2022年4月29日金曜日

副業の是非

 総務部とは言え、中小企業ゆえに財務も人事も兼務である。現在、人事面においては、社員と人事面談を進めている。いろいろと話を聞けて興味深いが、ある社員が「副業は認められるのですか」と聞いてきた。聞けばもう少し収入を増やしたいということであった。まだ若いので、もっとお金が欲しいという気持ちはよくわかる。残念ながら我が社では副業を禁止している。その旨回答すると、残念そうな表情であった。そういう生の声を聞けたということは、それはそれで良かったと思っている。

 ちなみにどのくらい欲しいのかと聞いたところ、「小遣い程度」ということであった。「やる時間は取れるの?」と聞いてみたところ、「寝る時間を削れば」との答え。人間、誰でも人から言われたことはあまりやる気にならないが、自分の意志でなら寝る時間を削ってもやるものである。何をやるのかまでは聞かなかったが、今はネットという便利なものもある。アフィリエイトでもYouTubeでも、ちょっと気の利いたことを考えられれば簡単に稼ぐことができる。

 そういう私もかつていろいろと研究したことがある。当時はYouTubeでの仕組み(YouTuber)はまだなかったが、もっぱらアフィリエイトが中心だった。その他に「せどり」と称する古本の転売や怪しげな情報商材系なんかもあった。雨後の筍の如く、一斉にいろいろと出回ってきている時だった。ブログを収益化するセミナーに行ったこともある。そこではやり方はいろいろと教えてくれるが、実際に考えて工夫するのは自分の才覚であり、誰でもすぐに稼げるというものではないのは当然である。

 いろいろと知識を吸収し、実際に自分でもやってみて、上手くいったのはGoogleのAdSenseだけであった。それもほんの子供の小遣い程度である。もちろん、もう少し頑張ればもっと稼げるという手応えはあったが、それには更なる時間と工夫を要した。それは寝る時間を削ることを意味し、起きている時間の思考をより多くそれに振り向けることを意味した。当時、仕事もそれなりに忙しかったし、ゆっくりする時間も欲しかったし、思考を振り向ける余裕もそれほどなかった。ゆえに早々に切り上げてしまった。

 その後は、その手の副業に興味を失ってしまったのである。その理由として、転職して経営に携わるようになり、会社の業績向上に精力を傾けていったところ、それが評価されて収入も増えていったからである。特に関連会社を立ち上げて、そこからも給料をもらうようになった。これは家計に入れる給料とは別ポケットであり、まるまる自分の小遣いであったから懐も潤っていった。副業をやる意味などなくなったのである。現在もまた早々に同じパターンになっているので、小遣いには困っていない。

 私にとっては、結局、副業よりも本業でより多く稼ぐ努力をするのが一番だったわけである。副業に興味を持っていろいろやったことには意味があったと思うが、それが自分なりの結論である。だから人もそうだとは言わないが、やはり副業の是非を考えると、やらない方がいいように思う。100%本業で努力する方がいいだろう。ただ、若くて頑張れるならやってもいいかもしれない。睡眠時間は1日3時間でも耐えられる、本業で手を抜かずに副業でも頑張れるというならいいと思う。しかし、そうでないなら本業に集中すべきである。特に本業で十分に評価されていないなら、副業ともども共倒れということになりかねない。

 副業でも「考え方」「熱意」「創意工夫」の三種の神器が必要なのは同じ。そして人間の持つ力は限度がある。どうせなら本業でその限度まで、三種の神器をフルに使えば、会社でもかなり評価されると思う。そうして評価されれば、もっと重要な仕事を任されるし、収入も上がる。その正規ルート辿るのが一番であると、今の自分は考える。面談をした従業員にもそれは当てはまる。それは「副業は禁止」という建前論ではなく、「自分自身にとってそれが一番」だという考えだからである。

 私としては、社員がそんなことを考えなくて済むように、もう少し高い給料が払える会社にしていかねばならないと思うのである・・・



【本日の読書】
 



2022年4月24日日曜日

流されないために・・・

 ロシアがウクライナに侵攻してから2ヶ月が経過したとニュースで報じられていた。テレビも新聞もずっと「ロシア批判」で溢れかえっている。そして先日は、JRの恵比寿駅で、抗議を受けてロシア語表記を一時隠したという。幸い、批判を受けて元に戻したそうであるが、抗議をする方もそれを真に受ける方もいかがなものかと思わざるを得ない。そこには簡単に一方向の意見に流されてしまう安易な思考と、信念のなさ、事なかれ主義とも言える安易さが見て取れる。

 先日読んだ『太平洋戦争への道』という本には、戦前の国民の「熱狂」が紹介されていた。満州事変に際しては、全国130紙にわたる新聞が一斉に国際連盟脱退を主張し、五・一五事件に際しては、首相を暗殺した犯人の「義挙」を国民が支持。そうした国民の熱狂が関東軍の後押しをし、天皇陛下の抑制を無視して中国での権益拡大へと暴走していく。現代でも民主党政権誕生や小池百合子都知事の圧倒的支持など、民意が一斉に一方向に流れる危うい風潮は変わっていない。

 軍事侵攻したロシアが悪いことは間違いがない。それに対する批判は適切である。ただ、問題は「ロシアだけが悪いのではない」ということである。ロシアがウクライナに侵攻したのは、ウクライナがNATOに加盟しようとしていたのがその最大の理由である。NATOは「対ロシア軍事同盟」であり、ウクライナがこれに加盟すれば、ロシアの喉元に核ミサイルが配備されることになる。ロシアがこれを嫌ったのも当然であり、似たような状況に置かれたアメリカがキューバ危機では核戦争を決意したことからも、どれほど嫌な状況かというのもアメリカはよくわかっているはずである。ならば認めなければいいものを、侵攻前にアメリカはロシアのウクライナのNATO加盟を認めるなという要求を拒否している。

 ウクライナ政府にしても、ロシアと接する位置関係にあるわけであるから、敵対的な政策ではなく、中立的な政策を取れば問題は起きなかったはずである。そんな思惑の中で、犠牲になっているウクライナ市民こそいい迷惑なわけで、ロシアの即時撤退を要求するのであれば、同時にウクライナのNATO加盟の永久放棄と中立政策の堅持も交換条件として出すべきであろう。ロシアに対する経済制裁にしても、参加しているのは実は欧米諸国のみで、中国やインドなど多数の国は参加していない。こういう事実を我々は冷静な目で見る必要がある。

 実は、我が社でも役員同士で意見が合わずにギクシャクしている。原因はコミュニケーション不足である。お互いに会社のために良かれと思っていろいろ考えている。だが、当然その内容は違うわけであり、どちらが正しいというものではない。であれば、お互いに議論して「何が会社にとっていいか」を考えればいい。それによって、譲るところは譲り、通すところは通す。議論して決めたことを一緒に進めていけば問題はない。ところが、互いに相手を批判するだけで、その考えを知ろうとしない。だからギクシャクする。

 会社は1人ではできないことを可能にするシステムである。しかし、みんなが目指す方向がバラバラだとそれが機能しない。リーダーの下、一つの方向にベクトルを合わせ、力を合わせて進めば大きなことができる。スポーツでもそれは同じである。そのために経営理念を定め、社長が目指す方向性を決める。しかし、その中でも細かい意見の相違は、互いに交換しあって微調整していく必要がある。誰もが「正しい意見」を持っているのである。それは国レベルでも一緒で、ロシアもウクライナもアメリカも「自分の正義」を持っていて、互いに調整しないから対立するのである。

 大事なのは、そういう事情をきちんと理解し、一方だけの意見を聞いて判断するということをやめることである。私は、互いに心の中で反発する役員の双方の意見を聞いてそれを感じている。それぞれの意見を尊重しつつ、会社のためには一つの意見を採用しなければならないとしたら、議論してそれを決めるべきである。そして「決まったら従う」というスタンスがあれば、問題は生じないと思う。どうしても自分の意見を通したいと譲らなければ問題が拗れてしまうが、そういう意地を張らなければ解決策はあると思う。

 私がお世話になった先輩は、「複眼思考」ということをよく仰っていた。物事を一つの方向からだけ考えるのではなく、反対側も含めていろいろな方向から考えることである。ゼレンスキー大統領の話だけを聞くのではなく、プーチン大統領の話にも同じくらい耳を傾けるべきだと思うし、私もいろいろな意見を聞くようにしている。もしかしたら、そこには自分に対する批判意見も含まれているかもしれないし、それを耳にしたら心穏やかではいられないかもしれない。それでも知らないより良いと思う。

 マスコミの意見は、公平ではなく一方的な意見である。もともとそう思っているので私はマスコミの意見は信用していない。日常生活においても、誰かの一方的な意見だけではなく、いろいろな人の意見に耳を傾けたいと思う。幸い私は社内でそうすることが可能なポジションにある。それをうまく利用して、一方向に流されなることのない確たる意見を身につけていきたいと思うのである・・・


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【今週の読書】


2022年4月21日木曜日

論語雑感 雍也第六(その15)

論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。
【原文】
子曰、「孟之反不伐、奔而殿、將入門、策其馬、曰、『非敢後也、馬不進也。』」
【読み下し】
子(し)曰(いは)く、孟之反(まうしはん)伐(ほこ)ら不(ず)。賁(はし)り而(て)殿(しんがり)たり。將(まさ)に門(もん)に入(い)らむとして、其(そ)の馬(うま)に策(むちう)ちて曰(いは)く、敢(あへ)て後(おく)れたるに非(あら)ざる也(なり)、馬(うま)進(すす)ま不(ざ)れば也(なり)と。
【訳】
先師がいわれた。「孟子反は功にほこらない人だ。敗軍の時に一番あとから退却して来たが、まさに城門に入ろうとする時、馬に鞭をあてて、こういったのだ。自分は好んで殿の役をつとめたわけではないが、つい馬がいうことをきかなかったので。」
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 戦における殿(しんがり)とは、敗色濃厚な戦いにおいて総大将を逃すために盾となって時間稼ぎをすることで、当然真っ先に敵にやられる可能性があり、危険な任務である。それだけに上手く努めれば評価も高くなるわけで、かの豊臣秀吉も金ヶ崎の戦いで主君織田信長の殿を務めて出世の階段を登っている。その重要な役割を務めながら、孟子反という人物は「馬が言うことを聞かなかったから(最後になってしまった)」と言ったとされている。その謙虚な物言いを孔子は誉めているわけである。

 マズローの欲求五段解説によれば、人間には五段階の欲求があり、その四番目の高位に「承認欲求」というものがある。それだけ人間には「承認欲求」という強い欲求があるわけで、誰もが人に認められたいと思うだろう。幼児でさえ、母親に「見て!見て!」と得意になってものを見せにくるのも、「誉めてほしい、認めてほしい」という表れであろう。それほどの基本的欲求を孟子反は謙虚に避けている。孔子の誉める所以である。

 この「功を誇らない」という精神は、日本人的にもしっくりいくところであり、逆に功を誇る人に対しては煙たがるものである。功を誇らなくてもそれは皆のわかるところであり、わざわざ強調するものではないという感覚がある。しかしながら、ビジネスの世界ではそうでなかったりする。社内の人事評価などでは、むしろ自らの実績をきちんとPRしないと評価してもらえなかったりする。

 たとえば、かつて勤務していた銀行では「目標評価シート」というものがあって、これは「S」「A+」「A」「B」「B-」と五段階にわかれていて、それぞれ「自己申告」と「上司評価」とがあった。数字で「120%超達成はS」など決まっているものは評価も容易いが、数字で表せないものになると、どうも「S」はつけ難くなる。そこで堂々と「S」などと自己評価をつけようものなら、「謙虚さが足りない」という印象を与えてしまうかもしれない。かと言って本人が「A+」としているものを上司が「S」とするのも難しかったりした。その匙加減が難しく、とりあえず本人申告は「S」としていたものである。

 我が社にも似たような「目標評価シート」がある。聞いてみたところ、けっこうみんな貪欲に自己PRしてくるそうである。外資系企業でもそんな傾向があると聞いたことがある。みんな自分の実績をしっかりPRしないと認められないと。かつて「日本は謙譲の文化、欧米は自己主張の文化」という話を聞いたことがある。特に人種の坩堝アメリカでは、何事においても自己主張しないと認められないのだとか。それはそれで悪くはないと思う。

 自己主張するのがいいのか、それとも謙って謙譲の態度がいいのかは文化の違いである。どちららがいいというわけではない。実績などというものは、わざわざPRしなくともわかるわけで、それをPRするのは何かガツガツしているような印象を受けてしまう。日本人的には、やはり謙虚なのが好ましいとみな思うだろう。それは孔子の時代の中国でもそうだったのだろう。しかし、現代の中国は自己主張の文化と言われている。2,500年の間に謙譲の文化が自己主張の文化に変わったのであろう。

 孟子反の行為が心地良く思えるのは、我々が謙譲の文化の下にあるからにほかならない。そういう文化に浸って生きてきたし、これからも生きていく。それはとても心地良いものであるし、中国人が失ったそういう心地良さを残していくためには、周りの人も孟子反のような人物をきちんと認めるようでないといけない。そんな意識を持ちながら、心地良い謙譲の文化をこれからも大事にしていきたいと思うのである・・・

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【本日の読書】

 



2022年4月14日木曜日

新人研修

 今月、我が社にも新入社員が5名入社した。社員数80名ちょっとの中小企業にしては毎年このくらい採用しているのであるから、けっこう頑張っていると思う。入社式の後は会社の説明等入社手続きで1日費やし、1日だけ自社内で新人研修を行い、後は外部の新入社員研修に参加してもらっている。他所の企業の同じような新入社員に混じって切磋琢磨する事になっている。

 その1日だけの自社内の新人研修では、まずは社長による企業理念の話からのスタートであった。企業理念については、社長も重視していて、ゆえに最初にこの話からのスタートにしたという次第である。5人とも熱心に聞いていたが、その心の内はいかにと密かに思っていた。と言うのも、我が身を振り返ってみれば、都市銀行に入行した35年前の自分はこのあたりの話はてんで理解しようという気にならなかったからである。

 当時の自分にとって、仕事とは給料をもらうための単なる手段であり、「仕事で夢を実現しましょう」などと言われてもピンとこなかったのである。「俺の夢(の一つは)は働かずとも生きていけること」というものであり、つまり仕事と夢は対局にあるものだったのである。そんな自分が今は夢を持ちましょうという側に回っているわけである。自ずと居心地の悪さを感じてしまう。もちろん、今は当時と違って、夢を持ちたいと心底思っているから、そう言うことに違和感はない。

 社長の話が終わった後、そんな自分の体験談を正直に話し補足した。「夢」と言ってもあまり深く考えず、「仕事をしていく上でなりたい自分」というくらいに捉えてほしいと。それはその通りだと思う。そうすれば、違和感なく受け入れてもらえると思う。「常に夢と誇りを持ち仕事に取り組むこと」というのは、我が社の行動理念の一つである。「夢」とは、そういう仕事上の「夢」と解釈することにしている。

 もう一つの「誇り」であるが、これも当時の私にはピンとこなかったものだと思う。「仕事とは生活費を稼ぐ手段」と言う考えが根底にあり、そういう現実と「きれいごと」を一緒にすべきではないと考えていたのである。もちろん、今も仕事は生活費を稼ぐ手段ではあるが、当時と違うのは「生活費を稼ぐためだけに仕事をしているわけではない」ということであろう。当時であれば、「何もしなくても同じ給料を払う」と言われたら、喜んで何もしなかったと思うが、今はそれでも仕事はする。この違いは大きいと思う。

 そんな今の仕事に誇りを感じているかと言われれば、「感じている」と答える。仕事は大変だけど楽しいし、やり甲斐もある。「仕事にはつまらない仕事などなく、仕事とのつまらない関わりがあるだけ」という言葉があるが、その通りだと思う。どんな仕事であろうと創意工夫で人とは違ったやり方を工夫できるかもしれない。たとえどんな仕事であろうと、自分がやることで他の人との違いを見せられたら気分もいい。

 さらに給料は「稼ぐ」ものであって、「もらう」ものではないという話もした。「もらう」は受動的である。与えられるのを待っているというイメージである。こういうスタンスだと、「言われたことをやる」=「言われないとやらない」ということになり、しばらくすれば立派な「支持待ち族」の出来上がりである。自ら能動的に仕事をこなし、その対価として給料を払わせるようでないといけない。 

 外部研修に参加している新人は、毎日その日の成果を研修日誌にしたためる。講師の方がそれにコメントを加え、WEB形式ゆえに翌日には私もチェックできる。どうしても集合研修は学校の延長のような雰囲気になってしまう。研修日誌にもそんなところが現れていたので、「学校と違い、研修日誌にも給料が払われている」ことを伝えた。「もらう」のではなく、「稼ぐ」内容になっているかと問い掛けた。その答えは明日にでも出るだろう。

 「鉄は熱いうちに打て」ではないが、最初にプロ意識というのをしっかり持ってもらいたいと思う。それは勘違い君であった35年前の自分に対する戒めのようにも思う。彼らがこれからどんな社会人になっていくのか。ひょっとしたら、10年後には彼らに食わせてもらっているかもしれない。そうなったら理想的だし、今日の彼らの姿を心に焼き付けつつ、彼らに恥ずかしくない背中を見せたいと思うのである・・・


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【本日の読書】
 


2022年4月6日水曜日

息子の誕生日

 若い頃から漠然と将来結婚したら子供は2人、上は女の子で下は男の子、いわゆる一姫二太郎を考えていた。そして娘が生まれ、次に息子が生まれた時は念願叶った気がして嬉しかったものである。そんな息子が生まれて、今日で17年である。振り返ってみると、感無量のところがある。娘が生まれた時のダメージがあり、普通の妊娠は難しいと言われた。ダメもとでと試したのは体外受精。それで見事着床。途中で息子だとわかる。

 喜びも束の間、胎児に異常があるかもしれないと医師に脅さた。堕ろすなら早い方が良いとも言われ、暗澹たる気持ちにさせられた。障害児として生まれたら、一生の問題である。産むのが良いのか悪いのか。しかし、産もうと決めたら母親の入院騒ぎ。絶対安静で何ヶ月か過ごして臨月を迎える。退院して通院に代わっていたが、出産は人工的に行うと予定日が決められた。だがその予定日の朝、破水して病院に向かう。私もあらかじめ休みを取っていたのでスムーズに対応。昼過ぎ、私の目の前で息子がこの世に生まれ出た。

 ハイハイからよちよち歩きへ。大人の真似をしようとするが、うまくできずに周囲に笑いを振りまく。幼稚園からかけっこだけは早くと、運動会の前に特訓。ほとんどの運動会で一等賞を取った。ラグビーをやらせたいと思ったが、自分の経験もあって野球もやらせた。息子とキャッチボールというのが父親のベタな夢であるが、私もグローブを買って息子とキャッチボールをした。誘えば嬉しそうに素直についてきて、公園で一生懸命ボールを投げてきた。

 そんな息子も私が通った都立高校よりもワンランク上の都立高校に入学し、既に高校2年生。身長は私を越え、ラグビー部に入らないかなとの私の願いも虚しく、野球部に入った。残念ながら弱小チームで、甲子園はおろか、予選で1、2勝できれば良い方というレベルのようであるが、毎日楽しく練習しているようである。残念ながら勉強は平均点をうろうろ。特に数学に苦戦しているようである。文武両道がモットーの私としては、「野球も勉強も両方しっかりやれ」と言っているが、どこまでやるのやら。

 17歳と言えば、かなり自分というものが確立されてくる。私も17歳の頃はどうだったか思い出そうとするが、どうだっただろうと思うばかり。今と変わらないような気もするが、世界は自分を中心に回っているような気がしていたようにも思う。自分が意外と「普通」なんだと思わされたのは社会に出てからだったように思う。今は、「普通だが一味違う男」でありたいと思っている。息子はどうだろう。世界の中心にまだいるのかもしれない。

 驚くことに息子にはもう彼女がいる。私は高校3年になる前だったから、私よりも早い。私に似てか、イケメンだとよく言われるから当然なのかもしれないが、我が身を振り返って念の為「避妊だけはしっかりやれよ」とアドバイスした。息子に対してそういう性教育は気恥ずかしい思いがあるが、こればっかりは油断はできない。自分は父親にそんなことを言われたことはないが、こればっかりは父親の義務だと考えている。さらにどこで買えるかも教えた。私も最初は夜中にこっそり買いに行ったものである。「当分大丈夫」というのが息子の答えであった。当分っていつまでだろうと思わずにはいられない。

 これから息子にはどんな人生を歩いてもらいたいだろうかと考えてみる。高校生活が終われば大学があり、その先には社会人がある。国立難関大学に合格でもしてくれれば嬉しいと思うがどうだろう。私は執念で突破したが、持てる力以上に出し切ったから大変だったが、それ故に満足もあった。良い大学を出れば就職が有利などという考えは微塵もないが、そこに入る努力の過程と、考える思考回路の育成ができたことが私の場合は今につながっていると思うので、息子にもと思ってしまう。

 就職は、とか考えるのはまだまだ気が早い。大企業に入れば安泰など教えるつもりはないが、大企業に入れば白が付くのは確かである。たとえ転職したとしても、最初に「大手企業に入社した」というのは、個人のプロフィールを飾るに十分である。新人教育もしっかりしているだろうし、社会人としての基礎は身につけさせてくれる。一生しがみ付けなどとくだらないことを言うつもりはサラサラないが、最初に大企業に入るメリットはあると思う。

 その先はとにかく困難にあってへこたれない精神力だけはつけてほしいと思う。安泰な人生を歩んでほしいが、人生の航海は凪いだ海ばかりではない。私も夜中に不安で目が覚めてしまうような経験を何度もした。息子には味わわせたくないが、そうもいかない。であれば耐える、あるいは乗り越える術と精神力とを身につけてほしいと思う。私の経験がそれに生きれば何より。そういう経験談を少しずつこれからしていきたいとも思う。日々逞しくなっていく我が息子であるが、これまでの日々を思いつつ、これからの人生にエールを送りたいと思うのである・・・


-MayaQ-によるPixabayからの画像

【本日の読書】
  


2022年4月4日月曜日

現代の同棲

 知人の娘さんが同棲したいと言い出したそうである。母親は大反対。父親である知人も内心は反対であるが、真っ先に母親が反対の声を挙げたのでとりあえずは態度保留状態らしい。両親とも私とはひと回り上の昭和世代。真っ先に浮かぶのは、「何で結婚しないの?」という疑問。私も同じ感覚なのでよくわかる。同棲となれば、男には都合が良いが、女には不利との感覚が残っているのが昭和世代。女性の婚前交渉はタブーというかつての感覚がかろうじて理解できる世代である。

 頭を抱える知人。他人事だから冷静に聞ける私。しかし、娘を持つ身としては同じ。自分だったらどうするだろうとふと考える。確実に言えることは、反対しても火に油を注ぐだけだということ。恋愛は反対されてもそれで火が消えることはないということは、「ロミオとジュリエット」を筆頭に古今東西枚挙にいとまがない。だから、もしも娘がどうしても自分の気に入らない男を連れてきたとしても、頭から反対することだけはしないでおこうと今から決めている。

 そう考えると、一体どんな男だと気に入らないのだろうかと考えてみる。まずは無職のチャラ男だろうか。しかし、無職であったら娘も選ばないかもしれないという希望はあるが、「イマドキの」男はみんなチャラ男に見えてしまう気がするのはどう我慢しようかと思うと悩ましい。年の差がある場合も不快感が湧くだろう。特に娘より私との年齢差の方が近かったらと考えると気が遠くなる。こっそり跡をつけて夜道で襲うかもしれない。マザコン野郎も許しがたいものがある。まだまだ列挙できそうであるが、やめておくとする。

 そもそも親が子供の結婚に反対する理由は何だろうかと思う。基本的に親は子供に幸せになって欲しいと願う。だから、子供が幸せになれそうな相手だったら反対はしないだろう。それは男であれば相手の職業だろうし、女であれば家庭的なところがあるといったところであろう。親には自分の「経験」というものがある。二十代の頃にはわからなかった世の道理というものがわかっているが、子供にはわからない。そこから必ずしも「愛こそすべて」というわけではないという「現実」がわかっている。そのギャップこそが対立の元になる。

 昨年、実施された「親に反対された相手と結婚した男女185人を対象に実施した調査」によると、「両親共に反対」という割合は32.4%だったのに対し、「母親だけが反対」という割合は半数以上の51.9%にも上ったそうである。件の知人の例もその典型というわけである。ちなみに反対の理由の第1位は「相手の収入が十分でない」(22.7%)で、第2位が僅差で「態度や性格が気に入らない」(22.2%)だったという。知人の奥さんは、正確に言うと「同棲に反対(要は結婚しろ!)」ということだから、ちょっとニュアンスは異なるかもしれない。

 「同棲」という言葉には、どこか甘美な響きがある。それは「神田川」のようなフォークソングに歌われた世界であり、当時小学生だった私からすると、漠然と憧れる大人の世界の印象が強い。どちらかと言うと、「男にとって都合がいい」という印象があるが、実は件の知人の場合は、乗り気なのはお嬢さんの方らしい。曰く、「そこで相手を見定めて良かったら結婚する」という。甘く甘美な世界は今は昔であり、現代は極めてシビアな選別の場なのかもしれない。

 母親と口論となった知人のお嬢さん。「結婚すべき」と説くお母さんに対し、「江戸時代かよ!」と賜ったらしい。せめて昭和か大正だろうというツッコミは抜きとしても、現代っ子の感覚はまた我々のそれとは当然違う。もしも娘が「同棲したい!」と言い出したらどうするだろうか。相手には目を瞑り、「娘の人生だから」と思って何も言わないでおく方が無難なのかもしれない。「娘が幸せになるのであれば、その形は問わない」と今から覚悟を決めておくしかないのかな、と思うのである・・・


Arek SochaによるPixabayからの画像 

【本日の読書】