2023年5月10日水曜日

経営者保証について思う

 「経営者保証求めません」 地銀、相次ぐ融資慣行見直

日経新聞202358

地方銀行で融資先の企業に経営者保証を求めない動きが広がっている。八十二銀行や山陰合同銀行、福岡銀行など少なくとも10行以上が原則、経営者保証を求めないことにした。万が一の場合、経営者個人が私財を差し出して借金を返済する経営者保証は、心理的負担の重さから起業や経営への弊害がある。こうした融資慣行の見直しは、スタートアップの育成などにつながる可能性がある。

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 銀行が企業に融資をする場合、基本的に社長個人に保証人になってもらう。上場企業などの一部を除き、中小企業ではほとんど必須である。もしも倒産などで企業が借入を返済できない場合、社長は個人保証をしているので個人の預金や自宅などすべて債務の弁済に取られてしまうことになる。ただでさえ会社が倒産すれば収入がなくなるのに、住む場所もなくなればそのダメージは大きい。倒産すればほとんど再起不能になりかねない。これが日本の起業率の低さの元凶だとかなり以前から経営者の個人保証を外そうという動きがあったが、ここにきてようやく進展があるのだろうか。


 しかし、以前から問題にはなっているものの、進んでいなかったのには訳がある。それは「悪用」があるからである。今や法人など簡単に作れる。簡単に設立して、今ならスタートアップのための「創業支援資金融資」なんてのもあるから担保がなくても借りられる。借りるだけ借りて後は知らん顔すれば、借りたお金はまるまる丸儲けにできる。逃げる必要もない。「すみません」と頭を下げれば済んでしまう。しかし、経営者保証をつけていたらそうはできない。会社で返せなければ個人で払わなければいけないので逃げられないのである。


 そうでなくても、会社が傾き始めれば、経営者も馬鹿ではない。密かに自宅の名義を奥さんに変えたり、預金を奥さんの口座に移したりするものである。保証がなければそんなことをする必要もない。その昔、故石原慎太郎が都知事の時、「保証人を取らない」と大見栄を切って都民のお金で新銀行東京を設立した。当時銀行員だった私は冷ややかに見ていたが、不良債権市場には2年もしないうちから新銀行東京の貸付債権が流れ出てきていた。結果は大失敗。金融素人知事の無知による税金の無駄遣いであった。


 今日まで経営者保証がなくならないのには理由があるのである。されど起業や事業承継にはこの個人保証がネックになるのも事実。「どうにかしなければ」というのも当然の議論である。しかし、私から言わせれば実に簡単なことである。「取るか取らないか」の二者択一で考えるから難しいのである。取った上で「外す仕組み」を作ればいいだけのことである。一旦は保証を取っても、「一定の条件を満たせば外す」ということにすればいいのである。


 例えば企業と言っても、「夫が社長で妻が経理」なんて企業は基本的に個人事業と変わらない。こういう企業は保証付きにしておくのは止むを得ない。ある程度の規模になり、利益も出していて、少なくとも「会社と社長の財布ははっきり分ける」ことが必須だろう。家族でご飯を食べに行ってその領収書を会社の経費で落とすなんて公私混同をしているようではダメだろう。社長に多額の貸付金がある場合も然り。銀行員に事業の目利きを求めることは不可能であるが、こういうことなら充分チェックできる。


 ちなみに以前から、「銀行が事業の目利きをきちんとすれば個人保証に頼る必要はない」という意見をもっともらしくいう人がいるが、これも素人発想。例えばコロナ禍で倒産した企業について、「コロナ禍を果たして予測できる人間がいるか」と考えてみれば自ずと明らかである。フィルムが急速にデジタル化され、富士フィルムは生き残ったが、コダックは倒産した。ではコダックの倒産を目利きできた人間がいただろうか。何が起こるか予測できないから、日本の銀行は長年担保主義だったのである。


 それは今でも変わらない。倒産リスクを睨みつつ、貸しすぎないように貸すしかない。そして一定条件をクリアーしたら経営者の個人保証を外すというルールを明確化すれば、みんなそれを目指して健全経営を心掛けるだろう。利益も計上しないとダメとすればそれは税収入にもつながり、一石何鳥もの効果があると思う。我が社も近い将来の事業承継に向けて社長個人の保証を外すべく、経営の健全化を図っている。経営者保証をなくすという流れは追い風になると歓迎している。


 ちなみに、民間のこういう動きに対して、信用保証協会は頑なに個人保証堅持の姿勢を崩さない。むしろ代表取締役として登記をすると、社長以外にも会長や副社長なども個人保証を求められる(民間の金融機関は社長だけにとどめてくれる)。公的機関がそんな前近代的なスタンスでどうするのだと思わなくもない。ただ、経営者保証を外すのはいいけれど、ただ「外す」だけでは、それはそれで問題がある。銀行員も金貸しのプロならば、保証を「取るか取らないか」の二者択一ではなく、「外せる企業」を見極める能力を磨くべきだと思う。


 そんな議論をせずして二者択一の議論に終始するのは、「やっぱり保証は取らないといけない」という後戻りを招くような気がしてならない。もっと頭を使って考えればいいのになと、元銀行員としては思うのである・・・


MaxによるPixabayからの画像 

【本日の読書】

 





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