長野県の富士見に住む伯父が亡くなった。敬愛する祖父が亡くなって29年。とうとう、次の世代の順番が回ってきたという事だろう。88歳という年齢は、まだまだという気もするが、平均寿命は上回っており、ここまで生きれば幸せと言っても良いと思う。無口で酒も飲まず、真面目で慎重な性格は、一方で穏やかな人柄でもあった。生まれてから一度も引っ越しを経験することなく、生涯を生まれた家で過ごした人生はいかがなものだったのだろうかと思う。波乱万丈とは正反対の静かな人生だったように思う。
葬儀となれば、親戚が集まって来る。伯父を含めつい最近会ったと思っていた親戚も、考えてみればコロナ期間の自粛もあり、会うのは4年ぶりである。4年前は伯父も元気だったし、今回の知らせは意外だったが、4年はやはり長いと思う。久しぶりに会った義理の叔父は、いつの間にか小さくなっていた。痩せたせいか顔も変わっていて、おまけに軽度の認知症の症状があるとかで、その行動がどこかおかしなところが多かった。叔母たちも同様に、当たり前だが年を取っていた。
今回は従妹にも会ったが、いつ以来だろうかと考えてしまった。母方とは違い、父方の方はあまり交流がなく、40年近く会っていなかったかもしれない。そうなると、名前こそ知っているがほとんど「初めまして」の世界である。それでも共通のバックボーンがあるから、まだ話には入っていきやすい。葬儀だからと言って、湿っぽさはなく、どちらかというと楽しいおしゃべり場になってしまった。まぁ、伯父もワイワイやっているのを目を細めて見ていてくれただろうと思う。
長野県の富士見町の中でも、父方の実家は原村という村にある。標高1,100mの地であり、東京とは気温が違う。日中は半袖でも十分だが、日が落ちると急速に冷えてくる。東京の感覚でいると風邪を引くかもしれない。標高が高いせいだろうか、夜空に輝く星の数も東京とはくらべものにならない。そして街灯がないから、明りは近所の家の窓からもれるものだけ。11時を過ぎるとそれもほとんどなくなるから真っ暗になる。しかし、それでもほんのりと明るいのは月が出ているから。こういう所に来ると、「月明り」という言葉の意味を実感する。
通夜は本家で行われた。本家もそれなりの広さがあるから可能なのである。そう言えば叔母の結婚式も同じ本家の同じ部屋でやったのを覚えている。昔はみんな家でやったのだろう。もう50年も前の事で、その時しおらしく俯いているだけだった叔母も、今は皺も目立つ田舎のおばあさんだ。通夜では喪主もみんな喪服は着ない。東京の通夜の感覚に慣れていると戸惑うことになる。そしてチラホラやってくる弔問客も近所の人なのだろう、普段着である。私は戸惑いつつも着替えずに済ませた。
翌日、棺に釘を打ち、火葬場へと移動する。火葬場は隣の茅野市であり、車で30分以上かかる山の中であった。29年前の祖父の葬儀の時は土葬であった。私もかなり驚いたが、今ではさすがに火葬である。しかし、後発だったのだろうか、火葬場が作れなくて隣の市のを利用しているのかと想像した。告別式は真言宗の僧侶が来て執り行われた。斎場はJAのホール。「なんでJAが」と思うが、農家ばかりのこの辺りではそれだけJAが生活に密着しているのだろう。弔問客もみんなJAの担当者と顔見知りのようであった。僧侶も故人のことは良く知っていたそうで、田舎の人間関係の濃さがうかがい知れた。
亡くなった伯父には私と同じ歳の息子がいる。同じ歳の従弟として会えばよく遊んだが、今は独り身である。やがて我々の番が回ってきた時、誰が従弟の喪主になるのかと考えると、誰もいない。その時、主がいなくなった本家や代々の墓はどうなるのだろうか。我々の後のことだからどうなるのかはわからないが、普通に考えれば国庫に行く事になる。代々の墓も朽ち果てていくのかもしれない。その晩、伯母が従弟のいない所でその胸中を涙ながらに語ってくれた。日本の多くの家でそういう問題がこれから益々増えていくのだろう。
父方の親戚は昔からあまり付き合いの頻度は高くない。母方の親戚の濃度と比べると大きく異なる。それはやはり母親と行動を共にすることが多かったからに他ならない。自分自身の身を振り返ってみても、子供たちが実家へ行く頻度は妻の方がはるかに多い。男は損だなと改めて思う。従弟も母方の従弟と同じくらい親しければ、墓の話も突っ込んでできたかもしれない。本人のキャラクターにもよるが、伯父に似て真面目で酒も飲まない従弟とは、どうも一歩踏み込んでいけない壁のようなものがあるのを感じる。
とは言え、次回49日の法要に行くことになるだろうから、じっくりと話をしてみようか。そんなことを考えながら帰路に着いた。昔の賑やかだった本家の様子が今でも目に浮かぶ。飲んべえだった叔父もいつの間にか飲めなくなったとつぶやいていた。「諸行無常」という言葉の意味をつくづくと思うのである・・・
【本日の読書】
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