2011年11月21日月曜日

塾に行かせる事にした

小学生も高学年になった頃、母親に「塾に行きなさい」と何度か言われた。
「中学になったら行く」と言ってごまかし、いざ中学になっても「来年から」とかその都度何だかんだと言い逃れ、結局行かなかった。塾にまで行って勉強などしたくはなかったのだ。それでも決して勉強嫌いというわけではなく、都度都度それなりにしていたし、大学受験で失敗して宅浪していた時はそれこそ死ぬほど勉強した。ただ塾というスタイルに抵抗感を覚えていたのだ。結果的にはそれで問題なかったし、それで良かったと思っている。

さて、問題は我が子だ。
そういう自分の考えがあるから、子供を塾に通わせようという気など毛頭なかった。
お受験など論外で、幼稚園も小学校も中学校も歩いて通える公立で十分だと考えていた。
私も大学まで国公立一筋だったから、小学生から塾通いなどさせてまでして、私立などに積極的に行かせようとは思わなかったのだ。

それは今でも変わらぬ考えなのであるが、そんな思惑が大きく狂ってきた。
その理由は、「中高一貫教育」というやつだ。子供を通わせたいと考えていた近所の都立高校が、なんとその中高一貫教育になってしまったのだ。受験は中学から。そしてそれが約10倍近い競争率なのである。
当然入試(適性検査と言うのだ)もかなり難しい。私も問題を見たが、とても学校でやっている勉強だけでできるものではない。高校生くらいになれば、自分で傾向と対策を立てられるかもしれないが、小学生では無理だし、親ができるものでもない。そうすると必然的に「塾へ行く」という結論に至らざるを得ない。

しかし問題は娘がどう考えるか、だ。
「塾へ行け」と言うのは簡単だし、「行かせる」事も簡単だ。
だが、「行って勉強するか」は別問題だ。こればっかりは本人次第だ。
「水際に連れて行っても水を飲ませる事はできない」のだ。
多くの親たちが子供を塾に通わせて安心している。
しかしながら実際には、塾へ行っていても勉強しているかどうかはわからない。

私も過去に、塾や予備校に行っていても、真剣に勉強していない先輩や友人の姿を見ていたからよけいにそう思う。大学受験に失敗して浪人していてさえも、勉強していない人はしていなかった。要は本人のやる気が大事なのだ。

そんな懸念があって、娘と話をした。
そうしたら、意外な事に本人は塾へ行きたいと言う。
週3回、5時から7時半という時間も説明したが、いいと言う。
そうして近所の都立に行きたいと言う。
まあそこまで言うのなら、と6年生から行かせる事にした。

学校の方も、本当は小学校の勉強の延長的な問題を出題してもらいたいところだ。
いろいろと考え方はあるのだろうが、塾に行かないとわからないような問題を都立が出すというのはいかがなものかと思う。国公立の学校が、小学生から受験を強いるというのも、(強制ではないにしろ)どうかと思う。まあ親としても行かせて終わりではなく、娘が頑張って塾に通う1年間は、しっかりと感心を持って接したいと思うのである・・・



【本日の読書】

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか - ダニエル・ピンク, 大前 研一     勝海舟と福沢諭吉: 維新を生きた二人の幕臣 - 安藤 優一郎







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