2016年5月4日水曜日

企業風土は変わらない

 三菱自動車が燃費のデータを偽装していたことが発覚し、大きな問題となっている。そういえばフォルクスワーゲンも排ガスのデータを偽装していて大問題になったが、厳しい競争の中、そんなに簡単に性能アップができるわけもなく、結局はごまかしに走ってしまうのであり、それは「大企業だから大丈夫」ではないことの十分すぎるほどの証である。

 個人的に社会人になって13万円で初めて己の愛車となるマーチを買って以来、日産⇨トヨタ(2台)⇨マツダと乗ってきていて、三菱には乗っていない。たまたまと言えばたまたまであるが、「空飛ぶタイヤ」事件以来は意図して「三菱だけは」避けている。それは多分これからも一生変わらないだろう。

 企業の不祥事は珍しいことではないが、「空飛ぶタイヤ」事件はひどいと思ったし、それに対する怒りと共に、こう言う企業は多分変わらないと思ったことがその理由である。そしてそれが正しかったことが、2004年とそして今回とで証明されたことになる。これでもかつては大銀行に勤めていたから、大企業の「企業風土」というものはよくわかっている。一旦染みついたものは、そう簡単には拭えるものではないのである。

 今回の原因は、担当部署の部長が指示したと伝えられている。相川社長は知らなかったらしいが、たとえそれが事実であったとしても、もしも相川社長が問題の部長職にあったら指示しなかったかというと、そうは思わない。そしてそれこそが「企業風土」なのである。それが証拠に、たとえ部長がすべての原因だったとしても、一人ではできないだろう。当然、指示を受けてそれに従った社員がいたわけである。

 指示を受けた社員は、当然「そんなことしていいのだろうか」と心の中で思ったに違いない。あるいは「いいんですか?」と聞いたかもしれない。もう一歩進めて「それはまずいんじゃないですか」と異を唱えたかもしれない。しかし、部長に「いいからやれ」と言われて従ったのであろう。もしかしたら「できません」と答えた気骨ある社員がいたかもしれない。しかし、そうした社員は外され、素直に従う社員が実行したのであろう。

 今回の不正もいつから始まったのかはわからない。しかしおそらく昨日今日の話ではないだろうし、他にも似たような話はあるだろう。気骨ある社員は低い評価を受けて本流からは外れ、「素直に従う」社員が評価されて上に行く。それを見ていた社員は、「何を優先するべきか」を理解し、疑問ある指示にも異を唱えず従う風土ができていくわけである。
「正直者がバカを見る」世界の完成である。

 指示を出した部長は確かに悪いが、たとえ他の人がその部長職に就いていたとしても結果は同じだろう。部長にしてみれば、性能アップに対する要求に答えられなければ自分の評価に関わるわけだし、そこは素直にできませんとは言えなかったのであろう。何でも社内では、「CFP(カスタマー・ファースト・プログラム)」という社員の意識改革活動をやっていたというから滑稽である。優先されるべきは顧客と言いつつ、それはあくまでも「建前」という意識風土だったのであろう。

 間違いなく言えることは、これは「一部長の犯罪」ではないということである。それは「空飛ぶタイヤ」事件とそれに続く「リコール隠し」、そして今回と長年不正が続いてきていることが何よりの証である。事態を受けて三菱自動車は大打撃であり、今度こそ倒産か身売りかと噂されている。まぁ、どうなろうとこれからも三菱自動車グループの車を買うことはありえないからどうでもいいことである。

 それにしても、三菱自動車だけが悪いかと言えばそうではないだろう。そして東芝もそうであったが、上司の指示に「素直にしたがう」社員がいる限り、どこにでも起こりうることである。しかし、自分の出世と引き換えに正義を貫けるかと問われると、YESと答えられる人はどのくらいいるであろう。問題が発覚しなければ、「正義の人」は一生社内の日陰者で終わり、年下の部下に使われてしがないサラリーマン人生を終えるわけである。それを考えれば、YESと言えるかどうか、自分でも自信がないというところが正直なところである。
 
 結局、そういう企業風土の会社には関わり合いを持たずにいくしかないが、車ならできるがそうでない商品の会社であれば、ちょっと怖いなという気がする。子供達にはそういう会社に入って欲しくないし、外からわかれば避けられるかもしれないが、わからなければ祈るしかない。願わくば、そういう会社に関わり合うことなくやっていける様でありたいと思うのである・・・


 
 

2016年5月1日日曜日

都知事の言い分

ここのところ舛添東京都知事が批判にさらされている。なんでも贅を尽くした海外視察をし、湯河原の別荘に毎週公用車で通っているのだとか。海外視察の行く先はロンドンで、ファーストクラスの航空券が266万円、スイートルームの宿泊が5泊で100万円、借り上げた車両が623万円、ラグビーW杯の観戦が128万円などトータルで5,000万円を超えるらしい。一週間ほどの期間の話であるが、庶民感覚からすれば確かに桁外れの感がある。

批判意見としては、ロンドン市長のそれとの対比がわかりやすい。東京出張でビジネスクラスの航空券が66万円、宿泊は一泊3万5千円、借り上げ車両が65万円などトータルで626万円だったそうである。もちろん、ロンドンの方が物価が高く(東京の1.5倍くらいらしい)、随行員の人数の差もあるし、ラグビーのワールドカップもないから、都知事の方が高くなるのは当然である。あとはその差である4,400万円ほど(約8倍)が妥当か否かの判断だ。

橋本徹元大阪市長も批判者の一人である。大阪の場合、都市部でもホテルの宿泊費は13,200円が上限だそうで、こちらは実に慎ましい。財政難の大阪は、知事が使えるお金もずっと厳しいだろうし、公務員の給与を下げていた手前、知事としてもそうせざるをえなかったこともあるだろうが、実に「庶民納得」の数字である。

それに対し、舛添都知事は、スイートルームは警備上の都合らしいし、湯河原の別荘はじっくりと仕事について考察する環境なのだそうであり、「ルールに従っている」と説明している。だが、橋本さんからすれば、「ルールなんて変えればいい」と手厳しい。知事経験者だけにトンチンカンな批判とは言えないし、相変わらず筋が通っているだけに、舛添さんの説明は苦しいものにしか聞こえない。

確かに贅沢だと思うが、個人的に批判する前に知りたいことがある。
その一つは、まず「歴代の知事はどうだったのか」ということだ。湯河原の別荘は舛添さんだけかもしれないが、石原さんなんかはどうだったのだろう。もしも同じような状況だったのであれば、批判の対象は「舛添さん」ではなく、「都知事」にしないといけないだろう。東京都は財源が豊富だとは言っても、国家財政の厳しいこのご時世であり、そのあたりは考えてもらわないといけない。

もう一つは、「それに見合う実績を上げているのか」というところである。我々都民の生活向上に多大な貢献をしているのなら、それはそれでいいじゃないかと個人的には思う。桁違いの報酬を取るアメリカのCEOとまではいかなくても、ある程度は許したいと思う。だが、オリンピック誘致は前知事のことだし、都民税も格段下がっていないし、舛添さんになって何か生活に変化があったかというと、そういう実感に乏しい。何かあるならそれを教えてもらいたいと思う。

本来、そうした役割はマスコミに期待したいところであるが、なぜかあまり積極的には取り上げていないように思える。政治家も「説明責任」というものをきちんと果たしていないような気がする。舛添さんにしても、今の説明はなんだか苦しい言い訳に終始している。「これだけの実績を残しているのだから当然だろう」くらいは主張してほしいところである。

確かに問題視されている部分はおろそかにしてはいけないところだとは思う。だが、議論の中身を見ていると、どちらもスケールの小ささを感じてしまうところがある。トップに立つ人には、清廉潔白清貧も大事だが、それ以上に大きな実績を期待したいと個人的には思う。

都知事としての歴史の評価が、「ロンドン豪遊」ではあまりにも寂しい。やはりここは後世に残る大きな実績を期待したいと思うのである・・・



【今週の読書】
シフト――2035年、米国最高情報機関が予測する驚愕の未来 - マシュー・バロウズ, 藤原 朝子 「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告 (文春新書) - エマニュエル・トッド, 堀茂樹・訳