2010年9月29日水曜日

就職難の真実

今は就職難、氷河期という言葉も使われているほど。
私などは超売り手市場の時代に就職したため、そんな苦労などしなかったものだから、今の若い人たちは誠に気の毒としか言いようがない。ただ一方で若い人たちの中には非常に勉強熱心な人たちもいて、やはり最初に就職で苦労するという事も結果的には良い事なのかもしれないとも思える。

さて、政府はそんな就職氷河期の学生に対し、企業に卒業3年目までの新卒採用に補助金を出すなどの支援策を発表している。
それはそれで良い事のような気もする。
ただちょっと気になるデータを見てしまった。
それは企業規模別の有効求人倍率だ。

有効求人倍率、すなわち新卒一人当たりに何倍の求人があるかという事だ。
従業員1,000人以上の企業が0.77倍。
つまり100人の学生に対し、77人の採用枠しかないという事である。
これに対し、従業員300人以上1,000人未満の企業だと2.16倍。
つまり100人の学生に対し、216人の採用枠があるという事になる。
さらに300人未満だと4.41倍。
100人に対し441人の採用枠である。

なんの事はない。
就職難とは、大企業の場合であって、中堅・中小企業では「引く手あまた」なわけである。
テレビなどでも就職が決まらなくて焦る学生の姿を映して、「大変だ」とやっているが、それは大企業だったわけである。そう考えると、どうして政府が税金を使ってまで就職サポートまでやらないといけないのかと疑問が湧いてくる。ないならともかく、働き口はあるわけで、好き嫌いを言っているだけなのになんで税金を使うのだろう。

そもそも大学全入時代に入っているわけである。
つまりすべての就職希望者が大企業に入れるわけではないのである。
溢れるのは自然の原理で、その人たちは中堅・中小に就職すればいいわけで、むしろそれが当然。
放っておけばいいのだ。どうしても大企業でなければ嫌だといって、卒業しないでいるのもフリーターになるのも個人の自由だ。我々が汗水たらして働いて納めた税金で、どうしてそこまで面倒をみてやる必要があるのか。

競争社会ゆえどうしても大企業に入りたかったら、努力して工夫して勉強して採用されるだけのものを身につければいいだけだ。
4年間遊ぶのもいいが、そのつけは本人が覚悟すればいい。
安易に税金を使う政府にも腹立たしい気持ちを持った。

ところが、先日某上場企業の人事担当をしている知人にこの支援策の話を振ってみた。
彼曰く、この程度の支援策ではとても採用意欲など湧かないそうである。
考えてみれば人一人を採用するにはかなりの経費がかかる。
政府の支給する「おこずかい程度」では話にならないそうである。
つまり作ったはいいが、“使えない”制度だと言う事だ。
今の政府のやる事ときたらこの程度なのだろう。

いや、待てよとそこでまた思う。
そんな事は百も承知なのかもしれない。
ただ事実をきちんと考えないマスコミがうるさいからとりあえず策を作ると。
しかし、予算もないしわざと使い勝手を悪くして誰も手を挙げないようにする。
そうすれば何もしないわけでなく、お金も使わない。
そこまで考えての事だろうか?

そこまで考えての事だったら、「さすが」と座布団一枚差し上げるところだが、真実は果たしてどうであろうか。深読み過ぎだとすれば、それもいいのか悪いのか。
いずれにせよ、若者たちには自分たちで何とかしろと言いたいところである・・・


【昨日の読書】
「これからの『正義』の話をしよう」マイケル・サンデル
「新参者」東野圭吾

    

2010年9月26日日曜日

スカイツリー

我が家に一本のビデオがある。
長女が生まれた10年前、まだ慣れない沐浴の様子を撮影したものである。
あれやこれやとワイワイやりながらの沐浴であるが、その中でその場にいた当時まだ20代後半の義妹が出てくるシーンがある。義妹を撮影しながら、私が「○○おばちゃんです、こ~んなに若いです」とコメントしている。

今このビデオを見ると、そのコメント通り確かに「若いっ!」と思ってしまう。
まあ今はすっかりアラフォーの義妹でとは言え、20代の頃だから当然若いわけである。
10数年後に見る時の事を考えてコメントしたのであるが、今あらためて見てみるとそのコメントに我ながら感心する。

ここ数日で一気に秋が深まったような天気である。
幸いにも朝から好天で、我が家は一家で現在建設中のスカイツリー見物に行って来た。

まだ建設中で、現在の高さは470メートル。
完成時には634メートルになるそうだから、だいたい3/4の高さまできているわけである。

竣工予定は2011年12月だそうだから、まだ1年以上も先である。開業にいたっては2012年春だから、まだ1年半以上もある。なぜこの時期にと言えば、「建設中」は今しかないからである。

「ALWAYS 三丁目の夕日」という映画がある。
私の大好きな映画であるが、この映画の中で背景に東京タワーが使われている。
昭和33年、建設中の東京タワーをバックにして物語が進んで行く。完成した東京タワーしか見た事のない私にとって、建設中の東京タワーは実に新鮮にうつった。
スカイツリーも、だから今のうちに行っておこうと考えたのである。

2012年になって完成してしまえば、その姿はずっと続く。
それが東京の一つの景色になっていく。
子供たちが大きくなって結婚して、やがて自分たちの子供を連れてスカイツリーに遊びに行くかもしれない。その時、「お父さん(お母さん)はまだ建設中の時に見に来たんだよ」と子供たちに語ってやれるだろう。あるいはそれは孫たち相手かもしれない。

そう考えるとなんだか楽しい気分になる。
一緒にお風呂に入りながら、「今日の事はよく覚えておきなさい」と子供たちには言い聞かせた。
証拠の写真も撮ったし、いつかこの写真を観ながら子供たちが、その子供たちあるいは孫たちとワイワイ話すところを想像してしまう。

そのスカイツリーであるが、本来はデジタル放送用の送信が主たる機能とされている。
しかしながらその目的とは別に観光スポットとして、これからは注目されていくだろう。
実際今日も大勢の人たちがカメラ片手に周辺に訪れていた。
商業施設もかなり併設されるようだし、開業してもすぐに行くのは避けた方が無難だと思う。
見学して浅草までブラブラ歩いて戻ってくるのもなかなかいい観光コースになるような気がする。
いずれ我が家も開業後にあらためて行くつもりである。

しかしながら当の子供たちはどのくらい理解できているのだろうか。
風呂の中でもお昼に食べたハンバーグがおいしかったねと嬉しそうに言っていた。
ハンバーグも良いが、今日の意味をしっかり理解してよく覚えておけよと念押ししたが、ちょっと心もとない気がする我が家の子供たちなのである・・・


【昨日の読書】
「新参者」東野圭吾
   

2010年9月23日木曜日

お受験雑感2

妻が近所のお受験情報を仕入れてきた。
なんでも近所の某私立有名大学付属高校からは、9割が上の大学へ進学できるという。
それに比べてもう一つある付属の実業高校は、同じ付属と言いながら上の大学に進学できるのは1割程度。しかも学部もあまり選べないという。
近所のママ曰く、「小学校受験で付属の実業を受ける人の考えがわからない」らしい。
「当然付属高校を選ぶべきでしょう」と。

私も二児の父親。
子供の将来の事もあれこれ考える。
だがこうした受験情報に心を動かされる事はまったくない。
そんなの意味ない事だと思っているからだ。
かのご近所ママはたぶん経験していなくてわからないのだろう。

私の学生時代も「受験戦争」などという言葉が使われていた。
私立の付属高校へ行く友人も多かった。
しかしながら、たまたまだが、私の友人たちはみんな入ってから遊んでいた。
大学受験は確かに私より遥かに楽できたと思うが、その差がどうだとも思う。
浪人して予備校に通っていた先輩や友人達も結構遊んでいた。

ライバルと呼んでもいい友人O。
彼は家庭が経済的にあまり恵まれていなかった。
彼は親に負担をかけまいと塾にも予備校にも通わず、国立大学へストレートで進学した。
受験の時も私立には行けないからと受ける事すらせず、今と違って複数受験もできなかったから、文字通り一本勝負だ(ちなみに私も一本勝負だったが、負けて浪人した)。

Oは、「もし落ちたら受験勉強の傍ら、バイトして家に2万円入れる」と私に宣言していた。
落ちていたら奴はきっとそうしていただろう。
学校の勉強とラジオ講座というリーズナブルな勉強方法で彼は合格した。
もともと頭が良かったかというとそれほどでもない。
小学校時代から目の前で見ていたからよくわかる。

そもそもであるが、学校の勉強なんて極論すれば「やったかやらないか」だ。
頭の良し悪しはあまり関係ない(あくまでも学校の勉強だ)。
せいぜい凡人が1時間かかるところを天才は30分でできるという程度だ。
1時間かければ追いつくし、2時間かければ追い抜ける。
お受験ママは、それをやらずに「頭の良い子は違うから」と妙な理屈をこねて、この簡単な理屈を受け入れようとしない。彼は(だふん)相当やっていた。ただそれだけだ。

親が熱心に塾だ、家庭教師だと騒いでも、肝心な子供の心にスイッチが入らなければ何にもならない。学生時代に私が家庭教師で教えていた子は歯医者の息子。良い家に住んで、広い自室があって(トイレだって今の我が家の2倍の広さはあった)、こずかいだってたぶんたっぷりもらっていて、友人Oなら泣いて喜ぶ環境だ。
なのに勉強はやる気ゼロ。

高校時代のラグビー部の先輩たちは、浪人しながら気楽な予備校生活を満喫していた。
がけっぷちの必死さなど微塵も感じなかった。
机に向かっていても頭の中はゲームの事を考えているのかもしれない。
「水辺に連れて行っても水を飲ませる事はできない」のである。
お受験ママがどこまでそれをわかっているだろうか。

親が腐心すべきは学校選びではなく、いかに子供の心のスイッチを入れるかだ。
スイッチが入れば、自分で考え進んで行く。
親はそれを見守り、時に自分の経験に基づいてアドバイスし、必要なサポートをしてやればよい。
どこへ行くかだって、自分で決めた方がやる気だって出るだろう。

長女はまだ小学校4年生。
まずは我が子が学校の勉強についてどんな事を思っているのか。
好きな科目は?嫌いな科目は?それはなぜ?
教科書にも目を通し、できれば同じ目線でどんな事を考えているのかわかるようにしたいと考えている。うまくスイッチが入るかどうか。我が子にはそんなことをしていきたいと思うのである・・・


【昨日の読書】
「これから『正義』の話をしよう」マイケル・サンデル
「Invitation」小池真理子他
    

2010年9月20日月曜日

恐竜展

3連休の最終日、我が家は男チームと女チームとに分かれてそれぞれ別行動となった。
男チームは六本木ヒルズへと向かう。5歳の長男と六本木ヒルズはあまりにもマッチしない。
しかし、ここの53階で『恐竜展』をやっているのだから、マッチするもしないもないのである。

5歳の長男は恐竜好き。
まあ男の子は仮面ライダーとかウルトラマンとか恐竜とかが好きなものである。
さらに言えばトミカにプラレールであろう。
連休でもあるし、というわけで大好きな恐竜を見に行くことにしたのである。

我が家からは六本木までは西武池袋線と都営大江戸線とを乗り継いで行く。
長男は先頭車両に乗って前方を見るのが大好きだ。
恐竜展だけがお楽しみではないのである。
しかし、西武線の窓は高く長男の背が届かない。
持ち上げてやらないといけないから結構大変なのだ。
顧客サービスを考えるのならこういうところにも気を配ってほしいと思ってしまう。

一方都営大江戸線は窓が低いから好都合。
もっとも地下鉄で何を見るのだと思うのだが、長男は熱心に見ているから面白いのだろう。
こちらも何気に見ていて面白い事に気がついた。
大江戸線では運転手がほとんど運転しないのである。

西武線では運転手がレバーを動かして加減速を行う。
“電車でGO”の世界だ。
ところが大江戸線ではドアが締まるたとボタンを押すだけ。
その他には何もしている気配がない。
されど電車は加速し、駅に来れば減速して止まる。
自動運行なのだろうかと不思議だった。
傍から見たらやけに熱心に前を見ている親子だと映ったに違いない。

恐竜展自体はまずまずと行ったところ。
六本木ヒルズの53階という事でスペース的な制約もあったせいか、見て回るのに時間はかからなかった。見終わると長男は目ざとく恐竜のフィギアを見つける。
「買って、買って」とダダをこねるならピシャリとはねつけるのだが、「買わないの?」と誘われると思わず苦笑が漏れる。前回のウルトラセブンの時といい、長男の交渉力はなかなか見所があるように思う。

お土産にトリケラトプスとティラノサウルスのフィギアをゲットし、大満足の長男と岐路に着く。
東京ミッドタウンも出来上がってからはまだ見ていない。
見学したいと思ったが、それはまた次の機会だ。

思えば昔からこの六本木というところはどうも馴染めないところだ。
どうにも自分が場違いなところにいるように思えてならない。
独身寮の行事や結婚式の二次会や誘われた飲み会などで随分行っているのだが、その感覚は今もって変わらない。今日も長居せずに帰ってきたのも、子供連れという以外にそういう意識もあったのである。

さて、3連休もお終い。
次の我が家の予定はスカイツリー見学である!
     
   

2010年9月18日土曜日

これからの正義の話をしよう

今、「これからの『正義』の話をしよう」(マイケル・サンデル著)という本を読んでいる。これが面白い。もともとハーバード大学の人気講座を本にしたらしいのであるが、タイトルにある通り『正義』に関する議論なのである。

5人の命を救うために1人を犠牲にする事は正しいか、とか。
フォード社が爆発の危険性がある欠陥を発見したのに、リコールにかかる費用と実際に爆発が起こって犠牲者が出た場合の賠償コストを比較して、リコールを見送ったとか。
アフガニスタンで作戦を展開していた米軍特殊部隊の偵察隊が地元の羊飼いの親子に遭遇。
アルカイダに通報されるのを防ぐために部下が親子を殺すように進言してきたが、あなたならどうするとか。

ちなみに最後の例では、親子を殺す事を躊躇した隊長は彼らを逃がす(人間として当然だ)。その結果、親子はアルカイダに通報、彼らの偵察隊はアルカイダに包囲され、部下は全滅、救出に来たヘリは撃墜され乗っていた16人も死亡という結果になったという(ちなみにその事件は映画化『ローン・サバイバー』されている)。読みながらあれこれと考えさせられる。

読みながら2年前に観た 「ダークナイト」という映画を思い出した。
バットマンの映画なのであるが、これが善と悪、正義と悪との哲学的な対立を描き、ストーリーもさることながら、その重厚な問いかけに圧倒される優れた映画だ。

悪のジョーカーがゴッサムシティーを闇に包む。
正義を代表する検事デントがこれに立ち向かう。
しかしジョーカーは彼を捉え、さらにバットマン=ブルース・ウェインの愛する女性レイチェルを捕らえる。二人を離れた2カ所に監禁し、それぞれ同時刻に爆発する爆弾をセットする。そしてバットマンにどちらを助けるか選ばせるのである。

観客もバットマンがどちらを助けに向かっているのかわからない。
二人は無線で状況を知る。
デントはレイチェルを助けに行けとバットマンに叫ぶ。
デントは表向き大衆の前に正義の味方として立てないバットマンになり代わり、市民に希望を与える存在だ。刻一刻と爆発時刻は近付く。

自分だったらどうするか?
ちなみにバットマンは私の予想を裏切って(ジョーカーの策略で)デントを助けてしまう。
バットマンの姿を見たデントは絶望の叫びを上げ、爆弾は爆発する。

正義が単純に正義で、悪が単純に悪だったらこんなに簡単な事はない。
しかし、ジョーカーに協力した人たちは、ただの金欲しさだったりではなく、家族の病院代がほしくて協力したりしているする人もいるのである。
病気に苦しむ家族を前にして、果たしてジョーカーの誘いを断れるだろうか?

「スターウォーズ・エピソードⅢ」のアナキン・スカイウォーカーがフォースの暗黒面に捉えられてダースベイダーに落ちてしまうのも、私利私欲ではない。
純粋に愛する女性を救おうと思う行為だった。
だからこそ、この映画も面白いのだ。

あれこれ考えてみると、正義というものは結局相対的なものだ。
アメリカにとっての正義は、アルカイダにとってのそれとは違う。
アルカイダにとっての正義もまた然り。

9.11は許されざる犯罪ではあるが、石油利権獲得のためにイラクに攻め込んだアメリカによって大勢のイラク人が死んでいる。アメリカは極東軍事法廷で日本の指導者を戦犯として処罰したが、その「正義の国アメリカ」は、空襲で30万人以上の無抵抗な日本国民を虐殺している。勝者の高らかな正義の宣言の前に、敗者の正義は踏みにじられる・・・

まだこれから後半だが、簡単な事例からカントの哲学まで登場してきてなかなか面白い。
さすがハーバード大学の人気講座だ。
こういう講座がある事自体がアメリカの大きさなのだと思う。
こういう授業、受けてみたいものである・・・


【昨日の読書】
「これからの『正義』の話をしよう」マイケル・サンデル
「Invitation」小池真理子他
    

2010年9月15日水曜日

懐かしき紫煙

タバコについてもう少し。
前回も書いた通り、初めてタバコを吸ったのは高校生になった時のこと。
従兄が布団の中で吸い方を教えてくれたのだ。
「一回吸って軽く口の中に蓄えてから肺に吸い込むようにする」と教わった。
知らないと一呼吸で煙を吸いこんでいるイメージがあるが、厳密に言うと2段階で吸いこんでいるのである。

大学一年の時に掃除のアルバイトに行った時のことだ。
たまたま一緒になった同じ大学の同級生がタバコをふかしていた。
「なんかへんだな」と思ってよく観察したら、その彼は煙を口に入れて次に吐き出していたのだ。
吸いこむたびにほっぺが膨らむ。
そしてプフォーと吐き出す。

見ていて笑い転げそうになった。
彼は煙を肺に入れていなかったのだ。
真面目そうな彼だったから、子供の頃から勉強一筋で、たぶんタバコなんか吸う友達も、ましてや吸い方を教えてくれる従兄もいなかったのだと思う。
20歳になって、俺も大人になったからとタバコを吸おうと思ったのだが、見よう見真似で吸い方がわからなかったのだと思う(あるいはひょっとしたら、体に悪いからそういう吸い方をしていたのかもしれない)。笑い転げそうになった私だが、従兄がいなければ彼と同じ事をしていたに違いない(といっても高校の友達が教えてくれたかもしれないな)。

思えば従兄にはタバコも酒も教えてもらった。
学校の勉強は教えてくれなかったが、こうした事を教えてもらった恩恵は計り知れない。
「彼女ができた」と聞いた時には、どんな付き合い方をしているのか、おばさんの目を盗んで彼女を部屋に連れ込んで、それから・・・なんて話を、目をランランと輝かせて聞いたものである。

味を覚えるといろいろと自分に合ったタバコ、うまい吸い方などを研究するようになった。国産、洋モク、葉巻といろいろ試した末、一番気に入ったのがセブンスターと赤い箱のマルボロだった。
ダメだったのがメンソール。
あれはタバコの本来の味がまったくわからなくなる。
どこがどういう風にいいのだろうと今でも疑問だ。

「食後のコーヒーとともに吸うマルボロ」
これが一番うまいタバコだった。
余談だが、コーヒーと一緒に吸うというのは意外に好きな人が多いようである。会社でも、「タバコをやめた途端、コーヒー代が激減した」という人がいる。いつも喫茶店でタバコを吸っていたからだそうである。私も家に帰ってきてから、食後のコーヒーと一緒にタバコを吸う一時が、まさに至福の一時であった。

あの時代、身の回りでもテレビでもタバコはいたるところで吸われていた。
松田優作のジーパン刑事だって最後にタバコを咥えて息絶えたし、映画やドラマの二枚目はみんなカッコよくタバコを燻らせていた。
多感な時期の若者が真似するわけだ。

今では喫煙族は肩身が狭いことこの上ない。
個人的にはまったく困る事もないのであるが、どういうわけであろうか、時折、独身寮にいたあの頃、疲れて帰りついた部屋で一人食後のコーヒーとともに燻らせていたマルボロの煙が懐かしく思う時がある。そんな時、たまには吸ってみようかなと思うのである。

とは思うものの、買いに行ってもタスポはないから販売機では買えないし、高校生の頃付き合っていた彼女にもらったライターは実家のロフトのどこかにはいったままだし、灰皿はとっくに処分したしで障害が大きい。なにせへそ曲がりで天の邪鬼の私ゆえ、時代が嫌煙なら俺は喫煙と思わなくもない。いずれ長い休煙期間が終わる時が近いかもしれないと思うのである・・・

Life is beautiful!


【本日の読書】
「これからの『正義』の話をしよう」マイケル・サンデル
「生きっぱなしの記」阿久悠
    

2010年9月12日日曜日

タバコをやめられないなんて・・・

10月からタバコが100円も値上がりするようである。
一時は海外のように一箱1,000円になるという話もまことしやかに流れていたが、100円で良かったのか、100円も値上がりしたと考えるのか、たばこを吸わない私には何とも言えないところである。

何でもこれを機にたばこを辞めようと言う人が、禁煙クリニックやら禁煙グッズやらに殺到しており、今それらの関連の売り上げが急増しているという。私にしてみるとそんなものに頼らないとたばこをやめられないなんて、情けないと思わざるを得ない。医者やグッズに頼るのははっきり言って「甘え」以外の何ものでもない。

よく「俺はたばこをやめられないしやめるつもりもない」と豪語していた人が、肺癌と診断された途端、ピタッと煙草をやめたという話を耳にした事があるが、要は真剣にやめようと思えばやめられるのである。真剣に思わないから、「吸いたい」という誘惑に耐えられないだけである。

私は今こそたばこを吸っていないが、初めて吸ったのは高校生になってからだ。
小学校4年から春と夏の休みには2週間程度 御代田に住む従兄の家に一人遊びに行っていた。
一つ年上のその従兄は、長男の私にしてみれば良い兄貴だったのだ。その従兄に、夜布団のなかでたばこの吸い方を教わったのだ(ちなみに酒も教えてもらった)。

それ以来、カッコつけのためだけに親に隠れてタバコを吸っていた。
最初はカッコつけでも、やがて味がわかってくる。そうすると次に「吸いたい」と思って吸うようになり、やがてどういう状況で吸うと「おいしいか」がわかるようになる。私の場合、「食後のコーヒーと一緒に吸う」のが一番であった。

逆に歩きタバコはあんまりうまいと感じなかった。
風があるとその影響を受けるらしい。
だからあまり歩きタバコはしなかったし、今でも歩きタバコをしている人を見ると、「タバコを味わっているのか、味がわかっているのか」と思ってしまう。

また、酒の席だとタバコが進む。
だから酒を飲みながら吸う人の気持ちはよくわかる。
だが、これは飲み過ぎたりすると次の日に倍の気持ち悪さとなって現れたりする。

そんなタバコ生活をやめようと思った事は、実は今まで一度もない。今でもそうである。
30歳になった時に会社の業務研修で大阪に行き、3ヶ月ほどの研修生活を送った。
年齢的にも体力の低下を自覚し、当時まだ現役でラグビーをやっていた私は危機感を覚え、最後の一カ月間を体力回復期間に充てる決意をした。

朝起きて走り、朝食はリンゴ一個。
タバコは一カ月間の期間限定禁煙を自分に課し、夜は筋トレに励んだ。
「一カ月間の禁煙くらいできなくてどうする」と自分に言い聞かせ、ぴしゃりと吸いたい気持ちを抑えきった。簡単な事だった。

その間、一度だけ夢で吸った。
タバコを吸いながら、「なぜ迷わなかったのだろう」とえらく後悔した。
普通、「吸っちゃえ」という悪魔の声と「吸うな」という天使の声が交錯するだろうと。
だが迷いもなく火をつけ吸っていたからショックだったのだ。
目が覚めてほっとしたのを覚えている。
そして東京に戻ったが、それ以後不思議とタバコを吸いたいと思わなくなっていた。

吸いたくないから吸わないという、いわば【休煙】状態がそのままずっと続いている。
だが禁煙したわけでもない。たまに実家で弟と会い、なんとなくタバコをうまそうに吸っている弟を見て、「一本よこせ」と言って火をつけた事がたびたびある。しかし、不思議とあんまりうまいと感じずにそのまま吸う事もないのである。

将来どうなるかはわからない。
また吸いたくなるかもしれないし、このままかもしれない。
だが基本は「吸いたいから吸う、吸いたくないから吸わない」だ。
健康にどうだとか、値段がどうだとかは関係ない。

人やモノに頼ってまでタバコをやめようとするなんて、ナンセンスだ。
まあ自分にはあまり関わりのない事だし、他人の事をとやかく言う事でもない。
果たして、また吸いたくなる時がくるのだろうか。
それがちょっとだけ興味深いところである・・・
     

2010年9月10日金曜日

大腸内視鏡検査

勤務先では毎年健康診断をやってくれている。
こういう事は自分でやるとなるとおっくうだ。
勤務先で年に一度、忘れずに通知をくれてやってもらえるのは非常にありがたい。

実はここ数年、毎回ちょっとひっかかっている。
メタボは詐欺みたいなものだからあまり気にしていないが、大腸である。
医師の勧めで今年は内視鏡検査を受ける事になった。
(過去、バリウム検査は2度もやっている)

前日寝る前に下剤を飲み、朝から絶食して病院へ。
準備の後、腸管洗浄液なるものを飲まされた。1時間で2リットルを飲めという。これがほんのり塩味のきいた微妙な味の飲み物で、飲み進むうちに気分が悪くなる。最後は吐き気との戦い。一緒に検査を受けていた人たちは苦も無く飲んでいたのが不思議だった。

飲み終えてから検査まで3時間。
昼を挟んで、トイレに何往復もしながらひたすら待つ。
まあいい読書タイムではあったが、普段読みもしない週刊誌なんかも読んだりして、これはこれで良かったかもしれない。

本番の内視鏡検査が始まる。
肛門から内視鏡を入れられるわけで、初めは身構えていたが、あっさりするすると入っていく。
目の前のモニターには内視鏡の映像が映し出される。初めて見る己の腹の中。それは意外にもあざやかなピンク色の世界であった。

大腸内をぐるりと内視鏡が進むのだが、さすがに何とも言えない嫌な感覚。
「ここが盲腸、終点です」と言われ、ちょっと安心する。しばらくして「ポリープがありますね」と言われる。アップになった画像には、言われてみれば突起物が・・・

何やら看護師さんが準備を初め、ポリープ切除が始まる。事前にポリープはいずれ癌になるので、見つけたら取りますと言われていたが、まさかそんな事態になるとは思っていなかった。と言ってもこっちは尻から管を入れられて情けなく横たわっているだけ。

生理食塩水をポリープの下の腸壁に注入してポリープを浮き上がらせる。
そこを輪っかのようなものを巻きつけ、きゅっとその輪を締める。
たぶん電気メスの一種なのだろうが、あっさり終わる。抜くときはいとも簡単。
一応、これも手術なのだと言う(請求書にしっかりと書いてあった)。
というわけで今日は人生初の手術記念日と言える。

結局一日がかりだったが、まあこれで済んで良かったのだろう。
「一週間激しい運動は控えて下さい。お酒はダメです。それと食べ物も消化の良いものにして下さい。例えば・・・」
今週末には社会人向け勉強会で、夜は懇親会。
メーリングリストではピザを頼もうとかいろいろ盛り上がっている。
説明を聞きながら、「お茶飲んでいるだけかい」と一人心の中で愚痴る。

「これで来年の健康診断は大丈夫なんだろうな」
まだゴロゴロ言うお腹をさすりながら家路に着く。
おばちゃん看護師さんはとても親切だったが、また行きたいとは思わない。
大好きなコーヒーも飲めないし、食べられるもののリストを眺めていたら、何だか痩せそうな気がする(メタボにもちょっと良いかもしれない)。
健康のありがたさに感謝しつつ、一週間過ごすとしようと思うのである・・・

Life is beautiful!

【本日の読書】
「2000社の赤字会社を黒字にした社長のノート2」長谷川和廣
「ザ・クリスタル・ボール」エリヤフ・ゴールドラット
     

2010年9月7日火曜日

Life is beautiful!

人生は心のあり方で決まる
心のあり方を変えれば決定が変わる
決定が変われば行動が変わる
行動が変われば人生が変わる   
ヒンドゥー教の教え
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実は今大きな問題を抱えている。
もう長い事悪戦苦闘しているが、なかなか出口が見えない。
踏み出すべきではなかった道に迷いこみ、その結果、長くて出口の見えないトンネルに迷い込んでしまった。後悔する一方で、トンネルを抜けた先に開ける未来への期待もあり、相交差して複雑な心境である。

人生最大のピンチだと思っており、真剣に考えれば夜も眠れなくなるほどの不安に襲われるが、いつの頃からかあまり深刻に考えなくなった。どうやら私の心にはサーキットブレーカーがあって、心に一定以上の負荷がかかるとそれが働いて、心に必要以上の負荷がかからなくなるようになっているらしい。

数年前、仕事で大きな失敗をした時もこのサーキットブレーカーが働いた。
会社にも大きな迷惑をかけるミスで、毎日針のムシロだった。
会社に行きたくないと思った。
周りの人の視線が痛かった。
しかし、何日かしてからこのサーキットブレーカーが働き、すっと力が抜けた。会社から見事な「厳重注意書」をいただいたが、休むことなくすべての批判を正面から受け止められた。まあ良い経験だったが、二度としたくはない経験だ。

今もサーキットブレーカーが働いているが、問題が解決したわけではない。
日々、根拠のない楽観と「夜明け前が一番暗い」という信仰が支えだ。
そういう問題があるからだろうか、それとも 「自分が源泉」という考え方が身についてきたからだろうか、毎日平凡な一日を過ごしていてもそれだけでありがたいと思う。

毎日の通勤も、“痛勤電車”などと揶揄する人もいるが、私にしてみれば本が読めるくらいのスペースはあるし、時間もDoor to doorで1時間とそんなに苦にならない。
暑いと言ってもクールビズでネクタイからは解放されているし、職場の人間関係で悩む事もない。
子供の寝顔しか見れないというほど過酷な残業もないし、帰れば家族がわいわいやっていて家の中は賑やかだ。親の体調は心配だが、それ以上に心を痛める問題もない。

週末の深夜には大好きな映画を観られるし、月一回は銀座の映画館でも楽しんでいる。
大事にしている時間は過ごせているし、友人知人にも恵まれている。
コインを見て表と見るか裏と見るかは見方次第だ。
表から見れば表が、裏から見れば裏が見える。
平凡な一日も、「良い事がなかった」と考えるか、「悪い事がなかった」と考えるかも考え方だ。

以前、「ライフ イズ ビューティフル」という映画があった。
ナチスドイツに捉えられたユダヤ人父子の物語だ。
母親と引き離されて収容所で暮らす毎日に、父は毎日をゲームに見たてて、子供を楽しませて過ごす。最後に悲しい結末があるのだが、悲劇だけの映画とも言えず、なぜか映画のタイトルと内容とが見事に一致していると感じた映画である。

バラ色の人生を送りたいとは思うが、良い事ずくめが果たしてハッピーライフなのかどうかはわからない。重荷は重荷で確かに辛いが、辛い練習を経てライバルに勝った試合ほど喜びは大きい。
もちろん、それは“勝てば”の話であって、負ければ悲惨だ。
そこに大きな不安があって、それこそが心を乱す原因ではあるのだ。

ただそれこそが、大げさに言えば生きている証。
『冬があり夏があり、昼と夜があり、晴れた日と雨の日があってひとつの花が咲くように、悲しみも苦しみもあって私が私になってゆく(星野富弘)』
そんな心境で乗り越えていきたいものだ。

その名の通り“Life is beuatiful”というサイトがある。
みんなが感じたちょっとした感動を投稿したサイトだ。
一つ一つ読んで行くと、大きな喜びやささやかな喜びといろいろ感じ方があるのがわかる。
山あり谷ありと今もこれからもあるのだろうが、これも自分の人生と割り切って楽しむ気持ちを持っていたいと思うのである・・・


【本日の読書】
「2000社の赤字会社を黒字にした社長のノート2」長谷川和廣
「ザ・クリスタル・ボール」エリヤフ・ゴールドラット
     

2010年9月4日土曜日

ひと夏の思い出

本日は家族で昭和記念公園のレインボープールに行って来た。
なにせ9月とはいえ、この暑さ。
しかも私の住んでいる練馬は、東京の最高気温というと必ず引き合いに出されるというありがたい土地柄。この夏の締めくくりとして、行く事にしたのだ。

実は都内のプールは8月一杯というところが結構多い。
我が家の近所の区民プールは軒並み8月一杯だし、近くのプールもそういうところが多い。
9月の頭までやっているというのは珍しいようである。
そして今日はその狙いが見事的中したような天気。
選択は間違っていなかったようである。

日中は肌をさす日差し。
地面も暑くて裸足で歩けない(どうやら足の裏を少しやけどしたみたいである)。
流れるプールは水も冷たく(他のプールはさすがに温まっていた)、気持ちよかった。
子供たちも喜んでいたし、今年はリベンジできた。

実は昨年は散々だった。
私の夏休み期間中はほとんど雨で、やっぱり昭和記念公園のプールに行ったのだが、午後から雨。
しかも雷のおまけつき。プールの噴水の下に入った長男が、「去年のプールみたい!」と喜んでいたが、笑えない冗談だった。区民プールも室内のある所に、雨だから車で妻に送ってもらって子供たちと行ったほどであった。だからリベンジなのである。

そういえば我が家はプールオンリーである。
海には行かない(関東近辺では、という意味である)。
海だと距離があるし、せっかく行っても江の島あたりは汚いし、房総、九十九里などは遠いし渋滞するし、で勇気が出ないのだ。そのあたりの海は子供の頃によく連れて行ってもらったものである。

子供の頃と言っても小学生の頃だ。
電車に乗って行った記憶がある。
そのうち何回かは仲の良い友達家族と行ったが、親父の姿はそこにはなかった。たぶん、夏休みの平日に行ったのだろう。千葉の御宿とか、そのあたりだったと思う。民宿に泊まって、いつも焼き過ぎた肌がヒリヒリ痛かったのを覚えている。

今から思うと、当時は週休2日制なんてない。
家族で海に行った記憶もあるが、あれはあるいは日帰りだったのかもしれない。
せっかくの週に一度の休みに親父は疲れただろうな、と今になってみれば思う。
私も今日は疲れたから、明日は寝坊しようなんて思っているが、あの頃の親父はそんな事言ってられなかったわけだ。

私の母親は、いろいろと家事の手伝いをする私の姿を見て、「今のお嫁さんはいいわねぇ」なんて言うが(それを妻が嫌味ととるからあとで私も大変なのである)、当時の親父の立場にたってみれば、週に6日間働いて(しかも水曜日には早帰りしましょうなんて習慣もなかったわけである)ようやくの日曜日、何もする気にはなれなかったのだろうと思う(神様だって7日目にはお休みになられたのだ)。

いつも何も言わずにあさっての方を見て、母の独り言を聞き流している親父であるが、男には男の辛さがあるよなぁと、今ではちゃんと肩をもっている。
世の中の進歩なのだとは思うが、今は良い時代で私も親父よりは楽になっている。
親父も大変だっただろうが、あの頃の家族で行った海の思い出は、ちゃんといい思い出として私の中に残っている。

さて、記録的な猛暑のこの夏の一連のプールの思い出が、我が家の子供たちにどのくらい残るだろうか。「プールに入ってたら、雨が降って雷が鳴ったんだよね」じゃ浮かばれないぞ、と思うのである・・・
    

【昨日の読書】
「新・ニッポン開国論」丹羽宇一朗
「ブラック・ペアン(下)」海堂尊
         
      

2010年9月1日水曜日

English!

英語が話せたらいいな、とは誰でも思う事だろう。私もそう思う一人である。
と言っても本当は話すよりも「字幕なしで映画を観たい」という欲求の方が強い。
もともと映画好きだし、多少なりとも英語がわかってくると、字幕とセリフとの微妙なニュアンスの差に気付いたり、絶妙な訳に関心したりする機会が増えてくるからだ。
ただ、なかなか道は険しい。

中学一年の時、英語を受け持ってくれたのはY先生。
この先生、通訳のバイトをしていたというくらい英語ペラペラで、発音もネイティブそのもの。
授業だけでなく、英語にまつわる話も面白く、実に楽しい2年間の授業だった。
いつかY先生のようになりたいと思ったものだ。

だが、Y先生の転勤で至福の一時は終わりを告げ、その後の授業はジャパニーズ・イングリッシュで、受験モードまっしぐらだった。
それでも受験では英語が重要視されている大学を受けたため、ヒアリングも含めてかなり頑張った。
今、文章であればなんとなく読めるのもこの時の蓄積が大きい。

社会人になってしばらくして、もう一度英語力を鍛えようと決めた時があった。
毎朝、ネットでCNNのニュースを読む事から始めた。
オーストラリア在住の主婦の方(日本人だ)を紹介され、毎週末英文メールで文通した。
ケーブルテレビでCNNやBBCの英語ニュース番組を見た。
ちなみにダイアナ妃事故死のニュースを初めて見たのはBBCのニュース番組だった。

しかし、映画はなかなか遠い道だ。
まず映画の世界に没頭してしまうのが一番の原因だ。
ほんとうは2回、3回と続けて観ればいいのだと思うが、どうしても2回続けて観るなら別のものと思ってしまう。最近はDVDだと英語字幕も観られるらしいから、そのうち試してみようかとも思うが、その前に溜めこんだ50本の映画を観る方が先決だったりする・・・

先月グアムに行った帰りの飛行機の中、映画が上映された。
タイトルを見たらつまらなそうな映画。
「Dear John」という映画だった。
よし、と決意してイヤフォンを英語モードにして観る事にした。

映画だから、画面を見ているだけでもなんとなくストーリーはわかる。
英語もところどころ聞き取れる。だが、だめだった。
細かいニュアンスがわからない。たぶん、口語が多いのも原因だとは思う。
本当につまらないストーリーだったのか、わからないからつまらなかったのかは不明だが、とにかくつまらなかった。まだまだ目指す道は遠そうだ。

たぶん一定期間、徹底して英語漬けの生活を送ったら、そこそこ話せるようにはなるんだろう。だが、なかなかそういう生活はいまのところ難しい。
かつて知り合った人で、読み書きはペラペラという人がいた。
一度も外国に行った事がなく、読み書きはできてもしゃべれないと笑っていたが、その人は猛烈に英文を読んで独学したそうである(まあ書ければ話せるとは思うのだが・・・)。

私も再び一念発起しようかな、と思うものの、「あれもやりたいこれもやりたい」と思い患う毎日で発起できるかは微妙だ。とりあえずは、毎日CNNの英語ニュースを読む事だけは、欠かさずやろうと思うのである・・・


【本日の読書】
「新・ニッポン開国論」丹羽宇一朗
「ブラック・ペアン(上)」海堂尊