2016年11月30日水曜日

マイクロソフトのサポート体制

メーカー等に問い合せをすると、今はどこも音声による案内が流れ、品質向上のために録音させていただきますと断ったうえで(といいつつ、それはほぼ間違いなく後日のトラブル対策だ)、要件ごとに異なる番号をプッシュさせられ、にもかかわらず永遠とも思える時間待たされ、ようやく要件を聞いてもらえるというパターンだ。一旦、切ってもう一度かけなおし、また同じプロセスを繰り返すなんてことになると、発狂しそうになる。

 そんな中で、最近マイクロソフトの「チャット」機能をしばしば利用していて、大変重宝している。マイクロソフト製品については、公私にわたって「オフィス」を購入して利用しているのであるが、2台目のPCにインストールする際、プロダクトキーを紛失したりインストールしていたPCが壊れて買い替えたりと、単独ではどうしたら良いかわからない事態に遭遇し、やむなくサポートを求めたのである。

 とりあえず電話は大変なのでと、ホームページを検索していったところ、出てきたのが「チャット機能」。とりあえず自分の言葉で疑問点を入力し、製品を選択し、質問内容の項目を選ぶと「チャット機能」に進むことができる。ここでもタイミングによっては、待たされることは待たされる。ただし、「ただ今の待ち人数〇人」と表示されているのはありがたい。最近は信号でも青に変わるまでの残り時間が表示されるし、人間は待ち時間がわかれば安心するのである。

 そうして順番が回ってくると、いよいよチャットが始まる。画面には担当者名が表示され、事前にこちらで入力していた質問内容について、説明してくれる。電話と違ってチャットの場合は「入力時間」が必要になる。何もなければ相手がキーボードを叩いているのか、フリーズしてしまったのかわからないが、入力中の場合は、「ただいま〇〇が入力しています」と表示される。こちらとしては、安心して待っていられる。

 考えてみれば、チャットよりも電話の方が楽なのであるが、不思議なことにチャット機能の方が便利に思えてならない。それはたぶん、電話よりも圧倒的に「つながりやすい」と感じられるところにある。人間何よりも知りたいことはすぐ知りたいと思うものであり、電話でイライラしながら機械の無機質な音声による自動応答の説明を聞かされることは耐え難いのである。

 また、チャット機能の便利なところは、URLを表示できるところだろうか。案内の内容によっては、「ここをクリックしてダウンロードする」なんてのもあるわけであるが、URLを送ってくれれば、クリック一発ですぐ辿りつける。電話だと、URLを一文字一文字聞き取って入力するか、検索機能を使って自分で辿りつかないといけない。さらに質問内容をコピーして保存しておくこともできるし、照会番号が残るので、後日この番号で照会すれば、続きの質問として扱ってくれるのかもしれない(この機能はまだ利用していない)。

 メーカーにしてみれば、顧客サポート部門は不可欠である一方、収益を生まない部門でもあり、必要以上に人員を割けないのであろう。なるべく少ない人員でと考えれば、どうしても利用者の待ち時間は長くなる。それが高じれば、顧客離れにもつながりかねないからおろそかにもできない。そんなジレンマを海外のメーカーは、たとえばインドなどにコールセンターを設置したりして対処している。そうしたコストがどこにはねるかを考えると、一概にメーカーを責めるのも酷というものかもしれない。

 入力の手間暇はかかるものの、電話よりストレスが少ないという点では、チャットはいいと思う。これからも何かあれば利用したいと思うし、何か自分たちの会社のサービスのヒントにならないか、考えてみたいと思うのである・・・





【本日の読書】
 
    
    


2016年11月27日日曜日

『丁寧を武器にする』に見る働き方

丁寧を武器にする - 小山進
下足番を命じられたら日本一の下足番になってみろ。そしたら誰も君を下足番にしておかぬ。
小林一三
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 兵庫県三田で「エスコヤマ」という洋菓子店を経営しているパティシエの『丁寧を武器にする なぜ小山ロールは11600本売れるのか』を読んだ。詳細は『こんな本を読んだ』にまとめたのであるが、それ以外に「働く姿勢」という点で、大いに感じるところのある本であった。

著者は、高校を卒業後、今はなきスイス洋菓子店「ハイジ」に入社する。洋菓子職人であった父の背中を見て過ごし、「激務の割に収入が少ない」のでやめろという母の制止を振り切っての就職であった。ところが最初の配属は、希望していた菓子作りとは関係ない「喫茶部門」。就職して希望部署に配属されないということは、よくあること。私も銀行に就職して配属されたのは、華やかな都心店ではなく、ローカルかつ独身寮内で評判の悪かった八王子支店で、通知を受けた瞬間は愕然とした記憶がある。

著者は、ここで腐らずすぐ気持ちを切り替える。約10種類あった紅茶を出す仕事だが、しばしばお客さんが飲み残していく。気になった著者は、お客さんが残したものを自分で飲み、何がいけなかったかの反省をして入れ方を工夫したという。これは言われてやったものではない。普通に紅茶を出し、お客さんが帰ったら下げておしまいでも何も言われないだろう。だが、「なぜ残したんだろう」と疑問を持ち、その原因を探り、入れ方が悪かったとわかると自分なりに研究する。

この時の考え方、「意識」が素晴らしい。以下、著者の言葉をいくつかメモした。
1.      嫌な仕事であってもやらなければならないなら、とことん楽しんでやる
2.      単純作業をつまらないと思ってしまったら、そこでゲームは終わる
3.      人と同じことをしていたら気が済まない。どんなことでも他の人が1なら自分はその倍やる
4.      どんな仕事でもNoと言わない
5.      一見関係なさそうな経験でも、いずれ点と点が結ばれて線となる。どのような経験も無駄にはできない。何となく仕事をこなしている場合ではない。あらゆる仕事から吸収しないと自分の角は取れない。

さらに「意識」に加えて「創意工夫」である。紅茶とともに出すトーストとバターを買い入れたまま何の手も加えずお客さんに出していたが、それは如何なものかと、バターをバラの花の形に加工して出したと言う。誰に指示されたわけではなく、自分自身で感じ、そして行動で表したわけである。また、パン作りの練習にも精を出し、毎日9時に閉店した後、10時から12時までをその時間にあて、翌朝3時にケーキ作りの担当の先輩に迎えに来てもらい、ケーキ作りの助手をしたという。この「熱意」が素晴らしい。

睡眠時間3時間で、形だけ見れば「ブラック企業」顔負けの労働時間である。先日、電通の若手社員が激務から自殺してしまったが、自ら意欲的に働いていると過酷な労働も明日への糧となるのである。何も激務を推奨するわけではないし、そうするべきだと言うつもりもない。ただ、「やらされている」のと、「自らやっている」のとでは、外見上同じようにハードに働いていても、その結果は雲泥の差がある。人を使う時にそれを求めるのは間違いかもしれないが、自分で働く場合には常に意識したいところである。

結局のところ、仕事をする上で何が必要だろうと考えると、「熱意」と「創意工夫」と「(仕事に臨む)意識」は、重要キーワードであると思う。この3つのマインドを持っていれば、どんな仕事であれきちんとした成果は出せるのではないだろうか。もっと考えれば、仕事に限らず、例えばスポーツでもこれは当てはまると言える。球拾いであっても、先輩たちの練習を観察しながらやっていれば、得るものもあるだろうし、創意工夫によって自分に必要な練習時間を確保したりできるだろうし、何よりもそうした行動を支える熱意があれば、いやでも上達するだろう。

自分はどうだっただろうと考えると、少なくとも若手の頃はとても褒められたものではなかった。最初からこの3つのマインドを持っていたら、もっと銀行で出世していただろうし、今とはもっと違う自分であっただろう。とはいえ、今ではこの3つのマインドに少なくとも気がついているわけであるし、自分は自分で常にこの重要キーワードを意識していたいものである。

 我が家の二人の子供も、いずれ社会に羽ばたいていく時が来る。大した財産は残してやれないし、持たせてもやれない。しかし、せめて世の中を渡っていく上での強力な武器として、親父からこの3つのマインドを持たせてやりたいと思うのである・・・

【今週の読書】
丁寧を武器にする - 小山進  鏡の花 (集英社文庫) - 道尾 秀介  帰郷 (集英社文庫) - 浅田次郎





2016年11月23日水曜日

論語雑感(学而第一の7)

子夏曰。賢賢易色。事父母能竭其力。事君能致其身。與朋友交。言而有信。雖曰未學。吾必謂之學矣。
子夏(しか)(いわ)く、(けん)(けん)として(いろ)()え、父母(ふぼ)(つか)えては()()(ちから)(つく)し、(きみ)(つか)えて()()()(いた)し、朋友(ほうゆう)(まじ)わり、()いて(しん)()らば、(いま)(まな)ばずと()うと(いえど)も、(われ)(かなら)(これ)(まな)びたりと()わん。

<訳>子夏がいった。美人を慕うかわりに賢者を慕い、父母に仕えて力のあらんかぎりをつくし、君に仕えて一身の安危を省みず、朋友と交って片言隻句も信義にたがうことがないならば、かりにその人が世間にいわゆる無学の人であっても、私は断乎としてその人を学者と呼ぶに躊躇しないであろう
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 今回は孔子ではなく、その弟子の言葉。孔子も「その6」で似たようなことを述べている。「入りては則ち孝」、「出でては則ち弟」、「謹みて信あり」であるが、いずれも同じような内容である。まぁ、弟子であれば師匠と同じことを自分の弟子に語るのは当然の事なので、不思議な事ではない。というより、むしろこれが孔子を頂点とするグループの一貫した教えだという証であろう。ここではさらに、主君に対して身を挺して仕える(『事君能致其身』)が加わっている。

面白いのは、『賢賢易色』であろう。「美人よりも賢者」を慕えという内容のようなのであるが、「賢者を慕え」はわかるが、「美人よりも」という例えが考えてみれば面白い。比較の対象が「愚者」ではあまりにもありきたりだと考えたのであろうか、それとも若者相手ではその方がインパクトが強いと判断したのだろうか。当時も、というかいつの時代もやはり若者の関心は、女性であるということなのだろうか。そして、これがイケメンではないということは、やはり学問するのは男だったからなのだろうかと思ってみたりする。

さらには、その価値観だ。「親に従う」、「君子に支える」とは、いずれも権威ある人に従えという内容だ。愛読書である『逆説の日本史』シリーズでは、儒教・朱子学の悪影響を説いている。曰く、無条件に祖法を絶対視するため、幕末では鎖国政策絶対や攘夷思想の元になり、朝鮮半島では近代化が大きく遅れる原因となったと。その歴史上の解釈はともかくとして、やはりある程度権威を否定する余地がないと、特に組織の成長は期待できないであろう。あるいは孔子も、単に長幼の序だけを説いていたのであり、そこまで求めてはいなかったのかもしれない。個人的には、長幼の序は大切にしたいと思うが、それ以上のものはかえって弊害になるだけだと思う。議論を通じて否定できるものはやはり必要だと思うのである。

友人に対する誠意誠実はまったく異論はない。真の友人と言える友人は、私にはたくさんいないが、それでも数少ない友人は心から信頼できるし、また信頼してほしいと思う。それには裏表なく接したいと思うし、学生時代の友人などは、現在の社会的地位に関係なく昔のままの関係で付き合いたいと思う。そういう関係を保つには、日頃から常に素のままで接することが大事だろう。嘘や裏切りは当然ありえない。

そういう友情関係にヒビが入るとしたら、何であろうかと考えてみる。やはり金か女かもしれない。例えばお金を貸してくれと言われたらどうするべきか。これは元銀行員としては簡単である。すなわち、「返してくれなくてもいいと思える金額を貸し、貸したら忘れる」である。私ならそれこそ正直にいくらなら貸せると言い、足りない分は親身になって問題が解決するまで知恵を出すだろう。

そもそもであるが、金の貸し借りに関するトラブルは、「返してもらいたいのに返してもらえない」というものだ。友人にいい顔したい、あるいは断れないとして無理に貸すからいけないのである。「これが返してもらえなかったらどうなるか」貸す時点でわかるはずだから、返してもらえなくても良いと思ったら貸せばいいし、そうでないなら何と言われようと断るしかない。それで友情関係にヒビが入るなら、もともとそこまでの関係ということ。友情と金とを両方失うより、せめて金だけは守れるだろう。

女も簡単だ。互いに一人の女性を争ったなら、負けても素直に祝福することだ。悔しいかもしれないが、他の誰かよりは心を許せる友人の方がいいと私は思う。ただ自分が選ばれてしまった場合は複雑だ。友が祝福してくれなかったらという心配はある。その場合は、友を信じるしかないのかもしれない。

いずれにせよ、こうした対人関係がどんな学問よりも大事だと最後に子夏は説く。それはやはりそうなのだろうと思う。この世の中は、人と人との関わり合いによって成り立っているわけであり、その内容については諸々あるかもしれないが、根本はそうであり、それができている人を評価するというところは、まったく同意するところである・・・



【本日の読書】
丁寧を武器にする - 小山進 鏡の花 (集英社文庫) - 道尾 秀介