2019年2月9日土曜日

最近目についた「ちょっとしたこと」

 先日、両親がガラケーをスマホに買い替えた。不慣れな両親に成り代わって、店頭で手続きをしていると、あるお客さんがやってきて何やら購入した商品の返品を申し出た。応対した店員は「できません」と回答。すると持ち込んだ人が「なぜだ」と問答になった。「何とかというのがあるから、1週間以内なら返品できるはずだ!」とお客さん(それは「クーリングオフ」ですよとこちらも心の中でアドバイスする)。すると、店員さんは「わかりました」と商品を受け取り返金していたが、勝ち誇ったお客さんは、さらに「何でできないなんて言ったんだ」と畳みかける。「すみません」と応じる店員。一通り文句を言ったお客さんは、言い負かして満足したのか帰って行った。
 
 「適当な事を言うな!」とお客さんは言い残して言ったが、そもそも「クーリングオフ」は(その人はその言葉すら覚えていなかった)、訪問販売等の契約に適用されるもので、要は通常の判断ができない状況下にある消費者を守るためのもの。店頭販売商品には原則当てはまらない。返品に応じるか否かはあくまでもその店舗の裁量である。言った方も言われた方も不勉強であるが、返品ルールくらいは店内で周知されていないのだろうかと聞き耳立てながら思ったのである。
 
 会社で所有しているマンションの理事会で、マンションで契約している有料テレビサービスの解約について検討されたらしい(と報告があった)。検討に際し、当然のことながら、マンション全体で利用者がどのくらいいるのかについて知る必要がある。そこで管理会社が先回りして事前に有料テレビサービスの提供会社に問い合せしたらしいところ、「プライバシー」を理由に断られたということであった。その話を聞いていて、「わかっていないな」と感じた。

 「プライシー」とは個人に関する情報のことである。たとえば「〇号室の〇〇」というようなものである。「誰が契約しているのか?」と聞いたのであれば、「プライバシー(あるいは個人情報)」を理由に断るのは当然であるが、「マンション全体で何件契約しているのか?」は個人情報ではない。教えなければならない理由はないとしても、少なくとも「プライバシー」という理由は当てはまらない。質問した管理会社の担当者も答えた相手も「個人情報」って何なのかわかっていない。
 
 先日、突然警察から連絡があり、会社で管理している物件の防犯カメラの映像を見せて欲しいという依頼があった。こちらに異論があるわけでもなく(協力するのは市民の義務である)、会社に来てもらって見ていただいた。カメラはインターネットを利用して見るタイプのもので、IDとパスワードがあればどこでも見られる。会社の事務所内で長々と見るのも大変だろうとIDとパスワードを渡したらという考えもあったが、いくら警察でも「捜査に関係ない」映像まで見せる必要はない(と言っても「捜査に関係ある」かないかはこちらにはわからないが・・・)。それに一応、カメラの映像も個人情報である。という判断で、事務所内で見ていただくだけにとどめておいた。

 仕事で必要な知識はきちんと身につけておきたいのは当然であるが、すべてというわけにもいかない。そんな時、必要なのは「原理原則」がわかっているかということ。それがわかっていれば、何をどうすれば良いかということもわかってくる。そうしたことを一々覚えるのは大変であるが、日頃からちょっと考える癖をつけておくといいのではないかと思う。「そもそも○○とは」、「これはなぜこうやるのか」、「この場合のリスクは何か」等々いろいろあるが、漫然とやっていては気がつかないことをちょっと突っ込んで考えてみるようにしてみると自然と身につくのではないかと思う。

 仕事で取引先から書類が送られてきた。捺印して返送するにあたり、返信用の封筒を見たら「〇〇行」となっている。クラス会の案内などでもらう往復はがきにも同じような表示があって、普通はこれを斜線で消して「様」と付け加えて投函する。日本的な奥ゆかしい慣習である。私は、個人で相手の顔が浮かぶようなもの以外はいつも何もせず投函している。なぜならそんな手間暇が惜しいからである。自分宛てに「様」をつけるのは尊大だという考え方だろうが、その裏返しに相手に手間暇をかけさせることになる。自分がへりくだることと、相手に手間暇をかけさせることのどちらを選択するのか。

 普通に考えれば、相手によけいな手間暇かけさせるべきではないと思うが、我々の「謙譲文化」はそれを良しとしない。私だったら相手がそのまま投函できるように最初から「様」とするのが親切だと思うが、世間的には受け入れ難い考え方かもしれない。へりくだって「行」と表示し、わざわざ斜線で消して「様」とする。それはそれで一つの文化としていいのかもしれない。そう考えて知り合い向けのものは「様」と訂正し、企業宛のは何もせず投函することにしている。それが自分たちの文化だし、それを受け入れたいと思うのである。
 
 日頃から何にでも好奇心あるいは興味を持つようにしたいと思っている。それが思考訓練にもなるし、必要な判断を間違えることも避けられる。「考える葦」である以上、そういう心構えでいつもいたいと思うのである・・・






【本日の読書】
 
   
    
 

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