2025年4月13日日曜日

『THE DAYS』に見る心理的安全性

 福島第一原発の事故を描いた『THE DAYS』を観ている。その前に本では『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の500日』(門田隆将著) を読んでいるし、映画では『Fukushima 50』を観ているが、今度は全8話のドラマである。もうストーリーはお馴染みであるが、それでもそこから伝わってくる緊迫感、喉元過ぎればで「原発必要論」を声高に主張する人たちへの反発もあって観たくなるのかもしれない。さすがにドラマ版は映画版よりも長いのでじっくりと描かれる。観ているとストーリーとは別のところで考えさせられるシーンが出てくる。

 特徴的なのは、総理大臣(当時は民主党の菅総理)の言動だ。現場の混乱も構わずヘリで視察に向かう。危機管理室では関係者をヒステリックに怒鳴り散らす。当時も批判されていたが、本や映画やドラマでもすっかり悪者である。しかしながら、そんな表面的な部分ではなく、よくよく総理の言動を追って行くと、そこには総理の苛立ちと焦りが感じられる。一国の最高責任者として的確な判断を下さなければならないのに、そのために必要な情報が与えられないという苛立ちと焦りである。

 まず批判された現場視察であるが、これも危機管理室で総理の疑問に的確に答えられる者がいないため、「ならば直接この目で確かめに行く」となったのである。総理の側近には原子力安全委員会の者もいれば東電の人間もいる。しかし、総理の疑問に対し、的確に答えられない。それで総理はイライラを募らせ、周囲に当たり散らす。すると関係者は萎縮してはっきりと答えられなくなる。その悪循環に陥るのである。総理に問われた関係者が下を向いたり他の者に転化したり、口ごもる様子は確かに観ていてイライラする。

 しかし、それも当事者の立場に立てば当然なのである。誰しもが経験したことのない未曾有の事態なのである。誰も正解を知っているわけではない。象徴的なのが、第5話で海水注入を巡るやり取りである。真水の不足を見越して現場では原子炉を冷やすために海水注入を準備する。しかし、危機管理室では海水を注入すると再臨界が起きるのではという疑問が呈される。総理は原子力安全委員会の者に問う。「海水注入で再臨界は起きるのか」と。その口調は厳しいものであり、その場には緊張感が漂う。

 問われた専門家は、起こらないだろうとは思うものの、「絶対か?」と問われれば口ごもる。「可能性はゼロかと聞かれればゼロとは言い切れない」という何とも歯切れの悪い答えである。それで総理はイライラしてまた怒鳴りつける。するとよけい萎縮して何も言えなくなる。総理の気持ちはもっともだが、トップに立つものとしては様々な可能性、意見の中から適切に判断を下さないといけない。何より大事なのは、とにかくあらゆる情報、あらゆる意見を出させてそれを検討することである。その点ではこの総理の態度はまるでダメである。

 部下が思う通りに発言するためには、何を言っても大丈夫という安心感がないといけない。最近ではそれを「心理的安全性」という言葉で表しているが、まさにその心理的安全性がここではまったく機能していない。総理としては、イライラはグッと堪え、冷静かつ穏やかに問いかけ、どんな意見であろうと感謝の言葉とともにその意見を受け入れることが必要である。側近もいろいろと意見を述べている。頭からそれを否定するのではなく、すべて一旦受け入れるのである。「気がついた事があればすぐに言ってほしい」と加えて。

 総理にご報告と原子力安全委員会の者が総理を呼び止めるシーン。総理はかしこまる者に対して、「今報告すべき急ぎの報告か!」と詰問する。するとその者は萎縮して「後でも構いません」と答えて引き下がる。これではいけない。本当に余裕がないのであれば、「◯◯の後で聞くから待っててくれ」とすればいいわけで、怒鳴ったり詰問したりしても何も得るものはない。結局、菅総理はその時の一連の危機対応について批判されてしまったが、それも無理からぬ事、たぶんご本人はまわりの者の無能を言い訳にしたいだろう。だが、心理的安全性を確保しなかったのは間違いなく本人の責任であるし、批判は回り回ってその身に返ってきたものと言える。

 ビジネスの現場でも結局は同じである。部下だからと言って軽視するのではなく、いろいろな意見を忌憚なく言わせられれば、それは結局自分自身が正確に判断を下す助けになる。人の振り見て我が振り直せ。学びは至る所に落ちている。その他にもリーダーシップや部下としてあるべき姿など、ビジネスにも有益なドラマであると思うのである・・・



【今週の読書】
〈他者〉からはじまる社会哲学 - 中山元 MORAL 善悪と道徳の人類史 - ハンノ・ザウアー, 長谷川圭  黄色い家 - 川上未映子





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