2014年4月1日火曜日

新年度雑感

 何だかあっという間に春になった気がする。そろそろと思っていた桜がもう満開。この時期の朝は、いつも若干遠回りして、あえて桜の木のあるところを通って通勤しているが、その桜もすでに咲き乱れていると表現して間違いない状態である。

 そしていつもの時間に銀行の本部ビルに着くと、新入行員が大挙して入口から入ってくるところだった(こちらは職員用の通用口から入ったが、彼ら彼女らも明日から通用口だ)。また1年、社会人としてのキャリアを積み上げた事になる。

 昼食時、行員食堂に行ってメニューを見ると、全品値段が10円上がっている。消費税アップを実感した最初の体験だ。当然、中味はいつもと変わりない。何だか損した気分がしたからというわけではないが、思わずご飯大盛りにしてしまった(ご飯の量によって値段は変わらない)。

 妻はスーパーで混乱したらしい。何せ値段表示がスーパーによってバラバラ。新税価格での表示に税抜き価格表示に両方併記とあり、いつもなら瞬時に「どこが安い」と判断するコンピューターが、働かなかったようである(妻のコンピューターは価格比較は早いが暗算機能はついていないのである)。

 さて、せっかく(?)上がった消費税であるが、どうも気分はよろしくない。政府は、「増税分はすべて社会保障に充てる」と宣伝しているが、そんなのはまやかしだ。全体の収入があって支出があるわけであり、消費税を社会保障にまわしたところで他の税収を無駄に使っていたら意味はない。それに増税しても(全体で)赤字には変わりないんだし・・・

 財政改善にはやはり「支出削減」が“いの一番”に行われるべきだ。近所では娘の通う中学校のど真ん中を通る道路計画がスタートした。話題となっている「マッカーサー道路」くらいの規模ならわからなくもないが、何で我が街の住宅地に道路を通す必要があるのか?この分、少しでも予算を削減できると思う。

 そもそも税金の使い道に、「必要か」という観点から考えるのは正しくない。答えはみんな「必要」となるのに決まっている。我が街の道路計画だって、必要な理由ならいくらでも説明してくれるだろう。そうではなくて、「無くても済ませられないか?」と考える事が必要だろう。そうすれば、「何とでもなる」となるだろう。道路計画については、住民からの希望を募ってもいいだろうと思う。

 たかだか小さな街の道路だが、武蔵小山の我が実家も道路拡張で立ち退きの話が出ている。ちょっと足を伸ばした隣の保谷でもいつのまにか新しい道路ができている。「ちりも積もれば山となる」ではないが、こういう道路一つ一つについて、「無くても済ませられないか」と問うていけば、随分削減できそうな気がする。

 消費税以外にも社会保険料やガソリン税、配当課税なども「こっそり」増税になっており、サラリーマンの懐にはじわりじわりと影響がきそうである。これで最後にどかんと「国庫破綻」となったら、どうするのだろう。まあ大海原で、船が沈没する時に自分だけ助かろうと思っても無理だろう。「みんなで沈めば怖くない」のだろうか。

 新年度入りして気分新たに行きたいところだが、何となく悶々としたスタートとなった感じがする。せめて気持ちだけでも明るく行きたいものである。当分は、夏休みのハワイ旅行に向けて、明るく頑張ろうと無理やり思う事にしたのである・・・
 

 【本日の読書】
オリバー・ストーンが語る もうひとつのアメリカ史 1 2つの世界大戦と原爆投下 - オリバー ストーン, ピーター カズニック, 大田 直子, 鍛原 多惠子, 梶山 あゆみ, 高橋 璃子, 吉田 三知世 ライス回顧録 ホワイトハウス 激動の2920日 - コンドリーザ・ライス, 福井 昌子, 波多野 理彩子, 宮崎 真紀, 三谷 武司





   

 

 

 

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