2013年9月6日金曜日

祖父のアルバム

 先日、実家に行ったところ、父が田舎から借りてきたというアルバムを見せられた。それは昔、祖父が存命中に見せてもらった従軍アルバムである。祖父の死後、どうなったのだろうと思っていたが、同じ思いだった父が借り受けて来たらしい。さっそく、画像データにしてCDに落としてもらってきた。自分でも20年振りぐらいに見たのだが、懐かしい祖父のとっておきの一枚は、さっそくフェイスブックにアップした。

 さて、もらったCDを見ていくと、昔見た記憶が蘇ってくる。それは祖父が応召し、始めは中国、そして二度目は朝鮮へ出征した時のアルバムである。中には生首の写真もあって衝撃的なのであるが(ちなみに日本軍の仕業ではないそうである)、概ね出征地ののどかな景色とかしこまって写る軍人さんが中心である。

 当時、自分のカメラなど持っていなかった祖父であるが、どうやら記念にと購入したらしい。アルバムの写真は、中国(上海)と朝鮮と、どうやらごっちゃになっているが、現地での軍隊の様子がうかがい知れるものとなっている。初めて見た時は、祖父に「これはどこだ」などと聞いて説明してもらったが、もうすっかり忘れてしまっている。「茂山」などという地名らしきものが出てくるが、今となってはどこなのかわからない。

 果たして祖父のように応召した兵隊がみな写真を手にできたのか、あるいは希望者のみ購入という形で手にできたのかはわからないが、もし後者なら今日子孫がその恩恵に与っていると言う事になる。祖父は二度目の出征時、病気になって除隊した。それはそれで幸運だったのだと思う。

 アルバムには当時の看護婦の写真がある。聞くところによるとかなり重い病気だったらしいが、回復に向かってからは看護婦さんたちと楽しく交流していたらしい。「じいちゃん、もてたの?」と聞いたら、ニコニコしながら「もてたさ」と答えてくれたのを今でも覚えている。

 さらになぜか水着姿の女性の写真まである。当時は水着も、それを写した写真も珍しかったのではないかと思うが、つくづく、生前もっと祖父を「追求」しておけば良かったと思う。今から80年以上も前の世界。今ではそこに写っている人たちは誰もこの世にいないと思うが、そんな写真を眺めているのも不思議な感じがする。

 今では誰もがカメラを持つ現在、自分達も何気なく何枚も撮っている写真は、果たしていつまで残るのだろうかとふと思う。デジタルデータが大半だから、祖父の写真よりは保存が容易いのかもしれない。今は普通に眺めている景色を、「昔はこんなだったんだね」などと言って子孫たちが見るのかもしれないと思うと楽しい気がする。

 そう言えば、旅行に行っても我が家は夫婦で撮るものが違う。妻は家族の写真、私は風景だ。独身の頃から、旅行先では風景を中心にカメラに収めた。それは自分の曖昧な記憶を補う意味もある。自分の足跡を記した場所を記録に残しておきたいと思うからだ。

 レストランに行けば、テーブルの上の料理とそれを食べる家族の写真を撮る妻。そして出てきた後、振り返って店の外観を撮る私。カメラは一台だから、バランスが撮れていていいかもしれない。しかし、撮るだけ撮って全然整理もしていない。これだと子孫も迷惑かもしれない。いずれ時間を作って整理しようかと思うのだが、データになった現代は、どうやって整理すればいいのだろう。

 ゆっくり研究するとしようと思うのである・・・





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