秋来ぬと 目にはさやかに見えねども
風の音にぞ 驚かれぬる
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何だか9月に入ったらすっかりと秋の空気だ。これからまだ残暑はあるのだろうが、今年は今ひとつパンチ力のない夏であった。来年はもっと暑くなってもらって、そして夏休みには海外なんぞに行きたいと思う。まだ秋といってもそれはそれでピンと来ないところはあるのだが、唯一秋を感じる時がある。それは「幸水」を食べる時だ。子供の頃、一番好きな果物はと問われると、迷う間もなく「スイカ!」と答えていた。実際、大好きで夏は何よりスイカを食べるのが楽しみであった。「カブト虫にあげるため」と言いながらスイカを食べては、カブト虫が食べるところが残らないくらい食べつくして親に呆れられた事もあった。今でももちろんスイカは好きであるが、いつの間にかその不動の地位を「幸水」に譲っている。
「幸水」とは梨の事であることは言わずもがななのであるが、同じ梨でもいろいろあって、その中でも他でもない、「幸水」なのである。毎朝これを食べているが、本当に至福の一時である。つくづく、自分は何て庶民なんだろうと実感してしまう。
梨は古来から「百果の宗」と呼ばれ、「大小便を利し、熱を去り、渇を止め、痰を開き、酒毒を解す」とされ、漢方薬などにも広く利用されてきた果実である。また、有機酸やビタミン、ミネラル類などをバランスよく含んでいるため、夏バテ時の食欲増進や疲労回復にも効果があると言われている。つまり体に良いのである。尚、「梨尻柿頭」とのことわざは、梨は軸と反対の尻の部分が味が良く、皮の近くが最も甘くなっているという意味であるが、「どこを食べてもうまい」というのが私の意見である。
フルーツ狩りによく行く我が家であるが、残念ながら梨狩りには行かない。何故なら食べ放題と言っても梨の場合はすぐに限界が来るからだ。だから「いちご」「さくらんぼ」「桃」「ふどう」「みかん」と続くフルーツ狩りシリーズに梨が入る事はない。残念だが致し方ない。
「幸水」はやがて「豊水」へと変わる。その寂寥感といったらたまらない。「究極のメニュー」のデザートには是非とも「幸水」を加えたいと思っている。一日一日と経つごとに「幸水」の季節は終わり行く。毎朝のそのささやかな至福の一時を焦らず楽しみたいものである。
「幸水」が終わる頃には「味覚の秋」も本格化。その他の味覚を今年も存分に楽しみたいものである・・・
【本日の読書】
「世界は感情で動く」マッテオ・モッテルリーニ
「聖女の救済」東野圭吾
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