2025年10月8日水曜日

老親と暮らす

たはむれに母を背負ひて
  そのあまり軽きに泣きて  
    三歩あゆまず 
石川啄木「一握の砂」
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 妻と別居して実家に戻ってもうじき1か月である。本来、息子が大学を卒業するまであと2年半我慢していようと思っていたが、繰り上げたのは実家の両親がそろそろ2人だけで生活させておくのが危なっかしいと思ったためである。両親とも短期記憶が劇的に劣化しており、一晩寝るとみんな忘れる状態である。家事もままならぬ様子で、食事もあるものを食べている状態。一度平日の夜に行ったらその日の夕食はコンビニのおにぎりという状態であった。実家に戻って取り急ぎ改善をしたのは食事である。

 食事といっても、私も「男子厨房に入らず」の世代である。そうもいっていられないので、数年前からスマホアプリ片手に見よう見まねで包丁を握っている。今までは週に1度実家に通って料理を作っていたが、それが今度は1週間に1度ではなく毎日である。これが思ったより大変である。とりあえず週末は良しとして、平日は食事の宅配に頼ることにした。ところがこれも簡単ではない。まず午前中に食材が届くが、お昼にそれを食べてしまう。夕食用だから食べないようにと言いおいても忘れて食べてしまう。それも連日にわたってである。

 怒っても嘆いても、次の日には忘れて食べてしまう。やむなく最初の週は毎晩弁当を買う羽目になってしまった。食事の宅配を頼んだのは週3日。家計費の節約も考えないといけない。しかし、始めてみるとこれがなかなか大変。週末に週4日分の献立を考え、食材を買う。土日は当日作って食べ、月曜日の分は日曜日に作り、金曜日の分は前日に作り置きする。届けてもらった食材を食べられてしまうのは昼食がないから。したがって両親だけの昼食も考えないといけない。そうなると、常時食事のことが頭の中を占拠する。

 考えてみると、共働きの主婦はこれを毎日やっているのである。調理の手間暇はそれほどではないが、それよりも献立や食材の調達やらと食事のことを考えることが何より重荷になる。慣れてくればもう少し負担も減るのかもしれないが、今は頭の中を食事が占める割合が多くなって大変である。昼食を用意し、朝、届いた食材を食べないように母に伝え、昼に電話をして食材が届いたことを確認し、食べないように再度念を押す。そしてようやく夕食を確保できたのである。

 仕事が終わって帰宅前に電話をし、ご飯を炊いておくことを頼む。せめてそのくらいの家事はやらないと何もできなくなる気がする。しかし、帰宅してみればご飯が炊けていないということもあった。それすら忘れてしまうのかと絶望的な気分になったが、さいわい温めれば食べられるご飯パックを買っておいたので、それで代用する。怒っても何にもならない。それよりも頼んだことができていない場合を想定して動くしかない。「自分が源泉」の精神を思い出して対応するしかない。

 もはや母親も昔の母親ではない。昔の写真と比べるとだいぶ痩せて背中も曲がっている。できないことを責めても意味はない。できないことを前提にこちらが動けばいいのである。食べてはいけないと怒るのではなく、どうしたら食べられないで済むのか。食べてしまうのは昼食がないからであり、昼食を用意する。忘れるなら面倒でも注意喚起する。それでも食べられてしまうケースを想定して代替案を考えておく。「自分が源泉」に立てばやれることはある。そうしてついに配達された食材で夕食を囲むことができた。ご飯を炊くのは忘れられたが、プランBで対応した。

 『子ども叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの』という言葉がある。自分自身、若い頃と比べれば力が衰えている。ラグビーをやっていれば否が応でもそれを実感させられる。両親の今の姿は27年後の自分の姿かもしれない(35年後くらいだと思うが・・・)。そう思えば、できないことを怒るのではなく、できないことを前提に「どうするか」を考えるしかない。それでできなければそれは親が悪いのではなく自分が悪いということになる。そう考えればイライラすることもない。

 考えてみれば、もう両親と一緒に過ごす時間も残り少ない。それであれば、せめてその間楽しく過ごしてもらいたいと思う。それにできないことを前提に考える「自分が源泉」の考え方をトレーニングするいい機会でもあり、自分自身の修養のためにもいい機会であると言える。両親との限られた残り時間を穏やかに、そして有意義に過ごしたいと思うのである・・・




【本日の読書】
 全体主義の起原 新版(1) ハンナ・アーレント  戦争の思想史: 哲学者は戦うことをどう考えてきたのか - 中山元  夜更けより静かな場所 (幻冬舎単行本) - 岩井圭也




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