映画は観ているのだ。

さて、嬉々として登場人物を挙げ始めた長女。
あれよあれよという間に課題の15人を楽々突破。
そうすると私もついて行けない。
20人を越え、30人を越える。
詰まったところで私もヒントを出す。
「ほら、トイレに出てくる女の子の幽霊」と言った具合だ。
(と言っても私は名前を忘れてしまっている)

やがて40人を越え、50人を越える。
この辺になると「おいおい本当かよ」と思い始める。
私がわからないと思って適当に言っているのかな、との思いも脳裏をよぎったが、楽しそうに数えあげている娘の純粋な表情には、そんなズルのあとは微塵も感じられない。
結局57人でギブ・アップ。呆気に取られてしまった。

まずそんなに登場人物がいるのかとの疑問が湧いた。ただ全7巻だし、それも上下巻セットという巻もあるから、全体としてはかなりの長編ということもあって、どうやらそれ以上いるようである。次にそんなによく覚えているなという驚きだ。あらかじめ問題を出された上でならともかく、普通に読んでいてそんなに登場人物の名前を覚えるか、と。

私でも小説を読んでいて、ほんの何人かの登場人物であってさえ、「この○○って何の人だっけ」と前のページをめくるなんてしょっちゅうだ。それを普通にストーリーを追い掛けながら読んでいて、脇役の名前までしっかり覚えてしまうなんてと、呆れてしまう。当の本人は、本の裏を見ては、「ああまだ、○○と○○と○○がいた~」と悔しそうにしている。子供の記憶力って凄いなぁとあらためて思ってしまった。

そう言えば昔は向かうところ敵なしだったトランプゲームの「神経衰弱」でも、この頃娘に勝てなくなってきた。映画を観ていて、友人と話をしていて、「あの映画に出ていた俳優なんだっけ、ほら・・・」なんて事はいつもの事だ。声をかけてきた知人の名前を思い出せない事だってザラだ。

年をとれば脳細胞だって劣化するし、仕方ない事だとは思うが、目の前に娘の記憶力を見せつけられるとあらためて愕然としてしまう。たまに日記を読み返してみるが、完全に忘れてしまっている事もけっこうある。その時その時のちょっとした喜びなんかは、忘れてしまっていたりする。嫌な事なら良いのだが、良い事ならみんなずっと覚えていたいと思うが、実際はかなり忘れているようだ。この先、そうした事がもっと増えるのだろう。

記憶とはその人そのものと言える。
57人もの登場人物を覚えていなくてもいいから、せっかくの日々の楽しい記憶はずっと持っていたいものだ。それでもいずれは一つ一つ忘れていくのかもしれない。
まあ仕方のない事なんだろうけど、そんな危うげな記憶の補助として、せめて日記やブログはずっと続けていきたいと思うのである・・・


【本日の読書】

夫婦ゲンカで男はなぜ黙るのか - タラ・パーカー=ポープ, 古草秀子  無花果の森 (新潮文庫) - 小池 真理子







2012年1月7日土曜日

妻への手紙

妻とのギクシャクした関係に頭を悩ませていた昨年暮れ。自分の中では最悪の想定もした。このまま冷たい態度を取り続けられて、ずっとそんな関係を続けていくのは無理な相談。人生を新しく始めるなら早い方が良い。子供たちには母親が必要だから親権は妻に渡し、一人実家へでも戻って親と暮らそうか・・・

されど子供たちと離れるのは何より辛いし、子供の成長過程を見守りたいし、何かあれば相談の一つにも乗ってやりたい。子供の精神的成長にも悪影響を与えたくないし、家庭内離婚状態でも自分が我慢すれば良いのだろうか。「子はかすがい」と昔から言われている言葉がふと思い出される。そんな葛藤が心の中で渦を巻いていた。

そうした中で、やっぱりもう少し自分なりに関係改善に努力してみるべきではないか、と思い至った。せっかく結婚したのだし、失敗した部分があるとはいえ自分が選んだ相手でもあるし。ダメならダメで仕方がないが、やれる限りの努力はするべきではないか、と。とは言え、話し合いの提案は拒絶されておりうまくない。そこであれこれと考え、手紙を書くことにした。

妻への手紙などと言うと、結婚前に新居の鍵を送るついでに書いた程度で、あまり記憶にない。現代人らしくラブレターなども妻には書いていない。そう考えると、何をどう書くべきかと言う迷いもあったが、取りあえず書き始めた。日頃の思い、考え、喧嘩の原因となった事についての自分の考え・・・

まずは自分がどんな事を考えているか、それを説明し、できれば子供たちのためにも自分達のためにも、仲良くやっていきたいと。「家族とは一緒に幸せになるためのチーム」と何かで読んだ言葉も添えて、そんなチームとしてうまくやっていきたいといった内容を書きつづった。
朝、それをテーブルの上に置いて出勤した。

その手紙についての妻からのコメントは何もない。
ひょっとしたら返事でも来るかと淡い期待を抱いてはみたものの、何もない。
ただ、うまく気持ちは伝わったような気がする。
それはその後の妻の言動に表れているように感じるのである。
相変わらず、私のやる事に口うるさい。
表面的な態度は何も変わらない。
ただ、言葉に“とげ”がないのである。
それが妻なりの返事なのかもしれない。

大掃除も年末年始も、妻の言葉や態度にそれまで感じられた“とげ”がなくなった。
単なる気のせいかもしれないが、私にとっては大きな変化だと感じた。
その昔、終末時計なるものがあった。核戦争の脅威が高まる中、その時計の針が世界の終末までの時間を表示しているのをテレビでみた事がある。
我が家の終末時計については、大きく針を戻した気がする。

お正月、長女と風呂に入って、今年の目標や希望などについて話しをした。
ついでに「パパとママに望む事」を聞いてみた。
「夫婦喧嘩をしないでほしい」というのが、娘の回答。
我々が喧嘩するたびに、どうしてよいかわからなくなり泣きそうになると長女は言う。
まあそうかもしれない。

その昔、自分も両親が喧嘩をした事を覚えている。
かなり大きな喧嘩だったが、子供だった私は、その時それを布団の中でなす術もなく聞いていた。大きな喧嘩はそれ一度だったと思うが、そのすぐあと母に「お父さんとお母さんとどっちが好き」と聞かれた。当時はちょうど男の子として、いつまでも「ママ、ママ」というのは恥ずかしいと思い始めていた頃だったから、私は思わず「お父さん」と答えてしまった。その時母は寂しそうに、「じゃあお前はお父さんのところに行きなさいね」と言った。

子供心にも「しまった」と思ったものである。
あの時、母は離婚を考えていたのだと思うが、今考えても子供には酷な質問だ。
さて、そんな質問を我が子にする心配も遠のき、年始から何とか水平飛行に移れそうな我が家。まだまだ油断大敵だと思うから、パイロットとしてしっかり安定飛行を心掛けていきたいと思うのである
・・・
                

2012年1月4日水曜日

新春雑感2012

また新しい年が始った。
昨年は母親の体調が悪かったため、一人実家で3日間を過ごしたが、今年は母親も少し体調が回復したので、またいつも通りの正月を過ごした。今年は私と娘とがそれぞれ年男と年女。
娘も初めての年女という事で、いつもとは違った気分で年を迎えたようである。

初詣は毎年恒例の近所の神社。この街に住み始めてもう16年。今年で15回目の初詣という事になる。年に一回しかお参りしないものの、地域の氏神様としてこれからも欠かさずに参拝したいものである。

元旦に私の実家に行き、弟家族とともに新年を祝う。
高校2年の甥(兄)はすっかり雰囲気が大人びている。
中学3年の甥(弟)も社交性を身につけてきた。
「たかいたかい」をしてやると、よだれを垂らして喜んでいたのがつい最近のような気がする。我が家の子供たちにとっては、たった二人しかいない従兄であるが、従兄弟たちと遊んだ自分の経験から比べると、やっぱり少子化というのは子供たちにとってもかわいそうな気もする。

2日から大阪の妻の実家へ移動。
昨年行っていないので、2年振りという事になる。
人の家ながら、着く早々気になっていたラグビーの大学選手権準決勝にチャンネルを合わせる。昔はだいぶ待遇が良かったものだが、最近は普通に扱われるようになってきた。
それに合わせて、私も我が家並みに遠慮がなくなっている。

3日には義妹夫婦も交えて道明寺に初詣。おみくじは小吉。
辰年ゆえに大きな飛躍とでも書かれていれば、幸先よいスタートだったのだが、「思ったよりも伸びない」と書かれていた。まあ今年は、大きな飛躍よりもきちんと守るものは守り、守りながら前進するというイメージでいきたいと思っていたから、ちょうどそれに合っているのかもしれない。ラグビーでも良いディフェンスというものは、タックルで相手を止めるばかりでなく、少しずつ相手を後退させていくものである。今年はそういうイメージで行きたいと考えている。

夜はみんなでトランプゲーム。
ウノをやったのだが、みんなでわいわいできるのが、こういう昔ながらのゲームの良いところ。Wiiも良いとは思うが、老若男女7人が一緒に楽しめるこういうゲームはこれからも続けたいものである。みんなの笑顔の対価だと思えば、なぜか一人連敗して罰ゲームとしてアイスを買いに行かされたのも愛嬌というものだ。

毎年恒例の通り、今日は一日休みをもらって一人帰宅。
妻と子供たちは学校と幼稚園が始る前日まで大阪に滞在。
さすがに大阪へ一泊二日というのは忙しない。
こうして休みを取って二泊できる環境にはひたすら感謝だ。
例年通りの正月を過ごして思う事は、やっぱり毎年同じような正月を過ごせるというのはありがたい事だということ。そういう正月を、これからも過ごしたいと思う。

一日遅れて明日から仕事始め。
良い一年が送れるように、しっかりと頑張りたいと思うのである・・・

【本日の読書】
夫婦ゲンカで男はなぜ黙るのか - タラ・パーカー=ポープ, 古草秀子 無花果の森 (新潮文庫) - 小池 真理子





2011年12月31日土曜日

大みそか雑感

慌ただしい年末。
今週は町内会の夜回りがあった。
今年は当番で町内会の活動に参加しているが、その一環だ。
柏木持って、「火の用心!」と言いながら30分ほど近所を回る。
火事が大きな脅威であった江戸の時代ならともかく、この現代で今さらこんな事して何になるという気がする。たぶん、何にもならない。ただ、ご近所の人たちとの親睦という意味では、かなり意味のある事だと思う。
そういう意義を感じて、積極的に参加。
 
大みそかは例年通り、最後の大掃除。
我が家は分割して大掃除を行っている。
今月4回目の今日は玄関周りと洗車だ。
今年から高圧洗浄機を導入。
これがなかなかの優れモノ。
例年はデッキブラシでゴシゴシやっていたのだが、今年はこのマシンでラクラク。
次々と汚れが落ちていく様は爽快であった。

妻の話によれば、ご近所はみんな昨日一昨日で大掃除を済ませたらしい。
おそらく28日が仕事納めでお休みだったのだろう。
30日まで仕事の我が身からすれば、仕方ない。
それでも何軒かのお父さんは外へ出て最後の掃除に精を出していた。

プラプラとスーパーへ行けば、けっこうな人出。
たまには日本酒でもと思って買いに行ったのだが、棚はガラガラ。
けっこうみんな今日はお酒という気分なのだろうか。
やっぱりそこは日本人なのかもしれない。

昼に年越しそばを食べ、夕食はすき焼きというのが大みそかの我が家のメニュー。
BGMは紅白歌合戦だ。大阪の妻の実家から美味しい肉を送ってもらい、それをみんなで食べる。
今年は震災や母の入院などいろいろあったが、こうしていつものように締めくくる事が出来た事に感謝しないといけない。

Facebookで長年連絡の途絶えていた人と繋がったのも大きな収穫だった。
いい年だったと思いたい。
そして来年は、少しでいいから今年よりもいい年にしたいと思うのである・・・


2011年12月27日火曜日

クリスマスに悩む

25日の朝、世間と同様我が家の子供たちもサンタさんからのプレゼントを受け取った。
長男は、ここのところウルトラマンシリーズにハマっていると言う事もあって、「変身セット」をもらった。長女はWiiのソフトである「リズム天国」。さすがに長男のような幼さはない。

起きて真っ先にツリーに駆け寄り、プレゼントを確認する長男はわかりやすくていい。
一方の長女はというと、昔から喜びを表に現さない。
布団の中から薄目を開けてプレゼントを確認するとまた寝てしまうというのが、例年のパターン。今年も弟からプレゼントが届いていると聞くと、まだ途中だった夢の方が大事とばかりに布団をかぶってしまった。面白いものだと思うが、それはまあいい。

一つ気になるのは、「まだサンタを信じている」というところだ。
年長さんの長男は良いのだが、5年生の長女はどうなのだと思う。
娘の同級生の母親に聞くと、信じているという子でも「信じていないとプレゼントをもらえないから」信じていると言うらしいし、私の職場の同僚家のように中学・高校の子供が「暗黙の了解で」信じているようなケースもあるが、それに対して我が娘の場合は、「本気で」信じているのである。

2年前に「サンタさんてほんとにいるの?」と聞かれたが、どうも その時の説明がまだ有効らしい。可愛いものだと思えばいいのかもしれないが、もうそろそろいかがなものかと心配になってくる。人はたいがい何かを信じている場合、それに反する話を聞いた時には考え方を改めるか、拒絶するかだ。

「そう言われてみれば変だな」と思えば、考えを改める方にいくだろう。
「そんな事ない」と自分の考えに固執するのは、考える事を拒絶しているのか、論理的・合理的に考えられないかだ。5年生くらいになったら、そろそろ「そう言えば変だ」と思うだけの思考回路が出来あがってもいい頃だと思うのだ。夢を持つのも大切だが、現実に気がつく事も大切だ。

自分はどうだっただろうと思い出そうとしたが、思い出せない。
たぶん学校で友達に言われたのだと思うが、あまり覚えていない。
何度ももらった記憶がないところをみると、たぶん比較的早い段階でわかったのだと思う。
娘ももういい加減と思うが、かと言って純粋に信じている娘を傍らに呼んで、「実はな」とやるのもいかがなものかと言う気がする。悩ましいところだ。

いつまでも信じる純粋性も素敵だが、世の中はそればかりでは渡っていけない。
おれおれ詐欺の被害が今だに続いているのも、言ってみれば純粋性の一種と言えなくもないが、相手の話を聞いて冷静に判断できるところも大切だ。
いまだパパとお風呂に入るのにも抵抗のかけらさえ見せない我が娘。
幼いと言えば幼いのだが、この頃少し胸も膨らんできたし、こちらの方がいつまで一緒に入ってもいいのだろうかと戸惑う有り様。

ある日突然娘に「もうパパとお風呂に入らない」と言われてショックを受ける、という父親の図式が待てど暮らせど訪れる気配がない。まあ健康で元気が一番だと思っているから、そんな事は気にするほどでもないのだが、ふと考えてしまうクリスマスなのであった・・・


【本日の読書】
心を整える。 勝利をたぐり寄せるための56の習慣 - 長谷部誠  赤い指 (講談社文庫) - 東野 圭吾