つまらない仕事というのはこの世に存在しない
仕事とのつまらない関わり方があるだけである
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昨年来、体調を崩していた母であるが、昭和大学病院から今は東急病院に移っている。
それはH先生という先生が、病院を替わったためにそれに合わせて変えたのである。
H先生はまだ40前後の若い先生。S大学を卒業して医師になり、そのまま同大学病院の内科医になられた方である。
患者への接し方も非常に丁寧で、親身になって話を聞いてくれるため、母の信頼度も高い。
私も何度か診断に同席して説明を聞いたのだが、それもあってかその後、事あるごとに「息子さんによろしく」と言う心遣いもみせてくれていた。
検査入院した際も、あちこち丁寧に検査してくれ、他の先生に頼む場合も根回しもよくしてくれていた。今年になって病状が悪化したと聞き、迷わず母には「H先生に診てもらえ」と伝えた。
なかなか原因のわからなかっ母の病状であるが、どうやら原因判明。
外科的な手術が必要との事で、H先生はN医大病院を紹介してくれた。
なぜ顔の効くS大学病院ではないかというと、「そちらの方が実績もあるから」という説明だった。H先生の用意してくれた紹介状はA4版のずしりと重い封筒であった。
H先生は、事前にN医大病院の教授に直接連絡を入れて説明してくれていた。
N医大病院でその教授先生の診察を受けた際、紹介状の中身が見えた。
厚い封筒の中身は、びっしりと経過説明したレターと、これまでの検査結果すべて、それに画像データの納められたCDも入っていた。
「これだけあれば特に検査もする必要ないですね」と教授は言い、すぐに手術の段取りに入れた。
私も教授の診察に同行したが、それは「わかる家族が同行してきちんと説明してくれ」と言うH先生のリクエストであった。
そして診察結果を電話で教えてくれとも言われていた。
普通は紹介して終わりなのではないかと思うのだ。
ここまでやっていただくと、もう何も言う事はなく、ただただ感謝の気持ちだけである。
先日、木下晴弘さんの講演を聞き、「涙の数だけ大きくなれる」という本も読んだ。
辞めるという日にたくさんの人がお礼に来てくれるような仕事の仕方もある。
果たして自分の仕事振りはどうだろうか、とふと考えてみる。
別に人を感動させるとかさせないとかそういう話ではなく、ただ自分はできる限りの事を目一杯しているだろうか、と。もうすっかり慣れてしまった仕事をつつがなく無難にこなしているだけではないだろうか。医者で言えば専門の病院を紹介して、良い仕事をしたと満足して終わっているのではないだろうか・・・
「人はパンのみにて生きるにあらず」という言葉がある。
何のために働くかと問われれば、それは間違いなく生活ためなのであるが、同じ働くのであれば、「働き方」というものが確実にあるだろう。
自分も給料以上の働きをしないといけないな、と思う。
定年まであと13年。
働ける事に感謝して、精一杯の働き方をしようと思うのである・・・
【昨日の読書】
「極秘資金」長岡哲生
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