2022年11月3日木曜日

論語雑感 雍也第六(その27)

 論語を読んで感じたこと。解釈ではなくあくまでも雑感。

【原文】

子曰、「君子博於文、約之以禮、亦可以弗之畔矣夫。」

【読み下し】

いはく、君子ていしらふみひろくして、

これぶるによきつねもちゐば、おほいこれそむるをもちてすかな

【訳】

先師がいわれた。

「君子は博く典籍を学んで知見をゆたかにすると共に、実践の軌範を礼に求めてその知見にしめくくりをつけて行かなければならない。それでこそはじめて学問の道にそむかないといえるであろう。」

『論語』全文・現代語訳

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 昔から読書は好きで本は読む方であったが、社会人になっていわゆるビジネス書を読むようになって読書の目的も変化した。小説もいいのであるが、やはりビジネス書はそのまま社会で生きていく上での指標になる。先人の知恵を拝借できるのであり、それは実に有効である。柳井正とか丹羽宇一郎とか鈴木敏文とか小倉昌男とか、普通に暮らしていたら話を聞くことすらできない名経営者の話もその著書を通じてなら聞くことができるのである。こんなにありがたいものはない。


 私も特定の知識を求めて本を読むこともあるが、大抵は乱読である。そうして気がつけばそれらがビジネスの上で大いに役立っていることに気がついた。取締役として会社の経営に携わっていく上で、人とは多少なりとも違った考え方が適切にできるのも、思い当たるものと言えば読書ぐらいしかない。日々湧き起こるさまざまな問題に対し、的確に解決策を提案できるのはやはり読書の効能だとしか言いようがない。もっとも、読むだけでは単なる物知りでしかない。実践で活かして初めて意味があると思う。


 最近、若手にいろいろと話をする機会がある。説教をするわけではないが、気になったことなどをそのままにする事なく、自分の考えを伝えている。若手にしてみれば新鮮に聞こえるらしく、ありがたがってくれる(ゴマスリかもしれないが・・・)。昔は自分も先輩や上司から教え諭されてきたが、いつの間にか自分が教え諭す方に回っている。報連相が大事だと知識としては知っているが、実践ができていない若手。具体例を挙げてわかりやすく説明する。大人しい若手に性格にあったリーダーシップの行使の仕方を教える。いかにしたら聞き入れやすくなるようかと工夫して話をする。みんな何かの本で読んだ知識のように思う。


 部下も増えたし、役員だからほとんどの社員よりも立場は上であるが、だからと言って威張っても尊敬は集められないし、わからないことはわからないと正直に言って若手にも教えを請う。会議で議論が堂々巡りし、あるいは論点がずれると、適切に議論をコントロールして解に向かうようにする。昔、随分と読んだロジカルシンキング系の本の知識が生きているのかもしれない。そしてそれが実践で役立っている感覚が心地良く感じられる。成功譚ばかりでなく、他人の失敗も学べたりする。こうなると、日々の読書は欠かせなくなる。


 社会人の勉強とは、資格を取ったりすることばかりではない。幅広く本を読むのも大いなる学びだし、得られた知識を実践で使えばいつの間にか問題解決力を身につけられたりする。振り返ればこの13年間に読んできた本は1,400冊にならんとする。ビジネス書ばかりではなく、小説や哲学や物理化学の本もあるが、それらもみな何かしらか得るところがある。もはや趣味と言ってもいいし、実践でも役立っているし、これからもまだまだ読み続けていけば、それほど大きく道を外して失敗することもないのではないかと思うのである・・・

 

GerhardによるPixabayからの画像 

【本日の読書】

   


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