2013年10月19日土曜日

好きこそものの上手なれ

 息子は今、ヒップホップダンスを習っている。その始りはまったくの偶然で、たまたま訪れたスポーツクラブでヒップホップをやっているのを見た息子が、「やってみたい」と言ったらしい。これから学校の授業でもやるようになると聞いたため、「それならやらせてみるか」となったのである。

 自分としては、ダンスなどに興味の“き”の字もなく、見るのもやるのも関心が湧かない。されど、だからと言って息子を自分の興味のある分野にだけ向かわせるのもどうかと思うから、まあ反対はしなかったのである。

 さて、そんな息子のヒップホップであるが、先週「発表会」があった。日頃の練習の成果を披露しようというわけである。妻はともかく、自分は普段の練習をまったく見ていない。だから、どんな様子なのかもわからないし、ヒップホップをどんな感じで踊るのかもわからないから、興味深々であった。

 そして当日。
いつもの教室をそのまま舞台にして子供たちが順番に登場する。息子は第一陣として登場。総勢20人くらいで、さらに4つのグループに分かれて順番に踊る。男の子は4人だけ。圧倒的に女子の世界である。目の前で子供たちが踊るヒップホップというのも、何だか微笑ましい。

 第一グループは幼稚園児くらいの女の子二人。息子は第二グループで登場。みんな小学校低学年くらいの男女4名ずつのメンバーである。音楽に合わせて踊りだすも、何だかぎこちない。何となく周りに合わせて体を動かしている感じで、それはほんのコンマ何秒か体の動きがずれている事からそう感じるのである。他の子も見ていると、それぞれでだいぶ印象が違う。

 中には「うまいな」と思わされる子がいる。子供たちは上は中学生くらいまでいるが、さすがに中学生くらいになると、「うまいな」と思わされる子も増えてくる。うまい子とそうでない子。その差は何なのだろうと考えてみた。

 観察していると、その差は「楽しそうか否か」であると感じる。「好きこそものの上手なれ」という言葉がある。好きな事をやっている時、人はその時間が楽しいし、あれこれいろいろやってみようとする。息子もお手伝いはおざなりにやってよくママに怒られているが、好きな怪獣遊びだと、周りにあるあらゆるものを基地や武器やその他もろもろに見たて、独自の世界を作り出していつまでも遊んでいる。

 踊る事が楽しくて、面白くてたまらないから、練習時間以外でも体を動かしているかもしれない。息子などは教室で練習する以外はやらない。その差は歴然。「音楽に合わせ、体が動いてしまう」子と、「音楽に合わせ、教えられた通りに体を動かそうとする」子と、同じダンスでも違うものになる事は容易に想像がつく。

 学生時代、ラグビー部に入っていた私は、いつも練習時間の1時間半前くらいにはグラウンドへ行っていた。全体練習が始まる前に、バーベルを上げたりしていたのだ。それは誰からも強制されたものではなく、自分でやりたかったからに他ならない。そういう事は、他の様々な事に当てはまるのではないだろうか。

 良い悪いではない。
決められた時間に来て、決められた時間に決められた通りに仕事をし、決められた時間に帰るという事が悪い事だとは思わない。ただ、少しでも違う事、プラスアルファの事をしようとして、人より早く来たり、人より遅くまで残っていたりして仕事をする人は、おのずと結果も違ってくるだろうという話である。

 息子は、ヒップホップに対してどう思っているのだろう。普段と違って親たちがたくさんギャラリーに居て、緊張と照れくささもあったかもしれない。あるいはもしかして、勢いで始めたものの、あまり興味が持てなくなってきているのかもしれない。好きになれる事なら続ければ良いし、そうでないなら他に目を向けるのもいいかもしれないとも思う。何せ運動神経自慢のパパでも、まったくアドバイスできない分野であるからである。

 これから折にふれ、コミュニケーションをとって気持ちを確かめながら見守っていきたいと思うのである・・・

【今週の読書】

昨日までの世界(上)―文明の源流と人類の未来 (日本経済新聞出版) - ジャレド・ダイアモンド, 倉骨彰





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