2026年1月4日日曜日

2026新春雑感

 新しい年がスタートした。昨年も正月三が日は実家で過ごしたが、今年は我が家としての実家である。年末に注文していたジャパネットたかたのおせちは量も多く、値段もそれなりであったが、3日間食べるという点では十分。両親も喜んでおり、これからおせちはジャパネットにしようと思う。お雑煮はだし汁の味付けに迷う。初日は失敗してしまったが、二日目からはなんとかなる。年賀状も年々少なくなっていく。内心、全部やめたいと思っているので出してくれる人に限って続けていこうと思う。

 元旦は初詣。今年から実家の氏神様に行く。1人で行こうと思っていたら、母が行くと言う。腰の悪い母だから神社まで歩けるか心配だったが、せっかくなのでのんびりと一緒に歩く。こういうひと時もあと何回あるだろうかと考えると、大事にしたい。昼過ぎになってしまったためか、神社はすでに長蛇の列。それでも初詣に行こうという人がこれだけいることを頼もしく思う。私自身、宗教心は薄いが、人間は自らを超越する神の存在を否定してはいけないと思っている。それゆえに神社は大事にしたい。これまでと同様、ここでも破魔矢を買って帰宅する。

 両親とも短期記憶はウルトラマンより短いかもしれない。つい今言ったことをもう忘れてしまう。親父は銀行にお金を下ろしに行くと前の日から準備していたが、当日、印鑑も通帳もどこかに置き忘れてしまう。自分でももどかしいのか、探しながらイライラして機嫌が悪くなる。当初は私が管理していたのだが、「自分のお金をなぜ自分で下ろせない」とキレてしまい、本人に返したのであるが、どちらにしろ自分で下ろせない状況には変わりない。うまくなだめつつ、どう印鑑と通帳を管理していくか、知恵と工夫が求められている。

 長いと思った9連休もあっという間に最終日。明日からはまた仕事である。しかし、それはそれで楽しみでもある。会社ではナンバー2として存在感を示せている。しかし、驕らないようにしないといけない。特に互いに意見が相違する場合、相手の考えもより一層尊重したい。自分は常に正論を述べているが、逆に相手が何も言えなくなるという指摘を昨年受けた。正論を唱えるのは当たり前であるが、相手の考えも尊重するという意味で、「内省」は今年もテーマに掲げたいと思う。

 自らの行動や考えを客観的に内省し、相手を受け入れる「寛容」も大事にしたい。特に両親に対しては、自分の意図した行動でなかったとしても、それが善意から出ているのであれば受け入れる寛容さを己に求めたい。そして心乱されず、心を鏡のように振る舞いたい。「鏡心」とでもいうべきであろうか。本来の意味がどうかは別として、自分の中に以上の三つは今年のキーワードとしたいと思う。自分の考えや行動が誰かのためになっているのかを意識したいと思う。

 仕事をしつつ、毎日の食事の支度をするというのは大変なことだと実感している。本格的な働く主婦からすれば笑われてしまうレベルだと思うが、今までのほほんとすべて妻にやってもらっていた身としてはかなり大変である。食事の宅配なども利用して切り抜けているが、これはこれで時間をうまく使っていきたい。日曜日、洗濯に掃除に買い物に食事の支度と忙しく動き回っていると自分の時間はなかなか取れない。親父がのんびりテレビを見ている姿を見ると手伝えと言いたくなる。己の今までの姿であろう。いい経験である。

 明日からまた仕事。会社の発展に大きく寄与したいという気持ちは引き続き意識していきたい。自分にしかできない仕事、自分ならではの仕事、誰かに常に頼られる存在であるとともに、誰かのために働くことを心がけたい。妻との正式離婚は息子が大学を卒業する2年後になる予定だが、その間に自分はこれからどう生きていくのかをよく考えたい。ラグビーもまだまだ楽しみたいし、それには己の体の老化に抗っていかないといけない。トレーニングはこれまで以上にしないといけないだろう。

 今年がどんな年になるのか。それは自分次第。1年が終わる時に、自分自身を褒められるように1年間行動したいと年の初めに思うのである・・・



Murali nathによるPixabayからの画像